7月。セミの鳴き声が、やけに憎たらしく聞こえる。何もせずとも、ぶわっと汗が出る。
「ぐはあっ。ぐはあっ」
東海大学の武道場からは、男たちのくぐもった声が聞こえてきた。
湿気と熱気がまじりあう、むせかえるような空間。巨体がひしめく。入口からいちばん遠い壁際に、井上康生はいた。
100kgを超える学生たちを次々と指名しては得意の投げ技で畳に這わせ、また次の相手を呼んでは投げを見舞う。
全身から滴る汗。大きく開かれた口。疲労は色濃く見てとれるが、畳から降りる気配はない。また次の学生を相手にしている。
見ていて、なんだか、おかしくなってしまった。学生たちはとうに音を上げているというのに、アテネ五輪で2連覇を狙う世界チャンピオンの顔には、こらえても、こらえても抑えきれない笑みが浮かんでいるのだ。
無理もないのかもしれない。井上にとっては、あまりに長い4カ月間だった。
今年3月。稽古中に体重150?ある選手の下敷きとなった。巨体をまともに受け止めた左ひざは、内出血でみるみる腫(は)れあがる。
「なんでこんな時期に……」
4月4日、全日本選抜体重別選手権。
4月29日、全日本選手権。
アテネ五輪出場権をかけた重要な戦いの直前に起こったアクシデントだった。
「あの時期は、本当につらかった。大会前なのに、怪我のせいでまったく追いこむような練習ができなかった」
体重別選手権では何とか優勝を飾り、アテネへの出場切符は確保したものの、4連覇を狙った全日本選手権ではライバル、鈴木桂治の前に敗れ去った。
5月は休養にあてた。頭がおかしくなるのではないかと思うほど柔道がしたくなったが、夏に笑うため、ぐっとこらえた。
6月に稽古を再開したが、怪我のブランクのため、投げ技がしっくりこない。この数カ月間でポイントがずれてしまっていた。
そして、7月。ようやく技のずれを修正することができた。6月には「40〜50%」と答えていた足の状態も、すでに80%まで回復。柔道にのめりこむ環境が整った。
「だから、自然と笑みがこぼれてしまう。いまは柔道が楽しくて仕方がない」
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