2013年6月6日(木)

“わかりやすい”池上彰氏と対談

井上
「続いては、この人です。」








「なんでも博士で、なんでも知っていて。」

「わかりやすい。」

「丁寧。」


核心:わかりやすさの先に

井上
「“そうだったのか”、“ずばりわかる”、“なるほど”…。
この人の著作や、テレビ番組の題名にあふれることばです。
ジャーナリストの池上彰さん。
分かりやすい解説で、今、最も信頼を集める1人と言っていいと思います。」

大越
「私にとってはNHKの記者の先輩でもあるんです。
めまぐるしく変わる政治や経済、国際情勢をこの人はどう読み解くんでしょうか。
そして、ニュースを伝えるメディアの役割にもこの人は踏み込みました。 今の時代きっての『語りべ』のインタビューです。」

アベノミクス どう読み解く?

大越
「さっそくですけれども、今日(6日)もニュースでは株価の乱高下などが伝えられていて、昨日(5日)、アベノミクスの成長戦略、三本柱がすべて出そろったんですけれども、なかなか市場は冷ややかなようなんですね。
この現象を池上さんはどんなふうに読み解かれますでしょうか。」


ジャーナリスト 池上彰さん
「アベノミクスって基本的に、デフレから脱却しようという経済学者の人たち、『リフレ派』と言いますよね。
デフレから緩やかなインフレにしようというリフレ派の人たちが、マーケットにどう期待に働きかけていくかってことを考えているわけですね。
あまりにマーケットが期待が強かっただけに、第3の矢が何かみんながびっくりするようなことがないと一挙に株が下がるということは容易に予想できた。
にもかかわらずそのとおりになってしまった。
これまでマーケットの期待に働きかけるということをやってきた、その裏返しといいますか、本当にマーケットに働きかけながら経済を動かすってのは、難しいことなんだなと思いましたね。」

「フロー」と「ストック」 ニュースをどう伝えるか

大越
「毎日毎日その動向を伝えて、その日その日で、いわゆるフローで物事を伝えていくと、この日は株価が1,000円動いたとか円安にいくら振れたとか、フローの見方とストックの見方と僕らはいったいどうやって伝えていけばいいんだろうと往々にして実は僕らは悩むときがあるんです。
われわれの日々の報道をご覧になっていて、そこらへんのあり方、どんなふうにお感じになっていますか。」

ジャーナリスト 池上彰さん
「これはやっぱりフローですよね。
まさに日々のニュースを伝えるのがニュースの役割ですから。
これはこれでいいと思うんです。
で、それをあるところでせき止めて、振り返るってことがなかなか難しい。
それを私はいろんな番組でやらせていただいているということで、つまり、両者あいまっていいのかなと思うんですね。
その日は大きなトップニュースになったけれども、1か月たってみるとそれは実はたいしたことないかもしれないということがあるわけですよね。
1か月たった段階、あるいは半年たった段階で振り返ってみる。
こういう役割も必要なのかなと思うんですよね。」

大越
「池上さんご自身、われわれのNHKの記者の先輩で、日々そのフローのニュースを追っかけてらした時期も長かったわけですけども、今まさにおっしゃるようにストックで物事をせき止めて物事を伝えるっていう立場に立たれたときに、やりがいというんでしょうか、ご自分のされてる仕事の意義っていうのは感じられますか。」

ジャーナリスト 池上彰さん
「私の役割というのがね、こう、テレビをご覧の皆さんに日々のニュースをよりよく理解していただけるような、そのお手伝いなんですよ。
私の番組を見ていればニュースウオッチ9がよりよく分かると。
そういう役割ができればなあとこう思ってるんですね。」

「わかる」池上さんのスタンスとは

大越
「池上さん、『わかる』ってことばをおっしゃいました。
『なるほど』ってことも、池上さんのキーワードになってると思うんですね。
理解をする、納得するっていうことの大切さ。
先輩に僭越なんですけど、池上さんが今、世の中にこれほど受け入れられるのは、世の中それだけ不確実で、少しおぼつかない感じに満たされてる時代だから、池上さんの読み解きっていうものに期待する向きが多いんじゃないかなというふうに思うんですが…どうでしょう、いい質問でしょうか?」

ジャーナリスト 池上彰さん
「いやいやいや、いい質問ですねとはなかなか言えないですね。
あの、ものすごく厳しいというか、私、プレッシャーがありますよね。
つまり、私は人々に対してああすべきだとか、こうすべきだとか、こう読み解きなさいとか、そういうことを言うつもりは全くないんですよ。
変にそれを期待していただいても困ると、こう思うんですね。
これはやっぱり私もNHKで32年間、とにかく自分の意見は言うな、視聴者を信頼して視聴者が判断できる材料を提供しろとたたき込まれましたから。
やはりこれはどこのテレビに出ても個人的な意見は極力言わないようにして、ただ、このニュースはこういう意味があるんですよってことを伝える。
それはやはり視聴者を信頼しているからだと思うんですね。
ここから先は視聴者1人1人が判断してください、そのための材料を提供します。
そのためには1つの出来事に関してもいろんな見方があります。
つまりアベノミクスを評価する人もいれば懐疑的な人もいます。
それも含めてお伝えし、そのあとは皆さんがたが判断してくださいと。
こういうスタンスをとろう、とり続けたいと思ってるんですね。」

大越
「池上さん、著書の中でも『和文和訳』ってことばを使われました。
ものごとを言い表すときにそのことばでは分からないので、そこに適したわかりやすい理解に資することばを使うという意味かなと思ったんですけれども。
それを行う作業そのものが、例えば自分の主観なり意見なりというものがやっぱり反映されてくるんではないかと思うんですね。」

ジャーナリスト 池上彰さん
「それはそのとおりです。
それはいい質問ですね、まったくそのとおりです。
やっぱり人間がやることですから、どうしても知らず知らずのうちに私の見方って反映されてしまいますよね、それはまったくそのとおり。
でも途中でそれにどこまで気がつくか、そこでおっとっとと言って修正をするってことを一生懸命やってるつもりですが、やはり決して十分とは言えない。
そこは視聴者の方に是非お伝えしたいんですけれども、人間がやってることだから、いくら公平にとかバランスをよく、とやってたってそうはいかないことはありうるわけで。
そこは視聴者の方が、これはあくまで池上が言ってることだから、あるいは大越キャスターのコメントなんだからといって、どこかに冷ややかなといいますかね、そういう受け止め方もとても大事なのかなと。」

ジャーナリストに求められる「歴史観」

大越
「今、時代はですね、政治にしても経済にしても、先ほど申し上げたような少しちょっとおぼつかない時代、政権交代が相次いで、国民1人1人がそれを実現したにもかかわらず、必ずしもそこに答えきれてない。
国民は一気に背を向けてしまう。
そういう厳しい状況にさらされているのが政治ですよね。
羅針盤もやっぱり求めたがるんではないか、それに応えたいと思うがあまり、私なんか時々言い過ぎてしまうことがあるんですけれども。」

ジャーナリスト 池上彰さん
「それはついつい『いや、こうですよ』とか言いたくなるような誘惑に駆られることはありますよね。
そこをやっぱりどれだけ抑えるかということだと思うんですね。
日々の例えば政治のニュースで言えば政権交代がありました、また政権交代がありました、大きく世論が動いてます。
これだけをやってると、やっぱりどうしてもみんな不安になると思うんですね。
そこにどこか、歴史観のようなものが求められると思うんですね。
政権交代が立て続けに2回ありました。
でも戦後の日本の中では政権交代ってほとんど起きなかったわけですよね。
ここでようやく政権交代が起きるようになった。
これを何回か繰り返していくと、日本はより民主主義が成熟していくのではないか。
その産みの苦しみの途中経過なのではないかというジャーナリストとしての歴史観をどこかに持ちながら、日々のニュースを伝えていくと、もう少し深みが出てくる。
あるいは羅針盤にはならないかもしれませんけど、方向を指し示すことができるのではないかなと思うんですけどね。」

ネットとテレビ 役割の違いは

大越
「やはりネットというものが世界中どこでも垣根なく、いろんな情報が乱舞しているわけですね。
そのネットの情報と私たちのメディアの情報、私たちはネットとは違う役割があるはずなんですね。
そこを池上さんはどんなふうに感じてらっしゃいますか。」

ジャーナリスト 池上彰さん
「ネットを読み解く力っていうのがこれから求められてくる。
そしてネットですと、例えば原発に関して言えば、原子力のあの原発が、放射能が怖いんだというその思いでキーワード検索していくと、いくらでも危険だという話が出てきて、より心配になる。
一方、あれは騒ぎすぎじゃないか、それほどじゃないんじゃないのっていう思いでキーワード検索するとそれはそれで山のように出てくるんですね。

結果的に、いろんな思いを持った人が自分の知りたい情報だけをどんどん先に進んでしまって、どんどんそちらに考え方が固まっていってしまう。
その結果、両極端の意見が生まれるということになってきているんじゃないか。
それが新聞あるいはテレビですと多様な意見が伝えられる。
あ、これだけじゃなくてほかの意見もあるんだなと、多様な意見を聞いてこそ、自分なりの見方というものが出てくるのかなと。
そこに役割分担はあるし、そのネットの極端な動きを私たちがちょっと待ってくださいね、こういう考え方もあるんですよと伝えていくことが大事ではないかなと思うんですね。」

原点は“現場で取材”

大越
「1つの手法というんでしょうか、取材のあり方として、自分自身で1つ転機になったなと思っているのが東日本大震災。
あれ以降、いろんな物事を伝えるってことじゃなくて、自分で行って、見て、においをかいで、聞くってことが、自分ができることが限界があるにせよ、1つでも多くそれをやるべきだなというふうに思ったんですけど、池上さんはそれにあたって心がけていることは、例えばどういうことがあるでしょう。」

ジャーナリスト 池上彰さん
「まったく同じことですね。
私の場合は特に、世界情勢、いろんな世界各地で起きている様々な問題、紛争を伝えるという仕事が今、多いんですけど。
それはやっぱりそこの国に行ってみて、まさにその国のにおいをかいでこそ、伝える上で深みが出てくるのかなと。
見ているがゆえに、言えることってあるんじゃないかなと思ってますね。
お互い記者ですからやっぱり、現場を取材してこそですよね。」

“多様性を認める”

大越
「そうなんですね。
理解をするということは多分、多様性を認めるということだと思うんですね。
独善的にならずに、相手の立場とか相手の置かれている状況というものを理解することは多様性を認めること。
それは、多分寛容な社会につながっていくのではないか。」

ジャーナリスト 池上彰さん
「例えば中東問題をなぜ私が伝えるのか。
それはいわゆる中東問題、なんとなくあっちはこわいよねってみんなが思っていたり、あるいはイスラム教について、なんとなく全く根拠のない不安を持っている人たちがいることに対して、いや、これはこれで、あそこに人々の普通の営みがあり、平和を求めている人たちがいるんだよ、いろんな考え方があるんだよっていうのを伝えていく。
まさに多様性を認め寛容な社会を作っていく、その一助にもなればなと思って仕事をしているということですね。」

“個の力” 強くするために

サッカー日本代表 本田選手
“どうやって自立した選手になって、個を高められるか。”




大越
「昨日ですね、サッカー日本代表の本田選手の記者会見を聞いて感動したんですよね。
チームワークは僕らはもともと備わっている、大事なのはこれから個の力、個、自立と言っていたんですね。
チームというものを突き詰めていったときにしっかりとした個がないといけない。
その個を成り立たせるのはしっかりとした理解であり、そういうことが今の社会は求められているのかなと。」

ジャーナリスト 池上彰さん
「日本社会、日本国民って、チームプレーは備わっているんですよね。
すでにチームプレイでは世界トップレベルなんですよ。
でも、それだけじゃいけないと本田選手は教えてくれた。
個々がしっかりしてこそのチームプレーができれば、より日本は強くなるなと思いますけど、でもこれがたいへん難しい。
個を強くしていくためには、ジャーナリストの私たち1人1人もまた、個を強くしなければいけない。
たとえば大越さんがニュースを伝えているときに、個人的にはこういうことをちゃんと言っていかないといけない、だけど今の世の中で果たしてこんなことを言っていいのかと。
嫌な言葉ですが、空気を読んでコメントを考えてしまう、忖度(そんたく)してしまう。
忖度社会とも言われている。
おそらくあるんじゃないかと勝手に思っています。
私も実はそういうことで悩んだことがあるので。
そのときに個は強くないといけない、単に忖度している、あるいは空気を読んで伝えているだけではこれは危険なことではないか。
かといってまったくそれと離れてやるとあいつは空気が読めないとマイナスになってしまう。
空気は読みながら、でも伝えるべきことを少しでも伝える。
そういうコメントを作る努力が求められる。」

大越
「個の力にも関連するが、震災後の社会、2万人のかたが亡くなったマスでみるんじゃなくて、1人1人に生活があって命があって、愛する人たちがいた。
それをどうも私たちは2年経って、忘れかけてはいないかということを本当に強く思ってですね。
政治にしても経済にしても数字・マスでみるのではなくて、1人1人に立脚して考えることが大事なのかな、そういう意味で言うと、私たちが現場を訪ね歩くというのは、1人1人の人間に会いにいくので、そのことと言うのは、これからの社会1人1人の人間に視座を置くというのは大事だなと思うんですけど。」

ジャーナリスト 池上彰さん
「どうしても政府の発表だったり、いろんな中央省庁の白書でまとめると、マスの数字になってしまう。
それを伝える、そればかりだとだめですよね。
震災報道はもちろんのこと、これからのアベノミクスの経済報道の中でも、消費者物価指数が上がっているのか、下がっているのか伝えますよね。
全国の消費者物価指数は下がり続けているが、都区部だけはプラスに転じたと伝えた時に、実際に人々の暮らしにどういう影響が出ているんだという人間の営みが見えてこそ、立体的な重層的なニュース報道になると思う。
それを私は視聴者として見ているが、それを忘れないでいただきたいと思う。」

井上
「私も、池上さんの本を読んだり番組を録画したりしてみたりして、それこそ『学ばせて』いただいてるんですが、自分の意見を声高に言うより、読者や視聴者を信頼して、起きていることの『見方』を提示しているというお話、なるほどと納得しました。」

大越
「ニュースをある期間でせき止めて、その見方を提示する役割ということでした。
私たち毎日、日々、一次情報と格闘していますので、おのずと仕事の仕方も伝え方も違ってくるかと思いますけれども、どちらにしてもしっかりとした取材と確認を通じて、作業を経て情報を提供していくという意味では共通していると思いました。
今日のお話、私たちにとっても大いに参考にさせていただきたいと思います。」

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