竹中平蔵氏「野球をしたことのない人の野球解説を誰が聞くでしょうか」
2013-02-27 03:33:52
テーマ:竹中平蔵氏
「庭師の発想で考える」
竹中式マトリクス勉強法(幻冬舎)P165~P170より抜粋
◆野球をしたことのない人の野球解説
著名な経済学者のポール・クルーグマンの言葉に、「庭師と植物学者は違う」という文句があります。つまり、こういうことです。
いい庭を作るには、植物学の知識が必要です。この土壌にはどういう植物が合うのか、日光や水や肥料の配分はどうすべきか、といった植物学の基礎的な情報がない限り、植物は育てられません。
だからといって、優れた植物学者が優れた庭師かといったらまた話は別。つまり、庭師の仕事と植物学者は似て非なるものなのです。
これと同じことが、政策と経済学についてもいえます。すぐれた政策を実行するのに経済の知識は必須です。でも、優れた経済学者に優れた政策ができる保証はどこにもありません。「いい庭師」になれるかどうかは、未知数なのです。
ところで、私は、よくテレビや新聞に出てくる、経済評論家の方々には大きな違和感を覚えています。理由は、ほとんど政策実行に関わったことのない人たちが、政策の議論をしているからに他なりません。つまり、彼らはあくまで「植物学者」(しかも多くは似非植物学者)で「庭師」ではないのです。
しかし、これが野球の解説だったらどうでしょうか。果たして、野球をやったこともない人の解説など、誰が聞くでしょうか。
不思議なことに、こと政策評論だけは、政策がかかわったことがない人が論じても許されてしまうのです。
正直、これはいかがなものかと思います。植物学者が庭師の仕事ぶりにあれこれ言うのは、明らかにお門違いと言わざるを得ません。
一連の竹中バッシングの最中も、私は批判的な議論の中にも参考になる意見があるかと思い、しっかり耳を傾けました。しかし、残念ながら、役に立つ議論はほとんどありませんでした。あるのは、批判だけ。それに代わる、具体的な代替案がないのです。
(中略)
◆批判には3パターンしかない
私は特に若い人こそ、「庭師の発想」を身につけて欲しいと思います。若いうちから涼しい顔をして、評論家風を吹かせているのには感心しません。くどいようですが、批判することほど楽なことはありません。
ところで、私は、長年批判され続けた結果、批判は3種類に集約されるという結論に辿り着きました。早速、ご紹介しましょう。
第一は、「コントラリアン型」の批判です。コントラリアンとは、人とはいつも反対の意見を言う人のこと。投資の世界では、「逆張り」といって市場のトレンドとは逆方向に相場を張る人のことを指します。
たとえば、日銀が金利を上げたら、「そんなことじゃ、中小企業がダメになる」。逆に金利を下げたら、「年金生活者が大変だ」と批判するのです。政府が政治改革を行えば「拙速だ」、改革しなければ「遅い」と批判するなどが、その典型です。要は、いつも人のやることなすことに異を唱えていればいいのですから、いたって簡単。誰でも、できる批判です。
これについては、こんな話があります。小泉元総理が総理在任中ある記者から「最高権力者になったと自覚するときはいつですか?」と質問されてこう答えたのです。
「そうですね。あんまりないですが、強いて言えば、何をしても否定されることですかね」と。ちなみに、この話を先日ダボス会議でイギリスの前首相トニー・ブレア氏に話したところ、「その通り」だと盛り上がっていました。
さて、2番目は「永遠の真理型」批判です。これは、「常識的」といわれる大人にありがち。やれ「長期的な視野に立て」だとか、やれ「相手の立場になって考えろ」といった、「その通りです」と言わざるを得ない、「永遠の真理」ばかりを言うタイプです。確かにご説もっともなのですが、「だから?」と首を傾げたくなるときもしばしばです。
そして、3番目は「ラベルを貼る」型の批判。いわゆる、「決め付け」の激しいタイプです。代表的な文句は、「竹中は市場原理主義者」だとか、「今の若者は意欲が低い」とか、「誰々は政治がわかっていない」といった具合。つまり、誰かや何かになんらかのレッテルを貼って相手を問答無用にしてしまうやり方です。
そしてこの3つのパターンに共通するのが、対案が何もないということです。人の褌で相撲を取って、「守り」に入っていればいいのですから、さぞや楽でしょう。一方「実行者」は自分の意見を通し、実行フェーズ(局)まで請け負い、さらに成果の責任まで追及されるのですから、苦労が絶えません。
しかし、若い人が本当に役に立つ人間になりたかったら、この苦労は買ってでもして欲しい。そうすれば、実際に自分がイノベーションを起こせる、ひとかどの人物になれます。
実際、私が金融再生プログラムにおける「金融庁金融分野緊急対応戦略プロジェクトチーム」、通称「竹中チーム」に参加をお願いした人には、金融の専門家は一人もおらず、現場経験豊富な実務家とマクロ経済の専門家ばかりでした。
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