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患者に分かりやすい がん情報を

6月6日 21時20分

藤目琴実記者・籔内潤也記者

日本人の2人に1人ががんになる時代。
今、患者のがんのデータを登録する「がん登録」を法律で定め、国の責任で実施する「法制化」の動きが出てきています。
実現すれば、正確なデータに基づく、より効果的ながん対策につながると期待される一方、患者にどう情報を提供していくのかが、大きな課題になっています。
がん登録法制化の動きと課題について、徳島放送局・藤目琴実記者と科学文化部・籔内潤也記者が解説します。

がん登録とは

私たちが病院でがんと診断されると、▽体のどこにがんができたのか、▽どれくらい進んだがんなのか、▽どんな治療が行われたか、といったデータが登録されます。
これが「がん登録」です。

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病院や都道府県単位、それに全国でデータを集めることで、例えば▽ある地域でどの部位のがんの患者が多いかや▽病院での治療内容などが分かり、がんの対策や治療法の改善に生かされています。
このがん登録を法制化し、国の責任で行うよう、今、超党派の国会議員が法律案を準備しています。

なぜ法制化?〜正確なデータがない日本のがん医療

では、なぜ法制化が必要だとされているのでしょうか?
それは、現状では日本にはすべてのがん患者を登録するがん登録がなく、正確なデータが分からないためです。

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冒頭に、「日本人の2人に1人ががんになる」と書きましたが、実は、これも推定の値です。
一部の府県で行われているがん登録のデータから計算して国全体のがん患者の数を推定しているのです。
また、今行われているがん登録では、患者が病院から退院した場合やほかの県に移動した場合などは、追跡調査を行っても、患者が生存しているかどうか分からないことがあります。
こうしたことから、国全体の患者数や、がん医療の成績表ともいえる、患者が診断されてから5年後に生存している割合「5年生存率」を正確に出せないといった問題が起きているのです。
法制化すると、国が効率的に情報を集められるようになるため、がんに関する正確なデータを出すことができ、効果的ながん対策につながる、と期待されています。

課題は患者への情報提供

しかし、法制化したとしても、患者に対する情報提供の在り方をどうするかは大きな課題です。
徳島県の勢井啓介さん(58歳)は、10年前に大腸がんを手術した経験から情報を集めることの大切さを訴えています。

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当時、十分な情報がないままに手術を受け、後遺症が出てしまったからです。
がんは取り除けたものの排尿や排便のコントロールができなくなり、しばらくの間、仕事や生活に大きな支障をきたしました。
勢井さんは、もっと情報があれば、ほかの病院や治療法を選べたのではないかと今も悔やみ続けています。
勢井さんは、「情報は希望。自分の病気に対して、将来、こういった治療法があるとか、ここに行ったら、こんな人が治ったとか、そういう情報が希望になる」と話しています。
今ではがん登録の情報をチェックし、ほかの患者に情報を提供する活動を行っていますが、データは、病院ごとの患者数など数字が並んでいるだけで、病院や治療法の選択に役立てるのは難しいと言います。

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がん登録はもともと、国が進めるがん対策やがん治療の研究に生かすことが目的で、患者にとって分かりやすい情報かどうかはあまり考慮されきませんでした。
このため、勢井さんや患者団体では、法制化されて正確なデータがまとめられても、患者にとって分かりやすい情報提供につながるとは限らない、と懸念しているのです。

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情報提供の中身にも課題

また、別の注意すべき課題もあります。
今後、法制化によってがん登録が進むと、より精度の高い病院ごとの治療成績「5年生存率」を出すことも可能になります。
ただ、進行したがんの患者を数多く治療している病院や、がんに加え、糖尿病や心臓病など、複数の病気がある患者を診ている病院では、治療が難しいために生存率が低くなってしまいます。
医師や病院の間には、数字だけが一人歩きして、安易なランク付けにつながるのではないかとして、病院ごとの5年生存率の公表に反対する意見も根強くあります。
がん登録の法制化は、情報を漏らした場合の罰則など個人情報の保護を盛り込んだうえで、超党派の国会議員が骨子案をまとめ、今の国会への法案の提出を目指しています。

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どんな情報をどのような形で患者に提供すべきか、国は今後、患者や医療関係者からも十分に意見を聞きながら患者の役に立つがん登録になるよう、制度を設計していく必要があります。