“ルシファーと敵対する魔族が降臨している可能性が高い”、“サンジェルマン伯爵がルシファーの参謀として姿を現したという未確認情報”、“ローマ法王庁 極東政治分析資料”などというハッタリの数々に、不覚にも私はワクワクしてしまったのである。
アメリカに降臨した“ルシファーに敵対する魔族”というのは実は副大統領に転生していた大天使ガブリエル(!)なのだが、これは無論、作者がアメリカを正義の国と見なしているとかそういう思想的な背景があるのではない。悪魔が環境汚染に弱いという設定を活かし、日米の政治的関係、核戦略などあくまでもパワーゲームの面白さを狙ったものであり、副大統領であるガブリエルがハーレムの黒人暴動に巻き込まれて堕天使になりかけるなど、むしろ(稚拙ではあるが)アメリカの社会的矛盾を描こうとする姿勢も見られる。
そう、前作では主人公・中島朱美の戦いを描くのに終始し、せいぜい日本政府が絡んでくる程度の話だったのだが、今回は日本を支配するルシファーとアメリカ、ソ連、そして核戦略に関わってくる各国という風にストーリーもずいぶんスケールアップし、その分、バックボーンとなる設定も体系的になった。
私がこの小説で一番気に入っているのは、世界中の神話を一神教の世界観のもとに統一してしまった点である。キリスト教、イスラム教における神はもちろん、その他の多神教においても主宰神を強引に唯一神と同一視することによって無理矢理体系づけた。たとえば日本神話では天御中主神こそが造物主である“神”で、他の神々は不老不死で強大な力を持つ超人、という程度の存在にすぎず、「進化の必然によらず神によって直接創造された」生物であるという。ギリシャや北欧の神話については具体的な言及はないが、それぞれ地母神ガイアや始源の巨人(死んでるけど)あたりを擬すのだろう。多神教でも、創世の過程で神々の世代交代がある神話には、この設定は比較的馴染みやすいようだ。日本神話も然り。
さらに神についてもう一つ重要な設定は、「唯一神は決して、自分が創造した世界に直接介入することをしない」という大前提である。無論、神が自ら定めたことでありその理由は不明だが、神が「最も愛したイエス・キリストですら死なせるに任せた」ことがその具体例として挙げられており、ルシファーですら、かつて神と争って敗れ、現在は「神の怒りに触れないギリギリの範囲」で行動している、という。神の意志を受けてその言葉を伝え、また奇跡をおこすのは天使達であり、造物主である神が現世のことに直接手を下すことはない、というルールは、無神論の私にも納得のいく理屈であった。なるほど、実際に神様がいるとしたらコレだろ。
こういう理詰めでシチュエーションを作る手法は好きなのだが、ストーリー的に面白いのは前述したようにオーソドックスな展開の前半ではなく、むしろ度肝を抜く破綻を見せる後半部である。
いや、構成上の破綻というよりはむしろ、全く予定にない主役交代劇というべきであろうか。ストーリー中盤、黄泉の国(実は太陽系の惑星の一つであることが明らかになるのだが)へと赴いた主人公・明日香らは、ある人物の怨霊を解放してしまう。
崇徳上皇である。
保元・平治の乱に敗れ、恨みを遺して死んだ崇徳上皇が、藤原頼長・源為朝を連れ、凄まじい霊力を持って現世に転生する。
ところが、中盤のワンエピソードだったはずのこの話に、作者がのめり込んでいってしまう。四巻のあとがきには、崇徳上皇が「私の中で、次第に愛すべき主人公に成長していきました」などと書かれている。事実、ルシファーに対抗すべくアメリカに渡った明日香らの出番は以降全くなくなり、神が天使長ミカエルを通じて「東京で核兵器が使用されれば人類を滅ぼす」と宣言すると、米海軍のタカ派が発射した核ミサイルが引き金となっておこった米ソの全面的な核兵器の応酬を、ルシファーとガブリエルが協力して防ぐという何だかよくわからないクライマックスを迎え、ラストはルシファーと崇徳上皇の一騎討ちで幕を閉じる。結局、崇徳上皇がルシファーを足止めする間に東京に核ミサイルが到達、神は天変地異で地上を滅ぼす。
では、本来の主人公・北明日香はどこへ行ったのか?地球滅亡の天変地異の際、北米にいた彼らは地割れで消息を絶ってそれっきりなのだ。なんだこりゃー!?エピローグではノアの方舟よろしく一隻だけ生き残ったアメリカの巡洋艦が登場し、中島朱美の転生と弓子の再会で落としている。ここでも、明日香に関する記述は一切なし。
あとがきでは、その後の彼らについて、北米に女帝として君臨する礼子と、その勢力から逃亡を続ける明日香、というイメージのようなものをちらっと書いて、「彼らが生き延びたとしたら、必ずこうなるという確信があるのです」などと書いて、「興味がある人は、ぜひその後の彼らを書いてみてください」と放り出してしまっているのだ。
どうも作者は「資料は読み捨てるべし」という鉄則を知らないのではないかと思われるふしがある。調べたことをそのまんま書いちゃってるのだ。それも不良高校生がいきなり佐久間象山と井上聞多の故事を引いたりと、不自然きわまるシチュエーションで。崇徳上皇に関しても、『魔の系譜』にいたく感銘を受け、「呪い」というのをテーマに盛り込もうとした結果こうなってしまったらしい。最終的には、崇徳上皇の呪いが日本を滅ぼすという結末。このセオリーもクソもない豪快な路線変更、いや脱線ぶりが私としては物凄く気に入っているのである。いやー、やってくれるわ。
作者の西谷史は、はじめネット上に発表したショートショートが話題になってデビューしたという変わり種である。何年か前に雑誌で『東京SHADOW』とかいうTRPGの監修をやってるのを見かけて、何やってんだろと思っていたら、最近「ファミ通文庫」から『トレジャーシーカーS&M』という小説が出ているのを本屋で見つけて腰が抜けるほど驚いた。この凋落ぶりは一体どういうわけだ!?いや、ファミ通文庫をバカにするつもりはないのだが(てゆーか思わず買いました)、伝奇SFで売ってるのかと思っていたのに……、でも、デビューがアニメージュ文庫だと思えば驚くには値しないのかもしれない。