◇「話すこと」と「語ること」には大きな違いがある。
行動なき言論、体験なき情報は味気ない。
体験、経験に裏付けられた情報は、濃厚で魅力がある。
先日、ある会合で、「話すは、聞いたことを舌を使っておしゃべりすること。語るは、吾(われ)の体験や経験を伝えること。重みが違うんです」と聞いた。
「噂話を噂語りと言わないのはそういうことか」と思った。^^
私はブログで、数多くの体験を語ってきた。<本館>のモットーは“リアル”である。クダラナイ日常記事も含めて、多くは体験したことを書いている。
しかし、中には、情報の聞きかじりの記事もある。
先日の<別館>における「うつ病とは何か」は、聞きかじりの典型である。
前半部は専門家の意見で書籍の内容だから参考になるが、後半の私の記事はとても軽いもので、自分でも納得できない内容になってしまった。
前半の記事は、→
ここをクリック!後半の記事は、→
ここをクリック!実は、私の職場にもうつ病の人がいるし、何か有益な情報発信ができないかと過去から考えてきた。そこで本を読み、記事を書き始めたのである。
しかし、後半の文章がどうしても書けなかった。
体験なき私。自分の中から答えは出なかった。
けれど、ありがたいことに、うつ病を経験されたり、今もうつ症状のある人たちから“生きたコメント”を頂くことができた。その中に、有益な情報がある。
私もいろいろと語ってきたが、やはり、体験したり、得意分野でないと話は浮つくものである。
例えば、私は男だから、「そもそも女たるもの‥」なんて話はできない。
あるいは、不得意な料理、日頃していない洗濯や洗濯干しについても語ることはできない。もし、私が「料理の極意とは‥」とか、「洗濯からアイロンがけのノウハウは‥」と分かったようなことを書いたら、間違いなく私の私生活を知る人たちから非難されるであろう。^^
これに対し、行動に裏付けられた得意分野はインパクトが出せる。
1つ例として、水槽の清掃について掲げておく。
水槽清掃の記事は、→
ここをクリック!ごく普通の記事だが、熱帯魚を飼育しようとする人には役立つだろう。
体験、経験することはとても大事なことである。
実際にやってみてどうだったか。食べてみて、その味はどうだったか。
確かに「経験者は語る」し、また「経験者しか語れない」ものである。
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