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電子書籍の仇敵は図書館

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 芸術学部 芸術計画学科 哲学教授
純丘曜彰 教授博士/子ども・教育
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2013年6月6日 06:42

/本をタダで貸す公共図書館は、ネット上のDVDのパクリと同じ。いくら著者や出版社が読者のためを考えて、あえて苦渋を飲んで文庫化や電子化でコストを抑えても、それを盗み、タダでみんなにばらまくやつらがいては、どうにもならない。/

 紙か電子か、というのは、モノの話。マーケットからすれば、電子書籍の普及を阻害しているのは、公共図書館だ。ちょっと読めればいい、という「顧客」に、一方が、読みやすい紙の本をタダで貸し出している以上、いくら値下げしても、かなうわけがない。

 もともと公共図書館は、本というモノ、紙というモノが超高級貴重品だった時代の名残り。一般庶民にも「生涯学習」として本の教養を普及し、社会の知的底上げを図り、階層固定化を防ぐ、というのが当初の目的だったはず。ところが、現実は、1970年代以降、「読者リクエスト」とやらのせいで、驚くほどの雑本だらけ。そのうえ、図書館には、単純な部数のみによる査定があり、これを超過すると、すでに充分に充実している、として新規購入予算を削減される危惧がある。このために、永年保管に値しない大量生産の重複本は、毎年、その大半を廃棄処分することで「活性化」が図られている。

 だが、もともとこの社会教育の思想は、高級単行本の情報を、紙というモノとしてのコストを抑えた文庫にすることで教養普及を図る、というレクラム以来の出版社の文庫化の努力とバッティングしている。政治は民生の補完のみ、ということからすれば、公立図書館(私立の公共もある)は、一般庶民が購入を躊躇する高級単行本のみを所蔵し、文庫や新書については民生に任せる、とすべきだったはず。ところが、その文庫や新書、それも通俗的な雑学本や娯楽小説、さらには下世話なスキャンダル雑誌の類いまで公立図書館でタダで座って読めるのだから、町の本屋の立ち読みですら廃れていくのは当然。

 連中の屁理屈からすれば、本に貴賎なし、高級本と雑本は区別できない、とか言うのだろうが、いずれにせよ、現行の著作権法はともかく、著作権法の精神からして、これほどひどい権利侵害もあるまい。情報発信は結構だが、それは図書館のものではない。本こそが情報であり、それはモノではない。取材費用、創作費用、そして編集費用をかけて著者や出版社が作り出したものは、紙ではない。同じ紙を貸して返させるだけならタダでもよかろうが、有料の情報をかってに自分のもののようにタダでばらまかれたのでは、いくら出版社が文庫や電子出版で紙のコストを抑えても勝ち目はない。ネットでのDVDのパクリ提供と同じ。本の意義と価値をもっとも踏みにじっているのは、まさに公共図書館だ。

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この記事へのコメント

2013年6月6日
あのなぁ、シロウトくさい水準に話を戻すなよ。 これからの出...

2013年6月6日
図書館の本は期日がきたらかえさなければなりませんし、かり...

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