帝國召喚 ジャンク編1「転移男」07


 面会人は、まんぷくの常連客である宮下さんだった。

「ふむ、元気そうだね?」

「……なんだ、宮下さんか」

 見るからに気落ちしつつも、何処かホッとした様子で失礼にも程がある言葉を吐く稲葉。
 そんなリアクションをとられて平気でいられる筈もなく、宮下は微妙に顔を引きつらせた。

「……帰っていいかね?」

「ごめんなさい、嘘です。来てくれて本当に嬉しいです」

 席を立とうとする宮下を慌てて引き止める稲葉。机に額を擦り付け、恥も外聞もない。
 宮下は溜息を一つ吐くと再び腰を下ろし、強化アクリル板越しに稲葉と対面する。

「へへへ、今日はまた一体何用で?」

「……君には誇り(プライド)というものがないのかね?」

 揉み手で宮下に愛想笑い浮かべる稲葉に、宮下は呆れ気味だ。
 が、『まあいい』と再び溜息を一つ吐き、ここに来た経緯を説明する。

「宮下さんは弁護士だったんですか!」

 地獄に仏とはこのこと、稲葉の声も弾む。

「私がここに来た時点でわかると思うのだがね……」

 稲葉のはしゃぎ様に、思わず苦笑する。
 逮捕後しばらくの間、証拠隠滅等を防ぐために弁護士以外には会えない、という規則がある。だからロンやシャオが来れる筈がないのだ。
(これはこの世界だろうが元の世界だろうが変わりが無い)

「……しかし、偽札所持と偽造の容疑とは驚いたよ」

「ははは、もう笑うしかないですねえ」

「笑い事じゃあないぜ、稲葉くん。通貨偽造罪は重罪だよ? 被害が無いとはいえ、有罪になれば十年や二十年は刑務所だ」

「げっ! そんなに重いのですか!?」

「最高刑が死刑だからねえ」

「…………」

 たら〜、と稲葉の額に汗が流れる。

「しかも君は黙秘を貫いているそうじゃあないか、せめて身元くらいは明かした方がいいと思うよ?」

「へっ!? 宮下さん、知ってるんですか!?」

「……知ってるもなにも、本国人や本国滞在者からは君の指紋は見つからなかったそうじゃあないか。
 何処の外地で生まれたかは知らないが、密航して来たんだろう? ま、帝國風の顔立ちだから、父親か母親は帝國人なのだろうが……」

「あ、そういうことですか」

 てっきり自分が平行世界から来たことを知っているのかと驚いたが、良く聞けば『帝國人と外地人の間で生まれたが認知されずに外地人として育てられ、その後本国に密入国した』と思われているのだ。 ……まあ、当然の発想ではあるのだが。

「……まあ、帝國人と主張する気持ちはわからないでは無いがね」

 帝國人やそれに準ずる者以外は、外地人専用の刑務所に送られるからなあ、と宮下。

「外地人専用刑務所?」

「……知らないのかね?」

 嘘だろう、と宮下は聞き返す。

 一人当たりの国民所得が3万圓近い本国人と2千圓にも達しない外地人、ましてや数百圓のそれとは生活環境が違い過ぎた。そんな彼等にとって、本国人には劣悪と思えるような刑務所暮らしも極楽の様なもの、到底罰にはなりえない――という訳で、彼等のレベルに合わせた刑務所“外地人専用刑務所”が造られたのである。
 国民所得千圓未満の邦國刑務所をモデルとしているため、その環境は『素晴しい』としか言い様が無い。 ……余りに素晴しいため、人目のつかない孤島に置かれている位だ。
(他にも『本国人犯罪者と外地人犯罪者を一緒にすれば新たなる犯罪発生させかねない』という事情もある)

 このため外地人専用刑務所といえば『泣く子も黙る』とすら謳われる程、悪名高い存在だった。

「……あんな所に十年や二十年もいたら敵わないだろうからねえ」

「じ、人権侵害だっ!?」

「ま、そう言う人々もいるな。圧倒的な少数派だが」

 そう言って宮下は軽く肩を竦めた。
 彼自身としては、必要悪として認めているのだ。
(稲葉が元いた世界の日本とこの世界の帝國とでは、この辺りの考え方がまるで違う。数多の戦乱と権謀術数によって世界の覇者へとのし上がった帝國人にとり、『この程度のこと』は当たり前に過ぎなかった)

「…………」

「――とはいえ、不法入国の上に大量の偽札所持とはねえ…… 実刑判決は間違いないなあ。
 ま、最低でも十年以上の懲役とその後の本国追放は覚悟して貰わないと」

 なるべく罪が軽くなる様には弁護してみるがね、と宮下。

「い、いやだっ!!」

 宮下が話す素敵な未来絵図を俯きながら黙って聞いていた稲葉は、突然何かに憑かれたかの様に叫び、暴れだす。
 待機していた警官にたちまち押さえつけられるも、稲葉は尚も叫び続ける。

「もういやだっ! 俺を元の世界に返してくれっ!! おうちに帰るんだあ〜〜!!」

 …………

 …………

 …………

「……落ち着いたかね?」

「……はい」

 すっかり大人しくなった稲葉ではあるが、その表情は憔悴しきっている。

「とりあえず、本当のことを全て話してもらわないと始まらない。正直に全部話してくれ。
 ……君は何処の誰で、偽札はどうやって手に入れたのだい?」

「に、偽札なんかじゃあ無いです……」

 稲葉は泣きじゃくりながら、全てを白状した。 ……自分がこの世界の人間ではないことも。
 宮下は黙ってそれを聞いていた。付き添いの警官は止めるでもなく、欠伸をしながら聞いていた。

「……いや、一体どこから突っ込んだら良いものか判断に苦しむ話だね」

「ほ、本当なんですよっ!」

「しかしだね、『帝國が転移する時にずれて飛ばされた』といった例は存在するが、帝國が転移して以降――ましてや平行世界の『もう一つの帝國から』なんて話は聞いたこともない」

「でもっ!」

「……信用してあげたいが、何か証拠の一つもなければ――」

 気の毒そうに首を振る宮下を見、納得させることは困難と察して稲葉はがっくりと肩を落とす。
 が、突如として閃いた。

「あ、ありますっ! 証拠ならありますよっ!!」

「ほう?」

「俺が持ってた荷物のパソコン……電子機械の部品とか、携帯音響機器です! あれを専門家に見せればっ!!」

「で、それは何処に?」

「……警察に押収されました」

 そこで気付き、再び項垂れる。押収された以上、持ち出しは不可能だ。
 ……が、黙って何か考えていた宮下は、真剣な表情で尋ねた。

「……本当に、見せればわかるのかね?」

「……はい、この世界と比べて20年以上……四半世紀近く進んだものですから」

「ならば、なんとかなるかもしれない」

「ほ、本当ですかっ!?」

 思わずアクリルに顔を貼り付ける。

「……落ち着きたまえ。私の友人に、軍の技術研究所にいる奴がいてね。軍経由で要請すれば、或いは――」

「是非、お願いします!」

「が、もし嘘だったらとんでもないことになるぞ? ……無論、私も私の友人もね」

「お願いします! このお礼は必ずしますから!」

 流石に躊躇う宮下に、稲葉は土下座して懇願した。
 そんな稲葉を見て、宮下も流石に心を動かした様だ。

「……わかった。一つ頼んでみようじゃないか」

「お願いします!」

 面会が終わると再び留置場に連れ戻されたが、稲葉の表情は明るかった。
 どうなるかはわからないが、少なくとも今よりはマシになるだろう、と考えていたからだ。
 ……そんな訳で、稲葉は全く気がついていなかった。
 本来なら、暴れた段階で面会が中断されるであろうことを、
 付き添いの警官が、稲葉の発言を全く制止せずに自由に話させたことを、
 そして何より、面会時間が規則よりも大幅に超過していたことも。





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