帝國召喚 ジャンク編1「転移男」05


「やあ、『客人』の様子はどうかね?」

「だいぶ参ってきたみたいですね。現状の把握もできている様ですし、そろそろ頃合ではないでしょうか?」

「……持ち直した様にも思えるが?」

「何、所詮は空元気です。崩すのはわけないでしょう」

「同感だ。さて、いいかげん『客人』を迎えに行こうではないか。
 いつまでも待たせるのは失礼だしな」

「了解であります」




――――定食「まんぷく」。

「ありがとうございました〜〜!」

 最後の客が店を出ると、暖簾を外して『開店中』の札を『準備中』に変える。
 ロンさんは町内会の会合に出るためにオーダーストップと同時に店を出、シャオちゃんも友達の家にお泊まりに行っているため、今日は俺一人で片付けなければならない。  ま、大分慣れたからそれほど大変ではないんだけどね。

 そういえば、「まんぷく」は定食屋である。
 食材は兎も角、料理自体は元の世界のそれと同じもので、所謂『帝國大衆料理』だ。  ……清華料理は作らないのだろうか?

 とはいえ、俺は清華料理がどんなものかは知らない。
 ロンさんの名前や清華っつー国名から、かってに『中華料理っぽいもの』と決め付けているのだが……

「でも、もしかしたらタブーなのかも」

 考えてみれば、シャオちゃんが作ってくれる家の食事も全部帝國式だ。
 ロンさんがまだ子供の頃に清華を出たため、もしかしたら清華料理を知らないのかとも考えたが、よくよく考えれば両親と共に国を出たのだからそんな筈は無い。
 多分、清華のことなど思い出したくも無いか、或いは別の――何れにせよあまり愉快ではない理由からだろう。

 ドンドン!

 そんなことを考えてると、店の扉を乱暴に叩く音が聞こえた。
 やべっ、鍵閉めてなかったよ。

「すみません、もう閉店なんですよ……って!?」

 扉を開けると同時に、数人の男達が雪崩れ込んでくる。
 強盗っ!? 拉致っ!?
 なんてこった! ロンさんに留守を任されておきながら! 稲葉昌由、一世一代の不覚っっ!!!!

「ひ――――っ! 命ばかりは勘弁をっ!!」

 俺は呆気なく降参した。多勢に無勢、貧弱な坊やの俺にはどうしようもない。大人しくされるがままにするしかなかった。
 畜生、この世界は元の世界より治安イイと思ってたのにっ!! ……テロはあるみたいだけど。

 ――ああ、今日の売り上げが。

 無念のあまり、俺は滝の様な涙を流す。
 3時までの売り上げは集金に回ってきた銀行員に渡したけど、5時以降の売り上げや用意してある釣銭はレジの中だ。
 ……ロンさん、シャオちゃん、ごめんなさい。何年かかっても只働きして弁償しますから許して。

 と、男達の一人がナニやら懐を探り始める。
 ひいいいっ! 拳銃!? 光モノ!?
 が、予想に反してそれは黒い手帳でした。
 その真ん中には、黄金色の旭日章……って、警察!?

「イナバ・マサユキ! 偽札行使の容疑で逮捕する!」

「……へ?」

 俺は思わず間抜けな声を上げた。




――――帝都、某警察署取調べ室。

 ドンッ!

「いいかげん白状しろっ!」

「ひいいいっ!」

 取調べ官の怒声に俺は震え上がった。
 怖いです。むっちゃ怖いです。

 俺が捕まった理由は、『ニセ札を使ったこと』『ニセ札を所持していたこと』。
 この世界に来て直ぐ、駅で1000円札を両替しようとしてそのまま置いて逃げたんだけど、どうやらそこから足がついたらしい。
 で、押収された俺の荷物の中から大量の『ニセ札』『ニセコイン』が見つかったことで、俺の立場は一層悪化――という訳だ。

「しかも一万円圓札だと!? お前警察舐めてるのかっ!」

 ドンッ!

 興奮した取調べ官の怒声に、俺は思わず首を竦めた。いや、そんなつもりはありません。マジで。
 ……でも、この人が怒るのも無理は無いんだよなあ〜〜。

 この世界は太平洋戦争が無かったため、敗戦直後の混乱も、その後の新円切り替えとかも無い。
 無論、数十年間の間にインフレは進んだものの、とても俺の元いた世界ほどじゃあない。
 ……どういうことかって?
 要するに、この世界じゃあ未だに『銭』なんて通貨単位があるんだよっっっ!!
 物価は大体元いた世界の1/100。1銭は元いた世界の1円、100銭(1圓)なら100円って感じだ。
 つまり、一万円圓札は俺の元いた世界でいうと『100万円札』ってことで……そりゃあ怒るよね……
(ちなみにこの世界の最高額紙幣は百圓札だ)

「何処でこのニセ札を手に入れたっ!」

 取調官の詰問に、俺は口を閉ざすしかなかった。
 元の世界の神様から手切れ金として貰いました……なんて言ったら殺されかねないからだ。

「殿塚さん」

「何っ!?」

 部屋に一人の男がはいってきて、取調べ官の耳元で何事か囁く。
 と、取調べ官の表情は更に険しくなった。

「お前、不法入国者か!」

 ――ああ、来るべきものが来たなあ……

 俺は胸の中で諦観気味に呟いた。
 帝國本国在住者には、全指の指紋押捺が義務付けられている。
 が、当然ながら俺の指紋なんてある訳がない。
 ……だから、俺は『不法入国者』になる。帰る場所の無い不法入国者。
 加えてニセ札所持の重犯罪者なんだから目もあてられない。

 どうやら俺にはスバラシイ運命が待ち受けているようだった。
 神様のバカ……




――――その少し前、某所。

 もう夜も11時過ぎだというのに、一人の少女が道を歩いている。
 その外見は、とても不良には見えない大人しそうな娘だ。一体、如何したというのだろう?
 ……巡回の警官に見つかったら、補導されてしまうのに。

「うう〜〜、稲葉さん、どうしたんだろ?」

 この少女、シャオである。
 今晩は友人の家に泊まる筈だったのだが、その友人が急遽両親と共に田舎に行かなければならなくなった――祖母が倒れた――為、お泊まり会はお流れになってしまったのだ。
 友人の両親は申し訳無さそうに『家まで車で送る』と申し出たが、事情が事情なので固辞。で、こうして一人で歩いている――という訳だ。
 ちなみに友人の両親には『お父さんに迎えに来て貰う』と安心させ、駅までの見送りだけで済ませてもらったが、これは嘘だ。ロンさんは町内会の会合に出席しており、今頃は酒宴の真っ最中だろう。とても迎えに来れる様な状況ではない。
 ま、そんな訳でもう一人の家族である稲葉に迎えに来てもらおうと考えたのだが、何故か一向に電話に出ないのだ。

「もうとっくにお店も終わってる筈だから、電話に出る暇位ある筈なんだけど……」

 シャオ、半べそである。
 もしこんな時間に、自分のような少女が一人で歩いている所をお巡りさんに見つかったら補導されてしまう。
 補導されたら家や学校(中等学校)に連絡が行く。家は別に構わないが、学校に知れたら何らかの罰を受けるだろう。ああ、もしかしたらもしかしたら、高専の入学も取り消されてしまうかもしれない。
 高専受験時に提出した内申書はあくまで暫定的なもの。そのため中等学校卒業時に渡される最終内申書を再提出しなければならないのだが、そこに『補導暦アリ』なんて書かれたら……
 そう考えただけで、目の前が真っ暗になる。
 お上にも情けがある筈だから事情を説明すれば大丈夫……とは思うが、シャオは好き好んでそんなデンジャラスな橋を渡りたくなかった。
 ……今現在、正に渡っているのではあるのだが。

「うう…… 稲葉さん、恨みますよ……」

 そんな泣き言を零しつつも、彼女の耳はピンと立って辺りを警戒している。
 そして何かあったら即逃げるつもりだ。 ……いや、隠れた方が良いだろうか?

「稲葉さんさえいてくれたら……」


 シャオは溜息を吐いた。

 確かに、稲葉がいればこんな思いはしなくて済んだだろう。
 若い男が夜中に自分の様な少女を連れまわしているのだから呼び止めはされるだろうが、一応住み込みの店員だから保護者と押し通せる。少なくとも自分一人よりは百倍マシだ。

「……もしかして、また泣いてるのかな?」

 それで気付かないのかも……と、ふと思う。

 稲葉が「まんぷく」の仕事にも慣れてきたと思われるここ数日、稲葉は毎晩の様に布団の中でむせび泣いていた。
 稲葉は隠しているつもりだろうが、獣人の超感覚――それも狼の――を甘く見てはいけない。ロンやシャオは、とっくに気付いていた。
 ……まあ一つ屋根の下に住んでいる以上、超感覚があろうが無かろうが何れは気付いただろうが。

 シャオの脳裏に、以前の記憶が呼び起こされる。


 シクシクシク……

『……お父さん』

『ん〜〜〜〜?』

『……稲葉さん、また泣いてる』

 シャオは、隣で寝ているロンを起こした。
 その泣き声はとても哀しげで、聞いているこちらまで哀しくなってしまう。

『……放っとけ』

『……でも』

『……あのなあ、男が泣くというのはとても恥ずかしいことなんだぞ?
 だから行き倒れだって、決して俺達の前じゃあ泣かないだろう?』

『……うん』

『……なら、気付かないフリしてやれ。それが情けってもんだ』

『そうだよね……でも……』

『シャオ』

 ロンはシャオの言葉を遮った。

『余計なことを……行き倒れに恥かかせるなよ?』

『……わかったよ』

 渋々、シャオは頷いた。


 ……そして今日、稲葉はとうとう昼間に泣いた。
 自分達が帰ってきたことに気付き、慌てて偽装工作をしたのだがバレバレで、泣き顔まで見てしまった。

「よしっ! 今日こそは稲葉さんを問い詰めてみよう!」

 シャオは意を決した。
 お父さんはああ言ったけど、自分だって今回迷惑を受けたのだから、当然聞く権利がある――そう強引に結論付けて。
 ……ま、要は心配なだけなのである。




――――「まんぷく」前。

「……何? この人だかり?」

 シャオが自宅に辿り着くと、家の前にはまるで火事場の様な賑わいを見せていた。
 訳が分からず、近所の人に尋ねる。

「あの、何かあったのですか?」

「あっ! シャオちゃん、大変よ!」

 近所のおばさんは真っ青になってシャオの両肩を掴んだ。

「あのね……落ち着いて聞いてね? 『行き倒れ』さんが警察に捕まったの!」

「……へ? 稲葉さんが?」

 『ここ、笑うところなのかな?』と一瞬思ったが、おばさんの深刻そうな顔を見、その考えを引っ込めた。
 で、とりあえず人ごみをかきわけて家の前に辿り着くと、そこにはTVドラマの様な光景が広がっていた。

「うっわあ……」

 家には進入防止のテープが貼られ、警察官が立っている。
 ……なんかあまりにもハマリ過ぎていて、かえって実感が湧かない。

「はっ!? とりあえずお父さんに知らせないとっ!!」

 シャオは全速力で町内会の集会場に向かった。




――――町内会集会場。

「……何? コレ……?」

 100m6秒90の自己ベストを更新する様な勢いで集会場に辿り着いたシャオであったが、自宅前同様に思わず絶句する。
 ……そこは、倒れ伏した泥酔者の山だった。

 あちこちに空の酒瓶や酒樽が転がっている。大半のテーブルはひっくり返されており、皿やコップも酒瓶同様畳みに散乱していた。
 倒れ伏した泥酔者達も、皆半裸だったり腰蓑だったりと何らかの仮装をしており、みっともないことこの上ない。
 ぶっちゃけ、とても家族には見せられない様な惨状だ。
 そんな中、やたら大きな泥酔者が――

「お、お父さんっ!?」

 それは熊の様に大きな狼だった。ロンは、完全獣化して倒れ伏していたのだ。とーぜん全裸のハズだ。
 そして、その上には赤い菱形の腹掛けを着た中年男も倒れている。その傍には、おもちゃのマサカリが落ちていた。

「……?」

 その異様な光景にシャオは退いた。
 ……コノ人タチハ何ヤッテルノデスカ?

 と、『第十五回町内隠し芸大会 演目其ノ四十七、金太郎』とのめくり幕が目に飛び込んでくる。

「じ、じゅうごかいって…… お……お父さん……」

 ……ちなみにロンの上で眠っている『金太郎』は警察署の警部補殿である。
 なんかもー、ここまで来たのが馬鹿馬鹿しくなる様な光景だった。

「あー、もーどうしたらっ!?」

 頼りになるハズの大人の男達は全滅。目論見が外れたシャオはトボトボと集会場を後にした。





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