帝國召喚 ジャンク編1「転移男」01


――――平成19年2月、秋葉原。

「いや〜、神様っているもんやね〜♪」

 俺の名は稲葉昌由。25歳、しがないプログラマーだ。
 趣味はパソコン弄りに軍事。所謂『ヲタ』というヤツである。
 当然恋人いない暦=年齢という、実に寂しい青春を送っていた。
 が、そんな俺にだって偶にはいいこと位ある。
 いつもくじ引きと言えば『外れ』のティッシュ位だったのだが、今回はなんと宝くじの一等100万円当たったのだ。
 すげえよ! これがビギナーズラックって奴か!?
 かくしてすっかり浮かれた俺は、俺的最強PCを作るべく、こうして秋葉原までやってきた――という訳だ。

「よーし、パパこれも買っちゃうぞー」
(*稲葉は独身です!)

 調子に乗って10万円近いグラフィックボードに手を出す。
 他にも最新のCPU、マザーボード、メモリ、ディスプレー、周辺機器等々……合わせた金額は軽く50万を越えるだろう。

「おっ、忘れちゃいけないビスタちゃん」

 Linuxも悪くは無いが、如何せん互換ソフトがなさ過ぎる。
 会社じゃ重宝しているのだが……

「うっし! これで後は帰って組み立てるだけ〜」

 いや、折角だから美味いものでも喰っていこう。金ならあるんだし。
 ――そう考えた俺は駅へと向かう足を止め、方向を変えて再び歩き出した。

「まずは『勝漫』で大カツ丼、〆に『すしざんまい』でマグロ〜♪」

 俺は意気揚々と万世橋を渡った。

 ……この時の俺は、浮かれてたので気が付かなかった。
 この『一等100万円』は、この世界の神様が俺に寄越した『手切れ金』だった、ということに。




――――平成19年2月、???。

 道を歩いていくと、色々なコスプレ姿の連中が目に付く。

「流石は天下の秋葉原、正に『聖地』!」

 老若男女を問わぬ見事なコスプレに、思わず感心してしまう。
 リアルな獣面を被った巨漢の男性、
 ネコ耳と尻尾を見事に動かしながら歩く美人なおねーさま。
 エルフの様に耳を長くした外人さん……

「おや、帝国軍人さんまでいらっしゃるじゃあないですか!」

 しかも腕章には『憲兵』。凝ってますねえ……
 思わずデジカメで撮っちゃいますよ。

「すみませ〜ん。写真、良いですか?」

 買ったばかりのデジカメを手に、思わず駆け寄ってしまう。

「ん、お前はなんだ?」

 うわっ! 見事になりきってるよ!

「はっ! 自分は本日初めて帝都に参った者であります!
 帝都観光記念に是非一枚、お願いいたします!」

 余りにも嵌った憲兵軍曹殿のお言葉に、思わずこちらの口調も変わる。

「……まあ構わんが、余り変な所を撮るなよ?
 スパイ容疑でしょっ引かれるからな」

「はっ!」

 有り難く写真を撮らせて頂く。

 ――お前のカメラは変わっとるなあ。

 ――ええ、最新式ですから。

 ――ふ〜む、世の中どんどん進んでいるのだなあ。

 等というイベントをへて、俺は道を進んでいく。
 道を進んでいく。
 道を進んで……

「え〜と、ココ何処?」

 なんか、道に迷いましたよ!?
 おっかしーなー、もうとっくに『勝漫』に着いてる筈なんだけど……

「すいませ〜ん。この辺に『勝漫』ってお店、ありませんか?」

 とりあえず、俺は近くを歩くイヌ耳少女に助けを求めた。
 ……いや、別に下心はありませんよ?
 他にも人がいたのにわざわざ声をかけたのは、『彼女がかわいかったから』ではありません。多分……きっと。

「はい?」

 彼女は、う〜ん、としばらく考えて首を振った。

「ごめんなさい。知りません」

「結構有名なカツ屋さんなんだけどなあ〜」

 申し訳無さそうにへたる耳と尻尾が可愛いなあ、と思いつつも俺は首を捻る。

「えっと、住所とかわかりますか?」

「確か千代田区神田……」

「へ? 千代田区?」

 少女は一瞬目をパチクリさせるが、直ぐに『む〜』と膨れる。

「私をからかってるのですか!? 千代田区って、天子様の御座所じゃあないですか!」

「へっ? ……そりゃあそうかもしれないけど、全部が全部そうでは――」

 豪くアナクロなことを言う子だなあ、と思いつつも弁解する。

「……『千代田区』は皇居の別称です。皇居にカツ屋さんなんかありません」

「はあ……すいません」

 異論はあるのだが、少女の剣幕からして逆らわない方がよかろうと判断し、黙っておく。

 ――しかし、本当に良く出来たコスプレだなあ。

 少女の感情に合わせて自由に動いたり、逆立ったりする耳や尻尾に感心してしまう。
 ……触っても良いだろうか? 特にあのフサフサの尻尾とか尻尾。

「……むっ、聞いてますか!?」

「き、聞いてます聞いてます」

「ならいいです。じゃあ今度から気をつけて下さい」

「あっ待って、最後にもう一つ! ココ何処!?」

「蒲田区六郷ですよ」

「へっ? 蒲田区? ……六郷って大田区じゃあなかったっけ?」

「……大田区なんて区はありませんよ」

 イヌ耳コスプレ少女は呆れ果てた様に仰った。




 ……それから1時間後、俺は途方にくれていた。

「ジーザス! なんてこったい!」

 ヘイ、ボブ聞いてくれっ!
 冗談でも気が触れたわけでもなく、どうやら俺はリアルで異世界に来ちまったらしい!

 近くの電気店に置かれたTVからは、こんなニュースが流れてくる。

『清華王国に対する月連合王国の大量武器供与問題について、帝國政府は断固たる措置を……』

 そこ、笑う所じゃあないですよ! 天下のN○Kが大真面目にこんなこと放送してやがるのですよ!?
 ……つーか、『月連合王国』って何ですか? うさぎの国ですか? うさぎが武器売りまくってるんですか!?
 なんつー極悪うさぎだ。きっと黒い眼帯した目付きの悪いうさぎに違いない。あと葉巻も必須。これで完璧。

「落ち着け、俺。こういう時こそ平常心だ」

 カチッ! ふ〜〜〜

 落ち着くために一服遣ってみる。
 で、期待通り落ち着いたんだけど、今度は容赦無い現実って奴が襲い掛かってきやがりました。

「しかしこれからどうするよ、俺……」

 こーゆー状況、小説とかじゃあよくあるパターンなんだけど、リアルで巻き込まれたら実にいい迷惑である。
 第一、俺は主人公なんてガラじゃあないし。

「……それに『主人公』つっても、この場合『自分の人生は自分が主人公です』てのと同レベルなんだよねえ」

 む、報われねえ……
 神様、俺何か悪いことしました? もしかして籤かなんかで適当に決めました?
 ……だとしたら恨みます。ええ、一生。

 ク〜〜〜

「……腹、減った」

 けど金は無い。
 ……正確には、『この世界の金』は無い。
 元いた世界の金が使えないことは、駅で両替しようとして既に判明している。
 いやあ、もう少しで警察沙汰になる所だったよ。洒落にならねー。

 ク〜〜〜!

 先ほど以上に、腹が自己主張する。
 喰えないとなると、余計ひもじさが増すのだ。
 神様の馬鹿。せめて飯喰ってから異世界に送り出して欲しかった……

「おれ、ホームレスになるしかないのかな……」

 実際、戸籍すら無い以上、まともな職にはつけないだろう。
 ……いかんいかん、腹が減るとどうしても弱気になってしまう。
 俺はおもいっきり首を振り、縁起でもない将来予想を頭から追い出した。

 が、現実は厳しい。
 俺は公園の水で腹を満たし、トボトボと歩く。
 ひたすら自分の家がある筈の場所へと向かう。
 じっとしていた方が良いのはわかっているが、歩かずにはいられなかった。
 ……両手と背中の荷物がとても重く感じる。
(いや、まあ、実際重いのだが)

 …………

 …………

 …………

 何時しか日も落ち、辺りはすっかり暗くなっていた。
 二月の夜は寒く、空腹と冷気、そして疲労が体を蝕む。
 ……それでも歩く。

 ドサッ!

 道端の小石に躓き、盛大にすっ転んだ。
 慌てて立ち上がろうと……立てねえ!?
 それどころか、とてつもない睡魔が襲ってくる。
 ……もしかして俺、ヤバイですか!?

 必死で眠気と戦い続けるも、形勢はどんどん不利になっていく。
 やがて、なんかもー何もかもがどうでもよくなってきた。

「……パトラッシュ、ぼくはもう疲れたよ。少し眠ってもいいかい?」

 俺は背中の愛機(パソコン、未成)に呟くと、目を閉じた。





1