帝國召喚 ジャンク編1「転移男」04
「掃除、掃除〜〜♪」
俺は歌いながらテーブルを拭く。
ロンさんとシャオちゃんは二人で買い物だ。
親娘水入らず……って奴じゃあない。3時から5時までの昼休み時間を利用した只の仕入れだ。
今日はいつにもまして客が多く、材料が足りなくなってしまったのだ。
で、どうせ買出しに行くならたくさん、ついでに日用品も――という訳で、二人がかりで出かけたわけだ。
……ま、あの二人なら重量なんて関係無いけど、嵩張るからね。手は2本しかないし。
実の所、店の仕入れ担当はシャオちゃんだったりする。
俺じゃあ食材の質とかわからないし、まだ店の人とも親しく無いからまけてもらえないからだ。
それでも最初の内は荷物持ちについて行ったのだが……
そんな必要、ありませんでした。
女の子とはいえ獣人、でっかい漬物石を片手で持ち上げるシャオちゃんです。
ぶっちゃけ、邪魔にしかなりませんでした。
こうして掃除してる方が余程役に立てますね。はい。
鍛えてシャオちゃんの役に立てる男になろうとも考えたが、シャオちゃんが100m走で『7秒切る』なんて聞いて即諦めた。
……俺には光の向こうの神を見ることなんて出来ない。
いやー、『越えられない種族の差』ってヤツを実感したね。劣等感すらわかねーや。
これで掃除完了、と。
「さて、掃除も終わったしTVでも見るか」
俺は居間に上がり、ガチャガチャとTVのチャンネルを弄る。
そういやあまだ言っていなかったけど、この世界の科学水準は元いた世界でいうと、だいたい1980年代初期のレベルだ。
家電普及率で見てみると、俗に『3種の神器』なんて言われる電気冷蔵庫、洗濯機、掃除機なんかはすでにほぼ100%普及しているし、『3C』(カー、クーラー、カラーテレビ)についてもカラーテレビはほぼ100%、自動車はやや落ちて70%、クーラーは更に落ちるがそれでも50%程度普及している。
けど、携帯電話やFAXなんて存在しないし、ビデオデッキだって普及率10%とまだまだ高級品だ。
ロンさんの家を例に挙げると、普及率ほぼ100%の『3種の神器』やカラーテレビなんかはあるけど、やや普及率の落ちる自動車やクーラー、ましてやビデオデッキなんかは存在しない。
……まあ自動車やビデオデッキに関してはどうでもいいが、『クーラーが無い』ってのは俺的には致命的だったりするんだよな〜〜暑いの苦手だし。
クーラーはここ十年でようやく普及しだした段階だ。
上でも挙げた様に普及率はまだ半分程度、それも『一家に一台』って感じで『個室にクーラー』なんて夢の又夢、高嶺の花だろう。
「まんぷく」に導入されるのは一体何時の日のことやら……
はあ〜、夏が怖い。
TVでは、美男美女が迫真の演技を見せている。
「いやあ〜、こっちの世界のドラマはいいやね」
この世界の俳優は顔は良いし演技も上手い。
脚本も良好だしロケにも金をかけている。
西洋系の顔立ちをした俳優が頻繁に出てくることも合わせ、まるでアメリカのドラマを見ている気分だ。
……ついでに言えば、歌手の歌も上手い。上手いっつーか凄い。全般的に。
安っぽいセットに学芸会以下の演技を見せて下さるどこかの国のTVとは豪い違いである。
「何故ここまで違うんだろう?」
俺は首を捻ったね。
……そういえば、この世界のファッションもやけにセンスが良い。
俺が野暮ったいから気がつかないだけかもしれないが、町の人の髪型や服装にそれほど違和感を感じないのだ。
と言っても、元いた世界の『若者ファッション』ではない。俺はあれが大嫌いだ。ぶっちゃけ、チンピラや淫売にしか見えない。
どちらかと言えば上品で大人しめの感じで、好感がもてる。人によっては地味と思うかもしれないが、俺は好きだね。
「何故、こんなに洗練されてるんだ?」
この時の俺は、『この世界の日本は文明・文化の中心地』ってことを理解していなかった。
だから、幾ら考えても答えは出てこない。無意識にガチャガチャとチャンネルを弄る。
ザー
「ああ、2chか。やっぱり、この世界でも放送局入って無いんだよな」
2chで思い出したが、もう10日以上ネットに触れてない。
触れたくてもこの世界にネットは無いし、パソコンも初期のタイプが存在する程度。しかも恐ろしく高価だ。
……ま、この世界ではパソコンの利用法を知らない人が大半らしいから、持っていても使い道に困るだろうけどね。
(上で挙げた家電普及率の際に言及しなかったのも、家電とは見做されていないからだ)
「高いし必要性も無いから普及しない、普及しないから値は下がらないし進歩もしない……」
一般家庭におけるパソコンの普及率は恐ろしく低く、限りなく零に近い。
この世界でパソコンを保有しているのは企業や官庁が主体で、個人で保有しているのは余裕のある趣味人位のもの。世間の認知度は低い。
能力的にも8ビット級全盛で、16ビット級がようやく登場し始めた、といった感じだ。
「シャオちゃんなんか『パソコン? それ、何ですか?』だもんなあ」
独力でここまで開発したことには素直に脱帽するが、まだまだ道は遠い。
パソコンの実力はこんなものじゃあないのだ。それによって開ける未来も。
「……そういやあ、家庭用ゲーム機も無いんだよな」
あることにはあるが、やはり高価で趣味人が保有している程度だ。
! ということは、俺がファミコン作れば大金持ち!?
そうだよ! 漫画は絵心が無いし、小説もうろ覚えだから無理だけど、初期のファミコンゲームなら俺にだってプログラム出来るぞ!
流石に後期のゲームになると一人じゃあ厳しいけど、俺がチーフになれば!
20年以上のネタストックがあるから、こりゃあ凄いことになるぞ!
「『パクリ』じゃないニダ〜〜『インスパイア』アルよ〜〜♪
ククク…… 大金持ちになれば、クーラーなんか幾らでも買え…………ハッ! 俺は一体何を!?」
何時の間にか暗黒面に落ちていたらしい。
ふっ、認めたく無いものだな。自分自身の、若さ故の過ちというものは……
ぶっちゃけ、これは以前も考えてボツになった案である。
俺とてプログラマーの端くれ、著作権の重要性は重々承知している。緊急避難的に細々とやるのならばまだしも、こんな手法で大金持ちなんてとんでもない。それ以上にこんな手法で『先駆者』『パイオニア』なんて呼ばれては堪らない。稲葉は恥を知る男なのだ。
……それに戸籍どころか国籍すら無いこの身では、有名になったらトンデモナイ目に遭うだろうことは間違いない。
こうやって息を潜めて生きていくのが一番安全だ。
「けど、それって問題の先送りなんだよね〜〜」
この職場だってそういつまでも続けられる筈も無い。何時かは暇を出される筈だ。
が、その後どうやって生きていったら良いかは検討もつかない。
定職に付くのが不可能な以上、せいぜい日雇いで食い繋いでいくしかないだろう。
……でも、年を取ったら?
「……どう考えても、最後は野垂れ死にだよなあ」
結局、いつもの結論に達する。
国籍が無い以上、どうにもならないのだ。
俺は只の不法入国者ではない。存在する筈の無い人間、帰る場所の無い人間なのだから。
「ク……」
俺は声を押し殺して泣く。
待ち受ける未来への恐怖、押し寄せる孤独と絶望感がそうさせているのだ。
……今に始まったことではない。俺は毎晩、布団の中で泣いていた。
ここ数日――「まんぷく」での生活に慣れ、現状を把握し、将来を考えるゆとりが生じてからの日課の様なものだった。
「稲葉さん、ただいま〜〜」
「行き倒れ! 今帰ったぞ!」
ピクッ
「ウオ〜〜ン、オンオン!」
俺は二人の帰宅に気付くと、TVのチャンネルを変え、声を上げて大袈裟に泣き始める。
二人は俺の泣き声に驚き、居間に駆け込んできた。
「ど、どうしたんですか!?」
「何があった!?」
「う、うう……この主人公、なんて気の毒なんだ……」
計算通り、TVではお涙頂戴もののドラマが放映されていた。
「……お前なあ、TV見た位でそんな泣くなよ。つーか、男が泣くなみっともない」
「いいじゃない、私達しかいないのだし」
呆れた表情のロンさんと、俺を慰めてくれるシャオちゃん。
「稲葉さん、感受性が豊かなんですねえ。でも大丈夫ですよ、物語はいつだって『めでたしめでたし』、ハッピーエンドなんですから」
「ハッピーエンド……そうか、そうだよな」
シャオちゃんはTVのことを言っただけかもしれないが、俺にはそれが何よりも強い励ましに聞こえた。
未来が決まりきっている筈なんてない。その気になれば、どうやったって生きていける筈だ。
ロンさんやロンさんの親父さんに比べれば俺の心配なんて……
この世界にも慣れたと思っていたが、やはりまだまだ本調子では無かったらしい。
「稲葉昌由、戦いの中に戦いを忘れた……」
「えっと……いつもの稲葉さんに戻りましたね……」
余りの俺の変わり身の早さに、シャオちゃんも流石に苦笑気味だ。
「さて、行き倒れも元に戻ったことだし、買ってきたケーキでも喰おうぜ」
「お父さん! ちゃんと手を洗ってからにしてよ!」
ま、そんな先のこと考えてたって仕方が無いやね。
明日は明日の風が吹く、人生どうにかなるものさ! ……多分。
そう強引に結論付け、俺は手を洗いに行くため席を立った。