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昼夜逆転

このまま死んでもいい気がしてきた。
と、いうのも簡単な話で今死んでも誰にも気づかれないんじゃないかと。
たぶん僕がここで死んでも友達からは「あいつ反応ねーな、寝てんのか」とか思われるだけで終わりそうだし。
知り合いにも「最近あいついないなー」くらいで終わる気がする。
親だってメール帰ってこないけど何してんだよーくらいにしか思わないかもしれない。
死ぬなら今のタイミングが結構いい気がする。
ただ、死ぬなら幸せの絶頂期に死にたいよね。
このまま死んでも悔いがないっていうタイミング、ああ生きててよかったなあってタイミングで死にたい。
実際そうなったら「死にたくない」って思うに決まってるのにね。ずいぶん勝手な思考をしてるものだ。

最近の生活サイクルとしては昼に寝て夜に起きるパターンが多い。
早朝に寝て昼に起きるというのは今までもあったのだが最近はそれを上回るクズさだ。
夜に起きてそのまま昼までずっと起きてて、昼になったら寝る。
そして夜になったら起きるんだ。これじゃあ何もできやしない。もともと何もしないで引きこもってるけど。
ああ、どうしてこう悪循環が続くんだろう。
一体僕が何をしたかと言われたら僕が何かをしてるわけなのだが。
一番狂い始めたのはあれからかもしれない。
あれがなければ僕はもう少しまともでいられた?とんでもない言い訳だ。
結局のとこ本当の僕はこれなんだろう。
ああ、自分が嫌だ。

こんな僕を殺したい。
逃げたいから死にたいのもあるしこんな自分が嫌いだから殺したいというのもある。
結局自分を殺すのが自分が死ぬのかもはっきりしていない。意味は変わらないのだが。
ここ最近、頑張ったのはいつだろう。いつの間にか頑張ることができなくなっていた。
ささやかな幸せを感じて、そのあとすぐ死にたいなあ。
痛いのや苦しいのは嫌だからせめて楽に死ねたらなあって思う。
寝てる間に気付いたら死んでいたいっていつも思う。ああ、だから僕はクズなのか。

皮膚が弱かったり体調不良に陥りやすいのも相まって余計に死にたい。
死ねないならこういう苦しみからはせめて解放されたいものなのだが。
ええと、何を言ってまとめようとしていたんだっけ。
焦りや不安をそのまま文章にしているものだから考えていたことを忘れてしまった。
そもそも、考えて文章を書いたことなど一度もないのだが。
手先不器用だけど器用貧乏。意味わからん。どっちかにしてくれ。

ただ気付いたのは
僕がいなくなっても寂しいと思ってくれる人はいても悲しむ人はあまりいないのかもしれない。
単純に僕が好かれてないとかそういうことじゃないし。
自惚れじゃなければ僕はそこそこ好かれていると思う。
友達の存在は本当にありがたい。感謝している。友達がいるから生きていられる。
ただ、僕一人がこの世界から欠けたところで人の意識はあまり変わらないんじゃないかなあ。
僕がいないことで何かが変わるってことはないんだろうと思う。
それはきっと、とても寂しいことだけど。
でも誰かが欠けても僕が悲しまないようなことがあるよりかは。
誰かが欠けるよりもまず僕が最初に消えてしまいたい。

何かを書こうと思ってたんだが一体何を書こうとしていたんだっけな。
ただこのまま続けていてもネガティブな感情が延々出てきてしまうだけのような気がするからここらで打ち切ろう。

最後に。
死にたい死にたいと言っておきながら結局僕は生きているし。
きっとそういう人ってたくさんいるのかもしれない。
こういうタイプの人は大抵構ってちゃんが多いんだけど構ってほしくて死にたいと言ってるわけではなくてな。
構ってほしいんだけど死にたいって言って構ってもらうとまた自己嫌悪するんだよ。
こういう人を見かけたら「死にたい」って言ってる時は無視してていいから。
それ以外の時はなるべく構ってあげてね。…僕は一体誰の目線なんだ、気持ち悪いことを言ってるな。
正直上の2行くらいを消したい気持ちでいっぱいだがミスタイプ以外は消さないようにしているんだ。
僕は変なところで頑固だし変なプライドを持っているな。
それがまた自分の嫌な部分をを象徴しているのかもしれない。

寡黙な心

もしかしたら今僕は何も語りたくないのかもしれない。
何も語りたくないと言いながら別段毎日更新を目指しているわけでもなく
気が向いた時に書いていたこのブログを更新しようという感情は相反しているのかもしれない。

でもわかってくれ、何かを言葉にしたいんだ。

例えば僕はただ寝られない時や悪い感情が溜まってどうにも吐き出したい時。
また現在のように何も考えていない時にこのブログを更新したくなる。
こういう時に書きたくなるのはきっと退屈すぎて何も考えずに文章が浮かぶことに快楽を覚えているのかもしれない。
今こうして書いている文章もその場の思いつきだ。
あまり手が止まることもない。だけど頭に何かを思い浮かべているわけでもない。
なるほど、僕のブログの矛盾さやくどいということはこういう書き方が原因なのだろう。

さて、先述したようにどうにも寝れないようだ。
本当は朝に起きて夜に寝るような生活をしてみたいのだが、どうにもうまくいかない。

なんで僕は生きているんだろうな。
こういう余計な独りの時間があるとどうにも後ろ向きな考えになってしまうのが僕の悪い癖だ。
それこそ生きてる理由なんて人それぞれで
生きている理由なんて本当はなくて。
本当はわかっていること。理解していることなんてたくさんあるけど
心が追いついてくれない。理解はしているのに感情がそれを受け入れてくれないことがしばしば。
どうにも心が弱いと感じる。
他人に対して異様に不快感を覚えたり面倒くさがることもきっと心が弱いからなのかもしれない。
僕をよく思ってくれている友達からの誘いすらも「面倒くさい」と思うこともある。
僕はそんな自分が大嫌いだ。大嫌いだと理解していても心は僕を許そうとする。
そんな僕が嫌いだ。どうにも悪い悪循環である。

あまり文章を書くのが得意というわけではないが
こう見えて文章を書くのは大好きなほうだ。
なんとなく思ってることを文字にしたりするとすっきりするし。
タイピング速度もそこそこあるから思っていることがすらすら文章になるのが楽しい。
本当は書きたいこととか色々あるけど。
いかんせん僕の悪い癖だ、面倒くさいという感情がどうにも邪魔をする。
それがなくてもなんとなく思いつかなくて手が止まったりやめてしまうことも。
どうにも僕は深く考えるよりもとにかく手を動かす方が性に合ってるような気がする。

やりたいことというものが実はいくつかあるのだが。
どれも手についてないどころかやるべきことすらにも手をつけていない現状。
現状を直視するのが嫌だ。逃げたい。逃げたい。

まだどうにかなる場所に留まりながらも僕の足は前に進もうとしていない。
今日もこんな時間まで起きているんだ、きっと今日も歩みを進めることはないのだろう。

嗚呼。嫌だ。
こんな自分がいやだ。
嫌だと理解しているのに心が追いついてくれない。

嫌なことがありすぎて死ぬことも考えたことがある。
嫌なことをすべて君が悪いと押し付けて何とかやり過ごした。本当にごめん。
悪いのは僕だ。どっちが悪いわけでもないというわけでもない。
僕が悪いことは誰の目から見てもきっとそうだし。僕もそう思うよ。
僕が全部悪かったですと開き直ってるわけではない。
君に落ち度があるかどうかは知らないけど僕がやりすぎてしまった。

本当は僕が悪いんだ。理解はしている。心が追いついてくれない。
だからそれをこっそり君のせいにした。君が悪い。僕を裏切ったな。


こんな自分を見つめなおすのが嫌だ。
そろそろ目線が追いつかなくなる。

渦巻き

自分の中に渦巻いてる感情を一回全部さらけ出してしまいたかったが
先ほどここに書いた文章はすべて消して今これを書いているわけだ。

やっぱり自分の中に隠しておくべき感情っていうのはあるのだと思う。
今回はそれがわかっただけでまあよしとしておこう。

論じた自分への持論

頭の悪い奴ほど頭がいいと思われたくて持論を語りだす。
というのはあくまでも僕の持論でしかないのだが。
そういう思考を持ってしてここでこんなことを言ってしまうのは自分がバカだと自覚しているのか。
はたまた自分が頭がいいと思い込んでこんなことを書き込んでいるのか。
どうにも判断が難しい。

結局僕は自分が色々語ることができてかっこいいと酔いしれたいだけなのかもしれない。
まあ少しくらいいいじゃないか、所詮は誰も見ていない日記なのだし。

僕が軽く嫌悪するタイプで多いのが、持論を語りだす奴だ。
そういう奴に限って僕の目から見えるのは「こいつ頭悪そうだなあ」という感想しかない。
単純にそいつが本当に馬鹿なのかそもそも僕と思考が違うから僕が否定しているだけなのかはわからない。
ただそういうことを踏まえてきっと持論とやらを言いたい放題言ってる僕は他者から見てひどく滑稽なのだなと思う。

気を付けよう。
他人の目や評価などあまり気にしていいものではないのかもしれないが
自分から良く見せようとして悪い印象操作をするのは本当に馬鹿でしかない。

こういう思考はえてして矛盾が生じる者だが
僕にとってこのブログというのは単に「自分の思考を外に追い出す行為」であり
自己顕示欲や承認欲求からきているものでない。…と思いたい。

最後にこれだけは覚えておいたほうがいいのだが。

僕のようにやけに難しい言葉を使いたがるのは大抵
「かっこいいと思われたいだけの阿呆」
なのでそういう輩には気を付けたほうがいい。

絶対強制

例えば今僕に「これをしなければならない」というものが提示されたとして
僕はそれをこなすのかどうか。
答えはきっとNOだろう。そもそもそんなめんどうなことを自分から進んでしたいとは思わない。

そう、僕はいつもNOを選ぶ。

例え僕が自ら望んで進んだ道でもきっと回り道をしてしまう。

誰かが「これは絶対にしなければならない」のだと強制したのならまた変わってくるだろう。
強制されたことには一種の使命感が生まれる。「僕はこうしなければならない」と漠然とそう思える。
でもそうじゃない。本当はこうしなきゃならないけどそれは自己責任だと言われたら話が変わる。
そもそも僕はどうにも自分に、自分の人生に責任がもててない。
やらなくてもいいやと目先の気楽を選んでしまうような。
そうしたことで誰かに迷惑がかかるというのならそれもまた別なのだが。

僕はどうにも自分のために何かをしようと思えない。


うーん…この辺から意識改革を始めなければいけないとは思うのだが
いかんせんこの意識はなかなか改まらない。
その行動によって誰か一人でも幸せになる人がでてくるのであるのならば。
僕もまた誰かのために動こうと思えるはずなんだけどなあ。