[姿勢編]プロジェクト事務局を軽視してはいけない
プロジェクトの花形というと、どうしてもプロジェクト・マネージャ(PM)を筆頭に、SEやプログラマといった直接システムにかかわる職種を思い浮かべがちである。だが、それを支えるプロジェクト事務局を軽視してはいけない。プロジェクト事務局は、プロジェクトの中で電話や会議室、ホワイトボードなどの物品を手配したり、作業が深夜まで及ぶ場合の交通機関や宿泊施設の手配、プロジェクト共有ドキュメントの管理を行ったりする。要は、プロジェクト内部で発生する様々な庶務的な仕事を一手に引き受ける組織のことを指す。プロジェクトによっては庶務係とか事務担当など様々に呼ばれるが、仕事の内容はプロジェクトを縁の下から支える重要な役割である。
プロジェクト事務局を軽視したKさん
今回、Kさんは、大手通信事業者B社の基幹系システム再構築プロジェクトのPMとして任命された。このプロジェクトは1000人月超の規模が予測される大規模システム開発であった。
Kさんはこれまでいくつかのシステム開発プロジェクトでPMとして指揮を執ってきたが、プロジェクト事務局という組織をプロジェクト内部に準備したことはなかった。Kさんは、今回PMを引き受けるに当たり、同僚のFさんから「プロジェクト発足と同時にプロジェクト事務局を設置すべきだ」という助言を受けていた。それはFさんが過去大規模開発プロジェクトでプロジェクト事務局を軽視したために大変な目に遭ったという経験に基づくものであった。
しかし、プロジェクト事務局に関する苦い経験をしたことの無いKさんはこの助言を素直に受け入れなかった。事務担当の派遣社員を1人追加しただけであった。
プロジェクトがスタートして間もなく問題は発生した。派遣事務社員の負荷が非常に高くなっていたのである。それでもKさんは「派遣事務社員が業務に不慣れなのと、そもそもスキルが低いためだ」と考え、特に対応策を講じることはなかった。
プロジェクトを開始して1カ月後、派遣事務社員は体調不良を理由に会社を休むようになってしまった。このままではプロジェクト運営に支障が出ると感じたKさんは、やむなく替わりの派遣社員が来るまで、プロジェクト事務局にかかわる業務を自分でやろうと考えた。
しかし、その考えが甘かったことをすぐに実感する。Kさんが考えている以上に、プロジェクト事務局の仕事は多岐にわたっていた。定例会議一つ行うにしても大変だった。事前資料準備から関係者の日程調整、会議室の手配、プロジェクタなど備品の手配、会議終了後には議事録作成から議事録確定までの連絡と、これだけで1〜2日が潰れてしまうことに初めて気づいたのであった。
それだけではない。月末になると、電気/電話代金の社内支払い手続きや翌月以降の会議室手配、ランチ・ミーティング用の弁当の手配といった定例業務も発生した。このままでは自分の行うべき本来業務に支障が出るとようやく気がついたのであった。慌ててプロジェクト事務局を設置したが、新たに事務局に入ったスタッフが立ち上がるまでの間、KさんがPM業務と並行して面倒を見ることとなってしまった。このため、本来Kさんがやるべき業務が滞った。結果的に大きな問題にこそならなかったが、少なからずプロジェクトの全体工程に影響を与えてしまった。
プロジェクト事務局の役割
プロジェクト事務局のなすべき役割について、『プロジェクト・マネジメント―実践的技法とリーダー育成』(福沢 恒著、ダイヤモンド社)では次の13項目を紹介している。
(1)マスター管理
(2)作業計画のとりまとめ
(3)各工程へのタスク定義
(4)会議体の運営
(5)作業環境整備・管理
(6)課題管理
(7)進捗管理
(8)品質管理
(9)予算管理
(10)プロジェクト標準管理
(11)要員管理
(12)ナレッジ・マネジメント
(13)プロジェクト作業報告
同書が紹介しているプロジェクト事務局の役割は、PMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)的な性格が強いものではあるが、多かれ少なかれ同じような機能が必要である。ここで、筆者が特にその重要性を伝えたいのは、「(5)作業環境整備・管理」についてである。
マスター管理や作業計画、課題管理、進捗管理、品質管理といった事項については、比較的誰でも認識しやすい項目であり、PMの本来業務と言っても過言ではない。そのため、大規模プロジェクトではPMOを設置し集中的に管理・運営する例も少なくない。しかし、この「(5)作業環境整備・管理」が行われているからこそ、プロジェクトが円滑に運営されるということを忘れてほしくない。
作業環境整備・管理の重要性
一言で作業環境の整備・管理といっても、その内容は多岐にわたる。例えば次のような項目が考えられる。
・プロジェクト・ルーム、執務エリアなど物理的な作業場所(部屋)の手配
・ホワイトボード、プロジェクタ、コピー機、FAXなど共有備品の手配
・プロジェクト専用の会議室を持っていなければ会議室を借りる手配
・机、椅子、コピー機器、電話器など個人単位で利用する物品の手配
・電源、電話回線、LAN/WANなど電通工事に関する手配
・建物への入退出、プロジェクト・ルームへの入退出などにかかわる鍵の管理
・入館証、セキュリティ・カードなど個人に付与するセキュリティ管理
・パソコン、共有サーバーなどOA機器およびそれらを接続するネットワークに関する管理
・コミュニケーション・ツール(メール、掲示板、共有サーバーなど)の手配と権限管理
・新規メンバー加入時のフォロー
・必要に応じて食事(弁当)の手配
・茶菓の手配
・深夜に作業が及ぶ場合の交通機関、宿泊施設等の手配
ちょっと考えただけでも、軽く10個以上の項目が出てくる。さらに、これに加えて共有文書や書籍の管理、またプロジェクト成果物の構成管理が入る場合も多い。整備・管理すべき項目は、プロジェクトの規模が大きくなればなるほど肥大化する。1000人月超の大規模開発プロジェクトともなると、Kさんが考えたような体制(派遣事務社員1名)ではとても運営できないことは明白なのだ。
人が気持ちよく生活するには?
チームのモチベーションを考える場合に「マズローの欲求5段階」というものがある(図)。人間の欲求はピラミッドのような5段階の欲求で構成され、底辺から始まって、1段目の欲求が満たされると、次の欲求へ移るというものである。そしてメンバーのモチベーションを高めるには、この欲求を満たすことが重要である。
ピラミッドの最も底辺にある欲求こそが、衣食住に代表される生理的な欲求なのだ。つまり、プロジェクトに参画したメンバーのモチベーションを高めるには何はともあれ、まずは生理的欲求で満足してもらう必要があるのだ。プロジェクトにおけるモチベーションというと、人間関係を重視しがちにあるが、それ以前に行うべきはこの作業環境を整備・管理をきちんと実行するということである。プロジェクト・メンバーが気持ちよく仕事を行うには、この作業環境整備・管理を行う担当者を選任し、メンバーにはこれらの事項について意識させないといった体制を取ることが重要なのだ。
プロジェクト事務局は縁の下の力持ち
プロジェクトの花形はプロジェクトを切り盛りするPMであったり、天才的な能力を発揮するプログラマーであったり、プロジェクトの危機を救うSEであったりと様々である。しかし、彼らがその能力を発揮し、プロジェクトという舞台で華々しく舞う裏側には、プロジェクト事務局という縁の下の力持ちがいることを忘れてはならない。仮にそういう組織を設置していなくとも、同様の働きを行っている人間が必ずいるはずである。そうでなければ、プロジェクトは必ずどこかで破たんする。
PMたるもの、決してプロジェクト事務局を軽視してはならない。普段目立たない彼らの働きがあるからこそプロジェクトが順調に進むことを常に念頭に置き、無事にカットオーバーを迎えたその日には大々的に褒め称えるべきである。
注:プロジェクト事務局をPMOと呼ぶ場合もある。しかし、ここで扱ったプロジェクト事務局とは若干ニュアンスが異なる。PMOには人事権/予算権が付いていることが多い。また、プロジェクト事務局は庶務的な仕事が中心であるのに対して、PMOはプロジェクトの運営を主体とした組織であると考える。そこで本稿ではこの二つの似た組織について、あえて別の組織として分けて考え、PMOではないプロジェクト事務局について述べている。 |
ティージー情報ネットワーク 技術部 共通基盤グループ マネージャ
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