Hatena::ブログ(Diary)

Ohnoblog 2 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-05-18

八代亜紀の絵を描いたのは「誰」か?

一昨日発売の『週刊文春』5月23日号に、”「『八代亜紀作』の絵は私が描きました」 大物演歌歌手の盗作疑惑を告発”という記事が3ページに渡って掲載されている。

●リード

演歌の大御所・八代亜紀は「画家」としての顔も持つ。箱根には広大なアトリエがあり、フランスの権威ある展覧会に入選したほどの腕前という。だが、「八代亜紀作」の絵画は本当に自分自身で描いたものなのか? 偶然の一致とは考えにくい重大な疑惑が浮上した。


記事のあらましは以下。

証言者の一人目は美大生のAさんで、予備校時代、別の部屋に10人くらいが集められ、アクリル絵の具で猫や麦わら帽子などの絵を描かされたことが何度かあった。携帯やカメラの持ち込みは禁止。八代亜紀の名前は出されず、絵はすべて回収された。後にバラエティ番組で自分たちの描いたのと同じモチーフ、同じ構図、同じパースの絵が、八代亜紀作の絵と紹介されていて驚いた。

もう一人の現在まだ美大予備校生のBさんは、同じ首都圏の美大予備校の職員に頼まれて八代亜紀の絵を描き、報酬を貰ったことがあるという。Bさんは「まだ進路がきまっていないいま」「わたしだけでなく他の子にも影響がある」と、記事での身元特定を避ける懇願をした。一方Aさんは、「学生の絵を盗み、しかもその作品を売ったりするのでは、プロの画家とは言えないと思います」と、八代亜紀に立腹している。

これらの件について文春の取材を受けたその予備校職員のX氏、八代亜紀の絵の先生である市川元晴氏(「ル・サロン展」の永久会員)、マネージャーは、いずれも疑惑を完全否定している。

あとは、八代亜紀の絵は個性がなく、画学生程度の画力で、作品によって出来不出来のムラがある、契約関係が成立していればいいが、学生が何も知らされていない場合、剽窃として訴える権利がある‥‥など、美術関係者のコメントがいくつか。



5年前、拙書『アーティスト症候群』の「芸能人アーティスト」の章で八代亜紀について書いた。その関係で私も電話取材を受けたので、絵の印象について改めてコメントしたのだが、盗作疑惑があると文春の記者から聞かされた時、実はそんなに驚かなかった。最初に八代亜紀の絵を見たのはテレビの紹介番組で、その時感じたのが「ほんとに全部自分で描いてるんかいな」だったから。

師匠の作品制作の一部を優秀な弟子が任されるということは徒弟制度の昔からあるわけだが、その逆、師匠が弟子の作品を手伝ってやるというのはあまりおおっぴらにされない。しかし実際にはあって、団体展などで自分の弟子を入選させるためにモチーフや構図や色遣いを指定したとか、「指導」目的で手を入れたといった話は、業界内では風聞として流れてくる。


本を書く前、団体展系の絵描きさんと交流があり絵の鑑定の仕事もしている知人に、八代亜紀について訊いてみたところによると、「あれは全部彼女が描いているんじゃなくて、仕上げは先生がやっていると思う。私の周囲では皆そう言っている。キャンバスを前に絵筆握ってポーズとってるところはテレビに出しているけど、描いてる最中は一度もないのも怪しい」。

たしかに私の見た番組でも、絵が具体的に仕上がっていく過程がまったく出てこなかった。「密着取材」の番組なら、ファンならずとも、あの八代亜紀がどのような巧みな筆さばきでああいうリアルな描写(「画学生並み」とは言え、そこそこ訓練した跡も感じさせる)をしているのか、しっかり見たいのが人情だ。「ああ、なるほど。ほんとに描いてるわ、結構上手いわ」と視聴者を納得させる場面を作らなければ、「怪しいぞ」と感じる人は出て当然だろう。


そう思いつつも、当時そのことを特に問題視する気にならなかったのは、「芸能人がいきなり絵を描き始めてそれをウリにしていたら、裏に何かあって当然」という穿った見方があったこと以上に、その後実際に展覧会場で八代亜紀の作品を見て、それが個性も何も無いあまりにも匿名的な絵であることに、むしろ”感心”してしまったからだ。

猫にしろ麦わら帽子にしろその他の静物モチーフの絵にしろ、まるでデパートの特設会場に一山いくらであるような、凡庸な売り絵のパーツを寄せ集めたかのごとき印象。一言で言えばジャンク。よくここまで、内面のまったく見えない、画家個人の拘りも葛藤も意思も企みも感じさせない薄い絵を、何枚も何枚も描けたものだなぁと思った。

といって別に現代アートのように「表層性」を意識してあえて安っぽいモチーフを安っぽく描いているといった、コンセプチュアルなものでもない。写実描写はいわゆる素人レベルより上かもしれないが、一生懸命頑張って描きましたといった妙な素朴さにも溢れている。この素朴さは、旧態依然とした公募展でしかない「ル・サロン」入選をプロフィールで錦の御旗のごとく掲げている、ちょっと残念なアート観ともマッチしている‥‥。


彼女の絵にある匿名性と、写実的だが生気のないどこかぎこちない感じについて、その正体がなかなか掴めなかったが、仮にモチーフを直接見て描いたのではなく、他の絵を模写した(あるいは画学生が描かされて描いた)のであれば、なんとなく納得はいく。

そしてそう指摘されても、多くの人には「ありがちだなぁ」「美術業界では相手にされてないし、芸能人の副業としてファン向けに成り立ってる商売だし、がっかりするのはファンだけだろね」「演歌で十分過ぎる実績があるのに、なんで絵なんかに手を出したかねぇ」としか思われないようなところに、「画家」八代亜紀はいる。

おそらく”「画家・八代亜紀」プロジェクト”ががっちり出来ているのだろう。そのシステムの中で、人の描いたものを一生懸命描き写したかのような個性のない、古臭いヨーロッパ趣味の静物画を量産し、「上手い」「さすがフランスの展覧会に出してるだけある」「歌手にして画家。すばらしい」と、何も知らない人に賞賛され買われることに、八代亜紀の情熱は傾けられているのだろう。

だがまったく同じ絵を無名の予備校生が売ろうとしても、「号6万」のような価格がつかないのは明らかだ。つまり彼女の絵は、”あの八代亜紀”が描いたという「設定」だけに意味のある、八代亜紀のサイン入り色紙(有料)なのだ。

そういう意味で、「八代亜紀の絵を描いたのは「誰」か?」と言えば、紛れもなく、八代亜紀本人である。



Aさんはプロとしての矜持のない八代亜紀にアーティストの卵らしい怒りを示しているが、特殊枠の「画家」である八代亜紀に「プロとは言えない」と言っても、どこか暖簾に腕押し感がある。そもそも美術業界から「プロ」と見なされていないので美術ネタとしては今いちショボいし、芸能ニュースとしてのスキャンダル度も(本人たちにしてみれば「とんでもない醜聞」かもしれないが)あまり高くないのではという気がする。

それよりAさんが一番怒りをぶつけるべき対象は、”「画家・八代亜紀」プロジェクト”から「仕事」を請け負い、立場の弱い予備校生たちを騙したりバイトで釣ったりして元絵を描かせた「首都圏の美大予備校職員のX氏」だろう。この件が事実だとして、いったい幾ら貰ったんでしょうね。昔、美大予備校講師をしていたので、どこの予備校かは若干気にかかる。


しかし取材に応じておいてこんなことを書くのもアレだが、記事を読んで、私がAさんの立場だったら「告発」なんかせず、ずっと知らん顔して黙っているかもしれないなぁと思った。

自分が予備校生の時に描いた文字通り「画学生レベル」の絵、発表したいという意思のなかった絵の出来を世の中に知られるなんて、絵描きの卵だったら恥ずかしいという気持ちが先に立つのではないだろうか(美術史に残る画家がそれを発掘されるならまだしも)。それに、自分の一言で罪の無い八代ファンをわざわざ幻滅させるのも、なんか気が引ける。

‥‥‥騙されてたっていいじゃん、幸せなら。私はたぶん「正義」よりちっぽけな自尊心、真実を知らしめることより無難で曖昧であることを優先するタイプなんだろう。



●追記:制作において他人の手を借りることについて

村上隆ダミアン・ハースト、ジェフ・クーンズなどの名前を挙げて、彼らも「自分で描いていない」というブコメが複数ある。まさかその指摘がツッコミになると本気で思って書いているとも思えないのでスルーしようかと思ったが、念の為。


アーティストが設計図だけ描いて制作を工房や助手たちに任せることは、特に現代アートでは珍しくない。それは第一に制作に作家個人の手跡を残す意味がなく(あるいは作家の手跡とされるものがコピー可能であり)、尚かつ作家個人では実現できない金属加工、塗装などの専門的な技術や労働力が必要であり、そうした制作過程のある部分あるいはすべてを他者に依頼しても、作品のコンセプトには影響が生じないと判断されるケースである。

当然、制作を手伝う/請け負う人々もそのことを承知して仕事しているし、鑑賞者も「全部一人で描いて(作って)いるかどうか」を問題にしない。それはこれらの作品を鑑賞するに際して重要なことではないと了解されているからだ(アシスタントを使うマンガも同じ)。アンディ・ウォーホルや村上隆のように、工房制作であることに積極的な意味を見出す場合もある。


八代亜紀の作品は、そういう類いのものではない。画家個人の手跡によってのみ作品の独自性が確保されるオーソドックスな具象絵画であり、サイズ的にも助手などを必要としていない。

もし自分の手跡に拘らずあえて匿名性を狙ったのだと無理矢理仮定してみても、絵を描かされた元美大予備校生Aさんがそのことを知らされていなかったという時点でルール違反となる。そして表向きには、八代亜紀が最初から最後まで誰の助けも借りず一人で描き上げたことになっているのだ(少なくともファンはそう見ているだろう)から、今回の疑惑がもし事実であるなら鑑賞者への裏切りともなる。

はるちゃんはるちゃん 2013/05/19 18:35 今更・・・八代亜紀の描いた絵画は私が描きました???…?って何?八代亜紀の絵は八代亜紀だからこそ買うので、、あんたの絵に誰も興味ないからねえ。
売名!かなぁ…週刊誌に書かせて騒ぐなら堂々と自分達も矢面に立って物を言えば・・・卑怯だよねえ・・・卑怯者・・・・のとうぼえ、、相変わらず文春も八代亜紀人気に
あやかり〔スキャンダル〕〕記事で気を引く?全く・・・相変わらず情け無い連中で・・・ま、そういう私も買って売り上げに・・・か。

ohnosakikoohnosakiko 2013/05/19 19:31 はるちゃんさん

Aさんが文春で匿名になっているのは、いろいろ理由があると考えられます。
まず、了解なしに自分の絵を使われたけれども、その元絵を証拠として出せない以上、盗作との証明ができないので、ここで名前を出して告発をすると、逆に八代亜紀側に名誉毀損で訴えられる可能性があること(八代亜紀側はどこまでもシラを切ってグレーにもっていくことができる)。
また、Aさんと同じ予備校にまだ在籍しているBさんが身元特定されないように記者に頼んでいるため、Aさんの名前を出すと、Bさんの名前も割れる可能性があること。

ただ、一応報酬を得て八代亜紀の代筆と知って描いていたBさんは、そのことを取材以前に周囲に話しており、Aさんが後でテレビを見て疑惑を持った点も含めて、八代亜紀側の「根回し」があまりにも脇が甘いというか杜撰そのものだったのだと思います。
芸能人は夢を売る商売と言われますが、絵でもそういうことをやって内実を世間に知られたくなかったら、相応のお金を使わねばなりません。受験生を舐めていたのかバレないと思っていたのかわかりませんが、そこをケチったから、後からポロポロ拙い話が出てくるんじゃないですかね。

腹痛腹痛 2013/05/20 12:48 初めまして、初コメント失礼します。
八代亜紀の絵は聞いた事だけ有って興味が余り無かったので知らないのですが、
もし第三者が描いて居るのが真実ならば依頼した彼女の目的は虚栄心を満たすと言うよりも曖昧な付加価値が欲しい気まぐれ的な物に近いのではと感じました。
自分も学校で選ばれた絵が結局約束反故され返って来なかった事が有ります。
権威あるフランスの賞を取ったとやらが取り沙汰されるのも村上春樹の本を読む事にブランド性を感じる村上春樹ファンと通づる物を感じます。
(最も賞に関しても詳しくないので本当の意味で価値が有るのか無いのか私には分かりませんが)
ゴッホが浮世絵から影響を受けたとあれば、まるで自分が影響を与えたかの様な得意気な物言いをする日本人にも辟易します。
コメント内容が本文にそぐわなくて恐縮ですが、
たまたま見付けたブログで共感出来る記事が多々有りましたので自由に書かせて頂きました。

ohnosakikoohnosakiko 2013/05/20 20:31 腹痛さん

この件がもし事実だとしますと、予備校生に描かせることを思いついたのは、本人ではなく周囲の人ではないかと何となく思います。

「虚栄心」についてですが、芸能人アーティストの多くを見ていると、「芸能人では終わりたくない、芸術家とも呼ばれたい」という思いが強くあるように感じます。
八代亜紀にしても一流の演歌歌手なのに、なぜ「画家」にもなりたいのか。疑惑が持たれるようなことまでしてなりたいのか。そこには、芸術家とかアーティストという言葉にある芸能人や歌手より格上の(?)ブランドイメージを纏って、他と差別化したいという気持ちがあるのではないか。
そういう傾向を私は「アーティスト症候群」と呼んでいます。

かつらかつら 2013/05/21 10:22 違う切り口になりますが・・・

八代亜紀という芸能人がどれだけしたたかなのかは私にはわかりません。

が、もし仮に息抜きの間に絵を描くのが好きなだけだった彼女がいたと仮定します。

付加価値をつけたかったのは彼女だけではなく、彼女をプロデュースする周りの人も大いに関係しているのかな、と感じました。

それなりに好きで描いていただけだったのに、
『こんなものじゃぁ”八代亜紀”として出せない』と手を加えられ、
挙句の果てには他人が成りすまして描いたものが世に出る。

『絵筆を握って笑顔で』とキャンバスの前で写真を取られ
テレビの収録では自分で他人が描いた絵について話すことを求められ。

芸能界とは大変ですな。
良心の呵責があったとしても
憤りがあったとしても
貫き通さなくてはならない

既に彼女だけの問題ではなく
商品”八代亜紀”をプロデュースする全ての人に関わって来る。

はたまた商品”八代亜紀”になれるということが芸能界という場所なのか。

どちらにしてもかなり面の皮が厚くなれなければ成り立たないということですかね〜?

ohnosakikoohnosakiko 2013/05/21 19:01 >付加価値をつけたかったのは彼女だけではなく、彼女をプロデュースする周りの人も大いに関係しているのかな、と感じました。

八代亜紀の絵で商売をしている人々がいる以上、そうでしょうね。
疑惑が事実だとしても彼女の発案とは私には思えませんが、美術に関する限り、あまり周囲の人に恵まれてないのではないかという気がします。きっちり用意周到にプロデュースしていたら、こんなお粗末な話が漏れ出てくることもないわけですし。

単純に絵を描くのが好きというところからあまりはみ出さずにやっていれば良かったのにとは思いますが、周囲が放っておかずセルフコントロールができなくなったのかもしれないと思います。

普通の人です普通の人です 2013/05/21 19:27 何も知りませんが、印象としては、本人も売れて・稼いで・少し落ち着いて・余裕ができた時に
・絵が好きだから音楽と同じように絵でも習いたいって言ってる
・それだったら、本人(商品)にさらに付加価値が付いて高く売れる方法も考えたいな
・そしたら、ある程度は習得期間(告知期間)を見てから、頃合いの良いところで、商品に過剰包装でもしてみるか
・本人は絵が描けて収入になるなら、それにこした事は無いから任せる。って言ってる
・なんか意外と売れるからいいかも
・ちょっと皆が飽きてきたみたいだから、この事業は縮小方向で、細々と続けますけどね
・あと、今まで世話になった人も居るけど、上手く切れといて
なんて、。

病院行ったとき、看護婦さんがニコニコしててなかなかメンバーが入れ替わらないところと、
ころころと看護婦さんが入れ替わって、ブスッとしてる病院がある、
きっと待遇が違うんだな〜と思ったりします。
収入が良くて待遇が良ければ看護婦さんも自分の病院の悪口なんて言いません。

きっと似たような不満が、ご本人の周囲に出てきたという証ではないでしょうか?

ohnosakikoohnosakiko 2013/05/21 19:48 まあこうした疑惑が出てしまった以上、いろいろな推測は出てくるでしょうね。
上の方にも書きましたが、フィクションならフィクションで完璧にやらないと‥‥と思います。

証言者は事実を言っているという前提の上で書きますと、何も知らされてなかったAさんが「告発」するのは理解できますが、報酬をもらっていたBさんが周囲に喋っていたってどういうことかな?と思いました。口止め料が足りなかったのか、口止めはされていたが喋りたくなってしまったということか、などと。もし先方と正式に契約していたら重大な契約違反になるでしょう。

投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証