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【千葉】

「国は不誠実だ」 原発集団訴訟 初弁論

第1回口頭弁論後に会見する原告弁護団=千葉市内で

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 「具体的な主張をしない国は不誠実だ」。東京電力福島第一原発事故の被災者らが国と東電に賠償を求めた集団訴訟で、原告側弁護団は千葉地裁で三十一日にあった第一回口頭弁論後、国が主張を次回以降に持ち越したことをこう批判した。

 法廷ではこの日、福島県浪江町から避難生活を続ける原告の夫婦が意見陳述し、事故後に激変した生活環境を訴えた。

 弁護団長の福武公子弁護士は、口頭弁論後の報告集会で「国は東電の陰に隠れて、自分の責任をはっきりさせていない。責任はないと言いたいが、今の時点では(何も)言わない」と国の姿勢に疑問を投げ掛けた。

 国は答弁書で、国の事故責任を問う原告の訴えに対し、「原発事故の原因は津波か、それ以外か」など五項目で原告側に説明を要求した。

 こうした国の姿勢に対し、原告弁護団は集会で「(訴訟)引き延ばしのための方法だ。時間稼ぎせず早く意見を述べるべきだ」と指摘。被災者は日々の生活に追われており、「今後できる限り早く裁判を進めていく」と強調した。

◆7カ所転々、生きる希望を…

 福島県浪江町から避難している原告夫婦の意見陳述の要旨は次の通り。

    ◇

 中学生の子供たちと千葉県内に仮住まいしている。

 震災当初、両親ら家族七人で、何も持たずに町内の施設に避難した。十一キロ離れた避難所でもすさまじい(原発事故の)爆発音が聞こえた。見通しの立たない避難生活で家族は憔悴(しょうすい)し、極限状態だった。計七カ所を転々として、現在の場所に落ち着いたが、今も自分の家という感じはない。

 (故郷では)父親が経営する会社に役員として勤務していた。いずれは跡を継ぐ予定だったが、その道も閉ざされた。

 当時小学生だった子供たちは、友達に別れも言えず、地元を追い出された。子供たちは「福島に帰りたい」と、何度も何度もこぼしていた。親として申し訳なく、心苦しい。

 裁判で東電と国の責任を絶対に明確にさせる。なぜ、何の責任もない多くの人が長い避難生活を強いられるのか。責任は誰にあるのか、はっきりしていない。平和な暮らし、美しい故郷を奪われ、地域も家族もバラバラになった責任を取ってほしい。

 多くの被害者の糧になるよう、勇気を出して訴訟に加わった。故郷を返してください。返せないなら十分な賠償をしてほしい。生きる希望を与えてほしい。

 

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