遅い朝の、孤独な目覚めだった……

昨晩の酒が未だ私の体内のどこかに残留している気配を感じたが、それでも平行して頭をもたげてくる、食欲という名の魔物。冷蔵庫の中を物色し、肝心のものが足りないと気付きながらも、私はディチェコ12番の封を切った。
どんなに酔っぱらっていても、スパゲッティのストックが心細くなっているのを思い出せば、都度寄り道して這う這うの体、それを手にして還ってくる私を私自身、尊敬していると同時に、堪らなく愛おしいと思っている


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おわかりであろう。私は代替品で誤魔化したのだ……

そう、冷蔵庫の中にポークのウインナーを見付ることが出来ずに、私はそれを“魚肉ソーセージ”で誤魔化したのである。最初に強火で焦げ目が付くくらいにしておけば、これは案外成功したかも知れないが、ナポリタンとして邪道かも知れぬ、オリーブオイルに大蒜の香をうつす行程から同時進行した為、大蒜を焦げ付かせるリスクを考えれば、それは不可能な話であった


<H24.6.3 国鉄鶯谷駅>


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「これ、絶対“ワシヤ”って読むよなぁ♪」

今は昔、京浜東北線の車内。
目の前の男子高校生パーティから、こんな会話が漏れ聞こえてきた。鶯(ウグイス)を鷲(ワシ)と読み違えると、こんな風に読めるようだ。物事をいろいろな角度から検討しなければならないことを、「天才柳沢教授の生活」の愛読者である私は、既に十分理解しているつもりであったがまだまだ足りなかったようで、京浜東北線に揺られつつ、そんな自分を少々恥じた


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そしてその“ワシヤ”という街の最大の“個性”だが、ご存じ、


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「連れ込みホテル街」なのである。

が、“名門”?という名に胡座をかいているのか、池之端(湯島は除く)や池袋の連れ込み宿の価格破壊の前に、これで太刀打ちできるのかと、他人事ながら心配になってしまう


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しかしそんな心配の前に、私にはそもそも欠落しているものがある。そう、それは一緒にそれらの宿の戸を潜ってくれる、慈愛に満ち溢れた同伴者に他ならない……

こんな場所でキャメラを構える野郎一匹。明らかに不審者を見据えるのと同じ類の視線が時折突き刺さり、私は早々にこの場を離脱した


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そして軽快に渡ってしまえ、昭和通り


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あさがおロードだと!?
馬鹿言え!! ただの“言問通り”じゃねぇか……

そして皆さん、私がまったくの出鱈目に、朝食とも昼食ともつかない中途半端な時間に喰い過ぎたナポリタンを消化させる為の“義務”として、ただ迷走していると想像してはいないだろうか……?

「そんなに単純に考えていいもんなんですかね……」


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「どっちだったっけな……」


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「この次の交差点も、どっちだっけ……?」

鶯谷駅を降りて、実は私自身、迷わずストレートにその“約束の地”、プロミスト・ランドにやってこれるとは考えていなかった。
そう、私は常に謙虚な人間である。
私がこの地、いや、その“店”ともはや完全に無縁になって、もう十数年になるのだ。しかもそもそも、最初から分かり易いと言ったら嘘になる場所に、そちらは在った。いや、そもそも、その存在さえ疑いながらの旅であったのだ。

しかし私は、自分でも驚くほど一直線に、スムースにその場所にたどり着いたのであった


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ただの自動車修理工場じゃねぇか??

いやいやこの地こそ、最盛期には、村山モータース取扱いドゥカティ販売ディーラーとしてトップセールスを誇っていた、「フェニックス」というバイクショップなのである。“フェニックス・パーツサプライ”と、その屋号を謳っていたと思うので、ショップと平行し、アフターパーツの“問屋”として、かなりの割合、機能していた筈だ。

当時、ドゥカティ750パゾという、モーターサイクルとしては“最高”にエキゾチックながら、工業製品としては“最悪”の信頼性を誇っていた“品物”を調整して貰う、私にとって駆け込み寺的存在であったショップである。

長々と、とり留めなく語ってしまうのが私の悪い癖だが、私が今思い出しているのは、つい先日癌でお亡くなりになった、偉大なるシンガー、尾崎紀世彦さんへの思い出である。勿論それは思い出なんてもんじゃない、ささやかな、ほんの一言二言の会話のやり取りであったのだが……

それは車検の時だったか……
尾崎紀世彦氏をこのショップで見かけたのは、それが二度目だ。彼が駆っていたのはドゥカティ600、もしくは650PANTAか…… 髭を湛えたその風貌が、さながらジーザス・クライストの様だった。ステージで熱唱する姿をテレビジョンで見る限り、随分体格のいい方かと想像していたが、実際には、世代的に小柄とは言えないかも知れないが、百七十を切る痩身の体躯の持ち主であった。車検の手続きを終え、私はこの建屋の下でメカニック氏を挟んで、私のバイクを囲む形で、初めて尾崎紀世彦氏と対峙した。私の、ドゥカティとしては稀といっていい本格的ダブルシートを持つ750PASOという車両は、専門のショップでも非常に珍しかったので、話題には事欠かなかった。

「相当な遠距離から聞こえてましたよ、排気音が。だからまた誰か来たな~と…… このスィングアームは、美味しいよね~♪」
彼は私のバイクのベルリッキメガフォンのエグゾーストの音量に言及し、その軽合金の角断面スィングアームを羨ましそうに褒めてくれた。が、それがリップサーヴィスだということは、私は最初から分っていた。彼の“PANTA”の、ベルリッキ製クロームモリブデン鋼の、ナロウなスィングアームの方が、どう見ても美しいに決まっているからだ。

私はメカニック氏に、駄目元で不満点をぶっつけてみた。
「ヘッドライトが暗過ぎるんですけど、何とかならないもんですかね……」
尾崎紀世彦氏も、間髪を入れずに追従した。
「俺のもそうなんだよ~、何とかして欲しいな。怖いよね、夜!!」


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<この“象さんマーク”が未だ残っていたとは……>

そんな遣り取りをしていると、カジバマークの上方、窓がおもむろに開き、ここん家のお婆ちゃんが矍鑠として顔を出し、心からの生き生きとした言葉を天から降らせた

「まあ! 尾崎さん、いらっしゃいませ。いつもいい歌聞かさせて下さって、ありがとう……」

この記事を、故 尾崎紀世彦氏に捧ぐ

<epilogue>
その後、彼の興味がハーレィ・ディビッドソンに移ったことをTV媒体で知ったが、私は彼を裏切り者だとは思っていない。幸い、巨大な面積のハウジングを持った私のPASOのヘッドライトは、リレーキットを組み込んで貰って、飛躍的にその光量を増した。彼のPANTAが同様の効果を得られたかについては知らないが、経験上、私はそれをかなり悲観視する立場に立たざるを得ない者である


「また逢う日まで」

作詞:阿久悠
作曲:筒見京平
 歌:尾崎紀世彦

また逢う日まで、逢える時まで
あなたは清水にいて、何をしてるの
それは知りたくない
それは聞きたくない
俺は傷つき、全てを無くすから
独りでスプロケ換えて
独りでチェーン換えて
その時あなたは言ってくれるだろうか
“ありがとう”と……

※ラスト部分、関係者以外意味不明となることを深くお詫び致します