桑原 司(鹿児島大学法文学部助教授)
キーワード:「社会過程」「自己」「自然的探求」「行為者の観点」
ハーバート・ジョージ・ブルーマーの社会学・社会心理学に対する貢献は多岐にわたるが、彼を社会学界において一躍その中心人物たらしめた功績として、「シンボリック相互作用論〔以下、SIと略記〕」の定式化があげられる。「シカゴ学派社会学」との関連でいえば、ブルーマーのSIは、「シカゴ学派第3−4世代」、「シカゴ・ルネサンス」、「シカゴ学派の知的遺産の再発見」、「第2次シカゴ学派」、「ネオ・シカゴ学派」などの名称で言及されることもある。いずれの名称も、ブルーマーのSIが、その「パースペクティブと方法」の構築に際して、(初期)シカゴ学派社会学の知見を多分に継承していることを示唆している。では、ブルーマーのSIはどのような意味で“初期シカゴ学派社会学”を継承しているのであろうか。
「社会過程」の重視
初期シカゴ学派社会学が有する社会認識のルーツを探ろうとするとき、誰しもまず第一に、A・W・スモールによって紹介され、その後、R・E・パークによって積極的に導入された、G・ジンメルの社会学思想にたどりつく。個人や社会を絶対的な統一体としてとらえるのではなく、それらを、諸要素間の絶え間ない相互作用の過程として見るジンメルの考え方が、初期シカゴ学派社会学では「社会過程」の重視として継承されていった。“社会過程の重視”というこの視点は、ブルーマーのSIにも、また前節で触れられたE・C・ヒューズのSIにも忠実にふまえられ、その後、双方の弟子筋にあたるH・S・ベッカー(次節)にも継承されている。
ブルーマーにおいて、人間の社会とは、まず何よりも「シンボリックな相互作用としての社会」としてとらえられている。
人間はみずからを取り巻く社会的・物的環境に「適応」するそのプロセスにおいて「状況の定義」をおこなう。W・I・トーマスと同様に、この点はブルーマーのSIにおいてもふまえられている。人間がおこなう「状況の定義」によってある一定の「意味」が付与された社会的・物的環境は「世界」と呼ばれ、その構成要素は、大別して、「物的対象」、「社会的対象」、「抽象的対象」という三つの「対象」にわけられるが、そのなかの一つ「社会的対象」に「他者」という存在が含まれている。人間の適応活動がそうした他者に対して向けられるとき、それは“相互適応”という形を取ることになる。ブルーマーの描く「シンボリックな相互作用」とは、この“相互適応”の過程のことととらえてまず間違いない。
人間が営むシンボリックな相互作用のうち、そこにおいて「有意味シンボル」が用いられているものを指して、ブルーマーは「連結行為」と呼んでいる。「有意味シンボル」、「連結行為」という概念はともに、G・H・ミードから得た着想であることをブルーマーは認めている。ブルーマーにおいては、連結行為とは「行為の取引(交渉)」とも呼ばれており、それを指してブルーマーは、「人間の相互作用の実際のあり方」と呼んでいるが、ブルーマーが「シンボリックな相互作用としての社会」というとき、そこでいう「シンボリックな相互作用」とは、この「行為の取引」のことを意味している。
ブルーマーは、この「行為の取引」を、行為者たちによる「状況の定義」および「再定義」を通じて、構成・再構成されていくものととらえている。ブルーマーによれば、「行為の取引というものは・・・・その生成の過程で構成され組み上げられていくものだということである。そしてまさにそれゆえに、行為の取引は必然的に可変的な経過を持つことになる。人間の相互作用とは、お互いの行為に対する定義と再定義という運動を通じて流動していくものである。・・・・ひとつの流動的な過程という、ここに示した人々の結びつきに関する像が示唆しているのは、行為の取引というものが、多様な方向へと展開していく可能性を多分に秘めているものだということである」(ブルーマー,H.,1991,142-143頁)。ここで「状況の定義」は「他者の考慮」および「考慮の考慮」という形を取ることになる(桑原司,2003, 59-62頁)。すなわち、自分と相互作用をおこなっている他者たちは“どのような観点を持った存在なのか”(「相手の観点」)、またそうした他者たちから見て自分は“どのような観点を持った存在と考えられているのか”(「相手のパースペクティブから見た自分自身の観点」)、そうしたことがらを、行為者たちのおのおのが「定義」と「再定義」という営みを通じて構築・再構築するなかで、「行為の取引」は絶えずそのあり方を変化させていく。
「過程」を強調するこうしたブルーマーの社会観が、単に彼が初期シカゴ学派社会学の遺産を継承した結果として成立したものであるのみならず、当時のアメリカ社会学界の主要潮流であった、構造機能主義社会学の社会観(「構造」)からの“徹底した”差異化を試みた結果として成立したものでもあることはいうまでもない。
「自己」への着目
上記の「状況の定義」は、人間が持つ「自己相互作用」をおこなう能力によってのみ可能となる。自己相互作用とは、人間がおこなう「自分自身との相互作用」の過程を意味する概念で、ミードの「『主我』と『客我』との相互作用」をヒントにブルーマーが定式化したものである(Blumer, H.G., 1993, pp.184-186)。この過程をブルーマーは、「文字通り、個人が自分自身と相互作用をおこなっている過程」であると表現している。
「自己」とは、人間がそうした自己相互作用をおこなうための手段となるものである。換言するならば、人間は自己を持つことによってのみ、自己相互作用をおこなうことができるようになる。かつて、C・H・クーリーやミードが、デカルト流の物心二元論に異議をとなえ、こうした自己の「社会性」を強調したことはよく知られている。周知のようにクーリーは、「鏡に映った自己」という概念のもとに、自己が他者を鏡としつつつくられることを明らかにし、またミードは、「プレイ」段階と「ゲーム」段階という概念のもとに、自己が他者たちの「役割取得」を通じてつくられることを明らかにした。この二人の強調する「自己の社会性」という視点をブルーマーもまた強調している。社会的相互作用は、一方で連結行為を生み出し、他方で人間の自己を形成する。人間の自己は、社会的相互作用において、他者たちが、その人との関わりにおいて、その人間に働きかける、その働きかけ方から生じる。これが、周知の「シンボリック相互作用論の3つの基本的前提」のうち、その第2の前提である「ことがらの意味は、人間がその相手とともにとりおこなう社会的相互作用から生まれる」(ブルーマー,H.,1991,2頁)という仮説からブルーマーが導き出した自己形成論であった。
「自然的探求」
プラグマティズム哲学においては、科学とは、「日常生活における諸問題から立ち現れ、その問題の解決に向けられる」営みとしてとらえられていた。「問題的状況」の克服、という機能をになう科学という営みを、プラグマティズム哲学は「人間の知識がそうあるべき雛形としてとらえていた。同時にかれらは、人間の知識を発展するものとして、その結果として、人間同士の相互適応および人間の環境に対する適応を漸進的に促進するもの」(Hammersley, M., 1989, p.46)としてとらえていた。こうした科学観は初期シカゴ学派社会学に強い影響を与え、その影響はブルーマーの科学観にも色濃くあらわれている。
科学というものを“行為者たちが日常的におこなっている行為−−問題解決活動−−を洗練させたもの”ととらえ、その効用を人間による種々の環境に対する適応(理解とコントロール)の促進に求める、というブルーマーの科学観は、彼の論文「概念なき科学」(1931年)に最もよくあらわれている。
人間は眼前の環境に適応する際に「知覚」をおこなう。人間が知覚することがらは、その人間がおこなっている活動から生まれ、その活動と深く結びつけられている。知覚は個人の活動を組織化する。それは個人がおこなっている活動と環境との相互作用から生まれ、その活動の経過を方向づける機能を持つ。この知覚という営みは、ある一定の「概念」にもとづいておこなわれるが、既存の概念が適応の道具としてうまく活用され得ないときがある。人間の場合、このような状況において既存の概念を再構成するプロセスが立ち現れることになる。ブルーマーのいう「認識」の過程がそれにほかならない。認識の過程はそれまでに見いだされなかった行為の方向づけや、行為の組織化を可能にする。この認識の過程によって既存の概念が適応の道具として不完全なものであることが明らかになれば、今度は、その認識の成果が既存の知覚様式へと還元されていく。すなわち、個人がいだいた認識がその個人の知覚を再形成するのである。認識の過程とは、知覚の単なる埋め合わせなのではなく、“知覚を形成する営み”なのである。このように、認識の過程を通じて、既存の概念は再構成され、再構成された概念は新たな知覚を導く。人間と環境との関係に関するこうした考え方を、ブルーマーは、W・ジェームズらを先駆とし、J・デューイらによってその基礎が確立された機能主義心理学とプラグマティズムの考え方から学んだものであることを認めている。このような「知覚」、「認識」という営みは絶えることなく続く。その意味で、人間が持つ概念とはいつまでも「仮説」としての性格を持ち続けることになる。人間が用いる概念には「常識的概念」と「科学的概念」の二つがあり、後者の概念が用いられる「科学」という営みにおいては、科学者は既存の概念の「再構成」という営みを、より洗練された形で、より積極的におこなわなければならない。そうして形成された科学的概念は、人間による環境の理解とコントロール、すなわち環境に対する人間の適応をよりいっそう促進することになる。科学者によるこうした営みを、ブルーマーは、パストゥールや、ガリレオ、ニュートン、そしてダーウィンなどの自然科学者の研究行為を例に取りながら説明している。この論文でブルーマーが最も強調しようとしたことは、「科学における概念の不適切な使われ方の大半は、概念が経験の領域から離れて使われた場合に生じる」(ブルーマー,H.,1991,219頁)ということであり、この見解をもとにブルーマーは、当時の社会学界を、「社会学は最大数の概念と最小の知識を持っている」(ブルーマー,H.,1991,220頁)と批判している。
ブルーマーがその主著『シンボリック相互作用論』(1969年)の第1章「シンボリック相互作用論の方法論的な立場」でかかげる「自然的探求」ないしは「探査と精査」とは、上記の“再構成”活動に与えられた別の名称にほかならない。ブルーマーは、1977年に発表された論文「ルイスに対するコメント」のなかで、この自然的探求という営みを指して「研究の指針となる概念と経験的観察との“絶え間ない相互作用”」と表現しているが、この「絶え間ない相互作用」において科学者(社会学者)が概念を用いる“その用い方”としてブルーマーが提示するのが、周知の「感受概念」法である。すなわち、「〔内容が厳密に定められた〕概念がもつ抽象的な枠組みのなかに事例を埋め込むのではなく、〔その内容が大まかな〕概念から出発して、事例の持つ個々の独自な有り様へと至らなければならない」(ブルーマー,H.,1991,194頁)とする概念の“用い方”を、ブルーマーは提唱しているのである。
初期シカゴ学派社会学がとらえたシカゴ的世界とは、西欧・北欧・東欧・南欧などからの大量の移民の流入によってもたらされた「共通に見られるような習慣はほとんどない」世界、「コスモポリタンな住民たちを何らかの共通の目的に結束させるような共通の見方も存在しない」世界、「そこに住むたいていの人々が非常に多様な階級と種類からなる」世界であった(ゾーボー,H.W.,1997,xiii-xiv,に掲載のパークによる序文)。眼前の現実を、こうした多様性と異質性に満ちた領域ととらえ、そうした領域にトーマスは「社会解体」や「社会再組織化」といった概念で、またパークは「応化」や「同化」といった概念で迫っていった。そうしたトーマスやパークの持つ現実感覚や研究姿勢に賛同するブルーマーもまた、「現実の現れ方は事例ごとにさまざまであるから、われわれが、固定化された客観的な特質・様式を持つ表現方法にではなく、大まかな指針に頼らなくてはならないことは明らかである」(ブルーマー,H.,1991,194頁)とする考えのもとに、「定義的概念」の使用をしりぞけ、「感受概念」の使用を支持する結論にたどりついたことはむしろ当然のことだといえるであろう。
ブルーマーは、その主著『シンボリック相互作用論』(前掲)の第1章の結論部において次のように述べている。
「私の結論は・・・・極めて短いものである。それは一つの単純な命令法で表現することが出来る。すなわち、経験的世界の特性を尊重し、そうした姿勢を反映するような方法論的な立場を確立せよ。シンボリック相互作用論がなしとげようとしていることはまさにこのことであると私は思う」(ブルーマー,H.,1991,76頁)。
ブルーマーの提示する「自然的探求」法とは、こうしたブルーマーの「経験的世界に密着」(down-to-earth)(ブルーマー,H.,1991,60頁)しようとする思いが方法論(思想)として結実した一つの形にほかならない(上記の「経験的世界と科学者との関係」についてのブルーマーの考え方が、後続するSI論者たちによってどのように継承されていったのか、その如何については、伊藤勇、2001が詳しい)。
「行為者の観点」からのアプローチ−−初期シカゴ学派社会学のエートスの継承−−
ブルーマーのSIにおいて、社会とは、人々が状況の定義と再定義(他者の考慮、考慮の考慮)という営みを通じて、日々、構成・再構成している「連結行為」が相互に折り重なっていくプロセス(「社会過程」)ととらえられている。人々は「自己相互作用」を通じて「状況の定義」をおこなうが、そうした「自己相互作用」は、人々が「自己」を持つことによってのみ可能となる。「連結行為」と「自己」はともに「社会的相互作用」をその発生母胎としている。これが先に見たブルーマーの社会観であった。こうしたパースペクティブをたずさえ、先に描写した「自然的探求」を実践しようとするならば、研究者は必然的に「行為者の観点」から社会にアプローチすることを求められる。このようにブルーマーは考えている。
行為者の観点からのアプローチということで意味されているのは、研究者が研究対象となる行為者の役割を取得する、という営みである。その点についてブルーマーは以下のように述べている。
「シンボリック相互作用論の立場から研究者にもとめられるのは、人々がそれを通じてみずからの行為を構成する解釈の過程〔=自己相互作用〕を把握するということである。・・・・この過程を把握するためには、研究者は、みずからが研究している、行動主体としての活動単位〔行為者、集団〕の役割を取得しなければならない。・・・・この過程は、活動単位の側から見られなくてはならない。こうした事実を認識していたからこそ、R・E・パークやW・I・トーマスといった学者の調査研究は、あれほど優れたものとなったのである」(ブルーマー,H.,1991,111-112頁)。
すなわち、上記の言明は、社会学者(研究者)がみずから連結行為のなかに分け入り、「他者の考慮」や「考慮の考慮」をおこなえ、という方法論的要請にほかならない。ブルーマーが、トーマスとF・W・ズナニエッキの共著『ヨーロッパとアメリカにおけるポーランド農民』(1918−20年)から示唆を受け、その有効性を制限つきとはいえ高く評価した「ヒューマン・ドキュメント」の活用も、その要請を実行する手段の一つである。ブルーマーのSIが初期シカゴ学派社会学より継承したエートスの最たるものとは、この意味での「行為者の観点」からのアプローチであった。通常、ブルーマーのSIは「主観主義」におちいっているものと批判されることが多いが、何もブルーマーは、行為者の主観(「行為者の観点」)を“絶対視せよ”、と主張しているわけではない。あくまで社会学理論の構成に際して行為者の主観を“軽視してはならない”と主張しているのである。“生の”行為者の主観を取り上げ、それを分析の対象とする。こうした鉄則が遵守されていない研究のあり方こそ、ブルーマーの眼からするならば「最悪の主観主義」におちいることになる。当時のアメリカ社会学の研究手法として優勢な位置を占めていた社会学的実証主義(操作主義)を念頭におきつつ、ブルーマーは以下のように述べている。
「活動単位の役割を取得せずに、いわゆる『客観的』観察者の超然とした姿勢で、解釈の過程を把握しようとすることは、最悪の主観主義におちいる危険性をおかすことになる。というのも、客観的観察者なるものは、解釈の過程を、それを実践する活動単位のなかで生じるものととらえず、かわりに、自分自身の当て推量でその過程を充当してしまうからである」(ブルーマー,H.,1991,112頁)。
眼前の社会的相互作用に研究者がみずから分け入り、人々が日々、社会をつくっていく、その営みを実体験せよ、というブルーマーの上記の要請は、まぎれもなく、初期シカゴ学派社会学のエートスである「市井に飛び込む社会学」を忠実に継承した結果であるといえよう(付記:なお、本節は、次の拙稿に若干の加筆・補正を施したものである。桑原司「初期シカゴ学派社会学とブルーマーのシンボリック相互作用論」,
Discussion Papers In Economics and Sociology:No.0203, The Economic
Society of Kagoshima University, 2002.
)。
引用文献
ブルーマー,H.著、後藤将之訳『シンボリック相互作用論−−パースペクティヴと方法−−』勁草書房、1991。
Blumer,
H.G., Athens, L.H., (ed.), Blumer's Advanced Course on Social Psychology,
Studies in Symbolic Interaction:14, 1993, pp.163-193.
Hammersley, M.,
The Dilemma of Qualitative Method: Herbert Blumer and the Chicago
Tradition, Routledge,
1989.
伊藤勇「シンボリック相互作用論における質的研究論争−−ポストモダン派と相互作用論派との応酬−−」、船津衛編『アメリカ社会学の潮流』恒星社厚生閣、2001、171-188頁。
桑原司「『相互作用』と『合意』−−『合意』把握へのシンボリック相互作用論からの接近−−」、『社会分析30』日本社会分析学会、2003、57-74頁。
ゾーボー,H.W.著、吉原直樹・桑原 司・他訳『ゴールド・コーストとスラム』ハーベスト社、1997。