福島県が実施している甲状腺検査での診断基準は次の様になっています。
平成23年度 甲状腺検査の結果概要(平成24年3月末日現在)
http://www.pref.fukushima.jp/imu/kenkoukanri/240612shiryou.pdf
A判定(A1)結節や嚢胞を認めなかったもの[64.2%]
(A2)5.0mm以下の結節や20.0mm以下の嚢胞を認めたもの[35.3%]
B判定 5.1mm以上の結節や20.1mm以上の嚢胞を認めたもの[0.5%]
C判定 甲状腺の状態等から判断して、直ちに二次検査を要するもの[0.0%]
[ ]内は、検査の結果それぞれに分類された割合です。
A1、A2判定は次回(平成26年度以降)の検査まで経過観察
B、C判定は二次検査
A2判定は、わずかな所見はあるけれど正常範囲内のもので、約30%の人に見られるようなものです。
B判定となり二次検査が指示された人は186人(嚢胞の1人を除いて他は結節によるもの)です。B判定でも、基本的には良性であるケースが多いと考えられます。
福島県による検査結果の表を示します。
(参考)原発事故後の福島県内における甲状腺スクリーニングについて
http://www.fmu.ac.jp/univ/shinsai_ver/pdf/koujyousen_screening.pdf
「最近では、超音波検査機器の向上から10mm以下の微小癌が多数発見されるようになってきましたが、極めて予後が良いものが多いために、甲状腺被膜外浸潤、リンパ節転移、遠隔転移、遺伝性甲状腺がんなどが否定される場合には直ちに手術をせず経過観察をおこなうこともあります」
甲状腺癌のほとんどの種類は非常に長い期間をかけて増大しますので、しばらく経過観察をしても手遅れになる心配はありません。先に述べた様に進行の早い悪性の癌は特徴的な異常があるので判別できますし、そういうものが経過観察になることはありません。また、甲状腺の結節自体は非常にありふれたもので、ほとんどが良性です。
この県民調査は事故後3年後になる平成26年4月以降から本格的な検査を開始予定とのことです。(チェルノブイリのケースでは事故後4~5年後から増加が見られたので、それを目安にしていると思われます)
今回の福島の甲状腺検査と、以前に長崎で調査したケースとを比べて、福島県の子どもたちの甲状腺の状態は明らかに異常なのだという指摘がネット上の複数のブログに書かれ、それらを読んで大変な事態だとして不安になってしまった人達も多数いました。
こちらが、その長崎のデータが掲載されている論文です。
Urinary Iodine Levels and Thyroid Diseases in Children; Comparison between Nagasaki and Chernobyl
https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrj1993/48/5/48_5_591/_pdf
長崎で2000年に7~14歳の子ども達250人を調べた甲状腺検査の結果を報告しているもので、論文の要旨に、“thyroid screening by ultrasound (US) in Nagasaki revealed only four goiter (1.6%) and two cases (0.8%)that had cystic degeneration and single thyroid cyst.”「長崎での超音波による甲状腺検査の結果、甲状腺腫は4人(1.6%)で、嚢胞様変性と単一の甲状腺嚢胞を有したのが2人(0.8%)であった」と書いてあります。
また、この論文では長崎とベラルーシのゴメリでの甲状腺検査結果の比較をしています。
これらの結果に対して、福島での甲状腺検査では「結節や嚢胞を認めなかった」とするA1判定の他は35%以上にもなっており、福島県の子どもたちの甲状腺の状態は明らかに異常なのだと結論していました。
さてここで、その論文のMaterials and Methods(材料と方法)のThyroid ultrasound screening in schoolchildren in Nagasaki (長崎の学童の甲状腺超音波検査)の項には、Nodule(結節)の判断基準として、Nodules more than 5 mm in diameter were considered to be “positive”.「直径5mmより大きい結節を陽性とした」 と書いてあることに注目です。長崎の調査では「5mmより大きい結節を陽性」としているのです。これは、福島の調査でのB判定に相当します。
Goiter(甲状腺腫)の基準は” The criterion for goiter in Gomel was a thyroid exceeding the volume calculated by the formula developed by us [9] and Parshin et al. [10], and the criterion for goiter in Nagasaki was a thyroid exceeding the volume calculated only by the formula developed by Parshin et al. [10].” とあり、所定の計算式に従って計算した体積を超える甲状腺となっています。
福島の甲状腺検査ではこの様な基準では分類していないので、データを比較することはできません。また、長崎の調査でのCyst(嚢胞)の基準はその論文中に書かれていません。(ゴメリでの調査結果にはCystの分類がなく、論文中での比較には不要なので省いたものと考えられます) 仮に、「嚢胞様変性と単一の甲状腺嚢胞を有すること」が基準だとしても、福島の調査ではこの様な基準では分類していないのでやはり比較はできません。
よって、データを比較できるのはNodule(結節)の「5mmよりも大きい結節」という分類だけになります。長崎の調査結果では250人中で結節は0人(0.0%)、ゴメリの調査結果では19,660人中で結節は342人(1.74%)です。
今回の福島での調査結果は、結節に分類された年齢別のデータが無いのですが、B判定とされた中で嚢胞は1名(年齢不明)で、その他全員は「5mmよりも大きい結節」に分類されています(上の<結節>と<嚢胞>の表)。長崎の調査対象に近い6~15歳の人数は22,128人中で83人ですが(下表)、この年齢での全てのB判定が「5mmよりも大きい結節」だとすると、その比率は0.38%、1名が嚢胞だとすると82人となり0.37%です。
一見、この数字を見ると長崎(0.0%)より多くなっていますが、ここで気を付けなければならないのは、長崎の調査では250人と被験者数が少ないので、結果の誤差がその分大きくなっているということです。福島の被験者が250人だと仮定すると、同じ比率(0.38%)で結節が陽性と分類される人数は0.95人となり、1人見つかるかどうかという偶然に左右されるレベルになってきます。この程度の差では、長崎よりも福島の方が陽性の結節をもつ人が多いと判定することは困難です。ゴメリでの調査結果(1.74%)については、ゴメリの被験者数は充分に多いので、福島よりもゴメリの方が陽性の結節をもつ人が多いと考えられます。
以上の様に、福島県の子どもたちの甲状腺の状態は明らかに異常だとしていた話は、全く異なる分類の数字を比較していたのです。それぞれの甲状腺検査の基準についてきちんと確かめずに早とちりをしたと考えられます。分類の基準を合わせてデータを比較してみると、福島と長崎の検査結果の差はほとんどないことが分かりました。資料はちゃんと読まないとダメですね。
データを比較する場合は、それぞれがどういう基準で分類されたものかを確認してから行う必要があります。
この例は全く異なる分類の数字を比較しているので論外ですが、別々の調査の結果を比較する際に陥りがちな落とし穴というのがいくつかあります。
例えば、甲状腺の病気はある程度遺伝する傾向があるので、地域ごとに元々の発生率が多少異なる可能性がありますし、超音波エコー検査の機械もこの10年で大幅に改良されて、小さい病気が見つかりやすくなっています。数字が出ているからといって安易に飛びつくと、大変な勘違いをしてしまいがちなので、要注意です。