Jun
1

追悼、アウトドアズマン尾崎紀世彦。         DEGA-MONの文化評論のようなもの  旅行 » アウトドア


 【120602 加筆】

 尾崎紀世彦(1943〜2012)。
 歌手。アウトドアズマンにして旅人。

 

 訃報:尾崎紀世彦さん69歳=歌手
 毎日新聞 2012年06月01日 17時25分


 歌手の尾崎紀世彦さん ヒット曲「また逢(あ)う日まで」などで知られる歌手の尾崎紀世彦(おざき・きよひこ)さんが5月31日、がんのため東京都内の病院で死去した。69歳。葬儀は近親者で営んだ。 

 神奈川県茅ケ崎市出身。コーラスグループ「ザ・ワンダース」のメンバーとして活躍、特撮テレビドラマ「ウルトラセブン」の主題歌録音にも参加した。70年に「別れの夜明け」でソロデビュー。71年、2枚目のシングル「また逢う日まで」(故阿久悠さん作詞、筒美京平さん作曲)が100万枚を超す大ヒットとなり、同年の日本レコード大賞と日本歌謡大賞をダブル受賞。72年には米映画の主題歌「ゴッドファーザー〜愛のテーマ」をカバーしてヒットさせた。紅白歌合戦にも71、72、90年の3回、出場した。 

 尾崎氏の著書『ベーコン野外術』(マガジンハウス2000年刊行。amazon.co.jp)。

 20120424075714.jpg

 
 尾崎氏は、ハリウッド西部劇からの影響で小学生の頃から乗馬を始め、長じてスクーバーダイビング、サーフィンをこなす他にも、独りフレームパック背負ってキャンプしながらのバックパッキングなど、どんなに仕事が忙しい時期でもアウトドアライフを楽しんでいた。
 ベーコンを自分で作り、河原で親しい友人たちと酒盛りを楽しんだり、ふらりと海外を放浪することもあったようだ。
 キャンプは、テント泊よりもシュラフ一丁での簡素な野宿を好み、山の中では一人焚き火を作って、軍用メスキット(携帯食器)のフライパンでポーク&ビーンズなどの缶詰を暖めて食べていた。ベーコンとパンと焚き火があればいい、というのが彼の野宿飯のポリシーだった。
 「わたしは、アウトドアへ出かけるおもしろさは、ものを持たないことで得られる自由や、ないものを創意と工夫でやりくりするところにあるのだと思う」(『ベーコン野外術』まえがきより) 

 愛用のナイフと少年時代のエピソード。トレードマークであるテンガロンハットにバンダナのこと。野宿を重ねて土で汚れたシュラフの話。焚き火と野グソの仕方。好物の豚バラ肉と白菜で作る「キヨ鍋」など、家庭でも楽しめる早くて簡単な野外料理について。そして、ベーコンの作り方。
 『ベーコン野外術』は、アウトドアズマンとしての尾崎紀世彦の、そんなこだわりが強く表現された好著だ。 

 彼は、仕事においても自らのポリシーを貫き、人気絶頂の若いときから、納得がいかなければ先輩芸能人に意見することもあったそうだ。
 '97年、54歳の時に胆のう炎で一時入院していた際には、「元気が無ければ尾崎紀世彦の歌ではない」(所属事務所の談話より)と横浜アリーナでのイベント出演をキャンセルし、1週間退院を延ばして体調を万全にしたという。
 かといって性格は偏屈では無く、世田谷で行きつけにしていた居酒屋では、ギター片手に即興で歌う気さくな一面もあった(NHKニュースより)。
 
 今年4月に「尾崎紀世彦、失踪」の報道があったのだが、逆に考えると「失踪」のかたちでしか消息を伝えることができなかったのかもしれない。
 それが、弱っていくところを見せたくない尾崎氏のダンディズムだったのだろう。
 何れにしても、こんな素敵なオヤジさんには、もう逢えないのだろうな。合掌
 
 
 東日本大震災からの復興はまだ終わらない。「Japan Hikers Association」
 

  

 歩き屋・出がらし紋次郎 18:35:03