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[9378] 人形遣い(H×Hオリ主女転生物)   完結 ※お知らせ
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2013/05/31 23:22
お久しぶりです、皆様。
これまで『人形遣い』を応援いただき、ありがとうございました。

まことに勝手ながら、この人形遣いを六月一杯をもって削除させていただきます。
そのことを事前にお知らせするために、こうしてお知らせという形を。

事情については何人かの方から宣伝は禁止、というご指摘がありますので、この場においては削除させていただきました。
ご指摘ありがとうございます。

Arcadia投稿掲示板舞様、この掲示板という場をお貸しいただきありがとうございました。
本当に、感謝しております。




























































































注、この作品には大量すぎるナルシスト、百合成分が含まれています。
















ホールを埋め尽くさんばかりの歓声と拍手。







それらは今、全てわたしのためだけに向けられていた。
今のご時世人形繰りなんていうものは、過去の遺物という沼に、片足どころか肩まで浸かったようなものだった。
しかしそれは、一人の天才によって再び日向の世界に呼び起こされる。

そう、坂上神楽という千年に一度の大天才によって。

ナルシストな訳でも自信過剰なわけでも頭が狂ったわけでもない。
ただ単に、すごく顔がよくて可愛くて頭も良くて、オーディションを受ければ顔パスでアイドルになれるほどの逸材であるわたしが、その上人形繰りという分野において類稀なる才能を有していて、なおかつわたしがそのほかの全てが眼に入らないほどに、人形繰りというものに魅了されていた、というだけの奇跡のような偶然の話。

小さな頃から師について、傀儡について習い、盗み、研磨し、十の頃に初舞台。
美少女人形繰りとして脚光を浴びた私は、そのままとんとん拍子で出世していき、今年で十六。日本どころか世界でもそこそこの知名度を誇る、スーパースターになっていた。

さすがに人形繰りブームはわたしがデビューして一年二年で消滅はしたものの、人形繰りというもの自体に、多少の眼が向けられるようになった、というのは大きな事。
まぁ最近の演目は、どちらかというと洋風のそれを取り入れているので、伝統芸能とは言えないような気もするのだが、人形繰りに国境なんて無いんじゃない? という持論を適当に立ち上げて、問題なしということにしておく。

伝統を重んじる、一部の方らの視線は厳しいものの、人を楽しませてなんぼの芸術なのだ。
それが、伝統なんていうものに進歩を止められ食いつぶされることのほうが問題である、とも思う。
今は、異文化交流の時代なのだ。




まぁまぁまぁ、今にも潰えそうな一つの文化を復活させたものとして、もしかするとそのうち教科書に載ることになるかもしれないなぁ、などと馬鹿なことを思いながら、舞台の熱をうちわで冷まして、髪を結いなおしていく。

シルクハットを被っていたので、耳の高さくらいで髪を結っていたのだが、帰りはニット帽なので高さが少し合わないのだ。
髪の括り目をさらに下げ、ローツインで留めたあと、ニットを被り、髪の毛を整える。
鏡に映ったわたしは、非常にという言葉が百個つくくらい可愛らしい。
わたしがもう一人いたのなら、抱きしめてちゅーしてやりたいくらいの気分である。
鏡に映った自分の姿に満足すると、一人頷き、化粧箱を直して伸びをして、バッグを手に取りるんるん気分で表に出る。


そして、扉を開けてすぐのところに、兄弟子のお兄さんが二本の傘を持って待っていた。
即効でるんるん気分が台無しになり、なんともいえない居心地の悪さにため息をつきそうになる。
この人はいつもニコニコとしているので、何を考えているか分からない。
まぁ早い話苦手なのだが、師である祖父は、何故かこの人を私の付き人として付けている。

腕が良くないとはいえ仮にも兄弟子を付き人するなんていうのがまず気を使う。
腹で何を考えているか分からない人である。
上記の理由からお断りしたかったのだが、祖父は話を聞いてくれず、渋々彼と一緒に行動していた。


外は雨が降っていて、憂鬱な感じ。
わたしの気分も空と同じように、先ほどの公演のときよりかなりダウンしていた。
雨は濡れるし傘を差すのは面倒だし、なにより曇った空の色が嫌いだ。
憂鬱な色をした雲は、人を憂鬱にさせるために存在しているんじゃないだろうかとひそかに思っていた。


そんな憂鬱な日だったからかもしれない。
彼がそんな行動を取ったのは。


後ろからダンプが迫っているのはには気付いていた。
もうそろそろ横を通るだろう。
わたしが歩いているのは歩道であるが、水を掛けられたらやだなぁ、などとそのときはのんきなことを考えていた。

水溜りがないだろうかと、チラリと横を見て僅かに身構える。
そういうタイミングでわたしの体が不自然に揺らぎ、ダンプに撥ね飛ばされるという全くもってありえない現象が発生した。

走り幅跳びの世界新記録を軽々と超えるジャンプ力を、そのときわたしは発揮したことだろう。
そしてそんな人外の力に体が耐えられるわけも無く、受身も取れずに地面に叩きつけられた。
顔は女の命だと必死に守ったのはいいが、どうやらそれどころじゃないらしい。
息が出来なくて、体の一切が動かなかった。


呼吸をしようとして血を吐いた。
中々ドラマのようだが、そんなことを経験したのは生まれて初めてだ。
究極の箱入りガールとして育てられてきたわたしが今まで経験した怪我といえば、転んで膝を擦り剥いた程度のもの。
まさかこんな月九ドラマのようなことがわたしの身に起こるとは思いもしなかった。
いや、まぁ、可愛さと才能と画面栄えのよさは月九ヒロインに恥じないんだけれども。



わたしがこれほどまで飛ぶことが出来る生き物だとも思わなかったし、これだけ神様に愛されたわたしが、こんな目にあうことも信じられない気分だった。

息は苦しい。
ひゅー、ひゅー、とどこかおかしな呼吸音は、まさにわたしの体が非常に危険な状態であることを示している。
肺は片方か両方か、ともかくつぶれているだろう。


―――これは死ぬだろう。
両手両足に感覚は無く、痛みも感じない代わりに動かせもしない。
まぁある意味わたしの考えてた、いつか死ぬなら即死か老衰、睡眠時にそのまま死亡、という条件の中であれば即死に近く、激痛を味わいながら少しずつ衰弱、なんてことにならなくてよかったとは思う。




ぱたぱたぱた、と誰かが駆け寄ってきたので、辛うじて動く眼だけでそちらを見る。
当然の如く、わたしの隣にいた兄弟子だった。
彼はいつもわたしに見せていたものとはまた別の種類の笑顔を浮かべて、大丈夫か、などとのたまう。

きっといつもの笑みの裏には、この醜い笑顔が隠されていたのだろう。

それは愉悦、自分の思い通りに事が進んだときに浮かべる類の笑みだ。
廻っていなかった頭が、動き始める。
ダンプが来た瞬間に起きた不自然な体の揺らぎが、彼によって引き起こされたものであることを、わたしはようやく理解した。
つまり、これは彼の嫉妬心が引き起こした、避け得ざる一大イベントだったのだろう。


だから嫌だったのだ、兄弟子を付き人につけるなど。
わたしみたいな超常存在が他人からどう思われるかなんて、もう十二分に、それこそお腹いっぱいになるくらいに知っている。
学校に友達がいなければ、親子ほどに年の離れた相手しか、話し相手もいない。

無能で醜い"お友達"とやらからは陰口嫌がらせなどは散々されたし、他人がわたしを見る眼もみんな、マイナスの感情で濁っている。
そうして面倒だからと、全て切り捨てた結果に、今があるわけだ。
嫉妬や裏切りなんて、バカなことをしない分、人形のほうが万倍もいい。
そう思って、切り捨ててきたのだ。だというのに、どうしてこうなってしまうのか。

彼が付き人になってからは、後ろから刺されたりしかねないと対応には気をつけてきたつもりだった。
積もりに積もった下種の嫉妬は、そんなわたしの聖母マリアの生まれ変わりが如き慈悲程度では、なんともならないレベルのものであったらしい。
わたしの栄光の未来がこんなに醜いものに奪われるなんて、残念すぎて腹立たしすぎた。

このまま悲しんで逝くのは少々、不愉快だ。

こんな男にニヤつかれたままで死ぬなんて真っ平。
最後の力を振り絞って、口角を上げ嘲笑の形に表情を作る。
ギョ、と彼の顔が歪む。予想通りの反応過ぎて、人形繰り以上にやりやすい。
その揺らぎを広げるように、言葉をかける。

「……負け犬」

その一言で更に彼の顔が面白いように歪み、そうして何事かを喚き散らした。
何を言っているのか聞き取りたいところであったが、もはや耳も馬鹿になってきたらしい。

この下種に一矢報いれただけで儲けものだと、いよいよ開けておくのが辛くなってきた眼を閉じて、苦しかった息を止めた。






十六年、か。
もう少し、生きたかったとそう思う。
それがどうしてなのかは、分からないけれど。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 1話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2012/04/04 23:27
―――もう生きたく無かった。
何もかもが嫌いで、世界が滅んでしまえばいいとさえ思う。
だから自分で首を切ったのだ

なのに目が覚めると、そこはどこかの知らない国で、そこでの新しい"両親"に、人を殺す術を教わった。
ほんの少し前まで、子供を"作る"のが仕事だったのに、今度は子供を"殺す"のだ。

笑いが止まらない。
何もかも、何もかも。
何で生きているのか分からない。
ただただ全てが恨めしくて、きっとこれはわたしへの罰なのだろうと理解した。









思わぬことが起きると言うことは良くあるものだ。
二十年に満たない時間の中で、それは重々理解はしていた。
わたしのような天才美少女が殺されてしまうと言うのも、まぁ、それに含まれるだろう。

しかし、その中で最も驚愕したことはと言えば、今あるこの現状以外にはあるまい。

「クラピカ、さん?」
「ん、ああ、それで合ってるよ。君は、リルフィだったかな?」
「……はい、そうです」

最近付いたわたしの名前を、わたしと同じ金色の髪の美少年がそのソプラノで軽やかに告げる。
そこでようやく全ての事に得心がいって。
そしてそうであるが故に、わたしは里から飛び出した。

クルタと言う、その名前から逃げ出すように、ここでの母と父を捨て。










鈍色の空、薄灰の町。
その路上で人形が踊る。

最近の流行であるらしい歌にあわせ、人形にギターを鳴らさせ、口パクをさせ、まるで本当に人形が歌っているかのように錯覚させる。
まるで人のような肉の動きを、張り巡らした二十二本の糸を使い、緻密に練り上げた技巧で操作する。

歌い手の動きを真似る歌真似は持ちネタの一つで、前の世界の公演であれば大うけ間違いなしのもの。
操っているのが六歳の子供ということもあってここでも評価は上々だった。

セットの椅子に座らせると両手の先だけを持ち上げて、チップをよこせといわんばかりに動かすと、あるものは苦笑いをしながら、あるものは大笑いをしながら、チップを投げ入れていく。

一万Jを入れていく客がいたのは非常にありがたいことだった。
サービスとして、溜まったチップの中に人形を飛び込ませて、金の中ではしゃぐ姿を演じさせる。
そうすることでまた気を良くした客がまた、お金をそこに投げ入れていく。
今の時点での稼ぎは十万に達していた。色々な場所を渡り歩いてきたがやはり都会は違う。
田舎とは人通りも違えば富裕層の比率も違い、そしてそれがおひねりの額と言う形で如実に表れる。

わたしは海と木々に囲まれたクルタの村から抜け出し、新たな新天地を目指していた。
あそこにあれ以上長居をするのは危険であったし、能力者からはある程度、念についての基礎的な事柄については習っている。
流石に天才のわたしにとっては、念法の取得は時間をかければ難しくは無かったようで、数年の時間を使えば大方基本は覚えることは出来た。

元々原作を好んで読んでいたから、知識はある程度持っていた。
聞くことはそう多くも無く、新たに得れた情報もまた、そう多くない。
見切りをつけるには、中々いい頃合ではあっただろう。

練は持続時間こそ短いが、その要領は覚えたし、応用も多少はできる。
水見式の結果は操作と、まさに希望に合った能力系統。緋の眼の『絶対時間(エンペラータイム)』もそのうちには使えるだろうことから、選べる選択肢は星の数ほど存在している。
まさに今、わたしは希望に満ちあふれていた。

金は暫く生きていくのに問題はない程度にはあるし、無くなればこうやって、ストリートライブで稼げばいい。
不安は特になく、そのうちに試験にいって、ちゃちゃっとハンターライセンスを取って即座に売りとばして、優雅に暮らすのもありだろう。
念能力者であれば多少困難でも、まぁ何とかなるといえば何とかなる。

まずこの世界の体の基礎能力は、前の世界の比ではない。
この世界は物理法則がわりと平気で無視されていて、わたしのような見た目か弱い幼女であっても、高さ三メートルの木に飛び移ることだってできる。
キルアのような、ミニマムサイズの子供が試しの門の三まで開けるという時点で、それはまぁわかっていたことなのだが、ぶっちゃけこれだけ動けると楽しいものだ。

まぁ少なくとも、前世のように、ダンプに轢かれて死にましたなんて事も、金輪際ありえまい。
思えば、前の世界でわたしに唯一足りなかったのは、そうした肉体の強さであったようにも思う。
どれだけの才能があろうと、わたしは他人の少しの気まぐれで、瞬時に命を奪われるような、そんなか弱い生き物だったのだ。
あの男は今でも忌々しいが、この世界にくるきっかけにもなったと思えば、もしかすると逆に感謝するべきなのかもしれない。


と、そんなことを考える一方で、すでに体の一部となった人形はよどみなく動いていた。
ミスはあり得ず、それ故に操作は自分の感覚にまかせっきり。
そして、それが仇となり、これから先の薔薇色人生を粉々に打ち砕かれることになったのは、わたしの一生の不覚であるだろう。

みんなの歓声を聞きながらも、客に注意を払っていなかったのはいささか拙かった。
わたしがライブをそろそろ終わりにしようかと思ったところ。
そのときに、この世界においてこの上なく拙い相手がわたしに熱い視線を送っていたことに、ようやく気がついたのだ。









なんといっても元は漫画、登場人物は絵に過ぎない。
クラピカは金髪で割りと顔をいい少年であったが、名前を聞かなければきっとわたしは彼がそうであるとは気がつかなかったことだろう。

しかし、例外がこの漫画には存在する。

オールバックにトランプ柄の服と、眼の下の墨。
顔立ちはいいだけにその奇抜さは際立っている。そしてそんな彼と、わたしは今食事をしていた。

「いやぁ、すごいね君◆ あんなに凄い人形繰りは見たことが無かったよ◆」
「…………それはどうも」

唖然としすぎて、つい漏らしてしまったのが良くなかった。
ヒソカ、と。
何でそんなことを口走ってしまったのか。
少し前の自分を呪う。

「まぁ、とりあえずそれは置いといて、何で君、僕の名前を知っているんだい?」
「いやぁ、インスピレーションってやつですよ。あなたを見た……瞬間に、その……えと」

ごまかしになっていないごまかしをしようとすると、ヒソカのオーラが禍々しく蠢いていくのを感じ、言葉が尻すぼみになってしまう。
笑顔のままであるのが、なお怖い。

「どうしたんだい◆ 続けて?」
「え……と、ですね…………いや……その……」

なにゆえ、わたしはこんな状況に陥っているのか。
この男は、なにゆえここにいるのか。
この好物のはずのカルボナーラが、なにゆえ手をつけられずに置いてあるのか。
とりあえず三つ目の疑問を解消すべく、フォークでカルボナーラをお洒落に口に運ぶ。
妙なことに味がしなかった。
わたしが海原雄山ならば、テーブルごとひっくり返して料理長を呼んでいるところである。
疑問三つ目を解消すると、疑問四つ目が出てくるとも予想外だった。
なにゆえ、このカルボナーラの味が―――

それは一瞬。

無意識のうちに、カモフラージュとして垂れ流していたオーラを纏で留め、オーラを纏う。
ぶわり、と妙な風のようなものがわたしにかかって、一瞬間をおいて全身に鳥肌が立った。
気だけで人は殺せるというが、まさにその一歩手前の状態を味わう羽目になるとは思いもしない。
さー、と血の気が引くのが分かる。

「やっぱり◆ 君は念が使えるみたいだね、今いくつだい?」
「……六歳です」

果たして、わたしがもし念を使えなかったらどうなっていたのだろうか。
非常に考えたく無い。
わたしの答えにヒソカの笑顔が濃くなり、それに比例して、眼に怪しげな光が生まれていく。


ああ、これで、平穏無事な人生を過ごすというわたしの人生計画は終わったのだと理解した。
平穏無事な安楽人生という名の城は、一億枚の硝子が一斉に砕け散るような盛大な音とともに、崩れ落ちたのだ。
…………いや、それは早計かもしれない。今立ち去れば、もしかしたら。

「いやぁ、ごちそうさまでした。実はわたし、ちょっとこれから用があるんでしつ……あれ?」

立ち上がろうとして立ち上がれないことに気付く。
そう、まるでお尻と椅子が"引っ付いているかのよう"で、"不思議な現象もあるものだ"と、一人納得することにした。
するしかなかった。

「えへへ、今思い出しました、用事は別の日でした。いやぁ、わたしってせっかちで」
「それは良かった◆ もう少し"お話"しようよ◆」













有無を言わさない妙な迫力でわたしから出身地、どうやって念を覚えたか、生年月日、好きなもの、嫌いなもの等々洗いざらい吐かされて、最後に強制的に携帯を一個渡される。いつでもかけてきていいよ、とのことだが、そんな機会は訪れないことを祈りたい。

そこから適当にあしらって、ホテルに着いたのが夜の九時。
昼の三時から夜の八時までみっちりと話をさせられ、精神的に死んでしまえそうだった。
部屋に着くと風呂に入る気力も無く、服もそのままにふかふかベッドに飛び込む。


まさにありえなさ過ぎる話だ。世界で最も拙い相手に見つかった。
とはいえこれはこれで運命だったのかもしれない。そうそう世の中上手くいかないものだ。
天はきっとわたしに二物も三物も五物も百物も与えた代わりに、辛い人生を歩ませたのだろう。

何たる悲劇だろうか。
生まれながらの悲劇のヒロインであるわたしを、ベッドの上でごろごろばたばたとのた打ち回りながら嘆いた。
そうしてふと、その動きを止める。
部屋に妙な気配があることに、ようやく気が付いた。

「…………」
「…………◆」
「…………えと、申し訳ありませんがお部屋をお間違いではないでしょうか? ここはわたしの部屋ですので、ご退出願いたいのですが……」
「クク、つれないなぁ◆」

営業スマイルを形作って、穏便に出て行ってもらおうとするものの、ヒソカはそれに気にも留めず、笑みを濃くする。

「……なんの用ですか? お話は、先ほど"たっぷりと"させて頂いたと思うんですが」
「いやいや、聞きそびれていたことがあってね◆ ……君、クルタ族なんだよね?」

非常に嫌な予感がする。地名に詳しくなかったわたしは咄嗟の機転も利かず、馬鹿正直にルクソ地方の生まれなんです、などと言ったのだが、今になってそれがいささか以上に拙かったような気がしていた。

違います、そう言おう。
そうルクソといっても有名なのがクルタ族、というだけで、別にそれ以外の一般人がいないわけでもない。

「ちが―――」
います。
そう言おうとしていた口が、わたしの脳からの指令を忠実にこなそうとしていたその口が硬直し、反発する。
ヒソカは笑顔で、しかしその眼には嘘は許さない、という意思が込められていた。
弱小念能力者のわたしにも当然、その念はしっかり影響を及ぼした。

しかし、クルタ族はもうすぐ滅ぶ、又は現在進行形の滅んでいる、または過去形の滅んだ、が適応される部族だ。
目玉を抉られクラピカ以外皆死ぬことになる。
いや、わたしという存在がいる以上、バタフライ効果ででクラピカが死ぬなんてこともありえるだろうが、ともかく、幻影旅団による狩りは確定しているのだ。
なんとしても同族と思われるのは避けたい。

気圧されないように力を込めて否定する。まさに死力を尽くしての言葉だった。

「……います。ルクソ地方って言えば確かにクルタ族は有名ですけど、わたしはクルタ族じゃないですよ」

こちらの心の内まで覗き込むようにわたしの眼を見つめ、そうして言う。
にっこりと笑ったヒソカに、少しだけ安堵する。

「なぁんだ、そうなのか◆」

その言葉に内心ホッと息をついた瞬間に、まるで兄弟子に突き飛ばされたときのように、体が流れ、ベッドに倒れこんでいた。
押し倒されたのだと、そう気付いたときにはこの上なく笑顔のヒソカの顔が目の前にいて、両手は後ろで、『伸縮自在の愛(バンジーガム)』によって纏められていた。

「……何を」
「いやぁ、君を見てたらボク、凄く興奮してきちゃった◆」
「…………あの?」

六歳児相手に、正気なのだろうか?
そんなことをのんきに思っていたわたしは呆然と彼の動きを眺めていた。
トランプを取り出すと喉から足元までの服を一瞬で切り裂き、太ももの間に足を割り込ませてくる。

「……正気ですか?」
「もちろん◆」

ヒソカは真性の変態として、原作には描かれている。。
とはいえ実際に、ゆりかごから墓場まで、文字通りカヴァー領域が英国人もびっくりのフルサポートコースだとは思わない。
わたしの容姿は美麗であるものの、肉体年齢は七歳にも満たないのだ。
それに欲情するというのは、流石に変態すぎるというもの。
こんな所で二つの世界を跨いだ天下無敵の大美少女、カグラちゃんの貞操を奪われるなんてことは、あってはならないことである。

両手は恐らくバンジーガム。両足は動くが、間にはヒソカの足。
踏ん張ろうにもすぐ上にはヒソカがいて、思うように力がはいらない。

とはいえ絶対絶命、で終わってはならない状況だ。


テーブルの上にはナイフがおいてある。念のための持ち合わせだ。
瞬時にそれを操作するとヒソカの首に投擲、当たれば確実に死ぬ、頚動脈直撃コース。
そして同時、オーラを練り上げると足に集めて蹴り上げる。
今"それ"は、いささか以上に膨らんでいるために、狙いは非常につけやすい。
びっくり中国人のような神秘を会得していなければ、男であればこれも確実に昇天コース。

ヒソカは油断しているはずである。
もしかするならこれで、逃げるくらいの隙はできる―――なんて、現実はそう甘くは無い。

ナイフはヒソカの皮膚を剃刀程度の傷をつけたくらい。
ヒソカはまず、避けようともしておらず、練を使ったわけでもない。ただの纏で、そのレベル。
そこからまず失敗しているのに、次の攻撃が入ることも当然無かった。
ヒソカは両足で軽くはさむという、ほんの少しの動作でわたしの足を止めると、わたしの顎をクイッとあげて、顔を近づけてくる。

こんなところで、ファーストキスも貞操も奪われては堪らない。
興奮に眼が熱い。火事場の馬鹿力というやつだろうか、体はいつも以上に良く動く。
腹筋を収縮させ、力強く首を振り、その力を余すことなく、ヒソカの鼻面に叩き込む。

腕と足に回したオーラ全てを腹筋から頭に振り分けての一撃、ヒソカがのけぞる。
その隙に体を捻ってヒソカの下から抜け出すと、すぐさま立ち上がり、構えた。

「残念、あなたなんかに貞操を奪われるくらいなら舌噛んで自殺します。それでもされるなら死体でどうぞ」

威勢良くいって、ヒソカの様子を伺う。
いくらなんでも今のが大ダメージだったとは思えない。
まさか上手い具合に頭を揺らしたのだろうか?
そんなことを思っているとクツクツと、例の変態チックな笑い声が聞こえてきた。

「…………その眼、嘘ついたら駄目じゃあないか◆」
「……?」

言われて部屋の鏡を見ると、その眼は緋色に輝いている。そしてそこでようやく、ヒソカの意図を理解した。
先ほどまでの禍々しいオーラはどこへやら。
驚くほど静かなオーラを纏いながら体を起こすと、ニコニコしながら言葉を続けた。

「先週くらいに幻影旅団がクルタ族を皆殺しにしてその眼を奪った◆」

…………先週だったのか。
集落を出たのが二月ほど前だったので、結構ギリギリのタイミングだったらしい。
考え込むわたしを見て、ヒソカの顔が、より濃い笑みを浮かべる。

「驚かないね◆ やっぱり君は幻影旅団がクルタ族の緋の眼を狙っている、ということを知っていたのか◆」
「…………その通り、とだけ」
「本当、とても六歳児なんかには思えない◆ 纏だけ、っていっていたのも勿論嘘だね、いくつからだい?」
「念を覚えたのは四つのときです。まだオーラの量が少ないんで、あれなんですけどね」
「クク、今の流といい、下手な能力者よりもオーラの扱いが上手い◆」
「…………それは、どうも」
「……今から成長が楽しみだ◆」

そういって立ち上がり、扉に向かう。

「用があればそのうち、電話をかけるよ◆ そのときはよろしく……と、ボクとしたことが、あれだけ君から話を聞いておいて一番大事な名前を聞きそびれていたようだ◆ …………名前はなんていうんだい?」


適当にあげた偽名も見破られていたらしい。どうしたものか。
リルフィという名前は、後々クラピカに会うことになったときに面倒だ。
四歳の天才美少女念能力者リルフィちゃんは、あそこでは有名すぎたし、クラピカも当然知っている。
多少その名前に慣れてきたこともあり、かわいい名前なので愛着はあったが、まぁ、仕方ないことだろう。
元に戻すのが、一番か。

「カグラ、です」
「いい名前だね◆ ……よろしく、カグラ◆」

それだけ言うと、首から僅かに流れていた血を拭うと指でぺろりと舐めとる。変態だ。
ようやく帰る気になってくれたらしく、そのままにっこりと笑って扉を開け、ヒソカは出て行った。
その瞬間に全身の力が一気に抜ける。
知らない間に手についたバンジーガムははがれていたようだ。素晴らしい開放感が体を包む。

「……本気で疲れた」

誰に言うでもなく呟く。

正直念は、自衛のためにそこそこ使えるようになって、という程度に考えていたのだ。
ゴンやヒソカのような主要人物級の人間を避け、細々とスーパー人形繰りアイドルリルフィちゃんをやっていこうかとも考えていたところに、今回のこれ。
憂鬱以外の何事でもない。

なぜあんなところにヒソカがいたのか、しかもその上貞操の危機。
何とか乗り切ったものの、これ以降は念はあくまで自衛手段、なんて甘いことは言っていられないだろう。
死亡フラグはすでに立ってしまった。
戦闘用の、ヒソカが満足できるようなものにしなければ、ほぼ百パーセント、あの世行きになることだろう。
折角異世界に生まれ変わったのだと言うのに、また殺されては洒落にもならない。

ため息をついて下を向いた瞬間、服が思いっきり真っ二つなのを見て、もう一度ため息を吐く。カルボナーラの代金にしてはいささか以上にでかすぎる。
折角の、路上ライブ用の一張羅。

「……服……どうしよ」

人は、見かけを気にしなくなったら終わりである。
どんなに道端に落ちている犬の糞の如き不細工であろうと、卑屈にならず、己を磨く。
それは他人を不快にしないための大切な義務だと思うのだ。

中身は犬の糞だろうが、綺麗な包装用紙に包まれていれば、誰も犬の糞だとは思わないものである。
犬の糞を見るということで他の人が受けるストレスを考えれば、着飾るということの大事さは理解できるだろう。
もちろん開けたときの驚きは想像を絶するだろうが、それはそれ。

諦めた犬の糞はただの犬の糞であり、見たもの、踏んだものを不快にさせる。
そういうマイナス要素以外生み出さない下劣な存在になってしまうことを皆は理解するべきである。
努力もしない犬の糞は道端ではなく、肥溜めにでも引きこもればいい。

そうしてそれはわたしのような、天上の華や宝石の如く美しく可憐でデラックスでウルトラハイスペック美少女であっても例外ではない。
ましてや、見世物をするとなれば尚のこと気を使うべき部分であり、なおさらその義務は大きくなる。

美術館に飾られるわたしのような、犬の糞とはレベルの違う宝石であっても、泥に汚れていては醜く見えるもの。
美術館にあるべき存在であるわたしは、それに見合った輝きを維持する義務がある。


そして今回の場合、それはこの一張羅だ。



……せめて、部屋に入ったときに脱いで置けばよかった。
そんな後悔は頭の中を縦横無尽に駆け巡り、そしてその思考回路は正常であればありえない行動をわたしに取らせることとなる。

怒りと金銭という現実。それらは一つに纏まり、収束し、体を動かす。
半ば無意識に電話を握ると、中に一つしか入っていない番号に電話をかける。
そうしてコールから三秒と待たず相手が取り、つい先ほどまで喋っていたような軽薄な口調で、なんだい? などとのたまった。

それに対しわたしが言ったのは、一言。
あとになっても、自殺行為としか思えないセリフを、確かにその時わたしは吐いた。

「……服、弁償してください」

力強く、そう告げた言葉は、違えることなく、彼の鼓膜を振るわせたことだろう。
そのときのわたしは、きっとまともじゃなかったのだ。





[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 2話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/06 05:50





「いやー、とりあえずこれで十分です、どーも」
「それはよかった◆」

とはいえ、あきらかに正常じゃない判断でかけた電話は、予想外にいい方向に働いたらしい。
ヒソカの金持ち具合は前世のわたしですら足元にも及ばない。

彼ならば有名な、高級店での"ここからここまで買い"というやつも出来るのだろう。
おかげで、暫く縁が無かったであろう、超高級なわたしに見合った、以前のものの数倍の金額がする服装一式を二セットも買ってもらえることとなった。
歩く金蔵のような男である。

「というか、お金持ち具合が半端じゃないですね。どこでこんなに稼いだんです?」
「ヒ・ミ・ツ◆」

ああ、いいなぁお金持ち。貯金と財布の中を気にせずに生活したい。
そんなことを考えながら、そうしてそのまま彼と別れた。






―――なんてことには当然なることはなく、昨日より大分に豪勢な食事を振舞われていた。
専属シェフ付き一軒家をあちこちに持ってるヒソカは、少しレベルが違う。
これもまた暫く食べれるものじゃあないなと、おしとやかにガツガツ(矛盾していない)と胃の中に詰め込んでいく。
それを面白そうに見るヒソカの目が無ければ更に素晴らしかったのだが、それは彼の家である以上仕方のないこと。

本当はさっきの時点でお別れしたかったのだが、豪勢な食事が用意されていると聞き、それを無駄にするのは作った人がかわいそうだと足を運んだ次第。
決して餌に釣られたわけではないことだけは、明確にしておく必要があると思う。

「君はこれからアテがあるのかい?」
「いえ。故郷はどうやら、あなたの言う幻影旅団とやらに襲われて、わたしの家出中に潰れてしまったみたいですし。適当にお金稼ぎでもしておこうかなと思っているんですが」
「"家出中"に、か◆ クク、まあそれは置いといて、いいところ教えてあげようか?」
「……いかがわしいところはいやですけど」
「もちろん◆ …………天空闘技場って知ってるかい?」
「あぁ……」


そういうことか。いやまぁ確かにストリートライブで地道に稼ぐよりも何十倍も効率がいいだろう。
それに、結果的にわたしも強くなって、ヒソカ的にもおーるおっけー。
一石六鳥という芸術的石投げにも匹敵するその効果は、確かに素晴らしいものである。

こちらの体の具合は前世の比じゃないし、元々運動神経も天才的、そのうち強くはなることだろう。
人間関係以外で挫折したことは、生まれてこの方一度も無い。
全てにおいてスーパーハイスペックな美少女カグラちゃんには、他人に足の引っ張られる可能性を秘めたもの以外のものには天才的な才―――

「知ってるみたいだね◆ 二百階いくまでにそこそこの額貰えるから、行ってみたらどうだい?」
「…………」

思考を中途で打ち切られて少し不愉快な気分になるも、とりあえず体面を保つために笑顔を浮かべる。
"金持ちは骨までしゃぶれ"という言葉を聞いたことがある―――様な気がする。
これはきっと正しい名言だ。

「それはいいですね。……ですけど、闘技場までいく飛行機代が……身分証も」





びゅーんと天空闘技場。
いやいやいや、さすがはヒソカ、抜かりが無い。そこそこのホテルの部屋一つ、暫くの宿に貸してくれるらしい。

とりあえず怪しげな盗聴器や監視カメラが無いことを確認して、ベッドに飛び込む。
いやいやいやいや、ヒソカも上手い具合に使えば非常にいい奴じゃないんだろうか。
ちょっと時々貞操を無理やり奪っちゃおうとするとかお茶目なところがあるだけで。
わたしを遺産相続人にしたあと飛行機事故にでもあって死んでしまえばいいのに。


まぁ、過ぎたことはもう置いておくことにして、電話でホテルマンに食事を頼むと、眼を瞑る。

感情を静かに発露させて、眼を赤くさせる。
激情を感じたときに赤くなるのであれば、意図的にその状態を作ればいい。
精神状態を怒りの方向へ傾ける。
不愉快な出来事を思い出し、今世に蘇らせることで、目は緋色になり、オーラの質が変わるのを感じる。

激情が緋の眼の状態へのキーであるわけではない。
その感情を感じたときに起こる体内の変化が、瞳を赤くし、オーラの質を変えるような変化をもたらしているのだ。

重要視するべきは、オーラが変わる瞬間の、その感覚。
これを操れるようになれば、激情も何もなしに、自分の意思での緋の眼への移行を可能にできる。

これを覚える覚えないで、わたしの念能力者としての実力は大きく変わることだろう。
クラピカはウボォーギンに殴られた際の複雑骨折を一瞬にして治した。
強化系とはそれほどの力を持つ念系統だ。
しかし操作系のわたしでは精度は約六十パーセントと言われている。
それがどれほどの力かは分からないが、本来のそれに比べれば見劣りするのは確実だろう。
全ての系統能力を100%で使用できるというこれを、会得するしないで大きく変わる。

暫くはまず、これを自分の意思で操作、維持できるようになってから。
天空闘技場へはそれからでもいいだろう。幸い、宿代はタダであるし、生活費に困ることほど、金がないわけでもない。

天空闘技場なんていう場所で自身の念能力を見せるなんていうのは馬鹿のすることだ。
ヒソカの『伸縮自在の愛(バンジーガム)』のようなものはともかく、公の場所で念を使うリスクは大きすぎる。

それに、ここの試合は記録に残る。
ここでは強化系だとわたしを誤認させておいたほうが、後々何かあったときにも困るまい。
操作系としては人形を使うというのは念をはじめた時点で決めていることだし、それまでに基礎的な力を身につけるという意味でも、ここはその方向で行くべきだろう。

……暫くはこれの練習。
ボーイが部屋の外までやってくるのを確認すると、赤いままの眼を子供用のでかいサングラスで隠して扉を開けた。





平行して、念本体の訓練もまた行っていく。

念能力は一つに特化するよりも、全体的に鍛えていったほうが伸びの効率がいい。

というのも、最高値が100であれば、0から80まで達するための労力と、80から100に達するための労力が等しい、とか、そういう具合のことなのだろう。
極みに昇るのは難しいが、その中腹までならある程度、なんとかなるものだ。
だから、ビスケが練習量は得意系統とその他の系統が山形になるように、と言っていた。
これは、得意系統とそうでない系統に伸び率と、精度に差があるため。

しかしわたしには緋の眼である。全くの同じと考えるのは、聊か盲に過ぎるだろう。
覚えた系統であれば、100%の精度で使用できるのだ。
他の人間に比べれば、選択肢は遥かに多い。

片方が特質に面している具現化と操作は非常にマイナスが大きいが、『絶対時間(エンペラータイム)』の能力はそのマイナスを補って余りある力。
これを有効活用しない手は無い。


放出を覚えればオーラを切り離して戦うことが出来るようになる、が、当然切り離さないまま使ったほうが、精度の高いオーラ運用が可能になることは、オーラの性質を見ていれば分かりきっていること。
無線と有線ならば、その精度で有線が優れるのは道理なのだ。

変化系の力で、オーラを細く、糸のようにする。
これくらいであれば、正反対の系統であっても使用はできる。カストロのダブルは、苦手系統の能力としては少し高度すぎただけの話。
それさえ気をつければ、苦手とする系統でも、別段問題はないだろう。

マチのように耐久力の高い、なんていうのであればともかく、手から人形までを繋ぐために、オーラの使用を極端に抑えた糸のようなオーラに変化させる、なんていうのは恐らくは容易くできるはず。
これを使えば、今行っている人形操作はさらに精度と力が増す。


わたしは得意系統の操作をそれほど鍛えようとは思ってはいない。
複雑な人形を使うとしても、人間以上に複雑な動きが要求されるものを扱う気も無い。

複数操作の思考の限界もある。単純で、小さな人形を両手の指の数、という程度でいいのだ。
その余った分を他の能力使用にまわしたほうが、総合的な強さが増していく。
操作力よりも、その人形自体の強さが大切。それを強くするのであれば、材質のほかに、放出や強化を学ぶ必要がある。

念能力での人形操作は見世物ではない。操作のしやすさや、慣れという観点からわたしの大好きな人形を使うというだけで、本質はあくまで武器。
見かけではない機能美を求めるのが正当だ。
余計な間接は必要ない。ぬいぐるみあたりが適当だろうか。
最も思い入れがあるのはやっぱりこれである。

殴られても斬られても問題のない柔軟な構造、空を飛ぶぬいぐるみに打撲や切断をおこなう難しい。軽さはそのまま防御力にもなる。
戦闘用の人形に人の形を持たせることに意味は無いのだ。
必要なのは、致命傷を与えることの出来る武器と、耐久力。
小さければ小さいほど、能率よく動かすことが出来、そして的が小さければ小さいほど、当然狙いもつけにくい。

素材は闘技場で金を手に入れてから、最高級の素材を買いに行こう。
自分で念を込めて編みこんでいくのもいいかもしれない。
念は込めれば込めるほど力を増す、となれば自分で行ったほうが効果も増すはず。神字とやらを誰かに習い、書き込むのもいいかもしれない。


オーラの問題から、堅の状態で、とはいかないが、纏の状態であれば、流は動作と同じレベルで扱える。
成長するまで多少基礎は置いておいて、系統別の強化に走ったほうがいいかもしれない。
特に強化は、わたしの念能力設計の根幹を為すものだ。今からしっかり鍛えねばなるまい。





と、そんなことを考えながら、早三ヶ月。
月日はあっという間に流れ、わたしの年も七つを数えるほどになった。
そろそろ貯金がものすごいことになり、生活費の問題も出てきたために、天空闘技場へと向かう。

緋の眼を使うのは十分少々がベスト。
それ以上は徐々に負担が増えていき、翌日にまで影響してくるようになる。
クラピカの二の舞になるのは目に見えていた。
まだ試してはいないが、使おうと使うまいと半日でも一日でも、使おうとすれば使えるものなのだろう。
わたしの体感での限界値は一時間。それ以上は確実に翌日体調不良を起こす。

まぁ、戦闘で十分以上というのは天空闘技場であればそうそうないことであるし、今の時点ではこれくらいでいいのかもしれない。
それに、緋の眼を使うほどの敵が、二百階クラス未満に存在するとは思えない。

がっぽりお金だけ貰ってそのまま帰ろう。そのくらいに舐めていたわたしの考えは、きっと非常に不敬なものであった。
そうしてその罰なのだろう、これは。




「なんとなんと!今回は異色も異色、七歳にして百七十階クラスにまで登りつめた二人の天才児、キルア対カグラ!果たして天才二人の戦いはいかなる――」

主人公らしい運命と言うのは、体験してみればありえない日々の連続なのだろう。
まさにこれもそうであり、そしてそこに、本人の意思も介在しないのだ。





[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 3話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/06 21:46






踏み込みは風の如く。

首が薙がれる寸前のところで、僅かに上体を逸らし、振るわれた足を避ける。
以前なら、気付く前に意識を刈り取られていることだろう。キルアの動きは七歳児のそれではない。
素人であれば、十人が十人首を刈られている、そんな一撃。

「おーっとぉ!キルア選手の猛攻、これはカグラ選手危ういかぁ!?」

予想だにしなかった事態に幾分か困惑しながらも、落ち着いては来た。
上手く防御すれば鈍痛は感じるものの、ダメージはないに等しい。
動きも速く、技巧も達者ではあるが、それだけ。少なくとも今の時点で、彼の攻撃はさしたる脅威ではないということだ。
そう思えば、これは試合ではなくただの訓練に等しい。

それにしても。
天空闘技場までやってきて、トントン拍子でフロアを登っていっていた最中、予想だにしない相手と出会うこととなってしまった。

そういえば、彼もゴンと来る前に天空闘技場に来たのだと、そういう設定があることに気がついたのは目の前にしたあと。
受ける予定のハンター試験は非常に気まずいものになるのではないかと、今から多少の不安が残る。
なにせ、クラピカヒソカにキルアまで来たのだ。
死んでもクジラ島には近づかないと誓いながら、目の前の攻撃を捌いていく。

最初こそ相手の攻撃をいなすのに精一杯であったが、それにも幾分慣れて来た。
仕掛けてみるかと、少し構える。
掌底と、それに併せた掴みをかわして、肩から全身を使ってのぶちかまし。
大人であっても大ダメージは必至の一撃。
正面からカウンター気味に喰らったキルアは跳ねて転がり、十数メートル向こうでようやく停止する。

流石にオーラを纏っているのといないのとでは、威力がまったく違うらしい。
練をつかわず、凝のみでやっているというのに、この威力。
操作系のわたしですらこれだけの力が出るのだから、本職の強化系の彼らの力はいかなるものなのだろうか。

わたしがダンプに撥ねられたときと違い、キルアは華麗に身体を跳ねさせ、すぐに立ち上がる。
クリーンヒットの判定に彼は顔を顰めるが、すぐに元の表情を取り戻した。

丈夫で尚且つ、技能も高い。
中々、経験不足のわたしにとって、彼はいい練習相手になりそうだ。








ポイントではこっちの勝ち。

しかし、これならば勝てるという手ごたえが無かった。
反応はそれほど早くは無かったし、彼女――カグラと言う名前らしい――に一発入れるのは容易かった。
最初は一撃で昏倒する程度、二度目は骨が折れる程度、五度目の一撃をいれるころにはさすがに苛立ってきて、大の大人が防御しようが背骨ごとへし折れるくらいには力を込めた。

彼女はそれを腕で受けてリングの端まで吹っ飛んだが、立ち上がったときにはケロリとしていて、それどころか怪我も、かすり傷一つおっていなかった。
たいした受身もとらずに、である。

―――キッチリ入っただろーが。どんな骨してるんだこいつ。

更にはようやくギアが入ってきたのか、こちらの攻撃を受け流すようになってきている。
相手は自分と同じ子供。ゾルディックに生まれた自分が手こずるというのがまず不可解だった。

拷問のようなトレーニングと、そのままの意味の拷問をその身に受けてきた。
食事には毒を混ぜられ、電気を流され、火鉢を押し付けられ、色々された。
それだけの苦労と無茶をした結果手に入れたのが、今のこの強さ。

だとするならば、彼女は自分以上に辛いトレーニングを、その身に課して来たのだろうか。


ありえない、とそう思っていても、彼女の力はどう考えても自分を上回っている。
彼女に勝る速さや技術という点でも、彼女は緩やかにではあるが、しかし確実に自分の動きに迫ってきていた。

先ほどであれば確実に入った一撃が防御されるようになり、そのうちに軽くいなされるようになる。
こちらにあわせるように動きを早めていく彼女は、時間が経てば経つほどに手強くなっていく。

ようやく入った一撃は、審判にクリーンヒットと叫ばせる程度の威力しかない。
おかしな話だ。入った一撃はどれも、大人相手にでも十分通用するものだ。
それで人を殺したことも、再起不能にしたこともある。
すでに暗殺者としての仕事をこなす自分が、こんな子供一人殺せないはずがなかった。


踏み込んで、体重を乗せた右の抜き手を喉元に放つ。もうすでに相手がただの少女だとは思ってはいない。
もしかすると、これをクリーンヒットさせても、彼女は死なないのかもしれないなどと、ふと考える。
そんな冗談のようなことを半ば本気で思ってしまうくらいに、彼女は頑丈に出来ていた。

彼女は体を少しずらして、危なげなく抜き手を避ける。
やはり、確実に速くなっている。初動も速度も、間違いなく。

しかしそれも予期していたこと。その前方に向かう慣性による運動を、足と腰を使い円運動に変換。
腰を捻り、ローリングソバットを放つ。
それに対し彼女は腕での防御。
そしてそれもまた想定済み。

叩きつけるように動かした足の軌道を変え、蛇のように彼女の腕を捕らえる。
ゾルディックの暗殺技術は幅広く、それは暗殺技術だけに留まらない。
関節技もまた、プログラムの一環としてそこに組み込まれている。

瞬時に彼女の左手に足を絡めると、逆側に反らす。
そしてそのまま体ごと地面に落ちることで、彼女の腕はへし折れる。
いくら筋肉を鍛えようが、関節を鍛えるような真似は出来ないし、力を絶対に出すことの出来ない方向と状況が、人にはあるのだ。


そうしてオレは勝利を確信し、しかしそのまま意識を失った。







パチパチと拍手の音が聞こえた。そんなことをする相手は一人しかいない。
一つ溜息を吐いてそちらのほうを見ると、やはり笑みを浮かべたヒソカがそこにいた。

「おめでとう◆ なかなか面白い試合だったよ◆」
「…………ストーカーって言葉知ってます?」

言ってもう一度溜息を吐くと、すぐ横の壁にもたれかかってヒソカを見上げた。
どれだけ暇人なんだこの男は。

「ツレないなぁ◆ あの子もすごくいいよね、なんていったっけ?」
「キルア=ゾルディック。あの子についていったらどうですか? わたし以上に見込みありそうじゃないですか。ゾルディック家の子みたいですし」
「ああ、なるほど道理で◆ ……クク、拗ねない拗ねない、本命は君さ◆」
「拗ねてません」

笑いながら頭を撫でてくる。
試合で初めて緋の眼を使ってしまった。
流石に最後の関節技は、流石にハンデありでは厳しいところ。
まず、素体の筋力がキルアとわたしでは天地の開きがある。
普通に念で強化して、同程度より少し劣る程度なのだ。
その状態であんなことをされれば、流石にオーラを身に纏っているとはいえど、腕は容易く折れただろう。


なので最後は仕方なく緋の眼で力を底上げした後、腕ごと無理やりに地面に叩きつけた。
キルアは勘が鋭い―――原作でズシの練に気付いたし―――ので、色々と問題が出てくるかもしれない、とは思ったのだが、この際仕方のないことだろう。
結果的にこうなってしまったが、まぁ、別段問題ないことではあるし、結果としては上々だろう。

とはいえ、これほどのレベルの実力者であるキルアで百七十階クラス。戦績を見てる限り、この辺りでうろちょろしているらしい。
二百まであと二戦だが、いよいよ気が抜けないかもしれない―――

―――なんてこともない。
他の試合もいくつか見たが、本気でかかればこのクラスの弱小念能力者を倒すのは容易い。
最近完成した"必殺技"もあるのだ。


まぁ、そんなことよりもこれからのこと。
ヒソカをみて、"使えるものは寝たきり老人でも使え"という言葉が頭をよぎる。
そういえば、この男はトップクラスの念能力者なのだし、そういった関係の知り合いも多いかもしれない。

「ああ、そうそう。ヒソカさん、神字に詳しい方ってご存知ですか?」
「クク、呼び捨てでいいよ◆ 神字……何かつくるのかい?」
「ええ、やっぱり何か作るなら、一から十まで自分で作ったほうが安心できますから」

ああ、とヒソカが納得したように頷く。
念は感情に大きく左右されるもの。
ならばそれを確実にするためには、努力を惜しんではなるまい。

「そういうことか◆ 操作系だったね、君◆」
「その子に名前くらい書いてあげたいですからね。自分で描いてみようかな、と」
「うん、そういうことなら何人か心当たりがあるから当たってみるよ◆ 早いほうがいいのかい?」
「そうですね。二百階まで上がったらもうここに用は無いですし、そのくらいがベストなんですけど」
「それじゃあ丁度いいのがいたら連絡するよ◆」
「はい、お願いします」

馬鹿と鋏は使い様。
ヒソカは恐らく、わたしが強くなるために何かを行おうとするときには協力を拒まない。
むしろ積極的に応援しようとする節がある。
下半身で動いてることと変態なことと異常性癖であることを除けば、非常に素晴らしいコネクションだ。

「ついでにどうだい、食事でも◆」

本当にこの"四足歩行"から"三足歩行"までなんでもいけちゃう的な所さえなくなれば、どれだけ素晴らしいことだろう。

それを言わないところは、非常に優秀な世界最大のスパコン以上に素晴らしい頭脳と理性の為せる業である。
決して豪華で美味いただ飯が食えなくなるからとか、そういう理由ではない。

わたしは溜息を吐いて渋々、

「仕方ないですね」

と一言告げた。








その日の晩、豪勢な食事をたらふく食べたあと、部屋に戻る途中に感じたのは不穏な気配。
まさに、殺意というものがあれば、こういう具合のものだろう。

『絶対時間(エンペラータイム)』を発動させる。
天才ゆえに嫉妬と羨望の眼差しを受けることはあれど、これほど明確な殺意を向けられたことは生まれてこの方一度も無い。
いやまぁ実際殺されてるしいるわけであるし、前世ではそんなのに気付けるほど勘が鋭くなかっただけかもしれないが、ともかく、どうにも、気分はあまり、よろしくない。
面倒なことは重なるもの。仕方なく振り返ると、その原因に誰何する。

「こんな夜分にどなたでしょうか?」
「…………」

すぅ、と路地から小さな人影が一つ。
そこにいたのは目つきの悪い銀髪の少年。
とりあえず拙そうな相手ではなかった無かったので、内心で安堵の息を吐き、観察する。

まだ頭に針は刺されていないのか、戦っていたときと違い、オーラを隠してもいないわたしを前にして、それほど取り乱す様子もない。
恐らく針を刺された後であるならば、今のわたしを前にして、平常心を保つことは出来ない、はず。
…………いや、もしかすると、わたしのオーラが弱すぎるとか、そういうこともあるのだろうか。
いや、ない、きっと…………ない、だろう。
少しずれた思考を、首を振ることで落ち着けて、また、キルアの方に眼を向ける。

「こんばんは、何の」
用ですか、と、とりあえず分かりきったことを問いかけようとしたところで、視界からキルアが消える。
挨拶ぐらい返せばいいのに、と思いながらも、これからの行動について考える。
どうしたものだろう。念を使って軽くあしらうべきか、付き合ってやろうか。
馴れ合うなら後者、突き放すなら前者。

試合での腹いせだろうが、付きまとわれるのも面倒だし、できることなら危険なことに首を突っ込みがちなゴン一行には余り近づきたくない。
突き放すのもいいだろう。
別段念の存在を勘付かれて、わたしが不利益を被ることも無ければ、これからの人生においてそれほど大きい問題とも思えない。
いずれキルアも知ることになるのだ。
原作の流れが変わるかもしれない、というのは一つではあるが、この世界にわたしがいて、すでにキルアと戦ったという時点でバタフライは発生するのだろうし、今更気にすることでもないだろう。

いや、しかし。
キルアがあの年試験参加した理由は気まぐれという偶然であるし、このときのわたしの行動次第でそれが左右されることもありえる。
もしも彼が参加しなければ、わたしの知っている未来情報は、そのことごとくにずれが生じることになることだろう。
とはいえ、キルアがいないことで何かわたしに不都合があるのかどうか。

ハンター試験でゴン達が落ちようが知ったこっちゃないし、旅団と戦うのはクラピカ。
GIの爆弾魔一行にも興味はないし、ああ、キメラアントか。

あれがどう解決するのか知れぬ現状、その大きな流れを変えることは得策ではない。
キメラアント編で、彼ら二人の立ち位置は、それなりに重要なところにある。
王なんかいくら天才のわたしでも退治できる相手じゃなさそうだし、そこから先のお話はまだ出てなかったから知らないのだ。
結局のところキルアとゴンがあの戦いで非常に重要な役を背負ってるんだろうから、片方いなきゃどんな惨事になるか分かりかねる。

あれは一歩間違えば、世界滅亡クラスの大事だと思うのだ。
いや、ジンとか出てきたら以外にあっさり、みたいな感じになるのかもしれないけれども、話の流れ的にあれは彼らに何とかしてもらうべきではある。
わたしの幸せのために。


とはいえしかし、どうしたものか。
坂上神楽バタフライは確実に起こるし、もう今の時点でどっちにしろキルアがハンター試験受けないなんてこともありえる。
さきほど世界最高のスパコンをあっさり凌駕するわたしの頭脳が瞬時に弾き出した答えを見るに、彼があの試験に出ないのは聊か拙い。

となれば、わたしが試験に出るよう、誘導するしかないだろう。

消えたように見えたものの、実際のところはただの跳躍。指先を振るうと空中にいたキルアに念糸を飛ばす。
元にしたのはヒソカの『伸縮自在の愛(バンジーガム)』。
あれの劣化改良というところだろうか。

能力を一言で説明するのならば、付け剥がし自由の念の繰り糸。
よく伸び、よく伸びるこれは、わたしの念を忠実に伝えるためだけのもの。
これに操作と、強化を組み合わせることで、この能力は真価を発揮する。
糸のついた相手を力技で無理やりに操作する、本来ありえない変化と強化に操作を合わせた複合能力。

それがこの『我侭な指先(タイラントシルク)』だ。

この念糸をつけた対象を、わたしの意志のまま、無理矢理に操作する。
基本的に制約を決めた、人形操作に使うものなのだが、人相手にも緋の眼を使えば有効ではある。
HH風に命名するとなんとなく強くなりそうなのでこんな感じで名前を付けてみたのだが、中々能力的には成功らしい。

意識を失わせて操るようなシャルナークの『携帯する他人の運命(ブラックボイス)』に比べれば弱い分、使い勝手がよく、リスクは遥かに軽い。

バンジーガムのように容易につけることが出来、そしてバンジーガム以上に面倒な能力。
それをコンセプトに作ったこの能力は、緋の眼という反則を使えば、最高の精度で成立する。

キルアの体の動きを操作して、受身をとらせずにそのまま地面に落とす。
わたしが同時に出せる糸の量は十本。
相手が強化系などであれば体を抑えるのに後何本かの糸が必要になるだろうが、キルアはまだただの七歳児で、念も使えない子供だ。
彼を御するのは指一本で十分に過ぎる。


ごん、と非常に痛そうな音でコンクリートの上に落ちたキルアに、容赦なく蹴りを重ねて、壁に貼り付けにした状態で口上を述べる。

「勝負は勝てる相手に。パパやママ、または"お兄さん"にでも教えてもらいませんでしたか?」

壁に貼り付けられたキルアの首に手をかけ、続ける。
万が一にでも現時点で、彼に負ける要素などありはしない。

「貴方はまだ、わたしの相手にはなりません。もし悔しければ、そうですね……1999年にハンター試験を受ける予定なので、そのときにどーぞ」
「ぐぁ……て……め……」
「お待ちしております。期待はしていませんが」

少し芝居がかった口調で、キルアのプライドを逆撫でるように念を押すように言って、そのまま彼を失神させると、『我侭な指先(タイラントシルク)』を解除し地面に落とす。
やはり天才はどんなことをやっても天才的に決まるのだ。
自分がこれほど悪役らしく振舞えるとは思わなんだ。

これでほぼ確実にプライドをズタズタにされたキルアはゴンと同じ年の試験を受けることになるだろう。
これで、彼の友達とキメラアントも安泰だ。


「まぁ、わたしはその年のハンター試験は受けないんですけどね」

誰に言うでもなく呟く。
その再来年辺りに試験を受けるとしよう。ヒソカにクラピカにキルアと、誰が好き好んでそんな胃が痛くなりそうなくらいに気まずくなりそうな面子のいる試験を受けにいくというのだ。
勝手に掘って掘られての友情ごっこでも楽しんでいればいい。わたしは嫌だ。
そのままよければ、わたしのことを記憶の中からフェードアウトしてくれれば言うこともない。

まぁ、ゴンという友達は出来るし、変態ピエロという強烈なキャラを前にすれば、わたしを忘れるなどそう難しくもないことだろう。
そうしてわたしは、ライセンスを売って隠居するのだ。
そんなことを考えて輝かしい未来に夢を膨らませいたわたしは、それをニヤつきながら見つめる男がいたことに当然、気付くことはなかった。

どうやら都合のいいわたしの将来設計は出来上がった瞬間に破綻していたらしい。次の日にいつものように"たまたま"、"偶然"廊下で鉢合わせたヒソカが、驚くような正確さでピンポイントに、1999年にライセンス取りに行こうよなんていいだしたのだから、世の中というのは奇跡のような偶然に溢れている。


わたしは、その日ほど、独り言の癖を悔やんだ日は、無い。





[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 4話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/08 06:38




なぜ、人を縛る法があるのか?

理由は容易い。
原始的な本能は、自身の生のために他者の命を奪うという行為を、快楽という形で肯定しているからだ。
他者を自分の下に引きずりおろし、尊厳を砕き、踏みにじる。

それは紛れもない快楽であるが故に、人は奪われることへの恐れから、それを倫理と法によって縛りつける。

他者の名誉を貶めること勿れ。
他者を傷つけること勿れ。
他者を殺すこと勿れ。

禁則とはつまるところ、快楽の裏返し。
人は原初の欲求として、他者を害する、ということに対する欲望を持っている。
この感覚はおかしなことではない、"あって当然のもの"だ。

なんて小難しいことをいって、わたしは一体何が言いたいのかというとつまり―――





闘技場から出て、早三年。
今年でわたしは十歳となった。
そして、それと同時に忘れられない思い出が一つ出来てしまった。

少し前に見た石榴をハンマーでかち割った、という感じの前衛芸術は、わたしの食欲に対して暫くの間、深いダメージを与え続けることになるだろう。
記憶に焼きついた、人形をそのまま投げ捨てたような、意味の分からない手足の向きが、なおさら行き過ぎた前衛芸術らしい。

ああ、やってしまった。
罪悪感もなく、ただ、そう思った。





「嬢ちゃん、止まりな」
「へ?」

振り返るとそこになかなかありえない光景を見る。
子供相手に銃を向ける、大人二人。
だらしのない、派手目な格好をしていて、まぁ、簡単に言うならばチンピラと言うべきか。

ここで一般的な子犬レベルの極普通の美少女ならば恐怖に震えるところだろうが、生憎世紀末覇王級美少女カグラ様の前にはそんなもの、オーラで飛び散る全身SMルックのバイク好きモヒカン男程度の障害でしかない。

「何もいわずに車に乗れ。十数える間にだ」
「自分の顔見てから出直してきてください。わたし、お顔が"前衛的"な方にはついていかないことにしているんです」

男が絶句する。
いや、別にそこまで顔は悪くないのだが、そんなことは関係なかった。
今はご飯を食べた後で非常に眠たい。気分としては一刻も早く家に帰りたいところであるのだ。
だというのにその途中でこれ。わたしの機嫌がすこぶる悪くなるのは当然だった。

誘拐犯なんかに構っている暇はない。
そう歩き去ろうと思ったところで、足をめがけて銃を撃たれる
反応は咄嗟のもので、行動は迅速かつ正確だった。

能力発動から着弾まで、コンマ1秒の壁を軽々と突破する。

『可愛い可愛い愛玩人形(フィンガードール)』は九体の人形、それぞれ三体ずつの、少女人形、騎士人形、ガンマン人形を自在に操るという極一般的でなんの捻りも無い操作系能力。

今回相手の頭と両足をかち割ったのはこのうちガンマン人形の放った念弾だった。
同時に発射された三発の弾丸は見ているこちらが気持ちいいくらい正確に目標に到達し、両足と頭をはじき、例の前衛芸術を作り出した。

念弾というのは便利なものだ。
こっちの体が汚れなければ人形も一切汚れない。
人に使うのは初めてだったが、成果は上々だった。



「あれ?」

いやいや。
そんなことを冷静に考えてるわたしの頭は少し、おかしい。
もう少し取り乱さなくていいものか。

そうは考えるがしかし、別段、良心の呵責にも襲われてはいないし、むしろ達成感すら心にあった。
そういった精神状態から、わたしは反論する。

いやいやいや、元々はといえば、この男は天下無双美少女カグラちゃんを手にかけようとした不埒者、こうされて当然だろう。
しかも足目掛けて撃って来たのだ。
このくらいは当たり前ではないか、と。
そう結論付けて、改めて死体を眺める。


死体を見たのは初めてではないが、しかし。

初めて見た、病死以外の死体の感想は、気持ち悪い。

その一言に尽きた。
三体のガンマン人形を"袖の中"から取り出すと、念弾を素早く連射。

肉が弾けとび、人の形から、そのうちに得体の知れない何かに変貌していく。
今度はさらに行き過ぎて、前衛芸術は子供の落書きのようになった。

初めて見た、猟奇的惨殺死体の感想は、気持ち悪い。

それぞれに一際大きな念弾を生成させ、発射する。
得体の知れない何かは、地面ごとどこかに消し飛んだ。

流石に消えてしまえば、気持ち悪さも感じない。
散らばった匂いが多少えげつない気もするが、それほど不愉快でもなかったのが妙だった。



一息ついてガンマン人形を"袖の中"に収納すると、踵を返す。
おかしな話だ。もう少し、興奮なり嫌悪なり、あってもいいとは思うのに。
意外なほどに心が醒めている。おかしかった。

確か、聖母マリア十人分ほどの慈悲の心と愛と優しさを持つわたしは、猫が死んでいるのを見ただけで心が曇りもようになるのだ。
考えれば考えるほどに、薄倖の美少女ガールであるいつものカグラちゃんから見て、どうにも現状に納得がいかない。。

「まぁ、いいか」

無駄なことを考えた、とばかりに欠伸をしながら歩きだしたところで、後ろから声がかかる。

「て……めぇ……待ちやがれ!」

そういったのは、とっくに逃げたのかと思っていた"さっきの"男の連れだった。
震える手で銃をこちらに向けて最後の意地でギリギリ立っています、という様子。
前世であれば恐怖に震えた光景だろう。
が、銃弾すら容易に回避することが可能なびっくり超人、というこの世界の住人となったわたしが、もはやこんなものに恐れる訳もない。

「はい。待ちましたよ?」
「…………っ!!」

笑顔で少しずつ距離を詰めていく。
彼が引き金を絞る前に、頭を弾く自信はある。

ちっとも恐れた様子も見せないわたしに恐怖を感じたのか。
彼の顔は、先ほど以上に引きつっていく。それは、獲物を嬲るようで、なかなか愉快な気分だった。
引きつった顔に、"いつかの誰か"を思い出す。

ああ、そうだ。
いいことを思いついたと、念の糸を彼に貼り付けると、肉体の操作権限を強制的に奪う。
こうして見ると、この能力は非常に有用であった。

「あれれ、どうなされたんですか?」

男の体を糸で縛り上げ操作して、こちらに向けていた銃口を無理矢理に上に逸らす。
念には念を。
念能力者には念能力者でしか歯向かうことすら出来やしないのだ。

「あ……ひ……体……なんで、違っ、やめ」
「……ああ、なるほど。自殺するので看取ってくれ、ということなのですね。承りました」

喋りながら、銃を握った指を無理やりに動かさせて、顎の下にピンポイントで銃口を合わせる。
抵抗しているらしく、彼の腕はプルプルと震えているが、抵抗はないに等しい。
『絶対時間(エンペラータイム)』を併用して使う『我侭な指先(タイラントシルク)』に抵抗するには、最低でも念は使えなければ話にもならない。
たいした抵抗もなく銃口はゆるやかに、顎の下で固定された。


「まぁ、なんて潔い人なんでしょう、ばいばい」
「ゆるじッ」

パン、という乾いた音と、ぱしゃんと、卵の割れるような湿気た音が重なり、男が倒れる。

何故か、心地がいい。
人を操る、というのにはまた、人形を操ることとはまた別種の快感がある。
体がすこし震え、熱を持つ。

人が皆そうなのか、わたしが、そうであるだけなのか。
その事実にもう一度身震いをして、"緋の眼"を元に戻す。


それだけのことで、恐ろしいほどの不快感が体を襲ってきた。

「うっ……ぇ……」

唐突に吐き気が襲う。
明らかにそれは耐え切れない類のもので、側溝に胃の中身をぶちまけた。
緋の眼、それを戻したその瞬間に、尋常ではない寒気がわたしの体を駆け巡った。

「えぅ……ぇ…………げほっ……」

苦しい。
そして吐き終わった瞬間に開放感が訪れ、一瞬の快楽を得る。
そうして、そのまた次の瞬間には、またさきほどの嘔吐感が喉元までせりあがってきていた。

どうやら、胃の中のものを全部吐き出さないと治まらないらしい。
そのまま嘔吐すること、五回。ようやく冷静な思考と判断力が戻ってくる。

ああ、なるほど。そういうことか。
胃の中身をあらかた掃除し終え冷静になりつつある頭は、今この状況を冷静に分析する。

いくら性格、外見、知性、才能が世界トップのわたしと言えど、平和主義民族国家日本人に恥じない、真っ当な倫理感は持っていた。
今の行為に嫌悪感を持たないはずがないのだ。
誘拐されそうになったから、拳銃で脅されたから、殺した。
正当防衛、これが本当に正当防衛といえるだろうか?
別段殺さずに無力化させることも、できたはずだろうに。

壁に手をついて、考える。

緋の眼はクルタ族の激情そのもの。
それを操るということは、要するに自らの心の"操作"に等しい。
普通であればありえない行為だ。
今のこの状況は、緋の眼の発現とともに無理やりに押さえ込まれていたわたしの"真っ当"な感情が、それの解除と同時に大爆発を起こしたに過ぎない。

十六年にわたり培われてきた日本人としての倫理性は、今の行為によって一瞬で、経営破綻を起こしてしまった。
今現在のこのやけに冷静な思考が、それを裏付けている。
殺人が、気持ちの悪いショーくらいにしか思えないのだ。

人殺しに精神的な快楽を感じてしまった。
わたしの心の暗い部分を閉じ込める、本来無敵の倫理の檻は、あっけなくも砕け散ってしまう。
倫理の檻に囲まれていたわたしの獣性が、そこから解き放たれてしまったのだ。

激情を支配する、ということはつまり、そういうこと。
わたしはこの獣と、檻なしで向かい合い、手懐ける必要がある。

自身の心を支配する、緋色の皇帝が支配する時間。
獣の声を聞き、手懐け、力を示さなければ、すぐさま獣に飲み込まれてしまう、そんなギリギリの綱渡り。

"エンペラータイム"とは中々皮肉が利いている。
皇帝が身に付けるは、煌びやかな冠ではなく道化の帽子。
二つには、LとRの違いしか存在しない。
覇道もまた、少し違えば道化と変わりはしないのだ。


緋の眼をもう一度発動させる。
それだけで体を駆け巡っていた気持ち悪さと嘔吐感が少しずつ和らぎ、一分もする頃には元通りになる。

「う……、気持ち悪い」

今日は疲れた。
吐いたし頭痛いし気持ち悪いもの見たし、おうちに帰ろう。

今さっきのスクランブルエッグ男を、石榴男と同じように処理すると、そこからそのまま立ち去った。
まぁまぁ、これだけ粉々であれば多少部品が落ちていても、何のものかは分かるまい。

足にオーラを集中させて跳躍し、崖を駆け下りるカモシカの逆回しの動きでビルを駆け上がる。
肉を抜いた、胃に優しい食事にしようと、吐いてしまった胃の中身の代わりとなる今日の献立を考えながら、瓦礫まみれの路地裏を後にした。












「……可愛い娘だなぁ」

思わず溜息が出る。
綺麗な姿形に、溢れるオーラ、声、その全てが芸術品だった。
絵になる美しさ、というのは彼女のことを言うのだろう。

雇った二人は予想通り死んでしまって、少し笑う。
あそこまで容赦なく殺すだなんて、思ってもみなかった。

『夜這いのたしなみ(スニークラヴァーズ)』。
この能力は遠くにいながら、その場の情報を得ることを可能とする、偵察用能力。
影から影を渡り、時には人に取り付いて、あらゆるところを渡っていく。
適当に散らしたこれの一つにたまたまかかったこの少女は、いまだかつて見たことがないほどの奇麗だった。
見た瞬間に、恋をしたかのように胸が沸いた。

取り付いてから三週間。
この年代の念能力者にしてはありえないほど高度な念操作技術に、念を使わずに行うにも拘らず、芸術的な人形繰り。
強い意志を秘めた眼。

前世で憧れだった人形遣いの少女が、彼女に重なって映る。
わたしとは正反対の、光り輝く世界の少女。
何も得ることなく、それをただ見るだけだった、わたし。
あの頃は会ったこともないあの子に、酷く理不尽な嫉妬をしたことを思い出して、笑う。
わたしは何一つ手に入れることができないと言うのに、世界のどこかではこんな風にあらゆるものを手に入れて、笑う少女がいるのだと。

脆弱だった体は、以前とは違う。
その少女によく似た彼女を、今、わたしは自分の意思で手に入れることが出来る力を持っている。
どうだって、できるのだ。
どうしようとわたしの勝手で、誰にも文句なんて言わせない。

もうどうしようもないくらいに悪事に手を染めてきて、今更引けもしない。
悪人は、悪人らしく、快楽に生き、その内死ぬのが常だろう。

そう笑って、眼を閉じる。

普段はカラーコンタクトをつけている、彼女の特徴的な緋色の眼。
最近滅んだという噂のクルタ族、その生き残りなのだろうか。

操作系能力者に見えるが、見ている限りでは、強化も変化も普通に使っている。
系統が分からないなんていうのは、初めての経験だった。
技術の割にオーラの量が少なめであるが、上下することもあり、不明瞭。
それでも今まで見た限り、最大値はおそらく、わたしのそれよりもはるかに低い。

まぁ年はわたしよりも二つ下のようであるし、わたしが元々、人より多いオーラを持っていたことを考えると、こんなものなのかもしれない。
それに何より、このくらいの年代の念能力者の平均というものが分からないのだし、考えても意味のないことだろう。
この年でこのレベルの念能力を持っている、ということがまず、そうそうありえないことなのだから。

まぁまぁ何より、そんな少女を自由に出来る。
仕事以外で、こんなことをするのは初めてだ。
なんとも言えない興奮がわたしの心を震わして、それと同じく、指先もまた震える。

そう、自由なのだ。何をしたって、構わない。悪人が悪行を重ねるのは、だって当然のことだろうに。

震えが興奮によるものだけではないのだと理解していて、しかしわたしは見ぬ振りで両手を胸にベッドに沈む。

どうせ、今更、何をしたって取り返しが付きようはずもないのだから、どうしたって構うまい。
これまでも、これからも。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 5話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/09 20:07







「っ…………」

口惜しさに唇を噛んで、拳を握り、しかし叩きつけることなくそのままゆっくりとベッドの上に預けた。
物に当たるのは私らしくもない。負けた、完膚なきまでに負けただけ。
悪いのは他の何ものでもない、私だ。

念能力、ヒソカが去り際に言った言葉の内容を考える。
何らかの技術か、技法か。ともあれ、それが私とヒソカの間を隔てる強大な壁であるという。
上には上がいる。それは分かっている。
久しぶりの負けを見て、戸惑っているだけだ。
それに、その負けを見るがために、私はここに来たのではなかったのか。
道場ではもはや相手はいない、師ですらこの程度か、と。

熱を取り戻すには、十分すぎる相手。
確かに強い、得体の知れない力を使う、しかし、それだけだ。
その性質は傲慢、わざわざ私に、その力の根幹を教えてくれるほどの。

舐めている、完全に下の人間であると、見下しているわけだ。
確かにそうだ、今は少なくともそうであるには違いない。
しかしいつまでも、そうであるわけもない。

私がその力を得た暁には必ず、あの男を。

「こんにちは」

そう意気込みをしたところで、私しかいないはずの部屋から、少女の涼やかな声を聞いた。









「……はぁ」

頭では理解していても、感情はそうもいかない。
そんなこんなでテンションが下がってから早数日。
未だにヒソカから借りたままの部屋のベッドの上で、その日もうだうだしながら新聞を広げていた。
天才美少女カグラちゃんはテンションを落としていても自分を磨くことには余念がないのだ。
時事ネタを知るのは会話の引き出しが増やせるという点で非常に大切なことであるのだし―――

―――という建前で適当に広げていた新聞の中に非常に面白い記事を発見する。
小さい記事。
しかしその内容は、未来を知るわたしにとっては非常に大きなものだった。

カストロが、ヒソカに負けたという話。



この戦いの後、カストロは念を知り、そうして二年後にヒソカに殺される。
しかしもしも彼が、ヒソカの言うとおりに強化を一途に鍛えていたらどうなっただろうか。
もしかしたら、ウボォーギンに匹敵するようなそこそこスーパーな使い手になっていたかもしれない。

先日の石榴の生卵事件以来、若干の鬱に入っていたわたしにはそういう気分転換に丁度いいネタがほしかったのだ。
カストロを育てて、強くして、ヒソカというラスボスに挑戦させる。
まぁその結果カストロが死ぬかどうかは知らないが、なかなかの"えんたーていめんと"であるかもしれない。

もしかしたらその結果生き残れるのかもしれないし、そう考えるとある意味人助けだ。
そもそも放置しておけば、存在自体が死亡フラグな男であるし、ちょっとくらいは触っても問題はないだろう。
感謝こそされ、非難される謂れはないし、ついでに格闘術もちょろっと教えてもらえれば御の字。







わたしの閃きから行動へ移るスピードには眼を見張るものがあると思う。

キープアウトのテープの貼られた路地裏をちらりと横目にしながら、一直線に天空闘技場のカストロの部屋へ向かう。
絶で気配を消しながら部屋の前まで行き、こっそりと部屋に入ると、予想通り涙で枕ならぬ袖を濡らすカストロがいた。
よっぽどショックだったのか。なんて情けない奴だろう。

「こんにちは」

耳元で声をかけると瞬時に反応し、跳ねる様に距離を開け、構える。
目元は別に赤くなく、泣いている訳ではなかったらしい。面白くない奴だ。

「何の用……かな?」

いきなり耳元で喋られたことに相当驚いたのか、中々秀麗な顔を苦笑い、というには幾分硬い引きつった顔で言う。
その微妙な顔つきだけは面白かったので、まぁまぁ、よしとしよう。
そう内心で笑いながら、指先にオーラを張り巡らせる。

「種も仕掛けもないこのティッシュ」

口で言うより、見せたほうが早いだろう。
丁度その場にあったティッシュとグラスで実演することにした。
周で、ティッシュを一つの刃にするとワイングラスに投げつけ、切り落とす。

「これがどうして、おかしなことに、ワイングラスを切り裂いてしまったではありませんか」
「っ…………!?」
「あらあら不思議、何故でしょう? ちなみにヒントは、ピエロのお兄さん、ですよ」

面白いように表情を変えていくカストロは中々からかい甲斐のある奴であるのかもしれない。
暫くすると、落ち着いてきたのか、冷静な顔に戻り、答えを呟く。


「念、というやつだろう?」
「ご名答、もう知ってらっしゃいましたか」
「ヒソカが、それだけ教えてくれたよ。…………それで、それを私に見せてどうしようと?」

顔つきが険を帯びる。
予想通りの食いつきすぎて、そしてこれが強化たる所以なのだろうと一人納得した。

「わたしが貴方に念を教える、貴方はわたしに報酬を支払う、いかがでしょう?」
「君と私に面識はないはずだ。何故いきなり、そんなことを?」
「念を使える者自体は、ここに多く存在しますが、そのほとんどが我流です。貴方は才能溢れる方ですが、念は難しい。一つ間違えばここにいる有象無象のようにその才能を無駄にしてしまうことにもなりかねません」

「だから、君が教えてくれる、と? 解せないな、私が聞きたいのはその理由、だ」
「ヒソカさんですよ、それとわたしのお小遣い稼ぎ。あなたが強くなると、ヒソカさんが喜びますし、わたしはわたしで貴方から報酬を貰ってざっくざく。あなたはあなたで、強くなりたいんじゃないですか?」
「ああ、だが――」

お前のような子供に何で俺が、なんてニュアンスの言葉を丁寧な口調に直してから吐こうとしているのは想定済みだったので先手は打たせてもらっていた。
『我侭な指先(タイラントシルク)』にてギリギリと、体の自由を奪い、強制的に椅子に座らせる。


「現時点では、わたしが貴方を殺すのなんてのは容易いことなのです。これでも、子供のわたしから学ぶものはない、と仰られますか?」
「ぐっ……」
「その気になればこのまま貴方の首をへし折ったり、自分で自分の内臓を抉らせたり、なんていう悪趣味なこともわたしにはできますけれど、貴方には今わたしが何をやっているのかすらわからないのですよね?」

目の前で試しにペンを操作し、空中で折り曲げ、捻じ曲げ、丸めて落とす。
凝でよく見ればどんなことをやっているかは一目瞭然だろうが、念を使えないカストロには、いきなりペンが空中に浮いて、ひとりでにペンが丸まっていったようにしか見えなかっただろう。

それを証明するように、カストロの顔が驚愕に染まる。

「それで、いかがです?」

再度笑顔を浮かべて、内心では舌なめずりをしながら、答えを待った。









「というわけで、とりあえずはまず、纏からいきましょうか」
「わかった」
「いまから貴方の中途半端に開いた精孔をこじ開けて、オーラを分かりやすくしますから、それを体の周りに留めてください。多分才能あるはずなんで大丈夫だとは思いますけど、面倒なのでミスはしないでくださいね」

そういってカストロの背中に手を添える。
報酬は二億。まぁまぁ、妥当じゃないだろうか。
本当はその倍くらいは欲しかったところであるのだが、いかんせんカストロは文無しであるらしい。贅沢のしすぎだ。

一回闘技場の下まで降りてお金作って来てください、などと言おうかとも思ったのだが、もうすでに二百階で登録してしまったがために、それは暫く出来ないらしい。
時間が掛かるのはこちらとしてうまくない。仕方なく即金二億ということになった。

念戦闘用の人形九体を作るのにいささかお金を使いすぎて、闘技場の資金は底をつきかけていたのだ。
命を預ける品である以上、まぁ、仕方のない出費であるのだが、それ故に来月の食費が消えてしまうというのも悲しい話。
二億ももらえれば十分に過ぎると、溜息と共にその気持ちを吐き出す。
ともかくは、それよりもまず自分の仕事の方だろう。


オーラを手のひらに集め、一気にカストロの中に流し込む。
最近は体もそこそこに大きくなり、オーラの量が格段に増えた。
それに伴い高度な周や円なども使うことができるようになり、オーラ操作の幅も広がったため、この程度のことなら朝飯前。

念の強制覚醒とは、要するに自分で練を行うときのように、カストロの中のオーラを集め、引き出すこと。
周に近いものがあるだろう。通常物に対して行うように、それを生物に向けて行うわけだ。
カストロの体を自分の体の一部として、オーラで纏い、精孔をこじ開ける。
それだけで驚くほど簡単に、カストロの中からオーラが溢れ出た。


「……これが……オーラ」
「見えてますね? 自然と天に昇っていく風船のように軽いオーラを、束ね周りに留める。それはあなたの意思のまま動かすことの出来るはずです。まぁ基本は、先に説明したとおりに」

わたしがそういうと、カストロは戸惑いながらも地面に座り、胡坐をかいた。
そうして禅僧のように下腹の辺りに手を置いて、静かに呼吸を整える。


それだけで揺らめく炎のようだったオーラが、清流のように滑らかになっていく。
カストロはやはり才能があるほうの人間であるらしい。
まぁ、彼のような真の武道家ともなれば精神統一で気を落ち着けるなんていうのは普通に行っていることだろうし、一般人に比べれば、かなり入りやすいのかもしれない。

それから一分もすると流れ出ていたオーラが少しずつ減少し、三分後には綺麗な纏を完成させていた。

「ふふ、おめでとうございます。どうですか、初めての纏の感想は?」

やる気なく、お情け程度の拍手を送って笑いかける。

「奇妙な感触だな。しかし、以前に感じたこともある。あれは……そう、道場破りを相手にしていたときか。極限まで集中できたときの感覚も、丁度こんな感じだった。まるで、何かに包まれているかのような……」
「無意識に念を使っていたのかもしれないですね。カストロさんはお強いですから」
「……君にいわれると、なんだか素直に喜べないがね」

カストロが苦笑する。

「いいえ、念でわたしが数年先を行っているだけのお話。ただの念無しの徒手格闘でしたら、わたしはあなたの足元にも、ですからね」

そう、あくまでそのアドバンテージは念によるもの。
そもそもの素体の力が違う。追いつかれないためには、それ相応の努力が要るのだ。
そういう意味では、カストロの存在は非常に貴重であった。
念能力者に対して、自分の攻撃がどの程度効果があるのか。
わたしはそんなことすらまだ知らない。まさかヒソカに頼むわけにもいかないのだ。
まず戦の前に、己を知ることから始める必要があるだろう。

わたしの対念能力者への威力テストも兼ねて、軽く纏のテストでもしてみようか。

右手の袖の下、ガンマンの人形にオーラを集中させると、横においてあったサンドバックに軽めの念弾を放つ。
威力は常人の体を軽く砕く程度。サンドバックは吹き飛び、きりもみ回転で台ごと転がる。
カストロが驚愕の目線でそれを見て、わたしは彼に微笑んで、そのまま銃口を彼に向ける。

「今からこれと同じ位、まぁ念を使えないときのカストロさんなら、軽く複雑骨折程度の怪我を負う威力ですけど、これを受けてもらいます。カストロさんも、どれくらい強くなったのか、テストしてみたいでしょう?」
「……ああ、だが、流石にこれはやりすぎじゃないか?」

僅かに顔を青くし、顔を引きつらして言う。

「いえいえ、今のカストロさんなら、ちょっと強い普通の打撲程度にしか感じないはずです。ご心配なさらず、どんと構えていてください。大丈夫です、加減は見極めていますから」
「…………わかった」

カストロは両手を前に出し、防御体制を取る。
まぁ、ちょっと強い打撲程度とは言ってみたが実際のところ検証したわけでもない。
希望的観測、実例がないのに基準をはっきり決められるわけがないだろう。
とはいえ、これは、ただのテスト。
結局どういう結果になるのかは分からないのだが、まぁ怪我したらそのときは彼の鍛錬不足で済ませればいい話。
生真面目そうな彼は、十歳の美少女に声を荒げるなんて、などといったら案外簡単に引き下がるものなのだ。

今さっきデモで作った念弾よりもいささか強めのものを作り出し、隠にてそれをさっきの大きさに誤認させる。
流石に殺すのは拙いので加減はしているが、無抵抗の念能力者に念弾をただでぶち込めるなんていうのはそうそうないことだ。

しかもぶち込まれた念弾の威力と結果を本人の口から説明してもらうなんていう状況は更にあるまい。
そんなおいしい状況をふいにするのは馬鹿のすること。わたしのように賢くて無駄がない美少女は、そんなチャンスを無駄にしない。

「いきますよー」

念弾を解き放つ。
例えるならそれは、ピンボール。
飛行機で人を撥ねたかのような、異常な吹っ飛び方でカストロが壁に叩きつけられる。威力的には丁度、ガンマン人形の平時の念弾を、カストロを貫かないよう面積を広くした程度のものであるが、それはそれで違う意味で拙かったかもしれない。

倒れているカストロに近づいて両手両足を確認、何とか骨は折れていないことを確認すると足先で突っついてみる。

「もしもし、大丈夫ですか?」
「ん……あれ、何故わたしは……ここは」
「大丈夫ですか? いやいや、念弾を受けて気を失ってたんですよ、体のほうの具合はどうですか?」
「……ああ、いや、節々が痛いが、本当に打撲程度のようだな」

あれだけ派手に吹っ飛んでおいて、よく無事でいられるもんだと内心で呟く。
今まで、念弾の威力を追及し、特に収束にこだわってきていたが、あえて精度を落とし、こうして打撃としての威力を持たせるというのも面白いかもしれない。

フルメタルジャケットではなく、暴徒鎮圧用のゴム弾。
あれだけ面白い吹っ飛び方をするのだから、実戦で使えれば非常に有効だ。
ショットガンのように分散させるのもありだろうか。

なんにせよ、とりあえず実際に実験をしてみたいところだ。
カストロを見る。気絶したわりにはぴんぴんしているところをみると彼は確かに強化系であるらしい。
ならばきっと誘導も容易い。

「いやー、すみませんでした。カストロさんが"優秀な武道家"と聞いて受身を取れるかと思ったんですが……"過信"しすぎたみたいで、まさか気絶"させちゃう"だなんて、まだまだわたしも修行が足りないですね」

カストロの顔がぴくりと引きつる。あれだけデモと威力の違う念弾を問答無用にぶつけられて、初っ端から正確に受身を取れる奴なんてこの世界に片手いるとも思えないが、あたかもカストロさんが思った以上にひ弱だったんです、というニュアンスで謝り、頭を下げる。

「もう少し"白帯用に"威力を"落として"やるべきでした。本当申し訳――」
「……いや、そんなことはない。すこし、初めて念というのを目の当たりをして、体が硬くなっていたようだ。もう一度やれば……もう一回頼めるかな」

食いついた。
心の中でだけ、ちょっと笑う。

「え、本当にいいんですか? "今回は"大丈夫みたいでしたけど、次はもしかしたら、酷い怪我を」
「いいんだ、もう一回やってくれないか」
「……はぁ、分かりました」

渋々といった面持ちで新たな念弾を生成する。
さっきの奴よりもさらに一回り大きいが、隠で隠匿しているために、やはりカストロは気付かない。
次はその上ショットガン方式。想定どおりにいけば、更に大きな打撃になるはずだ。

「さぁ、いつでもきてくれ」

そういった彼に念弾をたたきつけると、先ほど以上の速度で壁に激突し、きりもみ回転で地に落ちる。
先ほど以上に悲惨な倒れ方をして、先ほど以上に深い眠りについた彼を見て、暫く実験には困らないようだ、とほくそえんだ。

骨折箇所がないことを確認すると、もう一度彼を爪先で突付いて、気絶したことを遠まわしになじる。
再びやる気を取り戻した彼はもう一度目の前に立ち、わたしに次の念弾の催促をはじめた。


なんて残念な男なのだろう。
その日はその後、七発の念弾を叩き込み、授業は終了となった。

とはいえ流石にそれだけ受けていれば進歩はするもので、五発目の辺りで唐突に練に目覚めたのには驚いた。
荒修行というのもたまにはいいものだ、と人事のように思いながら、好き勝手にカストロに様々な念弾を叩きつけた結果、結局七発目でカストロが力尽き、終了。自己鍛錬の方法だけを教えてその場を後にした。
本当、暫くサンドバックに困らなそうだ。




それにしても。

「ふぁ……張り切ってやりすぎましたね」

念弾を色々な形にして射出したため、いつも以上に疲労が来ている。
弾の数自体は少ないが、その分形を変化させたりと試行錯誤を繰り返していたため、消費が大きい。
念弾を複雑にすればするほど、純粋にオーラの消費量が多きくなっていく。
使えると思ったのは散弾と、反射弾と、追跡弾であるが、現状のオーラ量で使うのは少々厳しい。
ここぞの一発、といったところだろうか。

括っていた髪の毛を解き、服をハンガーにかけると、シャワーを浴びる。
この部屋が何より素晴らしいのは、何よりも浴室があり、一つの個室としての風呂が入っていることだ。
ユニットバスは撥ね散るお湯に気を使いすぎて、日本の風呂に親しんだわたしには寛ぎにくい。
今日は何よりも早く寝たいので、風呂を沸かすなんていう気力もないが、風呂があるというだけでなんともいえない安心感がある。

そんなことを思いながら。
眼を閉じて、シャンプーを流し、そうして眼を開けたときには景色が一変していた。



電気が、ついていない。
眼を閉じて、開けたときにはすべてが真っ暗だった。
停電ではない。ブレーカーを落とす音がシャワーに紛れて微かに聞こえた。
意図的に誰かがわたしの部屋の電源を落としたということだろう。

ヒソカならば、こんな回りくどいことはしない。

敵襲だ。
頭の中で警鐘が鳴った。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 6話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/17 22:51





わたしの持つ手札は五枚。
そこから、体の消耗や、現在のオーラ総量を考えると、現状満足に使えるものは三つとなる。

人形の格納庫兼修理工場の『秘密の花園(ガールシークレット)』
人形操作による攻撃の要『可愛い可愛い愛玩人形(フィンガードール)』
そして近接主体の格闘馬鹿相手には最強の『我侭な指先(タイラントシルク)』による直接操作。


切り札である、九体の人形を遥かに上回る性能を持つ『天下無敵の英雄人形(ヒロイックドール)』は、消費と使用後の疲労や制約が大きく、今の状態では満足に扱うことができないだろう。
現状、満タンであっても、使えない能力ではあるのだが、とりあえず今のところは、この三つで乗り切る必要がある。





すぐさま傍のバスローブを手に取り羽織る。
すでに『絶対時間(エンペラータイム)』は発動済み。
自身の中の獣性がざわつき、オーラが増していくのを感じながら、それを理性で統率する。

そしてこれにより保有している能力のすべてが発動可能になる。
次いで『秘密の花園(ガールシークレット)』を形成。
九体の人形の格納庫兼、修理工場の役割を果たすこの能力は、袖の下や帽子の下などの、人の死角にのみ、ゲートを作ることができる。
作ってさえおけば緋の眼を使用せずとも取り出すことはできるのであるが、さっきまで素っ裸だった手前、そうも言ってはいられない。
生成に使われたオーラをもったいないなどと思いながら、内心で溜息を吐く。

少女人形を二体と、ガンマン人形と騎士人形を一体ずつ、作り出した『秘密の花園(ガールシークレット)』から取り出すと、『我侭な指先(タイラントシルク)』にて糸を結ぶ。
『可愛い可愛い愛玩人形(フィンガードール)』は一種類三体ずつ、三種で計九体の人形を操る。

少女人形は撹乱遊撃用の人形で、二本の中華包丁を手にしたもの。
騎士人形はランスと盾を持った人形でこれは突撃用。他の二種とは重さと硬さが段違いで、粘り強く硬い特殊合金を用いている。攻撃力が最も高い人形でもある。

そしてガンマン人形はいうまでもなく、念弾を発射する放出能力を持つ要の人形――――であるのだが、これが最もオーラを食い、カストロに特殊念弾を撃ちまくった後の今では、これの乱用は難しい。
この一体が精一杯。
非常にタイミングが悪い、襲撃するならば、昨日の晩にでもしてくれればよかったものを。

オーラを整え円を展開すると、部屋の中を調べる。
範囲は二十メートル程度。この部屋全体から、扉の外まで調べる程度の広さはある。

しかし、おかしなことにそこには誰も存在していなかった。
真下の部屋では何事もなさそうに、椅子に座っている男がいたことから、まず間違いなく停電はこの部屋だけ。
恐らくは、部屋のブレーカーを落としたのだろう、が。

相手は隠密系の能力者に違いない。
ここに何らかの術式を残し、後から転移で来れるようにして逃げたのなら、そう、つまり原作でノヴが使っていた『4次元マンション(ハイドアンドシーク)』のような能力であるというのであれば、こちらに気付かれるという愚を侵してまで電気を消す必要は無い。



電気を消した、ということはそちらのほうが相手にとって好都合であるから。
気付かれずに部屋の中に侵入をし、わたしが出てくるのを待って、奇襲、不意打ち。寝込みを襲うのが通常最有力と言えるだろう。
では、何故電気を消したのか。
それ以上の成果を出せる能力を、相手は電気を消すことで発動させることが出来るのだ。
それ以外、理由もないだろう。
非常用の懐中電灯を手に取ると、あたりを照らしながら少しずつ進む。



とりあえずの目標は窓の前まで行って即座に離脱すること。
まず間違いなく、相手は暗闇という空間を得意としていることから、ここに留まるのは得策とは思えない。
わたしの――厳密にはヒソカのだが――部屋だからといってもアドバンテージになるようなものは、そこらへんに散らばしてあるナイフくらいのもの。

これを使って隙を作り、外へ出て、明るい場所に移動する。
それが、この戦闘に勝つための第一条件。

実力のある念能力者との戦いはまだ未経験。
相手をこの状況で倒すというのは熟練者のやるもので、それは当然今のわたしに行えるレベルの戦闘ではない。
いくらわたしが天才美少女といえど、この状況で逆転勝利を収めれる、つまりウルトラCを起こすことが出来るほどの実力は持ち合わせていないのだ。



そしてその判断が正しかったことを数十秒後に理解する。
そして、その判断の正否に関わらず、もはやこの状態が"詰み"であったことにも、暫く後に理解することとなる。








人形と懐中電灯を浮遊させ、それらを周囲に漂わせたまま慎重に歩みを進めていく。
円は展開したままに、あらゆる攻撃に即座に対応できるようにしており、そうそう不意打ちは受けることもないだろう。

わたしの念の操作技術は自画自賛できるほどに天才的であり、そしてそうした自己満足が、自信に繋がる。
念の力はその力の根源たる自信に直結する。
さらにそれが真実であるならなおさらのこと。
絶対的な自信はオーラに力を与え、そしてそれ故に、わたしはそうそうの相手に遅れを取ることもない。

だから今回も大丈夫、だと言いたい所ではあるが、今のわたしは疲労状態で、十全の力を発揮できない状況にある。
それが酷く、問題だった。

「出てきたらどうですか? …………わたしに用があるんでしょう?」

今のわたしには、舞台ですら見せたことのない緊張があった。
確認するように聞いたのは不安を感じていたため。
自分が十全の状態でない、という事実は、念にも揺らぎを生む。
世界最高峰の自信に彩られ、流麗さと力強さを兼ね備えていたはずのわたしのオーラは、普段に比べ、いささか精彩を欠いていた。
悪い傾向だ。もちろんそれを理解してはいたが、しかしだからこそ焦燥を呼ぶ。
いかなる時も、冷静であるのが人形遣いであるというのに、なんと言う無様であるのか。
小さく分からない程度に深呼吸を行い、気持ちを僅か、落ち着ける。

「もちろん。用があるのは貴方で間違いないよ」

円に反応、何もないはずの床から人が現れる。
巨大な布をローブのように纏ったその人物は、わたしとそう歳の変わらない、髪を後ろで括った少女。
円を使っているわたしには、その娘が暗闇の中ではっきりと笑っているのが"見えて"しまい、眉を顰める。

「……何の用ですか? 人を訪ねるには聊か失礼な時間だとは思うのですが」

騎士人形を突撃体制、ガンマン人形に銃口を向けさせ、少女人形を左右から挟みこむ形に移動させる。
並の念能力者であれば、これで詰み。
けれど、この目の前の少女はこんなものでは死なないだろうということは、なんとなく理解できた。

懐中電灯は現在、真上から消えた照明の代わりに照らすように配置。
暗闇や影に関係した能力であるならば、これが一番効果的であるはず。

「んー、そうだね、あなたが欲しいの」
「……重度の変態さんですね。残念ですが、わたしは非常に貴重な美少女なので、一般の方では贖うことはできないんです。どうぞ、一昨日来てください」
「ふふ、ちなみにいくらかな?」
「それはもう、この惑星が買えるくらいには」

少女がくすくすと笑う。

「まぁ残念。けど、商品を手に入れる三つの方法があるんだよ、知ってる?」

少女が笑みを濃くして続ける。先ほどまでとはオーラの質が変わっていた。
わたしもそれにあわせて人形に込めるオーラを増幅させる。

「一つ目は買うこと、二つ目に交換すること、三つ目はもちろん?」
「奪うこと」
「ぶっぶー! 正解は譲ってもらうことでした」

言って肩から被っていた布を手に持つと、ゆっくりと身体の前に広げて微笑んだ。

「さぁ果たして、あなたはどうしたら貴方を譲ってくれるのかな?」
「残念、わたしの心はお金以外では買えないのです。お金を作ってから出直してきてください」
「普通逆だよね? ふふ、無理やり譲ってもらうことにするよ、仕方ないし」
「……それを奪うっていうんじゃないかなぁ、とわたしは思うわけですが」
「いーえ、譲ってもらうの。あなたの、自分の意思で、ね? だってわたしがそう望んだんだから」


そう言って少女は纏った布を投げ捨てて、
れっつしょーたいむ、などと、囁いた。


即座にわたしは少女人形で挟撃、騎士人形を突撃させる。ガンマンは逃げた少女を追撃するよう設定。
同時にフッ、と明かりが閉ざされる。
上空では懐中電灯が布で覆い隠されていた。
先ほど、彼女が投げ捨てた布。
よくよく見るとオーラが宿っていることから、何らかの命令の送り込まれた、恐らくは照明妨害用のものだったのだろう。
全く注意を払っていなかった自分を悔やむ。

円の範囲内にいた彼女の動きは瞬時に把握することが出来る。
先ほどの登場の仕方から言って、恐らくは空間移動系の能力者。
瞬間移動の条件が、暗闇なのか。
予想通り向かわせた人形が到達する前に、彼女の姿を見失い、そして足元で新たな反応を確認した。

影の中を移動する能力、恐らくはそういうことだろう。正確な条件は不明だが、暗闇にしたのはそのため。
しかし『秘密の花園(ガールシークレット)』には、死角がない。

スカートの中から騎士人形を残り二体射出、半分まで体を出した少女に撃ち込む。
その距離二十センチ、これならば回避も不可能だろう。

しかしそれが当たる寸前のところで、唐突に騎士人形の操作感覚を失い、『我侭な指先(タイラントシルク)』も切れ落ちる

これは、人形に渡したオーラが尽きたときに起こる現象。戦闘機動でも二十分、省エネ機動であれば一時間はいける。
ましてやオーラを送り続けている現状、そう易々と燃料切れなんていう事はあり得ず、更に出して一秒経たずにそれが尽きるなんていうことはもっとあり得ない。


これも、相手の能力。

そう判断したわたしは跳びあがると、真下に向かって念弾を放つ。
外に出していたとものと袖口から出した二体のガンマン人形の斉射は計二十四発。瞬時に爆発が起こる。
生きているとは思えない。それだけの威力と弾の数。弾は下の部屋まで余裕で貫通していた。


しかし、これだけのことをやっても止めを刺した、という実感もなかい。円を維持したまま地面に降りる。
出した人形を自分の周囲に戻すと周囲を探って息を殺す。

影に潜れる能力、それは影のある場所限定、という条件にしてもあまりにも強すぎる能力だ。
恐らくは何らかの制約に、大きなオーラ消費というマイナス要素を引き摺っているはずだ。
隠れるにしても、長く持つものでは恐らくない。

瞬間移動でないことから、多少は戦いやすく、勝てない敵では恐らくないと判断する。
が、ここで相手をするのはやはり拙い相手であり、こちらも十全ではない。
即座にそう判断すると窓に走り出し、跳びあがったところで、床に叩きつけられた。

「つっ!?」

そしてその瞬間、オーラが抜ける感覚とともに円が解除される。
足元を見ると、周りよりも一回り黒い影のようなものが絡み付いていた。
恐らくは騎士人形からオーラを奪ったものと同じものだろう。
彼女は影を操る能力者、それは間違いない。


影の中を移動し、オーラを奪う影を操作する。
影には、物理的な抵抗があり、こうして人を捕らえることもできる。
発動条件はほぼ間違いなく影があること。
それを考えると、すぐさま離脱するべきであるが、オーラを吸い取る影の束縛から逃げ出すのは、現状では不可能に近い。


そもそもわたしはオーラの量がそれほど多くなく、しかもその上、カストロでオーラを使った後。
十全であっても相性の悪い相手、この状況で対処するのは不可能だ。

ぎりぎりと、影が徐々に上に侵蝕し、体を締め上げてくる。
蛇のように纏わりつく影と、オーラを吸われていく感覚。
わたしの抵抗力が徐々に落ちていく。



「ふふ、捕まえた」

唇が押し付けられる。
普段のわたしであれば、絶対にさせるはずのない行為。

「やっ……!」

拒絶の言葉を吐こうとして、舌を差し込まれる。

異常なオーラの消費、押しのける程度の力も、絞り出せやしない。
現状に驚愕して、混乱して、暴れるように身をよじる。
まさか自分の初めての接吻が、男どころか女相手で、しかも無理矢理だなんてありえない。

それに初めての接吻というやつはもう少し、チュッ、みたいな軽い感じのやつを想像していたのだ。
これではまるで、ポルノ映画のようではないか。それがもっとありえない。
レモンの味なんてちっともしない。他人の唾液の味は、自分のとなんら変わらない、いつもの味わい慣れた唾の味。

どろりと大量の唾を流し込まれてむせそうになるが、がっちりと押し付けられた唇が、それを許さない。

余りの息苦しさに唾液を飲み込むと、にやりと彼女が笑う。
羞恥に顔が紅潮して、怒りに相手を睨みつける。

ゆっくりと唇が離されて、空気を求めた肺が過呼吸を起こし、咳き込む。
零れた唾液が喉にまで垂れていて、気持ちが悪い。

「ッ……なに、するんですか……」
「チューは初めて?」
「…………」
「んふふ、そうなんだ。反応がかわいいから、だろうと思った」
「なに言って……!?」

もう一度唇を合わせられる。

彼女はわたしを殺すつもりはない。
ただ、もっと酷い目に合わそうとしているのかもしれないが、これはある種のチャンスでもある。

彼女の能力は非常に強力だ。
わたしの能力が近接の肉体格闘馬鹿に非常に強い能力だとすれば、彼女のこれは、それ以外の者、わたしのような搦め手の相手に非常に強い能力。

虎の子の『我侭な指先(タイラントシルク)』は、オーラを吸い取る彼女には通用しない。
彼女のようなタイプを倒すのであれば、問答無用なパワーが必要となる。
まだオーラを吸われ尽くしたわけではない。悪あがきをする程度ならば、何とかなるレベルだ。


そう判断すると、オーラ不足で使わないほうがいいと、選択肢から省いていた『限定解除の美少女人形(ドールマスタードール)』を発動させる。
効果はセルフマリオネット。『我侭な指先(タイラントシルク)』の対象を、そのまま自分にしただけの、手抜きもいいところの応用能力。
けれどもそれは、確かにわたしの切り札の一つだった。

全力でかければ強化系能力者ですら無理矢理操作することが出来る『我侭な指先(タイラントシルク)』の全ての力をわたしに用い、自分自身を強化する。

オーラのロスは最小。能力本来の、十全の力を発揮することが出来る。
この状態であれば、緋の眼を併用し、強化系能力者に匹敵する力を一時的に得ることができる。
使用後の筋肉痛は、我慢せねばならないが。

稼働時間は今の具合から言って、十数秒。悪あがきには十分だろう。




右手を振るう。
オーラによって操作され、全力の力を無理矢理に発揮された骨と筋肉が悲鳴をあげるが、それらを無視してさらに動きを加速させる。
能力発動から攻撃まで瞬時に行われる一撃は、少女の反応速度を上回り、無防備な腹部への打撃を成功させる。
肉に抉りこむ手の感触と、呻くような声が聞こえ、打撃の成功を実感する。


そうして少女が体を折り曲げたところで、わたしは体を反転させ足で少女を蹴り飛ばした。
格上といえど、虚を突けば倒すことはできる。
今回はすこし状況が悪いが、逃げ出すことならば、今のわたしであっても可能だろう。

蹴り飛ばした勢いを利用しながら窓ガラスをぶち割り表に出る。
同時に部屋のあちこちに配置していたナイフを射出させるのも忘れない。命中するかはともかく、彼女の動きを一秒でも長くここに引きとめておきたい。



ここは七階。
もちろんそのまま落ちれば重傷確定の高さだが、今のわたしであれば問題はなかった。
壁を蹴って大きく跳躍すると、斜めに落下。
受身を取り地面に転がり、衝撃を出来る限り緩和すると、全力で離脱する。

地面に落下する衝撃を別の方向に動かすことさえ出来れば、普通の人間であっても三階程度の高さであれば無傷で飛び降りることは出来る。

強化により純粋に力と頑強さが増したわたしにとって七階という高さもまた、無傷で飛び降りることのできるレベルにあった。

無論バスローブしか着ていない今、アスファルトからの擦過傷を防ぐことは出来ないため完全な無傷とはいえないが、そこまで贅沢は言っていられはしない。
路地に入るとすぐさま能力を解除し、絶。
音を殺して全力で駆ける。



裸足で尚且つ絶状態なため、足の裏に刺さる小石が少々痛い。
なるべく綺麗な面を瞬時に判断し速度が維持できる範囲で軌道するものの完全とまでいかない。

それらを無視して頭の地図から検索した現状最も安全な場所を検索する。
該当した場所は一キロ程度、わたしの足はそこそこ速い。

彼女を撒くのは容易い。そう判断する。

ざまーみろ、などと思いながらわたしはその場から全力で逃げ出した。





[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 7話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/17 23:08






ずきずきと脇腹が痛む。ナイフは直撃は無いもののあちこち掠った。
少女の唇の感触を思い出して舌を舐める。

彼女の眼はまだ死んでいなかった。
それに気付いたときには腹部に強烈な打撃を貰った後。そしてその直後に全方位からのナイフ投擲。
間違いなく普通の能力者であれば死んでいる場面。しかし、彼女は慢心せず、未だに遠く遠くへと走っている。

「ふふ、やっぱりすごく可愛い」

わたしと接触した時点で、いや実際には三週間前からもう逃げられないということを知らず、未だに走り続ける少女。
息を切らしていて、身に纏うのはバスローブだけ。
紅潮した肌は扇情的だった。

脇腹の痛みさえが心地いい。彼女を捕まえたら、どんなことをして遊ぼうか。
焦る必要は無い。何せ彼女は『夜這いのたしなみ(スニークラヴァーズ)』に気付いていない。
すぐに安全な場所を見つけて隠れるだろう。
わたしは寝入った彼女の場所へ、優雅な夜這いをかけるだけでいい。

わたしは彼女の落としていった人形を袋に入れると、エレベーターで七階から降り、彼女のいる場所へゆっくりと歩き出した。













柔らかな感触を感じながら目が覚める。
頭痛がする。オーラを出し尽くしたせいか、体は倦怠感に苛まれ、筋肉痛も酷い。
しかし気分はそう悪くなかったのは僥倖か。

「あ……れ?」

わたしは確か、近場の隠れ家にまで逃げたはずだった。
スラム街の一角にあるその隠れ家は汚く、隙間風すら吹く有様で、ベッドが一つ置かれた程度の簡素なもの。
だというのにこの素肌に触れる毛布の感触と、いや、その前に、その部屋には明らかに無いものがある。
素肌の感触、しかも、それは自分の足や手では、断じてない。
ゆっくり眼を開けると、黒い髪の少女の顔がすぐ真下にあった。

「あ、おはよう」
「……おやすみなさい」

眼を閉じるわたしの体は何一つ身に着けておらず、目の前の少女も同様だった。
そしてこの腹部に先ほどから感じていた柔らかな感触は彼女の胸で、膨らんだそれの柔らかい感触が、なんとなく気に食わない。

と、そんなことを考えてたところで足の間に膝が割り込んできて、さらに密着度が増す。
首の辺りに息がかかってこそばゆい。

「……あの」
「なーに?」
「密着しすぎだとか、首元に息を吹きかけないでとか、何で裸なのとか言いたいことが山ほどあるんですけど、どう思いますか?」
「ふふ、嫌ならはっきり態度で拒絶してくれないと、わたし、馬鹿だから分からない。こうして逃げないでいてくれる、っていうことはわたしから離れたくないっていう意思表示なのではないかと思ってるところなんだけど」

悪戯っぽい笑みを浮かべて少女は言う。
わたしがオーラを出し尽くして動けないのを分かって言っているところがタチが悪い。

「……ええっと、ですね。オーラを使い果たして、指一本動かすのが億劫な状況でどうしろというんでしょうか?」
「んー、いやまぁ仕方ないんじゃないかな。どっち道貴方をお持ち帰りさせてもらったわけだし、あ、証明書これね」

枕の下からがさっ、と取り出した羊皮紙を見る。

そこにはわたし、カグラは自身の所有権を黒崎鈴音に譲ることを誓います、という旨の全く持って不可解な言葉が血文字で描かれ、わたしの指らしきもので同じく血の捺印が押されていた。
さっきから指先から僅かな痛みを感じていたのは、そのためか。

すかさず手を伸ばし破ろうとするが、手をそれの前に持っていった瞬間に破る気が失せて、力が抜ける。

「あはは、やると思った。駄目だよそれ、念でできているものだから。あなたはすでにわたしのものなのだ。そしてこれは証明書」
「……効果は?」
「見ての通り、あなたがわたしのものになるというもの。ここに書いたように、所有者であるわたしに、あなたは逆らえない。ああ、非服従ってのはできるかも。まぁ、制約を言うと、対象者が美少女であること、対象者の指で血の誓文を書かせる、捺印させること。対象の唇をわたしが奪うこと、契約の時点で"おとめ"であること」
「気が狂ってるとしか思えないですね。貴重な念能力をそんな無駄なことに割くだなんて。しかも無意識のうちに契約って、完全に凶悪犯罪の匂いがするんですけど」
「ひどい。聞いて分かると思うけど、これはカグラちゃん専用に作ったんだよ」

ぶーぶーと唇を尖らして文句を垂れる。頭が痛い。
こんな変態は見たことがない。いや、ヒソカがいたか。



「解除方法は?」
「わたしが死ぬこと」
「……天下無双の美少女カグラちゃんは頭が痛くなってきました。どうしてわたしの周りには、変態しか現れないのかと」
「……普通の人はそこまで自画自賛もしなければ自分のこと美少女だなんていわないと思うけど。変態同士仲良くしようよ」
「違います! わたしは世界で唯一自分のことを自賛することが許された生ける世界遺産なだけでして」
「……凄まじい自信だよね。意味は分かるけど世界国宝って……わたしちょっと引いちゃうよ」
「じゃぁ帰し」
「それはやだ」

なんたることか。ありとあらゆることが上手くいかない上に、世界中の美点を一身に集めたかのような薄倖の美少女たるわたしの身柄がこんなよくわからない女に捕らえられるだなんて、ありえない。
ただでさえ嫉妬を買う身だというのに、さらに不幸な属性が付与されてしまうとは。

ああ、なんたることだろう。
これでは世界中の女子の嫉妬をさらに買ってしまう。

「……ああ、なんてかわいそうなカグラちゃん」
「…………さっきとはうってかわってなんだか凄く嬉しそうだね。良かったよ」
「良くないですよ。拉致監禁の挙句、猥褻行為に、準強姦。法律違反、ダメ、ゼッタイです。犯罪者なんて万引きレベルで死刑になるべきです。つまるところ、神様の奇跡が織り成した世界的美術遺産たるわたしにこんなことをした時点であなたは日に七回くらい箪笥の角に小指をぶつけて世を儚んで自殺して、世界中のみなさんとわたしにお詫びするべきなのです」
「そういえば路地裏で二人も人を殺して死体損壊させた金髪の女の子がいたような「お腹が空きましたし、何かご飯でも食べません?」……そうしようか」

――酷くお腹が空いた。
いやぁ大変だ。このままだと飢餓で世界の恵まれない子供たちの仲間入りをしてしまうところだ。

なんで知ってるのか、などと訊ねるような馬鹿なことはしない
そもそも隠れ家に向かったというのに現状こんなところにいるという事は、何らかの能力で監視されているのだろう。
そのころからわたしはマークされていたのかと考えれば陰鬱で、溜息を吐いて少女を見る。

どうやって乗り切るべきだろうか、この現状を。









彼女を連れてきてから、一週間は経ったろうか。
連れて来たカグラという少女は、驚くほどの順応を見せる。
拉致誘拐の被害者であるというのに、その加害者に対して、やれご飯を作れ風呂を沸かせマッサージをしろと遠慮なく告げてくる。
その上でご飯が美味しくない、風呂が温い、力加減がよろしくないなどと、文句を垂れるのだから凄まじい。
面白い子ではあるとは思ってはいたのだけれど、ここまでとは思わなかった。

今もソファでだらしなく寝転がって、テレビを見ているのか見ていないのか、欠伸をしながらその金色の髪を指で弄る。

「…………んー、何やら、よくない」

わたしは犯罪者で、この子は被害者であるわけだ。
もう少し然るべき関係があるはずで、想像するそれと幾分、などという言葉では言えない程度の開きがあった。
しかし何ゆえ、わたしが世話をしているのだろうか。
包丁なんて握ったこともなかったというのに、エプロンを付け嬉々として包丁を振るう誘拐犯とはいかがなものか。

まるで、メイドみたいだ。

そう考えると、かつての"傍仕え"の少女を思い出して、首を振る。
心が驚くくらいに冷えて、包丁を置く。

犯罪者なら犯罪者らしく、することがあるだろう。
別に甲斐甲斐しく世話を焼くために連れて来たわけではない。
わたしが望んでわたしが遊ぶ、それだけの玩具。
ぬいぐるみを可愛がるほどもう幼くはないし、それに――――純粋で純潔なわけでもない。

エプロンを椅子に放ると、そのままゆっくり歩を詰める。
訝しげにこちらを見上げるカグラはまさに美少女然としていて、しかし、その目には余りにも負の色が少ない。
今から何をされようとしているのかも知らないのだろう。
当然か、突然掌を返したようなものだから。

何も言わずに肩を抑えて、そのまま無理矢理に唇を奪う。
意外なほどにあっさりと、彼女は抵抗など欠片も見せず、されるがままに力を抜く。
ゆっくりと眼を開けると、酷く冷めた、心底無関心な目で彼女はわたしを、ただ見ている。
少しだけ、心臓が早まって、僅かに身体が固まった。

唇を離すと、わたしが何かを言うよりも先に、彼女が唾液に濡れた唇で、冷たい音色で声を奏でる。

「……どうされました? 突然に」
「…………突然でも関係ないよ。わたしがそういう気分だから、わたしがわたしのまま、好きに振舞うの」
「わたしはそういう気分でもないですよ」
「勘違いしてるね、あなたの意思なんて関係ない。あなたはわたしのものなんだもの」

冷静な、どこかくだけた丁寧口調は、しかし礼節によるものではない。
その気になればもっとそれなりな言葉を選べることだろう。少なくとも、頭が悪い娘ではないのだ。
あえて崩した、相手と距離を作るような言葉遣い。
思えば初めからその調子で、しかもその上傲慢なのだから始末に終えない。
相手を下に見たような、その言葉はわざとか、無意識にか。
ともかく、一度立場をわからせる必要がある。

もう一度唇を近づけると、今度は間に指が入ってそれを止める。
眉を顰めて睨みつけると、平然とカグラは言い放つ。

「馬鹿ですね、あなたのものであろうが無かろうが、わたしの意思の権利はわたしのものです。誰かに媚びる気も、おもねる気もさらさらありません」
「……そんな、馬鹿な理屈」
「あなたが言ったのと同じことです、鈴音。それが気に入らないならどうぞ、ご自由に。すぐさま、死んで見せて差し上げますよ」

笑って言う彼女の眼は真剣で、これ以上詰め寄ったなら、本当に舌を噛む気でいるだろう。
それで死ねるかどうかはともかく、絶対に服従しない。
そういう意思が感じられて、憑物が堕ちたように力が抜ける。

「今回わたしが負けて囚われて、本来そこで終わっていたかもしれない命。けれど殺す気も害意もなさそうだから、ここに黙って留まっているわけです。暴れることも文句をいう事もなく、敗者の責務は、最低限は果たしているとは思いますが」
「…………全然黙ってないとは思うけど。本当、変な子」

けれど、自分なんかとは、比べ物にならないくらいに立派で、強い。
こんな状況で芯も失わず、泣き言を言いもしない。
小さく笑うと、カグラが僅かに眉を顰めて告げる。

「……あなたと一緒にしないで下さい」
「いやけど、ふふ、本当に恋をしてしまったかもしれないね、これは一大事だ」

言ってもう一度、唇の上に軽く唇を押し付けた。
先ほどまで平然としていたのに、今度は眼を丸くして、僅かに頬を紅潮させる。
何がどう違ったのか、それは良く分からなかったけれど、最初のものより効果はあったに違いない。

「……今話した内容、覚えてますか?」
「媚びる気もない、おもねる気もない、けど愛を育むなら嫌よ嫌よも好きの内、っていう話だね」
「全然違います! どこをどう取ったらそうなるんですか、次やったら本気で怒りますからね」
「ふふ、今のは別に許してくれるんだ?」
「…………」

不愉快です、と顔に描いてそっぽを向く様子が酷く可愛らしく、面白い。
大人びていて、冷静で、しかしきっと、実は物凄く初心なのではないのだろうか。
頬を無理矢理こちらに向けるともう一度素早く唇を押し付けて離す。
口をパクパクと、怒りの言葉すら声も出ない様子を横目に見て、そのままわたしはキッチンに戻った。

これはこれで、いいのかもしれないと笑いながら。











その日も、日光が一切入らないように作られた、吸血鬼が大喜びしそうな屋敷の中、そのベッドの上にわたしがいる。
先日の一件から、何かがどこか変わったのか。
それからは毎日のようにお風呂で洗われ、食事はあーん、紅茶がなくなると自動注ぎ足し、昼寝の添い寝に、マッサージ、読書しながら肩たたきなどなど、介護士でもここまではというほどに世話を焼くようになってきた。
暇があればニタニタと気味の悪い笑みを浮かべてわたしを見ているというのが非常にうっとうしいのだが、あえて何も言わない。
言っても改善しないことは目に見えているからだ。

「ふふ、ここ、いいでしょ」
「んっ……あ、そこいいです」

強めの腰への指圧に耐えながら、ぼんやりと頭を廻らせる。
とりあえず現状安定しているものの、この状態をいつまでも続けるわけには行かない。

とはいえ、例の契約書があるため逃げることは出来ず、行動するならば確実に彼女と共に、ということになる。
おお、じーざす。
となれば動くためには確実に彼女の了解を得ねばならず、そうするためにはこうして常日頃から彼女の欲求を満足させておくにこしたことはない。


だから仕方なく、こうして彼女のなすがまま、彼女の欲望のままに身を任せているのだ。
決して快楽に負けてのことではないということは明確にしておく必要がある。
何故か尽くしてくれる彼女に情が移ったなんていうことでもない。
いやまぁ彼女はわたしの次くらいに可愛いし、外見的なことを言うなら究極の美少女であるわたし-1位の美少女。
そんな彼女にこうして甲斐甲斐しく世話をしてもらうというのもまぁまぁ、悪くな……いやいやおかしい。わたしは拉致されたのだ。

「ストックホルム症候群を狙うとは……!」
「ん……痛かった?」
「んーん、独り言ってやつですよ」
「…………? ま、いいや、次ふとももね」

這うように太ももを撫でる感触に背筋がぞくりとする。
このこが可愛いとか。いやいやいやどう見ても変態です。

ひんやりとしたローションを垂らされる感触はいつになっても慣れない。
うつぶせになっているわたしにはどういう風にされているのかが分からないのが、余計に妙な感じになってしまう。

いや、そんな風に感じるわたしが変態なのではなく、確実に彼女が変態なのだ。手つきがいやらしい。
リラックスしすぎてぼーっとした頭でどうやって逃げ出すかを考える。
このマッサージを受けていると、知らない間にだらだらと流されてそうである。
何か無いだろうか、ここを離れるに足る理由。

彼女は能力の関係か、日中に外に出ることが出来ないらしい。
つまるところ外出イコール一人で、ということになるため、鈴音は日中のわたしの外出を酷く嫌がってしまう。
既に二百五十三回行われた進言は全てことごとく却下されていた。
外に出たのは二回だけ、しかも真夜中。そろそろわたしの超高性能スパコンに計算されつくした十時~一時就寝、十時~十三時起床という健康的黄金生活リズムが壊れてしまいそうだ。

彼女はそうしたわたしの生活リズムを完全に無視して十二時に就寝させると十八時きっかりで起床させる。
時間ぴったりなのがありえなければ完全夜行性なのもありえない。
さらに六時間だなんて、睡眠不足は美容の大敵なのだ。

わたしの中のスパコンが申請した二度寝の要望申請は全て無視。
きっと彼女は睡眠を不足させることによってわたしの力を少しずつ削いでいこうとしているのだ。なんと恐ろしいことだろう。

何か納得のいく理由は無いものか。
このままではわたしの活力を根こそぎ奪われてしまう。

と、そうしたところで、忘れていた人物を思い出した。

「あ、カストロ」
「?」
「そうそうそう、そうなんです。わたしには大事な用事があるんです鈴音。お金に関わる。これを違えてしまうとお金を受け取ったのに仕事をしない最低人間カグラになってしまうのです」
「……どんな?」
「知り合いの闘士に念を教えるという」
「……ああ、そういえば初めてあった日に、男の人、そのカス……なんだっけ? まぁいいや。その人サンドバックにしてたね。何、あれ、お金貰ってやってたの?」

まるで酷い変質者を見た、と言わんばかりの顔で彼女は考えこむ。
カストロはお金を貰って女の子に嬲られるのを喜ぶ変態とされたようだ。しかも名前を酷いところで切られて。
ああ、これが原作で数話分の命しか持たなかったモブキャラの運命というやつだろうか。

しかしやはり何らかの能力でわたしは監視されていたのか。
道理で拉致されるわけだ。
しかもわたしに一切気付かれず盗撮カメラのような役割をする能力。
ああ、変態だ。ピーピングカメラの念能力とは、なんと言う変態なのか。

話を総合して考えると、音声は取れないようだが、逃げ出すのは不可能だろう。
除念師が必要……というかそれ以前にどういうタネか分からない以上解除も出来ない。

それに加え、念で作られた誓約書が予想外に重たかった。
何度か逃げ出そうかとも思ったが、やる直前になってやる気を失ってしまったのだ。
彼女の所有物になるイコール離れるには許可が必要ということなのか、どうなのか。
ともあれ、まぁいいや面倒くさいと途中で諦める自分の常日頃の行動を考えるに、それだけでも無いのかもは知れないが、ともかく。

こんなに、家族以外で他の人と一緒、なんていうのは初めてだった。
不思議と嫌な感じはしなくて、それが本心なのか、契約書の効果なのかすら、分からない。
だから少し、それが怖い。
真綿で首を絞められるように、色んな気持ちが萎えていくようで。

「2億くらい貰ってたので、このままとんずらはあんまり良くないかと思いまして。信用問題ですし」
「……ものすごい変態じゃないのかな、その人。会わない方がいいと思うよ」
「んー、ですけど、まぁやっぱり、お金貰った分最低でも働かなくては、無職の引き篭もりにも劣ると思うのです」
「いいじゃない。そんな風になっても、わたしがずっと養ってあげるよ?」

ぺロリと舌で唇を舐め、悪戯に笑う。何を考えているのかが手に取るように分かりすぎて怖い。
それは、ベッドの中でお仕事をすることにならないのだろうか。
とりあえずそれを無視して続ける。

「それを世間ではヒモというのです。というか何の仕事してるんですか? 仕事にいってる様子が欠片も無いんですけど」
「暗殺がメインで、誘拐とか拉致とか、そういうの色々。お金は十年暮らせるくらいあるから安心してよ」

さらりと普通のことのように犯罪者が言う。
聖人であるカグラちゃんはそういう世界とは無縁に生きて生きたいのだというのに、この犯罪者はどうしたものか。

と、内心で思っていても上手く伝えられないのが世の中。
仕方ない。彼女の欲求を満足させるのはこれしかないだろう。
世の中はギヴアンドテイク、何かを通すのであれば、こちらも何かを折る必要がある。
溜息を吐いて上から鈴音をどけると、足を折って正座をし、三つ指を付いて頭を下げる。

「わたしは"ご主人様"の所有物にございますが、それ故に貴方様に飽きられぬよう、日々研鑽を怠ってはならないと思うのです。なれば、このわたしの我侭、お許し頂きたく」

こうして頭を下げる瞬間ですら美しく可憐で、絵にもなる。
これなら流石の鈴音も、否とは言うまい。

「カグラちゃん……そんな風に思ってくれてたの……!?」

がっちりホールドしてくる鈴音。ちょろいもんだ。
やはりこういう手合いは好きだよ愛してるよ、なんていう風な言葉に弱い。
こうして飴を与えておくことで上手い具合に操作することが出来るのだ、多分。
いいところだけを頂いて(この場合生活費等)手綱を握るのが上手いやり方、なのだが、どこか、おかしい。
こういうのをヒモっていうんじゃ――――いや、気のせいだろう。

そんなことを考えていると、知らぬ間にじっとりとした目つきで鈴音がわたしを見ていることに気が付いた。
顔に笑みが浮かんでいたか、慌てて元の真摯な表情に形作るが、時既に遅しと言うべきか。

「分かった、っていいたいところだけど……けどやっぱり、言葉は証明にならないしね。態度で示して欲しいな」

鈴音がそのまま、悪戯っぽい顔をして言うと眼を閉じた。
完全に、見抜かれてしまった後のようであるらしい。

思えば、あの日以来、貞操の危機を感じることをされたことはなかった。
ストックホルム戦略の一環かと思ったが、まさか、このタイミングで、こんなことを狙っていたとは思わない。
どうしようかと頭を回転させても、まともな案は浮かんでこない。

嫌です、ということをいえるはずもない状況で、いささか、いや凄く問題である。
わたしにそっちの気はないし、いや、かといって男もごめんだけれども、何故わざわざアブノーマルな。

そうして戸惑っているとちらりと薄目を開けてこちらを見てくる鈴音。
このままじゃ、日光浴+起床自由な生活が無くなってしまうのだ。
主導権は少なくとも、未だ向こうの方にある。

覚悟を、決めなくてはならないのだろう。

減るもんじゃない。減るもんじゃない。
そう心に強く念じて、彼女の頬に微かに触れるくらいのキスをした。

自由はただで買えるものじゃない。
わたしは二度の生を受けて初めて、その言葉を、身に感じることとなる。




[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 8話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/10 17:48






「――というわけで、暫く来れなかったんです。わたしのせいじゃないのです、OK?」
「開口一番というわけで、と言われて分かるはずが無いだろう……」

呆れた顔でカストロが言う。モブキャラの癖にその一言で理解できないとは、いや、それがモブキャラたる所以なのか。
生まれつき主人公であるわたしには分からない様々な苦労をしているのだろう。
なんてかわいそうな奴なのだろう。

鈴音からやっとのことで半分開放され、ホテルに帰ってぐっすり寝ようと思ったところ、一月ほど前にわたしの部屋が崩壊していたらしい。
当然のごとく文句を垂れようとしたところ、微かに引きつった顔で申し訳ございませんが保護者の方は、と先手を打たれて泣く泣くホテルを後にした。
最低なホテルである。

人の部屋を勝手に崩壊させた上にわたしを遠まわしに追い出すとは。
…………一月前? そういえば鈴音の屋敷に拉致されたのが一月前で、いや、きっと気のせいだろう。

とまぁそんなこんなで非常に弟子想いのわたしは真っ先に(矛盾していない)弟子のホテルまで行き、今に至るというわけだった。

「まぁ、積もる話もそこそこに、とりあえず念の講義を始めましょうか」
「話もそこそこにって、一言しか」
「話の腰を折らないでください。強くなりたいんですよね?」

カストロは口をパクパクとさせた後、渋々といった様子で口を閉じる。
不味そうな寿司ネタみたいな名前をしてるくせに自己主張だけは激しいやつだ。
こういう人間が世の中をダメにしているのだというのに、それに気付いていないところが尚良くない。
ああ、世界中のみんながわたしくらい素晴らしかったらいいのに。
わたしはそう、心の中で世を儚んだ。









とりあえずまぁ一月あったわけであるし、試しに纏でもやってみせてといったところ、これがなかなか凄まじい。
オーラには淀みが無い。全ての場所に均一に纏われたオーラに、修正すべき点は見受けられない。

「……練」

わたしの声にカストロは頷き、一つ息を吐くと爆発的にオーラを増大させる。
力強さで言うならば、緋の眼を使っていないわたしの練は競り負ける。これが強化系の実力ということか。
指を一本立て、その上に陰を用いて数字を作る。変化系ではないわたしの得意とする技術ではないが、まぁ、この程度は緋の眼を用いなくても、念糸を使うわたしには容易に行えなければならないことだ。

「そのまま、眼にオーラを集中させてください。力むのではなく、眼にオーラを集中すれば自ずとわたしの指の先に描かれたものが見えるはずです」
「……これは……数字かな? だとすれば数字の5、どうだい?」
「OKです。どうぞ、練を解いて休んでください」

カストロがもう一度息を吐いて練を解く。
上出来、いやまぁ、上出来すぎるくらい上出来なんじゃないだろうか。
さすがにヒソカが眼をつけた男。もしかすれば頑張れば準レギュラーは狙えたのではないのだろうか。
さきほどまでモブキャラだと馬鹿にしていたが評価を改める。
これは対ヒソカ戦略構想において重大な役割を担ってくれるかもしれない。

「ぱちぱちぱち。流石はカストロさん、予想よりも格段にすごい成果です」
「ありがとう。あれだけ情けないところを見せた後だからか、そんなに素直に褒められると少しこそばゆいな」
「いえ、これは正当な評価です。普通の念能力者と比べれば、あなたの成長速度は凄く早い、というよりわたし以上のものがありますし」
「……そうか。ありがとう」

飴と鞭。鞭だけでは人は育たないのだ。
こうして褒めることで、『うわー、こんな凄い美少女に褒められちゃった!!! カストロもっと頑張る!!!』といった具合に成長し、ゆくゆくはヒソカへの供物になっていく、と。
こんな問題点が一つも見当たらない完璧で素晴らしい考えを即座に思いついてしまう自分の才能が怖い。

「纏は言う事が無いくらいですね。その状態を常に維持できるよう、頑張ってください。まぁ武道家たるカストロさんには釈迦に説法ですけどね」
「いや、まだまだだ。無我の境地にはまだ程遠いよ」
「ご謙遜を。次に練ですが、それに関しても問題なし、といいたいところです。が、これだけ上手い具合にいってるのであれば次のステップに進んじゃいましょうか」

椅子から立ち上がる。こういうものはやはり、座ったままより自然体のほうが分かりやすい。

「今の時点でのあなたの練は無駄に浪費されているオーラが少し、多すぎます。纏を行いながら、練を行う。難しいですけど、ニュアンスとしては丁度そういう感じでしょうか? 練で多くのオーラを生み出したところで、それを用いれなければ意味が無い訳です。最終的には何時間単位で維持できるようにしなければいけない技術ですから」

先ほどのカストロが行ったただの練を行う。
凄いスピードで消耗されていくオーラ。オーラの総量が少ないわたしが最も苦手とするのが、このただの練の部分だった。

「これが先ほどのカストロさんの練。これを……」

垂れ流しの状態で放出していたオーラを、そのまま循環させ、纏で留める。
こうすることで外に逃げていっていたオーラが体の周りに維持され、時間経過と共に力強さと堅牢さを増していく。

「……留める。一応技術の呼称としては堅、こうすることで消費も強さも使い勝手も良くなります。オーラは決してコントロールできないものではないのです。先ほどやった基本の練は、要するにスカスカのパンケーキみたいなもの。見た目の割にすぐにお腹がすくでしょう?」

そういってパンケーキを念で形作る。
ああ、そういえば最近食べてないなと、ぼんやり頭に思い浮かべながら。


「密度は力。手を振るうが如く、瞬きをするが如く、わたしたちはそうしたレベルでそれを扱うことができる。それをもう一度頭に入れて今後の修練に励んでください」
「……ああ。しかし、凄いな。オーラの放出量はさっきのわたしよりも少ないにも拘らず、纏われたときとそうでないときの力強さが全く違う。これが、堅か」

感心したようにいう。いやまぁ当然、わたしの堅が凄くない訳が無いのだ。
わたしのような天才美少女は基礎が神話級の出来であるため当然その応用も素晴らしい。…………はず。

わたしの円が思った以上に伸びないのは伸びないのではなく無意識にリミッターをかけているからだろう。
そう、あんまり本気を出しすぎてしまうと神様に愛されたスーパーエリート主人公たるわたしの円は1kmに軽々と到達してしまうし、そんな風になってしまったら、さすがにこう、みんなの立場が無いなと現状の20m53cmの範囲でとどめているのだ。うんそうに違いな―――

「どうしたんだい? 急に唸りだして」
「へ? あ、いえなんでもないです。そうですね、次は最後にやった凝について……」

……人の思考をさえぎるとはなんて失礼な人間なのだろう。
見るとこちらを馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
全世界の女子が憧れ嫉妬する美を一点に集約した様な美少女相手に、その笑み。なんて最低な人間なのだろうか。

わたしはナルシストと被害妄想の激しい奴の次に失礼な人間が嫌いなのだ。
このうちカストロは二番目三番目の嫌いライセンスを所持しており、わたしの中では非常に嫌いな人間にランクインしている。

しかしそれでもこうして念を教授するのは、ひとえにわたしの宇宙のように広く深い慈悲慈愛の心と、オリハルコンのようにがっしりしっかりとした責任感によるもので、世界中の皆は何故わたしのこうしたところを見てくれないのかと常々思う。
なにせこうして粉骨砕身して念の教授をしているというのに、見ているのはこいつと盗撮魔くらい。

ああ、世はなんて無常なのか。

そうしてわたしは世界中の、わたし以外の全てに向けて、大きな大きな溜息をついた。










「――というわけで、暫く来れなかったんです。わたしのせいじゃないのです、OK?」
「開口一番というわけで、なんて言われて分かるはずが無いだろう……」

怒りを通り越して呆れてしまう。
2億振り込んだ次の日に即トビとは、詐欺師の中でも非常に思い切りのいい奴だと半ば関心すらしていたのだが、一月経ってようやく現れたかと思えばこれ。
まさかこれで済ます気なのだろうかこの娘は。

「まぁ、積もる話もそこそこに、とりあえず念の講義を始めましょうか」
「話もそこそこにって、一言しか」
「話の腰を折らないでください。強くなりたいんですよね?」

そのまさかだった。最初からそうじゃないかと思ってはいたが、この娘は私の話を聞こうともしない。
唯我独尊、そんな言葉が頭に浮かぶ。口調こそ丁寧であるが、その実敬意の欠片も遠慮も無い。ここまで慇懃無礼という言葉が似合う人間は初めてだった。
しかもそれが、こんな幼い少女とは。
つい口から出そうになった反論を、言っても無駄だと大人の理性で封じ込める。

きっとこの娘には何を言っても無駄なのだろう。この娘にとって私は路傍に落ちてた財布のようなもの。
今の念の教授という状況は要するに、彼女に拾われ中身をスられた財布の私を、多少の良心で警察にくらいは届けておいてやろうかというもの。
彼女にとって私は既に動物の皮の加工品でしかないのだ。

そう考えると沸々と怒りが湧く。
必ず、必ずだ。
この娘より遥かに強い念能力者となり、この娘の鼻っ柱を折らなければ気が済まない。

ヒソカ以前にこのままでは、私のプライドが傷つけられたまま、ヒソカという強敵と戦うこととなる。
そんな生半可な気持ちで勝てる相手でないのは確実だ。
この娘の向こうにヒソカがいる。この娘に馬鹿にされたままで勝てるわけが無いのだ。

そのためには、まず、私の進歩を見せ付ける。
そう、まずはそこから始めよう。






心を静かに落ち着ける。武道家時代からの修練の結晶であるこれには当然、自信がある。
精神修養の極みに武があるのだ。これくらい出来なくてなんとする。
どうだ独尊娘とカグラを見ると、彼女は予想以上に真剣な眼差しでこちらを見ていた。

「……練」

ぽつりと言う。
纏はもういいということだろう。結果はともかく、言われたとおりに移行する。
息を静かに吸い体中のオーラを練り上げ、発する。
凄まじい速度で抜けていく力の源泉たるオーラと、同時に体を包む万能感。

放出のタイミングは覚えた。一、二分であればこの状態を継続することも出来る。
そこそこ問題ないくらいには行えているはずだ。
僅かに眼を丸くし、笑みを浮かべると彼女はそのまま次の指示を出す。合格、ということだろう。

「そのまま、眼にオーラを集中させてください。力むのではなく、眼にオーラを集中すれば自ずとわたしの指の先に描かれたものが見えるはずです」

彼女は指を一本立てる。
感じるオーラは気薄、ぼんやりと何かが浮かんでいる、というレベルのもの。

オーラを出しながら隠す、そんなことも行うことが出来るのか。
ゆっくりとオーラを眼に移動させ、集めていく。弾けてしまいそうな練を維持しながら凝を行うというのは非常に精神を酷使することだったが、事前にある程度練習はしている。

いつもどおりにやれば大丈夫だ。
そう精神を静めて丁寧に眼にオーラを集中させるとおぼろげながらに見えてくるものがあった。

Sか5か、恐らく角張り方からいって5なのではないだろうか。
「……これは……数字かな? だとすれば数字の5、どうだい?」
「OKです。どうぞ、練を解いて休んでください」

練を解く。
時間にして三十秒にも満たない僅かな時間。しかしいつも以上に難度の高いことをしたせいか、疲労は大きい。
やる気の無い拍手を口で効果音を付けながらカグラがいう。

「ぱちぱちぱち。流石はカストロさん、予想よりも格段にすごい成果です」
「ありがとう。あれだけ情けないところを見せた後だからか、そんなに素直に褒められると少しこそばゆいな」

本心だった。まさかこんなに素直に褒められるとは思っていなかったのだ。
訝しんでしまい、本心を探るべく言葉を吐く。

「いえ、これは正当な評価です。普通の念能力者と比べれば、貴方の成長速度は凄く早い、というよりわたし以上のものがありますし」

しかし、予想に反して返ってきたのはそんな言葉だった。
その言葉の内容に、少し気持ちが上向きになる。悪くない、そうこのプライドの塊のような少女が言っているのだ。
無意識に少し微笑んでしまう。少し彼女のことを悪く思いすぎたのかもしれない。

「……そうか。ありがとう」

彼女は確かに私の念の師たらんとしてくれている。そこに私情は挟んでいない。
きっと、なんだかんだといっても誠実な娘なのだろう。

そう思うとなにやら意地を張っていた自分のほうが子供のように思えてきた。
そんな自分を大人気ないと、笑って小さく息を吐く。唯我独尊だなんて、子供の頃は誰でもそうだろう。
ましてや彼女は十歳程度、そんな幼い少女に鼻息荒く対抗しようだなんていうのは、あまりにも幼稚が過ぎる。

そんな自分を自嘲すると、先ほどとは違い、落ち着いた気持ちで彼女の授業に臨むことができた。

「纏は言う事が無いくらいですね。その状態を常に維持できるよう、頑張ってください。まぁ武道家たるカストロさんには釈迦に説法ですけどね」
「いや、まだまだだ。無我の境地にはまだ程遠いよ」

本当に、その通り。
自分より上位の念能力者たる彼女に言われてもこそばゆいだけだった。

「ご謙遜を。次に練ですが、それに関しても問題なし、といいたいところです。が、これだけ上手い具合にいってるのであれば次のステップに進んじゃいましょうか」

そういって椅子から立ち上がる。
映画のワンシーンのような優雅な動き。纏は落ち着いていて、そしてそれでいて力強い。
動き一つとっても、オーラに微塵の揺らぎもない。これが、彼女の実力なのだろう。
それに比べれば、私の纏はまだまだ未熟といわねばなるまい。それ一つですら、私は彼女にいまだ及ばぬ。
年季がやはり、違いすぎるのだ。

「今の時点でのあなたの練は無駄に浪費されているオーラが少し、多すぎます。纏を行いながら、練を行う。難しいですけど、ニュアンスとしては丁度そういう感じでしょうか? 練で多くのオーラを生み出したところで、それを用いれなければ意味が無い訳です。最終的には何時間単位で維持できるようにしなければいけない技術ですから」

一気に圧迫感が上昇する。
私のように息を吐くなんていう意識の切り替えすら必要ない。そうした境地に彼女はいる。
心が高揚する。まだ、まだだ。まだまだ私は先を目指すことが出来るのだと、目の前の彼女が証明している。

「これが先ほどのカストロさんの練。これを……」

息苦しいほどに部屋中に充満していたオーラが、統制されていく。
信じられない光景だった。あれほどのオーラが、数秒にも満たない間に纏のように彼女の体だけを綺麗に包み込んだ。
それは一見、纏にしか見えないが、いつものそれと比べれば少々分厚く、尋常ならざる密度にその力強さを見て、これが、錬の次の段階かと息を呑む。


「……留める。一応技術の呼称としては堅、こうすることで消費効率も強さも使い勝手も良くなります。オーラは決してコントロールできないものではないのです。先ほどの基本の錬は、要するにスカスカのパンケーキみたいなもの。見た目の割にすぐにお腹がすくでしょう?」

そういってオーラでパンケーキを作りだす。
彼女のオーラの扱いは、精緻かつ、流麗。きっと手本があればこれがそうだと言わんばかりに、美しい。

「密度は力。手を振るうが如く、瞬きをするが如く、わたしたちはそうしたレベルでそれを扱うことができる。それをもう一度頭に入れて今後の修練に励んでください」

そういって堅を解く。それだけで全身を締め付けるように圧迫していた空気が和らぎ、緊張が解ける。
これが、堅。練の一つ上の段階か。

なるほど、纏のように留めることで、通常の練に比べてオーラが外に逃げていかず、雪だるまのように延々と、操ることの出来る限界値にまでオーラを無駄なく纏うことが出来る。つまり私の練で百のオーラがかかる地点を、これは無駄を減らして五十や三十という少ないオーラで維持、到達させるもの。無論到達する速度も早い。

しかし、それ故にこの技術は、難しいのだろう。
それは分かる。出すことと留めることの併用なんていう真似は、右を向きながら左を見るような離れ技。
そう簡単に会得できるものではないだろう。

「……ああ。しかし、凄いな。オーラの放出量はさっきのわたしよりも少ないにも拘らず、纏われたときとそうでないときの力強さが全く違う。これが、堅か」

思ったままを口にする。いくらか、性格的な問題点はあるものの、この少女の実力は確かだ。

オーラを見ることが出来るようになって、様々な200Fの試合を見てきたが、カグラのようなレベルの能力者を探すのはもう一つ上、フロアマスターのレベルの試合にまで足を運ばなくてはならないだろう。


この少女の教えは正確で分かりやすく噛み砕かれている。
天才は教師に向かないというが、この少女はこの年にしては異常なくらいの実力の持ち主にも拘らず、つまり間違いなく天才であるというのに、その言葉に当てはまらない。
神は二物を与えず、今まで信じてきたその言葉が覆された瞬間だった。

ふと少女を見ると、何かを考え込んでうんうんと唸っている。

そしてこの少女は聊か唯我独尊慇懃無礼なところはあれど、しかしその実は誠実で、人のことを色眼鏡なしで評価できる、今時珍しいくらいのいい娘なのだろう。こうして私にどう伝えるか、考え込むのがいい証拠。
そんな様子に自然に頬が緩む。

「どうしたんだい? 急に唸りだして」
「へ? あ、いえなんでもないです。そうですね、次は最後にやった凝について……」

そんな様子を見られたのがこの少女にはそんなに恥ずかしかったのか、顔を紅くし、眉を顰めて続きを述べた。
意地っ張り。そんな言葉が頭に浮かぶ。
この娘もなんだかんだでいい子じゃないか。

大人気ない自分のさっきの振る舞いに呆れてしまう。
何をムキになっていたのだ私は。


私はそんな大人気ない自分に向けて、大きな大きな溜息をついた。






温度差は、酷い。







[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 9話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/10 18:09







―――ピロピロピロ……ピロピロピロ……


そんなこんなでわたしは今、カストロのベッドの上で寝ていた。
いや、色っぽい話ではなく、純粋に。
ホテルの部屋が壊れたこともあり、まともな寝床が変態少女の屋敷一軒しかないわたしに他に無いからそこで寝ろというのも酷い話だ。

「念は自然と密接に繋がったものです。木々や草花、大地を感じることで、よりいっそう貴方の念は強くなるはずです」

とカストロに、山篭りの修行に行ってみたらどうか、という提案をしたのはそうした理由からではないが、この時期に山篭りの修行に行ってくれるとは、実にタイミングがいい。彼の念も強くなり、わたしの寝床も出来、宿の心配がなくなるという一石二鳥の山篭りだった。


―――ピロピロピロ……ピロピロピロ……


木々や草花が念に影響を与えるなんて聞いたことも無いんだけれども、まぁ、修行で強くなると言ったら山篭りはTOP3に入る修行法なわけである。多分、なんか効果あるんじゃない、みたいな感じで言ったのだが、流石はカストロ。
一時間後には山篭りセットを組み立て、出発していた。どこまでも強さに貪欲な男である。


そしてそれから早一月。今だに一度も連絡は無い。
しかしまぁ、天才の勘が間違うことはそうそう無いし、放っておいても安心だろう。
便りが無いのは元気の証だとよく言うし。


―――ピロピロピロ……ピロピ

ああ、五月蝿い。

「お電話ありがとうございます。ただいまこの電話の主は席を外してい」
『ごめん、思いっきり電話を手に持ってるのが見えてるんだカグラちゃん』
「そういうのは見ても見ない振りをするのが大人の世界でして」
『ひどいなぁ』
「全然酷くないです。どれだけ着信させたら気が済むんですか貴方は」

一日で五十三件は出会い系のメール着信でもそうそうありえない。

『それは……出てくれるまで?』
「…………わたしは既に今日電話を五回取りました。内五回が貴方で、しかもそれがこの一ヶ月、毎日のように続いています。それに加えて、電話の内容は全てが全て内容が無いような内容でわたしはそのことに物凄いストレスを感じているのです」
「カグラちゃん、それ駄洒落? ちょっと親父く」
「黙って。……もーいいです。要件は?」

『服買いに行こうよお洋服』
「……時間、見てください」
『零時五十三分だね』

頭でも沸いているのかこの女、などといいたいところをぐっと押さえる。
優しい優しい、わたしは、今、凄く優しい。

「一般常識としていっておきますと、お洋服屋さんは大抵八時には閉まるものなのです。さて問題、今現在の時間は零時五十三分、鈴音ちゃんの行きたいお洋服屋さんは果たして開いているでしょうか?」
『んー、珍しい洋服屋さんは』
「開いてません、十一時はギリギリあっても深夜はないです。OKですか? わたし、もしかして言葉不自由だったりします?」
『いや、おかしくないね。凄くわかりやすい。保障するよ!』

じゃぁ理解して切って下さい、という言葉を何回喉の奥で繰り返しただろうか。

「お洋服屋さんが開いてないということはつまり、お洋服が買えない。まぁ大変、お洋服を買いに来たのにお洋服が買えないなんて、と鈴音ちゃんが悲しまないようお出掛けはまた今度にしよう、っていうことなんですが如何でしょう」
『ああ! その通りだね。ごめんねカグラちゃん、また明日かけるよ』

止めてください。

そう言おうとした所でブチッという音と共に電話が切れる。その瞬間、明日が来るのが憂鬱になった。
毎度毎度この調子。週二日は屋敷に泊まり、残りの日は電話地獄。


しかも今までその電話の内容、例えば~に行こうだの~をやろうだのは実ったことが無かった。
いくら天才美少女とはいえ体力には限界がある。わたしの体力と時間はレアメタルよりも貴重なのだ。
そんな無駄な電話に使っている場合じゃないのに……ああ、過労死してしまいそうだ。





―――ピロピロピロ……ピロピロピ
今切ったばっかりだろ、と突っ込みをいれそうになる。
とりあえず電話に出ると早口でまくし立てた。

「お電話ありがとうございます! 残念ですがこの電話の主は疲れて―――」
『クク◆ 元気そうだね?』

背筋が冷える。
ああ、しまった。液晶を見ていなかった。

「……おりません。ご用件をどうぞ?」

急遽方向転換を行う。
嫌な予感しかしないのが怖い。

ああ、電話地獄から開放されたと思えば今度は変態1号。
わたしの周りにはどうしてまともな人間がいないのか。

『ああ、それじゃぁ単刀直入に◆ 旅団のほうで仕事があるんだけ』
「いやです」
『ツレないなぁ◆ 少しは考えてくれよ◆』

電話越しにも拘らず圧迫感があった。何故わたしがこんな眼に合うのか。

「わたしは盗みも殺しもしなければ拷問もせず、蟻も踏み潰さないんです」
『…………そんなことはなさそうだけど……まぁいっか◆ また何かあったら連絡するよ◆』

連絡なんて永遠にしないでくれると、わたしは、凄く嬉しい。
ヒソカの電話はいつも短いが、内容がいつも誰か殺さない? 盗みに行かない? あそこの内通者を殺さない程度に拷問して、などなど、法律違反どころの騒ぎじゃないロクでもない話しか振って来ない。
鈴音とは違う意味で迷惑だった。
言いたいこと、突っ込みたいことは山ほどある。
けれど、人間はみんなそういう本音を隠して生きていくものだ。

そしてわたしのような神様から愛された天才は性格もいいため、そうした本音を優しい嘘というオブラートで包んで、相手に不快感を与えないように振舞う。
相手に不快感を与えないように、そうした気遣いのできるわたしはなんて性格がいいのだろうか。
精一杯の演技で、言葉を紡いだ。

「おさそいいただけたのにほんとうにもうしわけございませんまたつぎのきかいをたのしみにしていますおつかれさまでした」

電源ボタンを押して通話を終了させる。
ああ、申し訳なさを前面にアピールしたこの演技、自分の才能が怖い。










ポフッと枕に倒れこむと、体に痺れるような快感。

……疲れた、今日もとても疲れた。
疲れたときに倒れこむ布団の感触ほど素晴らしいものはない。今日も疲れたし早く寝よう。
眼を閉じる。すぐさま意識のレベルが落ち、深い睡眠に―――

―――ピロピロピロ……ピロピロピロ……

……無視しよう。わたしは寝た。
まず何よりもピロピロピロ睡眠不足はピロピロピロ美容のピロピロピロ……



ああ、五月蝿い。

「はいお電話ありがとうございますみんなのアイドルカグラちゃんです残念ですがわたしは現在睡眠中で」
「ああ、久しぶり。私だ、カストロだ。一ヶ月ぶりだね元気にしてたかい? 実は新しい虎咬拳が……」

ここに至っては信じられないくらいどうでもいい。
……わたしは静かに電源ボタンを押した。







次の日。

いつものように鬼電話かと思えば、わたしは今、街に来ていた。
ニコニコとしながら手を引っ張る鈴音に、呆れながらついていく。

三ヶ月の無駄電話の経験がようやく結果を生んだのか、今日は初めてまともな時間にまともな場所への誘いが来た。

といっても子供が出歩くには少々あれな日沈後。
ただの買い物であるのだが、子供が出歩くには少々遅い。

開いてる服屋をこれでもかというほど廻り、ジュエリーショップに本屋等、店という店であればほとんど廻った。
数十キロのマラソンよりも、振り回される移動のほうが遥かに疲れるものらしい。
すでにわたしの足は棒のようだった。

「あ、今度はあれを見に行こうよ」
「……どうぞお好きにお嬢様」

既に開始から三時間、荷物は二人とも両手に一杯。
内七割は彼女のものだ。どれだけ買う気なのだこの娘は。

まぁ三割はわたしのものであるのだが、いやまぁ、タダより安いものは無いのだし、誰でも0円で品物が置かれていれば買うに決まっている。
そう、わたしはおかしくない。






以前ヒソカとして以来、外で買い物をした記憶が無い。
基本的に休日ははうすおんりーの箱入り美少女であるわたしはキーボードと指先で物を買うのだ。
とはいえしかし、実際につけてみないと分からないものもある。
そう、下着だ。

そろそろ多分、二次性徴が始まり、以前のサイズでは間に合わなくなるだろう。
少なくともそういう予定であるし、新しいものを買い足しておかなければならない。
少し大きめのサイズのものを買っておいたほうが、ゆとりがあっていいだろう。
あとで買いに行く手間も省ける。
前世では大きくなる前に殺されてしまったので直接付ける機会が無かったこのサイズであるが、今回は体が違う。早期の成長も大いにありえ―――

「あれ?カグラちゃん。そのブラ……Bカップって流石にまだ気が早すぎるよ」

手に持っていた下着がひったくられた。
わたしは固まる。

「体型的にもあんまりお肉がつかなそうだし、スポーツブラでいいんじゃない? んー、AAAもちょっと早すぎるし、ああいや、ダメって言ってるわけじゃなくて、どうしてもつけたいんならパットを入れないと」

少し黙ってほしい。

クスクスと笑い声が周りから聞こえて来た。
見ると母親世代の女達がこちらを見て笑っている。
顔が熱い。なんの羞恥プレイなのか。

「んー、こういうブラ関係を買うなら大きくなったときに合わせたほうがいいと思うよ。大きくならなかったときのこと考えたら」

あらあら、おませさんねとか言う声が聞こえてきた。
さっきのおばさん連中だろう。笑い声がさらに増える。

これは、限界だ。

「出ましょう」

鈴音の首を掴むと引き摺るように店を後にする。
可愛い柄の下着が溢れる、その筋の有名店であるここに、わたしは二度と足を踏み入れることは無いことは確かだ。

こんなところ、二度と来るものか。
そう悪態をつくとそこから逃げるように立ち去った。






ランジェリーショップから逃げ出したあと、トイレに行くと言った鈴音を、広場のベンチに座り、憂鬱に浸りながら待っていた。
ああ、結構色とか柄とか好みだったのに、こんなことになってしまうとは。
その内絶対に泣かせてやると心の復讐リストに彼女を刻み込んだ。

しかし、誓約書、誓約書か。
思った以上の効果を発揮していない、というより発揮させていないのか。
電話の電源を何故か切る気になれない、という程度にしか自覚できる効果がない。いやいやまぁまぁ、わたしの体力を削るという点ではそれだけでも凄い効果なんだけれども。


とはいえ無意識下に影響されていたとしても、自覚は出来ないのだし、考えるだけ無駄なのかもしれない。
わたしに彼女の意に反する行動を取らせない、はっきりしているのはとりあえずこれだけ。

誓約書はわたしが寝ている間に書かされたもので、現在彼女が所有している。
わたしの手では決して破壊することは出来ないが、別の人間ならば、どうだろうか。意識にこれは破ってはいけないと働きかけてくるあの紙自体は、それほど強くないはずだ。なにせ、強くする必要が無いのだし。

誰かに頼む?
いや、修羅場は味わいたくないし、それにそこまで追い詰められてもいない。
一番穏便な解決方法は彼女にあれを破らせること。それが理想的。
となれば、どうするか。


「はい、どうぞ」

そんなことを考えていると、ずいっ、と茶色いソフトクリームが差し出された。
確認するまでも無く鈴音だ。
チョコレートのソフトとは中々わたしの好みが分かっている。
わたしは基本的に、甘ったるいチョコレートしか食べないのだ。

なぜならば、そう。甘さ、風味、舌触り、そのどれをとっても最高級なチョコレートソフトは至高の甘味。
他の追随を許さないほどに突出しているからだ。
これを食べて、他の味など味わえるはずが無い。

もしソフトクリーム界にわたしがいれば、こうなっていただろうという、そんな究極の甘味。
ソフトクリーム界の女王、それがこのちょこソフトなのだ。

「いやー、ごめんね? 何にも考えずに言っちゃって、恥かかせちゃったね」

そういって頭を下げる。先ほどのランジェリー事件は悪意があるとしか思えない狡猾な手口だった。
それをソフトクリーム如きで機嫌をとろうなどとは、あまりにも馬鹿にしすぎている。

「こんなソフトクリームぐらいで……ん、垂れる。機嫌をとろうだなんて、少しわたしを見くびりすぎですね」
「そのわりに嬉しそ……いや、ごめんね。機嫌が直るなら何でもするから」
「それじゃ、念を解い」
「それはダメ」
「……なんでもする割に即答なんですね」
「機嫌が直るならある程度なんでもするから」
「……本気で謝る気あるんですか?」
「さぁ、どーでしょう?」

両手を広げて笑みを浮かべる。
なんとも憎たらしい女だ。このアマ。

コーンまでさくりと食べ終わるとそっぽを向く。
こういうやつは相手にしないに限るのだ。

「ふふ、ほっぺたでチョコ食べてるよ」
「ありえません」

といいつつも頬を手で拭ってしまうのが人の性。
しかし、そんな形跡は見当たらない。

「……ないじゃないでっ!?」

すか、のところで唇の端がぺろりと舐められる。
最初ので王道のほっぺたに来るかと思ったらそれはフェイク。
こっちが本命か。

「残念、実はこっちでした」
「……フェイントだなんて、流石は変態、無駄なところで高等ですね」
「ありがとう」
「……褒めてないですよ」

唇を尖らせる。
なんて失礼なやつなのか。










帰り道。

二人荷物をぶら下げて歩く。
人は疎ら。明かりだけが広場を盛大に照らしていた。
わたしたちはそこから背を向け、歩みを進める。

「……こうして同じくらいの子と、こうしてお外でお買い物、っていうのが夢だったんだ」

ぽつりと鈴音が呟いた。

なんて寂しい娘だと思った所で、いやまぁ、ままある事だ、と思い直す。
この少女のような変態ではないにしろ、天才超人美少女たるわたしは完成しすぎているがゆえに、凡人の群に混ざれないのだ。
灰色の小石の中にわたしのような虹色をした傾国の宝石が入っても、そこに馴染めるはずも無い。
この変態少女のような色付き小石も同じだろう。


灰色の中には灰色。

混ざるには、灰色の絵の具をつけないと。
形が違う、もう少しここの角を削ろう。
少し大きすぎる、もう少し小さくしないと。

珍しいものは混ざれない。
そんな世界に、わたしは嫌気が差したのだ。


そうしてわたしが選んだのは美術館。
そこがきっと、わたしのあるべき場所だったから。
価値あるものだけが並ぶそのケースに、飾られるのはわたし一人。
当然だ。価値に見合うもの同士でなければ、同じ舞台に立つことは無いのだから。

孤高たれ。
きっとそれが、わたしに与えられた天命なのだ。
わたしはそのことをそう納得した。しかし彼女は違ったらしい、ということ。

「……そうですか。その相手がわたしのような宇宙一の美少女ですし、きっと鼻が高いことでしょう」
「いやまぁ、否定は出来ないね」

そういって腕を絡める。
暑苦しいと払おうとしたが、嬉しそうな笑みを見て止めた。わたしは聖母の3ダース分くらいは優しいのだ。
仕方なく荷物を左手から右手に移す。
一つ幸せそうな息を吐いて、彼女が続ける。

「……わたしは今、夢の中にいるの。幸せの絶頂ってやつだね」
「おめでとうございます。その相手のわたしは人生で一番の不幸に塗れた時期なんですけどね」
「あはは、その不幸の一端を担うのはわたしなんだね」
「さぁ、どーでしょう?」

両手を広げて笑みを浮かべた。先ほどの仕返しだ。
それにつられたように彼女も笑う。
少し寂しげな、そんな笑い方。

「夢って言うのは本当に幸せなものだね。自分一人が願う世界を、自在に作り上げられるんだもの」

わたしは何故、そんなことを唐突に言ったのかを聞かなかった。
何故ならこの舞台は彼女のルールの上で、創り上げられたものだったから。

わたしは彼女にとって、夢の住人でしかありえない。そうしたのは他ならぬ彼女なのだ。
ありえない光景、ありえない出来事。ありえない日常。
彼女を取り巻く全てが泡沫の夢。
別に居心地が悪いわけでもなんでもない。現実とも何一つ変わらない。

ただ、これは夢なのだ。
彼女が夢から醒めない限りは。


「夢が現実になった気がして、わたしは凄く嬉しかったけど、それは違った。わたしはきっと夢を追いかけて、いつかは醒める夢を夢のまま、手にしてしまったんだね」

わたしは何も答えない。
彼女の夢に囚われたわたしが紡ぐ言葉に意味は無い。

「もしこの夢が現実に出来るのなら、けど眼を開けるのが怖いんだ。わたしに都合のいい夢だから、このままでもいいんじゃないかと思ってしまうのさ」

そう言ってもう一度笑う。

楽しい楽しい買い物の最後に相応しい、綺麗な微笑みだった。
彼女は気付いていて、同時に恐れている。




「ふふ、なにやらわたしに似つかわしくない哲学チックな話をしちゃったね。ちょっとしんみりしたところで帰ろーか」
「……そうですね」

急がなくても、いいだろう。
彼女が望むなら、きっと自然に夢から眼を醒ます。
人々が寝入り夢見る夜の時間、わたしはそう結論付けて、彼女の夢の中でもう少し、歩き続けることを決めた。
そう考える程度に、少なくとも今は、居心地が良くて、彼女の隣が嫌ではない。

だから全ては目が覚めてから、それからまた始めればいい。

耳障りなサイレンの音が、酷く印象的な夜だった。





[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 10話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/10 19:54










ハンター試験まで残す所一年と少しといったところ。
試験対策も何も、事前に内容は分かっているし、対策が必要な相手も存在しない。
これに合格すれば、一生働かないでOK、とはいえ、酷く乗り気がしない。

一般的に給料がいくら良くても、人間関係が酷いという理由で仕事をやめるパターンは非常に多いのだ。
今回の状況はそれに非常に似ている。しかも、二年後に受ければそうした苦労も無く合格できるのが分かっているというのに。


ヒソカ、クラピカ、キルアと原作でもメイン、準メインを飾る彼らは皆無謀な人間であり、本来視界に入れるのも嫌なぐらいのレベルなのだが、何の因果か、それぞれとつながりを持ってしまった。

「あ、良かった◆ もしかしたら来ないかと心配したよ◆」
「君は……リルフィなのか?」
「……テメェ……前みたいにはいかねーからな。闘技場での借りを」

ああ、今から胃に穴が開きそうだ。
主人公に相応しいイベントの満載具合に憂鬱になる。わたしの繊細な硝子の胃は迷子が泣いているくらいのことで穴が開いてしまうくらい繊細なのだ。そんな胃がキリキリ痛みそうなイベントに耐えれるはずも無い。



路地を歩きながら、憂鬱になる。
周囲は壁、見たことが無い景色ばかりが視界に映る。

今は宝くじを買いに行こうと外に出たところで、その途中で無意識に地理の把握をしてみたくなったらしい。
世間一般に言われる迷子という奴とは異なる。常に自身のレベル向上を念頭に置くわたしは意味の無い行動はしないのだ。


世界中に溢れる天才の中でも一人しか存在しない、俗に言う超天才のわたしはしかし、そうした才能の上にも胡坐をかくことはない。
こうして自分の足で町を歩き、見聞を広め、地理を知る。
戦いとは理をもって利を得ること。
運ではなく、日ごろの積み重ねが勝敗を決するのは言うにも及ばないことだろう。
大抵新しい街に来たときにはこうして、"無意識の内に"数度これを行って、わたしは道を頭に叩き込むのだ。




この街で元々住んでいたヒソカのホテルから出たあとは、カストロのホテルと鈴音の屋敷を往復する程度の生活であった。
それ故、気まぐれで宝くじを買いに行こうと外に出たところで体が急遽、地理把握モードに移行してしまったのだろう。
仕方が無いことだ。

すでに四時間程度この状態は続いており、自分の呆れるくらいに貪欲な向上心に涙が出てきた。
そろそろ休息が必要だろうと体に語りかける。鍛えていようがだるいものはだるい。
どう考えてもすでに宝くじ屋はしまっているのだ。



次の角を曲がったら、地べたでもいいから休憩しよう、そんな時、かすかに声が聞こえた。



「…………の前はご苦労だった……で、次の獲物だが――」

若い男の声。
なんとなく気配を消して、もと来た道に戻り始めた。
わたしは万人が認めるくらいの主人公的才能、実力をもち、努力を惜しまないひたむきで可愛い美少女なのであるが、それ故に様々なイベントに遭遇してしまうことがある。
経験上、こういう場合、大抵いるのは悪者で、聊かよろしくない悪巧みをしていることが多いのだ。


この前の買い物の日も、そう。
近くのわりと大きな美術館が襲われたそうだ。あの広場からはそう遠くもない。
そうだ、というかその次の日に実行犯本人から聞いたのであるが、下手をするとそのミラクルイベントにわたしも参加させられていたかもしれないというのが恐ろしい。

とりあえず、こういうイベントにほいほい付いていくと大抵ろくな目にあわない。無視するに限る。
角を曲がり、久しぶりに遭遇した人に会釈程度に頭を下げてわたしはその場を――――

「……来るね」
「……はい」

……とはいえ、発生を避けることが出来ないイベントは、ままあることだ。











状況が、あまりよくない。
確かにいたのは悪者だった。

しかし、少々拙いレベルの。

野人、眼鏡、くノ一、ちょんまげ、優男、いそぎんちゃく、秘書、でかぶつ、みいら、つたんかーめん、オールバック、それと、後ろにいる目つき悪い変態を合わせ、ピエロを除いたフルメンバー。
いやいや、さすがはわたし。イベント一つ一つが凄まじく大きい。


「なんでここにきたね?」

地理の把握をしていましたなんて言ったら怪しまれるのは確実だった。
そんな怪しい言い訳をこの場で言えるほど、わたしに自殺願望なんて有りはしない。

「……いえ、ちょっと、道に迷ってしまって」

本当は迷子などではないのだが、背に腹は変えられない、
ヒソカがいれば、こんな言い訳も必要ないというのに、何故肝心なときにここにいないか。


「そんなことがあるわけないね。念を使えるような人間がワタシ達の所へ来る理由、一つしかない。本当にそうなら何故逃げたね?」
「いえ、話し声が聞こえたので、面倒事に巻き込まれそうだなぁ、と。まぁ今の時点で大分面倒……ああいえ、失礼しました」
「お前、ワタシナメてるか?」

ギリ、と押し付けた刃をさらに強く押し当てる。
銀河の至宝たるわたしに傷が付いたらどうするんだこのサディストめ。
凝を使い、オーラを刃に対抗できる程度、その一点に集中させる。

「……パク」
「わかったわ」

オールバック、クロロがスーツを着た秘書のような女、パクノダに促すと、彼女はゆっくり近づき、手をわたしの頬に当てる。

ひんやりとした手は、何やら少し、くすぐったい。

「……ほんとうのことを教えてもらえるかしら?貴方はどうしてここに来たの?」
「どうして……って言われても」

いやいやいや、この周辺地域の戦術地理マップ作成のために4時間奔走したというのは流石に怪しいだろう。もしかするとこの後に待ち受けているのは修羅場ではあるまいか。ああ、なんということだ、流石は銀河的ヒーローカグラちゃん、主人公らしい悪人グループとのイベントが――

「……団長、本当に迷子みたいだわ」
「…………本当か?」

疲れたような顔で言うパクノダと、訝しげにパクノダとわたしを見る団長。
いや、訝しむのもおかしくない。わたしの心を読んだはずなのに迷子扱いとはいかなることか。
パクノダの能力というやつも案外適当なのか。いやもしかすると優しい彼女が私を逃がしてくれようと、いや、まぁいいだろう。
どっちにしても好都合だ。


「いやー、よかった。よくわからないですけど誤解は解けたようですね。それじゃ、わたしはこれで」
「待つね。これだけ入り組んだ場所にある、しかもクモの集会場所に、ただの念能力者が迷い込む?冗談はよすね」

後ろの男、フェイタンが刃物を押し付けたままで言う。
余計なことは言わずに根暗は引き篭もっていればいいのに、見た目に反して自己主張の激しいやつである。

「……今回はフェイタンと同意見だぜ、団長。流石にそんな偶然はねぇだろ」
「確かに。パクの能力だって絶対とはいえない。それだけで逃がすのは、あまりにも早計過ぎるんじゃないかな?」

ちょんまげと優男、ノブナガとシャルナークが続ける。ぶるーたす。
早速帰れる雰囲気をぶち壊されて泣きそうになる。もう少し場の空気を読んでほしい。

「ちょっと待ってください。こんな明らかに強そうな人たちの集団がいるところに態々わたし一人で突っ込むわけが無いじゃないですか。初対面なんで控えめに言いますけど、絶対頭おかしいですよ」
「……控えめといったわりには辛辣だね。今の話を総合するに、つまりは、あんた一人じゃないっていうことかい?」

くノ一、非常に冷たい眼をしながらマチが言う。
いや、これっぽっちも総合できてないです。なんでそんなにわたしを疑いたのだこいつらは。


こんな見るからに可憐な、この世全ての美という言葉を人の身で表現した様な神様の最高傑作たる超絶美少女のわたしを、そんな風に疑いの目で見れることがまずありえない。

どう考えても主人公にしか見えないわたしのような、って、ああ、そうか。わたしは主人公で、こいつらは悪人なんだし、そうなるのも当然なのか。
いやいやいや、そんな城から出た瞬間即効魔王軍四天王全員集合、みたいな超絶RPGみたいな真似をされても困る。


「仲間がいるいねぇはともかくだ…………さっきから見てたが、この状況でオーラに僅かな揺らぎもねぇ。力量が読めねぇだけの馬鹿なだけのガキにゃ見えねぇし、コイツは多分……相当な手練だぜ。この状況でもまだ何とかなると思ってなけりゃぁ、こうも平静じゃいられねぇだろ」
「わたしもそれ思ってた。この子全然動揺してないよね? それに、フェイタンの仕込み刀、本当に最小の凝だけで押さえてる。少なくとも、ただの念能力者の子供というには少し、出来すぎているとは思うけど」

これは野人と眼鏡、それぞれウヴォーギンとシズクの意見。


ここに来て天才過ぎることが仇となってしまったらしい。
そういう妙なタイミングで高評価を出さないで欲しいものだ。『いやぁ、というか俺らこんだけ顔揃えてこんな見るだけで小遣いをあげたくなる様な超絶美少女を疑うとか疑わないとか、馬鹿じゃねぇか? 早く家に帰してやろうぜ』と、こんな風なのが一般的な良識ある悪人の会話の流れだろう。
今のこの状況は聊かおかしすぎる。


「団長、俺もコイツらと同意見だぜ。こんだけ怪しいって言う意見が一致してんだ。縛るなりして暫く甚振っとけば吐くなり、どっかで見てる仲間のアクションなり起きんだろ。まぁ、間違っててもそんときゃごめんなさいで済む話だろ?」

済む話だろ、じゃない。頭にファラオみたいな被りもんつけて何を考えているのか。
フィンクスはちょっとどころか相当頭がおかしい。永遠に分かりあうことは出来ないだろう。


事態は怪しい雲行き、というよりすでに雷が落ちてしまったあとのようだ。ここから先は大雨ざざ振り確定コース。気がすすまなそうなのはパクノダだけ、というノーアウト満塁スリーボールコース。
残りの無口で人気のなさそうなやつらも、大体同意見であるらしい。
空振り三振を狙う以外に、逃げ道は無い。


「……それは、聊か以上に早計じゃないですか?わたし、今年で11歳なんですが、そんな子を相手に拷問だとかどう考えても頭おかしいじゃないですか」
「……必要ならな。赤子だろうが老人だろうが、必要とあれば誰が相手でもするさ。……それにしても、パクのそれを除いて満場一致か。まぁ俺も怪しいとは思う。一応身体に聞いてみたほうが――」

いいだろう、と言うとしたのだろうが言い切る前に行動を開始する。

現状、どう考えても戦闘せずに離脱は不可能だ。
ピーピングカメラの念でわたしの様子を見ているはずの鈴音は駆けつける様子はない。
おかしな話だ。今は夜中。この状況になっているわたしを捨て置くような人間ではないとは思うのだが、距離が離れすぎているのか。

とりあえず思考からそれを除外する。鈴音もヒソカも現れる気配がない。となれば頼れるのは自分だけ。
いやまぁ、昔から身一つで成り上がってきたのだ。人に頼ろうなんていう考えが出てくるのがおかしい。

この状況も、よくあるただの障害の一つ。
天才のわたしにとってこの状況は昼下がりのコーヒーブレイクと変わらない、と心の中でクロロの真似をしてみる。


旅団の戦闘力、とはいかなるものか。
団長はヒソカと同クラスの能力者であるらしいが、だからといって他のメンバーも皆強い、というわけでもないだろう。

シズク、コルトピを初めとする処理担当の念能力者は、戦うという状況になっては数が増える以上の怖さも無い。
マチやパクノダも油断していたとはいえ念を覚えたばかりのゴンとキルアに負傷するレベル。
原作主人公コンビであり素体がいいというのは別として、ヒソカならばわざと攻撃を受ける場合はあっても、そんな攻撃にダメージを食らうことはありえない。

クモというネームバリューや強いという話だから、強そうだからなどではなく、実際の強さを考える。
こちらと向こうの戦力差は一体どれほどのものなのか。十二人の個体能力の差を考えて、穴はどの位置にあるのか。
どこが安全なのか、どこからならば逃げることが可能なのか。

向こうはわたしを知らない。こちらはあちらを知っている。
その知識をフルに活かす。
そしてその結果にこそ、活路がある。


原作の内容から考えるに、彼ら、処理担当構成員の強さ平均は恐らく中堅クラスのプロハンターレベル。
正しい師に念をきちんと教えてもらい、ある程度実戦を積み、尚且つそこそこ才能がある、そんな念能力者程度の強さ。
人数がいなければ。一対一であれば、という条件ならば、全員に勝つことはできるだろう。
こいつら幻影旅団は全員が全員異常な強さを持つ訳ではない。


ただ、処理担当を含め、一般の念能力者レベルで判断して弱い奴がいないこと、戦闘要員には世界的にも上位の念能力者がいること。
そして何より、十三人という念能力者の戦力を保有していること。
その総合力がA級首に指定される理由なのだ。


舐めてはいけない、過大評価しすぎてもいけない。
それが敵を知る、ということ。
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず、だ。


恐らくではあるが、彼らはしっかりとした術者に念の教授を受けたわけではない。
陰獣も関しても恐らくそう。
こうした強さを持っている理由は才能と、豊富な実戦経験を持っているからに過ぎないのだろう。

アスリートが上を目指すとき、何故最終的には科学的な考証が必要になるのか。その理由を彼らは知らない気付いていない。
どうすれば無駄なく、効率的に力を使え、疲労が少なくなるのか。
上を目指すのであれば、どの世界も感覚での限界という壁にぶち当たる。
効率を求めれば、感覚では絶対に理解できない境地がある。


彼らは精々、体の作りと筋肉とセンスが良くて、走ることが好きだったから他の人より足が速かった、速くなった。
彼らの念はその程度。


神に愛され、天与の才だけで構成されたわたしなら切り抜けることは容易い。はず。
わたしは強い、賢い、凄く可愛い。性格がよければ顔もいい。
そんな才能だけで宇宙一のわたしが、努力を惜しまず理論を突き詰めているのだ。負けるはずが無い。
そう心から信じる。
そして、そうした自信こそが、念をより力強く彩るのだ。


わたしの背後にはフェイタン。そしてそのフェイタンのすぐ後ろには先ほど通ってきた路地がある。
路地に入れば状況は一対一に持ち込める、が、そこからどうやって離脱するか。
いくら頑張ったとしても大人と子供。どうしても歩幅という差が出てしまう。
路地を倒壊させるのが最も効率的で、確実な方法だろう。
先ほど四時間かけた地理把握によって、大体のクジ屋までのルートはともかく帰宅ルートは構築できている。

とはいえ、この壁を崩壊させる手段が無い。となれば、ウヴォーかフィンクスかフランクリン辺りに壊させるのが打倒だろう。
そういう風に持っていくにはどうすればいいか。


とりあえず最初に崩すべき穴は一つ。
刃を突きつけたフェイタンが、わたしを念能力者だと分かっていながら舐めていること。
その余裕が隠を用いた『我侭な指先(タイラントシルク)』に気付かない。




まずは一つ目。
知らず、口元が自然に吊りあがった。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物)  11話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/10 18:55

十一








『我侭な指先(タイラントシルク)』を発動させる。
舐めすぎていたのか常なのか、力を全く込めていなかったフェイタンの操作は容易い。
バランスを崩させるとそのまま後頭部を掴んで顔面から地面に叩きつける。
さらに袖口からガンマン人形を滑らせて、頭に押し付けると、周囲にも人形達を展開させ、牽制。

フェイタンの服はダボダボしていて、わたしの"好み"にはぴったりである。
自分を捕らえていたのがウヴォーではなく彼だったことを神に感謝する。

とりあえず、一つ目が終了。
これによって動いた状況から次の行動を判断する。


「いやいや、わたしもさすがに忙しいですし、痛い事苦しいことは好きじゃないので、この辺りで退散させていただきます」
「おい、ガキ。逃げられると思っているのか?」

フィンクスが青筋を立てて言う。

いやいやいや、最大の原因は冤罪でもいいから拷問してみようぜ! だなんて頭のおかしい事を言ったお前のせいだろうに。
最悪わたしはここでヒソカの名前を出して、居直ることも可能だったのだが、この雰囲気は、どうにも拙い。

しかも成功しても、その場合、旅団と縁無くは過ごせまい。
クロロとヒソカのデートセッティング作成コースに廻らなくてはいけないようになってしまう。

「だって、冤罪で爪とか剥がされたりって、凄く洒落になってないじゃないですか」
「ったりめぇだろうが。洒落でいってるんじゃねぇんだからな」
「……安心するいい。お前はさっきの話抜きにワタシがいたぶてやるよ。爪剥いで鼻削い」

収束率を低くした念弾三発を射出して黙らせる。殺すのは流石に拙い。
手加減はしているし、相手は一流の能力者、この程度なら大丈夫だろう。
精神の安定のためにもあまり聞きたくない類のセリフは聞かないに限る。

後頭部から頭を揺らしておけば、数分くらいは大丈夫だろう。
彼らを挑発して本気にさせても、復讐心までは抱かせない程度。
その辺りが一番ベスト、そのくらいが一番操りやすい。

「現在進行形で土を舐めさせられてる癖に、よく言うものですね。あなたは黙って床でも舐めててください、もう詰んでるんですから」
「カハッ、おいおいフェイタン。こんなガキにいいようにやられていい感じになさけねぇじゃねぇか」
「あんまり舐めてたらノブナガ、次はあんただよ? …………この子もちょっと、私たちを舐めすぎてるけどね」

けらけらとノブナガが笑い、マチが不愉快そうに戦闘体勢を取る。
最も近い順からフィンクスとウヴォー、その後ろにマチ、ノブナガ、シャルナーク。その後ろにフランクリン。
後は参加する気が無いようだ。いやまぁされたら困るし、好ましい展開ではある。

本気なのはフィンクスとマチとシャルナーク。それ以外は遊び半分という様子。
路地を壊させるのは状況的にも状態的にもフィンクスが適当だろう。

「……こんなか弱い子供相手に大の大人が数人掛かり。クモだかクマだか知らないですけど、強者の余裕って奴を見せて欲しいですよね。小学生のトイレじゃあるまいし、高々子供一人相手に数人で行かなきゃ勝てない組織っていうのも中々お笑い種ですけれど」
「安心しやがれ。ちょっとフェイタンは腹でも痛かったのか油断しちまったみてぇだが、俺がきっちり躾けてやるよ」
「あなたが……ですか? あはは、冗談は馬鹿みたいな被り物取ってからにしてくださいよ。それはもちろん洒落で言ってるんですよね?」
「……いいぜ、そういうガキは大好きだからな。生まれてきたことを後悔――」

フィンクスが喋っている途中でわざと欠伸をする。
彼の性格は単純に過ぎる。だからこんな見え見えの挑発でも効果があるだろう。
予想通りフィンクスの顔が憤怒に歪む。彼の怒りはきっと今頃、富士山を遥かに通り越していることだろう。
本当、単純にもほどがある。

「フィンクス!」
「いいじゃねぇかやらせてやれよ。こんだけガキに馬鹿にされて芋引けねぇだろ」
「確かにね。まぁ、それに、フィンクスならこんな子供一人すぐに仕留めるさ」

ノブナガやシャルナーク達も彼の行動を肯定する。

おいしい具合になってきた、と内心で笑う。
旅団は、スタンドプレーを否定しない。
それは彼らが自分の力に自信がある証拠であり、そして同時にそれが集団としてみた幻影旅団の弱点でもある。

わたしのような個人が唯一、組織としての幻影旅団を出し抜くことが出来る理由。
特殊な対旅団専用の念を持つとはいえ、念を覚えて一年足らずのクラピカ一人に、半数の構成員が殺される可能性があった理由。
7人も旅団員がいながら、ウヴォーギンが目の前で攫われてしまった理由。

幻影旅団は、ダイヤモンドに似ている。
非常に硬いが、脆いのだ。





「まぁ、わたしも忙しいので、やるならやるで早くして欲しいんですけど、ああいえ。…………怖いんでしたら無理に追ってこなくても結構ですよ」
「…………わかった。望みどおりブッ殺してやるよ」

これでフィンクスの堪忍袋は決壊。脇目もふらずに猛突進。

『我侭な指先(タイラントシルク)』はフェイタンに三本人形に四本。
左手から新しく一本の『我侭な指先(タイラントシルク)』を生成する。

振りかぶられる豪腕は、本来であれば防ぐこともいなす事も出来ないだろう。
いなすには、力と手が足りない。
念糸を使っている間は、その指を使ったあらゆる動作を行うことが出来ないのだ。
軽々と腹を貫き、頭蓋を粉砕するような速度で振るわれるそれは、そうそう容易く避けられるものでもない。
手でそれを受けようと思えば、わたしは硬を使う必要があるだろう。

しかしわたしのオーラは普段どおり。
『我侭な指先(タイラントシルク)』のために両手に多少多めのオーラを纏っているだけ。
そしてそれだけで十分だ。

「左手は添えるだけ」
「っ!」

今から行うのは屈指の名作、スラムダンクの名シーンの再現だ。
糸を出した左手を彼の右手に添える。それだけでフィンクスの即死攻撃のベクトルを操作した。

打撃を行うには、全身の筋肉のからなる様々な方向への力を変換、統一させ、最終的に一つの方向へ向かわせる必要がある。
地面を踏む、膝を曲げる腰を捻る肩を廻す肘を伸ばす、などなど。
書きだそうと思えばいくらでも書きだすことは出来るだろう。
力を最終的には一方向に収束させるということは、本来、信じられないくらいの精密作業。
人の身体は殴るために出来ていない。
そもそもが、一方向に正確に、拳を振るうということ自体が、奇跡のような力の統一制御で成り立っているものなのだ。
そう、少しの妨害で全てが狂ってしまうくらいには。

地面を踏み込む力を少しだけ大きく。
膝をもう少し捻らせる。
腰の捻りも大きく。
肩をもう少し入れて、肘はもっと抉り込むように。

わたしが操作したのはその程度。
それだけで彼の拳はわたしの眼前を過ぎて、わたしを粉々にするはずだった拳はその威力のまま、真横の壁を盛大に崩壊させることとなる。




二つ目も、成功。
しかし、スレスレだった。本来はもう少し、手前の壁を崩させる予定だったのだ。
予想以上に彼の拳は速かった、ただそれだけ。
しかしそれだけのことでわたしの命がブレるのだと、その事実に鼓動が早まる。
緊張に喉が渇いていた。唇はかさついている。

展開した人形達を岩が落ちてくる前に引き戻し、回収すると、背を向け全力で離脱する。
息が苦しくて手足が震える。
冷凍庫に閉じ込められたかのような震えが湧いて来て、それを精神で押さえ込んだ。

「……大丈夫、大丈夫だ」

緋の眼はわたしの感情を律する。
この状況は腕試し。テストのようなものなのだ。気楽に笑顔でいつものように受ければいい。

それに、それにだ。どう考えてもあの瓦礫を越えるには十秒はかかる。
それだけあれば、離脱は容易い。

――そう自分に言い聞かせたところで。
背後で膨大なオーラの動きを感じ、そして盛大な破砕音を耳にした。
ウヴォーギンの、ビッグバンインパクト。
確かにアレなら瓦礫を山を吹き飛ばす程度のことは、容易に出来ることだろう。


頭を切り替える。驚くのは後だ。
瓦礫の障害を抜けられたとはいえ幅2mの路地は狭い。
少なくともスタートダッシュで20mの差はついた。
距離がある。そして相手は近接格闘専門のウヴォーギン。
どれだけどれだけ頑張ろうと避けることの出来ない弾幕を張ればいい。


判断は一瞬。
ガンマン人形を三体同時射出すると路地を埋め尽くすように念弾を放つ。
体からごっそりとオーラが抜け落ちる。
足から力が抜けてこけそうになるのを必死で堪えた。着弾は確認せずに前を向く。

当たるのは確実、効果のほどは分からないが、ノーダメージもありえない。
ならばそれ以上考えることに意味は無い。今はそれよりも、どこをどう行けば最短でここから抜けることが出来るのか。
それだけを思考し、頭と体を動かす。





一つ目のT字路を右、そのすぐ後左折。
そこから暫くまっすぐ行けばもう一度T字路に出て、そこを左に曲がれば少し開けた場所に出る。
そこを右斜め前方に行き、ああ、流石はわたし。記憶力がいいというのは素晴らしきかな。

T字路を右に行き、すぐに左折。
そこからまっすぐ突き進む。
追ってきている気配は無い。先ほどの弾幕による封鎖は成功らしい。
ほっと、安堵をしながらも、走る足は緩めない。足は向こうのほうが速いのだ。

とりあえず、どうするべきか。
旅団がこの町にいる以上、ここに留まるのは得策ではない。
鈴音にはあとで承諾を貰えばいいだろう。

最低限の荷物だけをもって、即刻この街から離脱する。
通帳とパスポート。服はトランクに入れれる程度で纏めよう。
この際他の服は仕方ないだろう。
この前の買い物で買ってきたばかりの、未だに一度も袖を通していない服もあり、それは少し心残り。
でもまぁ仕方ない。命には代えられない。


角を曲がる。
この先は少し大きな広間。
そこを右斜めに―――。





「……あれ?」

マッピングは正確。
角度的にもありえない。
道はおかしな曲がりかたをしていなかった。
なのにどうしてここに出たのか。

「その歳にしてはよくやる。…………だが、ここまでだ」

座ったままのオールバックの男がパタンと本を閉じた。
そうして続ける。どうやら彼は根っからのコレクターであるらしい。
基本的にそういう人間は、自分のコレクションを、聞いても無いのに披露する。

「『閉鎖回廊(ブレインサーキット)』と言ってな。俺が"通路"だと認識している空間を、捻じ曲げて閉じることができる」

コレクションに良品が揃っている、それは素晴らしいことであるし、素直に賞賛できることだ。
しかし聞かされる方の身になって考えることができないのは、彼らの悪い癖だろう。

「勿論、一定以上の広さを持つ道か、俺の知らない抜け道があるのなら話は別だが、少なくとも俺の頭にこの周囲一帯の地図は完全に入っている。そして、この周囲に通路以上の大きさの"道"を、俺は認識していない。つまりここは、俺がいる限り完全な"閉鎖回廊"というわけだ」

一冊の本に閉じ込められた、無数の盗品達。
使用できる念能力の数は恐らく数十を越えるのだろう。
そうした中で実際に原作にて使われるだろう能力はごく一部。
こうした知らない能力の一つや二つがあって当たり前。

何せ知っている能力のほうが少ないのだから。
原作で、彼の本の能力は、たったの四つしか使われていないのだから。



とはいえ、だ。
そんな漫画に出てきていないご都合主義な能力をここで披露されても困るのだ。
しかも、今のこの、状況で、相手がそんな能力を持っている。
少し前にも味わった、そんな状況。
将棋で言うなら詰み、王手。
チェスで言うならばこれはそう―――



「―――チェックメイト、だな」




[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 12話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/17 23:11
十二






「……いいえ、まだです」

軽口すら叩けなくなったら、そこで本当の終わりになる。
通路からは逃げれない。しかし、ただ単にそれだけのこと。
思考を止めた人間は、粗大ゴミとなんら変わらないのだ。いやまぁわたしは思考して無くても芸術品クラスの美少女なんだけれども。


「貴方はその念について、聞いてもいないわたしに語ってくれましたけど、わたしがそっくりそのまま信じるとでも? この状況において完全無欠の能力だと」
「まぁ、信じてもらえないのなら仕方ないさ。ただ、俺の言ったことは事実であるが」

薄っすらと笑みを浮かべて、クロロは言う。
――事実、事実か。
上手い嘘をつく時のポイントはわたしが考えるに三つ。
真実と混ぜる、堂々と言う、そして嘘を吐かない。

悪魔の契約書、だ。嘘をつけない悪魔の言ったことは全て、真実で、しかしその真実の裏に、重大な事実を隠す。
そうして召喚した人間はまんまとハメられ、魂を奪い取られる。
嘘を吐かずに嘘をつく。これが、最大のポイントである。


例えばこの状況。この状況ならどうか。
閉じるのは通路。ならば、上はどうか。壁と壁の間を跳躍して、建物の上に出る。そこは確実に"通路"ではない。
空を見上げて、そうして告げる。

「"閉鎖回廊"、確かにそれは抜け道の無い迷路なんでしょう。しかし鳥のような羽さえ持っていれば、抜け出ること容易いものだと判断します。如何でしょう?」

クロロの眼が見開いて、すぐに閉じられる。そして更に口角を吊り上げ、口元の笑みを濃くする。

「ククッ、出来ないといえば嘘になるな。…………頭の回転は速い」

本当におかしそうに笑う。少年のような笑顔だった。

「しかし、だとしてどうする? 状況はよくなったどころか、さっきよりも悪化している。フィンクスを上手く利用したまでは良かったが、二度目はまた別の方法でもあるのか?」
「聊か厳しいですね。問題を解いたということで、正解者に褒章なんかはどうでしょう? …………例えば、逃がしてくれるなり」
「残念だが、それは出来ない。……余計に出来なくなってしまった。どちらにしろここに残ってもらうことになる」

その言葉に様子を伺っていたフィンクスたちが、体勢を変える。
よく見るとフィンクス、フェイタン、ウヴォーの体はどこも擦過傷と瓦礫の埃まみれになっている。
そしてウヴォーの体には青痣。わたしの念弾は彼にとってはその程度だったらしい。

あの筋肉とオーラの壁を貫くには、騎士人形に突撃させるほか無いだろう。
三人の顔に、先ほどまでにあった油断はない。先ほどまでケラケラ笑っていたノブナガですら、真剣な顔をしている。


「大人しく捕まってくれるのなら、そう酷いことはしない。抵抗しないでくれると嬉しいが」
「そう酷いこと、ということは、軽く酷いことはする訳ですよね?」
「さすがに、そいつらの気も治まらないだろうからな」

クイッとフィンクスとフェイタンの方に首を向ける。
抵抗するなといいつつも、実際はわたしが抵抗することを望んでいるのだろう。
彼が得たいものは何か?
能力か、それともわたしという念能力者なのか。

「多対一、だなんて外道なことは、まさか良識の有りそうなあなたが言うわけないとは信じていますよ」
「……本当に面白い娘だ。もちろん、一対一の勝ち抜き戦、ということでどうかな?」
「結局のところ、十二対一、というわけですか」
「……いや、戦うのは戦闘向けの7人だけだ。まぁこちらに有利なのは否定出来ないが、対戦相手ぐらいは選んでいい」
「………………ありがたく選ばせて頂きます」

ちっとも嬉しくない、と思いながらも、ありがたいのは確か。
戦う相手はフェイタン以外、ウヴォーほどの防御力を持たず、しかし近接格闘を得意とするタイプ。
ノブナガか、フィンクス。
とはいえ、ノブナガは一対一の戦いを最も得意とする能力者だという話。
もしかすると、わたしのそれに対して、相性の悪い能力を持っている可能性も高い。
例えば、わたしの念糸を斬る、などといったこと。

それに、流れからも不自然だ。
ここは大人しくフィンクスを使うべきところだろう。

「いやぁ、やっぱりそこのコスプレさんにしておきます。さっきもそういう話でしたし、一番弱そうですし」
「…………フィンクス、分かっているとは思うが」
「……とりあえず、息が出来てりゃいいんだろ? ……マチがいるんだ。両手足をちぎっても問題ねぇだろ」
「フィンクス、あたしの念糸縫合だってただじゃないんだ。五体満足で頼むよ」
「わたしもそのつもりなんですが、もしかするとあまりにもコスプレさんが弱すぎて、間違って手足を落としてしまう、なんてことをやってしまったらご迷惑を」
「…………ありえねぇから安心しやがれ。ここまで俺をキレさせた奴も珍しいぜ」

旅団の中でも1、2を争うくらい気の短そうな奴がよく言うことだ。
自然に歩き、開始位置をずらす。フェイタンを彼の後方に置く。
正々堂々なんていうのはありえない。この状況でそんなことをいえる奴も信じられない。
どう考えても1対7、しかも格上相手に勝ち抜き戦なんてものは冗談じゃない。

しかしわたしは構えた。
これは正々堂々と戦いますよというポーズ。
頭に血の上った彼はこれを見て、まず間違いなく真っ直ぐ来る。

仕込みはわたし好みの"彼"の服のおかげで設置済み。
相手がゆったりしてた服を着てたら、なにかあると疑うのが常識だというのは"彼"の言葉だ。
フィンクスは彼の服を疑っていなかった。そしてそれが敗因になる。

ここから先は綱渡り。成功するかどうかで生死を分け、いやまず間違いなく生かされるんだろうけど、まぁとりあえず、痛い目を見るのは間違いない。
団長がコインを投げる。
地に付いたときが開始の合図だ。




―――コインが落ちて、開始の音が響き、驚愕したのはほぼ全員。

「いっくぜぇぇぇがっ!?」

フィンクスは開始直後に自身の後方、フェイタンの袖から射出された騎士人形に後頭部を直撃され、昏倒した。

『我侭な指先(タイラントシルク)』が付いておらずオーラを纏っていないとはいえ、後頭部に高速で射出される特殊合金の塊の威力は絶大だ。
そしてそれが、全く後方からの攻撃を意識していない状況下で、後頭部に直撃すればどうなるか。それは想像に難くない。
わたしを嬲るために前面に集中させたオーラが仇になった。

『秘密の花園(ガールシークレット)』は、あらゆる死角に生成できる。今回はひらひらとしたフェイタンの服の中。
保険はきちんと効いたらしい。

驚愕による意識の空白。慣性でこちらに飛んでくる騎士人形を即座に回収すると、次の一手のために『秘密の花園(ガールシークレット)』を含めた念を解く。
稼働時間は現在のオーラの残量から三十秒程度。
しかし、十分だ。

20m53cmの円を展開する。
一向に伸びる気配の無い円の最大距離は謎のリミッターがあるのか、しかしそれ以上伸びる気配が無い。
とはいえ、その状態でここにきてしまった以上、これは仕方がないことだ。


――条件設定。ここからの離脱の成否を勝敗条件として指定する。離脱成功以前にこの能力が解かれた時点で敗北と見なされ、以降三十日の間、念能力の使用が不可能となる。また、成功した場合であっても使用時間の十倍の時間、念能力を使用することが出来ない。

『天下無敵の英雄人形(ヒロイックドール)』は箱庭のヒーロー。
どんなときにも駆けつけて、わたしの小さな箱庭で戦う英雄の人形だ。
世界一の美少女を守る、世界一の英雄が、ただの念人形では洒落にならない。

オーラは変化し筋肉となり、そしてその筋肉は強化され、具現化された屈強な鎧衣を纏う。
わたしの円の中、という限定的な箱庭の中であれば、あらゆるところに転移し駆けつけ、そしてそれを操作するのは世界一の天才人形師にしてある、わたし。

まさに完全無欠のヒーロー、それをイメージとして作った能力。

厳しい"せいやく"はそのために。


『天下無敵の英雄人形(ヒロイックドール)』は瞬時に戦闘に参加予定だった、座ったままのクロロを除く、五人の傍に瞬時に転移すると、それぞれを殴り飛ばす。
移動と攻撃自体は瞬き程度。眼を閉じ開いたときには次の相手を殴り飛ばしている。

とはいえ所詮、速さだけの不意打ちめいた一撃であり、ダメージとしては不十分。
少なくとも、今後の行動に支障をきたすことはないだろう。
しかしそれでも、体勢を崩させるには十分すぎる一撃だといえる。

ダメージを与える必要も何も無い。ただ、一瞬動きを止めればいい。
わたしが跳ぶのを防ぐには、すこし致命的なくらいの一瞬。
それだけで十分。


打撃成功を確認後、すぐさま壁に向かってに跳躍する。
高さはおよそ25m。もちろんわたしはそれほど高く跳ぶことが出来るわけではない。
わたしは確かに天使のように可愛くて心が綺麗だが、羽が生えているわけではないのだ。

そしてその高さを跳ぶことが出来ないのは、恐らく彼らも同じだろう。
精々20m程度は可能であっても、25mを一足では不可能なはずだ。
この高さはウヴォーなり、フランクリンなりに投げてもらわなければ到達できない微妙なライン。
壁を足場に、再度跳躍。しかしそれでも、25mには程遠いだろう。

しかし、跳ねる回数が何度もあったなら。そう、いうなれば階段のように。

途中失速したところで、足元に転移させた『天下無敵の英雄人形(ヒロイックドール)』を踏み台に、もう一度跳びあがる。
折角のヒーロー様を踏み台に使うというのもどうなのか、とは思ったのだが、状況が状況だけに仕方がない。


『天下無敵の英雄人形(ヒロイックドール)』を都合四回の踏み台にすることによってわたしはビルの屋上にまで到達していた。
暗い暗い夜の中を、月の光だけが屋上を照らす。

――状況終了。離脱成功と判断。使用時間は、五コンマ三秒。よってこれより五十三秒間念能力の使用を停止する。
『天下無敵の英雄人形(ヒロイックドール)』を解除するとすぐさまその場を離脱する。





まだ油断は出来ない。
なんらかの方法で追ってくることは確か。少しでも距離を稼がなければならない。
すぐさまわたしは駆け出すと、ビルとビルとを飛び越えて、月明かりの下を行く。
きっと傍から見ればさぞかし絵画チックな光景なのだろう。
今この時を写真で取ることさえ出来たなら、優勝間違いなしだろうに、などということを考えながら息を切らせて走る。


とりあえず帰宅したらすぐに通帳とパスポートを持って、必要最低限な者をトランクに詰め込んで離脱。
流石にいくら世界遺産的美少女とはいえ、顔だけでわたしの住処を特定するには時間がかかる。
ましてや入っているホテルはカストロ名義。荷物を積み込みながら五分くらいの休息は取れるだろう、というか取らなければ死んでしまう。


そうこうしているうちに53秒が過ぎたのか、念の使用禁止状態が解除される。
わたしはすぐに凝を行い体を見た。
キラキラと光る糸が体にくっついているのには、分かっていても寒気がする。
原作で、マチがこのように念糸を使用していたことを知らなければ、このまま間抜けに糸をつけたままホテルに帰宅していたことだろう。
追ってくる気配が無いのはやはりこれだったのか。理由がこれだとするならば安心ではあるが。

あの時にいつどうやって付けたのか、思い当たるフシも無い。これはまぁ、流石は旅団員ということだろう。
すぐに針を外すと『我侭な指先(タイラントシルク)』をつけてまったく別方向に操作し、移動させる。

多少の疲労増加はあるものの、これで少しは時間稼ぎにもなるだろう。
とりあえずあと2キロも走ればとりあえず部屋につく。一息つくのはその時。
そう自分を奮い立たせると、足になけなしのオーラを込めて、屋上の床を踏み込んだ。

と、それはそういう気がしただけであったらしい。わたしは床を踏み込んだつもりで、そのままそこに崩れ落ちたのだ。
体に力が入らなかった。この体験は二度目。オーラの使いすぎで倒れるなんていうことはミスにしては初歩的過ぎる。
急ぎすぎたのが問題だったのか。足どころか、指先一つも動かない。
これならば、少しペースを落としてでも、絶で移動すればよかったなどと、後悔先に立たずな事を考えて、わたしはそのまま眠りに落ちる。



月だけが辺りを照らす中。
崩れ落ちる寸前、最後に、人影を二人見た気がした。











―――その日のわたしの記憶はそこまで。


わたしが次に起きたのは、鈴音の屋敷のベッドの上。
旅団から逃げた日から、二日後の朝だった。




[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 13話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/14 18:15

十三







今回はどうやら服は着ているようだった。
水玉模様の中々かわいらしいパジャマ。この娘も中々センスがいい。
しかし、これはどういう状況なのか。

「…………ん、起きた?」
「……起きましたけど、わたしはどうしてここに?」

真横で寝ぼけ眼の鈴音がいるのはいつものことだとして、わたしが倒れたのは屋上なのだ。
あの場所からそう離れていない、今頃、水でも掛けられて起こされていてもおかしくはない。
だというのに――――いや、最後に見かけた人影が、彼女だったのか。

「それは、もちろんわたしが運んだからだけど。お仕事が終わって……あ、今回はボディーガードだよ。可愛いわたしと同じくらいの女の子。まぁ、それで、電話したら通じないし、どうしたのかなって探し回って、ようやく見つけたら見つけたでいきなりカグラちゃんが倒れちゃうし」
「…………もしかして、誰かと一緒にいたりいました?」

昨日意識を失う寸前に見たのは、確か二人だったような気がするのだが。
不思議そうにこちらを見て、鈴音は僅かに身を寄せる。

「……いいや? 一人だよ。なんでそんなこと聞くの?」

嘘をついているようすもなく、鈴音は平然としていて、わたしは首をかしげる。
鈴音が単に、二人にダブっただけなのか。所詮意識を失う前の記憶、その確度は知れている。

「……いえ、わたしの気のせいみたいです。というかそれより、盗撮カメラの念はどうしたんですか? アレがあればすぐに見つけられたでしょうに」
「盗撮カメラ…………ああ、スニークラヴァーズ? 盗撮カメラって……酷い」
「だってやってることはまんま盗撮カメラじゃないですか、なんですっけ? その、ピーピングラヴァーズ?」
「……名前が違うよ! いやけど、まぁ、内容自体は否定できないんだけど。…………買い物の日だっけな、カグラちゃんが帰った後すぐに壊れちゃってね」

壊れるものだったのか。

「……そうなんですか? だったらなんで新しいのを」
「んー、けど、まぁいいかなと思って。誓約書があれば大体の位置は分かるしね。……あ、もしかして。わたしにずっと見てて」
「欲しくないです結構です。まぁいいですけど、とりあえず、布団から出て、ちょっとお引越ししませんか?」

とりあえず、ひとまずは安心だとはしても、とりあえず早めにこの地域からは抜け出しておきたい。
そう長居すべき場所ではもうないだろう。

「…………? あ、そうか。そういえば誰かに追われてたんだねカグラちゃん。けど、わたしの家なら大丈夫なんじゃない?」
「相手は幻影旅団、というところでして」
「……どうしてそんなところに?」
「いやぁ、ちょっと宝くじを買いに行ったら、途中で地理を把握したくなって四時間程度うろついてたんですが」
「ごめん…………それ、迷子って言わない?」

鈴音は眼を細めると、静かに告げる。非常に失礼な娘だ。

「地理把握です。で、色々なところをまわってたら路地裏でバッタリ、という訳でして」
「ふーん、災難どころの騒ぎじゃない、というか良く逃げられたね。まぁカグラちゃんならありえそうだけど」
「まぁ、天才美少女ですし。というわけでお引越ししませんか?」
「……んー、まぁいいか。他にも屋敷はいくつかあるしね。……でも明日にしよう。今日はまだ動けないでしょ?」

右手を動かす。
動くことは動くが、力が入らず、酷い倦怠感を伴った。一言で言えば非常にだるい。

「ん……そうですね。今日は大人しく休んでおきます」
「うん、そうしなよ。それに、財布落としてきた、とかならともかく、流石の幻影旅団でも顔だけで住所を特定するのは無茶があると思うよ。ましてや、わたしがカグラちゃんを連れてきたのは夜中だし。それに万が一きたとしても、この屋敷の中ならある程度何とかなるから」

鈴音が笑う。いやまぁ確かにその通り。
窓のほとんど無いこの家は、電気さえ落とせば瞬時に鈴音専用の舞台となる。
最低でも、逃げ出すことくらいはできるだろう。

それにわたしは何一つ彼らに情報を与えていないのだ。その上特定の家を持っているわけでもない。
そんな相手を、三日で特定するなんていうことは、ナイアガラの滝から小石一つを掴むに等しい。
ここからあのカストロのホテルまでは、数十kmはあるのだし。

「んふふ、今日はカグラちゃんを独り占めだね」

ぎゅぅ、っと背中に手をまわして締め付ける。抵抗できないと見るとすぐにこうして調子に乗るのが良くない所だ。
きっと相手がわたしのような慈愛の精神溢れる大地の母のような人間でなければ叱りつけているところだろう。

「……いつもわたしのけいあいするすずねさまは、わたしを独り占めにしてらっしゃると思うんですが、いかがでしょうか?」
「いやぁ、やっぱりこう、わたしがいなきゃ動けなくて何も出来ないっていう状況は、いつもと違って何かクるものがあるなぁ、と」
「クる、って何がです?」
「こう、なんというか頼られてる感?」

ため息をつく。どう考えても真性の変態で、治療は不可能に近い。
とりあえず、まぁ、奉仕精神だけは旺盛なようであるし、この状況ではそれがありがたいのも事実。
まぁとりあえずは仕方ない。もう一度ため息をついて言う。

「……それじゃぁ頼れる鈴音さん。とりあえず、ご飯を作ってくれますでしょうか?胃にわたしくらい優しそうな感じの」
「あいあいさー!」

布団から抜け出ると、びしっ、と兵隊がするように額に手をやって、すぐさまキッチンに向かう。
本当に元気な奴だ、と思いながら欠伸をする。
この家で二度寝するのは久しぶりだった。
ご飯が出来たら起こしてください、と聞こえない程度に呟いて、そのままわたしは眠りの世界に旅立った。



















「いやはや、極楽だね」

わたしの背中で彼女が言う。
屋敷の風呂は銭湯のように広いというのに、背中にべったり張り付くとはいったいどういうことなのか。

「まぁ、否定はしませんけど。もう一つ注文を付けるなら貴方が背中にべったり張り付いていなければ、極楽度がさらに上がると思うんですけどね」
「いやいや、これは最近流行のくっしょんというやつなんですよ。浴槽の縁は硬いしね」
「…………はぁ」

そういうことならば思う存分使わせてもらおうと、腰の位置をずらして、彼女の肩の上に頭を乗せる。
今の状態では座っていることすらだるい。

「……とりあえず、今日のうちに飛行機の予約だけしておいてください。明日の朝、いや夜一に出ましょう」
「おっけー。次どこにする?」
「どこって言われても、わたしは貴方の屋敷がどこにあるか知らないですし」
「あ、そか。それじゃあわたしが選んでもいいかな? 近々ヨルビアンの方で仕事をしようと思ってたから。あ、今朝言ってたところなんだけどね」
「ああ、可愛い女の子がどうだとか言ってましたね。…………それしか頭に無いんですか?」
「違う……って言い切れないかもしれないね。…………まぁそれとは別に、そろそろちょっとまともな方面にお仕事を切り替えようかな、と思ったんだ」
「根っからの犯罪者の貴方がですか?」

それは中々、思い切ったものだ。
とはいえ、暗殺者の業界というのも、危険を考えればそう長いことやりたいと思える仕事でもないのだろうが。
ゾルディック家のような一部を除けば、それでしか生きていけないような切羽詰っている人間くらいしかやらないだろう。

「……また思い切ったもんですね。どういう心境の変化なんです?」
「いやまぁ、ずっとやってた惰性から続けてたようなもんだしね。お金がいい、って言うのもあったけど。ボディーガードの方が安定してるっちゃしてるし、そういう経験が活かされるでしょ? 防犯は泥棒に聞け、みたいな」
「それはどうかとも思いますが…………まぁ、そういう風にしようって思うのは、いいことだと思いますけど。家業だったんですか?」
「うん。あんまり大した家じゃなかったけどね。すぐみんな死んじゃったし」
「……まぁ、そういうこともあるでしょうね。こんなの家業にしようなんていうのは、よっぽど技術継承にでも自信がないと無理ですよ」

いやまぁきっと、ゾルディック家が異常なのだ。普通はそうそうこんな仕事を続けていけるはずがない。
それを続けるには恒常的な強さが必要なのだ。

「だと思うよ。まぁ先々代は強かったらしいんだけどね。下がちょっと駄目だったみたい。で、生き残ったのはわたしだけ、おかげでわたしはあらゆる責任から逃れて思うがままと」
「そしてこうして拉致監禁な犯罪をしたりするんですね」
「その通りっ」

そういってわたしの髪に顔をうずめた。
幸せそうにくすくす笑って、しかしそのまま声が止む。
僅かな静寂、次いでの言葉は少し、もったいぶった調子がある。

「まぁ、けど、わたしはわたしで事情がちょっと特殊なんだけどね」
「特殊?」
「そう、特殊。わたしは先々代の生まれ変わりってくらいの神童だって呼ばれてたんだ」
「変態すぎて?」
「違うよ! ……一つは生まれつきのみこみが早かったこと。もう一つは…………わたしの念、おかしいとは思わない?」
「まぁ、ありえないくらいに嫌らしい、貴方らしい変態チックな能力だとは思いますけど。とはいっても、特質系ならみんなそんなもんじゃないですか?」
「一応血筋的には、強化が多いんだ、わたしの家は。だけどわたしだけ少し毛色が違ったの」
「……へぇ、珍しいこともあるもんですね」

一般的には特質系は、血筋か特殊な環境によって生まれる系統。
わたしのそれは血筋であるし、クロロのそれは、多分環境によるものだろう。欲しい、というコレクター願望の具現の能力。
とはいえ、基本的に操作、具現化から変化する系統である特質が、正反対の系統から、というのは中々変な話。

わたしの考えでは、あれは要するに、特質の因子を持つ、特質系の操作寄り、特質系の具現化寄り、という便宜的に操作系、具現化系になってしまった能力者たちが先天的、あるいは後天的に特質系能力を発現させているに過ぎないのだと思っていたのだ。
わたしはそうだと思うし、クラピカやクロロ、パクノダだって特質系の具現化寄り、というだけではないのだろうか
それ以外の能力者が特質になるというのであれば、ヘキサグラムが歪んでしまう。
ありえないとは言えないが、無いに近いことではないか。

「それで生まれてから、三、四年かな、それくらいから念を使うようになって、酷くもめたらしいんだけどね。間男がいたのか、なんて」
「いやまぁ、そう思うのは当然でしょうね。血液型に近いものがありますし」
「両親は強化と変化。特殊な環境での後天的な変化、ていうこともない。念を覚えさせられるまで、わたしの扱いは普通だったし」
「…………そういう能力になった理由に、心当たりでもあるんですか?」
「……カグラちゃんはさ、前世とかってあると思う?」

強張ったのは一瞬。気付かれてはいないだろう。

「…………いや、まぁ念能力みたいなのがあるんですし、そういうこともありえるんじゃないですか? わたしが念を使えなければ、一切信じもしなかったでしょうけど」
「たとえば、わたしがそうだとしたら、どう思う?」
「まぁ、天才に黒星つけるような能力者ですから、ありえない話ではないんじゃないとは思いますけど…………記憶が、あるんですか?」

目の前にある横顔が、クスリと奇麗な笑みを浮かべる。

「わたしの体は別に太陽の光を浴びても大丈夫。なのにどうして太陽の光を浴びると、オーラが出せないくらいに体が強張るのか。…………それは単純、わたしは前世で一切太陽の光を浴びれない体だったから」

どこかあざ笑う雰囲気で、遠い眼をして続ける。

「両の足で動くことも億劫で、外に出るのは日が落ちてから。まぁ見た目だけはそんなに悪くなかったし、そこそこのお家だったから、種付けしに来る男はいたけどね」
「……あんまり、覚えていても嬉しくない前世ですね」

聞いていて気分の良くなる話ではない。
わたしが育ち、通ってきた栄光街道とは、全く正反対の道なのだろう。

「……うん、まぁやな記憶だからね。けど、それが無かったら、今頃こっちの両親と一緒に死んでるんだもん。カグラちゃんと会えたし、自由に動けるし、まぁ結果オーライなんだけどね」
「貴方は元気すぎて、わたしは疲労がたまって全然結果オーライじゃないんですけどね」
「……酷い、こういう場面は感動のセリフな場面だったりするんだけどな」

口を尖らせる。
不機嫌なアヒルのような様子に満足すると、わたしは少し頭を廻らせて、感動のセリフを口にする。

「まぁ、前世なんて、あったとしてもただの過去ですからね。前が不愉快だったなら、今から楽しくしていければいいんじゃないかな、とわたしは思うわけなんです」

ああ、流石はわたし。要望に応えて凄くいいこと言った気がする。
こうして自分を攫ったとはいえ、ブルーになっている少女を慰めてあげるとは。
そう思って、さぞ喜んでいるであろうはずの鈴音を見ると、何故だか、変な笑みを浮かべていた。

「……さすがはカグラちゃん、感動のセリフだ」
「……どうかしました? 変な顔をして……ああ、決して不細工だとか言ってるわけではなく」
「あはは、分かってるよ。ちょっとのぼせて鼻血が出そ」

即座に全身の力を振り絞って跳ねるように逃げる。
ばしゃんと水面を大きく打ったことによって、お湯が周囲に飛び散った。

「……本当、酷いよね?」
「だって、わたしの綺麗な天使の髪が、血で濡れちゃったら大変じゃないですか」
「…………まぁ、天使の髪の毛は大切にしないとね……と。そろそろ出ようか。本当に鼻血が出てきそうだ」
「……そうですね。わたしの手もふやふやになってますし」






それにしても、前世、前世か。
わたしと同じような、現実世界から来た人間なのか、それともこの世界での生まれ変わりなのか。
前者であるなら、少し、様子がおかしい。
バスタオルで体に拭きながら聞く。

「そういえば、前世って、それじゃぁ前はどこに住んでいたんです?」
「んー、厳密にどこって言うか、違う世界みたいな感じかな? 一応形は似てたりするんだけど、地図はばらばらで……すんでたところの形的にはここでのジャポンに似てるんだけど…………けど、ハンターなんて聞いたことも無かったから、って自分でなに言ってるかわかんなくなってきちゃった。そんな中途半端に似てる世界」
「……へぇ。変な世界ですね。けどちょっと気になります。わたしは、本とか漫画とか大好きなんで、そっちにはどういう本があったのかな、って」
「本と漫画、かぁ。小説はよく読んだけど、漫画は買ってくれなかったから、よくわかんないね」

なるほど、そういうことか。
仮にわたしと同じ日本で育ったのだとしても、彼女はハンターハンターの存在を知らずにここにきた。
いやしかし、そんなことはありえるのか?
原作を知らずにその世界に入り込む、なんてそんなことは。

「どうしたの?」
「ああいえ、面白い話もあるもんだなぁって思っただけですよ。ハンターがいない世界って、その世界から来た貴方からしたら、まるで"本"の世界に入り込んだみたいじゃないですか?」

鈴音はきょとん、としてすぐさま笑みを浮かべる。

「確かにそうだね。念は向こうにもあったのかもしれないけど、向こうから来たわたしからすれば、ドラゴンなんていうものが動物として実在するだなんていう話がもうファンタジーだもん」
「…………ふぅん、なんでこんな別の世界に来たんでしょうね」
「さぁ、そこまではさすがに。けど……意識的なことを言うなら、わたしがあの世界を嫌いだったから、とか?」

何気なく聞いて返ってきた答えに、足元が揺れるような、そんな感じがした。
少しだけ、胸が締め付けられる。
関係がない。わたしは何もかもが上手く行っていたのだ。彼女とは違うだろう。

「世界が嫌い、そう、世界が嫌いだったんだね。わたしは、あの世界を半ば呪っていたもの。わたしは動けない、外にも出れない。学校に行くことも出来なければ、友達も作れない。まぁ、外れクジを引く人間はどこにでもいるし、仕方が無かったといえばそうなんだけど」

外れクジを引き続ける人間が世界を呪うなんてことは理解できる。
酷く可愛そうな運の悪い人も中にはいる。そういう人間がそう思うのも無理ないだろう。
そう、この話は、彼女の場合。わたしはきっと、漫画の読みすぎで、それでこういう世界に来ただけなのだ。
当たりクジしか引いてないわたしが、世界を嫌う理由なんてあるわけがない。

「わたしは、こんなファンタジーな世界に逃げ込みたかったのかもしれない。あっちと比べてこの世界は色に満ち溢れてる気がするもの。……前の世界は、みんな灰色で、違う色は混ざれなかったから」
「……それじゃあ、あなたはようやく当たりクジを引けたのかもしれないですね」
「……かもね。でも、結果として、他の人が外れクジを引いただけの話だよ。けどまぁいつもは外れて、たまに当たる。それぐらいが案外、丁度いいのかもしれないね」

そこで一度言葉を切って続ける。

「当たりクジばかり引いてたら、逆に怖いと思うもの」

それは、なんで?
聞いちゃいけないような気がした。
唇が動かず、舌も回らない。
そんなわたしに、鈴音が視線を向けて、不思議そうな顔をした。

「ん?」
「……いや、なんでもないです。とりあえずお腹すきましたし、ご飯にしません?」
「ああ、そうだね、長風呂しちゃったし、ご飯にしよう。といっても手料理じゃなくてピザだけど」
「早く注文しないと、待ってる間に飢え死にしてしまいます」
「あはは、ほんとカグラちゃんは食いしん坊だね」
「……違います。わたしくらいに優れた人間は食事を出来るときには、限界まで食事を取るようにしているだけです、合理的に」
「それを食いしん坊って言うんだと思うんだけどなぁ……」
「…………信じられないくらい失礼ですよね」






世界を移動する理由なんて、別にどうでもいい話。
ここにわたしがいて、思考して、生きている。
誰も母の胎内から生まれ出でることを疑問だなんて思わないだろう。
知ったところで意味の無いこと。


そう考えて、食欲のそそるピザのカタログに眼を通すべく、キッチンに足を向けた。
そんな話は、ピザにも劣る、些細なこと。


考える必要も、無い。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 14話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/14 18:41
十四




引越ししてから二週間。
その日も夜に起きると、顔を洗って歯を磨いて、"朝食"のエッグトーストを食べるともう一度布団に入る。
鈴音はすでに向こうの屋敷に行ったらしい。
そういう旨の書置きが有り、今日一日分の食事は既に冷蔵庫に用意しているなどと、よほどレベルの高い主婦でもしないようなことを書いていた。

そしてそれから二度目の起床。
とりあえず寝巻きから、トレーニング用の服に着替えるといつもの日課を始める。
旅団との戦いでも感じたが、わたしのオーラ不足は深刻だ。流石に天才的オーラ操作技術を持つわたしといえど、戦闘中のガソリン切れというのは深刻な問題である。

ただし、今から行うのは、堅ではなく練の持続。

二週間前、オーラの総量を向上させようと堅の持続時間向上を行い始めたのだが、これがどうも妙な結果。
堅を維持することにほとんど疲労を感じないのだ。試しにぶっ通しで流を一時間やってみたところで、肉体疲労以上の疲れがほぼ無いことを改めて確認する。
どういうことか、と念糸や念弾射出の訓練に移行して理由をようやく理解した。
先ほどまで一切無かったオーラ使用による疲労。それが念糸や念弾を使い始めた瞬間に一気に増大したのだ。



わたしは自分のオーラがそれほど多くないことは理解していた。
例えばカストロのオーラと比べて言うならば、念をはじめたばかりの彼のオーラ総量の方が遥かに多い。
わたしは今までそのオーラ総量の差をカバーするように、オーラを留める纏の技術をこれでもかという具合に鍛えてきたわけであるのだ。

そこが問題だったのだろう。わたしは自分の天才振りを甘く見ていたのだ。
行き過ぎてしまった、堅や流ではほとんどオーラを消費しないほどのレベルに達してしまったようなのだ。

無意識にわたしが体外に留めることの出来るオーラまで練で出し切ると後は自動的に延々と纏。
徐々に空気に溶け込んでいくオーラの分は、自然に体から湧き出るオーラで補充可能なレベル。
つまりはわたしはオーラの総量を増やす訓練を行うつもりが、少ないオーラで楽する訓練をしていたらしい。
当然、重たいダンベルを工夫して最も負荷のかからない状態でした筋トレのように、わたしのオーラ総量が向上することは無かった。


それに気が付いたのが一昨日。
そうして今日が三日目になるわけだが、わたしは早くも挫折しそうになっていた。

「……三十分持たない」

そこら辺で立ちくらみがしたので練を止めて布団に倒れ込む。
いい感じに疲労が溜まり、布団の感触が非常に気持ちいい。


人間は二種類に分かれる。
一つは何も考えず、またはずれた考えを持ち、真面目にこつこつと仕事をして、地道な研鑽を続けるタイプ。
そしてもう一つは、できる限り効率をよく仕事をし、自分に負担がかからないように仕事をするタイプ。

いわゆる要領のいい要領の悪いというのがこれにあたる。
荷物を運ぶときに台車を限りなく荷物を寄せてから移動させるのと、手でちまちまと持っていくのと、どちらが仕事的に速いかといえば前者である。
上司としても、仕事をさせる、という面であれば雇いたいのは前者だろう。そして上に昇る人間というのも、おべっかおべんちゃらを除けば基本的に前者の人間だ。
わたしは特に前者のなかでも特に効率よく無駄ない仕事をできる人間で、そこら辺が生まれつきの天才である所以であるのだが、体を鍛えるという面で考えるならば、それらの話は逆転する。

筋肉トレーニングは、動作の洗練を行うわけではない。基本的な地力を伸ばすもの。
であれば当然、トレーニングは負荷の掛かるものを"わざと"選んでいかなければならないのだ。

年季の入ったやせっぽちの大工の爺さんが、何故あんな細腕で仕事を出来るのか。
彼らはほとんどの作業を最も負荷の掛からない点を選択し、仕事をしているからあんな仕事も勤まるのだ。
若衆の感じている負荷の半分も、彼らは感じていないことだろう。

そして今回のこれもそうだった。
わたしは何も考えず、いつものノリでそれを選択してしまったところが非常に拙い点であった。
技術の向上、それは、確かに必要なことだろう。
動作の洗練は確かに重要である。
しかし、トレーニングに動作の洗練を求めては、本質を見失ってしまう。
腕立て伏せを楽な姿勢でやる意味が無いように、オーラの総量を増やす訓練で、堅を行う理由も無かったのだ。

筋肉トレーニングを行ったことが無いが故に、わたしはどうやら勘違いをしていたらしい。一週間と半分のロスは痛い。
そう思って"練"の持続を始めたわけなのだが、それが今の結果。
三日目にして、そろそろ止めたいなどと思っていた。


今まで何時間でもいけたようなことが、本当はお前、三十分もできねぇんだぜ、などだと言われたようなものだ。
思えばそう、ゴンやキルアの場合は念の操作技術が未熟、という理由があるために、オーラ総量、纏の技術向上という目的を併せ、堅を行っていたのだ。
もうすでに念を覚えて七年、しかも世界一の才能、頭脳、要領のよさをもつ超絶天才美少女であるわたしが、そんな普通の念を初めてたった一年目のすごい天才程度を真似するのがまず間違いだった。

ああ、なんということか。
と、枕の横の携帯が眼に入る。
そういえば、同じく念を覚えてそれほど経っていないカストロはどうなのだろうか。

そう考えて通話ボタンを押すと、ワンコールでカストロが電話を取る。
どこの電話対応受付嬢でも、普通3コールは待つもの。カストロはその点、凄くおかしい。

「もしもし、カストロさんですか?」
『ああ、久しぶりだなカグラ。君から掛けてくるなんて珍し……いや初めてか』
「えーと、あ、そうなりますかね。集中して訓練をしているカストロさんの邪魔をするのもどうかと思いまして」

いやまぁ、面倒だっただけなのであるが、いわゆるリップサービスというやつである。
こういっておけば『わー、そんなこと思ってくれてたんだ! カストロ超うれしー!』と狂喜乱舞すること間違いなしだろう。
さすがはわたし。人を気遣うことに掛けても他の追随を許さないほどの位置にいるのか。

『……ふふ、その気遣いはありがたいが、どちらかと言えば気にせず電話をかけてきてもらったほうがありがたいな。何分、山篭りというのはどうしても人と会わないものでな』

実に嬉しそうに言うカストロ。わたしは凄く優しい。

「ふふ、わかりました。……で、本題なんですけど」
『なんだい?』
「カストロさんの念修行の成果をとりあえず聞いてみたくなりまして」
『……なるほど。といっても、どういえばいいんだ? 念の進展状況といっても』
「ああ、とりあえず今回はオーラ総量がどれほど増加しているのか、が気になりまして。堅じゃなく、練での持続時間というのはどれくらいまで増加したか分かります?」
『練、ああ、練か。いや、昨日もやったばかりでね。堅での修行もいいが、練のみでやった方がオーラを増やせるような気がして最近行い始めたんだが、確か昨日の時点で一時か』

電源ボタンを押した。
どうやら電波が悪かったらしい。非常によくないことだ。
まぁ、彼は山であるし、仕方の無いことだろう。

寝よう。
そう考えて、ベッドに伏した。







――ホールを埋め尽くさんばかりの歓声と拍手。

キラキラと光るような景色と歓声は凄く心地が良かった。
みんながみんな、わたし一人を注目していたのだ。
今日はわたしのためだけに来たわけではないだろう。
けれど、少なくともここにいる人たちは今、わたし一人の演技を見てくれる。
いつもと同じ動き。心は凄く高揚していたけれど、それだけはきっちり守る。
それだけで彼らは拍手を送ってくれて、最後には歓声を送ってくれた。
カメラのフラッシュは時々眩しいけれど、それが苦にならないくらい嬉しかった。





「凄いね神楽ちゃん!今朝テレビでやってたよ、きだいの天才だって!」
「あ、わたしも見たよ。そういえばこのまえ、なんか公演があるとか言ってたよね」

そういって人が集まるのは妙に恥ずかしいものがあった。
今は舞台の上ではない。あれは知らない人達だから出来たようなもので、友達にそうやって褒め称えられるのは酷く恥ずかしい。
そんなことはないのだと言っても、聞くことは無い。その日の終わりまでその状態は続いた。
褒められているのだし、それは確かに嬉しいことだ。




「えー、それじゃぁ何歳からこうした人形繰りを始めたのかな?」
「あ、それは……」

すぐに出てくるはずの言葉が出てこない。
カメラがわたしを狙い打つようにわたしを狙っていて、喉がカラカラと渇いた。

「はは、緊張しないでいい。これじゃぁ僕が君を虐めてるみたいじゃないか」
「……あ……ぅ、ごめんなさい」

場内で軽い笑い声が起きて、さらに顔が熱くなる。こんな経験は初めてだった。





「お昼になったしご飯食べよーよ」
「えっと……その、ごめんなさい。あの子達と食べるから」

怯えたようにその子は言った。朝から様子がおかしかったのでどうしたのかと思ったのだが、それを言いづらかっただけらしい。
仕方なくもう一人の子に声を掛けようとすると、その子も同じように"あの子達"と食べるのだと、わたしに告げた。
"あの子達"はなんだか妙な嬉しそうな顔でこっちを見ていたのが変な気分だった。
その日、わたしは初めてお昼ごはんを一人で食べた。





いつもの見慣れた、調子に乗るな、気持ちが悪い、ぶりっ子、顔だけ女などと書かれた机はわたしの席にない。

「あれ、坂上さん。机どうしたの?」
「うわー、ほんとだー」

クスクスと聞こえる声は、そこら中から聞こえるような気がしていた。
面倒な話である。ちらちらと窓の向こうを見ていることからも、恐らく今日もベランダだろう。
思った通りに外に出ていた机を持ってくると、椅子の前において座る。
本当に面倒な話、くだらない話である。




「進学はしないの?こんなに成績がいいのなら―――」
「いいえ。わたしは家業を継ぎますし、そちらの方に集中したいので高校は行かないことに決めました」
「そう……残念ね」

本当の話だ。こうして芸術を極めようとしているわたしが勉学に励んだところで意味の無い話だ。
両親も高校は出た方がいいと言ってはいたが、わたしはそれなら人形繰りに集中したいという旨を告げた。
みんながそうしたことをいう中で、師匠である祖父だけが一人、何も言わなかった。





「……お前は人形のようだ。わしらは人形に命を吹き込むものだというのに」

わたしをいつも褒めていた祖父が、悲しそうな顔で言う。
技術では、祖父の弟子の中でもわたしは群を抜いている、そう思っているし、実際に結果も出している。
だというのに、なんでそんなことを言うのか、意味が分からなかった。




――ホールを埋め尽くさんばかりの歓声と拍手。

まるで世界の光が全てわたしに集められているかのような光景。
この光と音の世界で、わたしが舞台に立ち、人形を繰る。
すでにわたしの手と人形は一体となっていた。わたしの思うように人形が動く。
歓声は、確かにわたしを向いていた。祖父はわたしの何が不満なのだろうか。
そんなことを考えながら演目に励む。
完成された演技は、感情を超越したところにある。




ある雨の日。
後ろからダンプが迫っているのが見えていた。
わたしの体が不自然に揺らぎ、ダンプの前に出る。それはわたしの意志ではなかった。
体の揺らぎは意思と関係なく、跳ね飛ばされた後は投げ捨てられた人形のようにわたしは水溜りの上に落ちる。
お前は人形のようだと言った祖父の言葉がなんとなく思い浮かんで、くすりと笑みが口元に浮かぶ。
自分の最後のときにしては、不思議なくらい穏やかだった。
そんなことをした兄弟子に、多少の不愉快を感じる程度。
本当に、それだけ。





もう少し生きたかった、となんとなく、最後に思った。

しかし生きて、それでわたしは、一体何をしたかったのだろうか。







――――眼を開く。
涙を潤ませた鈴音の顔が真正面に見えた。

「よかった…………カグラちゃん、大丈夫?」
「ん……ああ、帰ってきてたんですね。」
「うん。帰ってきたらカグラちゃん、魘されてたから、心配したよ」
「魘されてた……? ああ、なんか変な夢を見たような気もしますね」

そういえば今日は妙な時間に寝たせいか、変な夢を見た気がする。

「それにそんな格好で、布団も被らずに寝て、風邪引いちゃったら大変じゃない」
「……風邪引きやすいですからね。天才ですし」
「…………それは関係ないと思うんだけどなぁ……まぁいいや」
「ぁ……」

ぎゅぅっと抱きしめられて、キスをされる。
不思議と嫌な気分がしなかった。

「変な時間に寝るからそういうことになるんだよ、寝癖酷いし。二度寝、三度寝とかいってどうせ一日中寝てたんでしょ?」

時計を見る。朝起きてもう一度寝たときから軽く八時間は経っていた。

「いや、精々八時間くらいですよ」
「…………それを一日中っていうんだよ。それじゃぁ、なんにも食べてないんだよね?」
「……ああ、エッグトーストだけですね。すごくお腹が空いてます」
「いまからご飯あっためるから一緒に食べよ。それでお風呂に入って、寝、ってカグラちゃん一日寝てたから眠たくないか」
「いや、わたしの頭がまだ寝れると訴えているみたいです。いつも人の一万倍くらい思考してますからね」
「……まぁ、それならいいんだけどね」

彼女の体が離れる。辺りの温度が一気に下がったような、そんな感じがして寒気を覚えた。
無意識に、離れようとする彼女の服を掴む。
不思議そうに振り向いた鈴音の、その目は酷く優しかった。
頭の中で、自分のその行動に適当な理由を作って告げる。

「優しいカグラちゃんが、今日は料理の設置のお手伝いをしてくれるみたいです」
「…………素直にお腹が凄く空いたっていえばいいのに」

わたしの手を掴んでもらい引き起こしてもらう。
汗をかいたまま寝たためか、天使の髪の毛がぼさぼさで、それが酷くうっとうしい。

「後ろ向いて。括ってあげるよ」

仕方ないなという様子で彼女が言う。
しかしどう見ても嬉しそうなのが面白くて、笑みがこぼれた。

「天使の髪を弄れる人間なんて、そういないんですから、光栄に思ってもらってもいいですよ」
「……はいはい」

今日のわたしは凄くおかしい、そう思いながら、以前の買い物の日に考えたことを思い出す。
昼夜は逆転している。
わたし達は朝に寝て、夜に起きるのだ。

だとすれば、こうして彼女の夢の中におかしなわたしがいることも、そうおかしなことじゃないんじゃないかと思って苦笑する。
今日の自分はやはりおかしい。そんなことを考えている自分が酷く可笑しかった。

夢はきっと誰にでも優しいものなのだ。
いつかは醒めるものだとしても。

だからこそ、それならば、夢の中にいる間は好きなだけ遊んでおくのも悪くない。
そんなことを思いながら、わたしはこれからの食事に思いを馳せた。




[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 15話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/14 19:14
十五








「……やぁ、こんにちは◆」
「…………なんでここにいるんでしょうか?」

コンビニに牛乳を買いに入ると、平然と雑誌を立ち読みするヒソカがいた。
今日に限って、雑誌コーナーには人がいない。この街中のコンビニにしては非常に珍しいことだが、その理由は考えるまでも無い。

「……いやぁ、君に会いにに決まってるじゃないか◆ この前は団員のみんなと遊んでたらしいね◆」
「好きで遊んでたわけじゃあないんですけどね。わたしみたいな迷…………散歩をしていた少女相手に拷問だなんて信じられないですよあの組織。入ってる人はことごとく頭がおかしいですし」

ああ、きっとパクノダと鈴音のせいだ。迷子だ迷子だと言われたせいでどうやら移ってしまったようだ。
これだから自分の物差しでしか物を計れない短絡思考の凡人は嫌いなのだ。

「クク、団長は酷く君のことが気に入ってたみたいだけどね◆ 案外馴染むんじゃないかな?」
「……どういう意味かはわからないですけど、それは非常に由々しき事態ですね」

遠まわしにわたしの頭がおかしいといわれているようで心外だった。
どちらにしろ、彼らに近づくと碌な眼に会わないのは確実である。

いっその事、この変態がクロロと相打ってくれればいいの……に……って、ああそうか。その手があった。
ああ。なんという失態。何故わたしは気付かなかったのか。
彼らを戦わせて、そのあとに天才美少女念能力者のわたしが勝ったほうを叩けばお話は終了である。
いや、天才ならではの素晴らしい計画的戦術。今まで思いつかなかったのも仕方がない。

「あの人もすごく強いですよね。戦わないんですか?」
「もちろん◆ 彼と戦うためにボクは旅団に入ったんだ◆ ……だけど、ガードが堅くてね◆」
「へぇ……それは大変ですね。わたしがお手伝いしましょうか?」
「…………君がかい?」

なんてナチュラルな軌道修正、と思いきや。
ヒソカはその言葉に固まって、そのままわたしを見る。
ヒソカにはありえざる、いや、クロロが念能力を失った、と聞いたときにはしたのだろうか。そんな妙な表情をする。
……あれ? どうもおかしい。何故。ここは『こんな天使のように可愛いカグラちゃんが、お手伝いしましょうか?なんて、ヒソカ、嬉しすぎて死んじゃうー!!』となる場面ではあるまいか。

「……あの、ご不満ですか?」
「…………ボクは人の見る眼があるほうだと思ってたんだが、どうも間違っていたらしい◆ 君はテイクアンドテイクな人間だと思っていたんだが◆」
「…………それって、凄い貢がせ子みたいじゃないですか」
「んー……、違うのかい?」
「……………………」
「ああ、いやすまない、ボクは君を少し誤解してたようだ◆ だけど、無償で君に何かをさせるというのは気が引けるからね◆ また何かあれば頼むとするよ◆」


これは純粋に怪しまれて……いや、ヒソカの気まぐれという奴だろう。きっとそうだ。
やはり、宇宙一の美少女を扱き使うなんていうのは変態の中の変態である彼でも気が引けることがあるのかもしれない。
なんという美しさなのだろうか。やはりこのビジュアルは罪だ。

「そうですか。そんなに気を使っていただかなくても結構なんですけど、まぁ、そういうことでしたら……」
「ああ◆ 取引はやっぱりギブアンドテイクが一番だからね◆」

そう。ギブアンドテイクだ。
彼にはわたしを扱き使う代価を用意できなかったのだろう。それは仕方のないことであるし、無理も無い。
それは当然のこと、これは、何もおかしくない。

「そういえば、その旅団にわたしが襲われてたとき、何してたんです?貴方だけ見当たりませんでしたけど」
「……ああ、ボクは丁度その時ヨークシンのほうで外せない仕事があってね◆ そっちのほうに行ってたんだ◆」
「へぇ、十二人も揃っていましたし、全員集合して仕事するのかな、って思ってたんですけど、違ったんですね」

暇な奴が、十二人集まった、というのは非常に珍しいことではあるまいか。それともよくあることなのか。
なんとなくそこが気に掛かる。とはいえ、彼は意味の無い嘘もつく大嘘つき、考えすぎても泥沼にはまるだろう。

「それじゃぁ仕事が終わって、そのままここに来たんですか?」
「ああ、団長には電話で聞いたんだ◆」
「……本当、暇人ですね」

ため息をつく。携帯には恐らくGPSでも付いているのだろう。
そうでなくては、連絡もしないでここに来た理由が分からない。

「そういえば◆ ハンター試験はどうする? 一人で来るのかい◆」
「……ああ、そういえば試験も近いですね。んー、もしかしたら一人来るかもしれません」
「友達かい?」
「えっと……んー…………まぁ、凄くインドア派の子ですから来るかどうかは分からないですけどね」

…………友達、友達。
知人、というのは適当ではないし、主人というのもどうか。
といっても他に言い表す言葉も無く、否定も肯定もせずに続ける。

「へぇ……◆ そのうち紹介してくれよ◆」
「…………まぁそのうち会うと思いますよ。くっつき虫みたいな子ですからね」

ため息を吐く。

というより、結構な確率で彼女はわたしにべったりだというのに、一緒いるときにに遭遇したことがないというのもどうしたものなのか。ヒソカとはなんだかんだで月に一度くらいは顔をあわせているのだし。
主に、偶然を装った遭遇、というパターンで。
思えば、この前のときも買い物に行った日には会わずに、その次の日にばったり、というパターン。
あれだろうか。変態は変態同士、磁石のS極とS極のようなもので、バッティングしない運命なのか。

「今はその子のところに住んでるのかい?」
「そうですよ。旅団と遭遇したところで長居したくないですし。今日はたまたまその子が仕事で、冷蔵庫を見たら牛乳が切れてたんで買いに来たら、明らかに狙ったかのようなタイミングでヒソカさんに遭遇したわけですが」

彼女がいたならまず間違いなく、わたしも行く、なんて言っていたことだろう。

「……ふぅん◆ 話は変わるけど、それで君は今、何か仕事をしてたり―――」



―――ピロピロピロ……ピロピロピロ……
と、ヒソカがまたいつものハローワークのようなお誘いの言葉を吐こうとしたタイミングで、初期設定の電話の着信音がなる。
わたしの携帯か、とポケットを探って見ると彼が手を出した。
どうやら、彼の携帯であるらしい。



「すまない◆ 電話みたいだ◆」

そういって電話を取る。相手は男。どうやら仕事の話であるらしい。
わたしから少しはなれて会話をするヒソカ。そうしたマナーくらいは弁えているらしい。
いやまぁコンビニの中で電話というのはどうなのか、といえばあまりマナーがなっているといえないのであるが。
人気の高い場所にあるコンビニは今日、非常に静かで、盗み聞きをするつもりはなくてもかすかな声が耳に届く。
相手は男、やはり仕事の話であるらしい。盗む、殺す、等不穏な音が聞こえてきていた。

……コンビニというのは余り長居をする場所ではない。
夜な夜なコンビニにたむろする少年達じゃああるまいし、そんなことを良識と書いてカグラと読む、マナー講座教導官にスカウトされそうなわたしがするというのは、非常に良くないだろう。
……辺りを見渡す。何故かわたしとヒソカと店員しかいない妙なコンビニ。彼らの顔は引きつっている。
わたしは電話をかけているヒソカに声を掛けるのも邪魔になるだろうと気を使って、絶で気配を消し、コンビニを出た。
電話の邪魔は、きっとよくない。














別の少し遠いコンビニまで行き牛乳を買ったあと、屋敷に帰ると明かりがついていた。
キッチンの方へ向かうとトントントンと小気味いいリズムがキッチンから聞こえてきていた。

「あれ、帰ってたんですか?」
「うん。さっきね。わたしは一応臨時の夜間担当だから」
「ああ、なるほど」

外に出たのが五時で、今は六時。
もうそろそろ夜も明け、彼女の時間ではなくなる。確かにタイミング的にはこのくらいだろう。

「ふふ、ご飯にする? お風呂にす」
「ご飯にしましょう」
「……それとも、すら言ってないんだけど。遮られるのってなんだか切ないよね」

唇を尖らして鈴音が言う。

「選択肢から選んでるんですからいいじゃないですか。それに、それともわたし?なんて馬鹿なセリフ、何回聞かされたと思ってるんです?」
「……覚えきれないくらい言われてるんだ? カグラちゃんも中々やり手だね」
「……貴方からしか聞いた覚えがないにも関わらず覚えておくのが面倒くさくなるくらい言われてる、そういう考え方は出来ないんですか?」
「あはは、いや、やっぱりシチュエーションって大事じゃない? こう、一回一回が真剣勝負という感じで」
「わたしが外でて帰ってきたら毎度の如くじゃないですか。少しは経験を踏まえて、学習するということを覚えたらどうです?」
「ふふ、ずっと言ってたら、いつかは何かの気まぐれが起きるなんてこと、あると思わない?」

ぱっぱと手についた水を切ると、小走りに抱きついてくる。
酷く嬉しそうな顔を見て、ため息が出る。
きっとこの娘は末期の変態だ。
経験はないが、一つ道を変えれば医学会が生んだ天才精神科医と呼ばれていたはずのわたしでも、流石に手の施しようがない。

「…………事これに関しては例外、というやつです。少なくとも、わたしの眼が黒いうちは」
「赤くなってたらいいんだ?」

頬を引っ張り、僅かに背伸びをして顔を近づける。
肉体年齢は二歳違う。その分、少々高さが違うのは仕方がないところだ。

「…………カグラちゃんはお腹が空きました。ご飯を早く作ってくれたらうれしいなぁ、なんて思うわけですが」
「酷くいひゃいねカグラちゃん…………ひょっとからかっただけだから、許ひて」

その言葉に手を離して手を叩く。ああ言えばこう言う揚げ足取りの娘は嫌いだ。
汚れた手を拭くようにわざとらしくスカートに擦り付けた。

「ああ、皮膚接触によって変態菌が手に付着してしまいました。病気になったらどうしましょう」
「カグラちゃん元々頭に病気持って……ああ、いや、なんでもない。ご飯作ってくるよ!」
「……物凄く失礼な言葉が聞こえた気がするんですが」
「ん、ああ。カグラちゃんは凄く可愛いよねって言ったんだよ」
「どこをどう聞いてもそういう言葉じゃなかったと思いますけど。……はい、牛乳」

ついでに冷やしてもらおうとキッチンに行こうとする鈴音に先ほど買ってきた牛乳を渡す。
それを見て彼女は不思議な顔をした。

「……あれ?牛乳二本くらい置いてなかったっけ?」
「ああ、全部飲んじゃいました」
「一日で……?」
「そうですよ?」
「…………カグラちゃん。いくら昨日テレビで言ってたからって牛乳効果で胸を大きくなんてのは本気にしちゃ」
「してないです。今日はココアが飲みたかったんでいっぱい作っただけで」
「ふぅん、ココアね…………まぁ、いいけどってうわ、四本って、絶対買いすぎだよ?」
「……やっぱりボディーガードしてる鈴音の骨は心配ですからね。特質系だから強化みたいに一瞬で完治! って感じに出来ないですし」
「そうなんだ! ありがとうカグラちゃん! わたしのことそんなに思ってくれてたなんて……わたし凄く感激だよ! …………ってこの場合は言っておけばいいのかな?」
「…………ご飯」
「んふふ、わかったよ。触れないことにしておくから」

そういってちらりとわたしの胸元を見ると、くすりと笑ってキッチンへ去っていった。この女。
年齢の差による肉体成長の差を比べて馬鹿にするとはなんて大人気ない奴だろうか。まだ十歳。わたしはこれから成長するのだ。
そう彼女に憤慨すると、ソファにダイブする。
こういうイライラしたときは一眠りするに限ると、頭の中の偉人が言っている。
その偉人の言葉に賛成票を投じると、食欲のそそる食べ物の匂いを感じながら、眠りの世界に旅立った。










「…………酷い起こされ方ですよね」
「ソファですやすや寝てるカグラちゃんが悪いんだよ……どーしてご飯が出来る十数分の時間が我慢できないかな。できたよー、って言っても返事がなくておかしいな、って思ったら寝てるし」
「可愛さ美しさなら白雪姫なんか目じゃないですし、眠ってる姿は銀河の至宝ですけども、だからといってそんな起こされ方をしたいとは誰も言ってないんですが」
「眠り姫はちゅーで起きる、っていうのは童話の鉄則だよ? 実際起きたし」
「舌入れられて起きない人間なんてどこにいるんですか。というかちゅーはもっとこう、触れるだけ、みたいな……」

とりあえずオムライスをスプーンで口に運ぶ。
今日の朝の晩御飯は亜流オムライス。
普通のものとは違い、綺麗に盛り付けたチキンライスの上に半熟の卵包みが盛り付けてある。
これを切り開き、半熟の卵でチキンライスを包むのだ。
切り開いたときにとろけて溢れる卵のとろとろ具合、チキンライスの味付け、舌触り。
どれをとっても文句の付け所のない出来栄えで、わたしのつくったやつの次くらいにおいしいという称号を与えてもいい。

「んー、意識不明の重体の人とか」
「またそういう屁理屈を…………もういいです。それよりも、お話があるんですけど」
「……? どんな?」
「いや、鈴音はハンターライセンス取らないんですか? 知り合いから誘われてるんで来年の試験でわたしは取ろうと思ってるんですけど」
「……ああ。んー、いや、わたし外で長時間、っていうの苦手だからね。ハンター試験はほとんど外でしょ?」
「ああ、多分そうなるでしょうね」
「全部屋内なら取るんだけどね。別段必要でもないし、わたしはいいよってか、なんでカグラちゃんは取り行くの?」
「誘われたから、っていうのもありますし、元々取りに行こうと思ってたんですよ。わたしみたいな天才念能力者なら楽勝ですし、取って即効売りに行こうかなって思いまして」
「……ああなるほど、カグラちゃんらしいね。わたしも行きたいところだけど…………んー、けどやっぱりわたしは無理だね」
「……意外ですね。貴方のことだから絶対来ると思ってました」


本当に意外だった。鈴音なら絶対来ると思ったのに。
……とはいえ、仕方がないことか。
彼女の能力は、昼間の野外では全く力を発揮しないどころか、一般人クラスにまで力が下がるのだ。
念を使わない彼女のみの力で行くとなれば、厳しいといえば厳しいだろう。
でも、わたしが一緒に行くのであれば、問題はないような気がするのだが。

「あれ、来て欲しかった?……まぁ全身遮光スーツでも着ていけば行けないこともないけ」
「いや、結構です。そんな怪しい格好の人を連れて歩くのはごめんこうむりたく」
「……やけにあっさり言うね。わたしが傷ついちゃうとかそういうこと思ったりしないんだ?」

拗ねるように鈴音が言う。とはいえ、さすがにそんな怪しい奴を隣に引き連れたくはない。

「いえいえもちろんわたくしめはすずねさまのことをいちばんにおもっています」
「…………嘘くさい。一緒に行く知り合いってどんな人なの? 男? 女? 可愛い子? 最後なら紹介いただけたらなぁって思うけど」
「その中なら一応男になりますね。信じられないくらいの変態ですけど」
「うわー、嬉しくない答えだね。変態ってカス……なんちゃらって人?」
「相変わらず酷い切り方しますね……。その人じゃなくヒソカって人です。見るからに変態そうで眼の下にハートとか水玉とか描いてる人。見たことないです?」
「…………んー、無いね。そんな特徴的な人なら一度見たら忘れないと思うけど。なんでまたそんな変態そうな人と?」

少し考え込んでそう言う。
盗撮念カメラで見たことくらいあるかな、と思ったのだが、上手い具合にバッティングはしなかったらしい。
やはり変態と変態は、存在として反発しあってしまうのか。

「一応、ホテルの部屋用意してくれたり服買ってくれたりしましたからね。一応恩は返しておかないと、夢見が悪いです」

いやまぁ本当は純粋にヒソカが怖いからであるのだが。
試験のいざこざでどうにか始末してしまえないものか。いや、あそこにいる念能力者はいたとしても低レベル。
期待するのが無理だろう。やはり……クロロか。

「まぁ、試験なんてカグラちゃんなら余裕だとは思うけど、そのヒソカって人とか他の人にも気をつけなくちゃ、だよ? カグラちゃんは凄く可愛いからね。襲われない様に気をつけないと」
「…………実際に襲ってる本人が言っても説得力が無いとか、思ったりしないです?」
「あはは、いや、まさに襲ってしまうくらい可愛いし、っていう実例みたいな」
「……まぁいいですけど。それにまぁ、再来年ですからね。まだまだ先ですし、予定変更とかもありえますし」
「ふふ、まぁ、今から言うのもなんだけど、頑張ってね」
「頑張らなくても受かってしまうのがわたしなんですけどね」
「むぅ、応援損みたいだ。まぁ確かにカグラちゃんならそうなんだろうけど、油断はし過ぎないようにね」
「もちろんです……とご馳走様です」

最後の一口を食べ終わる。
やはり良い料理というのは胃に入ってからも優しいものだ。胸焼けすることも無く、綺麗に胃の中に納まった。
今日のオムライスは今までのものと比べても特においしい。知らない間に練習でもしたのだろう。
その通りだったのかニヤニヤしながらこちらを見て鈴音が口を開く。

「今日のは上手く出来たと思うけど、どう? おいしかった?」
「中々腕を上げましたね。今日のはわたしの次くらいにおいしかったです」
「そう? …………ふふ、そういわれると非常に嬉しいね」

鈴音が幸せそうに言う。
主婦みたいだ、となんとなく思って頭を振る。それじゃぁわたしがぐうたら親父のようではないか。
いやいやしかし。
よくよく考えれば今日何をやったかといえば、起きて二度寝して練して、寝て、牛乳買いに行って、寝て、今夕飯を食い終わったところ。
否定する材料が何も無かった。

「そうですね、お礼に片付けはわたしがやりましょう」
「あ、いいよ? 片付け嫌いじゃないし」

その言葉を無視して『我侭な指先(タイラントシルク)』を展開させると皿とコップをそれぞれ動かし、シンクへ運び、蛇口を捻り、水を出し、洗剤をつけ、スポンジで磨く。
無機物である食器の操作は、繊細さこそ必要であるが、難易度的には非常に軽い。
ものの二分で全工程は終了し、水切り網の上に洗い終えられた食器が陳列された。
さすがはわたし、後片付けなんていう地味な作業ですら鮮やかだ。


「……毎回思うけど、カグラちゃんの念糸ものすごいよね。戦闘どころか掃除洗濯炊事まで何でもできるし」
「まぁ、天才ですからね」
「否定できないところが怖いね…………それじゃぁ、わたし、お風呂の準備してくるよ」

そういって鈴音が笑うと。二階に服を取りに行く。







……試験、試験か。
それからは世の中が大きく動きそうなイベントが少なくとも二つ。
旅団に、キメラアント。
すくなくともそのときまでには練の持続を一時間には持っていっておきたいところ。ようやく三十分に手が届きそうなくらいになったが、先は長い。

原作が始まることにより、世界を揺るがす大事件が、というのはよくある話。
お話というのはみんな基本的にはそういうものだ。
生まれつきの主人公である私自身も関りたくもないが、関わらざるを得ないこともあるかもしれない。
特にヒソカとかヒソカとかヒソカとか、であるが、そうであればこそ今のうちにできる限りのことはしておくべきだろう。
主人公成長の代名詞たる修行なり。


しかし、今日はもう寝る時間であるし、猛特訓は明日からにするべきだ。
そう判断して、休息モードに切り替える。
明日から、明日から。
永遠に続く今日にそう誓って、永遠にこない明日に願いを託す。
わたしはそうして欠伸をしながら、お風呂への道を歩き出した。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 16話 ハンター試験編 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/14 20:42
十六







―――1999年、1月5日



「それじゃぁ気をつけて行ってきてね」
「…………行ってくるも何も、離してくれないと歩き出すことすらままならないんですけど」
「……感動の別れのシーンくらい付き合ってくれてもいいと思うんだけどな」

べったりと玄関でくっつきながら、鈴音が唇を尖らす。
彼女は十四になり、わたしは十一、もう少しで十二。今年の試験に参加しなければならないという不幸な運命に涙が出そうである。
今からのことを思うと少々ため息をつきたくなるが仕方のないこと。

一度は変装していこうかと思ったものの、バレてしまったときに
『何で隠れてるんだお前。……まさか俺にびびったのか?』
なんて事を言われるのは少々我慢ならないことであるし、クラピカには似ているけど知らない人、で通しておけばいいだろう。
あれからすでに5年弱。人は成長するものであるし、気付かれはしないだろう。

「まぁまぁ、帰ってきたらおいしい料理でも楽しみにしておきますから、そっちも家に帰ったらご飯がありませんでした、なんてことは止めてくださいね」
「おっけー。宮廷料理レベルを期待しておいてよ。…………それじゃあ、いってきますのちゅーは?」

そういって鈴音が眼を閉じる。
わたしは溜息を吐くと、指を二本曲げて、唇を形作ると、彼女の唇に押し当てる。

「…………明らかに唇じゃなかったよね、今の」
「気のせいじゃないですか? ああ、ちょっと冬場でかさかさしてしまって、感触が良くなかったのかもしれません」
「……乾燥してるなら仕方ないね。割れちゃったら大変だから、濡らしておかないと」
「んっ…………」

頭を持って強引に唇を重ねる。相も変わらず強引な娘だ。
勢いよく行き過ぎたせいか、後頭部をドアで打って少し痛い。
温かい濡れた感触と、体温。暫くは顔をあわせることがないと思えば、少しくらい向こうの希望通りにさせる寛容さも必要だろう。
そうしたわたしの温情に胡坐を掻く様に、たっぷりと一分近く唇を合わせた後、鈴音が名残惜しそうに唇を離す。

「……変態」
「んふふ、カグラちゃんに言われると妙に嬉しいね。……それじゃぁ行ってらっしゃい」
「…………行ってきます」

体を離してドアを開ける。この辺りは冬ではないが、妙に肌寒く感じた。
外に出て空を見る。夜明けの光が東から空を薄青に染めていた。

「ご飯、期待してますよ」

最後にそう一言告げて歩き出す。

「うん……期待してて」

最後に聞こえた一言に、なんとなく笑みがこぼれた。
















「ステーキ定食、弱火でじっくり◆」
「お客さん、奥の部屋へどうぞー」

中々美人な店員さんが言う。
それほど綺麗とは言えない店内であるが、料理自体はおいしそうである。

「いやー、おかげでスムーズでした」
「事前に調べておいたからね◆ 誘ったのはこっちなんだから、これくらいはしないと◆」
「いえいえ、どうもありがとうございます」

さすがのわたしでも、今回の試験に関してステーキ定食弱火でじっくりくらいしか覚えていなかったため、中々拙い状況であった。
電話をすると三コールで出て、事前に場所、店名を正確に調べておいてくれたヒソカには多少の感謝をしないでもない。

それにしてもこのステーキ肉は中々上等だ。
わたしは高級でも霜降りで油ぎったものよりも、適度なくらいの歯応えのある肉の方が好きなので、このくらいが丁度いい。
パクパクと可憐に(矛盾していない)ステーキを口に運んでいると、対面からヒソカが言う。

「……ボクのも食べるかい? 実は先ほど間食をしてしまってあまりお腹が空いていないんだ◆」
「あ、そうなんですか? それじゃぁお言葉に甘えて」

全く手をつけられていない皿に『我侭な指先(タイラントシルク)』を伸ばし、こちらに引き寄せる。
それを見ながらヒソカは楽しそうな笑みを浮かべる。やはりどこをどう見ても変態だ。

二枚のステーキを胃の中に入れ、一息入れたくらいの丁度いいタイミングで、ようやくエレベーターが停止した旨を伝える電子音が聞こえた。
どれだけ深くまで潜るんだこのエレベーターは、と思いながら席を立つと、カロリーメイトのようなものをぼりぼりと食べているヒソカが目に付く。

「あれ、あんまりお腹空いてないとか言ってませんでした?」
「ああ◆ けど、君の食べっぷりを見てたら小腹が空いてね◆」
「……あんまりそういうものばかりは良くないと思いますよ。肉だけというのも良くないですけど」
「それもそうだね◆ 気をつけないと◆」

変な奴だ、と思いつつ、いや変な奴だから変態なのかと思い直す。
正常な部品のなかでも最高級品で集められたような美少女がそんな彼の頭の中を推し量ろうとしても難しいだろう。
変態のことは変態にしか分からないのだ。
だらだらと時間をかけて扉が開くが、そこに映し出されるのは原作のような人が一杯の光景ではなく、ぽつぽつと人の集まった光景。中にはいると饅頭みたいな顔をした人に45番の札を渡される。
ヒソカを見ると、彼は例の如く44番の札を渡されていた。やはり、狙っていたのか、どうなのか。


彼の姿を見た瞬間いくつか顔のこわばり、そして同時に怪訝な顔でわたしを見る。

彼は原作どおり、下見に去年も来たらしい。その時は試験官半殺しで不合格。
そのまま合格してくれれば良かったわけだが、そうは問屋が卸さない。

快楽殺人の挙句試験官を半殺しにした変質者と一緒にいる人間を見れば、それはそれは怪訝に思うことだろう。
これに全身遮光スーツの人間がプラスされていたらと思えば、頭が痛くなる。
ジュースを持ったトンパらしき小太りの男も、ちらりとわたしの横にいるヒソカを見て、ジュースを出すのを諦めたらしい。
非常に賢明な判断である。


今の時点で念を使えそうな人間はわたし達以外に二人程度。
念能力者といえどピンキリなのであるし、ハンター試験ともなれば、念を使えるということに増長した輩も当然やってくることだろう。
パッと見での感想は、初心者。纏が出来るのがやっと、もしかしたら練もできるかも、というレベルだろう。
警戒するにもあたらないので、意識にも留める必要は無いと判断する。
ヒソカもちらりと見た後、すぐに視線を逸らした。


腹は満腹。開始時間まではあと三時間。
やることといえば一つしかない。そう、睡み――――

「暇だね◆ トランプでもしないかい?」
「…………二人で?」
「……嫌かい?」
「非常に眠たいなぁ、などと思いまして」
「んー……それじゃぁ仕方がないなぁ◆ 一人で達磨さんが転んだでも――」
「いえトランプが凄くやりたくなりました。ポーカーババ抜きなんでもござれですよ」

ここにいる見ず知らずの人たちは、わたしに感謝しなくてはならないだろう。わたしはなんて優しいのか。
トランプを取り出して、誰かの悲鳴が聞こえたが最後、なんてスプラッタ、ダメ、ゼッタイ。
起きたときに本当に"達磨"さんが転んでいるなんていう光景は御免である。非常にシュールすぎる。
確かに達磨さんが転んではいるけれども、それはちょっとどころかとても違う。

「あ、そうかい? それじゃぁセブンブリッジでも……◆」
「……はい」

ああ、こいつの相手はなんて面倒くさいのか。










セブンブリッジを二人で延々とやり続けて早二時間半。
ようやく人が集まりだしたのか、中々ぎゅうぎゅう詰めになっては来たが、わたしとヒソカの周りだけドーナツのように隙間が出来ている。

途中一度キルアもきたようであるが、ヒソカをちらりと見て去って行った。もう既に針は埋め込まれたのか、いい感じにヘタレてくれてわたしとしては非常に嬉しい。
加え懸念事項の、恐らくきているであろうクラピカと会わずにすんだのも幸いだった。
いや、向こうは見ているのかもしれないが、顔をあわせてないため今のところ気まずくもない。とりあえず、忘れてくれているとうれしいところではある。
とはいえ、明らかに周りと隔絶された空気の中でのカードゲームが代償になると思えば、プラスマイナスは微妙なところだった。

念能力者もちらほらと見かけるようになってきたが、ほとんどがニ、三流。頭に入れる価値も無い。
とはいえ、そこそこに使えそうな能力者が、イルミ以外にニ、三人いたのが少々気がかりではあった。
が、まぁわたしがここに来た影響と思えばそう大きくはないだろう。
これくらいならば何とかなるレベル、何も問題はない。

―――ジリリリリリリリリリリリリリリリリリ…………

「あ、始まるみたいだね◆」

やかましい音に眼を向けると、サトツが降りてくる。
こちらは漫画のように、立派なスーツを着こなしたロマンスグレー髭紳士。
彼もイルミやヒソカ同様、見ただけでそのキャラだと分かる特徴的なキャラをしている。
五月蝿い妙な形のベルを、まさに紳士、と言わんばかりの動作で止める。
正直、そんな動作にこだわる前にさっさと止めろというのが本音であるが、そんな野暮な言葉は口にしない。

「ただ今をもって、受付時間を終了いたします」

そこで言葉を少し切って続ける。

「では、これよりハンター試験を開始いたします」








ドタドタと五月蝿い音の中、しゃー、という気の抜けた音が足元から聞こえる。
眼を開けると、必死な顔をした男達が汗だくになって走っている。何をしてるんだろうか、この男たちは。
ふとその音が気になって足下を見ると、勝手に地面が流れ、いや、わたしが勝手に進んでいた。
と、そこでようやく気が付く。ああ、そうだ試験だ。

「あ、起きたかい?」
「すみません、どうも寝てしまったみたいで」
「いやいや◆ 気にしなくていいよ、寝る子は育つって言うしね◆」

そう。
わたしはこの日のために、はめこみ式のローラーの板を製作していたのだ。
靴に取り付けたこれによって走ることなくスムーズに進む。
わたしは手に持った紐をもっているだけで、勝手に移動が出来るという優れもの。
原動力はヒソカエンジン。
その快適さは余りの走り心地に寝てしまうほどである。これ以上の発明があるだろうか。

「何時間くらい経ったんです?」
「あー、どうだろう◆ かれこれ六時間くらいは経ったんじゃないかな?」
「ああ、道理で」

周りの男達が汗だくの理由が理解できた。
それはまぁ、六時間もぶっ通しで走れば疲れるだろう。わたしはそんなことをする気にもなれないが。
驚愕、嫉妬。突き刺さる目線が多少痛いが、別に持久力のテストでもないのであるし、問題もない。悪いことをしているわけではないのだ。
無駄なく、最低の消費で最大の利益を生む。それがあらゆる物事の基本である。

「んー、そろそろ降りて走ります。多分地上に上がるんじゃないかと思うんで」
「あ、そうかい?」

足から板を外すとそのまま捨てる。ちらりと後ろを見ると凄く嬉しそうな顔でそれを拾う男がいて、なんだか切なくなった。きっと彼は落ちるだろう。

丁度、落としてから五分後くらいだろうか、その辺りで階段に差し掛かる。
ちらりともう一度後ろを見ると、ローラーを付けたばかりで笑顔だった男の顔が絶望に染まるのが見えた。なんだか非常に可愛そうな奴である。
前を向いて階段を上がる。

前の世界であったなら、確実に十秒でアウトのハイペース。
寝起きでやるもんじゃないなと思いながらも、すいすいと進む。こちらの人間の体のつくりはどう考えてもおかしい。


周りの人たちが次々に脱落していく中、わたし達だけが一定のペースで進んでいた。
どうやら大分後方を走っていたらしい。
走っているうちに上半身裸の男と金髪の男が走っているのが見えた。

「なぜだ!?事実だぜ。金さえありゃオレの友達は死ななかった」

そういって裸の男が大きな舌打ちをする。

「……病気か?」

少しトーンを落として金髪の方が尋ねる。

ああ、そういえばあったな、こういうシーン。
ふと漫画を思い出して懐かしむ。
とはいえ、

「いや、美しい友情のシーンでちょっと割り込むのって気合がいりますよね」
「少しペースを落とすかい?」
「いや、まぁ、すぐ終わるでしょう」

最後に、オレは金が欲しいんだよ! と金の亡者のようなセリフを吐いたのを見計らって横を通り過ぎる。
お金は怖いなぁ、なんて場違いなことを思いながら、今ならいけると横からじんわりと追い抜いていく。
と、そうしたときに笑みを浮かべていた金髪の男、クラピカがこちらをちらりと見て、眼を見開いた。

「…………君は」
「……どうかされましたか?」
「……ん、知り合いかい?」

信じられないものを見た、という具合のクラピカの表情にヒソカがわざとらしくわたしに問う。
服装はクルタ族の物。わたしについて調べたはずのこいつが知らないわけが無い。
横目で睨みつけて演技を続ける。

「……申し訳ございません。どこかでお会いになったこと、ありますでしょうか? であれば非常に失礼なことを……」
「ああ……いや、すまない。昔近くに住んでいた子に凄く似ていてね。少し驚いただけだ」
「へぇ……君ぐらい可愛い子に似ている子、っていうのも珍しいね◆」

少し黙ってほしい。

「ああ、その子が大きくなったら、多分君みたいになってたんじゃないかな。それくらいに似ている」

内心で嘆息する。
思った以上にクラピカの記憶に残ってしまっているのか、あまり嬉しい傾向ではない。

「……その子は大人たちから神の御子だと言われていたような凄い子だったんだ。五年前くらいに、いなくなってしまって行方が分からなくなったんだが」
「そうなんですか……落胆させてしまったみたいで申し訳ありません」
「……ちなみにその子はなんていう名前なんだい?」

殺せるのなら今すぐにでも殺してやりたい気分である。
というか、いやいや、ヒソカとクラピカがこの時点で、こんなに近くなるのがありえない。

「リルフィ……と言ってね。本当に凄い子だった」
「へぇ……◆」

ちらりちらりとこっちを横目で見ながらヒソカが気の無い返事をする。
とりあえず早く話を終わらせよう。

「そうなんですか。わたしはカグラ、と言います。宜しくお願いしますね」
「あれ? 君の名ま」

足を引っ掛けてこけさせる。本気で黙って欲しい。

「…………? ああ……宜しく」

そういって訝しげにわたし達の様子を見ながら彼が手を出す。
ヒソカさえいなければもっとスムーズに話が終わっていたというのに。
ああ、どうやってここを切り抜けよう。
そう思ってたところで前が少しにぎやかになる。



「見ろ!出口だ!」
「本当だ。ようやくここからでれるぜ!」

ナイスタイミング。
クラピカたちが前に気を取られている間に、わたしは絶で気配を消すと、少しペースを早めて彼らの横を通過する。

とりあえずは、離脱に成功。
しかし、これからのことを思うと非常に頭が痛くなった。

ヒソカを、何とかしたい。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 17話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/15 14:11

十七





「ん……ボクはちょっと、遊んでくるよ◆」
「試験官ごっこでもするんですか?」
「クク◆よくわかったね◆」

嬉しそうにヒソカが言う。
霧が濃くなってきて、後ろの方の集団との差が少しずつ開きだしていた。
原作どおりゴンとキルアは最前列。クラピカとレオリオは後方集団。
多少出来そうな雰囲気を持った三人の能力者のうち、一人は後方。二人は前方。
三人とも組んでいるらしい様子なのだが、これは一体どういう意図によるものだろうか。

ヒソカの試験官ごっこに何かしようとしている。そう考えるのが妥当である。
主人公グループと友好関係を築きたいのであれば、別の場面を狙うほうがいくらかリスクも少ない。
それをあえて、今。想像を絶する阿呆という可能性もなくはないが、それはあまりに考え辛い。

前方の二人は二人でこちらの方に気付かれていないと思っているのか、チラチラと視線を送ってきていた。
どちらにしても面倒くさい雰囲気が漂っていた。考えようによってはヒソカと一緒に行くのもありだろう。
そう思ってしまうくらいには。

とはいえ、ヒソカの奏でるスプラッタの嵐なんてものも、できればご遠慮したいところ。
どうしたものか。そう考えていると、

「それじゃぁ、また後でね◆」

などといってヒソカが姿を消した。流石は変態。興奮しているにしろ動きが早い。
十秒かからずにレオリオの悲鳴が聞こえて、それから三秒待たずにゴンが通過する。ああ、なんと忙しいことだろう。

付いていけば付いていったでクラピカレオリオと非常に気まずいし、残ったら残ったで面倒そうな奴二人。
さっきまで和やかに喋っていた相手をいたぶる事の出来るヒソカは本当の変態だろう。


とりあえずそれは置いておいて、今からのことに思考を切り替える。
恐らくは、彼らもわたしや鈴音と同じところからここに来た人間なのだろう。ここにいるのは恐らく勧誘か。
なにせ、この年の試験は、原作を読んだものなら誰でも知っている。勧誘目的に来るのはまぁまず間違いではない。

あとの可能性はせいぜい原作への干渉くらい。どちらにしろ、わたしには余り関係がないことだ。
しいて言うならば彼らがインパクトを出して、主人公一行+ヒソカを取り込んでくれると非常にうれしいくらい。
彼らの利用価値といえばその程度のものだろう。

「……てんのか……」

あぁ、面倒くさい。彼らもゴンと一緒に後ろに行けばよかったのに。
話しかけられては相手をするのも面倒だ。
わたしはそんな生まれた世界が同じだから、なんてどうでもいい理由で付き合いを広げたいわけではない。
もしも、あと二年ずらせば、もっと気楽に受験できたというのに一体この現状はどうしたものなのか。

「…………おい! ……てめぇ……こっち…………っ」

とりあえず、まぁ、次の試験では分からないふりをしていた方がよさそうだ。
寿司を知ってる金髪美少女となれば、それはもう怪しいことこの上ない。
いやまぁ、世界のあらゆる料理に精通するスーパーオールラウンダー美少女コックさんでもあるカグラちゃんは、例え初めからこの世界に生まれていたとしても寿司くらい知っているのでおかしくないのだが、そんなことを言っても生まれつき凡人の彼らは聞きもしないだろう。
人間は基本的に、自分が不可能なことは思考から外す生き物である。
とりあえずはひとまず

「おい! さっきから何回呼べば気づくんだテメェ!」

隣で怒鳴り声が聞こえていたのだが、口汚いその文句はどうやらわたしに向いていたものだったらしい。
ようやくそちらに気が付き振り向くと、そこにあったのはいつか見た銀色の髪の少年。

「……ああ。こんにちは、来てたんですね」

知らない間に一番前まで来ていたらしい。
横のキルアは、非常に不機嫌そうに声を荒げて吼えている。

「なにがああこんにちは、来てたんですねだよ! ぜってぇわざと無視してただろ!? 耳元で十回は呼んだぞ!」
「心外です。わたしが人を無視するなんていうことありえるわけが無いじゃないですか」
「今してただろうが!」

本当に心外だ。彼は外見と性格は比例するという言葉を知らないのだろうか。
わたしみたいに天使のように可愛い子がそんな陰湿な真似をするはずが無いというのは、姿を見ただけで分かるだろうに。
なんて常識知らずなやつだろう。

「うるさいですね。わたしは耳元で怒鳴られる趣味は無いんです」
「俺だって怒鳴りたくて怒鳴ってるんじゃねぇんだよ!」
「じゃぁ黙ったらいいじゃないですか」
「それもそうだ、って違うだろテメェ! あーくそ、すげぇイライラする」

頭をがりがりと掻く。はた迷惑な奴だ。

「で、何の用です?」
「…………本気でいってんのかテメェ……悔しかったら今年受けろって言ったのはテメェだろうが!」
「んー、そういうことも言いましたけど、で、どうしたいんです? 雪辱を晴らしに来たなら声なんてかけずにいきなり襲えばいいじゃないですか」
「それじゃあ勝ったことにならねえだろうが。勝負しやがれ」
「嫌ですよ面倒くさい。見るからに分かりきってる勝負をしても時間の無駄じゃないですか」

オーラで彼の頭を撫でる。
それだけでキルアは青ざめて、体を震わせる。

「……やってみねぇと、わからねぇじゃねぇか」
「ふふ、意地で言ったのは偉いですけど、足が震えてますよ。喧嘩は勝てる相手に、って前も言いませんでしたっけ?」

イルミの針の影響か、キルアは中々怯え気味。中々可愛そうではあるが好都合である。
あんな昔の事を必死に追いかけてきたのには感嘆するが、念を未だに教えてもらっていないキルアは残念ながら、わたしの足元にも及ばない。

念無しの戦いならば、わたしを殺す事も容易にできるだろう。それほどまでに彼は執拗に鍛えられている。
けれど、そんなことはありえない。現実として、今この状況が目の前にある。

恐らくは、念を使わずにいける最高峰の高みにまで到達させた後に、念を教えようとでも思っていたのだろう。
肉体の能力は念戦闘において重要なパーソンとなる。クロロが特質系であるにも関わらず、旅団内で腕相撲で七位なのはそのため。
やはり念を覚えるとどうしても肉体の鍛錬が疎かになってしまう傾向があるのだ。

わたしなんかはいい例だろう。それを補う天才さがあるからいいものの、肉体の力で言えば現時点でのクラピカほどもない。
試しの門はオーラなしではびくともしないだろう。

わたしの場合はか弱い美少女であるし、ビジュアル面も考えているため、肉体の鍛錬がマッチョにならないくらいのそこそこレベルになるのは仕方がないという面も多分にあるのだが、それ以外にも純粋にオーラによる強化は大きいから、こっちを上げた方が効率がいいと、念に走ってしまう気持ちも確かに有る。
強きを目指すのであれば、みんなウヴォーギンのような筋肉の鎧を纏うべきなのだ。絶状態のときのダメージがそれだけで大きく違うことだろう。
そしてそれはそのまま、大胆なオーラ運用に繋げることが出来るのだから。

本来であれば皆がそうするべきなのに、それを実行できる人間は非常に少ない。
しかしそれを実行でき、継承を可能にするというのがゾルディック家の強みなのだろう。そしてその際の危険を避けるためのイルミの針。
とりあえずわたしは今、そんなゾルディック家のキルア育成方針に拍手がしたかった。
キルアを過保護に育ててくださり、ありがとうございます。わたしは今、あなたたちに凄く感謝です、という具合に。
ゾルディックで念を覚えてたら、やはり恐怖以外のなにものでもない。

「少なくとも、現時点でわたしには敵わない、それで十分じゃないですか。それともわざわざ痛い目をみたい変態さんですか?」
「…………」
「後者はもうクーリングオフしてしまいたいくらいにいるので、わたしとしては前者を選んでいただきたいな、と思うんですが」
「…………お前はぜってぇ、俺がぶちのめすからな。……覚悟しとけよ」
「はい。良く出来ました」

三流ライバルのなりそこないみたいなセリフを吐いてキルアがそっぽを向いた。
いやはや、素直な子は素晴らしい。















「……わたしに近づく前に川で水浴びしてきてください。ドロドロじゃないですか、血で」
「ひどいなぁ◆ ちょっと遊びがいのある子がいてね◆」
「へぇ、そうなんですか。その人は?」
「死んだよ◆」

ぐるるるると獣の唸り声のような音が辺りに響く中、周囲の気配を探る。
後方グループに位置していた微妙な気配の方の能力者はいない。どうもお疲れ様であるらしい。
感じた視線にそちらを見ると、軽く憎悪を込めた瞳でこちらを見ている例の二人組がいる。

いやいやいや、どう考えても筋違い。恨むならヒソカを恨むべきである。
何故わざわざヒソカと遊びに行ったお前らの仲間の生死でわたしが恨まれなきゃならないのだ。

「まぁ、残念な話ですね」
「まぁ、熟しきった果実はいらないからね◆」
「わたしは永遠に青い果実でいたいところですが」
「それじゃぁ食べれないじゃないか◆」
「青い果実は鑑賞するだけで楽しいでしょう?」
「…………それはそうだけど◆」
「ほら、いいじゃないですか」
「…………んー……◆」

普通は人を殺す殺さない以外で楽しめるものだと彼はどうしてわからないのか。
これだから戦闘狂は嫌いだ。そんな意味の分からない欲求のためにあらゆる世界の中で一番輝かしいわたしの命が失われるなんていうのは特にありえない。

微妙な方は既に熟れた果実であったようであるが、後の二人はどうだろう。彼のお気に入りになってくれれば言うことがないのであるが。
気配の感じから言って、そこまでを期待するのは無理だろうなぁとぼんやり思う。
箸にも棒にも掛からないような人間が、わざわざヒソカがいる今年に受けなくてもいいだろう。
まぁ、どうでもいい話ではあるのだが。

「……そういえば、次は何をやるんでしょうね」
「んー、唸り声が聞こえるけど、食べ物の匂いもするね◆ もしかしたら昼食じゃないかい?」
「そうだったら非常に嬉しいんですけど……」

周囲を見渡すと、丁度いい感じの木陰が眼に入る。時計を見るとまだ時間は十分にあった。
欠伸をする。きっと頭の使いすぎだろう。非常に眠たい。

「あれ◆ どこにいくんだい?」
「少し寝ます。走り疲れました」
「……多分開始まで後五分もないと思うんだが◆」
「四分も寝れるじゃないですか」
「………………◆」








香ばしい匂いに眼を覚ますと、周囲には大量の豚の丸焼きがあちこちで作られている光景だった。
汗だくになりながら焚き火と格闘し、真剣な顔で豚の丸焼きを作る猛者たち。非常にシュールだ。
なんだこれ、と少し思って、ああ、試験、と思い出す。

「あ、起きたかい?」
「すみません、どうも寝てしまったみたいで」
「いやいや◆ 気にしなくていいよ、寝る子は育つって言うしね◆」

デジャヴ、という言葉が頭に浮かんだ。
最近これと同じような会話をした気がする。

「……このやり取りと全く同じ事を数時間前にもした気がしますね」
「……ボクもそんな気がするよ◆」

ふと見てみるとヒソカの前には豚の丸焼きが二つ。
流石はヒソカ、抜かりない。

「これが試験ですか?」
「ああ◆ 豚の丸焼きを彼に食べさせればいいらしい◆」
「なにやらわたしの分までやっていただいたようで、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ◆ 一つも二つもそんなに変わらないし◆」

いや、変わるだろ、というのは置いておいて。
試験内容は今のところ同じ。バタフライは試験内容まで変化させうるものではなかったらしい。
それは中々素晴らしいことである。このままのノリで行けば、スムーズに塔を過ぎ、サバイバルゲームを過ぎ、最後の負け抜き戦に行くことが出来るだろう。

「もうそろそろ焼きあがりだし、持って行こうか◆」
「そうしましょう」




ブハラのメニュー、通過78人。
もう少し少なかった気がするが、いや。こんなものだったのかもしれない。
それにもちろん、原作とは違うのだ。多少の誤差はあることだろう。




[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 18話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/18 07:19
十八





「二次試験後半、あたしのメニューは、スシよ!!」

一瞬のどよめき。知ってそうな人間はハンゾーを除いて五人。
弱小能力者三人に例の二人。恐らく彼らは皆向こうから来た人間であるだろうから、当然か。
とりあえず、作るふりだけしておこうかとメンチの説明を欠伸をしながら聞いていると、隣の方からお声が掛かる。

「カグラは知ってるかい?スシ◆」
「いいえ、聞いたことはあるんですけどね。酢飯の上に生魚の切り身を乗せて醤油で食べる料理のはずなんですが……実際に見たことは無いので正確には。知ってる人もいるみたいですけどね」

そういってチラリと彼らのほうを見る。
知ってる彼らが通過、後の人間は全員失格なんてことになったら堪らないのだし、これは仕方のないこと。
ヒソカに喋らせて、それを"うっかり"わたしが漏らして試験を崩壊させる、それがベストなパターンだろう。


「知ってる人から聞いたほうが早いんじゃないですか?」
「クク……確かに、それが手っ取り早いね◆」

これでOK。問題なし、と思いきや、

「試験官、今回の試験について意見があります」

と、例の二人組みの片割れ、ワンピースのようなロングセーターを着た女が声を上げる。
これは予想外の展開だ。

「……なによあんた。あたしの試験に文句が有るっていうの?」
「いえ、そういうわけではありませんが、今回の試験の内容。事前にそれを知識として知っていた者に有利すぎはしませんでしょうか?」
「……知ってる奴がいたらそいつに有利すぎるから変えろ、っていうの?」
「いえ、今回の試験の答案を、わたしは知っております。他にも隣にいるこの男を含め、あと数人」
「……へぇ、言って見なさいよ」
「それでは失礼します」

そう言って女が近づき、メンチの耳に口を近づける。
面倒くさいパターン。意図は分かる、しかし、これは逆効果じゃないだろうか。
これでもしメンチが、それじゃ知ってる奴みんな合格で、とか言ったらどうするつもりなのか。

「ふぅん、本当みたいね。それじゃあいいわ、あんたたち合格で。知ってる奴は耳打ちしにきなさい」
「なぜです!? それじゃ」
「いい? 平等な試験なんてどこにも存在しないの。誰だって得意不得意があるし、たまたま知ってた知らなかったが生死を分けることだってある。あんた達は幸運を拾っただけ。ただで通れてラッキーじゃない」
「でも……」
「でももへちまも無いの。試験官のあたしが決めたから。嫌ならアンタ失格にするけどいい?」
「…………わかりました」

これがいわゆる策士、策に溺れると言う奴なのか。いやまぁ策に溺れる策士なんてただ単に頭が悪いだけの話なんだけれども。
溜息が出そうになる。面倒くさい。これじゃぁ、ゴン一行をとりあえず合格させるという目的が達成できないではないか。
数人、恐らくわたしと同じところから来た奴ら四人とハンゾーが続いて耳打ちに行く。
空気は非常に険悪、一触即発というのはこういう空気のことを言うのだろう。
また一つ溜息を吐いて、仕方がないかと手を上げる。



「試験官、わたしからも質問があるんですが、よろしいでしょうか?」
「ん、今度はなに?」

視線が集中する。
いやもう、ヒソカの横という時点で目立ってはいるのだが、こういう視線というのはあまり、心地よいものではない。

「わたしはある程度スシに関する知識があるんですが、それをみんなに暴露するのはもちろんOKなんですよね?」
「……ある程度の知識があればそれで合格と見なすわ。あんたも耳打ちしにこればいいでしょ」
「わたしはたまたま幸運を拾っただけですし、そんなに他人を蹴落とさなければならないほど切羽詰ってもいないので、そうした幸運を分け合うのもやぶさかではないなぁと思うわけなんですが」
「…………それは」
「わたしがこの場に居合わせたから、ここにいる人間は"幸運"を拾って、みんな試験官に耳打ちをすることが出来た。わーみんなラッキー、みんな通過で良かった良かった、とこれでは何か問題がありますでしょうか?」

言外に、あなたの理論なら問題はないでしょう、と笑って告げる。
交渉の基本は口を挟ませないマシンガントーク。自分のペースを崩させないこと。
幸運をたまたま拾った。
わたしという天使の心を持った人間が、今この試験場にいたことでみんなが幸運を拾うことが出来た。
その二つに違いはない、彼女の言葉をそのままに解釈するならば。

「…………分かったわよ。試験を変更すればいいんでしょ」

睨みつけながら不機嫌な顔でメンチが言って電話をかける。
いやまぁそりゃ十も年の違う子供(しかも美少女)にそんなことを偉そうに言われたらそれは腹が立つことだろう。
とはいえ勘弁して欲しいもの。こっちも、好きでやったわけでもない。

ほっとした表情でみんながこちらを見る中、先ほどの女が忌々しそうにこちらを見ていた。
無い頭でお前がいらないことをするから、こういうことになったんだろうに、わたしに八つ当たりするのはやめて欲しいところである。
これだから阿呆は嫌いなのだ。

それから出てくる理由はどうでも良かったのか。
暇だったらしいネテロが空から降ってきて試験内容の変更が行われ、例の如くクモワシの巣から卵をとる、というものになった。
試験自体が卵を"取ってくる"ことであるために、全自動試験補助機HISOKAは使えなかったのが残念。


結果としては二次試験合格者、52人。
多分本来はもう少し少なかったのだろうが、まぁ、誤差としては十分許容範囲内だろう。









「いやぁ、さすがはカグラ◆ まさかこんなところで落とされそうになるとは思わなかったからね、助かったよ◆」
「いえいえ、どういたしまして。まぁ、実際下手打ったらわたしも落ちてしまってたかもしれないですしね」

いやまぁ寿司を作れといわれれば、確実にここにいる中で一番うまく作れるわたしが落ちることなんてありえないのだが、こういっておくのが無難だろう。
ああ、わたしはなんて謙虚なんだろうか。マザーテレサも裸足だろう。

「んー、いや、それにしても今日は酷く疲れましたね。非常に眠たいです」
「……君、試験の半分くらい寝てなかったっけ?」
「睡眠不足は美容の大敵ですからね。わたしはどこか開いてる個室でも探して寝るとします。ヒソカさんはどうしますか?」
「んー……そうだね◆ 一人でピラミッドでも作っておくよ◆ 別にそんなに眠たくも無いしね◆」

こいつは一体いつ寝ているんだろう。

「そうですか。それじゃぁまた明日会いましょう」
「ああ、また明日◆」








そう言って別れて50m。
そのくらいでようやく例の二人と弱小能力者三人が姿を現す。
例の二人のもう片方は着流しを着て髪を結った、細い顔の侍スタイルの男。
後の三人は外見上の特徴を上げるまでも無いだろう。
面も体格も念も全て基準値を下回っているような類で、名前はABCで十分。
相手にすることがまず時間の無駄に感じられるメンバーだった。

「これはこれは団体さんでご苦労様です。盗み見されるのも不愉快ですから、こうして出てこれる状況を作らせて貰ったわけですけど」
「てめぇ……」
「やめて。……とりあえず、さっきはありがとう、と言うべきかしら。貴方もこの世界の住人じゃないんでしょう?」
「……とりあえず、病院に行ってきたほうがいいんじゃないですか? 主に頭の検査で」
「随分ね。とりあえず、確認したいのはそれだけで、後一つは忠告。……原作を狂わせないで。これくらい、わかるでしょう?」
「分かるも何も、何を仰っているのかさっぱりです。まぁそれはともかく、先ほどの礼はきちんと受け取っておきますね」
「……?」
「…………面倒なことをしてくれた"おかげ"で、余計な手間が増えましたし」

笑みを浮かべて言ったその言葉に彼女の顔が真っ赤になる。
茹蛸のようだ、と笑いをこらえていると、空気が剣呑になるのが分かった。
外面でどう取り繕っても、彼らがわたしに敵意を抱いているのは確実なのだ。そんな奴らと表面上ですら馴れ合う必要も無い。
その空気の変わりようから見て、この判断は間違いでないと再認する。
面従腹背なやつほど面倒なものはいない。何よりも、気持ちが悪い。
敵か味方か、空気であるか。
それ以外は世の中に、欠片だって必要ない。

「っ……言うことは以上よ」
「ああ後、八つ当たりでわたしを恨むのはお門違い、そこはご理解いただけるとありがたいです。恨むのならわたしではなくヒソカさんか、弱かったお友達によろしくお願いしますね」

まぁ、後者の方はもういませんけど、と笑いながら付け加える。
本当に、そいつはどうした理由で後ろに残ったのだろう。まさかヒソカを止める気だったのだろうか。
だとしたら笑い話にもなりはしない。自分の力を過信しすぎだ、念を使えれば興味がひけるとでも思ったのか。
念を使えようが使えまいが、価値の無いものは等しく価値が無い。
そんなことすら分かりもしないから、そういう馬鹿なことを思いついてしまう。

「……いい加減にしとけよこのガキ。俺はこいつみてぇに」
「セリフも頭も三流ですね。この飛行船の中で戦ったらどうなるか、そんなことすらわからないんですか?」
「カズキ……やめて。あんた、えらくわたし達に喧嘩を売りたいみたいだけど、あとで後悔しなければいいわね」

女が言外に脅してくるが、笑いすらこみ上げた。
どうせ脅すなら最初からそういえばよかっただろうに、わざわざ搦め手で関係を作ろうとするからそういうことになる。
どっちにしろ、相手に合わせて穏便にいったところで、こいつらにはわたしと信頼関係を築く気なんて持ち合わせていなかったろう。
どう考えても先に死んだ一人がついてまわる。
死者の念は強く残るもの、実際的にも、概念的にも。

「わたしが、貴方達に喧嘩を売ってる……? あはは、それは勘違いです。わたし、弱いものいじめは嫌いなので」
「……四次試験のサバイバル、楽しみだね」
「……ふふ、弱い犬ほどワンワンワン、ってやつですね。お連れの方も自殺志願者だったみたいですし、皆さんも頭がおかわいそうで、出来れば二度と顔を見せないで下さると嬉しいです。…………頭の悪さは感染りますから」
「アヤネ…………いくぞ」

忌々しそうな顔で去っていく。
着流しはまぁ十中八九刀使い。
そうでなくあの格好をしているのなら、ただのコスプレ野郎だろう。今持っていなかったのは恐らく具現化系だから。神経質そうだし。
いやまぁ短気でもあるけど、神経質は短気なもんだ。
彼は恐らく近接型。とはいえ、刀、刀か。妙な能力があれば面倒ではある。

女の方は全く不明であるが、オーラの扱いは中々上手い。やはり、こっちもそこそこの実力者であると見ておいたほうがいいだろう。
後の三人は考慮にいれるまでもない。纏の時点でまずなっておらず、恐らく練は出来るだけ程度なのではないだろうか。
念の才能がなかったのかどうなのかは知らないが、まぁ、デコイ程度には邪魔をされてしまうかもしれない。
気を付けるのはその程度。
もちろん、わたし以上の能力者で、わたしに気付かれず弱い風に装っていることもありえるが、まぁ、まずありえないことだろう。


念を覚えただけで今回の試験を合格できると思った勘違いな人たち。
頭も悪い、実力も無い。そうした輩のせいでわたしの苦労が増えてしまうのは非常に不愉快だ。
わたしは好きで原作の彼らと関わったわけでもない。
もう既にヒソカにホーミングされてる以上、この流れから逃げることは不可能なのだし、別にわたしが悪いわけでもない。
彼らの心中はそうした形でも原作に関わるわたしへの嫉妬半分、仲間を殺したヒソカとつるんでいるわたしへの憎悪半分。
まじめに付き合うのも阿呆らしい。








「無闇に敵を作るのは感心せんな」
「…………どこから話を?」

知らない間に後ろに立っていたネテロが言う。
なんて神出鬼没な爺さんだろうか。

「おぬしが喧嘩を売ってたところからじゃよ、名はなんと言う?」
「カグラ、です」
「カグラ、か。いい名じゃ。…………さっきのように敵を作ってばかりいれば、それだけ自分で自分の首を絞めることになる、それは分かるじゃろ?」
「……それはそれで分かりやすくていいじゃありませんか。チェスに灰色の駒が混ざっては困りますが、敵の駒が増えたなら、それを獲ればいいだけでしょう?」
「…………おぬしがその歳でそれだけの能力を有し、何千何万何億に一人か、分からぬくらいに恵まれた才能が有るのは認めよう。しかしだからといって、周りを切り捨てるのは感心できんな」

言葉を区切る。
温和な顔のまま眼だけを鋭く、自然な風体で語る。

「そのままいけばおぬしは、そうして切り捨てた人間によって命すらを奪われることになるじゃろう」
「……そうした方々はわたしがどう振舞おうと、そういう風に動くものです。でしたら、動きはわかりやすい方がいいじゃないですか」

グレーゾーンの人間なんて、面倒以外のなにものでもない。
腹で何を考えているのかが分からない。いざというときにどういう行動を取るかも分からない。
そうした人間ほど、怖いものは無い。実際、わたしの命を奪った相手はそのタイプだったのだ。
それならば、最初から敵味方は区分けされてる方がいいに決まっている。
流石に植物クラスの年寄りの言葉といえど、それに首を振ることは出来ない。
どちらにしろ、結局下衆は下衆でしかないのだから。

「それは拒絶じゃよ。周りと壁を作って高さを作って、そうして誰もいない所までいくつもりかね?」
「そうなってしまうのは仕方がないことです。だって、彼らとわたしは違うんですから」
「その先が、"ひとりぼっち"だとしても、かね?」
「…………なにが言いたいんです?」
「……何が言いたい、というわけじゃないんじゃがな。ただその年でそういう風に考えてしまうのは、寂しいと思うたのじゃよ。それに、そうやって才能を持ちながら、若くして潰れたものは多い」

話はそこまで、と思ったのか、わたしの横を通り過ぎていく。

「おぬしは若い。先もある。だからこそ、惜しいと思うたまで。詰まらん話を聞かせてしまったの」
「……いいえ。ありがとうございました」

背を向けて手をひらひらと振りながら去っていくネテロに礼を述べる。
年寄りはみな、説教が多くて困る。なぁなぁにやってきた結果が前世の最後なのだ。
なれば、今回は同じ轍を踏まないように気を付けるのは当然のこと。それが実際に殺されたわたしの経験論。
彼とわたしでは立場が違った。故に結論が違う。
ただ単に、それだけの話。

とはいえ彼が気に掛けてくれたのは確かだろう。
そのことに対して感謝を込めて、わたしは頭を少しだけ下げた。
ああ流石はわたし、なんて性根の真っ直ぐな人間なんだろうか。








そんなことについて考えていると欠伸が出てきた。
そろそろ活動時間が限界を突破しているのだろう。非常に由々しき事態である。

「ふぁ……あ…………ねむ。まぁそんなこと、今更考える話でもないですけど」

そう、そんなことはもう決めた後の話。正直なところどうでもいいのだ。
下衆の対応でどうして常に時代の最先端をいくスパコン以上の性能を持つスーパーカグラちゃんブレインを使わなくてはいけないのか。
わたしの頭はそんなことに使うべきものではないのだ。


今の状況で言うなれば、寝床はどこか。そう、そのためにこそ今わたしの頭は使われるべきだ。
わたしは頭を切り替えると、本来の目的である寝床探しを始めることにした。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 19話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/18 07:41

十九




「あー、凄く眠たいですね」
「そうかい? 昨日は早く寝に行ったと思ってたんだが◆」
「なんだかんだで部屋を探して、寝れたのはたったの九時間ですよ」
「………………睡眠不足はお肌の大敵というやつだね◆」

呆れた顔でヒソカが言う。何故そんな顔をされなくてはならないのか。

「で、どうします?わたしとしては面倒なので横から跳んで行ってもいいかな、って思ってるんですが」
「んー、やめておいたほうがいいんじゃないかい? 試験は楽しまないと◆」
「むー……」

塔の屋上。下への入り口へは大体みんな気付いてきたみたいで、上の人数は疎らになっていた。

「一通り見てみましたけど、もうペアの道は残念ながら埋まってるみたいですね」
「うん◆ こっち側にも無かったよ◆ それじゃぁ適当に入るとしようか◆」

適当なことをでっち上げると、ヒソカがそれに頷いた。
円を使ってもないわたしが下がどうなっているかなど知る由もない。

「まぁ、仕方ないですね」

全然残念ではない(むしろ嬉しい)のだが、あえて残念そうに言うところがわたしがわたしたる所以だろう。
ああ、凄く優しいなぁわたし。天使のようだ。

「それじゃぁわたしはそこのに入りますよ。下には誰もいないみたいですし」
「そうかい? それじゃぁボクはこっちから◆ 下で待ってるよ◆」

バタン、と音を出してヒソカが降りる。
下には誰もいない。これなら大丈夫だろう。






バタン、とわたしも扉を潜って下に入ると、なにやら見たことがあるような光景が眼に入る。
ふと、看板を見る。

「えーっと多数決の部屋。君たち5人は、ここからゴールまでの道のりを多数決で乗り越えなくてはならない」

袖から人形を四体出すと、机の上にある腕輪を身につけさせる。
おお、5人揃った。これで出発できるだろう。しかし扉が現れない。どういうことか
扉らしきところが完全に閉まっており、開く気配すら無い。

ああ、そうか。多分、これは故障なのだ。
ということは"みんな"で協力して乗り切れということだろう。
ガンマン人形に銃を構えさせると、少し多めにオーラを込めて――――

『ストップ! それダメ! アウト!! …………そこは多数決の道。たった"1人"のわがままは"決して"通らない。当然、"受験者"が"5人"必要、わかったかね?』
「…………壁壊すのとかセーフじゃ」
『……とりあえずまだ時間がある。だから他の受験者が来るまで待ちなさい』
「……わかりました」





これだけ必死な口調で言われては流石に厳しい。というか驚いた。
いやいやいや、多数決の道って明らかに原作ルートじゃないか。メンバー的に凄い気まず―――

バタンバタンバタンバタンとリズム良く上から音がして、続いてドサドサドサドサと人が降りてくる。
腕輪を付けたままの人形を4体抱えながら、顔を見るとやはり予想通りの主人公一行だった。

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」

とりあえず何事も無かったかのように歩き出し、人形から腕輪を外し机の上に一つずつ置いていく。
最初あったとおりに自分のつけている腕輪以外を戻すと、元の位置に戻り、カバンの中に人形を収納する。
そんなことをしている中、チラチラとわたしと腕輪とボードに書かれている言葉を無言で彼らが見ていた。

「……いやー、誰も来ないんでどうし」
「……プッ…………」
「……くはっ……」
「アハハハハハハハ!! 人いねぇからってっ……てめ人形! にんぎょっ! ……ぶふっ……」
「キルア、駄目だよ、悪っ……いくら……くふ……人形……っ人形に……!」

顔が熱い。
あれ? いや違、なんでわたし笑われて、人形って、いやこれ念、念能力で、ああいやこいつらに言えないのか。
いやいや、わたしは何一つおかしいことしてない。だというのにこんなに笑われなきゃならないのか。

「……っ……やめないか……くふ……この子が……ぷっ……かわいそ……っ……」
「…………くっふ……やべ…………腹……痛……」
「アハハハハハ! しかもスルーしようとしやがったぜこいつ、そりゃねぇだろ!?」
「キル…………っ……やめっ……お腹が…………っ」












暫くすると笑いが絶えて、誰一人喋らない気まずい空気が誕生した。
無言の空気が痛い。

「…………いや、すまない。本当に最低なことをした」

クラピカが謝る。散々笑った後なので彼も非常に気まずいのだろう。本当に申し訳ないことをしたと顔に書いてある。
が、あれほど笑われた手前、わたしも非常に気まずい。あそこまで笑われたのは生まれて初めてだ。


「いいえ、笑われるようなことをしたわたしが悪いんですし」
「本当だぜ、まさか下に下りたら人形遊びぶっ」

『我侭な指先(タイラントシルク)』をつけて足を払い、頭からこけさせる。
何故わたしがこんな眼に合わなければならないのかが分からなかった。

「いやー、それにしても殺風景なところだな、ここは。早くでねぇと気が滅入っちまうぜ」
「あはは、そうだね。そろそろ行こうよ」

レオリオが話題の転換を図る。流石はムードメーカー。
それにゴンが相槌を打ち、酷く気まずい場の空気を改善するために動き出した。
溜息を吐いて、わたしもその流れに乗る。

「確かにそうですね。制限時間があることですし」
「んで扉を潜ったらまた人ぎょふっ」
「……確かに。それじゃぁ進もうか。気付かない間に扉も出来ているようだ」

そういって扉に近づく。
近づいてボードを見ると、原作どおりに開けるか開けないかが書いてあった。
当然開けるを選択すると5対0でスムーズに通過。
すると抜けたすぐ後に、どっちに行く? などと書いてあったのはフレンドリーな言葉が書いてある。

「扉を出てすぐまた設問かよ」
「……面倒ですね」
「確かに」

クラピカがわたしに同意する。わたしは純粋な意味でいったのだが、クラピカは別の捉え方をしたらしい。
そういえばこいつはこの問題を理解している人間だったか。
内容を知っているのでわたしは迷わず右を押すと、例の如く、右3左2の形で扉が開いた。

それを見たレオリオが言う。

「なんでだよフツーこういうときは左だろ? つーかオレはこんな場合左じゃねーとなんか落ち着かねーんだよ」
「確かに行動学の見地からも人は迷ったり、道を選ぶときには無意識に左を選択するケースが多いらしい」
「オレもそれ聞いたことある」

と、クラピカとキルア。
おお、この場合わたしがトンパの役をしなければならないのか。

「それだと計算あわねーぞ。お前ら一体どっちだよ?」
「右」
「右」
「お前らなー……」
「わたしがもし試験官で、こういう法則があると知ってたとしたら、きっと左の方を難易度の高い道にします。そういうことですよね?」
「そういうことだ」
「……ようするにオレ等は単純ってことか」
「いえいえ、そんな法則をたまたま知ってた知らなかった、それだけのことです。さっきのスシと同じで、わたし達に有利な知識が出てきただけ。もしこれが医療関係なら、全く逆の立場だったでしょうし」
「…………」

レオリオがポリポリと少し照れて頬をかく。ああ、なんて神がかったフォロー。あまりの自分の優しさが怖い。
とりあえず次のところはトップでわたしが出ればストレートで終わる計算であるし、このまま行けばスムーズに降りれることだろう。
最後のところだけ、壁壊したらいいんじゃないですか? とでも可愛く提案すればオールオッケー。
ああ、なんて完璧なプランなのだろうか。










広間に出ると例の如くハゲのおっさんが出てきた。

「我々は審査委員会に雇われた試練官である!! ここでお前達は――」

だらだらだらだらと話が続く。いやいやいや、どうでもいいから早くして欲しいところである。
どうせトンパがいないのだから、こっちの勝ちは分かりきっている。
……ああそういえば今日は9時間しか寝ていないのか。

ちらりとハゲを見るとまだ喋っている。
この分ならちょっとぐらい寝れそうだ、いやいかん、もうすぐ始まる、もう少し耐えるのだ。
そう眠りの世界へ連れて行こうとする睡魔に対抗していると、

「んじゃ、最初オレね」

なんて声が聞こえてパッと眼を開ける。


知らない間にスタスタとリングに歩きだすキルア。
わたしが行く予定だったのに、と文句をいいそうになるも、どっちにしてもキルアなら勝ち星を拾うからOKかと思い直す。
予想通りキルアがハゲの後ろから首に爪を押し当てて、ハゲから参ったを引き出すと戻ってきた。
殺すかと思ったら殺さなかったのが意外だったのだが、殺したのはただ単に相手がジョネスだったからかもしれない。

次に出てきたのは旅団の偽者。
……あれ? ここ、こんな流れだっけ? 確か最初にトンパ、ゴン、クラピカ、レオリオ、キルアの順だったはず。

「よし、次はわたしが行こう」

うんそうわたしがって、あれ?
スタスタとクラピカが去っていく。いやいやいや、これはおかしい。それは拙いパターンだ。

案の定気絶した振りの河童が残される事となる。
起き上がらない河童。

「さぁオレでケリをつけてやるぜ。さっさとそいつを片付けて次の奴をだしな」
「うふふ、それはできないわね」

きたこの展開。これは、なんだか非常に拙い流れである。
原作どおりに仲間割れ勃発、手を出さないクラピカ、殺せというレオリオ。
時間だけが刻々と過ぎていく中、キルアが口を開く

「あのさ、もしかしてあいつ…………もう死んでるじゃないの?」
「死んでる?」

ここだ。
このタイミングでレオリオではなくわたしが行けば、この賭け勝負にスムーズに参戦できるはず。

「すみま」
「おい! そいつの生死を確認させてもらおうか!! 眼を覚ますどころかとっくに死んでるかもしれねーからな」
「…………」







レオリオが酷く気まずそうな顔でそっぽを向いていた。
わたしが行きます、と言ったのであるが、ここは医者志望のオレに任せな? と格好つけて言われてしまい、仕方なく譲ることとなった挙句、これ。
本当に勘弁して欲しい事態になった。
50時間、確実にここに拘束されることとなる。

「あはは……まぁ終わったことだし仕方ないよ。それじゃあ次、オレが行くね」

そういって出ようとするゴンをレオリオが止める。出てきたのはジョネスらしき大男。

「ゴン、次は負けでいい。あいつとは戦うな」
「へ……?」
「解体屋ジョネス、って有名な殺人鬼だ。あんな奴の相手をする必要はねぇ。それに、幸いこっちにはまだ余裕がある。だから次は棄権しな」

真剣な顔でレオリオが言う。
まぁ普通ならばそうであるが、次確実に勝てるともいえない以上、ここはわたしが行くべきだろう。
次も例のろうそくなら勝てるだろうが、それ以外のものに変わってないとは限らないのだし。

「ああ、それじゃぁわたしが行きますよ。どうせ負けるんでしたら、ゴンさんが残っている方が安心でしょう?」
「……ん、ああ、そうだな。悪いがカグラ、行ってもらえるか?」
「でも、オレのほうが」
「確かに、ゴンに行かせて後先考えずに戦い始めちまったら怖いしな。それなら……カグラの方が"安心"だろ」

ニヤつきながら意味深にキルアが言う。
いやまぁその通りであるのだが。

「それじゃわたしが行く、ということで」






歩き出しながらジョネスに尋ねる。
「勝負の方法はどうしましょう?」
「勝負? 勘違いするな。今から始まるのは」
「ああはい分かりました。それじゃあデスマッチということで、いつでもどうぞ」
「……ッ!? おい!正気か!」

レオリオの声が聞こえる。
正気も何も、念も使えないこんな人間を天才美少女カグラちゃんが怯えるわけも無く。

「威勢のいい嬢ちゃん……だ……ん?」

ジョネスがこっちに走りながら疑問の声を上げる。非常にシュールな光景である。
タッタッタッタと徐々に速くなっていくスピードと、増える疑問。

「おい、なんでだ? ガキ、オレに何を……っ!?」

わたしの横を通り過ぎる頃には疑問は恐怖に変わっており、背中を押してやるとそのまま一直線に下に転落した。
あああああああぁぁぁぁぁぁぁ…………。
落ちていく悲鳴が小さくなっていき、ぐしゃ、という音がした段階で、ようやく橋が架かり始める。

「いやぁ、なんだかよくわかりませんけど、勝っちゃったみたいですね」

試練官の四人にそういって笑いかける。
しかし同じようにこちらに笑いかけようとする四人の顔は引き攣っていた。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 20話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/18 08:01
二十





さっきとは違う意味で無言の空間。
誰一人喋らない中、クラピカが口を開く。

「カグラ、さっきのは一体どうやったんだ?」
「……ん?」

来たこの質問。さてどう返すか。

「さっきのあの大男、どう考えても、自分の意思で下に落ちて行ったとは思えない。君が何かしたんだろう?」
「ええ……そうです。企業秘密、といいたいところですけど……まぁいいです」

そういって袖から針を取り出す。完全にただの裁縫針であるが、もっともらしいことを言うには十分過ぎる代物。
チラリとキルアを見ると、やっぱりそうか、見たいな顔をしていた。
イルミも確かに針を使っているわけであるし、そう思うのも仕方がない。
全然それとこれとは関係がないんだけれども。

「それは……?」
「イリオモテヤマゲンドウマメという特殊な草の根っこから採った毒を塗っています。これを体の特定の部位に刺すことで、相手の体の動きを狂わせ、自由自在に操ることができるのです。そのツボについては流石に教えることは出来ないですけど」
「……なるほど。いや、十分だ。わたしも植物に関してそこそこの知識はあるほうだと思っていたのだが、そんなものがあるとは知らなかった。勉強になったよ」

いや実在しないんだけれども。

「兄貴が、同じように針を使って、仕事をしてるんだ。お前と同じような技を使っているのか?」
「……そこまではなんとも。まぁけど、同じような針を使った技が有ってもおかしくは無いですが」
「…………そう……か」

イリオモテヤマゲンドウマメのことをすっかり信じてしまった二人。
明日には忘れてそうな名前であるが、中々の効果が有ったらしい。いや、中々どころではないのであるが。
嘘をついているとはいえ、ここまで真剣に信じられると少々胸が痛い。

会話がそこで途切れ、また無言の空気が流れる。
クラピカは読書に戻り、レオリオは髭剃り。キルアは一人なにかを考え込んでいる。
わたしもそろそろ寝ようとソファにに倒れ込んだところで、唐突にゴンが口を開く。

「……カグラはどうしてヒソカと一緒にいるの?」
「……?」
「いやだって、怖くないのかな……って思ったんだけど」
「ああ、そういうことですか。まぁ、怖いといえば怖いですけど……変態ですからね」
「アハハ……」

どう答えようか。
素直に、怖いですし一緒にいたいわけでもないんですが泣く泣くついてきました、なんてことは言いたくとも言えまい。
この少年のことだからきっと暴走して酷いことになってしまう。
んー、なんで一緒に……、まぁ適当に言っておくかと笑みを浮かべる。

「ただ単に、結構付き合いが長いですからね。怖い怖くないとかそういうのではなく、ズルズルと、って感じでしょうか」
「ふぅん、そうなんだ……」
「……だとしてもあんな変態野郎たぁ、あんまり付きあわねぇほうがいいぞ?」
「レオリオ! すまない……一次試験の時にヒソカとは少々……」
「いいえ、気にしないでください。あの人はそういう人ですし」

あれだけ受験者を殺したヒソカと一緒にいるわたしを、彼の仲間とみなして嫌ってもいいはずなのに、彼らにはその感情がない。
やはりそういうところも彼らがハンター試験に合格できた理由の一つなのだろう。
すぐに人と信頼関係を築くことが出来るというのは、才能だ。

「ヒソカとはどこで?」
「んー……どこでしたっけ……一人で町に出てきて、路上ライブしてた時に―――」

ってあ、拙いミスった。町に出てきた、って言ったら次の瞬間には、へぇ? 元々はどこに? となるのが眼に見えているではないか。『いやー、クルタ族って言う部族でね、ああ、実は名前もリルフィっていうんですけど、あ、ごめんねクラピー嘘ついちゃってたの。許して』なんていえるわけもない。
案の定クラピカが少しピクッと動いたのが分かる。ああいや、拙い。

「路上ライブ……って何やってたの?」
「ああ、人形繰りですよ。わたしの家は元々、人形繰りを家業にしてまして……堅苦しいのが嫌で家出しちゃったんですけど」

ゴンがスーパーセーブ。クラピカの険はまだ少し取れていないが、とりあえずごまかせる範囲である。
これに乗っていけば、何とかできるはず。

「そうですね。暇ですし、久しぶりにやって見せましょうか? お気に召していただけるかは分からないですけど」
「ホント!? オレ、ずっと島で暮らしてたからそういうの見たことないんだ」
「そうなんですか? それはよかったです、ゴンさんが見る記念すべき初演目がわたしの人形繰りとは、光栄です」
「おお、オレも人形繰りは見たことがねぇな。オレもいいか、カグラ?」
「勿論、クラピカさんとキルアさんも如何です?」

こうして見せておけば、少なくともショーの間は誤魔化せるだろう。
後はそんな疑問を忘れるくらいの立派なものにさえすれば、問題ない。
久しぶりに人に見せる、念を使わない人形繰りに少し心を躍らせながら、バッグの中から愛用の人形達を取り出した。
















それから六十時間弱。
その後なんとか休憩時間は逃げ切る事に成功し、休憩が終わったあとも特に問題なく進むことが出来た。

最後の設問の際も答えを知っているわたしがいたため早々に、長く困難な道に入って壁壊したらいいんじゃないですか?
といって終了。

壁自体は彼ら四人(特にキルア)の力を持ってすれば破壊は容易く、それほど苦労することもなく降りることが出来、スムーズに終了した。
みんなで力をあわせるというのは素晴らしい事だ。
ちなみにみんなが汚れている中、わたしだけ綺麗なのは単に美少女補正というやつであり、決して働いていなかったわけではないということは明確にしておく。
応援は非常に大切なことだ。

「やぁ◆ 結構ギリギリじゃないか◆」
「いやー、ソロのコースを選んだつもりが、多数決の道だったみたいで」
「ああなるほど◆ それは中々運が悪……いや、ボクが変わりたいくらいのメンバーだけど◆」

ヒソカお気に入りの四人組であるし、まぁそう思うのも当然だろう。

タイムアップ結構ギリギリで滑り台を降りてきたわたし達が最終。今外にいるメンバーが合格者、ということになる。
合格者は40人と少し……おかしい。少し残りすぎじゃないだろうか。
正確な数は覚えていないにしろ、確実に20数人、であったはず。見渡すと、見たことのないモブキャラたちが、いやー大変だったと肩を叩きあっていた。
トンパも何だかんだで生き残っていたらしいところが流石である。


チラリと後ろを見ていると、沈鬱そうな顔をしている四人、どうやら一人は落ちたのか、死んだのか。
どちらにせよ今ここにはいないらしい。
同じ境遇の人間に会うのが目的だったのなら、寿司の時点で棄権すればよかったのに。

紛争地帯にボランティアで行って殺されてるような奴と同じ。
結局は自己責任、自分の手に余り過ぎることに挑戦しすぎた結果だろう。

ハンター試験は世界最高峰の資格であるハンターライセンスを手に入れるための試験。当然集まるのは猛者ばかり。
それに比べ彼らは以前の世界でただの一般人だった人間だ。
前は自衛官でレンジャーでもしてたのか? どこかの国で海兵隊に所属していたのか? 東大に主席で合格でもしていたのか? 世界レベルの格闘家だったのか? 会社を起業し、人を顎で使っていたのか?
その答えは否だろう。
しかしこの試験にはそうしたトップレベルの人間のみが集まる場所なのだ。

元日本人であるわたし達には確かに念を早期に習得できた、というアドバンテージがある。
しかし、それだけだ。
そうした普通の一般人がそうしたアドバンテージを得ただけで増長してしまった結果がこれ。
わたしは彼らが以前どういう生活をしていたのかは知らない。
だが、多くは突出した才能のない人間であったことは確かだろう。
そんな人間が、他の世界に来ただけで、ヒーローのように振舞えるとでも思ったのだろうか。
そんな馬鹿な話が有るわけがない。

運動神経が良い、悪い。
要領が良い、悪い。
頭の回転が良い、悪い。
これらと念についての知識を知っている、知っていない。
そんなことが同じだとでも思ったのか。

運動は出来なければ人の数倍努力して人並み程度にはいけるかもしれない。
要領が悪ければ反復すればいい。馬鹿みたいにやれば身につくだろう。
知識は詰め込めば何とかなる。学校のテストはそれで合格できるのだ。

念の知識を彼らは知っていた。
だけど、知っていただけだ。自分の才能を、念の扱いが上手い、というレベルにもっていくだけの努力を果たしてしたのだろうか。
念は強い力だ。特に使えるものと使えないものの差は大きい。

しかし、あくまで念とは纏うもの。
その認識を彼らは誤った。
服の高級感に、自分までが高級になってしまったかのような気持ちに、彼らはなってしまった。

「……去年に比べ、今年は使い手が非常に多い◆ だが、まともだったのは、最初に殺した一人と、あそこの二人くらい◆ 少々期待はずれだ◆」

わたしの目線の先を見てヒソカが告げる。

「ええまぁ、どこかで中途半端な知識でもばら撒いている人がいたんじゃないですか? きっと」
「んー……確かに◆ そうとしか思えないねこれは◆ それよりも今回は使い手でないほうに、ボクは魅力を感じるよ◆」

そうして先ほどまで一緒にいた四人の方を見つめる。ナイスホーミング。
舌舐めずりしながら四人を見る彼の顔は中々ホラーである。できれば、一生向けないで欲しいものである。
とはいえ、そんなこともありえない。
早くこの変態を、団長と相打ちにさせないと。









それから暫くすると、いやらしい試験を作ったモヒカンチビが姿を現した。
いやらしいと言えば目つきもいやらしい。纏っているオーラまでもがいやらしく見えてくるのも仕方がないことだろう。
わたしの可憐で素敵で美しい芸術品のようなオーラとは対極に位置する気持ちの悪いオーラに眉を顰めると、向こうも壁を壊されたのがそんなに気に食わなかったのか、青筋を立ててこちらを見てきた。
わたしは自分で国を作るなら存在猥褻物陳列罪という罪を作ろうなどと思いながら言葉を待つ。勿論彼は入国した瞬間に有罪である。
どうせこの後飛行船に乗って四次試験会場にまで行くんだろう。話はいいからさっさとして欲しいものだ。

「諸君。トリックタワー脱出、おめでとう。わたしがブラックリストハンター兼、三次試験官のリッポーだ。さて早速だが諸君には―――」

ぱちんと指を鳴らすと、下から飛行船が浮上する。
こういう奴は大嫌いだ。
おい、出てくれ、で済む話ではあるまいか。わざわざ格好よくないのに格好つけて指を鳴らすとは、わたしが裁判官なら銃殺刑ものである。
むしろわざわざ下で待機なんてことしなくても最初から乗れる準備しとけよ、と思うわたしはきっと正常。
このモヒカンという髪型と同じくらい彼の頭はおかしい。



そんなことを考えていると、ぼんやりわたしを見ていたヒソカが、頬を掻きながら話を振ってくる。

「……んー◆ 次はどんな試験なんだろうね◆」
「さぁ……ただ、流れとして考えると次はハントとか、総合的な能力試験か、個人の実戦技能を測るテストになるんじゃないですか?」
「ああ、それはありそうだ◆」

普通に考えたとしても、今までの試験はそれぞれ、体力と精神力、考察力と挑戦心、判断力と決断力をみたもの。
この次に何かあるとすれば実戦技能や総合力、または知力やチームワークのいずれかにはなるだろう。
わたしは試験自体を知っているので、恐らくは四次が総合、五次実戦になるのではないか、というのは知ってはいるが、本当に試験がその通りに行くかどうかはわからない。

「ま、ともかく行けば分かりますよ。どう考えたってあなたが落ちるような内容ではないでしょうし」
「クク、筆記試験だなんていうことになったら話は別だけどね◆」
「……そうでないことを祈りましょう」

とはいえ、元々人生はそんなもの。
未来の分かるこんな世界がおかしいのだ。
そんなのに頼る自分が少し馬鹿らしくみえて、笑う。

「…………?」
「ああいえ、何でもないです」

ラプラスの悪魔はもう死んだ。
腐ったその体が、見える時も近いだろう。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 21話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/18 08:32
二十一







「んー…………」
「どうしたんだいカグラ?浮かない顔をして◆」
「……いや、ハンター試験中に三日休み、なんて変な話ですよね? 一応、財宝を拾って来いって形にはなってますけど」
「確かに◆ …………何か裏がありそうだ◆」

海に足をつけてちゃぷちゃぷとやりながら考え込んでいると、隣のヒソカが言う。
わたしは今、難破船の集まった孤島に来ている。試験の途中に、だ。

「潜ろうにも水着も持ってきてないですし、あー……これなら持って来ればよかったです」
「それは残念◆」
「どーもです。しかも宿泊に一千万J。物凄く足元見られてますし……」


宿泊費は前金で一千万。
安い家が買える値段であり、足元を見てるどころの騒ぎではないのだが、一応お宝を持って来れば現物交換でOK、みたいなことは言っている。
なんというか、犯罪の匂いがぷんぷんする。
いやいやいや、選択肢がホテルで寝る以外無いのに一千万は明らかに犯罪だ。
よく強姦魔が良くやる手口と一緒で、山奥深くに連れて行った挙句に、俺の言うことを聞くかここで置き去りにされるかどっちがいい? などといわれてるようなものではないか。
ああ、恐ろしきかなハンター協会。
とはいえ、泣き寝入りもしてられない。

「ん、どうしたんだい?」
「一千万もこんな試験に出すのもなんだかもったいないですし、適当にお宝拾ってきますよ」
「なるほど◆ いってらっしゃい◆」









「クルタの船……」

面倒くさいと思いながらも難破している船を散策していると、そのうちに妙な船を発見した。
なんとなく近づいて見て、ようやくそれが、クルタのものであることを思い出す。
小さな頃に何度も見かけた姿は、劣化し、壊れているが、確かに記憶にあったもの。
一度、忍んで乗ったこともある、瞳の赤き色の帆船。
本当に赤が好きな一族だった。

懐かしさに駆られて、中にはいる。
もうあちこちが腐って来ており、腐敗と乾燥を繰り返したような死体もいくつもあったが、その内部は確かに記憶に残っていたもの。
幻影旅団の襲撃は五年前。
十分に水や食べ物を乗せることも出来ないような状態で旅立ったのだろう。
一縷の望みを賭けて。
乗っていたのは、やはりほとんどが女や子供だった。

食べ物が無く、飢えた状態であっただろうに、船内に争いの後は無い。
彼らの性格は、醜い争いを是としなかったのだろう。
それがなんとなく誇らしくて、笑みがこぼれた。

この船に、宝は期待していない。
宝を積み込む暇なんて無かっただろうことは分かりきっていた。
そこそこ工芸的にも優れてはいた一族では有ったが、それも未開部族としてはの話。
プレミア以外の要素で高く売れるわけもない。
小さな指輪やペンダント、そうしたものを死体から剥ぎ取る気にはなれなくて、この場を後にしようとしたときに、ふと、呼ばれたような気がして振り向いた。

眼に映ったのは、差し出されるような形で死体の手に乗っていた、竜の形の黄金のペンダント。

『駄目よ、まだ早い。これはうちの家宝なの。由緒正しい火難除けお守りでね。リルが誰かに嫁げるくらいに大きくなったら、渡してあげる』

手にとって、掲げる。埋め込まれた赤いルビーは、緋の眼を表す。
古ぼけた鏡を見て、自分の目の色がおかしい事に気が付いた。そう、これはわたしの色じゃない。
コンタクトを外すと、ルビーよりも鮮やかな、至高の宝石の一つとまで謳われたクルタの緋の眼がそこに映った。
ルビーよりも鮮やかなあかい色。

目の前の死体は、かつての母親だったもの。
左薬指の指輪は、母がいつもつけていたもの。服は、母がいつも着ていた寝巻き。
美しかった髪と、わたしそっくりの綺麗な顔だけが、今は別人のようになっている。
わたしがいなくなったとき、彼女はどう思ったのだろうか。
子供はわたし一人だけ。
ペンダントを渡す相手はわたししかいなかったのに。

それを空腹と嵐の中、今際の際まで手に持って、そのまま彼女は息絶えたのだ。
差し出すようなペンダント。
誰に差し出されたものなのか。


膝をついてペンダントを死体の手の上に乗せた。
そして、両手を手を合わせ、眼を瞑る。

わたしは、あなたを恨んで逃げたわけでも、嫌になって逃げたわけでもありません。
あなたはわたしを娘として、愛情を持って育ててくださいました。わたしはそのことに感謝しております。
しかしわたしは正しく貴方の娘ではありませんでした。そしてそれ故に逃げたのです。
ペンダントは家宝。
なればこそ、逃げた娘の偽者のわたしに、それを受け取る資格もありません。


一息ついて、立ち上がろうとしたところで、カタン、という物音。気が付けば人の気配が入り口にある。
流石はクラピカ、気配を"絶"つのも中々のものであるらしい。

「…………やはり、君は」
「……見てたんですか? クラピカさん」
「……そのペンダントは一族に一つだけ。それを受け継ぐ家の娘が、嫁ぐときにのみ受け継がれるもの」

家宝ではあるが、これは家に継がれるわけではない。
この火難除けのペンダントは、等しく公平にクルタの民を守るもの。
このペンダントは、家を渡り歩くのだ。

「次にそれを受け継ぐはずだったのは、神の御子とまで呼ばれた少女だ。襲撃の前に行方不明となった」
「へぇ……大変だったんですね」
「君のことだろう?リルフィ」
「だからわたしはカグラです、と最初に言ったじゃないですか。たまたま死体があったので、拝んでいただけのこと」
「じゃあ何故こちらを向かない!? ……私に、眼を見せてみろ」
「膝を擦り剥いてしまっていたいのです。リルフィさんがどんな方かは知らないですが、わたしに酷く似てらっしゃるんですね」
「…………似てるとも! 尋常ならざる実力、髪、顔立ち、年齢もそう。塔での人形劇で確信を持った! 君の母親は私の母に、家での君の事をよく漏らしていたから……ここを張っていれば、君は必ず来ると思った」

人形繰りなんていうものは、家でしかやっていなかったのだが、しっかり外でもれていたらしい。
非常によろしくないことだ。
これはもう、アウトだろう。

「んー……流石はクラピカさん。凄い読みと隠遁術、わたしも感服です」
「…………何故、いなくなった? 知っていたのか、旅団に我々が狙われていることを!」
「ええ、勿論。そうでないとおかしいじゃないですか」
「……君が、事前にクモに誘拐されて、情報を聞きだされた後、殺された。……そう、私は考えていた」
「そのまま死んだということにしてくだされば、こんなお話もせずに済んだんですけどね」
「何故、クモが来ることが分かっていながら言わなかった!? それだけでどれだけの同胞が―――」

何故、何故か。
そういわれれば困るところ。
わたしはあの時点で村を出たことがなかった。なのに、旅団が来ることを知っている。
そんなことは、予言以外にありえない。
だとすれば、どうか。
滅びの予言を、彼らは是としただろうか。
それ以外に予言の出来ない、わたしの言葉を信じただろうか?

ふふ。いいや、取り繕っても意味が無い。わたしは分かっている。彼らはきっとわたしの言葉を信じた。
ただ単に、わたしが怖かっただけなのだ。

もし彼らが戦うことを選んだならば、わたしは生き残ることが出来るのだろうか?
予言をしたわたしは、厳重に監視される。果たしてわたしは逃げ延びることが出来ただろうか。
クラピカは、きっと生き残るだろう。彼は運命に守られている。
そして実際に生き残り、目の前にいる。

しかしわたしはどうだろう。
本来ここにいない存在で、しかも前世はただの一人の意思によって、あっけなく命を落としたのだ。
そんなわたしが、死ぬ運命の彼らに命を委ねて、生き残ることは出来るのだろうか。
わたしの足を引き合ってきた"他人"に、自分の命を託せるのか。


トリックタワーの最後の問いを思い返す。
五人全員が通れるが、長く困難な道と、三人しか通れないけど、短く簡単な道。
わたしは初めから、短く簡単な道を選んでしまった人間なのだ。
間の壁を壊そうとということ、すら思いつかないことだろう。
なぜならば、前者を選べば、わたしは確実に生き残ることが出来るから。

「……答えは簡単、貴方達を見捨ててでも、わたし一人が助かりたかったから、ですよ」










「いやー、めちゃくちゃ嫌われちゃいましたね」
「クク、その割には全然残念そうじゃないけど◆」
「まぁ、嘘をつかないで済む分、精神的には楽ですよ。ヒソカさんはどうでした?」
「んー、二等船室◆ 蜂を飼ってる女の子と一緒の部屋だよ◆」
「あ、そうなんですか? わたし、一等船室の一人部屋なんですけど、変わりましょうか、良かったら」

いや、なんというか、ヒソカと一緒ではその子が非常にかわいそうだ。
蜂……蜂、ああポンズか。うんうん、何も問題はない。

「そうかい? ありが……もしかしてあとでお金を」
「どれだけ意地汚いんですかわたしは。純粋な好意ですんで、どうぞお気兼ねなく」
「…………◆」

鍵を取り替えると部屋に向かう。
クーラーも効かないあんなところが良く一等などと言えたものだ。
もう少し小さい部屋ならクーラーも少しは効くことだろう。あの部屋はさらに日当たりも抜群で、サウナのようであった。
ヒソカはきっと北極から火山まで、どんな温度でも耐えれるスーパー超人だから問題はないはず。
わたしはスーパー美少女であるが非常にか弱いので、熱いの寒いのは非常に苦手なのだ。
住み分けと言うのは非常に大事である。






扉をノックをして扉を開けると怯えたようなポンズの顔が見えた。
よっぽど怖かったのだろう。かわいそうな話である。

「ヒソカさんにお部屋を代わっていただきました。三日間かは分からないですけど、よろしくしくお願いしますね」
「ホント!? アイツといたら息が詰まって死にそうだったの。…………よかったぁ、もう少しで部屋を変えてもらいにいくところだったんだけど」

中々追い詰められていたらしい。いや確かに、知り合いでもなかったらあんな変態の傍には10m単位で近づきたくない。
いやそうでなくても近づきたくないのであるが。

「あはは……大変でしたね。わたしはカグラといいます。お名前、聞いてもよろしいですか?」
「カグラちゃん……か。わたしはポンズよ、宜しくね」
「ええ、よろしくお願いします」
「ふふ、まさか試験中に握手なんてするとは思わなかったけど」

嬉しそうにポンズが言う。よっぽどヒソカから開放されたのが嬉しかったのだろう。
その顔は中々晴れやかだった。蟻に殺されてしまったのが残念なくらいの美人さんである。

シルクハットを取ると髪を解き、服を脱いでスウェットに着替える。
やはりこの格好が一番楽だ。
ぽふっ、とベッドに倒れ込むと体にしびれるような、じんわりとした気持ちよさが広がる。
ごろごろとできるベッドというのはなんて幸せなのだろうか。
くすりと笑い声が聞こえてそちらを見ると、ポンズが笑っていた。

「……凄い嬉しそうね」
「ベッドは久しぶりですからね。ポンズさんもそうでしょう?」
「うん。わたしも久しぶりで凄く嬉しいんだけど……さっきはアイツがいたからね。ようやく、ってところ」
「あはは、おめでとうございます」

外を見ると真っ赤な夕日が落ちるところ。
火葬しなきゃなぁ、なんて思いながら外をぼんやり見つめていると、見覚えのある金髪がこちらを見ていた。
遠くからでもわかるその眼が、こちらに来いといっている。
手に持ったタンクの中には、ガソリンでも入っているのだろう。気の合うことだ。

「貴方のおかげなんだけどね。あ、お風呂どうする? 先に入る?」
「……わたしはあとで。そういえば、用事があったのを思い出しました」
「そう? それじゃぁわたしが先にもらうね」


そういって彼女は部屋に備え付けてある、カーテンだけの風呂に向かう。
ちゃんと服を着なおしていこうかとも思ったが、先にやられてしまってはかなわない。
仕方なくそのままの格好で、クルタの船が眠る場所に向かった。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 22話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/18 08:45
二十二





眩し過ぎる朝日が窓からわたしを照らしていて、非常に寝苦しい。
目覚めると、もうすでにポンズは出て行った後であるらしく、部屋には誰もいなかった。
仕方なく欠伸をして、顔を洗う。こんなことならば窓際のベッドを選ぶんじゃなかったなどと思いながら、顔を洗っていくと、少しずつ眠気が取れていく。
目覚めてきた頭で自分の姿を見ると、寝癖が酷いことになっていた。

「うえぇ……」

セットが酷く面倒くさい。髪の毛に水を含んだ状態で寝てしまったせいか、恐ろしいはね具合になっている。
しかしここで、どうせ括って帽子被るんだしいいか、なんて思ってしまうのは三流の人間。
生まれつき超一流の美少女であるわたしのような人間は、そんなずぼらなことをしてはならないのだ。

身は心をあらわす。
わたしのように聖女や天使以上の心を持つ人間には、それを実践する義務があるのだ。

と、そう思いながらも、手が動かない。めんど……いや。きっとわたしの体はきっと更なる睡眠を求めているのだ。
わたしは自分のその心の動きをそう判断すると、扉側のベッドの方にダイブして、布団にもぐりこんだ。

「…………こういうときは、欲求に従うのが一番です」

そう呟くとわたしは再び眠りについた。









「暇だなぁ……」

日が傾いてきた頃に目が覚めて、仕方なくシャワーを浴び、外に出て、早三十分。
何故か昨日は大量にいた受験者が今日は中々見かけなかった。
いたとしても皆忙しそうにせこせこと働いている。こんなところにまで来てご苦労なことだ。

休みといっても本も無い、ゲームも無い。ここは非常に暇な場所だった。
せめて水着でもあれば海で泳ぐくらいできるのに。
戦艦なんてものも見たことが無かったので、仕方なく船内散策をしていると、ブリッジの中から誰かの声が聞こえた。

「…………ハンゾーがリーダーで、クラピカがサブリーダーだ」
「……へ?」

これは、どういう展開だろうか。

「リーダー風を吹かすつもりは無いが、一つ言わせてくれ。俺は忍者だ。忍者は集団で動くとき、その力をフルに発揮できる。俺の国ではそれを"和"と呼ぶ。今回はその"和"を試されるときだと俺は思う。暫くの間だけでいい……協力してくれ」

寝てる間に話が進んでしまっていたらしい。酷く入りづらい様子に、どうしようかと考える。
多分、これは、乗り遅れたパターンだ。何かみんなで力をあわせて頑張ろう! みたいな展開になるようなことがあったのだ。
さっきからせこせこと馬車馬のように働いていた連中はそのせいか。


「私からもお願いする。これは恐らく、チームワークを試される試験だ。全員の協力が無ければ成し遂げられない、何度の高い試験だと私は考えている。この試験をクリアするためにも、どうか、みんなの力を貸して欲しい」

クラピカの声が聞こえた。
昨日の今日でますます入りづらい状態。
まぁ、なんにせよ、彼らに任せておけば、ある程度なるようになるんじゃないか? などと思いながらその場を後にした。

とりあえず、ヒソカにでも聞こう。






「というわけなんだけど、どういうことなんです、これ?」
「…………何のことを聞いているのか分からないけど、大体想像ついたよ◆ この時間にそんなことを聞くって事は、さっき起きたばかりなのかい?」
「…………いやぁ、起きて暇だったので散策してたら、よくわからない事態になってまして」
「あの、ボクらに一千万吹っかけてきた支配人がいただろう? 彼らが昨日の晩、飛行船で飛んで行ってしまったんだ◆ それで、これからどうするべきか、これは試験じゃないのか、という感じにみんな騒いでいるのさ◆」

まさに乗り遅れていたらしい。
まさか、わたしが金を振り込んだ次の日に即トビなんていう思い切りのいい詐欺師のようなことをされてしまうとは思わなかった。
これは中々、いかつい状況ではないか。ハンター協会恐るべし。


「一応地図が見つかったみたいで、ボートで次の試験場に向かっているやつはいるみたいだけど、彼らは皆余り賢そうな連中ではないからね◆ 多分ここに留まっているのが正解だろう◆」
「……そうなんですか。まぁ、ハンゾーさんやクラピカさんのほうに引っ付いておけば何とかなりそうですね。雰囲気的に」
「そうそう◆ ボクらは別に何もしなくても、何とかなるとは思うよ◆」
「……んー、総合か個人技能が来ると思ったら、ここでチームワークとは。少し読みが外れましたね」
「まぁ、そんなもんだよ◆」


ぽけー、と足だけを海につけていると、ひんやりとしていて気持ちいい。
これで日差しがもう少し弱ければ素晴らしいのだが、それは仕方がない。
欠伸をしながら、試験について考える。
いくらチームワークが必要とはいえ試験である以上、この人数を一気に落とすような難易度のものは吹っかけてこないはず。
で、あれば、ここはわたしが動かなくてもなんとかなるだろう。
まぁ、基本的に、能力の高いハンゾーとクラピカが落ちるような試験を早々作るはずも無い。


「……つまりこの状態は、昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない平穏なものなのです」
「…………どうしたんだい?」
「いや、言ってみたかっただけでして」
「…………◆」

それにしても、酷く眠い。安心すると眠気が再び襲ってきた。
このまま眠ってしまいたいが、この日差しの中で寝てしまうと日焼けで酷いことになってしまいそうだ。
うとうととしながら部屋に戻ろうかどうしようか迷っているとヒソカが口を開く。

「そういえば船、焼いたんだね◆ あれ、君の故郷の船だったんだろ?」
「ああ、そうですよ。燃やそうと思ってたら、クラピカさんがガソリン持って来てたんで一緒に……」







『私は必ず幻影旅団を、奴らを全員、捕らえて殺す。そしてそのためにハンターを目指している』

燃える船を見ながら、クラピカが言う。

『そうですか。頑張ってくださいね』
『…………君は、何故、ハンターを目指している?』
『ああ、わたしはハンターを目指しているわけじゃぁ無いですよ。ライセンスを取って、すぐさま売って、幸せに暮らすために今ここに来てるんです』

その言葉に、クラピカが眼を見開く。
まさか、逃げたわたしが同じ目的でライセンスを取ろうだなんて思っていると思っていたのだろうか。

『……奴らを恨んでいないのか?』
『どうなんでしょうね…………別に、殺したいほど憎いだなんて、そこまで思ってはいないですけど』
『……そう……か…………時間を、とらせたな』
『いいえ。こちらこそご期待に沿えず申し訳ないです。ただ、復讐も悪くないと思いますよ、わたしは』

掠れた声で言うクラピカに、そう告げる。
復讐を意味の無いことだとは思わない。
自分の大切なものを奪われたなら、命を賭けて報いを受けさせてやりたいと思う。そんなことは当然のことだろう。
復讐は何も生まないだなんて陳腐なセリフは、復讐の本質を分かっていない。
生む生まないではなく、生きていれば不愉快な相手がいるから、殺したい。
それだけのことだろうに。

実際に大切なものを奪われて、そんな奇麗事を言える者は、二種類に分かれる。
泣き寝入りするしかない弱者か、その大切なものに、全てを捨てる価値を見出せなかった者か。
そもそも生まれてきたことに意味なんて無いのだ。なれば、そうしたことに意味を見出し、時間を使うのも悪くは無い。
わたしは少なくともそう思う。
ただ、一時は。

『…………命を捨てて、だなんていうのは格好いいですけど、結果殺し損ねがあったりしたら、あまりに間抜けですからね。くれぐれも、お気をつけて』
『……分かっているさ』
『復讐が終わった後も、貴方の人生が続くことはお忘れなく。お友達も三人、出来たことですしね』
『………………』

わたしにとっては他人事。だからこそ、こうして第三者の目線から、こうした言葉が言えるのだ。
彼らは死人。そういう付き合いをずっとしてきた。親しき人間もつくっていない。
故に、死人を本当の死人にしただけの幻影旅団を、恨む気持ちもそう多くなかった。
そしてだからこそ、わたしはこうも平静に、こんな奇麗事をほざいていられるのだ。
先の例で言うのなら、わたしも後者の人間だから。

彼はさぞかし失望したことだろう。
唯一の生き残りが、こんな言葉を吐くなんて。




「…………いやー、嫌われ度が増しちゃった感がありますけどね」
「クク、それは残念だ◆」
「残念なことです」










夜になる。
上の方でヒソカ、イルミと共に、皆の様子を見学していたのだが、徐々に海の様子がおかしくなってきた。
どうやら嵐であるらしい。
飛ばないように帽子を手に持ちながら、話しかける。

「んー……どう思います?」
「……多分、この嵐を乗り切るのが試験なんだろう◆」
「そうでなければ、わざわざこんなところにいる意味が無いからね」
「そうですよね……ってあ、一人死んだ」

一人が乗ったボートが海に流されていく。この海流だと確実にアウトだろう。
というかあれは、原作でゴンをターゲットにしていたやつではあるまいか。
やはり徐々に流れは変わってきているらしい。

「んー、海の様子を見たら分かるだろうに◆」
「仕方ないよ。才能が無かったんじゃない?」
「山の猟師っぽいひとですからね。仕方ないんじゃないですか?」

なんて酷いことを言うやつらだ。
まぁ、この天候を見てあんなちゃちいボートで出ようとする彼の頭は天晴れではあるのだが。

「……お」
「…………◆」

嬉しそうにヒソカが微笑む。彼の大好きゴン君が、彼を助けに飛び込んだのだ。
いやいやいや、なんて危険なことをするんだ。嵐の海に飛び込むなんて尋常じゃない。
けどまぁ、助かるだろう、と安心してみていたのだが、海面が甲板を越え始めたところで、ほぼ全員が中にはいっていく。おお、なんて冷たいやつらだ。
これは、少し拙くないだろうか。

そういえば、ゴンが死んだら一番困る、彼らは一体どうしているのか。ここで助けに行かない理由がない。
チラリと例の四人を見てみると、これがおかしいくらいに動揺していなかった。
平然と、甲板に出たまま待機している。
……おかしい。この状況下において彼らは少し平然としすぎている。

キルアとハンゾーがおろしたボートに飛び降り、すぐさまボドロと原作ではイルミに殺された槍使いが飛び降りる。
その際には、すでに彼ら四人は大きなロープを用意していた。
異様に準備がいいのも気にかかる。

「もしかしたら……」
「ん?」
「なんでもないです。弟さんが行きましたけど助けなくていいんですか?」
「ああ。これくらいでくたばるような鍛え方をキルにはしてないからね。とはいえ、あんな意味の無いことをするなんて……あとでお仕置きしないと」

もしかするならば、これはわたしの知らないエピソードなのか。
わたしが知っているのは原作。ハンターハンターはアニメになっていた。
これがもしアニメだけの、オリジナルエピソードだとすればどうだろうか。

都合よくあった、クルタ族の船。
女子供を逃がす。確かにそれはおかしくは無い。しかし、それが偶然にも試験会場のここに流れ着くだろうか。
流れ着いたとして、それは、一体どれくらいの確率か。

ありえない偶然。まさに、そうあるべくして配置されたようなこれは、本当に偶然なのか。
下に意識を戻すと、ロープを綱引きの要領で受験者全員で引いていた。ロープの先にはキルアたちのボート。

「……青春ですね」
「んー……みんなの力ってやつだね◆」
「ヒソカ、そのセリフ凄く似合わない」
「……◆」


ハンターハンターらしからぬ光景。
やはり、おかしい。こんな展開は、妙だ。
こうなることが必然だったかのような、そう、必然。

それに気付くと、引き上げに成功し、手を叩き合う全員がなにやら安っぽく見えてしまった。
嬉しそうな顔の四人を見て、眉を顰める。
予定調和の茶番劇、か。

「そろそろ風が大分きつくなってきましたし、わたしはそろそろ戻ります」

自分のやってきたことは、要するに、そういうこと。
今回はそれに乗せられて、わたしはようやく理解した。
一礼すると、すぐさまその場を後にする。

運命的な母の死体との再会は、知っていさえいればその実、劇の中での出来事だったというわけだ。
それを思うと、昨日の出来事が、酷く間抜けで、滑稽に思えた。

服を脱いでそのままベッドの中に潜り込む。
未知が未知でない。
そうした世界では、人は人ではなく、知る者にとっては人形劇と変わらない。
そこで踊るものには、誰かの意図する心が宿る。
わたしは繰り手で、踊り子は彼ら。そう思ってはいたけれど、知らぬ間に踊らされたというわけか。

わたしが悼んだのか、ストーリー上悼んだのか。
自分の感情は、そう思えば酷く安っぽいもののように見えた。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 23話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/18 09:07
二十三




不愉快な気持ちで不貞寝して、健やかに目覚める。
とはいえ、気がつけたのはよしとするべきだろう。アニメのエピソードであるのであれば、きっちりとした仕掛けがある。
誰がどう動き、どうすれば完結に至るのか。
肝心なのは、それの邪魔をしないこと。
結局何をするのかといえば、何かをするというわけでもないのだが、それを理解できただけでもありがたい。
最低限のフォロー、わたしがするのはほんとうにそれだけ。
劇から外れたわたしは観客なのだ。舞台は降りた、あとにするのは拍手と賞賛だけでいいだろう。

朝のすっきりした頭で昨日のことを完結させると、今日の日のことについての思考を始めた。
昨日発見された、ヒントですといわんばかりにわざとらしく残された航海日誌に書いてあったのは、十年に一度の大嵐について。
その大嵐は、この島をこの海域ごと海に沈めるようなレベルのもので、なんとかここから離脱をしなければならない。
ホテルとして使われているこの軍艦以外に、その嵐を乗り切れる船は無いが、しかし、砲台として使われていたこの軍艦は島の岩壁にめり込んでいるため動くことは出来ない。
このまま行けば島もろとも、海の下に沈むことになるだろう。
そのため離脱にあたって側面に取り付けてある固定具及び艦首の岩壁を取り除き、長く使われていなかったこの軍艦のエンジンを始動させなければならない、という話。


「エンジンを廻して、この戦艦の主砲を使って艦首の周りの岩壁を崩し、固定具も爆破。みんなの力をあわせて、この危機を乗り越えましょう! って感じですかね?」
「多分そういうことだろう◆ 試験という形である以上、この戦艦の動作は恐らく既に試験官が確認済◆ 正確な場所を狙えば岩壁も容易に破壊でき、そしてそのための砲弾も恐らくどこかにあるはず◆」
「となれば、ボクらは寝てても大丈夫そうだ」
「そうですね。今回は団結力を見る試験ですから。わたし達は、こうしているのが一番チームのためというやつですよ」
「そうだね。チームワークといっても、彼らとボクらとじゃ歩調が全然合わないし」
「……まぁ協調性が無いとも言えるけど◆」
「………………」
「………………」
「………………◆」










「で、どうする? オレはこの話、ほとんど覚えてないぞ?」
「んー、わたしも。弾薬供給中にレオリオが、海のなかで岩の下敷きになるのは覚えてるけど……」
「ああ、確かにあった。日没だろう、確か。原作ではゴンが助けに行ったが……話の些細なズレで失敗してしまっては元も子もないからな。どうする?」
「どう、っていってもね。この船の整備に関してはオレ達はお手上げ。となれば、ボク達はその弾薬供給の補助にあたって、不測の事態に備えるのがいいんじゃないかな。他に気をつけるべき部分は?」
「クラピカが揺れで頭を打って、気絶するくらいだろう。そのときはイルミが代わりに操舵していた。それとアヤネ、お前の能力はマチみたいな念糸みたいにはできないのか? 変化系なら―――」
「……だめね。わたしのあれはそれほど伸ばすことが出来るわけじゃあないから。オーラの硬質化に力を注いだ分、あのレベルの念糸は使えないわ。当然、バンジーガムみたいなのもね」

ここを通りがかったのは完全に偶然。
散歩の途中で声が聞こえたので、何の気なしに耳を傾けると中々面白い話をしていた。
……変化系で、オーラの硬質化。
それだけでおおよその能力に想像がつく。
オーラ自体を、ムチや刃物のように"変化"させて戦う能力だろう。道理で、彼女は今回の能力者の中ではオーラの操作が飛びぬけていたのはそういう理由であったらしい。

変化系の能力を使う人間は特に、オーラの操作が重要となる。
ゲンスルーの『一握りの火薬(リトルフラワー)』然り、ヒソカの『伸縮自在の愛(バンジーガム)』然り。
ゲンスルーのそれは明かされていないため私見となるが、オーラを爆発物に"変化"させるもの。
オーラをすばやく変化させるには当然高いオーラの操作技術が必要となる。能力使用に必要なオーラを瞬時に集め、変化させる技術が。
バンジーガムの素早い能力発動も当然、ヒソカの高いオーラ操作技術によって為されているもの。
変化系はどの能力者よりも、オーラ操作技術が重要になってくる。

彼女が強化、操作、具現化のうちのどの系統に属す能力者かは分からないが、オーラを硬質化させる、という時点でどういう能力を行使するかは大体想像がつく。
彼女のオーラの操作技術の高さからみても、ジャジャン拳のチョキのような能力に特化した能力者、と考えるのが妥当だろう。

全く見当もつかなかった女の方の能力を知ることが出来たのは幸いである。
いくらなんでも多対一になりそうな状況で、全く、相手の情報もなし、という状況は流石にスーパーハイスペックビューティフルガールカグラちゃんでも厳しかったところ。
これは中々僥倖だった。

「それじゃあ誰か泳ぐか? 直接行ってオレ達のうちの誰でもいい。一人が下で岩を破壊できれば」
「待て。この中で潜水が得意なやつは?」
「……わたしはむりね」
「オレもだ」
「……ボクも無理だ。さすがに念では呼吸時間は増えないからな」
「オレも無理。やはり岩をどけるまではゴンに任せ、オレ達はその後のフォローに回る。やはりそれが一番安定だろ」
「あ……けどこうやったら―――」

とりあえず、原作ではレオリオの作業中、事故が発生し、ゴンが助けるようではあるのだが、期待できるかどうかは不明。
起きるかどうかも分からないが、
嵐の海の中、潜水服を来たレオリオを担いで。確かに、ゴンのような野生児で無いと難しい作業ではあるだろう。
面倒なことになるかもなあと思いながら、彼らの話の内容を頭に入れて、わたしはその場を後にした。








三日間を整理する。
一日目には宿代一千万ジェニー分の宝探し。
一応宝の価値が一千万に届かなくても、ある程度の金額に達していれば部屋は貸してくれるようではあったのだが、わたしは二等船室なんて嫌であったし、一等船室がいい、ということで張り切ったところ、サウナのような部屋に案内されてしまうこととなったので、仕方なく一人部屋の方が好きであろうヒソカに善意で譲渡した。非常にわたしは優しい。

クラピカと一緒にクルタの船の死体たちの火葬も行ったが、クラピカからは完全に失望された模様である。
まぁ仕方のないことである。わざわざ殺された後に生まれ変わったのだ。平穏にに暮らしたいと思うのは当然のことだろう。
何が悲しくて幻影旅団なんて頭の悪い犯罪者を相手にしなければならないのだ。

それにあんなのを本気で潰そうと思うなら、わたしではなくノブやモラウのような腕利きのプロハンターを十人雇うコネと金を稼ぐほうがよっぽど現実的である。
ライセンスを売るのも一つの手だろう。
それが本当に一番成功率の高い優秀なハンターのハントであり、復讐を成功させる、ということを真剣に考える、ということ。
自分で、なんてことにこだわる人間は、大抵目標を完遂させることはできないというのがわたしの自論である。
餅は餅屋、ハントはハンターに、というやつである。


二日目には支配人が飛行船で逃げ出した。
どうやらこの際の宝は支配人の部屋に置き去りにされていたようで、当然わたしは高そ…………もうすぐ海の藻屑になってしまいそうだった可愛そうな宝たちを慈悲の心で救出。凄くわたしは優しい。
行く前より立派になったカバンに頬を綻ばせながら、嵐を乗り切る、という試験を受験者たちに任せ、まったりと時間を過ごしていると、どうも"雰囲気"がおかしいことに気付いた。

どうやら完全に原作から外れたと思っていたこの"お話"はわたしの知らないアニメ版のエピソードであったらしい。
そんなエピソードさえ知っていれば、あんなところになんか近づかなかったのに、なんて思いながら不貞寝した。
漫画の世界に入り込む、なんていう気分の悪さも始めて知った。
現実なのに、現実で無いような、そんな気持ち悪さがそこにある。
案外、完全に狂わせてみた方が気持ちよく過ごせるかもしれない、なんてことも思う。


三日目には次の嵐の準備に備えて大忙し。
といってもわたしはぼーっと散歩をしたり、ヒソカとイルミと喋っていたりと何もしていないのだが、何かをやれとも言われて無い以上仕方がないことだろう。
決して協調性が無くて無意識にハブられているというわけではなく、みんなの試験を応援している、いうなればチアガールのようなマスコット的な役割を果たし、ピリピリとしているみんなの心に癒しを与えている、ということは勘違いを避けるためにも明らかにしておく必要がある。
やっぱりわたしは可愛くて優しいのだ。

そうして散歩の最中に例の四人組(もうすぐ三人組になりそうな雰囲気ではあるのだが)が話しているのを偶然耳にし、中々面白い話を聞くことが出来た。
一つは出来そうな能力者ペアのうちの女の方の能力について。
後者はこれから試験中に起こりそうな事象について。
この二つの情報は、そこそこ有用だと思ってはいたのだが、残念ながら、その情報のうち後者の方は今、意味を成さなくなろうとしてした。






「―――っ…………くそ、どうすれば」
「落ち着いて。潜水服を着てるんだもの。そうそうなことじゃ……」
「とはいっても、ボク達じゃあ彼を助けることは」
「…………あれ、どうしたの?」

そうした話の一連の流れを知っているわたしからすると半ばギャグのような展開であった。
ナイスアイデアだと思ったのか。レオリオの役を四人のうちの一人が立候補し、潜水服を着て作業。彼らが言ってた通りに恐らく岩に挟まれ、地力脱出不能、絶体絶命どうしよう、という展開。
事情を説明するとすぐさまゴンが飛び込んで行き、救出に向かう。これは、命がけで体を張ったギャグなのだろうか。
ぼんやりとそんなことを思いながら隣で笑みを浮かべているヒソカの方に顔を向けた。

「……なんだか非常に嬉しそうですね」
「青い果実がだんだん熟していく、っていうのはすごく心が躍るよ◆ 彼らにも感謝しないとね◆」
「んー……ゴンさんが心配なんじゃないかなあ、なんて思ってたんですが、心配してらっしゃらないようで」
「もちろん心配さ◆ しかし、これを潜り抜けたときに、さらに果実が―――」


いつもながらの変態ぶりになにやら安心して再度海に眼を向ける。
『我侭な指先(タイラントシルク)』の先のゴンは今のところ元気に泳いでいる。
こんなところで死なれても面倒であるし、保険のために伸ばしていたのであるが、やはり距離が遠すぎるのに加え、視界を共有できるわけでもないので、こうした部分では不便だ。
流石に糸を貼り付けてあるとはいえオーラを持つ他人を中心に円を発動、なんていうのはいくら天才のわたしでも難しい。

バンジーガムであれば最終的には一本釣りの要領で吊り上げることも出来るのだが、そんなことを頼むのは怪しいところであるし、仕方なくこれで我慢した。
バンジーガムは非常に応用力が高い、という言葉に心の中で頷く。
普通の状態でも使えるよう念糸には"すぐに伸びる"という性質しか与えていなかったのを少し悔やんだ。
とはいえこれにバンジーガムのような性質を付けると付けるで能力的にもメモリ的にも厳しいことになってしまうのが苦しいところなのだ。

メモリが足りなくなる、というヒソカの言葉は非常にわかりやすい表現である。
何らかの特性を持たせ、作り上げた能力というのはパソコンでいう常駐ソフトに近い。立ち上げれば立ち上げるほどオーラを使うという作業自体の効率が下がっていくのだ。
その分咄嗟に発動できる良さはあるが、それ自体にメモリを食いすぎると、オーラを動かす、なんていう単純な基本作業自体の効率が下がってしまうこととなる。
能力に比重を置きすぎた能力者は、画像を表示するのに偉く時間がかかる重たいパソコンと同じなのである。

単純作業の向いている強化系のカストロという能力者は、非常に高い性能を持つパソコンだった。
上手い具合に相性のいい常駐ソフトを少し入れるくらいにしておけば、使い手にとっても快適なパソコンだっただろうに、相性が悪く重たい常駐ソフトを入れてしまったがために、特定の状況にしか使いにくい、微妙なパソコンになってしまった。
分かりやすくいえばそういうことである。

能力はいくらでも作ることはできる。
しかし、どこまでが自分というパソコンを、快適に動かすことの出来る許容範囲なのか、それを見極めることが大切なのだ。


とはいえしかし、それを考えると団長の能力は酷いものである。
自分のパソコンのメモリは動かさずに、勝手に人のパソコンの常駐ソフトを使って、人のメモリを使って作業する。
自分はその信号を送るだけ、その分のメモリしか食わずに、便利な機能だけ利用するのである。
いうなればウイルスのような能力。しかし本当に良く出来ている。
わたしもそんな感じに出来ればよかったもののそうは問屋が卸さなかった。といっても緋の眼があるだけ非常に恵まれてはいるのであるが。

彼とは違い、わたしの念能力は普通に自分のメモリを食ってしまうため、このくらいがその"快適さ"の、許容範囲ギリギリのレベル。
これ以上を求めれば、能力使用の"快適さ"を失うことはまず間違いない。
それを思えば、これ以上の特性付与は出来ないのである。




『我侭な指先(タイラントシルク)』の先から伝う感触が止まり、わたしにゴンの動きが停止したことを伝えた。
聊かよろしくない展開になっているらしい。体勢からいってゴンも同じく岩の下敷きになったらしい。
糸を一本しかつけていなかったのが災いしたのか、岩を持ち上げるのは少々厳しい。
仕方なく海の中にガンマン人形を投げ込もうとして思いとどまる。
これのクリーニングで丸一日使えなくなるなぁ……これ。

「……んー、ゴンさんも下敷きになってるみたいなんですが」
「…………おやまぁ◆」
「潜ってきて助けてくるつもりとか無いんです?」
「まぁもしこれで死んでしまうなら、ボクの見込み違いだったということだ◆」
「むー、ですけどこのままだと確実に死んじゃいそうですし……仕方ないですね」

残念ながら、ヒソカにとってはまだその程度の青い果実であるらしい。
ゴンの評価がうなぎ上りになるのは次の演習か。
仕方なくガンマン人形を下に落としてゴンの傍まで移動させ、円を展開させて情報を把握する。


ゴンは完全にはさまれ、四人組の一人は潜水服のガラスが既に割れていた。残念だがこれは多分アウトだろう。
上に乗っかっている岩を念弾で破壊すると、まだ少しこぽこぽといっている酸素ボンベの酸素をゴンの口に当てる。
これで暫くすれば眼を覚ますだろう。
予想通り欠伸をしながら十秒も待つとゴンの体が動き出した。ありえないくらい元気な少年である。
ずぶぬれになったガンマン人形をカバンに収納しながらヒソカにいう。

「起きたみたいです。多分、もうすぐ死体を持って上がってくると思いますよ」
「ああ、さっきの彼、死んじゃったんだ?」
「みたいですね。瓦礫をどけた後新しく降ってきた瓦礫にガラスを割られて、いやまぁ運がよければ生きてるかもしれないですけど」
「クク、彼はどうでもいいんだけどね◆ゴン君が無事ならボクは一安心だよ◆」


酷いことを言うやつだ。
二十秒もすると死体(仮)をもってゴンが上がってきて、同時に艦砲射撃の音がした。
後は瓦礫を崩して離脱するだけ。
長かったような三日間がようやく終わるとおもうと、疲れがどっと押し寄せてくるようだ。非常に眠たい。

そろそろ部屋に戻ろうとしたところで、視線を感じて下を見る。
例の彼らが隠に気付いたのかと思いきや、わたしを見ていたのはゴンだった。
はて、と首を傾げると、なんでもないといった風に首を振って死体(仮)の応急処置に加わっていく。

「彼は本当に勘がいい◆」
「わたしの隠、そこまで下手でした?」
「君の隠は、凝で見ても見えにくいくらいのものなんだけど…………野生の勘、ってやつだろう◆」

僅かにでも完全な素人に感じとられたというのは非常にショックであったのだが、そう悪い隠でもなかったらしい。
これが野生児の力というやつか、とゴンのポテンシャルに驚きながらその日は締めくくられた。
後になって何故わたしを見ていたのかと聞いてみると、意識が無いときに人形をぼんやりと海の中で見た気がして、それからわたしを連想したとの事。

どちらにしてもさすが野生児。
彼の勘は、非常に鋭い。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 24話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/18 09:16
二十四





「三対一だなんて。正々堂々っていう言葉知ってます?」
「貴方だって、ヒソカを連れてくればよかったでしょう?この試験の立ち回りは、一人で隠れ続けるか、チームプレイで利を得るか。貴方は前者、わたしたちは後者を選んだだけ。非難される謂れはないわ」
「……それにその分オレ達は見つかりやすいというリスクを背負っているからな。この状況でそれは負け犬の遠吠え、ってやつだろ?」
「ほとんどの人間はチームを組んでやっているんだ。君みたいなのが異常なだけだよ」

なんて酷い奴らだ。







遡ること一日前。
残った人数は33人。原作より大幅に残ったせいか試験のほうにも変更があった。

「今回やってもらうのは、わかりやすく言うならオニごっこ、じゃ」

ネテロがいつもと同じ何を考えているのかよくわからない表情で喋りだす。
ざわり、と少し周りが騒がしくなる。ハンター試験で行われるオニごっこが、どれだけ苛烈なのかを想像できない輩がここまで残ってこないだろう。

「諸君らには数日後、3点のポイントを持って、この場に集まってもらう。点数は簡単、自分のナンバープレートは3点、他人のプレートは1点。それとこれは後で話すが、指定のプレートも3点。このうちのどれでもいい。3点以上のプレートを持って、ここに集合できたものが、四次試験合格者、となる」
「四次? これは五次試験ではないのか?」
「はて? トリックタワーからここまで、試験なぞあったかの? 三日間の休息を与えた覚えはあるが…………」
「………………」

なんていう爺だろうか。
恐らくあれは人数を削るために行ったものなのであろうが、死んだものは十人近く、再起不能者も少々。
あれが試験じゃないと言われても納得できないものは多いだろう。

そういえば例の下敷きになっていた彼は一応生きていたらしい。まだ目覚めてはいないらしいが、素晴らしいこと。
当然今ここにはいないわけであるが、命が助かっただけ運がいい。

それにしても、原作と同じように、水中で事故。もしかするならば、少なくともこの世界には、運命というやつがあるのかもしれない。
レオリオの事故を妨げた代わりに、彼がそういう事故にあった。
そう考えると非常に納得がいく。

川に小石を落としても、流れそのものは大きく変わらないように、恐らく事象を覆すには大きな力がいるのだ。
アドリブでは話は動かない。やるならば、脚本の側から書き換えるような、大きな力が必要になる。
となれば、やはりなるべく原作には関わらないほうが安定コース。
これが終わったらさっさと離脱しよう。

「一日に一人。わしがランダムでおぬしたちのうちの誰かからプレートを奪う。奪われたものはその際に渡される紙に書いてある番号のプレートを入手するか、それ以外の人間から三つ、プレートを入手してもらう。まぁ奪ったプレートはわしが適当に隠しておくから、それを探しに行く、というのも一つの手じゃと思ってくれればよい」

……こいつが隠したようなプレートを、そうそう見つけることができるわけがない。
なるほど、それでオニごっこ、か。
奪われた受験者は、指定のプレート、それが無理ならば他人から3枚奪わなければならない。
当然その受験者からプレートを奪われた人間も同じように3点分のポイントを入手するために、新しいオニとなる。

原作のルールと違い、うまく隠れることが出来れば何とかはなる。しかし世界トップクラスの念能力者であるネテロから隠れることが出来る人間なんていうのはそういないのだ。
中には見つかる覚悟でチームを組むやつらも当然出てくることだろう。
一日に一人、と明言している以上、人数がいれば、例えば四人いれば一人が奪われても、協力すれば回収は容易い。


「期間は何日間なんだ?」
「数日間、と行ったじゃろう。とはいえもしかすれば一日かも知れんし、一月かも知れん。わしのきまぐれじゃよ」

終了は人数がある程度絞られるまで。原作のそれから考えて、合格者はおよそ十人前後と見ておくべきだろう。
椅子に座れるのは、三分の一。
試験は中々酷いものになるだろう。











「…………絶対狙ってましたよね? 開始から十分でわたしのところ来るなんて」
「失敬な。わしはそんな特定の受験者を狙うようなことをするわけが無いじゃろう。ハンター協会会長じゃぞ?」
「いやいやいや、もうなんていうか、わたしまで一直線だったじゃないですか。他にも受験者はうじゃうじゃいるのに」

島に入って十分。早々にネテロに遭遇していた。
余りにも早すぎる遭遇に頭が痛い。まさかここまで酷いものになるとは流石に思わなかった。
まぁ、『我侭な指先(タイラントシルク)』があるわけであるし何とかなるといえば何とかなるのであるが、非常に面倒くさいものは面倒くさいのだ。

「……絶対使い手にオニやらせる気ですね」
「使い手とは何のことじゃろう? わしは"ランダム"に選んでるだけじゃよ」

この爺。
オニがプレートを奪ってくれなければこの試験自体が廻らない。
確かにそれは分かるのだが、それならヒソカに行ってくれればいいだろうに。

「ヒソカさんのところ行けばいいじゃないですか。たくさん取ってきてくれますよ、プレート」
「いやー、あやつじゃと、相手を殺してしもうて試験にならないじゃろう?」
「…………やっぱりしっかり選んでるんじゃないですか」
「おっと、口が」

おっと口がじゃねぇよこの狸爺、という言葉を必死に呑みこむ。
怒っちゃ駄目、これは試験、試験なのだ。みんなのアイドルカグラちゃんは凄く優しくて温厚だから大丈夫。ちっとも怒ってない。
自分にそう言い聞かせて心を落ち着かせる。

「はぁ……わかりました。それじゃあどうぞ」
「ん? 素直じゃな。逃げ回るのはOKじゃぞ?」
「疲れるのは嫌いです」
「…………やる気が無いのう」

プレートを渡すとすぐさまネテロが凝で確認する。
抜け目の無い爺である。

「うん、よろしい。時におぬしは戦いたくない相手なぞはおるかの?」
「それはもちろん、ヒソカさん以外にあるわけないじゃないですか」
「おお、そーかそーか。ほれ」

そういって用意されていたかのような紙が渡される。
そこにはでかでかと44番という文字が達筆な字体で書かれていた。

「…………もちろん、嫌がらせってやつですよね?」
「心外じゃ。おぬしはわしがそんな陰険なことをすると思うのか?」

思うから言ってるに決まってるだろうがこの爺、という言葉を先ほどと同じ要領で呑みこむ。
恐らく、戦いたくないと言った相手や、面白い相手と戦わせる気なのだろう。
例えばクラピカであればゴンやレオリオ、わたしや他の受験者ならばヒソカといった具合に。
性格が悪いにもほどがある。

「それじゃあわしは行くが、何か質問はあるかの?」
「いいえ、特に。さっさとプレートを隠してきてください」
「おお、そうか。それじゃあの」

そういって後ろを見た瞬間に手に持ったプレートに『我侭な指先(タイラントシルク)』を伸ばして貼り付ける。
これでOK。どこに隠されても見つけることは容易いだろう。







そう思い、糸を辿って。
確かに、見つけるのは容易かった。
ほんの一時間で隠されたわたしのプレートを発見することが出来たのは、単にわたしの溢れんばかりの才能と実力によるである。
これであとは寝るだけだ、と思い、近づいてみて、どうも様子がおかしい事に気付く。
酷く、臭う。

「………………」

茶色く、巨大な体に、強烈な匂い。
『我侭な指先(タイラントシルク)』の糸の先には、汚濁の象徴ともいえるそんな怪物が存在していた。
半分ほどそれに埋没した45番のプレートの姿はわたしからやる気を喪失させる。
念糸を切ると背を向ける。
わたしは自分のプレートを、諦めた。

余りに、酷い。











そうしてその日は不貞寝して、適当にナンバープレートを奪うか、などと歩き回っていたところを、件の三人組に遭遇することとなったわけである。
非常に面倒な話であった。

「先にいっておきますけど、プレートは取られてないですよ?」
「……わたしは今朝、会長に奪われてね。で、渡されたのがこれ」

45番のプレートが書かれている紙をわたしに見せ付ける。

「貴方が大人しくプレートを渡すなら、手荒なことはしないわ。前のことも水に流してあげる」
「…………いや、だから昨日会長に取られて持ってないんですけど」
「おい、そういって逃げようったってそうはいかねぇぞ?」
「嘘にしては、少し幼稚すぎる。今ならまだ間に合うよ?」
「いや、嘘じゃないんですが……」
「……昨日の初日にお前が取られたってのか? 33分の1の確率にいきなり当たって」
「……そんな偶然、わたしたちが信じると思う?」
「念の使い手を優先して狙ってるんでしょう? そう考えればわかりやすいじゃないですか」

なんて疑り深いやつだ。
こんな天使のように可愛いスーパー美少女をそこまで疑うことの出来る彼らの心は真っ黒に違いない。

「それじゃぁ、服脱いで。調べさせてもらうわ」
「…………わたし、女の子なんですけど」
「わかってるわよ、そんなこと。だけど、あなたの口だけじゃあ信用できない」
「…………断ったなら?」
「分かるでしょう?」

そういって構える。
配置は二人が前、弱そうなやつが後ろ。
果たして彼の配置は、放出系であるからなのかそれとも非戦闘系であるからなのか。
とはいえ、この年の試験をわざわざ受けに来る様な物好きが、そんな地味な能力を持つ能力者のわけが無いだろう。
着流しの男は予想通り刀を具現化し、前傾姿勢、脇構えで刀を構える。
異様に多く集められた足の裏のオーラが少し気にかかる。恐らくは、何らかの能力だろう。

一人だけ自然な体勢の女はしかし、威嚇するようにオーラを動かす。顔だけを見れば優しそうに見えなくも無いが、その実裏があり、かなりの自信家。
太ももを大きく露出させるハーフパンツに、体のシルエットをくっきり出す、ロングセーターがその証拠。
自分に自信がなければ、そんな格好をできるはずもない。
なんとなく不愉快な気分であるが、表に出さず言葉を続ける。

「三対一だなんて。正々堂々っていう言葉知ってます?」
「貴方だって、ヒソカを連れてくればよかったでしょう?この試験の立ち回りは、一人で隠れ続けるか、チームプレイで利を得るか。貴方は前者、わたしたちは後者を選んだだけ。非難される謂れはないわ」
「……それにその分オレ達は見つかりやすいというリスクを背負っているからな。この状況でそれは負け犬の遠吠え、ってやつだろ?」
「ほとんどの人間はチームを組んでやっているんだ。君みたいなのが異常なだけだよ」

なんて失礼な奴らだ。
とはいえ、この状況はわたしの責任であるわけであるし、仕方がないことであるかもしれない。
こんなやつらに私物を触られるなんていうのも真っ平であれば、脱げなんていわれるのも真っ平。
わたしの素肌はライセンス如きじゃ買えないほどの価値があるのだ。

「んー、どうして信じてくれないんでしょう? 海で岩に挟まれて溺れる確率なんかより、わたしが嘘をついてない確率の方がよっぽど高いじゃないですか」
「…………それは、宣戦布告、ということかしら?」

感情に揺らぐオーラを捉え、笑みを浮かべる。
オーラの動きは剣呑。どこをどうつつけばどう思うのかが手に取るように理解できる。
媚びるのも真っ平、戦闘回避も面倒くさい、となれば、やることはもう一つしかない。

「あはは、どう取ったらそういう風に考えれるんですか。ただ、トリックタワー"如き"で死んじゃう間抜けな方にしろ、ヒソカさんに挑んだ自殺志願者さんにしろ、今年は愉快な人が多いなぁ、なんて思っただけでして」

眼は緋色に。
『我侭な指先(タイラントシルク)』を伸ばし、『可愛い可愛い愛玩人形(フィンガードール)』を展開する。
数は慢心を生む。憎悪は人を盲にする。恐怖は人を麻痺させて、歓喜は人を増長させる。
それらの微かな糸を手繰り、思うがまま繰り動かすのだ。
指先で気持ちを奏でさせるように、言葉を紡ぐ舌で彼らの糸を手繰る。

感情無き人形に、己が感情を分け与え、思うが侭に生を吹き込み、躍らせるように。
完成された演技は、"人形繰りの真髄"とは、感情を超越したところにある。

そこまで達することさえ出来れば、たとえ人でも同じこと。
言葉を紡ぐ舌は、淀みなく。
感情なく、彼らの感情を揺れ動かして、自らの舌先で糸を手繰り、弄ぶ。
感情無きものに感情を与え操る我らは、全ての感情を糸に託し、それを芸術にまで昇華する者。

「ああ、もちろん、あなた方もですけどね」

それが、"人形遣い"というものだ。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 25話 改定済
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/23 15:00
二十五





「……流石にもう我慢できねぇ。止めるなよ?」
「……止めるわけがないだろう。ボクもそろそろ限界だったところだ」

そういって両手を後ろに廻すと、優男は篭手のようなものを取り出して、両手に装着する。
指先に穴が開いている妙な篭手で、そう、なんだっただろう、ガンダムに出てくる、そう、青い奴だ。
丁度あんな感じの篭手で、指先には穴。
指を切り落とすのは嫌だけど、そこそこ威力も欲しいね、という半端な思想から来たものであることは間違いないだろう。
これで近接戦闘が大好きです、だなんていう事も、まぁあるまい。

「今謝るなら、少しは手加減してあげるわよ」
「……手加減だなんて。希望されることはあるだろうと思ってましたけど、わたしがされる側だなんていうのは予想外です」
「そう。舐めていられるのも今のうち」
「あはは、そうやって自分でハードルを上げてると、あとで恥ずかしいですよ? もうすぐ地面にらぶらぶちゅーすることに――――」

――――なるんですから。
そう言おうとした所で、膨大な数の念弾が篭手男の左手から発射される。
速度は遅いが、数が多く、ホーミング機能があるらしい。確かにそれらはわたしに向かって軌道を変えて飛んでくる。
ホーミングしてくる、ばら撒き方の念弾という時点で威力は知れているが、これだけ展開されるのは少々厄介。

早々に黙らせてしまおうとガンマン人形を操作すると、突然指先からの感覚が、ぷつりと途絶えて消えた。
驚きはなく、斬られたのだと、そう冷静に判断できた。
誰が何をやったのか、想定していた通りの流れ。

基本的に、緋の眼の状態で扱うわたしの念糸が切断されることはそうそうない。
引きちぎろうと思えば念糸はどこまでも伸びるようになっているのだ。
素手で触れれば操作出来るし、物理的に切断しようと思えば、ウォーターカッターでも使わねば不可能だと言える。
そう考えれば、例外は二つ。
一つは鈴音のようなオーラの吸収能力と、もう一つはオーラの切断能力。

念糸と途絶えた先を見ると、刀を振り切った着流し男がいた。それなりのスピードはあるらしい。。
多対一の状況で、動きを止めれば次の瞬間には全てが終わる。
内心で溜息を吐きながら念糸の再接続を行うと、篭手男に念弾を射出、騎士人形一体と少女人形二体を着流し男に廻す。
そしてすぐさま上体を反らした。

目の前を過ぎていく念の刃と、視界の端に映る、"立ったまま"の女。
鈴音と同系統の、触手攻撃。
オーラの物理干渉能力を高め、攻撃や防御に用いるバランスのいい能力。
自分の手足は自由なままで、一方的に攻撃が出来る。わたしがもし変化系なら、同じような能力にしたことだろう。

自分は動かずに事象を動かす。
可能な限り自分の負担を下げた上で、最大限の効率を発揮させる。
やはり、この三人の中で、最も気をつけるべきは彼女だろう。


とはいえ鈴音の能力の汎用性を高めたものである以上、彼女のそれには多少劣る。
オーラを吸われる訳でもないだろう。速度も遅いとはいえないが、避け切れないほどの速さでもない。
状況の把握さえしていれば、回避は容易いことだろう。
暗闇での彼女の攻撃に比べれば、何とかなるレベルのものではある。

騎士人形を突撃させて、すぐさま返ってくる触手を回避する。
攻撃を避けながら、女はどんな体勢でも反撃をすることが出来る。その上、触手は高い精度でわたしの腹部を狙っているときた。
念糸を切断するほどの力はないものの、非常に面倒な相手である。




後方から回り込む遅行追尾弾を、頭を下げることで回避する。
触手には頭から突っ込むことで懐に入り、殺傷範囲である先端から逃れることにて対応する。
これにより着流し男も女に邪魔をされる形になり、刀を振るうことは出来ず、仕切りなおし。
女も男もこの弾幕を回避しながら迫ってきているのだから、中々たいしたものである。
指先だけで複数の攻撃を可能とするわたしのような能力者でなければ、この状況では逃げるしかなかっただろう。

ゆっくりとした念弾の嵐の中を掻い潜り、そこそこの速さの触手を避けながら思考を巡らす。
彼らとの戦いをどう詰みまで持って行くか。
どれがもっとも効率よく動け、終結させることが出来るのか。
被害はないほうがいいが、過度の加害も気分的にあまりよくはない。
適度な感じに再起不能、そういう具合が一番――――

「っ……」

左肩に殴られたような衝撃が来る。
篭手男を見ると、右手をこちらに向け、念弾をばら撒いていた。右手の念弾は普通のマシンガンのようになっているようだ。
弾速は左手のものとは違い銃弾並。集弾性は低いようだが、中々速い。
威力はトンカチ程度であり、左手の念弾と同じく、弾の数が多いのを気にさえしなければ、なんていうことはない……のであるが、この状況下では少々邪魔が過ぎる。
劣化フランクリンめ、などと思いながら、牽制のために少女人形を突撃させると、慌てたように念弾の嵐を止め、"単発"の念弾で少女人形を弾いた。

「…………?」

今度はガンマン人形とペアで突撃させる。
やはり同じように逃げ回りながら単発で応戦してくる。
さっきのように乱射をすれば容易くあしらえるはずの人形に、わざわざ単発の念弾で対応する理由。
そして精度が増しているのかと思えば精度も先ほどの連射時と変わらないレベル…………となれば、なるほど。

「……制約、ですか」
「っ!?」

女の顔が強張る。わかりやすいやつだ。
よくよく考えれば、威力が低いとは言え、この異常な量の念弾を、こんなレベルの能力者が放てる方がおかしいのだ。
視界を埋め尽くさんばかりの念弾を二種類。高い追尾性能を持つ弾丸と、高い速度と精度を持つ弾丸。
そんなものを持ちながら、今も一人はなれたところから、味方にあたりそうになるのもお構いなしに弾幕を生成する。

そんな量の念弾を放てる能力者に前に出てこられたなら、わたしは確実に防戦を強いられるだろう。
が、そうしない。距離が開けば当然密度も低くなる。だから、わたしの人形を滑り込ませる隙間も出てくるのだ。
この戦いが成り立っている理由と言えば、そこでしかない。

状況を見るなら、距離を詰めるのが当然、なのに、彼はそれをしない。
最初の目算どおり、彼は非常に弱い。
ガンマン人形に弱めの念弾を連射させて、逃げ道を塞ぐ。
その後に少女人形を被弾覚悟で突っ込ませると、彼は足をもつれさせて体制を崩し、容易く包丁の背で両の腕を折られた。
こんな間抜けな能力、タネが分かれば潰してしまうのは簡単なことだ。

「……これで一人詰みですね。どうして試験を受けに来たのか、正気を疑うレベルです」
「…………」

滑るように突っ込んできた着流し男の刀を避けるため、大きく後ろに飛ぶ。
とはいえ篭手男相手に、一瞬でも集中してしまった代償は大きい。着流し男の周囲の念糸のうち少女人形は真っ二つで全損、騎士人形は念糸切断。
女の方に展開していた方の人形も同じような状態で、即座に操作可能なのは騎士人形と『秘密の花園(ガールシークレット)』内のガンマン人形二体。
篭手男の方に廻した少女人形とガンマン人形も戻るまでには切断されることだろう。

「っ!?」

瞬きをした瞬間に来た斬撃を咄嗟に騎士人形を手に持ちガードする。
酷い衝撃と激しい金属音。わたしの羽毛のように軽い体は易々と弾き飛ばされた。
今さっき、"滑って"こちらまで来たはずの着流し男が、普通より多めに間合いを取ったはずのわたしの目の前にまで来ていた。

二撃目を転がって回避すると、スカートの中からガンマン人形を射出し、念弾を乱射した。
命中の音とともに、体の力が一気に抜ける。僅かに頭が振れて眩暈が襲うが、何とか立ち上がり、ポーカーフェイスで相手を見る。
結局のところ、オーラの量は以前と比べても微増した程度。念弾を連射するには心もとないレベルであった。
天は一万物をわたしに与えてくれたのであるが、オーラの量はそこに含まれていなかったらしい。
神様を少し呪いながら、相手を見据える。

流石の奇襲にダメージはあったらしく、男の着流しはボロボロ。
あちこちに打撲のような被弾の痕が見える。
明日には痛いだろうなぁ、などと思いながら、時間稼ぎに口を開いた。

「いやはや、わたしみたいないたいけな少女相手に酷いことです」
「いたいけな少女はそんなこといわねえんだよ馬鹿が。本当いい加減頭にくるぜその態度」
「本当にね。シンを倒したと言ったって、あなたの手駒は残り二つでしょ。それともまだスカートの中からぽこぽこ出てくるの?」
「正確には残り三つですね」

三本指を立てて笑顔で言う。
もうすでに人形での決着は不可能。射出も見られた以上、二度はそうそう通じない。
それに残り三体ではどうすることも出来はしない。

「それはどうも。で、これが最後通告だけど、今ならごめんなさいで許してあげなくもないわ。流石に今までの分とシンの分があるから、ただで、とはいかないけど。まぁ、あなたがこのまま力尽きたあとどうなるかに比べたら、よっぽどマシじゃないかしら?」
「へぇ……具体的には?」
「お仕事紹介してあげる。あなた見た目だけは凄くいいものね。"そういう"趣味の人にはたまらないんじゃないかしら? そんな歳の子を、っていうのはあるけど、どうせ、外見どおりじゃないんでしょう?」
「そういうあなたは見た目どおりの方みたいですね、格好に似て性格もいやらしそうですし。わたしはあなたと違って貞淑なので、遠慮しておきますよ」
「…………脅しで言ったつもりだったけど、そこまでいうなら、もう遠慮もないわ。女の子に生まれたこと、後悔しても知らないから」
「獲らぬ狸のなんとやら。それよりも、わたしも流石にこの状況になってしまうと、手加減出来そうにもないので、降参するのも今のうち、ですよ?」
「安心しろよ。俺らも、お前をそこにやる前に、ついむかつき過ぎて殺しちまうなんてこともありえるからな」
「ああ、そうですか。それじゃあ、おあいこさまというやつですね」
「ええ、その通り」

会話の終了と同時の触手を避ける。
実力を隠していたのか、慣れてきたのか、彼女の触手の速度は先ほどよりも速い。
逆に着流し男の方はさきほどのダメージと疲れによってか、動きが多少鈍ってきている。
狙う相手は普通に考えれば男であるが、今回の場合は聊か状況が難しい。
鈍ったと言え男の素早さは未だ健在、仕留める間に女の触手が来る。
かといって女を狙おうかと思えば、それも中々難しい。女の触手は攻防一体の能力。一度念弾を直撃させたが、そのときは念による防御で無傷。その際には攻撃用の触手は消えるようであるが、亀戦法に持ち込まれてはどうしようもない。
オーラの量での勝負であれば二人どころか一人であっても、わたしが敵う相手ではない。


『天下無敵の英雄人形(ヒロイックドール)』を使うなら、何とかはなるかも知れないが、それには少々あの男の念刀が怖い。
切れるのはどの程度のレベルであるのか。少なくとも、固めた念弾レベルではものともしない。
オーラの被造物であれば何でも切れる、なんていうものはありえないが、『天下無敵の英雄人形(ヒロイックドール)』の耐久力を上回る対念攻撃力を持つ可能性が無いとは言えない。
あれが壊されれば、30日間念能力の使用が不可能となる。そうなった場合の結末は見えていた。

『限定解除の美少女人形(ドールマスタードール)』を使ってみるのもいいかもしれないが、それも中々リスクが大きい。
まず無傷とは行かないし、そのあとの不安もある。
あれで戦闘機動を行うということは、肉体の死を意味するのに近い。
壮絶な筋肉痛の状態で、この試験を乗り切るのは怖い。こいつらより少し賢い、一般を装った念能力者が潜んでいないとも限らないのだ。

後に響く能力は禁止、リスクのある能力も禁止となれば使えるのは三つ。
しかし手駒は三体の人形だけで、回収することは位置取りから考えて不可能。

だが、繰り糸のもう一つの能力は、彼らの前では見せていない。
わたしの念糸が操作する対象は、人形だけに留まらないのだ。

わたしはケーキにさわれない。
だから、ケーキの入刀は彼にやらせてしまえばいいだろう。

イチゴの赤は、白いケーキに良く映える。




五本の糸をつけた騎士人形を着流し男の裏に回りこませ、もう四本を放出しているガンマン人形に。
このうちの一本は囮。限りなくオーラの出力を抑え、陰で隠した糸をそれぞれ四本と三本を取り付けてある。
装うのは、致命的な隙。
わたしを真っ二つにしてしまいたくなるような、そんな隙が丁度いい。

二体の人形を一度回収し、着流し男の方に騎士人形を高速射出。ガンマン人形も一体を女の左側から後ろの方に回りこませる。
騎士人形は着流し男の首の横スレスレを通過し、陰で隠した念糸を、その首筋に貼り付けた。
すぐさま囮の念糸を斬ろうとする、彼の動きを"微調整"して、陰で隠した念糸を避けるように刃を振るわせる。
違和感はあったが気のせいだろう、とそう思ってくれれば万々歳。
陰の念糸も二本切られたが、二本も残れば十分すぎる。

ガンマン人形は念糸と同時、念刃によって真っ二つ。
わたしはそれらの光景を見て、すぐさま左側に"逃げる"ように跳躍する。
案の定、自分の右側に漂う陰で隠した念糸に気付かず、自分から"それ"に触れに行く女を内心で笑う。
自分達が優勢であるように思ったときほど、人間隙が出来るもの。彼女らは原作を見ていて、凝の大切さもある程度は心得ている。
とはいえ、そうした精神的な隙までは、原作知識ではカバーすることが出来ないものだ。
逃げたわたしを反射的に、彼らは追うだけ。こうなれば人も、ボールを前にした犬と変わらない。

袖からガンマン人形にて、牽制射撃を行う。
咄嗟に撃った、という風に放たれた念弾を危なげなくかわすと、彼女たちは笑みを濃くして一気に距離を詰める。
条件は整った。


すぐさま足元のツタに足を引っ掛けて、こける。多少土がついてしまうのが残念であるが、まぁそれは仕方がない。
後ろを瞬時に振り返ると、逆袈裟から刀を振り下ろそうとしている男が見えた。
通常であれば、深い傷は避けられない。下手をすれば致命傷を負うだろう状況。
陰で隠した『我侭な指先(タイラントシルク)』を全力で発動させる。

足をねじれさせ、腰を廻し、刀を全力で振りぬかせる。
『我侭な指先(タイラントシルク)』によって90度近く体を回転させられ、振りぬかれてた念刃は当然、横にいる女にあたる形になる。
同じように『我侭な指先(タイラントシルク)』をつけられた彼女には、もはや回避という選択肢は許されていない。
ただ、ずるりと身体が二つに分かれたところで間抜けな声を上げて、不思議な顔で男を見ていた。

「え?」
「あ?」

胸の下から脇腹にかけて、走った線に沿って彼女の体が大きく"ズレた"。
分かれていく上半身と下半身、不思議そうな顔のまま、地面に落ちて息絶える。
時が凍りつくような、そんな空気。固まったままの男の頭にガンマン人形の銃口を向ける。
最後に言うことは一つだけ。

「ケーキ入刀、お疲れ様でした」

引き金を引いた時の鮮やかな赤が、非常に印象的だった。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 26話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/09/01 23:56

二十六






「うぇ……きもちわるい」

その一時間後、人形を回収し、川にまでやって来て服についた血を落とす。
殺さない程度、で戦っていたはずが、いつの間にやら真っ二つ。
死体に触るのも嫌だったので、仕方なく両腕を折った方からだけバッチを回収してその場を後にした。

クラピカはどうなのかは知らないが、緋の眼を使うと、非常に残虐性が高まるのがよくないところ。
クルタ族は根っから戦闘民族なのかもしれない。
目の前でやってしまったのは明らかに失敗。天使のような輝く金髪が今ではすっかりホラーチックになっている。
帽子を脱いで髪の毛を解くと、川の水で固まり始めた血をきれいにとっていく。


「…………奪われたのは、私と彼女で、プレートの移動もその中だけで完結……となると」
後の2点はどうするべきか。
奪いに行くのはいいが、生存している人形は計6体。試験は恐らくまだまだ続く。
ならば人形をきっちり修復したあとでもいいかもしれない。
タオルを取り出すと髪の毛についた水気を拭う。指通りも滑らかで、自分の髪ながらうっとりしてしまう。
これで、血も綺麗に取れたはず。

立ち上がり、木の上まで跳躍すると、枝の上に乗り腰を落ち着ける。
とりあえず今日は休んで、明日になったら出かけよう。
バッグに入っていたビスケットを頬張りながら、とりあえずその日は夢の世界に旅立った。











「こんにちは」
「……よぉ」
三日目、ハンゾーに遭遇する。
これは中々好都合、原作の人間とはいえ、彼は強い。
取り返されたプレートの分はすぐに取り返すことも出来るだろう。

「いやー、初日にプレートを奪われちゃいまして、あと2点分欲しいわけなんですがいかがでしょう?」
「いかがでしょう、というのはプレートをあんたによこすかよこさないか、ということか?」
「違いますよ。大人しくプレートを渡して頂けるか、それとも、抵抗されてから頂けるのか、ということです」
「…………そんなわけ……っ……!?」

そのまま近づいていき、手を出すと、自分からプレートを渡してもらう。
少し青ざめた顔でハンゾーがこちらを見ているのが少し面白い。
『我侭な指先(タイラントシルク)』は非念能力者を相手にする場合であれば無敵に近い。

「ありがとうございます。ただで、というのは流石に酷い話ですし、プレートのありかを二つ、代わりといっては何ですが教えますよ」
「…………何を、したんだ?」


そんなこと言える訳な……いやまて。
彼は合格者候補。どちらにしろこれから念の会得をするわけで、となればこれは、商売になるのではないか?
わたしが彼を勧誘し、お金を貰い、カストロの新たな修行として、弟子を育てさせる、みたいな。
おお、なんということだ。おかしな所が見当たらない。
いや、それならこいつだけではなく他の合格者も……いやまて、欲を出しすぎるのはよくない。
いやしかし、天空闘技場にでも放り込んで原作のように修行をさせれば、わたしとしては非常に万々歳、お金も稼げてわーうれしい、という展開ではないか。


「申し訳ないですが、秘密です、と言いたいところですが…………まぁ合格できそうで尚且つ、腕もいいハンゾーさんみたいな方なら、教え」
「本当か!?」
「……ええ。まぁもちろん、秘匿技術なので、それなりの対価は頂きますが」
「……それでもいい。俺は隠者の書、という書物を探しているんだ。そしてそのためにハンターを目指している。だが、あらゆる里が狙っているその書物を、それをオレが入手するというのは並大抵のことじゃない。もっと力がいるんだ」
「んー、ですけど、いいんですか?先に言っておきますけど、基礎を覚えるだけでも、才能がそこそこある人で半年はかかるもの。その間に他の人に取られたりは?」
「それはない。隠者の書は鍵がなければ絶対に開けることの出来ない、特殊な箱の中に保管されている。そして今、その鍵を持っているのはオレの里だ」
「……わかりました。それじゃあ、試験が終わったときに、また。詳しいお話はそのときに、とりあえずプレートのありかだけ教えておきますね」
「ありがたい。恩に切る」

口頭である程度の位置を告げると納得が行ったのか、ビシュン、と忍者らしく凄い速さで消えていく。
こういう登場と退場の仕方は忍者の必須技術なのかもしれない。ビシュン、とかちょっと格好いい。
ビシュン、ビシュンと、ああ、そうだ。カストロに連絡をせねば。


―――ピロ

『やぁ、一月振りくらいかカグラ、元気にしてたかい?』
電話の受付対応専門のコールガールでもこんな早さで電話に出ない。
カストロは、少し、頭がおかしい。

「一月振りですね。今、ハンター試験受けてるんですけど、その最中でふと、カストロさんのことを思い出しまして」
『ハハハ、それは光栄だ。どうしたんだい?』
「カストロさん、弟子なんかまだ取ってませんでしたよね?」
『ああ。まだまだ、私は人に念を教えれるような、そんな人間には程遠いからね』
「いえいえ、ご謙遜を。…………わたしはこう思うんです。技術の追求、自己鍛錬、修行は一生です。しかし時には初心に振り返るときが必要だと」
『…………私にも、その時期が来ていると?』
「ええ。カストロさんはわたしから見ても、既に一流の能力者といっても差し支えないほどに、この二年、自らを苛め抜き、鍛えてきました」
『いいや、私などはまだまだ、君に比べれば』

話の進まない奴だ。
超一流念能力者のわたしが一流といってるんだから素直に受け取ればいいのに、これだからまじめな奴は面倒だ。
とりあえず、弟子を取って初心に帰れという、わたしの弟子思いな気持ちを何故分かってくれないのか。

「……そういうところ、カストロさんのいいところですけどね。弟子を育ててみる気、ありませんか?」
『君じゃ、駄目なのか?』
「めんど……いえ、少し面倒事がありまして。それで、わたしが知る、最も優秀な念能力者である貴方に、こうして、依頼したのですが」
『…………そうか。わかった。人に教える、ということは自分の新たな発見に繋がるかもしれない。こうして機会を与えてくれたこと、感謝する』
「ありがとうございます。これで肩の荷がおりました。とりあえず試験が終わった後にでも、連絡しますよ」
『ああ、わかった。それじゃあまた』

嬉しそうな声音のカストロに満足して電話を切る。
とりあえず、一人につき四億くらい取れるとして他に誰かいなかっただろうか?
人数が多いほうが、きっとカストロの修行のためにもなることだろう。ああ、なんて優しい弟子思いなわたし。
きっと師匠ランキングでもあれば、まず間違いなくトップ3に入ることだろう。







暫くして名前も知らない受験者からプレートを取って、また昨日と同じく木の上に上る。
こいつは合格できないだろうなぁ、という風な微妙な感じの受験者で、こいつならいいだろう、ということで問題なくプレートを入手。

原作のハンター試験で合格できる可能性がある、微妙なラインの受験者はポックル、ポンズ、ボドロに、名前を失念してしまったヒソカに挑んで相手にされず殺された槍使い、あとはヒソカに殺された吹き矢使いくらい。
今回見たことのない(印象にない)やつも多く、恐らくは合格者もその辺りから出るだろう。

この中で念を教えてもよさそうなのはポンズとポックルくらいだろうか。他は年齢が行き過ぎていて、少々いかん。
ポックルはしっかり修行を積めば、そこそこの使い手になったかもしれないのに非常に残念なことである。
『七色弓箭(レインボウ)』とか見た目は凄まじくしょぼいが、着眼点自体は素晴らしいんじゃないだろうか。
もう少し威力の追求を図れば少なくともあの程度の相手から逃げられないことはないはず。
なんというか、発を覚えただけ、というレベルであんなところにいってしまったのが運の尽き。
ポンズはポンズでほいほいとポックルについていったがためにああいうことに。
正直、ポックルよりは、彼女のほうが念の才能はありそうな気もする。

二人にも教えることができれば十二億、か。
おいしい。すごくおいしい。
どうせ話の大筋が変わるようなことではないし、どっちにしろポックルは念を覚えるはずだったのだ。
それにキメラアントでの死亡率を下げるということはそのまま人類のためにも繋がる。なんて素晴らしい事だろう。
わたしはわたしでお金がたんまり、一石二鳥のお話だ。
とはいえ、プレートを入手してしまった以上、どういう風に近づくべきか。
あの二人はプレートを取られて、三枚も他の受験者から取ることのできるような実力者ではない。
これから数日の間に、どう過ごして接触するか。それが問題である。
まぁ、とりあえずは保留しておこう。
ハンゾーがいれば、とりあえず4億は堅いのだし。











数日が経つ。
落ちている死体の数も多くなってきていた。
見ただけで五人。うち二つはカードによるもので、ヒソカに挑んで返り討ちに遭ったらしい。
いくら一枚入手で三点分といえど、流石に実力を測り間違えすぎている。
ヒソカを相手にするくらいなら、受験者全員を相手にしたほうがまだましである。


「ヒソカ、何故攻撃してこない!?」
「このままよけてれば、キミは勝手に死ぬから◆」
槍を持った男の腰の辺りには好血蝶という血の匂いに集まる習性を持つ蝶が十数匹飛んでいる。
相当量の血が出ている証拠であり、基本的にこれだけの量の蝶が集まる時間、それが放置されてきた、ということを考えるならば、これはもう手遅れに近い。

「……く」
「もう誰かに致命傷を負わされてんだろ?最後まで戦士たろうとする意気はわかるけどねェ◆」
「貴様……そこまで理解していながら、それでもなお私と戦ってはくれぬのか!!!」
「ボクさぁ……死人に興味はないんだよね◆キミ、もう死んでるよ、目が◆」
そういうことを言うことは分かっていたが、間近で聞くと中々酷い。
流石にかわいそうになってきて声を出す。

「……本当酷いですよね。戦いの中でしか死ねないんでしたら、代わりにわたしがお相手しましょうか?」
「……クッ…………頼む」

わたしは基本的にわたし以外を信仰していたりはしないのであるが、宗教なんかに頼る彼らの気持ちが分からなくもない。
弱い人間というものは、基本的にその弱さを肯定するための材料を欲するものだ。
弱者が強者や事象に難癖付けるのは、そんなことしか出来ないから。
弱肉強食を倫理で縛り、善行悪行で差別化を図る。奪われるもののための宗教であり法律だ。

死への恐怖を、約束された死後の安寧で和らげるのもそう。
戦いの中で死ねば、何らかの世界に旅立てる、なんていう信仰でもしているのだろう。
否定はしないし、そんなことで安らぎを得れるのならば、多少の手間をかけてやろうと思うのが、半分は優しさで出来ている超絶美少女カグラちゃん。

なんてわたしは優しいのだろうと思いながら、向かってくる槍男に硬で蹴りを入れて終わらせる。
数十メートルを何度もバウンドしながら軽々と吹き飛び、木をへし折った所で停止した。
見に行こうとも思えないのは少々あれであるが、靴に血をつけたくも無かったし、死体を近場に置く趣味もないのでこういうことになったのは仕方のないところである。


「…………んー、多分キミの方が酷いんじゃないかと思うんだけど◆」
「戦いの中で死にたいと言ってたんですから、これが本望な訳でしょう?多分即死ですし、痛くもなかったはずですから、大丈夫ですよ」
「ゴメンゴメン、油断してて逃がしちゃったよ」
ちっとも悪いとも思っていない口調で、草陰からイルミが現れる。

「ウソばっかり◆」
「本当に。こんな風に生殺しにするなら一撃で仕留めてあげれば良かったでしょうに」
「いやー、殺しは家業だけど、お金がかかってなかったらあんまりやる気も出ないしね。無駄にプレートを二つもとっちゃったよ」
「ああ、イルミさんもプレート取られていないんですか?」
「うん。まだ来てないね。カグラは?」
「初日に十分で。多分その様子だとイルミさんのとこにも来なさそうですね。受験生をあんまり殺さない人を狙ってやってるみたいですから」
「ああそうなんだ。……あれ、けど、例の二人殺したのカグラだろ?」
「なんだ、あの二人結局キミが殺したのか◆後でボクが遊ぼうと思ってたのに◆」
「女の方は真っ二つ、男の方も頭が弾けてた。中々カグラも好きだね」
「人をそんな快楽殺人者みたいに……たまたま運が悪かっただけですよ」
「んー、うちに欲しいくらい腕はいいんだけどなぁ、もったいない。キルとかどうだい?」
「お気持ちだけ受け取っておきますよ」
何が悲しくてわざわざ暗殺一家に嫁入りせねばならんのだ。
わたしはそんなハードボイルドな世界に旅立ちたくはないのだ。


「まぁ4、5日は大丈夫だと思って寝てたけど、もう少しかかりそうだね。また寝るから、ヒソカ、試験終わりそうになったら連絡くれよ。どうせ起きてるんだろ?」
「ああ◆カグラはどうする?」
「わたしも寝ますけど、連絡はいいですよ。土の下では眠らないんで」
「結構寝心地いいんだよ?これ」
「……遠慮しておきます」
そんなところで寝れるのは蟻かモグラかお前くらいだと内心で思いながらため息をつく。
あと一体何日かかるのか。
そろそろ水浴びなんかではなく、お風呂にでもジャブジャブと入りたいところである。











体が震える。
嫌な汗が体を伝う。
ヒソカの隙を狙うつもりが、とんでもないものを見てしまった。
達人。槍の使い手のほうはたしかにそう。数十年を武術に費やしてきただろう、そういう風な男だった。
それを、あの子は蹴りの一つで遥か遠くの広場の端まで蹴り飛ばしたのだ。
明らかに人間の稼動域を超えた関節、叩きつけられていくたびにおかしくなっていく手足。
コマのようにくるくると廻りながら木に叩きつけられる様は、恐怖を通り越して滑稽ですらあった。
ハハ、と乾いた笑いがこみあげる。

ヒソカだけではなく、彼女も常識外の存在であったらしい。
トリックタワーでの様子を思い出して首を振る。確かに、彼女はヒソカの側の人間だ。
今は、無理。彼女が、ヒソカと別れた後。彼ら二人が揃った状況では、確実にプレートの奪取は不可能だ。
ヒソカが一人になり、プレートを奪いにきた相手と戦うような状況。
それを狙う。

もし、貰った紙に45番と書かれていたならどうしただろうか、と考えて身震いする。
ヒソカとは違い、彼女は胸に、プレートをつけてもいない。
そのとき、自分は彼女からプレートを奪うことができたのか。
三枚のプレートを奪うことと、"あの"彼女からプレートを奪うこと。
自分がどちらを選んだかは明白だった。


プレートを胸につけていないヒソカから、無理矢理奪う。
それは、そういうことに等しい。

息を潜めて、ただただ二人が別れるのを待った。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 27話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/07/30 23:14
二十七







最初はこんな小さな女の子相手に、こんな大男を宛がうというのは……と少々躊躇った。
とはいえ、試験のためならば仕方はない。
同じように試験を受けにきたこの少女も、そんなことを了承済みでここに来ているのだ。
どう考えても三枚のプレートを入手するより、彼女からプレートを奪うほうが簡単、というよりここまで生き残ってきた猛者を三人もうまく襲えるとも思えない。
チームを組んでいるやつも多いだろう。
試験を通過したいならば、そんな躊躇は捨てるべき。
こんな僥倖を見逃す手はない。
と、普通は俺と同じような判断に至るはずだ。
決して俺が悪いわけじゃあないだろう。


ミスった、と思ったのは捕らえられた後。そしてそれに気づくのがあまりにも遅すぎた。
目の前にいたのは、化け物。
ただの少女などと、そんな程度の認識しか抱けなかった数時間前までの自分を罵ってやりたかった。
この女は、あのヒソカとともにいたのだ。


「プレート配達、ありがとうございます。残念ながら、今回のハンター試験は不合格のようで……お疲れ様です」
「ひっ…………!?」
ペアを組んでいたもう一人はすでに林の奥に消えた。
逃げたわけではない。別の受験者と話し始めた彼女の隙をつき、木の上から躍り出た瞬間、彼女に蹴られ、吹き飛んだからだ。
2mはある大男、体重で言えば少女が五人いてもまだ足りないくらいだろう。それぐらいでかいやつだった。
そんな大男を、握ればすぐにでも折れてしまいそうなこんなか細い少女が、蹴りの一つで林の果てまで吹き飛ばす。
そんなことが起こりえるなんていうことを、想定しろというほうが無理だ。

どんなものにも例外というものが存在する。
今回の試験でそれの意味を強く知ることができたのは、これからの人生の上でもプラスになるはず。
そう思わなければやっていられない。

「んー……、せめて襲い掛かる前に一言言ってくだされば、こんなことにもならなかったでしょうに、残念、0点です」
ちっとも残念でなさそうな声で45番の少女が言う。
少女がもう一人の受験生の少女に話しかけ、注意がそちらに完全に向かった時点で、上から相棒が奇襲をかけた。
完璧なタイミングで、音もなく。
見えたのは少女を瞬時に昏倒させる男の姿ではなかった。
それはまるでティーバッティング。
正確に真芯を捉えた蹴りは最初から気づいていたとしか思えない芸当だった。

「ま……参った。俺たちの負けだ。プレートも渡す、だから命だけは」
「そんな人を殺人鬼みたいに……最初から殺すつもりなんてないですよ」
唇を尖らせて少女が言う。仕草だけを見ていれば、頬が緩むほどのかわいい娘であるのに、先ほどの光景を思い出すと冷や汗をかく。
喉がからからになって、足が震えていた。

「まぁけど、今回の試験は勝手ながら終了させて頂きますね。お疲れ様でした」
天使のような笑顔をこちらに向けた彼女は、ひとさし指を軽く振る。
覚えているのは、そこまで。
ただ、そのとき微かに、顔面に向かって飛んでくる自分の拳なんていうありえないものを幻視したような気がした。
あとで医者に聞いたところによると、強いショックによる軽度の記憶障害らしい。
一から鍛えなおそうと思った一月のある日の出来事だった。









ヒソカたちと分かれて三日経った。

「ふふ、それじゃあそういうことで」
「うん。試験が終わったら連絡するよ。それじゃあまたあとで」
そういって離れていくポンズを天使のような微笑で見送ると拳を握り締める。
これで8億J。いやぁ、なんて素晴らしい事を思いついたのだろうか。われながら天才過ぎる。
ポンズはプレートを見せて敵対する意思がないことを告げると、比較的容易に緊張を解いてくれた。おそらく同室だったのもよかったのだろう。
そうしてわざと後ろをつけさせていた受験者ABを誘い出して即座に念で戦闘不能にさせると、わーすごいカグラちゃんそれどーやったの?かわいい上に強いだなんてすごいね!!!という感じで契約にまで持っていくことに成功したのだ。
超一流のせーるすれでぃーでも十分にやっていけそうな自分の溢れんばかりの才能にわずかな恐怖を感じながらも番号を交換し、さきほどの光景に至る、という感じ。
非常にボロい商売である。

「ふぁ…………」
欠伸をしながら考える。
わたしが奪ったプレートはすでに五つ。すでにわたしとわたしを狙ったものもあわせて7人もプレートを奪われている。
多分もうそろそろ終了の合図がくることだろう。
ポックルはまぁ、後回し。
少し寝て、それからスタート地点に向かうとしよう。




「はぁ……はぁ……はぁ……なんで……起こし……くれなかんったんですか」
「……いや、だってキミ、連絡はいいっていったじゃないか◆」
「もうちょっとで不合格になるところだったじゃないですか。そこらへんもうちょっと臨機応変に―――」
「………………◆」
試験終了三十秒前に滑り込みセーフで駆けつけたわたしの息はいまだに荒い。
合格者はわたし、ヒソカ、イルミ、ゴン、クラピカ、キルア、ハンゾー、ポンズ、バーボン、そして同じように息を荒げているレオリオ。

レオリオはどうやらプレートを一つしか奪えなかったらしく、来る途中で一人いじけていたのでプレート二枚を渡して何とか合格。
まぁ、役に立つかどうかはしらないがとりあえず主人公四人はなんとなく合格させておいたほうがいい気がしたし、まぁ、個人的にも嫌いではないし、という程度の理由であるが、レオリオはすごくうれしそうだったのでよかった。
どうせならお金を取……いやいやいや、これは善行、善行なのだ。ボランティア医者志望からお金を取る、だめ、絶対。
わたしは優しいから無償でプレゼントしてあげただけで、4億がもったいないだなんてこれっぽっちも思っていない。
そう、思っていない。いやけど、天空闘技場につっこんで1億くらいなら……いやいかん。
よそう、これ以上考えるのは。

ポックルはどうやらプレートを奪われたのかどうなのかは知らないが、ここにはおらず、代わりにポンズ。
ボドロの代わりにはバーボンがいた。
いやまぁ、このへんは基本的に入れ替わり激しそうだし、基本的にはポンズかポックルさえ来てくれれば後はどうでもいいところ。
ポックルがこなかったのは残念であるが、まぁとりあえず8億あればよしとしよう。

「はぁ………………無駄に疲れました」
「……いつ起きたんだい?」
「五分前ですよ、おかげでしばらく筋肉痛です」
「それじゃあボクがマッサージでも―――」
「結構です」
「…………◆」

とりあえず最後の難関もクリアと。
これでなんら憂うことなく試験を受けることができる。あとは適当にやってキルア不合格で円満終了言うことなし、という感じ。
とりあえずハンターライセンスはどこで売ろうか。とりあえず金さえ入ればいいので今回のヨークシンでのオークションに流すのもいいかも知れない。
コピー品だろうがなんだろうが競り落とした人にはともかく、わたしには関係ないのであるし……。

っていや二十四時間で消えてしまうと、相手が振り込む前に偽物というのがバレておじゃんになってしまう可能性も……ああ、どうしよう。
とりあえず来年からはマフィアの裏オークションが自粛しだすのは確実であるだろうし、そうするとライセンスが売りにくくなるし…………ああ、旅団め。
せめて襲撃が来年だったらいいのになぁ。

旅団殲滅作戦は少々金銭的にもったいないし、ヨークシンの裏オークションで売るにことによって見込まれる値段の増加とつりあうかどうかも微妙である。
それなら手間をかけずに適当なオークションで売り払った方がいい気もするしなぁ。
鈴音にでも頼めばいいか。
数十億、上手くいけば百億を越える代物である。質に入れるだけで1億即日振込みなんていうのがまずまずありえないことであるが、確かにこれはすごい。
流すオークションによっては確実に十億は差が出てくる。
急がない方がいいのだろうか。

「どうしたんだい?いきなり考え込んで」
「いえ、本格的にライセンス手に入れれそうになってきましたし、どこのオークションで売ろうかなー、とか思いまして」
「ああ。それなら今年九月のヨーク」
「あ!お話が始まるみたいです!」
「………………◆」
……わたしとしたことが、危ない。
墓穴を掘るところだった。








陶磁のような滑らかで美しい肌。シルクのように細く綺麗な髪は、黄金のよう。
大きな眼に、整い過ぎではないかという顔の造りと桜色の艶やかな唇。
そのすべてが黄金で作られたような―――ああ。なんて可愛いわたし。

『また自分の世界に入ってるでしょ?』
と、風呂場で鏡を見ていると、耳元でそんな声が聞こえた。
そんな頭がメルヘンな子みたいに言わないで欲しい。いや姿形はメルヘンにすら出てきそうだけれども。

「失敬な、ただ単に自分の姿を鏡で見て」
『陶磁のような滑らかで美しい肌。シルクのように細く綺麗な髪は、黄金のよう。大きな眼に、整い過ぎではないかという顔の造りと桜色の艶やかな唇。そのすべてが黄金で作られたような……ああ。なんて可愛いわたし。って、自分で言ってたら病気だよ……。病院、帰ったら一緒にいこ?』
ん?

「…………あれ?口に出してました?」
『……思いっきり。ちょっと普通のナルシストの域を超越してるよね、カグラちゃん』
「まぁ、そんなことよりオークションですオークション。どこかコネとかないんです?」
『そんなこと、で済むような話じゃないと思うんだけどなぁ……まぁいいや。オークション……っていってもわたしが今通せるのはヨークシンのやつだけなんだけどね。なんでいやなの?』
おお、しまった。理由を考えるの忘れていた。


「あー、いや、ヨークシンは危ないという天のお告げが」
『………………お告げって。わたしはお買い物は全部ネットだからなぁ。前のとこだったらいくつかアテはあったんだけど、仕事やめた手前行きづらいしね。ヨークシンへは今護衛してる子も行くみたいだから、一緒に行くならホテルはスウィートだよ』
「へ?鈴音もオークション行くんですか?」
『あー、本決定じゃないけど、そういう話があってね。カグラちゃんが帰ってきたら話そうと思ってたんだけどどうかな?』
「……断れたりしないんです?」
『んー、断ったら仕事がなくなりそうな感じだから、いく方向で考えてるんだけど』
「わたしのほうでお金は8億くらい入ってきそうな予定なので、別に仕事なんてしなくていいですよ。ライセンスもありますし」
『あ、そうなの?けど、途中でやめたら半金貰えない上に違約金が出るから、ちょっとアイタタタ、な感じになるんだけど……てかなんてそんなに嫌なの?ヨークシン』
ああ、ここまで来ると隠すのもあれだしなぁ。
仕方ない。さすがにそんな危険地帯にわざわざ行って欲しくもない。
わたしの"おいしいごはん"はそんなことで無くなってしまっては困るのだ。


「いやー、さる筋からの情報でヨークシンのオークションには例のクモさんが来てしまうというお話でして」
『ああ…………そういうこと、ね』
「そういうことなんです。だから―――」
ヨークシンは行かない方がいいんです、という言葉を彼女がさえぎるように言う。


『……それなら、なおさら駄目だよカグラちゃん。わたしも一応プロのはしくれだから、そういう理由でやめるわけにはいかないよ』
「……オークションまでまだ半年以上あるじゃないですか。今やめてもべつに逃げじゃないですし、それにライセンスさえ売れたら一生働かなくたっていいんですよ?」
『んー、心配してくれるのも凄く嬉しいんだけどね。わたしはずっとこういう風なお仕事しかやってこなかったし、あんまり褒められた仕事をしてるわけじゃあないのはわかってるけど、こういう"お仕事"に生かされてきたのも確かなんだ。だからこそそういうやめ方は出来ないよ』
「…………」

言ってる意味が分からないなんてことはありえない。
彼女は彼女なりに、仕事にプライドを持っているのだ。
その辺りを完全に勘違いしてしまったのが運の尽き。説得は完全に失敗に終わってしまった。


『何十、何百人っていう人を殺してきたんだ。大抵は悪人だったけど、そうじゃなかった人も多分そこそこにはいると思うよ。場合によっては護衛も殺したりしたしね。そんなわたしが、そんな理由でやめてしまったら、不義理だもの。だからその終わりくらいはケジメをつけて、後ろ暗いものなく終わりたいから』
「…………死んじゃったら後ろ暗いどころか本当に終わりです。あなたが死んだら誰がわたしのご飯を作るんですか」
『んふふ、そこまで言ってもらえると非常に嬉しいね。どっちが大切なんていったらカグラちゃんのご飯を作る方が大切に決まってるけど、一生後悔しながら生きていくなんていうのもいやだもの。心配してくれてるのは分かってるんだけど、ごめんね』


「…………わかりました。けど、契約が切れたら、そこでもうきっぱり止めてくださいね。お仕事はもう必要ないですから」
『ふふ、わかったよ。カグラちゃんの頼みごとだもの。十二月で契約が切れ次第、、その時よりわたくしめはカグラ様のお世話係を拝命させて頂きます。よろしいでしょーか?』
「……仕方ないから了承してあげます。感謝してくださいね」
『ありがとうございますかぐらさま、すずねめはしあわせでございます』
「…………棒読み」
『いえいえそんなことは。わたしのむねはかんしゃのきもちでいっぱいです』
「…………帰ったら口を利いてあげませんから」
『今は利いてくれるんだ?』
「切りますね」
『ごめんなさい悪かったよ!ちょっとカグラちゃんの真似をしてみただけじゃない』
「まぁいいです。どっちみちそろそろお風呂から上がって寝るので切りますから」
『どっちにしても切るんだ……謝り損だね』
「いえいえわたしの胸のムカムカが取れましたので。それじゃあ、おやすみなさい。夜更かししちゃ駄目ですよ」
『わたしは今からお仕事なんだけどね。ふふ、お休みカグラちゃん。寝過ごしちゃ駄目だよ?』

なんと失礼な女なのだろうか。
怒りに任せて電源を切ってしまおうとしたところで言い忘れていたことがあることに気付く。


「そうそう…………ヨークシン。鈴音一人だと何をしでかすかか分からないですから、仕方ないです。わたしもついていってあげますから、お部屋用意しておいてくださいね」
『ぁ…………ふふ、ありがとうカグラちゃん。一級スウィート用意しておくよ!』

そうして電源を切り携帯を脱衣所のほうに投げ捨てると、風呂から上がる。
湯に浸かりすぎたせいか、鏡に映った陶磁の肌が茹蛸のようになってしまっていた。
"のぼせて"しまって耳まで赤くなってしまった体を冷えたシャワーで軽く冷やすと、バスローブを着て髪を軽く拭う。
帰ったら鈴音を虐めてやろう、そう思いながら脱衣所を出て、ベッドに向かう。

脱衣所にはただ、起こす主のいないアラーム代わりの携帯だけがぽつんと一人、取り残されていた。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 28話 ハンター試験編 了
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/27 17:47
二十八




「座ってて構わんぞ?」
「……はい」
部屋のベッドの上で体だけを起こす。前にはネテロ。
明日は例の負け上がり式決闘の面談をするのであろう。
まあわたしはこんな面談をするまでもなくまず間違いなくトップの素質を持っていることが確定しているのであるが、まぁまぁ、話に倣ってこういう風に面談を受けて見るのも悪くはない。
と思っていたのだが、その面談はわたしの部屋のベッドの上で行われていた。
もちろん艶っぽい理由ではない。

「まず、最初に…………おぬしの爆発した髪の」
「…………そんな事を話したいわけじゃないですよね?」
「ん……まぁそうなのじゃが、ワシとしては面談にこなかった理由を聞きたいの。たしかワシ、最初におぬしを呼ぶようにいうたと思うのじゃが」
「それは、試験に」
「勿論関係あるの」
「…………目覚ましが枕元になかったのです」
「なるほど、それで寝坊をしたと。全員と話をしても、まだおぬしが来ないと様子を見に来たらベッドに横になっていたのでな。もしや寝込みでも襲われたかとも思うて心配したんじゃぞ」
「……心配して下さったようでありがとうございます。それじゃそろそろ本題」
「しかしおぬしよ、もしハンターとしての仕事のときに―――」

ああ、なんということだ。こんな場面で寝坊をするとは。
というか携帯はどこに?いつもなら携帯にセットされた、計九回の爆音目覚まし用ミュージックでわたしを起こしてくれるはずであったのだが、何故だか今日は作動しなかったらしい。
昨日風呂から上がった時点では所持、いやしていない。あれ、電話を切ってその後、ああ、そうか脱衣所に放り投げてそのままなのか。
ああ、なんということか。こんなタイミングで寝坊してしまうとは。

「―――って…………聞いとるのか?」
「はいもちろん。以降気をつけます!……それじゃあそろそろ本題に……」
「……………………絶対聞いてなかったじゃろう…………まぁよい。それでは最初の質問じゃ、おぬしは何故、ハンターになりたいんじゃ?」

そう、本当にされたかったのはこのやり取り。決して寝坊に対する非難を受けることではない。
きっとこのやり取りの後、ネテロはきっとこんな有望な少女がハンターになってくれるなんて……!と涙を流すこと間違いない。
とりあえずまずは、今日の寝坊のマイナス分を取り返す事から始めよう。

「はい!勿論ハンターになって困っている人々を助けたいからです!」
「…………………………」
「……なんです?」
「いや、なんでもない。その困っている人々というのは一体どういう人たちのことかね?」
「主にわた…………いえ、お金のない貧しい人たちを助けたいからです!」
「…………………………」
「…………どうしました?」
「…………なんでもない。どうも年のせいか耳が悪くなったようでな。すまんすまん、次へいこう」
「………………はぁ、いやなんだか非常に納得が行かない気もしますが、わかりました」
どうも予想と違った反応をしてくるネテロ。流石に一筋縄ではいかないらしい。
いやいやいや、『なんと!?困っている人を助けるためにハンターになりたいと!!顔が美しければ心まで美しいとはよく言うたものじゃな!!まるで天使を見ているようじゃ、もうわしも安心して会長を譲ることができるぞ。勿論次の会長はおぬしじゃ!』となるはずだったのだが、妙な結果になってしまった。
性格が悪い爺は人助けなんていう理由では心が動かないのかもしれない。なんて冷血なのか。

「ここに残った受験者のなかでおぬしが注目しているものはおるかの?」
「それはもちろ」
「ああ、おぬし以外でな」
「…………コホッコホッ。ん、皆有望なんじゃないですか?」
「………………そうか。それじゃあ戦いたくない相手などは」
「それはもちろんヒソカさんと、ギタ……なんでしたっけ。モヒカンのあの人くらいですね。後は別に…………」
「…………じゃろうな。うむ、ご苦労、わしも少々疲れたので帰って寝ることにするから、寝ても良いぞ。すまんかったの」
「いえいえ、こちらこそお時間を取らせました」
「………………………………確かにの」
「へ?」

最後にぼそりと呟いたネテロの言葉はわたしの耳に届くことなく、わたしの人生における永遠の謎となったことは言うまでもない。











「…………合格おめでとうございます」
「…………いやまさか、カグラがオレと同じ位置だとは思わなかったけど。よっぽど適正低いんだね」
バン、と張り出されたトーナメントを見ると、わたしはどこぞのシード選手のような位置からのスタートとなっていた。
右と左のシマがあり、わたしは右側。一緒にいるのはヒソカ、クラピカ、ポンズ、バーボン、わたしという感じ。
左の方はポックルがレオリオになった程度の違いしかない。
勝ちあがりトーナメントであれば、素晴らしい話であったのだが、生憎、これは負け上がり。
だからこそ、この位置には不満が残る。

「第八試合、カグラ対バーボン!」
「次、呼ばれたみたいだよ。ムカついても殺さないようにね」
「…………まるで人を殺人鬼みたいに。貴方と一緒にしないでください」

経過は以下の通り。
ハンゾー対ゴン。原作どおりゴンの粘り勝ち。
クラピカ対ヒソカ。原作どおり、ちょっと戦って、ヒソカの参った宣言で決着。いらないことをヒソカが言ったらしく、クラピカの視線が再燃。できることならヒソカの口を縫ってしまいたい。てか今度は何を言ったの?
ハンゾー対レオリオ。原作のポックルに近い状態でレオリオが敗北宣言。いやまぁ、実力的に仕方がないのだけれども。
ヒソカ対ポンズ。即座にポンズが敗北宣言。彼女は賢い。
レオリオ対キルア。こちらも即座にキルアが敗北宣言。ああ、これが彼の命取りだった。
ポンズ対バーボン。初めての勝敗が見えない戦い。中々これは熱かった。
布を激しく揺らし、蜂を牽制しながら蛇を這わせ戦うバーボンと、逃げ回るポンズ。最終的には蜂に刺されたバーボンが激痛にのた打ち回り、参ったを言った所で、試合終了。ポンズはこのルールであれば、結構強い方なんじゃないかと思う。
イルミ対キルア。言うまでもなく、脅されたキルアが敗北宣言不合格。まぁ、予想通り。
で、原作どおりにくればキルキル君が死にそうな顔のバーボンを殺しに来るはずであるのだが、さて一体どうしたことか。
そして、第八試合は、わたしとバーボンであるのだが。

「…………すいません。まさか、わたしにこの人をいたぶれっていうんです?どう見ても戦えないですよね?この人」
「……大丈……夫だ。まだ……戦え……る」
「………………いや、いいですよ無理しなくて。参りました、合格おめでとうございます」
「ま……て……そん、な勝ち方……は」
「…………早く病院に連れてってあげてください」
黒服がすぐさま頷くとインカムに何事かを告げるとすぐさま担架を持った救急隊員が駆けつける。
流石にこんな死にかけのおじさんをいたぶれというのは、酷い。バーボンの作戦であるならば、見事である。
というか、ぶっちゃけこんなボロボロのおじさんを甚振る人間がハンターになるなんていうのは、流石にありえない。
予想できていた結末なのか、すぐさま第九試合が開始される。

「第八試合、カグラ対キルア!」









「クモのことについて、教えてあげるよ」
ヒソカはそう言った。
しかしようやく手に入れた手がかりに、本心から私はよろこぶことが出来なかった。
ヒソカはクモの関係者。だとするならば、"あの"彼女がヒソカといる理由、そんなものは、一つしかないではないか。
彼女の答えには、正直失望していた。
唯一の生き残りである彼女は、私と同じ気持ちであると思っていたのだ。

怖くて逃げ出したという、彼女を恨む気持ちはない。確かに事前に襲撃が分かっていたとしても、防げるものではなかったのだ。
失望したのは、彼女の、今の気持ち。
同族を皆殺しにしたクモをそれほど恨んでいないと彼女は言ったのだ。
わたしは今を幸せに暮らしたいと、ライセンスを売って幸せに暮らすのだと。

彼女はそう言った。
しかし、だとすれば今この目の前の光景は一体何なのか。

一方的な試合だった。四人の中でも、一番の実力者だと、そう思っていたキルアが、一方的に嬲られていた。
精神的に参っていた、なんていう理由もあったかもしれない。しかし、それでも、そうそう容易く倒すことの出来るものではない。

そんな実力を、何故彼女が身に付ける必要があったのか。
何故彼女は、旅団の関係者であるヒソカと共に行動しているのか。
彼女のあの言葉は、本心だったのか。

思考がくるくると頭の中で渦巻く。
彼女の力を見て、自分を見る。
自分が復讐を誓い、研鑽を重ねてきたと思ってきた日々は、一体なんだったのか。
四つも年の離れた少女に、遠く及ばない。私の努力は、その程度。
そんな人間が、クモを倒すなどと、そう息巻いた。
彼女はそれを、どういう目で見たのだろうか。
彼女の目にはどういう風に映ったのだろうか。
彼女の信頼に足りえる相手だと、私は彼女にそう思わせるだけの実力を持っていたのだろうか。

酷く自分が滑稽に見えて、下唇をかむ。血の味がしたが自分への罰にはぬるすぎる。
失望、失望だ。本当に失望したのは、私ではなく、彼女の方だったのだ。
後ろを向いて、壁に頭を打ち付ける。
一回では足りはしない。二回でも三回でも、四回でも足りはしない
そうして五回目を打ちつけようとしたところで肩をつかまれた。

「おい!何やってんだ馬鹿やめろ!さっきから様子が妙だと思ってたが、いきなし頭打ちつけだすわ一体ぇどうしたんだ!?」
「ああ、レオリオか……手をどけてくれ。私は今、自分を殺してやりたい気分なんだ」
「殺してやりたい気分なんだ、じゃねぇよ馬鹿ヤロウ!何言ってやがんだ、テメェ、クモだかなんだかを潰すんじゃなかったのかよ!?」
「フフ……そうだな。本当に、私は滑稽なピエロだったみたいだ。こんな程度で、どうして……クモを……倒せ」
「っおいどうした!?誰か、誰か担架を持ってき―――」








骨こそ折ってないもののゴンと同等くらいにまでキルアを痛めつけ、それでも参ったを言わなかったので、仕方なく練で増幅させたオーラをまとわりつかせ、無理矢理参ったを引き出したのだが、えらく周りが騒がしいのが気になった。
いや、やっぱり痛めつけすぎただろうかと心配になって見渡すと、何故か頭を血だらけにして倒れるクラピカと叫ぶレオリオ。

いやいやいや、一体何が起こったのか。
一人ついていけてない上に、誰にも注目されないまま、わたしの試合は終了した。
試合に勝って、勝負に負けたような、妙な気分になりながら、わたしはリングを降りる。
なんだか、非常に納得がいかない。わたしが、一体何をしたというんだろう。

今日は、なにやら厄日である。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 29話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/07/31 00:31




二十九





「…………うわー、最低だねカグラちゃん。好きだけど」
「いやいやいや、やっぱり、一般人には一般人なりの学び方、覚え方があるものです。わたしみたいな超天才が少しレベルを落として教えても、普通の天才くらいしかついてこれないものでして」
「だからそいつらみたいな凡人は凡人に教わったらいいんじゃない?わたしぶっちゃけ教えるの面倒くさいし?お金だけもらえたらいいし?って感じなわけだ。うわー…………」
「そんなこといってないじゃないですか、心外ですね」
「……その人たちのことを思うと、わたしは胸が痛いよ」
"ちょっとばかし"大きくなってきた胸を押さえて鈴音がわざとらしく言う。
なんとなくカチンと来る仕草である。

「……無駄にクッションがあるからいいんじゃないですか?」
「あ、そうだね、クッションがあるからあんまり痛くないよ!」
「……………………………………」
「ああ、けど、わたしはこんな風にクッションがあるからいいけど、世の中にはない人もいるんだよね。ああ、かわいっぐ!?……痛い、足、足踏まないで」
「あ、すみません、気が付きませんでした」
足をどける。いやはやどうも、疲れが溜まっているのかどうなのか、足がふらついてしまうらしい。
これくらいは仕方のないことだろう。

「いや、明らかに足の角度無理矢理すぎるよね?………………怒るなら最初から言わなきゃふっ、痛っ!?もう言わないから怒らないでよ」
「…………どうしました?」
「あの、歩けないくらい踏まれてるんですけど……」
「ああ、すみません、わたし、ちょっと試験帰りで疲れてて、ふらついてしまったみたいです」
慣れない試験なんていうものを受けるから、か弱いいたいけな美少女であるわたしの体にガタがきてしまったらしい。
あとでふかふかのベッドでニ、三日くらい羽をのばそうなどと思いながら、足を離す。

「いや、だからその角度から見て明らかにその言い訳は苦し…………ってあ、いえごめんなさい、もう踏まないで」
「…………ああ、それと、わたしの胸はまだ成長してないだけで、小さいわけじゃないですから」
「……そうですその通り!カグラちゃんと一緒でお寝坊さんなだけだよね。誰かに起こしてもらわないと一人で起きれないんだ。あ、ちょっと休憩しよっか?」
「何する気なんですか!」
「何って、その…………マッサージ?」
「……………………はぁ」
この変態はどうにかならないものなのか。


とりあえず試験終了後、ライセンスを受け取り講習を受けると、イルミにご立腹なゴンを横目に即座に離脱。
厄介ごとに巻き込まれるのは勘弁して欲しいし、そろそろクラピカの目線がなんだか非常に痛くなってきていたので、仕方のないことだろう。
二人には天空闘技場に向かい、カストロのホテルに向かうよう、言ってある。とりあえずはまずそこで、基礎の訓練、ということになる。
四大行の習得と、二百階クラスにまで到達させたところで、ようやくわたしの出番、そこからこっちの方に出てきてもらい、ちょろちょろとカストロと共に教えていくという段取り。
ぶっちゃけ面倒くさい、というのも確かにあるといえばあるのだが、さきほど鈴音に言ったのも全てが全てウソでもない。

例えば割り算で詰まる事がなかった人間が、割り算ができない子を教えるとして、だ。
割り算を覚えることに一切苦労をしたことのない人間である彼は、何故その子がそんなもので詰まるのか、そんな理由も見当がつかないことだろう。
自分にはそんな簡単なものに詰まった記憶すらないのだから。
ウィングがビスケに、覚えの悪いあの子は、教える方が向いているかも、などといっていたのもそこにある。
覚える道程で、迷ったものには確かにその道程が経験として、身につくからだ。

何故、割り算で詰まるのか。
自分のときは、何がどう分からなかったのか。
だとしたらその勘違いにはどうやって気付いたのか。
そうして迷った経験は、同じようなところで躓いた弟子の教えに生かすことができるのだ。

いやまぁカストロも非常に出来のよろしい類ではあるのだが、少なくともそういった意味ではわたしよりかは教師に向いているだろう。
それにカストロには一月の手探りの時間があった。そうした経験は確かに今回のこれで、大いに役立つことだろう。
ああ、なんて思慮深いわたし。今となってはあの出来事も弟子を鍛えるためだったとしか思えない。
無意識のうちに弟子のために動いてしまう自分の才能と優しさが怖い。


「…………ため息をついたと思ったらまたトリップしだしたね。今日は何をニヤついてるの?」
「ああ、いえ、なんでもないです。…………それよりもおうちに帰ったらすぐにご飯と風呂と睡眠をとりたいんですけど、用意は出来てるんです?」
「もちろん。今日はツルツルなマットの上で、寝ながらシャワーとマッサージを受けながら鈴音ちゃんに食事を口に運んでもらえるという素晴らし」
「…………お部屋、探しに行かないと。今までありがとうございました、そしてさようなら。もう二度と会わないことを祈ります」
「ストップストップ!嘘、嘘だから!…………ちゃんと三種類分けて用意してるから怒らないで?」

必死な様子の鈴音に溜息が出てくる。
この変態は、学ぶということを知らないのだろうか。これと同じようなやり取りを何十度繰り返しただろう。
きっとこいつの頭はもう手遅れだ、ととりあえず思考を止めると話を戻す。


「………………で、結局晩御飯は何にしたんです?」
「…………んふふ、見ての驚き、スーパー豪華メニューだよ!テーブル埋まるからね!」
「…………絶対食べきれないですよね?」
ちなみに食卓は十人掛け。隣にしか座らないくせに無駄な大きさの机を買ったこいつの頭には使い勝手という言葉はないのだろうか。
というより、それが埋まるほどの料理…………途中で気付かないものなのか。

「…………ああ、いや、つい張り切りすぎちゃって、ね?作りすぎちゃったんだよ」
「………………宮廷料理とは言ってましたけど、本当にその通りに作ってくるとは思わなかったです」
「ごめんなさい。いやまぁ、三日あったら食べきるよ!」
「…………おせち料理じゃあるまいし」
「…………?珍しい言葉知ってるね」
「名前はカグラですからね、ジャポン贔屓だったんですよ」
「あ、そういやそーか。まぁまぁまぁ、飽きないくらいバリエーションは豊富だから、安心してよ!」
「……そりゃあ、それだけあったってバリエーションがなかったら地獄ですからね」
「うう……ひどい、折角作ったのに、喜んでもらえると思って折角」
「わー、すごいうれしい、すずねちゃん、ありがとう!かぐらは、しあわせ、いっぱいだよ!」
「………………鬼畜」
「はいはい、次にやるときはせめて目薬でも持ってきてからやってくださいね」
「……はーい」
料理、痛まないといいけどなぁ……。













「で、どうです?そっちのお二人は」
『ああ、優秀だよ。特にハンゾー君のほうは教えることがないくらい、だね。ポンズ君は纏を覚えるのは早かったんだが、練は少し時間がかかりそうだ』
「へぇ、ハンゾーさんはもう練まで行ってるんですか?」
『オーラの練り上げに少々手こずっているようだが、この様子なら多分あと一週間後くらいにはある程度形になるんじゃないかな。ポンズ君のほうは、オーラを出す、という概念自体をよくわかっていないみたいで、どう教えようか迷っているのだが』

それから約一週間ほど。すっかりカストロにハンゾーとポンズを預けたことを忘れていたら、カストロの方から電話がかかってきた。
残念ながら、その時わたしは睡眠中で完全未覚醒であり、本来であれば後日掛けなおしのパターン。さよならカストロ、こんにちはメルヘン…………という形になるはずだったのだが。
隣の鈴音が五月蝿いから消してとわたしを起こしてきたために、電話の対応をすることとなってしまった。おお、じーざす。


「…………纏はできているんですよね?」
『ああ。彼女の纏は見事だね。蜂と常に一緒にいるからか、心を落ち着かせる、ということには常日頃からかなり意識しているらしいみたいで、そういった意味では、彼よりも彼女の方が一枚上手かもしれない』
「んー、でしたら逆に、彼女にはもう少し纏を意識的に行わせるようにした方がいいかもしれませんね」
『…………?どうしてだい?』
「……彼女にとっては気を整えることが自然で、上手く行き過ぎたために、まだオーラ、というものをきちんとつかめてないのかも知れません。イメージ修行と概念的な事から、もう一度教えてあげてください」
『なるほど。いやまぁ確かにそういった様子も見受けられるな。感覚だけで纏を覚えてしまっては、オーラを操る練や凝の段階で躓いてしまうわけか。わかった、そのようにしてみるよ』
「はい。カストロさんの練や凝を見せてあげるのもいいかもしれないですね。とりあえず、オーラというものについて、きちんと教えてあげさえすれば、上手くいくと思いますよ。幸い、意識的な才能はあるみたいですし」


念というのは精神の影響をモロに受けるものである。
強化系や放出系、変化系などであれば、そこら辺の多少の誤差を無視してごり押しすることのできる強さがあるが、操作系、具現化系はそうではない。
精神の安定と、それによってのみ行われる繊細な念操作が、操作と具現化には必要となる。
力のないわたし達が彼らに上回るのは、絡めての能力を操るための、より高度な念操作に他ならない。
まぁ、彼女が操作や具現化かどうかは分からないのであるが、彼女の性格からいって判断すれば、このどちらかの可能性のほうが高い。
であればこそ、彼女のそのメンタルは、大きなプラスとなる。


『しかし、流石だな。見ているわけでもないというのに、実際に見ているわたしよりも正確だ』
「あはは、逆に第三者の目線から見ているからこそ、見えやすいところや言える事があるんですよ。それに、その指導があってるかどうかはやって見なければわからないですし」
『いや、盲点だった。纏が上手く行き過ぎて、それによって生まれる弊害に私は全く気付いていなかったんだ。ありがとう』
「いえいえ、こちらこそ。こんな仕事を貴方に押し付けることになってしまって…………」
『とんでもない。人に教えるというのは、新しい発見の連続だ。修行も正直、マンネリ化していたところだったからね。こんな機会を与えてくれたことに感謝している』
「……ありがとうございます。そういって頂けると、非常にありがたいです…………と、そろそろ」
『ああ、用事かい?時間をとらせてしまってすまないね』
「いいえ、出れないときもあるとは思いますが、また何かあれば電話のほう、おねがいしますね」
『わかった。それじゃあまた』
「ええ、また」
電源ボタンを押し、通話をきる。ああ、眠い。
それを信じられないものを見た、という目で鈴音が見ている。


「…………凄い嘘つきだよね。今から二度寝するんじゃなかったっけ?何、用事って?」
「いや、今日は睡眠時における夢についての研究が」
「寝るんだよね?」
「……そうですね、カテゴリー的にはそこに入るかと」
「…………カテゴリーって……いやまぁいいけど、非常にかわいそうだよね、その人。自分がかわいそうなことに気付いてないあたりが」
「そんなひどいことを。当人が幸せだと思ってたら幸せなんですよ、例外なく」
「カグラちゃんに都合がいい場合限定で、だよね」
「そんな人を悪女みたいに」
「…………やってることは変わ」
「変わります!…………まぁ、とりあえず、寝ません?」
「ああ、やっぱり寝るんだよね?」
「いえ、研究です」
「はいはい、おやすみ」
「……おやすみなさい」


温度差は、酷いままだった。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 30話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/08/02 01:54
三十話






流を限りなく速く行う。
腕を振るうより、さらに速く。
例えば殴られる速度、銃弾の速度、それらを体に受けるまでの瞬間に、オーラを一極に集中させることさえ出来れば、理論的にはありとあらゆる攻撃をノーダメージで流すことが可能となる。
攻防力50から、100へ。
0から100へ。

わたしが一度に外に出して留めておくことの出来る、いわゆる顕在オーラは、体内のオーラ総量と同じくそう多くない。
そしてそれを解消するには、いわゆる一般的に言う必殺技、縛りをつけた固有念能力が必要となってくるのであるが、生憎、これ以上はメモリ不足。
となれば、今使える顕在オーラの無駄を減らすしかない。

流とは百あるオーラを数倍、数十倍の効率で使う技術である。そしてこれこそが、わたしの生命線ともいえる。
ウヴォーギンのビッグバンインパクトも、これを極限まで応用した、例えば硬を用いたものであれば、クラピカを一撃で粉砕していたことだろう。
念を普段より多く込めたただの拳と、体中のオーラを集めきった拳とでは、どちらが上であるかは語るまでもないことだろう。
それでもあれだけの威力を出せるウヴォーギンはたまたま顕在オーラと潜在オーラに恵まれていただけのこと。
そしてそれに胡坐をかいていたからこそ、明らかに格下の能力者であるクラピカに敗北を喫したのだ。

その単純さが彼の強さの源であり、そして弱点である。
彼は、どちらにしろあの辺りで頭打ちだっただろう。

念での戦いは工夫次第でどうにでもなるものだ。
肉体のみの勝負であれば、わたしのような小娘が彼のような大男を相手にするのは不可能である。
しかし念での戦いはそうではない。
思考、戦術、能力。
肉体の大きさではなく、それによって勝敗が決まる。

身体的な全てで劣るわたしが、彼らに対してパワーゲームを挑むのは自殺行為だ。
完全な道理を掴んでこそ、初めてわたしの勝利が見える。
……とはいえ。




「…………はぁ」
ついついヨークシンに行く、とは言ってしまったもののキメラアントに次いで死亡率の高い場所。
下手を打てば、二年前と同じ状況に陥ってしまうことも考えられる。
事前にこちらの能力は知られているため、成長しているとはいえ、以前のように易々とは行くまい。
可能な限り、"鎖野郎"の陰に隠れて遭遇は回避。鈴音の護衛対象がヨークシンから出るまでの約二週間、それさえしのげればいい話だ。
仮にもし遭遇してしまった場合は、仕方がない。
状況によっては"鎖野郎"を使い潰して各個撃破することも視野に入れる必要がある。

上手くいけば自動的にクラピカが、団長を捕らえてくれるはずであるのだが、はたして、どうなるか。
本当に上手くいかせるには、"見えざる手"が、必要になるかもしれない。



携帯を出して、この間手に入れたばかりの番号を見つけると、通話ボタンを押す。
そうして鳴ること三回目のコール。
そこで"ようやく"、割と高い声の男の声がわたしの鼓膜を振るわせた。

『…………やぁ。渡しては見たものの君がかけてくるのは予想外だったな。殺しなんか自分でやると思ってたんだけど』
「……少々事情がありまして。本決定ではないんですが、9月あたりに一件お仕事を頼むかもしれません。その場合の見積もりを、一応聞いておきたくて」
『ああ、君も行くんだオークション。それで、依頼の内容は?』
「それは―――」

いざとなって、足りなくなるくらいならば、
手は、打てる数だけ打っておくべきだ。












「……少しずつ体の中からオーラを集めて…………そして」
ポンズの体の周りに留まっていたオーラが、一気に力強くなり感じるオーラが一気に密度を増す。
まだまだ、荒い部分は多い、しかし、少し前までの彼女のそれとは全く違う。
まるで別人、そう思えるほどだった。
思わず拍手をしてしまう。


「……良くやったポンズ君。もう少しかかるかと思っていたが、ここまでとは予想外だったよ」
「いえ、カストロさんの指導のおかげですよ。わたし、全然オーラというものを理解してなかったみたいで……」
「ハハ、礼を言うならばカグラに言ってあげてくれ。私だけではこんな指導は出来なかったからね」
「カグラちゃんが……ですか?」
「ああ、この前、電話をしたときにね。忙しいみたいだったがちゃんと君たちの事を心配してくれていた。様子はどうか、とね」
「そう……なんですか。………………………………いやまぁ四億だし」
「ん?」
「あ、いえなんでも」
「お、ポンズも出来るようになったのか、練」

そういってハンゾーが入ってくる。
彼は自主的な訓練を早朝に行い、その後、ここに来るのが日課となっていた。
ジャポンの忍者と呼ばれる集団の構成員であるらしく、彼の鍛錬のプログラムには私自身、勉強になる点が多い。
念の修行の合間に教えてもらっているのであるが、実に斬新なもので、今まで自分で行っていたものとは全く違う。
彼らの成長と共に、これも一つの私の楽しみとなっている。



「ええ。貴方に遅れること一週間、ってとこね。すぐに追いついて見せるわ」
「はん、オレはあんたがそうこうしているうちに日々進歩しているからな。追いつきゃしねぇよ」
「言ってればいいわ。カグラちゃんのとこに行くころには、結果が分かると思うしね」
「くかか、あとで吠え面かくのが目に浮かぶぜ」
「……よしなさい二人とも。確かにハンゾー君のほうが習得は早かったが、念の強さはそれだけではない。自分にあった長所をどれだけ伸ばし、短所を補うか。それ次第で勝敗は容易く揺れるもの。あんまり舐めていると、ポンズ君に足元を掬われてしまうよ」
「分かってるよカストロさん。手を抜くつもりはねぇし、舐めてるつもりもねぇさ」

この二人もいい感じに互いを意識し、切磋琢磨している。
もしかするとこうなることも見越していたのかもしれない。

ヒソカに敗れ、念を覚えて、二年。カグラと会ったのも、二年前。
果たして自分一人だったならばどうなっていただろうか、と夢想する。


以前の私はプライドが高く、いうなれば傲慢な男だった。
他の兄弟子たちよりも秀でていた。幼い頃から学んだ格闘術は、いつしか師すら越え道場を飛び出したのはいつだったか。
あちこちを渡り歩き、武者修行を続け、そうして天空闘技場に辿りついたときに思ったのは、ああ、こんなものかという気持ち。
一階から五十階、そこからストレートに二百階まで到達した私は、本当に傲慢になっていた。
そしてそこでヒソカに鼻っ柱を折られて、部屋一人沈む中、幼い少女に出会った。正確には相手が忍び込んできたのであるが。


自分よりも幼い少女の足元にも及ばない。
それが、私の初めての挫折だった。
所詮、自分は井の中の蛙だったと、その時初めて思い知ったのだ。
そしてその上最初にサンドバック状態にされた挙句、即座に飛ばれ、あの時の私を思い出すと笑いすらこみ上げてくる。

それからの修行の日々は、本当に充実したものだったと、今でも思う。
自分よりも遥かに強い使い手。ましてやそれが自分よりも年下で、十歳の女の子だというのだ。
傲慢になっていた私を私は笑い、そこでようやく吹っ切れた。



彼女に基礎とその応用を教わり、そして彼女の勧めで山に篭り、自然の中で牙を研ぎ、それでも尚彼女に近づいた気がしない。
一月、二月前に会った彼女は、当然さらに上にいっている。
遥か遠くの、青く霞んだ山のようだった。

顕在オーラと潜在オーラ。
オーラの総量で言えば、私のほうが圧倒的に多い。
身体能力も強化である私のほうが上。
格闘術も私のほうが上。

しかしそれでも、彼女に勝てる気がしなかった。
流の速度、オーラの操作、移動速度が、私とは桁違いなのだ。
私が打った一撃は、全て硬が凝で防がれた。一方私は、彼女のオーラが余すことなく乗った一撃に、ダメージが蓄積していくばかり。
彼女は操作系といってはいたが、にも拘らず、オーラの攻防力移動だけで強化系の私と渡り合える力を持っているのだ。

技巧で上回り、当てた手数は私のほうが多いが、その実ダメージを負っていくのは私だけ。
壁の高さを再度思い知らされた模擬戦だった。


オーラを僅かに硬質化させ、虎咬拳の牙の部分だけを飛ばし、自らの手と共に虎咬拳の二重攻撃を行う虎咬真拳という技を新しく私は作成していたのだが、彼女はそこからもう一つ踏み込み、虎咬真拳を虎"吼"真拳、へと昇華させることが出来たのも単に彼女の助言があったからこそ。

これは新たに彼女が考えた、オーラを乗せた声と音により相手をひるませる獅子吼拳(勿論命名は私である)を虎咬真拳と組み合わせたもの。
獅子吼拳で相手の動きを止め、飛ばした牙により逃げ道を塞ぎ、私の虎咬拳で決めるという、結果的には凶悪な技に仕上がった。
毎度の事ながら、本当に彼女の考察力と発想力には驚愕させられる。


そしてそれから、一月。
今、私はこうして弟子を取り、彼女らに念法を教え、日々を過ごしていた。


「それじゃあ今日は一日、練の持続時間とオーラ放出量を高める訓練を行う。最初は厳しいとは思うが、がんばってくれ」
「はい」
「りょーかい」

彼女と出会えたことで、こうした生活を送れている。
私一人だったなら自分の愚かさに気付くことが出来ず傲慢なまま、無様な死に方でもさらしていたのかもしれないなどと思って、溜息が出る。
本当に良かった。彼女と出会えたことは、私の人生の中で、最も価値ある出来事だった。
ありがとうございます、と小さな声で、武の神様に感謝を伝え、私は今日の訓練に取り掛かった。









「…………端数はまぁ、サービスでしょっ引いといて百二十万Jになるが、本当にいいのか?」
「いいですよ、現金ニコニコ一括払いで」
「中々ブルジョワだな嬢ちゃん。あんたみてぇに金払いのいいやつばかりならオレんとこももっと潤うんだが」
「あはは、十分な格好ですけどね」

普通の服に見えるその格好は、潤っていない人間の服ではない。
時価百七十万の腕時計に、八十万のネックレス。十万のGパン、三万のシャツ。ニット帽ですらつい先月五万で売ってた代物。
無駄に服に金を掛けすぎたブルジョワなのにブルジョワに見えない格好の親父である。
本当の金持ちは、一般人にそうと見える格好を好まないのだ。
ある程度のレベルの人間にのみわかる、見かけは普通に見える格好を好むのだ。
いやらしい話である。

何件か、ついでにイルミから紹介してもらった店のうちの一つであるが、流石ゾルディック、仕入れ先も厳選している。
置いてある代物の質は、非常に高い。

「しかしこれだけの毒をどうするんだ?戦争前のマフィアでも最近は中々買わないぜ、こんな物」
「護身用、ですよ。ただの」
「クカカ、護身用にこんなえげつい毒なんざいるもんか。それもこんなに。ナイフにでも塗りゃクジラでも殺せる自信があるんだぜ」
「もしかすると、クジラを相手にするのかもしれませんよ?」
「嬢ちゃんほどの手練がそんだけ準備するたぁ、中々でけぇ獲物なんだろうが。オレ特製の毒が入用となると、殺る相手は…………クルベスロッツか、ファラニアか、幻影旅団か、そのあたりか」
「………………」
「お、当たりみてぇだな。近々このあたりで"仕事"に来そうなとこを上げてみたんだが、この内のどれか、ってとこか。」

目つきを変えて男が言う。
流石に年食ってるだけあって勘が良い。
店はヨークシン北東のアクロナド、ゾルディックの紹介でいくつか店があった中から、情報収集も兼ねて近場のここを選んだのだが、どうやらそこまで見抜いていたらしい。


「いやはや、正直に驚きました。凄いですね」
「カカ、この仕事は長ぇからな。耳の良さにゃ自信があるんだ。しっかし、どこも能力者の集団、特にクモったら構成員全員が能力者って言う頭の悪ぃとこだからな。どれとやるかは知らねぇが、気ぃつけるこった」
「ふふ、そんな危ないことはしませんよ、あくまで護身用ですから」
「……ハッ、そうかい。まぁ、取り扱いにゃ気ぃつけな。皮膚の上からでも、嬢ちゃん位なら十回は殺せる。付けるときは手袋を確実にな」
「ええ、ありがとうございます」

会釈をすると男が手をひらひらと振る。小瓶四つで百二十万J、中々高い買い物であるが、まぁまぁ仕方のないことである。
相手は旅団、準備が足りなかったと悔やむことはあっても、準備をしすぎたと悔やむことなんてことはありはしない。

もしやるならば、完膚なきまで。
後の憂いは、残さない。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 31話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/09/01 23:57
三十一





「なつかしいなー。ちっとも変わってねぇや」
「え?キルア来た事あんの?」
「…………ああ。六歳の頃かな、無一文で親父に放り込まれた。200階までいってこいってな」
あいつと会ったときも、それくらいだったか。
思い出すと今でも胃がむかむかしてくる。あの女。

「……どうしたの?」
「ああ、いや……カグラっていただろ?あいつも丁度そのくらいの時期、ここにいやがってな」
「そうなんだ。戦ったの?」
「…………ああ。オレが150階辺りで苦戦してるときに下からひょいひょい上がってきて、ストレートに200階。オレは二年かかったってのに、ニ、三週間で出て行きやがった」
「……あはは、確かにすごいよねあの子。……それにしてもキルアでも二年かかったのをニ、三週間って」
オレより技術があるわけでも、力があるわけでも、速さがあるわけでもなかった。
だというのに、負けたのはオレ。未だに納得がいかないが、あの後襲い掛かったときを思い出すと、納得せざるを得ない。
オレの知らない未知の力を、あいつはきっと持っていたんだ。

「あんときゃまぁ、ガキだったのもあるけど、アイツは何食ったらあんな体になるんだほんと。やたらと丈夫だったぜ。…………とりあえず今回はストレートに行くぜ200階。あんな女の下になんざいつまでもいたくねぇからな」
「うん、がんばろ……ってあれ?あの人、ハンゾーじゃない?」
「あ?ハンゾーがんなとこいるわけが…………いやハンゾーだな。あいつも鍛えに、って隣の女、ポンズじゃねぇか?」
はげ頭の横に並んで座る特徴的な帽子の女。
蜂の巣を頭に乗っけている女というのは、そうそう忘れられるはずもない。

「…………ほんとだ。なんだか…………凄い組み合わせだね」
「ああ、すげぇ予想外だぜ。あのハゲも中々やるじゃん」
「…………んー、とりあえずあっち行ってみようか?」
「……だな。からかいに行こうぜ」

…………何だこの違和感?
最後に見た試験から、今まで、精々一月。なのに、以前に見た二人と、今の二人は全然別人のように見えた。
そう、まるで、存在感が違う。観客席にいる回りの人間に比べて明らかに彼らと、もう一人の長髪の男は、辺りから浮いていた。
黒い絵の具に白や黄色を落としたような、そんな違和感。

まるで…………いや、馬鹿馬鹿しい。高々一月で人が変わるものか。
何故か近づくのを拒否したがっている体を押さえつけて、二人のいる場所へ向かった。






















「おう、また来てくれよ。嬢ちゃんみてぇな可愛い客は中々こねえとこだからな。飛びっきりの爆弾作っといてやるぜ」
「あはは……、なるべくもう来ないで済むことを祈りたいですけどね」
「へへ、そいつは残念。ビル吹き飛ばす量の爆薬を現ナマ一括で買った嬢ちゃんは初めてだからな。どこでテロするかはしらねぇがつかまらねぇようにな」
「…………テロリストじゃないですから。護身用です!」
「……さすがにその言い訳は無茶があるぜ嬢ちゃん」
「最近は物騒ですからね……それじゃあ」
「ああ、またきな嬢ちゃん。歓迎するぜ」
「もう来たくないといってるじゃないですか…………まぁ、もし機会があれば宜しくお願いします」
「ああ」

扉を開いて外に出る。昼だというのに薄暗く、埃くさい路地。
ああ、もう二度ときたくないなぁなどと思いながら路地を歩く。

薬と爆薬、地雷もOK、あとはなんかあっただろうか。
いくら能力者といっても、銃や爆発、クレイモアの散弾なんかに耐えれるものがそういるわけでもない。
ましてや、職人が念を込めたこれらの品々は割高な分精度もいい。まぁまぁウヴォーやフランクリンといった一部を除いて、致命傷とはいかずともある程度のダメージを与えることは出来るだろう。


「まぁ、できるなら、使わないことを祈りたいですけれど」
そうはいかないだろうなぁ、などとなんとなく思いながら大通りに向かう途中、気配を感じて横道を覗く。
金色の髪、女のように綺麗な顔、クルタの民族衣装。
そこには、眼を大きく見開いたクラピカがいた。

さすがはスラム、アクロナド。何でもあるこの町には、ハンターの仲介所すらもあったらしい。
なるほど、運命と言うのは良く出来ている。










「…………で、仲介所ではお仕事を紹介してもらえなかったというわけですか」
注文したカルボナーラをくるくるとフォークに絡めながら彼女が言う。
大人びた少女であるが、こういうときは年相応に見える。もしかすると、これが本来の姿なのかもしれない。

「ああ、私の隣に何が見えるか、という問いに、私は答えることが出来なかった。謎掛けなのか、それとも符丁なのか……それすらもわからない」
「いや、まぁ仕方ないんじゃないです?眼を"凝"らさないと見えないでしょうし…………んー、かるぼなーらはすてきですね」
至極どうでもよさそうに言う彼女。きっと、彼女にとっては分かりきった問いであるのだろう。
私と彼女に間には、きっと彼女にしか知りえない、分厚い壁がある。そのことが、私には酷く情けなく思えて、下唇を噛む。


「君は……その問いを知っているのか?」
「ええ」
「…………それは、君の強さに関係することなのか?」
「んー、まぁ、そういうことになりますね。…………それはどこにでもなくて、どこにでもあるもの、さあはたしてそれはいかなるものなのでしょうか」
「っ…………真剣なんだ、リルフィ…………私は、強くなりたい。私に、それを教えてくれないか」

そういって、テーブル越しに頭を下げる。
彼女から見た、私は、さぞ滑稽だろう。
復讐だなんだといいながら、この程度の力しか持ち合わせず、そして自分に頭を下げてくるのだ。
下衆だ、と自分でも思う。私など、死んでしまった方がいいのかもしれない。
しかしまだ、まだだ。今は、そんなプライドなどに構っていられる、そんな時期じゃない。
九月のヨークシン、確実に、クモが来る。そのときまでに、どうしても力を身につけなければならない。

「…………あきらかに嫌がらせです、それ。頭を上げてください、変な目で見られるじゃないですか」
「…………この通りだ」
「あー……はい、分かったんで顔を上げていただけますか?酷く目線が痛いのです」
「……すまない」
「………………はぁ」
彼女が深いため息をつく。



「念法の会得、纏、絶、練、発の四大行を修めること。これをもって裏ハンター試験合格とす」
「っ…………!?」
「主にネテロ会長の心源流、その師範代達が見込み有り、としたハンター試験合格者にこれを教える。そしてそれをもって完全なハンター試験合格、となるわけです。ひよっ子以前といわれたのは、そういうことですよ」
「…………なる……ほど。そういうことか」
「わたし、ヒソカさん、イルミさんに関してはもうすでに会得しているので表合格と共に合格。自動車教習で言う学科がいるか要らないか、っていう話です。クラピカさんなら、覚えればきっとすぐに追いつけますよ」

彼女らの、飛びぬけた実力は、そのためか。
カルボナーラを食べ終わった彼女が幸せそうにフォークを置いて手を合わせる。

「それが……キミの強さの秘密、というわけか」
「ええまぁ……それじゃあご馳走様でした。わたしはそろそろこれで」
「待ってくれ!……私に、それを教えてもらう訳にはいかないのか?」
「……いやですね」
「っ…………金を用意しろというのならいくらでも用意しよう。足りないというならば、ライセンスを売ってもいい……」
「それは魅力的ですけど…………そうですね。けど、残念ながらわたしは未来を見ない人を弟子にしたくはないのです」
「……何故だ」
「念というのは素晴らしいものです。気持ち次第でどうにでもなりますし、お日様の下でさんさんとお天道様に照らされて、そうした念は美しいとも思います」
教え子に諭す先生のように、指を振りながらそうわたしに告げる。

「けど、その逆も当然あるわけで。わたしは花を育てるなら枯らしたくはない派ですから」
「…………私が、そうなると?」
「ならないんですか?旅団を殺すことにしか使えないけど、凄い強い銃と、ただの銃なら前者を取りますよね?」
「…………それは」
「だけど前者なら、旅団を殺し終えたらはいおしまい。別にそれが悪いとはいいませんが、自分の育てたお花がすぐに枯れるのなんて見たくないですから」
「っ…………」
「復讐なんてごろごろごろごろどこにでも転がっている話です。もしそのあとでお嫁さんが、お子さんが別人に殺されたらどうするんです?守ろうにも使える銃もない、復讐するにも武器がない、まあ大変どうしましょう?」
そこで一息ついて続ける。

「あなたは、旅団を倒した時点で終わってしまうひとです。だから、わたしは貴方を教えたくありません」
「そう……か」
「つくなら他の師匠にどうぞ。そこまでして、わざわざわたしにつくメリットもないですよ。胴着を着ている人なんか、接触するといいかもしれないですね。きっと力になってくれるでしょう」
「………………」
「それじゃあ、また。失礼しますね」
がちゃん、と立て付けの悪そうな扉が閉じて、ようやく意識を取り戻す。
私は扉が閉まるそのときまで、立ち上がることが出来なかった。













鎖野郎は便利でも、自分の弟子がそうなって欲しいわけがない。彼の師匠は嫌な気分だったろう。
メリットはある。ただ、気分が悪いというだけの話。何が悲しくてすぐに潰れる能力者なんて育てねばならないのか。
それよりも、ポンズやハンゾーのことを考えていたほうがいいに決まっている。
彼らはどうした能力になるのだろう、と今から楽しみだった。
一切出てこなかったハンゾーと、不合格者のポンズ。
果たして彼らはどんな風になるのだろうか。

「あ、ただいまカグラちゃん。外に変なストーカーみたいなのがいて、カグラちゃんに会わせてくれって言ってたけど、どうする?」
「あら?やっぱりわたしの可愛さは罪ですよね。どんな人です」
「いや、罪かどうかは知らないけど……金髪で青い服来た人」
「…………ああ、その人ですか」
「……?嫌ならわたしがどけておくよ、おうちの前だし」
「いや、いいです。わたしが行きますから、鈴音はご飯を用意しといてください」
「ん、わかったよ!」

廊下を渡る鈴音とすれ違い、玄関の扉を開ける。
つい数時間前に見た姿がそこにあった。

「いやー、ストーカーさんだとは思いませんでした」
「………………」
クラピカが無言で地面に頭を付ける
いやいやいや、さっき嫌だといっただろうに。

「頭を上げてください。そんなことされても迷惑ですし、貴方の願いが復讐ならば、わたしよりももっと貴方のためになる人がいますよ」
「……私は、確かに未来を見ていなかった。キミの言葉も良く考えた。確かに、私は愚かだった」
「いや……別にそうはいってないですけど」
「私が命を費やして、復讐のみに生きることを、彼らが本当に望んでいるのか。実際、キミはそんなことを思ってやしないだろう?」
「ええまぁ、そうですね。わたしが誰かに殺されたとしても、復讐してくれだなんて思いませんし」

殺されるような在り方に、耐え切れなくなった自分が悪い。
少なくとも私は自分が殺されたことに対して、誰かに復讐して欲しいだなんてことは思わない。

「結局のところ復讐なんて、生きてる人の自慰行為ですからね。折り合いを付けるのは貴方、死人は死人です。まぁ、わたしと貴方ではそこらへんの考え方が」
「分かってはいるんだ!そんなこと!…………ただ、彼らが殺された世界にのうのうと生きているやつらが、許せない、確かにそう思う」
「ですから、別の師匠を」
「キミは、何故あんなところにいた?何を買っていた?何故そんなに強い?…………キミも、行くんだろう?ヨークシンに」
「…………ええ、不本意ながら」
「私に、彼らに対抗する力を与えてくれないか。もし役に立てなければ、使い潰されても構わない。キミの指示には全て従う……だから」
「…………なんで、そこまでわたしに?正直言って、クモを殺すことに限定するなら、わたしより、他の人に教わった方が遥かに役に立てる能力を得ることができます。わたしはそんなもの、教える気がないですから」
不幸になっていく人間を見て何が楽しいのだばかものめ。

「……私は、先を見ていないとキミは言った」
「ええ。幸せになろうと思っていない人に、わたしは関わりたくないのです。陰気はうつりますから」
「……クモを潰した後の未来を、見てみたい」
語気を強めて言う。

「そして何を抱えるでもなく、ゴンや、レオリオ、キルアたちと、くだらないことで騒いで喋って…………それが、私の本心だ。くだらない体裁を繕っていない、私の、本当の気持ちだ」
「…………」
「彼らが苦しいときにはそれを助け…………そうした人間に、私もなりたい。だから…………」

知らずに、下唇を噛んだ。
"嫌な"気持ちが胸に渦巻いた気がして、しかしそれがなんなのか、わからない。
酷く気分が悪くなる。

「…………だから、頼む。力を、貸してくれないか、私に。私一人では、駄目なんだ、過去しか見ることができないんだ、一人では…………だから……頼む」

頭を下げた、彼にはきっと、わたしの姿は映らない。

「…………高いですよ」

平静を装った言葉がどう聞こえたか、ただ、それだけが不安だった。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 32話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/08/10 00:50
三十二








「…………どうして、無視するの?」
「…………無視なんてしてないよ」
「うそ、だって……二人とも……最近いつも、わたしが近づいたら、にげるもん」
「っ…………そんなこと」
「ともだち……じゃ、なかったの?」
「………………」

ふと、彼女の目が違う方向に向けられて、そちらをちらりと見る。
そこにいたのは、つい最近彼女達がお昼ご飯を共にするようになった子達だった。
ニヤついてるそのこの顔に、酷く嫌な気分になる。
……ああ、やっぱり、そうなんだ。

「……あ……はは、ごめん、ごめんね。…………もう話しかけないから…………めいわくだよね」
「…………っ…………違……」
「……っ、むり、しなくていいよ…………それ、じゃあね、ほんとに、ごめん。……ばいばい」

最低だ。
聞かなくても、分かってたことじゃないか。
迷惑に決まってる。そんなこと、分かりきってたもの。
わざわざ、聞かなくたって…………よかったのに。

胸が痛んで、呼吸がおかしくなる。
なんだか、自分が恥ずかしくなって、彼女の傍から凄く離れたくなって、自然に足が速くなる。
校門を出て、角を曲がって。
しゃっくりに似た嗚咽が出てくる自分も情けない。
なさけない、なさけない、なさけない、なさけない。

聞かなくたって良かったのに。
もう、友達の時間は、終わり。
そんなの、本当はわかってたんだ。
くだらない、本当にくだらないことで、騒いで、喋って。
そんな時間は、とっくに終わってたんだってことは、わかってたんだ。

もう、わたしは、ひとりぼっちなんだって。
誰も、わたしのことなんか、助けてくれないんだ。
わたしは、もう、いらないんだ。

いやだ、そんなの……どうしてわたしが……。
かみさまがいるのなら、何でわたしをこんな目に合わせるのだろう?
お腹の辺りがぐるぐるぐるぐるとまわって、きもちわるい。

ひとりぼっち、ひとりぼっち。
そう、ひとりぼっちになったんだ。

ぎゅうっと、体を包まれたような気がして、酷く涙が溢れてくる。

「…………ひとりぼっちなんか、やだよぅ……」

















「…………ひとりぼっちなんか、やだよぅ……」


気分が悪いと行って帰って来たときには、どうしようかと思った。
さっきの男はやはりわたしが"どけて"おいたほうがよかったのではないか、と。
その後も少し、彼女はどこかおかしくて、食事のときも、風呂のときも、つい今寝るまでずっと妙だった。


彼女らしからぬ口調で、怯えたような、そんな色を帯びた声。
まるで大人びた彼女が、外見どおりの子供になってしまったかのような、そんな気がして、怖くなる。

らしからぬ、らしからぬ、らしからぬ。
何かに怯えたような様子も、不安定な表情も、全てが常の彼女ではない。
起こそうとして、またやめて。
それを十数回も繰り返していた。



ハリボテのような、虚勢。
きっと、そうだったんじゃないのだろうか。

自信ありげな仕草、他を省みない唯我独尊な振る舞い、常に強気な表情。
それが、今の様子からは微塵も感じられなかった。
思わず、魘される彼女を抱きしめる。


いつか、風呂場で"当たりクジ"、の話をしていたのを、思い出した。
当たりクジばかり引く人は、逆に不幸なんじゃないのかな、なんてことを、何の気なしにわたしは言った。
そのとき彼女は、一体どんな顔をしていただろう。

当たりクジを引きすぎた人間は、必ず他人の嫉妬を買う。
彼女ほどの人間ならば、なおさらだ。


「…………ばかだ」

ほぼ強制的に付き合いを始めて、今まで来て、そんなことに、ようやく気付いたのか。
見ないようにしていたのかもしれない。彼女は一切、そんなそぶりを見せなかったか?そんなことはないだろう。


わたしは彼女と対等ではない。そうでなくしてしまったのは、わたし。
だからこそ、彼女は汚しがたい、尊い存在で"在ってもらわねばならなかった"。
主従はあれど、精神的に対等であるために。

わたしの、ために。




幼子のように胸に頭をうずめる彼女を抱きしめながら、さらさらの金髪を撫でていく。

―――彼女について、一度調べたことがある。

クルタ族の末裔であり、クルタ族が滅ぶすぐ前に街に出る。
その後天空闘技場に行き、ストレートで200階に到達するも、200階で登録をせずに出て行き、そこから人形作りのために色々なところを廻っていたらしい。
そうして三年後に、わたしが発見。

どう考えても、当時の彼女は10歳児ではありえなかったと思う。
後で6歳児の時の闘技場の記録テープも入手し、見たのだが、その時点でもう既にありえないレベルの能力者。
……そう、わたしのような"ズル"がなければ到達できないだろう、そうしたレベルの能力者だった。

念というものは、精神に強く影響を受ける。
正常に使うには、ある程度成熟した精神が必要なのだ。
10歳児の念能力者と6歳児で念能力者なのでは、まったくその次元が違うといっていい。

恐らくは、彼女もわたしと同じく、生まれ変わった人間なのだろう。
そう思いはじめたのは、出会って少ししたくらい。
日を増すごとに、それは確信に近づいていったが、直接聞くことも怖くてできなかった。頭がおかしいなどと思われたら、精神的にきびしい。
しかしそれでも一大決心をして、わたしのことを打ち明けてみても、彼女のことは聞けずじまい。
やっぱり、出会いが悪かったかと、早まった自分の頭をはたいてやりたい気分だった。


彼女がそうではないか、と思い始めてから調べてみたのだが、異世界からの来訪者は、そう少ないものではないらしい。
ネットで調べた限り、そうでなくてはありえない内容のホームページはいくつかあったし、そうしたうちの一人には直接会ったこともある。
とはいえ、深い所に入り込むには暗号がいるらしく、わたしは、漫画の名前は、という問いに答えることが出来ず、門前払いを喰らったのだが、それでも多少わかったこともある。

どの来訪者も、ある程度元の世界と同じ程度の人間であること。
顔の美醜、要領の良さ、得意なもの、不得意なもの。
多少の誤差はあれど、大体同じ。
一種の修正が働いているのかは知らないが、そういったものが働いているのは恐らく確か。
わたし自身、肉体以外は、基本的に以前のまま。
きっとこれは、魂とやらの問題なのだろう。


……だとすれば。
きっと彼女は前世でも、優秀すぎる存在だったんじゃないだろうか。
恐らく、孤立してしまうくらいには。



震える彼女の背中を、ゆっくり撫でる。
また明日になれば、いつもの如く、元気な姿を見せるのだろう。


そんな"彼女"を人形のように操る、無意識の少女は、ベッドの上で、こうして眠るときにしか現れない。

―――わたしだけしか知らない、人形遣いの女の子。

守ってやろうだなんて、おこがましいことは、"間違ってしまった"わたしには、思えない。
ただただ、わたしは夢の中の"彼女"の傍で、こうして背中を撫でるだけ。
それだけがわたしに許される、彼女への愛情表現なのだ。


微笑んで、彼女をやんわり抱きしめる。
同じようにわたしの背中に回る手の感触が、酷く心地良かった。





















最悪だった気分は、起きたときには正常に戻っていた。
やはり睡眠というのは大切だなぁ、などと思いながら、欠伸をして起き上がる。
鈴音は既に仕事に向かったらしい。


仕方なく体を起こすと両手をあげて伸びをして、深く深呼吸。
二度寝か、食事か。どちらを優先するかをお腹に問い合わせて、食事という答えが返ってくる。
夕べは無性に気分が悪く、あまり食べていなかったことを思い出した。

リビングにあるどでかいテーブルの上に、かわいらしいデザインの、起きたら食べてね、というメモとともに、サンドイッチが置かれてあった。
流石は鈴音、わたしが空腹になるのを見越していたのか、中々丁度いい量のサンドイッチである。
牛乳を冷蔵庫から取り出すとコップに注ぎ、一口飲んでからサンドイッチにかぶりつく。


クラピカに教えるとは言ったものの、じゃぁ天空闘技場にいってきてね、というのも中々アレな話である。
向こうは二人も弟子がいることだし、一人くらいこっちで教えるのもまぁ、止むを得まい。

というか、向こうはゴングループも多分いってるだろうし、もしかすると、パンクしてしまう可能性もないとはいえない。
天空闘技場にはあとで行かせることとして、とりあえず彼らがこちらに来るまでの間くらいは面倒を見ざるをえないだろう。

クラピカならまぁ、そう手間もかかるまいし、それに緋の眼はわたしと彼しかもっていない。
そしてそんなものの説明を、緋の眼を持っていないカストロに出来るはずもない。
結果的に、わたしが教えなければならない部分がある以上、彼に丸投げは、流石に拙い。

仕方ないか、とため息をつくと窓の外を見る。

新月の今日、外は真っ暗。
これなら彼女も仕事がしやすいだろうななどと思いながら、今日のこれからの予定について、思索を巡らせ始めた。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 33話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/09/01 23:57


三十三






「正直、足手纏いなんて、死人が増えるだけですし、目覚めが悪いですからね。わたしが出す課題、一つでも落としたらその瞬間にアウトということで、そのときは大人しくしてもらいます。宜しいですか?」
「すでに言ったことだ。異論はない…………本当に、感謝する」
「あはは、それはついて来れたときにでも。半年そこらで、旅団に立ち向かうだなんて、本当に無茶な話ですし…………それを可能にする裏技を、わたしは貴方に教えませんし。無茶な話を通すためには、やっぱり無茶していただく必要がありますから」
「ああ。わかっている」
「それじゃあまずは、練の維持、つまり堅の持続を三十分間。色々と教えたいことはありますがとりあえず、総量を増やすのと、纏の技術向上をしないと、すぐにばてちゃいますからね。ランニングだと思ってください」

原作の四人。
気力型のゴンとレオリオ、技術型のキルアとクラピカ。
クラピカは念を覚えて半年程度で陰を会得していたし、鎖の具現化にも成功させている。
恐らく、オーラ運用、ということにかけては、キルアと同じく、非常に高い才能を持っているんじゃないだろうか。

キルアは元々、非常に高レベルのギリギリの訓練を、世界でもトップクラスの師の下で教わった者。
それ故に総合的な身体能力では他の三人をはるかに上回るものである。
が、クラピカはそうでもない。
クラピカの力は、ゴンとレオリオより多少高い程度なのだ。
キルアのように、最初から気力型であるゴンと同じメニューを受けさせるのはまずい。

どんなスポーツも、基本はまず、体力を付けること。
そうでないスポーツはほとんどない。
積み木の土台こそ、しっかりしなくてはならないものであるのだから。


「期限は今日を含めてきっちり三十日。食事を必ず三食取るのさえ守っていただければ、他に指定はなし。でも、できなければさようなら、という感じですかね」
「…………わかりやすいな。それよりも早く終わらせた場合はどうなる?」
「んー、そのときは望みどおり、続きといきましょうか。…………今回の課題はオーラを出しつつ、不必要に広げない。そうすれば多分、楽には出来ると思いますよ、多分」
「わかった。…………すぐに戻る」
「ああ、三度の食事は確実に行ってくださいね。健康状態が悪くなってたら、その時点でアウトにしますので」
「…………ああ」

初日に纏を覚えさせ、一週間で練を、そしてその一週間後にこれ。
このニ週間、纏と練をさせつつ、合間に詰め込めるだけの知識を詰め込んでおいた。
クラピカはまじめで、そういう風に教えられた知識を自分できっちり考え、理解する人間。
そうした意味では非常に素晴らしい生徒だとはいえるのだが、まじめすぎるのがよくないところ。
堅が三十分出来ました、けど、栄養失調と睡眠不足で倒れちゃいました!じゃ、話にならない。
こうして言っておかなければ本気で起こりかねないのが、彼の怖いところである。


ガチャリと扉が閉まる音がして、大きな溜息を一つつく。
これはもう、なんていうか。
旅団と戦わざるを得ない状況なんじゃ…………いやまて。それは早計だ
彼女がマフィアに雇われている時点で旅団との関連性が出てくる、とはいっても彼女はあくまでボディーガード。
引き篭もり組みなら何一つ問題ないのだ。
それならなんとかクラピカを抑えておいて、後々ライセンスでも売らせてしっかりきっちり始末させればいい話。
まだ、まだ大丈夫、なはず。

と、そういえば。
良く考えたら鈴音が護衛しているマフィアが、なんていうファミリーなのかすら聞いてない。
聞くだけ聞いて、折角いいものがあるんだし、ライセンスで調べておこう。
どんな仕事でも、下調べは大切なのである。


鈴音は仕事中だろうか?休憩中だろうか?
いやまぁ、電話くらいは、んー、どうだろう。
まぁまぁまぁ、向こうが出れなきゃそれはそれでよし。また帰ってきてから話せばいいか。
仕事中なら私用電話は切ってるはずだし。

わたしは携帯を取り出した。




















わたしは専属契約のボディーガードではない。
だからこそ夜間しか働かない、なんていうふざけたことがいえるのであるが、当然そんな輩が信用を得れるわけもなく、護衛対象本人と直接接触することは無かった。
とはいえ、拉致暗殺、なんていう仕事に比べれば、命の危険は非常に少なく、わたしも満足はしていた。

そうしてだらだらと働き始めて約二年。
ようやくある程度の信頼を得たのか、ヨークシンに行く際の直接護衛を頼まれたのは、少し前のことである。
なんでも優秀であるし、すでに前の組織とは完全に縁を切っているし、いいんじゃない?とのことらしい。

まぁ、ぶっちゃけて言えば、ヘマをやらかして蝋人形になった前のボディーガードの穴埋めであるらしいのだが、まぁまぁ給料的にもよくなるし、それもいいんじゃないかなぁ、と思ったのだが、どうやら、もうあくせく働く時代は終わったのだとカグラちゃん。
理由は別にもあったのだが十二月から、彼女直々に仕事を止めろといわれたのは、やっぱり何だかんだで感動だった。
今思い出してもなんだかニヤついてしまう。

素直に、百パーセントで喜べれば、どれだけいいことだろう。
そんな後悔も確かにあるが、それでもただただ、嬉しい話である。

睡眠不足が祟って、非常に欠伸が出るほど眠たいが、流石に仕事中に気を抜くのはよくない。
そろそろ交代であるのだし、となんとかコーヒーを飲んで眠気を覚まし、体操をして、体を温める。


潜ませた『夜這いのたしなみ(スニークラヴァーズ)』は全て正常。
今日もなんら異常はない。座ってるだけというのも、中々しんどいものである。


わたしが雇われているノストラードファミリーは、娘の占いの念能力でのし上がっている。
百発百中の占い師、悪い予言は回避可能という、スーパー占いによってこのファミリーは飛躍的な成長を遂げていた。
規模で言うならば、入ったときの倍に近い。

しかしそれだけに、お嬢様の護衛には細心の注意を払っているらしい。
念能力者も五名と、中々普通のファミリーでもありえない奮発具合であるのだが、十老頭にもパトロンがいるらしく、金はわんさかわんさか。
わたしがここを選んだ理由もそこにある。お金は大切だ。
しかも来るヨークシンに向けて、近々大幅に増員するらしく、わたしとしても万々歳。円満退社ならぬ退組も夢ではない。

『外はどうだ?』
「変わりないよ。とりあえず、今のところは大丈夫じゃないかな?」
『わかった、警戒を怠るな。五分後、そっちに交代でトチーノを送るから、少し待っていろ』
「りょーかい」

リーダーのダルツォルネといういかにもダルそうな名前の男を含め、念能力者の質自体は余り良くはないのだが、それでも一般的なボディーガードと比べれば念能力者というだけで非常に心強い。
わたしとしては弾除けになってくれるだけ、危険が減るし、彼らのおかげでわたしは安心して相手を無力化することに集中することが出来るのだ。
そのうち新しく入ってくる連中にもそれほど期待はしていないが、そういった意味ではある意味期待している。

旅団が来るというヨークシンのオークション。
それさえ抜ければ、後は憂うこともないのだが、中々怖いところである。


そういえば、彼女に聞く前にもクモとヨークシンというフレーズに覚えがあった。
わたしよりも前にここで働いていた男だ。
わたしと同じように、日本からの来訪者であったのだが、未来予知のようなものが出来るなどとほざいていて、その話の中にそれがあった気がする。

あの時は馬鹿にしていたものの、彼は本当にそういう念能力者で、予言者だったのかもしれない。
入ってすぐの襲撃で死んでしまって、今となっては確かめられないのが少し残念だった。
師もなしに念を覚えるなんてことが出来るなんて、彼は凄く才能があったのかもしれないのに、非常に残念なことである。

なんだか、特に教えもしない弟子を作る(本当に作るだけ!)のに熱中しているようなカグラちゃんに教えてあげれば喜んだかもしれないのに、悪いことをしてしまったかもしれない。
欠伸をしながら空を見上げると、真ん丸い月が、わたしとしては不愉快なくらいに煌々と夜闇を照らしていた。
……しごとが終わる夜明けまで、あと五時間。
物思いにふけながら、交代が来るのを待った。








基本的には外のお嬢様のお部屋付近に警備が一人、ここはわたしか先ほどのトチーノという男が立ち、周囲を警戒。
能力的にはわたしとスクワラに次いで、警備に向いている能力者であるトチーノは、念人形を作るタイプの能力者。
十一人まで作ることが出来る『縁の下の11人(イレブンブラックチルドレン)』は、質はともかく、見た目のインパクトが大きい。
一人雇えば十ニ人分、というのは中々費用対効果的にはよろしいことだろう。
金額的にエコロジーな能力者といえる。
周囲はスクワラの犬が廻っているため、警備体制はまぁまぁ、一般人相手には万全。

そしてお嬢様の部屋の前には、リンセンかイワレンコフのどちらかが立ち、控え、この休憩所もまたお嬢様の部屋から五メートルのところに作られている。最初はもっと離れていたのだが、例の男が死んだ襲撃の際に、認識を改め、配置を変更したらしい。
あのときは中々焦ったものだ。そこそこの手練で、死んだのは念能力者一人と一般警備五人。
目的が拉致でなければかなり危うかったところである。

とはいえまぁまぁ、こことももう一年弱でお別れ。
こんな風に神経を使うこともなく、カグラちゃんと、悠々自適の生活かぁ。
ニヤニヤと、欠伸をしながら伸びをしているとバイブ設定の携帯が振動し、着信を知らせる。
ちらりと発信者を見て、コンマ一秒掛けずに開いて通話する。


「もしもし!?」
『…………もう少し、音量落とせません?』
「ああ、ごめんごめん。いや、カグラちゃんからかけてくるなんて珍しいなんて思ってね」
『ありがたく思ってくださいね。聞きたいことがありまして』
「へ?」
聞きたいこと?カグラちゃんが、わたしに?
なんだろ……ってああいや、ご飯か。

「あー、ご飯は今日も冷蔵庫に」
『…………えっと、わたしが聞きたいことって、そんなことくらいだとでも思ってるんですかね?』
「あれ、違うの?」
『違います!…………鈴音の働いてるファミリーの名前聞こうと思いまして。わたしもヨークシンに行くんですし』
「ああ……そんなこと?ノストラードだよ、ノストラードファミリー」
『……ああ、ノスランドファミリーですね、分かりました』
「いや、ノストラードファミリー、だよ」
『…………………………ノストランドファミリーですね。わか』
「ノ・ス・ト・ラ・ア・ド、ね…………んー、そんなに滑舌わるいかな?わたし。占いでのし上がってるところなんだけど」
『…………へー、うらないでゆうめいな、のすとらーど。いやまぁ、きをつけてかえってきてくださいね』
「…………どうしたの?カグラちゃん、声に張りが」
『きのせいですよ、わたしはねます…………またあとで』
「えーっと、うん、ばいばい?」
『……ばいばい』



そこで電話がプツリと切れて通話が終わる。
おかしなカグラちゃんだと思いながら、仕事中に声を聞けたことが嬉しくて、なにやらニヤついてしまうのを止められない。
今日はプリンでも買って帰ろうなどと思いながら、わたしはその日の休憩時間を、いつも以上に満喫した。




[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 34話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/08/12 00:47

三十四






「……憂鬱なことというのは続くものです。弟子がいるのに、連絡をとりもせず、その場のノリでヒソカさんと試合を組んでしまう方だとか」
「………………すまない」
「今、カストロさんは、弟子をとってるんですよね。もしものことがあれば、どういう結果になると思ってますか?」
「…………考えてなかった。酷く無責任な行動をしたと、思っている」
「貴方から手紙が届いて妙だと思ったら、まぁなんてびっくり、試合のチケットカストロ対ヒソカ戦!…………それを見たときのわたしの気持ち、わかります?」
「…………反省している」
「………………はぁ」

溜息が出てくる。
ノストラードショックに加え、何故か唐突に手紙が来たと思えば、試合への招待状。
いやいやまてまて、何で先に一言言わないんだお前は。

「許してやれよカグラ、男にゃ断れない事情ってやつがあんだよ」
「そーそー、ありゃしかたねーぜ」
「うん……許してあげてよ、カグラ」
「……いや、ちょっと待ってください、なんで知らない間に二人も増えてるんですか」

見覚えのある銀髪と黒髪の二人の少年が、ハンゾーに同意する。
いやいやいや、お前らウイングのところで念を習うんじゃないのか。
オーラが淀みなく……っていや、纏だし。

「あはは……丁度この前試合見てるときに会っちゃって……」
「………………」
「ま、いーじゃねぇか。教えてくれる、って言ったのはカストロさんなんだし。お前にゃ関係ねーだろ?」
「……カストロさん。えっと、連絡、は」
「…………言うに言えず、いや、話そうとは思ってたんだが」
「………………その場のノリで?」
「………………」


頭が痛くなってくる。
いやいやいや、こいつらなんでいんの?っていうか何をやっているんだこいつは。
なんていうか、そう、とりあえず、お金、四億だ……っていや、ウイングに教えてもらわないと拙くなかったっけ、ああ、いや、そう、ビスケだビスケ。
キメラアント編にナチュラルに送り込むには彼女の手が必要である、というか、カストロも送り込めば、いや、その前にヒソカ戦。

…………あー、面倒だ。
いいといえばいいような、悪いといえば悪いような、いや、まぁ、ビスケほどわたしとカストロが教えれる気もしないしなぁ。
時間もなければ、経験もないし、ああいや、もしものときはこの二人を遊ばせずに念を教えておけばいいのか。

「…………はぁ。とりあえず、二人はちょっとついてきてください」











「なんでてめぇに四億も払わなきゃいけねーんだよ!?」
「落ち着いてキルア、確かに酷いけど」
「…………わたしはそういう契約の上で、ハンゾーさんとポンズさんにも納得してもらってます。それをおかしいというのなら、どうぞご自由に。他の師匠さんを紹介してあげてもいいですよ」
「あーあーそうするよ!ボッタクリやがって!」
「まぁまぁキルア。…………けどカグラ、さすがに四億は…………そんなにお金ないし」
「ここでストレートに200まで行って、確か四億と三千くらいもらえましたから、三千は手元に残る計算です。無駄遣いしてたとしても、二人でニ、三千は残りますよ」
「残りますよ、じゃねぇ!…………ちっ、他の師匠紹介してくれよ、それじゃあ」
「ふふ、そういってくださると思ってました。今なら、紹介料は格安一億J、もちろん一人頭ですけど」
「…………てめぇ」
「ちなみに今から真っ当な念能力者を探そうって言うのは、中々厳しいと思いますよ。ピンキリですからね」

そう、ピンキリ。
念能力者自体はかなりの数に昇るが、しっかりとした念能力者というのは本当に少ない。
わたしのような天才や、カストロのように天才にしっかり念を教わったような人間というのは、本当に一掴み。
一番確実なのは心源流の門を叩くことであるのだが、そういう余裕も彼らにはない。

「…………いや、けど、仕方ないよ。本当に習い始めて最初の最初だけど、念は凄い力だと思う。…………ここは、カグラの言うとおりにした方が」
「馬鹿てめっ、ゴン!一億だぜ一億!?ぜってぇこいつがボッタくってるだけだって!」
「まぁ、そのあたりは、あなた方がどう思うかですから。今から師匠を見つけるのにどれだけかかり、ヨークシンまで間に合うのか、それはわたしにも分かりませんし」

いやまぁ、うそは言っていない。
ここにはウイングがいて、当然一億を条件に教えようとしているのもそれ。
信用できる念能力者が少ないのも確かだし、ヨークシンに辿りつくまでに見つけることが出来るかどうか、というのも不明。
彼らは既に纏を、いやもしかしたら練も覚えているかもしれない状況。
その二人を、ウイングが心配するかといえば、否だろう。

「なんでお前がヨークシン行くこと知ってんだよ?」
「風の噂で」
「…………けっ、行こうぜゴン」
「あっ、待ってよキルア!」

悪態をついて去っていくキルアとゴン。
まぁまぁまぁ、明日の朝には多分思考がまともになっていることだろう。
念の重要性なんて、かじった程度でもすぐに分かる。
それに四億でぶつけた後に一億。『……一億ならまぁ仕方ないね!なんて良心的なんだ!顔がよければ同じくらいに性格もいいっていうのは本当だったんだね!!』という彼らの姿が目に浮かぶ。

とりあえずは、これで安定コース。正直な話どうでもいいところ。
それよりも、カストロだ。



試験前には一応格闘主体、発を使わずに、という形で模擬戦をやったのであるが、まぁこれは当然カストロ優勢。
流石にオーラ量と体格の差、格闘技術の差が有りすぎ、防戦一方。流で防ぎ続けるというのも中々疲労がくるし、あのまま行けば負けていただろう。
適当なところできったのは正直しんどかったため。念を覚えて二年だというのに、やはり地力と体格は越えがたい壁であるらしい。
とはいえ、その程度では非常に困るのだ


格闘能力という面では、やはりヒソカは飛びぬけている。
今のカストロであれば、流石のヒソカも余裕の態度では行かないだろう。
念を含めた格闘戦で、本気になったヒソカに、近接で勝てるやつなんていうのは、そうそういない。
バンジーガムは、強制的に間合いを潰させる能力。回避方法は近づかないこと。
まず、カストロには不可能だ。


放出系の能力を二つも覚えさせたのは、体制を崩されても何とか持ち直すことが出来るようにするため。
基本的には連携技の二つであるが、本当は、バンジーガムで体勢を崩されたことを想定して、の技である。
まさかこんなぎりぎりになってから言われるだなんてことは思ってなかったが、何だかんだでヒソカとカストロが戦う確率は高いと思っていたし、とりあえず無駄にならなくて良かったところ。

なんていうか、再起不能にされなければそれでよし。
カストロもまだまだ伸びる人間であるし、まぁ殺されは………………しない、と思うが。






























「まず、最初に言っておくことは、ヒソカさんの能力」
「…………ああ」
「……不満なのは分かりますが、相手は格上です。念での戦闘経験も、覚えてからの時間も、全て貴方より上の世界トップ、またはそれに準ずる能力者です。冷静に考えれば、分かりますよね?」
「しかし、私だけが相手の能力を知っているというのは」
なんだか酷く、卑怯なように感じてしまう。

「……敵を知り、己を知る、というのは兵法の極意です。戦争を起こした国が、戦争を吹っかける前に相手の国のことを何も調べていないなんていう状況、ありえますか?」
「……ありえないな」
苦笑する。
確かに彼女のいうとおりだろう。
そんな国はありえない。それが、個人だからと、何故敬遠する理由があるのか。
卑怯などと、私はそんな余裕のある人間なのか。

「猶予があるのなら調べるのが当然なんです。わたしというコネでもここでの映像記録でも、なんでも。調べないのは怠慢なだけで、言い換えれば慢心しているだけ。あなたがヒソカさんとの戦闘を思い浮かべている今このときも、彼は優雅に食事でも楽しんでることでしょう。どうせ戦うならば、見返したくないですか?以前とは違うと」
「………………」
「……はっきり言って、あなたの方が格下です。だからこそ、彼は慢心している。付け入る隙があるんです」
「………………わかった」
「…………ん、ありがとうございます。それじゃあ、ヒソカさんの『伸縮自在の愛(バンジーガム)』について――」

さきほどまでの表情から一転、笑顔で続きをすらすらと話していくカグラ。
彼女は、厳しいことを歯に衣を着せずズケズケという。
ともすれば落ち込んでしまいそうな言葉の端々に、しかし確かに感じる思いやり。
勝手なことをした、自分が恥ずかしくなる。
彼女はきっと心配してくれていたのだろう。
基礎を教えてほとんど投げっぱなし。それが常の彼女であった。
それがいつになく真剣な様子で私にヒソカとの戦いに向けて、彼の情報を私に与え、対抗策を練ってくれた。
十も下の少女に、こんな苦労をかけている自分が、酷く情けなかった。


しかしそれも、ここで晴らす。

目の前のニヤついた男を見据える。
二年前のあの日、無様に倒れた私の姿が目に浮かぶ。
手も足もでず、翻弄され、遊ばれての敗北。
天狗の鼻は折れ、しかし牙を手に入れた。

……以前の私とは、違う。
余裕の表情で、私を見下すように見るヒソカを睨みつける。

「行くぞ、ヒソカッ!」

負けずとも、一矢は報いる。
それが、私に出来る、彼女へのせめてもの感謝だ。












「で、ぶっちゃけどうなんだ?カストロさんは」
「…………相手はあの、ヒソカだもんね」
「とりあえず、模擬戦はやりましたし、体調も万全。対策も立てましたが…………近接戦闘をしなければならないカストロさんには厳しい相手なのは変わりませんから」
恐らく、負けるだろう。
バンジーガムはつけられた時点でかなり不利になる。
ヒソカはバンジーガムを適当に数箇所つけた時点で切り離し、適当な地面に付ければいい。
手元から離したとしても、それで封殺、ゲームオーバーだ。
彼に勝てる可能性がある能力者は、フランクリンのような完全遠距離の放出系や、ノブナガのように一撃必殺を持つ者、あとは操作系くらいなものだろうか。
強化や変化で彼に当たろうとするならば、純粋な実力が必要となる。
そしてそれを、カストロはまだ持っていない。

「…………まぁ、なにはともあれ」
「……?」

とりあえず、死にさえしなければ、それだけで



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 35話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/08/18 20:45



三十五






「感謝するよヒソカ。お前の洗礼がなければ、私はここまで強くなれなかっただろう」
「クク、その"ここまで"が、結果的にどんなレベルなのかまだ分からないけど、まぁ受け取っておくよ◆」

ヒソカが構える。
流麗で、しかし歪なオーラ。触れれば纏わりつくような、そんな嫌な感覚を与えてくる。
邪悪。
言い表すならば、その言葉が適当だろう。

「わざわざ生かしておいたんだ◆精々楽しましてくれよ?」
「……無論だ。愉悦は、あの世にまで持ち越すがいい」

こちらも構える。
呼気を整え、オーラを静め、体を僅かに弛緩させる。
固くなりすぎないように、意識的に緩めた筋肉は、その初動のために。

目の前のニヤついた男を見据える。
二年前のあの日、無様に倒れた私の姿が目に浮かぶ。
手も足もでず、翻弄され、遊ばれての敗北。
天狗の鼻は折れ、しかし牙を手に入れた。

……以前の私とは、違う。
余裕の表情で、私を見下すように見るヒソカを睨みつける。
気合は十分。
オーラも落ち着いている。

あとは、行くだけだ。

「行くぞ、ヒソカッ!」





全力で踏み込み、体ごと右手を顔面に叩きつける。
そういうイメージで行った打撃を、ヒソカは当然のように回避。

しかし、もう既に私の虎咬拳は、もう既に発動している。
硬質化させたオーラを右側面から展開。イメージは、腕を一つ増やす感じ。
スレスレで避けたヒソカの顔面に、それを直撃させる。

手の先で行う虎咬拳とは違い、鋭さはなく、威力は大きく下がる。
完全な硬質ではなく、多少の弾力もあり、つまるところの威力としては、通常打撲。
しかし、確実にダメージを与えることが出来る、攻防一体の虎咬拳。

名付けて虎咬"裏"拳。

回避しづらく、威力も牽制以上。
極めれば、近接戦闘では誰にも引けを取らなくなるだろう。私の新たな技の一つだ。



吹き飛ぶヒソカはしかし、たいしたダメージを追った様子もない。
上手く首を捻ったのだろう、脳震盪の様子もなく、すぐに体勢を整える。

「なるほど、オーラの硬質化か◆いい能力だね◆」
「私には、いい師がいたものでね」
「…………クク、本当に、楽しみだ……◆」

ヒソカが、何処かを見ながら笑みを濃くする。
いつもなら寒気がするその笑みを見ても、私のオーラはそよ風ほども乱れない。
カグラの手を煩わすこともない、私が、この男をしとめる。
再び呼気を落ち着けると、また固くなりそうになった体を僅かに弛緩させと、凝を行い、体を見る。

ここは、完全に私の修行不足というしかない。
オーラの硬質化を行いながら、凝で陰によって隠されたバンジーガムを見極めるということは、まだできない。
そこはこまめに見ていくしかないだろう。どちらにしろ、いずれ付く。
ようは、自分が全く想定することの出来ないタイミングで、使われなければいい。



再び距離を詰め、横薙ぎの手刀。
ヒソカは上体を逸らしてそれをかわすとそのまま足を蹴上げる。
無防備な顎を目掛けてきたそれを、オーラを硬質化させることで防御するも、体が宙に浮き上がる。
予想外、としか言いようのないキック力。
それに僅かに頭が振れるが、まだ、無視できるレベル。
そのまま上に行こうとする体の運動を利用し跳ねると、体を捻って着地。
すぐさま間をおかずに詰め寄る。

無理な体勢で蹴りを払ったヒソカは、上体を逸らし、足を下げれないまま。
両手で牙を形作ると、ヒソカの首に飛び虎咬を放ち、すぐさま自らも詰め寄って、無防備な腹部を目掛けて虎咬拳を行う。

飛び虎咬は腕で防がれたが、大きく肉を削り取る。
とりあえず、これは成功。
しかし、振り下ろされたヒソカの踵で体勢を崩され、二発目の虎咬拳は発動できなかったのが痛い。
とはいえプラスマイナスで言えばこちらの方が僅かにプラス。
後頭部への鈍痛が少し尾を引くが、まだ、問題はないだろう。
それよりも、ヒソカに与えたダメージの方が遥かに大きい。
これで、奴は左腕を使えない。


バックステップで一瞬距離を取ると、再び助走をつけて飛び掛る。
体勢を立て直したヒソカは左腕をだらんと下げていた。
両手にオーラを集め、衝突の直前に体を捻り、左側面にまわる。
即座に飛びのくヒソカに飛び虎咬を放つと、それに合わせて自らも踏み込み、

『破ぁあッ!!!』

強化した肺と喉にオーラを集め、吼える。
獅子吼拳は、"声"にオーラを乗せるもの。
その"声"に接触したオーラは、これにより震え、流を滞らせる。
受けた者の体は自然に強張り、足が止まる。

そして飛び虎咬が届くよりも速く、ひたすらに速く。
手に牙を形作り、最も古くから磨き上げてきた虎咬拳を、ヒソカに向かい、振るう。
骨を断つ感触と、肩への衝撃。
そのまま踏み込むと、ヒソカの体を弾き飛ばす。

これが"虎吼真拳"の、終。
完全に決まったと、そう、自分でも思った。
他のものであれば、確実にしとめている連撃。
しかし、ヒソカは、まだ立ち上がる。
そういう確信があった。



錐揉み回転で吹っ飛んでいくヒソカを、審判ですらが唖然として見つめる。
いや、唖然としているわけではないらしい。
審判は獅子吼拳を近くで受け、立ったままの状態で気絶しているようだった。
内心で謝りつつ、意識を倒れたヒソカに向ける。

飛び虎咬はヒソカの上半身を噛み、私の虎咬拳は奴の左腕を食んだ。
ダメージは、大きい。
ボトリと落ちた左腕を冷静に凝で見つめる。
未だバンジーガムはなし。
舐めていたのか、付ける余裕すらなかったのか。
前者だろう、とヒソカの実力から判断する。
ヒソカが本気であれば、ここまで容易く腕をとられたりは、しない。


「立て、ヒソカ。茶番は終わりにしよう」
「…………く……か……ハっ……あはははっ!!…………いいね、期待以上だ◆これだけ熟した果実を見るのも、久しぶりだよ◆」
「…………ようやく、本気を出す気になったか?」
「……ああ◆これだけ楽しませてくれたお礼にそろそろ………………本気でやってあげるよ◆」

密度、量、共に、自分より上。
そういったヒソカは陶酔したような表情で天井を見上げる。
突き刺さるような、纏わり付くような、そんなオーラを目と皮膚で感じる。

これが、ヒソカの本気、か。
背中にじわりと汗をかいて、口の中が乾く。

二年経ち、ようやく引き出した"それ"。
私の二年は、それにどこまで通用するのか。

『念を得てからの時間も、経験も、全てが貴方より上なんです。センスまでは知りませんけど、まぁ全てが格上だと思って下さって結構。だから、無理だけはしないでくださいね、ともかくは』

人を空っぽの財布程度にしか見ていなかった、そんな少女の言葉。
それを思い出して、頬が緩む。
一矢は報いた。
あとどれだけ立ち回れるか。
それは、私にかかっている。





ズタボロで、左腕はない。
しかし、そんな状態にも関わらず、強者の笑みを浮かべる男。
底知れない、と、そう思えるようになっただけ、私はきっと強くなった。

踏み込む。
その底を暴く。
まずは、そこから。
踏み込み、頭を下げ、前傾姿勢を取ろうとした瞬間。

後頭部を強く引っ張られ、地面に大きく頭を打ち付けた。

「っ!?」
硬質化は間に合わず、流で僅かに強化する程度。
激痛が走り、視界がちらつく。

「『伸縮自在の愛(バンジーガム)』はありとあらゆるところに、ボクがボクの意思で取り付けることが出来る◆変化させてるのはオーラ、だから―――」
最初の踵落としのとき、か。

「付けることが出来るのは、オーラを纏っている限り全身◆付けるときは、蹴りだろうが、頭突きだろうが、なんだって自由なのさ◆」
全身に力を入れて立ち上がる。
バンジーガムの力は大きい。負荷が大きくかかり、動きが阻害される。
喋りながらゆっくりとヒソカが近づいてくる。

「凝での確認をする人間なんて、五万といる◆…………だけど、背中に目が付いている人間なんていやしない◆」
ミスディレクション。
下唇を噛む。自分とヒソカを繋ぐオーラがないか、それは確認した。
しかし、自分の後ろにまで、気がまわるわけもない。
カグラにも気をつけろと、注意されていたではないか、馬鹿め。

後方に全力で走ると、ギリギリまで邪魔をしたバンジーガムがプツリとはずれ、つんのめる。
滑稽であるが、これ以外に対処法はない。

『バンジーガムは手元から離した状態であれば、精度が落ち、大体十メートルくらいで限界です。つけられた時には全力でその場を離れてください。二個三個つけられたら、いくら手元から話しているとはいってもアウトですから』

「正解◆…………それじゃあ、続きだ◆」

今度はヒソカからの攻撃。
踏み込みは、優雅にして苛烈。
滑らかな動きで私までの距離を詰めると右手を振るう。
距離があった、動きも見えた。
その場から踏み込みカウンターを腹部に叩きつける。
肉にめり込む音、どれだけ強いオーラであっても、防御力には限界がある。
ましてやヒソカは変化系、単純な肉体の能力では、私に劣る。

そのまま追撃を加えようと右手を引いたところで、違和感。
ヒソカの体が、離れない。

一瞬の意識の空白。
その間を縫うように放たれた膝をこちらも腹部でモロに受ける。

「グッ!?」

そして背中からの肘うち。
これは幸いにも硬質化によりガードできたが、さらに膝が腹部にめり込む。
嘔吐感と鈍痛、呼吸が止まる。
崩れ落ちようとするが、右手はくっついたまま。


肩から腕にかけて、足で極められるが、先ほどの攻撃で動くことが出来ない。
骨の折れる、鈍い音と、おかしな方向に曲がったせいでおきた、筋肉の断裂による激痛。
そこでようやく開放される。



満足に動けない体にムチを打って飛ぶ。
とりあえず、離れなければならない。
そう思うがしかし、それも叶わない。

すぐさま、あちこちに付いたバンジーガムによって地面に叩きつけられると、脇腹を蹴り上げられる。
オーラの硬質化は、今の状態では満足に使うことは出来ない。

本来であれば死んでてもおかしくない衝撃であるが、僅かに硬質化されてるオーラが、ギリギリのところで私を生かしていた。
蹴られて飛び、戻され、三度。
四度目に蹴られた瞬間に勝負に出る。

バンジーガムの縮み、

『破ぁぁぁああああ!!』

それが始まる瞬間に吼える。
そして瞬時に、牙のように硬質化させた左腕を振るう。
ヒソカに、回避は不可能な速度。
狙うは首、その一点。

しかし全力で振るったそれも、幾重にもつけられたバンジーガムによって軌道をそらされ、ヒソカの足を吹き飛ばしたところで、潰える。
地面にそのまま崩れ落ち、吐血して、寝そべる。
指一本動かない。







辛うじて動く目だけで、片足を失って尚立つヒソカを、見上げた。

「……終わりだ◆中々楽しかったよ◆」

最後にトランプが放たれたのが見えて、そこでようやく、自分が死ぬことを知った。
体は動かない、オーラは使えても、操れもしない。
やけにゆっくりと、頭に飛んでくるトランプ。

それに妙なリアルさを感じて、なんとなく笑みが浮かんだ。
カグラには、そうだ。そのうち彼女がきたら、謝ろう。
本当に、勝手なことをして、迷惑をかけた。ハンゾーやポンズにも、中途半端なところで終わってしまって、迷惑だったろう。
…………しかし。

勝手だが、きっと一人では、こんな最期を遂げることはできなかった。
彼女らがいたから、一矢、報いることが出来た。
なんとなく、それが誇らしい。

勝負には負けたが、満足だ。

「…………すまない」

ただ一つの心残りは、それを直接伝えられなかったことくらい。

それだけは、本当に残念だった。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 36話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/08/18 21:27


三十六






右手を上げて、滑らすように袖から人形を取り出すと、考えるよりも速くトランプを撃ち抜く。
カストロを狙って放たれたトランプは、弾け飛び、リングの上に穴を穿つ。
破片は、はらはらと宙に舞う。

世界が止まって、その中で、ヒソカだけがわたしを見ていた。
粘りつくような、いつもの笑み。
興奮からか、それには劣情すら感じ取れた。

―――本当に、美味しくなった◆

聞こえない声が頭に響いて、彼を見返す。
緩やかに腕を下ろすと、一つ飛んで、リングに降り立つ。
糸を伸ばすとカストロと結び、今にも途絶えそうな呼吸を補助する。
肉体を操作して、把握し、体を見る。
内臓へのダメージは酷い、が。

血管への圧迫によってある程度の止血を行い、治せそうなところがあれば回復を促し、治癒する。
一本では足りず、二本。
二本では足りず、三本。
そうして六本の指を使ってようやく、拙い状況は乗り切る。

医学の知識は、本当に知識程度。
所詮、これも感覚での作業でしかない。
すぐにでも、医者には見せた方がいいだろう。


「気まぐれかい?」
「…………彼にはお仕事を依頼してるんですから、今しなれては困ります」
「クク…………もっと重症のボクには、手当てなんかはないのかな?」
「見た目だけじゃないですか。それよりガールフレンドが来てらっしゃるんじゃないですか?お二人でどうぞ、イチャイチャしてください」
「……それもそうだ◆」

不気味に笑って観客席の方に手を振ると、ケンケンをしながら戻っていく。
妙にシュールな光景に、なんともいえない気分になりながら、司会の方に担架を持ってくるよう促して、その場を後にする。

他人の肉体再生力を強化する、なんていうのは、裏技中の裏技で、酷くオーラを喰らう。
倦怠感を感じて僅かにふらつき、踏みとどまってその場を後にする。

自分の無意識の行動に、驚く。
カストロは、人身御供ではなかったのか。
なにゆえ、こんな展開に。

通路の壁にへたり込むと、深く深く、ため息をついた。
















「…………あの子、知り合いなの?」
「ん…………カグラのことかい?」
「それ以外に誰がいんのよ。結構……二年前か。フルで集合だってのにあんたが"遅刻"したときの話、覚えてるでしょ?あの子だよ」
「ああ、そうだったのか◆まぁ、キミたちを撒くほどの子供なんて、それこそ彼女くらいしかいないだろうとは思ってたけど◆」

クククと面白げに笑いながら、ヒソカがいう。
あの時の子供も、ヒソカの知り合いだと言われればなんとなく理解できた。
でたらめ具合はこいつと一緒。

「次、腕持って。…………大分前の話だけど、あんだけコケにされたんだ。お仕置きぐらいはしないとね」
「クク、子供のすること◆…………それに、キミだけじゃ厳しいと思うよ◆」
「……あんた、舐めてるのかい?」
骨を繋ぎ、神経を繋ぎ、血管を繋ぎながら、ヒソカを見据える。

「まさか◆だけど、多勢に無勢、彼女の周りには今四人、ひよっ子とはいえ念能力者がいる◆それを相手にしながら、二年前の時点で君たちを撒いた彼女を、キミ一人で捕らえれるかい?」
舌打ちをする。
あの娘がいた席には四人の能力者。
覚えたてらしい稚拙な念とはいえ、そう易々と複数を相手取れるものでもない。

「…………確かにね。まぁけど、もう逃げられやしないさ。ヨークシンの件が終わったら、カタをつける。勿論、協力してもらうよ?」
「………………◆」
「いやとは言わせないよ。団員の端くれなら、たまには役に立つとこも見せてもらわないと…………とりあえずは、足三千万、腕二千万払いな」

ちょっと待ってて、などとほざくヒソカを溜息しながら見つめる。
こいつが来てからというもの、厄介ごと以外が来たためしがない。
間違いなくこいつは疫病神。
早く団長はこいつを見限るべきなのに、団長は団長で、そうしない。
腕がいいからか、と溜息をもう一度つく。

相手のカストロという男は、かなりの手練。
対近接を最も得意とするヒソカ相手だからこそ、こういう結果になりはしたが、そう易々と倒せる相手ではない。
一対一で彼に勝つ目のあるやつといえば、旅団の中でもそう多くない。
強化、放出、変化。
それらをバランスよく鍛え上げた男は、それくらいには強い。
まぁ元々、強化系とはそういう能力系統なのであるが。


それを、こいつは片腕のない状態で圧倒したのだ。
強い、というレベルではない。他の団員には、決して出来ないことだろう。
ウヴォーであっても、流石に腕のない状態から、奴に勝てるとは思わない。
こいつは、異常だ。



「…………とりあえず、仕事は終わり。団長からの伝言を伝えとくよ」
「ん、なんだい?」
「八月三十日正午までに、"暇なやつ"改め、"全団員必ず"ヨークシンシティに集合。多分、今回の仕事は今までで一番の大仕事になりそうだから、今度すっぽかしたりしたら、流石に団長も黙ってないと思うよ?」
「へぇ……◆団長も来るのかい?」
「おそらくね」

欠伸をする。
しかし本当に無駄な仕事をしたものだ。
こいつならば腕がなくなっても勝手に生えてくるんじゃないかと思ってしまう。
もう一千万上乗せしても良かっただろうかと思いながらドアを開け、部屋から出る。

「それは中々久しぶり、楽しみだ◆…………ところで、どうだい?一緒に食」
ヒソカの言葉は、最後まで聞かずにドアを閉める。
何が悲しくてお前と飯を食わなきゃならないんだと悪態をついて、その場を後にした。

何はともあれ、全てはヨークシンの仕事が終わった後。
彼女のことは、そのあとに思い知らせてやればいい。
その後どうするかは団長次第だが、それは私の感知することでもなし。
とりあえず報告だけしておこうと、携帯電話からクロロの名前を呼び出した。















「…………ここは」
「あ…………よかった、眼を覚まさないかと思いましたよ」
「…………ああ、そうか。私はヒソカに負けて」
「ええ、それで病院に。酷い怪我だったみたいで、一週間も寝たきりでしたよ」

体の節々が、酷く痛む。
一週間とはいえ、寝たきりだったことの反動だろう。
いや、寝たきり、それは、おかしい。
あの時、確かにヒソカのトランプは―――

「カグラちゃんですよ。トランプを弾いて助けてくれたんです。本当に凄いですね、あの子」
「…………ああ、そういうことか。彼女には、本当、迷惑をかけた。すぐにでも」
「駄目ですよカストロさん。カグラちゃんから、縛ってでも起きてから二週間は病院、っていわれてますから」
「ぁ…………ふふ、読まれてしまっていたか。私はつくづく、至らない」
「……連絡は入れますから、明日にでも会えますよ。謝られるならそのときに…………あ、お腹空いてますよね?」
冷蔵庫の中から何かを取り出す。
何かに漬けられた…………桃だろうか?

「それは?」
「桃の蜂蜜漬け、わたしの自信作です。これなら食べやすいかなぁ、と思ったんですけど…………もしかして、蜂蜜苦手です?」
「そんなことはない、ありが……っ!?」
皿を受け取ろうとして、危うく落としそうになり、ポンズが受け止める。
受けたポンズはやっぱり駄目か、と呟いて、フォークと皿を持ち直す。

「無理しないでください…………さぁ、口を開けて」
「……いや、待ってくれ。それはいくらなんでも」
「あ…………もしかして………………いやなんだ。ごめんなさい、そうですよね、こんな蜂女」
「待て、そういうことをいってるんじゃ…………食べる、食べるから」
「…………あーん」
「………………」

堪えて桃を口に頬張ると、この世のものとは思えない、甘美な感触が口内を埋め尽くした。
甘味、酸味、深み、桃のとろけ具合、そのどれもが絶妙なハーモニーを奏でる。
桃の中にまで染み込んだ蜂蜜の独特の香りが、鼻を刺激し、食欲を増進させる。
その一口で、体中に活力が湧いてきた。

「…………これは」
「伊達にこの子達を帽子の中に入れてません。養蜂をやってるんですよ、わたしの家」
「なるほど……しかし、これは」
「実家から送ってもらった特性ブレンドの蜂蜜です。実家じゃ何種類か蜜蜂と、お花を育ててまして」
「ああ…………流石に、蜜も集めれない蜂だけ育てるなんてこともないとは思ったが」
「ふふ、護身用でたまたま乗っけてるだけです。ハンターになりたかった理由は、蜜に適したお花を探したくて……ってまぁ、たいした理由でもないんですけど」
「……いや、そんなことはない。命を賭けることに、くだらない理由なんてありはしないさ。しかし、これはすごいな。体に力が溢れてくるようだ」
「何か秘伝があるらしいんですけど…………念だったりしたら面白いですけどね」
「いや、ありえない話ではない。念という存在は、私が知らなかったありとあらゆるものに解を与えたんだ、案外、それが真かもしれない」
「…………ん、やっぱり、そうですね。美味しい蜂蜜を作る能力、なんていいと思いません?」
うんうんと頷きながら、ポンズがいい。
小動物的な動きが、彼女には良く似合っていた。

「蜂蜜?」
「ええ。目指すは、不老長寿の薬みたいな、ってまぁそこまでは無理でも、非常に優良な健康維持食品、って感じで。わたしは、なんだかんだいって、ハンゾーと比べてみても、他の二人と比べてみても、やっぱり戦うには向いてなさそうですから。それなら、それ以外の方向で勝負してみてもいいんじゃないかな、って思ったんです。お父さんとお母さんの蜂蜜みたいに」
やんわりと笑みを浮かべながら、ポンズが言う。

「…………ふふ、キミらしい。しかし、正直言って私なんかより、よっぽど立派な仕事だよ。所詮殴って殴られて、それだけだ、生み出すものなんて何もないからな」
「そうして傷ついたカストロさんに私が蜂蜜を売りつける、と。ふふ、高いですけど」
「……友人価格ということで、少しくらい負けて欲しいものだな」
「……"友人"価格、か…………うん。それは、カストロさん次第ですけどね。まぁ、とりあえずは、このお皿の上を綺麗にしましょうか」
「…………頼む」


ポンズがフォークに桃を突き刺して、こちらに差し出す。
多少恥ずかしいが、まぁ、仕方ない。

そう思って口を開けると、ドアがガチャンと開き、陽気な声が耳に届いた。



「おいどうだポンズ?カストロさんは眼を……覚ま……し…………てないみたいだな。明日だ、明日くらいには眼を覚ますだろ、うん、そうだろ。それじゃ、まぁ、引き続き暫く様子見といてくれよ、俺は修行があるし、じゃあな」

ガチャンと言う音が聞こえて十秒足らず。
バタン、と軽快な音がして、扉が閉じた。

空気が凍ったままの部屋だけが、夢幻のようにそこには残されていて、目の前の桃だけが、確かな現実として存在していた。



その次の日のことは、思い出したくはない。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 37話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/08/24 19:26

三十七






「ポンズさんが具現化系、ハンゾーさんが操作系、と。まぁ、どっちも面白い系統だと思いますよ」
「げ…………強化系か変化系が良かったんだけどな」
「わたしはなんでもよかったんだけど…………具現化系、って」
「便利だと思いますけどね、二つとも。まぁ、ハンゾーさんが強化系っていうのは分かりますけど、忍者さんなら、自白させるのにいいですよ、操作」
「…………ああ、なるほど。意識操作なんてことも出来るのか」
「そうですよ。わたしの能力はそんなじゃないですけど、そこそこの難度の制約をつければ、まぁ、命を握れるような状況にさえ持っていければ、出来なくはないです」
「確かに……便利といえば便利か。頑固なゴンみたいなやつでも」
「ええ、思い通りに」

顎に手を当ててハンゾーが思案する。
こうした姿は本当の忍らしい。ドラマで見るような役者ではなく、職業としての忍。
いつものひょうきんな姿とは違う、威圧感があった。
わたしのような平和を愛する美少女とは、年季と心構えが違うのだろう。
なんとなくそれに感心しながらポンズを見る。


「具現化系も面白いと思いますけど。作るものは武器でなくても構わないんですし、好きなものを作ったらいいんです。別にブラックリストハンターを目指してるわけじゃあないんでしょう?」
「うん…………そうだけど……ああいや、そーか。蜂の巣作れば……――」


何事かをぶつぶつといい始めるポンズ。
こっちはこっちで言うこともなくいい感じ。
念の教授も切り上げてもいい段階……であるが、流石にある程度ひとり立ちできるくらいには見たほうがいいだろう。
ウイングさんは本当に基礎だけと、かなりの投げっぱなしであったが、流石に金を取っておいてそれは良心が疼く。
なんだかんだでカストロもアドバイス自体は二年にわたってやってきたのだ。
一月二月くらい見るのもいい。
九月までは、まだまだ時間がある。


カストロは療養中。ハンゾーとポンズは互いに切磋琢磨しながら、ようやく水見式に至るまでになった。
彼女らには夢があり、そしてそれに向かう。

そんな姿は心地が良くて、寒気がした。
首を振って、考えを逸らす。


旅団との戦いはノストラードなんていう厄介なとこのボディーガードに入った鈴音のせいで難しい。
クロロをどうしとめるか、最重要な項目はそれ。
十老頭の依頼を完遂させる。
それが一番ベストであるのかもしれない。
資産は精々鈴音の貯蓄を合わせても二十に届かない程度。
これでクロロの始末を頼むのは流石に不足だろう。
せめてライセンスさえ売ることが出来れば、問題はないのに、そう都合よくは行かないものだ。


旅団の戦闘員は単体であれば問題はない。戦場を指定するだけで、始末することはできる。
難しいのは、自分の有利な場所に、いかに一対一の状況で持っていくか。

ほぼ一人。
せめてライセンスさえ、いやそれを考えるのはやめよう。
あとクラピカが1ダースいたなら話は変わったかもしれないのに、そんなこともありえない。
何が悲しくてこんな死亡フラグに首を突っ込まねばならんのだ。




溜息をついて窓の外を見る。
まんまるい月が、夜空に浮かぶ



なんでわたしはこんなことをしているんだろう。
別にあんな娘、見捨ててしまえばいいじゃあないか。

わたしは、いつも一人でやってきたんだ。
いっそのこと、逃げてしまえば―――







寒気がして自分の肩を抱く。

また、一人で?

一人で逃げて、それで、わたしは、どうするのだ。
一人でただ、生きていくのか?
いつか、死ぬまで。

ぶるりと震えて、ドアに向かって歩きだす。

そうしてまで生きて、わたしは何を得るのだろうか。
わたしの、そんな未来に、生きる希望があるのか。

ハンゾーはどうだろう。
ポンズはどうだろう。
カストロはどうだろう。

彼らには目指す場所がある。
そうする、夢と希望。
人形繰りで頂点を目指す、それがわたしの夢だと、そう思っていた。
そしてそれをわたしは容易く叶えうる、力も手に入れた。
しかしわたしは、幸せなのだろうか。





部屋を出て、廊下を歩く。

喋りながら歩く彼らの顔は、幸せそうだ。
対してわたしの顔は、どんな風に見えるだろう。

空っぽ。
わたしは何もかもを手にしているようで、その実何も持っていなかったのだ。

『……お前は人形のようだ。わしらは人形に命を吹き込むものだというのに』

はは、と乾いた笑みがこみ上げる。
豪奢な木偶の、豪奢な鳥篭。
籠の中にいると思っていた青い鳥は、ただのかげろう。
空っぽの豪奢な鳥篭を、わたしはただ大切にしていただけ。

カストロなんて、放っておいても良かった。
わざわざヒソカを煽るようなことを、する必要もない。

どうして、そうしなかったのか。
そんなこと、決まりきっている。

いなくなるのは寂しいと、そう思ったのだ。





「……ばかみたい」

本当に、馬鹿みたい。
わたしはすれ違う人たちを見下してるつもりで、本当は見上げてたんだ。
わたしには、決して手が届かないものだったから。

「どうしたの?カグラちゃん」

鈴のような音色の声がして、顔を上げる。
おかしなことに、鈴音がそこに見えた。
酷く、おかしな話だ。
鈴音は飛行船で三日と少しの距離にいる。
それが目の前にいて、だけどなんだか視界が滲む。
すぐに俯いて、声をかける

「……なんでこんなところに?」
「ふふ……お休みを貰ったのだよ。今の時期はそんなに忙しくなかったしね。それより大丈夫?具合悪い?」

いつものような、彼女の声。
首を横に振って距離を詰める。
鈴音の背は高くて、わたしは彼女の顎の下くらい。
自然、抱きつくと、胸に顔がうずまって、わたしの顔は誰にも見えない。

「……どう…………したの?」
「…………わたしは、死んでしまってた方が良かったかもしれません」
「…………どうして?」
「わたしは、裸の王様だったんです。何一つ持ってない、ただの木偶」
「………………」
「人形繰りが、木偶だったなんて、笑い話にもなりません。貴方が見てきたわたしなんて、ただのハリボテ。わたしですら気付きませんでしたけど、ね」

どんなことを言っても、わたしがうそをついて黙ってたっていっても、きっと鈴音はわたしを受け入れてくれる。
そんな冷静で、利己的な自分の思考に、酷く気分が悪くなる。

卑怯で、下衆。
自分で自分に失望する。
宝石だと思ってた宝物が、ただの硝子だと知ったような、そんな気分だった。

「それでも鈴音はわたしを大切にしてくれる…………なんて、こんなふうに抱きつきながら、そんなことを考えてる。わたしの性根なんて、乞食と変わらないの」
「……そう」
「みんなからも、酷く嫌われてた。学校を進学したくなかったのは、辛かったから。家業を継ぐって、逃げただけ」
「…………そう」
「ステージの上に立つと、みんな拍手してくれるの。テレビにも良く映ったよ。もしかしたら、鈴音も知ってるかもね」
「…………かも、ね」
「おかしな話でしょ?誰もわたしのことなんて、好きじゃないのに、拍手をくれるの。すごいねすごいねって」

髪が撫でられて、涙が滲んで、しゃっくりがでそうになって。
酷く、無様だ。
人の好意につけ込んで、最低なことをしているのは、わかっている。
だけど、もう矜持も何も、捨ててしまいたい気分だった。

「ふふ、楽しかった。嫌われ者のわたしが、ちやほや、されるんだ。幸い才能もあったから、喜ばれるために人形を繰って。いつしかわたしは、人形を手放せなくなったの」
「…………」
「わたしの価値なんて、つまるところ、"人形遣いの坂上神楽"でしかなかったんだもの。人形を繰れないわたしなんて、ただの嫌われ者。毎日夜遅くまで稽古したよ、ちやほやされたかったから」

何も言わない鈴音をぎゅぅっと掴んで、顔を押し付ける。
それだけで、なんだか酷く安心して、続ける。


「お前は人形みたいだって、おじいちゃんに言われたの。何言われたのかわからなかったよ。…………ようやく今、わかったんだけど、ね」


そう、つまるところ、結局わたしは―――


「―――わたしは、"人形遣い"っていう、お人形さんだったんだよ」



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 38話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/08/25 21:08

三十八





鈴音はそんなわたしを、無言で抱きしめながら、頭を撫でる。
それにどうしようもなく気分が落ち着いて、心が冷えてくる。
こうして全てを吐き出して、わたしは一体何がしたいんだろう。

「…………カグラちゃん」
「……なに?」
「わたしは、前世で坂上神楽に憧れてたんだ」

彼女の口からは、出来れば聞きたくはないセリフであった。

「…………わたしは満足に人前に出れさえしないのに、カグラちゃんはテレビに出て、ステージに上って、酷く輝いてた…………わたしもそんなふうになれたらなぁ、だなんて思ったの」
「…………」
「カグラちゃんの言う有象無象の一人だったんだ、わたしも。憧れてたけど、嫌いだったのかもね、カグラちゃんのこと嫉妬するくらいにうらやましかったから」
彼女の胸に顔を押し付けているために、わたしは彼女の顔を見ることが出来ない。
それが良かったことなのか、悪かったことなのか、その判断はつきかねた。

「そんなカグラちゃんが、今はわたしの胸の中で、わたしを頼って泣いてるの。カグラちゃん風に言うなら、わたしが何を言おうが、カグラちゃんはここにいてくれる。美術館の宝石が、足元に転がってきたようなものだね」
「それ……は…………」


「……でも、わたしは独りでも生きていけるの。だから、もうカグラちゃんなんか要らない。代わりはまた見つければいいしね…………離してよ」


唐突に突き放されて、呆然とする。
体が強張って、動けない。



拒絶の言葉に涙が溢れそうになって、すぐに唇を塞がれる。
別離は一瞬、再度身体が温もりに包まれる。
だというのに、身体の芯が凍ったようで、無意識に体が震える。

「……ふふ、そんなわけないじゃない。わたしはカグラちゃんがすごく大好きだもの。だから、ひたすらに甘やかしたくなるし、時々"こうやって"意地悪したくもなるの。こうして頭を撫でながら、自信をなくしたカグラちゃんなんていらない、だなんていったら、どんな顔をするんだろう、だなんてこと、いつも考えてる」
「っ…………ぁ……」
「貴重なワンシーンだね。壷を割ったり窓を割ったり、皆憧れる一度はやってみたいことってやつ。そんな気分を今味わってるよ」

ケラケラと、いつもの調子で鈴音が言う。
いつもと同じその声が、わたしの心を冷やしていく。

「人の性根なんてそんなもの。自分は人形?人を見下してた?…………だからどうしたの、カグラちゃん。誰だってちやほやされたいし、必要とあれば仮面も付けるし糸も繰る。自分を他人に好ましいように振舞わすことの、何が駄目だって言うの?」
「っ……ん………………!?」
頭を捕まれて、乱暴に唇を合わせてくる。
優しさが感じられなくて、拒絶しようとして、しかし、鈴音の目がそうさせなかった。

「人はずるい生き物なの。このまま家に帰って縛って、わたしが飽きるまで玩具にしても、今のカグラちゃんなら大丈夫そうだよね。いいと思わない?もう何も考えなくていいよ、ずっと一緒にいてあげる。カグラちゃんがいやって言っても、虐めてあげる。すごくそれって、楽しそうじゃない?主にわたしがだけど」
「ゃ…………」
「や、じゃないよ。まぁいいや、それじゃあ離れて。そうならそうで、もういらないから」

また突き放されそうになって、必死にしがみつく。
鈴音が怖くて、だけど、鈴音しかしがみつく相手はいなかった。


「なんなの?離れてよ、カグラちゃん」
「……どうしっ……て……?」
「どうしてそんな酷いことするのって?決まってるじゃん、楽しいからだよ」

鈴音が怖くて、それでも離れたくなかった。
胸がぐちゃぐちゃになって、気持ちが悪い。

「ふふ…………言ったでしょ?人の性根なんてそんなもんだって」

口調を和らげて、今度は優しくキスをしてきた。
お芝居は、おしまい。
その行動が、音になって頭に響いた。
それに無性に安心して、体の力が僅かに抜ける。

「カグラちゃんが神聖視しすぎただけだよ。皆そのぐらいに汚いの。自分を偽るだなんてなんのその、自覚があったかなかったか、それだけの違いじゃない?カグラちゃんはかわいいし、天才だし、いうことなしの美少女だけど、ちょっとばかし泥臭さが足りなかったね」
「…………?」
恐る恐る彼女を見ると、いつものような穏やかな笑みを浮かべていた。
そして、わたしの頭を撫でながら言う。

「なんだかんだいってカグラちゃんも、聖者じゃなくて、人の子だったってことだよ」












「……体調はどうです?」
「ああ、順調に回復してる。ポンズ君の持ってきた蜂蜜は中々素晴らしいな」
「ふふ、試合が終わって、貴方が運ばれて、そのあとすぐに電話したみたいですからね。改めて、お礼を言ってたほうがいいかもしれません」
「改めて…………か。キミにも、改めて礼を言っておくよ」
「ポンズさんとイチャイチャできて、ですか?」
「…………イチャイチャなどと、誰が」

いや、一人しかいない。そんなことを言うやつ、というより、そうと疑われる光景を見られたのは、一人。
より過酷なメニューにしてやろう、と心の中で誓って、溜息を吐く。

「はい、アーンだなんて。今時ペアルックのカップル以上に珍しいですよ」
「断じて、そんな不埒な目的で行ったわけではない」
「……あ、本当にやってたんですか。ポンズさんが嬉しそうに桃のはちみつ漬けを作ってたんで、適当にいったんですが、まさか、そこまで」

墓穴を掘った。
その言葉がこれ以上当てはまる場面もないだろう。

それよりも、何かおかしい。
少し目元が赤いからか、なんとなく、彼女の雰囲気に違和感があった。
彼女はこんなに、柔らかかっただろうか。

「ふふ、まぁ、冗談はさておき…………無事で何よりです。これに懲りたら、相談も無しに無謀なことしないでくださいね」
「…………それは、本当にすまないと思っている。次がある、なんてことはないとは思うが、仮にあったとしても自制してみせる」
「みせる、じゃなくてしてください……。お医者さんはどれくらいで退院できるっていってました?」
「……後一週間」
「二週間、ですね。まぁ結構な重症でしたし、仕方ないですが」
「いや、待ってくれ、私は一週間だと」
「それ…………わたしの眼を見て言えますか?」

そういって、こちらを覗き込むカグラを見返す。
綺麗な薄茶色の瞳が、私を射抜いて心臓が跳ねた。
やはり、雰囲気が変わった。
以前の、人を突き放すような、そんな冷たさが感じられなかった。
こちらを見る目も、いたずらをした子供を叱るような、優しい瞳。
思わず動揺して、自白してしまう。

「……あと、ニ、三週間だといっていた」
「……やっぱり。カストロさんには教え子が二人もいるんです。自分がそんなで、教え子二人の体調管理ができるなんて、思ってるんですか?」
「…………君の言うとおりだ。少し、自覚が足りなかった」

綺麗になった、と思った。
元々美しい娘だったが、容姿の美醜ではなく、纏う雰囲気すらも美しくなった。
一週間ばかり。
たったそれだけの期間で、少女というのはこれほどの成長を遂げるものなのだろうか。
何があったんだろうかと聞きたくなって、口を開こうとして、しかしやめた。
そのうち、聞かずともわかるだろう、と何故かそんな風に思えたのだ。

「……何笑ってるんですか。絶対反省してないでしょう?」
「いや、ふと思い出し笑いを。それよりも、彼らの様子はどうだい?」
「二人とも凄くやる気まんまんですよ。自主的にもやってるみたいですし、なんだかんだで、ヒソカさんとあなたの戦いがプラスに働いたのかもしれません。覚えも早くて言うこと無しです」
「そうか。それじゃあ退院するまでの間だが、頼む」
「ええ。その後は家に戻りますから、二人を連れて、頃合を見て来てください。さすがに投げっぱなしは酷いですしね」
「ああ、分かった。しかし、実戦訓練を積むのなら……」
「天空闘技場に何年篭らすつもりなんですか。それは二人が出た後に考えれば間に合う話です。ただ、念だけは、下手に覚えると厄介ですからね」
「……それもそうだ。わかった…………が、もう行くのかい?
「…………?どうしてです?」

不思議そうに首を傾げてこちらを見る。
この娘の好きな事は、流石に二年も付き合えば分かってくる。

「いや、見舞いにわんさか果物を持ってきてくれるんだが、一人じゃ食べ切れなくてね。それでカグラも」
「…………そうまで言われたら断れませんね。まぁ二人にはちょっと待ってていただきましょう」

そう断りづらい言い方をしたわけでもないのに、そんなことを言いだすカグラはいつもと同じ。
それは変わっていないのかとなんだか安心して、冷蔵庫の中からフルーツ盛りを取り出した。

人形を取り出すと、一口サイズに果物を華麗に刻んでいくカグラを見て、そんなふうに念を使っていいものか、と聞きたくもなったが、やってくれてることに突っ込むことも憚られて黙って見つめる。
いつもと同じような出来事なのに、酷くそれが特別なように思えたのは、きっと彼女の雰囲気のせいだろう。

今日はいい日になりそうだと、カーテン越しに外に見て、一人ニヤついた。











立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、眠る姿は地に堕つ椿。
と、勝手に付け足したくなるような愛しい少女。
赤くなった目元。
静かで規則正しい呼吸音。
柔らかな頬をつついて感触を楽しみ、身じろぐ姿を目で楽しんで一人ニヤける。
自分が高潔であると信じすぎた少女が、汚濁にまみれて地に堕つ椿、とは言いえて妙だと自賛する。

『―――わたしは、"人形遣い"っていう、お人形さんだったんだよ』
髪の毛を触ってそのさらさらとした感触を確かめて、さっきのことを振り返る。

「……自分を繰らない人なんて、いないんだよ。それを言うなら、生ける人全てが"人形遣い"っていうお人形さ」

額にキスして髪を撫でる。
狼狽した彼女も、砕けそうな彼女も、怯えた彼女も、その全てがいとおしい。
つまらないことに真剣に悩む、彼女の懊悩が酷く美しかった。
彼女の心はきっと、幼いいつかに凍り付いてしまったのだろう。
それは永遠の宝石のように。

それが解けて、水になって、下の下、わたしの傍まで降りてくる。
夢にまで見たような光景で、酷く心が躍った。

わたしも表面しか知らない、人形遣いの女の子。
名画を削り取った先にいる彼女はきっと素敵なことだろう。

花開く瞬間は、いつだって胸がときめくもの。
わたししか知らない今日という日を胸に刻み込んで、その日はいつまでも、彼女の寝顔を眺めていた。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 39話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/09/01 23:58

三十九




「ぐっ!?」
掌打を潜る。
そして素早くオーラを移動させ、体ごと肘を入れる。
それだけで彼は易々と壁に貼り付けられて、体勢を立て直すのに一秒半。
再び間合いを潰すには余裕をもってもお釣りがくる。

ニ撃目は加速をつけて、右足一本のドロップキック。
手を交差させ、何とかそれを防ぐが、後ろは壁。衝撃は緩和されるはずもなく、苦悶の声がにじむ。
そこからさらに追い討ちをかけるべく、壁を地面に、頭をサッカーボールに見立てて、左足で頭を蹴り上げる。
これも防御自体は成功したものの、大きく左側に吹き飛ばされ、体勢を立て直すのには、二秒。

当然その隙に間合いを潰して今度は掌底を腹部に入れ、くの字に曲がった瞬間を見計らって、顎下から頭を蹴上げる。
これは、直撃。
もう少し加減をしておけばよかったか、とは思いつつも、実際に彼らと戦うとなればまだまだ甘いと自分を戒める。

「……終わり、ですか?」
「…………ま……だだ」

ガクガクと震える足を手で支え、立ち上がろうとして、すぐさま糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
肩を持ってそれを支えると反転させて横たえる。
あちこちが紫色になっていて、みているだけで痛そうな光景だった。
自分がやったとはいえ、少し眼を背ける。

「次は三十分後。休憩を取ってください。次はもう少し長いといいですね」
「っ…………ああ」
荒い息を吐いてクラピカが応える。
その声を聞いて少し眉を顰めた。

オーラの攻防力修行には二通り。
地道に慣れて覚えるか、肉体に"覚えさせる"か。

殴られるその瞬間には誰でもギョッ、とするものだ。
その際に、普通の人間であれば効果を成さない程度であるが、無意識の内に凝がかかる。
恐怖を感じ、その部位にオーラを集めて、少しでも痛みを和らげようとする。

今回のこれは、そうした無意識の応用。
堅を行っている状態で、身体を恐怖で硬直させる。
それにより、オーラがその部分に集中し、防御に走り、そして殴られ、苦痛を与えられる。

最初は激痛。
そしてそれを二度も味わいたくはないと普通は思う。
次はそれよりも少し軽く、その次はそれよりももっと軽く。
そうしているうちに、痛い思いをしたくないという本能が、無意識に素早い流を行うようになっていく。

これは流の感覚を得る糸口としてはもってこいの一つの方法。
これによって素早い流の感覚に慣れておけば、防御だけでなく攻撃時に行う流へも活かす事が出来る。
酷く苦痛を伴う方法で、普通は誰もやりたがらない修行法ではあるが、クラピカにはそんなことを言う時間はない。
加減はほとんどしていないし、体術訓練でもある。
オーラの攻防力移動と念での戦闘機動をいち早く身につけ、次のステップに。
心さえ折れなければ、誰よりも早く、念の深奥に近づける。

「…………痛みますか?」
「ああ…………だが、耐えられないほどじゃない」

そういって拳を強く握り締める。
自分でも酷い訓練だと思う。
戦闘訓練ではあるが、実力に開きがありすぎて、クラピカは一方的に打撃を受けるだけ。
普通であれば、とても耐えられるものではないだろう。
糸を伸ばしてクラピカの身体に結びつける。

「…………なにを?」

身体を弛緩させ、凝り固まった筋肉を"強制的"にほぐして、回復力を促進させる。
疲労が溜まってくると、無意識に筋肉は固まり、受ける衝撃を逃がせなくなってくる。
それは無用な怪我を生む結果となるし、効率的でもない。
となれば、こうしてほぐしてやるのは大事なことだ。

「……こういうこともできるのか。本当に念というのは奥が深いな」
「本当に極めれば、身体の欠損部位すら補完できるんです。わたしのこれはまぁ、手慰み程度ですよ」
「いや…………随分楽になった。ありがとう」
「……いえいえ」

カチャカチャと隣で鎖を弄る音を聞きながらこれからのことに思考をめぐらす。
とりあえず、完成には遠いが、能力についての構想は出来てきた。
何のことはない、改善点は多くもない。
鎖については、とりあえずウヴォーを捕らえるほどのものには出来ないだろうが、ほぼ原作に近い状態には持っていける。
オーラを奪う能力、それを習得させてやればいい。
幸い鈴音もいる。
講師には、困らない。

オーラを奪い、そのオーラで鎖を強化する。
彼女の影と同じで、これならば、旅団の大半を捕縛することは出来るだろう。
塩を抜いた食事を与えるように、対象者から気力を徐々に奪っていく。
『束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)』には相応しい能力だろう。

獲物は決まって、あとは身体を作るだけ。
わたしの立ち回りも考えた。
後は来るだけ、ではあるが、完全じゃない。

ヒソカは、正直に言って、使えない。
今回の件が与えた影響は大きい。彼がどう動くか、それがわたしには分からない。

全員を殺す算段はついてもしかし、彼だけが、ポツリと盤上に残される。
それがどうにも不安だった。

チェスとは違い、勝負はキングを取れば終わりではないのだ。















風呂に入って、食後のベッドの上でのひと時。

とろんと瞼が落ちてきて、せめて話し終えるまで頑張ろうと、力を込めて、眼を開ける。
身体の全身がベッドと同化して、このまま沈むことができたらどれだけ幸せだろうと、考える。
けど、まだ話は終わっていない。
夢と現のまどろみの時間。
わたしはこの時間がとても好きだった。

「……というわけなんです。だから、わたしはある意味この世界の未来を知っている人間。今回の襲撃もそういうことなんです」
「なるほどなるほど。で、そんな人は結構いるのかい?」
そういって両手を掴むと、ようやく起こした私の身体を後ろに倒した。

「…………さぁ、結構というほどではないとは思いますが、そこそこには。ハンター試験にも来てましたから」
「へぇ……ヨークシンにもくるのかな?」
「まぁ、来ないとはいえませんね。けど多分、試験で大抵潰れたのでそうそう無茶な人が来ることはないと思いますけど」
「ふんふん、まぁ、気をつけたほうがいいね」
わたしのお腹の少し下くらいに腰を乗っけて、馬乗りになる。
両手をベッドの上に押し付けられる形、やる気のない万歳っていうのが丁度これくらいだろう。

「…………それより、これ、やめません?」
「これって?何のこと?」
「あの、どう考えても押し倒してることについてです」
「…………いやなんだ?」
「………………はぁ」
楽しそうに彼女が見つめてくるので恥ずかしくなって眼を逸らす。溜息を吐く。
髪の毛がベッドに散らばり、僅かに光が反射して、眠気で閉じかかった眼をさらに細めた。

「もうっ、かわいいなぁ!」
「っ…………苦しいですね」
ガバッ、と抱きついてきたために、肺の空気が一気に抜けて、僅かに意識が浮上する。
少しは加減というものを考えてほしいものだ。
抜けた肺の空気を、再度吸い込む。
シャンプーの匂いが僅かに香り、浮上した意識がまた、沈んでいく。

「ふふ、ごめんごめん、ついつい興奮しちゃってね」
「……しちゃってね、じゃないですよ。それよりも、ヨークシンが何で危ないか、は分かってくれましたか?」
「うんまぁ、旅団の団長はお宝のほかにお嬢様の念を狙っていると。風貌は?」
「顔立ちはいいですね。あと額に十字架の刺青を入れてて、黒色好きっぽい感じ。まぁ、オーラで分かるとは思いますけど…………」
「ん…………まぁ大丈夫だよ。クラピカ、だっけ?クルタの人」
「ええ、彼が……どうしました?」
「使えるの?」
「…………半々、ですが多分いけると思いますよ。一人で旅団を半滅させる、なんていう歴史も作りえた人ですから」
「ふぅん…………」
鈴音が上から転がり隣に寝転ぶ。
重圧が取れて少し息がしやすくなった。

「まぁ、何はともあれ、その人にあんまり入れ込みすぎちゃあいけないよ。自分の保身を一番に、それのためなら、情なんて捨てるべきなんだよ、本当はね」
「…………自分の保身は一番に、ってそれならなんで、ヨークシンに行かないと、一言わたしに言ってくれないんですか?それなら二人とも、リスクを背負わないで済むじゃないですか」
「…………そうだね、ふふ。人は自らの幸福のためにこそ生きるべきもの。他者への奉仕をすることが幸福だという人もいるけど、カグラちゃんはそうじゃない。これから、普通の幸せを手に取るべき人間なんだ。わたしがいうのもなんだけど、在るものだけを見て、盲になっちゃいけない」
「…………いきなり何を……それに、答えになってないですよ」

何を、言っているのだろう。
隣にいる彼女の表情を見て、何を考えているのか、それを知ろうとする。
しかし彼女はいつもの幸せそうな顔で、天井の向こうの空を抱き寄せるように両手を広げて、言葉を続ける。

「何事にも対価が必要なんだよ。青い鳥を迎え入れるには、空を覆うように大きくて豪華な鳥篭を用意できないと。鳥の数は限られているからね、手にするものは限られる」
「………………?」
「わたしが、本当に君を手に入れるには、その対価が必要なのさ」
芝居がかった口調でそういってわたしのほほを撫でた。
わたしよりも暖かい彼女の手は、何故かひんやりとわたしのほほを冷やす。

「そんな…………こと、わたしは気にも」
「していない、けど、それとこれとは関係がないのさ。鳥篭もまた、一つだけじゃないからね」

ゆめうつつの頭。
ただ、鈴のような音色の彼女の声が、耳に心地が良くて、わたしはその言葉の意味を本当には理解していなかったのだろう。

「まぁ、大した事ない話だよ。それよりも、もうそろそろ限界じゃないかな…………眠ろ?」
「今更…………わたしを、一人にしないでくださいね」
「ふふ、当たり前だよ。そんなことには、天が落ちてもならないよ」


そのときの彼女の言葉の意味を本当に理解できたのは、九月。
それから半年後のことだった。



蝶が羽ばたき、巻き起こした風が、いつかどこかの嵐の一因となる。
もしもわたしがあとほんの少し、彼女の言葉を理解出来ていたなら、違う結果もありえただろうか。


眠る彼女の横に座ってわたしが、ただただ彼女の寝顔を眺める。
その時のわたしは、そんなことなど起こりえるとは思っていなかったのだ。

なぜならば、眠る姿を眺めるのはいつも彼女で、わたしでは無かったのだから。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 40話 ヨークシン編
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/27 17:49
四十




「あ、こんばんは」
「…………ああ、こんばんは」

自然な雰囲気で挨拶をされ、言葉を返す。
何故こんなところに、と思い、そういえば仕事はボディーガードなどと言っていた事を思い出した。
唐突な再会に少し頭を痛めていると、鈴音の隣にいた男が声をかける。


「…………知り合いか?」
「ちょろっとね。まぁ、腕は信用しといて。わたしのお墨付きだよ」
「…………先に言え。まぁいい、それよりリストの物品を」

僅かに困惑する男と、どこ吹く風な鈴音。
わたしをここに選ばせたのは、こういうわけか。
とりあえず思考を切り替えて、小さな箱を取り出す。

「名女優セーラの毛髪。DNA鑑定書付き」
「エジプーシャ石簿埋葬品のミイラの右腕」
「龍皮病患者の皮膚」
「一角族の頭蓋骨」

わたしに続いて、髭面の男、バショウ。
頭の禿げ上がった、小柄の女、センリツ。
キスで人を奴隷にするという恐ろしい能力を持つ女、ヴェーゼが続く。

「OK,4人とも正式に採用だ。オレがリーダーのダルツォルネ、よろしく」
「わたしが鈴音。一応警備班長、みたいな感じかな。結構会うことになると思うよ。よろしくね」
「早速だが、諸君らには仕事がある。ヨークシンまでのボスのガードだ。俺が今から詳細を説明…………と行きたいところだが、オレには別件がある。出発までに詳しいことを鈴音に聞いておけ」
「と、いうわけでわたしが説明するよ。ここはちょっと狭いし、地図も無いからね。先に部屋を移ろうか?」

そういって鈴音が部屋を出て行き、ついていく。
鈴音を眉を顰めながら見つめていたバショウが小さくこぼす。



「……おい、大丈夫なのか?どう見てもガキじゃねぇか」
「確かに。あれが、警備班長?あのシャッチモーノとスクワラより、上なの?」
「ん…………ああいや待てよ、護衛対象もガキらしいからな。そこら辺も考慮して、か、なるほど。そう考えれば納得がいく」
「…………そういうこと。遊び相手、ってわけね」


ちらりと彼らを横目で見て、何も言わずに彼女のあとにつく。
鈴音はあのカグラに土をつけた人間。それだけで彼女の実力がわかるというものだ。
事実、体術の点で言えば、彼女を越える部分もある。
素早い流と、それによって成される影の形態変化。
夜闇の中で、彼女ほどの能力者はいない。
カグラと彼女には本当に世話になった。


「あの子、強いわね」
「…………ああ、わたしなどよりか、は」
「歩く音、鼓動のリズム。本当に小さな頃から、この業界で働いてきたんでしょうね。恐ろしいけれど、悲しいことだわ」
「………………」
「子供が子供らしく振舞えない、それ以上の悲劇なんて、他には無いもの」
「そう…………だな」

カグラは一体、どういう気持ちで旅団に向かう決心をしたのか。
それをぼんやりと考えて、打ち消す。
本当に考えるのは、そんなことではなくこれからのこと。
旅団の団長は、ネオン・ノストラードの能力を欲している。
ここを抑えておけば、間違いはない。


だがその、最大の仇を討つのは、わたしではなくゾルディック。
拳を握って、唇を噛む。
弱い自分が口惜しい、しかし、それでもやれるだけのことは、必ず、やって見せる。
旅団の団長が"独り"になる瞬間、それを作り出す役目は、絶対に私が。


「…………どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「なんでもって…………いえ、ごめんなさい。踏み込みすぎかもね」
「…………そんなことは無い。すまない、ありがとう」


そのために、全力を尽くすのだ。
出来なければ、この命を賭してでも。
クモは、今年の秋を越えることなく手足を捥がれ、頭を失い、地に伏せる。
私が、そうして見せるのだ。

私はもう一度拳を握り、大きく深呼吸をした。

















テーブルに置かれたカルボナーラをくるくると巻いて口に運ぶ。
オリーブとチーズの香り。液体と個体の中間のソースと、上手い具合に焼かれた、塩味の少しきついベーコン。
半熟の卵を絡めることで、それらはよりいっそうとろけあって舌を楽しませる。


「友人価格で十で一人、は請け負えるよ。ただ、それ以上は二十もらう。やっぱりこっちもそこそこのリスクを負うからね」
「ライセンス、現金化は間に合わなかったですが、これの所有権をあなたたちに、とすればどうでしょう?」
「…………んー、そこらへんは基本的にミルキの管轄だからなんともいえないけど、最低見積もりとして五十億くらいかな。今日のとこは、仮価格としてそれで。まぁそこからミルキのツテで何とでもなるから、オレらの取り分を考えて八十くらい、ってとこに落ち着くとは思うけどね」
「八十……まぁまぁ、買取業者じゃないですもんね」
「暗殺が仕事だから。まぁ別段金に困ってるわけでもないし、仕事とは別に三十四十取れるんなら、こっちとしても万々歳。そのくらいはしてもいいよ」


向かいの男は今日は長い髪を後ろでくくり、スーツ姿。
そこそこのイタリアンの店で、一応商談だし、ということで彼はスーツを着てきていた。
意外にも似合うものだと思いながら続ける。


「頭を落とすのには、いくらです?」
「ああ、頭だったら、そうだな、最低でも五十は無いとあれかな。構成員の邪魔が入りそうだし」
「やっぱり高くなるんですね。それ、予約入れといてください」
「いいよ。掛け合っとく。親父は一回旅団員殺したときに、邪魔に入られて面倒だったらしいから、喜んでとはいかないだろうけど。珍しく割に合わないなんて言ってたからね」
「旅団構成員の能力も、ついでに添えて、だとしたら、少しは値段、下がりますかね?」
「んー、それもキミの能力かい?けど、ウラが取れないからね。出来たとしても後払いって形になるよ」
「いえいえ十分、それじゃあどうぞ」


フラッシュメモリをテーブルを滑らすように渡してオレンジジュースをストローで吸う。
そこそこに混んではいて、会話を聞かれる心配も無く、安心。
とはいえそれほど長居するつもりも無い。
食事の間の少しだけ、それだけで話す時間は事足りる。


「パスは試験合格者を合格順に。ちなみに、口止め料はいくらです?」
「口止め料だなんてせこいことしないさ。コミコミの"安心良心商売"だから大丈夫だよ」
「…………いやまぁ、突っ込まないですけど…………それじゃあとりあえず、今回は以上ですね」
「うん、わかった。まぁまぁ、追加で頼みたいことがあったら言ってよ、お得意様になってくれそうだしさ。ある程度はサービスするよ」
「お得意様になる気なんてさらさら無いんですけどね。まぁ……すぐに連絡しますよ」
「ん、よろしく」


口を拭って一息つくと、イルミが伏せられた支払いをさらりと取る。
手馴れた動作を見て、さぞモテることだろう、などと思いながらわたしも席を立つ。
ウェイターがそれを見てそそくさと現れ、レジの前に案内し、そしてイルミがポケットに手を入れて、財布を出した。



準備は整った。
後は準備をして、家を出るだけ。

再び帰ることは出来るだろうかと考えて、帰るのだと意識を固める。
ここのところ寝る前にはいつも体は震えて、鈴音に縋って眠りについていた。
そんなわたしが、彼らに勝つには、今一度神の視点が必要なのだ。

どんな汚いことでもやって見せる。
外道だと言われようが、心を揺らさず、平静に。
もう既に鈴音は発った。
明日の朝、家を出る。

今日がその切り替えのとき。
頭のスイッチを入れるように深呼吸をして、イルミと分かれて家路についた。







朝になり、荷物を持って家を出る。
朝の独特なにおいが鼻腔をくすぐって振り向かずに家を出た。

「どこに行く?」

後ろから思いもしない相手に声を掛けられて、眼を丸くした。
振り向くと、独特の緑がかった金髪を長く伸ばした男が立っていた。


「ヨークシンに。オークションでも見に行こうと思いまして」
「そうか。私もヨークシンに用事があってね、一緒に行こうか」
「…………いえ、わたしは一人で」
「ふふ、キミが危ない橋を渡ろうとしているのは、知っている。クラピカ君への拷問のような指導、それを行うキミの顔を見ていれば」
「なら、どうし」
「私を、いつになったら認めてくれるのだ!?何故頼らないのだ!?…………キミは、一人で抱え込みすぎる」

カストロらしからぬ強い口調で言われて、身が強張る。
彼が語気を荒げたのは、初めてのことだった。


「確かに半年前、私はヒソカに完敗した。それに失望しただろうか?しかし、私はそれまでなのか?その汚名を返上する機会を、もう私に与えてくれないのか?」
「そんなこと、言ってないです。相手は幻影旅団、わたしは、酷く下劣な手を使います。あなたはきっと、わたしに失望しますよ」
「構わない、口出しもしない。私を好きに、手駒として使ってくれて構わない、私はそれに答え、そして全てを見届けよう」
「何故、そこまで?命を賭けることになります」

身体ごと後ろに振り返って、言う。
カストロの瞳は、酷く澄んでいた。


「…………友のために、命を賭ける。それのどこに疑問を挟む余地があるのだ?」
「っ………………」
「歳こそ違え、私はキミを友だと思っている。キミは、どうなのだろう?」


わたしの瞳は、彼とは違って濁っていたようだ。
景色が少しにじんで、彼に背を向けて、空を見上げた。

「苦しめるときは助けあい、悩めるときは、ともに考え、私たちは、もう、そういう関係に到っているのではないか?それは…………私の勘違いなのか?」
「…………ぃ……え……違います……」

きっと、優しげに微笑んでいることだろう。
なんとなくその顔が、頭に浮かんだ。


「ならば私は友として、キミを助ける。異論はあるか?あっても、勝手についていくがな。それさえ分かれば、もはや否とは言わせん。私を使え」

濁りが落ちるように頬を流れていくのに、空は濁ったままだった。
袖で顔を拭う。マスカラでもつけていたら、大変だっただろうななんて、そんなことを少し考えて、笑う。
酷く、胸が温かかった。

言わなきゃいけない言葉がある。
声は自然に、喉から滑るように流れた言葉は、酷く懐かしい気分がした。
振り向いて、濁った瞳のまま、なるべく笑顔を作って言葉を告げる。


「…………ありがとう、ございます」


きっと、この言葉は、笑顔で言わなければ意味を成さないものだから。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 41話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/09/12 23:56


四十一








圧倒的なまでのオーラと、肉体。
ああ、なるほど、これならば自分の肉体に自信を持つのも分かる。
千切れるように気持ち悪いミミズのような男がちぎれとぶ。

美しくは無いが、ただ強い。
流は疎か。
堅自体にも無駄が多い。

しかし、それでも彼は、凶悪なまでに強かった。

喧嘩無敗の男が、強靭なオーラと肉体と力を手に入れれば、こんな姿になるだろう。
至近での対戦車用のロケットランチャーを、片手で防ぐ防御力。
なるほど、これの相手はわたしには無理だ。

隣に立つクラピカを見ると、憎悪に染まった目つきをしている。
不味い傾向だ、と少し感じて肩を叩く。

「まぁまぁ落ち着きなよ。クラピカ君がやるのは動けなくなった彼の捕獲だけなんだから」
「…………十二分に落ち着いている」
「落ち着いてないから言ってるんじゃないか。あれはただの木偶だと思って行動に当たるべきだよ。憎悪はこの際おいておいて、ね」
「………………」
「私情を挟むなとは言わないけど、それは事後にね。冷静になれないなら降りて?」

分かっているのかいないのか、クラピカが車の中に何かを取りに戻る。
その様子がなんとも危うげで、大きく深くため息をつく。

細身の男は自身の"牙"にオーラを集中し、大男に噛み付く。
ああ、なるほど。ここまでは情報どおり、ということか。

となれば、このあとスムーズに行けば、この危険な大男の始末は完了。
うんうん、中々素晴らしい展開、が問題はクラピカか。
彼の恨みは勿論分かるし、それだけのことをされれば誰だって怒る。
しかしそれでも、今回のこれに、私情を挟まれては困るのだ。

―――もう一度声をかけてそれでも駄目なら。
そんなことを思った頃に、後ろから美しいフルートの音色が聞こえて心を打つ。
誰かと思い後ろを見ると、センリツという女だった。
わたしも知らずに気が立っていたのか、心が落ち着いていくのが分かる。
そういえば彼女はそういう能力者だったか。

「ありがとう、こんな綺麗な音色は初めて聞くよ」
「ふふ…………貴方も彼も、音が少し荒れていたから」

それを聞いて笑みを作ると、クラピカの方を見る。
水を頭から被って頭を冷やしていた彼も、少しだけ険が取れていた。
本当にいい能力だ。
事前に聞いてはいたものの、こうした能力がここまで大きなものだとは思わなかった。
心の操作というのは、案外侮れないものだ。

「……ありがとうセンリツ…………、そして鈴音、もう問題ない、やらせてくれ」
「…………ふふ、無駄に水被っちゃったみたいだけど。まぁ、宜しく。手はずどおりにお願いするよ」
「…………ああ」

身体の自由を奪われたというのに、三対一で陰獣は惨敗。
これも情報通り。ここまで綺麗に話をなぞると、気持ち悪くすらある。

しかし情報どおりに動いたことで、後の仕事は、まぁ、難しくは無い。











「…………旅団は初日に会場を急襲。内部の人間を全て殺害した後、死体を念で消去して品物を持ち出そうとします。けれど、事前に"占い"で危険を察知していた人たちからのタレコミで、オークションの品物は全て退避されているため、旅団は商品を取ることなく気球で離脱。当然マフィア側は彼らを追跡、そして恐らく、そのときにはノストラードファミリーも応援として駆けつけることになると思います」
「なにやら、未来が分かるって言うのも面白いものだね」

漫画の世界に自分が入っている、なんていうのは一体どんな気持ちなのだろうか。
この世界で普通に生きてきたわたしには、現実的過ぎて実感が涌かない。

「ん…………まぁ、便利ではあるかもしれないですけど。その時点では恐らくウヴォーギンという強化系能力者が出張り、詰めに来た人たちを返り討ち。陰獣もその時点で四人ほど到着しますが、彼らもまぁ、十中八九死にますね」
「へぇ……」
「原作と同じ流れで行けば、ウヴォーギンはその時点で陰獣による毒で全身麻痺状態に陥り、クラピカさんが鎖で捕縛、という流れなんですが、ここら辺はまぁ、七、八割、という感じですかね。麻痺状態になってなければその時点では接触を取らず、後の機会を。捕縛することが可能であれば、捕縛して離脱します。その際は追跡用の念糸なんかに気をつけてくださいね」
「陰獣を四対一で、か。凄いねその人、流石は旅団だ。で、どうすればいいの?殺すの?」

いくら苦手な強化系だと言っても、流石に麻痺喰らってる人間に止めをさせないほど、苦手なわけではない。
最悪1mmでも傷をつければいいし、仮に刃物が通らなくても、オーラを奪い尽くせばいい話だ。
その状態であれば、殺すのは容易い。

「んー、間接的には。死ぬのは暫く後ですけどね。まぁ、鈴音にやってもらうことは、二つだけ。それ以外は、お嬢様のガードとして普通に振舞ってもらえればいーですよ」
「ふぅん……それでいいの?」
「だって、あなたが結果的にいなくなったら、わたしの苦労の意味がなくなるじゃないですか。その時点でウヴォーギンを殺せば、本気でノストラードを潰しにかかりますよきっと。やってもらうのは別のことです」
「ふふん、それは中々ときめくセリフだね。で、やってもらいたいことって何?」

カグラが考え込むように少し眼を伏せて、そうしてこちらを見る。
彼女の顔は笑い顔も泣き顔も怒る顔も、そのどれもが美しくていとおしい。
そうした表情の中でも、こうした彼女の真剣な顔ほど、美しいものは無いと、そう思う。
それが、わたしのために向けられているのであれば、なおさら。

「…………スニークラヴァーズは、いくつまで?」
「護衛に使うのを省いても十はいけるよ。多少疲れるけど、出した後はそう厳しくもないし…………全員に貼り付ければいいんでしょ?」
「ええ。全員の位置を詳細に知ることさえ出来れば、まぁまず負けは無いですから」
「ふぅん……自信たっぷりだね」
「それはまぁ…………外道を使いますからね」

恐れと期待感、それがないまぜになった、そんな顔。
自信ありげないつものいたずらっぽい笑みは、恐怖を押し殺すペルソナ。
それが、彼女の処世術だったのだろう。

「ふふ、それなら安心だ。わたしは優雅に、ボディーガードでもしておくよ。無茶はしちゃ駄目だよ」
「わたしの辞書に無茶という言葉は無いんです」
「……んじゃ危ないことはしちゃ駄目だよ。カグラちゃんがいなくなったら、後追い心中しちゃうからね」
「ええもちろん。天国にまで付きまとわれたら大変ですし」
「ふふん、そんなこと思ってないくせに」

ふふ、と幸せそうに笑う彼女の顔もまた、好きな表情である。
ずっと見ていたいと、そう思わせる彼女のコロコロと変わる表情は、彼女そのものを表すようだ。
虹色の宝石があるとするならば、それの化身がきっと彼女だろう。

絶対に中身に触れないよう、ときつく言いながら、彼女は包みの中から小瓶をわたしに差し出す。

「これは何?」
「天にも昇る秘薬というやつです。傷口に少し、これを垂らすだけで構いません。貴方にやってもらうのは、彼らの監視と、それだけ……簡単でしょう?」















わたしはポケットの中から、二種の小瓶を取り出す。
片方が自前、もう片方が彼女から貰ったもの。
クラピカの中指から放たれた鎖が、大男を連れ去るのに約一秒。

竿にかかった魚のように飛んできた大男の肩口に二つの小瓶の中身を少し垂らすのに二秒。
車に連れ込むのに五秒の時間を費やして、そうしてようやく車を発進させる。
彼の身体についた念糸を外すと外に投げ捨て、砂埃を上げながら疾走する。


わたしの隣には暑苦しい大男が座り、クラピカが運転。
顔は平静で、無抵抗に嬲り殺される側の人間とは思えない表情をしていた。


「へい、こんな鎖でオレを捕らえたつもりかよ?さっさと殺っとかねぇと後悔するぜ?」
「黙ってろ、じき分かる」
「あん?分かるって、わかってねぇのはてめぇのほうだろ。オレ様を殺せる千載一隅のチャンスだって…………っ!?」
「黙ってろと、言っただろう?」


鎖の強度が増し、ギリギリと大男を締め上げていく。
『束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)』は虜囚の力を徐々に削ぐ鎖のように、オーラを吸い上げ、自らの糧として強度を増す鎖。
対象が傷害や殺人の重犯罪者であればあるほど、拘束力、吸収力を増す、時間が経てば経つほどに脱出が不可能になる凶悪な能力。
わたしが喰らえば結構厳しそうだなぁと考えながら、苦しむ大男を横目に見る。

「っ……が……ぐっ…………」

罪の無い人間にこの鎖を振るうと、命を失う。
一度捕縛した人間は、十日以内に確実に死なせなければならない。ただし、死刑囚として捕らえた場合にはこの限りではない。
一年に一度、必ず一人以上の犯罪者を始末しなければならない。達成できなければこの能力を失う。

聞いただけで憂鬱になりそうな項目の上で成り立つ能力。
そこまで人生をかけるなら、そらまぁ強力な能力にもなるだろうと少し呆れながら聞いたものだ。


まぁ本来は旅団にしか使えず、その他の人間に使えば自分が即死というキチガイ染みた能力であったらしいので、それよりは大分"マシ"にはなったようではある。
その分、元の鎖と違い、彼のようなスーパー強化系なら抜けられない事も無いようだが、今の全身麻痺の状態ではそれも望めない。

そろそろ流し込んだ薬も効いてきたようで、苦しみながら目が白目になっていき、数十秒後にはようやく半眼を開いて意識を失った。
鎖で縛られながらも大きないびきをかくこの男は、やはり大物だと思う。


「ふぅ…………ようやく落ち着いたみたいだ」
「ああ。何を盛ったんだ?」
「ただの睡眠薬。大声出されるのも面倒だからね」
「確かに…………あんなの真横で喰らったら、ひとたまりも無いもの」
「ほんと、妙に大物ぶって抵抗しないところが素晴らしいね。扱いやすくていいもんだ」

そうして見計らったかのように携帯が震えて、取り出す。
ダルツォルネからの着信だった。

『鈴音か?』
「うん、追っ手は来てないようだよ。安心しておっけー」
『……ふぅ、そうか。そいつは良かった、どれで帰るのがいいと思う?』
「そうだね……パターンBかな。尾行が無いなら出来るだけ速く戻るのが得策じゃないかと思うんだ」
『同意見だ。大男はどうしてる?』
「薬が効いて眠ってるよ。向こうでもガスの用意しといたほうがいいね」
『それはすでに手配済みだ。パターンBで行こう。飛ばすが、問題はないな?』
「おっけー。事故しない程度に宜しく」
『だ、そうだバショウ。事故らないようにな』

おう!という力強い返事が聞こえる。
髭ヅラで毛深い、非常に嫌いなタイプの人間であるが、ノリがいいところは結構好きだ。

「こっちも事故らないようにねクラピカ」
「もちろんだ」
「おっけーおっけー。で、他に指示は?」
『ない。後のことは着いてから話そう』
「わかった、それじゃあ切るね」
『ああ』

今回の件で長かったシャッチモーノとイワレンコフ、そして新入りのヴェーゼが死亡。
死地にむざむざ行かせるのも少し気が引けたが、状況的に確実に犠牲は必要だった。
誰でも良かったがために、ダルツォルネに一任したのであるが、よくよく考えればヴェーゼを残しておけばよかったと少し後悔。
他の死んだ二人と比べて、彼女の能力は有能であったのに、残念なことだ。


しかしまぁ、そんなこともどうでも良かった。
ショーはおよそ一週間。


その終幕に、彼女さえ舞台に立っていれば、わたしに望むことなど無いのだから。

そこに、わたしはいなくとも。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 42話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/09/14 00:48
四十二






ウヴォーギンのコミュニティへの引渡しは滞りなく終わる。
基本的に手を出させたのはクラピカにだけ。
ダルツォルネは刃が通らなかったという話を聞いていたので、手は出させず、軽く話をさせただけ。
少し殺伐としたムードの中、尋問は終了した。
あの状態で逆に相手の命乞いを勧める根性は、本当にたいしたものだと思う。

コミュニティの人間が去り、いまはソファでダルツォルネと今後のことについて話し合っていた。


「どう思う?オレはここに留まり続けるのは、お嬢様にとってもオレ達にとっても得策じゃないと考えるが」
「だね。護衛をつけてお嬢様は先に帰らせよう。オークションは来年もあるよ。説得は…………疲れそうだけど頑張ってね」
「…………簡単に言ってくれるな。しかし、イワレンコフとトチーノがやられたのは手痛いな。特にトチーノの能力は護衛という面ではいい能力だったんだが」
「んー確かに。まぁお嬢様には影をつけてるから、逃げたらわかるし、護衛は正直誰でもいいんだけどね」
「それならある程度目端が利きそうなやつ、か…………そうだな、護衛の方はオレが選んでおく」
「ああ、クラピカは残しといてね」
「ん?」
「かなり上等な能力者だから、危険度の高いこちら側に残ってもらうよ。残る方がどうしても危険は大きくなるからね」

それに、彼には彼の仕事があるのだから、まさかこんなところで帰ってもらうのは困る。
言ったことも事実なれば、ダルツォルネに疑われる理由も無い。
当然微塵も疑っていない様子で葉巻の煙を味わいながら、ダルツォルネが続ける。

「…………ああ、わかった。しかし、お前も今年一杯か…………鈴音。これから、ファミリーはもっと大きくなる。ゆくゆくはボスは十老頭の地位まで昇るだろう」
「…………」
「……お前は陰獣の一人に数えられていてもおかしくないくらいの能力者だ。実際にオレ達も、お前のターゲットにならねぇか、ビビってた時期もあったからな。待遇の面なら、オレが直々にボスに掛け合おう…………残る気は、ないのか?」
「…………ふふ、残念ながら、売約済みでして。もうそろそろ普通の生活に戻ろうかと思ってね」
「ふっ…………"コレ"、か」

親指を立ててダルツォルネが言う
それを見てわたしは小指を立てた。

「残念、"こっち"だよ」
「……ああ、そういえば、お前は変態だったな」
「失礼な。まぁ、ここにはわたしの代わりにクラピカが残るから、大丈夫だよ」
「…………そこまでの逸材か」
「うん。わたしの愛する彼女の弟子だからね」
「ククッ…………そうか。期待しておく。」

ダルツォルネが葉巻を置いて、酒を口に含む。
そういう仕草だけは、悪役らしくていいと思う。
この男の数少ない美点だろう。

「お前の趣味がまともなら、今のうちから唾をつけておくのにな」
「ふふ、冗談は顔だけにしてよ」
「……酷い言われようだな。そこまで酷くは無いだろう」
「ん、まぁ普通だね」
「…………はっきり言われると、それもそれで厳しくあるな」
「自分から振ったんじゃないか。自業自得ってやつだよ」

その言葉に笑って、もう一度煙草を咥え、煙を吐く。
もしも自分が男だったなら、中々見習いたいところである。
わたしは煙も酒も駄目で、少しだけそういうことに憧れはあった。

「まぁいい…………オレは今回のこの件が、酷く大きなヤマのように感じられるんだ」
「ん?」
「結構な修羅場を、そこそこには潜ってきたからな…………空気で、感じる」
「へぇ…………」
「事自体は全て上向き。旅団を捕らえ、コミュニティに引渡し、お嬢様は離脱。しかし、よくよく考えれば今この状況は中々、オレの手には余る」

ブランデーが三分の一ほど注がれたグラス。
それをコツンと叩いて言葉を続ける。

「オレは自分の器がどれ位なもんかは知っている。今回の件は、一歩間違えば死んでた話だ。ちょっと考えて背筋が冷えたぜ」
「いやまぁ確かに。あの人達強いもんね」
「そんなに弱ぇつもりもねぇ、が、桁が違う。相手は陰獣が束になっても勝てないグループ。となれば、あとこちらで打てる手というのは一つだけだ」
「殺し屋、かな?」
「ああ。今回の件はコミュニティのツラにクソ掛けられたようなもんだ。本気になって十老頭も臨むだろう。しかし…………」
「それで収まる話かどうかわからない?」
「そう。下手を打てば、コミュニティ主催のこのオークション自体が、ぶっ壊れるかも知れねぇ」
「大きく出たね」

というか、本当ならこの男も死んでいたのであるし、杞憂どころじゃなかったのだが、いやはや中々。
しかしまぁ、それをこういう状況に陥る前に気付くことが出来るのが一流であるのだが、まぁまぁ、この時点で気付けたところは及第点。

それに、近いうちに彼も、そんな修羅場を潜らなくても済む日が約束されているのだろうし。
彼はそのくらいにはボスから気に入られてはいた。
近々、シマの一つを任される、という話も聞いている。

「オレは少なくとも、それぐらいの大きなヤマだと思っている。一歩間違えばすぐにでもオレの首も飛ぶだろう。なんせ、相手はグラスのオレと違って、バケツみたいな連中だからな」
「いやまぁ、仰るとおりで。概ねその通りだと思うよ」
「概ね……か。まぁ、それを感じてるなら、話は早ぇ。まだ若ぇんだ、お前は、オレ以上に気をつけな」
「ふふ、年寄り臭い。まぁ、忠言感謝、年寄りの言葉は聞くもんだしね。気をつけるよ」
「ケッ…………まぁこの件が何事も無く終わったら、打ち上げでもやるつもりだ。お前も参加できるように、首と胴体は繋げとけよ」
「ん、重畳重畳、善処しよう」
「言っておくが、てめぇのパーティーじゃねぇからな」

最後に行き着いた仕事ではあったが、なんだかんだでここでの仕事が一番良かったかもしれない。
狩る側ではなく、守る側、というのはやはり地面がある分、落ち着くのだろう。
しかしまぁ、それも天災の恐怖からは逃げられないもの。
少し遠くに行っていた、わたしの影が告げる。

「…………わかってるよ。それより、部屋変えておこうか」
「ん?」
「大男が逃げ出したっぽいね。お仲間も一緒。別名義で部屋借りよ?」
「………………いやな予感、ってのは本当、あたるもんだな」
「ほんと、落ち着けないもんだ」

クラピカの挑発はOK。
確実に大男は、鎖野郎を狙ってくるだろう。
わたしは携帯のアドレス帳から、ハートマークのついた名前を選択すると、メッセージを送信する。

「名義は…………バショウかセンリツかクラピカか。偽名はめくれやすいしね、それでいこう。荷物は片付けとくから、新しい部屋はよろしく」
「それが、一番か。分かった、頼んだぞ」

あとはここにクラピカを呼べば、仕事は終わり。
何のことは無い。

すでにあの大男は、死んでいるのだから。













クラピカと大男が指定の岩場に現れて、戦い始めて三分後。
流石にチェーンジェイルを汎用化しているためか、少々分が悪い。
軽く手を上げ合図を送る。
それだけで大男は、先ほどの動きがウソのように身体が鈍り、地に伏せた。

「てめ…………ぇは」
「どうですクラピカさん。やっぱり一人じゃ無理でしょう?」
「…………悔しいが、そういわざるを得ないな」
「しかしまぁ、自分の能力ながら恐ろしいもんだ。これは非常に有用だな」

上からわたしに続いてもう一人、スキンヘッドの男が滑り降りる。
伏せたウヴォーは何が起こったかわからない、といった表情で、こちらを見ていた。
小瓶を取り出して目の前で振るう。

「いやまぁ、戦う前から負けていた、ってやつですよ。見覚えあるでしょう?」
「…………あの時のガキが、オレの肩に垂らした薬か」
「そうです。あれには念が込められていましてね」
「オレ様が好きなときに発症させれるってわけだ。あんたにゃ悪ぃが、別に力を競いたかったわけじゃねぇ…………"始末"したかっただけだからな」
「クソが……」
「で、まぁ、死ぬ一歩手前の状態で生かしてるのにも理由があってな。"お前の命はオレが握ってる"、大人しく知ってる限りの仲間の能力と、アジトの場所、吐きな」

言う訳ねぇだろ、馬鹿が、とでも言おうとしたのだろうが、それは叶わない。
彼の口は、まるで命乞いでもするかのようにぺらぺらと動く。

「東西南北それぞれに最低一つ。内スラムの多い西側には三つほど。基本的にはこの内っぐほ……っは」
「おい、舌噛んだぞ」
「…………クラピカさん」

タイラントシルクを伸ばして、舌を繋げ合わせると、すぐさまクラピカが癒して接合する。
話を聞くまで、死んでもらっては困るのだ。

「残念ですが、話し終えるまでは死なせません。大人しくしててくださいね。痛いし、わたしも面倒ですし」
「べぇラムぢ区のょん番街西の…………」

完全な接合は不可能であるが、ある程度タイラントシルクによって舌の動きを保護しておけば、少し聞こえは悪くても、喋らせることは可能。
それによって、ぺらぺらとウヴォーギンらしからぬ、命乞いのような暴露が続く。
忍者らしい能力として作られた三つの能力のうち、二つ。
毒物の効能や、感染を自由に操作する『羽化登仙の雫(デモンズブラッド)』と、命を握った相手からあらゆる情報を引き出す尋問用の『生死の狭間(ブラックマウス)』。

本当、外道だと思いつつも、これくらい出来なければ、クモを殺すことなど不可能なのだと言い聞かせる。
クラピカがその光景に眼を背ける気持ちは、非常によくわかるが、タイラントシルクで操作しなければならないわたしは眼を背けることすら出来ない。
非常に、憂鬱だ。
ここで、本当の意味で平静なのは、ハンゾーだけだろう。

「本当、嫌な役やらせるぜ。きっちり代金は貰うからな」
「勿論、二億きっちり払いますよ」
「…………元は俺の金だろうに。はぁ……義理で来るんじゃなかったぜ」
「…………そんな酷いことを。頼りにしてますよ」
「ケッ…………」

それだけで人を殺せそうな目つきでウヴォーが睨む中、独白は続く。
特に聞きたかったのは団員の能力についてだったのだが、特に目新しい点は無い。
基本的には記憶通りの能力で、しかもウヴォーの口から出る言葉の方が、遥かに情報の密度としては薄い。
この男にはそれほど、他人の能力に興味が無いんだろう。
分かりきっていたことを理解して、無駄に拷問染みた"打ち明け話"を聞き終える。

「あんまり目新しくもなかったですね…………最後に、何か言うことはありますか?」
「…………ゲすガ」
「はい、聞き届けました」

数秒もすると目が力を失って、呼吸が途絶える。
心臓に手を当てると、既に活動が停止していることを告げていた。

「これでOK。手筈どおりに行きましょうか。ああ、クラピカさんはもう戻っていいですよ」
「…………死体は」
「使います」
「っ………………分かった」

気分が悪くなったのか、首を振って、クラピカが離れていく。
彼には少し、外道過ぎただろうかと思って、ため息をつく。

「大丈夫なのか?」
「…………さぁ。ですが、外道を行うとはじめに何度も言いましたから。あとは、あの人次第です」
「…………にしても、前から思ってたが、あんたもやる事がえげつないな。顔色変えずに良く出来るもんだ」
「ふふ、人形遣いですからね。劇を演じる人形に、わたしは心を揺るがさないのです」
「へっ、あんたも忍者になったらどうだ?」
「わたしは幸せ一杯に不自由なく暮らしたいので、結構ですよ。それより」
「ああ、わかってる。で、ブツは?」

スーパーの袋に入れた金髪のマネキンの首に、トマトソースをぶちまけて渡す。
ずしりとした重みが消えてようやく手が楽になる。

「仕込みはオッケー。分かりますよね」
「ああ、確かに。三四は始末しときたいとこだが」
「どうでしょうね。まぁ最低二人は、コレで飛ばしたいとこですけど」




クルタの赤い月が空に昇り、わたしを見下すように眺めていた。
クルタの血族で、最も薄汚いもの。
きっとそれが、わたしだろう。

それをぼんやりと眺めて、そうして地に付く足を見た。

「わたしがいるのは、貴方の浮かぶ空ではなく、この大地なのです」

黒髪の少女を瞼に映して、そう微笑んだ。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 43話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/09/21 01:11
四十三






「ウヴォー!」
「よかった、無事だったんだ」
「ぎりぎりな。クルタ族、っていただろ、赤目の」
「ああ、あいつらの生き残り…………か」

あちこちがボロボロで、ウヴォーにしては珍しく、手傷を負っていた。
それほど深くは無いが、浅くも無い。やはり自分も行っていればよかったと思いつつも、駆け寄る。
彼には珍しく、今にも倒れそうな有様だった。
近づくにつれ、彼の顔色の悪さがより鮮明となる。


「すまねぇが、シズク。毒を貰ったみてぇだ、吸い出してくれ」
「うん。ちょっと待ってて、すぐ吸うよ」
「カッ、油断のしすぎだバカが。きっちり殺ってきたんだろうな?」
「当然だろ」

ノブナガ向け、スーパーの袋を掲げて言う。
紅く染まったそれは、恐らくそいつの首が入っているのだろう。
首つきのほうが、今は緋の眼が高く売れるのだ。

「歩けるか?」
「ああ、なんとか…………ちょっときついがな」
「しかし、ウヴォーがコレだけの傷を負うなんてね」

肩を貸そうと傍に寄って、肌に触れたとき、酷い違和感を感じた。
余りにも、冷たすぎるのだ。

違和感は、嫌疑に変わる。

すぐに、自分の近づいた、仲間の男の眼を見る。
薄く濁った、眼。
それは、生者のものではない。


「シズク離れろ!」
「え?」

首に緩やかに手が絡む。彼の腕が自分の首を絞めあげる。そして、"ウヴォーギン"の声で言葉を放つ。
僅かに香る死臭と、体温の無い肉の感触。
耳朶を打つのは、友の声。

「逃がさねぇよ」

最後に聞こえた言葉は、確かにかつての友の声だった。


















「首尾は?」
『二人は殺れた。とはいえ……勘がいい。ちょっと怪我人を装いすぎたかも知れん。近づかれて気付かれた』
「いえ、十分です。殺れたのは、黒髪の、シズクという女と、金髪の男、ですよね?」
『ああ、その通り』
「一番面倒そうな二人を殺れたのは幸いですね。黒髪は能力が邪魔ですし、金髪はさらに頭も回りますから」
『副リーダー格の人間を殺れたのはおいしいところだ。他に束ねれそうなやつはいないんだろう?』
「ええ、基本的に団長のカリスマ性で保ってる、個人集団ですから。クモの子供は、これで終わりです」

旅団に統率を取れる人間は少ない。
統率される人間も少ない。

頭が死んでもクモは動く。
しかし腹を潰せば子は成せない。

後腐れなくやるのであれば、中枢メンバーの始末が最優先。
出来ればパクノダもこの時点で消しておきたかったが、欲をかくのもよくない。
彼女本人には戦闘能力は無いのだ。
数が減れば、始末するチャンスは出てくるだろう。

『他に、追加作業は?』
「いいえ、今日は休んでOKですよ、お疲れ様です」
『おっけ。それじゃ戻るわ、殺気が凄いからな』


電話を切ってテーブルに置く。
勝負はようするにババ抜きのようなもの。
A級首の旅団といえど、オープンカードで勝てる試合などありはしない。
彼らがどんな札を選ぼうが、彼らがジョーカーを手にした瞬間に、勝負は終わる。

しかし、とソファに寝そべってため息をつく。
ジョーカーの札を、持っているのは、彼らではなくわたしの方。
万に一つよりも遥かに高い確率で、わたしの負けは確かに存在しているのだ。


「浮かないね」
「そりゃ、浮きませんとも。殺すと決めた以上、始末するのに抵抗はありません。けど、わたしはワンサイドゲームが好きなので」
「それはまた。けど、勝負なんて、そんなもんじゃない?」
「Betが高いですからね」
「ふふ、うれしいことを言うね。まさか誘ってるとか?」


上に圧し掛かって彼女が言う。
珍しく下ろしていた、彼女の黒い髪が首筋を舐める。
その目は鼠をいたぶる猫を連想させて、眼を逸らす。
しかし、向いた先には金色と黒色が、混ざるように絡み合っていた。

「…………わたしも鈴音も、姉妹だったら良かったのにね」
「なんで?」
「勝負なんかしないでも、何も考えず幸せに暮らせるじゃない。勝ちと負けがトロトロに混ざり合って、そんな瞬間がずっと続くの」
「…………わかってないね。別のものだからいいんだよ」

わたしの首に舌を這わせて、耳を嬲る。
てっきり唇を重ねるのだと思ってた体がピクリと跳ねた。

「…………どっちにしたって鈴音はこんなだろうね」
「ふふふ。わたしは黒で、カグラちゃんは金色。お月様みたいなカグラちゃんを喰らうために、わたしはこんな色をしてるんだよ。金色じゃ金色を食べれないでしょう?」

耳を食みながら、ささやくような声で鈴音が言う。
くすぐったいのでのけようとすると、手を押さえられる。
溜息を一つ吐いて、言葉を返す。

「赤頭巾みたい。それじゃぁ鈴音は地面さんだね」
「…………?」
「だって"月を食む"のは、地球の影じゃない」
「……ふふ、面白い考え方だね」
「…………だね。それに地球がいないと、お月様は浮かべないんだ」
「………………」
「わたしを、独りにしないでね」

さらりと口から、そんな言葉が出て、自分でも驚く。
なんとなく、それが幸せなことに感じられて、胸が少し温かくなる。


「独りになんか"なる"わけないじゃん。カグラちゃんは心配性だね」

だけど返って来たのはそんな言葉で、なんとなく違和感を感じた。
何故だろうか、と考えて、そんな思考を呼吸とともに止められる。
いつの間にか、移動した彼女が、わたしに口付けたのだと気付くまでに三秒かかった。
頭が少し茹で上がり、下腹に少し熱を持つ。

「今日は月蝕の日みたいだね」
「…………お腹が空きました」
「来たね得意の逃げ口上」
「仕方ないんじゃないかな。だって……っ」

シャツを捲くってお腹を撫でられる。
それで少し、体温も上がる。

「お腹が空くのは仕方がないね。十分くらい経ったら、そろそろご飯、炊き上がるかも。うちにあるやつと違って時間がかかるんだ」
「おかずは?」
「残念、もう出来てるんだ」
「じゃあ暖めないといけないね。今日はわたしが」
「ふふ、ご飯炊けてからでいいんじゃない?」

舌で鎖骨を撫でられる。
また少し、体温が上がる。
いつの間にかシャツは盛大に肌蹴ていた。

「暑いね。ご飯の前に、シャワー浴びてくるよ」
「いいけど、洗濯はわたしがするね?」
「…………卑怯者」
「わたくしめはちゅうじつなおせわがかりですので」
「…………もういいよ。好きにしたら?」
「ふふ、粘り勝ちというやつだね」
「…………はぁ」

ため息をつく。
本当に粘っこいやつだと力を抜いて、唇を交わす。
彼女の顔はなんだか引っぱたきたいくらいに、幸せそうだった。


こんな日も、たまには仕方ない。
これから何度もあるだろう。それの予行練習だと割り切ろうとするも、しかし疲れるものは疲れる。
もう一度溜息を吐いて、仕方ない子、と呟いた。


















「操作系能力者、だな。ウヴォーを殺害した後、その死体を使ったんだろう」
「………………」
「シズクはどうだ?」
「…………死んだよ。飛んできたのは念をかけた毒の散弾だったみたいだね。掃除機じゃ、吸えなかったみたいだ」

マチが淡々と告げる。
その言葉を聞いて唇を噛む。思いっきり力を込めて、床を殴りつけた。
少しの痛みと、破砕音。
その音を聞いて余計に腹立たしくなる。

「……ゆるさねぇ、必ず正体を突き止めて、はらわた引き摺り出してやる…………!!」
「落ちつきなノブナガ。ムカついてんのはあんただけじゃないんだ」
「落ちついてられるか!これがどれだけのことかわかってんのかテメェ!?」
「分かってるよ、だけど落ち着きな。それじゃあ奴らの思う壺だ」
「マチの言うとおりだ。これは挑発。下手に動けば、足元をすくわれるぞ」
「っ………………クソッ!」

クロロはこんな時でも冷静で、仲間が三人も殺されたすぐ後とは思えなかった。
ウヴォーギン、シャルナークは、ともに肉片となって先ほどまでいたアジトに転がっている。
シズクはシズクで、形こそ綺麗なものの、色は青黒く染まり、物言わぬ屍となった。
死体の体も、完全に毒に汚染されている。
そう判断され、直接対象に手を触れる必要があるパクノダの能力による捜査も不可能。
完全に旅団が後手に回っている。
僅か一日、たったそれだけの時間で、旅団員が三人も殺されたのだ。
落ち着けなどと、そんなこと出来るはずもない。

「シャルはウヴォーの身体に触れた瞬間に何かに気付いた。確かに結果的に見れば、あの時点でウヴォーは死んでいたと考えるのが適当だろうな」
「死体を操る能力者…………か。陰気なヤローだ」

既にウヴォーは殺された後だったんだろうとフランクリンが言い、フィンクスが続ける。
果たして、相手はウヴォーを上回るような使い手だったのだろうか。
それは否、だ。あいつを上回る使い手などそうはいない。この手口から見ても、卑怯な罠に嵌められたのは明白だった。

「ああ。鎖を使う能力、毒を扱う能力、死体を操る能力。最低でも二人、か。恐らくは毒と死体は同一人物だろう」
「どうして?」
「能力の傾向の問題なんだがな。それと…………お前風に言うなら、勘というやつだ」
「……達磨にして皮を削いで、じくりと殺すね。ここまでナメられたの初めてよ」
「……てめぇと気が合うとは、珍しいぜ」

生まれてきたことを後悔させてやる。
どこまでも冷酷になれそうな気分だった。

「なんにしても、とりあえずは予定通りに動く、が…………まずは一人、おびき出そうか」
「…………団長、その役は」
「ノブナガはマチと、フランクリンはフェイタンと街に出ろ。四人ともマフィアに顔が割れている、すぐにでも餌にかかるだろうさ。そいつらから、芋づる式に追っていけば、必ずどいつかにはぶち当たる」

静かな声で団長が言う。
眼はしっかりとオレの眼を見据えていた。

「オレはオレで、別の準備があるから、残りの四人を借りる。悪いが、時間が時間だからな、出せるのはお前らだけだ」
「…………かまわねぇ、ぜってぇ見つけ出してやるよ」
「くれぐれも、熱くなりすぎるな」
「確約、はできねぇな。しかしまぁ。喋れるような状態で持ってきさえすりゃ、達磨だろうが問題ねぇだろ?」

拳を握り締めて、街を睨みつける。
コソコソと動くことしかできねぇ根暗野郎を、必ず引きずり出して、殺してやる。
そう今は無き三人に誓って、明日の準備に取り掛かった。




[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 44話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/09/27 01:19
四十四




『いやー、助かったよ。旅団には手を出すなって、父さんからキツク言われてたのに』
「無茶をしたい年頃なんじゃないですか?」
『……君もそんなに変わらないんだけど。一応放っておけって父さんからは言われてたんだけど、それで死んじゃったらおしまいだしね。母さんが発狂しちゃう。いやー、持つべきものは友だねありがとう』
「ふふ、ありがとうございます。ところで、本命のほうはどうなりました?」
『父さんと爺さんが向かってるよ。今、ターゲットは一人なんだろう?』
「ええ、今晩にでも、お姫様をかどわかすところじゃないでしょうか」
『ハハ、本当に言ってた通りだね。ボクも占ってもらおうかな』
「残念ながら、ここら辺で打ち止めです。非常に範囲が狭いので」
『ふぅん、残念』

団長は、別行動でイルミと接触。十老頭の始末を依頼、別口で調べ物もしているらしい。
今は情報屋に会いにいってるところだそうだ。恐らくこの後、ついでに占いも手に入れようと、ネオンに手を出しに行くことだろう。
クロロが独りきりになる瞬間、それは、今日しかない。

その他のクモは別れ、ペア行動で街。
ノブナガ、マチ組にコルトピ、パクノダ。
フランクリン、フェイタン組にはフィンクス、ヒソカ、ボノレノフ。
ヒソカの方が三人なのは、きっと懸念事項だからだろう、となんとなく思った。

もしも原作どおりに行くのであれば、一人残ったノブナガを始末したかったところであるが、そうも行かない。
シズクは既に殺してしまった。実行犯は原作のように単独ではなく複数。
よかたね、お家に帰れるよ、とは行きそうにないのは、まぁ、身から出た錆というやつだろうか。

『とりあえずまぁ、団長の始末は確実だから安心してよ。ボクにも別件で仕事が入ったんだけど…………ちょっとどうしようか微妙なんだよね』
「へぇ、そんなことあるんです?」
『依頼人が生存してるか否かで、お金を貰い損なうこともあるからね』
「ということは、依頼主は、今日にも死んじゃう方なんですね」
『そういうこと』

何の気なしにイルミが言う。
わたしがキルアのことを教えてくれたということに対する返礼、というやつだろう。

「ふふ、大変ですね。人を呪わば穴二つ、依頼主さんも、非常に残念な方です」
『ほんとにね。まぁ仕事は仕事だし、準備はするけど…………ああ、やだなぁ。無駄だと分かってることは、あんまりしたくないんだよね』
「大変ですね、そういうお仕事」
『ほんとだよ…………ってああ、そういえばカグラって、いつも仕事、何してるの?』

空気が凍った、そんな気がした。
少し胸が痛んで、それはなぜかと考える。
前世であればスムーズに出た言葉が、喉から出ない。

「っ……………………えと…………料理鑑定士…………ですかね?」
『……………………なんか、ごめんね』
「……いえ、謝られることなんか何も」
『だけど、時々は外に出ないと』
「…………引き篭もりじゃないですから。今だって外に出てるじゃないですか」
『ああ、そうだった。ごめんごめん、あんまりにも聞いたこと無い仕事だったから。外で仕事とか興味ないかな?』
「一応聞いておきますけど、どんな?」
『鬼ごっこしたりかくれんぼしたりする仕事。缶蹴りとかに近いかもね』
「……蹴った缶はどうなるんです?」
『死ぬ』

缶なのに死ぬとはどういうことか。
その疑問は、深く考えないことにした。

「遠慮しておきます。合わなそうな世界なんで」
『そんなことは無いと思うけどなぁ…………。ま、この話は別の機会に。オレは気の乗らない仕事の準備でもしてくるよ』
「はい、頑張ってください。また何かあれば、連絡しますね」
『うん、わかった。まぁカグラも下手をうたない様にね。蹴られるときは一瞬だから』
「ええ、もちろん。それじゃあ、また」
『ん、またね』

次に動くのは明日。
今日頭は潰れ、クモは足をばたつかせる。
次に狙うのは、そのタイミング。

団長の死体を手に入れさえすれば、後は何とでもなるのだ。
運良く手に入れることが出来れば、であるが。
そうすれば、木偶の頭で、手足が動く。
ウヴォー以上に、彼らは団長が死ぬとは思ってはいないことだろうから、半日程度はどうにでもなる。
しかしまぁ、それでもジョーカーはわたしの手札。
自分のカードを見て溜息をついた。


なんとなく気が滅入ったので鈴音に電話をかけると、即座に切った。
電源が入っておらず、そういえば今日は仕事かともう一度溜息を吐いた。
命がけ、なんていう状況は酷く身体に悪い。

早く全てが終わらないかと、真っ暗な空を窓から眺めた。











「はぁーい、こんばんは」
「…………こんばんは」

暗い公園で、現れたのは二人の男と、一人の少女。
少女のほうは酷くご機嫌な様子でこちらを見ていた。

「幻影旅団団長、クロロ=ルシルフルさんだね。お噂はかねがね、だけど残念無念、また来世、って感じかな」
「キミは?」
「見届け人兼、補助役、ってところかな。ゾルディックのおじ様たちには、まだまだ仕事があるから、少しでも楽をしてもらわないと。あなたも二対一なら善戦できても、三対一はキツイだろうしね」
「それはどうも、ご丁寧に。あんまり嬉しくは無いけどね」

それを聞いて少女が笑みを濃くする。
濃紺の、一昔前の暗殺者のような格好の少女。
ところどころのほつれやキズが、それに確かな現実感を与えていた。
ゾルディックの二人にはさすがに見劣りするものの、一流といって差し支えない能力者。
彼ら二人だけでも死ねる状況だというのに、ここまでくると笑いしか出てこない。

「…………"頭を潰せばクモは死ぬ、そして手足も頭にはなりえない。だから、今日この日が、クモの最後の日になります"。ばーい今回の仕掛け人、一応伝えておくよ」
「クク、それはどうも。見た感じ、絶体絶命というところかな」
「ふふ、そうだね。まぁ、あなたたちも好き勝手やってきたんだし、これで釣り合いが取れるんじゃないかな。"悪"は、滅びるのが常じゃあないか」
「…………そうかもな」
「感動のフィナーレってやつだよ。よい終幕を。まぁ…………わたしにとってはただの"前座"なんだけど」

楽しそうに少女がカラカラと笑う。

恐らくはここで、俺は死ぬのだろう。
何らかの念を、知らない間に掛けられていたのだろう。一人で出たのは失敗だったかという後悔が、浮かんで消える。
眼前に迫った死に、恐怖も無ければ畏れもない。
フィナーレ、フィナーレか、と舌の上で言葉を転がす。

「前座、か。真打はキミなのかな?」
「ふふ、そうなるね、あなたには残念ながら」
「ハハ、オレの感動のフィナーレが前座か。真打の話はさぞ見ごたえがあるんだろうな」

顎に指を当ててどこかを見ながら言葉を続ける。
そんな仕草が中々様になる娘だった。

「んー…………真打の話は、そうだね。巫女が神域に近づくには禊が必要じゃない?わたしはそれで確かめようと思ってるんだ」
「ふぅん…………?」
「わたしがただの泥人形であるのか、それとも中に、芯があるのか」
「…………穢れがただの汚れであるのか、それとも全てが穢れであるのか」
「そうそう、話が分かるね。出会いがよければ友達だったかも」
「オレも丁度そう思ってたところだ。どうだいニ対ニというのは」
「あはは、嘘つき。それに、言ったじゃないか、前座だって。わたしの禊の、ね」

欲しいものはたくさんあった。
あれも欲しい、これも欲しい。
そうして旅団は出来て、最後は自らが産んだ子供に身体を食われる。

オレの本性は、穢れであった。

が、しかし、その終がこんなにもありがちな展開で、こんなにもありきたりなものだとは、思わなかった。
本とは違う終わりを想像していたのにと、少し笑う。
しかしまぁ、これはこれで、王道といえるのかもしれない、と納得する。
彼女の話はどうなるのだろう、と最後に少し気になって、問いかけた。

「それで、禊は成功するのかな?」
「さぁどうだろう。サイコロを百回振って、全部一が出る世界なら成功かもね」
「……人を前座扱いにした割には、酷いバッドエンドだな」
「ふふ、それはそれで、神域の彼女には、ハッピーエンドだともいえるじゃない」
「そういう考えも、あるといえばある、か」

神には現世のものを纏ったままでは近づけない。
だから巫女は煩悩も業も現世の繋がりも、清水で流して神域に入るのだ。
東洋の話だったかと記憶を探る。

「本とか好きでしょ?あなた」
「わかる?物語を読むのが好きなんだ」
「だと思った。わたしは大嫌いだからね」
「……どうして?」
「……百回連続で、一の目が出る世界が多すぎるもの。起こったら素敵だけど、そんな幸福はありえないからいいんじゃない」
「クク、分かってないな。だから、陳腐でいいんじゃないか。それに、それが普通のハッピーエンドだろう?」
「気が合わないね。でも、だから…………やっぱり嫌いだ。見解の相違で友情ならず。やっぱり、友達にはなれなかったみたいだ」
「それは残念」

背後を見せれば殺される。
前に進んでも殺される。
裏をかいたつもりが、さらに裏をかかれていたというわけだ。
まるで思考を読まれていたかのようだと少し笑う。
そういった能力を持つやつも、彼女らの中にはいるのだろう。

「ふふ、そんなこと思ってないくせに。長話をしちゃったよ。そろそろ、始めようか。言い残すことはあるかい?」
「…………俺達を潰す理由なんかは分かりきってるから、別段言うことも無いんだが、最後に、そうだな…………どうして禊を?現世で偶像を祈っていれば、それで十分だとはおもわなかったのか?」
「簡単、わたしは神様を手篭めにしたかったの。欲しいものは手に取りたい、それは原初の欲求だと思わない?」
「…………クク、罰当たりだが、なるほど。確かにそうなのかもな、ああ、確かに…………オレも、最初はただ、欲しかったんだ」
「……ふふ、なんだかんだでやっぱり気が合うね」
「クク、確かに。陳腐なセリフだが、出会った場所が違えばお前も仲間の一人になってたかもしれないのに」
「かもね、だけどそれも、過ぎたこと。わたしは神様にであってしまったのです。綺麗で可愛くてナルシストで意地っ張りでもうすんごく素敵な美少女に」

どこか遠くを見る目つきで、幸せそうに言う。
酷い変態を相手にしてしまったものだとため息をついて、もう一度向き直る。
気のせいか、先ほどより彼女のオーラが力強く見えた。
威圧感が少し変わったような気がして、訝しげに彼女を見ながら言葉を紡ぐ。

「酷く残念な話だ」
「ん、残念。それじゃあそろそろ」

ひらりと布を、何も無いところから作り出す。
月が雲に隠れたのか、辺りの明るさは一段落ちていた。
いつのまにか辺りを照らすのは、ばちばちと点滅する公園の外灯だけ。
点滅にあわせて揺れる彼女のオーラを見て、そしてその手に持った、光を通さないだろう布を見て、ようやく現状に合点が行った。

「…………丁度お月様も、雲に隠れて真っ暗だしね」
「……やられたな。それが狙いか」
「ふふ、ごめんね」

彼女が布を放りなげると、幾つかに分かれ、それぞれが外灯に向かってひらりと飛んでいく。
それを見て、無言で待っていたゾルディックの二人も気を張りなおす。
口を挟むことなく、まじめなことだ。時間稼ぎは出来たが、十老頭を始末できても、アウトかもしれない。
彼女のいっていた、仕掛け人とやらは、また別で、オレの始末を依頼しているんだろう。
なおさら絶体絶命だ、と少し笑えて、構える。

神が穢れを嫌うのか。
巫女が穢れを嫌うのか

最後に少しだけ考えた。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 45話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/09/27 00:35

四十五





幻影旅団団長、クロロ=ルシルフル。
特質系能力者であり、一定の手順を相手に行わせる(強制や無意識でも可)ことで、相手の念能力を奪う。
奪った能力を使うには右手で本を手に持ち、能力が収録されている指定のページを開かねばならない。

便利な能力だ。
要するに、自分は一切のリスクを負うことなく、多種多様の能力を使用することが出来るということ。
片手が塞がるのは致命的なデメリットではない。


そしてそれ以上に、その瞬発力、戦術的判断、体捌き。
どれをとっても一級品。特質系であるというのに、いやだからこそか、その動きは磨き抜かれていた。
わたしが体術のみで戦ったなら百戦やっても勝てはしないだろうことは容易に理解できた。

とはいえ戦闘は流石に一方的。
特質系でいくら身体を鍛えようが、同じように鍛えぬいた変化系に勝てないのは道理。
そして二対一ならなおさら、すでに天秤は傾いている。


回避し、防御する。
二人相手にクロロが行えるのはその程度だった。
本を出す暇も無いクロロは、ナイフを取り出して距離を取ろうとする。
狙い目は、そこ。


攻勢に出る人間というのはどこか無意識の油断が出来る。
特に、こうした一方的に不利な条件での攻撃であれば、なおさら。
鍛えようが絶対に抜けることのない、これはもう、動物としての本能といえるかもしれない。
防御が微かに疎かになる、闘争本能が守を崩す。

それは、常であれば問題にない程度の、些細なものだ。特にこれほどの使い手であれば。
そんな隙が出来ようが、攻撃されては回避をしなければならないし、その隙を狙って攻撃するなんていうのも難しい。

が、しかし、今の状況は三対一。
この状態で攻撃されるリスクなんていうものは、存在しない。


『大人の時間は毛布の下で(ダンスタイムコール)』を発動する。
ナイフで突きを入れようとするクロロの足を、後ろから影で薙いだ。
辺りの闇は深い。外灯は隠れ、月が雲に潜み、そして外界の明かりはこの公園内には入ってこない。
クロロに致命的な隙を演出させるには、この上ない好条件。
暗ければ暗いほどに、わたしの能力は力と速度を増す。
それは二人に集中していたクロロが全力で回避せざるを得ないものであり、まともに当てれば胴体程度、軽く薙げる。


それを回避したことに拍手を送りたいところであるが、これで詰み。
傾いだ体に影の触手を纏わりつかせて、地に縛り付ける。
今は全てが暗闇。地面は全て、影である。倒れた身体の下には、すでにわたしの影を忍ばせていた。

間接を極めれば力がどれだけあろうと抜け出せないように、影でも要所を抑えれば、抵抗は驚くほど低下する。
そして蓑虫にされたクロロは、特質系。少なくとも、瞬時に抜け出すことはできはしない。
右手を特に入念に砕いて、クロロの動きを全力で封じ込める。
この状況は、つまるところの詰みである。


クロロの動きを止めたのを見て、シルバが特大の念弾を放つ。
右手で本を開かなければクロロは能力を使えない。

そしてすでに粉砕した右手では、どうあがいても能力は使えない。

クロロは最後に、チラリとこちらを一瞥して微笑むと、すぐさま念弾に呑まれた。
影ごとクロロが消し飛ぶのを確認して、『大人の時間は毛布の下で(ダンスタイムコール)』を解除する。

影も形も残っていない。
あるのは隕石が落ちてきたかのような大穴。
そこにばいばいと小さく手を振って二人の方に向き直る。


「いやいや、どーもどーもご苦労様です」
「そっちもな。おかげでこっちは命拾いじゃ。二人なら、ワシが抑えて、道連れ、という形だったろうからの。命拾いしたわ」
「まぁ、これくらいしか能のない能力者だからね。やっぱりゾルディックは格が違うよ」
「フン、ぬしの歳でそれだけできれば十分よ、謙遜するな。お前のおかげでバルディアでは夜に外を歩けなかったというではないか。よもやわしも十の小娘がその話の主役だとは思わなんだよ」
「…………そこまで言われて無いと思うけど。まぁまぁ、依頼を受けたら見境無しだったしね、あの頃は」
「殺し屋の鑑じゃな」
「かもね。幸せそうに呼吸してる人間が嫌いだったもの。今思えば酷い八つ当たりだったよ」


子供のクリスマスプレゼントを買いに来た、マフィアの頭目をナイフで刺した。
組を裏切って、逃げた先で幸せに暮らしていた家族を妻と子供を皆殺しにした。
中々スキを見せないターゲットの息子娘を拉致して、子供の命と引き換えに殺害した。
老後の余生を幸せに過ごす予定だった老夫婦を、財産を狙う息子の依頼で始末した。

ナイフで刺して、影で薙いで、家ごと焼き払って、いくつ幸せを奪ったろうか。
罪悪感は未だにありはしない。彼らは幸せという当たりクジを、守り抜く力が無かっただけのこと。
恨むならわたしではなく依頼人を恨むべきで、自分の儚さを嘆くべきだ。
幸福を感じて生きていたい。誰しもがそう願う。
それがわたしにとっては何不自由なく暮らすことで、何不自由なく暮らすために、手っ取り早くお金が必要だっただけの話。

そして最近は、わたしの幸福が、少女の幸福になっただけのこと。

人の幸福と幸福の境界が触れ合えば、より強い境界を持つ人間が幸福を得るのは道理。
外から来たおはじきに弾き飛ばされないためには、位置を守る重みか周りの犠牲が必要なのだ。
幻影旅団が悪だと、わたしは別に、思わない。
幸福を幸福たらしめるには幸福の輪の中にはいることが必要なのだ。
椅子取りゲーム、一つが入れば、他の幸福が弾かれる。
最初から輪の外にいる人間が幸福を得るには、他の幸福を弾き飛ばす必要があったのだ。

下劣で卑賤なわたしの性根は、誰かを喰らって得るそれに、確かな幸福を感じていたのだ。


「しかし残念な話じゃな。続ければ、もっと高みまでいけるだろうに」
「ふふ、山登りの途中で綺麗なお花を見つけてね。それを育ててみたいなと思ったんだよ」
「……綺麗な花、か」
「そうそう。本当はお花を持って帰りたいんだけど、高所の花が下でも咲くかは分からないからね」

そうしてその過程で手に入れた少女に心を奪われて、いつしか彼女の笑顔がわたしの幸福となったのだ。
高みにある花、そこでわたしは下界を捨てて、果たして生きていけるのだろうか。
何を喰らい、どこで寝るのか、足りない酸素はどこから得るのか。
そこは酷く高い山で、周りに生き物は見当たらない、そんな神域のような土地。

果たして人は、わたしは霞を喰らい生きることが出来るのか。

「ふん、それでさっきの話か。難儀なものよな」
「神域の"かみさま"を愛でるには、やはりわたしも天に昇って仙にならねば」
「さっきの会話じゃな。そのための禊、か」
「そうそう、禊というやつだね」

前の世界の、過去の歴史では、いたそうだ。
仙人は空を飛ぶと、確かに文章の記述で残っているのだ。
鬼は人を殺して喰らって、だいだらぼっちは山に出る。
川や滝には竜や河童が出るし、京の町では百鬼夜行が群を成したそうだ。
聖徳太子の存在と同じくらいの確度できっと、そうしたものもいたのだろう。

しかしわたしは、果たして古人のように、霞を食らう、仙の一人になれるだろうか
山に行けば鬼と出会えるだろうか。だいだらぼっちを見ることは、できるだろうか。
川に行けば竜や河童とふれあい、京に出れば百鬼夜行の音を聞けたのだろうか。

念なんていう"既知"のものではなく、過去が作り出した"幻想"の、そんな一人に果たしてわたしはなれるだろうか。

「…………まぁまぁそれじゃ、本当ご苦労様です。またすぐに他のターゲットの居場所は伝えるよ」
「……うむ、わかった。後の仕留め方は、こちらで自由にやらせてもらうぞ」
「うん。まぁ、おてて繋いで楽できそうなら、こっちから言うと思うから、そのときは宜しくね」
「考慮しておく」

シルバは終始無言のまま、踵を返す。手をひらひらと振りながらゼノが続いた。
やはりあそこまでの域になると、後姿にも隙は無いなと呆れて笑って、反対側に向けて歩き出す。
今日はホテルに帰る前に寄るところがあった。













そこはボディーガードを始めてから馴染みになった店で、基本的にナイフや銃器類はそこで購入している。
看板も何もない、階段を下りた先にある扉。
カメラ付きのインターホンだけが無機質な光を放っている。
完全紹介制で、中々値を張るが、質だけは確かだった。
しかし今回必要な品は、それではない。

インターホンを鳴らして鍵が開くのを待つ。
うぃーんがしゃっ、と間抜けな音を出して扉が開いた。

「二ヶ月ぶりだな嬢ちゃん」
「こんばんは、おじさん」

暑くも無いのにタオルを頭に巻いて、髭を伸ばし放題のナイスミドル。見たことは無いが、きっと頭は禿げていることだろう。
と、それだけいうと酷く聞こえるが、ガタイは良く目つきも鋭い。下手なプロなら返り討ち、という具合には鍛えてあった。


能力は目印のある場所に武器庫を展開する『即席要塞(パンドラ)』という能力で、仮に客がトチ狂ってもこの空間なら瞬殺できるとは店主の弁。
この店主は多くの念持ち剣工銃工とのツテがあり、品物は全て一級品。
そんなものをこんなところで一斉展開されたらそら死ぬなと思いつつ本題に入る。

「目印を一個、作って頂けますか?」
「戦争でもやる気か嬢ちゃん。いいが、支払いは?」
「保証金一千でメンテナンス費用、弾薬費あわせて前金二千、破損があれば保証金から差し引き、という形で」
「相変わらず金払いがいいな。なるべくいいのを入れといてやる。時間は?」
「一週間以内。多分ニ、三日後くらいかなと思ってるけど。まぁ多分、事前通告は出来るから、その時になったら準備をお願いするよ」
「分かった。必要になったら地面に貼り付けろ、ゲートが開く。自動操作はオレがいねぇとできねぇが」
「おっけーおっけー、その心配は不要だよ、この子いるから」

影を伸ばして手に乗せる。
僅かにひんやりとして気持ちが良かった。影の温度は、接地している地面に比例するのだ。
地下で尚且つ打ちっぱなしのコンクリートは冷房で適度に冷やされて、非常に快適である。

「ふん、まぁ精々壊さないでくれよ。金を貰っても、もう一度作ってもらうには時間がかかるからな」
「ふふ、なるだけ気をつけるよ」

店主が手にオーラを集中すると、それが丸い形を取り始め、要、と漢字で書かれたボールが具現化される。
これを地面に叩きつけると魔方陣のようなものが描かれ、武器庫のゲートが現出する。

無論開くのは店主なので、店主が寝てる等意識のない場合であれば開くことが出来ないのであるが、その威力は凄まじい。
念を込められた弾は、下手な強化系では致命傷。
ウヴォーとやらでも、そう豆鉄砲のように無視することは出来ないレベルのもの。
信頼性という点では、ここ以上の場所はない。

「ほれ」
「せんきゅーべりまっち。振込みはもうしてあるから、確認しといて」
「ああ、確認済みだ。五分に一回は口座を見てるからな」
「…………金の亡者って言葉知ってる?」
「おい何バカにしてんだ。別に卑しいわけじゃねぇ、暇なんだ」
「こんだけ分かりにくいところならそらぁね。まぁとりあえず、また連絡するよ」
「ん、了解。気ぃつけな」
「もちろん」

来たときとは違って手動で鍵を開けると外に出る。
戦場構築、それさえ上手くいけば、もしかすれば、未来が開けないこともない。

地図を広げて、場所を考える。
仮に昼間でも、中にさえいれば何とかなるのだ。
人ごみもいいだろう。
広い場所なら尚素晴らしい。


眼が雲から抜け出した、沈み行く月を捉える。
紅く染まった緋色の月。
どこかで猟奇事件が起こると、真っ赤な月が空に浮かぶそうだ。
彼の死に様も中々悲惨だといえば悲惨であるかと少し笑って道を進む。


ホテルの部屋では、お姫様が待っている。
それだけでわたしの心が酷く躍って、知らず歩みが速まった。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 46話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/09/29 17:31
四十六




「死体は残らなかった、わけですか。始末は?」
『問題ない。逃げられない状態で確実に仕留めた』
「……了解しました。次の仕事については、また、あとで」
『了解だ。それまではホテルで待機しておく』
「ええ、お願いします」

電話を切って別の番号を呼び出す。
こちらは常の如く1コールで出る。彼女の携帯は、というよりも彼女は一体どうなっているのだろうか。

「もしもし?」
『今日も素敵な美声だねカグラちゃん。こっちにかかってきたってことは連絡はいったと思うけど―――』
「…………勝手についていったらしいじゃないですか。危ないことを…………いやまぁ、無事ならいいです。死体の入手は出来なかった、というのは聞きました。それよりも確実にしとめたんですか?」
『あはは、ごめんね?うん、そこの辺りは確実に。右手は砕いて"影で呑んだ"あとだから、どうあがいても逃げられないさ。心臓止めても確実じゃないから、消し飛ばす形になっちゃったけど』
「んー、できれば携帯くらいは欲しかったんですけど」
『ふふん、その辺りは抜かりなく。死体は塵も、いや塵位は残ってるけど、携帯は無傷、いやこれもちょっと傷あるけど……とりあえずまぁげっとだよ!褒めて?』
「微妙な言い方しますね…………とりあえず、さすがはすずね!褒めてあげます」
『後でご褒美だからね』

クロロが殺される、そんな状況は現時点では考えもつかないことだろう。
肉声による電話であれば尚よかったが、まぁメールでも十分だろう、それで誘い出せば、あとは詰み将棋。
それに幸いイルミもいるのだ。
やろうと思えば、クロロからの電話を偽装することも出来る。

「まぁ…………結果オーライですかね。もう勝手な真似はしないでください。ただでさえ危険な状況なんですから」
『完全にスルーしたよね今!ご褒美は?』
「え?普通、プラスマイナスゼロで帳消しですよね?」
『…………そんなこというんだ。ふーん、あ、携帯を握る手が震えて』
「さいってーですね」
『カグラちゃんのことを思って、わざわざ死地にとびだしたのに!予定じゃおじいちゃんの方、捨て駒だったんでしょう?』
「…………まぁ、そうですけど」

確かにいないよりはいる方が確実性が僅かながらも上がるのは確か。
ゾルディックの名にかけて、確実に依頼は成功させるだろう、というある種の楽観からこういう選択を取った。
クロロは非常に強大な能力者だ。
三対一にするとして、どんな手を繰り出すか分からない。
本気を出せば、離脱は出来るかもしれない。
そしてそれを防げる能力者というのは、わたしの側には鈴音しかいなかった。

しかし天秤にかけた結果は否だった。
老人一人の命よりも、鈴音の僅かな、ほんの僅かな危険の方がわたしにとっては重いのだ。

『こういうタイミングで"駒"が一人減ったらまずいんじゃないかなぁ、と忠犬リンリンは考えたわけだよ。ああ!なんて賢い子なのかしら!ご褒美が必要だよね!飢えちゃうよ!』
「…………はぁ。もう何もいいませんけど、次は無いですからね。二度とないように」
『流石は優良美少女ブリーダーは違うね、話が分かるよ。それでご褒美』
「はいはいあげますあげます。とりあえず今はどこなんです?」
『ふふん、録音したよ。言質取ったからね』
「…………だから、どこですかって聞いてるんですが」
『ああ、部屋の前』

即座に携帯を切ってドアに投げつけた。
大体こいつは仕事ではなかったのかと憤り、直で喋れよと溜息を吐き、ベッドに突っ伏す。
ドアのロックが開き、にこやかに部屋に入る鈴音の顔が妙に腹立たしい。

「携帯が壊れちゃうよ、行儀がよくないね」
「来てるならそういってください。通話料金の無駄です」
「いやー、やっぱり電話の声といつもの声ってちょっと違うじゃん?ってか通話定額じゃないか」
「気持ちの問題でして」
「まぁお優しくない。それで、これからどうすんの?携帯は取ってこれたけどさ」
「各個呼び出して始末。ツーペアで呼び出した内一人ずつにゾルディックをけしかけて、問題なさそうな方をわたしとカストロさん、クラピカさんとハンゾーさんで四人始末。考えどおりに動けば残りは戦闘要員2非戦闘要員2、そこまでいけば消化試合ですね」
「そういや……ヒソカさんとやらは勘定に入ってるの?」
「入れるわけ無いじゃないですか。団長さんを殺したのがあの人的に不味いかな、と思いますし、近いうちに始末しないと怖いですけどね」
「ふぅん、"ジョーカー"なわけだ」

なんとなく彼女がヒソカの名前を口出すことに違和感を感じて、既にハンター試験に同行しているのだしおかしいこともないかと思い返す。
いやしかし、ヒソカが"幻影旅団の一員だと説明しただろうか?"と考えて、頭を捻る。
とはいえ確かに彼女には、基本的な原作の事柄は彼女に伝えてあるのだ。その過程で言った、かも知れない。
言っていない方が、おかしい、か?
チラリと鈴音を見上げて、いつもと同じような笑みを浮かべる彼女の表情を見る。

「ん?どうしたの?」

何故違和感を感じたのかすら分からない疑問に、何故だか妙に気になった。
何故だろうか、おかしな空気も何もない。彼女は、普通だ。
"少なくとも"わたしの眼には普通に映った。

「そういえば、ヒソカさんが旅団メンバーって話、しましたっけ?」
「…………何いってんのさ?この前したばっかりじゃんか」
「…………そうでしたっけ。物覚え悪くなったみたいです」
「へっへー、病名は恋煩いと言うやつだね。さぁさ、わたしが治療してあげよう。今日のわたしはお医者さんだね」
「どう考えても病気なのは貴方の頭の中ですよ。まだ"遭遇したことは無い"とか言ってましたけど、気をつけてくださいね。貴方に負けず劣らずの変態ですから、狙われたら大変です」
「はいはい、ホッペにトランプ柄のお兄ちゃんだね、耳タコだよ。それじゃあまずは最初は注射しないと」
「…………ド変態。しかもどこの医者が診断前に注射するんです。やっぱり百年くらい病院に入院した方がいいんじゃないですか?」
「それじゃあ骨になっちゃうよ…………。気を取り直してそれじゃあお嬢ちゃん、お洋服脱ぎ脱ぎしましょうか、はいぬぎぬぎー」

頭の悪そうなことをぬかす目の前の少女はをはいつもの鈴音。
楽しそうに服を脱がしてくる顔つきは、エロ親父そのもので、とても隠し事をしている様子でもない。
ただ、このところの彼女の様子が、余計な不安を抱かせただけなのだ、とそう考えて思考を終える。

「…………いやー、ワイシャツだけって、思った以上にえっちだね」
「…………バカ」

そんな彼女の様子を見ていると、深く考える自分が妙にバカらしくなって、溜息をはいた。
とりあえず今考える事は旅団の始末。
それさえ出来れば、後に憂うことなどありはしない。

むしろそんな不安を抱えたままで事に当たれば、上手くいくものもいかなくなる。
間違ったカードを引く余裕など、わたしにはない。















それから寝たまま昼まで過ごし、夜になる。
彼女は今日こそきちんと仕事に行くと外に出て、わたしはわたしでクロロの携帯からメールを送る。
ロックはかけていないのが、強者の余裕というやつだろう。
確かに面倒ではあるが、余裕がありすぎると思わなくもない。
罠かとも思ったが、裏は取った。
それぞれ指定したペアで行動を開始してる以上、罠ではない。

「ターゲットは思惑通りに行動を開始しました。フランクリンはフェイタンと、ボノレノフはコルトピと、それぞれ会場に向かって北と南、三番、四番のルートから向かってます」
『手際がいいな。あとは手筈どおりに』
「はい、それじゃあ、現場で」

これが終われば残り四人。
残りの金でフィンクスを飛ばせば残りは戦闘要員一、非戦闘要員ニ。
あとは要するに釣りと同じ。

怒りに燃えた残党を狩る消化試合。
そしてそこにもっていくために、今日の戦いがあるのだ。

拳を握って息を吐く。
命を賭すことに、慣れることなどありはしない。
慣れるということは、自身の命の価値を単に貶めているだけなのだから。
そんなわたしたちが"命の安い者達"と戦いを成り立たせるには、どうすればいいか。

墓場の泥沼に、自身という人形を降り立たせるのだ。
恐怖を、無機質な糸で手繰り縛って置いてきて、そうしてようやく墓場のようなドブを歩ける
彼らと同じ、死線に立てる。
死線を恐れず、後ろを見ない。
今ある地面と現実だけを眼に映す。

"歩く死体"のようなものたちを墓の下の棺おけの中に眠らせる。
声をささやくこともなければ、不思議なことも起こせはしない。
汚濁に汚れることを無視すれば、それはただの肉体労働。

恐怖は、ズブズブになった沼には重石になる。
そんなものは舞台の外に放り出すのだ。
舞台には、必要外の感情など必要ない。

人形遣いの感情は、ショーの内にあってはならないのだから。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 47話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/10/03 14:08
四十七




「それじゃあ依頼の通り、こちらはわたしが」
「…………契約どおり、俺がこいつが殺し終わるまでは手を出させるな」
「ええ、もちろん」

対峙するのは陰気な覆面男フェイタンとトリガーハッピーのフランクリン。
こちらはシルバ、わたし、カストロ。
向こう、ボノレノフとコルトピの方にはゼノとクラピカ、ハンゾーが向かっていることだろう。
コルトピは具現化のコピー能力に特化した非戦闘要員。二人でかかればそう問題はない。
不明瞭な能力者であるクロロ、ボノレノフと、相性の悪いフランクリンに関してはキャリアの長いゾルディックに任せ、こちらは分かり易い、比較的単純、又は非戦闘要員の能力者だけを狙う。
全員一律で二十を取られるのであれば、厳しいところを落としてもらうにこしたことはない。

「…………ナメられたものね」
「確かになぁ…………だが、既に四人もやられてる、下手すりゃ…………考えたくもねぇが、団長もだ。気を抜くな」
「ありえないね、それに、誰にモノ言うてるか。このガキには前の借りがあるね。きちりこの」
「ああ、そういえば地面にはいつくばってた方ですっけ?印象が薄くて忘れてました」
「…………よくわかたよ。お前は」
「はいはい、ご高説は結構。弱い犬ほどわんわんわん、と吼えちゃうもんです。お姉さんは優しいですから、撫でてあげますよ、どうぞ?」
「…………挑発には乗るな。このガキはこの調子で二年前にも逃げ延びたんだ。また尻尾をまくられちゃあたまんねぇ」
「わかてるよ」

フランクリンが、邪魔だ。
シルバに目配せをすると、頷き、横に歩き出す。
空気を読んだフランクリンがシルバについて動き、こちらの状況はカストロとわたし対フェイタン。
今回のためだけに、新式の人形まで用意したのだ。
しくじるわけにはいかない。

「…………ま、二対一、なわけですけど、あなた"如き"わたしが出るまでもないですしね。カストロさん行きます?」
「んー、弱いものいじめは嫌いなんだがなぁ。これも仕事か、仕方ない」
「たかだか"旅団"の、しかも"非戦闘要員"相手に出張る羽目になるなんて、ショックです。二対一って言われてましたけど、流石にそれじゃあリンチですしね」
「気が進まないな。こんな小さいのが相手だなんて。どうせならあっちのでかぶつの方がよかったが、外れクジだな」
「…………二人とも、そこまでして死にたいか」

これが険を帯びていた表情が尚濃くなって、背筋が少し冷えるが押し殺す。
近くのベンチまでフェイタンに"背を向けて"歩き、横になると、肘を付きながら二人を眺めた。
果たしてわたしの能力はどこまで知られたのか、上手くいくか、行かないかはそれ次第。
カストロは強い。一対一で、そう易々と敗れる相手でもない。
相手のフェイタンも同じ。しかし、最終的には恐らくフェイタンが勝つだろう、とわたしは見ていた。
切り札を出されたら、負け。
一方的、とは確実にいかない。双方手傷を負い、その後にどちらかが果てるだろう―――普通ならば。
しかしそういかないのには訳がある。
実力が近ければ、フェイタンは相手を確実に"差せる能力"を持つのだ。

フェイタンの発は、自身のダメージを熱量に"変化"させること。
発動さえすれば例え格上であっても瞬時に屠ることの出来る能力だ。
発動されることがイコールで死に繋がる。

二対一、これならばどう見てもこちらが優位に立つ。
普通に行けばフェイタンの始末は出来る、が、そう易々といかない理由がここにあった。

そしてだからこそ、策を弄す。
靴に入れられたガムのように陰湿で、不愉快な、そんな罠。

『秘密の花園(ガールシークレット)』はあらゆる自作の人形を取り込み、展開させる能力だ。
"わたしがわたしの手"で作った、"人形"であればありとあらゆるものを放り込める。
それが、使い捨てのものであったとしても、だ。

「それじゃあやろうか。どこからでも、どうぞご自由に」

その言葉に反応し、フェイタンが瞬時にカストロとの距離を詰める。
それを見て、わたしはゆるりと糸を垂らした。
『秘密の花園(ガールシークレット)』はすでに展開済み。
カストロの衣服のどこからでも、好きなときに人形は飛び出させることはできる。
当然初回の激突に使うこともできるが、それでは確実ではない。

確率を七十八十九十と上げていく、そんな地道な作業への下準備。
カストロは戦うためにここに来たわけではない。
いうなれば、囮だ。

カストロは本気で攻撃もするし、本気で避ける。
フェイタンも無視できないくらいには、彼は強力な能力者だ。
そしてそんなつわものと戦うフェイタンが、わざわざ陰を見抜くほどの凝を使ってわたしを見る余裕などありはしない。
念糸はそもそも、構成に必要なオーラ量が小さな代物。それと陰を併用すれば、一対一でもない限り見極める事など出来るわけもない。
全力でこれの隠匿に集中出来るわたしと違い、彼は戦いの合間にそれを行わなければならない。
そんな超絶技能は、ネテロくらいしか持ってはいない。

フェイタンはカストロの間合いに入ると同時に傘を開いた。

瞬時にカストロの背後にまわると、剣による斬撃。
一瞬の意識の空白はあったものの、事前に予行練習はやってきた。
これを何とかかわすと、間合いを取り直して虎吼の形で向き直る。

「いやぁ、小さいだけかと思えば、中々すばしっこい。蝿みたいだね」
「…………言ってるがいいね」

憤怒の表情でカストロを見るフェイタンとは対極的に、カストロは涼やかな顔をしていた。
中々彼にはサディスティックな面もあるのかもしれない。
何だかんだといって、この状況をカストロは楽しんでいる、バトルマニアというのはこんな人種なのだろうと、遠い目で彼らを見ながらそう思った。

強化系といえど、カストロはウヴォーのように肉体に特化しているわけではない。
筋肉の鎧といえど、フェイタンの剣を阻むほどではなく、胴も薙げるし腕も飛ぶ。
それ故に、全ての攻撃を避けるか、今回のために持ってきたこてで防ぐかをしなければならないわけなのであるが、彼の顔には恐怖ではなく愉悦だけが浮かんでいた。
変態だ、と思いながらさらに糸を伸ばす。

わたしはわたしで糸を緩やかに伸ばし、クモの巣状に張り巡らしていた。
度重なる挑発でフェイタンの意識は常ではなくなり、警戒心を磨耗させている。

そんな状態で地面に張り巡らしたわたしの念糸に気付けるわけもない。
念糸を直接的につけるのではなく、自立的に付けに行かせる。

念糸は最小限のオーラで構成されたもの。
どれだけでも伸びるため、抵抗もなく、ひとたび付けばわたしの指示がない限り外れることもない。
ノブナガならばともかく、フェイタン程度の剣術であれば、切断されることもない。

そしてそれ以前に足の裏で踏んだ糸などに彼が気付けるはずもない。
彼はスピード特化の体術使い。
最短の時間で最高の速度にまで加速させ、間合いを詰める。
方向転換の際にはその洗練された足捌きと重心移動でベクトルのみを変更、限りなくスピードを殺さずに、次の行動に移る。
極力最低限の接地を心がけ、摩擦の発生する地面には足を置かない。

それ故に彼は、他の人間以上に地面に対する情報量も少なくなる。
それ故に彼は、二重の意味で糸に気付けない。

フェイタンが再度間合いを詰めて直前でフェイントを掛け、背後に回る。
一つ目の糸を踏む。
そのまま速さを殺さずに剣による斬撃、遠慮の欠片もないそれは、本来であれば確実に深手を負ったことだろう。
カストロは左腕を上げて防御する。
甲高い金属音と思いもよらぬ感触に体制を崩すフェイタン。そこにすかさずカストロが当身を入れる。
フェイタンの顔が一瞬苦痛に歪み、体のバネと、その当身すらを利用して後ろにはねとんだ。

間合いを開けたことに安心したのか、それともこらえきれなくなったのか、えずくように咳をして、次なるカストロの手への反応が一瞬遅れる。
―――飛び虎吼。
眼前に迫るそれを視認したフェイタンは真横に跳躍してギリギリのところで回避するが、左腕がその牙によって軽く抉られ、フェイタンは憤怒に染まったその顔を更に歪めた。
そして同時に、二つ目の糸を踏む。
それを見てカストロは糸の密集地帯を、なるべく自然に移動し、次に彼が踏むだろう場所に持ってきた。
次くれば、仕留めれる。
糸は三つも付けば十分なのだ、それに今回は獅子吼拳の補助もある。

ここで本当は三段の虎吼真拳を使っても良かったのであるが、相手はフェイタン。
恐らくは彼をそれで仕留める事はできないだろう、四肢を獲れても"息"は残る

重症ほど彼という能力者にとって、危険な状況はない。
これは爆破物処理のように繊細な作業なのだ。過酷な状況で一瞬にして処理をしてしまわねば、爆弾はわたしたちを焼き尽くす。
だから、細心の注意を払わねばならない。

壊すのは、理不尽なまでに短い持間で。
爆発させる時間すら与えず、ただ理不尽なまでに、短い時間で、撫でるように繊細に。


「いやぁ、すまないね、篭手をつけているんだ。"君程度"の能力者が、私の強化した篭手を破れる道理はないだろう?」

今度は何も言わずに顔だけを憎悪に歪ませて、睨みつける。
ここまでの一方的に優位な状況は、仕込みと事前情報からのもの。
ここからは対等の戦いになる、この調子で優勢に進むことは出来ないし、今さっきの動きの程度でフェイタン自身、カストロの実力のほどはわかっただろう。
ここからはそこそこ拮抗して戦いを続け、そうして、カストロはいずれ彼の発にて死ぬだろう。

だから、ここまで。フェイタンは、その力を使うまでもなく殺す。


戦いの基本は、どれだけ相手に力を出させず、一方的に蹂躙するか、だ。
策に嵌めて、罠に溺れさせ、身動きの取れない状態で、嬲る、殺す。
そして旅団とわたしたちの戦いは、その大前提の上でしか成り立たないのだ。

フェイタンは、身に纏ったオーラを強大化させると、今まで以上の速度で間合いを詰める。
韋駄天がいれば、このくらいの速度で走るだろう。
それは地に足を着けずに飛んでいるようにも見えた。

しかし、そんなこともありえない。確かに彼は地に足をつけ、わたしの糸を絡ませていた。
クモの巣に、旅団が足を絡ませるというのは、中々滑稽だなんて思いながら、一気に爆発させるようにオーラを送り込む。
絡まった糸は四本。
常の動きを妨げるには十分すぎる。

丁度回り込み、側面から斬りかかろうとしたフェイタンの目の前に、カストロの袖があった。
そこから覗くのは、騎士少女でもガンマンでもない髑髏の死神を模った形の人形。

古来から死の具現として、髑髏の農夫は描かれた。
それからのオマージュであるが、中々出来は素晴らしい。
黒死病を擬人化したのもこれ。毒を撒くこの人形には相応しい。
そう思いながら、カストロの袖に展開した『秘密の花園(ガールシークレット)』から一つの人形を飛び立たせる。

咄嗟に危険を感じたか、回避を命じたフェイタンの脳髄からの指令は、その下僕たる筋肉によって阻まれる。
思ったように体が動かず、それに足をもつれさせる。
そうしたところに、カストロの喉からのオーラを乗せた咆哮。
"体"が強張り、しかし"身体"は意図せず動く。
まるで、死神を抱くように。それにあわせて、死神はしがみつくように彼の衣服に鎌を突き立てた。


『帰らずの災厄人形(ストーミィドール)』という名前をつけた。
塵一つ残さずに、巨大な爆発と、毒の散弾を前方にばら撒く、使い捨ての人形。
掠りでもすれば、特異体質でもない限り、必殺。
爆発は至近で受ければウヴォーのような攻撃、防御特化の能力者を除けば確実に殺せるだろう。

事前に聞いていたカストロは咆哮を放った後にすぐさま後方に離脱。
フェイタンは絡みついた死神を解けずに、憤怒の表情で何事かを吼えた後、死神の腕に抱かれて炎に包まれた。


巨大な炎が空気を焦がし、煙が残る。
普通なら消し飛んだだろう、と息をつくところであるが、わたしだけが彼の状態を把握していた。

フェイタンには数え切れない―――とはいえ散弾の数からし五百は越えないだろうが―――傷があるものの四肢を保った状態であった。
彼は防護服を具現化できる。
それはこの爆発の炎すら、防げるのではあるまいか。散弾は確かに彼を貫いてはいるが、少しの猶予も彼に与えてはならない。かすかに息はあるのだ、毒への耐性もゾルディックほどではないにしろ、あるのかもしれない。
この瀕死の状況での彼の発は、わたし達二人を呑むだけに留まるまい。
そう考えて、三体のガンマン人形を取り出すと、糸の先へ、ありったけの念弾を叩き込む。

ヘビメタバンドのライブのように辺りに響く破砕音。
全力で、執拗に、その部分の地形が変わるほどに叩き込み、四肢が断裂し、頭が砕けた段階でようやく撃つのを止めた。

一息ついて座り込む。
以前に比べ身体が大きくなった分、比例するようにオーラは増えてきた。
とはいえ鈴音のように人並み以上にずば抜けて高いというわけではないわたしのオーラは、こうして使えばあっという間に消費する。

「お疲れ様、かな」
「ええ、死んだかと思いきや、アレでまだ生きてたみたいです。ゴキブリみたいな方でした」
「流石は幻影旅団、か」

そう一息ついていたところで、すぐ近くから巨大な爆音が響いた。
シルバが仕事を終えたらしい。コルトピの始末をクラピカとハンゾーが二人掛かりで失敗するはずもない。
むこうからももう少しすれば連絡が入るだろう、と考えて、さっきのようにベンチに横になる。

「…………疲れたのは私のほうだと思うんだが」
「…………あなたと違って、わたしはそんなに体力ないですから。れでぃーふぁーすとです」
「………………まぁ、そういうことにしておこうか」

残りはノブナガ、フィンクス、パクノダ、マチ。
念糸を斬られそうなノブナガを除けば、あとの三人は一人でも始末はできるだろう。
一対一の状況にここから持っていく、それが一番難しいところであるが。

何はともあれ、頭を潰して半分以上の手足を捥いだ。
クモという群体は、もう死んだ。
あとはただの、念能力者の始末でしかない。

消化試合だ、と息を吐いた。まだ兜は脱げないが、一息つくくらいはいいだろう。
そう思っているとカストロが缶のミルクティーをわたしの前に差し出した。
そこの自販機で買って来たらしい。
彼は彼で、大人ぶってブラックのコーヒーを飲んでいた。そんな苦いものを飲んで何が美味いのかが分からない。

「いるだろ?」
「ええ、ありがとうございます」

そんなことを思いながらも、とりあえず手に取り缶を開ける。
甘ったるい感触を舌で味わいながら喉に通す。それだけで気分が少し楽になる。
さすがカストロ、気が利くなぁ、と思いながら、空を見上げた。
今日も綺麗な月が浮かんでいた。よくよく考えれば、最近は夜にしか活動していない。
不健康だ、鈴音のせいだと心の中で彼女を責めて次の手を考える。

次に狙うとすれば、ノブナガか。
一人おびき出して、始末する。

そのために必要なのは―――

携帯を開くと、アドレス帳のトップにある名前を選んで電話をかけた。

彼に、仕事をしてもらおう。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物)  48話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/10/04 17:59
四十八


「一葉、わたしを殺してくれない?」
なんと無しに、いつものように彼女に呟く。
その言葉を聞いて一葉は眉を顰め、悲しそうな顔をして言葉を返す。

「…………お嬢様。そんなことを仰らないでくださいませ」
「わたし一人じゃ舌を噛み切るのも一苦労だわ。首を切ろうにも刃物はここにないじゃない?あなたが隠したんだし」
「鈴音様は、刃物があれば、死のうとなされるでしょう?」
「ええ、もちろん」

その言葉にまた眉を顰めて、さっき以上に悲しそうな顔をする。
それだけが床に伏せて弄ばれる、わたしの唯一の愉悦であった。
それが、酷いことだとはわかってはいても、わたしの舌は止まらない。
嬲るように、幼き頃から共にあった、使用人の少女を嬲る。

「幸せを感じることの出来ない人生だもの。一瞬で無になれるのであれば、わたしはすぐにでもそうしたいわ。出来ないから、あなたに言ってるんでしょう?」
「…………そんなこと、仰らないでください」
「"仰りたく"もなるわよ。好きでもない男の汚物を咥えさせられて腰を振らされるわたしは、あなたから見ても酷く惨めに思わない?あなただってきっと死にたくなるわ」
「………………」
「動けないわたしをいいように嬲るの。ガラクタをつけられて縛られて、放置されたこともあったわね。あなたの見たでしょ?わたしの滑稽な姿。嗜虐欲が大きいだけの変態のクズ相手に辱められるわたしに、価値なんてあるのかしら?」
「そんなことありません!鈴音様は」

かぶりを振って一葉が叫ぶように言う。
こうしている時だけ、わたしは酷く心が踊った。
わたしは"あの男"にも劣らぬ最低のクズだと思いつつ、このいたいけな少女を嬲るのは、止められなかった。

「そうよね。わたしは黒崎家の"ご令嬢"だもの。子でも成せば、ここの財産も安心して継がせられる。少なくともあなたには酷く価値があるといえるわね。わたしが子を作れば―――あなたは安泰だもの」
「そんな…………こと。どうしてそんなことを仰られるんです。わたしが信用なりませんか?鈴音様が仰られるなら指でも腕でもすぐに落としましょう。だから…………そんなことを仰られるのは止めてくださいまし」

目尻に涙を浮かべる彼女は嗜虐心をそそる。
いとおしくて、だからこそもっと泣き顔が見たかった。
きっと下衆とは、わたしのためにある言葉だろう。

「ふふ、ごめんなさい。信用してるわあなたのこと。近くに寄って?」
「っ…………はい」

嗚咽を堪えながら彼女がベッドの上に乗ってくる。
身体を起こすことも億劫だったが、なんとか気力で彼女にしがみつくと目尻の涙を舐めて呟く。

「あなたは凄くいとおしいわ。だけど、それ以上に酷く憎らしいの。どうして、わたしを殺してくれないんだろう、って」
「そんなこと…………わたしが、鈴音様をお慕いしているからに決まっているじゃありませんか」
「そう思うならば、わたしを殺して。あなたは、こんな惨めなわたしが幸せに見える?」
「見えません…………ですが、生きていれば必ず」
「生きていれば…………ふふ、あはは、あなたがわたしにそれを言うの?わたしの体のことはあなたが一番知ってるでしょう?まさか二十まで生きられるかも分からないわたしにこれから先、幸せが訪れるだなんて、そんなことを真剣に思っているの?」

彼女が震えるのが分かって、そんな彼女の言葉に憎悪を抱いて、しかしそんな彼女はいとおしかった。
綺麗な花を手折ってしまいたい。暗い、暗い欲望は、きっと誰にもあることだろう。

「…………お許しください、そんなつもりで…………」
「言ったんじゃない?ふふ、笑いが止まらないわね。そうそう…………面白いこと教えてあげましょうか?多分あなたもまだ知らないと思うけど、わたしのお腹には今、あいつとの子がいるの」
「………………!?」
「まだ不安定な時期だから、お流れかもしれないけど、もし順調に育てば年内には生まれるかもね。まぁきっと、わたしの身体は耐えられないでしょうけど」
「鈴音、さま…………」
「坊主が憎けりゃ袈裟まで憎いとはよく言ったものよね。子に罪はないと分かっていても、わたしはこの腹の内がおぞましいもの。下衆の子を宿すだなんて、それだけで反吐が出るわ」

抱き寄せた彼女の背中に爪を立てて、しかしそれすら苦痛を与えるほどの力が無いことに気付く。
それだけのことで、ひどく醒めて、彼女を突き放してベッドに倒れこむ。
唖然とした顔で彼女がこちらを見て、その視線が酷く疎ましくなった。
さっきまでの嗜虐心が萎えると、次にやってきたのは倦怠感と、後悔と、自分自身への嫌悪感。
いっその事、彼女が嫌ってくれたなら、どれだけ楽なことだろうか。

「…………それと。多分近いうち、わたしの"管理"が厳重になるから、一葉はお傍付きからはずされるでしょうね…………次会うときは葬式かしら?」

その言葉を聞いて、一葉が両手で顔を覆う。
そんな表情を楽しんで作り出したのは自分であるのに、そんな姿を見ると酷くいやな気分になる。
吐き気がした。
わたしはいつから、こんな風になったのだろうか。

「…………泣くなら部屋に戻りなさい。愚図る子はいらないわ。わたしを殺してもくれないんでしょう?」
「っ…………ひっ…………わか……っりました……」

一葉が涙を拭いながら、一礼をして、部屋を辞去する。
部屋から走って立ち去る音を聞いて、それに不愉快になって、枕もとの花瓶を投げつけようとして、持ち上げられず床に落とす。
下はカーペットで、比較的軽かった花瓶は割れることすらなく下に転がり、中の水が僅かに濡らす程度。
何故そんなことになったのかと、自身の腕を見て納得する。

小枝のように細くて青白い、血管が透けて見える細い腕。
そんな腕を彼女は美しいといっていたことを思い出して、鼻の奥に熱を持つ。
何が美しいものか。こんな何もかもが思い通りにならない体の、どこに美しい部分があるというのか。

そんな事を考えて、泣いて出て行った彼女のことを思い出して、自己嫌悪に陥る。
悲しいわけじゃないのに、涙が出てくる。
自己憐憫で涙が出てくる自分が、わたしのために泣く彼女と比べると酷く浅ましく見えて、酷く嫌になる。
そう思っても涙が溢れて、うつ伏せになって枕を濡らした。

この部屋には窓がなかった。陽に当たると体調を崩すわたしへの配慮だという。
それはウソだとわたしは思った。ここの空気は、ずっと淀んだままで、それがわたしの気力をさらに萎えさせる。
わたしはここから自由に出ることも出来ない。ここは体のいい牢獄なのだ。

死ぬことも許されず、ただ食事を摂って、子を産むまで捕らえ続ける、牢獄。
その中でわたしは唯一責めたてることの許される、一葉に辛くあたり続ける。

酷く自分が惨めで、死んでしまいたいと心底思って、それすら出来ないと彼女に喚く。
こんなわたしは、どうして生かされているのだろうか。
神がいるのならば、どうしてわたしに死を与えてくれないのだろう。

そう思って突っ伏した。
そうして神を心底呪って寝た次の日には、その罰が当たったのか。
次に起きたときには一人で、枕元にわたしの力でも切り易いようとのことだろう、鋭く研がれたナイフと、懺悔の言葉がつらつらと並べられた手紙が置いてあった。


その日、一葉は自らナイフを胸に突き立て命を絶った。現場を最初に見たのはわたしだ。
そうしてわたしも首を切り後を追った。

いつもの夢、死ぬのはわたし。当然そこで夢は終わる。
このごろ頻繁に見る夢だった。













酷い、滑るような汗を手で拭う。
今日この日にこんなものを夢に見るのは、きっと何かの当てつけだろう。
自分の手を見て、夢の中の自分の手とは、比べものにならないほど肉がついていることを確認して、安堵の息を吐く。

変な時間に仮眠をとったせいだろう。酷く、嫌な夢を見た。とはいえ、最近はよく見るのではあるが。
カグラと寝ている部屋とは別の、"仕事場"の方のベッドで眼を覚まして、顔を洗って髪を撫で付ける。
寝汗のせいか、髪の毛がひどいことになっていた。櫛で梳いてドライヤーを当てる。

時間まではまだ少し余裕があった。
何か彼女に書いて残そうかとも思ったが、それを書けるほど余裕があるわけでもない。
タオルで軽く身体を拭いて、着慣れた"仕事着"に着替える。

メールが来たのは昨日の晩。旅団が完全に崩れるまで待つものか、と思っていたが、思ったよりも早かった。
なんにせよ、あの変態だ。そんなやつの思考など、読めるわけもない。

前世でも罪を犯し、こちらでも罪を重ね続けた。
きっとわたしに芯などなく、全てが穢れで出来ているのだとはわかっていても、それでも今日を避けることは、わたしの意地が許さない。
罪を犯したものはすべからく罰を受けるべきだ。
泥沼から家屋に上がるのに、禊を行うのは当然で、だからこそわたしは今日、死地へ向かわなければならない。

ベッドを直し、装備の手入れをして、荷物を纏める。
痕跡すら残さず、部屋を出る。

「これで、さよならだ」

そう誰にでも言うでもなく言葉を吐くと、今までの記憶が蘇ってきて、頭の中をするりと通る。
扉を開けて、外に出て、深呼吸をする。
もう、戻ることもない。

バタンと無機質な音を立てて扉が閉まり、歩き出す。
涙も何も出てこない。
ただ、今日であれば未練なくいけるという確信があって、そんな事実になんとなくほっとした。

振り返らずに、進む。

メールには一言、こう書いてあった

『第三森林公園の広場で深夜二時、君を待つ◆』

















『マジで言ってんのか団長。あいつらが揃って殺られるなんざ』
「…………ああ、本当のことだ。情報戦に長けた能力者がいる。残りの全員で昨日言っていた新しいアジトに向かってもらうが…………ノブナガ。お前は一人、別行動を取ってもらう」
『別行動…………?そいつは一体―――』
「一人、オレが尾行けている。恐らく、そいつが相手側の頭、だ。そいつの始末をお前に頼みたい」
『…………場所は?』
「ミラン地区のビルの廃墟。第三森林公園から北に上がったところだ。一つしかないから、いけば分かる」
『何人だ?』
「今のとこ一人…………だが、油断はするな。そいつ一人に、これだけいいようにされたんだ」
『分かってる。始末をつけ次第、こっちから連絡をする…………クロロ。この役目、オレに与えてくれたことを感謝する。きっちり…………この礼は返してやる』
「…………ああ。頼んだぞ、ノブナガ」

そう言ってイルミが電話を切り、喉をトントンと叩いて声を戻す。
上手くはいったようで一息つく。

あれから少し休憩を挟むとすぐさま次の行動に移った。
団長の不在が長引けば、それだけ団長の生存への不信感が増す。
団長というネタにも、鮮度があるのだ。

「いやー、単純そうでよかったよ。もう少し疑り深いやつだとどうしようかと思ってたけど」
「それはまぁ、そうなるように選びましたからね」

ノブナガは一時間後には屍になる。
オーラの量は十全ではないが、わたし一人で殺るわけではない。
やりようはなんとでもなる。

「報酬は天引きで。ご苦労様です、多分これで、ゾルディックに頼むお仕事は終わりになるかと」
「そうかい?まぁ、結構稼がせてもらったしね、また何かあれば宜しく」

そういってヒラヒラと手を振って背を向ける。
仕事は大詰め、ここで失敗するわけにはいかない。

しかし妙に胸騒ぎがして、なんだか酷く不安な気になる。
鈴音と話そうかと思って、折角整えた気がブレると携帯を下ろす。
帰ってから好きなだけ話せばいい。

そう思って息を吐いた。
泣き言も不安も、吐き出すのは後。今見据えるのは、旅団だけだ。

そう不安を押し殺して、廃墟の窓から空を見上げる。

今日は、空が曇っていて月が見えなかった。

雨が降るかもしれないな、などと考えて、見えない月を不安に思う。

その日は、旅団との直接の対決を始めてから、初めての曇りの日だった。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 49話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/10/05 17:51
四十九





「お待ちしてました、ノブナガさん」
「…………てめぇはあの時の、ガキか」
「ふふ、お久しぶりですね」

ニコニコと笑う金髪のガキは、以前見た記憶がある。
二年前、だったか。美術館を襲撃した、そのすぐ後くらいだったろう。
たかだか十歳程度にコケにされたあの出来事は、しっかりと記憶に焼きついている。

「ちなみに、団長さんは既に死んでますよ、察しの通り。残るは、あなたを除けば後三人、ですかね」
「ってぇことは、やっぱり裏切り者は、ヒソカの野郎か。あいつも用事がある、だなんてほざいてやがったからな」
「…………ヒソカさん、が?まぁ、あなた達の味方でない事は確かでしょうけど、これがまた、わたし達の味方というわけでもないですから。今回の件にはノータッチ。ババ抜きのジョーカーさんですね」

一瞬不審な表情をして、すぐに元の笑顔に戻る。
信用ならないガキであることは確か、だが、これに関しては真実だろうと判断する。
あの野郎はこのガキの言うとおり、背中を任せられる人間じゃない。
手札がなくなってきた時に、残すと不味い厄介なカード。
それが、ヒソカという人間だ。

「…………違いねぇな。とりあえずは、だ。先に聞いておきてぇことがある」
「いいですよ。冥土の土産というやつで、プライベートを除けば何でも尋ねてくださって結構ですよ。元々、そのつもりでしたから」
「…………一つ目、てめぇがオレらを狙う理由、そいつはなんだ?」

いちいち言うことが癇に障るが、無視して続ける。
このガキとの会話は恐らく、全てが全てこんな調子になるだろうことは予想できた。
それに対して腹を立てていても始まらないのだ。

「わたしがクルタ族だから。頼まれたから。今回のあなた達の仕事の過程で友達が死ぬかもしれなかったから。まぁ…………三つくらいですかね?」
「…………二つ目、どうやって団長を殺した?」

クルタ族の生き残り、か。
四五年前、大して記憶にも残っていないが、大仕事だったことは覚えている。

「直接手を下したわけじゃあないですけどね。ゾルディックに頼んだだけですから。高かったですよ、五十億」

あのブランド品は高かった。そんな調子でガキが言う。
個々が猛獣のようなオレ達を、唯一束ねられる、クロロという存在。
それがぞんざいに扱われているという事実に、ここにくるまでに少し冷えた頭が、また沸騰してくる。

「怒らないでくださいよ、"お互い様"じゃないですか。いくらで売ったんです?緋の眼。まぁ妥当にニ三億くらいだと考えて、クルタの死体二十三十体分くらいの価値がクロロさんにはあったと考えれば、"いい値段"じゃないですか。お金目当てで殺したんでしょう、クルタ族も」

表情に出たのだろう、心外だという風にガキがほざいた。
こいつとこれ以上話すのは苦痛だった。今すぐに殺してやりたい。
しかしその前に聞いておかねばならないことがある。

「…………最後の質問だ。ウヴォーを殺ったのは、てめぇか?」

その質問を待っていたとばかりに満面の笑みを浮かべて、こちらを見る。
このガキは、多分、恐らくは復讐者ですらない。
そうであったならば、身内を値段で語れるはずもない。

こいつは、外道だ。

「それも直接はわたしじゃないですけどね。死ぬ場面には立ち会いましたよ、"命惜しさに"小鳥みたいにペラペラ秘密を囀って、いまわの際の言葉は…………なんでしたっけ。途中、命乞いの言葉が縺れたのか、舌を噛んだんですけど、その前がクソが、で舌を繋ぎ合わせた後が下衆が、でしたっけね。なんにしても、汚い声で、ぴーちくぱーちく、いやー、わたし情けない人は腐るほど見ましたけどあそこまでの人は―――」
「…………黙れ。外道が、それ以上アイツを穢すんじゃねぇ」

刀に手をかけて、睨みつける。
ガキは先ほどから余裕の表情を変えていない。
それがいっそう、オレを不愉快にさせる。

「あはは、外道だなんて。あなたたちみたいな"クズ"みたいなのを相手に正々堂々、スタートラインに立ってよーいどん、ってしなきゃ駄目なんですか?寝言も大概にしてくださいよ。それにどうせ、死にそうになったら―――あなたも彼のように囀るんでしょう?」

踏み込む。
こいつが一秒たりとも息をするのが許せない。
しかしただ殺すだけでも、腹の虫は収まらない。
達磨にして、気が狂うまで痛めつけて、そうしてから殺してやる。

しかし、先ほどからの余裕の表情が気にかかる。
まさか、オレが仕留めそこなうとでも思っているのか。

凝を使い辺りを見る。
微かに見える、念糸の輝き。マチのそれを知らなければ見抜けなかっただろう。
これが、その自信の根源か。

抜きざまに払って念糸を断ち切る。
それを見て、驚いたような表情を、ガキが見せた。

「いやぁ、やっぱりこれも斬るんですね」

殺気を感じて、踏み込みを止めて後ろに飛ぶ。
紙一重だったらしい。念弾が左右から目前を通り過ぎ、壁に無数の穴を開ける。
隠していたのか。
廊下を挟むように落ちていた布が盛り上がり、そこから人形の持つ玩具の銃がこちらを狙っていた。

気配は無かった。
あの時、フェイタンの袖からフィンクスの頭に飛んだ人形を思い出して、これもこのガキの能力だろうとあたりをつける。
しかし、タネは割れていても対処法がない。完全に相性の悪い、遠距離攻撃系の能力者。
そしてここは、その間を縫える広さもない、ただの廊下。

「残念。今ので死んでくれれば楽だったんですけど…………案外、冷静なんですね」

唾を吐いて、見据える。
脳みそは逃げろといっている。
心は殺せといっている。

最悪のパターンは何か。
オレがここで死に、クロロの死まで伝えられないまま、残りのやつらも殺されることだ。
フランクリンや、シャルナーク辺りならば、きっとそう言うだろう。

だが、ここで退いて、オレはオレを許せるのか。
仇を前にして、指を咥えて逃げ出す。
そんな無様を見せてしまえば、ノブナガという男の矜持自体が、そこで尽きはしないだろうか。

こいつは、オレをあからさますぎるくらいに挑発している。
そう、執拗だ。
このガキは、恐らくオレをここで仕留めるつもりなのだろう。今のところ、その術中には嵌っている。
相性、こいつ自身の実力。それらを鑑みれば、明らかにオレが不利。十中八九負けるだろう。
すぐ後ろの角を曲がれば階段がある。退こうと思えばいつでも退ける。
仕切りなおせばいい。それからでも遅くはないはずだ。

そう考える脳みそを、心が完全に否定する。

「ここで逃げたら、一分が立たねぇ。そんな生き恥、晒せるものか」
「さすがはノブナガさん。武士道とは死ぬことと見つけたり、というやつですよね。格好いいですけど、頭悪いですよね」
「言ってりゃいい。だが、命に代えても、てめぇはここで、必ず殺す。オレは今から、そのためだけに全力を尽くす」
「ふふ、そうですか。頑張ってくださいね」

止まらずに、最短で距離を詰め、捉えた瞬間に胴を薙ぐ。
つまらない事を考えるな。ただ、こいつを殺す、それだけのことを考えろ。

足を踏み出す。
初速にて最大速度。
それを成す加速力こそが、オレの全てだ。

左右から放たれる念弾をギリギリでかわす。
かわせないものは左腕を犠牲にして防いだ。
骨が砕け、激痛が走るが、無視して距離を詰める。
浮いていた、包丁を持った人形を三つ避け、絡みそうになる糸を斬り、弾丸のような金属塊の突撃を避ける。
後一歩。
そこで方向転換を余儀なくされる。

彼女の袖から出てきたのは髑髏の顔の人形。
このタイミングで出し、最も効果的な威力を誇る武器は何か。

シズクは何を避けきれず、死んだのか。

散弾だ。

光が髑髏の穴から漏れ、反射的に真後ろに飛んだ。
最高速からの即座の反転に、酷く足が痛むが、そんなものを気にする余裕は無かった。
飛んでくるのは無数の鉄球。
あたれば確実に、傷を負う。そしてその末路は、シズクのあの姿。

被弾しそうな玉は十数発。
既にガラクタの左腕を盾にする。ボロボロだった腕に穴がうがたれ、先ほど以上の激痛が走るが、歯を食いしばって堪え、毒がまわる前に付け根から切り落とす。
致命傷はこれで避けれた。
出ていた人形も先ほどの爆発に巻き込まれ、ほとんど切れ端しか残っていない。

今、ガキを守るものは何もない。
今なら、殺せる。

地に足が着くと同時に再び駆けて、

そして咆哮を耳にした。

獅子だろうが虎だろうが、吼えられたところで恐れることなどありはしない。
だというのに、身体は一瞬強張り、動きを止める。
そうしている間に刀を持った右腕が飛んでいき、胴が腰から裂けた。
傾ぐ体と、徐々に迫る人形。

「ふふ、一対一だなんてわたし、いいましたっけ?」

銀色の、金属製の人形が眼前に迫る。
何が起こったのか分からなかったが、ただ、嵌められたことだけは理解できた。















頭は砕け、はらわたが出ており、両手もない。
左手はチーズのように穴ぼこに落ちていて、右手は刀を握ったまま地に落ちていた。

猟奇的な現場を見ながら息を吐く。
これで残るは三人。ここまでくれば、まぁ確実だ。

ノブナガが入ったのを確認して、絶で気配を消したカストロが、後から詰めていた。
わたしは彼の意識をこちらに集中させるべく挑発をして、警戒心を外に行かせず、ここにとどめる事に成功し、今回の結果に終わったわけだ。
逃げたら逃げたでカストロの方から爆発させればよかった。そうであれば、逃げ場もない。
仮にカストロが虎吼真拳を外してこちらに来てもまだ『帰らずの災厄人形(ストーミィドール)』には予備がある。
どちらにしても殺せていたのであるが、なるべく経費は安く抑えたい。
そのための獅子吼拳だった。


「お疲れ様です」
「ああ、お疲れ。しかし、酷い匂いだ」
「確かに。とりあえず今日はここまでですし、続きは明日でいいでしょう。流石に団長ネタはそろそろ不信感が出てきてるでしょうから、もう使いませんし、後三人。しかも戦闘要員は一人で、強化系。完全に消化試合です」

そう消化試合。
しかし、懸念事項はそこではない。
離脱したというヒソカの行く先だ。

団長がいなくなった。
そのことに不信感は抱いても、まだ確証には到っていないはずなのだ。
それにまず、生死を確認に、わたしに電話がかかってこないというのがどうもおかしい。
この時点で抜けるというのは、少し早すぎる。

イルミは仕事に関しては口が堅い。
彼からもれることも無いだろう。
何らかの方法で知ることが出来た?
それもない、彼の位置は鈴音が把握している。
そんなヘマを彼女はしない。

いや、考えすぎではないだろうか。
彼はただ単に、本当の用事で出かけたのではないだろうか。

確認しようと鈴音に電話をかける。

―――現在、使われていないか、電波が入っておりません。

仕事中、だろうか。
確かに仕事中に携帯を切るのは確かにマナーであるのだが、彼女はわたしが電話をかけたときに、取れなかったことは一度もない。





妙だ、と、そう思ったところで、頭の中で何かが破れる音がした。
それはまるで、羊皮紙が破れるような、そんな音。
頭の中が妙にすっきりとして、鈴音との会話を思い出した。。


『…………もしかして、誰かと一緒にいたりいました?』
『いいや?一人だよ。なんでそんなこと聞くの?』
人影を二人見た気がしていた。
彼女は一人だったと答えたので、わたしは疑問を抱かず自分の記憶違いということにしたのだ。


『盗撮カメラの念はどうしたんですか?アレがあればすぐに見つけられたでしょうに』
『買い物の日だっけな、カグラちゃんが帰った後すぐに壊れちゃってね』
買い物の日、その日に近くの美術館を襲ったらしい。
ヒソカもそこにいて、その丁度次の日に、"偶然"ヒソカと会った。


『その人じゃなくヒソカって人です。見るからに変態そうで眼の下にハートとか水玉とか描いてる人。見たことないです?』
『…………んー、無いね。そんな特徴的な人なら一度見たら忘れないと思うけど』
そのときの彼女はどんな顔をしていただろうか。
違和感は無かったか。


『そういや……ヒソカさんとやらは勘定に入ってるの?』
『入れるわけ無いじゃないですか。団長さんを殺したのがあの人的に不味いかな、と思いますし、近いうちに始末しないと怖いですけどね』
『ふぅん、"ジョーカー"なわけだ』
彼女は何故、唐突に、しかも今になって彼の話をしたのだろうか。
彼女が、他人の話を自分から切り出すことはそう無いのだ。
たまたまなのか、それとも、理由があったのか。


何故、もう少し人影について問い詰めなかったのか。
何故、スニークラヴァーズが壊れたのか、その理由を聞かなかったのか。
そもそもが、あれだけわたしの過去を調べあげた彼女が、ヒソカのことを一切知らないなんていう疑問に気が付かなかったのか。
知らないわけが無い。あのホテルは、ヒソカの名義。
身分証もその他諸々も、ヒソカの金とコネがあったからできたもの。

わたしの幼少期の一切はヒソカに頼りっぱなしだったのだ。
それを、彼女が知らないなんていうのはありえない。


音はどこから聞こえたのだろう。
何故聞こえたのだろう。
羊皮紙の破ける音、心当たりは一つしかない。
そうしてそれを破くような状況は、どんな状況であるのだろうか。

ヒソカはいない。
鈴音もいない。


「カグラ、どうした?」
「行くところが出来ました。先に帰っていてください」
「カグラ!?」

壁に念弾で穴を開けると、すぐさま飛び降りる。
時間があるようには思えなかった。
なんとなく、の方向くらいでしか分からない。
しかしそれでもわたしは見つけ出さなければならなかった。


ジョーカーはもしかすると、二枚あったのかもしれない。
そんな勝負に勝敗は無く、両者手札をなくして終わるのだ。

あらゆる手札を墓場において。


月は見えていない。
暗い雲が天を覆う。

今日は、ヨークシンに来てから初めての、月が見えない晩だった。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 50話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/27 17:13
五十







『今日は帰ってよ。少なくとも"今は"、わたしの"モノ"なんだから』

ついたのはほぼ同時。
ある程度の位置は、繋がりだけで把握していた。
ただ、空間を移動したような、そんな妙な動きを取った彼女の様子に不安になって、すぐさま屋敷を出てきたのだ。

『…………んー◆仕方ない、ちょっとムラムラしてたのに、残念だ◆』

本当に残念そうに言う。
彼女を狙っているというだけで、いけ好かない。
彼女は少なくとも今、髪一本、血の一滴に到るまで、わたしのモノだ。
すぐ様に殺してやりたくて、しかし返り討ちにあうのは自分だと、理解していた。
だから、言葉で逃げるしかない。

『十分この子は甘いけど、まだまだ全然熟してないよ。食べごろになったら捥ぎに来たら?勿論、木には登ってもらうけど』
『確かにそうだね、それまでキミに預けておこう◆落っことしたら、ただじゃおかないけど◆』
『当たり前じゃない。わたしの大事な大事な果実だもの。雨が降ろうが嵐が来ようが人が来ようが、誰にだって―――――採らせやしないさ』

眠るカグラの傍らで、牽制しあうように言葉を交わす。
いとおしい少女との間を引き裂く悪い蛇。
せっかく仕事をほっぽって来たというのに、こんな無駄な時間を食うなんて、憂鬱どころの騒ぎじゃない。

『クク、そうかい◆それじゃあ、またいつか、捥ぎに来るよ◆』
『採らせなんか、しないけどね』

その言葉に、いやらしい笑い声を上げて去っていく。
いの中がムカムカするが、それよりもまずカグラちゃんだ。
彼女はあちこちに埃を被っていて、酷い汗をかいていた。
ハンカチでそれを軽く拭うと、お姫様抱っこで持ち上げる。

疲れたような顔して眠っているのに、この世のものとは思えないほど愛らしい。
額に口付けをして耳元で囁く。

『鈴音が、わたしに嘘をつくはずがない』

これくらいで十分だろう。
彼女は何も知らないままの方が、きっと幸せだ。

きっと、それが幸せだ。











今日は曇りだった。
月は陰り、空を濃紺の雲が覆う。
外灯が明るいのが、不満点といえば不満点か。

「やぁ◆」
「女の子を夜中に呼び出すだなんて、酷い話だよほんと」
「君、夜の方が好きだろ?」

道化師の服装をした男が哂う。
この男はきっと、自分が死ぬなんてこと、想定すらしていないのだろう。
わたしとは、大違いだ。

「そうだけど………………思えば、中々の付き合いだね。あの子と会ってすぐくらいだっけかな」
「あの子はボクの玩具だからね◆悪い虫がついたみたいだったから寄ったついでに見に行ったんだけど、そこで新しい玩具を見つけるなんて思わなかったよ◆」

買い物の帰り。
不穏な気配を感じていたわたしは、それとなく彼女の足元から後ろを見た。
そこに立っていたのが、この男。
ニヤついた顔と、壊れた目玉。
あのときのことは良く覚えている。

「呼び出した、ということは、そろそろ果実が熟したと、そう判断したのかな?」
「クク、そういうわけでもないんだけどね◆別の玩具が壊されちゃったからついムラムラと来ちゃって、そろそろ、味見をしても悪くないかな、というところさ◆キミ、殺した方がもっと熟しそうだろう?」
「あはは、確かにそうかもね。わたし"なんか"のために、クモを潰しにかかるくらいだもの。それはまぁ、自慢じゃないけど、いや自慢になるけど事実だよ」

その結果、甘くなるのか、腐るのか。
それは分からないが、熟すことには変わりはない。

「わたしは、カグラちゃんを、このうえなく愛しているんだ」

わたしは彼女を愛している。
それだけのことで力が漲るようで、胸の奥が燃え上がる。

「クク…………ボクもだよ◆」
「違うね。君のそれはただの欲情というやつなんだよヒソカ君。ヤったら治まる、そんなただの獣欲の発露というやつだ。わたしはそんな君から"お姫様"を守るナイトという役かな」

"お姫様"の名前の書かれた羊皮紙を取り出して、真っ二つに裂いて、放る。
使用されていた分のオーラが戻り、力を増す。
わたしのオーラが力を増して、同時に、わたしの存在は無価値となる。

「それが、首輪だったわけか◆なるほどなるほど、待ってみた価値はあったようだ◆」

立ち上がって、続ける。
顔には余裕がある。
オーラには愉悦がある。
わたしなどとは違う、強者の風格がそこにある。

「―――――メインディッシュを汚されては、困るしね◆」
「ふふ、そうしようかとも思ったけど。わたしは未練がましいからね。死んでなお、きっとあの子に縋ってしまう。彼女という宝石を、ネックレスにするただの紐、わたしの価値はそんなものだから」

綾取りくらいにしか使えないわたしが、至高の宝石である彼女を首に飾らせるための紐になる。
そんな、些細な夢だった。わたしの価値に、それだけでこの上ない高級感が付与されたような気がした。
だからこそ、紐から外れた自分は、等しく無価値な無機物へと変わる。

ゴミ箱に宝石を入れるバカなんていない。
だけど、その紐ならば、惜しくはない。

「そして、だからこそわたしは、臆すことなく命を捨てれる。これで間違ってもわたしごと彼女が宝石に入れられることなんてありはしないんだもの」

オーラを繰って、纏わりつかせる。
調子は上々、悪くはない。

「ゴミ箱に入る代物が、墓の下の死体が、死を恐れる道理なんてないからね。安心して君のような劇物を、焼却炉に引き摺りこめる訳だ」
「そうかな?」
「"そう"さ。これから、わたしの全身全霊を持って、君を殺す。文字通り、二度と手も足も出せないように」
「クク…………そういうセリフはやって見せてからいうことだね◆ボクはどっちにしても、"オードブル"から"メインディッシュ"と、コース料理を食べるんだから◆」

きっと敵わない。叶わない。
サイコロはいつだって、六分の一。
百度同じ目が出ることなんてありはしない。
だけど、続けて十回くらいの、そんな奇跡はあってもいいとは思うのだ。

世界の数十億よりも、たった一人の彼女がいとおしい。
そう思うことは罪なのか。下劣な非道のわたしには、すでにクジを引く資格すらもないのか。
わたしが死んでも構わない、ただ、最後に数十億人の幸福全てを、彼女に与えたかった。

たっぷりと、爛れるくらいに彼女との幸福は堪能した。
二年間、それだけで十分すぎた。わたしの今までの幸福はをはるかに上回る幸福は、きっと一生分を濃縮したものだったのだろう。
わたしは、もういい。
今死んでもきっと、幸せなまま死ねる。

だけど、彼女は違う。
性根の腐ったわたしと違って、彼女は世界中の誰よりも、幸福な世界に生きるべき人間なのだ。
幸福の輪の中の、真ん中の真ん中、そこにきっと彼女の居場所があるはずなのだ。
顔は天使のように美しい。まつげは長いし、眉の形も整える必要がなさそうなくらい。
造詣も彫刻なんてレベルじゃ表せれない。わたしの中の天使のイデアが、そのまま出てきたような感じ。
髪は綺麗で、ちょっとくせっ毛だけどさらさらしてる金髪で、幻想的なくらいに美しいのだ。
足も長いし、肌も綺麗。もちもちしてるし、ぷりぷりしてる。
うなじのところにちょっとほくろがあるのも可愛い。
性格はちょっと難があるけど本当は純粋で照れ屋。人をよく突き放すけど、本当は寂しがり。
誰にでもですます調だから、冷徹そうに見えるけど、本当はよく泣く子で、感情が豊かなのだ。
気付いていないと思ってるのかはしらないけど、すまし顔でもすぐに紅潮するし、足の小指を箪笥の角にぶつけたときもキョロキョロと辺りを見てから痛がるのだ。
そのいじっぱりな動作がものすごい可愛くて、すぐさま手足を縛ってベッドに縛り付けたいくらい。

魅力というものを世界中からかき集めたかのような、そんな美少女なのだ。
そんな少女が幸せに暮らせない世界になんか、なんの価値があるというのだ。


奇跡を起こすためならば、世界中の人を殺しつくしてもいい。
そう思うくらいに、わたしは彼女を、愛している。


「わたしは、カグラちゃんを愛しているの」
「さっきも聞いたね◆」
「…………だからあなたを、ここで殺すよ」
「いいね◆ゾクゾクしてきちゃうよ…………本当に、いいね、キミ◆」

舌なめずりをして、オーラを練り上げるヒソカを見ても、心に波紋すら立たない。
自身の価値をなくしてしまえば、死すらも恐ろしくはない。
元々"死にながら生きていたような人間"だ。
これ以上、恐れることなど何もない。


小声で神の名を呼び、仏の名を呼び、悪魔を呼んで、愛しい少女の名を呼ぶ。
それだけで、不思議と力が涌いてきた。
最後だけでよかっただろうかと思って、まぁいいかと首を振った。

「やろうか。サシで、殺されても文句はなし。ただ、わたしは恨むけどね」
「………………それは怖い◆」

体と世界を影で溶かす。
三秒後には暗闇に変わるこの世界。
そうなれば、同時にここはわたしの胃袋となる。

光を一切通さない、影を立体化したような黒い布を高く放り投げて、幕開けの言葉を呟く。
これが、最後のわたしの舞台。
気分は、いつも以上に清清しかった。

―――れっつしょーたいむ。

ささやいたと、ほぼ同時。
そうして世界が、わたしの色に染まる。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 51話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/10/08 21:59



51





バンジーガム、だったろうか。
ゴムとガム、二つの性質を持つ能力。
彼女の念糸もそれに影響を受けたものだったと言っていた。
すぐにつけ剥がせるそれは、シンプルで尚且つオーラの使用量もそれほど高くなく、そしてそれ故に強い。
普通の能力者にはなすすべが無いだろう。

しかし、例外もある。
オーラは吸い上げるわたしの能力とは相性は酷く悪い。

真っ暗になった公園は、全てがわたしのテリトリーだ。
ここでは一定以上の力を持つ能力以外は封殺できる。
付けられたそれを、既に三度『足元注意の舞踏会(パーティータイム)』によって外していた。

「なるほどなるほど◆キミの能力とボクの能力は、酷く相性が悪いみたいだね◆」
「そのまま世を儚んで死んでくれたら嬉しいんだけど」
「クク、逆さ◆これはこれで、酷く面白い◆」

影が繋がっているからといって、『足元注意の舞踏会(パーティータイム)』は即座に遠距離発動できるわけではない。
まずオーラを送り込み、影を掌握してから能力を発動させなければならない。
当然ラグはあるから、相手が自分と繋がっている影の上に乗っているからといって、一方的な戦いになるわけでもない。
よく眼を"凝"らせば予見できないこともないし、射程は5m。
彼ほどの実力者であれば、回避は容易い。
捉えるにはまず、近づく必要があった。

「いやぁ、本当、変態だね」

しかし、確実に近接戦闘での戦いは彼の方に分がある。
体術、体格、系統、オーラ総量。
そのどれを取っても、ギリギリ拮抗は出来たとしても勝っているところはない。

切り札を使うのは、できるだけオーラを減らした後の方が望ましい。
弾を使いきっても殺し切れなければ意味も無い。

距離は二十メートル。
影にナイフを投擲させると、影に潜って背後に迫り、触手を伸ばしてヒソカを掴もうとするが、空振り。
飛んできたナイフを手で掴むと、息をつく。

簡単な挟撃程度では話にならない。
影によるナイフ投擲は、拳銃弾の速度に近いが、二十メートルという距離があればこの男は軽々と避ける。
それほど時間も無いこの状況で、どう仕留めようかと思考をめぐらせる。

今日は月が曇っている。
しかし、完全な曇りというわけでもない。
数分後には再度、月が雲の隙間から顔を覗かせ、辺りを照らすことだろう。
そうなれば、五分の戦況は不利に傾く。

挟撃が駄目ならば、四方を囲む。
それで駄目なら、八方を。

今の手札では、それだけしか思いつきもしない。

そもそもが、わたしは強化主体相手は苦手なのだ。
身に纏うオーラ総量が高ければ高いほど、オーラ略奪の効果は下がる。
オーラが多ければそれだけ吸収量が多くなる、なんていうことは無い。
あくまで一定量なのだ。




自身のオーラを拡散させると、ヒソカを取り囲むように、包囲網を形成していく。
使用されたオーラは全体の半分。
それだけのオーラを使わねば、この男を捉えられまい。

両手の指の間に八本のナイフを持って、ばら撒くように投擲。
すぐさま八つの影に行き渡ると、その影同士がキャッチボールでもする様に、ヒソカを囲んでナイフを投擲しあう。
それはさながら刃の檻。
あたれば致命傷の毒を盛ったナイフを曲芸染みた動きでヒソカは避けるが、しかしその檻から抜け出せるほどの余裕はそこには無い。
だというのに、笑みを浮かべる顔が不愉快だ。

ヒソカの足元に移動すると、足を掴んで引き摺り倒す。
すぐさま、クロロにしたように影でぐるぐる巻きにして、固定し、オーラを奪う。

クロロは特質系であった。
オーラ総量も高く、肉体も鍛えている。
しかし、本質はあくまで強化ではなく特質。
彼のオーラは、自らの身体を保護するのには向かない。
それ故に、彼はこれで封殺できた。

しかし、この男はそう易々とはいきはしない。
オーラを奪いながら骨を砕こうとする影から、その超人的な膂力とオーラ放出を持って、抵抗する。

『足元注意の舞踏会(パーティータイム)』の影はオーラを吸って力を増すが、捕らえた直後の力は弱い。
一定の時間さえ拘束できればそれは不可避の枷となるが、捕らえる時間が短ければ、それだけこの拘束からは、容易く逃れることが出来る。
強化変化放出の三つは、特に瞬間的なオーラ放出にも向いている系統で、それ故にこの能力は、今回の必殺の手とはなり得ない。
わたしが純粋な、身体強化能力者を嫌う理由だった。


十メートルほど距離を離して、ポケットから、要という文字の書かれたボールを取り出し叩きつける。
使うには、店主の承認が必要だ。即座に、というわけにもいかない。
予想通り数秒のラグの後にゲートが展開され、次々にマシンガンからロケットランチャー、グレネードからアサルトライフルといった、近代兵器を山のように放出していく。
その全てが、念能力者に組み立てられた、一級品。
一般人が使う、ただの鉄とは格が違う。

影を銃器の数だけ起動させる。
必要最低限、銃の固定し、引き金を引ける程度の力しか込めていないため、一つ一つのオーラ消費は易いものだが、数は合計三十四。
それだけ作れば、流石にオーラも枯渇する。

わたし自身も固定銃座に乗り、ガトリング砲の凶悪なその銃口を影と格闘するヒソカに向けた。

これで殺せなければ、わたしの負けだ。
これだけやって殺せない相手を、わたしの手持ちで殺しきることは不可能。
この『即席要塞(パンドラ)』自体が切り札中の切り札であるし、これ以上の攻撃力を持つ兵装を、わたしは取り寄せることが出来なければ、使うこともできない。

「…………できれば、これで死んで欲しいけど」

まずはロケットランチャーとグレネードを叩き込み、続けてその他機関銃の類を発射する。
最初のそれだけで、地形が変わるくらいの爆発があったが、すぐさま次の弾薬を装填して、打ち込む。
流石にこれだけの銃を一斉射すると、マズルフラッシュで周囲の明るさが増して、オーラがブレて、疲労が増すが、弾を撃ちつくすまではやめる訳にもいかない。
流し込むように弾を飛ばして、撃ち続ける。
目がその洪水のような光景にぼんやりとしてくるが、まさか眼を瞑って撃つ訳にもいかない。

今の時点で、跡形も無いのが普通。生きていたとしてもボロ雑巾になっている。
しかし、だからといって油断は出来ない。
あの男の、底は知れない。

光は正確に彼のいた場所を狙って、濁流のように、流れていく。
箱の弾を撃ちつくして、新たな箱を取り出し装填し、それを続けること三回。
それでようやく保有していた弾薬を使い果たし、指を鳴らしてゲートにしまうと、息を吐いた。
暗い中で、煙が昇っていれば、向こう側など見えやしない。

殺しきった気がしない。
それが、正直な感想だった。





砂を擦る音がした。

現実は、非常だ。
サイコロを百度振っても、百度続けて同じ目が出なければ、わたしはその全ては穢れで出来ている。
クク、と独特な笑い声が聞こえ、確かなオーラを煙の内に感じて、体中が弛緩する。

手は尽くした。
しかし殺しきれなかった。
だから、ここからは、良くも悪くも悪あがきだ。

「いやぁ、死ぬかと思ったよ◆」

煙の中から、無傷とは言えないが、確かに原形を保ったままの"ピエロ男"がゆらりと出てくる。
その周りに纏うのは、粘着質で、それでいてゴムのようなオーラ。
バンジーガムとやらの性質を、少し物理的ものに変更すれば、全身をくまなく覆う防護服となる。
元々が強靭的なその肉体を、さらに一歩高みに昇華させることは、十二分に可能だろう。

練はわたしのそれよりも遥かに高い域にある。
骨の髄まで戦闘狂の彼と対せば、わたしはただの、"職業殺し屋"で、しかもそれにはエクスが付く。
はなから、生まれ持った性質が違うのだ。
職業が殺し屋、なんてものは、後から付いた、メッキに過ぎない。

「本当、死んでくれればよかったのにね」

軽口を叩いて、見据える。
オーラはそれほど残っていない。
それに伴う疲労も中々、さらには――――

「だから最初に言っただろう?ボクは、"コース料理"を食べるんだ◆」

―――ぼんやりと綺麗な月が、雲の隙間から無表情にその顔を覗かせていた。




















そこに着くまでに、そう時間はかかっていなかったように思える。
馬鹿でかい轟音と銃声が、わたしをその場に導いてくれたのだ。
音を頼ってそこについて、見たものは倒れた女と、それを見下ろす、特徴的な姿の男。

鈴音が地に倒れ付し、ヒソカがそれを、つまらなそうに見下ろしていた。

九月の風はやけに冷たく、月は無慈悲にそれらを照らす。

「思ったよりも早かったね◆」
「それはまぁ、急いできましたから」

足が重かった。
ゆったりとそれに近づいて、二人に近づく。
もしかすると、それは二人ではなく一人なのかもしれない。
死ねば、それはただの躯だ。

それを愉快そうにヒソカが、しかし動かずにじっと見ていた。
死んでいるか、生きているか。
それはたいした問題ではなかったように思う。
どちらにしても、それはわたしにとって、死であるのだ。

鈴音に意識は無かった。
しかし微弱にではあるが呼吸をしていて、生きていることをわたしに伝える。
近づいてみれば、地面には血だまりが出来ていているのが眼に映る。
その広がり方はどうやら腹部の辺りに大きな傷が出来たためであるらしい。

心は冷え切っていて、視界から映る情報は、酷く無機質だった。
映るのは、全て、モノだ。

「割と面白かったよ、これ◆」
「それはまぁ、面白くなくては。わたしは彼女に捕まったんですから」

糸を伸ばして、彼女の身体を探る。
放っておけばきっと、一人から一つに変わるだろうことは、容易に理解できた。
だから、惰性で止血をし、溢れ出る血を止める。

「しかし、予想が外れたよ◆きっと烈火のごとく怒るだろうと思ったのに◆」
「それは、残念ですね。わたしが怒って取り乱して、まさかあなたに殴りかかるなんて、そんなことはまぁ、無いですよ」

指一つでは足りず、二つでも足りず、知らず知らずのうちに十の指を全て使って止血に入る。
血管と血管の口を合わせて、出来る限りもとの状態に戻していく。
まぁ、そう厳しい状況でもない。始末する手前だったのだろう。
怪我は重傷だが、即死するほどのものではない。
しかし溢れた血は相当な量で、助かる見込みは半々。
わたしは、医療行為が得意なわけではない。

わたしの首の横からヒソカがトランプを通して、鈴音の首に押し当てる。
僅かに血が滲み、首筋を降りて、地に落ちる。

「どうしたんです?」
「いやぁ、ここでこの子を殺したら、どうなるかなあと思ったんだ◆」
「別に、何も変わりませんよ。まぁ、大して面白くはならないだろうことは、確実ですね」
「本当に?」

トランプを押し付ける力を強めて、まるでバターでも斬るように、鈴音の肌を裂いていく。
五、四、三、二、一。
動脈を切る寸前で、ヒソカがそのトランプを止めて、腕を戻した。

「本当のようだ◆」
「でしょう?」

無感動にその光景を見つめて、傷の修復に取り掛かる。
オーラは別に、全て使いきっても構わない。
そう考えて、無言で身体を治していると、ヒソカもまた、無言なことに気が付いた。
首だけを動かして、ヒソカを見上げる。
いつもと同じ表情は、そこにはない。わたしにそんな目つきを向けたのは初めてだった。

まるで価値の無い、ゴミを見るような、そんな目で、わたしを見ている。

「それにしても、本当に無駄骨を折ってしまった◆折角のピラミッドが、完成途中で崩れてしまうなんて◆」
「ふふ、残念ですね…………この子が死ねばわたしも死にます。あなたに歯向かっても、結局この子が死ぬのなら、意味が無いじゃないですか。わたしはもはや、一人で生きようなどとも思いません」
「んー、どこでやり方を間違えたのかな、ボクは?後学のために教えておいてくれよ◆」


新たに生まれ変わって、死ぬのが怖いと思った。
だから平気で肉親を捨てて、クルタの集落から逃げ出したのだ。
死が怖いのではなく、痛いのがいやだった、なんていう子供染みた理由だったのかもしれないし、今となって思えばやり直したかったからかもしれない。
その正確な理由は今でも分からないが、とりあえず、わたしは逃げ延びて、そうしてそのうち彼女に出会った。

彼女は世間知らずの変態で、ストーカーの挙句わたしを拉致して監禁した。
頭がおかしい、病院にいけ、もしくは死ね変態、などと散々吼えた気もしたが、本当のところ、気分を害したわけでもない。
拉致されて、むりやり念で縛られ、閉じ込められて、しかしそれほど不愉快なわけでもなかった。
ストックホルム症候群だといえばそうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
わたしはわたしで、同年代の少女と話すことはそう無かったし、基本的に向けられるのは理不尽な憎悪だった。
歪でも、彼女の一見どころではなく完全に狂った愛情や好意にすら、居心地のよさを感じていたのかもしれない。

これが猟奇的な真性のサドで、指一本から徐々に切り落として、達磨にされて、なんていうのであれば、まぁ違っただろう。
が、少なくとも彼女はわたしの何を気に入ったのか、危害を加えるわけでもなく、無償の愛をわたしに与えた。
いや、何を気に入ったのかなんて、そんなものは分かりきっているか。
見てくれのよさくらいだろう。

そう考えると、酷く不純な動機だなと、思って笑う。
まぁなんにせよ、わたしと彼女の利害は、何だかんだで一致して、そのうちにわたしはわたしで彼女を愛するようになったのだ。
徐々に、染み渡るように、水が染み込んで、花が咲く。
酷く文学的な表現だ。
彼女は、友達で、恋人で、家族。
そう考えると、わたしも彼女のことをいえたものじゃない。
わたしもわたしで、きっと変態の一人だったのだろう。

まぁ、そんなことは、どうでもいい。もう、終わる話だ。
それから時が経ち、彼女が今にも死にそうな位置にいることを知って、酷く危ない綱渡りをして渡りきり寸前に、目標としていた向こう岸が崩落して、そうして今、谷底に落ちる途中。
底は真っ暗で、光すら届かない。

歯向かえば、彼女が死ぬ。
歯向かわなければ、わたしが死ぬ。
どちらを選んでも、二人の命が助かるわけではないのであれば、慌てふためく必要も無かった。
わたし一人が生き残っても、そこに彼女がいなければ、意味が無い。
ならば、ここで死ぬのも、悪くは無い。


全てが無機質に見えた。
鈴音は、生きているが死んでいる。
わたしもまた、生きながらに死んでいた。
もはや、しがみつく岸も無い。
この世界はわたしにとって、既に死んでいるも同然だった。


「そうですね、鈴音を狙ったのは失敗だったんじゃないですかね。最初から、わたし一人を狙ってこれば、あなたもきっと楽しめたでしょう。そうならば、きっとわたしは全身全霊を持って抵抗したでしょうから」
「やっぱり、そう?ああ、なんて勿体無いことをしてしまったんだろう◆わざわざ楽しみにしていた玩具まで、黙って壊させたっていうのに…………◆」
「本当、残念ですね。で、どうするんです?殺すならどうぞ、それはまぁ、このまま放っておいて頂ければ、それほど素晴らしいこともないんですけど」
「そうだね…………このまま残しておくのも癪だし、死んでもらうよ◆殺す手前でキミが来ちゃって、実はムラムラしてたんだ◆」
「そうですか」

なるべく痛くなければいいなと、そんなことを考えていた。
抗うつもりも無いのだから、なるべく一瞬で終わらして欲しいものだ。
そこそこ長い付き合いでもあるし、その程度のことはしてくれてもいいように思う。


月は無表情に辺りを照らしている。
鈴音の顔は、青白い。
わたしもまた、酷くオーラを消耗していて、きっと今にも死にそうな顔をしていることだろう。



月は無表情に辺りを照らしている。
木々は揺れることなく、鳥は鳴くことも無い。
ここでは全てが死んでいるようで、まるで墓場だと溜息を吐いた。


月は無表情に辺りを照らしている。
どん、という何かを貫く音と、血しぶきが辺りに舞い散った。
ほとんど眼を閉じかけていたわたしの眼にそれが入って辺りの景色を紅く染める。
痛みは感じなかった。ふらりと後ろに倒れこんで、空を見上げる。



月は無表情に、真っ赤な世界を照らしていた。
そうしてわたしは、眼を閉じる。
周囲の木々は揺れることなく、鳥は鳴くことも無い。


瞼の裏の真っ暗な世界。
そんな何も無い暗闇の中で、わたしと彼女の呼吸の音だけが、やけに耳に残った。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 52話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/04 21:51

五十二






柔らかなベッドで目覚めて、辺りを見渡した。
景色はぼんやりとしてはいたが、それでもその周りの簡素さと白さから、病室だということを理解する。
生きていたのか、と少し驚いて、自分の身体を見渡す。
特に痛むところが無ければ、不自由な場所も無い。
ただ、長く寝ていた時特有の関節痛と、胡乱な頭だけが、結構な眠っていただろうことをわたしに告げる。
身体をなるべくそっと起こすと、瞼を擦り、周りを見渡す。

誰もいない病室。
ヒソカに確かに殺されたような、そんな気がしていた。
目には真っ赤な世界が映っていたのだ。
あれで死んだと思っていたのに、その後すぐに救急車にでも運ばれたのだろうか。
それにしては、体のどこにも異常は無い。体が以上にだるくて、少し頭と関節が痛い程度。
ベッドを降りるとふらりと来たが、ベッドに手をついて立て直す。
鈴音は、どうなったのだろう?
まず、それが気になった。




扉を開けて、部屋を出る。
患者用の服は、薄くて短く、しかも下着が無い。
一応オムツを履いていたのであるが、それは下着を着けない以上に、わたしとしては恥ずかしい。即座に脱いでしまった。
とはいえそのために、下半身が酷くすーすーとして、なにやら妙にエロティックになってしまったので、今となってはどちらが良かったかは分からない。
他に着替えはないかとも思ったが、その病室にまともな服の類は見当たらず、仕方なく、そのままで廊下に出てきた。


ナースステーションまで絶で行こう、なんてことを実行に移すまでも無く、ピンク色の制服を着た女性を見かける。
そういえばここでも看護士と呼べ、なんていう風潮はあるのだろうか、とどうでもいい事を考えながら、声をかける。

「すいません、ここに黒崎鈴音という黒髪の子、入院してませんか?」
「あ、起きたんですね。よかった、二日も寝たきりだったから。一緒に運ばれてきた子なら、上の階の315だけど、今は―――」
「315、ですか。わかりました、ありがとうございます」
「あっ、ちょっと―――」

慌てた顔で看護婦が引きとめようとするが、とりあえずそれに構っている暇も無い。
とりあえず、彼女は無事なのか、どうなのか、それを確かめるのが先決だ。
階段を駆け上がって、315の扉を開く。
そこにはいくつもの管を取り付けられて、眠る鈴音がいる。
とりあえずは、生きている。
それだけ分かると安堵の息を吐いて、座り込んだ。



どうして殺されなかったのだろうか。
殺すと明言した以上、そう簡単に撤回するとも思えない。
どうしてだろうか、生かしておいて、また再戦する気なのだろうか。
それは実にありえる可能性ではあるが、もうあの時点で彼は、わたしへの興味を失っていたようにも思う。
それに、あの真っ赤な景色は、なんだったのか。

「―――カグラちゃん」

背後の扉が開くことにも気付かずに、自分の現状を考え込んでいた。
これが旅団なら、即座に死んでいただろう。気が緩んだのか、酷く間抜けなことである。
振り返ると、ポンズがそこにいた。

「…………ポンズさんですか。どうされたんですか?」

彼女は、今回の件には関わってはいない。
彼女の能力は、言うなれば回復専門のもので、戦いには向かなかったし、彼女を戦わせる理由も無かった。
もしものときのために、ということでヨークシン近くにはいたものの、顔をあわせてはいない。
精々、電話をした程度だろう。

酷く、目が赤かった。
瞼は擦ったせいか、少し腫れている。

「もう、起きて大丈夫なの?」
「さぁ、どうして生きているのか、傷を負ったのか負っていないのか、それすらわかりません。先ほど、起きたばっかりですから」
「そうなんだ。一応、倒れた理由は過労だそうだよ」

過労、過労か。
外傷が無いのも頷ける。
しかし、それは死んでいない理由には、ならない。

「過労…………ですか。なんで、わたしたちは生きてるんでしょう?きっと死んだものだと思ってたんですが」
「さぁ、ヒソカの気まぐれじゃない?そんなこと知らないわ」

彼女の口調は、酷く突き放すようだった。
何かあったのだろうか。涙を流していたようであるのだから、何か悲しいことでもあったのだろう。
誰か身内でも死んだのだろうか?
それを尋ねようとして、やめる。
きっとそれは、踏み込みすぎだろう。

「カストロさんは来てないんですか?生きていたのなら生きていたで、わたしはまだ、続きをしなくてはいけません」
「カストロさんはいないよ。続き、って旅団退治の?」
「…………?ええ、途中で放ってしまったら、ここまでやってきてしまったことですし、怖いです」
「怖い、って何が怖いの?あなたは、死ぬつもりだったように聞こえたけど」

妙だ、とは思う。
どうして彼女が、これほどまで怒っているのか、分からなかった。
彼女は機嫌が悪いというだけではなく、その怒りを、明確にわたしに向けている。
何か、不利益なことでもしたのだろうか、知らない間に。
だとすれば、謝らないといけない。
だけど、謝る前に、理由を聞く必要がある。

「…………ええ、折角拾った命を、失うのは怖いですから。あの時はどうにもならない状況でしたから、諦めていたんですけど…………そんなことより、どうしてあなたは―――」
「っ…………!!」

―――怒っているのか?

そう言葉を続ける前に、胸倉をつかまれて睨まれた。
何故、彼女が怒っているのか、わたしには皆目検討がつかず、慌てる。
彼女に嫌味を言われたことがあっても、明確に憎悪を向けられたのは、勿論初めてだ。



「っ…………あなたは何を怒っているんですか?わたしに至らないところがあったのなら―――」
「…………あんたみたいなやつを助けるために、カストロさんは…………!!」
「…………?」
「どうにもならない状況だったから諦めた?折角"拾った命"だから失うのが怖い?…………あなた、わたしを馬鹿にしてるの!?」

目尻に涙を浮かべて、ポンズが睨む。
目の前は真っ赤だった。
木も地面も空も雲も月も、すべてが真っ赤だった。
わたしは、外傷を負っていない。
だとすれば、あの赤色は、一体誰のものだったのか。
そこでようやく、彼女の怒りの理由に、思い至った。

「カストロ、さんは―――」
「"いない"って、いったでしょ!?いなくなっちゃったのよ、あなたなんかを助けるためにね…………」
「…………嘘」
「嘘なわけあったら、わたしはこんな風にあなたの胸倉掴んでないわ…………カストロさんは、ヒソカからあなたを庇って死んだのよ!!あんたが諦めた、あの日にね…………」

カストロが、死んだ。
そんなはず、あるわけが無い。
あそこには、わたしと鈴音と、ヒソカしかいなかったのだ。

しかしだとすれば、頭にかかったあの血はなんなのか。
あの真っ赤な景色は、どうしてわたしは生きているのか。

体の力が抜けて、へたり込もうとする身体を、ポンズが片手で吊り上げるように支える。
薄手の服に、僅かな亀裂が入った。

「あなたに傷は無い。本当に、無抵抗に諦めたんでしょう?もしあなたが立ち向かっていれば、ヒソカを殺せていたかもしれないわ。あなたは、わたしなんかと違って、天才だもの。いくらヒソカだって…………あんたとカストロさんなら、絶対、負けなんかしなかった」
「………………」
「わたしは、それくらいに認めていたもの、あなたのこと。だから念も教えてもらったし、信じていた。なのに、どうして………………あなたは!!」

突き飛ばされて、床に倒れこんだ。
オーラもほとんど纏わせておらず、服も薄いから、それが酷く痛かったが、それ以上に、心臓が痛かった。
まさか、そんなはずはない。

いやしかし、彼なら、もしかしたら―――


『ならば私は友として、キミを助ける。異論はあるか?あっても、勝手についていくがな。それさえ分かれば、もはや否とは言わせん。私を使え』


どうして、あの時否と言わなかったのか。
そうすれば、カストロは幸せに暮らしたはずだ。それだけの人徳もあったし、彼は誠実な人間だ。
そう遠くないうちに、幸せな家庭を築いて、子を育み、そうして、幸せに、幸せに、しあわせに、シアワセニ。

実は、わたしは知っていたのではないか?
何事にも、対価が必要だ。
物を得るには、金銭を、
友好的な関係のためには、相手を助け、
そして、自分の命を守るためには、他人の命を、代わりに捧げる。


甘い甘い、彼の言葉を、"言葉通りに"受け取って、わたしは無意識のうちに、彼の命を差し出したのだ。
彼は、他人の死を目の前にして、動かずにはいられない。
羊が群れ、狼の前に仲間を差し出すように。
そのためにわたしは、彼という駒を得たのではないか。
友情を、対価に。


急に催して、口を押さえる。トイレに行こうとしたが、間に合わない。
気分が悪くて、内臓が飛び出そうだった。
胃の中身がせりあがってきて、たまらず床に撒き散らす。

「っぅ…………えぇ…………」

頭が胡乱だった。
体中に鳥肌が立って、変な汗をかいて、視界が揺れる。
胃には何も入っていないというのに、気持ちが悪くて、吐き出す。
それに紛れながらも、ドアが開く音が、僅かに耳に入る。

「あなた…………!!何を言ったんです!!この子はまだ、病み上がりなんですよ!?」
「うるさい!こいつが、こんなやつのせいで、カストロさんは…………!!」

戻しながら、ぼんやりと叫ぶ二人の女の声を聞いていた。
それが夢の中の出来事のようで、酷く、あやふやになってきていた。


ああ、きっとこれは夢だ。
そう言い聞かせて、ふらついてきた頭を横に倒した。
頭は胡乱で、視界もあやふや、周りの声も、水の中から聞いてるようで、不確かだった。

きっとわたしは死ぬ寸前で、その間際に、こんな夢を見ているのだ。
眼を瞑ればきっと、もう二度と覚まさずに、逝けるのだろう。

そう思って、眼を閉じた。

これが、夢であれば、どれほど嬉しいことだろうか、と。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 53話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/10/18 19:48
53



「カグラ、どうした?」

様子が、おかしかった。
顔が青ざめていた。
オーラが乱れていて、噴出すように汗をかいている。
暗い中でもはっきりとそれが分かって、何か失態でもおかしたのか?と不安になる。

「行くところが出来ました。先に帰っていてください」
「カグラ!?」

彼女はどう見ても常の状態ではない。
酷く慌てて、念弾を真横に打ち込むと、壁に穴を開けてそこから飛び降りた。
何があったのか。
彼女がこれほどまでに慌てる要因は何か。

それはすぐに思い当たる。
彼女が大事にしているものなんていうのは、僅か片手で事足りる。
鈴音か、と開いた穴から下を見ると、すでにカグラの姿は消えていた。
失態だった。
何故すぐに追わなかったのか。
間抜けな自分に舌打ちをして、すぐさまそこから飛び降りる。

ここは精々二階だ。
階段はすぐ傍にある。出ようと思えば、こちらから降りようがそうタイムラグはなかっただろう。
だというのに彼女は壁に穴を開けて飛び降りていった。
その行動は酷く異常で、しかし相手が鈴音であるのであれば、それもそうおかしなことではない。

彼女は、自分の半身のように、鈴音のことをいつも想っていた。


どこに行ったのか。オーラの残り香を頼りに進む。
彼女らは、酷く歪な関係だった。
しかしそれ故に、その結びつきは誰よりも強い。

鈴音と会ったのは最近だったが、話はずっと前から聞いていた。
曰く変態。
曰く常識知らず。
曰く頭が悪い。
思えばほとんど悪口に近い内容であったが、それでもいつも、彼女の話を良くしていた。
彼女は、他人に好意を持つことも無ければ、他人を嫌うことも無い。
突き放すような無関心さを持ち、虫けらを見るような目で人を見るが、それは嫌悪の表れではない。
ただ、平等に無関心なだけで、それが彼女にとってのニュートラルだったのだ。

それはきっと、彼女なりの愛情だったのだろう、と思う。
彼女の感情は、いつもニュートラルなのだ。時に、自分の命にすら、心を動かされないのではないかと思うほどに。
プラスにもマイナスにもいかない、彼女の感情を動かす鈴音という少女は、一体どんな娘なのだろうか。
私はそれに興味を抱いていた。


夜の街を全力で駆け抜ける。
彼女よりも、身体能力もオーラも上のはずだというのに、追いつけなかった。
スタートをあわせて競争すれば、十中八九どころか、十勝てる。
だというのに、今日の彼女に、私の足は追いつかない。


あるいは、嫉妬の類だったのかもしれない。
私に対するときは、決まって無表情か、薄っぺらい笑みしか浮かべないというのに、その見たことも無い少女のことを話すときの彼女には、魂が宿っているように思えた。
彼女にとっての大多数の内の一人である、私とは違う。
鈴音という少女は、彼女の中で、唯一確固たる個を持って存在しているのだ。

私は、これでも人より優れている存在だ、という自負があった。
並大抵の輩に負ける気はしない。
顔も悪くは無いだろう、背も低くなく、理想的な格闘家としての身体を、わたしは持っていた。
そんな私が味わった、疎外感。自身がその他大勢に紛れる、無力感。
それは、私のそんな小さな矜持を砕くには、十分すぎるものだったろう。

別段少女愛好の気があるわけでもない。
原初の気持ちはきっと、私を"道端に捨ててある中身のない財布"程度の価値しか認めない彼女への反骨心。
それでも日毎彼女が花開いていく様は、見ていて酷く気持ちが良くて、そうして少し恨めしかったのだ。


突然戦争が始まったかのような、爆音が響く。
それに足を止めて、耳を澄ました。
方向はどこか。
進行方向と、そう離れていないことだけは理解できて、そのまま彼女の足取りを追う。
きっと彼女なら、違えることなく正解にたどり着く。
そういう直感が、何故かあった。


彼女はまるで、何かを欠いた人形のように、生気は無いのに生きているかのような、そんな歪さを持っていた。
酷く造詣は美しい。
美であると、百の人間が百通りの賛辞を送る。
しかし彼女は、それ以上の何かではない。
あくまで、それだけなのだ。

外見は完璧な美と言えど、その中身はがらんどうだった。
心も無い、血も流れない。
だから、彼女は生きているように見えて、生きていない。
精巧に作られた人形のような、そんな危うさを持っていて、だから一層目が離せなかった。

それに、もし、彼女が心を持ち、語り、笑い―――果たしてそんなものを取り込めば、一体どれだけ美しいものになるのだろうか。
それを見るために、私は二年の歳月を費やした。

しかしそこまで彼女を昇華させたのは、私ではなく、鈴音だった。
その事実に、また少し、嫉妬したのだ。



たどり着いたのは公園で、へたり込むカグラがそこにいた。
地に伏せる鈴音と、無抵抗に背中を見せる、小さな少女。そうして、ヒソカも、それに止めを刺そうと立っている。
その背中は、全てを諦めていたように見えた。
そう、水をやり、照らし、彼女を花開かせた、そんな鈴音が死んだ世界になど、彼女はきっと興味はないのだ。
声をかければ、立ち上がるだろうか。
二人で共に、戦えるだろうか。

きっと、否だ。きっと彼女の耳は、閉じてしまった。
彼女は、諦めている。
鈴音が死んでしまう、たったそれだけのことで。



今まで以上の速度で駆けた。
なりふり構わず飛び出して、カグラとヒソカの間に割り込む。
足にオーラを集中させすぎた代償か、ヒソカの手は、いとも容易く私の胸を貫いて、カグラの全身に血を浴びせる。
ふらりとカグラが倒れこんで、私も同時に片膝を付く。


「おやぁ、久しぶり、じゃないね◆この間あったばかりだ◆」
「確…………かに。まぁそれも、これで…………今生の別れ、だろうが」
「どうしてそれを庇ったんだい?キミにはもう興味をなくしたから、何もしなければ幸せに生きられただろうに◆」

これは死んだなと、そう理解できた。
まず間違いなく致命傷で、それ以外の何ものでもない。

「まぁ、キミが死んでも、これを殺すんだから、変わりは無いんだけどね◆」
「フフ、ヒソカ、それ……は、早計だ。一ついいことを教えてやろう」
「ん?」
「彼女はきっと立ち直り、そうしていつか、必ずお前を殺すだろう」

ヒソカが愉快気に私を見る。
気に食わない目つきだった。
しかし、それすらもう、どうでもいいことだ。
私には、この男は倒せなかった。
今戦えば、カグラであっても同じこと。

だが、彼女は、私とは違うのだ。
彼女には、私以上の可能性がある。


「面白いことを言うね◆それは…………予言かい?」
「少し…………違う、これは"預言"だ。きっと必ず、具象する」

そう、彼女ならきっと、だ。
彼女は、私よりも遥かに遠くにいくことができるだろう。

「ク…………ク、アハハハハハハハ、いいね、それはいい◆元玩具の命がけの"預言"なら、仕方ない、今回はキミに免じて殺すのは止めておくよ◆溜飲はある程度、下がったしね◆」

狂ったように笑い、手を引き抜いて、笑みを浮かべたままヒソカが言う。
酷い激痛を感じるはずなのに、もはや痛みすら感じていなかった。
それが、妙にリアルだった。
踵を返してヒソカが言う。

「救急車、呼んでおいてあげるよ◆キミは死ぬだろうけど、まぁ、その子の傷はそれほど酷くもないし、それに彼女が治療してたから、病院に行けば多分助かるだろう◆」
「…………ふん、恩に着る、とでも、言えばいいのか?」
「なに、預言"の礼さ◆」

ひらひらと手を振って、去って行くヒソカを最後まで見ることも無い。
首を曲げて、カグラを見る。

金色の美しい髪が、月の光に輝いて、酷く幻想的な光景だった。
しかし私の血が、それに妙なリアリティを与えていた。
彼女が生きていれば、そのことを謝れたかもしれないのに、私は二度と、彼女の声を聞くことも無い。
少し残念だったが、清清しくもあった。

然るべきところで、美しい少女の命を助け、そうして安らかに死を迎える。
長くは生きれずとも、それは酷く、格好のよい死に方に思えた。
子供の頃に憧れた、英雄のような、そんな死に方。

未練も執着も、掃いて捨てるほどあったが、ただ、今は、清清しい。
それだけで十分だった。

彼女の髪を撫でて、自分の言葉を思い出す。

『ならば私は友として、キミを助ける。異論はあるか?あっても、勝手についていくがな。それさえ分かれば、もはや否とは言わせん。私を使え』

約束は、果たした。
酷く陳腐なセリフだった。
しかし、それを実行に移し、私は、彼女を生かすことが出来たのだ。

彼女の傍らにいた、黒髪の少女を見て、呟く。

「…………花開かせたのは、お前でも、最後に命を救ったのは、私、なのだからな」

恩着せがましく言って、笑う。
自分で言っていて、酷く馬鹿に思えて、笑う。
馬鹿だ、と思って、笑ったまま、後ろに倒れこむ。

月は雲の隙間から世界を照らしていた。
今は翳っていたとしても、いつか雲は通り過ぎ、そうしてその光は、余すことなく世界に満ちる。


彼女を雲が覆うのならば、私が雲を散らす、風となればいいのだ。
わたしの微弱な風は、微弱なりにも雲を押せたと、そう思う。


ゆっくりと月が雲から顔を覗かせて、この世界のありとあらゆるものに、その幻想的な光を注いでいた。

私が最期に見たのは、そんな光景だった。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 54話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/11/08 03:49
五十四






「…………よう、元気、なわけねぇか。身体の方はどうだ?」
「わたしの方は、それほどでも。鈴音のほうはまだ起きないですが」

ベッドの横の椅子に座っていると、いつものような調子で明るく、ハンゾーが言う。
カストロは実質的にハンゾーの師であり、仲も良かった。
辛くないわけも無い。しかし、それでもこうして気遣いの出来るハンゾーは、わたしよりも数段大人なのだろう。

「鈴音の傷はどうなんだ?」
「それほど酷い傷ではないはずです、が、まだ起きません。医者も原因不明だと言ってました。もし、頭なら治しようも無いんですけどね、元々頭は悪いですし」
「カカカ、まぁ、そのうちひょっこり起きだすさ。しかし半端なところで止まっちまった。旅団はあと三人、だったな?」
「…………ええ」
「どうする?」

あと三人、タイマンならば、全員一人で片がつく。
しかし、警戒している彼らをどうやって一対一に持っていくか。
それを考えようとして、しかし頭が回らず、イライラする。

「放置してたら帰ってくれたらいいんですけど」
「そんなわけにゃぁいかねぇだろ。それに、ヒソカのこともある」
「…………そう……ですね。彼も、どうにかしないと」

何も考えずに、楽になってしまいたい。
眼を瞑った先でもいい。どうしてわたしは起きてしまったのか。
彼女のように寝たままならば、それで死んだとて後悔も無かったろうに。

そう、考えて反吐が出る。
ふざけた甘えだ。それでは、カストロは何のために死んだのか。

わたしのやる気のない口調が、少し頭にきたのか、ハンゾーが少し顔つきを変える。

「…………お前もまだ本調子じゃない、まだ子供だし、だから寝てろ何てことはいわねぇぞ。オレは降りる気もねぇし、降ろさせる気もねぇ。雇ったのはお前で、やり始めたのもお前。カストロさんだって、それに殉じて命張ったんだ。義理と筋は通せ」
「…………ええ、わかってます」
「わかってねぇから言ってんだろ。お前は今すぐここから離れて部屋に戻って打ち合わせなり準備なりをしなくちゃいけねぇんだ。鈴音はてめぇがいようがいまいが、起きるときに起きるし起きねぇときには起きねぇよ」
「ええ、わかって――」

急に胸元を掴まれて、引き摺り起こされる。
ポンズにも似たようなことをされたと、他人事のように考えていた。

「だから、分かってたらさっさと座ってねぇで立てって言ってんだよ! もし今このときに、旅団が襲って来たらどうするんだ? ヒソカが来たら、お前はどうやってこいつを守る? 戦う? 守勢に出れねぇから、今までリスクを犯して攻めてたんだろうが!?」
「そうっ……ですね。分かってますから、離して……ください」
「やだね。少し前のお前はどこにいった? 危機感が足りねぇ意識が足りねぇ、そんなじゃなかったろ? もう時間は、十分すぎるくらいに経っちまってるんだ。休んでる暇なんざねぇんだよ。カストロさんが死んだ、悲しいか? そりゃ"全員同じ"だ。そんなもんは全てを終わらせた後に喪に服すなりなんなりすればいい、問題は今どうにかするか、なんじゃねぇのかカグラ?」
「…………っ…………ふ……」

強く掴まれすぎて息が出来ず、彼の手を掴むが、離させる力もない。
もともとの地力が違うためだろう。
責められてる理由は最もだったし、全くもってわたしが悪いことも分かっている。
同情できる理由も無いし、カストロが死んだのは、わたしの責任だ。

理性的にはそう思っていても、逃げてしまいたいという感情が、酷く反発する。
どうでもいい。死んでしまいたい。楽になりたい。旅団に殺しに来てもらうのもいいかもしれない。
そんなことを、半ば本気で考えていて、本当に無責任な自分に腹が立って、だけど、そんなだからこそ、余計に堕落してしまう。

その内心を全て吐露してしまいたかった。
だけどそうすると本当に失望されそうで、なんていう的外れなことで思考を割いている自分は、本当に利己的すぎて嫌になる。
一昔前ならば、悩むことも無かったろうに、今は、酷く自分が重たい。
仲間は、絆であり、同時に足枷だ。
いつもはいとおしいその鎖は、ふとして拍子に、その重さを知らしめる。


「なんでカストロさんが、てめぇと鈴音を生かしたのか、よく考えろ。てめぇは生きる権利があるんじゃねぇ、義務があるんだよ…………」

ハンゾーが手を離して、わたしはそのまま床に倒れて咳をする。
最後の声は、珍しく少し震えていて、それが、酷く頭に響いた。
ドアが開き、閉じて、またわたしは鈴音と二人きりの状態に戻った。



彼女が起きていたなら、なんて言うだろう。
甘えるなと叱咤するだろうか、もういいよと慰めてくれるだろうか。

「ふ……ふ…………すごい、なさけないね」

彼女のために、戦ってきたのに、彼女にすがっている。
いや、それは本当に彼女のためだったのだろうか。
それも本当は、ただの、わたしの幸福のファクターの一つというだけで、彼女自身のためでは、ないんじゃないのか。

もっと頭が悪ければ、何も考えずに死ねたのに。
そんな自己嫌悪もしないで、きっと、気楽に生きれただろうに。

また涙が出てきて、ベッドにしがみつく。
この涙も自己憐憫によるものでしかないことが分かっていて、そう考えると、より多くの涙が涌いてきた。

自分を支えていた骨子は、少し前から悲鳴をあげているのだ。
虚構でも、それがなんと頼もしいものだったか、今になって理解した。










「…………穏便に、じゃなかったのか? 外でも結構な怒声が聞こえてきたが」
「へん、仕方ねぇだろうが。アイツがあの調子じゃどうにもならねぇ。何だかんだで一番の戦力はカストロさんとあの娘だったんだ。それが二人抜けちゃ、たまったもんじゃねぇよ」

クラピカに非難されて溜息を吐く。
しかし、感情的になりすぎた、とも思っていた。
妙に大人びてはいるが、あれはまだ子供だ。
負える責任の量は、普通ならばそう多くない。
―――普通、ならば。

自分とて、本来ならそんな子供には雇われない。こっちにも意地とプライドが在る。
だが、カグラは子供らしからぬ知識と、知恵と、精神と、さらには実力まで持っているから付き合ったのだ。
無論、カストロさんが彼女を溺愛―――心酔ともいえるだろうか―――しているから、という理由もあったが、それでなくても彼女は傑物だ。
そう思って付きあってきたが、流石に今の状況では厳しいかとも思っていた。

「とりあえず、私達はどうする? 無論、ハンゾー、お前が降りるというのであれば―――」
「馬鹿やろう、オレ様がそんな情けねぇ真似するわけねぇだろうが。義理があるし、通さなきゃいけねぇ筋もある。たとえ、オレ一人になってもやるぞ」
「安心した、私もだ。それで、実際のところ彼女はどうだ?」
「…………期待薄、かもな。気丈な嬢ちゃんだと思ったが、どうもそうでもなかったらしい。あの娘が起きりゃあ、ともかく…………なんだろうが、起きる気配がねぇ。医者の話じゃ、いつ起きてもおかしくないらしいが」
「頭を打った、とかそういうことではないのか?」
「可能性は大いにある。ただ、そればっかりは医者もお手上げ、どうしようもねぇさ。だから、カグラ自身が立ち直らなけりゃ、オレ達二人で、ってこともありうるだろう」

そう、二人で残りのクモを駆逐する。
前ほど無茶な話ではなくなって来てはいる、が、内に一人クモの前足、戦闘要員がいるのが問題だった。
基本的に戦闘要員を片付けてきたのはゾルディックか、あの二人で、クラピカも自身も、圧倒的に経験が足りない。
A級首、と謳われる幻影旅団の戦闘要員を、敵に廻して勝てるのかどうか。
まして、あとの二人をどうやって引き離すか。
それが一番の問題であった。


「それについては、何らかの手段を講じる必要があるな。最悪、私のライセンスを売れば―――」
「…………いいのか? そんな簡単に」
「構わない。もとより、これを取得した理由が"これ"だったのだ。必要とあれば、使うことに躊躇も無い」

内心では、きっと複雑だろう。
誰よりこいつはクモを憎んで、出来うる限り自分で手を下したいと思っている。
他人の手を借りるその理由は、きっとオレがいるからだ。
この状況で大した策も無くかかれば、きっとそう低くない確率でどちらかは死ぬ。
こいつは、冷徹そうだが酷く情に厚い。
それほど長い付き合いではないが、それは理解していた。
それを見て、クラピカが心外だと言う。


「そんな顔をするな。私には、これからがある。すでに憑物は落ちているのだ―――彼女のおかげで、な」
「ふん、とはいえ、未練はあるだろう?」
「あるさ。しかしそれは、歩みを止めるほどのものではない。私はこれから、クルタと同じような悲劇を生まない為に生きていくつもりだ。クモはすでに、通過点の一つ――――――ただ通らねば、先には進めない、そういう性質のものではあるが」

そういって笑うクラピカの表情は、以前よりもどこか澄んでいた。
確かに、憑物が落ちたというのは本当なのだろう。

「割り切ったもんだな。試験中のお前は、もっとギラギラした目つきだったが」
「人は成長するものさ、ハンゾー。わたしも、そして、カグラもだ。お前はそういうが、きっと彼女は乗り越えると思っているよ」
「はん、楽観的だな。それは勘か? 願望か?」
「そうだな、私なりの分析の結果と、そして願いだ」
「…………言い換えただけじゃねぇか」

そういって笑いがこみ上げて、しかしそんな希望を持っているのも、確かだった。
初対面の印象は、慇懃無礼で、傲慢で、高慢で、なんともまぁ唯我独尊な娘だった。
まぁ、そうなるだけのものは持っていた分タチは悪かったのであるが。


しかし、そんな彼女にカストロは、確かに心酔していたのだ。
彼は清廉潔白で、努力を惜しまない、武道家の鑑のような人物であった。
よく出来た人だということは確かで、オレは彼を尊敬していたし、師と弟子という立場であるが友情さえも感じてさえいた。
そんな彼が、カグラに付き合う理由は何か、と聞いたことはある。

『彼女は照れ屋なだけなのだ。あまり素を出したがらないし、壁一枚挟んだような丁寧な口調で喋るし、よく体裁を取り繕ったりもして分かりにくいが、本来の性質は良い娘だよ…………いつか、彼女が誰に対しても素直に笑えるようにさせるのが、私の夢なんだが』

結局、それを見る前に彼は死んでしまったのだが、命を賭して守るほどの価値がカストロにとってはあったということなのだろう。
カグラ自身を良く知るわけではない。
ただ、自身が尊敬している男がそうまでしたのだから、期待しないわけもない。
自身のカグラへの期待は、そうしたところから生まれていた。



「まぁなんにせよ、明日までだ。待っているだけの時間的な猶予も無いしな。その時に、ライセンスの件は考えよう」
「ああ。私は情報屋にでもあたってみる。お前はどうする」
「そうだな、仕入れが済んだら、オレもそっちに。鈴音はいないからな、同じような追尾系の能力者を見つけたいが」
「追尾系…………か。しかし、そう―――」

いるものでもない、そう言おうとした時に気配を感じて、後ろを見る。
そこには、見慣れた服を着て、眼を真っ赤に腫らした少女、ポンズがいた。

「追尾なら、わたしがするわ」
「ポンズ…………いや、だけどお前は」
「大丈夫。大分…………取り乱しちゃったけど、カストロさんの、意思だもの。感情だけで判断して、それで後悔なんて、したくない」

後ろにある病室を見て、ポンズが言う。
わんわんと泣いていた少女は、未だに赤く眼を腫らしながらも毅然としていた。

「確かに思うところは、あるけど、それは全てが済んでからしたらいい。あの子が死んだら、カストロさんが死が、本当に無駄になっちゃうし、それに―――」

そのあとであの子には、まだまだ言いたいことが山ほどあるもの、と続ける。
女はこれだから怖い、と内心で思いながらも、笑いがこみ上げる。



なんだかんだで、少なくともこの三人が、確かな理由で今集まっている。
理由はそれぞれ、とはいえその理由は全て、彼女を中心にしたものだ。
鼻持ちならねぇ娘だが、人望があるじゃねぇかと毒づく。


「役者は、後は一人だけ、だな」
「ああ、これだけ舞台が整ったんだ。あの鬱の娘も、舞台が整えば、出てくるさ」
「出てくるかしら?」



ポンズはそういうが、"風"の流れがそうあるべく、世界を動かしているとしか思えなかった。
ここに来て、先の一件から完全に勘定から離していた最重要たる追跡能力を持つポンズが、舞台に上がったのだ。
流れに抗うことは難しくても、乗るのはそう難しくないもの。
これだけ、都合よく出来てきている。
幸運は、不幸に集まる不幸のように、いつも幸運に惹かれて集まるものだ。

これは、カストロの風だ。

こうまで容易く、あっけなく舞台が整った今、あのブルーの極みのあの娘もきっと舞台に上がるだろう。
あの娘は、そのためだけにいつも仮面をつけているとはカストロの弁。
だから、これは確信に近い

オレでも何度耳にしたことだろうか。
付き合いの長くない、オレですらが何度も聞いた台詞だ。

舞台が出来れば、彼女は乗ってくる。なぜならば―――


「―――はん、出てくるさ。あいつはいつも自分自身を、"人形遣い"と謳ってやがるんだからな」

そして、それこそが、彼女の捨てられぬ矜持であるはずなのだから。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 55話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/11/04 18:40


五十五







ハンゾーに怒鳴られて、ベッドに持たれかかって眠った。
カストロが夢に出てきて、中身の無い、他愛の無い話をしていた。
別段面白いわけでもない、そんなものを夢にまで見るだなんて、少し頭が茹っている。

よくよく考えれば、彼とそんな他愛のない話すら、それほどしたことがあったわけでもない。
極最近の短い期間だけ。それ以外の彼との会話は、何らかの必要性が生じた時に生まれる、"業務報告"程度のものだった。
今思えば、酷い話だと思う。
本当に、そんなわたしをどうして彼は助けたのだろうか。


鈴音はまだ眼を覚まさずに、ベッドに寝ている。
植物人間、だなんてフレーズが頭に浮かんで、震える。
意識の無い、生命活動のみを行う人間を生きているといえるのか。
そんな討論は星の数ほどされてきたが、わたしはどちらかと言えば死んでいる派の人間だ。
物事を感じて、動く。
伏せるだけの人間なんていうのは、要するに死んでいるのだ。
何も感じず、考えない。
これと死体に、何の境があるというのか。

ただ、この死体には蘇る可能性がある。
それだけの違い、のはずなのだけれど、それが変に希望をわたしに持たせてしまう。
頭を打ち、脳に何らかの欠損が生じたのか、あるいは、ただ、死んでしまったのか。
前者ならばグリードアイランドに行けば、何とかはなる。
しかしもしも、後者ならば、わたしはきっと、一人で絶望して死ななくてはならないのだ。


ブラックジョークを思い出した。
猟師が山で重傷者を見つけた。
その人は生きているのかどうなのか、それすらもわからない状態。
病院に電話し、助けを請い、まず、生きているのかどうなのか、はっきりさせろと生死の確認を促され、猟師の男は重傷者の頭を銃で打ち抜いて、生死をはっきりさせました、という下らないもの。

今のこの状況は酷く、その状況に似ていた。

横にあった果物ナイフを手に取って、彼女の前に立つ。
呼吸をしていて、心臓を活動させていた。
だけど、彼女は生きているのかどうか、わからない。
死んでしまえば、わたしは何の未練も無く後を追うことが出来るだろう。
死後の世界なんて信じていない。
もう、何も考えずに、楽になってしまいたかった。

布団をめくって、胸の上にナイフを置く。
少し力を込めれば、あっという間に死ぬことだろう。
苦しむこともきっと無ければ、意識を持っていたとしても、彼女はきっと否とは言わない。

そう、きっと彼女は受け入れる。

同一種族をより多く生み出し、進歩して、より多くの同一種族を生み出す。
生命活動とは客観的に見ればその程度のもの。さらに言うならば、"この世界"なんていうものはただの分子運動だ。
念もまた、何らかのルールの上に成り立つものであれば、未知である、という不理解はあれど、結局はそこに落ち着くことだろう。
もとより子を成す気も無いの。
ならば世界の循環に紛れてしまっても、別段大きな問題ではないように思えた。

生きるのが苦痛で、何も生み出すことも無い。
ならば、この思考を終わらすことに躊躇は、無い。

大きくナイフを振り上げて、突き立てる。

ナイフの突き立つ乾いた音が、静かな病室に響いて、わたしの鼓膜を震わせた。














『キミは本当、達観というか諦観というか、他人事みたいに話すね』
『そうですか?別にそんなつもりは無いんですけど』

諦観、ああいや、確かに見ようによっては諦観なのかもしれない。
わたしは必要以上の期待はしない。
過剰な期待は落胆と、必要以上の傷を生むのだ。

『キミくらいの年齢なら、もっと夢見てもいいだろうに』
『あはは、わたしはこう見えて、もう二十八になるのです。カストロさんよりお姉さんですよ』
『二十八、やたらと具体的だな』
『だって本当のことですから』

そう、本当ならわたしは二十八にもなっている。
だとすれば、もっと大人で、理知的であるべきなのだ。

『確かにキミは大人びているが、二十を超えてるようには見えないな。私より年上なんていうのはなおさら、まだまだ子供だよ』
『…………ですかね?』
『そうだよ』

愉快そうにカストロが笑いながら言う。
下らない話をしているなどと思いながらも、その実は、真だ。
なんとなく興味が湧く。

『まぁ……もし仮に、キミが二十八だとしても、同じことさ』
『…………?』
『時間の経過が、そのまま年齢とはなりえない、ということだよ』
『それは、何故です?』
『人間は自分の身体と世間にあわせて大人になる生き物だからね。私もそうだった。子供は大人を見て背伸びして、そうしているうちに大人になっていくものだ。大人に憧れていたのもあるけど、それよりも私がこの"なり"で幼ければ、恥ずかしいだろう?だから私は大人の振る舞いを覚えていって、今の自分がいる…………けどもし仮に、私が幼いまま、そして世間からもそう見られて年を重ねることが出来たなら、私はきっとこうじゃない。私はきっと未だに、幼いまま、知識だけを蓄えた、頭でっかちな子供になってたろうね』
『…………ふぅん、面白い考え方ですね』
『そうかい?いやまぁ、半分趣味人の私が言えることじゃあないが、大人になれば自ずと責任が発生するものだから、大人にならざるを得ないとも言えるんだがね』

十六で死んで、十二になった。
わたしは社会を経験したわけではなく、差異はあれど、同じように幼少期を過ごし、この歳になった。
二十八歳ではなく、十六歳と、十二歳。
言われて見れば、そちらの方が酷く実感が湧く。

『本は経験に勝てず、ということさ。本で見てるだけじゃ、駄目なんだよ。キミはもう少し、はっちゃけるべきだと私は思うね』
『はっちゃけるって…………またアレなこといいますね』
『そう、斜に見るのが駄目だと言ってるんだよ。キミは確かに私が勝てないくらいに素晴らしい念の使い手で、知識もある。だけど、まだまだ十二歳。もう少しこう、オープンに、というか元気よく、っていうか…………』
『………………』
『例えば、お兄さんと呼んでみるとかどうだい?』
『………………一応聞いておきますけど、誰を』
『私のことさ』
『………………凄い失礼なこといっていいですか?』
『呼ぶ時がお兄さん、ならば』

まじめな顔をキメていうカストロに、少し溜息を吐きながらも少し笑う。
下らない男だ。だけどこんな男もそうそういないだろうと思う。
こんな世界に来て、お金目的で近づいた、という酷く不純な動機ながらも、わたしは結構この男を好いていた。
彼もまた、こんな馬鹿みたいな減らず口を叩いてくれるくらいには、わたしのことを好いてくれている。
正直な男で、わたしとは正反対。
だからこそか、この男の傍はなんだかんだで居心地が良かった。

拒絶される心配も無ければ、恐れることも無い。
それがこんなにも居心地がいいと知ったのは、彼がいたからだろう。

彼はわたしを取り巻く山の空気のような男で、今のわたしには無くては困る、大切なものの一つだ。
半身である彼女とはまた別の良さがある。

『……馬鹿なことを言ってないで、行きましょう。もう少しでこれも終わりなんですし』
『ふふ、そうだな。まぁ、そっちに関してはじっくり、おいおいと。とりあえずはまず、目先のことから始めないと』
『期待したら落胆しますよ』
『諦めが悪いから、きっと良い結果に終わるさ。まぁ、一月、いや一年…………五年後くらいにはきっと』
『…………確かに、根負けしそうな長さですけど。その前に愛想尽かすかも知れませんよね』

『…………それはないさ、決して』

なんとなく言ったその言葉には、しっかりとした返事が帰って来た。
それに少し驚いて彼を見ると、いつもの笑みを浮かべていて、なんだか居心地が悪くなる。

真っ直ぐ過ぎて、嫌になる。
減らず口をまともに返されると、なんだかこちらが悪いみたいではないか。
何か理由をつけて文句を言おうとした時に、行こうカグラ、と声をかけられた。

間の悪い奴だ、と出かかった言葉を呑みこんで、前を向く。
あと少し、で終わるのだ。
それはそれ、貫徹させてこそ意味がある。

こんなところで道草食わず、辿りついたときにいくらでも食えばいい。

そう思って、先を歩いたカストロの背を追った。
酷く、大きく見える背中だった。














ナイフはシーツを貫通していた。
狙いを定めたはずなのに、綺麗に逸れて、目の前に突き立っている。

酷くそれが情けなくて、目に涙が滲む。
結局のところ、わたしは彼が言ったように、ただのあたまでっかちな子供なのだろう。
彼女を殺してしまう、そんな度胸もなかったのだ、結局のところ。

頭でこうするのだ、と思ったことに体が拒否を起こす。
死にたいわけがない。
幸せに、平凡に、そう暮らすための今だ。

その過程で石に蹴躓いただけ。
大切なものは失ったのではなく、わたしのために、死んだのだ。

痛い痛いと、そう喚くなら、後で風呂に入ってからすればいい。
もし半身不随でこの世を儚むことになるのなら、病院に行ったあとに今度こそ命を絶てばいい。

それもなにもかも、まずは、ゴールにたどり着いてからだ。


わたしが走ると決めたことを途中で投げ出すのは、死んだ彼への冒涜だ。
それならば、最初から走らなければよかったのだ。
走る前に、二人で死ねばよかったのだ。
誰も巻き込むことなんてせずとも、それで万事解決。
それに逆らったのは、他ならぬわたしなのだ。

通すべき筋は、通さなければならない。

涙を拭って、窓から外を見上げる。
風が雲を祓い、月が煌々と辺りを照らす。

そうして振り向いて、眠る彼女の額に口付ける。

「行って来るよ鈴音。もう少し足掻いてみて、それで駄目なら今度こそ、死のう。わたしは鈴音が大好きで、鈴音も、わたしのこときっと同じくらい好きでしょう?」

わたしが彼女を好きになってしまったように、きっと彼女もわたしが好きだ。
独りよがりなのかもしれない。人の気持ちなんて、絶対に分かりえない。
それでもそれだけは、きっと、絶対だ。

「鈴音が死ぬならわたしも死ぬ。けど、わたしが生きるなら…………鈴音も絶対、生きてもらうからね」

たまには、はっちゃけてみることも重要だ、と彼は言った。
命を救ってもらったのだから、それくらい、したがってみるのも悪くない。

なんだかそう思えて、もう一度涙を拭って窓から降り立つ。

諦めが悪いといった傍から死んだのだから、約束を守ってやる必要なんて無い。
だからきっと、これくらいで丁度いいだろう。

「一回だけ呼んでおいてあげます、お兄さん」

自分で顔が赤くなるのがわかって頭を振るう。
酷く馬鹿なことをした、と思いつつ、仕方ない、と溜息を吐いた。

さて、どうしよう、と空を見上げる。
しかし月がこんなにも明るいのだ。世界の全てが上手くいくように思えた。

そうして同時に、とある男の頭を思い出し、携帯を取り出してコールする。

電球頭は、きっとわたしを待っている。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 56話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/11/11 01:40
五十六







「―――まずは、すみませんでした。無駄に時間を浪費してしまったこと、カストロさんを死なせてしまったこと。その両方は、わたしの責任です」
「謝られても、カストロさんは帰ってこないわ。そのことであなたを責めるのは後。今後の方針を決めてちょうだい」
「その通りだ。とりあえずはまず、一刻も早く旅団残党への対応を考えるべきだろう。オレたちは少し、お前の言ったように時間を浪費しすぎたからな」

残る旅団はフィンクス、パクノダ、マチ。
別段、この三人については問題はない。
パクノダを除き特異な能力を持つわけでない。
消化試合、ではある。

「残りは三人。非戦闘要員のパクノダを除いた二人は、糸使いと純粋な強化系能力者。どれも一対一で戦えば、勝ちを取れる相手です。しかしながら、相手は三人とも強力な能力者、三対三で戦えば、聊かこちらが不利です」
「まぁ、オレ達はまだ念を覚えて日が浅いからな。で、どうするんだ」
「その前に、クラピカさんに聞いておきたいことがあります」
「私に……か?」
「ええ」

カストロが居ない。
戦力差を考えれば、勝率は五分を少し割るだろう。
このまま旅団員を全滅させる、というのはリスクが高すぎる。
ならば。

「旅団を皆殺しすることに、拘りますか?」
「………………」
「確実に戦力を減らす必要があった以前とは違います。わたしは三対三ではなく一対一で、ルールを決めて彼らと決闘をしたいと思ってます」
「…………それにやつらが応じると思うか?」
「応じますよ。彼らにも彼らなりの誇りがありますから。決闘にわたしが勝てば、あなたのジャッジメントチェーンで、彼らにルールを遵守させる。そこそこの条件で、そして、二度と悪事を行えない程度に」
「……わかった。どちらにしろ他に、手は無いんだろう?」
「もう、仲間を失いたくはないですからね」

そう、もう仲間を失いたくはない。
酷くありきたりでチープな理由。

しかし、それだけが真実だった。











団長の携帯を使い、三人を呼び出す。
指定したのはヨークシン近郊の荒野、ウヴォーギンを殺害した場所だった。
邪魔は入らず、遠慮もいらない。
この死の満ちた荒野は、今夜の戦いに酷く似合っている。

フィンクス、マチ、パクノダ。
旅団もこれだけになってしまえば、復活することなどありえない。
しかし、対処だけはしておかなくてはならない、目の上のたんこぶであった。
命がけの目の上のたんこぶ、一体何の冗談なのだろう。
溜息を吐いて、見据える。


「よくもまぁ、ノコノコと顔を出せたな、お前ら」
「コソコソしてられる状況でも無くなりましたから」

フィンクスが不愉快気に、しかし少し愉しそうに言う。
仇を目の前にした憎悪、そしてそれを殺せる愉悦。
それが混ざり合った末の言葉なのだろう。

「一つ、お話したいことがありまして」
「あん?命乞いか?」
「…………似たようなところですね」

それを聞いて、フィンクスたち三人の顔から愉悦が減り、憎悪が埋め尽くす。
腕を鳴らしながら続きを促す。

「戦うには変わりがありません。ただ、あなた方の方のパクノダさんは、それほど戦闘向きではなく、こちらの内の一人もそう。わたしは、無駄な死人を増やしたいわけじゃあないですから」
「つまるところ、決闘か…………ふざけるな、舐めてるのかテメェ」
「あたしたちは既に、団長を含めた九人を殺されてるんだ。それじゃあ勘定が合わないね」
「四対三、熟練の能力者であるあなた達と言えど、数の不利はあります。結果として、わたし達が勝とうが、あなた方が勝とうが双方に死者が出る。それに死者の数を競うのは不毛です」

コンタクトを外して、見据える。
執着もせず、悲しみもせず、ただ逃げ出したわたしが、それをダシに使うというのは酷い話だと思う。
死者に意思があるのなら、わたしを外道と罵るだろう。
しかし、利用だけはさせてもらう。
今生きているのは、わたしなのだ。

「見覚えがあるでしょう?」
「…………ウヴォーに言わせたあれは、そういうことね」

パクノダが眼を伏せてそういう。
彼女は、酷く疲れた顔をしていた。
団長の死は、酷く応えたのだろう。

「ルールは一対一。あなた方が勝てば、わたし達全てを殺す権利を。わたし達が勝てば、あなた達に枷を嵌めさせてもらいます」
「枷?」
「枷の除念の禁止。わたし達に、直接的、間接的問わず、危害、又は不利益な行動を取ることの禁止。他者を害する目的の念能力の使用を、正当防衛、人助け、自己鍛錬を除いて禁止。要するに、悪事を止めてくれ、簡単な事です」

そこで言葉を切って、続ける。

「あなた方が勝てば、どちらにせよ、わたし達は殺せます。犠牲は一人も無く。仮に負けたとしても、枷の条件は重いものではないはずです」
「あたし達が勝った場合の権利の行使、それはどうやって確約させるんだい?」
「今からでも、どうぞ。後ろの三人、即座に殺せる状態に持っていって構いません。幻影旅団は、確かに社会的悪の盗賊集団です。ですが、決闘という真剣勝負の場でルールを違えるような、そんな下衆とは違うと勝手ながらわたしは思っていますから」

よくもまぁ、口からこうもベラベラと出るものだと久しぶりに自画自賛する。
仮に彼らが約束を違えた場合でも、他の三人には"仕込"がある。
その場合は、全員玉砕で、そして誰もいなくなった、というオチになる。

もしもわたしが負ける事があるとするならば、それは要するに四対三ですら負けていた、ということ。
その場合は、潔く負けを認めるしかない。

「おい!マチ、パクノダ、お前らそれでいいのか?散々卑劣な手口であいつらを殺した、こいつの話に乗るってのか?」
「フィンクス。癪に障るけど、このガキの言うとおり、総力戦ならかなりの確率で、あたしらの内の誰かも死ぬ。言ってる条件も悪くない。タダで全員殺せるなら儲けもんさ」
「そう、ね。呑んでもいいわ、ただ、一つだけ条件があるわ」
「調べさせろ、ですね。どうぞ」

パクノダが近づき右手に触れる。

「この決闘に、わたしたちへの隠し事は?」
「まぁ、それぐらいですかね」

クスリと笑って踵を返す。
仕込みは当然だ、ということなのだろう。

「まぁ、それぐらいの仕込みは当然だけど、先に話した方が不信感を与えずに済むと思うわ」
「何も出てこないより、出てきた方がちょっと安心するじゃないですか」
「何の話だい?」
「わたし達がルールを破り、彼らを先んじて殺そうとすれば、仕込みの爆弾で道連れに。信用しているとか言いながら、よくまぁ」
「フン、まぁ他に欠陥がないんなら、それでいいさ。フィンクス、ガキ相手だからって舐めるんじゃないよ、あの変態野郎が惚れてたガキだ」
「チッ、結局そうなるのかよ。まぁいい、分かってるよマチ、遠慮なく殺してやる」

マチがわたしの後ろに回り、全員の首に念糸を巻いたのを確認して、構える。
フィンクスはその膨大なオーラを練り上げて、声をあげる。

「思えば、テメェにコケにされたのは二年前だっけなぁ。今でも思い出すぜ」
「本当、愉快でしたよね。わたしは本当のところ、大分必死だったんですけど」
「抜かせ、必死なやつが人をあそこまでコケに出来るか。あの時の恨み、あいつらの分も合わせて、たっぷり返してやるよ」

気持ちを落ち着かせて、力を抜く。
主観ではなく、客観視。
恐怖も畏怖も、すべて思考を狂わせる、重い枷だ。


人形たちを展開させると、一気に踏み込んだ。
いかに虚を突き、実力を出させず、仕留めるか。

結局のところ、勝負というのはそこに尽きる。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 57話 ヨークシン編 了
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/27 17:52
五十七





開始早々の胴廻し蹴りに、多少の虚を示したものの、フィンクスは難なく避ける。
当然のことながら、この状況であればフィンクスの反撃も可能であり、手を振りかぶってその膨大なオーラをその手にたぎらせた。

無論、わたしもこれがダメージになるなどと思ってはいない。
糸を身体に巻きつけると、スカートの下に展開済みの『秘密の花園(ガールシークレット)』から騎士人形を射出、フィンクスの足を狙って、打ち出す。
それに気付いたフィンクスは少しバランスを崩しながらも皮一枚で回避。
手に集まったオーラは霧散し、足元に集中すると、後方に離脱する。

多少のダメージはあるものの、そのまま殴りつけてくれさえすれば、半分勝負は終わったようなものであったのに、少し残念。
袖からガンマンの銃だけを出させて、散弾風味の念弾を叩き込む。

「ぐっ……!?」

後ろに避けながら、手で身体を庇ったため、期待していたほどのダメージを与えることは出来ず、スリップダウンのような形でフィンクスが転倒する。
接近しての攻撃になる以上、フィンクスは一撃でわたしを行動不能にしない限り、倒すことは出来ない。
致命的な一打さえ浴びなければ、フィンクスを糸で捕らえて傀儡にできる。
ワンサイドゲーム。
戦いに、緊迫感は必要ない。

二体の人形を格納すると、三体の少女人形を展開、フィンクスを囲む。
程よく弛ませ、隙間を減らし、そうしてフィンクスを待ち構える。
焦りはミスを、勝利の旗を見れば、人は落とし穴を見逃してしまう。
ゆっくり、確実に、冷静に。
そうして相手を絡めて、手を封じる。
感情は念を左右する。
だからこそ、自身を冷静に、冷徹に。
安定感の無い力に意味は無い。

「っ…………なるほど、そういうことか」

フィンクスが念糸に気付く。
しかし、焦るところでもない。
糸に眼を凝らせば、それだけ集中力をそちらに割かれ、今度は見えるものへの対処が疎かになる。
右を見ながら左を見ることは、いかなる人間にも出来ることではないのだ。
それに『我侭な指先(タイラントシルク)』はあくまで制圧手段の"一つ"であって、それ全てがわたしではない。

フィンクスを完全に抑えるには十指全てが必要であろうし、それで決めるのは難しい。
あくまで終結に到るための糸、決め手は他にある。

首をコキコキと鳴らして、全身に痣を作りながらも立ち上がる。
防御力が高い上に、後ろに退いている状態、骨の一本くらいは折りたかった所であるが、そう高望みもしていられまい。

「糸に絡めて動きを逸らす、って寸法か。以前会った時、オレに空振らせたのはそれだな?」
「面白いくらいにかかってましたね、あの時」
「…………ああ、本当にな。二度は同じ手にくわねぇよ。それに、一撃で仕留めりゃいい話だ」

至極まともな言い分で、わたしをどう倒さねばならないのか、それをきちんとフィンクスは理解している。
ただ一つ、同じ手には食わない、それだけは前言を撤回させる必要がある。

両腕をぐるぐると廻しだし、オーラを溜める。
一、ニ、三、四、五、六、七、八、九。
十分すぎるオーラが両腕に集まり、満足げな表情を浮かべてこちらを見据える。

「何処に当たろうが、お前くらいならどう考えても仕留めれる。それで終いだ」
「本当、"当たれば"ですけど」
「へっ、口のへらねえガキだな」

当たれば確実に死ぬ。
手足に当たれば手足が飛ぶどころか、体の方にも伝播する。
そしてそれが最大の好機だった。

彼は勘違いをしている。
勝負を本当に決めるのであれば、仕留めに来る、のではなく、仕留める過程で相手を仕留めなければならない。
仕留めそこなった時の反動は、一瞬で致死に到るほどに、大きいのだ。

背後の崖に向かって大きく跳躍すると、そこを足場にして、こちらに跳んでくる。
展開してあった包囲網を大きく飛び越えて、来るフィンクスを見据えながら、こちらも後ろに跳躍した。
足元の土の下には満遍なく『我侭な指先(タイラントシルク)』を張り巡らせている。
フェイタンの時にも使った手。
実質、近づいて攻撃をしなければならない相手は一定時間わたしを放置した時点で、すでに詰んでいる。
フィンクスが立ち上がるのは黙ってみていたのもそれ。
仕切りなおすか、遠距離操作が可能な能力を使うか、その二つをしない限り、確実に糸に絡まる。

念糸は限りなく薄くしたオーラで出来ている。
両手にあれだけのオーラを込めれば、目は疎かに。
わざと太く作った少女人形のそれに眼を奪われ、確実にフィンクスは糸を見落とす。
見落とさなくても、跳躍してしまった時点で、見落としたも同然だった。
罠をしかけたピアノ線のすぐ後ろに、同じような艶消しピアノ線や地雷を仕掛ける。そんな、オーソドックスな罠だ。
しかし初見で気付けるほど、人間の思考は上手く出来ていない。

前にもこんなことをしたような気がする、と思って少し考えると、すぐに思い当たった。
これは、そうだ、ハンター試験での彼らとの戦いに非常によく似ている。

糸が付いたことに気付かず、当たれば必死の武器を手に、迫る。
わたしはそれを見て驚き顔を作り、後ろに逃げる。
しかし後退するわたしと前進する相手であれば、どう考えても後者のほうが有利になり、距離は一瞬で縮まっていく。


恐らくは牽制の左手が振るわれ、それを帽子を"落としながら"ギリギリ避けて、後ろに転がるように跳ぶ。
観客は遥か前方。
わたしはフィンクスが陰になり、帽子の中を"覗けない"。
見えるものを見落として、彼が勝利を確信した瞬間、それが合図だ。



―――大きく腕を振りかぶる、フィンクスの顔に喜悦が走り、驚愕したのはほぼ全員。

「いっくぜぇぇぇがっ!?」

頭の位置を調節、程よい位置にされた後、シルクハットの下から射出された騎士人形に後頭部を直撃され、昏倒した。

『我侭な指先(タイラントシルク)』が付いておらずオーラを纏っていないとはいえ、後頭部に高速で射出される特殊合金の塊の威力は絶大だ。
そしてそれが、全く後方からの攻撃を意識していない状況下で、後頭部に直撃すればどうなるか。それは想像に難くない。
わたしを殺すために両腕に集中させたオーラが仇になった。

彼のやられ方は以前の時の焼き直し、しかし今回は逃げる必要も無い。
倒れようとするフィンクスを、糸で縛って立ち止まらせると、息を吐く。

これで、終わり。
勝敗は決した。今わたしは、フィンクスの生殺与奪を握っている。
それを彼らに告げるべく、わたしは左手を大きく天に掲げた。














「納得がいく戦いじゃないけど、約束は約束だ。それすら守れないようなやつは、少なくともこの三人の中には、いや、"クモ"にはいない」

寂寥感と誇りを持って告げるマチのその顔を、複雑な表情でクラピカが見る。
わたしも本来ならば、彼のようにあるべきなのに、わたしの視線は次にいっていた。
彼とわたしは、正反対だ。
クルタの誇りを胸に秘め、復讐に立ち上がった男と、己が身可愛さに全てを捨てて、逃げた女。
それがこの、現状なのだろう。

「わかった。ルールを定める」

小指から鎖を垂らすと、予め定めた文言を告げる。
一つ、枷の除念の禁止。
二つ、わたし達に、直接的、間接的問わず、危害、又は不利益な行動を取ることの禁止。
三つ、他者を害する目的の念能力の使用を、正当防衛、人助け、自己鍛錬を除いての禁止。

これで、本当の意味でクモは死んだ。
嬉しくもなんともない。
倦怠感が身体に残るのみ、それもきっと、鈴音が眼を覚まさないからだ。

「これで終わり、か。お前が追い詰められた時、負けるんじゃねぇかってひやひやしたぜ」
「言ったじゃないですか。わたしは、純粋な強化系には負けない、と」

―――よっぽどわたしの能力に詳しい人でもなければ、という言葉を付け足して、そう言った。
この三人から漏れることは無い。
わたしの能力を知る人間で、尚且つ敵対した人間はこれで全て対応できたのであるし、残るところは、ヒソカだけ。

鈴音を助けなければならない。
しかし同時に、彼との決着を着けなければならない。

もう、逃げることはできない。
いつか来るかもしれない崩壊に怯えながら過ごす、そんなことは出来やしない。

まずはグリードアイランド。
大天使の息吹を手に入れ、鈴音を助け―――


そしてそれから、わたしは全てに決着を付ける。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 58話 グリードアイランド編
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/27 17:53

五十八





グリードアイランドプレイヤー選考会に潜り込むのに、イルミの方からミルキに掛け合ってもらって、とっくに入手期限を過ぎていたオークション入場許可証を手に入れてもらった。
八日の晩に終結して、一晩寝て、九日。
当然入場許可証のカタログはオークション開始と共に販売を終了していて、間に合わなかったのだ。
無駄に二千万も使用したのには憂鬱になるが、もうこれ以降に消費することは無い。
貯金はライセンスが思いのほか高く売れたため、十と少しある。
これから暮らしていくには十分すぎるくらいにあるのだから、必要な支出として眼を瞑るべきだろう。


今回気をつけるべきは、プロハンターであるビスケットクルーガーと、"爆弾魔(ボマー)"。
前者は旅団戦闘要員よりも遥かに格上(と思われる)事から、まず敵対すべきではない。
目的物はブループラネット。
ゴン、キルアと敵対した場合、必然的に彼女と戦闘になる事は容易に予想できる。
これをどうするか、だ。

そして"爆弾魔(ボマー)"。
こちらは三人行動の戦闘系能力者。
触れられればアウト、という典型的な近接能力者で、内、ゲンスルーは旅団戦闘要員級の能力を持つが、単品であれば対処は可能。
ただ、確実に正々堂々戦いましょうといえるような相手ではなく、戦闘になれば三人同時、予め何らかの予防策をしておく必要があるだろう。


「本当、重ね重ね、ですね。ご迷惑おかけします」
「カッ、いいってことよ。それに、カストロさんの代わりにあんたに修行も付けてもらわねぇと損だからな」
「あはは、まぁ、カストロさんほど上手く行くかは分かりませんけど。わたしが天才過ぎて、ついていけないなんてことが」
「…………本当可愛くねぇやつだなてめぇ。協力してやんねぇぞ?」
「なんだかんだいって優しい人なので、きっとか弱い美少女のお願いは聞いてくれるはず」
「自分で美少女って言いやがったなお前…………チッ、へこたれて少しはまともになったかと思ったら、化けの皮が剥がれただけか」
「金メッキが剥がれた中はダイヤモンド、みたいな感じでして」
「………………」

ハンゾーが頭を抱えて深い溜息を吐く。
クラピカは仕事に戻り、ポンズはカストロの実家を探しに行った。
わたしは、彼女に謝らなかった。
それはわたしの今の生を否定することに繋がり、そしてカストロの行動を否定することだ。

わたしがカストロを殺したわけではない。
彼が彼の意思でわたしを救ったのだ。
だからわたしは彼に感謝して生きるし、祈りもする。
だけど、謝りはしない。
二者択一の選択肢をカストロは選んで、その結果に今のわたしの生があるのであれば、こうあるのが彼の意思なのだ。
わたしが生きていてごめんね、わたし達が死んでカストロが生きてればよかったね、などと言う事は、命を賭した彼への侮辱なのだ。

彼女には酷くそのことで責められたが、そう告げた。
納得はしていなかったが、理解はしてくれた。
和解することは無いかもしれないけれど、それは確かにわたしが背負うべき業なのだろう。
そう"傲慢"に納得して、わたしは前を向いたのだった。












会場に着けば、もうすでに人は満、恐らくは時間前から集まっていたのだろう。
本来であればわたし達もそうあるべきなのであるが、別段今回の選考会にはそんなものが必要でないことは事前知識から知りえていた。
無駄な時間を使わずに済んだと欠伸をしながら席に着く。
後ろから、黒と白のトンガリ頭を見つけ、金髪ツインテールの"少女"を確認したところでハンゾーが話しかけてくる。

「おい、あれ、ゴンとキルアじゃねぇか?」
「みたいですね」

彼らと行動をするか、否か。
最大の難関であるビスケがどう関わってくるかはその行動によって決まる。
一応顔合わせだけはしておいて、別行動、そして途中合流。
それが一番ベストだろうか。
彼らの目的はジンの手がかりで、指定した人間の下へ複数人を瞬間移動させる『同行(アカンパニー)』を使い、ジンの元へ辿りつく事。
それにビスケのブループラネットで三枚。
そこにどう入り込むか。

ビスケと仲良くなり泣き落としでも出来れば問題はなくなるが、そう容易くいくとも思えない。
彼ら二人をどうにか納得させて、"大天使の息吹"を入手、それを持ち帰るというのも、今までの彼らとの関係から見て少し難しい。
結構手酷くあしらってきた今までを水に流せというのも中々に厳しいだろう。
それでも説得は出来なくもないだろうが…………弱みを見せてというのは非常に卑怯だ。

いや、よくよく思い出せば彼が『同行(アカンパニー)』に気付いたのは、クイズに正解した後ではなかったか?
ならばいくらでも入り込む隙はある、か。
そこで一旦考えるのをやめて、ハンゾーを見る。
ハンゾーは頷くと、彼らに呼びかけた。

「おい、ゴンとキルア!」

ハンゾーの声にゴンとキルアが振り返り驚く。
立ち上がって、座席を飛び越え、目の前まで来てから酷くいやそうな顔をした。

「ハンゾーに………………カグラ」
「どんな組み合わせだよ……ってか、ハンゾーはともかくなんでお前が……」
「失礼ですね。仮にもハンターなんですけど」

元だけど、と心の中で呟いて二人を睨む。
予想はしていたがなかなか失礼な二人組だ。

「いやまぁ、元々隠者の書を探してるオレとは違って、やる気の無いお前がいるとは思わないだろ」
「お前ポンズとハンゾーから金巻き上げておいてまだ足りねぇのか? 酷ぇ金の亡者だな」
「…………あんまりお金に執着すると良くないって、ミトさんも言ってたよ?オレ達もそれで痛い目見たし」
「…………なんでそんなあんまりな評価に。わたしは清貧を地で行く薄倖美少女なんですから、こんなところにいるイコール人助けに決まってます」
「清貧で行く奴が自分で薄倖美少女なんていわねぇんだよバカ! 言っておくけど"今回は"オレとゴンが賞金取るからな。ちょっと前折角のチャンスだったのに、イルミに密告りやがったのテメェだろ!?」

そうキルアが怒鳴る。
イルミが余計な事を口走ったのか、彼らの旅団追跡を密告したのがバレていたらしい。
少しイルミを恨んで反論する。

「自殺行為を止めただけじゃないですか。旅団を追うなんて馬鹿な事、赤ちゃんでもしませんよ」
「赤ん坊が旅団を追うわきゃねーだろ! オレ達はプロだからいいんだよ!」
「まぁまぁまぁ落ち着こうよキルア。久しぶりに会ったんだからさ、もっ」
「落ち着けるわきゃねーだろ! こいつのせいで一千万も無駄になったんだぞ! 一千万だぞ一千万、分かってんのか!?」

吼えるキルアと宥めるゴン、いいコンビだなぁ、と欠伸をして前を見ていると、黒服がステージに出てきた。
人差し指を唇に当てて、静かにするよう告げると、彼らも前を向いて黙る。
説明が終わってすぐに、ビスケが飛び出す。
その時点で一旦面識を得ておく、というのも有りだろう。キルアの怒りは暫く収まりそうも無いし、早めに抜けておこう。
そう考えてハンゾーの肩を叩く。

「選考の順番は関係ないんで、人が少なくなるまで座ってていいですよ。流を見せればまぁ、ハンゾーさんなら合格できます」
「ん、カグラはどうするんだ?」
「ちょっと先に入って目ぼしい人と話でも。ゲーム内容から言って、コネが多いに越したことは無いですから」
「わかった、じゃあ後でな」
「ええ」

席を立つとさりげなく前の方に移動する。
見ている限りそれほど強そうな使い手は見当たらない。
やはり問題はビスケとゲンスルーくらいだろう。
除念師らしき男もいたが、これも障害にはならない。

「―――審査を受ける方はこちらからどうぞ」

説明はプロハンターツェズゲラがステージの上で念能力選考します、ちゃんとカーテンは区切るよ! という簡潔極まりない話で聞いてても聞いてなくても同じような中身の無いものだった。
こんなものだっただろうかと思い出そうとしたが、すでに記憶に無い。
きっとこんなものだったのだろうと、とりあえず並びだす。

前にビスケの姿は見当たらない。
少し後ろを振り返って、その姿を確認すると、安堵して前を向く。
見た目は極々普通の北欧美少女である彼女の最終形態は、一体どんなものなのだろうか。
それに少しだけ興味が涌いた。
















「いいだろう、合格だ。さっきの娘も連れ合いか?」
「いいえ? さっきの娘というと、あの帽子を被った人ですか?」
「なんだ違うのか。いや、外見で判断するのは悪いと思うが、二人ともその年で、かなりの腕だからな。すこし驚いただけだ、すまんな」
「いえいえ、それでは」

あの娘も通ったのか。
少し驚いて眉を顰める。
後ろの方から説明中に移動して、並んだ娘だ。
非常に美麗な顔立ちをしていたように思う。

選考を正しく理解していた故に前に来ていたか、それとも三十二名に焦ったか。
雰囲気から見て後者だろうとなんとなく当たりをつけていたのだが、外したらしい。
それほど整っていない纏を見ても、受からないだろうと思ったのだが、案外あたしと同じ"狐"の類であるのかもしれない。
少し探りを入れるかとステージを抜けて合格者の会場に向かう。

ツェズゲラはそれなりに有能な能力者に見受けられた。
一つ星ハンターという称号も納得できる程度には。
それをして、かなりの腕、と言わしめる十と少しの少女。
非常にきな臭い。

合格者会場に着くと、先ほどの少女が欠伸をしている姿が眼に入る。
彼女も同じくこちらを見ていて、少し恥ずかしそうに口を閉じると会釈をした。
鬼が出るか蛇が出るか、果たして目の前の少女の胸には一体どんなカラクリがあるのか。
纏は先ほどと同じく、お世辞にも綺麗とは言えない、低レベル。
発が幾ら優秀だと言えど、それでは凄い腕とは言わないだろう。
まず間違いなく、彼女は実力を隠している。

こちらも軽く会釈をすると、彼女の真横に座って声を掛ける。

「こんにちは」
「…………まさか同じ位の女の子がいるなんて思いませんでした」

驚いた風に少女が言う。
近づいてみれば、これがまた滅多に見ないほどの美少女だった。
小さな顔に大きな瞳。パーツはどれも丹精で、髪も透けるような金髪。
"造った"自分のそれが酷く負けているような気がして、少し顔が引き攣りそうになる。

「あたしはビスケット・クルーガー、あなたは?」
「カグラ、です。ファミリーネームはありません。ここに来られたのは賞金目当て、ですか?」
「うん、そうなるかな。それと、この中でしか見れない宝石があるって聞いて。宝石ハンターなの、あたし。あなたは?」
「わたしはここにある何でも治療できるアイテムの噂を聞いて、ですね。―――友達が眠り姫でして」

そういって少し眼を伏せる。
その動作が酷く堂に入っていて、またしても顔が引き攣りそうになるのを堪える。
これは、あたし以上の美少女っぷりだ。
少し負けた気分になり、必死に天然ものかそうでないかを見分けようとする。
あたし以上に年季の入った"つわもの"か、はたまた天然製品の美少女か。
彼女は、少なくともこの"纏"という嘘をついている。
強かである。
しかし、だからといって、イコール同類とは限らない。
自分の勘がいっているからそう思いたいのか、それとも認めたくないからか。

「そう、大変ね。一人できたの?」
「いいえ、一人ハンター仲間と。さすがに、わたし一人では難しいでしょうから」
「へぇ、そうは見えないけど?」
「そうですかっ…………!?」

そこそこ本気で手刀を放つが、止められる。
流を用いたあたしの攻撃に、"ぴったりと"併せられた流。
危険察知とそれに対する身のこなし、オーラの攻防力移動。
先ほどまでのオーラの淀みは無く、感嘆の息を吐きたくなるようなオーラの流れ。
間違いなく一流のそれだった。

「何を…………?」
「結構本気で打ったのに、さっきまでの纏は偽装?」
「…………下手に敵を作るのは怖いですから」
「そう、残念だね。最初からそうしてたら怪しまなかったのに」

狐、それも結構とんでもないレベルの。
同類か、と考えて、さらに問う。

「油断させようと考えたのなら、甘かったわね。あたしはそれほど耄碌してないわ、プロでしょあんた?」
「もう元…………という形ですけど」
「いくつ?」

まさかこれで年下ならば、あたしの完敗だ。
美少女への偽装、誰よりも自信を持っていたそれを打ち破られる。

「見ての通り、十二です」
「あたしをバカにしてるね? いや、喧嘩を売っているの? 十二でライセンス取って売る奴がいるわけないでしょうが!」
「いや、いてもおかしくは無いと思うんですが。なんでそうなるんですか…………?」

困ったように眉尻を下げる少女の顔を見て、その堂に入った表情の動きを見て、さらに顔が引き攣りそうになる。
非常に不愉快だ。
自分の土俵で、舐められている。
自分の念能力者としての全てが、否定されている。

「あたしは五十七、正直に言ったわ。答えなさい、次は無いわよ」
「……だから、十二です。ライセンスは諸事情で手放してしまったので」
「諸事情、諸事情ねぇ。つまり、試験を受けれるようになった前回、又は前々回でライセンスを取るも、"諸事情"ですぐさま手放してしまった。しかし念の腕は一流で、そこら辺のプロ連中じゃ相手にならないくらいの凄腕で、尚且つ超が付くような美少女がわたしです、と。ね、今の聞いてておかしいと思わないわけ?」
「…………聞いてみると確かにおかしいですが、事実ですし」

尚も困ったように眉を顰めて言うところが、凄いと思う。
認めるしかないだろう。これこそが、本物で、あたしのそれは偽者なのだ。
美少女偽装の極み、その完成形が、ここにいる。
あたしの凄みに耐えてまで、固持する。
これが、そうなのだ。

「…………そう、わかったわ。そこまで言うなら"今は"そういうことにしてあげる」
「……ビスケット、さん?」
「あたしの負けだわよ。認めるわ。だから、次は負けない。あんたの本性、暴いてあげるわ。このグリードアイランドで必ず」
「いや、ちょっと待ってください! 絶対なにか誤解して」
「いいから!今回はあたしの負け。だけど、次会った時は覚えておきなさい」

席を立ち上がる。
この美少女然とした女の傍にいるのは苦痛だった。
五十七年生きてきて、こんな屈辱は初めてだった。
高い背と、筋肉質な体。
そのコンプレックスを克服するためにしてきた、その苦労と成果。
それが足元にも及ばない存在。

同じ天を、倶に戴けず。
不倶戴天の敵―――生れ落ちて五十七年、初めてあたしは、その言葉の意味を知る。

「また会いましょ、カグラ」
「へ? …………あ、はい、また……」

ぽかんとして、呆けた表情がなおさらリアルで、それが恨めしい。
キッと睨みつけると踵を返して、離れた席を探して座る。
まさか、偶々選んだ仕事で、こんな人生の一大事に出遭うとは。


カグラ。
その名前を脳髄に深く刻み込んで、時を待った。













「ん? どうしたカグラ? うつ伏せで」
「…………いや、ちょっと、何だか分かりませんが、失敗してしまったみたいです」
「…………そうか」



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 59話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2009/12/30 22:18
五十九




「あ、わたし、最後でいいですよ」

訝しんでこちらを見るものが数人いたものの、異議を唱えるものもいない。
別段ここでの一時間が後に大きな障害となることも無いのだから、急いても仕方の無いこと。
ハンゾーにも目で促すと、彼も同じように、それじゃあケツから二番目で、などと黒服に言う。

とりあえずは他を抜き去るということを考えればカード収集の努力は不要。
最終的に漁夫の利を得ることだけをじっくり考えておけばいい。
97枚のカードを"爆弾魔(ボマー)"が最終的に所有し、狙うのは『一坪の海岸線』と『奇運アレキサンドライト』だ。
主人公組も結果を見るならば、"爆弾魔(ボマー)"のおかげでゲームをクリアできたといっても過言ではない。
そしてそれを成しうるためには防御スペルを独占し、攻撃スペルで百枚到達を狙う"ハメ組"の死は既定事項となる。

目的はあらゆる傷を瞬時にして回復させる『大天使の息吹』。
それ以外は正直どうでもいい話であるのだが、主人公組をどうするか。
あの二人に関して言えば、クリア目的などあってないようなもの。
ゴンの父親、ジンの手がかりを探すという目的でここに来たのだ。
そして"手がかり"に気付くのは最後の最後、であればそう考えると彼らにカードは必要ないとも言える。

原作どおりにビスケと組み、三人組となるかどうかは不明瞭であるが、なった場合にはどうするか。
『一坪の海岸線』を彼らの力無しに取得するのは難しい。
ツェズゲラのようにその時だけ協力するか、それとも奪取するか。
前者のほうが容易ではあろうが、その場合わたしがゲームクリア報酬の三枚の内、一枚を入手する、という条件を達成するのは難しい。
まず初めに、雇い主の女が死ぬか否か、それすらも定かではないのだ。
彼女がクリアまでに死ぬ、という結果は既に原作であるものの、今回は既に歴史が変わっている。
それこそゾルディックにでも頼んでおけばよかったか、などと思いながら、次々に向こうに飛ばされる金の亡者を一瞥する。

「中々怖い顔してるじゃねぇか」
「結構な人数が死ぬ予定ですからね」
「…………殺すのか?」
「場合によれば。わたしはわたしに忠実ですから、自らの望む結果を他者に譲るなんてことは致しません」

少し見上げてハンゾーを見ると、彼もまた、わたしと同じような眼をしていた。
彼は元々が忍者だからか、人の生死に頓着はしない。

「今回の話の筋書きはもう、実は知っているんです」
「………………」
「実は知り合いがちょっとした予知能力者でして、数十人が少なくとも半年で亡くなる事は確定してます。助けることも出来ますが、少々手間ですし、時間もないですから」
「俺は何もいわねぇさ。人間なんざ独善的なもんだからな、飯のために人を殺したりもする。俺に回ってくる仕事でも、俺には全く関係無ぇ幸せそうな人間を、自分の飯のために従って始末した。悪いとは思っちゃいねぇ、自然の摂理だ」
「自然の摂理、道理ですね。結局のところ、勝ち取れるか勝ち取れまいか、その結果次第。悪い結果が出る理由は常にその過程を全うする自らに非があると、そうわたしは考えてます。例えば、凄く可愛くて天才で非の打ちようの無い超弩級美少女カグラちゃんが嫌われたりしてしまうことがあるのは、世界を変えていないわたしが悪いのだ、と」
「おいちょっと待て、後半がおかしい」
「とはいえ、わたしは少し面倒くさがり…………もといか弱く病弱な深窓の薄倖美少女でもあるので、それは少し改善し辛い点もあるので、あまり人のことは言えないのですが、要約すると、自己責任、みたいな」
「何処を要約するとそうなるのかよくわからんがまぁ、とりあえずそういうもんであるのは間違い無い。そいつらだって金目当てに来たんだろうしな」

人は幸福を得るために生きる生き物なのだ。
自殺者とて、今いる生よりもずっと楽であろう、無になることを望んでいるだけ。
そういう"幸福"を求めて命を絶っているに過ぎない。

わたしがここに在って、そして故に幸福を求め、その過程で多くの求道者が潰える。
それをわたしが望んでいるのだから、倫理などはもはや関係の無いこと。
"非日常の幸福"を望むわたしに、日常の倫理なんていうものはただの枷。

成しえざることを成すためにこそ、わたしはここに来たのだから、何一つ、後悔などしない。
わたしはわたしの世界に生きている。
わたしが不幸であるのならば、その他など不愉快なだけだ。
わたしはそうあるべきなのだと、わたしは思う。

怯えて身を引くのは、もう、ごめんなのだ。
そんなの、ちっともしあわせなんかじゃない。

鈴音さえいれば、わたしはしあわせ。
だけど、鈴音がいない世界に、興味なんか欠片も無いのだ。

だからわたしは、何一つ恐れるものもない。

"生きている"か、"生き返らない"か。
その結果を見る過程に、遠慮などしては日が暮れる。













説明を飛ばしてグリードアイランドの大地に足を下ろす。
見渡す限りの草原。異質なものは視線だけ。
視線は二方向、原作どおりどちらに行くかと考える。
とりあえず『奇運アレキサンドライト』だけは念のために手に入れておきたいところであるし、アントキバに向かうべきか。
しかしどちらがアントキバか分からない。
少し頭を捻りながら、電球頭の男を見る。

「どうです?」
「北の方がやや近そうだが、どうする?」
「んー、んじゃそっちに言って聞いて見ましょう。アントキバって場所、探してるんですよ」
「オーケー。俺は全くわからんからな、お前に任せる」
「そうしてください。ああ、基本として、他のプレイヤーと対峙したらすぐに本を出してください。スペルを防げるのはスペルだけ、というルール上、そうして無いのは初心者だと思われるそうで」
「へぇ、逃げられないのか?」
「ええ多分」

そら面倒なこった、と歩き出し、わたしも続く。
とりあえずは指定ポケットカードを攻撃スペルから完全に防御する『堅牢(プリズン)』とそれを増殖させるための『複製(クローン)』を9枚。
19/20で幸運、1/20で死にも至りうる不幸を使用者に与える『リスキーダイス』でカードを延々と誰かに買わせるというのが中々よい案のような気もする。
出た『離脱(リーブ)』でカード集めの傍らに。
唯一のカード購入場所である魔法都市マサドラで時間を潰すのもありだろう。
きっと喧嘩を売ってくる人間も多い。
中々の良案であるが、とりあえずは『リスキーダイス』を手に入れる必要がある。

それをどうするか、と思っていたところで、早速獲物がかかる。

空から飛来する光から、着陸地点を予測。
『我侭な指先(タイラントシルク)』を張り巡らせて構える。

着陸と同時に体の操作を奪い、ハンゾーが腕に毒クナイを投げつけ、腕を取る。

「ひっ……」
「おい、何のようだ? "お前の命は俺が今握ってる"。クナイにゃ特性の毒を塗ってある。いつでもどこでも、鼻くそほじりながらだろうが俺の意思一つでお前は死ぬ。わかったか? おかしなこと考えずに、だまって聞かれたことに答えてろ、いいな?」
「は…………ひ…………」

青ざめた男は、原作でゴンとキルアが遭遇した男。
つくづく運が無い人だなぁと思いながら尋ねる。

「『同行(アカンパニー)』持ってます?」
「はい……持ってます」
「そうですか、良かった。ちょっとここに来たばっかりで、わたし達カードが一枚もないんです。頂けますよね?」

ブック、と唱えることで、本が手元に現れる。
見事なほどにすっからかんで、どうしようかと思っていたのだが、丁度いいところに現れてくれた。
男は震えながら何度も頷いて、本を見せる。

指定ポケットには申し訳程度に合計四枚のBランクカードがある程度で、特筆した点は無い。
とりあえずそれを移し変えて、お金と目ぼしいカードを『同行(アカンパニー)』二つを除いて渡してもらう。

「"お願い"は三つだけです。アントキバとマサドラ、この二つにわたし達を連れて行ってもらうこと。勝手にゲームから離脱しないこと。わたし達から連絡があった時、何を置いてもすぐに出て、指示に従うこと。簡単ですよね?」

怯えながら必死に頷いて頭を地面に擦り付けながら男が謝る。
これではまるで悪者のようだと思いながら溜息を吐いて、空を見上げる。
できれば『リスキーダイス』も持っててほしかった、などと思っていたところで名案を思いつく。

「あ、それじゃあ、もう一つ追加で。わたし達を送った後は、一月以内に指定ポケットカードの『リスキーダイス』を持ってくること。期待してますから頑張ってくださいね」

笑顔でそういうと、なぜか男は絶望したような顔になって、お許しくださいなどと言い出すので頭を抱える。
そんなカードを取れもしないのにどうしてこんなところに来たんだろう。
よもやクリアできるとは思ってもいまい。

「おい、やるかやらねぇかじゃなくて、頑張って生きるか諦めて死ぬか、なんだよ。まさか死にてぇのか?」
「…………分かり、ました。けれど、一月は」
「あ?」
「あ……いえ、なんでもありません。すぐお送りします」

悪者のようだ、ではなくこいつ"は"悪役だ、と心中で呟くこともなく、口に出した。

「そんな酷いことよくできますね。わたしまで悪者みたいじゃないですか。こんなに可愛いのに」
「関係ねぇだろ! それにお前が言えたセリフじゃねぇ……」
「酷いですね」

そんなことを疲れたような顔で言われて、少し傷ついた。
こんないたいけな美少女に、なんてことをいうんだこの電球は。

「ああ、なんて酷い。傷つきました……」
「……なぁ俺、やっぱり帰っていいか?」
「修行ですから」
「いややっぱり、帰って一人で修行を」
「修行ですから」
「………………」
「やっぱり、何事も途中で投げ出したら駄目ですよね、本当。ハンゾーさんなら分かってくれると思ってました」
「俺、何も言ってねぇだろ……」

心底疲れた様子のハンゾーを見ながら、とりあえず喜ぶ。
働くことなくご飯を食べれるというのは素晴らしいことだ。
鴨がネギと鍋を背負ってきてくれるとは思わなかった。

やっぱりきっと、世界は、わたしを中心に回っている。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 60話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/02/19 21:55
六十



「それを振って、カードを買う。回数は出血大サービスで僅か十回! それで開放です」
「ゆ、許してください! 約束どおり持ってきたじゃないですか? 他のことなら何でも、だから!!」
「おい、前も言っただろ? やるかやらねぇかじゃなくて、死ぬか死なねぇかなんだ。今すぐ死ぬか、可能性に縋るか、どっちがいい?」

とりあえず『奇運アレキサンドライト』を千ゼニーを対価に手に入れて、後は予定通り『リスキーダイス』。
まぁ、確率的には二十分の一。それを引かなければ生き残れるのだし、まぁまぁ上等ではないかとは思ったのだが、男は泣きながら許しを請う。
本当ならば二十回はやらせる予定だったのだから、非常に良心的では無いか。

「約束どおり持ってきたから十回なんじゃないですか。ああ、空からいきなり人が飛んで来て、わたしは凄く怖かったのです。男性恐怖症になってしまったやも」
「そいつぁ大変だ。男として、責任を取らなきゃな?」

男は何か否定したいようだったが、諦めて顔を伏せる。
それを真下から覗き込むようにハンゾーが顔を近づけ、これがいわゆる強請りというやつか、と妙に納得した。
そんな風にしているとわたしまで犯罪者に見られそうだったので、少し下がる。

「おい、なんで下がってんだ」
「いや、まぁ、なんとなく」
「てめぇ……。ともかく、振ることは決まってるんだ。何、十回振るだけだろ? 大丈夫だって」
「他人事だからって酷いことを……心が痛いです」
「お前が言い出したんだろうが!」

間違って振ってしまわないようにハンゾーがそれを手渡しして、男が震えながら地面に転がす。
顔は青ざめていたものの、出目は大吉。
ほっと息をついて、一人、カードショップに向かう。
流石に中で振らせるのは世間の眼があるので、少し離れたところに陣取って。

「……前から思ってたけど、あんた相当外道だよな。こんなことを即座に思いつくところが」
「またまたそんな酷いことを。わたしみたいな美少女を捕まえて外道だなんて」
「命がけのダイスを振らせてカードを買わせるって発想がもう外道じゃねぇか」
「脅したのはハンゾーさんじゃないですか。わたしは買ってきてくださいと"お願い"しただけでして」
「おいおいおい俺のせいか!? 俺のせいにするのか?」
「わたしみたいにか弱い美少女に、怖くてそんな人を脅すなんて出来るはずもなく。ああ、誤解はこうやって生まれるんですね」
「それこそ誤解だろうがこの鬼畜野郎!」

だーだーと喚くハンゾーを横目で見ていると、カードを二セット買ってきた男が戻ってくる。
まずリスキーダイスの効能を検証しておく必要があった。
果たして、同時にカードを二セット買えば両方共にその効果は発揮されるのか。
息を切らせて本を開き、中身を見てみると、片方は豪勢な高性能カード三枚。もう片方は普通のクズカード三枚。
溜息を吐いて、男を見る。

「残念です。もしかしたらもう一回ダイスを振るだけで開放されたかもしれませんのに」
「え…………?」
「後九回、宜しくお願いします。勿論、1パックずつで」
「ゆ、許し」
「お願いしますね」

絶望が濃くなり、目尻に涙を浮かべる。
そういってダイスを渡すと、男はもう諦めたのか、非常に荒い息を吐きながらも速やかにダイスを転がした。
再度転がったダイスは大吉を示し、もう一度安堵の息を吐いてカードショップに向かう。

「おい悪魔」
「失礼ですね。何処の美少女を捕まえてそんな言葉を」
「完全に脅してるじゃねぇか! あの状況でお願いしますなんて言われて断れる奴がどこにいるんだよ。言外に従わなければ殺してやるって聞こえたぞ?」
「悪意を持って聞けば、『大丈夫ですか?』と聞く親切な方の言葉を、『頭、大丈夫ですか? すごく悪そうですけど』、などと受け取ることもままあることです。わたしは性根からして品行方正且つ聖女ですので、そんなことは無いのですが、ハンゾーさんは気をつけないと」
「何処をどう見たらさっきのシーンが聖女と信奉者になるんだ。どう考えても魔女と奴隷だろうが! 俺の頭が悪いのか!?」
「鈴音が治ったらいい病院、探して紹介しますよ。お世話になりましたし」
「だから俺の頭は悪くねぇんだよ! てめぇこそ病院に行って脳みそ見てもらえ!」

沸点が低い男だとため息をつく。
きっと頭髪が無いことによって直射日光を浴びた頭が地球温暖化になり悪影響をもたらしているのだろう。
確か毛の生える薬があったはずだ。それを使えば、彼もきっと正常に―――

「おい、物凄く失礼なこと考えて無いか?」
「いえ、頭髪が無い場合における直射日光の悪影響について少し」
「禿げてるんじゃねぇ剃ってるんだ! 物凄い失礼じゃねぇか!?」
「大丈夫です。ここには指定ポケットのレアカードですけど、毛生え薬がありました。後で取りに行きましょう」
「話を聞け!」

握手を求めた手を撥ねられて傷つく。
なんて酷い男だ。









それは八回目のことだった。
先ほどまでのようにダイスを降らせると、出た目は大凶。
男の顔が凍りつき、周囲を見渡す。
事故が起こりうるものが何もなかった故か、何も起こらない。
こういうこともあるものか、ともう一度ダイスを振らせてカードを買いに行かせたのだが、彼が中に入った瞬間、空に暗雲が立ち込めた。
これから起こることを予見し、屋根の下に入る。

ドアから出てきた瞬間、雷が直撃した。

倒れこむ男と騒ぐ群衆。急いでわたしは駆け寄る。
どうやらカードは大丈夫なようだ。
流石は念製品、よく出来ている。
男は辛うじて生きてるようでなんとかハンゾーの肩にもたれる様に立ち上がる。
念能力者だけあって強いものだとその様子を見て、男の目の前にダイスを持った手を広げる。

「後一回です。頑張っ」
「鬼畜過ぎんだろ!?」

頭を横から叩かれた。











超高性能スパコンの百乗くらいの性能を誇るカグラコンピューターが誤動作を起こしたらどうするのかとハンゾーを睨む。
わたしの頭の価値をきっとわかっていないのだ。

「十回の約束じゃないですか!」
「骨の髄までサドだなお前は。カストロさんはよく頑張ったぜ、どこが優しい娘なのか俺には分からん」
「カストロさんは見る目がありますから」
「お前が言うな!」

すでに男は『離脱(リーブ)』を使い、ゲーム外に離脱した。
とりあえず八セット、Sランク故か『堅牢(プリズン)』は一枚だけ、だが四十枚の内の欲しいと思っていたカードはおおよそ揃う。
早速『堅牢(プリズン)』をあるだけ『擬態(トランスフォーム)』でダブらせ、指定ポケットを四ページ塞ぐと、攻撃スペルを十回まで防ぐ『聖水(ホーリーウォーター)』を使用する。
最初のクズカードに覗き見防止の『暗幕(ブラックアウトガーデン)』もあったので即座に使用。
もう三枚程度は予備に欲しいところである。

『離脱(リーブ)』は残り五枚。
原作の『離脱(リーブ)』とレアカード交換方式で取れるのは精々レア魔法カードくらいなものであるし、やる価値も無いかと思っていたが、下級カード集めにはもってこいだ。
適当に一人捕まえたところ、予想通りの微妙具合で、いくらか目ぼしいカードをゲットして『離脱(リーブ)』を渡す。
ありがとうありがとうと感謝されるのは先ほどとは正反対だ。
『暗幕(ブラックアウトカーテン)』の予備が出来たのは素晴らしいことである。
後々寄ってきた鴨葱鍋に『リスキーダイス』からカードショップコンボをさせればまぁ、その内に塞がるだろう。


「とはいえ、暫くやることも無いですね。どうしましょう……」
「おい、一応修行って名目だったんだが」
「あ、そうでした。します? 修行」
「……すげぇやる気なさそうなんだが」
「いえいえやる気満々ですよ。ああけど、何か凄い被りそうな…………いやまぁ、交流しとか無いと『一坪の海岸線』が問題やも」
「あん?」
「アントキバからここまでに、岩石地帯あったの覚えてます?」
「ああ、それがどうしたんだ?」
「開通させてきてください」
「…………聞き間違いか、おかしなことを聞いた気がする」
「スコップと一輪車、きちんと買っていってくださいね。わたしはここで待ってますから、終わったら言ってください」

ハンゾーは元々忍者なのだし、寝込みを襲われた際の鍛錬など必要あるまい。
とりあえずまぁ、ひたすらに穴を掘らせてオーラを底上げ、そこから適度に様子を見に行き、気が向いたら他の鍛錬と。
まず原作どおり風呂に入らないなんていうのはよっぽどの事情が無ければ論外であるし、外で用を足したくもない。
ビスケはすごいなぁ、と思いながら適当に指示を出して、別れる。
彼を見送り、繁華街に向かう。



今日は何を食べようか。
お金は、まだまだたんまりあった。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 61話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/02/19 22:01


六十一




男は滲み出るように現れた。
お手本のような絶。裏の仕事を請け負うもの特有の身のこなし。
つい先日現れたハサミ男とは少々格が違う。

姿を現したというのはどういうことか。
それを含め、誰何しようとしたところで男は気さくな笑みを浮かべてゴンとキルアに話しかけた。

「お、誰かと思えばゴンとキルアじゃねぇか」
「ハンゾー! テメっ、どっから!?」
「あ、本当だ。ハンゾーがいる」

ちらりとこちらを見ると、二人に何事かを聞いて、なるほど、と頷く。
恐らくはあたしの素性を尋ねたのだろう。なんら不自然なところは無い。

この男は確か、あの女の連れ合い。
様子を見るに、二人以上にあの女とは付き合いも深いだろうことは、GIにはいるまでの道程で窺い知れた。
纏うオーラは静。二人と同等のそれ。
しかし、動く時に発生する揺らぎの小ささを見て、二人よりも数歩先だと判断する。
あの娘ほどではないが、相当な実力者であることは確か。

それに、先ほどの絶は見事としか言いようが無い。
殺気が無かったとは言え、これほどの至近にまであたしに気付かれずに来た、ということが上等に過ぎる。
キルアと同じく、暗殺技能者の類であるのだろう。こうして彼らと話している間にも周囲への警戒は怠っていない。

二十に届かぬ程度であろうに、凄まじい研鑽だと素直に賞賛する。

「それにしても、なんだってこんなところにいるんだ? カグラと一緒じゃなかったのか?」
「修行だとよ。ここからマサドラまで開通させろだとかふざけた事抜かしてきやがった」
「マジ……?」

ちらりとキルアがこちらを見る。
驚きたいのはこちらの方だった。修行法まで、あたしと同じ。
眉間に皺がよるのを堪えて、尋ねる。

「えーっと、カグラさんに念の教授を?」
「ん、ああ。それまで別の人……つってもその人もあいつの弟子なんだが、その人が死んじまってな。その後から修行をつけてもらってる。まぁ体よく扱き使われてるに等しいが」

こんなところまで、似てくるか。
あたしの弟子のウイングの弟子に指導するあたしと、自分の弟子の弟子に指導するあの女。
しかも、この男の方が、出来がいい。
無論才能で見ればこの上ない二人であるのだが、少なくとも現時点では劣っているといわざるを得ない。

しかし、ここで情報を得る。
あの女はこの男の師匠を教えていたのだ。
彼女の口から出た十二歳、という言葉は、その時点で虚構以外の何ものでも無い。
メッキがはがれたことを内心せせら笑いながら尋ねる。

「へぇー、それじゃ、カグラさんもああ見えて、若作りしてるんですね」
「……ん?」
「もう結構な歳ではないんですか? 彼女」
「いや、見た目どおり十二歳だろ。カストロさんが初めてあったのが確か、十歳らしいし。その頃から化け物だったらしいからな。ガキっぽいとこもあるし……ってかキルア、お前確かカグラが六歳の時にボコられたんじゃなかったっけ?」
「うるせぇ! 俺が念のねの字も知らねぇときの話だろうが」

おかしい。
この話を聞く限り、彼女は時と共に成長しているかのようではないか。
あたしがこのぷりてぃぼでぃを維持するのにどれだけの苦労を伴っているか。
どんな体型も思いのまま、とはいかない。可能ではあるが、歪になる。それは美少女ではない。
だからこそあたしは自身の英知と美感覚をフルに使って、一つの体に集約し、この姿に。
そんなあたしを嘲笑うかのように、彼女の身体は時と共に成長する、幼生から少女、そして女へ。
そんな、非現実めいたことを可能とする能力の持ち主だというのか、あの女は。

ぎり、と知らずに歯を食いしばる。
全てにおいて、先。
あの女は、確実にあたしの前を行く。先の先、先、後の先、これが武闘家としての戦いならば、あたしは死んでいた。
…………許すまじ、カグラ。

沸々と沸き立つような怒りが渦巻き、発散される事無く胸に留まる。
二人への修行が少々過剰になるのは、仕方の無いことであった。








「へくしゅっ」

寒くも無いのに急にくしゃみが出た。
これはいわゆるあれだろう。そう、あれだ。
…………ああ、どこかでかわいいわたしの噂話を。
なんて罪な女であるのだろう、そう思いながら、街を眺める。

鍋を沸かしている間に、材料を。
料理の基本だ。そして真理でもある。
一つ一つ廻していくにはいくらか時間がかかる。

最短、最小の労力で、最高の成果を。
効率的に考えるのは凄く好きだ。
無駄を極限にまで省く、そうしたものは形であれ動きであれ、全てにおいて美しい。
グリードアイランドという鍋と、"爆弾魔(ボマー)"をはじめとする具材たち。
鍋が煮え立つまでの間に、具材は刻んでおくべきだ。

具材の捌き方を間違えてはいけない。
旨味を閉じ込めたまま、下拵えだけを済ませておく。
出汁の"出てしまった食材たち"には、申し訳ないが、美味しい料理を食べるためには仕方の無いこと。
あくまでメインは別。
料理本にはそう、調理法が載っている。

そうであるものを作るのだから、そうなってしまうことを惜しんでも意味が無い。
最大限に消費して、結果だけを食させてもらう。


目的の人物を見つける。
凡庸な能力者に見せかけた、しかしその実洗練されたオーラ。
路地裏を歩くのは感心しない。危険であると思う。
何故ならこの世界には、爆弾魔がいるのだから。


予めありとあらゆる死角には、『秘密の花園(ガールシークレット)』が仕掛けてある。
メガネを掛けたスネオヘアースタイルの男は、そんな道を警戒もせずに歩いていた。
それが、唯一爆弾魔を恐れない人間であるという証左でもある。

ハンゾーとわたしが組めば、仕留めれない人間はそういない。
せいぜい生き残るのは全力をもってしても傷一つ付けられないような防御力を持つ生き物くらい。
爆弾魔が爆弾を喰らって命を握られる、というのは中々洒落が利いている。

死角から飛び出した『帰らずの災厄人形(ストーミィドール)』に気付き、後ろに飛ぶ。
判断は瞬時、動きは機敏にして精緻であるが、それでは足りない。
この状況で、回避は不可能。
広い空間でならまだしも、ここは路地。
五百に達する散弾全てを避けうることは不可能だ。

即座に爆破させると、想定どおり命中を確認。
いくらかの傷を負わすことに成功し、目標は達成。

ハンゾーの『羽化登仙の雫(デモンズブラッド)』は、文字通り必殺の能力だ。
仮に除念したところで念で縛られていた毒が全身をまわるだけ。
毒に対して極めて高い耐性を持つ、たとえばゾルディックを除き、ありとあらゆる生き物を死に至らしめる。
少しでも傷が付けば、それで終わる。
相手にすればこれ以上に厄介な能力は無いとわたしは思う。

そして、味方にすればこれ以上に心強い能力も無い。
これで、比較的危険度の高い目標であった"爆弾魔(ボマー)"は封殺できる。
持つべきものはよい弟子だと思いながら、展開していた『秘密の花園(ガールシークレット)』を全て解除し、息を吐く。

それでも具材を一つ捌いた程度。
難度の高い具材がまだまだ残っている事を思い出す。
爆弾魔は怒り狂い、仕掛け人を探しているが、彼我の距離は三百メートル。
絶でオーラを消しているため気付かれることはまず無い。

恐らくはここから南の岩石地帯でハンゾーが三人に遭遇している頃だろう。
レイザー戦にはどうしても人数が必要だ。彼らについて行動するのが確実。
ドッジボールにまで持ち込めば、こっちには『我侭な指先(タイラントシルク)』がある。
あのゲームにおいての操作系能力のもつアドバンテージは絶大だ。
間違いが起こらない限り…………いや、ゴンか。彼のせいで不必要なリスクを負うことになるが、それもまぁ、仕方が無いと言えば仕方が無い。
考えても詮のないこと、それよりも夕飯を何にするかを考えていた方がまだ建設的だ。

ビスケは何も言わずにきっとハンゾーを育ててくれるように思えるし、そうでなくても戦力としては上々。
旅団の存在しないこの状況において、最強のプレイヤーはわたし達二人。
それは確実なことである。

カードをある程度集め終わった頃を見計らって"爆弾魔(ボマー)"を仕留める。
それだけでゲームは終了、クイズで下手を打たない限りはわたし達の勝利だ。

仕込みを終えれば料理が完成。
今回のゲームは少なくとも、そのように出来ている。
ならば、万に一つの間違いもない。

双眼鏡をカバンにしまうと、その場を離れる。
見据える先は、宴の終わり。
それを思えばこそ、それほど時間に猶予は無かった。


何せ相手は、世界トップクラスの念能力者なのだから。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 62話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/03/07 21:30
六十二




全身の疲労で床に倒れこむ。
オーラの総量を上げることが、そのまま自身の強化に繋がる。
技術を高みに、というのも人によっては間違いは無い。
しかし、現時点で既に"ある程度"の技術を持つわたしには、それよりもこちらの方が効果が大きい。
現時点ではどう考えてもオーラの少なさがマイナスとなっている。

とはいえ、我ながら一番しんどいところを最後に残したものだと考える。
技術の向上であれば多少の面白さはあるが、ただただオーラを垂れ流すだけなんていう苦行は少々厳しい。
髪の毛が額や頬に張り付いて凄いことになっている。これは非常に美しくない。

ライセンスを売って悠々自適、それだけを考えていたはずなのに、どうも予定が狂っている。
起きて、ご飯を食べて、下らないことをしながら眠たくなった時に眠る。
少し違えば、そんな生活もすぐそこにあった。

鈴音と出会ったからか、ヒソカと出会ってしまったからか―――それとも、逃げ出してしまったからか。
その全てが要因であることは確かで、そしてどれも避け様の無い、連鎖的な事象であった。
ああ、思えばいつも、わたしの何かは逃避や諦めることから始まる。


ゆっくりと立ち上がるとふらふらとなりながらシャワーに向かう。
服を適当に脱ぎすてて、中に入ってノズルを開いた。
それだけで冷たいシャワーが火照った身体を急速に冷やしていく。

背筋が震えるほど冷たかったが、心地よくもある。立っているのも疲れるので、床にへたり込んだまま眼を閉じる。
少しずつ冷たい水がお湯に変わるのを感じて息を吐く。


身近なものがどんどん遠ざかるのが嫌だった。
親しい友人はみんな離れていって、わたしはそういう人間なのだと眼を閉じた。
追いかける気にもなれなくて、座り込んだ。
人の意思は移ろい変わる。
温かかった目線が冷たくなるのに、心の底から寒気を覚えて、嫌になった。
能動的なものはみんな怖かった。

座り込んだわたしの手の届く範囲には、誰もいなくて、人形だけがある。
受動的なものはみんな優しかった。
動けないかわりに、ずっと変わることが無い。
瞳は最初から冷たいままで、彼らにとって他の全ては平等に価値が無い。
良くなることも無ければ悪くなることも無いそれに、わたしは酷く安心感を覚えた。


熱いくらいの湯が降り注ぎ、シャワーの乾燥した水音が耳に響く。
疲れた身体には酷く心地がよい。
このまま寝てしまいたいくらいであるが、そうしてしまうと起きた時に後悔するのは目に見えている。
髪の毛を撫でつけながら、汗を軽く拭い始める。


少し離れてみる人たちは、酷くわたしのことを賞賛した。
素晴らしい、見事だ、美しい。
近づいてきたら離れてしまうが、その位置にいる限り彼らの評価は、無機質だ。
誰も近づけないように努力して、衛星のようにわたしの周囲に留まらせる。
いつしかそれは人だかりになって、少しずつ寂しさが無くなった。
傍には誰もいなくても、回りの誰かはわたしを見ている。
月が何も言わずに地球の周りをぐるぐると回るように、彼らもまた、無機物になった。
わたしはこうあるものなのだと、理解した。
わたしが死ぬその日まで、それは当然のように続いた。


思えば、わたしは真実彼女が嫌いで、だから彼女を愛したのだろう。
わたしの周りは、いつも死んでいるから安定する。彼女はそんな空間を壊す"生き物"だ
本来ならばそんな世界を崩す生き物を、歓迎するなどありえない。
けれど、熱を持った誰かに抱きしめられるのは、ただただ心地が良かった。
無機物な空間が、どうでもいいと思えるほどに。

彼女は能動的で、だけれどわたしの周りだけを徘徊する。
見る目はいつも温かくて、それはこの上ない安心感をわたしに与えた。
こう思ったのだ。
恐怖のリスクを負ってなお、捨てがたい、と。

典型的な人間不信者には、周りの温かく、根気強い対応が必要。
ああ、思えばそれは、至極正当で、医学的観点から見ても悪くない。
人間不信だといってしまえば、それまで。
カテゴリー化されるような症状と、正しい治療法。
酷く自分が小さく見えた。
あれだけ悩んでいたものも、結局のところその程度なのだ。



『ソープ嬢鈴音ちゃん参上っ! わたしに任せればお風呂場も桃色空』
『いりません』
『即答!?』
『あれ……このお風呂、変態お断りって書いてませんっけ?』
『書いて無いよ! わたしみたいな健全美少女とカグラちゃんしかいないこの空間のどこに変態が入り込むのさ。意味無いじゃん』
『………………、カグラちゃんが凄く喜んでくれます』
『カグラちゃん、目が冷たい』
『湯冷めしちゃったかもしれません』
『…………そういうのは、多分お風呂場から出たときになる現象じゃないっけ』
『じゃあのぼせそうです、そろそろ出ないと』
『じゃあってなに!? お風呂入って一分四十七秒しか経って無いのに』
『身内がストーカーの時って誰に相談したらいいんでしょう? 警察でいいのかな』
『あ、身内、カグラちゃんの口からそんな言葉が! 勿論関係は夫婦、いや婦婦だね』
『それじゃあ出ますね。ごゆっくり』
『待って! 嘘! 全部嘘だから! 一緒にお風呂! 一緒にお風呂に入りたかっただけじゃん!』
『一週間に七日くらい入ってる気もするんですけど、一緒に』
『三百六十五日毎日一緒、忠犬リンリン、今ならお風呂場セット付き、みたいな』
『………………』
『待って、待って! 嘘、ごめん悪かったよ! かむばっくカグラちゃん!』

ボトルからボディソープを少し出して、泡立てる。
ぬるぬるとした独特の感じ。
何だか思い出し笑いをしてしまう。
あのあと本当に外に出て着替えてたら素っ裸で出てきて、泡だらけのまま抱きつかれたので、服を洗い直しするハメになった気がする。
酷く馬鹿な思い出だ。

なんでもないような事だったのに、思い出すと、凄く楽しかった気もする。
おかしくなったのか、正常に戻ったのか。
そんなことはもうどうでもいい。
ただ、取り戻したいと、そう思う。

ぼんやりと泡立てて、それを見つめる。
降り注ぐシャワーがそれを段々と洗い流していって、その内に泡が消える。
シャワーの雫が頬を垂れて、顎先から流れる。
視界は酷く、滲んで見えた。

声が聞きたい。
抱きしめて欲しい。
名前を呼んで欲しい。
髪を優しく撫でて欲しい。

「……鈴音」

小さな音は、水音に消され耳に届かず、ただただ頭の中に木霊する。
鈴の音は、響かなかった。









「なぁ」
「ん?」
「あんたなんでアイツといるんだ? 仲良かったっけ?」
「いんや、そうでもないがな。なんでそんなこと聞く?」
「修行、つったって放置じゃねぇか。なんかいいように誤魔化されてるようにしか見えねぇぞ」

ハンゾーとカグラ、という組み合わせがよく分からない。
修行で付き合っている、とこいつは言っていたが、なんとなく、違う気がする。
ゴンではないが、直感だ。

「そうかもな」
「そうかもなって、分かっててつるんでるのか!? ロリコンじゃねぇだろうなてめぇ、そのナリで」
「おい、失礼な奴だな。違ぇよ。男の道義、まぁそれだけじゃぁねぇけどな」
「道義?」
「俺の師であいつの弟子にあたる人が死んだ、って言ったろ?」
「んなこと言ってたな」
「その人は清廉潔白で何処をどう見ても尊敬できる人だったんだが、これがおかしなことにカグラにだけはゾッコンでな。頼まれたわけじゃねぇが、あいつを見守ってやりたくなった」
「あいつが見守られるようなタマかよ」

溜息をつく。
遥か遠くに霞むほどのあの女が、そんなか弱さを持っているわけが無い。
平気で人を貶めてほくそえむ人種、いや、悪魔だ。
あいつが泣き喚く姿なんていうものは想像できない。

「だと思うだろ。俺も思ってたんだがな」
「……思って"た"?」
「外道の塊のような、それこそ悪魔のような娘だが、あれにもああ見えて親友がいてな。そいつもそいつで目の覚めるような美女予定な顔立ちで…………とまぁそれは置いといて、まぁそいつが先日意識不明の重体だ。そしたらどうだ、抜け殻みたいになっちまった」
「………………」

想像の及ばない世界だ。
天井天下唯我独尊、天は我が上に人を作らじを地で行くようなあの女のイメージにそぐわない。

「多分まぁ、その娘だけが支えみたいになってたんだろうな。一歩間違えりゃ自殺でもしてたぜ本当に」
「んじゃなにか、あいつ、まじでここに人助けで来てんのか?」
「その通り、だからオレも見るに見かねて付いて来た、ってわけだ」

ハンゾーが真っ向からこちらを見据える。
覚悟と信念がその眼に映り、少し震える。
震えるだけの何かが、今のハンゾーにはあった。

「……だから今回、何があろうと、オレはアイツに付く。アイツは必要なら汚ぇ手も平気で使うからな、お前はともかく、ゴンもいる。もしかしたらお前らとは対立するかも知れねぇ。だが、今回ばかりは、オレもアイツも、譲れねぇもんがあるからな。悪いが、そこら辺は勘弁願うぜ」
「……オレたちと馴れ合う気は無いって、そういうこと?」
「そうじゃねぇ、協力が必要な時があれば喜んで協力するさ。ただ、何らかの要因でオレ達がカチ合っても、退く事はねぇってだけの話」

穴掘ってくるわ、そういうと立ち上がり、手を振って歩き出す。
そういうことを言うということは、可能性が大いにあるということだ。
もしかしたら、ここであいつらと戦うことになる。
震える。
勝てるのか、どうなのだろう。
震える。
その震えは、歓喜か、怯えか。

「…………俺達は今回、少なくとも味方じゃねぇ。それだけは忘れないでくれ」

その言葉が、鉛のように胸の中に沈んだ。
そうしてまた、怯えるように、武者震いをするように、ただ、震えた。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 63話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/03/30 19:10


六十三






三十六計逃げるに如かず、なれば先んじて逃げ道を奪え。
コブは二つ。
背負って逃げるには少々厳しい。
まずは、最初に二つを落とす。

そしてその後絡めれば、確実だ。
一体一の戦いでこそ価値がある。
これ以上の予行練習の相手はいないだろう。
同じ近接格闘タイプの変化系の能力者。
防御しようと全身を貫くだろうその一撃。

彼ら二人を指導しつつも、隙の一切を見せていない。
五十七だったろうか。
それだけの経験者とやりあえる機会は他に無い。
彼女があの男と比べて強いかどうかを比べる意味は無い。
純粋に得手不得手の問題。
ただ、彼女をミス無しで消化できなければ彼を相手取るのは難しいだろう。


少しでも経験を詰んでおかなければならない。
奇運アレキサンドライトはすでに手に入れた。
五人目だったろうか。こういうとき女の身は素晴らしいとも思う。獲物には事欠かない。
前世であればそれはマイナスにしかならなかっただろうが、この世界では男も女も、等しく力を持てる。
わざわざネックレスなど持たなくても、あれを手に入れることが出来たのは中々上々だろう。

おおよそ全てが安定してまわっている。
初めに彼女と上手くいかなかったのは、丁度いい練習相手が出来たと思えばいいだろう。

"爆弾魔(ボマー)"の対処は完了している。
後は、ビスケ組への対処。
他に障害となりえそうな人物も存在しない。
強いてあげるならばツェズゲラであるが、恐らくは非戦闘用の能力を持った能力者。
"爆弾魔(ボマー)"への対処を武装兵任せにしようとしたことからも、それが窺える。
策に嵌められることさえなければ、無視しておいても問題ないだろう。
元々、表立って動く気も無い。


カード枚数は現時点で十分。
あとは待ちの一手かと考えて、息を吐く。
急いては仕損じる。
予定通りに事を運ぶには、時間すらも予定通りに運ばねばなるまい。
それがどうしようもなく、ただ、もどかしかった。











カグラと戦うかもしれない。
そう聞いて、震えた。
確実に今のままでは勝ちが無い。
それは分かりきっていた。飛躍的な一歩が必要なのだと、そう感じる。

まず間違いなく操作系の能力者。
人形を操り、何らかの手法で体の自由を奪う。
分かっていることといえばその程度。
余りにも情報が不足している。

操作されてしまえば、それで終わる。
しかもその手段を知りもしない上に相手は格上の能力者なのだ。
これで勝てる要素を見つけろというのが不可能だ。
それを打開する何かが、今の自分には必要なのだ。

オーラを練り、変化させ、予め充電しておいた電気と混ぜ合わせる。
幾ら彼女といえど、これを避けることなどできはしまい。
雷の速度を上回ることは、どう足掻いても不可能だ。
やはり、どこかで賭けに出る必要があるのなら、可能性が一番高いのはこれだろう。

瞬時に行動力を奪い、終結に至らせる。
能力行使に先んじて一撃を叩き込めれば―――

「キルア! 何を考えてるんだいあんたらしくも無い。オーラが乱れてんじゃないか」
「へ? あ……」

心を落ち着けて気を張りなおす。
着実に、確かに進んでいるはずだ。
オーラ総量は以前に比べて段違いになっている。
周もある程度形にはなってきた。
しかし、しかし、このままでは間に合わない。
あの女は遥か高みにいるのだ。
目ですら見えないほどの高みに。

ハンゾーから話を聞き、ビスケにその旨を告げようとして、やめた。
一蹴されるに決まっている。
尋ねる前から分かりきっていることだ。

そうは理解していても、穴掘りと岩石地帯のモンスター狩りが終わり堅と流に移行した時のこと。
日を追うごとに高まってきた欲求をぶちまける日が来たのは、それからそう先の話ではなかった。










「で、だから必殺技を覚えたいと。あの子を一泡吹かしてやれるくらいの」
「…………頼む」
「寝言は寝て言いなさいな。無理よ無理、まずあんたらは基礎からして全然あの娘に追いついて無いんだから。少なくとも相手は一流、何処をどう見たってトップクラスの念能力者のあの娘に、高々念を覚えて半年足らずのあんたたちが勝てるわけないでしょーが」

聞き分けの無い子を叱るかのようにビスケが言う。
当然だとも思う。
しかし、それでもここは退いてはいけない所のように思えた。

「オレだって基礎を疎かにするっていってるわけじゃねーんだ! ただ、空いた時間を―――」
「黙りなさい! 聞き分けがないわね、一体どうしたっていうのさ。無茶を言うのはゴンの役じゃなかったっけ?」
「………………」

馬鹿なことを言ってるのは、分かってる。
理性では、確かに。
しかし、それでも、ここで挑まなければ、いつまでも先に進めない気がするのだ。

「……ビスケの言いたいことは、理解してるんだ。まだまだ念能力者としちゃあ下の下だってことも理解してる」
「じゃぁ―――」
「それでも、頼む。…………いや、お願いします」

頭を下げて、告げる。
このままでは、このままでは。
いつまで経っても、自分は情けなく、どんな壁も乗り越えられない人間になってしまいそうで恐かった。
ゴンは違う。
あいつはそういう壁に、常に全力であたり、そして打ち砕く。
オレのように、諦める選択肢を持ちはしない。

オレはアイツのダチとして、それに付いていかなきゃならない。
約束し、明言した訳ではない。
しかし、少しでもあいつに置いていかれない様に、一人で背を向けないために。
この戦いは、そのための儀式なのだ。

「…………意思は固い、訳ね。はぁ……あんたはもう少し冷静だと思ってたんだけどねぇ……想定外だわさ」
「……お願いします」
「はいはいわかったわかった。だけど、約束しなさい」
「約束?」
「一つ、基礎練習に影響を出さないこと。二つ、あたしから見て進歩がないと感じられた時、そこで打ち切られても文句を言わないこと。そして最後にもう一つ」

真っ直ぐとオレをビスケが見据える。
力の篭った眼差しは、ハサミ男と戦って以来、見たことはない。
本気の目だと、理解する。

「結果を出すこと。もしあたしにこれだけ条件を緩めさせておいて、惨敗なんていう結果を出そうもんなら破門だわさ。それぐらいの気持ちで挑みなさい、あの娘にせめて一矢報いるくらいはしてもらわないとね」

その言葉は重く、しかし、嬉しかった。
失敗をするな、そう告げる。だが同時に、オレに任せてくれた。
それが、酷く嬉しい。

「…………押忍っ!!」

誰かに言われたからではなく、自分の意思で、越えれるかどうか、ギリギリの壁を乗り越えるために努力する。
それだけで、オレの世界は様変わりしたように思えた。












オーラと体内の電気を混ぜ合わせる。
そうして変化させた電気は、電気とオーラを併せた性質を持つ。
オーラの操作と同じ感覚で、しかしそれよりも圧倒的に速く動く。
人間の運動も、結局のところ電気信号のやり取りであり、そして、そうであるならば。

相手の動きを見て、右拳を放つ。
その過程には、視覚から情報を脳に送り、判断、そして全身への情報伝達と、それによる肉体の駆動というプロセスを踏まなければならない。
その無駄なプロセスを電気を操るこの能力で、圧倒的に短縮することが可能ではないだろうか。
常に自身に電気負荷を掛け、電気信号のやり取りをカットすることにより、生まれるのは圧倒的な初動の差。
彼女の動きよりも遥かに早く接近し、そして致命打を与える。
蓄積できる電気量から考えても、短期決戦にはなってしまうが、それ以外で彼女を上回れるものはあるまい。
オーラ操作で圧倒的に劣るのならば、それ以外の部分で、圧倒すればいい。
そして、オレにはこの能力がある。



強力なスタンガンを用いて、電気を身体に送り込むと、それをオーラと混ぜ合わせる。
ビリビリと体中に電気が走る。それを逃げないように体の内に押し留めつつも、なるべく負担のかからないよう、皮膚の辺りで帯電させる。
自分をバッテリーだと認識する。
電気を浴びる訓練は、幼少の頃から積んできた。
苦痛は感じても、行動に支障はない程度には。

ここから、まずは一つ。
石を掴むと自分の真上に落ちてくるよう、投げる。

そうして眼を瞑り、身体に負荷を掛け始める。
オーラで感じると同時に、身体に直接信号を送り、石を弾く。
余計なものを挟まず、最短速度で予めセットした行動を行う。
まずは、落ちてくるものが分かるところから。
円の技術は未熟、しかし、間近までくれば感じ取ることは可能だ。

これを基礎とし、派生させる。
最終的には、思考と文字通りの意味での同時行動。
それのために、思考を挟まない感覚からの即時動作。
頭上十センチに達した石が、自動的に右腕によって弾かれる。
右腕が攣りそうになって、顔を顰める。
自分の意思で動かすのではなく、電気によって動かしているが故か。
加減が利き難く、また動きも稚拙で肉体的にも負荷がかかる。
まずはここから。
肉体的疲労を出来る限り落として、そして、バリエーションを増やしていく。


先はまだまだ、しかし、終着点は見えている。
そう思えば、苦痛も苦ではなく、修行は苦行ではなかった。





[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 64話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/04/01 22:25

六十四






「あ、お久しぶりですね」
「おう。ようやく開通し終えたぞ。一月もかかったが。次は何かあるのか?」
「んー……実戦練習でもしましょうか」

久しぶりに会ったカグラは疲労が溜まっているように見えた。
オーラに精彩がなく、ブレがある。
疑問に思い、口にしようとすると直ぐに、カグラはオーラを整え、いつもの気味が悪いぐらいに精緻なオーラを纏う。
修行をしていたオレ以上に疲労しているのはどういうわけか。
裏で何か動いていたか、自らも修行をしていたか。

「いや、今日は休みてぇな流石に。どうせお前のことだ、何かコソコソやってたんだろう? 話を聞かせてくれ」
「酷い言い方ですね。夕食は?」
「まだ喰ってねぇ」
「それじゃあ何処か食べに行きましょう。希望は?」
「ガッツリだな」
「それじゃああそこで。結構お肉美味しいですよ」

そういって指を指したのは、ステーキメインのレストラン。
人が苦労して穴掘って、カロリーブロックを食べていたというのに、こんなものを毎日食っていやがったのかこいつは。
などということは言わず、大人しくついていく。

「……ハンゾーさん、練、どれくらい持続するようになりました?」
「一時間と半分程度ってとこか。多少はましになってはきたが……」
「………………」
「どうした?」
「ん…………ああいえ。十分ですよ。そのまま鍛錬を続ければすぐさま一流です」
「おいおい、珍しいこといういうじゃねぇか」

そういって笑いながらカグラを見る。
いつもの微笑を浮かべながら、隣を歩くカグラはやはり何処かおかしい。
何が、と言うわけではないが、ただ、そう思った。











ふらりとベッドに倒れこむ。
全身疲労、オーラを出そうにもオーラは出ず、身体に力が入らない。
今まで見ずに来れたものの、実際に直視せざるを得ない状況となってしまうと、これは聊か厳しい。
オーラの伸びが悪い。ただそれだけであるが、その事実は致命的に過ぎる。

ハンゾーを穴掘りに出している間の一月、丸々これの鍛錬に費やしたものの、延びた時間は精々五分。
持続時間は五十分に届くか届かないか。
ハンゾーと比べても遥かに低い。
彼は更に言うならば、わたしよりも外に出しておけるオーラは多い。
出力も高く、燃料も多い彼のオーラと比べて、わたしのオーラは聊か以上に見劣りする。

「まさか、こんなところで初めての挫折とは」

そう言葉にすると笑えて来る。
挫折、挫折、ああ確かに挫折か。
よもや完璧だと思っていた自分にこんな欠点があるとは。
いや、前から、薄々分かっていたことか。

オーラ総量の向上が期待できない以上他の点で圧倒する必要が出てくる。
緋の眼を持つわたしには選択肢は多い。
それが、救いといえば救いだろう。

『伸縮自在の愛(バンジーガム)』は欠点の無い能力だ。
仮に『我侭な指先(タイラントシルク)』をつけることが出来たとしても、それが付けられてしまえば、接近戦を余儀なくされる。
対抗手段は、『限定解除の美少女人形(ドールマスタードール)』か。
とはいえ、自己傀儡にも限度がある。

欠点を補う。
その発想に間違いはない。
しかしここに来て発生した問題を片付けるのには時間も何もかもが足りなく思える。

「…………駄目ですね、このままじゃ」

呟いた言葉は、胸に深く突き刺さった。
スランプなんて、全く持ってわたしらしくない。
そう笑って、力を抜いた。
時間は有限だ。
この数ヶ月で自分の運命が決まるのだと思えば、時間はあってないようなものだった。

虚を突き穿つ、それこそが至上。
しかし百戦錬磨のあの男を相手に通用するか否か。
体力は、持つのか。

もしも仮にここに鈴音がいて、一緒に戦えたなら、どうだろう。
ああ、それならばきっと。
わたしと彼女がコンビを組めば、きっと無敵だ。
二重の束縛と牽制から、逃れることは流石にあれとて不可能だ。

最初からそうしておけばよかったのかもしれない。
こんなことになるのならば―――いや、やめよう。

わたしはどうせ、失うことを恐れて、きっと出来ない。
未来が分かっていたならば、きっともっといい選択肢を選んでる。

あの状況でわたしに取り得る選択肢では、あれが最善だったのだろう。
何故なら、わたしは天才美少女であるのだから。

わたしが勇猛果敢な猪娘であったならば話は別だろう。
しかしそれなら、きっと、緋の眼を奪われ死んでいる。
結局のところ人生なんてそんなもの。
何度見たところで、自分の手札は変わらないのだ。
ハッタリをかけるか、投げて次にかけるか、取れる選択肢は多くない。

もしも、なんてものは、本当に自己批判による自慰以外の何ものでもない。

もういい寝よう。
ふかふかのベッドは幸いにも、わたしを眠りに誘うには十分すぎる。
身体もまた、休息を欲していた。

そうして寝やすいように体勢を変え、布団を被り、ようやくその段になって、ようやく明日の自分の髪型がどうなるかに思考が到り、溜息を吐いた。
シャワーを浴びてなければ乾かしてもいない。
起きる前から、憂鬱なスタートは明示されていた。

調子は、絶不調だ。









アイツに勝つには。
そう考えて修行を積むと、意識の違いがあるのだろうか。
以前よりも修行に身が入り、集中力が増した気もする。
ゴンほどではないが体力には自身があるほうだ。
どれだけ疲労していようと、寝れば次の日には回復する。

石弾きを始めてから一週間、精度は百発百中ではある。
電気も、どの行動にどれくらいの消耗をし、負荷がかかるのか、というところは掴めて来た。
修行は順調、最初はあった体の痙攣も、今では極稀。
それも長時間の鍛錬で集中力の切れたその時程度だ。
そろそろ次のステップにいってもいい頃合かもしれない。
投げられた石に対する対処に、そろそろ―――

「キルア」
「ん?」
「最近めちゃくちゃがんばってるよね。なにかあったの?」

不思議そうな顔をしているゴンを見て、そういえばいってなかったか、と思い出す。
こいつにも関係はないとはいえないし、別段秘密にする内容でもない。
そう考えて、言葉を紡ぐ。

「……まぁな。ハンゾーが言ってたんだ、もしかしたら対立するかも知れねぇってな」
「ハンゾーが?」
「ああ、ありゃマジで言ってた。もしかしたら―――カグラと戦うことになるかも知れねぇ」

長かった。
六年、それでもあいつとオレの間には、未だ凄まじいまでの距離がある。
惜しまず鍛錬を続けたオレにも、一応自負も自信もある。
だが、あいつはいつも遥かその先を行っていた。
それはそうだろう、オレがスタートラインに立つ遥か前から、カグラは走り出していたのだ。

「あいつにもっとガキの頃ボコられたって話は言ったろ?」
「うん」
「そりゃ、散々だったぜ。戦って負けたんじゃねぇ、コケにされたんだ。ここで返して置かなくちゃ、いつまで経っても、前に進めねぇ気がする……」

そういって、ゴンを見る。
オレが何を恐れているのか、何を悩んでいるのか。
それをコイツに告げたことはない。
しかし、無用な言葉は要らない、そう思えるだけの時間と危険をコイツと共に乗り越えてきた。
そう思うからこそ、ここから言葉を繋げてもゴンは頷いてくれる。
そしてそれを、オレは理解している。

「……だから、頼みがあんだ。もしそんな状況になったら、黙ってオレに、アイツの相手を譲ってくれねぇか?」
「いいよ。要するに、カグラにキルアを認めさせるために戦いってことだよね?」
「端的に言えば、そうなるかな」
「うん、分かった。協力するよ。オレもキルアがコケにされたままなんて、気に入らない」
「ゴン…………」

そういって拳を握り締める。
我が事のように、オレのことを考える。
本当に、いいダチを持ったと、そう思う。

「ありがとう。今、電気を応用して電光石火! …………みたいなやつの特訓してるんだ。そっちから、俺に向かって石投げてくんねぇ?」
「うん」

絶対に、あいつにオレを認めさせる。
勝てなくても、最低限それだけは。
ゴンまで巻き込んだのだ、それで前と同じ結果になんていうのはありえない。

電流が体中を蝕み、鼓動が早まる。
調子は絶好調だと言えた。














「てかさ、認めさせるってもしかしてキルア、カグラのこと好―――」
「ばっ――!! んな訳無ぇに決まってんだろうが! テメェの耳は餃子で目ん球はガラスで出来てんじゃねぇのか!?」
「う…………そんなに怒らなくても…………ごめんなさい」




[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 65話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/11/08 04:49
六十五




即席火薬の生成から起爆まで。
"一握りの火薬(リトルフラワー)"は相手を掴む、という制約を通過させることで、その際のオーラの変性はカットし、瞬時に発動することを可能とする能力。
いうなれば、拳銃だ。引き金を引くだけで容易く、相手を殺傷、または戦闘不能状態に陥らせることができる。
欠点は、といえば一定以上の防御力を持つ相手には利かないところ。
とはいえ、そんな実力者に端から喧嘩を売る気にはないので、なんら問題には感じない。

後ろから迫った男の顔面を吹き飛ばす。
掴み、爆破した時の、衝撃と爆風、そして音。
その全てが心地よい。やはりこの能力はあっている、と自覚する。

こいつはジスパーだったかな、と既に覚える必要の無くなった名前を思い出す。
全員の驚愕の目線。
組織としての体裁は整ってはいるが、全員が全員、揃ってクズ能力者。
向かって来る度胸も気概も無い、オレにとってこんな奴らは敵ではない。

今日はカード収集を防御カード独占した上での奪取、という手段を用いてカードを狙うハメ組が、全員そろう日。
外は快晴、ゴキブリどもを掃除するにはいい日である。
オレはそんなことを思いながら、一人一人の反応を見て、説明していく。
クズどもはこのオレの説明を聞くのに集中しすぎて、この時間がどれほど大切なものなのかすら分からない。
説明なんてものはオレをボコボコにしてから聞けばいい。
そして、その選択肢を取れないところが、上から命令されることになれたクズらしいと思う。

最も、クズでなければ困るし、クズであるよう仕向けたのはオレ自身でもあるのだが。



時限爆弾の発動までには中々厳しい条件がある。
セットする際は、相手に触れながらキーワードを告げる事。
そして発動にはその能力を対象に嘘偽り無く、理解できるよう説明すること。
キーワードは"爆弾魔(ボマー)"、これは"爆弾魔(ボマー)"という存在を、この島というコミュニティに蔓延させることで解決した。
五年の時間をかけて念入りにした準備は無駄ではなかったということだ。
相手を殺すには一方的且つ十分過ぎる威力を持つ能力であるが故、能力行使は難しい。

しかしそれを踏まえたうえでも、非常に有効な能力だとは思っている。
ある程度、場の空気を掴むことさえ成功すれば、確実に相手を殺傷できる。
初見のものにしか能力行使は難しいが、初見のものに、二度目は無い。
特異技能、例えば除念などをされない限りは、情報の漏れもないのだから。

そしてそれだけに、路地裏での襲撃が気にかかる。
何故オレを狙ったか。
無差別の模倣犯なのか、それとも、オレを"爆弾魔(ボマー)"だと知って、狙ったのか。

前者は恐らくありえまい。
あれ依頼、オレ以外の人間が同様の手段を用いてプレイヤーを殺害した、という話は聞かない。
となれば、後者。
今までに殺してきたはずのものの中に、生き延びたものがいたのか、否か。
オレの能力を、教える人間は厳選している。
間違っても他人に漏らすような奴はいないし、この件に関わっているのは、最も付き合いの長い二人だけ。

そして、彼らとの連絡は極力控えている。
彼らが喋らされるというのもありえない。目撃でも、されていなければ。

「ブック」

説明は終わり、カードを貰えば後はこの場に用は無い。
殆ど一人でやってきたようなもので、精神的にきついところもあったが、ようやく隠さず動くことが出来るようになる。
それだけで大分楽になる。






"離脱(リーブ)"を使い、集会場である穴倉から逃げ出して、二人を見て息を吐く。
ポーカーフェイスを装ってはいるが、予想外の事象が発生しないとは言い切れない。
そうした不安も確かにあった。
が、その心配もここまで。
オレには力強い味方がいる。

「首尾は?」
「上々。まぁ、問題なくやつらはカードを渡すだろう。誰だって金よりゃまずは命だ」
「違いねぇ。だけどどうした? あんまり嬉しそうじゃねぇな」

バラが黒髪を鬱陶しげに分けながら尋ねる。
いつの間にか気が緩んだのか、不安が顔に出たのかもしれない。

「……ああ。この前言ってた襲撃がな、どうも気にかかる。オレが"爆弾魔(ボマー)"だってこたぁ、誰にもバレちゃいねぇ筈なんだ。漏らす奴もいねぇ」
「だが、現にお前が狙われたのは事実。何らかの要因でバレたとしか思えねぇな。そして確実にそいつは、ここに存在しているだろう」
「現場を見られた可能性が無いとは絶対に言い切れねぇ。絶を使われた上に、そういうのが本職の奴がいりゃぁ、流石にわからねぇ事もあるさ」
「とはいっても、そんなに気にすることは無いんじゃねぇか?」

サブがそう言う。
いつもの調子で、深刻に考えすぎだと言わんばかりだ。
確かにオレもバラも、少し神経質なきらいがある。
そうした時にこいつの判断は少しありがたい。

「仮に"爆弾魔(ボマー)"だって知られたところで、隠さなきゃならねぇ事情はもうすぐ消える。その上、その後は何も無いんだろう? クズ共に密告るわけでもなく、襲撃もなく。大方不意打ちしか狙えねぇようなへたれだろ。不意打ちを少し警戒する、そのくらいで十分だ。ゲンもバラも考えすぎんのが悪い癖だぜ」
「…………確かに。今回も驚くほど上手く行った。誰一人オレが"爆弾魔(ボマー)"だと知ってる様子も無い。そうだな、それよりはこれからのことを打ち合わせた方が建設的か」
「だろう、それにまだ終わりじゃねぇ。肝心なのは今からだからな」

そういってサブは頭をガシガシと掻いて伸びをする。
とりあえずは気にしなくても良い、か。
オレの正体を知ろうが知るまいが、もう隠す必要も無い。
どちらにせよ、もうすぐ奴らの誰かが使いに来る。

あと少し。
心配事はそれからでも悪くは無い。










『ついさっき、大量に入荷できたの』

カードショップ店員はそう告げたらしい。
ゲンスルーが動き始めた。その店員の言葉は一種の時報となる。
結構待ったな、と思いつつ、男に"離脱(リーブ)"を渡す。
入荷の情報を告げてくれた男は、嬉しそうに"離脱(リーブ)"を掲げながら、ゲームから開放された。
これを確認するためだけに、交換条件で男を一人雇っておいたのだ。

スペルカードの絶対数は決まっている。
ハメ組は防御スペルを独占した上でのカード奪取を行うグループで、総勢は六、七十人の組織。
それの存在のせいでショップの在庫はつい最近まで枯渇しており、そしてそれが入荷されたということは、ハメ組の壊滅を意味する。

そしてそれを行うことのできる人間は"爆弾魔(ボマー)"のみ。


さて、どう動こうかと考えて、まだ動く必要も無いと思い出し否定した。
彼らが97種集めた時点で脅し取りさえすれば、それで終わり。
もはや対処は済んでいる。
そして、ヒソカが訪れる要素の無い今回のGI、ゴン達はわたし達に頼らざるを得ない。
レイザーは強い。だから、一定以上の能力者がきっと必要になる。
そして頼れる実力者は他にはいない、どう転んでも最後にはきっとわたし達を選ぶ。

そうやって一坪の海岸線を入手さえすれば、そこで終わる、が。
それで終わりというわけにもいかない。
まだ、ここには用がある。

ビスケット・クルーガー。
わたしにはきっと、もっと多量の経験が必要なのだ。
強い者と戦う経験。

自身の伸び悩みを理解すればこそ、強者と己の何処が違うか。
そして、それを確かめる必要がある。

わたしは果たして、ヒソカに勝てるのか、どうなのか。



これは、わたしがわたしの手で解決しなければならない問題。
誰のためでもない。
わたしが逃げてきた、全てに、ケリをつけるためのものなのだ。

カストロを殺した、鈴音を傷つけた。
だからわたしが、わたしの手で彼を仕留めなければならないのだ。
わたしがもし、彼女とまた歩いていけるのならば、憂うことが無いように。

自己中心的で、驕った理由。
だけど、それこそがわたしにはきっと似合っている。
一般に天才主人公は、強者と戦い何かを学び、そうして全ての壁を乗り越えて、ハッピーエンドに到るのだ。
そう思えば、超天才のわたしがここで落ちぶれる理由も無い。


鈴音もきっと、弱気なわたしなんかをずっと見てたら嫌になる。
彼女が起きたら呆れるくらい、わたしは自信過剰なほうが似合っているのだ。
自身の成長のためにその他全てはすべからく踏み台にして、そうした上で結果を残す。
それくらい、呆れるくらい傲慢なわたしを、彼女にはずっと見せるのだ。
これまでも―――これからも。



休憩は終わり。明かりを灯してステージでは劇が始まる。
出番は直ぐ来る、それまでは、焦ることなく落ち着こう。

お話の題名は、そう、人形遣い。
天災級天才人形遣いで美人な少女のカグラちゃんが人形片手に巨悪と戦うのだ。
きっとバッドエンドにはなりはしない。
何故ならそれは、洒落で小癪な文学ではなく、超天才美少女が主役に"なってしまった"三文小説なのだから。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 66話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/04/08 10:41
六十六





人狼の爪が眼前二十センチに迫り、オーラに触れる。
ここからそれを判断し、思考し、行動に移す事を考えれば、回避以外に選択肢は無くなる。
それくらいに相手の動きは速いと言える。
しかし身体は無意識に動き、最短最速の挙動で相手の鳩尾に肘を叩き込む。
一瞬悶絶したあと、人狼は煙と共にカードに変わる。
カードを入手しようとしたところで、後ろから風切り音。
初めての能力行使でボケていたか、そんなことにも気付けなかった自分を戒め、纏った電気をまた緊張させる。

大きく体勢を崩しての後ろ回し蹴り。
回避と攻撃を同時に行う。
体重とオーラの乗った一撃は容易く背後の人狼の首をへし折る。
敵が迫る位置を侵入角度と速度から敵の体勢を判断し、挙動に応じた対処を自動で判断、迎撃する。
プログラム化された動きは百を優に超え、それらの動きに随時修正を加えて対応。
疾風迅雷、それがこの技の名前。

とはいえ、まだまだ挙動に無駄があり、そして対応できない行動もある。
現状、判断できるのは射出物と人型に対する行動のみで、バリエーションも少ない。
精度は百発百中であっても、その元となる動きは完全といえなければ意味は無い。
まだまだ覚えこませる要素があり、未だ完成とはいえないがそれでも十分な期待を持てる。

これを極めれば、あるいは。
そう思って頭を振る。
過信は禁物だ。あくまでこれは技に過ぎない。
基礎があってこその技だと自分を戒め、棍棒を掻い潜って掌底を叩き込む。

それに、カグラは操作系能力者。
待っているだけではジリ貧、どういった手段を用いて相手を操るかは分からないが、時間を与えるのは良くは無い。
自らが動き、仕留める。
そんな技も必要だろう。

電気負荷による筋肉の収縮、それを利用し、オーラ操作を伴った格闘。
少し思いついて、保留する。
とりあえずはまず、これを仕上げてから。
それからでもまだ、遅くはあるまい。





十二月の終わり。
修行修行で、ビスケに言われるまで完全に忘れてはいたが、ハンター試験のある時期だ。
一旦二人と別れて一人、ゴンに紹介されたナビゲーターの近く、ドーレ港から一本杉に向かう。
国外に出る方法は"離脱(リーブ)"を使うか、港に向かい所長から通行チケットを奪うかの二種。
カードショップで"離脱(リーブ)"を狙うというのも選択肢の一つであったが、貴重であるらしいそれを狙って当てるのもゲームから離脱できない人間の話を聞くと現実的でもないような気がした。
それならば、確実な手段を取った方がいいだろう。

そう考えて後者の手段を取ったが、案外あっさりしすぎて、その容易さに少し驚いた。
しかし、来る途中に出遭った人狼の群のランクを考えると、これはこれで妥当なのかもしれない。
最初に自分たちを狙ってきて、ビスケが対処したハサミ男が、モンスターとしてカードのランクで表すなら、Cだという。
それを考えるならば―――確かに難易度としては十分すぎるものだろう。
人狼の長のランクもC。
恐らく群である、ということも考慮してのものであるならば、修行する前の自分たちでは少々荷が重かった。
自分が成長しているのを感じて、少し嬉しくなる。
実際に三千Jで聞くことのできるような情報があるのに、多くはカードショップのあるマサドラに留まっている。
それが、以前の俺たち、つまりまともにゲームをプレイ出来ないものとそうでないものの違いなのだろう。



「……久しぶりに戻ってきたものの、実感ねぇな」

そう一人ごちて、辺りを見渡す。
塩の香り、太陽、空気、建造物。
感じる空気も景色も、場所が違う、という程度の差異でしかない。
あの中は本当にゲームなのか、あるいはここもあのゲームの延長線なのか。
仮に前者ならば、あれは体感ゲームの類ではなく現実世界の島で作られた遊技場だということになる。
ありえない話ではない。余りにもリアル過ぎる生と死、あれは紛れも無く本物だ。

そう考え、そして思考を打ち切る。
どちらにせよ、どうであったとしても自分はゲームを進める必要があるのだ。
それが現実か否かなんていうのは些末事に過ぎない。

とりあえずはまず、申し込みしねぇと。
そう考えて、歩き出す。
時間はあるようで、無いものだ。
そう考えれば、無駄な思考に時間を割く余裕は無い。










一本杉にたどり着き、キリコという狐顔の魔獣に案内してもらった場所は、マンションの地下。
以前とは違い、先の見えない道があるわけではないからか、前回よりも人が密集しているように感じられた。
軽くみた感じ、能力者は十人程度。その中でもそこそこ強そうな奴は一人で、あとは覚えたてか、それよりも少しまと

もな程度の能力者。
きっと前回もこんな感じだったんだろう、と自分の危機意識の低さを感じる。
前回の自分は、何を余裕に構えていたというのだろうか。
一つ間違えば、少し悪い出会い方をすれば、この十人のいずれにも、以前の自分は殺されていてもおかしくは無い。
念を覚えているか否かは勝敗を決する絶対的なファクターとはならないが、それでも圧倒的なアドバンテージがある。
念の欠片も覚えていなかった自分が出会えばどうなったことか、そう考えて唇を噛んだ。

「よぉ」
「あ?」

声を掛けられ振り向くと、サバイバル試験で会った気がする三人組だった。
爺にプレートを取られた後に現れた三人、非常にその存在がありがたかったのは覚えている。

「結局お前落ちたのかよ」
「…………」
「去年の試験じゃ世話になったが、今年はそう簡単にいかねぇぞ」

そう長男らしき男が言い、後の二人が追随する。
一昨日来ればいいのにと欠伸をしながら当たりを見渡す。
そういうからには鍛えては来たのだろうが、念を覚えていない、という時点でアウト。
こういうのをアウトオブ眼中というのだろう。
こんな奴らには死語がお似合いだ。

視線を感じて振り向くと、能力者のグループの一つがこちらを見ながら何事かを密談しあっていた。
少し不愉快に思い、睨みつけると、向こうは何事も無かったかのようにそっぽを向く。
早めに始末しておいた方がいいな、と考えた所でアラームが鳴る。
出てきたのは珍妙な格好をした試験官、手練であるが、どう考えても服のセンスがありえない。

ワッペンが大量に付いたジャケットを素肌に身につけ、髑髏のベルト。
タチの悪いビジュアル系バンドみたいな男だ。しかし顔と髪型がお疲れ様。
整形してから出直して来いと思いながらも、男の言葉に耳を傾ける。


第一試験の内容を要約すれば面倒くさいから近くにいる奴五人ぶっ倒して、プレートを奪え、ということ。
見かけの割りに話が分かる奴で安心する。ちょっと自分に酔った口調が非常に耳障りだが、とりあえず保留しておく。
これで無駄に走ったり寿司作ったりサバイバルしたりする必要も無くなるのだ。
そう思えばゲジゲジも芋虫に見えるというものである。

ドアが閉まると同時に動き、周囲の受験者から手当たり次第に気絶させていく。
必要最低限、最小の動きで。
三兄弟は一瞬、幾ら鍛えようが、攻撃力も防御力も、素早さも違う。
手間としては他の一般受験者と変わらない。
途中オークションで世話になったゼパイルのおっさんも試験を受けにきていたが、面倒くさいので纏めて気絶させておいた。
今回の合格者は自分だけで十分だ。
そう思ったところで、背後からの念の塊を感知して、紙一重で避ける。

バタバタと倒れる受験者達。
一瞬だった。
ボロクズのように先ほどまで立っていた受験者達が吹き飛ばされ、破片となり、血臭が舞う。
その中で一人だけ立つ男を睨みつける。

両手に指先に穴の開いた、妙にゴツい篭手をつけた、陰気そうな男。
それに似合わず体つきは中々逞しく、纏うオーラもそれなり。
グリードアイランド的に言うならば、BかA、といったところだろうか。
いまだ一対一では戦ったことの無いレベルの敵。
舌なめずりをして、向かい合う。


「悪いけど、今年の合格者はオレだけだよ」
「知ってるよ、ゾルディック家のキルア君。あのガキが一緒じゃないってことは、やっぱり合格したのか、あの女は」
「……なんで、俺の名前知ってんだ? それにあのガキって誰のことだ?」
「企業秘密、といったところかな。いただろう? 金髪のクルタの女だ。年齢は君と変わらない、ね」
「カグラ…………のことか?」

男を見る。
印象に無い顔ではあるが、どこかで見た気はする。
恐らく前回の試験で、恐らくは。
ふと思い当たる。スシの試験で一足先に合格した奴らの一人か。
平静な顔つきではあるが、その纏うオーラは獰猛だった。

「そういう名前なのか。あいつは今どこにいる?」
「…………知るかよ。あいつに何の用だ?」
「何の用、何の用、か。クク…………くは…………あはハハはハハっ!! やっぱりなあの売女! キルアまで手懐けてやがったか」
「あ? 何言ってんだてめぇ、正気か?」
「正気? 馬鹿言うなよ正気なわけないじゃないか。ボクはあの女に復讐するためだけにこの一年を生きてきたんだ。わかるか!? 目の前で友人を殺されたボクの気持ち、あの女は達磨にして内蔵を犯しながら殺してやる、殺してやるんだ!!」

狂ってる、とそう思って、こうなる経緯を想像する。
そしてあいつならやりかねないなと納得する。
恨みを星の数ほど買ってそうな女だ、まさか自分だけ、ということもあるまい。

「で、復讐しに行こうって訳か」
「決まってるだろう!? ボクはそのために生きてきたんだ」
「あいつの能力、知ってんのか?」
「間近で見たからね」
「おお、丁度いいじゃん。正直お前はどうでもいいけど、あいつの能力に興味があるんだ。お前が負けたらオレに教えてくれよ」
「不公平だね、ボクが勝ったらどうしてくれるんだい?」
「あいつの居場所だろうがカマ掘ろうが好きにすればいい。何でも教えてやるよ。ま、ありえないけど」

そう告げるとニタニタ笑いながら両手を上げる。
膨大なオーラが集まるのを感じ、ちょっと調子に乗りすぎたかと自省する。
相手は弱くは無い、それは確かだった。

「君は驕っているな。念が筋肉や身体能力と同じ、ただの力だと勘違いしていないかい?」
「…………?」
「狂気、憎悪、敵意、殺意。そうした負の感情が念の威力を強めるんだ。不安定な力だが、そうでもしないと君たちには勝てない。僕は凡庸だからね。」

聞いたことがある。
そうした力は不安定な代わりに、術者に強力な力をもたらすと。

「色褪せない憎悪と殺意、それがボクの念をこれ以上なく強化するんだ。不安定な力なんかじゃない、ボクの殺意も、憎悪も、永遠にここにある」

そういって胸に手を置く。
その両手に集められたオーラは、ゴンのそれに近いものがあった。
一種の狂気、一つのことに固執する事によって生まれる、膨大なオーラ。
ゴンがその拳に固執したように、この男もまたこの念弾に固執したのか。

「ああ、カズキ、アヤセ、もうすぐだ…………」
「………………」

油断はしない。
全力で相手をせねば喰われるのはオレ。
そう考えて、体が震える。
歓喜か恐怖か、どちらであるかすらわからない、そんな感情がごちゃ混ぜになったような震えが体を襲う。
高揚する、恐怖する、歓喜する。
あいつに勝とうとするならば、せめてコイツを倒せるくらいでなければ話にならない。

そう思えばこそ、身体に力が涌いた。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 67話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/05/19 21:10
六十七





唖然としてしまうほどの弾幕。
弾速がゆっくりなせいか、加速度的にその弾数が増えてくる。
広範囲に展開したそれに隙間は無く、近づくことが出来ない程度に密集している。

「……うぜーな」

物理的に回避が不能であるならば、反応速度があろうが無かろうが同じこと。
オレの素早さを警戒してのことだろうが、利に叶っている。
そしてその弾幕を抜けるように放たれた直線軌道の弾丸を避ける。
気を抜けば命中するだろう。拳銃程度の速さはある。

遅い弾幕と、速い弾丸。
両方とも連射が効く上に、少なくとも後者の威力は一般人ならば粉砕できる程度。
厄介だと思いつつ、外回りに迂回して、円を描くように男に向かう。
しかし、オレとは違いあいつは腕の向きを変えるだけで、先んじて連弾を放ち、進攻を牽制する。
流石にこれだけ弾幕を張られると、近づけないか。
そう考えて、一旦距離を置こうとする。
遮蔽物は無く、限定された空間。
条件はこの男のために整っているといっても過言ではない。

中央の弾幕は一旦停止し、左右に展開した弾幕が囲い込むようにこちらに向かう。
そんなことも出来るのか、と舌打ちをして、考える。
このままじゃジリ貧、相手が力尽きる前に、オレが確実に弾を喰らう。
電気を纏い、予想外の攻撃にも対処できるよう、身体を整える。
回避できない、徐々に移動範囲は狭まる。
そうなれば、いずれどれかの弾には接触する。

高速弾を回避しつつ、何か無いかと頭を回転させる。
少し、侮っていた感があるが、男は中遠距離系の能力者。
格が下だからといって、それがそのまま勝敗を決する要因になるとは限らないのだ。
能力には、相性がある。
オレの能力はどれもが、近距離で効果を発揮するものであり、近づけなければ効果が無い。
このままじゃあ封殺されると、思考を速める。

遮蔽物は無い状況で、屋内。仮にあの女ならどうするか。
諦めるのか、強行突破をかけるのか…………いや。

そう思ったところで遮蔽物があることに気付く。
あの女なら、同じ状況ならこうする。
それは確信だった。

散らばった死体の中から原型を留めているものを探し、右に向かって投げつける。
死体には穴が開かず多少形が崩れた程度。
思ったとおり、低速の弾の威力はそれほど大きくない。
これならば。

手ごろの死体を掴むと周でオーラを纏い、強化。
そして、念の弾幕の壁を、先ほど開いた穴に向かって突き進む。
衝撃はあれど、威力は高くない。
速い方の念弾でなければ、何とかはなるだろう。
一気に弾幕を抜けると死体を盾に、男に向かう。
驚愕の表情を浮かべてもおらず、ただただ壊れたような顔つきで、ニタニタと笑う。
それが少し気にかかるが、無視して進む。

今、男は両手にオーラは集中している。
身体に纏われたオーラは薄く、これならば、一撃で獲れる。
速い念弾は右手から。
死体を相手の眼前に、投げつけると、相手の左側から回りこみ、電撃を併せた掌底を―――








「ぐ…………は……」

襲い掛かったのは体がバラバラになるかのような衝撃。
高速で走るトラックに真正面から突っ込めば、こうなるだろうか。
先ほどまで僅か一メートルまで迫っていたはずの男は、遥か彼方。
距離は三十メートルは優にあるだろう。
壁が無ければもう少し飛ばされていただろう。

記憶を整理する。
確かに相手を射程圏内にまで捉えたはずだった。
そこから、そう。
あいつの左腕が"取れ"て…………。

「あははははははは!! いや、最高だ!! こんなに上手く決まるとは思わなかった、腕を切り落とした甲斐があったというものだよ」

そうプラプラと垂れた腕を振りながらいう。
鎖でつなげられた左腕、袖を捲った繋ぎ目には、金属の筒がついている。
義手だったのか。
自分の短慮を悔やみながら、立ち上がる。
全身に激痛が走るが、立ち上がらなければそれで終わりだ。

「以前、彼女に両腕を折られて、そしてカズキとアヤセをあの女に殺されて、考えた。ボクには何が足りなかったのか。着眼点は悪くない、だってフランクリンだってこのスタイルだ。そして幻影旅団でも上位の実力者、戦闘要員として扱われている」

……フランクリンって誰だよクソヤロウ。
幻影旅団という名前を聞いてもそのメンツの顔を知りもしない。
ただ、戦闘要員だということは強いのだろう、恐らくは。

「指を切り落とすことで彼は念弾の威力を向上させた。覚悟は多分に念の威力を向上させる。この篭手に頼った半端なボクは半端な念弾しか練り上げられず、そして、だからこそあの女に決定的なダメージを与えられず、人形を潰すことも出来ず、破れたのだ。悔しかった、本当に悔しかったよあの時は!!」

狂う男の独白は続く。
この時に追い討ちを喰らえば、自分の負けであっただろう。
それに少し安堵して、安堵しなければならない自分が嫌になる。

「ボクに足りなかったのは決定力。フランクリンはその念弾自体を強化したが、そんな程度の覚悟で、劣るボクが彼女と同じ場所にたどり着けるとは思わない。そこでボクは、この腕を切り落とすことにした」

分かりたくも無い話だと思いながら、体の状態を確認していく。
動かそうとすれば、どこもかしこも激痛しかもたらさない。
筋肉を意思で動かすには、少しばかり激痛が大きすぎる。

「弾幕と、大砲。選択肢は間違っていない、そのことが今ここで実戦証明された。あとは君からあの女の居場所を聞き出して、あの女を殺すだけだ。原作もへったくれも無い、もう、そんなことはどうでもいい。勝負はついたろう? 早く教えてくれ、あの女の居場所を」
「……まだ終わっちゃいねーよ、バーカ」
「強がりはよすんだキルア君。自分より強い者と戦うな、絶対勝てる相手と戦え、お兄さんに言われなかったかい? 本来ならば君のほうが強かったろうが、油断もあった、そして、罠にも嵌った。あの距離から喰らった弾丸を、君が防げるとは思わないけどね。実際、体がバラバラになりそうだろう?」
「うるせぇ、なんでお前が知ってるんだ」

怖くてちびりそうなほどに、震える。
いつもそれを頼りに逃げるか戦うかを判断してきた。しかし今回、オレはそれを感じていなかった。
だからこそ思う。きっとコイツはオレより弱い。
なのにこの様なのだ。
前哨戦だと油断したのか、驕ったのかオレは。



舌打ちをして、身体を自然体に戻す。
今度は向こうが油断をしている。
その間に仕留める。身体は動かない、だけど、動かせる。
用は運動なんていうものは、電気信号の伝達による筋肉の反応によってなされるものなのだ。
全身に電気を纏い、いつもより強い負荷を掛ければ―――激痛も関係なくなる。
痛みを上回る痛みを持って、身体を動かせば、それで仕舞いだ。

「…………悪かった、油断してたし、驕ってもいたと思うぜ」
「そうか。だったら早く―――」
「だけど訂正することがある」

身体を傾ける。
重心のバランスを崩せば崩すほど、人は速く動く。
地面スレスレを這うような前傾姿勢。
後は、摩擦と筋力の問題。
極限まで足を伸ばし、収縮させ、両手を地面に、人よりも獣が速い理由はそこにある。

「少なくともオレは、てめぇよりかは弱くねぇ!」

思考と同時に足が出て、瞬時に距離を詰める。
男が両手を構えるが、それすらも遅く感じる。
筋肉は限界以上に収縮し、尋常ならざる力を生み出す。

自分目掛けて放たれる念弾を全て回避し、回り込む。
ついてこれるわけも無い。
あいつの動きには、余分なものが多すぎる。
距離は、一メートル。
慣性ベクトルを無理矢理筋力で捻じ曲げて、両手に溜め込んだ電気を、そのまま男に叩き付けた。












男は眼を覚ました後、予想外にあっさりと、あいつのことを喋った。
悔しそうに涙を流して、憎悪を帯びたままの瞳で。

意味不明な言葉の羅列。
喋っていることを、正常な文章に直しても、しかし、まともではなかった。
ただでさえ狂気に満ちた男の語る内容は、いささか荒唐無稽に過ぎた。
信じることすら出来なさそうな内容で、しかし、紛れも無い事実が言葉の内に感じられる。

「…………あいつは一体、何もんなんだ?」

誰もいないことが分かっていても、そう尋ねてしまう。
男は、二度と出てくることはできないという。
アレだけ殺せば当たり前か、とそう考えて、溜息を吐く。

仮に、あいつがエイリアンだろうが吸血鬼だろうが、カグラはカグラ、超えねばならぬ壁なのだ。
彼女が何であるかなど、考えたところで、意味は無い。
唯、オレよりも強い。それだけで、十分だ。
そうケリを付けて、古城に向かう。

いつか乗り越えられた時、訊ねてみるのもいいだろう。
笑い飛ばされるかも知れねぇけど、と少し笑った。




[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 68話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/04/10 01:05
六十八






ゲーム攻略上、自分たちだけでは入手が不可能なカードがある。
協力して欲しい。


ようやく来たか、と思いながら了承、彼らを待つ。
これが終了すれば、後は"爆弾魔(ボマー)"のカードが揃うのを待つだけで全てが終わる。
今回の件のデメリットといえば、能力を晒す必要性があるだろう、という事か。

元々『我侭な指先(タイラントシルク)』は警戒されやすい能力。
念糸を絡めて人形を操作する、という現場を見れば、自ずと人体操作も可能ではないか、と少し頭が回れば予測できる。
故、今回のこれは対した痛手になりもしない。警戒してようがしてまいが、メリットはある。
『伸縮自在の愛(バンジーガム)』を意識した能力であるのだから当然ではあるのだが。

レイザーの、念能力者としての実力は非常に高い。
彼の選択したルールとはいえ、一人で複数の能力者を相手取り、尚圧倒するだけの実力者。
全てを隠したままでは、このルールで彼に勝つことは難しい。
こういうとき、こんな能力を創り上げた自分の才能が恐ろしくなる、ああ、なんて天才なんだろう。

「おい、呆けてていいのか? 来るぞあいつら」
「呆けてなんかいませんよ。失礼ですね、自分の才能に恐怖していただけです」
「……………………もっと酷ぇじゃねぇか」
「? 何かいいました」
「いや、なんでもない」

ばびゅん、どーん。
と盛大な砂埃と共に三人と一人が現れる。
直接顔を合わせるのは五ヶ月ぶり程度か。
黒髪の元気そうな少年と、ひねた感じの銀髪少年。
そして嘘という漢字が透けて見えるような栗色の髪の美少女と、ゴリラ。
ん、ゴリラ?

「あれ、なんでゴリラが」
「おい!? とんでもなく失礼だぞこいつ、慇懃無礼どころか完全に無礼じゃないか!?」
「まぁまぁまぁ落ち着いて! この人、ゴレイヌさん。オレ達と一緒に協力してくれる人なんだ」
「…………ああ、そういえば」

昔のこと過ぎて少し記憶から飛んでいたものの、そういえばいた。
いやしかし、ここまでゴリラ顔だとは。ちょっと、というか大分汗臭そうで触ると毛がごわっとなりそうだ。

「……コホン、ゴレイヌだ。とりあえず、宜しく頼む」
「………………」

そういって手を差し出すゴレイヌ。
さっきの想像が尾を引き、いまいち握手がしたくない。
ちらりとハンゾーを横目で見て、促すとハンゾーは少し嫌そうな顔をしながら握手する。
同じ事を思っていたのか。
なんとなく仲間意識を感じて微笑み、ゴレイヌを見ると、怒ったゴリラが―――

「いやまて!? 今露骨に嫌そうな顔して握手譲らなかったか今!?」
「いや、そんなことは、ちょっとべとついてそうで…………あ、いや、そうそう、後誰を誘うんです」
「おい、やっぱりコイツ思いっきり失礼なこと言ってるぞ。しかも話題転換が露骨過ぎる」
「そんなことありませんよ。宜しくお願いしますね、ゴレイヌさん」
「………………」

そういうとむんずとまた手を差し出す。
わたしはまたハンゾーを見て、助けを求める。
ハンゾーは首を横に振り、諦めろ、とわたしに無言で告げる。
泣きそうになりながら、改めて、手を見る。
ごわごわねとねと、『伸縮自在の愛(バンジーガム)』なみの脅威がそこに存在していた。

恐る恐る手を伸ばす。
近づければ近づけるほど、濃密なその気配が感じられて、息を呑む。
そして、触れるか触れないか。
そのくらいの距離になったところで、手をがっしりと掴まれた。
少し、汗ばんだ手。背筋が凍り、鳥肌が立つ。
慌てて逃げるように手を引き、守るように胸の前で手を庇った。

「あの…………、川行って来て、いいですか?」

ハンゾーがこくりと頷き、わたしはその場を後にする。
その日のわたしは、いつもより速く走れた気がした。



「なぁ…………オレは何で、握手するだけでこんな気持ちにならなきゃならないんだ?」

その言葉に、答えるものは誰もいない。










「それじゃあ始めましょうか。で、協力したいっていうゲームの内容はなんなんです?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」

川でジャブジャブと手を洗って戻ってくると、何故かお通夜ムード。
なんてやる気のない奴らだと思いながら、顔を顰める。

「あの……答えていただけないと協力のしようもないんですが。みんなで協力しないといけない場面でそういうのはよろしくないと思います」
「………………間違ってもお前だけは言っちゃいけねぇセリフだぜ、カグラ」
「酷いこといいますね。結束、と書いてカグラと読むとまで言われるわたしに向かって」
「瓦解と書いてカグラと読むんじゃねぇか? 思うに」

なんて失礼な電球だろうか。
今度寝てる間に頭をワックスで磨いてやろうと思いつつも、他のメンツを見る。
うんうんと頷くだけで、何も言わない。虐めだ。
なんて酷いんだろう、と都会の風を感じながら、諦めて誰かが話し始めるのを待つ。

「まぁ、さっき話した内容で言うなら、八人、人数が必要なわけか。アテはあんのか?」
「ツェズゲラだ。あんたら、会った事は?」
「オレは無いな、カグラは?」
「多分ありますよ。ほとんどマサドラにいましたから」

何やらわたしがいない間に話が進められていたことに少し傷つきながら『交信(コンタクト)』のカードをバインダーの一番後ろのページに嵌めこむ。
遠距離スペルをここに嵌めると、今までに出会ったプレイヤーが全て表示されるしくみになっているのだ。
この出会った、というのは、その人が自身の半径二十メートル以内に入るということで自動的にリストに加えられるもので、これが遠距離スペルを使用できるか否かの条件となる。
ちなみにこの二十メートル以内、というのが近距離スペルの射程範囲でもある。

わたしはツェズゲラと話した記憶は無いが、半径二十メートルには入れている。
マサドラにへばりついていたのは、これも目的の一つ。
リストの人数はこういう場合にアドバンテージになる。

「ん、ありますね。『交信(コンタクト)』使います?」
「ああ。交渉は俺達がやるから、使うだけでいいぞ」
「…………なんか、ものすごい不服なんですが」

人を思いやる心をもてないというのは悲しいことだと、人とゴリラの精神性の違いを考えていたところ、視線を感じて、そちらを見る。
キルアが酷く真面目な表情でこちらを見ていた。
何かしただろうか、と考えて、即座に否定する。
身に覚えが全く無い。何故なら、わたしは聖人である。

「どうかされましたか?」
「…………カグラ、お前にちょっと話がある」
「わたしに?」

愛の告白なんていうパターンは無いだろう。
ちらりとビスケを見て、ゴンを見る。
ビスケはいつもの嘘っぽい笑顔でこちらを見ていた。
しかし、少し違う気もする。なんとなく、違和感がある。
ゴンの方はゴンの方で、心配そうにキルアを見ていた。
ようやくそこで少し思い当たったような気がして、チラリとハンゾーに目線を送ると、ハンゾーは軽く頷くことでわたしを促した。

「いいですよ。いきましょうか」
「ああ……」








少し離れた岩場。
少なくとも、聞こうとしなければ向こうの会話も、こちらの会話も届かない。
手ごろな岩に腰掛けて、キルアを見る。

「……カード集めは順調なのか?」
「ええ、それなりに」

現在保有している枚数で言えば七枚程度ではあるが、そこら辺の問題は全くない。
"爆弾魔(ボマー)"から奪えばそれで、事足りる。

「…………もしもの話なんだけどさ」
「………………」
「オレたちと、もし対立することがあった時、オレと勝負して欲しい」
「それは、何故?」

ハンゾーがいらないことでも吹き込んだか。
忍者の癖に、変なところで正々堂々。とはいえ、義理人情を大切にする彼らしいといえば、らしいだろう。
そう判断して、保留する。

「オレは、弱い。自分より弱ぇやつとは、幾らでも戦える。だけど、強ぇやつと戦おうとすると、体が震える、逃げたくなる。それが、わかるんだ」

自覚があるんだ、とそう思って、少し事象が加速していることを認識する。
彼がそれに気付くのはもう少し先、そしてそこから、彼の才能は花開く。
いいことなのか悪いことなのか、でいうならば間違いなく前者なのだろう。
しかし、わたしにとっては、どうだろう。

「ゴンは、あいつは、強ぇ奴にも臆することなく向かっていけるタイプだ。オレとは違う。ダチなのに、時々ついていけない時がある。それが、怖いんだ。いつか、強敵が現れた時に、あいつから、逃げてしまいそうで」
「だから、わたしでちょっとリハビリしたいなぁ、みたいな?」
「…………そういうことに、なるな」

これはわたしにとってプラスになることなのか、否か。
感情論ではい、いいですよ、などといっていては、何事も上手くは廻らない。
アドリブを見せてくれるのであれば、それはわたしにとって価値あるもので無ければ意味は無い。
だから、彼の眼を覗き込んで、問いかける。

「わたしにとって、それはメリットがあると思います?」
「……分からない」
「分からない、それは答えとしては0点ですね。白紙回答と変わりません。わたしが聞きたいのは、そんなあやふやな答えではないんです。はっきりと、明確な答えを告げていただけなければ、いつだって点数は取れないもの」

格下などではない。
格下だったもの、だ。
技術なんてものは後から幾らでも身につけることが出来る。
年齢も、身長も、そう変わらない。
彼らの成長は著しい。
いずれ、わたしを確かに追い抜くだろう。
彼らとわたしでは、目標が違う、目的が違う、そして、通る道も違う。
わたしのそれは有限で、彼らの道は果てなく続く。

だから、わたしの物差しで、彼の全てを測れるとは思わない。
早まっただけか、それとも。
立ち上がると、緩やかな動作で彼の両肩に手を置き、耳元で囁く。

「わたしには、目的があるんです、目標があるんです。だから、遠回りをする余裕も時間も、一つとしてない。あなたにとって、それが必要であっても、わたしにはそれが必要ではないとなれば、わたしの告げれる言葉は一つ」
「………………」
「…………もう一度、訊ねます。わたしにとって、それはメリットがあると思いますか?」

オーラを纏い、包み込む。
すぐにでも、殺してしまえるように。
袖からは銃口を、シルクハットは彼の背中、騎士が戦闘待機を終えている。
身体は一切動かせないよう、念糸を巻きつけて。
そして、そんな状況での言葉だからこそ、真実を帯びる。

「…………全力で、お前を倒す、その時は」

少し震えた体を、精一杯抑えながら、彼はわたしにそう告げた。
わたしが、ヒソカを追うように、彼もわたしを追っている。
煮詰まったわたしには、ビスケと戦う以上に、いい刺激になるかもしれない。
だから、合格。

「その言葉、承りました」

それに、これは彼に勝てる、最後の機会であるかもしれない。
そう思って、クスリと笑い、両手を離して踵を返す。


「なぁ……」
「なんでしょう?」
「お前の目標って、なんなんだ?」
「……"青い鳥"を、自分の力で捕まえたい、って初めて思ったんです。ああ、詩的な表現ですね、流石はわたし」

そう告げて、歩く。
初めて、本当に、初めて。
埋もれるような鳥達の中で、青い鳥は一羽だけ。
色が元々青いのか、わたしに青く見えたのか。

きっと、多分、後者だろう。
飛び立ってから、わたしはそれが青い鳥だと、本当の意味で理解したのだ。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 69話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/04/17 18:55
六十九





「ねぇ、あんた、一体何が目的なの?」
「……目的、とは?」
「あんたが求めてるカードは、何?」
「最初にお話したとおり、大天使の息吹ですよ」

そう、笑顔で答える。
彼女の造作は美少女であるが、たまに出る喋り方と表情がそれを台無しにしているのが残念なところ。
もう少し、おしとやかに来て欲しいものだと思いながら、彼女の言葉を待つ。
ビスケは彼らといたときの笑顔から一転、"年齢通り"のしかめっ面でをこちらを見つめていた。

他の"仲間"はツェヅゲラと話をしていて、その間にわたしと彼女は森に入って話をしている。
歩きながら、そしていざという時のためにある程度の"備え"をしながら、彼女が止まった少し後にわたしも遅れて立ち止まる。
彼女の斜め左後ろを歩いてきていた。
わたしは彼女より少し前方まで進み、くるりと廻って微調整を行い、立ち止まる。
これで仕掛けの位置は彼女の左斜め後ろ。
これで、わたしも幾分か、安心して彼女と話せる。

「ちょっとおかしいところが多い気がするのよね。目的があるのにあんたもハンゾーって奴もカードを集めている様子は無い。なのに、今回のイベントの誘いには乗る。さっきも、ゴレイヌが来た時、そういえば、なんて言ってたでしょ?」
「ええ、いいましたね」
「修行も、あたしと同じ条件、方式での穴掘り。そん時はあたしへの当てつけかとも思ったけど、そういうわけでもなさそうだし、多分、あんたには確信がある…………ああ、多分そうね、そんな感じだわさ」
「へぇ……」
「何らかの方法で、あんたは未来の情報を得て、それに則って行動している…………大体、そんなとこじゃない?」

流石に年季の力は凄いもんだ。
こちらの行動から、そこまで読み取ろうとするとは。
なるべく煽るような笑みを浮かべて、唇に指をあてる。

「さぁ、企業秘密というやつです。もしかしたら、あなた達を念で監視しているのかもしれないし、他の仲間がいるのかもしれません。例えば、"黒人の除念師"があなたとゴンさんの元へ訪れて、"爆弾魔(ボマー)"に関する話をしただとか、カードの少なさと外見で、"前回"のメンバーと口論になったとか、今、どういった修行をどういった順序で教えている、だとか」

ビスケの目に険が帯びる。それを見て、尚笑みを深める
警戒されているのなら、その方向を限定する。
否定は老獪なものを相手取る場合には不適当、それならば、穴が出ない選択肢を選択し、そちらに眼を向けさせる。
あえて、彼女らすら知りえない情報を提供することで、それに真実味を帯びさせる。
除念師の名前はアベンガネ、未だゲームを離脱していないことは確認している。
恐らくは、彼女らの元へは訪れている。

「…………あんた、今年のオークション、どこにいたの?」
「オークション?」
「そ、サザンピースの」
「参加はしていませんね」
「幻影旅団が、丁度そのとき壊滅させられたのも知ってるわね?」
「まぁ、人並みには」

急な話題転換。
少し、嫌な感じがしないでもない。
わたしに不利な情報で、わたしの知らない何かを、彼女は握っている可能性がある。

「その時期には、ハンターライセンスが闇オークションに流出。あの二人は蜘蛛捜索をキルアの実家の長兄にリークされて、捜索を断念。ヨークシンの中央病院に、重体の少女が一人、搬送。今も意識不明で眠ったまま、だそうよ」
「そうですか」
「ハンター協会は賞金首である、幻影旅団を壊滅させた人物を捜索中らしいわ。あたしも最近調べてたの。そのついでに、病院で意識不明の少女は現在進行形で賞金首の殺し屋で、まぁ現ノストラードファミリー構成員である、ということまでは調べがついた」
「…………それで?」
「あの二人から話を聞いて、一旦ここから現実に戻って、そこら辺のこと調べてみた。どうもさっき言った事件の中心人物と目される人物に似てない? あんた」








「あの二人から話を聞いて、一旦ここから現実に戻って、そこら辺のこと調べてみた。どうもさっき言った事件の中心人物と目される人物に似てない? あんた」

賞金首の少女、の辺りから、空気が変わったように感じる。
注意深く観察しなければ、分からぬほどに微細な敵意と殺意。
二十年前ならば、気付くことは無かっただろう。
経験は、確実に身についている。

「その反応だと監視、というのは無さそうね。監視だったら、あたしが出て行ってたこと知ってなくちゃおかしいもの」
「わたしがそんな、幻影旅団を壊滅させるような凄腕に見えます?」
「少なくとも、動機はあるんじゃない? クルタ族なんでしょ、あんた」

彼女はクルタ族の末裔。そう二人に聞いた。
年齢は詐称ではなく、本当に実年齢で十二だという。
そんな年齢で"そんなこと"を達成する彼女には、末恐ろしさすら感じる。
それだけで、一つ星ハンターの認定が降りるだろう。
最近で言えば、ジン・フリークスのクート盗賊団の壊滅に等しい偉業である。

だからこそ、先手は打つ。
牙を向けさせて良い相手ではない。
ゴンやキルア以上の危険さを、この娘からは感じていた。

「そこらへんにしときなさい。あまり、舐めないで頂戴よ。あたしだって伊達に五十七年も生きちゃいない。このあたしに向かって嘘をつこうなんて四十年早いんだわさ」
「…………」
「あたしや、あの二人に何かしたら、あんたの可愛いお友達を殺す。宝石ハンターのあたしの仕事じゃないけど、知り合いは多いからね。賞金首なら電話一本で三分だわさ」
「わたしのお友達じゃないかもしれませんよ」
「思い当たる節が無いなら、今からでもいいけどね」

空気が更に険を帯びる。
そのお友達とやらが、よほど大切だと見える。
それでも彼女は悪戯な笑みを崩さないままに振舞っていた。
その仕草も表情も、役者のように堂に入っている。
美しく、そしてそれ故恐ろしい。
世界に名を残す偉人にも、そして"その逆"にもなれる可能性。
それがどうにも、あたしには恐ろしく感じていた。

フッ、とその空気が和らぎ、こちらも少し肩の力を抜く。
彼女は賢い、この状況を容易に巻き返せないであろうことを、きっと理解できている。
だからこうなるだろうと思ってはいたが、予想通り賢明な反応に、少し気が緩む。

「…………わたしの負けです。いいですよ、その条件を呑みます」
「そう、良かった」
「……ですが」

背筋の凍るような殺気。
彼女が両手を振るうのが見えて、咄嗟に後ろに飛ぶ。
念糸、それが指から伸びていた。
数は十本、しかし、あたしの動きの方が少し速い。

まさか、こんな手段で来るとは。
数瞬前の自分を責めて、着地までの間に対抗手段を考える。
接近するには、あの糸を掻い潜る必要がある。
どういった能力を持つものかは知れないが、触れてはならないものだということは直感的に理解る。
壁として、クッキィちゃんを具現化しようとした瞬間、左手に鋭い痛み。

感知したのは、包丁を持った少女の人形。
左の茂みに撒いていたのか、しかし、幾ら後ろを歩いていたとはいえ、そんな音を聞き逃すわけも無い。
思い返してみても、話し始めた後にも、彼女の動きに不自然な点は見当たらなかった。
何らかの能力。
そこまでは理解できても、結論に到るには情報が余りにも少ない。

左手は僅かに出血。
これで仕留めるつもりだったのかと、疑問が生じる。
それならばあまりにも杜撰だ。あたしを低く見すぎている。
何かある。いや、僅かに傷を付ける、これがそれだけで十分なものだとしたら――――――
そう考えたところで、彼女が口を開く。

「殺す気も、害意もありません。ただ、取引を行うには、わたし達の間に信頼が無く、脅迫とするにはわたしに少々不利が過ぎます。だから、少し手荒な真似をしてしまいました。お許しを。その傷口からは既に即効性の致死毒が入り込んでいる、と考えていただいて結構です。能力でそれを抑えているに過ぎません」
「…………あたしとしたことがとんだ間抜けだわさ。殺す気が無いというなら、これはどういう意味で受け取ればいいんだい?」
「脅迫です。わたしがさっきされたように、わたしもあなたに対して、カードが無いと不利でしょう? あなた達に特に害意があるわけじゃないので、そこら辺は安心していただいて結構です。その毒も、ゲームを出た後誓約に切り替えますから、そちらに関してもご心配なく」

『離脱(リーブ)』の使用をして電話をかけることはできる。
しかし、彼女がそれに気付けば、即時にあたしも死亡する。
脅迫と脅迫による、フェアなトレード。

そんなふざけた事を言って、少女は笑みを浮かべる。
予想通り、この娘は、警戒するべき人種。
その見通しも、少し甘かった。

「……よっぽど、お友達が大事なんだね」
「それはもう、この世界以上に。あの子が死ねば、わたしも死ぬと決めているので」
「大天使の息吹でも、目が覚めるかは五分五分だわさ。植物状態なんでしょ、そのこ?」
「それでも、試す価値はありますから。そして、それを試すまで諦めないと決めたのです。だからそれまでは、何事にも一切、躊躇しません」

この娘は、半ば狂気に浸っている。天使に見えてしかし、地の底まで堕ちている。
それに、あたしは気付かなかった。
邪魔となれば、きっと誰とて構わず殺すだろう、この娘はそういう意志で動いている。
とはいえ負けは負け、彼女の欠片はあるだろう良心に、賭けざるを得ない。
少なくとも、あたしを今殺さない程度の、理性と倫理は存在するのだ。

「…………あたしも焼きが回ったわ。全てが終わったらあんたはあたしに、彼女に手を出さない旨のことを誓約させた後、この毒から開放してくれる、それでいいんだね?」
「ええ。それと除念はやめておいたほうがいいですよ、念は毒が廻るのを抑えているに過ぎないので。大天使の息吹を使われるなら何とかなるかもしれませんが、命を賭けてまでこの能力の性能テストをされるよりは、待っていたほうが安全安心ではないかとも思います」
「悪いところを全て治す、害をもたらしていない毒は、その内に入るか否か、確かに微妙なとこではあるわね。まして、念の影響物を取り除けるか否かも微妙なとこだわさ」
「……それに、基本的には、監視を付けておきますし、ね。今度はブラフではなく、本当に」

悪戯っぽい笑みを浮かべて笑いながら、告げる。
元々あたしとて、彼女の友達とやらを殺すつもりも無い。
そして目の前の少女もそれを理解している。
それでも尚、保険に手を打つ周到さ。
厄介だ、と思った印象は当たりと言え、更には不倶戴天の敵だと思った第一印象もまた、外れではない。
この歳で、あたしから一本とって見せる、その知性と執念には感嘆する。

「……はぁ。まぁあたしもぶっちゃけあんたの友達が賞金首だろうがなんだろうが知ったこっちゃないし、ブラフって言えばそれもブラフだわさ」
「そうですか、それならわたしも安心です。あなたを殺したいとは思いませんし」
「殺せない理由があるからかい?」
「そんな大したことでも。必要かどうかもわからないから、殺したくない、とそう思っただけでして」
「人の生き死にを大したことでもない、って言われると、少しだけど悲しくはなるね」
「ああ……これは失礼しました。凄く大したことですね」

おどける少女は、その美麗な姿と相まって、尚腹が立つ。
恐らく、一生好意を抱くことはないだろう、それだけは分かる。


「……今日は何だかんだで、酷いことしてしまいましたし、最初の質問に答えますよ。答えはイエスです」
「…………?」

そして、そう評価を下した少女が、突然切り出した。
流石のあたしも、少し置いていかれてしまい、話を把握するのに数瞬かかる。
最初の質問、つまりは、未来予測による行動か、というところだろう。

「未来を予測、演算し、カオスの域まで完全無比なる予測が成立すれば、世の中は思い通りに動くもの。だからわたしは今回の事象を知っていた、だから有利に事が進むのです」
「当たり、だったわけね」
「けれど、完全無欠の未来予知を行う悪魔さんも、観測者である自身の行動を予測することはできはしない。だから、この世界の予見の悪魔は、それを具象化させると共に、矛盾で自死に至ってしまったと。わたしは悪魔とお友達だったんですが、もう彼の声を聞くこともできません」
「だから、あたしに告げても痛くも痒くもないってわけ?」
「まぁ、端的に言えば。彼が死んでから長いので、もうわたしが知りうる事柄もそう多くないですから。けどまぁ、全く意味が無い、ということも無いわけで」

そういって、おどけたまま、芝居がかった口調で続ける。
それだけのことを暴露してまで、あたしに告げたかった、ということだろう。いや、ついでに、か。
あたしがそこまで見抜いたからの、ついで。
そこから予測できるのは、この話は彼女に直接関係は無くとも、悪影響を及ぼす可能性のある事象、となる。
彼女は、損得判断で動く人間だ、ということは、少なくとも今さっきまでの会話の流れで理解できてはいる。

「キメラアントがNGLに出没するかもしれません。人食いにまで昇格したキメラアントは、放って置けば、未曾有の大災害、わたしがこの世に生を受けたくらいの一大事件です。大体半年内には、結構な確率で起こる事象だとは思いますよ。まぁ最も、確実に起こるとは言い切れないことではありますが」
「そういうわけ。それが事実なら、確かに最悪の組み合わせでしょうね。会長にでも伝えておくわ、幻影旅団掃討の実行者の情報も併せて」
「……出来れば後ろは、ご遠慮を」

そういうと露骨に嫌そうな顔をして、眉を顰める。
確かに、事実ならば重大な情報である。また、嘘である可能性も極めて低い。
嘘をつくことによる、彼女にとってメリットが存在しないからだ。
となれば、これはあたしにとって高い確率でプラスとなる情報である。
災害を未然に防げる情報を報告すれば、少なくとも評価は上がる。
つまるところは、あたしとの関係修繕のための取引でもある。
喰えない娘だ、そう考えたところで話を切る。
あたしとこの娘の仲が悪いことは、周知の事実だ。
あまり長い間、二人で場を離れると、余計な勘繰りを受ける恐れも無くはない。

「まぁ、分かったわ。あんたにはあんたで、あたしを生かすメリットはあれど、殺すメリットはない、と。それで少し安心、あんたみたいなタイプは倫理良心より、損得の方が信用できるもの」
「酷い言いようですね。まぁ、それはともかく、そろそろ戻りましょうか、話も終わってる頃でしょう。あんまり長いと心配されます」
「まさか、本当にあたしが殺されかかってる、なんてことは思わないだろうけどね」
「多分心配されるのはわたしの方です。美少女ランクから言って」

これまた憎憎しい言葉を吐きながら、彼女は歩き出した。
どうであれ、はっきりとしたことが一つある。
彼女が何であれ、その存在はあたしと決して相容れない。

不倶戴天、彼女があたしにとってそんな人種であることは、間違いない。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 70話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/04/17 20:07
七十





参加者は十五人必要。
そして八勝したほうの勝利だというのに、最後はどうせ帳尻合わせの八対八になるという。
ふざけたルールであるのだが、文句をいえない立場にある。
主催者は、何せ、彼らであるのだから。

ツェズゲラも併せた"仲間達"が数合わせの人員を募る間に、わたしは一人、外に出ていた。
時間は有限、そんな下らないことに付き合う必要もないだろう。

『久しぶりだな』

声は高め、しかしそれに反して暗そうな音色。
何だかんだで三・四月は経っている、そういわれてもおかしくはない。

「暫くグリードアイランドに篭ってたもので。お元気ですか?」
『……鈴音は、まだ眼を覚ましてはいない』
「そっちじゃなくて、あなたの方なんですけど。相変わらず生真面目ですよね」
『君ならどうせ聞くだろう?』
「聞きませんよ。そんなことがあったら、むしろあなたが言うでしょうし。まぁ元気そうで何より、こっちも順調に来てます。多分もうすぐ、お薬を届けられるやも」
『噂のなんでも治す魔法のアイテムか』
「大天使の息吹って言うそうですよ」

死者か生者か、はっきりとさせる。
つまるところ、今の行動理念はそれに尽きる。
リトマス紙でも使えば三秒待たずに分かりそうな事なのに、中々時間がかかるものだと少し笑う。
しかしそれもいいかと思えていた。
わたしは彼女に、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
泣けばいいのか笑えばいいのか、それとも怒りながらか、だから、時間は長いほうがいい。
早く過ぎればいいとも思い、時間がかかればいいとも思う。
自己矛盾、そんな言葉を思い出す。

『ヒソカと、戦うのか?』
「ええ。それが終わって、ようやく済印ですから」
『ならば私も連れて行け。勝率は高いほうがいいだろう』
「お言葉はありがたいですが――――――わたしは一人で戦います」
『君らしくない、非合理的な判断だ。相手が悪すぎる』

らしくない、といわれればそうだろう。
わたしでも、わたしらしいとは思わない。
だけど、なんとなく、嫌だった。
ヒソカを殺すだけならば、方法は十を超えて思いつく。
だけど、手段と目的を間違えていると、そうも思うのだ。

「カグラちゃんクエストの、ラスボスという試練なのです。試練であればこそ、わたしの限界でなければ意味はないではないですか」
『その結果、死んでもか?』
「ええ。まぁけど、それだけですよ。どうせわたしは生きていながら、死んでいるかも知れません」
『……君は生きている。鈴音もまた』
「証明できませんよね」
『私が言ったんだ。信頼度は高いだろう?』

らしくないセリフに笑う。
彼なりに、励まそうとしているのか、そう考えて、自分は鬱成分絶賛増量中なのだ、と言うことを思い出す。
よくよく考えれば、このところ、殺す殺される死ぬ死なせると、あまり宜しくない事ばかりを考えていた気もする。
電球が忍者なんかしているからいけないのだと思いつつ、電話を少し、持ち直す。

「クラピカさんは、わたしに嘘を付いたりしませんもんね」
『わたしは嘘が嫌いだからな。だから、考え直せ。君は死ぬことを考えるには、早すぎる』
「人を自殺志願者のように言わないで貰えますか…………これでも一応、多少の勝算くらいはあるんです。じゃなきゃ流石に、他の手段に頼ります」
『それでも、確実に生き残る手段を選ぶべきだと、私は思うんだ、カグラ。君もわたしに、そういっただろう』
「間違いなく言ってないですね」
『訂正しよう、未来を見てないと、君はわたしに、そういっただろう』
「そんな記憶はそこはかとなく」

言い換える彼の、らしからぬ言動にまた笑う。
堅物だと思っていたのに、いや、堅物だから面白いのか。

『そんな私だから、君の事はよく分かる。柄にもない復讐心に、君は今囚われている』
「………………」
『否定したい気持ちも分かる。意地っ張りだろう、君は』
「失礼ですね。失礼ですけど…………その通り、柄にも無く拘ってるんです、わたしは」

たった一人で向き合うのは怖い。
策を弄して殺してしまうのは、それを考えれば酷く魅力的ですらある。
ただ、それは何かが違うのだ、とも思う。

わたしは、今となっても、別段彼を嫌いなわけでもない。
なんだかんだで、スリルのある、そんな関係を続けていくのも悪くは無いと思ったこともあった。

「なんだかんだで、わたしは別段、ヒソカさんのこと嫌いなわけでもないんです。昔、お世話になりましたしね」

ただ、あれはカストロを殺してしまった。
鈴音を傷つけてしまった。
だからそこに、全うしなければならない道理と、義理がある。

「カストロさんは死に、鈴音もあんな状態。そんな状況を作ったのもあの人であるから、わたしもまた、何もせずにはいられません。だから―――わたしが殺すんです、わたしの手で」
『………………』
「殺す方法なんて、幾らでもあるんですよ、本当に。だけど、これは過去の全てをも断ち切る話でもある、となれば、わたしが逃げていい話じゃないなと、そう思うんです」

そして、道理と義理がある故に。それが道理と義理である故に。
それを成すのに、小賢しい策を弄すというのは、何かが違う。
そう思ったのだ。

壁はいつも、跨げば通れるものだった。
今回のそれも、そういう点では変わらない。
だけど、これからはもう逃げない。
流さずに、砕く、そう決めたのだ。

「…………それに、これはわたしが生まれて初めて、破らないといけない壁でもありますから」
『君は…………私に未来を見ていないと、そう言った。復讐の先を見ていないと』
「ふふ、二回目ですね」
『……君は今、未来を見ているのか?』
「ええ。"もしも"、は大好きですからね」
『わかった。ならば私に、これ以上言うことは無い。もしも気が変われば、いつでも言ってくれ。私は少なくとも、君を友人だと、そう思っている』
「…………一人で行ったら死ぬ前提みたいな感じの言い方ですね」
『友が生きるために、確実な手段を選びたい、というだけのことだ』
「……あはは、そんな風に言ってもらえるなんて、わたしは果報者というやつですね」

そんな言葉も、願いも、素直に嬉しいとも思う。
自分の頭が狂ったかと思った。異世界への、しかもマンガの世界への生まれ変わり。
その果てに、空想の人物と知り合い、友情を分かち合う。
それは酷く素晴らしいことだ。

だけど、そう思うと同時に、後ろめたさもある。
本来は知るはずのない彼らの心の内、性格、境遇。
それらをわたしは覗き見て、そうして都合の良いよう振舞った。
だから、上手くいかないはずは無い。
上手く活かさない訳も無い。

本来ならば、そう。
わたしが彼らの事を知らなければ、きっと、こうはなっていない。
これは人の心を覗き見た結果に、出来上がった"交友関係"。
意識すらを繰るような、そんな手段の結果であるのだ。

疎外感と、罪悪感。
だから、それに向き合える心が欲しい。
そして傍で、ずっと見ていてくれる人が欲しい。

「ああ、それと、本当はこっちの方が本題なんですが……」
『どうした?』
「グリードアイランドから帰ってきたら、一人、鎖を絡めていただけませんか」
『……それは、確定事項か?』
「ええ、ですが保険なので、そう気張らなくても構いません。誓わせることは、わたしたちへ直接、間接的問わず、危害を加える、またはそれを企図することの禁止、それだけです」
『なるほど、分かった。覚えておこう』

一人で生きるのは、きっと辛いこと。
鈴音と出会って、二人を知って。
そして知ってしまったからこそ、戻れない。

だからこそ、必要なのだと、そう思う。
この戦いが。

















多分原作通りの流れで、グリードアイランドが現実世界で行われている、と暴露したデブをレイザーが殺害。
バレーのスパイクの要領で放たれる念弾は、想像通り中々の威力である。
それほどのオーラを使用したようには見えなかった。わたしで言うならば牽制弾程度。
しかしそれでも、そこそこの力は持っているはずのデブの防御を軽々と貫通し、硬いはずの頭蓋を易々と破壊する。
普通に戦ったら勝てないだろうと思いつつ、これがゲームであり、ボールを使用する競技であることに感謝する。
"タイラントシルク(我侭な指先)"は物理的な力学的操作であるが故に、半物質である念弾には作用しないのだ。

まぁそれはともかく、とりあえずはまさかの七勝した後に八対八なんていう鬼ゲームをされなさそうで良かったと思いながら、様子を見る。
ここでドッジボールに切り替えてくれないと非常に残念な感じになりそうなのであったのだが、何とかいい感じに残っていた三戦を飛ばし、ドッジボールをしようとレイザーが提案する。
ここまではいい感じ。

しかしこれでは人数が足りない。
連れて来た数合わせはレイザーにおびえてしまい、絶対参加しないと数合わせの役にすら立たないのだ。

ゴレイヌゴレイヌと心の中で念じると、これもまた、いい具合に原作通りな展開でゴレイヌが"黒い賢人(ブラックゴレイヌ)"を出し、オレが二人分になる、とこれまた格好いいセリフを言い出して、これまた原作通りで少しにやける。
能力名に自分の名前をつけちゃうナルシストなところと顔があんまり念獣と変わらないところが玉に瑕だが、そんな事すら許せてしまいそうな気分だった。

「おい、ちゃんと聞いとけ」
「何がです?」
「…………いや、ルールだよ。さっきから五回は呼んだぞ」
「ドッジボールのルールなんて、要するに当てて地面に落とすだけじゃないですか。まさかハンゾーさん、知らなかったとか」
「知ってるに決まってんだろ! あのな、ドッジボールって言ったって色々細かいルールがあんだよ。クッションだのなんだのってな、そこら辺きっちり把握しとかねぇと痛い目見るぞ」
「要するに当たらず玉を取ってぶつけたらいいんです。クッションとか、そんな細々したのはわたしみたいな華麗な天才美少女にはあんまり関係ないですし」
「……はぁ、わかった、はいはいオレが悪かったな。後で聞くなよ絶対」

拗ねた口調でそういって、ハンゾーがレイザーのほうに向き直る。
なんて狭量なのだろう。この世も末だと思いながらも、チラリと周りを見渡す。
メンバーは悪くない。ヒソカの穴には、わたしとハンゾーが入っている。
特にわたしが入っているというのがプラスポイントである。


一通りルール説明が終わった後に、質問はあるかと、レイザーがこちらに訊ねる。
質問、質問か。
恐らくは駄目だろうと思いつつも、念のため、一つの疑問を口にする。

「一つ、聞きたいことがあるんですが」
「ああ。今の内に聞かれたほうが、こちらとしても後で文句を言われることも少なくなるからな」
「ボールに念を込めることは可能、ということはボールへの念干渉は自由である、と見て、よろしいですよね?」
「ああ」
「それじゃあ、他者への念能力の行使はどうなってます?」
「そうだな、これは能力による。対象に危害を加える事や、一方的なゲーム運びを可能にするもの、まぁつまりは直接的な操作系能力以外ならば、基本的にはOKだ」
「あ、やっぱりですか。質問はそれだけです、どうも」

流石に駄目かと思ってはいたが、やはり駄目らしい。
やっぱり、正攻法じゃなきゃ駄目なのか、と少し残念に思いながら、気を取り直す。
とはいえ『我侭な指先(タイラントシルク)』の存在は、それでなくても圧倒的。
これを最大限に利用すれば、負けるはずもありはしない。

そう考えて、わたしはコートに進み、レイザーを見据える。
それにこれも、所詮はゲーム。
わたしにはこんなところで、足踏みしている余裕は無い。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 71話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/04/20 02:15

七十一








審判役のレイザーの念人形、0番がボールを投げたと同時に『我侭な指先(タイラントシルク)』を巻き付けて、引き寄せる。
ボールは宙吊り。念糸からオーラを送り込み、ボール自身の力を十分に高めた後、"硬"で強化した足で蹴りを叩き込む。
純粋に考えて、投げるよりは蹴る方が強いに決まってる。

そうして放たれた弾丸ボールは念人形を一人破裂させ、そうしてまた手元に戻ってくる。
うん、完璧。
そう思っているとなんだか居心地の悪い視線を周囲から送られている事に気付く。

「……どうされました?」
「いや、あのな、カグラ……」
「…………いや、こちらの説明不足だったかもしれない。一応、ドッジボールは両手を使ってボールを相手に当てる競技になっている。今回はそこら辺を考慮して取らないで置くが、一応反則だから、気をつけてくれ」

だから説明を聞いとけって言っただろ、とハンゾーが溜息を吐きながら頭を抱えて、レイザーは頭を掻きながら説明する。
あれ? ボールを殴ったりスパイク決めたりしてなかったっけこいつら。
そんなところは普通のドッジボールなのか。なんということだ。

「殴ったりするのはいいんですか?」
「手を使う分には問題はない」
「…………理不尽です」
「お前、まさかドッジボールもしらねぇのか……?」
「知ってますよ、失礼ですね」
「知ってるやつは足で蹴らねぇだろ…………」
「………………」

理不尽だ、非常に理不尽だ。
殴ったりスパイクを決めるのはありで、これが無しとは。
なんだか味方からも白い目で見られて、非常に憂鬱な気分になってくる。
わたしが悪いのだろうか? いやいやいや、まさかそんなことはあるまい。説明不足なレイザーが悪い。
カグラちゃんコンピューターはいつでもどこでもどんな時でも正確に物事を判断できるのだ。
間違いなく、悪いのはレイザー。
そう断定する。

速攻で気分が萎えたのを感じながらボールをゴレイヌに渡して、溜息を吐く。
責任は明確にするべきだと判断する。
だから、レイザーのほうに向き直り、わたしは告げた。

「そういうことはゲームが始まる前に言うべきです。なんだかわたしが悪いみたいじゃないですか」
「………………ああ、いや、そうだな、すまん」











オレが悪かったのだろうか? そんなことを考える。
いや、ドッジボール、と告げて、ルールが分かっていない様子でもなかった。
むしろスキンヘッドの男に何やら講釈を垂れていた側だ。

普通、ドッジボールは手でボールを投げて相手に当てるゲーム…………のはず。いや、はずではなく、間違いなくそうだ。
この場合はむしろ、いきなりボールを蹴り出した彼女が悪いんじゃないだろうか。オレじゃなく。
なんで謝ってしまったのだろう、と少し疑問に思いながら、とりあえず、先ほどの流れを思い出す。

操作系能力者だと思われるが、使うのは念糸。
物理操作系の能力、最初に質問していたのはこれのためだろう。
流石に、これをOKにしてしまうと、限られたコート内である以上、こちらに勝ち目は無い。
それよりも先に彼女を戦闘不能にする、ということも考えたが、先ほどの動きを見る限りどうやらそれも、難しい。
彼女と技量は、年齢不相応なほどに飛びぬけている。
練から硬に到るまでの流に一切の無駄が無い。
あれならば、体の動きよりも早く、オーラを操作することは可能だろう。
最悪でも、ボールが到達する前に、硬で該当部位をガードはできる。

これは手ごわい勝負になりそうだと少し笑って、見据える。
ジンの息子だけかと思えば、あの少女、そしてその他にも粒揃い。中々面白そうな勝負である。

先ほど少女が倒したのとゴリラを使うゴリラ顔の男が倒したのに、元々からいる外野を合わせて、外野の人形は三体。
これで、四方を囲むことが出来る。そろそろいいだろう。

「よーし、準備OK」
「あ? 今何て言った?」
「お前達を倒す準備が整った、って言ったのさ」

ゴリラ男はその言葉を聞いて沈黙。
少し笑みを浮かべ、オーラを少し揺らめかせる。
今の言葉は相当気に障ったのだろう。
いい感じに調子に乗っていたところに水を差されれば、短気なやつならすぐにこうなる。
単純な様子にこちらも笑みを浮かべて待つ。

「…………へぇ、面白ぇやってみろよ!!」

込められたオーラは先ほどより少々高い。
しかしその程度では、オレには決して届かない。

ゴリラ男がオレに向かって投げつけてきたボールを捕球する。
弱くは無いが、オレを倒すには聊か威力不足。この程度ならば片手で十分過ぎる。
投げた本人は先ほどとは一転、唖然とした表情でこちらを見ていた。

この男への警戒は、そう必要は無いだろう。
あの大きさの念獣を構築し、尚且つ一定レベルの操作ができるところから見て、恐らくは放出系か。
操作系というには念獣に込められたオーラが少々大きい。
強化系ならば、技量の程度から言ってもう少し強い球を投げてくるだろう。
念獣がどういった能力を持っているかは分からないが、少なくとも、基礎能力だけでいうならば、そう問題にはならない能力者。
視野の外に置いても問題はあるまい。

まぁ、でも、後でも先でも変わりはしない。
先に殺しておこうか。

そう判断し、ボールにオーラを込めて強化する。
比例して大きくなる重量感、存在感。

彼らとオレとでは、オーラを込められる量、オーラの絶対量、そしてボールへの慣熟、その全てに大きな差がある。
それ自体が一人対八人という戦いの結果すらを、容易く覆せる自信になるほどに。

「さぁてと…………反撃開始だ」

体中のバネをしならせる。
最短の軌道を描く意味は、この球技には存在しない。
いかに距離を長く、そして尚且つ加速させるか。
ボールをしっかりと握り締め、軸を回転させ、連動させて腕を振るい、そして放る。

それだけでボールは、弾丸のように加速する。

まずは一人。
硬直したゴリラ男の姿を見て、回避は不可能だと判断する。
少女の操作力がどれほどのものかは知らないが、ここまで加速した球を無理矢理捻じ曲げるほどの力はあるまい。
動かせたとして精々誤差程度。


しかし予想に反し、到達まで残り三メートルを切ったところで突如ボールは軌道を逸らした。
見えたのは念弾。
操作ではなく、純粋な物理干渉による結果。
少女が左手の袖から散弾のような念弾を放ち、ボールを跳ね飛ばしたのだと気付いたのは数瞬後。

更に、自分の顔に笑みが浮かぶのを感じる。
跳ね飛ばされたボールは、上に大きく螺旋を描きながら昇り、速度を落としたところでふわりと少女の掌中に収まる。
少女は笑っておらず、面白く無さそうな、今にでも欠伸をしそうな顔で告げる。

「こういうのは…………勿論ありですよね?」
「…………またしても、こちらの説明不足だったかもしれない。足が駄目なら、もちろん武器や飛び道具の類も無しだ。手だけだといっただろう?」
「飛び道具ではなくて、念です」

少女は自分が正しいと言わんばかりにはっきりと断言する。
自分が正しいと告げる彼女は、後光でも光らんばかりの勢いだった。
少し呆けて、頭を掻く。

「……とりあえず今回は反則を取らない。まぁこれで、オレと君の齟齬もようやく埋まっただろう。以降注意してくれ」

つくづく説明の穴を突くのが好きなやつだと思いながらも、笑みは止まらない。
美少女然としたか弱い容姿であるのに、この実力。
人は見かけによらないというが、ここまで見かけと中身が違う人間を見たこともない。

面白くなりそうだ、とそう再度認識して、また笑った。









唇を噛む。
ゴレイヌが死に掛けた時、助けることのできる立場にいたのは、カグラだけではない。
オレも、助けることが出来たはず。
電光石火、肉体の限界を電気負荷により超越する、あの新技を使って、ゴレイヌを突き飛ばしさえすれば。

なのに現実はこう。
オレはレイザーが放ったボールの威力に驚き、動けず、しかしカグラは、さも当然のように容易くゴレイヌを救ってみせた。

悔やむのは新技を見られることによるデメリットや、相手に意識されないように、という理由を考えた後に制止したのではなく、ただ、体が、心が反応できなかったこと。
救う、救わないという取捨選択ですらなく、そこに思考が到りもしなかったこと。
鮮やかに彼女の手元に戻ったボールを、見つめる。
これが、オレとカグラの差。

そう、ぼんやりと考えたところで、視線を感じて振り向く。
ビスケが修行の時のように真剣な目つきで、こちらを見ていた。

―――あんたが戦おうとしてる相手は、こんなのだわよ。

音も無い声を、その眼差しから聞く。
わかっている、誰よりも。
同い年で、しかし、自分よりも強い。
そんな存在を、彼女に出会って初めて知った。

出会ったときからいつも、彼女は遥か彼方、今も、まだ自分の先を行く。
しかし、確実にその差は狭まっているのだ。
頭を振るい弱気な考えを捨てる。

カグラを倒す、オレはそう誓い、告げたのだ。
そうして、彼女は、それを受けた。

一方的だった、オレとカグラの立ち位置が、ようやく狭まった証拠。
あいつがようやく、オレの存在を認めたということ。
ただ、それでも未だに彼女の方が先にいる。
しかし、あいつに視認できる距離に、オレはようやく踏み入れたのだ。

全力であいつを倒すと、そう誓った。
なら、必要なのは後悔じゃない。
理解と反省、そして発展と検証。
そして、きっと、あいつもそれを望んでいる。

だから、ビスケを見据えて、心の中で告げる。
―――それでも、オレはあいつを倒す。
伝わった、のだろう。
溜息を吐いて、首を振り、ゴンを見て、そうしてまた溜息を吐く。
やれやれ、そういっているのは分かった。
単純馬鹿のゴンと、一緒にされたことも、分かって、苦笑する。

オレらしくない、だけど、それでいい。
何故ならオレはオレ自身から脱却したいがために、彼女と戦うからだ。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 72話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/04/22 00:27
七十二





これは案外骨が折れる、とそう思った

レイザーの球はやはりそう、弱く無い。
ゴレイヌの眼前に迫った球を弾き飛ばし、『我侭な指先(タイラントシルク)』で手元に戻した際のオーラ消費量は、決して無視できるレベルのものではない。
弾丸のようなボールのベクトルを、これだけで変化させ、手元に戻そうと思えば、オーラ総量の5%ほどがごっそりと失われる計算。
そう何度も、これによる回収は当てにできない。

早いうちに終わらせるしかないだろう。
緋の眼に移行し、『絶対時間(エンペラータイム)』を発動。
基礎能力を一気に上昇させ、『限定解除の美少女人形(ドールマスタードール)』にて指五本分の自己強化を行う。
無理な動きではなく、単純な身体能力の底上げならば、そう身体に負担もかからない。

ボールを手に吸い付かせ、オーラを込め、やや後ろに重心を置きながら一歩。
二歩目を出すと同時に、身体を前傾姿勢にシフトさせる。
三歩目にて、腕を振り上げ、そして更なる加重移動。
四歩目にて、加重移動と加速、更に軸の回転と腕の動きのベクトルを合成、方向を完全に定める。
そうして五歩目、一気にその全てを慣性のまま解き放つ。

レイザーのような腕の振りと軸の回転だけでは、小さなわたしの身体では不十分である。
込められるオーラも、慣れている彼とわたしとでは天地の差。
ならば、それを補うために、助走と体重移動で新たな加速を加える。

レイザーのものとそう変わらない速度で放たれたそれは、『我侭な指先(タイラントシルク)』による調節により一体の人形からアウトを取り、そうして跳ね返るようにわたしの手元に戻ってくる。
わたしはゴンに目配せ、今度は硬で強化した拳で跳ね返ってきた球をもう一度打ち返し、もう一体の人形からもアウトを取ると、今度は自分にではなく、ゴンの方に向けて球を流す。

レイザーがゴンのグーの威力を読めなければ、恐らく残る二体を合成させ、念人形の中でも比較的強い13番を創りだす。
そうすれば、バックの権利を使わせることなく、これで終了させることができるだろう。
一度であれば『黒い賢人(ブラックゴレイヌ)』の位置入れ替え能力は、確実に成功させることができるからだ。

わたしの先ほどの一連の動きを見て、理解したゴンはきっちりと拳にオーラを溜めていた。
位置を正確に残る二体の内、一体を狙えるポイントに合わせ、固定。
ゴンが正確にボールを射抜く。

完璧な流れ、しかし、レイザーに二体を合成させる気配は無い。
何を狙っているのか。
レイザーの顔には笑み。
そして、踵を上げた僅かな前傾姿勢。

跳ね返ったボールを取る気か。

レイザーの狙いを即座にそう判断するとボールの軌道を一気に下方修正。
オーラの消費量が大きく増えるが、今回はそうも言ってはいられない。
少なくとも、この一体は、倒さねばならない。

膝下に命中したボールは、殆ど直角に地面にバウンド。
これならば取る暇も無い。一体は確実に外野へ行くことになる。
そうしてそのバウンドを利用して一気に引き戻そうとするが、その前に捕球される。
来る。
そう直感した。

今度は先ほどの手抜きではなく、ボールを取った勢いそのままに走りながら、全身のバネをしならせて、構えた。
思わずわたしも身構える。当たれば致命的ダメージを受けることになる。
しかし、想定内。まだ、回避は可能。
バックステップで僅かに距離を離し、そう考えるが、その時点でようやく、レイザーの狙いがわたしでないことに気が付いた。

わたしを狙うには、僅かに角度が違う。
その方向にいたのは、ゴンだった。
まだ先ほどボールを殴った時のバランスの崩れから、回復していない。
ここから、硬で防御するには、確実に間に合わない。
間違いなく、死ぬ。

わたしの放てる威力の限界は、先ほど投げたあの一球。
それと比べればゴンのグーの方に軍配が上がる。
となれば、ゴンを早々に潰しておくのは必然。
わたしを残しておいても、レイザー本人は倒せない、そう踏まれたのだろう。

読み間違えたか、舌打ちをしてすぐさまレイザーとゴンの間に飛び込む。
わたしが残ることと、彼が残るのことを考えるのであれば、断然わたしが残るほうを選ぶに決まってる。
とはいえ、そういうわけにも行かない。
今回のこれは、見逃せば間違いなくゴンが死ぬことになる。
挑戦できるのは一回ではない。
やろうと思えば、その次がまだある。
そう考えればこそ、無用な死人は出したくない。

防御すれば、とりあえずは死ぬことも無いだろう。
硬で防御したその次の瞬間に、堅で全身防御。
ゴンとわたしとではオーラ総量が違う。
だから、そう無事ではすまないだろうが、もはやこの状況ではこれしかない。

レイザーと目が合う。
レイザーは口角を上げ、わたしもまた、口角を上げて笑みを作る。
負け惜しみではない、賞賛だ。
わたしにこんなことをさせるとはゲームマスターも伊達じゃないなと、迫るボールを見ながらそう思った。

そして記憶はそこまで。
次に目が覚めたのは、試合が終わった後だった。












またしても、先に動いたのはカグラだった。
カグラはあの一瞬でレイザーの狙いを判断して、方向転換。
ゴンとレイザーの射線に躍り出た。

狙われたのはカグラだと、迫るレイザーを見た瞬間には思ってしまった。
だからゴンが狙われていると知ったのは、カグラの動きを見た後。
後手になったのは仕方がなかったのかもしれない。

しかし、今度は、さっきみたいには行かない。
このままじゃ、いつまで経っても、あいつの影すら踏めやしない。

オーラを即座に電気変換。
肉体に電気負荷を掛け、強制的にリミッターを解除する。
全身に走る痛みは、完全に無視した。
まだ、間に合う。
しかし位置的にレイザーの球の眼前に出ることは難しく、そして、出れたとしてもレイザーの球を防ぐことは出来ない。
これを解除して硬を行う時間は、確実に無い。
唇を噛もうとして、止める。
まだ、できることがある。

きっとカグラなら、致命傷は避ける。
レイザーの球が迫る前に硬で防御するなんていうことは、あいつにとっては朝飯前。
だとすれば、オレのすることは何か。

少しでも彼女のダメージを減らす。
いくらカグラだと言っても、あの距離で直撃を受けて、無事であるはずが無い。

放たれたボールがカグラを直撃し、吹き飛ぶ。
ボールが当たっただけ。なのに、この威力。
これを真正面から受ける、その恐怖はどれほどだろう。

吹き飛んだ彼女の後ろに廻って受け止めると、全身を堅で防御。
か細いその感触に驚きながらも、しっかりと抱きしめた。
信じられないほどの衝撃と共に何度も身体を地面に打ち付けられ、壁に激突する。
コンクリート製の壁は容易く陥没し、オレは二人纏めて瓦礫に埋まる。

「カグラ!!」

カグラはピクリとも動かず、すぐに瓦礫をどけて、怪我を見る。
幸い、息をしていて、頭から軽く血を流している程度。髪留めが外れて、金色の髪が散って揺れている。
眼を閉じて、眠っているようだった。

良かった。
とりあえず、死んではいない。

「キルア! カグラは!?」
「大丈夫か!?」

ゴンとハンゾーが駆け寄ってくる。
それに、腕を振って答えた。
眠るカグラを抱き上げると埃が舞うそこから、少し離れた壁際に向かう。

体は細く、柔らかい。この身体のどこに、あれだけの力が秘められているのか。
眠っているカグラの顔は、見惚れるほどに綺麗で、髪紐から開放され散らばった、その滑らかな髪が、肩に触れる。
初めて見る彼女の寝顔。初めて触れる、その感触。

心臓が飛び跳ねるのを感じた。


心なしか早足になり、壁際に彼女を持たれかけさせると、コートに向かう。
気の迷いだ、間違いない。

「気絶してるだけみたいだ。多分暫くあのままだと思うよ」
「本当!? 良かった、もうちょっとでオレ…………」
「気にすんな、あいつらしくねぇシーンだったが、結果オーライ。こっから巻き返せばいい。なぁ、キル……ア……?」
「…………なんだよ?」
「お前、顔、赤いぞ…………ああ、なるほど、いやしかし、そうだったのか」
「おい! 何変な想像してんだ。なんにもねぇよ!」
「あ、本当だ」
「それより続きしようぜ続き! 早くしねぇと日が暮れちまう」

そういって早足でコートに駆ける。
気の迷い、間違いない。
赤くなった顔もコートに戻り、笑みを浮かべるレイザーを見た瞬間に吹き飛んだ。

「あの娘は大丈夫だったようだな」
「……ああ、おかげさまでね」
「いやしかし、驚かされたばっかりだな今回は。あそこで彼女が気付いたのも予想外なら、君があの状態から彼女を庇えたのも、予想外。今回の子供は、子供らしくない」
「ガキ扱いすんじゃねーよ」

ボールはこちらの外野側。
こっちにはカグラを除くフルメンバーが残っている。
これなら、まだやれる。

オレをからかうように笑いながら、しかし目は笑っていないハンゾーを見て、真剣な顔のゴンを見て、そうオレは確信した。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 73話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/05/06 05:53
七十三





ボールはこちら側の外野。
カグラが上手い具合に当てたのか、レイザーに捕球されることも無かった。
とりあえずは、安泰。
作戦を考える時間はある。

「ゴレイヌ、ちょっと来てくれ」
「なんだ?」

事前に能力をカグラから聞いていた。
白いゴリラはゴレイヌ自身と位置を入れ替え、黒いゴリラは他人と位置を入れ替える。

―――黒いゴリラを出すかどうかは分かりませんが、黒いゴリラを出したなら、それで勝ちです。
そうカグラはオレに言った。
そしてゴレイヌが黒いゴリラを出した時には、カグラの口が僅かに笑みを浮かべたのも確認している。
だからオレも安心してそのまま順調にクリアになるのだろう、と思っていたのであるが、まぁ、これも仕方の無いこと。
想定できないゆえの想定外。
未来を知る彼女とて、知りえぬこともある、ということだろう。

「単刀直入に言う。実はオレもカグラも、あんたの能力知ってんだ」
「っ……!?」
「知ってる理由は聞くなよ。少なくとも、オレ達は今は共闘関係、ってだけのライバル同士、意味が無いことは分かるだろ?」
「…………ああ」
「相手との位置の入れ替え。それなら今回のゲーム、確実に獲れる。もちろんオレ達に見せたくねぇって気持ちはあるだろうが、今回は頼まれてくれねぇか?」
「……今回は、あいつに借りがある。嫌とは言えねぇな」
「悪ぃな」

多少の念を込めてボールを投げる。
ボールは真っ直ぐ飛び、人形に当たる直前に軌道を下方向でずらした。
人形は捕球場所を間違えたことにより、取りきれずにアウト。
カグラほどじゃないが、微調整程度の操作なら、オレにも出来る。
流石にワンサイドゲームをやれるほどのものではなくともこのくらい、変化球程度の操作ならば通常の操作で事足りる。

転がったボールはレイザー側へ。
投げたボールはそれほど強くは無かった。
捕れると思っていただろう。しかし、人形は呆気なくアウト。
これで、フィールドは一対六、数的には圧倒的にこちらが有利だ。
バックの権利を行使して、フィールドに外野から人形を戻すことは出来る。
しかしそうされたところで痛みは無い。
レイザーさえ潰すことが出来れば、それで終わる。

「バック」

あっさりとレイザーはそう告げた。
悪あがきか、とそう思いながら、向こうのコートを見て、驚く。

巨漢の人形。
少なくとも、この戦いで見た記憶は無い。
ルール違反? ―――いや。
先ほどまでいた七体の外野は、一体を残して消えていた。

「それは有り、なのか?」
「人数が減る分にはなんら問題はない。この人形は他の人形を固めただけのもの。もちろんここから分裂させて、コート内に三人以上、という状態にするのなら、ルール違反にはなるがな」
「おいおい、自分に都合のいいルールばっか作りやがって」
「オレは、最初にこの"八人"でやると言った。ただそれは、開始人数の話だ。例えば、君達のうち誰かがゲーム中に死ねば、その時点でルール違反で負けになると思うかい?」
「いやもういい、屁理屈ばっかりこきやがって」

こいつはちょっと、厳しいか。
そう考えて手段を考える。
相手がボールを投げるまで、その僅かな間に少しでも多く。
このメンバーで絶対に削れねぇのはまず誰か。
ゴレイヌは当然、として、その次は?
ビスケ、いや、あの女は弟子の教育の一環として、ここに来ている節がある。本気は出すまい。
次にツェズゲラ、いや、これも少し弱い。歳の分だけ技術はあるが、レイザーを討ち取る技量があるとは思えない。
オレは力量から言ってこのゲームじゃ問題外、で、残るは―――


カグラは、ゴンにボールを渡した。
ゴンはそれに応えて、硬でボールを殴り一体。
カグラがあえてゴンにボールを渡した理由はどこにある?
技量全てに劣るゴンに、ボールを渡す理由。


―――いや、違う。
このゲームにおいて、時間は無限だ。
技量は関係ない。
幾ら下手糞な流であろうが、このゲームでは結果だけを追い求めることが出来る。
彼女の技量はボールを回避する、捉え捕らえるためには有効であっても、攻勢に出るのであれば関係は無い。
ゴンは硬を使うことができる。
その結果だけが重要なのだ。

カグラは、自分以上の威力、という結果を出せる者を選び、そうして白羽の矢を立てたのがゴン。
ゴンは強化系で尚且つ、オレやカグラと比べてオーラ量に優れる。
先ほどの一瞬の溜めであの威力。
時間を掛ければもっと上の威力を出せるだろう。
ゴンは、単にオーラの扱い方が下手なだけなのだ。
時間さえ許すならば、この場の誰よりも、大きな結果をたたき出すことが出来る。
だからカグラはあえてゴンにボールを渡した。

パズルが完成するような、そんな感覚。
あれは、気まぐれやスタンドプレー回避などといった所から発生させたプレイではない。
自分がもしも倒れた際の、メッセージ。
カグラは、無駄な行動をしないのだ。
旅団と戦った時がそうだったように、鈴音が倒れた時がそうだったように。

「考えは済んだかい? 今更だが、プレイ中で無ければタイムも出来るよ」
「まぁな。丁度今、攻略までの道程が確定したところだ。タイムをもらうが、いいか?」
「ああ。終わったらまた声を掛けてくれ」

必要なピースを嵌めるだけ。
完成した図に、無駄は無い。
だからこそ、これが彼女が考えた案なのだと、確信した。

となれば、メインに参加しないオレの役目は決まっている。
図を完成させるためには、一つだけ、突破しなければならない障害物がある。









レイザーは強い。
それはただ、確かな事実として存在する。
鍛え抜かれた肉体とオーラ。
結果を追い求めすぎ、勝てぬ勝負を避けてきた、オレとは違う。
思えばレイザーは、ゴン達の真剣な努力の姿の先にあるもの。
遠く、オレが忘れていたものだ。
堕落したオレが、直接戦うとなれば、まず勝ち目は無いだろう。

しかし今回は人数の差があり、尚且つ、決められたルールの上での戦いである。
そのルールを精一杯利用し戦えば、勝てない勝負ではない。
ハンゾーが告げた作戦内容は試す価値が十分にある。

問題点を挙げるならば、一つだけ。
ボールを如何に手に入れるか。

「オレが死ぬ気でボールを捕る。取れなくても何とかこちら側のボールにはしよう。だからオレが意識を失った場合、さっき言った手筈で勝利して欲しい」
「いや、その役はオレがやろう」

オレは、堕落した。
身体能力では大きく彼らに劣る。
だが、少なくともまだ、彼らより、オレの方がオーラ操作技術に長けている。

飛び抜けていたカグラは気絶している。
もう一人のビスケットにも、直接ボールを受ける必要があるこの役をさせれまい。
危険な役目、怪我を負う可能性は高く、この後のゲームに参加できなくなる可能性もある。
それを考えれば、今ここに残っているメンバーの中で要らない人間は誰か、そう問えば答えはすぐに出る。

オレは経験を積み功績を重ね、そうして結果を求める余り、大事なものを見失っていた。
向き合う心。目標へ向かっての向上心。
本来ならば、オレが彼らを率いていかねばならない立場であるのだ。
歳も、それ相応の技術も経験も身につけてきた。
しかし何故、それを揮えていないのか。
決まっている。
己の堕落の結果だ。

だからこそ―――

「動体視力も、身体の反応も、今のオレは鈍ってしまっている。残ったとて君達程の力を出すことは出来ないだろう。その作戦を行うにあたっても、重要なポジションでもない。だからなんだが、ここはオレに任せてくれないか?」
「しかし……いいのか? 致命傷とは行かなくても、怪我くらいはする」
「これでも、オレは一ツ星のハンター、積み重ねてきた経験と技術がある。心配はいらんさ。考えもある。球はなるべく真上に打ち上げるようにするから、ハンゾーにはそれの捕球を頼みたい」

己の矜持にかけて、ここで指を加えてみているだけなどということは、断じて出来ない。










「それじゃぁ、再開だ」
「レイザー、オレと勝負だ」

そういって、ツェズゲラが腰を落とした前傾姿勢をとる。
受ける気なのだろうか、と考えて、すぐに無茶だと否定する。
ツェズゲラには、あれを捕球できるほどの力はないだろう。
基礎能力でツェズゲラは、オレやゴンにすら劣る。

「来い。まさか逃げるなどということはしないだろう?」
「当然。予想外だな。オレの球を見た後でそう言えるほど、根性が入っていたとは思わなかったが」
「ふん、これでも年長者としての意地があるんでな。若者に任してばかりはおれんだろう」
「なるほど。しかし、だからと言って手加減はしない…………死ななければいいがな」

そういってレイザーは大きくボールを振りかぶり、全身の力を込めて、"射出"した。
そう表現するに等しいその速度。
投擲されたそれは大砲並の質量と速度を持ってツェズゲラに向かう。
狙いは、やや低め。
体勢から見て、捕球しやすいように、ということだろう。
レイザーは確かに勝負に乗った。
しかし、ツェズゲラに対抗策はあるのだろうか?

迫るボールを見据えるツェズゲラの顔に動揺はない。
ツェズゲラは一気にオーラを練り上げるとそれを両手に集中。
体勢を落としたままで股の下で両手を組み合わせた。

見覚えのある形。
バレーボールのレシーブの体勢。

「いくぞハンゾー!」

そう叫び、両手でボールを受け、上空へ弾き飛ばす。
ボールの勢いに負けたツェズゲラが後ろに吹き飛ぶと同時、コートの真上にボールが打ち上げられた。
すごい、とそう素直に賞賛する。
ボールが飛ぶ先にはすでにハンゾーが待機。
上空でボールをキャッチすると、そのまま重力に従って、コートに戻る。

「おっさん!」
「ツェズゲラさん!」

レイザーのボールを受けたと言うのに、転がった距離は僅か数メートル。
それでも重傷を負っていないとは限らない。
そう思って近づく前に、ツェズゲラが立ち上がる。

「大丈夫だ。これでもバレーボールは得意でな」

そういって軽く痣になった程度の両手首を見せて、笑う。
無茶するぜ、と一息ついて、ハンゾーを振り返り、ボールを受け取る。
これだけは、オレにしか出来ない役目。
ビスケ以外の全員の見せ場は終わったのだ。
次はオレの番。



オーラを電気と混ぜ合わせ、変質させる。
意思を持った電流が身体の周りを揺らめいたのを感じ、少し笑う。
今回ばかりは、カグラが気絶していてくれたことに感謝する。
切り札たるこれを、戦いの前に知られたくは無い。

「いつでもいいぜ、ゴン」
「うん!」

オレのオーラにゴンのオーラが干渉した瞬間に、ボールから手を離す。
単純明快なその程度の動作が出来なければ、訓練を積んだ意味も無い。

ゴンのグーの威力を殺さぬよう、抵抗を少なく。
そうでありながら、ボールには限界ギリギリまでのオーラを送り込む。

「最初は、グー」

一人だけならば、レイザーを超えることはできないだろう。
しかし、二人ならば、それ以上の力を出せる。
そういう確信があった。




「ジャン」

ボールを周で強化。
ズシリとしたその感触はそのままボールの威力となる。

「ケン」

オーラの感知範囲を10cm程度に抑える。
早すぎれば狙いが逸れる。遅すぎれば怪我をする。

「グー!!」

反応は完璧なタイミング。
絶妙の軌道で六人分の人形を固めた、巨大な念人形をその身体ごと吹き飛ばした。
念人形は捕球しているものの、そこはこちらの外野。

「ナンバー13アウト! 身体がエリア外地域に触れた状態での捕球は反則無効です! リスタートはゴンチーム、外野ボールから!」

審判が威勢よくそう告げ、レイザーが笑った。
それを見てオレも笑った。

それもそうだろう。
ボールがこちらのものになった時点で、勝敗は決したのだ。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 74話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/05/19 21:17
七十四



きゅう、と首を絞める。
両手でしっかりと握り締めて、離さない様に。
ああ、縊殺というのは、究極の愛ではあるまいか。

いつからこうしているだろう。
考えて分からなくなった。

ただ、起きるまで、ずっと離さない。
苦しくなったらきっと眼を覚ますだろう。
そう、イジワルで彼女は寝たふりをしているのだ。

「起きて、起きて」

そういいながら、ぎゅぅと首を絞めていく。
彼女は死んだように動かない。

けど首を絞めてから結構経った。
そろそろきっと限界のはず。
だから首を絞め続ける。

本気で首を絞めるだなんて、酷いじゃない。
そういって眼を覚ますのだ。
悪戯っぽい笑みを浮かべて。

「起きて、起きて」

彼女はこれでも動かない。
きっと拗ねているんだ。
怒らせるようなことをしただろうか。
目の前が少し滲んで首を振る。
とりあえず謝ろう。
きっとわたしが悪いのだ。

「ごめんなさい、だから起きて」

それでも彼女は無反応。
それが酷く悲しくなった。
両手を離して考えた。

きっとやり方が悪いのだ。
眠り姫を起こすなら、首を絞めるのではなくキスではないか。
首を絞めすぎて腕が痛い。

これでもし、起きなかったらどうしよう。
そう考えて首を振る。

ずっと一緒なのだ。
そう決めたのだ。

笑うときも泣く時も、死ぬ時だって一緒。
そう考えて少し笑う。
彼女に唇を重ねる。

手元のナイフを手にとって、しっかりと握り締めながら。













ハンゾー以外誰もいなくなった"体育館"で眼を覚ます。
レイザー達の姿も見受けられない。
となればこの状況が意味するところは一つである。

「……勝ったんですね」
「ああ。大丈夫か?」
「頭が痛いです。非常に」
「いい機会だな。病院でよく見てもらったほうがいい。色んな面から」
「失礼ですね」

寝てたおかげか、オーラはそこそこに回復している。
これならば、そう考えて訊ねる。

「一坪の海岸線は?」
「きちんとあるぜ。オリジナルのカードじゃなくて複製になったが」
「十分です。他の人たちは?」
「先に出た。特に話も無いだろう?」
「ええ、まぁ。この試合に勝ったのであれば、もうクリアしたも同然ですし」

身体を起こして伸びをする。
ああ、クリアは目前。
それは同時に、わたしが知りうる未来情報が全て尽きた事も意味する。
ここからは本当の意味で手探り。
それを思えば、ようやくわたしは、この世界に生まれることができたともいえるのだろう。

「さぁて、いきましょうか。時間を無駄にしたくは無いですし」
「体調はいいのか?」
「大丈夫です。とりあえずは、カードを手に入れてから。休憩はそれからにしましょう。油揚げをさらわれてはたまりませんし」
「そういうなら大丈夫なんだろうが…………」

腕を組んでこちらを見るハンゾーに微笑む。
オーラ量は十分すぎる。
そもそも、戦いになりもしない。
悪党とはいえなんだかんだで仲良し三人組。
仲間より、金を取る程度の小物でもない。

「『同行(アカンパニー)』、オン」

ハンゾーの言葉と共に、身体をオーラが包み込む。
これもそろそろ使い納め、中々身一つで空を飛ぶ経験というのは出来るものではない。
少し残念に思いながら、オーラに身を委ねた。











突然現れたわたし達に、驚いた顔の三人を笑顔で見つめる。
もう勝負には"勝って"いる。
いうなればこれは、その賞品を受け取りに来ただけに過ぎない。

「ハンゾーさん」

そう促すと同時、三人の内のリーダー格、インテリ眼鏡男風の"爆弾魔(ボマー)"ゲンスルーは地に伏した。
やはり戦いは、相手の虚を突くのが正道。
相手が動くよりも早く、速く。
相手の虚を突き、相手に力を発揮させない。
そうした自分をより優位に立たせる動きが積み重なり、年月を経て、倫理常識の類にまで昇華したものが武道というもの。
戦闘術なんていうのは元より卑怯なものだ。
――――でなければ小が大を制す理由など、あるはずがない。

「ババン、運命の選択。キャンペーン中につき選択肢は僅か二つ。わたし達に全てのカードを渡していただけるか、あるいは死ぬか。未来はあなた方次第です、ご自由に」

一瞬凍りついた彼らが再起動する。

「ゲン! 大丈夫か!?」
「てめぇ……何しやがった」

黒髪のロン毛男が睨みつけてくるのを笑顔で見つめる。
困惑、その不安を覆い隠すように、男はこちらに敵意を向けていた。

「言ったじゃないですか。カードを渡していただけるか、それとも死ぬか、選択は二つに一つです、と」
「そいつの命は今オレ様が握ってる。『同行(アカンパニー)』だろうが、『離脱(リーブ)』だろうが逃げたらその瞬間にそいつを殺す、わかるよな?」

ゲンスルーの両手先が変色しはじめ、驚いて声を上げた短髪にロン毛男もついそちらを見る。
完全に彼らにとってわたし達はノーマーク。
いつだって怖いのは、想定外の事態。
故意にそれを起こすことで、一方的に手綱を握る。

「お早めに、お答えを。遅くなるとゲンスルーさんの身体は使いものにならなくなってしまうやもしれません、大変ですよね?」
「…………カードは、ゲンスルーが持っている。こいつを治してくれねぇと、カードを渡せない」
「ああ、なるほど」

ポケットからカプセル錠剤を二つ取り出して、二人に投げる。
二人はそれを受け取ると、訝しげにこちらを見る。
どうするかなど一つしかないだろうに、と思いながら告げる。

「飲んでください。そんな殺気を振舞われていると、怖くて近づけないじゃないですか」
「っ…………くそ!」

自棄になった男は一息にそれを口に含む。
そしてすぐに目の色を変えた。

『羽化登仙の雫(デモンズブラッド)』による操作を受けた毒は飲み込まずとも、自ら体内に侵蝕する。
口に入れた時点で、すでにカプセルは割れ、口内粘膜から侵入を始めている。
非常に敵に廻したくない能力、しかし、それだけにこれ以上の味方もない。

首を抑えるように悶え、痙攣する姿は特に見たいものではないが、仕方の無いこと。
ハンゾーは十分だ、と思ったかゲンスルーに近づいて、『ブック』というキーワードを言わせる。
命を握った状態であれば『生死の狭間(ブラックマウス)』の力は絶対だ。
ボン、と煙と共に現れるバインダー。
中の指定ポケットにはカードがぎっしり入っている。
二人が絶望を色濃くしたのが分かった。

それを一つ一つ、わたしのバインダーに詰め替えていく。
単純作業、そしてその中でふと手が止まる。
大天使の息吹。
ありとあらゆる怪我や病を瞬時に治す、という反則レベルのカード。
これを、持ち帰って、彼女は―――

「カグラ」

声が聞こえて、カードをバインダーに差し込んだ。
今は、そんなことを考える時ではない。

「なんでもないです」

そういって、98枚目のカードを指定ポケットに入れた後、九十九枚目だけをフリーポケットに入れる。
グリードアイランドでは99枚目を入れた瞬間、ドキドキ百問クイズゲーム大会なるイベントが開催され、百枚目のカードはそれの勝者に与えられる。
原作ではこれにてゴンが百枚目を入手、晴れてゲームクリアとなった。
今日それを行うのは聊か厳しい。
カード争奪戦を行うほど、体力に余裕があるわけでもない。

有用なカードをいくらかゲンスルー達のバインダーから抜き取った後、バインダーを閉じる。
これで彼らに用は無い。

「ありがとうございました皆様方、おかげでゲームがクリアできそうです」

彼らは自らの欲望のため大量殺戮をした人間。
少なくとも情状酌量の余地も無い。好ましい人間でもない。
生かしておいて、現実世界に連れ帰るというのも一つの案でもあるが、メリットも無い。
後顧の憂いは断つに限る。
毎度クラピカをアテにするのもよくないだろう。

「ま、カードを渡しても生かしてやるとは言ってねぇよな」
「ということです。ご冥福を」

死刑囚が外に出てくる可能性があるというふざけた制度のこの世界。
檻に入れれば安心というわけでもない。
生かす理由も見当たらない。


短刀でハンゾーが、彼らの心臓を貫いた。
なぜか眠る鈴音のことを考えた。




[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 75話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/05 15:55
七十五




ゲンスルーの名が消え、カグラの名がランキングに上がっていた。
マサドラのカード販売所、"トレードショップ"では個人の保有枚数を知ることができる。
金を払えばその保有ナンバーまでを調べることが出来るのだ。

九十九枚、王手を賭けた状態であるのに、噂の百枚目のイベントとやらが起きないのは指定ポケットに納めていないからだと考えられる。
彼女は昨日負傷していたのだ。
イベントを起こすのであれば自身が万全になってから、そう考えるのは妥当である。

ツェズゲラから聞いた話はそこまで。

ゲンスルー、サブ、バラ。
三人組の"爆弾魔(ボマー)"はすでにゲーム内には存在しない。
バインダーの名簿リストにある三人の名前の横にある発光部は沈黙している。
これが光っていないということは、そういうことだ。
殺されたと考えるのが妥当だろう。離脱させたとは考えにくい。
あの娘が、彼らに取引を持ちかけるメリットはない。
そしてメリットが無ければ、確実にそうするだろう。
それは、身をもって理解している。


彼女は試合後起きてすぐゲンスルーたちの元に向かい、カードを奪取、殺害したのだろう。
そうでなければ余りにも早い。
予め何らかの下拵えでもしておいたか。
彼女には未来情報と毒物操作という切り札がある。それもさぞかし容易だっただろう。


どうするか、と考えて溜息を吐く。
狡猾で、更に未来を知る彼女を出し抜くのは現状不可能に近い。
あたしの内部にも彼女の仕込んだ毒がある。
万事休す、勝ち目がない。

四十も離れた小娘に、よもやあたしが遅れを取るとは、何たる不覚。
もう一度溜息を吐いて、横を見る。

鍛錬を行うゴンと、キルア。
あたし達の内誰かがカードを手に入れ、その後に"キルア"が勝てば、ある程度条件を受け入れさせることが出来る。
やらせてやろうと言ってしまったのはあたしの口で、カグラはカグラでそれを受諾した。
吐いた唾は飲み込めない。
こうなることがあの時点で分かっていたのならば、違うやり方があっただろうに。

キルアの才能は確かに申し分ない。
能力も一級品、基礎から応用まで、念の操作技術、身体能力でいうならばゴンより頭一つ抜けている。
紛れも無く天才…………天才であるのだが、何分、あちらも天才で尚且つ念のキャリアが違いすぎる。
いくら同じエンジンを積んでいようが、スタートが違えば周回遅れにならざるを得ないのは当然。
今目の前を走るあの娘を抜けたところで、丸一周の差が両者にはあるのだ。

「まぁ……仕方ない、か」

五百億と彼らと、どちらのほうが価値があるかと言われれば、答えなんて決まっている。
この出会いを五百億で買ったのだと思えば、それもそう捨てたものではないだろう。

そんなはした金よりも、彼らの才能という宝石のほうが、価値がある…………あるはずなのだ。
そう無理矢理悔しさを押し込んで、腕を組む。
若い頃は良く通った道、目の前で目当ての宝石を掻っ攫われるなんて言うのはザラだった。
それを思えば、悔しさを乗り越えられる、とは思えど悔しいのは悔しいもの。

ああ、人間あんまり成長するもんじゃないんだな、と少しだけ笑って頭を抱えた。













「ようやく、残り一枚だな」
「そう…………ですね」
「まぁ、手間がかかったわけでもねぇが」

ハンゾーがこちらを見ずにそう告げて、わたしはわたしで寝たまま答える。
最後の一枚は、クイズ。
ゲーム攻略の内容が関わるそのクイズに、わたしもハンゾーも答えられるわけが無い。

原作でこのクイズのトップ正解者はゴン。
恐らくは、今回もそうだろう。
仮に他の人間がトップ正解、カードを手に入れるのであれば、やることは一つ。
遠慮することも無い。

「順当に行けばあの三人組がカードを手に入れるはずではあります。確実とはいえませんけど、そうなるだけの時間は掛けました」
「で、奪うのか?」
「もちろん。キルアさんとは、お約束いたしましたしね。ビスケットさんにも"了承"頂いてます。仮に他の方が獲られても、相手が変わるだけのことですし」

例外無く。
少なくとも現在、わたし達以上の力を持つグループはいないだろう。
そういう噂を聞いたこともなければ、原作のように除念師を探しに来た旅団がいるわけでもない。
絶対にないとは言いきれはしないが、まぁそう気にするところではない。

「なぁ…………あいつらも、誠心誠意頼めば譲ってくれるとは思うぜ。理由が理由だしな。戦う必要、あるのか?」
「虫の良すぎる話じゃないですか。それに結果が同じなのであれば、借りは無いに越したことはありませんし」
「矜持の問題だろう? それは」
「……矜持?」
「じゃねぇのか? 戦ってもお前が負けるとは思わねぇ。けど、そうじゃないやり方があるんならそっちを選んだ方が波風もたたねぇだろう。戦うってのは最後の手段、だとオレは教わってきたけどな」
「わたしは彼らとの今後の付き合いなんて考えてないですから、頭を下げる理由もないですね。綺麗さっぱり、ここで切れる縁ですし」
「鈴音だけいりゃ満足ってか?」
「そこまで言ってないですけど」

鈴音だけいれば満足、確かに、それは本心なのかもしれない。
わたしには一方的な負い目があるのだ、彼らに。
目線でハンゾーを見るが、彼はこちらを見てもいなかった。

「そういう風にしか聞こえねぇぜ。前々から思ってたが、人付き合いをとことん嫌うな。トラウマでもあるのか?」
「……直球ですよね。もう少し迂遠なやり方のほうが好ましいと思いませんか? 人に訊ねるなり」
「嫌いな性分だ。それに訊ねたところで誰も知りもしねぇだろう、寝てるやつ以外はな」
「…………じつはいせかいからのうまれかわりでじつはこのせかいはそこでよんだまんがのなかのおはなしにそっくりなんです。ほんとうなんですしんじてください、というのはいかがでしょう?」

笑いながらそういうと、唐突にハンゾーは、こちらに向き直る。
そうしてわたしの眼をしっかりと見据えた。

「……それが本当だって、本気でお前が言うなら信じてやる」
「…………」
「オレは半端は嫌いなんだ。ダチなら腹割って話してぇ。敵なら殺すし、どうでもいいやつなら気にもしねぇ。オレはお前のことがどうでもいいなんざ思っちゃいねぇ。ただの知り合いでもねぇし、敵でもねぇ。お前のことはなんだかんだで結構気に入ってんだ、お前はどうなんだ?」
「どう…………って」

気に入ってる。
面白いとも思うし、性格も嫌いじゃない。
けれど―――

「腹割って話したい、ってオレは思ってる。早い話が本当の意味でダチになりてぇって思ってんだ。お前はオレが嫌いか? それとも、どうでもいいのか?」

首を横に振る。
向けられたその目が、カストロに似ていた。
形じゃなくて雰囲気が丁度、ヨークシンに出る前の、彼にそっくりだった。
だから、少し眼を逸らす。

「お前が本気で言うなら、オレは全部信じてやる。違うなら違うって言え、黙秘は肯定と見なす」
「無茶苦茶、ですね」
「無茶苦茶なやつを相手に素面で言っても意味ねぇだろが。こんだけくせぇセリフをオレ様に言わしたんだ、責任取れよ」
「酷い言い方な上に最低ですね。わたしはナルシストと責任転嫁する人は大嫌いなんです」
「なんだそれ、同族嫌悪ってやつか?」
「馬鹿ですね、わたしは愛するに足る人格者で天才美少女なのですからナルシストではないですし、責任問題になるようなことは生まれてこの方したことがありません」
「…………極まれり、だな」
「失礼ですね」

そうしてそのまま笑う。
ここまで言われてしまえば他に返す言葉もありはしない。

「…………本当のことですよ」
「そうか」

そういったきり、ハンゾーは黙って目線を戻した。
わたしもそれに満足して眼を閉じた。


わたしは独り言を聞いただけ。
繰らねば心も読めやしない。

普通に生きていくならば、少し明るくなる程度。

なら、負い目を感じる分、わたしの方が損ではないか。

そう考えて、笑った。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 76話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/16 12:28
七十六





最後の一枚を嵌めこむと同時、聞こえる女の声でのアナウンス。
受付の少女がやっているのだろうか、とふと考えて、栓無いことだと首を振る。
準備は万端、調子も悪くない。


放送の内容を要約すれば、九十九種指定ポケットカードを入手した方がおられるので、クイズ大会を行います。
これで一位獲ったら景品でナンバー000の最後の指定ポケットを上げますよ、というもの。
開始は十分後。それまでに自動的にゲームマスターのシステム操作によって、わたしのいるこの場に全プレイヤーが集合することとなる。

最初に現れたのはツェズゲラ組。
保有枚数が多い順から飛ばされているのかどうかは定かではないが、上からソート順に呼び出し、という可能性も無くは無い。
視線が合って少し笑って手を振ると、向こうも少し笑い会釈をする。
なんだか非常に和やかなムードではないか、と思っていると、あちこちから続々と飛ばされてきたプレイヤーが現れる。

「ボマーは、君が?」
「殺しました」
「……そうか」
「ですのできっと、ここからは安心して皆様プレイしていただけるんじゃないかな、と思います。最初のクリアは残念ながらわたしになってしまいましたが、クリア報酬は魅力的ですし、ツェズゲラさんたちも勿論続けるんでしょう?」
「ああ。でなければこの数年、全て徒労で終わるからな。外にカードを持ち出せるのであれば、それを売却することで500億とはいかないまでも、莫大な金になるだろう。若返りや大天使といい、な」
「ふふ、でしょうね。後、足りないカードは?」
「No.000を除けば大天使はゲイン待ち、後はアレキサンドライトとブループラネットでコンプといったところだな」
「わたしが000を入手したあとで、でよければクローンで複製したものなら差し上げますよ」

ツェズゲラが訝しんでこちらを見る。
借りでも作っておこうお金持ちだろうし。
もとい、天才聖美少女カグラちゃんの慈悲慈愛に満ちた心からの素晴らしい申し出に対する態度ではない。
少し眉を顰めて告げる。

「いらないならいいですけど…………なんだか傷つきますね」
「いや待て待ってくれ! …………ゴホン、そういう意図ではない。どうしてそんなことを」
「別にわたしが困るところでもないですし、幸せは分かち合うもの、でしょう?」
「…………そう……だな」

ハンゾーがこわいこわいと無言でジェスチャーをしているのが目の端に映り、足を縺れさせたのちに抑えた念弾で転ばす。
なんという不愉快な男であるのか。電球頭の批難を無視してツェズゲラを見ると、少し顔が引き攣っている。
その様子にさらにちょっと不機嫌になりながらも、抑えて彼の耳元に近づき囁く。
ビジネスはいつだって大切だ。
見えない利益を実にするのが賢いやり方。
元より、バッテラの愛人が生きていたところで、大天使の息吹は譲れやしない。
ならばもしも生きてた時のために、と考えたくなるのが人情というもの。

昨夜調べに戻ったところ、容態悪化の途中であるらしい。
ミルキのネットワークでまた300万使ってしまったことに鬱になりながらも、とりあえずはまだ生きているという話は聞いている。
ツェズゲラたちが間に合うならば、500億を手に入れることは可能だろう。
間に合えば、という前提ではあるが。

勿論、報酬を強制なんてしないし、単なるわたしからの一方的な情報提供だけに留めるところがポイント。
わたしは痛くも無い、彼らにとっての利益提供。
対して彼らは、わたしへの見えないコストを抱え込むこととなる。
借り、という名の。

プラスになるか、あるいはゼロか。
絶対にマイナスにはならないのだから、それはそれで悪くは無い。


「実はあなたにだけ、お話が」
「……それは?」
「バッテラ氏の目的は寝たきりの愛人を回復させること。そのために万能治療スペルである大天使の息吹と、そしてその後の生活のための若返りの薬を特に求めています。しかし残念なことに、容態は悪化してるらしいですね」
「そんな情報を、どこで……?」
「ちょっとしたツテで。しかしこれが残念なことにわたしも諸事情で大天使の息吹を必要としてるんです。なので500億はあなた方にお譲りしますよ」

ツェズゲラが眼を丸くして、そして細める。
こちらを窺うように、覗き込むように。

「……対価は」
「何も。ただ、協力すれば普通に集めるよりかは遥かに早く、バッテラ氏の元へカードを届けることは出来るでしょう? あなた方は賞金ハンターの中でも有数のハンターですから、そういった意味では、信頼におけるのではないか、と思った次第です。もとより、わたしにリスクもマイナスも無いお話ですから、なればこそ、大団円を目指すべきではないかなと、思った次第でして」

渋面を作ったその顔を見て、内心で少し笑う。
これで十分、運がよければプラスになる。
目に見えた形でなくても、貸しという見えない利益は確実に生じるのだ。
だからあえて、形ある対価を頂かない方がよいという場合もある。
この先、万が一にでも他人を頼ることはあるかもしれない。
転ばぬ先の杖、というやつである。

「本当に"それだけ"ですよ。お話は以上です。お互い、"これからも"良いお付き合いをしていきたいものですね」
「そう…………だな」

そういってハンゾーのところまで戻ると、ハンゾーはツェズゲラ以上に渋い顔でこちらを見ていた。

「何か?」
「人は見かけによらないというが、お前ほど口と外見に中身が反比例してるヤツも珍しっぃで!?」

向こう脛を思いっきり蹴り飛ばして寝転がる。
どうせクイズなんて分かりやしないのだ。
欠伸をしながらカバンを枕に意識を落とした。














「おい」
「……ん、終わりました?」

眼を開けて周りを見ると、もう人は疎らで、残っているのは僅か。
"三人組"が見つめているのに気が付いて、立ち上がる。

「カードは?」
「お前の言った通り、だな」

保有枚数から言ってツェズゲラ達が獲っても可笑しくは無いと思っていたのだが、見事に外れたらしい。
わたしの視線に気付いたツェズゲラが答える。

「仕方ない。カード集めには数年を費やした上、他の仕事もあったからな。予習していたならまだしも、だ」
「ああなるほど。彼らは僅か数ヶ月ですしね」
「まぁ、同じ轍は踏まないさ」

そこで会話を打ち切って、三人の元へ向かう。
勝率はこちらに、条件は向こうに。
とはいえ約束であるのだから、きっちり履行されるべきだ。
でなければ、当初の予定を変えた意味もない。

「いやはや、中々楽しい状況ですね。あなた方の入手した、そのカードでクリアです」
「あたしゃちっとも楽しくないけどね」
「あはは、で、どうします? 三対二…………ああ失礼、"二対二"で勝負をするのか、スペルカードによる争奪戦を行うのか、それとも―――」

非常に不愉快そうな顔を浮かべたビスケットを尻目に、キルアを見る。
気負った顔が、彼女よりもさらに不機嫌そうに映る。

「決まってんだろ、約束だ」
「ですよね。この期に及んで怖気づくのではないかと、不安に思っておりましたが、安心です」

強者に真っ向から挑む、勇気。
わたしが見たいのは、それなのだ。
己に最も足らないものであるが故に。

彼とわたしは酷く似ている。
先天的、後天的な差は有れど、共に誰よりも臆病なのだ。
彼はゴンの影を追い、わたしは鈴音の影を追う。

死地に飛び込める、その勇気に憧れて。
だからこそ、彼は誰よりも、わたしにそれを教えてくれる存在なのではないだろうか。

そう思った。


怖くて逃げ出してしまいたい。
だけど、いつまでも背を向けていたら、本当の意味で彼女のところにはいけはしないのだ。
夢の島に埋もれる覚悟で、わたしは彼女の傍にいたいと、そう思う。

震えを殺して、壁の前に立つ。
わたしは欲しいのだ。
本当の意味での、それが。


「場所、変えましょうか。やっぱり、衆人監視のもとで戦うのはあまりよろしくないですし」
「そうね。あたしたちが修行してたとこでどう? 言ってる場所、わかるでしょ」
「いいですよ。一緒に行きます?」
「あんたたちが先行ならね」
「……酷く疑り深いですね」
「…………誰のせいよ」

嫌そうな顔をしてビスケットが言う。
心外だなぁ、と思いながらハンゾーを目線で促した。


ともあれ彼女のそれは杞憂に終わる。
今回も、そして"次"も。
正々堂々―――そうでなくては意味が無いのだ。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 77話 グリードアイランド編 了
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/27 17:54
七十七





「さてさて、こうして向き合うのは本当久しぶりですね。五年ちょっとくらいですっけ」
「…………ああ」
「あの頃はまだまだ勉強の途中で、キルアさんからは多くのことを学べました。感謝してますよ純粋に」

前世では、武術なんていうものは習ったことが無かった。
クルタの集落にいた頃からそれなり以上の特訓は積みはしたものの、個人鍛錬では限界がある。
実際に闘技場で戦って、それは理解した。
念による圧倒的な攻撃力、防御力に速さもある。
しかし重要なのは反射対応と瞬発力。
そういう意味ではキルアとのあの一戦は非常にタメになった。

その後も鈴音やカストロとの訓練を通じて色々学び、ようやく人並み程度。
元より、近接主体でない分、ある程度おざなりになってしまったところはあるものの、今ではそこそこの腕にはなっている。

「まぁ今でも、体術では間違いなくあなたが、そして念では間違いなくわたしが勝っていると言えるのですけど」

全く警戒していないところにキルアがわたしを本気で殺す気でかかるなら、きっと呆気なく終わるように思う。
その逆もまた然り。
だが、双方警戒の上での戦いであるならば、総合的な実力は相性も併せてわたしの方が上回ると判断する。
体術のキャリアと比べて、念戦闘のキャリアが懸け離れてすぎているからだ。

「今回の戦いで、最後にしましょう。多分こういう機会はないでしょうし、ここから遥かに上を見据えるあなたと違って、わたしはもう少しで止めにする予定ですから。きっと、実力に差がついて勝負にならなくなってしまいます。よろしいですか?」
「…………いいぜ。勝つつもりでやるからな」
「ふふ。ですけれど、今のままでの戦いだと、少しアンフェア。わたしにとって僅差の戦いでなければ、意味が無いんです」

ヒソカには、既にある程度能力を知られている。
そしてヒソカは彼より――――――わたしより遥かに格上なのだ。
能力を秘匿し、キルアとやりあって、何かを得れるとは思わない。

「わたしの能力は大きく四つ。念糸による力学的操作。具現化による自身と他人の死角内へのワームホール形成、これの対象は人形さん限定ですね。ちなみに今回使う普通の人形は九体だけです。三つ目が瞬間移動できる、特製の超素敵で格好いいお人形さん。そして四つ目が―――」

カラーコンタクトを外して、瞳を見せる。
クラピカから聞いてはいるだろう。
予想通り、大きな反応は無い。

「―――緋の眼。まぁ、わたしが約束を受けたんですから、できればこれらはお口にチャックはしていただきたいとこですね。強制はするつもりありませんけど、まぁ、キルアさんなら大丈夫でしょう」
「教えたこと、後悔することになるぜ」
「もちろん、そうなることを望んでますから」

これで、わたしが負けるようならば、ヒソカになんて勝てやしない。
リハーサルで失敗する人間が、本番で成功するなんていうのはただのマグレ。
積み重ねの全てを用いリハーサルに臨み、百の結果をコンスタントに出してみせる。だからこそ本番で結果を残せる。
少なくともそうなっているのだ、世の中は。

「それじゃあ始めましょうか。これが落ちたときが、スタートです」

小石を拾って上空に投げる。
彼がこの日のために、どれだけの研鑽を積んだのか。
到ったのはどのレベルか。
予想は出来ても予測はつかない。

少し笑って気持ちを冷やし、落ち着かせる。
どんな状況にも冷静冷徹。

それが天才美少女人形遣いのカグラちゃん、だ。











小石が落ちてくるのを捉える。

最短最速。
やるならば、オレをナメてるあいつの先手を取って、まず沈める。
そうするだけの手段を磨いてきたのだ。
体内で電気とオーラを融合し、練り合わせ、変化させる。

距離は10m。少し遠い。
あいつがどのレベルで反応できるかは未知数。
前回の気狂い乱射野郎のことを思えば、警戒するのはカウンターだ。

特にあいつは、放出系の念弾も使う。
ドッジボールの時には、あのレイザーの念弾を横から弾き飛ばした。

直接飛び込むのは、危険。
そう考えて両ポケットに手を突っ込む。

最速で射程に捉えて一撃をかます。
これが一番ベスト。


小石が地に落ち、その瞬間に間を詰める。
カグラには僅かな遅れ。
四体の人形がスカートと両手の袖から飛び出した。

なるほど、これが言ってたワームホールか。
しかしまだオーラを纏い出てきた段階。既に距離は七メートルを切っている。
カグラの顔はいつもの通りのポーカーフェイス。
少しカチンと来ながらも、更に間を詰める。

カグラの目の前を固めるように動いたそれを見て、一気に方向転換。
彼女の左に回りこみ、両手のヨーヨーを両方向から弧を描くように投げる。
スピードは彼女のそれの比ではない。

彼女は体を捻る、が、間に合わない。
横腹に掠った程度、しかし確実に彼女の顔が歪む。
一つ50キロの特殊合金のヨーヨーは、直撃すれば大木すらも容易く圧し折る。
掠っただけでも、十分な威力を持つのだ。

ここで畳み掛ける。
すぐさまヨーヨーを引き、加速。
僅かしかない間合いを詰めて、電撃を伴った打撃を叩き込む。

そう考えたところでワイヤーからの違和感。
ヨーヨーの軌道がズレている。

気付いた瞬間凝に振り分けるオーラを増やす。
念糸がそれぞれ、ヨーヨーに張り付いていた。
回収すれば、念糸が自身に取り付くことは確実。
即座に自分目掛けて飛んでくるヨーヨーの軌道を無理矢理にズラして、手放そうとするも、間合いを詰めようと動いたことによって生じた糸の弛みのせいで、思い通りに行かない。
更に、操作されたヨーヨーは即座に軌道を修正してくる。

無傷での回避は不可能だろう。
そう判断して、両腕のヨーヨーを繋ぐリングを外し、両腕をガードのために上げた。
状態は任意操作の"電光石火"から、自動で反応動作を行う"疾風迅雷"に切り替える。

反応は直撃と同時に後ろに跳び、両手の肘から下の袖を焼きちぎること。

念糸の効果がオレに及ぶ前に、切り離す。
服を通り抜け、オレに到達する前に。

凄まじいほどの衝撃。
その反動を利用して、後ろに吹き飛ぶ。

念糸は付いていない。
陰を使われている様子もない。
すぐさま体勢を立て直し、追撃を行う。
そう考えた瞬間目の前から飛んできたものに眼を疑う。

高速回転するシルクハット。
思わず身体を傾け回避する。
しまった、そう思った瞬間には、もう手遅れ。
これは文字通り全力で、飛び去るように避けなければいけない攻撃なのだ。
シルクハットの中から飛び出た、金属塊。騎士の人形の直撃をモロに受ける。

辛うじて、ランスに貫かれるのを避けることは出来たが、走る激痛。
骨の砕ける音。
右腕がやられた。

シルクハットはくるくると回り、カグラの指先に戻っていく。
そうしてカグラはそれを指で廻しながら、哂う。

「いやはや、速く、早くなりましたよね」

ぽんぽんと、先ほどぶつけた脇腹を軽く押さえて、目線を向ける。

「思考反応が追いつかないレベルの速度で、戦闘技能の究極です。どんな術が追い求めるのも結局"迅さ"。後の先、先に、先の先、相対的な早さをみんなみんな」

指揮者のように指先を振るい、袖から人形たちを散らしていく。
数は八。布陣に、さっきのような穴が見えない。
縦横無尽に張り巡らされた念の糸が、結界を作る。
三メートル、その内に入ろうとするならば、必ず糸のどれかに触れる。

「あなたはわたしのありとあらゆる行動の、先を取る。ならばわたしは突かれる虚を捨て、早さと早さの繋ぎの虚を狙い定めねば」

身体が、震える。
完璧に布陣した彼女の陣に、隙はない。

「―――卑怯だなんて言わないで下さいね。これがわたしの、戦い方です」

だけどこれでは、終われない。
あいつに勝つんだ、オレは。
そう誓って、だからここにいられる。
だからここで見据えてるのだ、彼女を。

「言わねぇよ。攻略法、見つかったしな」
「…………へぇ」

愉しそうに哂ってゆっくりと彼女が歩を進める。
要するには、だ。
あの両手乱射野郎の状況と、何一つ変わっちゃいない。
穴がないなら、作れりゃあいいんだ。

進むのは、真正面から。
最短最速、彼女がまともな反応をできないほどの迅さで。


念弾を最小限の動きで避ける。
掠るくらいのギリギリ。
肉が抉れ激痛が走る。
しかし一瞬、今からもっと痛いことをするのだ。

念糸の結界の目の前で、折れた右腕のオーラを消し、念弾の目の前に掲げる。
手加減していない。彼女の念弾の威力は、オーラをまとっていても、当たり所が悪ければ致命傷になる。
右腕は、容易く千切れ、吹き飛んだ。

「グっ……!」

カグラはその大きな瞳をことさら大きく、その眼には驚愕があった。
千切れた右腕を左手で引っつかむと、念糸の結界に叩きつける。
優美な陣に、解れが生まれた。

その穴に滑り込む。
彼女とオレの間に、遮るものは何もない。
後ろに飛んで、彼女が腕を上げる。
念弾を使う人形がそこから見えたが、オレのほうが早い。
電気を左手に集中。
直接的な打撃だけでは、まだ弱い。

全身のバネと電気、全てを振り絞って、彼女の中心に叩き込んだ。

会心の一撃。
不安要素を上げるならば、あいつが後ろに飛んでいたこと。

「ゴホッ……痛っ……」

脇腹に、至近距離からの念弾の直撃。
ダメージは大きい。右手の出血も酷い。
しかし、あいつはあいつで、岩山に叩きつけられている。
同じくらいのダメージは向こうにもあるだろう。
これはほとんど確信だった。

すぐさま行うべき追撃が遅れてしまった。
身体に鞭を打って、駆ける。
電気は使い果たした。
いずれ持続時間は延びるだろうが、今の時点では消費が大きく、使えるのは数分。
攻撃に使えば、一分も持たない。
しかし、これで終わり。
九体の人形は、全てオレの後ろ。
念糸の接続は切れている。

二十メートルを切る。
その辺りで、身体が奇妙な感覚に包まれた。
纏わり付くオーラ。

円。
そんな言葉が浮かんだ時にカグラの傍に、今まで見た他の人形の倍はある人形が浮遊していた。
五十センチ程度。もちろん、見たことはない。

それがぼんやりと霞むように消える。

『―――三つ目が瞬間移動できる、特製の超素敵で格好いいお人形さん』

それに気付いて、回避を考えた時には遅かった。

膝から地面に倒れこむ。
足が動かなかった。
どういうことかと下を見て、納得する。
腹から、刃が飛び出ていた。
後ろから、刺されたのだろう。

すぐさまそれは、幻影のように消えて、代わりに血が吹き出る。
喉から血液が逆流した。

ふらふらと、カグラが立ち上がるのが見える。
無事には見えない。彼女も同じように吐血していた。

オレの、負け。
最後まで、勝てなかった。
だというのに、不思議と、嫌な気分はしなかった。








胸が痛い。
身体は、あんまりまともに動かない。
時折走る痙攣は、さっきの電気のせいだろう。

倒れた彼の元にゆっくり歩く。

バインダーを開いて、『交信(コンタクト)』を使用して、ハンゾーに繋ぐ。

「なるべく、急いできてください」

一言だけ告げて、切る。
彼の右腕と腹から血はだくだくと流れていた。

『天下無敵の英雄人形(ヒロイックドール)』の稼働時間は1コンマ7秒。
ようやく十七秒間の強制絶がようやく終了する。

念糸を取り出すと。彼に取り付かせ、緊急の止血をする。
彼があの時点でも電力を内包したままだったならば、『天下無敵の英雄人形(ヒロイックドール)』すら回避されていたかもしれない。
その時は、わたしの負け。
本当に接戦だった。

彼を仰向けにすると、その横に座る。
勝つために、腕をも捨てる。
執念、狂気と言ってもいい。
後のことを考えず、わたしとの戦いだけを想って。

治せるとは言っても、その前に失血死する事だってある。
それを踏まえた上で、彼は腕を捨てたのだ。

「いいもの、見せていただきました。ありがとうございますね」

凝で彼の額を見る。

微かに映る、オーラの乱れ。
そこに念糸を差し込むと、捕まえたそれを引き抜いていく。

小さな針が、皮膚に小さな穴を開け、現れる。

「イルミさんには怒られちゃうかもしれませんけど…………ご褒美です」

遠くにそれを投げ捨てて、咳き込む。
わたしもわたしで頭が少し、くらくらしている。
多分、肋骨が折れてる気がする。

遠慮なくやってくれたものだ、と少し笑って、ハンゾー達を見る。

「キルア!」

ゴンがキルアに駆けよって、大天使の息吹を使用する。
現れる女神の息吹。それだけで欠損した右腕が再生し、腹に開けた穴が塞がる。
実際に見てみて、効果に驚く。
これなら、多分。

「遅かったじゃないですか。痛い痛いってカグラちゃんが泣いてるというのに」
「泣いてねぇだろ。珍しく重傷じゃねぇか」
「むしろこんな大怪我が初めてですからね。今回はキルアさんの奮戦の結果ですから、責めはしませんけど、慰謝料は請求しないと」
「責めてるじゃねぇか! まぁいい。ほらよ、クローンの息吹だ」

同じように女神がぽややんと出てくるとぶおー、とわたしに息を吹きかける。
一瞬で痛みが引き、快調になる気分というのも、ある意味気持ちが悪い。
ふぅ、と一息ついて、口周りの血をハンカチで拭っていく。
びっくりするほど血だらけで、眉を顰める。

そうしてようやく約束を思い出して、ゴンの方に向き直る。

「それじゃあ、カード頂きますね」
「あ、うん。ありがとうカグラ」
「へ?」
「キルアと戦ってくれて。最近ずっと、それのことばっかり考えてたから」
「ふふ、わたしもそういうことなら、礼を言わないといけませんね。大切なことを教えてもらった気がします。伝えておいて下さい」

『同行(アカンパニー)』を取り出すと彼らと少し離れる。
ようやく、最後か。
長かった、と少し笑って、ビスケットを見る。

「一旦リーブで、ヨークシンに向かっていただいていいですか? 早く毒は除去したいでしょうし」
「…………ようやく、これから解放されると思えばせいせいするわね」
「ビスケ、どうしたの?」
「なんでもないわよ。黙ってなさい」

意地を張るビスケットを見て少し笑うと、ハンゾーに目線で促す。

「『同行(アカンパニー)』オン、リーメイロ」

階段は十三段目。
もう、間を遮るものは、何もない。




[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 78話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/22 17:04

七十八




「この中に三つカード選んで入れてください、とのことです。後の二つ選んでもらって構いませんよ」
「なんだそりゃ、報酬か?」
「ええ、ここまで来れたのは、ハンゾーさんがいたから、ですし」
「珍しく殊勝じゃねぇか。けど、いらねぇよんなもん」

オレがそういうとカグラがクスクスと笑う。
おかしな事を言ったかと、少し考えて、首を傾げる。

「それじゃあ勝手に選んでおきます。プレゼント、ですよ」
「おい! 間違っても毛生え薬なんざいれんじゃねぇぞてめぇ!」
「入れませんよ。ま、楽しみにしててください」

そういうと嬉しそうに笑う。
久しぶりに、こんなに笑うカグラを見た。

「それじゃ、そろそろ出ましょうか。早く鈴音のところに行きたいですし」
「へぇへぇ。行きますよお姫様」

見ているこっちが胸やけしそうな笑顔のカグラ。
そんなこいつを見てたから、オレは内心で安心していた。
だから、あんなことするなんざ、オレは思っても見なかった。







そうして外に出てから、すぐにヨークシンに向かう。
順風満帆と言えるだろう。
問題は何一つ起こっていない。

車で僅か数時間。
港からヨークシンへはそう遠くなかい。
メールを作成しながら、彼に話しかけた。

『ハンゾーさん、クラピカさんと連絡を取って、ビスケットさんの念、解除してもらっていいですか?』
『誓約は、この前言ってた通りでいいのか?』
『ええ。わたしはちょっと、果物でも買っていこうかな、って思いまして』
『ケッ、似合わねぇ』
『失礼ですね。わたしはこう見えて、料理は得意中の得意なんです。皮むきなんて指一本ですから』

そういって携帯電話を閉じると、人差し指を立てて、念糸を見せる。
ハンゾーは少し苦笑しながら本当かよ、などと言う。
失礼な奴だ、と思ったけれど、許してあげよう。
何故なら―――

『カードは預かっててください。わたし一人だと先に使っちゃいそうです』
『あん? 使えばいいじゃねぇか』
『いえ、いえ。わたしがここまで来れたのは、ハンゾーさんのおかげですからね』

わたしは彼に、嘘を付くのだから。

そう言って、彼と途中で別れた。
そしてそのまま、病院へ向かう。


病室は聞かなくても分かってる。
何度も、この瞬間を思い描いていたのだ、わたしは。
外にいた私服の護衛、ノストラードの構成員に頭を下げて、入室する。

少し、涙が出る。
彼女を見るのは、本当に久しぶり。
元々長い髪がまた長くなってて、これじゃあ大変だ、と少し笑う。

「ただいま、って言うのはまだ早いかも。これからすぐに、わたしはお出掛けするから」

眠ってても、彼女は綺麗だった。
腕は以前見たときよりも、ちょっと細い。
起きたら歩けないだろうな、と少しだけ思う。
半年以上眠っていたのだ、仕方ないことなのかもしれないけれど。

「起きたら、お仕置きだからね。わたしにこんなに苦労をかけるだなんてお世話係失格なんだから。ずっと抱き枕の刑だよ」

額にかかった髪を分ける。
ちょっと高めの体温。閉じた瞼。静かな呼吸。
本当に眠ってるだけなんじゃないだろうかって、そんな風に感じてしまう。

「わたしのご飯作って、お風呂もちゃんと沸かすんだよ。ただし、わたしの着替えもお風呂も勝手にお手伝い、とか言い出したら怒るからね」

彼女の顔は間近にあった。
日にあたる生活をしているわけじゃないのに、わたしより少し肌色が濃い。
そのことを指摘すると、いつも彼女は少し嬉しそうにした。
美白は前世で飽きたのだ、と。

「それと、わたしを起こすときにちゅーとかしても怒るからね。そんなことは今後一切認めません」

そういって、眠る彼女に口付けをする。
触れるだけ。お姫様が目覚めるのは、いつでもバードキス。
御伽噺にはそう書いてある、気がちょっとだけする。
彼女の"白雪姫"には、少しばかり情緒が無いのだ。

「だけど、わたしは時々天邪鬼だったりするんだから、そこらへんちゃんと分かってくれないとやだからね」

もう一度キスをして、離れる。
あんまりいると、離れたくなくなってしまうのは、分かりきってる。
だから、ここまで。

「それじゃ、わたしはそろそろ行くよ。ちゃんと養生しておくこと。絶対だから」

扉の前まで言って、体が震える。
もしかしたら、これで最後なのだろう。
そう思えば、言葉は勝手に、胸から溢れた。

「それと…………それとさ、わたしは鈴音のこと、大好きだよ」

そういって、病室を後にした。
視界は滲んでて、ちょっと間抜けな顔を晒してそうだから、帽子をちょっと深めに被る。
心の中で、ハンゾーにちょっとだけ謝って、病院を後にした。

彼女がもし、起きてしまえば、わたしはきっと全力で戦えない。
死を恐れては、彼に挑むことなどできはしない。

彼女がもし、死んでいるのなら、わたしはきっと立ち上がれない。
本当の絶望であがけるほど、わたしは強くなんてない。

だから、タイミングは今、この時だけ。
気が狂ってるような、そんな賭けを行うには、わたしは人であってはならないのだ。
情も恐怖も、人形遣いには、必要なんてありはしない。










約束の場所は、街から少し離れた荒野。
わたしがよく、鈴音と訓練していた場所で、カストロさんとも来たことがある。
彼との決着の場所としてはこの上ない場所だった。

「―――もう来てたんですね」
「ああ◆ デートの誘いに、遅れてくる男は駄目だろう?」
「とは言っても、予定の時間まで、後二時間はありますけど」
「キミもこうして来てるじゃないか◆ 少し話せばあっという間だよ◆」

オールバックにしていて、右頬には"ハート"マーク。左頬には涙マーク。
服はいつもと同じ、少しピエロ風な、独特の戦闘服。
お腹のところだけ膨らんでいて、そこが妙にひょうきんに映る。
天空闘技場で着ていたような気がする。

「今日は星マークじゃないんですか?」
「今日はデートだからね◆」
「わたしのために、わざわざと。ふふ、ありがとうございます」

クスリと笑って、見つめる。
わたしが実際に知る中で、一番強い念能力者が、今日の相手。
人生最後の晴れ舞台には、この上なく相応しい。

「いやはや彼も、素晴らしい預言者だね◆ まさかキミと、こうして戦える日が来るなんて◆」
「わたしの弟子ですからね。素晴らしくなくちゃあ困ります」

そう、彼は、わたしの一番弟子。
そして、二人目の、友達。
それを殺した彼を、恨みはしない。
復讐を行うという、概念のみを持って、事にあたる。

「…………いい顔に戻ったね、本当◆ そう、その眼、その眼のキミとヤリたかった◆」
「いつだっていい顔ですよ。気持ちを落としたわたしに、庇護欲をそそられるようなあなたなら、こんなことにはならなかったでしょうに残念です」
「仕方ないだろう、性分でね◆ ボクは壊れた玩具に興味は無いんだ◆」

そういってクツクツと哂う。
彼に会うのも久しぶり。そして彼に限っては、どんな結果でも、今日で最後だ。

「あなたらしいですね。けどわたしは、そんなあなたのこと、嫌いじゃないですよ」
「………………?」
「ちょっと巡りあわせが不幸だったかもしれません。あなたの性格は大体分かっていましたし、望みも、あなたは気まぐれですけど、一貫してますから」
「へぇ…………◆」
「青いりんごのままならば、だけど、わたしは熟すことを望んでしまった。真っ赤なりんごに憧れてしまったんですね」

わたしは、終着駅を決めてしまった。
だから、電車に乗り続ける彼とは、お別れしないといけないのだ。

「なんにしても、今日でお別れです。思えば、色々お世話になりました」
「どう致しまして◆ ボクもまぁ、それなりに愉しかったから気にしないでくれ◆」
「いや、ちょっと待ってください。よくよく考えればわたしみたいな超が百個くらい付く超絶可愛い子ちゃんのお世話が出来たとと思えば、礼を言うのはわたしじゃなくて貴方ですよね。さぁ、感謝の気持ちを声高々に」
「………………愉しかったよ◆」

少し呆れたように彼が言う。
そう、そう。わたしと彼は、そういう関係だったのだ。
長らく忘れていたけれど。

そう考えれば彼を、恐れる必要は、どこにだってありはしない。
心の内にも、外にも。
無機質に、感情の皮を被って、会話をするように殺しあうのだ。

少なくとも今は、わたしは人ではなく、人形遣いのカグラ様。
そういう役割の"モノ"なのだから。
生も死も、物語の内ならば、どちらであっても必然なのだ。
ただ無機質に、完結に到ればいい。

「わたしが勝ったら、色々とご馳走様です。死体からライセンスとか、勝手に持って行ってもいいでしょう?」
「もちろん◆ ボクが勝ったら、キミの死体を持ち帰って遊ぶとするよ◆」
「却下します」
「………………◆」
「わたしがもし負けたなら、眼開いてたら閉じさせて両手を組ませて埋めることを命じます。そのまま放置とか最低ですし、遊ぶなんてもってのほかですから。ちゃんと立派なお墓建ててくださいね」
「…………こういう場合、普通は勝者に権利が与えられるものじゃないかな◆」
「権利はいつだって、わたしのものです」
「…………そうだね◆」

ちょっと歪で、愉快な関係。
だけどもそれも、今日で本当に終わり。
少しだけ、悲しくなった。

「それじゃあ、そろそろ、始めましょうか。殺しあうのに、あんまり喋っててもなんですしね」
「そうかい? まぁ、実はちょっとウズウズしてたから、どっち道あんまり長く喋れなかっただろうけど◆」
「それは良かった。これが多分、わたしの人生最後の戦いかと思うと感慨深いですね」
「そうだろうね、死ぬだろうから◆」
「ふふ、どちらにせよ、ですよ」

両手を広げて、くるりと廻る。
糸の檻。いかに早く、一方的に糸を結べるか。

それが、この戦いの、肝である。

「この糸が貴方に結ばれたら、スタートにしましょうか」
「…………それは流石に、ボクでもちょっと厳しいね◆ 小石にしようか◆」

そういうと同時。
小石は宙に投げられ、放物線を描き、わたし達の中央に降りてくる。

そう時間は掛からない。
殺せるか、殺されるか。
勝負はいつでも、単純明快な二者択一。

たった数分間の劇に、自らの全てを注ぎ込む。
ただただ、自身の技術への自負と、無機質なまでの狂気を持って。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 79話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/25 03:58
七十九





不安があった。
カグラの携帯の電源がOFFになっている。
すでに病院内で、そして尚且つマナーを守って電源を切っているとするのなら、それでいい。
しかし、それでも、僅かな焦燥が生まれる。

「クラピカ、オレの勘違い、の可能性ならいいんだが、悪い予感がする。付いてきてくれねぇか?」
「……私も同じくだ。すぐに向かおう」

誓約を誓わせ、ビスケの中にあった毒を抽出したすぐあと。
電話をかけても彼女は出ない。
運良くオレたちはすぐにビスケをすぐ発見できたため、それほど別れてから時間が経っているというわけでもない。
買い物を済ませて、病院に行ったとするならば、少しばかり、早い。
彼女も都合よく通り道で見舞い品を購入できた、ということであれば、問題は何もない。
しかし、オレの嫌な予感というのは、よく当たるのだ。

タクシーに乗り込むと、運転手を脅して急がせる。
これでもし杞憂だったとなら、オレ達は酷い大馬鹿で、あいつにも人権無視レベルで馬鹿にされることは間違いない。
だが。

「少し落ち着けハンゾー。まだ、決まったわけじゃない」
「分かってる。だが、もしもがあった場合時間は一瞬でも惜しい」
「……分かってるならいい」

そうして車中は無言になる。
車は事故る寸前くらいの勢いで飛ばしているが、それすらも少し。もどかしい。
渡された、カードボックスが、酷く忌々しい。
オレは何故、受け取ってしまったのか。
オレが拒否していたならば、あるいは。

珍しく殊勝なカグラ。
あいつの笑みの意味が、今になってあやふやになってきた。







病室のドアを勢い良く開ける。
心の底から、病院では静かに、などと言うことを非常に嫌味な言い方で注意するカグラを期待していた。
なんなら、ぼろくそに貶してくれても構わない。

そう思えども、目に映った光景は、希望していたものではなく、予想していた光景だった。

「クソッたれ! あの野郎、黙って行きやがった……!」
「病院では静かに、だ、ハンゾー」
「てめぇに言われたかねぇんだよ! おい、カグラがここに来なかったか? 金髪の帽子被ったちびっ子だ」

凄むように護衛の男を問い詰める。
少し震え、しどろもどろになりながらも男は答える。

「は、はい。つい、先ほど見舞いに来られて、何分もしないうちに…………」
「てめぇどこに眼ぇ付けてんだよ! 何で引き止めなかった!?」
「よせハンゾー!」

そういって掴みかかろうとするオレを後ろから掴む。
頭に血が上って、殴りかかりそうになるが、僅かに残った理性で抑える。

冷静でない。
それを自分で理解はしていた。
それでも無性に腹が立ち、舌打ちをこいて、眼を逸らした。

「…………確かに、彼女を見たんだな?」
「はい。鈴音様の友人、ということで写真を見せていただいたことはあったので、素通りさせてしまいました」
「いや、お前が悪いわけではない。様子は?」
「普通、でしたが…………いえ、帰るときは、その」
「なんだ?」
「見間違いかも知れませんが、帽子を深く被られて…………泣いているような気が。なにぶん走り去られてしまったのでよくは見えなかったのですが」
「ありがとう、それで十分だ」

クラピカがオレを促し、共に病室に入る。
確定的、文句なしに、予感的中だ。

「ヒソカと戦いに行った、というのは確定だろうな」
「間違いねぇな。ポンズは……くそ、近くにいねぇだろうな」
「私のダウジングがつかえればいいが、彼女の経歴には、不審な点が多すぎる。他に広域調査が得意な人間は?」
「チッ。あいつくれぇだ…………いや」

そういって、鈴音を見る。
もしかするならば、こいつなら。

「組は動かせねぇのか?」
「私では数人が限度だ。心当たりでもあるのか?」
「オレはない、が、こいつなら、あるかもしれねぇ」
「使うのか?」
「使うしかねぇだろう。感動のご対面なんかに拘ってる場合じゃねぇ。あいつなら、そうするだろうと読んでてもおかしくねぇが」

カードケースを開く。
中には三枚のカード。
大天使の息吹。
それと、きっとオレのために選んだのだろう。
顔パス回数券と、影武者切符が入っていた。
顔パス回数券は、受付や門番に渡せばどんな場所にでも入れるようになる券。
影武者切符は、他人に渡せば、その人間の代わりを24時間務めることが出来る券。
どちらも千枚入りで、消耗品。
それでもオレの仕事柄、これがあれば助かる場面が幾らでも出てくるだろう。
唇を噛む。
血が少し滲む。

恩返しのつもりか、あいつは。
人の命の心配するくれぇなら、自分の心配しやがれってんだ。
目の前にいたらぶん殴りたいくらいのよく分からない感情がもやもやとして、自分の顔面を殴り飛ばす。

激痛を感じて、体がふれる。
しかし、それで少しだけ、気持ちが治まる。

大天使の息吹をホルダーから取り外すと、その下に、小さなメモがあった。

『いつ見るか、ちょっと予測ができかねますが、わたしが帰ってこなくても、鈴音のこと、よろしくお願いします。"神楽"』

拙いハンター文字。
だというのに名前のところだけは、綺麗な漢字で記されていた。

「てめぇは帰ってくんじゃねぇ、オレ達が迎えに行くんだよバカヤローが……!!」
「後ろはなんて書いてある?」
「カグラ、って漢字で書いてある。手前はお粗末だが、そこだけは書道の先生みてぇに達筆だな」
「…………? 普通逆だろうに」
「そうじゃねぇ理由はなんなのか、あとで問い詰めてみりゃぁいい、楽しい話が聞けんじゃねぇか?」
「…………そういうことなら、後で訊ねることにしよう」

そういって、クラピカが少し笑う。
あとで痛い目見りゃあいい、そう思って大天使の息吹から、中身を具象化する。

半透明の天使が現れ、言葉を紡ぐ。

「わらわに何を望む?」
「見りゃわかんだろーが。寝てるこいつの悪いところ、全部治してくれ。起きなかったら承知しねーぞ」
「ハンゾー!」
「お安い御用、その者の体、全て治してしんぜよう」

そういって息を吹きかける。
いつ見ても信じられないが、この一瞬で、このカードは千切れた腕すら再生させる。
外傷のない彼女に見かけの変化はない。

だが、天使が消えると同時に、彼女は、瞼を開いた。


「あ……れ…………?」

内心で、胸を撫で下ろす。
あいつが怖がっていたように、起きないなんてことは無かった。
それだけで、結末はプラスに傾いた気がする。

「わた、し、どうして……」
「鈴音、落ち着いて聞いてくれるか?」
「クラピカ……?」
「鈴音、キミはさっきまで昏睡状態だった。今は、キミがヒソカに敗れてから、大体半年経っている」
「……カグラちゃんは、どうしていないの? わたし、やっぱり嫌われたの、かな……」
「順に話す。落ち着いてくれ」

彼女が体をおこしながら言う。
そして少し顔を歪めて、自嘲している様な、泣きそうな顔で、不安げにクラピカとオレを見つめる。
頭が混乱しているのだろう。半年も眠っていたのだ。そうなって当然。
だが、そんな時間もない。こいつには、すぐにでも自覚してもらわなきゃならない。

「カグラはキミを助けるために、グリードアイランドというところにハンゾーと向かった。そこでのクリア報酬に、あらゆる病気や怪我を治す魔法のアイテムがあると聞いてだ。そして昨日、それをクリアした」

眼を丸くしながら、クラピカを見つめる。
カグラが自分を助けるために、なんて言った瞬間に、泣きそうな顔が一転したのがなんともいえない。
絶対に、オレの名前はこいつの頭に入っていないだろう。
こいつの頭の中には、きっとカグラしかいない。

「そして今日キミを助けるために、そのアイテムを使う予定だったんだ。だが」
「カグラちゃんは、来なかった、って事だよね? 理由は、分かってるの?」
「ヒソカとタイマン張りに行ったんだよ、てめぇとカストロさんの仇討ちにだ」
「…………嘘」
「んなバカな嘘付くわきゃねぇだろーが! なにがどういう風にあいつの頭ん中にあるのかしらねぇけどな、あいつは一人で、仇討ちをしにいったんだよ。ついさっきぐーすか寝てるてめぇの顔だけ見て、泣きながら走って行ったんだとよ。あれだけ胸焼けしそうなくらいいちゃついてるてめぇなら、それがどんだけ大変な事態かわかんだろうが!」

そうまくし立てて、睨みつける。
一瞬、鈴音は面食らったような顔をしたが、すぐに真剣な顔になる。

「説明ありがと。ちょっと、呆けてたよ。急ごう」

そうしてそのまま立ち上がろうとして、ベッドから転げ落ちた。
寝たきりが長かったから筋力が落ちてしまって体が上手く動かないのだろう。

肩を貸そう。
そう考えて手を伸ばすと、跳ね除けられる。
怒りを感じる前に、その異常が眼に映る。
一瞬で彼女の血の気は引いて、真っ青になっていた。
恐怖に染まった眼が、こちらを見て、すぐに逸らされる。

「…………ごめん、なさい。ちょっと、男の人に触られるの、苦手でさ。肩、借りていい?」
「…………ああ」

少し照れ笑いをする様に、言う。
だけど、顔は青いままで、眼は頑なにこちらを見ようとしない。
手は隠そうとしてても分かるくらい。震えている。
ちょっと、なんて反応じゃないことは瞬時に理解していた。
それでも彼女の手を取り、肩に廻す。
彼女の震えが大きくなって、しかし、徐々に治まっていく。
それでも、オーラは乱れたままだった。

平静を装って、彼女が言葉を紡ぐ。

「……クラピカ、わたし、まだノストラードだよね?」
「…………ああ」
「ダルツォルネに、わたしからの一生のお願いだから、出来る限り人まわして、カグラを探してっていってくれない?」
「分かった。心当たりは」
「……もしかしたら、だけど、わたしの家の近くの、南西の荒野。わたしが良く、カグラちゃんと訓練してたとこなんだけど、カストロとも来たことがあるとか言ってたから。わたしはとりあえずそこに向かおうと思う。他の組員はそれ以外の人気のない場所、探させて」
「分かった」
「それと、シーツ、貰っていい? 今、お昼だよね?」
「そういうことか」
「薄いから、気休めだけどね」

クラピカは彼女にシーツを投げ渡すと、電話を片手に窓から飛び降りた。
オレもそれを見て、ドアを開けて、歩き出す。
殆ど引き摺るような形になるが、彼女はシーツを被って、文句の一つも言わず、しがみついていた。
それを見た私服護衛が驚いた顔をする。

「すぐに車出して。細かい道は、走りながら教えるから」

鈴音がそう言うと、すぐに男は姿勢を正して、頭を下げると走り出した。
それと同時に、オレも病院前のロータリーに歩き出す。

「……ごめんね」
「さっき謝ったろうが。それに謝るこたぁねぇ、誰だって苦手なもんの一つや二つはあるもんだからな。てめぇは黙ってオレをあいつのとこに連れてって、二人でイチャイチャしてりゃあそれでいいんだよ」
「…………ありがと。…………ふふ、ちょっとだけ、拗ねた時のカグラちゃん思い出したよ」
「失礼な奴だ」
「光栄に思ってよね」

そういわれて、オレは少し笑う。
未だに鈴音の体は震えていて、顔は青い。
以前見た、流麗なオーラの流れも乱れに乱れている。
それでも彼女は、幸せそうに笑った。

胸焼けがするような、変態二人。
そんな二人の橋渡し。

いつでもオレは、こうして貧乏くじを引かされるのか、と、また少し、笑った。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 80話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/25 15:50
八十





切創を胴体に刻む。
それさえ叶えることが出来れば、わたしの勝ちになる。

小石が落ちると同時、ヒソカが一気に間合いを詰め、わたしが逃げるように後ろに飛ぶ。
進攻を止めるには、人形による牽制が必要となる。
しかし、不用意に近づけさせれば『伸縮自在の愛(バンジーガム)』にて、人形が地面に貼り付けられる。
片足を軸にくるりと廻る。
これで彼が、直線的に近づけば、必ずわたしの『我侭な指先(タイラントシルク)』に触れる。

予想通りヒソカが跳んだのはわたしの上空。
空中での姿勢制御は難しい。
袖から騎士人形を射出する。
オーラを纏った騎士人形は、強化系の防御すら貫通することが出来る。
予想通り人形にバンジーガムを貼り付け、軌道をずらそうとするが、現在あの人形に繋ぐ念糸の数は五本。
そう易々と取られはしない。

ヒソカはそれに気付いたか、にやりと笑うと、そこから消える。
騎士人形が空振りしたのを確認してから、ようやく彼の視認に成功する。

地面に貼り付けたバンジーガム。
それに引っ張られるように、ヒソカはわたしの上空からの離脱を成功させていた。
騎士人形に付いた余分な念糸を全て解除。
すぐさま袖のガンマン人形から、念弾の射出を行う。
衝撃型、散弾方式。
致命傷を与えることは出来ないが、当たれば一瞬行動をとめることは出来る。
予測地点に順調にヒソカが向かい、命中寸前。

しかしそこでまたヒソカが軌道を変える。
今度は一直線に、わたしの方へ。

間には何本もの念糸がある。
無視する気なのか、と考えたところで、上空の騎士人形が、それを乱すように大地に叩きつけられた。
自然隙間が生まれ、ヒソカはそこに潜り込む。
しかし驚くことはない。

前回のキルア戦と違うところは二点。
前例があったこと。
そして、スピードに差が有ること。

それだけでいくらか、心の余裕が生まれる。
後ろに跳び、綺麗なままの念糸の壁を彼との間に配置する。
そしてシルクハットを手に取ると、彼の真正面に投げつける。
そして両袖からは念弾を、彼の周りを囲むように。

上空にヒソカは逃げることは出来ない。
バンジーガムを付けた移動を行うのであれば、その貼り付け先は、現状地面しかない。
この広い荒野を選んだのは、それ故だ。

シルクハット自身の攻撃力はそれほど高くはない。
しかしつばには艶消しの黒で刃が縁に配されている。
当たれば、傷くらいは付く。

当たるのは危険と見たか、真下にバンジーガムを貼り付けて一気に降りる。
当然わたしは、追うようにシルクハットの中から少女人形を射出、周りに停滞していた人形も併せ、突撃させる。

必殺を狙うのならば、胴体に傷をつけなければならない。
腕や足では、切り落とされればそれでしまいだ。
ヒソカはそんなことに躊躇する男ではないのだから。

巻き上がった煙のおかげで、正確な操作が取りにくい。
勘と経験、指先から伝わる感触だけを頼りに総数五体の人形を動かす。
接触は一度、切り裂いた感覚はある。

三秒立たず、わたしの人形はバンジーガムにより地面に叩きつけられ、もがいでいた。


ザク、と大きな音が聞こえ、腕がこちらに放り投げられる。
攻めることを、つまりは念糸を崩すことを目的としているわけではない。
腕は念糸の壁の手前で落ちている。


「残念です。これで死んでくださればよかったのですが」
「まだ早い◆ 予想通り、毒かい?」

砂煙がようやく晴れ、彼の姿が眼に映る。左手は、肘から先がなかった。
同時に地面に落ちた人形たち。
試しに少女人形を動かそうとしてみるが、短い手足をじたばたじたばたとさせるだけで、離脱までは行えない。

「可愛いね◆ まるで君みたいだ◆」

そういって少女人形を楽しそうに見つめる。
なんだか背筋がぞくりとする。
片腕になったというのに、大した痛みを感じてる様子はない。

「ちょっと、見ないでくれません? なんだか人形相手に目つきがやらしいです」
「君が死んだら君の代わりにこの子を愛でるとしようか◆」
「すぐに飽きてポイするくせに」

ついた念糸を外し、ヒソカに飛ばすが、バックステップで軽やかにかわす。
そうして少女人形を手元にバンジーガムで引き寄せると、スカートをめくった。
今度こそ顔が赤くなる。

「ちゃんとパンツまで作ってるところが変に生真面目な君らしい◆」
「何してんですか! 早く返してください、ほんとに……」
「せっかちだなぁ……◆」

そういって、バンジーガムで、また地面に貼り付ける。
人形が心なしかうなだれてるような気がした。
一つ溜息を吐いて、平静を取り戻す。

「片腕なくしても、わたしに勝てるつもりで?」
「君の人形も五体地面に伏せている◆ それでボクに勝てるつもりかい?」
「いや凄く痛いんで、よろしければ後、右手と両足なくすくらいのハンデがあれば、対等じゃないかなぁって思うんですが」
「…………達磨じゃないか◆」

呆れたようにヒソカが言う。
わたしは笑って袖を向けて、顔面に向かって念弾を放つ。

「または首から上をなくすだとか」

軽々とそれを回避しながらヒソカも笑う。

「残念ながら、いくら可愛い君の頼みでも、聞けないなぁ◆」
「わたし、ヒソカさんのこと凄く嫌いになりました」
「ボクは君の事、大好きだよ◆」

そういうヒソカに、ちょっと口を尖らせて、全ての念糸を解除する。
距離は結構開けた。
ここからも、さっきと同じように戦えばいい、そうすれば―――

「まー、いいです。それじゃあ第二ラウンド、始めましょーか。時間はいつだって有限です」
「そうしよう◆ いつまででもヤリあいたいものだけどね◆」

その言葉を合図に、またわたしは、くるりと廻る。
さっきと同じように、だけど今度はわたしの手に人形はなく、彼には左手がない。
それでもきっと、わたしの方が押し負ける。


糸を結界のように張り巡らしても、彼には、一つとして触れることはない。
上手くわたしの人形を使って、隙間を広げて潜り込む。
そうして、わたしのお腹に彼の拳が叩きつけられたのは、僅か数分の出来事だった。

キルアに殴られた時よりも、更に強力だった。
景色が情報として認識できないくらいのスピードで、岩壁に叩きつけられる。
わたしが念能力者じゃなかったら、きっとはじけたトマトになってたに違いない。
激痛と、嘔吐感で頭が一杯になる。

だけどそれを解消する前に、さっきの逆回しの行程を強制される。
バンジーガムを付けられたのだろう。
文字通り転がり、わたしは地面に叩きつけられながら、彼の足元に戻る。
そうしてその瞬間、また蹴り上げられる。
今度は壁に叩きつけられる前に拳が来る。

咄嗟に頭をガードして、しかしその上から一撃を叩きつけられる。
上下感覚が狂ってきて、どちらが上なのか、そんなことすらも分からない。
ただ、殴られてすぐに叩きつけられたから、多分背中側が地面なんだろう。

また拳が来る。
凝で防御しても、もともとの地力が違う。
ヒソカならば、普通に殴ったくらいで、丁度凝で集めることのできる防御で五分。
しかし彼が、同じようにオーラを集中させて殴るのであれば、わたしの防御は致命傷を避ける、程度の事しか出来やしない。

三発目にして右腕にヒビが入った。
その痛みに悶える前に、腹部に踵が入る。

意識がはっきりしてたのはその辺りまで。
後は条件反射で辛うじて防御していたに過ぎなかった。








攻撃をやめると、ようやく彼女が嘔吐き始める。
血と胃液を吐きながら、力ない眼でボクを見上げる。
それだけで背筋がぞくぞくとした。ずっと、ボクはこうしてみたかった。
首から下は、これ以上ないくらいに痛めつけている。
まともに動くことも出来ないだろう。

顔は綺麗なままだから、その苦痛がよく分かる。

「んー、いいねぇ◆ やっぱり君は、そういう顔をしている時も凄く魅力的だ◆」
「ケホッ…………っ…………」

何かを喋ろうとするが、喋れずにまた吐いた。
誰よりも綺麗で、愛らしい、天使のような造詣。
未だかつて見たこと無いほどの才能を持ち、そして努力を惜しまない。
意地っ張りなところも残酷なところも、その性格の全てが好ましいと思う。
その姿にボクは、凄まじいほどの愛情を抱いた。
そして同時に、狂おしいほどの劣情を抱いたのだ。

この少女の翼をへし折って見たらどうだろう。
手足をちぎって、絶望に染まる彼女の姿を見てみたい。
泣くのだろうか、空っぽになるのだろうか。

ボクにとって、愛情と、この劣情は切り離せないもの。
いつまでも見ていたくなる。
そんな小鳥を手の中に入れたときに、愛らしすぎて、握りつぶしてしまいたくなるあの衝動。

きっと誰にだってある。
ただ、ボクはそれが人より少し大きい。
異常者だと自覚していて、それでも尚、止められない。
どんな娯楽よりも価値ある娯楽であるが故。

痛みに痙攣しながら、それでも立ち上がろうとする彼女の心。
それをどうにかしてでも、圧し折ってみたい。
軽口一つ叩けないくらいに。

ボクのズボンを掴んで、徐々に徐々に、立ち上がる。
千切れた服の隙間に見える彼女の肌は痛々しく腫れ上がって、紫色になっている。
綺麗なあの体を汚していく、その事実はボクの心の、異常なまでの征服欲を満たしていく。

少しずつ上に、完全に立ち上がって、ボクの体に抱きついた。
自然勃起したボクのものが彼女の胸の辺りに押し当てられる。

人形は全て死んでいる。
具現化する人形の方は、使われたところで容易く返り討ちに出来るだろう。
というより、これから彼女が、ボクに何かを出来るとは思えなかった。
ナイフを仮に持っていたとしても、ボクの防御力を貫くほどの力はない。

「え……へへ。じつはずっと、こうしたかったんです」

一瞬耳を疑って、そしてその空白が致命的だった。
ボクの背中に腕を廻した彼女は、そのままボクを強く抱きしめた。
見えた彼女の顔にはこれ以上ないほどの、会心の笑み。
それを見て、ボクも笑った。







残った左手から、用が済んだ携帯電話をそのまま地面に落とす。
無駄な足掻きといえるのかもしれない。

右手の袖の中から、『帰らずの災厄人形(ストーミィドール)』を召喚、起爆。
わたしの右手を巻き添えに、ヒソカに十分すぎる損傷を与えた。
あれだけの至近で使ったにも拘らず、胴体が千切れとびはしていない。

おかげで助かった、だが、同時にバンジーガムの恐ろしさを今更ながらに再認する。
鉄球は正面方向にしか飛ばないため鉄球の毒に蝕まれることはないが、爆風で右手は完全にアウト。

念糸を伸ばし、血が流れ続ける腕を収縮させ、血を止める。
また痛みが増すが、構わない。

「…………まさか君が、そんな攻撃をするとは…………思わなかった◆」
「ちょっと前に…………同じような、ことをした方、いましてね」
「そう…………かい◆」

立ち上がろうとしても、体が激痛で動きもしない。
特に内蔵がやられているのだろう。
体の中があちこち、酷く痛む。
正直、気を失ってしまいそうなくらいだった。

「ありがとう……ございます。バンジーガム、で、防がなきゃ、わたしも、道ずれにできたでしょうに」
「……君の事は、大好きだって、言っただろう?」

仰向けに寝た彼が、同じく仰向けのわたしに、何かをポケットから投げてよこした。
目線だけを少し下に向ける。
ハンターライセンスだった。

「餞別だよ◆ 約束……だったしね◆」
「ふ、ふ。わたしも、今にも、死んじゃいそう、ですけど……」
「ボクは……確実、だろう?」
「……ええ」

クク、と彼が笑う。
わたしも少し笑う。
鈴音には、多分会えないだろう、なんとなく、そう思った。
腕よりも、体の中での出血が酷い。
頭は血が足りなくなって、そろそろ視界があやふやだった。

「……壊さなくても、幸せな時が、あるもんだ…………◆」
「え……?」

そういったっきり、彼は言葉を紡ぐのをやめて、呼吸することをやめた。
毒が完全に、廻りきったのだろう。
変な、気分だった。
仇を取りに来た。
だけれども、悲しかった。
どうしてかは分かってる、わたしは彼のことをなんだかんだで好いていたからだ。

もう彼と喋ることは、未来永劫ないのだろう。
そう考えて、笑う。
とはいえ、わたしが他人と喋ることは、さっきので最後だったかもしれない。
この場所のことを知ってる人間は、カストロと、鈴音。
目覚めない二人しかいないのだから。
さきほど救急車を呼んで見たものの、来るまでわたしが生きてるかどうかも分からない。

不思議と、心は落ち着いていて、恐怖も無い。
カストロは死ぬ時、こんな気分だったんだろうか。

そう、少し笑った。

鈴音がわたしを呼んだ気がして左手を上げる。
こんな時に彼女の声が聞こえるだなんて、やっぱりきっと、彼女は死んだ世界にいるのかもしれない。
そう思うとちょっとだけ涙が出た。

もしも天国があるのなら、鈴音とまた会えるだろうか。
あるわけないか、と自嘲して、わたしはようやく眼を閉じた。

死はつまり、無になることなのだから。
もしかしたら、こんな世界でこういう風に死ぬこと自体が、わたしがあの日、死ぬ間際に見た妄想だったのかもしれない。
そんなことをちょっとだけ、思った。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 81話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/25 14:09
八十一



フッ、と意識が浮上する。
目覚めは惰眠の夜明けのように、普通だった。
なんでか体に痛いところがなかったから、多分ここは天国だ。
本当にあったんだ、そんな風に思いながら眼を開けて、体を起こす。

視界はぼやけていて、良く分からない。
本当の寝起きみたいだ、なんて考えた。
起きた真正面に映ったのは、真っ白なシーツと――――――

眼を疑った。
その上に、見覚えのある少女の姿が眼に映る。

黒い長い髪に、わたしの次くらいの美人さん。
わたしが世界で一番、好きな人。

天国じゃないか、という疑念が確信に変わる。
思えば吹き飛んだはずの右手にも触覚がある。

けれどそんなの
どうでもいいことだった。

鈴音に会えた、それだけでわたしは死んでしまいたくなるくらいに幸せだった。

「すず、ね、だ…………」

だから次の瞬間に来た頬の激痛なんて予想もしてない。
物凄い勢いで顔が右を向いて、唖然とする。
恐る恐ると前を見ると、鈴音が泣きながら手を前に出していて、何をされたかを理解する。
意味の分からない痛みの原因を、眼から映った情報から理解する。

「今のが、わたしの分」

そう告げながらも彼女は泣いている。
状況がちょっと分からない。しかもほっぺはジンジンする。

「…………すずねが、わたしを、ぶった……」

それだけは理解できた。
眼から涙が滲んで、しっかりと鈴音を捉える。
しかし次の瞬間、今度は右頬にさっき以上の激痛が走る。
二回も、ぶった。
その事実は、わたしを混乱の極みに陥らせるには十分すぎた。

だって、鈴音はわたしをぶったりしないのだ。








「カグラちゃん!」

そう叫んだ声に、彼女はふらふらと左手を上げて、反応した。
まだ生きてる。
それだけで少し安堵するも、だからといって、元気というわけでもないだろう。

「悪ぃが先行くぜ!」

そういってハンゾーが飛び出す。
わたしも外に出ようとしたが、やめる。
日中で、しかも、手足が上手く動かない。
足手纏いになるだけだった。

「携帯貸して。ダルツォルネの番号、知ってる?」
「……いえ、申し訳ありません」

そう謝る彼から携帯を受け取ると、記憶していた番号を打ち込む。
コールの時間すらがもどかしい。

「……ダルツォルネだ。何故オレの携―――」
「わたしだよ! 何も言わずにヘリ出して! わたしんちの南西の荒野、すぐ分かるから。お金はちゃんと払うよ」
「鈴音…………本当だったのか。お前、体は大丈夫なのか!?」
「うん。わたしとあなたの旧交を暖めるのは後にして、とりあえず来させて。それと病院に緊急で最優先患者一名、運ぶから連絡を」
「お前組をなんだと…………まぁいい。お前のアレか?」
「そう。だから緊急」
「…………分かった。急がせる」
「ありがと、お願いね」

そういって電源を切り、一息つく。
なんでこんなことすんのさ、と責めたくなって、人のことは言えないな、と自嘲する。









「わたしは、アイテムで目が覚めたんだよね?」
「ああ」
「クリア者全員に報酬があるってことで間違いない?」
「百枚コンプリートにつき、三枚。そういうことになってる」

カグラちゃんは、あの時のわたし以上に重傷との事。
あれだけボロボロになっていたのだ。当たり前なのかもしれない。
手術の成功はつまり、延命できるか否か、だそうだ。
内臓が色々と、もう駄目らしい。

「クリア予定の人とかは?」
「そういう……ことか。二組、だな、ツェズゲラ組と、ゴン組。ツェズゲラの方は下手すりゃ、もうクリアしてるかもな」
「ツェズゲラって人に連絡は取れない?」
「オレは…………いや待て。カグラの携帯になら」

その言葉を聞いて、すぐに彼女の携帯を取り出す。
パスワードは誕生日で開く。
前も言ったのに、まだ変えていないのか、と起きたら彼女を叱る理由にプラス1しながら、アドレスを探す。
中身が極端に入ってないアドレス帳に懐かしさを覚えながら、電話をかけて、ハンゾーに渡す。

「いいのか?」
「うん。いきなり会った事ないわたしが電話してもね。それに、得意そうだし」
「…………喜んでいいのか悪いのか、微妙なところではあるな」

それから数コールしてようやく出た。

『……カグラ君か。カードの件は助かった。バッテラ氏の方だが、残念ながら間に合わなかったようだ』
「ああ、すまねぇ。ハンゾーの方だ。バッテラの方が間に合わなかったってことは、大天使の息吹は」
『所持している。一応約束どおりクリアした、ということで交渉の末、報酬は全額貰うことが出来たが…………』
「そいつは良かった。頼みがあるんだが」
『大天使の息吹、か?』
「―――ああ」

そこでハンゾーが言葉を切る。
一瞬間が空き、そうしてツェズゲラという男の声が電話越しに響く。
とりあえず、そこにいたってようやくわたしは一息つくことが出来る。
ここで彼がカードを持っているか、持っていまいか、それだけが重要だったのだ。

『……事情を教えてもらっても構わないか? 言わなくても分かるだろうが、これを欲しがるものはそれこそ、星の数ほどいる』
「カグラがとある事情で重体、グリードアイランドに連れて行くどころか、明日の生死すら分からん状態だ。金銭取引なら可能な限り応じる」
『………………少し、待ってもらっていいだろうか?』

そこで、男は無言になる。
即答せず、考えるそぶりの男にちょっとだけカチンとする。
守銭奴の匂いだ。
目線でハンゾーに携帯を渡すように言う。
少し怪訝な顔をして、わたしに携帯を手渡した。

「失礼致します。カグラの友人の鈴音と申します、始めまして」
『…………ああ。始めまして、私はツェズゲラ、賞金ハンターをやっているものだ』
「これはご丁寧に、ありがとうございます。実は先日、"彼女から"ツェズゲラ様についてのお話を聞いたことがありまして……」
『………………』

少し言葉を切る。
アドレス帳のツェズゲラの横に、二重丸のマークが付いていた。
以前彼女に教えてもらったことがある。
彼女曰く、結構巨額の貸しを与えた覚えのある取引相手の横に付けるマークだという。
そのときは非常にあくどいネットワーク商法のセールスマンみたいなことをする彼女に頭を抱えた気がしたが、今回はそれが役に立つ。
今だけ愛する彼女の外道っぷりに感謝した。

「……ツェズゲラ様とは、これからも良いお付き合いをしていきたい、と、何度も漏らしておりました」
『……ああ、それはどうも』
「困った時は互いを助けあい、そして共によりよき明日を目指していく。そんな関係が最も素晴らしい。ツェズゲラ様とは、そういった良い関係を築くことが出来そうだ、と」
『………………』

そこでまた一息つく。
ハンゾーが悪魔を見るような目でこちらを見てきたが無視を決め込む。

「……ツェズゲラ様は、どう思われますか?」
『…………ああ、私も同じ意見だ』
「それは――――――良かった。ありがとうございます。わたしは今、あなたのような方がこの世界に生まれ出でたことを、神に感謝いたします」
『…………いや、ちょ』
「ところで、今日、ご予定などはございますでしょうか? その、こちらから申し出た事で、こんなことを告げるのは誠に無礼であることは承知しているのですが…………先ほどハンゾーが申した通り、カグラには、時間的猶予があまり、ございません。貴方様の"善意"を利用するような、卑しい所業であることは承知しております、ですが、なにとぞ…………」

もはやハンゾーは唖然としていて、ちょっとだけ睨みつける。
したくてしているわけではないのだ。
これは普通どう考えてもカグラちゃんの仕事だろう。

「もちろん、納得のいく金額かは分かりませんが、精一杯のお礼をお渡しするつもりではあります。ですからどうか……お願いできませんでしょうか」
『っ…………ん、コホン。いや、こちらとしても、彼女には大きな借りがある身。彼女のおかげでバッテラ氏からの報酬も、満額受け取ることが出来、その上で余ったこのカードをどう処分するか、検討していたところだ。本来ならば報酬も彼女が受け取るべきものであるのに、彼女はこちらにそれを譲って、更には見返りは求めない、などと言ってくれた。私もこの"恩に報いる必要"がある、そうだろう……?』

言葉の端々に無理矢理言わされてる感が出ていて、ちょっと嫌な気分になる。
カグラちゃんのためとはいえ、当初の怒りよりも、罪悪感を抱いてしまう。
カグラちゃんに弱みを握られる、かわいそうな人なのだ、彼は。

「それでは…………?」
『ああ。賞金ハンターとはいえ、大恩ある相手が窮地の時に、金銭を求めるような…………卑しい仕事はしてないつもりだ』
「分かっております。ああ、貴方様には感謝の言葉も出ないほどです。本当、ありがとうございます。カグラは素晴らしい方と出会えました」
『…………ああ。それで、場所は』
「ヨークシン、です。失礼ですが今どちらに?」
『大丈夫だ、私も今ヨークシンにいる。彼女は病院かな?』
「ええ、それではこちらからそちらに向かわせていただきます。住所の方、教えていただけますか?」
『場所は――――――』

素早く場所をメモにとり、感謝の言葉を告げて電話を切る。
胸を撫で下ろして、またすぐに電話をかける。

「ダルツォルネ? あ、うんそう、鈴音だよ。悪いけどさ、すぐまたヘリ、用意してもらっていいかな? あ、屋上に? 分かった、ありがと」

そういって電話を切る。
ある程度体の状態はマシになってきており、オーラによる操作によっては軽くならば走ることができる。
さ、行こう、とハンゾーに告げるが、彼は眼を揉んで首を捻ってる。

「おい、キャラが変わりすぎて怖ぇぞ。カグラが起きてきたかと思ったぜ」
「好きでやってるんじゃないからね。カグラちゃんと違って」
「…………てかなんでついさっきまで寝てたはずのお前が、あいつに貸しが有ること知ってんだ」
「…………秘密。それよりヘリ屋上だから」

そういって走り出す。
彼にアドレス帳を見せるのは、酷だった。

一時はどうなるものかと思ったが、全てはうまくいっている。
わたしは何だかんだで本当に、天の神様に感謝していた。
世界はやっぱり、彼女を中心に廻っている。











手術が終わった彼女の体に、すぐに大天使の息吹を使用する。
全身の青痣、失われた右手が再生して、安堵の息を吐く。
それを見た鈴音は酷く驚いて、そうして薄っすら涙を浮かべて、ベッドの上、つまり彼女のところに行く。

それから数分も過ぎないうちに、彼女の瞼がぼんやり開く。
頼りなげに周囲を見渡し、起き上がり、そして目の前の鈴音を見て、眼を見開いた。

「すず、ね、だ…………」

不覚にも、オレもちょっと涙が出そうになる。
ようやく、これで、終わったのだ。
扉から外に出ようか、考えたところで、凄まじい音が病室内に響いた。
驚いて、振り返る。

「今のが、わたしの分」

涙を浮かべながら、鈴音がカグラの頬を引っ叩いていた。
さっきの音と状況を見て、こっちの頬が痛くなりそうなくらいの一撃だった。
カグラは眼を真ん丸に広げて、そうしてジワリ、と涙を浮かべる。
ちょっと顔が泣きそうになって、その状態で、呆然と告げる。

「…………すずねが、わたしを、ぶった……」

そう言い切ったと同時に、今度は反対側の頬を引っ叩いた。
さっきより心なしか、強かったような気もする。

「今のもわたしの分」

そういってもう一度手を上げる。
止めようかどうか少し迷いながら見守る。
感動の対面を期待していたオレとしては少し予想外の展開でついていけない。
なんで二度もわたしの分なのかも理解できない。
オレの分だとかがそこに入ってもおかしくは無いだろう、などと見当違いのことを考えていた。

ひゃっ、などとカグラが未だかつて聞いたことのないようなえらく可愛い悲鳴をあげて腕を上げる。
それを見ても鈴音は容赦なく腕はを振るって、しかし今度は、自分の頬を引っ叩く。
よっぽど痛かったのか、それともそれ以外の理由か、カグラがこれまた初めて見る涙を浮かべながら呆然とした。

「これは、わたしがカグラちゃんにかけた心配の分」

そういってカグラを抱きしめる。
そこでようやく状況に合点が言ったのか、カグラがポロポロと涙を流し始める。
ようやく予定通りの展開になったことに、どういうわけか安堵して、チラリと真横のクラピカを見ると、クラピカも同じ気持ちだったらしい。
目線で通じ合って、心の中でガッチリと手を組んだ。

「カグラちゃんったら、本当無茶するんだから。暫くわたしの言うこと聞いてもらうからね」
「っ…………」
「寝る時はカグラちゃん抱き枕だよ。ご飯とお風呂の時は、十秒ごとにおいしいといい湯加減だね、って言ってもらうから。着替える時は鈴音ちゃんに言うんだよ。お風呂はいるときも、洗ってくださいって言わないと怒るから。それと―――」
「あの……すずね…………?」
「ん?」
「もしかして聞いてたり、ううん、いや、なんでもない」

そういって顔を真っ赤にしてカグラが更に俯く。
鈴音が首を傾げながら続きを口にする。

「ああそうそう、いってきますのちゅーと、おはようおやすみおかえりのちゅーも必須だよね。んー、あとは……」
「鈴音、わたしのこと、ぶった……」

どこから出しているのか、地獄の底から響くような涙声で、カグラが告げる。
鈴音がギクリ、とちょっと止まって、反論する。

「……カグラちゃんが無茶するからだよ? わたしもカグラちゃんの分叩いたでしょ? おあいこおあいこ」
「二回もぶった」
「え……えと、それは」

キョロキョロと周りを見渡して、オレの顔を見る。
閃いたように、救われた顔をして、鈴音が口を開く。
なんだか嫌な予感がした。

「カグラちゃんが無茶するから、わたし、ハンゾーに……。わたしが歩けないからって肩を貸す振りをして、あんなところやこんなところを…………」
「おいちょっと待て! オレは完全に善意の人だっただろうが!?」
「……ハンゾーさん、そんなことしたんですね。そのせいで…………わたしのほっぺ」
「おい、てめぇ何信じてやがる! この馬鹿助けるためにオレがどれだけ―――」
「……鈴音の、大きかった?」
「ああ結構、って違うぞ。そんなことは断じてない。おい鈴音、オレへの恩を仇で返す気か!?」
「いや、だってさ……」

ちら、と拗ねるカグラの方を見て、そうしてこちらに向き直り、かわいらしく舌を出して、軽く頭を下げる。
あまりに誠意が感じられない謝罪を受けて言葉を失う。
カグラが二人になったような気分だった。

助けを求めてクラピカを見るが、無言で首を横に振る。
諦めろ、というサインだ。

「ま、それは置いといて、今日はカグラちゃん何がいい? リハビリがてら好きなもの何でも作ってあげる」
「…………カルボナーラ」
「好きだね本当。よしよし、痛かったでしょ? ごめんね。痛いの痛いのとんでけー」

そういってカグラの両頬を撫でる。
いきなりイチャイチャしだした二人を見て、一気に疲れが出た。
今不当な理由で責められたオレはなんだったのだろうか。
不意に肩を叩かれて、隣を見る。
クラピカが少し同情するような目をして、少し笑った。
こいつとは、今まで以上に、仲良くやっていける気がする。

「んふふ、カグラちゃんはいつ見てもかわいいですねー。鈴音ちゃんはそんなかわいいカグラちゃんが大好きです」

そういった鈴音に、カグラは少し照れた素振りをしながら、バツが悪そうに眼を逸らし、そして小声で何事かを呟いた。
蚊が鳴くような、そんな小さな声。
ただ、驚愕の視線で顔を真っ赤に染めた、これまた酷く珍しいだろう鈴音の姿を見て、その内容を理解し、呆れる。

そうして二人が唇を重ねたあたりで、嫌気がさして、ドアノブに手を掛ける。

今日はクソッタレの、人生最悪の日だ。
そんなことを思いながらも、硝子に映った自分の顔は、自分でも驚くくらいに笑っていて、それに一層腹が立つ。

今日は本当に、人生最悪の日だった。

そう思いながらクラピカと肩を組み、自販機に向かう。

無風なはずの病院に、一陣の風が吹いた様な気がした。

カストロさんは、喜んでくれるだろうか。
ふと、そんなことを思いながら、オレは歩き出した。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 最終話
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2012/01/01 11:05
八十二




ソファーに寝ながら、読み終わった手紙を封に戻す。
紅茶を持ってきた鈴音が不思議そうな顔をして、すぐに合点の言ったような顔になる。

「ああ、今日だったっけ」
「うん、ハンゾーさんの手紙」
「二年くらいだっけ? 前会った時から」

あれから一年ほど、念の修行を続け、その後彼は旅に出た。
隠者の書、元はといえばハンターになった理由はそれだったか。
それを丁度先月、ようやく入手に成功したとのことで、近々遊びに来ることになっていた。
それが、今日だ。

「そのくらいかも、会うのは。ちょこちょこ電話してたりしてはいましたけど」
「…………む」

わたしの上に馬乗りになって、じっとりと眼を見つめる。
両手で迫る鈴音を押しのけながら言葉を紡ぐ。

「……何嫉妬してるの。馬鹿みたい」
「鈴音ちゃんはカグラちゃんにはいつも眼を光らしているのです。悪い虫は排除せねば。いつ電話したの? 内容は?」
「…………そうやって、がんじがらめにする人、嫌われるんだよ。知ってた?」
「それが不思議。カグラちゃんはわたしのことを嫌いにならないのです。どーしてでしょう?」
「わたしが鈴音のことだいっきらいだから」
「ブッブー! カグラちゃんがわたしのこと大大大好きだからです!」

そうやって唇を塞いでくる。
ちょっと批難めいた眼で見つめながら、仕方なくそのままにする。

「へっへー、鈴音ちゃんは知っている。カグラちゃんは時々天邪鬼さんなのだ。大嫌いっていうときは、ちゅーしてってことなんだよね!」
「…………じゃあ愛してる」
「わたしもだよっ!」

わたしの上に乗りながら、その場でジャンプし飛び掛るという妙な行動をする鈴音に辟易しながら放っておいた。
こういうときの鈴音には何を言っても無駄なのだ。
そんな彼女に唇を尖らせて、不満を告げる。

「結局都合のいいように解釈してるだけじゃんか…………」
「ふふん、わたしはカグラちゃんの深層心理を見抜いているのだっ! それより髪の毛も大分伸びたよね、まだ伸ばす?」
「そうしようかなって思ってるんだけど…………似合わないかな?」
「カグラちゃんはどんな髪型にしても超絶可愛いから大丈夫。ふふん、わたしとオソロにしたいんだね? ペアパジャマペアマグカップに引き続き、今度は髪型まで…………! わたしは果報者だね」
「じゃ、切る」
「待って、ごめんそんなことないよね。うん髪の毛はわたしが梳いてあげるよ。伸ばすの本当に似合うと思うし」

コロコロと主張の変わる鈴音を押しのけて立ち上がろうとするも、彼女が全体重を持って阻止に入った。
体をよじる度に何故かわたしの服が脱げていくのを見て、嘆息。
半ば呆れながら、目を細めて鈴音をにらみつけた。

「あの、どいてもらっていいかな? それと、脱がさないでくれるかな……」
「十五歳になるというのに今だ慎ましいカグラちゃんのお胸を見てしまうと、何とかしてあげたくなってしまうんだ」
「しなくていい! まだ成長途中なだけなの! それにもうすぐ多分ハンゾーさん来るから」
「わたしが十五の時にはもっと大きかったけどなー、ほらほら、取り返しが付かなくなっちゃうよ。わたしの家に伝わる秘伝のツボを」
「どこ触ってんですか!」

そういって鈴音を蹴り上げると、ようやくソファの上から離脱できる。
一つ溜息を吐いて髪の毛を撫でる。
さっきまでごろごろしていたのと、鈴音が乗っかってきたせいで髪の毛がぐちゃぐちゃだった。

手櫛で軽く整えていると、チャイムが鳴る。
恐らくハンゾーが来たのだろう。
モニターにはハンゾーに、クラピカも映っていて、ちょっとだけ驚く。

「開いてますよ」

そう一言だけ告げて、玄関の方に向かったところで、両腕をつかまれ壁に押さえつけられた。
鈴音が恨めしそうな顔でこちらを見ている。

「流石に女の子のでりけぇとな部分を蹴るのはやりすぎだと思うんだ、カグラちゃん」
「…………どかない鈴音が悪いんだから。それよりもうハンゾーさんとクラピカさんが」

そう告げると鈴音が何かを思いついたような顔をしてニヤリと笑った。
物凄く嫌な予感がして、咄嗟に逃げようとするが、足の間に鈴音の膝が入り、唇を塞がれる。

「っ…………んーぅっ!」

ここは玄関から丸見えであり、わたしは彼らに入ってくるように告げた。
つまりは――――――

「ふぅーぃ、お邪魔しまー…………」
「ん、どうした? ハン…………」

二人は一瞬固まると、そのまま逆再生でもするかのように、扉を閉めた。
ちょっとだけ、涙が出た。

ニヤつきながら横目で彼らを見る鈴音が、酷く恨めしい。










「あの……さっきのは誤解ですから」
「いいぞ今更別に気を使わなくて。お前らが変態なことはオレ達が一番良く知ってる。なぁクラピカ」
「ん、ああ、人より少し特殊な性癖の持ち主ではあっても、私は君たちとは友人だ。が、なるべく、人前では慎んだ方がいいとは思うが」
「ちょっと! わたしまで変態扱いにしないで下さい! あっちだけですからね」
「ほんとだよね、カグラちゃんはちょっと見せ付けてやろうって言っただけだもんね」
「鈴音はちょっと黙ってて…………」

溜息を吐く。
なんでわたしまで変態扱いに。

「久しぶりだねハンゾーに、クラピカはこの前あったけど。元気だった?」
「ああ、ようやく任務が終わって、暫く休暇を貰うことが出来た。一月もいらねぇんだが」
「干されたんじゃない? 窓際族みたいな」
「おいさらりと不吉なこと言うな。…………それよりお前らはでかくなったな」

感慨深そうにハンゾーが言う。
あれからすぐに背が伸びて、160にはいかないもののようやく"以前のわたし"と同じくらいの身長に達した。
鈴音と比べればちょっとまだ小さくて、もう少しだけ身長が欲しいと思ってるのだが、残念ながらここから伸びる気配がないのが少し悲しい。

「カグラちゃんのおっぱいはあんまり大きくなってないんだけどね」
「鈴音黙って」

チラ、とハンゾーに、クラピカの眼までがわたしの胸を見て、そして鈴音の胸を見て、僅かに気の毒そうな顔をした。
隣に座る鈴音の足を思いっきり踏み抜く。
悲鳴をあげて、机で膝を打つ鈴音を見て少しだけ気持ちが落ち着く。
半分涙目で、鈴音が恨めしそうにこちらを見る。

「…………事実を言っただけだもん」
「言っていい事と悪いことがあるの。まだおっきくなるし」
「夢でおっぱいが膨れたらいいんだけ―――」

もう一度踏みつけようとすると、予想していたのか避けられた。
得意げな顔の鈴音に非常に腹が立つ。

「……後で絶対仕返しするから」
「ベッドの上で? きゃ、そんな、二人の前で大胆…………いいよ、わかってる。見せ付けたいんだよね?」
「…………もういいもん。口聞かない」
「お前ら本当に変わってないのな…………」
「……仲が良いのは素晴らしいことだ、ハンゾー」

黙って紅茶を啜る。
非常に不愉快な状況だ。まるでわたしがお子様みたいではないか。

「それで、クラピカは? うまくいってるの、緋の眼探し」
「まぁまぁ、と言えるかどうかも怪しいが。今のところはまだたったの四人の眼だけ、だ」
「今はお姫様の護衛主任だっけ?」
「ああ。何かと思うところがあるが、蛇の道は蛇、割り切ることにした。彼らが、どう思うかはわからないが」
「…………喜ぶんじゃないですか? きっと。死して尚想っててくれる方がいる、それだけで」

そう告げて、カップを置く。
あの日、自分が死んだ後、人形遣いの坂上神楽ではなく、"わたし"を悼む人は、いたんだろうか?
ちょっとだけ、そんなことを考える。

「死後の世界なんて、信じてないわたしが言うのもなんですが、少なくともわたしは嬉しいと思いますよ」
「…………そうだね。わたしも同じくだけど、そう思うよ。クラピカ君はちょっと考えすぎなのだよ」

ふと隣を見ると、鈴音がちょっと寂しそうな顔をしていた。
こちらに気付くとちょっとだけ笑う。
わたしもそれを見て、少しだけ笑う。

少なくとも今は、わたしが死ねば悼む人がいる。
それだけで、十分。
きっと、そういうものなのだ。

「そうかも…………知れないな」
「そうかも、じゃなくて、そうだよ。ふふ、それよりさ、お姫様とラブロマンスとかあった?」
「ラブ、ロマンス…………?」
「そーそー、なんだかんだでダルツォルネの後任になってからもう一年半じゃん? ちょっと趣味がよろしくないけど、あの子可愛いし」
「……護衛する対象をそういう目で見たことはないな」

少ししんみりした空気を流すように鈴音が言う。
鈴音はなんだかんだで、こういう風に気を使ったりするところが憎めない。

「うわー、堅物だ。ハンゾーみたいにチャラチャラチャラチャラ飽きたらポイポイってのをちょっと見習った方がいいんじゃない?」
「おい失礼過ぎるだろてめぇ。オレがいつそんなことした?」
「いやなんか雰囲気」
「…………男ハンゾー、紳士を自負しているつもりだが、女を殴りたくなったのは初めてだ」
「自称だもんね。あ、それよりさ―――」
「てめ、おちょくってんだろ!?」
「きゃぁ怖い」

そういいながら抱きつく鈴音を呆れて見ながら紅茶を飲む。
怒りの衝動と共に立ち上がるハンゾーが少し面白い。

「あんまり鈴音を虐めないで下さい。暴力はよくないと思います」
「そーだそーだ」
「てめぇら…………」
「落ち着けハンゾー、どう見てもお前の負けだ」
「負けってなんだよクソ!」

そういって大きく溜息を吐いて、席に座りなおす。
やっぱりハンゾーを弄るのは凄く楽しい。

「てめぇらさっきまで喧嘩してたんじゃねぇのか……」
「二人は愛の絆で繋がってるのだよ! どーだ羨ましいか怪人電球男めっ」
「く…………!」

怪人電球男、と言う言葉にクラピカが噴出して、すぐに取り繕って紅茶を口に含む。
それを聞いたハンゾーがクラピカを睨みつけるが、クラピカは何事もなかったようにすました顔で紅茶を味わっていた。
ブルータス、お前もか、なんていう懐かしい名言をふと思い出し、わたしもちょっと笑ってしまう。

こういう日々が、ずっと続いていく。
わたしが求めていたのは、きっと些細な、こういうものだったのかもしれない。
そんなことをちょっとだけ思った。











「ありがとうございます。案内してくださるとは、思ってなかったですから」
「…………カストロさんが、喜ぶことは分かりきってるもの」
「それでも、ありがとうございます」

そういって、頭を下げた。
ポンズは、わたしのことをずっと許さないかもしれない。
それだけのことをしたのも分かってて、だからこそ、謝るのではなく、感謝を告げた。
意味の無いことではないと、それだけは言える。

「…………わたしはあなたのこと、恨んでるわ」
「……ええ、分かってます」
「だけどさ、本当は、あなたのこと、嫌いじゃない。嫉妬してただけなんだ。カストロさんはずっと、あなたの方を見てたから」

そういって、わたしの両肩に手を置く。
わたしはちょっと驚いて、顔を上げた。

「…………あなたのために、あの人は死んで、だからあなたが許せなかった。だけどさ、きっとそれもあの人が望んだ事なんだもの。ちょっとだけ、悔しいけど……」

ポンズは涙を浮かべながら、笑う。
そしてわたしの肩から手を離すと、右手を差し出した。

「仲直り、しよう、カグラちゃん。時間を置いて考えてみたの。カストロさんはきっとこんなの望んでないし、それにわたしもこのままずっと、あの人が大好きだったあなたを恨んで生きるだなんていやだもの。すごい自分勝手で、恥ずかしいんだけど…………」
「そんなことはないです。わたしは…………恨まれて当然のことをしましたから」
「ふふ、おあいこだよ。わたしのこと、許してくれるかな……?」
「……許すも何も、ですよ」

首を振って、差し出された右手を握る。
それだけで、気持ちが少し楽になった。

「仲直り、成立だね。本当は、もっと早くこうしたかったんだけど、決心がつかなくてさ……」
「いいえ、もうそれは言いっこ無しです」

そういって笑うと、彼女も笑った。
手を離すと、彼女は踵を返して歩き出す。

「……お墓はすぐそこだから。わたしはちょっと、出直すよ。泣いてる間抜けな顔でカストロさんの前にはね」
「気にしないと思いますよ。あの人は多分」
「それでも、女の子としての意地があるから。また、あとで」

そういって手を振る。
わたしはそれを見送って、歩き出す。
初めての墓参り。
なんだか不思議な気分だった。

小さな、しかし綺麗に手入れされた墓。
それに手をあわせて、眼を閉じる。

「……あなたのおかげで、わたしは色々なものを知ることが出来ました。本当に」

本当に全て、彼のおかげなのだ。
彼がわたしを見守ってくれて、そして助けてくれて。
だから今、ここに両足で確かに大地を踏むことができている。

「わたしはこれから出来るだけ、長生きしたいと思ってます。そんなことを言い出すわたしが正気か、カストロさんは疑うかもしれませんけど」

そう思えるようになったのも、色々な幸福を知ることが出来たのも、彼のおかげ。
わたしは少なくとも、そう思ってる。


「……わたしは今、すごく幸せです」

そういって、ちょっとだけ笑う。
ただの石。その下に骨の粉末が埋まってるに過ぎないのだ。
なのにこうして語りかけると、あたかも彼が本当に、話を聞いてくれているかも、などと考えてしまう。
だから、意味ないことだと、断じてしまうことなんて出来ずにこうして語りかけてしまう。
少しだけ、クラピカの気持ちを理解した気になった。

「…………それじゃあ、また来ます。おやすみ、カストロさん」

振り返った瞬間に風が吹いて、思わず、後ろを見る。
やっぱりそこには墓しかなくて、当然だ、と笑う。

そこで、別の声が聞こえた。


「カグラちゃん」
「…………何その格好」

日傘を差して、ガスマスクみたいなお面と、全身をすっぽり覆うマントを羽織った鈴音がそこにいた。
言うまでもなく、怪しい。

「酷い。心配になって見に来たのに」
「……わたしはあなたの頭の中が心配だよ」
「むー」

きっと膨れているのだろうが、格好が怪しすぎるので全く可愛さの欠片も感じられない。
下手をすればこんなのとハンター試験を受けに行ってたのかと、ちょっとだけ溜息が出る。

「……もう終わったし、帰ろうか」
「ん、そーしよう」

怪しい鈴音の手を取って、歩く。
日の光が少し眩しくて、熱い。

「カグラちゃん」
「何?」
「ずっと、一緒だよ」
「…………うん」

空は快晴で、雲は一つもない。
風が気持ちよくて、妙に心はすっきりしていた。
鈴音が告げる。

「一緒にじりじり年をとって、しわくちゃのおばあちゃん同士になって、それでカグラちゃんに看取られながら逝くのが目標なのだ」
「ふふ、鈴音はきっとしぶとく生き残るんじゃないかな? 多分わたしが先に死ぬ気が」
「やだ。あ、そうだ、若返りの秘薬とか、グリードアイランドにあるんじゃなかったっけ? これで万事解決、いつまでももちもち肌のカグラちゃんといちゃいちゃし放題。流石鈴音ちゃん、超天才だね」
「…………変態」
「ふふん、鈴音ちゃんは知っている。カグラちゃんはなんだかんだで押しに弱いことを」
「勝手に言ってればいいよ。わたしだって大人になるんだもん」
「薬、取りに行こう、今すぐ。それで問題は全部解決だね」

後ろから頭を叩いて、だけども笑う。
好きな人と、ずっとこうして、その内いつか、死を迎える。
そんなときにこうして誰かを思い浮かべることが出来たなら、それは本当に幸福なことなのだろう。


『……お前は人形のようだ。わしらは人形に命を吹き込むものだというのに』

祖父の言ったことを、思い出す。
これだけかかってようやく、わたしは本当の意味での人形遣いになれたのかもしれない。

大切なのは精緻な動きでも、極まった技術でもない。
そんなものは、機械にだってできることだ。

人形に命を送り込む、それが最も大切なこと。

幸せを知らずに、幸せを伝えることなど、できはしない。
本当に単純な、そんなこと。

そしてだからこそ人形繰りは人がやってこそ意味があるのだ。

くるりと彼女の正面に向き直ると、面の額にキスをした。
悲鳴が上がる。

「カグラちゃん! お面取るから今の直接っ! 勿体無すぎるよ生殺しだよ!!」
「もうやってあーげないっ」

そういって笑って、わたしは走り出した。



[9378] 人形遣い(オリ主女転生物) 設定
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2012/04/19 21:40


カグラ
女 金髪 美少女 シルクハット

超絶ナルシスト美少女。
自らを人間世界遺産とのたまうなど頭はかなりメルヘン。
常識人であるが、同時に外見と同じく頭がメルヘンであるため、非常に頭が悪く見えるときがある。
単純馬鹿相手には凄まじく強い能力者。






『絶対時間(エンペラータイム)』 特質
クルタ族にのみ発現する特質系能力。
全ての念の精度が100%となる

制約
・使用時は緋の眼の状態であること。



『我侭な指先(タイラントシルク)』 変化 操作 強化
カグラが行う念戦闘の根幹を成す能力。
ひたすらに伸びる念の糸。これによって結ばれた対象を操作することが出来る。
オーラを消したり、奪う性質の能力をもっていない限り、エンペラータイム発動時のこれを切ること非常に難しい。
通常時であっても切ろうとした分だけ伸びてしまうので切りにくくはあるが、強度が大きく変わるため、非念能力者でも切ることはできる。
念でできているため当然伸ばせば伸ばすほど、出せば出すほどオーラを消費する。


この能力は無理矢理に相手を操作することは出来るが、意思を奪うことは出来ない。そのため、生物の完全操作は不可能であるが、それ故に汎用性の高い能力となっている。
対象に繋げたタイラントシルクの数だけ、操作する力が増していくため、ある程度の相手であるならば五本程度で封殺可能。
近接格闘を専門的に得意とする相手に対しては非常に強い能力。
肉体以外を行使できる能力者には付ける際のデメリット以上のメリットを得られない場合もある。

元のイメージはダイの大冒険における闘魔傀儡掌。


制約
・使用した指は能力解除まで使うことができない。
・一つの指で出せる糸は一本のみ。これは右手と左手の指に能力行使ごとに一から十までの漢数字で書かれた指輪が生成され、その指輪のついた指は完全に麻痺してしまう。





『可愛い可愛い愛玩人形(フィンガードール)』 操作 放出
三種類、三体ずつの計九体の人形を操る。
刃物を二本持った少女人形、ランスと盾を持った騎士人形、銃を二挺持った西部人形の三つを操作する。

特別製の素材で作っており、、西部と少女は打撲では絶対に破壊されず、切断系の攻撃や、爆発などといった攻撃でしか破壊できない。
逆に騎士人形は切断や爆発では破壊されないが、打撲の威力によっては破壊されてしまうことがある。これは騎士の素材は金属のように硬い素材、西部や少女の素材はゴムや綿のような柔軟な素材で出来てあるため。

・少女人形
両手に中華包丁を持った少女の人形。
攻撃力もそこそこにあるが、基本的には撹乱、牽制用の人形であり、完全な攻撃手段としては向かない。
細かいダメージを与える、動きを阻害する、という状況構築用人形。

・騎士人形
堅い特殊合金で出来た人形。
攻撃力、というより貫通力が非常に高く、当てればウヴォークラスの能力者にもダメージを与えることが出来る。
ただしその分攻撃時の動きが単調になりがちであり、奇襲や、他の人形によるバックアップを受けなければ単体での運用は難しい。
盾として使うこともある。

・ガンマン人形
両手に拳銃のようなものを持った西部劇の保安官スタイルの人形。
念弾を発射することが出来、三つの人形の中で最も登場頻度が高い。
三体による同時斉射は放出系能力者に匹敵するが、カグラ自身のオーラ総量がそれほど多くないことから、持続力は低い。

制約
・自らが作った人形にしか使えない。
・タイラントシルクによって人形と自らの指は繋がってなくてはならない。


『帰らずの災厄人形(ストーミィドール)』 操作
手縫いの人形であるが内部に五百の鉄球を持ち、鎌で対称にしがみつくと、前方に向け、巨大な爆発とともに弾けさせる。クレイモアに近い浮遊爆雷。
鉄球には猛毒を塗布しており、至近での殺傷性は非常に高い。
ガールシークレットと併用して使われることが多い。
ちなみに他の人形と同じくガールシークレットによる修復も出来るが中の爆発機構は埋め込みなおす必要がある。

制約
・なし。




『秘密の花園(ガールシークレット)』 具現化
人形の格納庫兼修理工場。人形のみを収納でき、入った人形を修理しオーラの補充をすることが出来る。少女、騎士、西部人形限定。英雄人形は具現化した人形であるため入れる必要は無い。
補充は一瞬だが、修理にはどんな状態であっても二十四時間かかるため、注意が必要。しかしそれ故に最悪欠片でも入っていれば修復は可能。

花園生成場所は相手から見えない場所、というのが条件で、スカートの中や袖の下に作っていることが最も多いが、戦闘中にも緋の眼の状態であれば"人から見えない場所"に瞬時に生成は可能。
花園は全ての場所が全ての場所に繋がっているため、人形単体であれば瞬時に移動することも出来る。


制約
・作成時にはエンペラータイムを発動させていること。
・全ての人間からの見えないこと。何も視認できない完全な暗闇も含まれる。





『限定解除の美少女人形(ドールマスタードール)』 操作 強化
自身を強化し、強制的に操作する。リミッター解除。
限定的に強化系能力を極めた者に匹敵する力を発揮することが出来る。ヒロイックドールと同じく、新たな筋肉繊維を念で作り、強化し、自分で自分を操り人形にするというもの。
ただしこれを使用したあとは自身の筋肉繊維がズタズタになり、時間全てを回復に費やしても、完全回復には三日はかかる。

主に全力逃走用。強化系を極めたものの力に匹敵する、と言っても、カグラ普段の力を大きく上回るものであるために、十全に扱うことは当然できず、戦闘に使うとなると、格下相手か虚をついた攻撃、という程度にしか使うことはできない。

制約
・エンペラータイム以外の能力と併用することは出来ない。




『天下無敵の英雄人形(ヒロイックドール)』
自在に瞬間移動を行える鎧の人形を放出系と具現化系で作成、そして同時に内部のオーラを変化系で全身に張り巡らせるよう筋肉状に変化させ、強化系をフルに使って強化し、操作する、六系統の組み合わせたスペシャルな技。
しかし代わりに操作できるのは自身の円の範囲内に限られる。

スペシャルなだけあって空間転移を繰り返しながら戦うヒロイックドールは非常に強いが、ものすごい量でオーラを消費するため稼働時間は非常に短い。
また、これを使用した後は、使用時間の十倍の時間、強制的な絶状態となる。

誓約
・この能力を用いて敗北をしてはならない。敗北した場合、使用時間に関係なく30日間強制的な絶状態となる
尚、敗北したか否かはカグラの主観による。

制約
・エンペラータイムが発動していること。
・円を使っていること。円の範囲内でしかヒロイックドールは活動できない。
・十本の指が全てフリーであること。
・エンペラータイム以外の能力と併用することは出来ない。








鈴音 特質系能力者
女 黒髪 美少女 ポニーテール

凄く変態な美少女。
とある理由によって日の光が大嫌いになりすぎて、制約として日光に当たらないこと、が自動でついてしまった悲しい子。
その代わりに限定的な空間、時間においては凄まじい実力を発揮する。
オーラの多い単純馬鹿より搦め手で来る相手を得意とするタイプの能力者。カグラの天敵。
普通の人が知ってるような一般常識を知らず、本質が変態であるが、こちらは頭がそれほどメルヘンでないため、時々非常に賢く(カグラと比べて)見える時がある。
以外に万能選手。

日光嫌いの理由については本編記載。



『大人の時間は毛布の下で(ダンスタイムコール)』 具現 特質
主人を照らす明かりを嫌う、蠢く布を生成する。自動で明かりを隠して廻る。燃えにくい素材で出来ているため、対処する場合には破る、又は切り裂く必要がある。絹のように破れやすいが、すぐにくっつき、元に戻る厄介な布。

制約
なし、この能力のみ"光を遮断する"という名目で作成されているため、唯一日光の影響を受けない。



前提制約
直射日光が鈴音の肌にあたっているときには念能力を行使することが出来ない。
また、鏡のように反射が強いものから反射した日光は二次干渉であってもオーラが乱れてしまう。
しかし当然これにより鈴音の念能力の精度は飛躍的に上昇している。



『夜渡り上手(シャドウダンサー)』 具現 特質
影から影に移動する能力で、自身の影が触れ合っている場所であれば、自在に影の中から瞬時に移動することが出来る。
沈み込み、浮かび上がる、という動きが必要となるため、瞬間移動とはいえないが、通常の移動よりかははるかに速く動くことが出来る。
潜って潜伏することも可能であるが、オーラを非常に食う。速く移動すればするほど省エネという珍しい能力。


制約
・自身の影と繋がっている影であること。
・移動中にスタート地点から目標地点に移動し、再び姿を完全に現すまでに二つの地点を繋ぐ影が途切れてしまうと、強制的にスタート地点に影から放り出されてしまう。この際、十秒間絶状態となってしまう。


『足元注意の舞踏会(パーティータイム)』  具現 
影を実体のある物として用いることができる。蠢く重たい水のような動きで、打撃や切断攻撃を加えたり、触れた相手からオーラを吸い取り、疲労させることができる。
ただし、これで作った蠢く影の根元は、自分の影の範囲外に出ることは出来ない。
また、最大射程は影の直径に比例して大きくなるが、最大でも5mを越えることはできない。
オーラ吸収に関しても、この能力で吸い取ったオーラは具現化された影の維持以外に使えない。
暗ければ暗いほど力とオーラ消費効率が増し、影の少ない場所であればあるほど力が弱くなり、非常にオーラ消費は大きくなる。
場所によって強さが大きく変わる能力。

制約
・パーティータイムの根元は実際にある影の上にしか生成することが出来ない。
・影の根元がある地点の影が消えるとそこから伸びている影も消滅してしまう。




『夜這いのたしなみ(スニークラヴァーズ)』 具現化系能力
触れ合った影から他の影に念を忍び込ませ、偵察をすることが出来る。
ただし、視覚を得るためには目玉を作らねばならず、この能力は人に見られた時点で消滅してしまう。
また、自らで移動することは出来ない。


誓約
・この能力は見られてはならない。みられた場合、展開された『夜這いのたしなみ(スニークラヴァーズ)』は消滅する。

制約
・影同士の接触にのみ移ることができ、同時にそれ以外の方法で移動することは出来ない。




『首輪の主従証明書(ソールドアウト)』 具現 操作
念により誓約書を作り出す。
これに書かれたものは所有者である鈴音に逆らうことができない。非服従は可。
この紙には、文字を記入した本人にその誓約を遵守させる力が付与されている。あくまで遵守させるというものであるが故に、つまり強制されているものでないために非常に破りづらい。
完全にピンポイントに狙いすぎた能力で、いわゆるメモリの無駄遣い。

制約
・対象者の指で血の誓文を書かせ、捺印させること。
・対象の唇を鈴音が奪うこと。
・上記の二つを二十四時間以内に行うこと。
・対象が美少女であること。
・契約の時点で処女であること。





カズキ
具現化系能力者。顔は普通だが神経質そう。黒髪、着流し。
念を切る力を付与した念刀を使う能力者。
前世は剣術道場の跡取りで、才能もそこそこあったが、親ともめて不良になった残念な子。

『現実主義者の剣(ブラインドネス)』

刃筋を立てた状態であれば、あらゆるオーラ、またはその生成物を切り裂くことは出来る。
物理的な強度は高くない。そのため、これを使う場合は常に周を維持する必要がある。
もし折れてしまった場合は、納刀して念を解除し24時間絶を行うことによって回復するが、途中一瞬でもオーラを出してしまった場合、最初の1分からやり直し、となる。

誓約
・オーラに物理的な抵抗を感じてはならない。抵抗無く通るもの、として斬らなければその感じている抵抗がそのまま現実となり、場合によっては折れてしまう。
・上記の抵抗は、眼を瞑って斬ることにより緩和することが出来る。


『踏込王者(グリップシフト)』
オーラを緩衝材に変化させ摩擦抵抗を自在に操ることができる。
スケートのように滑る移動や、強い踏み込みを可能とする、『現実主義者の剣(ブラインドネス)』の補助能力。

制約
・『踏込王者(グリップシフト)』は足の裏にしか使えない。





アヤセ
変化系能力者。優しそうな顔の女。茶髪。ハーフパンツにロングセーターを着ている。
そのため、下は履いていないようにも見えていやらしい(カグラ談)。スタイル抜群。
オーラを硬質なものに変化させる具現化よりの変化系能力者。
前世は風俗嬢。

『魅惑の踊り子(デッドラインダンサー)』
纏ったオーラを刃に変えて攻撃し、また、硬質化により防御を行うことも出来る、という単純な能力。
ただし、同時に二つを行うことは出来ず、防御するときには今行っている全ての攻撃用の念を解除しなければならない。
回避を繰り返せば繰り返すほどに念の刃の切れ味は大きくなり、展開速度も上がっていく。

誓約
・攻撃を受けるリスクを回避し続けること。それを代償に念の精度は時間に比例して向上する。
・常に刃の形成に七割以上のオーラをつぎ込むこと。攻撃をされた際のリスクを上げることでも精度が向上する。

制約
・回避ではなく防御行動を取った瞬間に、攻撃用に展開された念の刃は消滅する。
・回避によって増大した精度は防御による解除によって初期状態に戻る。




シン
放出系能力者。特徴の無い風貌をした男。
中肉中背で顔は普通。まさに言うことなしの端役キャラ。
キレやすいが、普段は冷静そうな口調をしている。トリガーハッピー。
念弾の威力は低く、単体では戦闘系念能力者相手に戦えるものではないが、援護に徹することで力を発揮する。
グフで言うフィンガーバルカンのような、指の先に穴が開いたガントレットを装着している。
一般人には無敵の能力者。
前世は大人しい感じの高校生。

『捕食者の群(レイジーバレット)』
左手の指先から放たれる念弾。
威力は、速度ともに低いが対象を追尾し、接触と同時に衝撃を与える。
追尾性が高く、面倒な弾幕。
威力は無いに等しいが数が多く、面倒な念弾。

・制約
念弾発射時には必ず停止しなければならない。
専用のガントレットを左手につけていなければならない。

『新米兵士の恐慌(バレットカーテン)』
右手の指先から放たれる念弾。こちらは追尾しない。
威力は前者のものより高いが、ある程度自身を強化できる能力者ならば無視できるレベル。
とはいえ、これも接触と同時に炸裂する面倒な弾幕。
前者のそれに比べ、速度は速いが、細かな狙いを付けることは出来ない。
フランクリンの念弾を完全劣化させたような念弾。

・誓約
念弾発射時には停止しなければならない。これを破った場合念弾は同時に一発しか発射することが出来ない。

・制約
専用のガントレットを右手に装着しなければならない。



*『終劇(レストインピース)』
切り落とした腕の切り口を銃口に仕立て上げ、そこから特大の念弾を発射する。
覚悟と執念と狂気、という三つの精神状態のブレを維持することにより、凶悪な威力を持たせることに成功している。

誓約
自身の精神を狂気で満たすこと。正常な精神状態ではこの能力による念弾の威力は著しく低下する。



カストロ
男 緑がかった金髪 ハンサムボーイ

不遇な人。
カグラ信者二号。
強化系能力者であるが、かなり常識人。しかし信仰心が厚いのがマイナス。
能力者としては非常に高位レベルに位置する。
いいように使われてるが、それに気付いていないのがいいことなのか悪いことなのかは誰にも分からない。

虎咬拳 ここうけん
強化 変化

カストロの存在意義。
掌を虎の牙や爪に模し、敵を裂く拳法。
達人ならば大木を真っ二つにすることも可能だ……!!
な拳法の総称。
オーラを爪や牙の形にして攻撃する。間合いは広くないが、攻撃力は非常に高い。

飛び虎咬 とびここう
放出 変化 (操作)
牙のように硬質化させたオーラを飛ばし、攻撃する。
通常の虎咬拳より威力は大分劣るが、放出能力としてのレベルは高い。
少々であれば操作は可能。

獅子吼拳 ししこうけん
強化 放出
肺と声帯を強化し、声にオーラを乗せて相手の動きを止める技。
鼓膜などに与える影響も大きいが、オーラをたたきつけることにより、相手を硬直させるのがメイン。
牽制としては非常に有用な技。

虎咬真拳 ここうしんけん
飛び虎咬と虎咬拳を合わせた技。
二段攻撃。

虎咬裏拳 ここうりけん
変化
オーラを硬質化させる能力、の基礎部分の能力。
目立った威力はないが、防御力、攻撃力、命中力、の全てを底上げする便利な能力。
原作ダブルの廉価版能力。

虎吼真拳 ここうしんけん
飛び虎咬、獅子吼拳、虎咬拳の三つを合わせた奥義。
基本的に三つそろえることさえ出来れば、確実に大ダメージを与えることが出来る。
実用性は高い。


クラピカ
男 金髪 美少年

クルタ族の生き残り。
異様なぐらいの才能の持ち主で、原作では半年でウヴォーギンを倒して見せるという快挙を達成する。
人形遣いにおけ彼も概ね原作準拠であるが、チェーンジェイルだけが能力として異なっている。


『束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)』具現化 操作
虜囚を捕らえる鎖のように、捕らえた相手から徐々にオーラを奪い、そのオーラによって力を増す鎖。
相手が重罪人であればあるほど力を増し、オーラの吸収力や強度、威力が増す。

制約
・鎖を手元から離さない事。

誓約
・罪人以外には使ってはならない。使った場合命を失う。
・一年に最低一人、罪人を捕らえなければならない。これを達成できなかった場合には念能力そのものを失い、永続的な絶状態となる。
・一度捕らえたものは十日以内に殺さなければならない。ただし、死刑囚として捕らえ、所定の機関に渡す場合に限り除外される。これを破るとこの能力を失う。


『導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)』 具現化 操作
能力考察が必要な点が出たので、追記します。感想への返信より抜粋。
>ウヴォーに他の旅団員の居場所を訊ねてたりしてるところから、その人物の顔以外にも色々必要条件があるんではないか、とわたしは考えてます。
>例えばその少女の愛用している持ち物であったり、正式な名前だったり、等々。

>不確定で明らかにされていないので、なんともいえませんが、少なくともウヴォーを捕らえる時に他の旅団員(シャルとシズクと他何名)の姿を見ているにも拘らず、>ダウジングでアジトを突き止めることが出来ない、というのはそういう事情だからではないか、という感じで。
よって人形遣いでは地図の上でのダウジングを以下のように設定。
銃弾とか嘘とかを探せるのは
・例外として、現在進行形で視認している存在は、その限りではない。
みたいな条文があるんではないか、という感じです。

誓約
・指定した人物に関する情報の確度、総量、それらに比例して、この能力は精度を増す。情報が間違っていたり、情報に対し疑念があれば、間違ってしまったり、狂う(場所を示さない)ことになる。



ハンゾー
男 スキンヘッド 三枚目

お気楽忍者。
マイペースでおしゃべりな性格。
ただし、忍者としての修行を幼い頃から積んできた経験は確かで、残酷なほど冷徹な面もある。
一番常識人。

『屍鬼(ネイバーズコープス)』
"死体"と認識した肉塊を操作する。
まるで生きているかのように死体を操作し、発声や、見せ掛けではあるがオーラを纏わせることも可能。
見ただけでは死体とは気付かないほどに高度な"振る舞い"をさせることができる。

制約
・対象が生命活動を停止していること。植物人間もハンゾー自身の認識から、死体として扱うことはできる。
・対象から百メートル以上離れないこと。

『生死の狭間(ブラックマウス)』
相手の命を握った状態であれば、対象にどんな秘密でも喋らせることが出来る。
命を握られていると、相手がきちんと認識していることで効果は大きくなる。
これは恐怖心には左右されない。

制約
・相手を即座に殺すことのできる状態であること。



『羽化登仙の雫(デモンズブラッド)』
自分が念を込めた毒物を効率よく操作する。
念を込められた毒は通常の何倍も効率よく身体をまわり、対象に効果を及ぼさせる時間から効果までを自在に操る。
これにより即効性の毒を遅効性にしたり、効果を停止させたり、遅効性の毒を即効性にしたり、ということも可能になる。
毒を扱うのであれば、非常に有用な能力。
毒の質がよければよいほど、毒の効果に加え、操作力を高めることができる。

制約
・対象に思い描いた生物にとって毒になるものにしか念を込めることは出来ない。



ヨークシンの武器屋 具現化系
男 多分禿頭 髭もじゃ マッチョ

鈴音さん御用達の武器屋店長。
広いネットワーク、結構高い実力を持つ。

『即席要塞(パンドラ)』 具現化
武器、武装を収納することの出来る念空間を作りだす。
ゲートを開くことによってその念空間と世界を繋げることができ、瞬間的な要塞構築を可能とする能力。
基本的には自身の周り十メートルにしか展開できないが、別途目印を作成することで遠隔地で展開も出来る。

制約
・入れるものは武器、武装に限る。それ以外のものは決して入れることが出来ない。
・遠隔地での開放の場合であっても、念能力の保有者の承認が必要となる。ゲートを開く時間に保有者が意識を失っていた場合、この能力を使うことはできない。
・遠隔開放した場合、ゲートは同時間に一つだけ。遠隔開放をしている状態で他のゲートを開くことは出来ない。





[9378] 念設定考察 走り書き
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2011/12/10 08:12

念の系統について

六性図というヘキサグラムで一応その大まかな区分けが成され、六つの系統に分かれている。
強化、変化、放出、操作、具現化、特質合わせて六つ。
基本的には強化を頂点に、下端を特質に置かれた描き方がされており、二つの系統は基本的に相性の悪い性質を持っている。
強化の隣には変化、放出。
特質の隣には具現、操作。
具現は変化特質と、操作は放出特質と図の中で隣接しており、これらを六角形の頂点に置くことでひとまず完成。

六性図というのはその本人がどの系統の念能力者であれば、どういう系統と相性がいいか、それを分かりやすく図表で表したもの。
基本的に本人が持つ系統が最も覚えやすく、隣接点の系統も次いで二番。
逆に最も離れた、図の対極となる系統とは相性が悪いという事になる。

原作に出ていた例を挙げるならば、強化の系統を持つ能力者は、変化放出と相性が良く、特質系とは相性が悪い。

これが六性図の基本的な概念で、以下はその考察、特に特質系に関するもの。


特質系というのは名の通り、他の五系統では成しえない特殊な事象をオーラを用いて操ることが出来る系統。
自身の持つ系統の相性を一律100%まで高めるものであったり、未来予知であったり、あらゆる願いを叶えることであったり。
都合のいい例外として描いたという可能性もないことは無いのであるが、しかしそれにしても良く出来ている。


六性図は強化を頂点としてみた場合、下にいく、つまり特質系に近づくほどにオーラそのものの純粋な扱いから、それ自体に手を加えるような、複雑な操作を得意とする方向に向かう。
強化はそのまま、オーラの性質を利用しての純粋な強化。
それに隣接する変化はオーラそのものに、特定の性質を持たせること。
そしてその下、具現化は字の通り、オーラを物質化し、可視できる物品として生成すること。

もう一方、放出も、オーラを身体から切り離すことができるようになり、
操作に至れば、身体から離れたそれに、幾らかの命令を行い、操ることが出来るようになる。

両者を見ればわかるように、方向性は違えど、強化から離れれば離れるほどに、系統能力はオーラの複雑な扱いを得意としていく。
その極みとして特質があり、こうしてみれば、強化と特質は、そのオーラの使い方としても対極であることが分かるだろう。

理論上は変化や放出、強化であっても特質の系統能力を使うことは可能なのであろうが、その特異性から狙って覚えることは難しい。
他の系統と比べ、異なるのはその一点。
純粋なオーラの扱い方の違いも大きいのだろう。
操作や具現化から目覚める場合が確率としてあるとされていることから、やはりその辺りは普段のオーラの扱い方というべきか。

こうして見れば、念系統の区分けがどういう意図でなされているのかわかりやすい、かもしれない。




ヒソカの言うメモリについて

人形遣い本編にも大まかに記述してあるので、それを引用。


『メモリが足りなくなる、というヒソカの言葉は非常にわかりやすい表現である。
何らかの特性を持たせ、作り上げた能力というのはパソコンでいう常駐ソフトに近い。立ち上げれば立ち上げるほどオーラを使うという作業自体の効率が下がっていくのだ。
その分咄嗟に発動できる良さはあるが、それ自体にメモリを食いすぎると、オーラを動かす、なんていう単純な基本作業自体の効率が下がってしまうこととなる。
能力に比重を置きすぎた能力者は、画像を表示するのにえらく時間がかかる重たいパソコンと同じなのである。

単純作業の向いている強化系のカストロという能力者は、非常に高い性能を持つパソコンだった。
上手い具合に相性のいい常駐ソフトを少し入れるくらいにしておけば、使い手にとっても快適なパソコンだっただろうに、相性が悪く重たい常駐ソフトを入れてしまったがために、特定の状況にしか使いにくい、微妙なパソコンになってしまった。
分かりやすくいえばそういうことである。

能力はいくらでも作ることはできる。
しかし、どこまでが自分というパソコンを、快適に動かすことの出来る許容範囲なのか、それを見極めることが大切なのだ』

念能力は、作ろうと思えばいくらでも作れるもの、として私は考えている。
ただし上の例で言ったように、ある種常駐ソフトに近い性質をもっており、作れば作るほど、基本的な念操作にその負担が掛かる。
制約と誓約、それによって特化した方向性を持たした能力は強力ではあるが、だからと言って無闇に作れるものではない。


基本的に、上の六性図の項で書いたとおり、強化系は特に多彩な能力を持つのに適さない。
なぜならば、オーラの基本的な能力を持ち味とするこの系統は、そもそもが複雑な能力の作成に向いていないのだ。
だからカストロのようにダブルのような複雑な能力に手を出した結果、行き詰まり、自分で自分を殺してしまうことになる。

しかし逆に、操作や具現化、特質はその例に当てはまらないのではないのだろうか。
複雑なオーラ使用に特化したこれらの系統はそれこそが強みであり、そしてそのためには特化することが必要になる。
彼らは元より、オーラによる単純な強化を得意としておらず、まともに肉体で正対すれば十中で十負けてしまう。
そうした強化を筆頭とする彼らに対抗できる強みといえば、そのオーラをどれだけ上手く料理を出来るか。
これに限ると思うのだ。

カグラの能力も鈴音の能力も、そうした考えから作られており、一応は、人形遣いではこう考えていると捉えていただければ幸い。

カグラの能力は死角ポケット、念糸、英雄人形で、念糸派生が他に二つあるくらいで大まかに三つ。
鈴音の能力は影を操ることと、遮光の布を作ること、契約書で大まかに三つ。

それでもこのくらいにしておいた方が見た目にも良かったかもしれないと、多少後悔はしていますが。



[9378] あとがき
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/06/26 23:58
ようやく完結し、暫く時間を置いて、それからまた追加という形であとがきを。
完全に書き終わった後のあとがきでしかないので、あまりみても面白くは無いかもしれません。

完結まで読んでくださった方には、本当、感謝しております。






昔からちょろちょろ小説書いて、設定考えて、そういうのはやっていましたが、一度も投稿したことなんて無く、まさに自慰行為としかいいようの無いことばかりやってました。
今回、これを投稿しよう、などと思ったのは、そのどれもが精々100kb程度でダレてしまっていたからです。
他人の目があれば、途中で止め辛いだろう。
本当に最初はその程度の気持ちでした。

だからルールとして決め、考えたのは、必ず完結させること。
どれだけ文句言われても自分の好きなように書くこと。

その結果が、この人形遣いというお話です。
ストーリーは百合でレズ。
主人公は自画自賛するし、自分勝手。しかもその割にウジウジしてる面倒くさい子。
ヒロインは真性のレズで、登場当初は狂ってるとしか思えない人格をしてます。
そんな二人をメインにしたこの物語は、正直万人にどころではなく、本当、それでも彼女達を好いてくれる方にしか受けないようなストーリーで、正直何度もやめようかとも思いました。
それでもやめなかったのは、本当、彼女達という存在を好きになってくれた皆様のおかげです。

完璧な人間はいない。
そういうところをテーマにすえたこのお話は、過剰すぎるくらいその要素を強調しすぎて、正直ちょっと失敗したと思ってました。
主人公は本当に天才で、非の打ち所のない美少女で、しかも有名人。
だけども、そんな完璧超人みたいな人間が本当にいればどうか。

当たりクジばかり引く人間が、どう思われるかなんて分かりきってます。
心を病み、"物"に依存するようになって、自分への過剰な愛で身を守ろうとした。
そうして、出来たのが最初期のカグラです。

そして正反対の、外れクジばかりを引いた人間として、鈴音を。
彼女は令嬢ですが体が弱く、太陽の光も浴びれず、友達も作れず、座敷牢で一人だけ。
跡継ぎのために子作りをしなければならない。
顔がよかったので、好きでもない男は熱心に抱きにくる、そうして懐妊。
挙句には、幼い頃からの付き合いのお世話係の娘まで、間接的に殺してしまう。
そこから生まれ変わってみれば今度は、暗殺を生業とする一族へ転生。
そうして出来たのが最初期の鈴音。

両者とも精神的に病んだ人で、間違いなく正常ではありません。
そんな彼女達が出会い、そしていろんなことを経験して、正常な世界に回帰していくというのが、このお話の大まかな流れです。

ただ、こうした流れを好き勝手に、自分が楽しいように描こう、と考えてしまった。
そして気付いた時には多くの読者様を玄関で締め出してしまった。
それが本当、私の駄目だったところで、非常にその辺りが心残りです。
結果的には、そのまま突き進む感じになってしまいましたが。
私自身がそのキャラクターに惚れこんでしまった、ってのもありますので。


特に大きかったと思われるのが、女性同士の性交渉で、いわゆるレズ描写。
これを描こうかどうかはすごく迷ったところではありますが、実際のところ、男女共に性欲はあるわけで。
例えば私は、好きな女の子の手は握り締めたいと思うし、キスをしたいと思います。
抱き合いたいし、行為をしたいとも思います。

おてて繋いではい満足、だなんて、性行為自体に忌避感でも持ってないと実際にはありえないと勝手ながら思ってます。
愛するからこそ、もっと深く知りたいと思うし、独占欲も出てくる。
女同士だからといって、お互いが好きならば、そうした行為は当然だろう、そう考えて描写しました。

しかし、これも多くの方に不快感を与えたことには、お詫びいたします。
ただ、必要だと思ったから描写したのだとご理解頂けると幸いです。




オリジナルではなく二次創作という、形を取ったのは、そっちの方が楽だろう、なんていう安易な考えであったのですが、これは本当に痛い目を見ました。
今になって思えば、完全オリジナルでやればよかった、という勢いです。
ネットで色々総合情報サイトをみながら、原作を何十回も読み直しての考察は思った以上に大変で、それでも大きなミスとはともかく、細かいミスは減ることも無く。
旅団の強さ、ヒソカの強さ等、かなり意見が分かれる部分の考察は本当冷や汗もの。
彼らはどのくらいの強さなのだろう、彼らならどう考えるだろうか、原作の彼らはどういう性格なのか。

そうした部分で悩みすぎて、指が止まることもしばしばありました。
正直言って、原作主人公の二人をストーリーに深く介入させなかったのは、私の技量不足としか言えません。

しかしそれでも、他人のキャラクターの心情を考えて、動かしていく。
そういうことに関しては本当この作品で、勉強になりました。

シンプルながらも難しい設定のおかげで、そうした事を考えられるようになった。
それは本当、ハンターハンターという作品があったからだと思ってます。



あとがきは大体このくらいで。
本当に応援してくださった皆様、ありがとうございます。
完結にいたることが出来たのは本当に皆様のおかげです。

また、他の作品を見ることがもしあれば、遠慮なくご指摘等お願いいたします。

以上、感想は全て読ませていただいております。
本当にありがとうございました。



[9378] 番外 人繰り
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:c3723392
Date: 2011/01/17 08:31
「何故、こんなことを……」

穴の開いたガラスの向こうで一人の男が覇気なく俯いていた。
俯いた辰巳に感じるのは恨みと悔恨。
己は孫だけでなく弟子の歪みにすら気付けなかった。
年を重ね、分かった気になり、しかし、何一つ祖父らしいことも、師匠らしいこともできなかったのだ。

「耐えられな、かったのです……」
「……何にだ。神楽の才能にか?」
「…………可愛い妹弟子でした。今となって、そんなことを言っても信じては貰えないでしょうが」

小さく息を吐き、幾分やつれた様子の愛弟子の姿。
責める気持ちが、今の辰巳を見るにつれ、薄くなる。
道理を弁えていると思っていた。
妹弟子として、神楽への愛情も確かだったと信じていた。
だから、神楽の付き人としてこの男を付けたのだ。
それが、どうしてこんなことになったのか。
信じられない気分だった。

「天与の才があり、誰よりも努力をしていたのです。私も初め、師匠と同じく、彼女の才を純粋に喜んでいました。それも本当です、ですが……」
「疎ましく、なったのだな……」
「疎ましい、というより、怖かったのです。貴方の元で十五年、私は修行してきました。幼い頃から、一心に」
「……辰巳、お前が誰よりも努力家だったことは知っておる」

知っているからこそ、やるせない。
どうして、気付けなかったのか。もう一人の孫に近い存在だったこの愛弟子の心に。

「ふふ、しかし、腕もご存知の通りでしょう……?」
「別段お前の腕が悪いわけではないのだ……そう言ったろう? 特にお前の繰る鬼は―――」

言い掛けて、ふと気付いた。
腕は平凡、しかし辰巳は鬼の繰り手としては優秀だった。
技術ではなく、真に迫るような、気迫。
ああ、なるほどと得心がいく。

「いつの間にか、私は嫉妬し、恨み、しかしそれを押し殺して。しかし……」

言いづらいことを搾り出すように、続ける。

「あの子の瞳が、私を見透かすように、覗き込むように見るのです。私の醜いこの心根を知りながら嘲笑うかのように、嫉妬を、その私の腐った性根を、暴き立てるように、冷たい瞳で……」
「それは―――」
「今わの際、私に、言ったのです、負け犬、と。嘲笑うように……はは、見透かされていたのです、ずっと」

そのことを思い出すかのように取り乱して、顔を覆う。
見ていられなかった。

「言ったろう、神楽は、あの子は心を失っていたのだ」
「……そんな」
「……お前は、あの子の瞳に映った己を畏れていただけなのだ。神楽は、人形のように心を閉ざしていた。既に、あの子にとって他人は、平等に無価値なものになってしまっていたのだよ。わしの、責任だ……」

そういって、俯く。
花のように笑う、愛らしい少女。
それを殺したのは、他でもない。
自身なのだ。

「だから、お前には…………いや、お前にも悪いことをした。重荷、だったのだろう」
「謝らないで下さい! 全て、私の浅ましい心が悪いのです……貴方は、決して」
「お前だけの責任ではない、大本は、わしにあるのだ。そう、わしに…………」


神楽に家業を継がせようとしたわけではなかった。

『おじーちゃん、おにんぎょうさんどうやってうごかすの?』

愛らしい孫の遊びに付き合う、初めはその程度の気持ちだった。

しかし、神楽は出来すぎた子だった。
あっという間に、簡単な芸を覚え、家に帰ればすぐに人形を手に取る。
賢く器用な彼女は、八歳にもなれば数多い弟子の中ですら目立つ存在となっていた。
年齢ではなく、技術において。

孫への欲目ではなく、純粋に、彼女は優秀だった。
そして、今の人形繰りの現状を鑑みて、考えたのが、彼女を若くして舞台に出すこと。
外に出しても恥ずかしくない技量だった。
幾分か甘いところはあれど、それは他の弟子とて同じ事。
神楽は贔屓目なしに容姿も整っていて、反響を呼ぶのは確実に思われた。
人形繰り、というものが再びその存在を知られるくらいには。

しかしそれが、彼女の今の生活を崩すことになるのではないか、という危惧もあった。
テレビの影響力が、彼女に悪い影響を与えるのではないか。
息子夫婦と話し合い、弟子とも話し合い、それでも決まらず、神楽本人に尋ねることになった。

『……うん、いいよ。いっぱい教えてもらったんだし、おじいちゃんに恩返ししないとね』

彼女は二つ返事で頷いた。
彼女は聡い。この芸術の現状を知っていただろうし、そんな話し合いをしていることも知っていたのだろう。
雑誌もテレビも、写真栄えする彼女の容姿を見て、容易く食いついた。
彼女の生活を壊さないよう、学校や家に押しかけない、という条件にも関わらず。

結果、それは期待以上の莫大な反響を呼んだ。
行き過ぎた、ほどに。

「師匠……」
「浅ましいのは、わしも同じよ。あの子が壊れていく原因を作ったのは、わしなのだから」

天真爛漫、といってもいい。
そんな彼女が暗い顔をして帰ってくるようになったのはそれから暫く。
目元を泣き腫らして帰って来た彼女を見て、ようやく自分のしでかしたことに気が付いた。
何があったのかは、聞くまでもない。
もちろん聞いても、答えてくれはしなかった。

「……目先の欲に眩んで、わしは、何より大切な、掛け替えのないものを壊してしまった」

彼女の明るい笑顔が思い浮かぶ。
沈んでいた神楽が笑顔を取り戻すまでの時間は僅かだった。
しかし、それはかつての笑顔ではなかった。
貼り付けたような、仮面のような笑み。
周りに心配を掛けない様、取り繕った、そういう笑み。
昔見せてくれたような花が綻ぶような、見ているこっちが温かくなるような、そんな笑顔を見ることはなくなった。
当然だ。わしが壊したのだから。
誰に対しても一歩引いたような、そんな口調を用いるようになったのもそこからだった。
昔のように喋っていいんだよ、とわしは言う。

『いえ、教えを請う身ですから。孫だからと、贔屓になるといけませんし』

返ってきたのはそんな言葉だった。
取り返しはもう、つかなかったのだ。
息子夫婦に対しても、育ててもらっているのだからと、十と少しの娘が言うのだ。
息子の嫁、つまり神楽の母はわしを責めた。一番反対していたのは彼女だから、当然だ。
どうにかしようと彼女と接するたび、分厚い壁を間に感じた。
彼女の心は、もはや身の内からは出てこなかった。

そうなってからの神楽は、人形繰りに一層のめり込んだ。
それが自身の全てであるように、技術を高め、新たな演目を考え。
彼女は紛れもなく天才で、弟子の中でも一際抜きん出ていた。
自身の見た目も、技術も、全てを利用し、人形繰りを盛り立てる。

技術の精緻さに掛けては、己ですら凌駕する。
齢14にして彼女は名実とも、坂上家の柱となった。
しかし、それでも、神楽は貪欲に追及する。
何かを求めるように、ただ。

高校進学をせず、人形繰りとして生きていく、そう彼女は告げる。
人形繰りにとって、学校に行く意味がありませんしね、と薄く笑いながら。

『……お前は人形のようだ、わしらは人形に命を吹き込むものだというのに』

そういうと不思議そうな顔をする。
言っている意味がわからない、という風に。

『意味が、少し……何か、いけなかったですか?』
『いや、違う、わしのせいだ。本当に、すまん……』
『謝らないで下さい。至らない点があれば、すぐに直します。師匠には本当…………西洋かぶれな演目だとか、色々な勝手なことをして、迷惑を掛けているのはわかっているんですが、わたしは人形繰りとして―――』
『そういうことでは、ないのだ。お前は、わしですら及ばぬ技術を持っておる。しかし……』

そう告げると今度は仮面ではなく、本当に不安そうな顔をする。
世界が壊れるのを見るかのような、途轍もないことを目の当たりにしたような、その表情。
二の句を告げようとして、そして、気付いた。
彼女にとっては、それこそが、この人形繰りこそが全てなのだ。
彼女の世界は、師である己の一言で、容易く壊れるほどに、脆い。

『あの……?』
『いや、なんでもない。よその言葉には気にするな。わしがなんとでもする』

ぽかん、とした後、くすくすと笑う。

『はい、ありがとうございます。一層、精進します。そういえば、また新しい演目を思いついたんですが―――』

人形のことについて語るときだけ、彼女は少しだけ、普段の笑顔と違って見えた。
彼女には、これの他、何もない。
これしか。


「すみません、そろそろ―――」
「ああ。分かっておる。辰巳、服役中、己のしたことについて、よく考えておけ。わしもまた、考える」
「…………はい、畏まりました」

死ぬときに、あの子は何を考えていたのだろう。
そして、己はこれから、何をするべきなのだろうか。

人形繰り以外の何も出来ぬ自身の不甲斐なさ。
愛しい孫娘を、殺してしまったのは、己自身だ。

辰巳は努力家で、気性も穏やか。
努力の割りに伸びず、行き詰った辰巳のきっかけとなればいい。
そして心を閉ざした神楽に付き人としてつけることで、少しでも神楽の心を元に戻せるのではないか。
そう思った。
しかし、それらは全て、裏目に出た。
ただただ、己の不甲斐なさを悔やむ。

これから、何をすれば、償いになるのか。
それを探して、残りの余生を生きていこう。

ただ、願わくば。
もし来世というものがあるのなら、彼女には最高の幸せに恵まれますように。

今はそう、願うことしか思いつかなかった。



[9378] 暇つぶしなすごいおまけ
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:ecabe810
Date: 2010/12/12 09:27
「魔術っていったって、色々あるんだよ。それぞれ違う倫理で成り立つの。自称霊能力者のオカルト愛好家なんてのは酷くずさんなものだからね。幽霊を銀や十字架で幽霊退治しようとしたりする。結界はカバラで、対象は幽霊、とかもそだね」
「いいんじゃないですか? "信じるものは不幸になる、だから信じるものは救われる"、ってことでしょう」

信じればこそ怪奇に見舞われ、信じればこそ神秘に救われる。
なんのことはない。落ちるから、上がり幅が増えて見えるだけのこと。
くだらない、と少し思う。

「儀式をその通りに実践したって悪魔も何もでやしませんよ。わたしは人生を謳歌してますから、そんなものに頼ろうとも思いませんし」
「―――本当に?」

髪の毛と一緒の綺麗な黒い眼を、わたしに向ける。
少しだけ、怖いと思う。
見透かされそうな、目。

「…………本当ですよ。大体極限状態で望むからこそ脳内麻薬ドバドバで幻覚を見たりするんです。神秘心霊体験なんて、脳の見せたまやかしにすぎません」
「ふぅん、カグラちゃんはそういう風に思うのか」

鈴音は妖しく笑って、リモコンで部屋の明かりを落とす。
部屋の中は真っ暗闇。
何一つ見えたりしない。

「怖い?」
「暗いところが怖いなんていうのは小学生で卒業しました」
「時々視線を感じない?」
「へ?」
「シャンプーしてるときの後ろからだとか、トイレに入ってる時に上からだとか、本を読んでる時に部屋の隅っこからだとか」

暗闇の中で鈴音の声だけが響く。
怖がらせようとしていることは確か。
そんなのどこにでも誰にでもある、恐怖心から来る感覚だ。

「怖がらせようとしても無駄ですよ。カグラちゃんは超現実主義者なのでそんなことでは怖がらないのです」
「例えば、全く視界に入ってない人から見られていることに気付くことってない?」
「…………大方目の端に知覚出来ていないものの、こっちを見ている人が映ったとか、そんなところです」
「あるんだ?」

そういってくすりと笑う。
どういう手で驚かそうとしているのかを考える。
間抜けな驚き方をしたくはない。

「今さ、例えば視線を感じる?」
「前」

どういう原理かは知らないが見られているときとそうでない時というのは、なんとなく分かる。
五感のどこかから感じる情報を、視線として認識しているのだろう。

「ちなみに、わたしはカグラちゃんを見てないんだけど、それでも前から?」
「超能力者じゃないんですから、分からないですよ。前かなって―――」

思っただけです。
そう言おうとして、背後から何かを引き摺る音が聞こえた。
いや、気がするだけなのか。

「わたしは実はこの世のものならぬものが見えるのだ。幽霊とかね」
「ダウト」
「そうかな?」

また、何かを引き摺る音、左斜め後ろ。
何があったかを思い出す。
勉強机、椅子、文房具、地球儀。
予め仕掛けがあったのか。だとしたら動いているのはどれか。
"それら以外"、いや、それはない。
握った手を少し強く、握りなおす。少しだけ、汗をかく。
鳥肌が立つほどでもない。

「後ろには何があっただろう。思い巡らせて、動かせるものを考える。しかしどうだろう、この音は。左斜め後ろにある机、雑貨、椅子、どれを動かしても鳴る音ではない」
「…………」
「握ってた手を、握りなおす。薄っすらと汗を掻いている」
「……それが、どうかしました?」
「ナレーションとか付けてみたくて」

てへ、とかわいらしく鈴音が笑うのが聞こえて、なにやらむしょうに腹が立つ。
そしてその鈴音とは逆方向。
そちらからはやはり、ずるずると何かが近寄ってくる。
少しずつ、一定の間隔で。
何か、はわたしを見ているような気がする。
自分の視覚外から、見られてる感触。

「よく目の前の踏み切りで自殺があるんだって。最近死んだのは、二十いくつのお姉さん。胴体は真っ二つだったそうだ」
「へぇ…………」
「両手で這ったら、丁度こんな音かもしれないね。どう思う?」
「……かもしれないですね」

想像してみた。
気付かないふり、悪戯だと思っているわたしの背後から、這ってくる腰から上だけの女の人。
両手で、ゆっくり。髪の毛は長くて、白い服を着て無駄に恨みがましい顔をしているのだ。

ぞくり、とする。

「今、長髪で腰から真っ二つに断たれた人想像したでしょ? 正解」
「普通、そんなの想像しますよ」
「ちなみに、白いワンピースね。凄い顔。そろそろ、こっちきといたほうがいいんじゃない?」
「……まさか」

ちょっと声が震えた。
今すぐにでも電気をつけて、鈴音のいるベッドの上に昇りたい。すごく、とても、今すぐに。
しかしここでプライドが邪魔をする。

「どうして幽霊と眼を合わせちゃいけないか知ってる?」
「魅入られるから、でしたっけ?」
「そうそう。例えば幽霊と眼を合わせることで、その霊との縁が結ばれる。牛の刻参りで使う髪の毛とかと同じ原理だよ、その縁を通して、呪詛を掛けられる」
「…………」
「触れられたりしたら、どうなると思う? 例えば今、カグラちゃんは消極的にだけど霊に触れようとしている」

いやいやいやいや、それはおかしい。
わたしは座ってるだけ、ああいや、仮にもし、後ろから迫ってるものが幽霊だとしたら、逃げようとしないという時点で、自ら触れようとしているのと変わらない、ということか。
少し考えて、少し震える。
信じてはいない、しかし、本当にいたときのことを考えれば、今この時の行動を後悔するときが来るかもしれない。
わぁきゃぁ怖いと目の前にいる友人に抱きつくのもそれを考えればありかもしれないと思い始めた。

「……縁は結ばれる?」
「そう、感染形式の魔術っていうのはそんな感じ。もし幽霊が存在するならば、それは念の塊だよね? 生きたい恨めしい悲しいとかさ」
「ん、まぁ……」
「実体がないから危害を加えることは出来ない。けれど、呪いやなんかをすることは出来るというより、それそのものが一つの術式と考えることも出来る。魔術なんてものは念にそれらしい術式を当てはめ、指向性を持たせるものだからね。到るまでの過程が拳銃によって撃ち出された銃弾か、獅子かというだけの話。最終行き着く先は同じなのだよ」

行き着く先とは、また嫌な言い方を。
ず、とまた少し、近づいた気がする。
何かがいるのかいないのか、恐怖心が生み出した虚影か。
音は聞こえている。鈴音の関与如何で悪戯か、そうでないのかは判明する。

シュレディンガーの猫。
観測してみなければ、どうなっているのかは分からない。
わたしはそんな状態に立たされていて、分からぬ状況に怯えるしかない。
背後から視線を感じる。それすらも気のせいかどうかは観測しないと分からないのだ。

「世の中確かなことなんて一つもないよ。あやふやな世界を脳みそで再生させて擬似客観視で判断しているだけ。例えば、カグラちゃんが悪戯だと思ってるこれは、本当に悪戯なんだろうか」
「…………降参、降参です。どう転んでもわたしが虐められてる状況に変わりないじゃないですか」
「ああ、良かった、降参しなきゃどうしようかと。こっち来て」
「先に電気」
「いいから、危ないよ?」

そういわれて、音はすぐ傍でなっていることで気付く。
1m、あるか、ないか。

強くなった気がする視線、重圧。

今度こそ鳥肌が立って、電光石火でベッドに飛び込んだ。
鈴音らしき人影を飛びつくとぎゅうとしがみつき、そしてすぐさま明かりがついた。


「触っちゃったね」


声は上から。
へ、なんて、間抜けな声を出して、見上げる。

そこにいたのは鈴音じゃない、何か。
グロテスクな、溶けたような肌、零れ落ちる目玉。


ひゃっ、と小さく声を上げて、突き飛ばそうとしたところで気付く。
首に肌との境目がある。

「…………もうちょっと驚いてくれたら面白かったのに」
「今、人殺しの気持ちが分かった気がします」
「やだ怖いカグラちゃん」
「やだ怖いじゃないです! 本気で心臓止まるかと思いました……」

くすくすと笑いながらゾンビマスクを脱ぎ取ると、いつもの鈴音が出てきた。
かわいく微笑む鈴音がどうしようもなくむかついて、ほっぺたを引っ張り痛がる鈴音を見て溜飲を下げる。

「天才美少女裁判長カグラちゃんが法廷を取り仕切っていたら即刻死刑ですが、簡易裁判でやっぱり死刑」
「私刑だなんて、なんだか淫靡な響きだね」
「一週間絶交」
「ごめんなさい」

唇を尖らして、その場で反転すると、さっきまで自分のいた場所を見る。
何もないことに安心して、ほっと息を吐く。

「あれ?」

何かがおかしい。
何もないことに安心するのではなく、何か無ければいけないのだ。
糸を何かに括りつけて、そして引っ張っているのだとそう思っていた。
だとするならば、そういう物証が必要なのだ。

「……鈴音、ちなみにさっきのどうやったんです?」
「何もしてないよ?」
「……………………」

鈴音を見上げる。
不思議そうな顔で、わたしを見つめる。

「何で音を立ててたんです?」
「"わたしは"音を立ててないよ。本当に聞こえちゃったんだ?」

腕をぎゅう、と掴む。
冗談で言っているのか、またからかっているのか。

「眼で観測できない状況であれば、他のものに頼らざるを得ないよね?」
「…………」
「人間何かの気配を感じるのは、大抵物陰だとか部屋の隅だとか、そういうところな訳だよ。見えざる者は視界に在っても見えないからね。けれど意識が虚ろな場所になら、時々ちらりと顔を覗かせることがある。どうしてか分かる?」
「見間違え……ですか?」
「そう、カグラちゃんが言うように、脳は時々幻覚を見せる。夢もそう、妄想空想記憶。カグラちゃんみたいな賢い子は、そこら辺が分かってるんだ。だから幽霊は見えない、そう信じる。だけどさ、視界の端とか背後とかはどう?」
「そりゃ、怖いものを見たときに気配を感じたりとかは…………」
「普通なら見えないものがそうやって見えたりする。要するに"幻覚と現実"は見えない、見えにくい場所では入り混じったりするわけさ。敬虔な科学信者は基本的に防壁が高いからね、こうやって入り易い入り口を作ってあげないと、心霊体験なんて難しいものなんだよ」

そういって後ろからわたしを抱きこむ。
ほっ、と何故か安心する。
抱きしめられると、なんとなくこう、守られている感じがしていいのだ。
恐怖心が少し和らぐ。

「真っ暗闇になった部屋。そこは観測できない幻覚と現実の狭間というやつだね。何も起こらないのが普通だけど、"何かが起こっても観測できない"もの。心霊スポットは夜に行くでしょ? あれはこういう原理」
「…………」
「しかしまぁ、一人では立証できないし、"そんなこと"喚いてたって、他人からはただの基地外と見分けがつかない。夢を見ながら現実は見れないわけだ、悲しいお話だね。けれどこれが一人だけじゃなくなったら――――――」
「……なくなったら?」
「幽霊の存在は共通認識となり、ようやく表に出れるわけだ。誰も知らないわたしだけが知っている、そして知ってしまえば現実に戻れない。本当に幽霊が見える人になってしまえば、この世界は酷く生きづらいものだよ」

くすくすと鈴音が笑う。
そこまで聞いて、ようやく、理解が及びはじめる。

「…………本当に、見えるんですか?」
「人より色々廻ったり、したりしたのは、不思議な何かが実在してほしかったんだね。人間歳も取るし、物理的な力しか用いることは出来ない。けどもし幽霊がいるのなら、そしてそれに干渉できることができるのなら、人体にも世界にもまだ不思議があって、古典に残るような化け物から呪術魔術超能力の類まで存在するのかもしれない。と、思ったのだけれど」
「………………」
「結局難しいもんだね。幽霊を祓うことができたところで、見えなければ信じてなければ意味もない。信じるものは不幸になる、だから信じるものは救われるんだよ、カグラちゃんの言ったとおり。次はどうするか、と言えば、物理現象を引き起こせるものを捕まえるくらいか」

そう、鈴音は疲れたような溜息を吐いた。
時間を見ると、いつの間にか夜の十時。そろそろ帰るべき時間である。
わたしは、幽霊なんてこれっぽっちも信じてはいない。
いないのだけれども、これだけ説明され、心霊体験らしきものをさせられてしまうと流石にちょっと思うところもある。
ほんのちょっと、長さで言うならミリくらいで。

「…………あの」
「泊まっていきたいって? ああなんてかわいいカグラちゃん、ぶっちゃけ怖いんだ?」
「…………いやぁ、絶世の美少女ですからね、夜道に気をつけないと」

なにやら酷く腹の立つ鈴音にそう、そっぽを向いて言った。
不愉快だ。鈴音がくすくすと笑う。

「いやぁ、怖い怖い。あっちにもこっちにも、見えないところが怖くなり、今日から一人でシャワー浴びれなかったり。大丈夫、わたしが―――」
「一人で入ります」
「…………ここは潤んだ瞳で睨んで欲しいところだったのに」
「変態」
「カグラちゃんに言われると嬉しいね」

無言で後ろに半歩、座ったまま下がる。
鈴音が傷ついた顔をして、少しだけ溜飲を下げる。
いい気味だ。

「ま、それはともかくさ」
「…………?」
「そろそろ一緒に暮らさない?」
「…………狙ってましたよね?」
「鈴音ちゃんがそんな姑息な手を使うわけないじゃないか。わたしにとってはカグラちゃんはキリストみたいなもんだからね」
「………………」
「……カグラちゃんすごく疑ってない?」
「例えるなら、ユダが銀貨片手に持ちながら、わたしは貴方を絶対に裏切りませんとか言ってきたくらいの状況ですね」
「………………酷い」

鈴音が更に傷ついた顔をして、しかし顔を引き攣らせながら抱きついてきた。
軽蔑の眼差しを鈴音に向けながら、訊ねる。

「で、結局そういう魂胆なんですよね」
「…………まぁ、その話は置いておいて部屋探そうか。実はフリーペーパー持って帰ってきちゃったのだよ。なんて賢い鈴音ちゃん」
「…………はぁ」

深い溜息をついて、仕方ないかとその時は深く考えずに、結局彼女の話に乗ったのだ。
実際問題、きちんと鍵の掛かる個室があるのであれば鈴音と暮らすのになんら問題はない。
そう思ったからだ。

それはそうだ。
その時のわたしは、まさかこれから幽霊妖怪祟りがどうのこうのなんていうオカルトな世界に、自分が迷い込むとはこれっぽっちも思っていなかったのだから。

これが、全ての始まりだった。







続かない。



[9378] 元旦の番外編
Name: ぐりてぃ◆53e276ac ID:5c97c84b
Date: 2012/01/01 22:41
協会に来るよう命じられたのは、ある日突然。
幻影旅団のことについて話がある、などという名目である。

ヨークシンの出来事から既に三年は経っているのだ。
今になってわたしを呼び出すとはいかなることか。

聞いていた番号から、ビスケットに連絡を取ると、自分ではないと彼女は告げる。
嘘をついている可能性がなくもないが、流石に電話口で見抜けるほど、彼女はそう甘くは在るまい。

仕方ない、と思いながらもどうにも面倒くさく、放置したまま早三ヶ月。




その日は丁度、鈴音と初めて出会った日である。
初めて、とはいえ、その顔合わせはなんとも酷いものであったので、記念日とは言いがたいのだが、なんとなく気持ちは落ち着かない。
しかし鈴音はいつもの様子で、なんとなくそれが不愉快であったのだが、それを言うのも馬鹿らしく、何も言わずにソファに寝転がり、大して面白くも無いテレビを見て過ごしていた。

インターホンが鳴ったのは、丁度その夕方のことである。

わたしが横になっているソファに腰掛け、紅茶を飲んでいた鈴音が、不思議そうにこちらを見る。

「なんか通販した?」
「んーん、してない。きっとセールスだよ」
「そう?」

納得したのか、鈴音が面白くも無いテレビにまた、目を向ける。
わたしはわたしで多少の眠気がやってきていて、欠伸をしながら鈴音の服を軽く引っ張った。

「……すずね、眠たい」
「ふふ、本当甘えん坊さんだね。ベッドでお昼寝する?」

鈴音は笑って、わたしの髪を優しく撫でた。
わたしが本当に眠たい時には、鈴音は悪戯しないのだ。
少しだけその感触に目を細めて、鈴音を見る。

「…………まだ起きてる?」
「んー……わたしはそんなに眠くないからね。テレビでも見とく、もうすぐ見たいやつ始まるし」
「じゃ、ここでいい」

そう告げると、鈴音がまた嬉しそうに笑顔を浮かべ、立ち上がった。

「それじゃ、毛布持ってくるよ。枕は欲しい?」
「……どこか行く?」
「いや……んふふ、それじゃあわたしが膝枕をしてあげよう。それでいい?」
「うん」

小さく笑って、鈴音が離れる。暖房が効いているとはいえ、毛布だけでは少し肌寒い。
そう考えれば人肌で暖を取るというのは、実に合理的な考えある。
天の至宝たるわたしは非常に病弱であるため、体調管理には十分気をつけないとすぐに風邪を引いてしまうのだ。
このような選択を取ったのは、そういう観点から捉えた事態に対する至極真っ当な解であると、ここに明示しておく必要がある。
断じて、人肌恋しいだの甘えたいだの、そうした不埒で下賎な感情によって成された選択ではないのだ。

ついでに言えば、世話好きの鈴音への、記念日のちょっとしたプレゼントでもある。
カグラちゃんをその太ももに乗せることが出来るとは、なんというご褒美なのだろうか。

にこにこと笑顔を浮かべて、ふかふかの毛布を持ってきた鈴音がそれを広げてわたしの体に掛けた。
もぞもぞと動いて、身体の位置を少しずらすと、その開いた隙間に鈴音が腰掛け、そしてその上に頭を乗せる。
実に心地のよいもちもちとした感触と、ぬくぬくで適度な温度に満足しながら目を閉じて、力を抜いた。
頭を撫でる鈴音の手が少しだけくすぐったい。

「髪の毛、大分伸びてきたね。そろそろまた、梳いとこうか?」
「んー、もさもさしてる?」
「ってほどでもないけど、髪の毛細いし、色も薄いから。けど、もう少し少なくしたほうがいい感じかも」
「……じゃ、今度切って」
「分かった、明日買い物行く前に切ったげる。明日は新しいお洋服も買わないとね」

軽く髪に手を触れる。伸ばし始めてからそれなりに経って、今では腰の辺りまで伸びている。
これ以上長くなると手入れが非常に手間だろう。
そう考えればこの辺でやめておくのがベストだろうか。
鈴音の髪も、大体同じくらいであるのだし。

そんなことを考えてふと、買い物と言う単語に眉を顰めた。
そういえば、そんな約束をしていた記憶がある。
普通ならば喜ぶところ、が、しかし、前の買い物を思い出せば、苦い記憶がよみがえる。

「……前みたいに変なコーナー、連れて行ったら怒るから」
「むー、セーラー服とかすごく良かったと思うけど。実際可愛かったし」
「……もう買っても着ないもん」
「いやいや、カグラちゃんはちゃんとお願いしたら聞いてくれる優しい子だからさ。それにあの時は賭けだったし」
「そういうこというから、すずね嫌い」
「ふふん、それは、そういうことを言わなかったら大好きということだね?」
「…………変態。よくあんなのレジに持っていけたね」
「カグラちゃんが賭けとか言うからそうなるんだよ? 流石にわたしでも結構恥ずかしかったもん。まぁけど、次買う時はちゃんと通販にするから大丈夫、安心してよ」
「…………、もう一回言っとくけど、絶対着ないからね」

そういうと、鈴音がくすくすと笑って、耳をくすぐる。
僅かに身体が跳ねて、睨みつけると太ももを軽くつねり返した。
いっ、と小さく鈴音が声を上げる。

「……もう寝るから、へんなことするのやめて」
「はいはい、あんまりお冠になるとカグラちゃんの機嫌を直すのも大変だからね」
「もう十分お冠だよ」
「それは大変、いい子いい子してたら、戻るかな?」
「…………ばか」

鈴音が優しく頭を撫で始め、溜息を吐くと目を閉じる。
少しだけまた頭の位置を微調整すると、そのまま身体を丸めて毛布に包まった。
鈴音の太ももというのは非常に寝心地がいいのだ。
これで、余計なことをしなければ完璧なのに、とまた溜息を吐く。

暖かい感触に身体を落ち着け、そうして意識を少しずつ、落としていき――――

無粋な少し高めの電子音に、肩を揺らして目を開けた。

インターホン、また来たのか、さっきのやつか。
鈴音の手が止まって、少し不機嫌そうにオーラが揺れる。
奇遇にも、わたしと同じ気持ちであるらしい。

「……行かなくていいよ」
「ん、わかっ――――」

また、ピンポーンと、間の抜けた電子音。
インターホンの電源をOFFにするリモコンがあるならば、いますぐスイッチを押しているところである。
それにしても、どういう人間であるのだろうか。
人が寛ぐ空間に薬缶をひっくり返すが如き悪しき所業。
僅かな苛立ちを募らせていると、また、インターホン。
鈴音が眉を顰めるのが分かった。

「むー、なんなんだろ? わたしとカグラちゃんのイチャイチャタイムを邪魔するなんて」
「……いってくる?」
「うん、ごめんね、ちょっと行ってくる。すぐ戻ってくるから」

太ももの上から頭をゆっくり下ろして、鈴音が立ち上がる。
見上げると、鈴音は不機嫌さをありありと浮かべた表情で、玄関のほうへ向かっていった。
わたしもわたしで溜息を吐いて、丸くなる。

「あのさ、――おじいちゃん――んな時間――よくな――――」
「そうは――っても、事前に――度も連絡――――」
「へ? そ――の?」

僅かに聞こえてくるから、どうやら相手は老人のようである。
どこの耄碌爺であるのか、ともかく、碌な人間ではあるまい。
どことなく聞き覚えのあるような声であるが、あいにくこの世界の老人に知り合いはいないのだ。

そう思っていると、鈴音がパタパタと戻ってきて、わたしに訊ねる。

「カグラちゃん、ネテロっておじいちゃん、知ってる?」
「知らない。どんな人?」
「えーっとね、なんかちょんまげに仙人みたいな髭の変な人」
「んー……ネテロ……ネテロ……」

ちょんまげ、髭、ネテロ。
どこかで聞き覚えのある単語であるが、記憶からはすっぽり抜け落ちているようである。
そう考えればそもそも、それは記憶に残らぬ取るに足らぬ人物であると言うことに間違いはあるまい。
カグラちゃんは非常に忙しいのである。そんな端役に時間を掛ける様な無駄なことはしたくない。
そう考えると答えは一つで、

「……やっぱり知らない。鈴音以外に変な人の知り合いはいないもん」
「んー、カグラちゃんの周りには変な人しかいないと思うけど。まぁいいや、ストーカーさんかもしれないし、帰ってもらおう」
「うん、眠たいし」
「ふふ、もーちょっと膝枕待っててね、すぐ戻るから」

そう言ってわたしに軽くキスをすると、ニコニコと笑みを浮かべて玄関に戻る。

小さくわたしは欠伸をすると、寝てしまわないように目を開けたまま、うとうとと鈴音の帰りを待った。










「……百を超えるくらいには生きては来たが、よもやストーカー扱いされた挙句警察を呼ばれそうになったのは初めてじゃ」
「…………ちゃんと連絡を頂けたなら、こういう形にはなりませんでした。まるでこちらが全て悪いが如くおっしゃられて……」
「手紙で何度も来るよう連絡をいれ、ホームコードにもメッセージをいくつか。それでも来ないのは一体どういう了見かと思い、こうして様子を見に来たのであるが……本当全然変わっておらぬなおぬし」

賞賛にたる実績をしたのであれば、その者がどう思っていようが、その実績には褒章を。
それが現在の協会の理念である。
功績は功績だ、事実として、それはその個人の名誉として、受け取らせる必要がある。
これはそうでないものがその名誉を自分のものだと吹聴することを避けるためでもあり、事実、今現在旅団を壊滅させたのは自分であったのだと、忌まわしきことに一部のハンターが騒ぎ立てていた。

ジン=フリークスのような人間は一人でいい。
名誉に対し畏れ多いと目を背けるならまだ可愛げがある。だが、あの男やこの娘のように、どうでもいい、面倒くさいなどという理由で名誉から逃げられるというのはどうにもいかん。
そしてその功績が大きすぎるというのも一つの理由ではある。

多くのブラックリストハンターが、そのリスクの大きさから手を出さなかったA級首幻影旅団、通称クモ。
それを壊滅させたそのグループの首謀者、それがこのカグラという娘であるのだ。
大人の熟練のハンター達が避けた大物。
それを当時、若干十二歳の娘が壊滅させたというのは、本人を見ていたわしであっても、やにわには信じられなかった。

いや、逆に本人を見ていたからこそ、と言えるのかも知れないが。

「あの、なんだか失礼なこと考えてませんか?」
「……良く分かったの」

僅かに目を細め、不機嫌そうにカグラがこちらを睨む。
今年十五になる彼女は、当時の面影を残したまま、類稀なる美少女へと変貌を遂げていた。
肩の辺りであった金色の髪は腰までさらさらと伸ばされ、整った顔立ちはしかし、きれいというよりは愛らしい幼さを残したまま。
どこか小動物めいた愛らしさを持つ、その天使のような容姿は、始まったばかりの今世紀、最大の詐欺看板だと言えるだろう。
この娘ほど外見の印象と中身が一致しない娘も珍しい。

その外見もさることながら、ありとあらゆる天与の才に恵まれ、神からの寵愛を受けた娘。
しかしいくら神とはいえ、抜けがあるものなのか。
敬意とやる気という言葉だけがぽっかりと、そこから失われているのだ、この娘には。

別に敬意を求めたいわけでもないが、仮にも自分が所属する組織の会長を前に上下パジャマというのはどうなのか。
いつかの面談を思い出し、溜息を吐く。

「どうぞ」

手元に洒落た造詣のティーカップが置かれ、熱い紅茶が注がれる。
わしをストーカーだのなんだのとのたまい警察まで呼ぼうとしていたこの黒髪の娘は、本当に知り合いでハンター協会の会長だということを知ると、あっという間に手のひらを返した。
流石にこのカグラの連れ合いだけあってか、中々強かで喰えない娘である。
先ほどまでの態度は嘘のように、そのカグラに負けず劣らず整った容姿をフルに使って、楚々とした淑女のように振舞っていた。

重ねて本当に、先ほどまでの繰り広げられた問答が嘘のようで、いや、嘘と思いたいところである。
知らぬが仏、ここから先の人生のためにも、そんな事実は知りたくはなかった。

その少女が紅茶を注ぎ終わり、カグラの隣に腰掛けたのを見て、ようやく口を開く。

「で、じゃ、幻影旅団討伐の件じゃが」
「ああ、それちなみにわたしじゃないですよ。まぁ関わりが無かったといえば嘘になりますが。クラピカさんを筆頭にハンゾーさんと、加えてポンズさんとわたしが補助要員です。あと、一般の方になりますが、こちらの鈴音とカストロさんという方が」
「……さらりと嘘をつくな。事前にクラピカ、ハンゾー、ポンズ、この三人には話を聞いておる。仔細も詳しく、な。三者共に、企図し、指揮を執ったのはカグラであると言っていたぞ」
「……いやらしい搦め手を使われるのですね」
「…………世界の誰に言われても、おぬしにだけは言われたくないところであるが。ビスケが嘆いておったぞ、甘く見たら酷い目に遭ったと」

キメラアントについてどう言う経緯でその情報を得たか、その辺りの話は詳細を話させている。
そこでこの娘の名前が出てきたことにも驚けば、あのビスケットをして不倶戴天とまで言わせたことにも驚いた。
古強者が足元を掬われる、虫をも殺さぬ顔をして、そんな強かさを持つのがこの娘であるのだ。
何をするにしろ、この娘に関しては石橋を叩いて回り道、それが恐らくは正道であろう。

「またまたそんな。ビスケットさんには仲良くしていただいてますよ」
「嘘を付け、この前もどこで手に入れたか分からぬ貴重な宝石で、あこぎな商売をしていたと聞いたぞ」
「物の値段とは市場のニーズで移り変わるもの。悪意があったわけでは決してありません、それがその時の適正価格であったというだけです。実際なんだかんだ言っても買って頂いたわけですし、それを悪し様に言われるのは本意ではありません。単に、紹介料を"少し"取っただけですし」
「…………本当にあこぎな商売をやっとるようじゃの。それを足元を見ると普通は言うわけじゃが……まぁいい。話が脱線した」

内装にどれだけ掛けたのか分からぬ、華美ではないが、豪奢な応接間。
紅茶は一流の香り、茶器からもどこか上流階級たる気品が漂う。
齢十五と十七の娘が築き上げた財としては異常が過ぎた。
どれほどのグレーゾーンで仕事をしているのか、想像するだけで頭が痛くなる。

「……とりあえずのところ、先に用件を言っておこう。その功績を称えて今回、協会はおぬしを一つ星ハンターとして認定をしようと思う。その件で一旦、ライセンスを預けてもらいたかったのだが…………どうした?」

黒髪の少女、鈴音が少し気まずそうに目を逸らして、カグラのほうを見ていた。
カグラは少し笑いながら頬をぽりぽりと掻いて、これまた気まずそうに、わしのほうから目を逸らす。
嫌な予感がした。

「…………先に聞いておくが、よもやライセンスを売却したなどということはあるまいな?」
「…………」
「…………」
「…………」

雄弁は銀、沈黙は金という言葉がある。
なるほど場合によっては確かに沈黙は金といえよう。
しかし、この場合の沈黙は、一体なんと捉えるべきか。
そしてそもそも、わしがわざわざ時間を掛けて、この場に来た意味というのは、どこにあるのか。

酷い頭痛がして、頭を抱えた。






「あの会長さん、なんだかものすごく可哀想だった気がするんだけど」
「……いや、まぁ、ライセンスを売ったらいけないとか、別に規約には。わたしは資本主義にどっぷり使った人間として、正しい選択をしたはず」

物凄く落ち込んだ様子のお爺ちゃんは、とりあえず幻影旅団討伐の功績を誰かに与えたかったらしい。
非常に無駄足を踏んだものの、結局首謀者はクラピカだったという事にする、ということで話はついた。
三ヶ月前から連絡をしていたと言っていた事から、色々な準備をしてきていたのだろう。
それを考えれば非常に残念な話である。

「ふふ、けどカグラちゃんがそうしてくれたおかげで、こうしてイチャイチャできる今があるんだもの。わたしはなんとも言えないけどね」

椅子の後ろから抱きつくと、少しだけくすぐったそうにして、しかし、されるがままにした。
最近のカグラちゃんは、非常に可愛らしく、甘えん坊になってきたような気がする。
ずっと張り詰めていたものが解けて、本来の姿になっているのかと思えば、胸は感無量である。
一般的に言えばある意味退行しているといえるのであるが、それはそれで素晴らしい。
べったりと、わたしなしではどうしようもないくらい依存させるのが今の目標であるのだが、この調子ではそう遠くない未来であるように思えた。

膝枕をねだってくるだなんて、出会った頃のカグラちゃんからは信じられない光景であるのだ。
そんな言葉を聞けるだけでも、生きたいたことに意味があったと感動を覚え、胸が震える。
時々物凄く虐めたくなるくらいに可愛くて、その葛藤が非常に堪らない。

「ソファ行く? ベッドがいい?」
「……すずねは、どっち?」

悟られていないとでも思っているのか、顔を真っ赤にしながら、甘ったるい声でカグラちゃんが訊ねてくる。
もう、この心臓を握りつぶされそうな愛らしさと言えば、天下に、いや天上にすら比するものはないだろう。

「んー……、どうしようかな……」
「……見たいって言ってたテレビ、終わっちゃったよ?」

暗に、などという生易しいものではあるまい。
一緒に寝ようと言ってるようにしか聞こえない言葉に、悪戯心が理性に打ち勝つ。

カグラちゃんは甘えの天才なのです。しかし甘えることを知らなかったのです。
神に問う、この純真さは罪なりや。いや、断じて否。

カグラちゃんの言葉は、鋼とまで謳われたわたしの理性を軽々と砕け散らせ、その悪戯心をくすぐっていく。
しかし人間失格であったわたしをさらなる人間失格へと導くこの可愛さと純真さは、罪ではないが、何よりも罪深い。
まるで蛇の賜わす知恵の果実のようである。

「ふふ、カグラちゃんはどうしたいのかなー?」

問うて見れば、カグラちゃんは耳まで赤くし、しかし視線をこちらに向けぬまま口を小さく、戸惑うように声なく動かす。
ああ、きっと自分は、このためだけに生まれてきたのだろう。数十年の歳月を持って、わたしはついに天命を知った。

「あの…………いっしょに、寝よ?」

蚊の鳴くようなものであったが、確かに音声として流れた言葉は天地を揺るがす天変地異の一言である。
以前の、あの捻くれた迂遠な愛情表現も確かに魅力的ではあったが、流石にこれには見劣りしよう。
それほどまでに、衝撃的な可愛さである。
これに比べれば神の天地開闢の言葉など、まさに塵芥の如きものだと言えた。

「……今日は本当、素晴らしいくらい甘えん坊さんだね。お姉さん、ちょっと可愛すぎて鼻血が出そうなくらいだよ」
「……ほんとそういうとこ変わらないね、変態」
「カグラちゃんに言われると、なんだか嬉しくなる不思議。ふふ、抱っこしてあげようか?」

数瞬置いて、カグラちゃんがこくりと小さく、リスのように首を振る。
思わずカグラちゃんを抱く腕に、力が篭ったのは言うまでも無い。



顔を真っ赤にしながらも、しかしどこか嬉しそうに抱きついていたカグラちゃんをベッドに優しく降ろした後、わたしもまたその横に寝転がって、優しく軽いキスをする。
今日のカグラちゃんの可愛さは百二十パーセントを優に越えており、何かあったのだろうかと思考を廻らせる。

「それにしても、本当に今日はどうしたの? 怖い夢でも見た?」
「…………」

訊ねると、僅かに唇を尖らせ、不満そうな表情を作るが、しかし何も言わずに腕の間に潜り込んで、目を閉じた。
ますます不思議に思って、もう一度問いかけようとするが、カグラちゃんが小さく首を横に振ったのを見て、やめる。
常日頃から複雑なように見えて単純で、単純なように見えて複雑な乙女心を持つカグラちゃんである。
その心全てを推し量るというのは砂漠の砂粒を数え上げるようなもので、そしてそれを言葉で訊ねるというのも無粋だろう。

それに、その内気が向いたら言ってくれるのだろうし。

そう楽観的に考えると、その腕の中に入り込んだカグラちゃんを優しく撫でる。
どうにも、カグラちゃんは何やら、撫でられることが好きであるらしい。
無意識にか、意識的にかはともかく、迂遠な手段でなでなでをねだるカグラちゃんというのは、実に愛らしい限りであった。
今も気のない振りをしながら、わたしが撫でやすいように少し頭の位置をずらしているのが面白い。

「……すずね」
「ん?」
「……また今年もよろしくね」
「…………? ああ、うん、よろしく」
「……ふふ、それだけ。おやすみ」
「おやすみ……」

元旦でもないのに、また異なことを。
やはりカグラちゃんは不思議である、とそう結論付けながら、わたしもわたしで目を閉じる。

暖かい腕の中の感触にうっとりとしながら、そのまま意識を落としていき――――


無粋な少し高めの電子音に、肩を揺らして目を開けた。


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