WDC Caviar GPの回転速度をなるべく直接的な方法で計測してみましたので、それについて記述します。このページで計測しているのは旧型のWD10EACSです。新型のWD10EACS-00D6B0については、「WD10EACS-00D6B0のディスク回転速度はどうなっているのか」の方に記述してあります。
当公開サイトに掲載したWD Caviari Greenシリーズのディスク回転速度が固定(一定)と考えるのが妥当とした、一連の記事に対して投げかけられた疑問や批評に対する回答をまとめて「WD Caviar Greenのディスク回転速度測定についてのまとめ」に記載しています。
WDC Caviar GP は、初期の宣伝の曖昧さもあり、HDDでは革新的な、動作中の可変回転速度を実現させたと言われていました。しかし、その後疑問が投げかけられ、あちらこちらで様々な方法で調べられました。結局、回転速度5,400rpm〜7,200rpmのいずれかで固定されて出荷されているというのが妥当という解釈が大勢になっているようです。私も現在はそのように思っています。
メーカのWDCはこの話題に対してニュースリリースや問い合わせの回答で直接的な見解を述べずにいたため、可変回転速度か固定回転速度かで論争が拡大しました。私も動作中に可変する方が正解に近いと思っていた一人です。
結局、メーカからはっきりした回答が無く、ディスクの回転数について一次情報に近い情報が不足したため、水掛け論的な話になりやすく結論の出にくい話題となっていました。
シークタイムやアクセスタイムを計るベンチマークでの結果により5,400rpm固定という情報が流れたのが、最初の一次情報に近い情報提供だったと思います。ところがこのドライブの場合、キューにリクエストがどのくらい詰めこまれているか見ているようです。そのため、通常のアクセスタイムを計るベンチマークのようにコマンドを送って応答時間を測定するという動作を逐次行うと、負荷が軽いと判断されて回転数を上げない可能性があるように思いますので、ベンチマークでの測定にはより慎重な判断が必要に思いました。このため、私はこの時点では固定回転速度であるという情報に対してまだ懐疑的でした。
私の知る限りにおいては、回転音を測定してFFT解析した結果が提供されたのが、一番直接的な方法だったように思います。私も分解を伴わない方法としては、一番良い方法に思います。ここに至って私も固定回転速度のようだと考えるようになりました。しかし、この方法では回転⇒音⇒FFT⇒回転と言う変換を伴うため誤検出等の問題を抱えます。他の方法での補完が必要です。
自身の中でもきっちりけじめをつけるために、別の方法を用いて測ってみることにしました。Raptor Xの様に中が見えるのならばストロボライトなどで直接回転数が測定できるのですが、WDC Caviar GPは中が見えないので、モータドライブ電流を測ってみることにしました。そして分解してモータの極数を計測し、私のもっているWD10EACSは、5,400rpm固定であると結論を得ました。
以下の文書では其の測定の考え方と結果について解説します。
HDDのスピンドルモータはDCブラシレスモータであることがほとんどです。モータの極数と駆動周波数を測れば回転速度が分かります。
N[rpm]=60[rpm/rps]*2f[Hz]/p[1/r]
駆動周波数は動作中にモータのコイルに供給される電圧波形を測定すれば判明します。回転速度が変わるときには駆動周波数が変わるので、負荷をかけながら駆動周波数を観測すれば可変かどうかも判明します。
極数は軸の回りにある磁極(磁石)の数です。コイルに直流電流を流せば磁極(磁石)の一方と引き合います。4極(N極2つとS極2つ)のモータであれば、磁石とコイルは2回引き合います。このため分解してスピンドルモータの軸を手で回せる状態にした後、コイルにに一定電流を流した状態で、1回転の中で引っかかりのある回数の2倍が極数ということになります。
ブラシレスDCモータの場合、その極数は4極か8極が多くなりますので、引っかかりのある数は手で十分数えられる回数になるはずです。
eSATA接続した裸族のお立ち台eSATAプラス(Century CROSEU2)にHDDを取り付けてモータの駆動周波数をディジタルオシロ(IWATSU DS-8824)で調べてみました。
まずは無負荷の時の駆動波形です。
エッジにカーソルが合わせてあります。カーソルからカーソルまでの時間(Δt)の逆数である1/Δtが駆動周波数になります。測定結果として約367Hzで駆動されています。画像の下の方にある f= 0 Hz は駆動周波数の測定結果ではありません。
次は、CrystalDiskMark 2.0でテストサイズ1,000MBでシーケンシャルアクセスしているときの波形です。
これも、エッジからエッジまでを測ると約362Hzとなります。この周波数で駆動されているようです。変化は誤差の範囲だと思います。ここでは、f=34.282kHzと出ていますが、これは各駆動期間(黒い部分の中)のPWMの周波数が計測されているようです。
次は、ランダムアクセス(512KB)しているときの波形です。
これも、エッジからエッジまでを測ると約362Hzになります。先ほどと同じ周波数で駆動されているようです。これも誤差の範囲だと思います。
以上の結果、HDDにアクセスの負荷をかけてもかけなくとも、約360Hz程度で駆動されていることが分かります。
駆動周波数が分かりましたので、極数が分かれば3−1.で述べた式で回転速度が分かります。方針の通り分解して極数を調べます。
このHDDは、駆動周波数を測った後、落下させて壊してしまいましたので、分解して壊してしまうことにあまり躊躇せずに済みました。
黒いシールを剥がすとネジが出てきます。矢印の位置がネジの位置です。
トルクス(ヘックスローブ)と呼ばれるネジです。赤い矢印の位置が先端形状T8のM2.5のトルクス、黄色い位置がそれより一回り小さいT7のトルクスです。トルクスは、専用のねじ回しで扱います。
ネジのことならまず間違いのないネジの専門商社の「ナニワネジ」の小売り店舗である日本橋店で店員さんに相談して買ってきました(2008/03/02)。電動ドライバにも使える小さなサイズからピッチが抜けなくそろったHDDなどの分解などに便利なセットです。
ネジを外します。
ラベルの裏にネジがあるところに気がつけば簡単に開けられます。
このHDDはロードアンロード方式のはずです。開けると、ちゃんトランプ(緑矢印)があります。ところが本来ランプに格納されているはずのヘッドがディスクの接触して止まっています(黄矢印)。落下でヘッドの制御機構が壊れていたようです。赤矢印の位置にヘッドが当たってつけたらしき傷が見えます。
停止時は、本来なら上の図のようにヘッドは格納されているはずです。
机の上からの落下させただけなのですが、かなりひどい傷がついています。
プラッタを1枚外すとプラッタ間に板が現れます。気流を整える物でしょうか。これより下のプラッタを外すためにはヘッドのストッパを外す必要があります。
プラッタを全部取り除くとこんな調子です。ここまで分解しなくとも極数を調べられるのですが、今回は完全にプラッタを外してみました。
適度に回したときに引っかかりが出るようにスピンドルモータのコイルに定電流モードの実験電源から電源を流し込みます。電流は0.2Aほど流しました。
最初に引っかかりのある位置(赤矢印の所)を調べて印をつけます。
同じ要領で引っかかりのある位置を探していきます。1回転で最初の位置を含めて4カ所見つかりました。
引っかかりのある位置の2倍が極数なので8極のモータと言うことになります。
3−2から3−3の結果を使って、3−1の式で回転速度を計算します。
N[rpm] = 60[rpm/rps]*2*362[Hz]/8[1/r] = 5430rpm
上記のように、約5,400rpmと言うことになります。
上記3−2.において回転速度が可変されているかどうかを調べて、結果そのような様子は見られませんでした。その回転速度は、3−3.と3−4.より、回転速度は約5,400rpmとの結論を得ました。よって、手元にあったこのHDDは約5,400rpm固定の回転速度のHDDであると考えます。
そもそも、HDDはプラッタの回転による気流でヘッドを接触しないように浮かしています。このため、ヘッドをロードしたまま回転速度を可変すると、ヘッドの浮上距離が変化してしまうため、回転速度を変えれないというのが一般的だと思います。HGSTのDeskstarなどは、設定によってはディスクの回転速度を可変していますが、アクセスのない時にヘッドをアンロードした後、スピンドルモータの回転速度を下げていますのでヘッドの浮上距離の問題とは無関係になります。
さて、今回のWDC Caviar GPの場合ウエスタンデジタルジャパン株式会社フィールドアプリケーション エンジニアリング シニア マネージャーの長田徳二氏のインタービューで可変速の事について解説されています。この中で、ヘッド浮上量の問題については、「PMRでは、プラッタに対して強い磁界で記録を行なっているので、水平磁気記録(LMR)の最終世代と比べて、ヘッドとプラッタの距離を広く取ることができました。これにより、回転数を変える際の空気圧変動に対するマージンが確保できる」としていました。元々、ニアコンタクトヘッドを実用化したメーカでもあり、ありえる事のように思えました。
メーカのサイトに於いてもメーカページのドライブ スペックシート(HTML)には IntelliPower (5400 から 7200 RPM)と明記されていたました。しかし、現在(2008/03/17 Mon)は(5400 から 7200 RPM)の記述が無くなっています。
シークタイムやアクセスタイムを計るベンチマークでの結果により5,400rpm固定という話が流れた時にも通常のアクセスタイムを計るベンチマークのようにコマンドを送って応答時間を測定するという動作を逐次行うと、負荷が軽いと判断されて回転速度を上げない可能性があるように思いますので、ベンチマークでの測定にはより慎重な判断が必要と考えてまだ可変速度の方が濃厚であると考えていました。また、この負荷検出型の可変速HDDで考えられるベンチマークによる回転速度推定方法が抱える問題についての反論を見聞きすることがありませんでした。
しかし、回転音をFFT解析して測定しての結果が公表されるにいたり、かなり可変であることが疑わしくなってきました。しかし、回転音の解析の場合、別の音を拾ったり、倍音の関係による回転速度推定間違いの可能性があり、別の方法による検証の必要を感じました。
今回測定した結果も固定であることを示唆する物なので、2つの物理的測定法により固定であることが推定されますので、固定であると考える方が妥当だと考えます。
なお、固定であっても、低消費電力で低温でも安定した特性を示す良さそうなHDDで有ることには違いは有りません。なぜWDCがまるで可変回転速度で有るような宣伝を行った(または誤解を広めるのを止めることをしなかった)のかが分からないところです。
このような場合、間違った受け止められ方をする宣伝を行ったこと自身よりも、なぜそのようなことをしなければならなかったのかと言うことの方が重要です。推測は様々出来ますが、後の情報を待ちたいと考えます。