従軍慰安婦に関する発言をめぐって論議を呼んでいる日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)が5月27日、外国メディアの特派員に向けて記者会見を行った。その日の夕方、ジャーナリストの田原総一朗氏にインタビューし、橋下氏の発言をどう評価するか聞いた。【取材・構成:BLOGOS編集部・大谷広太/亀松太郎】
―橋下氏は外国特派員協会での記者会見で、慰安婦問題に関する「河野談話」について、「日本軍が慰安所に一定の関与をしていたのは事実だが、国家の意思として女性を拉致したり、人身売買した歴史的事実はない。その意味で、河野談話はもっと明確化されるべき」という見解を表明しました。
河野談話については、一時期、安倍首相も訂正したいと言っていたが、僕は直すべきではないと思う。
たしかに、日本軍が朝鮮半島の女性たちを拉致したり、強制連行した事実はない。朝鮮の若い女性たちを買ったのは朝鮮半島の業者だ。だが、女性たちが自分の意思で身を売ったというのは全くの間違いで、実際は貧困のなかで、親たちがやむをえずにそういう選択をしたのであって、決して女性たちが自主的にやったわけではない。
さらに言うと、朝鮮半島の業者たちは「アテがある」から女性を買った。「アテ」とは何かといえば、日本軍だ。もっと言えば、日本軍が朝鮮の業者に頼んだということ。なぜなら、日本軍が、戦場における慰安婦を必要としていたからだ。言ってみれば、日本軍が朝鮮の業者に頼んで、「買わせた」ということだ。
しかも、朝鮮の業者たちが買った慰安婦たちを集めて、軍艦にのせて運んだのは、日本軍だ。また、戦地で女性たちに慰安婦として作業させたのは日本軍であって、日本軍が関わりないとは言えない。関わりはある。日本軍が拉致したり、強制連行した事実がないからといって、「日本軍は関係ない」とは絶対に言えない。おおいに関係がある。むしろ、日本軍の求めを受けて、朝鮮の業者が買ったとみるべきだ。その意味で、河野談話は否定すべきではないと、僕は思う。
橋下さんは「日本だけが批判されるのはおかしい。韓国だってやっているじゃないか」と言っている。たしかに、日本以外の多くの国が戦時に従軍慰安婦的なことをやっていたというのは、事実としてあった。しかし、5月13日の大阪市役所での記者会見で「銃弾が飛び交う戦場で兵士を休息させるために、慰安婦のような制度が必要なのは、誰だってわかる」という発言をしたのは、明らかに言い過ぎだ。
この言い方だと、まるで従軍慰安婦を正当化しているような発言になる。だが、過去にそういう事実があったとしても正当化はできないと、僕は思う。いかに兵士が命をはっている戦場といっても、慰安婦制度というのは、女性を性の道具として扱うわけだから。女性を性の道具として扱うことを正当化するのは間違いだ。その点で、橋下発言は明らかに言い過ぎだし、誤りだったと思う。
―橋下氏は、マスコミが自分の言葉の一部だけを抜き取って「誤報」したと、批判していますが?
橋下さんは「誤報だ」と言うが、それはまったくの間違いだ。彼が言いたいのは、マスコミは全体を報道しないで、自分の言葉の一部を報道しているということだと思うが、それは「誤報」とは言わない。彼が30分なり1時間なりしゃべったものを全部報道するマスコミなんてありえない。報道されるのは、常に一部に決まっている。
マスコミというのは、そういうものだ。逆にいえば、橋下さんだって、そんなことは百も承知なのではないか。記者会見を開いたら、それが全部報道されると思っているのか。もしそうだとしたら、それはマスコミに対する誤解だ。誤解しているのはマスコミではなく、彼のほうだと思う。
―橋下氏の慰安婦をめぐる発言に対しては、アメリカ国務省の報道官が「異常で不快」と非難する事態にもなり、日米関係への影響も懸念されました。
橋下発言は、韓国だけでなく、アメリカまでが問題にし始めた。さらに、橋下批判だけで終わらず、「日本人は従軍慰安婦を正当化している」と受け取られることになりそうだった。アメリカが「日本人は」と言ったら、それはいまの日本政府、つまり、安倍内閣への批判へとつながる。ところが、そうはならなかった。
なぜそうならなかったかというと、日本の女性の国会議員たちが超党派で、橋下発言に対して怒りを爆発させたからだ。この超党派の女性議員たちの怒りの爆発によって、「日本人が従軍慰安婦を正当化している」というようには発展しなかった。これは良かったことだと思う。
―この夏の参院選に向けて、橋下氏の一連の発言はどのような影響を与えるでしょうか?
日本維新の会についていえば、石原さん(共同代表)や平沼さんが橋下さんをかばう発言をしているが、彼らがかばえばかばうほど、あの党は票を失っていくだろう。世論調査で明らかなように、維新の会には逆風が吹いている。
この逆風で、いま一番、ホッとしているのは民主党だ。一時は維新の会の支持率のほうが上だったが、また逆転して、野党第1党になれたから。次にホッとしているのは、公明党だろう。一時は「安倍さんが維新の会と組むのではないか。公明党は捨てられるのではないか」と心配していたが、これで「やっぱり自民党は公明党と組むしかない」というムードになっている。だから、公明党も安心しているはずだ。
それにしても、なかば皮肉を込めて言うが、橋下さんはよくがんばるなと思う。あの発言以来、ツイッターでもテレビの番組でも、ガンガン言っている。今日も外国特派員協会で、3時間近くしゃべったというし、よくがんばっている。このねちっこさは、すごいと思う。(5月27日談)
・僕は護憲論者ではないが、憲法96条の改正には反対だ
・堀江さんの宇宙ロケットに乗ってみたい、予約もした
田原総一朗(たはら そういちろう)
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、岩波映画を経て、東京12チャンネル(現テレビ東京入社)。フリー転進後は。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。現在早稲田大学特命教授として大学院で講義をするほか、「大隈塾」塾頭も務める。1998年ギャラクシー35周年記念賞(城戸賞)を受賞。2010年4月よりBS朝日にて「激論!クロスファイア」開始。 近著に「40歳以上はもういらない (PHP新書)」がある。
また、雑誌『オフレコ!』(アスコム)の責任編集長も務める。無料メールマガジンも公式ページで展開中。
・田原総一朗 公式サイト|Twitter
―橋下氏は外国特派員協会での記者会見で、慰安婦問題に関する「河野談話」について、「日本軍が慰安所に一定の関与をしていたのは事実だが、国家の意思として女性を拉致したり、人身売買した歴史的事実はない。その意味で、河野談話はもっと明確化されるべき」という見解を表明しました。
河野談話については、一時期、安倍首相も訂正したいと言っていたが、僕は直すべきではないと思う。
たしかに、日本軍が朝鮮半島の女性たちを拉致したり、強制連行した事実はない。朝鮮の若い女性たちを買ったのは朝鮮半島の業者だ。だが、女性たちが自分の意思で身を売ったというのは全くの間違いで、実際は貧困のなかで、親たちがやむをえずにそういう選択をしたのであって、決して女性たちが自主的にやったわけではない。
さらに言うと、朝鮮半島の業者たちは「アテがある」から女性を買った。「アテ」とは何かといえば、日本軍だ。もっと言えば、日本軍が朝鮮の業者に頼んだということ。なぜなら、日本軍が、戦場における慰安婦を必要としていたからだ。言ってみれば、日本軍が朝鮮の業者に頼んで、「買わせた」ということだ。
しかも、朝鮮の業者たちが買った慰安婦たちを集めて、軍艦にのせて運んだのは、日本軍だ。また、戦地で女性たちに慰安婦として作業させたのは日本軍であって、日本軍が関わりないとは言えない。関わりはある。日本軍が拉致したり、強制連行した事実がないからといって、「日本軍は関係ない」とは絶対に言えない。おおいに関係がある。むしろ、日本軍の求めを受けて、朝鮮の業者が買ったとみるべきだ。その意味で、河野談話は否定すべきではないと、僕は思う。
橋下さんは「日本だけが批判されるのはおかしい。韓国だってやっているじゃないか」と言っている。たしかに、日本以外の多くの国が戦時に従軍慰安婦的なことをやっていたというのは、事実としてあった。しかし、5月13日の大阪市役所での記者会見で「銃弾が飛び交う戦場で兵士を休息させるために、慰安婦のような制度が必要なのは、誰だってわかる」という発言をしたのは、明らかに言い過ぎだ。
この言い方だと、まるで従軍慰安婦を正当化しているような発言になる。だが、過去にそういう事実があったとしても正当化はできないと、僕は思う。いかに兵士が命をはっている戦場といっても、慰安婦制度というのは、女性を性の道具として扱うわけだから。女性を性の道具として扱うことを正当化するのは間違いだ。その点で、橋下発言は明らかに言い過ぎだし、誤りだったと思う。
―橋下氏は、マスコミが自分の言葉の一部だけを抜き取って「誤報」したと、批判していますが?
橋下さんは「誤報だ」と言うが、それはまったくの間違いだ。彼が言いたいのは、マスコミは全体を報道しないで、自分の言葉の一部を報道しているということだと思うが、それは「誤報」とは言わない。彼が30分なり1時間なりしゃべったものを全部報道するマスコミなんてありえない。報道されるのは、常に一部に決まっている。
マスコミというのは、そういうものだ。逆にいえば、橋下さんだって、そんなことは百も承知なのではないか。記者会見を開いたら、それが全部報道されると思っているのか。もしそうだとしたら、それはマスコミに対する誤解だ。誤解しているのはマスコミではなく、彼のほうだと思う。
―橋下氏の慰安婦をめぐる発言に対しては、アメリカ国務省の報道官が「異常で不快」と非難する事態にもなり、日米関係への影響も懸念されました。
橋下発言は、韓国だけでなく、アメリカまでが問題にし始めた。さらに、橋下批判だけで終わらず、「日本人は従軍慰安婦を正当化している」と受け取られることになりそうだった。アメリカが「日本人は」と言ったら、それはいまの日本政府、つまり、安倍内閣への批判へとつながる。ところが、そうはならなかった。
なぜそうならなかったかというと、日本の女性の国会議員たちが超党派で、橋下発言に対して怒りを爆発させたからだ。この超党派の女性議員たちの怒りの爆発によって、「日本人が従軍慰安婦を正当化している」というようには発展しなかった。これは良かったことだと思う。
―この夏の参院選に向けて、橋下氏の一連の発言はどのような影響を与えるでしょうか?
日本維新の会についていえば、石原さん(共同代表)や平沼さんが橋下さんをかばう発言をしているが、彼らがかばえばかばうほど、あの党は票を失っていくだろう。世論調査で明らかなように、維新の会には逆風が吹いている。
この逆風で、いま一番、ホッとしているのは民主党だ。一時は維新の会の支持率のほうが上だったが、また逆転して、野党第1党になれたから。次にホッとしているのは、公明党だろう。一時は「安倍さんが維新の会と組むのではないか。公明党は捨てられるのではないか」と心配していたが、これで「やっぱり自民党は公明党と組むしかない」というムードになっている。だから、公明党も安心しているはずだ。
それにしても、なかば皮肉を込めて言うが、橋下さんはよくがんばるなと思う。あの発言以来、ツイッターでもテレビの番組でも、ガンガン言っている。今日も外国特派員協会で、3時間近くしゃべったというし、よくがんばっている。このねちっこさは、すごいと思う。(5月27日談)
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プロフィール
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、岩波映画を経て、東京12チャンネル(現テレビ東京入社)。フリー転進後は。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。現在早稲田大学特命教授として大学院で講義をするほか、「大隈塾」塾頭も務める。1998年ギャラクシー35周年記念賞(城戸賞)を受賞。2010年4月よりBS朝日にて「激論!クロスファイア」開始。 近著に「40歳以上はもういらない (PHP新書)」がある。
また、雑誌『オフレコ!』(アスコム)の責任編集長も務める。無料メールマガジンも公式ページで展開中。
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