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ゼロより下、マイナスからでも這い上がりたい――川崎宗則の愚直な生き方

Business Media 誠 5月30日(木)11時40分配信

臼北信行のスポーツ裏ネタ通信:
 「伏兵」と思われていた男が着実に存在感を増している。トロント・ブルージェイズの川崎宗則のことだ。打率は2割台だが、出塁率に目を移してみるとOBP(On Base Percentage)は3割台。2012年シーズンのOBPでマークした2割5分7厘を大きく上回る活躍をみせている。

 際立ったのは、本拠地ロジャースセンターで行われた5月27日(日本時間28日)のオリオールズ戦。9番・遊撃で先発出場すると1点を追う9回二死一、二塁の好機で左中間への2点適時二塁打を放ち、チームにサヨナラ勝ちをもたらした。3安打3打点の猛打賞で大ヒーローとなった川崎は地元のテレビカメラに向かって「私の名前は川崎宗則、日本人です」とユニークな片言英語で絶叫。場内のファンからもスタンディングオベーションで声援を送られた。

 「彼はOBPが示すように期待以上の働きをしてくれている。打席に立っても“何か”をやってくれそうだし、とても頼もしいよ。守備も素晴らしい。最初は彼の実力に半信半疑だったが、今はもうカワサキがいないチームのことなど怖くて考えることができない」とはジョン・ギボンズ監督の川崎評。メジャーリーグでも「滅多なことではプレーヤーを誉めない」として知られる同監督が、ここまで1人の選手を激賞するのは極めて珍しいことだ。

●タナボタ昇格からチームの中心的存在に

 川崎は2013年3月13日にブルージェイズとマイナー契約を結んだ。しかしその当初、トロントの地元メディアの反応は芳しくなく「メジャー昇格もままならず、おそらく途中解雇されるだろう」と冷ややかだった。ところが4月13日に正遊撃手のホセ・レイエスが左足首捻挫で故障者リスト入りするとお呼びがかかり、3Aバッファローからメジャーへ昇格。タナからボタ餅だったとはいえ、この千載一遇のチャンスを川崎は見事に生かして周囲を完全に見返した。

 アレックス・アンソボロスGMは「カワサキの活躍は大きな驚き」と目を丸くしながらも「彼を小バカにしていたトロントのメディアは彼に謝らなければならない」。これに呼応するかのように地元のトロント・スター紙が「カワサキさん、ごめんなさい」という見出しをつけて“謝罪記事”を掲載するなど、川崎の評価はガラリと一変。アグレッシブなプレーで多くのファンを魅了し、今では本拠地ロジャースセンターのスタンドに横断幕が張られるほどの人気選手となった。

 さらに同GMは「彼がチームにもたらした活気はすごい。仲間たちから本当に慕われている」とも絶賛。その言葉通り、2010年から2年連続でア・リーグ本塁打王に輝いたホセ・バティスタや、昨季サイ・ヤング賞右腕のR・A・ディッキーら大物のチームメートたちからも一目置かれるようにまでなった。

 そう、実は川崎がブルージェイズで評価を得ているのはプレーだけではない。「超」が付くほどにマジメで一生懸命な姿勢がフロント幹部をはじめ首脳陣、チームメート、そしてファンのハートをガッチリとつかんでいるのだ。

●試合前の「ガンバッテイコウ」がチームに浸透

 試合で守備に就く際、川崎はまるで高校球児のようにグラブを片手にベンチから猛ダッシュで飛び出していく。「初めて見たとき、カワサキが後ろから誰かに追いかけられているのかと思った。後にそれが彼のルーチンワークだと聞いて『何てマジメな男なんだ』と再び驚かされたよ」とはギボンズ監督の弁。メジャーでは考え難い“川崎流”に目を白黒させ、その愚直さに感動すら覚えていた。

 クラブハウスにも必ず一番乗りで入り、ストレッチなどの準備を抜かりなく行う。そしてベテランや若手、そしてスタッフと分け隔てなくみずから声をかけて挨拶。それも、そのほとんどが英語ではなく日本語だ。メジャーに昇格した当日から試合前に「ガンバッテイコウ」とチームメートたちに声をかけており、その掛け声が今ではナインの間に浸透している。

 主力のバティスタは「いきなり日本語で話しかけてきたときには驚いたけど、今はもう慣れたよ(笑)。ムネ(川崎)は英語やスペイン語がうまく喋れなくてもボディランゲージを交え、一所懸命に話すから何を伝えようとしているかが大体分かる。とてもユニークで、みんなを笑わせるムードメーカーでもあるし、最高のチームメートさ。メジャーリーガーの中には変なプライドが邪魔をして周りに溶け込もうとしないヤツがいるけれど、彼はそうじゃない。ああいう姿勢はわれわれも見習う必要性がある」。

 一流のメジャーリーガーたちが舌を巻き、そして共感を覚える驚異的な猪突猛進ぶり。思えば、メジャーに挑戦した当時も川崎は尊敬するイチロー(現ヤンキース)の存在を追ってマリナーズへ入団した。

●ゼロより下、マイナスから這い上がりたい

 ソフトバンクホークスでは絶対的なリードオフマンに君臨しながらも2011年のオフ、FA宣言して「イチローさんと同じチームでプレーすることだけを希望しています」とマリナーズを逆指名。ソフトバンクの慰留を振り切って、マリナーズ入団にこぎつけた。しかしサインを交わしたのはマイナー契約。ソフトバンクに残留していれば推定年俸3億円の好条件でレギュラーの座も確約されていたが、川崎は夢を追い求めてあえてイバラの道を選んだ。

 「もともとメジャー志向が高かった川崎を早くから調査するメジャー球団はマリナーズを含めて複数あったが、その評価は決して高くなかった。『内野手のバックアップならばマイナー契約で獲得を検討してもいい』というのが、リストアップしたマリナーズなどの各球団の答えだった」(メジャー関係者)

 控えの内野手に好条件を提示するメジャーの球団はない。控え野手の年俸相場は高くても150万ドル(約1億5000万円)。メジャーに昇格できなければ最低保障の40万ドル(約4000万円)にも満たない。立場が保障されない以上、どの球団でプレーしても同じ。川崎は代理人に「控えでしかオファーがないのならば、いっそのこと憧れのイチローさんと一緒にプレーしたい。マイナーで構わないからマリナーズと話をまとめてほしい」と伝えた。

 日本のトッププレーヤーだった男が、こんな低い条件を提示されて首を縦に振るわけがない。おそらく、そう思っていたのだろう。驚いた代理人は「マイナー契約で本当にいいのか」と何度も再確認を求め、ソフトバンク残留も視野に入れるように促した。

 だが、それでも川崎の決意は変わらない。「(ソフトバンクに)残留すれば、確かにラクかもしれない。でも、もっともっと苦しんで足掻いて、ゼロより下、マイナスの位置から這い上がってみたい。人間は足掻かなくなって、ラクしようとしたら終わり。『メジャー』という上の世界があるならば、そこに昇格してとことん上を目指したい。そして、もっと成長したい」と強い口調で言い放ったという。

●成功者ではなく、価値ある人間になれ

 当時は一部メディアから「イチローが弟分の川崎の入団をマリナーズ幹部に強力プッシュしたのではないか」とうがった見解も出ていたが、そうではない。これが川崎の「マリナーズ逆指名入団」の真相だ。

 2012年春、招待選手として参加したマリナーズのスプリングトレーニングでは口の悪い番記者から「イチローのキャッチボール役」と陰口を叩かれながらも、オープン戦で実力を示し大方の予想を覆し、開幕メジャーを決めた。2012年7月にイチローがヤンキースに電撃移籍したことで袂を分かつ形となった後も、一度もマイナーに降格することなくメジャーでプレーし続けた。マリナーズのジャック・ズレンジックGMは、こう言う。

 「カワサキとはチーム編成の都合上、残念ながら再契約を見送らなければならなかったが、彼が素晴らしいプレーヤーであることは間違いない。いままで多くのメジャーリーガーと接してきたが、あそこまで熱いハートを持った選手を私はかつて見たことがないよ。代走や守備固めとして起用され続けても、彼は決して文句を言わず笑顔を絶やさなかった。あの姿勢は賞賛に値する。『Try not to become a man of success but rather to become a man of value(成功者になろうとするのではなく、価値ある人間になろうとすることだ)』。これは(物理学者の)アルベルト・アインシュタインの言葉で、私の格言だ。カワサキは、まさにこの言葉を地で行くプレーヤーだろう」

 持ち前の愚直さで一躍スターダムにのし上がった川崎。現代社会では、すっかり忘れられがちな彼の生き方は大いに参考とするべきなのかもしれない。

[臼北信行,Business Media 誠]

最終更新:5月30日(木)11時40分

Business Media 誠

 
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