「過剰反応して議論を始めるのは早計だ。EUでも議論の途中で、今後、修正される可能性もある。権利を広く認めれば、政治家の不祥事報道など公益性の高い情報まで削除されかねないという懸念もある。表現の自由との両立や忘れられる権利が行使できる要件、実際の運用といった総合的なバランスを見る必要がある」
――EUが権利を提唱した背景は
「EUは1995年、個人情報保護をめぐる法制度を各国で共通化させる『データ保護指令』を採択した。十数年が経過して改正の機運が高まり、新たな規則作りの一環として忘れられる権利が提唱された。EUではその後、欧州議会と閣僚理事会が規則案を検討している。2015年4月の採択を目指していると聞いているが、来年に欧州議会選があることなどから、採択時期はずれ込む可能性が高い」
――新規則が採択されれば、米国企業への影響が大きいのではないか
「米国にはグーグル、フェイスブックといった個人情報を大量に扱うネット企業が多く、忘れられる権利が米国を意識している点は否定できない。ただ、米国は表現の自由を重視し、個人情報保護に法制度ではなく自主規制で対応してきた歴史がある。EUはデータ保護指令で第三国への個人データ移転に厳しいハードルを設けたが、米国はEUと独自の自主規制の取り決めを結んで特別扱いを受けている。今後、仮に忘れられる権利を含む新規則がEUで採択されたとしても、米国企業が影響を受けるかどうかは不透明だ」
――日本への影響をどう見るか
「EUの市民向けにサービスを提供する日本のネット事業者が新規則の適用を受ける可能性があるが、もう少し様子を見ないと分からない」
――現在の日本のネットの削除請求手続きに課題はあるか
「プロバイダ責任制限法に基づく手続きでは、プロバイダーが削除の可否を判断せざるを得ず、法律の明確性に問題がある。施行から8年がたつ個人情報保護法の見直しも必要だろう」
――個人情報保護法の問題点とは
「法制度が複雑な上に、個人情報に関する定義が3つに分かれ、国際的に見て分かりにくい。また、法執行や運用を担当する独立機関がないため、特に医療機関や教育機関では、国や地方自治体など設置主体によって適用法令がバラバラになっている。独立機関がないために、日本は国際的な個人情報保護をめぐる議論に参加できないという現状がある。現在のような省庁別の縦割りの対応では、グローバル化時代には対応できない。ただ、監視機関を作るにしても中身が重要で、リスクもある」
【プロフィル】神田知宏
かんだ・ともひろ 昭和41年、石川県生まれ。47歳。一橋大法学部卒。IT会社社長を経て平成19年に弁護士、弁理士登録。第二東京弁護士会消費者問題対策委員会電子情報部会委員。
【プロフィル】石井夏生利
いしい・かおり 昭和49年、神戸市生まれ。39歳。東京都立大法学部卒。中央大大学院法学研究科博士課程修了。現在、筑波大図書館情報メディア系准教授。総務省情報通信政策研究所特別上級研究員。
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