欧州連合(EU)の欧州委員会は昨年、インターネットに拡散した個人情報の削除を本人が求められる「忘れられる権利」を提唱した。EUは本人から要請を受けたサイト管理者に削除義務化を求める方向で議論しているが、表現の自由や知る権利と衝突しかねないとして、米国を中心に慎重な対応を求める声も上がっている。ネット上の情報削除手続きに詳しい神田知宏弁護士と、海外の個人情報保護制度に詳しい筑波大の石井夏生利准教授に見解を聞いた。(三品貴志)
神田知宏氏
――日本でも忘れられる権利新設に向けた議論を進めるべきか
「日本の現行法でも個人情報の削除は求められるが、課題も多く、ネット時代の新たなプライバシー権を議論する必要があるだろう。ネットを使えば今や誰もが他人のプライバシーや人格権を侵害する可能性があり、ネット時代の新たな枠組みが必要だ」
――ネットに拡散した個人情報をめぐって、どんな相談が多いか
「私のもとには個人と法人から年間100件近い相談がある。相談内容は誹謗(ひぼう)中傷や侮辱といった情報の削除と執筆者の特定がほとんど。中には精神的に追いつめられ、通院されている相談者も少なくない。慰謝料を請求するというよりも、『そっとしておいてほしい』という要望が大半だ」
――現行法に基づき削除依頼をする際の手続きは
「多くの場合、プロバイダ責任制限法に基づいてテレコムサービス協会の送信防止措置依頼書(削除依頼書)をプロバイダー(ネット接続事業者)などに送る。発信者への照会をへて削除できるケースもあるが、拒まれた場合は、訴訟手続きを取る」
――現在の手続きに課題はあるか
「まず、削除依頼書に必要な委任状などの必要書類を集めるのに手間がかかる。また、削除請求の際は権利侵害の理由を明示する必要があり、特に誹謗中傷による名誉毀損(きそん)の場合は『事実ではないこと』を証明しなければならない。プロバイダーでは判断できないことも多く、訴訟になれば時間もかかる。もっと分かりやすい手続きを整備すべきだ」
――サイト管理者や接続事業者によって対応に差はあるか
「利用規約を定めている大手は法的対応もしっかりしているが、事業者によっては返答がない場合や連絡先さえ分からないケースもある。また、海外事業者の場合、言葉や法律の違いによって削除要請自体が難しい。日本の法律が通用せず、仮に日本で訴訟を起こしたとしても、判決に従うかどうかは分からない。実効性を持った削除手続きについて、国際的な議論が必要なのではないか」
――忘れられる権利は、表現の自由と衝突する可能性が指摘されている
「どうバランスを取るかは確かに課題だ。日本のネットでも、作家、三島由紀夫の小説『宴のあと』事件の判例をもとに、プライバシーとして保護されるためには(1)私生活上の事実のように読める情報(2)一般的な感覚で他者への開示を欲しない情報(3)一般に知られていない情報−という3つの基準が使われることが多い。中には一度ネットに書かれれば、『公知の事実』と主張する意見もあるが、それは言い過ぎだと思う」
――日本でも権利明文化に向けた議論を始めるべきか
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