「福島に生まれて、福島で育って、福島で働く。福島で結婚して、福島で子どもを産んで、福島で子どもを育てる。福島で孫を見て、福島でひ孫を見て、福島で最期を過ごす。それが私の夢なのです。」
これは、先月、福島で開催された全国高校総合文化祭で、福島の高校生たちが演じた創作劇の中の言葉です。悲しみや怒り、不安やいらだち、諦めや無力感といった感情を乗り越えて、明日に向かって一歩を踏み出す力強さがあふれています。こうした若い情熱の中に、被災地と福島の復興を確信できるのではないでしょうか。
今般、被災者の心情に配慮を欠いた不適切な言動によって辞任した閣僚が出たことは、誠に残念でなりません。失われた信頼を取り戻すためにも、内閣が一丸となって、原発事故の収束と被災者支援に邁進(まいしん)することを改めてお誓いいたします〉
やはり「わかっていない」野田首相
現実を知り対応することが先決
このくだりだけで、筆者はもう絶望的な気持ちになってしまった。結局、野田首相はわかっていないのだ。
首相は、テレビ・新聞の報道に毒され、現実から目を背けている。
家族を失った悲しみと戦いながら指揮を取る那智勝浦町の寺本真一町長の悲話は、朝から晩までメディアで報じられているので多くの人が知っていることだろう。
また、全国高校総合文化祭での福島の高校生たちの言葉も、メディアに氾濫する「がんばろう」の合言葉の中に見つけることができる。
しかし、誤解を恐れずにいえば、政府はそんなことに同情を寄せている場合ではないのだ。それよりも、現実を直視すること、つまり、現時点において、人類は放射能とは戦えない、という現実を知り、その前提のもと、対応することが先決なのである。