【東京天使】『漫画:千葉毅郎』 〜 ERM紹介92 〜
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今回は、千葉毅郎さんの最後の単行本「破戒天使」より、 表紙の娘がヒロインである「東京天使」という作品について。 4〜5年ほど前に、古本屋にて無造作に置かれていた単行本。 いざ手に取って読んでみると、その1つ1つの作品が とてもよくできたストーリーで、思わず衝動買いしてしまいました。 ところが読み終わった後、あとがきを見て衝撃を受けました。 作者は既に、この世を去っていたのです…。 生前、作者は何かを残したがっていたそうです。 自分がこの世に生きていたという証。 それは、自分の半生を捧げた「漫画」だったのです。 今回紹介する「東京天使」は、僕がこの単行本の中で最も好きな作品であり、 この単行本の中で最もメッセージ性の強い作品だと思います…。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「腹へった…」 男がビルの屋上から、外を眺めている。 「最後に腹いっぱい食うことすらできないか…。情けない人生だったな……」 その場で腹の虫が鳴り響く。 しかし、男にとっては最早どうでもいいことだった。 屋上に設置されている柵によじ登る。 今まさに、男はビルの屋上から飛び降りようとしていたのだ。 「た…っ、高い…!!」 心臓がドクンドクンと鳴り響き、男は生唾を飲み込んだ。 (ど…どうせ一瞬だよ…! 楽にイケるって――!!) 意を決し、男は柵に足をかけた。 「キミ…いつからそこに!?」 柵を越えた僅かなスペースに、女の子が一人座っていた。 「ナ・イ・ショ」 女の子がその場で立ち上がる。 「ねぇ、おじさん…」 ここはビルの屋上。 落ちれば命は無いというのに、女の子は物怖じもせず笑みを浮かべた。 「あたし今、すっごくHな気分なの…。どうせ死ぬんだったら、その前に…しない?」 少女の目に、一瞬吸い込まれそうな錯覚を覚える。 「とっ…止めようとして、そんな事言ってもムダだぞ!?」 「いいじゃん。最後の思い出に……しなきゃ、もったいないよ?」 男の決意が揺らぎ始める。 (惑わされるな――!! ここで決心が揺らいだら、地獄の生活に逆戻りだ…!!) 「なんなら、ここでしてもいいよ?」 女の子がシャツのボタンを外す。 「ホラ…おっぱい」 女の子がシャツをはだけて胸を見せた。 「おい!! ちょっと……!!」 「フフ…今日は下着つけてないんだ」 女の子が徐々に迫ってくる。 「たっ…頼むから、邪魔しないで……」 口ではそう言うが、男は暗示にでも掛ったように身動きが取れなかった。 女の子が男の手を掴むと、そのままスカートの中へと潜り込ませる。 「フフ…したくなっちゃった?」 ビルの屋上の柵の向こう側という非現実的な空間で、 目の前の女の子が笑みを浮かべる。 男が生唾を飲み込むと、ついに決心が揺れ動いた。 「オ…俺ん家でいいかな?」 「え?」 「ここじゃなんだし…ホテル行く金ないし……」 きょとんとした顔で男を見る。 (情けない……) 「いたっ、なんか蹴った!」 昼間にも関わらず、男の部屋は薄暗かった。 「ねえ、電気は?」 「止まってる。水道もガスも電話もぜーんぶ!」 女の子が訝しげな表情をする。 「別に問題ないだろ。さっさとやろうぜ?」 「待って! いい物あげるね」 背中のバッグを取り出すと、女の子は中をゴソゴソと漁り始めた。 「なに?」 「天使の羽根!」 「はいはい! キューピット様でもなんでも、俺の借金すべて肩がわりしてくれるならな!!」 「ホントなのに――っ!!」 男は女の子に背を向け、まるで相手にしない。 「俺の借金いくらあると思う? 3千万!!」 男が3本の指を立て、その金額を強調して言う。 その瞬間、女の子が男の顔をそっと胸に埋めた。 「ごめんね……。辛い事、なくしてあげられない……」 男から女の子の顔は見れないが、おそらく同情したような表情を浮かべているのだろう。 「いいよ…どうせ、やり終わったら死ぬし…」 「まだそんな事言って…」 「やりに来たんだろ!? さっさと気持ちよくなろうぜ!」 男が強引に女の子の腕を掴んだ。 「あんっ」 「止めるためのウソだったなんて言うなよな!!」 女の子の胸に手を伸ばし、力任せに愛撫する。 「ラッキーだよ。最後にこんなスケベ女と出会えてさ!」 「い…いい事あったじゃない……!!」 女の子が苦悶の表情を浮かべながら言う。 「天使なんて信じてる、青臭い小娘だけどな!」 「さっきまで泣いてたクセに…。なによコレ…」 女の子が男の股間に手を伸ばす。 「もっとイイ事してあげる」 やがて、女の子は自分から男を迎え入れた。 「ね…? がんばってれば、もっとイイ事あるよ…。私を信じて……!」 「ガキが! 知ったふうな口きくな!」 男の上に馬乗りになると、女の子は優しい笑みを浮かべた。 「これでもあなたの10倍近く生きてるんだけどな……」 女の子が腰を動かし始める。 「辛い事は、どこまでいってもなくならない……。 悲しいけど、あたしにもどうする事もできないの…。 だからせめて…がんばればその分イイ事あるように――。 あたしが見守っててあげる――!!」 女の子が男の耳元でそっと囁いた。 (あなたの“心”が倒れなければ…辛い事だって、いつかは終るんだもの――) 「なんだよ……! なんなんだよお前……!!」 男の頬に両手を添えると、女の子が顔を近くまで寄せる。 「天使が見守ってるって言ったでしょ?」 翌日、男は布団の上で目を覚ました。 枕元には、あの女の子から渡された天使の羽根。 「夢……じゃ…ない?」 すると、ドンドンと家のドアを叩く音が聞こえてくる。 「桐山さーん!! いないんですか――!?」 着替えをしてから玄関のドアを開ける。 「桐山さ…」 「なんだ、君達…」 すると、そこには二人の女性が涙を浮かべながら立っていた。 「よかった! 3日も会社休むからみんな心配して…」 「自殺でもしたんじゃないかって……!!」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 数年振りに読み返し、生きていればイイ事があると再認識させられた作品でした。 この漫画と出会えて良かったと、心から思います。 巻末の「Sweet Soul Music」も、 ストーリー重視の作品でとても面白い作品だと思います。 また、表題作である「破戒天使」のようなギャグ漫画もあり、 他にも色々と作品を読んでみたかったのですが、それはもう叶う事はありません…。 ちなみに表紙イラストの彩色は、今は亡き漫画家刹奈さん(#7にて紹介)によるもの。 最初で最後であろうコラボは、とても綺麗に仕上がっています。 裏表紙にもありますが、この単行本は33歳でこの世を去った漫画家、 千葉毅郎さんが遺した感動と哀惜の傑作コミック集です。 『著者:千葉毅郎
プラザCOMIX 発行:蒼竜社』 |