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 第三章 迷宮商売 海の幸を求めて編
百八十一日目~百九十日目
 “百八十一日目”
 まだ朝日も昇らぬ時間から飛行型外骨格【翡翠鷲王の飛翼】を身に纏い、同行していた団員の中で唯一空を飛べたカナ美ちゃんも連れずに単鬼で空を飛ぶ。
 最近特に寒くなってきていたので高速飛行はどうかと思っていたが、外骨格の防寒性は思っていた以上に優れているようで、分厚い凍雲の中に突っ込んでも全く寒いとは思わなかった。
 流石に外骨格の表面は薄く凍っていたようだが、身震いすれば簡単に剥がれる程度なので問題は特に無い。
 気にする事無く全速力で飛び続けた。
 その途中で飛行型モンスターと何度かすれ違ったが、すれ違った際に生じた烈風で簡単に吹き飛んでいたので高レベルのモンスターではなかったらしい。
 今回は急ぎなので狩りはしなかったが、帰りにでも摘み食いしようと思う。どんな味がするのだろうか、少し楽しみだ。

 それで今回の目的地だが、大森林にある拠点だったりする。
 帰還理由は当然、昨日逝ってしまったゴブ爺との別れを済ます事だ。
 ゴブ爺が死んでからまだ数時間しか経っておらず、昨夜は時間が時間だったのでさっさと寝たが、普段よりも早く起きて帰還している。
 その行動が迅速だったからか、朝日が昇り、拠点に残していた団員達が本格的に活動し始めた頃には拠点に到着する事ができた。

 拠点には戦闘能力が低かったり、そもそも非戦闘員だったり、温泉施設などでの仕事があったりする猫妖精ケットシーやコボルド、ドワーフや人間の女性などを多く残している。
 誰にも帰るとは言っていなかったので顔を見せると驚かれたが、すぐに『アポ朗/俺だから、王都に居たはずだけどここに居ても不思議ではない』と納得していた。
 残留組には外から入って来た者も多いのだが、皆ここで過ごす間に今まで持っていた“常識”が徐々に崩れ、ここの“常識”に馴染んだのでこんな薄い反応となったようだ。
 馴染む事によって他種族でも仲間意識が生まれたり、恋愛感情を抱いたりするので都合は良いのだが、初期の新鮮な反応が見られないのはちょっと寂しく思う部分もある。

 ともかく、そんな団員達とすれ違う度に簡単な挨拶を交わし、俺はゴブ爺が居る一画に急いだ。
 ゴブ爺の死体は腐り難いよう、拠点にある霊安室に安置されている。まあ、霊安室といっても居住区を改造する内に不便だから、という理由で外したかつての坑道の奥深い場所だ。
 ひんやりと肌寒いそこは蟲などもあらかた駆除しているので、短時間なら死体の保管も問題ない。
 それなりの広さもあるので天然の食糧保管庫としても使えるが、それは一先ず置いといて。

 目的地に到着すると、平たい石に敷かれた毛皮の上にゴブ爺が寝かされていた。
 着ているのは普段通りに腰布一枚で、傍には愛用の杖がある。
 外傷が無いのでパッと見では安らかに眠っているようだが、見間違いようも無く死体である。冷たくなった身体からはまだ腐臭こそ漂っていないが、二度と動く事はない。
 アンデッドとなって動き出す、何て事も無さそうだ。
 まあ、アンデッドになっても弱いだろうけどな。

 色々と確認した後暫く合掌し、黙祷。
 南無。ゴブ爺の冥福を祈る。

 思う事は色々とあるが、改めて死体を見ると、僅かながら寂しさを感じた。
 悲しみから涙を流すなどは無いが、これからの鬼生でベルベットと同じように、ゴブ爺に対して感謝の気持ちが消える事は無いだろう。
 ゴブ爺がいなければこの世界の情報を得るのはかなり手間取っていたのは間違いないし、何より大森林で採れる素材の使い方など、赤髪ショート達から得られないような情報はかなり多かった。
 本当に、ゴブ爺には助けられたモノだ。

 と感謝した後、俺はゴブ爺の死体を丸々喰ってみた。肉体を操作して口を限界以上にまで広げ、三口で全身を喰い終える。
 正直な話、ゴブ爺は美味しく無い。痩せているので肉は少ないし、骨もボロボロなので軽く噛んだだけで呆気なく砕けてしまう。それに死後数時間は経過しているし、二十年以上生きたゴブリンなので、新鮮とは言い難い
 それでも俺は血の一滴も残さずゴブ爺を喰い、その骨肉を自分の血肉とした。
 そうする事が、正しいと思ったからだ。

 【能力名アビリティ【老鬼の知恵袋】のラーニング完了】

 ……正直、ラーニングできるとは思っても居なかった。
 ゴブ爺は弱過ぎるし、使徒鬼アポストルロードとなって必要になった摂取量からすれば喰ったゴブリンの量は全く足りていないからだ。
 だがラーニングできてしまっている。
 もしかしたらだが、喰えばラーニングしてしまう程ゴブ爺は知恵を貯えていたかもしれない。かなりの確率であり得ないとは思うのだが、その可能性は捨てきれない。
 あるいは、俺がかつてゴブリンだった事でそもそもラーニングし易い下地が既に出来ていた、といった所だろう。
 ゴブ爺には少なからず思い入れもあったので、それがラーニング成功率を引き上げていた可能性もある。

 ともかく、ラーニングできた原因の解明については考えない事にする。
 そもそも確率によって変動するモノであり、何があろうとラーニングできたモノはラーニングできたモノなのだから仕方ない。
 取りあえず、早速【老鬼の知恵袋】を使ってみる。
 だが何も変化はない。視界にはただ岩肌が剥き出しの洞窟が広がっているだけだ。
 不発、と言う訳ではない。アビリティは確かに発動している。今度はアイテムボックスから【弾けの実】を取り出してみた。
 すると【弾けの実】を指すように逆三角形の幻影が見えるようになった。以前は無かったこれが【老鬼の知恵袋】の効果によるもので間違いないので、取りあえずそれを触れる、と念じてみた。


 ―――――――――――――――――

 名称:弾けの実。
 分布:クーデルン大森林全域、イスカリアン牢樹海、など他多数。
 特性:一定以上の衝撃を与えると硬い種を周囲に撒き散らす。種は三~八とバラつきがあり、数が多い程種は小さく、しかし硬くなりやすい。
 備考:食用に適しているのは種のみである。種はそのままだと硬過ぎて喰えたモノではないが、数時間じっくりと煮る事で柔らかくなる。食感は豚肉に近く、濃厚な味わいとなる。
 蘊蓄うんちく:弾ける事で種を散布する際、飛び散った種に当たって運悪く死んだ小動物の死体が近くにあるとそれを養分とする。
    確率は低い事だが、そうなると通常よりも成長が速くなり、種の硬度も上昇、弾ける強さなどが変化する。
    世界最強の弾けの実――その段階になると【滅爆の実】と呼ばれる――は、世界に五つしかない【大神級】の【神代ダンジョン】を内包する“オルトリア死滅樹海”にて確認されている。
    それは至近距離なら竜・龍の竜鱗や龍殻すら突破するらしく、ダンジョンに挑む者はまずその対策を講じる必要があると言われている。

 更なる情報を閲覧しますか?
 ≪YES≫ ≪NO≫

 ―――――――――――――――――


 その後も幾つか試して分かった事だが、【老鬼の知恵袋】は大森林や樹海などで採れる素材の特徴や特性、物によってはそれを使った毒薬の製作法など、今まで知らなかった知識も含めて脳内で表示されるという効果があるらしい。
 どうやら【物品鑑定ディテクト・アナライズ】などと同じ系統のアビリティらしいが、コチラの方が蘊蓄なども見えるので、より詳しいと言えるだろう。
 情報を読めない物が多いのが欠点だが、蘊蓄は今後の為になるし……ちょっとだけ、【弾けの実】を本格的に育成しようかと思ったのは秘密である。
 なんだよ、【滅爆の実】って。かなりヤバそうで、面白そうじゃないか。
 ま、まあ、その他の知識の中には色々と応用が効きそうなモノもあったので、錬金術師さんとかと一緒に新薬の開発をする際、意外と発想の手助けをしてくれるのでは、と期待しておく。

 死んでからもなんか手助けしてくれそうなゴブ爺に向けて、再度合掌した。

 ゴブ爺との別れが済んだので霊安室から引き返し、いい匂いがしたので大食堂の方に行くと、厨房にて朝食を作っている姉妹さん達と顔を合わせた。
 姉妹さんにはまだ顔を見せていなかったので、俺が居る事にビックリしていた。が、すぐに笑顔を見せてくれた。ほっこりと和む。
 二人の笑顔を見ているとすぐに王都に帰るのもなんだかな、と思ったので姉妹さん達の手料理を久しぶりに堪能する事にした。
 朝飯もまだだったので丁度いい。
 匂いに誘われるくらいには腹も空いている。ゴブ爺では腹一分も満たなかった。

 と言う訳で、現在の団員数が団員数だけにかなりの広さを誇る大食堂の座席の一つに座り、二人の様子を観察する。
 大食堂に料理を提供する厨房は徐々に拡張されてそれ相応の広さとなっている。十数人が一度に調理してもまだ余裕があるくらいだ。
 厨房に設置されたコンロや水道といった設備、包丁や鍋などの調理道具は鍛冶師さん達が魔法金属や精霊石を使って製造しているので、かなり充実している。
 自慢ではないが、お転婆姫の琥珀宮の厨房と同等かそれ以上の設備となっていた。
 そんな厨房で姉妹さんは大鍋に刻んだ大量の食材を放り込み、火精石が仕込まれたコンロで煮込み、調味料で味付けしたりと細々とした事を行っている。その動きに淀みは無く、朝食は着々と作られていた。
 姉妹さん以外に厨房で料理を作っている者はいないが、【料理長コック・チーフ】を得た姉妹さんだけで数十名の残留組の飯を賄うのは十分なので問題は無い。
 いざとなれば別の所で働いている料理担当が手助けするようにはしているが、姉妹さんは楽しそうに作っているから無用な心配だろう。

 姉妹さん達を見ながら料理を待っていると、大食堂に姉妹さんと同じく久しぶりに顔を合わせる事になった鍛冶師さんや錬金術師さん達がやって来た。
 鍛冶師さん達は姉妹さんと同じように俺を見て驚いていたが、すぐに元に戻り、久しぶりに他愛もない話をするのはやはり楽しいものだ。
 イヤーカフスを介して毎日短くても話していたとはいえ、直接会って話す方が一番なのは間違いない。微妙に変化する表情や肉体の温もりは通信では伝わり難いからな。
 そして待っていた姉妹さん達の料理は期待通りに美味しく、栄養を取り込んで一日の活力が内面から漲った。

 だが今回一番注目すべきは、錬金術師さんの腕に抱かれてスヤスヤと眠っている、現在俺の子の中で唯一の人間――ニコラの存在だろう。
 正直その寝顔が可愛くて堪らない。ぷにぷにとした赤い頬っぺた、幸せそうな可愛い寝顔、俺の指を握り返す小さい五指、触れれば壊れそうな小さく柔い身体。
 オーロやアルジェント、鬼若も勿論可愛い子供なのだが、一番下で、まだ赤ん坊であるニコラは可愛過ぎて困る。四人には等しく愛情を抱いているし、注いでいるつもりだが、うむ、ニコラの寝顔を見ながらにやけてしまうのは仕方ないだろう。
 それぐらい可愛い。

 そんな可愛いニコラはまだ言葉は喋れないが、時折まるでコチラを観察するような目をする事がある。
 俺の血を引いているのだから、案外一歳児で動き回るとか、普通に喋り出すかもしれないな。流石に言い過ぎだとは思うが、そう思う何かがある。
 ふと気になったのでベルベットの遺産の一つである【遺物エンシェント】級のマジックアイテムでニコラを調べてみると、どうやらニコラは生まれた時から【職業・鬼児】、【職業・紋章術師クレストメイカー】という二つの職業を持っている事が判明した。

 【鬼児】は父親が鬼である俺だから得たのだろう。これはオーロとアルジェントも持っていたので、親の種族に起因するらしい。
 特性は、普通よりも強い生命力を得る、成長力の促進、などが挙げられる。
 錬金術師さんが授乳の時ちょっと痛い、とも言っていたので、力も普通より上がっているのかもしれない。

 【紋章術師クレストメイカー】というのは、バロールが行使していたような紋章術を使う【魔法職】の一種だ。
 俺の刺青と似ているが微妙に異なる刺青を他三人同様ニコラも持っているので、それが関係しているのではないだろうか。
 ただそうなるとオーロとアルジェントが【紋章術師】を持っていない事が気になるが、きっとそこら辺は個人の素質や才能が関係しているからに違いない。
 あるいは別の条件が隠されているのか。

 まあ、それはともかくとして。
 久しぶりにあった五人に癒されている内に、今日は拠点で一泊する事になった。
 せっかく帰って来たのだから、イヤーカフス経由でよく喋っていたとはいえ、ほったらかしにしていた負い目があるのでサービスする事にしたのだ。

 そんな訳で。
 朝食を喰い終わると、レプラコーン達が防具などを織り、ドワーフ達がせっせと武器を鍛造している拠点の主要施設の一つである≪工房≫にて、鍛冶師さんや錬金術師さんと一緒にあれこれした。
 どうやら二人は、というか二人を加えたドワーフ達は、最近新素材開発に凝っているらしい。
 少しでも良い合金を造ろうと、日々夜遅くまで研究しているという。
 以前ポロっと錆び難いステンレス鋼や、色々と使い道のあるマグネシウム合金、モーターなどの鉄心用磁性材料などに使えるケイ素鋼、といった物の話をした事があるのだが、そこから興味を刺激されたそうだ。
 幸い材料は拠点の拡張工事による掘削の際に確保できていたし、一度王都に行った時に大量に買っていた。最近では近くの山に遠征して新たな鉱石類を掘削していたりするので、量は造れないが研究するだけなら何とかなっている。
 その話を聞いて、合金を造るには様々な金属があった方がいいだろう、と言う事で、お土産として予め買っておいた多種多量の金属類を取り出して渡しておいた。
 すると非常に喜んでもらえたので、何よりだ。

 それで研究結果だが、短期間ながらドワーフ達の手助けもあって、前世にはない【魔法金属】や【魔法薬】などを使用した独特の製法によって、面白い特性を持つ新しい合金の開発に成功したらしい。
 鍛冶師さんと錬金術師さんが、揃って胸を張り、ドヤ顔をしていたのは印象深い。
 鍛冶師さんはともかく、錬金術師さんもそんな事をするとは、普段とのギャップがあって、ぐっと来る。

 まあ、実験の失敗の方が圧倒的に多かったようだが、失敗は成功のもとである。
 そこから新しい物を造れたのだから、浪費された材料の価値はあった。
 ただまだ発表できる程の品ではないらしく、納得がいく程の完成度になったら報告してくれるらしいので、楽しみにしておく。
 やる気になっているので、予めどんな合金なのか調べるのは控えようと思う。

 午後まで続いたそれの後、姉妹さん達と一緒に昼飯の調理に取り掛かる。
 王都や迷宮都市にて大森林では採れない食材を確保していたので、それを使う事になった。
 作ったのはジャダルワイバーンの肉を使用したハンバーグや焼き亜竜肉などだ。それは一旦朝の仕事を終えて、昼飯を喰いに大食堂に集まった団員全員がお代わりをするくらい好評だった。
 ちなみに食事を終えた後、残留組全員には緘口令を敷く。
 理由として、喰えなかった奴等が嫉妬してしまうからだ。それにこうして些細ながらも秘密を共有する事で、結束を強める、という狙いもほんの僅かだがある。
 他の奴等にも食べさせてやるつもりではあるが、もう少し後になるだろう。

 昼が過ぎると、ドリアーヌさんが活躍している≪温泉施設≫の方に赴いた。
 エルフ達に解放している≪温泉施設≫は、外からやって来た者――一部極めて少ない例外を除いてエルフだけだが――に分かりやすいように≪パラベラ温泉郷≫という別名を付けている。
 団員達が入る為の温泉から距離を置いて造られたそこは、最初は周囲を囲う壁と温泉に入れる和風の屋敷だけしかなかったのだが、時が経つにつれて自然と周辺設備が増え、立派になっている。

 ドワーフ達がミスラルなどを材料にして造る武具や装飾品を売る金物屋≪ドワーフ装具・グラスハンマー≫。
 手頃な値段で喰えるだけでなく、食材の持ち込みで格段に安くなり、多彩な料理を提供する料理店≪注文が増える招き猫≫。
 開拓が進み広さを増している≪農地≫にて、精霊石を使用して造られた新鮮でかつ栄養たっぷりの野菜や果実を安く売る、エルフの奥様方に大人気である八百屋≪森精の恵み≫。
 ハマり過ぎるとご破算ですよ、と注意を促しつつも夜遅くまでヒトの欲望をかき集める賭博場≪カジノ・バカララ≫。
 金が無くて賭博ができなくなった者、あるいは金を返せなくなった者達を誰から問わず吸い尽くす金貸屋≪借金地獄≫。
 遅くなっちゃったからちょっと一泊していこうかな、汗流したくないし時間も遅いから帰りたくないな、という客層を狙った簡易的な平屋の宿屋≪温泉宿・タイラ≫。
 高額で完全予約制ながら便利なマジックアイテムをふんだんに使用した部屋に泊まる事ができ、温泉への移動が非常に便利かつ様々なサービスを受けられる≪温泉屋敷・鬼のかま≫。
 といった具合だ。

 正直温泉だけやっていても十分な成果を得られたとは思う。
 だがこうして色々な商売に手を出すのは、決して悪い事ではない。
 このまま傭兵業だけ続けていても、あっと言う間に千にまで増え、更に増えるだろう団員を養うのはちょっと大変だ。
 ≪農地≫で野菜などは作っているし、【下位巨人生成】があるので食費はかなり抑えられているのだが、いつ何が起きて食材が取れなくなるか分からない。
 そうなると大量の食材を買うにも、団員の装備を買い揃えるにも、作るにしても相応の大金が要る。
 だからこうして定期収入が見込める活動基盤を固めつつ、手広く金稼ぎする手段の確立は今後必ず必要になる。
 その為色んな系統の店舗を経営するのは訓練として丁度良かった、という訳だ。

 最初は不安な部分もあったのだが、実際やってみると狙い通りにエルフ達の生活の奥深くまで喰い込めたので、一先ず成功だろう。
 これで肩の荷もかなり軽くなった気分だ。
 今後ともエルフ達とはいい隣人であり続けたいと思っている。立場的はコチラが優位なままだと尚良しだ。

 などと思いつつ、≪パラベラ温泉郷≫を回って気になる点を改善させ、最後にドリアーヌさんの天然由来のアロマオイルを使用したオイルマッサージを受けた。
 これをやろうと考案したのも、手技を教えたのも俺なので、どこが悪いか、どこが良いか、などを受けながら言い、改善させていく。
 日頃の疲れが取れるようで、まったりと癒されました。
 やっぱりマッサージは良いもんだ。

 そして夕方、久しぶりに父親エルフと酒を飲む。
 特別に幹部専用の温泉に入りながらで、温泉に入りながらだとエルフ酒の味は更に美味く感じられた。岩壁を繰り抜いて外の風景が見れる一画で呑み交わしたので、夜空に輝く星の輝きを見ながらだと、より一層味わい深くなる。
 やはり飲み友達が居ると良いもんだ、と思いながら話をしていると、父親エルフの弟の話になった。
 弟エルフは以前酒樽十個と引き換えに、特別に許可して≪パラベラ温泉郷≫に招く事を許した存在だ。
 弟エルフは父親エルフと共に数日間≪パラベラ温泉郷≫に滞在し、店舗など色々と興味深そうに見ていたが、やはり様々な種類の温泉を堪能していた時間が最も長いだろう。
 長年の疲れも徐々にだがとれていったようで、帰る頃には来た時よりも元気になり、すっかり温泉にハマっていた。
 その後は弟エルフの強い要望によって父親エルフが名鉄を一枚渡しているので、それを介して短いが実際に言葉を交わした事がある。
 まだ直接は会っていないが、名鉄に埋め込んだ分体経由で姿形やその他の情報は把握済みだ。
 流石兄弟と言うべきか、弟エルフは父親エルフと似たようなダンディなオジサマだ。同性ながら、どうせならあんな年寄りになりたい、と思うような気品がある。
 しかも老舗商会≪緑矢星郷≫会長という大層な身分も持っているので、ぜひとも懇意にしたい人物でもある。
 まあ、コチラには温泉という鬼札があるので仲良くなるのは簡単だろう。
 温泉を対価に、とチラつかせるとアチラはかなり乗り気になっていたので間違いない。
 俺としても色々な情報を集め、この温泉がどれ程貴重で希少なのか分かっているので安売りはするつもりはないが、だからこそ対価としては十分だ。
 弟エルフはかなり行動力があるようで、現在は王都に向かっているらしく、到着したら色々と本格的な商談をしよう、と約束も交わしている。
 父親エルフも『弟とも仲良くやってくれ』と言っているので、長く付き合えるよう対等な関係を結べるようにしたいものだ。

 そして遅くなり過ぎたので父親エルフを≪温泉屋敷・鬼のかま≫に泊らせたり、その他細々とした手続きを済ます。
 今日は夜のお楽しみが待っているので、さっさと片付けました。


 “百八十二日目”
 各地に散らばらせていた団員達が、行った先々でそれぞれ依頼された。
 依頼内容は都市の防衛、領内の視察に赴く貴族の護衛、近くの山に住み着いてしまった盗賊団の討伐、暴れるモンスターの討伐、などとかなり多岐に及んでいる。
 これまでの依頼人は基本的にお転婆姫だけだったが、こうして一気に大勢の依頼人が出現したのは、どうやら傭兵団の名がかなり広がって来た事が原因らしい。
 先のクーデターの影響で少なからず乱れた治安の隙を狙って盗賊山賊の類が暴れるのではないか、と危惧した村長やら領主が悩んでいる所に団員達が登場、それを知ったので即依頼、という流れが依頼の約半分を占めるだろうか。
 依頼を受けてそれを完遂すれば徐々に信頼を得られるし、切羽詰まった所ほど割高な報酬金を提示してくれているので断る理由はほぼ無い。
 コチラとしても都合が良かったので細々とした予定を調整し、依頼を受けさせつつ、今後の展開で必要になった奴等を王都の屋敷や迷宮都市≪パーガトリ≫に結集させる事にした。
 せっかくの休暇が終わってしまった者も居るが、今後の為に我慢してもらう事にしよう。
 本格的な始動にはもう少し準備が必要だから、多少は優遇するつもりだ。

 朝のうちにそれ等の指示を済ませ、朝食を済ませた後は王都に帰還する。
 鍛冶師さん達に見送られ、空の旅を楽しむ事しばし。
 その途中で何匹か飛行型モンスターを摘み食いしてみたが、ラーニングはできなかった。
 やはり腰を据えて大量に狩らねばならないようだ。
 ある程度食べると一先ず止めて、先を急いだ。

 やがて王都が見えてきたので地上に降り、【王認手形】を使って中に入る。
 城下街は数日の間少なくなっていた人数が回復したらしく、以前と同じかそれ以上の活気に満ちていた。道を多くのヒトが行き交い、客を呼ぶ声が響いている。
 やはり王都はこうでないと、と思いながら報酬として貰った城下街と貴族街の境にある屋敷に向かう。
 その際道中にある露店や店で商品や価格のチェックをしながら歩いていると、ヒソヒソと囁かれ、指差される事が次第に増えていった。
 何もしなくても優れた聴覚によって大凡の事は聞こえるが、【盗聴】を使って雑音を消してクリアな声を聞いてみた。
 それによるとどうやら『ほら、あれが例の切り札って話の』や『闘技場でジャダルワイバーンを瞬殺した実力は本物だからな、俺は凄い奴だと最初から見抜いていたさッ』、『はぁはぁ。ヤバい、本物、本物の、本物のッ! ブハッ!!』などと言われているらしい。
 大半は闘技場での一戦だったり、クーデターの時にお転婆姫の陣営で活躍した事を囁いている様だが、一部にはあの第一王妃や闇勇と同じような雰囲気の老若男女が居る。
 まるで神に祈るような仕草をする者が多いのだが、それはまだいい方だ。
 第一王妃のように恍惚とした笑みを浮かべ、紅潮した頬と血走った眼で俺を見つめる者がそれなりの数混じっている事は問題だろう。
 束ねられた熱い視線は物理的な力を持ちそうな程で、流石に寒気が走りブルリと震えた。戦闘ならば間違いなく瞬殺できる相手だが、流石に街中で、それもただ見つめてくるだけの相手に何かはできないので、かなり厄介だ。
 狂信者本当に恐い。俺にとっては盗賊や軍隊よりも遥かに相性が悪い存在とも言える。ストレスで肩が凝りそうだ。
 何だか気分が削がれたので、露店で焼き鳥を束で買った後は足早に屋敷に向かう事にした。
 しかし背後から多数のストーカー達が動く気配がしたので、建物の屋根を跳びながら進む事にした。流石にそれに反応できるモノは居らず、何か名残惜しそうなため息が聞こえたが、黙殺。
 気にすればするほど滅入りそうだ。

 そうしてやっと城下街と貴族街の境にある屋敷に到着すると、待ち構えていたカナ美ちゃんに出迎えられ、抱き締められる。
 置いて行かれた事が納得できていないらしく、俺の胸に顔を埋めながら愚痴り、その一見するとか細い両腕で、しかし重機の様な力で絞めつけてくる。
 俺だからこそ何とも無いが、他だとカナ美ちゃんの締めによって骨は折れ、内臓は口から溢れ出し、最終的に胴体を真っ二つにされていたかもしれない。
 いや、かもではないか。確実にそうなるだろう。それを確信できるぐらいの力は込められている。岩程度なら簡単に砕けそうだ。
 ちょっと気が動転しているとはいえ、流石にこれは直すべき癖なのでたしなめる。しばらくは子供の様に頭を左右に振って抱き締めを解く事を拒否していたが、頭を撫でながらだと徐々に力が抜けていった。
 最終的に解放された時はほっと溜息が出たが、それは仕方ないだろう。

 やや暴走してしまったカナ美ちゃんの後ろには苦笑を浮かべる赤髪ショートや、羨ましそうにカナ美ちゃんを見ていたオーロとアルジェントの姿もあり、それぞれが笑顔を浮かべて『お帰りなさい』と言ってくる。
 ちょっと気恥ずかしいが、『ただいま』と返しておいた。

 さて、帰ってきて早速だが屋敷の改装を始める事にした。
 屋敷にある店舗として使っていた一画の拡張と、客室一階部分の店舗化の二点が今回の主目的だ。
 店舗の部分はそこまで弄る部分は無い。多少余分な壁を壊して広げ、内装を整えるだけだからだ。
 問題は客室の一階部分の店舗化だ。
 ここは≪パラベラ温泉郷≫で経験を積んだオイルマッサージや、カナ美ちゃんを筆頭とする女子陣がデザインし、レプラコーン達が作った衣服の売買などをしようと思っているので、弄る部分は多い。
 まだやるかどうかは決まっていないが、個人的に岩盤浴などは王都の貴族に人気が出るだろうと思っている。それ等も考慮した造りにするつもりだ。
 既に大雑把にはどうするか決まっているので、後は予定通りに作業しながら微調整していけばいい。
 王都でも腕利きと名高い職人達をお転婆姫とのコネを使って結構な数雇っているので、普通よりは短期間で完成するだろう。
 が、それでもより作業期間を短くする為、手先の器用な団員も大量に動員する事にした。
 人手増加と作業訓練になるので一石二鳥だ。いや、経費削減と時間短縮にもなるので一石四鳥と言えるだろうか。
 ともかく、屋敷の一階は時間が必要だが、店舗の方の改造は数日もあれば完成すると思われる。

 その時に並ぶ商品の飾り方を考えながら、昼過ぎ、せっせと木材を加工する俺が居た。
 【細工師クラフトマン】やこの間得た【造形の亜神の加護】があるので、見よう見真似でも意外とそれなりの物を造る事ができる。周囲にはプロ中のプロが揃っているので、ただ見るだけでも勉強になるのだ。
 継続していると目に見えて上達していったので気分が乗り、細々とした品をかなりの速度で造っていると、それを見ていた親方――職人を束ねる五十代男性――にどうやら気に入られたらしく、普通は弟子にしか伝えないような技術を短時間ではあるが教えてもらえた。
 ぶっきら棒な所もあるが、親方の教え方は的確で分かりやすく、アビリティの効果によってその技術は何とか模倣する事ができた。
 一先ず教え通りに品が出来上がると親方はそれを見て、どこか満足そうに頷いた。親方は気難しい性格なので、直弟子でも滅多にこんな事はしないという。
 教わる俺と教える親方を見て、驚愕の表情を張りつけた三十代の弟子がそう教えてくれた。

 親方からありがたく技術を吸収し、その礼として仕事が終わる夜にはエルフ酒を振る舞う事にした。
 ついでに交流会も兼ねてそれなりの広さのある庭で宴会を催し、屋敷で継続して働いている執事やメイド達もそれに参加させる。
 宴会で出す料理を作るのは主に俺が担当した。野外での宴会なので、ブラックフォモールの肉や≪農地≫の野菜を使用したバーベキューが適当だろう。
 大森林で採れる木材を加工した炭を燃やし、巨大な金網の上でそれ等を大量に焼く。そこそこ堪能した後は、鉄板を用意して作った焼き蕎麦も好評だった。
 一つ一つかなりのボリュームがあったので、全員分の料理を用意する事はそこまで手間のかかるモノではなかった。
 とはいえ数が数なので、料理好きなオーロが隣で手伝いをしてくれた。
 親子の共同作業はええもんだし、参加者がガツガツと夢中で喰っている姿は、作った身としてはやりがいが出る。
 交流会としては、成功したと言えるだろう。


 “百八十三日目”
 久しぶりに朝から年少実験部隊≪ソルチュード≫の訓練を担当する。
 二日程赤髪ショートに任せていたのだが、その戦い方を真似たのか子供達の動きが何処となく獣のような感じになっている。戦技アーツよりも体術を使う頻度が高く、徐々に≪戦に備えよパラベラム≫の団員らしくなっていると言えるだろう。
 とはいえまだまだ使い物にならないが、若いので日々の成長も早く、纏め役のガキ大将や年長組は特に元気がある。
 貪欲に強くなろうという意思もあるので、今後に期待だ。

 朝の訓練を終えると、昼から職人達に混じり、屋敷の店舗改装の手伝いをする。
 作業も二日目なので何をどうすればいいのか何となく分かった他の団員達の運搬作業は早くなっているようだ。
 昨日よりも効率が良くなった作業は夕暮れまで続き、店舗の方がかなり完成に近づいた所で今日はお開きとなった。
 流石腕利きの職人、作業スピード凄いな、と親方達を称えながら、今日はエルフ酒ではないが迷宮から採れる酒を出し、互いに労う。
 やっぱり労働の後の酒は良いもんだ。
 今日はある程度酒を飲むと、お開きとなった。
 明日の作業を早めに行う為だ。


 “百八十四日目”
 深夜過ぎ、俺の子であり次男である鬼若を連れているミノ吉くん達一行が、何者かに襲撃された。
 とはいっても、コチラに被害は出ていない。
 それに対して、襲撃者は全滅している。
 今回の襲撃について、簡単に流れを説明するとこうなっている。

 まず、愛獣ペットを枕に熟睡していたミノ吉くんが近づいてくる集団の気配を察知して意識が覚醒。
 起きたと敵に覚られない様に聴覚と嗅覚だけで周囲の状況を大雑把に調べると、僅かな音が全方位から聞こえ、数十人分の体臭を嗅ぎ取る。
 イヤーカフスの分体による索敵によって“三十三”という正確な数が出たのと、敵がゆっくりと近づいてきたのは殆ど同時だった。
 骨格を組み替える事で拡張してテント型になった骸骨百足の中でミノ吉くん以外は休んでいたが、アス江ちゃんなどの実力者は近づく集団に気が付いていた。
 対策を講じる為にイヤーカフスで連絡を取り合い、本人の希望によってミノ吉くんだけが出撃する事が決定。寝ていた場所も一人だけ外だったので、都合が良かった事もある。
 そして攻撃範囲に入った敵が状態異常バッドステータス【麻痺】【昏睡】を引き起こす特製の煙玉を骸骨百足付近に投擲する直前、飛び起きたミノ吉くんが敵が逃げる間も与えずに蹂躙した。

 戦闘開始から終わりまで、多分十数秒も経過していなかっただろう。斧の一振りで数名を纏めて斬り殺し、大地を舐めるように広がった雷炎で更に殺した。
 最近ますます力を付けてきたミノ吉くんは、頼もしい限りである。
 本音を言えば捕虜の一人でも確保しろと言いたいところだが、ミノ吉くんだから仕方ない。身体はともかく、頭の方は昔と変わらずあまりよろしくないのだから。
 攻撃も大味で、範囲攻撃だったのだから尚更だ。

 それで呆気なく惨殺され、何とか原型を留めていた数少ない敵の死体を検分した所、やはり所属を示すような品は一つも発見できなかった。
 敵の種族は獣人だったり人間だったりと統一性は無いが、全員同じ規格の使い込まれた装備だったのでミノ吉くん達を襲う為に雇われた寄せ集めの傭兵、と言う訳ではないだろう。
 麻痺毒を塗布した剣と致死性の猛毒を塗布した短剣、限りなく非合法だろう多数の薬品、全身各所に設置された猛毒塗布済みの暗器、高い【隠れ身ハイディング】効果を持つ頑丈な革のロングコートにズボン、足音がしないマジックアイテムのブーツなど、まるっきり暗殺者の装いだ。
 敵の所属は王国を除外するとして、何処かの国の機関員である事は間違いない。

 それでミノ吉くん達が襲われた理由だが、恐らく王国での戦いが原因だろう。
 俺達≪戦に備えよパラベラム≫が保有する戦力は質と量共に優れているので他国に危険視されるだろうなとは前々から思っていたし、分体で集めた情報から危険視されている事は事実だと分かっている。
 一部では即排除、などと言っている所もある。何処かとは言わないが、そういう所もあるのだ。

 それで話を戻すが、団長である俺は王都に居るのだから手を出せないとして――王都の間者掃除が粗方終わっているので物理的に手段が無い為――主力級であるミノ吉くんやアス江ちゃん達の部隊を早い段階で消したかったのだろう。
 もしくは威力偵察のつもりで、ある程度かき乱したら逃げるつもりだった可能性もある。
 全滅してしまっているのでそれは分からないが、一応全部隊に警戒するように伝えた。

 新しい戦いの予兆に、ちょっとワクワクし始めた俺がいる。


 “百八十五日目”
 今朝早く弟エルフが王都に到着し、俺の屋敷にやって来た。
 手土産としてエルフ酒と、迷宮産の高級酒を数種、その他希少な魔法金属やら鉱石やらを用意してである。
 父親エルフから俺が酒好きだと聞いていたのだろう、流石老舗商会の会長だ、かなり用意がいい。
 屋敷の接待室に通し、商売の話をする。
 弟エルフの隣にはやり手そうな青年――弟エルフの息子――が、俺の隣には美貌だけでも他人を魅了するカナ美ちゃんが居る。

 カナ美ちゃんに見惚れて息子エルフが上の空で話を聞いていたのには、弟エルフと共に苦笑したものだ。

 それで交渉だが、結構な数の契約を交わす事になった。
 アチラは俺達の商会――総合商会≪戦に備えよパラベラム≫に土地や商売の利権など色々な援助をし、コチラはそれの見返りに温泉の使用権や大森林の素材などを融通する、となった。
 ぶっちゃけ温泉だけで行けたとは思う。
 弟エルフは隠そうとしていたが、今後の新しい温泉の考案をチラッと洩らすとかなり喰いついた。まるで温泉中毒者だ。
 いや、温泉は気持ちがいいからその反応も分かるけど、そこまで分かりやすく反応されると、これだけでいいの? と思わなくもない。
 まあ、この世界の天然温泉は特定の場所でしか入れない上に少ないし、ただ入るだけ、という所が多い。
 ≪パラベラ温泉郷≫のように電気や泡など多種多様な湯は珍しく、湯も一級品だから対価としては十分か。
 弟エルフが温泉だけで何にでも頷こうとした時には流石に息子エルフが止めていたが、そのやり取りもまた人柄を知る情報になる。短い間ではあるが、二人の性格を大雑把に理解できた。
 少なくとも、契約書の内容は特別な事情でも無い限り守られるだろう。

 裏切ったら裏切った時で、相応の報いは用意するつもりだが。
 当面は良い関係を続けられそうだ。

 商談も無事終了したので、屋敷の改装に取り掛かる。
 その様子を弟エルフ達が見学したそうにしていたので、カナ美ちゃんに二人の接待を任せる。
 その後は特に問題も無く、一日が終了した。


 “百八十六日目”
 今日は特に語る事はない。
 黙々と改築を進め、その結果として店舗部分の終わりが見えた。
 このペースなら、明日には完成するだろう。広い一階部分はまだまだかかるが、店舗部分は細々とした部分と、商品の陳列を済ませば営業できるだろう。


 “百八十七日目”
 朝から始めた作業は、昼過ぎには完成した。
 店舗の部分で行うのは、簡単に言えば総合スーパーだ。
 店舗は縦五十メートル、横四十メートル、高さ七メートル程の建造物となっているので、ゆったりとした空間に多くの商品を並べる事が出来る。
 基本的な商品は、大森林から採れる植物やブラックスケルトンの黒骨といった錬金術などに使用する様々な素材。
 切れ味が鋭く錆び難い包丁や大きな鍋など家庭で使う調理器具。
 空輸によって王都に持ってこさせる≪農地≫で作られた瑞々しい野菜や、ブラックフォモールの肉など多種多様な食材。
 ドワーフやレプラコーン達が手掛けた武具防具に、カナ美ちゃん達がデザインした衣服。
 俺の糸を使って編まれた防刃性の高い軍手やハサミなどの日用品。
 となっている。

 値段はかなり手頃な程度に抑えているので、最初の頃はここに来れば大抵欲しいものが揃う、というイメージを浸透させ、常連客を掴みたい。
 そして最終的には色んな店を吸収し、大型ショッピングセンターへと事業拡大していこうと狙っている。

 ともかく、これで一応の完成となった。
 短い相談の結果、店舗の開店は三日後とする事に決めた。
 不安はあるが、取りあえずやってみて、駄目なら修正して行けばいいだろう。事業に失敗したとしても、傭兵業は続けるので喰えない事はない。
 とりあえずイヤーカフス経由で開店日をお転婆姫に伝えておく。お転婆姫が動けば、貴族とかも客になってくれるだろう、という打算である。
 第一王妃まで着いてきそうで不安だが、まあ、悪い事にはならないだろう、多分。


 “百八十八日目”
 今日は改築を親方達に任せ、≪ソルチュード≫達を率いて王都の外に出た。
 二列縦隊を組み、徒歩で一時間程離れた場所にある森まで駆け足で進んでいく。
 革の軽装鎧を装備し、手に剣や短槍などを持ち、食糧や治療道具を入れた背嚢を背負っているので、以前の≪ソルチュード≫達ならガキ大将などの一部を除いてすぐにヘトヘトになっていただろう。
 だが食生活の改善と戦闘系の職業獲得、そしてエンチャントによって強化された肉体で何とかギリギリで実戦に耐えられるようになった事もあり、疲れはするが一人も脱落者を出さずに到着できた。
 到着した後は一分程休憩し、四人一組を作り、森の浅い部分でモンスターを狩るよう命令し、送り出した。
 五十人なので十二組できるのだが、二人ほど余る。なのでその二人――ガキ大将とガキ中将(女)に、オーロとアルジェントを組ませる事にした。
 この森の表層部にはそこまで高レベルのモンスターは居ないので、更に奥で狩るように命令する。
 オーロとアルジェントが居るのでハインドベアー級のモンスターが複数出ない限り大丈夫だろうし、イヤーカフスがあるので死ぬ事はないだろう。
 いざとなれば助ければいい。俺は森の外でカナ美ちゃんと赤髪ショートと訓練しながら、全員が帰還するのを待つ事にした。

 夕方となり、全員が帰還した。
 大小様々な怪我を負った者は多いが、既に懐かしくすらあるホーンラビットやヨロイタヌキを狩って来た者も居れば、オニグモの脚を数本もぎ取った所でウルフ系モンスターに横取りされた者、美味しいが近づくと地下から根が伸びて突き刺してくる【刺根イチジク】などを採取した者、吸いこむと眠くなる鱗分を撒き散らす“眠り蛾”を狩った者など、意外と頑張ったようだ。
 そして一番戦果が多かったのは、予想通りにオーロ達の組だった。
 無骨な斧を使い灰色の鱗が特徴的な“グレイリザード”、幻惑効果のある匂いを発して敵を惑わす大縞猫“ディアールックス”、豚頭に肥満体の“オーク”など、他を圧倒している。

 まあ、それくらいでないと困るのだが。
 二人を褒め、頭を撫でた。くすぐったそうにしていたが、嫌ではないらしい。

 それぞれの戦利品はアイテムボックスに収納してやり、帰りは骸骨百足に乗せて帰路についた。
 大半はそこで寝たので、ゆっくりと道中を走らせる。そして王都の屋敷に到着するとまず風呂に入れさせた。一日森の中で走り回り、汗と血の臭いを漂わせていたからだ。
 風呂に入った後は各自が狩った獲物を材料にした飯を食わせる。より多く狩った者の方が豪華な物になっているので、今後のやる気に繋がるだろう。
 もっといい物を喰いたいなら、努力しろと言う事だ。
 シンプルでいい。


 “百八十九日目”
 今日も改装は親方達に任せ、朝からカナ美ちゃんと連れだって王都を出た。
 そして分体では脳内地図の穴埋めに出向いていたが、本体ではまだ行っていなかった迷宮都市“アクリアム”まで飛んでいく。
 アクリアムは王都からも大森林からも離れた場所にあり、魔帝が治めるアタラクア魔帝国――今後は魔帝国とする――との国境近くにあるので、大森林育ちの団員達は一人も行っていない迷宮都市だ。

 それでアクリアムを紹介するとなると、まず【神代ダンジョン】の一つがある、と言わねばならないだろう。
 今まで潜って来たような【派生ダンジョン】とは比べ物にならない程難易度が高い【神代ダンジョン】がある事もあって、今まで立ち寄った迷宮都市の中で最も活気に満ちている。
 【神代ダンジョン】から採取される特別なアイテム――【神迷遺産アーティファクト】は他のダンジョンアイテムよりも価値が高く、それを使用した独特の防具を身に纏った冒険者もチラホラ見受けられる。
 そして難易度が高いのでそれに挑む冒険者のレベルも相応に高いらしく、中には【加護持ち】も混ざっているとあって、結構美味そうなのが多かった。

 それで話を【神代ダンジョン】に戻すが、ここのは【清水の亜神】によって造られたので【亜神級】に分類され、名を【清水の滝壺アクリアム・フォルリア】としている。
 ダンジョンの基本的な使用の一つである地下階層型で、出現するモンスターはエレメンタル系や魚介系が主であり、トラップも水に関係するモノが多い。
 最下層は五十階と深く、そこまで潜り、ボスを殺した者は長い歴史の中でも極僅か、という話だ。
 大抵は特定の階層に鎮座する階層ボスを殺すだけの実力が無く、更に奥へ潜る事ができないので日々浅い所に潜ってアイテムを回収して日銭を稼いでいるそうだ。

 ちなみに今まではさらっと流していたが、【神代ダンジョン】にも等級ランクというものがある。

 最も難易度が高く、【勇者】や【英雄】達が挑んでも一階でほぼ全滅するのが【大神級】。
 世界に五つしか存在せず、僅かに残された情報によると、雑魚敵が基本的に亜竜などと同じレベルとなっているらしい。そして雑魚キャラなので、数を成してくるそうだ。
 何それ怖い。

 次いで難易度が高いのが、【神級】となる。これは【勇者】や【英雄】達なら厳しいが何とか数階潜れるレベルらしい。それでも階層ボスで殺される事は多いそうで、油断はできない。

 そして【神代ダンジョン】で最も楽なのが、ここのような【亜神級】となる。
 一般人でも用心に用心を重ねれば何とか潜れるらしいが、それでも危険度は【派生ダンジョン】の比ではない。
 高レベルの者でも油断すると容赦なく殺されるので、潜る人数は多くない。
 だが上手く行けば一度に大金も掴めるとあって、命知らずは絶えないそうだ。

 となっている。

 露店や店で商品を物色しながら情報を集め、実際に入ってみたのだが、完全攻略するとなると本腰を入れる必要がありそうだ。
 今回はお試しで一階を軽く回ってみただけだが、長く幅広い通路は何処か神殿の様な立派な内装なのだが、床はくるぶしまで浸かる程度に冷水が張っていた。歩くだけで普段よりも体力は消費するし、ただ居るだけで体温は奪われていく仕様だ。
 それにダンジョンによって通常よりも二段階ほど強化されたダンジョンモンスター達は、想像通りに中々手強い。
 がその分美味かったので、もう少ししたら本格的に攻略しようと思った。

 今回の戦果は、最大で水氷系統第三階梯魔術を使ってくる、丸く青い核に流水を纏わせたような“アイオライトエレメンタル”が二十三体。
 小鬼ゴブリン程の大きさがあり、普段は床に擬態しているが近づくと鋼鉄よりも硬い殻で挟んで切断しようと飛び跳ねる“ハサミヨロイガイ”が十八体。
 まるで水中であるかのように空気中を泳ぎ、獲物を発見すると時速約百三十キロで突進してくる、鉛のように重い三角錐状の頭部が特徴的な六十センチ程の“ダンガンウオ”が四十七体。
 硬化して金属鎧のようになった鱗殻を持ち、ハサミヨロイガイさえ噛み砕く強固な歯を持つ二メートルはある巨大魚“ディロトニス”が八体。
 大型犬程の大きさがある白い蛙に、魚の尾とヒレのような翼を生やしたような外見をした“ウォーター・リーパー”が十体。

 といった感じになっている。
 この他にも様々なモンスターのドロップアイテムや迷宮で採取できる素材を回収できたので、懐は温かい。
 軽く一階を回って狩りをしただけで、金貨数枚分――約数百万――の成果となった、と言えば分かりやすいだろうか。
 【神代ダンジョン】は実力があれば、かなり良い稼ぎができる場所である事は間違いないだろう。

 外に出るとお土産となる魔法金属やらご当地食材を買い揃え、夕暮れ前には帰る事にした。
 空を飛べるとあっと言う間に帰れるので、航空機など今後は揃えたいものだ。


 “百九十日目”
 今日は店の開店日。開店時間は朝九時くらいから。
 なのだが、お転婆姫がドヤ顔をして、『来てやったぞッ』などと言っている。雪が降る程寒い外で、三時間も前からから待つとか、正直アホかと。
 温かく高級な防寒具を着ているとはいえ、お転婆姫はまだ幼い。外に立たせたままでは、きっと風邪を引くだろう。
 ちょっと呆れつつ、店舗の玄関近くに設置した小さい軽食コーナーに入れて、温かいお茶を出しておいた。

 そしてそれから僅か数分程遅れてやってきたのは、第一王妃と闇勇、そして従者達だった。
 向けられた視線に込められた念に一瞬寒気が走ったが、取りあえず気にしないでおくとして。
 朝早くから来て一番乗りした、と思っていたのだろう第一王妃達が、既に待っていたお転婆姫達を見てちょっと悔しそうにしていたのは印象深い。
 お転婆姫と第一王妃の親子のやり取りは、まあ、険悪ではなく和気あいあいとしたものなので気分的には気楽だったが。

 そんな出来事がありつつ、無事に開店した訳だが、一週間だけの開店セールと相まって、客は思ったよりも多かった。
 ビラ配りなどの宣伝は殆どしていなかったのだが、どうやら親方とかが平民に、お転婆姫などが貴族に話をしていたらしい。
 宣伝費ケチっても人脈があれば案外やっていけそうだ、と思いつつ、平民と貴族が一か所に集まる事によって、多少のトラブルがあった。
 がそれは話し合いで無事解決した、と言っておこう。
 何があったとはあえて言わない。言う程でも無いし。

 それで今回、女武者が店員として思わぬ活躍を見せてくれた。
 どうやらこの世界に来るまでは似たようなアルバイトをしていて慣れていたらしい。それに数年この世界で生きた事で培われた経験から、他人の心の機微も分かるようになっていたようで、対応が迅速だ。
 女武者には基本的に異邦人レーダーと戦闘力しか期待していなかったので、思わぬ拾いモノである。
 丁度いい、と言う事で王都本店店長、という肩書を与える。
 本人は苦笑いを浮かべていたが、給料アップなどの特典もあるので、頑張ってもらいたい。

 そうして一日目が多少トラブルがありつつも終了した。
 思っていたよりも好評なようなので、案外正解だったかもしれない。この手の仕事は初めてだが、まあ、経理は鍛冶師さんなどが得意なので何とかなるだろう。
 とは言え代表は俺なので、俺なりに今後の新商品や新戦術などを考えながら、昨日持ち帰った獲物を調理して喰って寝た。

 そして一言。【神代ダンジョン】のダンジョンモンスターは、非常に美味かった。
 生で喰っただけでも舌が蕩けそうになったが、調理すると更に美味い。
 これは【亜神級】だけでなく、【神級】にも潜らねばらならいだろう。
 そしてゆくゆくは【大神級】へと……ジュルリ。

 今後の明確な目標ができた一日である。
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