2012-03-15
正常と異形と、常識と禁忌と。境界を行き来する『25時のバカンス』の話
久し振りに市川春子先生の短編集『25時のバカンス』を読み返したら色々と感じるところあって、以前アップしたレビューは未読者を想定して書いているので、そこでは触れきることのできなかったことについて、改めて書いてみようかと思います。ということで、既読者でないとわからん部分もガンガン書いていきますが、そこらへんはご容赦。
25時のバカンス 市川春子作品集(2) (アフタヌーンKC)
- 作者: 市川春子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/09/23
- メディア: コミック
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考えたいのは表題作である『25時のバカンス』です。美人天才海洋研究者である姉と、12歳違いのカメラマンの弟。弟は子供の頃の怪我で左目が真っ赤になり、姉は新発見の貝に身体の中を乗っ取られ。程度に差はあれ、共に異形であることを隠して生きている二人です。異形としての生、異形との共存、異形にしてしまった弟への罪障感、異形となった弟への禁忌の愛。そんなものが、シンプルながらもクセのある絵で、諧謔的な会話とともに、ねじくれた上で成り立っている素晴らしいバランスで描かれています。何が答えであるとか何が描きたかったのかとか、そういう明確なものは無いのですが、ねじくれた物語が見せる奇矯な形は、見る者に様々な印象を与えるのですな。
この絶妙なバランス感を支えているのが、外見的あるいは精神的に異形(異常)と人間(正常)を行き来する二人を表現している絵なのです。
たとえばこれ。
(p29)
「珍しいものを写真に収めてほしい」という姉の頼、実は珍しいのは、体内に貝が住みつき体そのものが変質してしまった姉その人。そんな彼女を撮影し、姉が自虐的に言います。
「どうだ?
他人に見えないか?
「姉ちゃんにしか見えないね」
「おまえならそういうと思った」
(p28,29)
無論ここには自虐と一緒に、愛する弟が自分のことを異形=非人間=他人と見てくれないか、という期待もあるわけですが、それを弟は一蹴します。夜に撮影する中で、姉が弟に声をかけるのは撮影されフラッシュが焚かれる瞬間、すなわち弟が自分を被写体、客体として捉えている瞬間。対して弟が答えるのはその合間、フラッシュに照らされていない素のままの姉を見て「姉ちゃんにしか見えないね」というのです。この時カメラのファインダーは、弟が自分を見る時のまさにファインダーになってくれという姉の願いの表象であり、フラッシュに照らされ生まれたコントラストは、異形としての彼女を表しているのです。そして弟が喋るコマにフラッシュは無く姉は姉のままの姿としてぼんやりと浮かびあがり、ガラスには彼が反射している。この時姉は客体としての異形・他人ではなく、同じ世界にいる同属なのです。この段階での姉の気持ちと弟の気持ちを焙り出す、実に印象的なシーンだと思います。
また、弟は次第に姉の想いに気づきだし、戸惑うのですが、その揺れ方、正常/異常、常識/禁忌をたゆたう気持ちは、彼の異形の象徴たる赤い目で表されます。
(p67)
自分が怪我をしたとき、姉が自分の真っ赤に染まった目に見とれていたのだと聞かされ、衝撃を受ける弟。姉の異常性といびつな愛情を実感した時、表に出ている彼の眼は正常な右目から異形の左目へと変わりました。
(p94)
姉から本格的な告白を受けたとき、右目を見せていた彼は人並みに照れていましたが、左目のみが露わになった一番左のコマでは無表情になっています。おそらく彼は、異形の貌を見せたときに、禁忌である姉の恋を受け入れることを決めたのでしょう。赤目という異形と、近親愛という禁忌。それがつながる演出だと言えるでしょう。
そして、様々な境界を行き来する二人は、最後のシーンで夕陽の中へと溶け、境界を失っていく。答えのあるようなないような、何かを象徴しているようないないような。この作品はこういう終わり方でいいのだと思います。
思うに、この作品は作り手が描く前に「何を言いたいか」を明確に形にしていないのではないでしょうか。もともと作り手が何を言いたいかなんて一言でいうことはできず、だからこそ作品を作るようなものですが、それを考えてもなお、この作品はその傾向が強いと思うのです。それゆえに、作中に想像のヒントはあっても解答は無く、エンディングも含めて読み手は物語のその後を広く考えられる。
読む度なんとも不思議な気持ちになるこの作品。集中して何度も読みこむのではなく、ふとした時に読み返しては奇妙な衝撃に打たれる、そんな付き合い方をしたいものです。さあ。次の単行本はいつになるのでしょう。
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