第172話、ファッションモデル

 

蛇原優里は、ヘビちゃんの愛称でも親しまれている国民的人気のファッションモデルだ。現在29歳で、ファッション雑誌『Onecam』の専属モデルとして契約している。細い手足と豊かなバスト、ヒップが対照的なグラマラスな肉体の持ち主で、蛇のようなミステリックな顔立ちが、見る者をカエルのようにすくませる。

「ヘビちゃん、お疲れ様」

雑誌の写真撮影が終わり、マネージャーが声をかけた。付き人がジュースを差し出すと、優里はひったくるように受け取り、グビグビと飲み干す。

「生温いわね、このジュース。よく冷えたの用意しなさいよ」

「すみません・・・」

付き人の女の子が、平謝りに謝る。トップモデルの機嫌を損ねれば、この業界で生きていく事は出来ない。

「次の仕事は、化粧品のCMの打ち合わせだったわね」

「それが・・・・」

マネージャーが、言葉を詰まらせた。

「何?ハッキリ言いなさいよ。変更があったの?」

優里が、蛇のような目で睨みつけた。

「実は、そうなんだ。さざなみテレビから、さっき事務所に、急遽、仕事のオファーがあった」

「さざなみテレビ?断りなさいよ、スケジュールは、何週間分も先に詰まっているんだから」

「そうは、いかないらしくって・・・とにかく今から、さざなみ市に向かう。先約のCMの方は、うちの社長から事情を話して、先方にも理解してもらった」

「・・・」

優里は押し黙った。さざなみ市と言えば、宇宙人の租借地だ。日本であって日本ではない。いろいろと噂には聞いているが、自分の身にとんでもない災難が起こりそうな、嫌な予感がした。

 

 マネージャーが運転する車で、高速道路を飛ばし、都心からさざなみ市までは、一時間と少しだった。車は、自動車メーカーのCMに出演した時にスポンサーから貰った高級車である。さざなみテレビの受付で名前を告げると、プロデューサーらしき男が出迎えに現れた。

「いやあ、これは、これは、お美しい。写真で見るよりスレンダーな体型でいらっしゃる」

調子よく話しかけてきた男に手渡された名刺を見ると、さざなみテレビ、チーフプロデューサー、斎藤大介と書かれてあった。

「はじめまして」

優里が挨拶をし、マネージャーが名刺の交換をした。優里が付けている香水の匂いと、トップモデルのみが放つオーラに、斎藤は、頭がクラクラした。

「急にお呼び立てして、申し訳ない。実は、今晩のゴールデンタイムの番組に生出演して頂きたいのです」

「はあ、トーク番組か何かで?」

マネージャーが尋ねた。

「いえ、バラエティー番組で、蛇原さんに、ドジョウすくいをやって頂きたいのです」

「ドジョウすくい!」

優里は思わず金切り声をあげた。

「こちらに衣装が用意してあります」

斎藤は、優里とマネージャーを応接室に案内した。そこには、段ボール箱に入った日本手拭いと竹ザル、腰につける魚籠が用意してあった。

「困ります。あたしのイメージが損なわれてしまいます」

優里は毅然とした態度で、断ろうとした。斎藤はニヤッと笑った。

「この仕事は、どうしても、やって頂かなければなりません。あなたが断れば国際条約に違反したとして、日本政府が、宇宙人に制裁を受けます」

「そんな事、言われても・・・ちょっと、あなたも、何とか言いなさいよ」

優里はマネージャーに振った。マネージャーも動転している。

「一旦、事務所に帰って相談を・・・」

「心配御無用。事務所には、もう話を通してあります。それに、生放送だと言ったでしょう。時間が無いのです。すぐに衣装合わせと、練習に入りましょう」

アンドロイドの警備兵が現れ、優里をマネージャーと引き離して、メイク室へと引き立てた。

「横暴よ!あたしを誰だと思ってるの!」

優里は、怒りのあまり喚いたが、アンドロイドの腕力に抗うことは出来なかった。

 

 メイク室で優里は下着姿になるように指示された。その日は黒いブラジャーとパンティを着用していた。Dカップの乳房が深い谷間を作っている。

「さ、この日本手拭いを頭に巻いて下さい」

女性のメイクさんが差し出した日本手拭いを頭からかぶる。

「端は、顎の下で結んでくださいね」

さすがに、トップモデルである。日本手拭いを巻いた顔も美しかった。腰に竹で編んだ魚籠を縄で縛る。スラリとした肢体が輝いて見えた。

「さすが蛇原さんです。ドジョウすくいの衣装を見事に着こなしている!」

立ち会っていた斎藤が、絶賛した。優里は、プロデューサーに褒められても嬉しくなかった。メイクさんが1メートルほどの長さの竹の棒を差し出した。

「両足をガニ股に開いて、この棒で固定します」

「えっ、ガニ股・・・勘弁してよ!」

優里は怒ったが、アンドロイド2体が左右から体を押さえつけ、両足を無理に開かせた。

「痛い、痛〜い!」

優里の両足が左右に180度に開かされた。それ程、体が軟らかい訳ではない優里の股の腱が切れそうになる。

「蛇原さん、案外、体固いんですね」

斎藤が、意外そうに言った。

「ちょっと、無理、無理よ・・・これ以上無理・・・」

180度に割り開かれた股に、竹の棒が装着された。両フトモモの付け根と両膝の真上に麻縄で、きつく縛り付けられる。膝を曲げて立つ事は出来るが、180度に割り裂かれたフトモモは閉じることが出来なくなった。

「痛いっ!痛いっ!苦しいっ!お願い、このつっかえ棒を外して!」

「少しだけ時間を上げますので、その間に慣れてください。この後すぐにドジョウすくいの練習に入りますから」

斎藤は、股の激痛に顔を歪める優里を残してコーヒーを飲みに行った。

 

 優里は、メイク室の床の上をもがき、両手を使って、やっと立ち上がった。170センチの長身が、極端なガニ股のため130センチ程の背丈にしかならない。股の骨が無理な開脚に外れそうだった。

「歩いてみてください」

メイクさんが言った。優里の足は、膝から下しか自由が利かない。どうにか、右足と左足を交互に前に出し、歩こうとすると、バランスを崩してひっくり返った。

「キャッ」

尻餅をつき、腰をしたたかに打ちつける。

「蛇原さん、頑張ってください。ファイトです。このまま、スタジオへ行きましょう。すでにリハーサルがはじまっている筈です」

番組スタッフに案内されて、放送局の廊下を歩き始めた。絶えずバランスを崩して尻餅をつき、すれ違う人々に注目される。美貌のファッションモデルが、下着姿でガニ股になり、必死で廊下を歩いているのだ。

「スタジオ、遠いの?」

「ええ、結構。本番まで、あと2時間くらいしかないんで、急いでください」

「そんな事言っても」

優里は汗だくになって廊下を進み、エレベーターに乗った。さざなみテレビの誇る、女子アナ、中島亜矢とばったり出くわす。亜矢はもう、何年もの間、このテレビ局でトップアナの地位を守り続け、他の女子アナの追随を許さない。

「あら、蛇原さんも、この局に来たの?」

「え、ええ、ちょっと生放送の出演で」

蛇原優里は、下から目線で中島亜矢を見上げた。本当は、身長は優里の方が高い筈なのに。

「プッ、頑張ってね」

亜矢は、優里の無様な姿に、思わず噴き出しながら言った。優里は憤然とし、目的の階に止まると、先にエレベーターから降りる。ガニ股で歩くのは恐ろしく体力を消耗する。フラフラになって。スタジオにたどり付いた時、既にリハーサルが始まっていた。

「ところで、なんていう番組なの?」

優里が、番組スタッフに尋ねた。動転して肝心な事を聞くのをすっかり忘れていたのだ。

「『エンタの鬼』です。この中の『一流芸能人の赤恥晒します』のコーナーに出て頂きます」

優里の顔から血の気が引いた。悪名高い全国ネットの番組だ。強制出演で、イメージを損なわれ、契約していたCMを打ち切られた芸能人も、多々いると聞いている。

「これが、ドジョウすくいのセットです。この中に入って、まず、踊りを覚えて下さい」

大きな水槽に数百匹のドジョウが蠢いていた。優里は、あまりの不気味さに、思わず小さく悲鳴を上げた。

 

 本番が始まった。練習で濡れた下着は、取り払われ、優里は完全に全裸である。鼻の両穴に割箸も突っ込まれた。

「『芸能人の赤恥さらします』、のコーナーです。今日のゲストはヘビちゃんです」

サングラスの司会者に紹介されて、優里が、噴き出す煙幕と共に、ゲートをくぐって現われた。ガニ股で、のそのそと前に進み出る。数時間の練習で疲れ切っていたが、割り箸を鼻に突っ込んだ顔は、ヘビちゃんスマイルを絶やさない。

「素晴らしいプロポーションですね。細い足ですねえ」

サングラスの司会者が褒め称えた。優里は全裸の腰に魚籠をつけ、頭に日本手拭いを巻いている。手には竹ザルを抱えていた。180度に開かれた股には、つっかえ棒が、装着されている。

「ありがとうございます。こんなファッションは初めてです」

「その恰好で、Onecanの表紙に出たらどうですか?」

「それ、いいかも」

内心、ムッとしながらも優里は、司会者の振りをクールに受け流す。

「では、やって頂きましょう。素っ裸でドジョウすくいの芸で、蛇原優里の赤恥晒します」

「赤恥さらします!」

司会者の言葉を、スタジオ全員が唱和し、控えていた三味線バンドが演奏を始めた。

「オヤジ〜どこへ行く〜前の小川に〜ドジョウすくいに〜」

割り箸を鼻に突っ込まれた優里が、鼻声で歌いながらザルを持って踊り始める。ガニ股で歩き、大げさな身振りで、水槽をのぞきこむ。透明の水槽に数百匹のドジョウが蠢いていた。

「いっ、ひっ・・・」

思わず、小さく叫びながら、優里が片足づつ水槽に入る。ヌルヌルして気持ちが悪い。水槽の水は、ガニ股になった優里の腰のギリギリのラインに水面が来るように調整されている。

「ドジョウの味は、千差万別〜うまいドジョウを捕まえにゃ〜」

優里は、足底で感じる、のたうつドジョウの気持ち悪さを堪え、両手を水の中に突っ込んだ。一匹のドジョウを握りしめ、水中から引き揚げる。強く握れば、スルリと抜け落ちてしまいそうだった。

「逃がしちゃなんねえ〜オラの晩飯〜」

優里は両手で捕まえたドジョウを高々と頭上に持ち上げ、ドジョウの動きに合わせて上半身をクネクネと蠢かした。Dカップのバストが揺れ、エロチックな踊りに、男性の視聴者はテレビの前で釘付けになっているに違いなかった。ドジョウを魚籠に入れ、片手を額にかざして、次のドジョウを探すジェスチャーをする。これを何度か繰り返し、無事、踊りが終わりに差し掛かった頃、カメラの外の番組スタッフから、スケッチブックに書かれたカンペーが出された。

『水槽の中に、おもいっきり、コケろ』

お笑い番組のお約束だった。優里は事前に聞いていなかったが、やるしかない。足を滑らせた振りをして、ドジョウが蠢く水槽の中にひっくり返った。

「きゃああああ!」

突然の衝撃に驚いた、数百匹のドジョウが暴れ出し、優里の裸体に絡みついた。想像を絶する気持ち悪さだ。

「いやっ!いやっ!助けてええ!」

無防備に割裂かれた股間にドジョウの頭が潜り込んでくる。足を閉じようとしても、つっかえ棒が邪魔で、どうにもならない。

「ああん!いやっ!やめてっ!そこだけは・・・」

さすがの優里の顔からも、ヘビちゃんスマイルが消えていた。

 

第173話、1947年(ロズウェル)

 

1947年6月、フロリダ州マイアミのビーチが突如パニックに包まれた。十数体のアンドロイドと戦闘服に身を包んだ宇宙グレイ5体が現れ、殺戮を始めたのだ。アンドロイドが、ビキニのブロンド女をアームで捕まえ、主人であるグレイに差し出す。グレイはレーザーナイフで絶叫するブロンド女の体を切裂き、4本指の手で内臓を引き摺り出した。

「美味そうだ。湯気の立つ人間の内臓・・・たまらないねえ」

戦闘服のヘルメットを開け、その場でむしゃぶりつく。尖った口が赤い血にまみれた。

「きゃああああ!」

「逃げろ。化け物だ!」

海水浴客達は、我先に逃げようとしたが、周囲に張り巡らされた、透明な壁に阻まれて逃れる事は出来なかった。グレイは、ビーチで最も込み合っている場所を選んで、エネルギーバリアを張っていた。

30年ぶりだな、ハンティングを楽しむのは」

グレイのリーダーであるギ・アン・ガスは、狂乱する地球人達を眺めながら、ダークブルーの目を光らせた。銀河警察の警戒が厳しく、しばらく自然保護地区である地球に近づけなかったのだ。

26管区の長官、ヤ・グ・オイとか言ったな。あいつが着任してから、取り締まりが厳しくてなっていかん」

ギ・アン・ガスは、背中のランドセルからチューブを伸ばし、ダイナマイトボディのアメリカ娘のオマンコに突き入れた。

「いやあああ!ストップ!ドント、キル、ミー!」

アメリカ娘を助けようと駆け寄ってきたボーイフレンドらしき白人男を、レーザー銃で撃ち殺す。チューブの先端は、アメリカ娘のオマンコから口へ突き抜け、致命傷を与えた。

「オアアアアア!」

死を目前にし、アメリカ娘の肉体は、最後の痙攣を起こした。下等動物の生命を奪う爽快感は何物にも代えがたい。他の4人の仲間もやりたい放題に地球人を追い回し、遊び半分に殺しまくっていた。

「疲れたな。今日は、このくらいにするか」

ハンティングを存分に堪能したギ・アン・ガスは、引き上げの合図を出した。死体は、放置し、まだ生きている地球人の内、若い男女だけを戦利品として持ち帰るようアンドロイドに指示を出す。宇宙船の中でゆっくりと料理して食べるのだ。通報を受けたマイアミ警察が現場に到着した時、すでに砂浜には、赤く血に染まった砂上に、無残な死体が折り重なるように倒れ、転がっているだけだった。

 

「隊長!銀河警察のパトロール船です」

パイロットのゴ・オイ・モイが叫んだ。コクピットルームで生きたまま美女を食べていたギ・アン・ガスが顔を上げる。

「馬鹿に早いな。俺達、今日、地球に来たばかりだぞ」

「偶然、通りかかっただけじゃないでしょうか?」

「パトロール船の位置は?」

「北緯32度。西径105度。地球人の原爆実験場の上空です」

ギ・アン・ガスは、口を止め、考えた。

「ははーん。そいつは只の調査船だ。銀河警察の奴ら、地球人の監視に来やがったな」

「どうしますか?このまま隠れていますか?」

「いや、脅かしてやろう。いつもいつもパクられて、こっちも頭に来ているからな」

ギ・アン・ガスは食事をやめ、コントロールシートに座った。他のグレイやアンドロイドにも戦闘態勢に入るよう指示を出す。捕獲され、すすり泣いていた地球人達は檻に戻された。

「奇襲をかけて、そのまま宇宙へ飛び出し、ワープして、おさらばだ」

小型UFOは隠れていたカリブ海の海底を飛び出し、弾丸のように北米大陸中央部を目指した。

 

 南極の氷の下にある要塞都市ヴァルハラ。数十万人のナチスの残党が連合軍の目を逃れて生活している。久石千鶴もドイツから退却するヒトラーと共に、この地下都市を訪れ、早くも2年が過ぎようとしていた。

「ねえ、千鶴、新しく移送されてきたフランス人の女を拷問するんだけど、一緒に来ない?」

千鶴は、友達のイルマ・グレーゼに誘われた。外界から、この南極の地下に連れて来られるのは、最高級の美女ばかりである。南米を中心に世界中に張り巡らされたネオナチスの犯罪シンジケートが売買している女達だ。退屈なので拷問室へ付いて行くと、片足吊りにされ、体中に電極を付けられたフランス人の美女が、電流を流されて泣き叫んでいた。

「オー、スクール!シル、ブー、プレ!」

「もっと、電圧を上げてやるわ」

イルマ・グレーゼは、電圧を調整するダイヤルを遊び半分に上げたり下げたりした。フランス女の体中から汗が吹き出し、ダイヤルを回す度に、エビのようにビクンビクンと反応する。

「あなたも、やって見なさいよ」

進められて千鶴もダイヤルに手をかけた。フランス人の女は、映画俳優と言っても通用するくらいの洗練されたパリジェンヌである。プロフィールを聞くと案の定、パリコレにも出演経験のあるファッションモデルだと言う事だった。千鶴は、ダイヤルを無茶苦茶に回し、最後に電圧を最高レベルで放置すると、フランス女は、異様な声を上げ、失神した。

「気絶した人間を起こす時は、微弱電流を流せばいいのよ」

イルマ・グレーゼは、得意気に言うと、ダイヤルを一旦ゼロに戻し、再び最小出力で

電流を流した。フランス女は苦しげな呻き声を上げ、目を覚ます。

「ほらね、今度は、吊り方を変えてみましょう」

イルマは、手慣れた手つきでフランス女の手足を縛っている縄をほどき、結び直すと天井から、ぶら下がっている滑車に吊り替えた。今度は、逆海老吊りにされ、ウエスト部分に縄でサッカーボール大の石の重りをつけられる。

「ぐげええ、背骨が・・・背骨が折れちゃう・・・」

女がフランス語で訴えた。以前フランスに住んだ事がある千鶴は理解出来たが、ドイツ人であるイルマには意味が判らないようだった。

「乗馬、乗馬。よいしょっと」

イルマは、苦しんでいるフランス女の背中にブーツの片足を乗せ、よじ登った、

「ああああああっ!」

フランス女の体が極限まで反り返り、腹が沈んで、重りの石が床に付きそうになる。

「あらら。千鶴、もうちょっと滑車を上げてくれない?」

「ええ」

千鶴は、滑車のハンドルを回した。2000年生きて、性格が変わったとは言え、千鶴も久石一族の人間である。基本的に他人の痛みには無関心だ。イルマは、フランス女の背中に跨ると、さらに苦しみが増すように、ゆさゆさと揺さぶった。

「ハイヤー!ハイヤー!」

フランス女の顔が真っ赤になり、地獄のような形相になった。滑車に吊られている手首足首が変色し、千切れそうである。

「ノンノンノンノンノン!息が出来ません・・・」

「あははははは!もっと苦しめ!ハイヤーハイヤー!」

イルマ・グレーゼは、まだ24歳である。彼女のクローンは2年前、ニュルンベルク裁判で有罪判決を受け処刑された。オリジナルは、南極の地下で、この先何十年も生きながらえ、彼女の人生が終わるまでに、星の数ほどの美女に、地獄の苦しみを味合わせるだろう。千鶴が、拷問に熱中するイルマを置いて、途中で抜け、地底の町へ出ると、意外な男が声を掛けて来た。

「やあ、千鶴。元気かい」

「ミッシェル!」

まだ若い20代前半の白人青年だった。誰も、この男が1万歳だとは思わないだろう。

「あなた、どうやって、ここに来たの?」

ミッシェルは笑っているだけで答えず、逆に質問を返してきた。

「どう?南極の生活は楽しい?」

「まあね。ナチスの人達は、いろんな兵器を開発しているみたいだわ。でも、実用化はかなり先になるみたい。2003年に間に合うのかしら」

「間に合えばいいね」

ミッシェルは他人事の様にはぐらかした。予知能力を持っている彼には、この先起こる事、全てが判っている筈なのに。

「この地底には、ナチスの人間も、まだ知らない秘密があるみたいなの。誰も入れない区画があるのよ」

「ははは、まさに、今日は、君をそこへ案内してあげるために来たのさ」

ミッシェルは、千鶴を伴って地底の町を歩き始めた。

 

 要塞都市ヴァルハラの南端にその区画があった。未知の金属素材で作られたその扉は、ナチスの掘削機を使っても破壊することは出来ない。

「この扉は、オリハルコン製でね。アトランティスで最もありふれた金属さ。永久に錆びない、ダイヤモンド並みの硬度を持つステンレスだと考えて貰えばいい」

「どうやって、この扉を開けるの?」

「簡単さ。命令すればいい。私は時空マスターだ、扉を開けろ」

スーッとドアが開いた。音声認識になっていたらしい。扉の向こうは、ヴァルハラの他の部分と同じような通路が続いていた。ミッシェルは、千鶴を案内して歩き始める。背後で扉が閉まった。もう誰も入ってくる事は出来ない。さらに進むと、多数の人間型アンドロイドに出会った。人種、性別、年齢も様々だが、無表情な顔と、無駄のない直線的な動きで、千鶴には一目で彼らが本物の人間では無い事が判った。

「何なの、ここは?」

「ここは、この時代における時間管理局の支部。彼らは、時間管理局員達だ」

ミッシェルの言葉に千鶴は驚いた。時間管理局と言えば数百年間に渡って、千鶴の命を狙い続けてきた宿敵である。その基地が、こんな身近にあったとは・・・

「心配ない。僕と一緒にいる限り安全だよ。何しろ僕は、時間管理局の創設者である時空マスターなんだから」

「あなたが、あたしを殺すように命令を出していた事になるわ」

「君を、異物として抹殺命令を出していたのは、1万2000年前の、この場所にあるホストコンピューターと、その時代の僕さ」

「判らない。別人だって言うの?」

千鶴は、頭が混乱した。

「別人でもあり、同一人物でもある」

ミッシェルは、謎めいた言葉で答えた。

「それは、もうあと30年もすれば、君にも判るさ。いずれ君は、やがて生まれてくる自分自身と対面しなくてはならないのだから」

千鶴の誕生日は1974年6月25日だ。その時点から、この世界には、二人の千鶴が存在する事になる。

「それは、さておき、今日は地球の歴史にとって重要な日なんだ。大洪水以後の、文明を復活させた地球人が、初めて宇宙人の存在を認識する日さ。それを君に見てもらおうと思ってね」

ミッシェルは、巨大なスクリーンのある部屋へ千鶴を案内した。そのスクリーンでは、1万2000年前から衛星軌道を周回している、ステルス加工された人工衛星から送られてくる画像で、地球のどの場所での出来事も、リアルタイムで見る事が出来る。ミッシェルがダイヤルを調整するとカリブ海が映され、さらにズームさせると、波やカモメまでもが、見えるようになった。

「もうすぐだ。あと十数分で海中からグレイの宇宙船が飛び出してくる」

ミッシェルは腕時計を見ながら言った。

 

ギ・アン・ガスら密猟者を乗せた小型UFOは、ニューメキシコ州上空で、銀河警察の宇宙船に奇襲をかけた。大口径のエネルギー砲が放たれ、雲間に隠れて調査していた宇宙船を直撃する。

「ざまあ見やがれ、銀河警察の犬め!」

ギ・アン・ガスが歓声を上げる。パイロット席のゴ・オイ・モイが、そのまま急上昇をかけて大気圏外へ離脱しようとした時、上空から一斉掃射を浴びた。

「な、なんだ!」

「衛星軌道上に母艦がいます!」

密猟者の小型UFOは、大気圏外へ離脱するコースから跳ね飛ばされ落下を始める。

「隊長!さっきの奴、壊れてませんぜ」

直撃させた筈の宇宙船も健在だった。直撃寸前にオートでバリアが作動したらしい。上下から挟みうちにされる格好になった密猟者の小型UFOは、集中砲火を浴び、火だるまになって眼下の牧草地帯へと落下していった。

「くそっ、やられるのは、また俺達か!」

ギ・アン・ガスは、4本の指でコントロールパネルを掻き毟って悔しがった。

 

千鶴とミッシェルは、その空中戦の様子を南極の地下にある時間管理局の一室で、つぶさに目撃した。

「グレイの宇宙船が墜落したわ」

「そう、墜落した場所は、ロズウェル近郊のフォスター牧場だ。壊れたUFOの残骸と負傷したグレイ2体は、アメリカ軍に回収され、後にエリア51と呼ばれる空軍基地に保管される事になる」

「1947年、ロズウェル事件!」

千鶴は叫んだ。この出来事は、公安調査庁で宇宙人の調査を始めた際、極秘ファイルで読んだ。2003年の8月に、衛星軌道上に、最初のネオガイア星人の宇宙船が探知された時、CIAと共同戦線を張る事になり、千鶴も、研修と称してエリア51でグレイの遺体を見学した。

「あの時のグレイ・・・」

千鶴は、長い時間の放浪の果てに、巨大なループが繋がったのを感じた。ついに元いた世界に帰って来たのだ。

「おやおや、嬉しそうだね」

ミッシェルが、からかうように言った。

「あたしが、2003年にネオガイア星人に捕まり、脳から情報を引き出された。そして、それを元にエリア51は攻撃を受け、壊滅した。同じ失敗を繰り返してはならない・・・」

うわ言のように千鶴がつぶやくのを、ミッシェルは面白そうに眺めていた。

「歴史は、変えられないんだけどね」

「変えてみせるわ」

千鶴は、断固として言い放った。

 

 壊れたUFOの残骸から、ギ・アン・ガスは這い出した。戦闘服がショックを吸収し、致命傷には至らなかったが、全身血まみれだった。気絶しているゴ・オイ・モイを揺り起こす。

「大丈夫か?」

「隊長・・・」

生きているようだった。5人の仲間のうち、動けるのは、ギ・アン・ガスとゴ・オイ・モイと、もう一人だけだった。

「こういう時のために、南の大陸の地上絵の近くに、予備の宇宙船が隠してある。そこまで、たどりつければ・・・」

「捕獲した地球人は、裸だったんで、全員墜落のショックで死んでいます」

「地球人なんか、また狩ればいい。とにかく、銀河警察に、見つからないうちに、早く、ここを離れよう。ムショ暮らしは、もう御免だ」

ギ・アン・ガスら3人のグレイは、戦闘服の飛翔装置を使って、墜落したUFOの残骸を後にした。重傷を負って動けない2体のグレイが残されたが、彼らを発見したのは、銀河警察ではなく、フォスター牧場の持ち主から通報を受け、ロズウェル飛行場からやってきた地球の米軍だった。翌月の1947年7月8日、空飛ぶ円盤が回収されたという正式発表が、米軍から出され全世界が驚愕した。しかし、数時間後、すぐに、それは、気象観測速用の気球だったと訂正された。事件はなかった事にされ、回収された宇宙人の遺体と、UFOの残骸は、ネヴァダ砂漠の真ん中にある施設に、極秘裏に運び込まれ、以後 56年間、保管される事になる。

 

第174話、ファッションモデル(その2

 

生放送の収録が終わった蛇原優里を、さらなる試練が待ち受けていた。仕事が終わり、忌々しい、さざなみテレビから、やっと、おさらば出来ると思ったのだが、楽屋に戻ると、マネージャーが蒼白な顔で待っていた。

「早く、この、つっかえ棒を外してよ」

「それが、外せない事になった」

「どういう事?」

メイクさんが、優里の両脚を極限まで広げている、つっかえ棒の麻縄を、鍵付きの樹脂製のベルトに取り換え、鍵穴を溶接した。

「ちょ、ちょっと、何するの?」

「これで、もう外す事は出来ません。このベルトは、ネオガイア製の特殊な合成素材を使っていて、切断は難しいです」

「不平等条約の第5条が、君に適用されたんだ。人体実験モルモットの提供・・・」

「何それ、聞いてないわよ!」

優里は激怒した。こんな恰好では、ファッションモデルはおろか、普通の芸能活動さえ

出来ない。

「ガニ股のファッションモデルが、現実に、あり得るかどうかと言う実験らしい」

「馬鹿にしないでよ!無理に決まってるじゃない!」

優里は、不自然な体勢での長時間の撮影に疲労困憊していた。気が遠くなりそうになり、ガニ股のまま、バランスを崩して床に尻餅を付く。

「第一会議室へ行ってくれ。さっきの番組の反省会があるらしい」

優里は、目眩と吐き気を必死に堪えながら、局のスタッフに案内されて、ガニ股歩きで会議室へと向かった。会議室には、イソップ局長をはじめ、斎藤プロデューサーや、その他の幹部達がいた。

「番組放送直後に、視聴者から送られてきた抗議電話だ」

優里は、内容の書かれたコピーを渡された。

鼻の両穴にマッチ棒を入れず、黒や赤のマジックで、顔に太眉や無精髭、頬の渦巻きなどを描かず、それでドジョウすくいとは、けしからん!』

「局としては、抗議内容を真摯に受け止め、明日の朝の情報番組で、お詫び方々、ドジョウすくいを、やり直す事になった」

イソップ局長が告げた。

「あたし、元々入ってた、明日の仕事があるんです。これ以上、ここに拘束されるのは困ります」

優里は抗議した。

「その恰好では、どのみち仕事は無理だろう。君の所属事務所に、明日以降の仕事のスケジュールを一旦白紙に戻し、新たに組み直して貰うように依頼した」

「そんな、横暴です!」

「横暴ではない。日本政府との条約に基づいてやっている事だ。それは、芸能業界全体でも理解してくれている」

そこまで言われると、優里に反論する事は出来なかった。優里の人権は、この際、問題ではないらしい。

「それはそれとして、ヘビちゃんが、我々の管理下に置かれたのだ。ぜひオマンコを試したい」

イソップ局長が、立ち上がり、全裸でガニ股の優里に歩み寄った。スペーススーツのズボンを下ろす。

「え、そんな・・・こんなところで・・・会議室で・・・」

「バックからやるしかないか」

イソップは、優里の両手を前に付かせ、180度に開かれて無防備になったオマンコの割れ目を指でなぞった。

「あっ、いやっ・・・」

「ヘビちゃんのオマンコ、いい匂いだ」

イソップは、顔をうずめ、舌で舐め始めた。彼は自分の立場を利用し、ありとあらゆる女性芸能人の、オマンコの味と感触を堪能するのが趣味だった。

「あまり匂いもきつくない。味もサラサラしていい感じだ」

「あうっ、ああん、いやっ・・・」

優里は、イソップのマニアックな年季の入った舌使いに、心ならずも喘ぎ声を洩らした。ドロリとした愛液が滲み出す。

「そろそろ、いい感じだな」

イソップは、生のチンポを準備万端に整った優里のオマンコに挿入した。ほとんど抵抗なく、スルリと入った。

「ほらっ、ほらっ」

イソップは、腰を動かし、肉棒で優里の子宮を思い切り突き上げた。

「はうっ、はうっ!」

180度に開かれた、内股の腱が痙攣して吊りそうだった。

「だめっ、だめえええええ!」

優里は、腱の痛さに半狂乱になりながら絶頂を極めた。

 

 会議室で、優里は、局の幹部達に代わる代わる散々に嬲られた。オマンコとアナルと口に何度も何度も射精され、開きっ放しになる。その夜は、局に隣接するホテルで一泊する事になったが、ウトウトとする間もなく、午前3時から、すぐに、朝の情報番組のリハーサルに入らなければならなかった。

「蛇原さん。もう、これ以上、抗議が来ないようにお願いしますね」

司会である女子アナの中島亜矢(30歳)に、嫌味ったらしく言われた。思わず何か言い返そうとするが、ぐっと、言葉を飲み込む。

「あたしもプロよ。全力でやるわ」

優里の顔には、メイクさんの手で渦巻きや、無精髭がマジックで描かれ、鼻の穴には一本づつマッチ棒が差し込まれていた。本番では、下唇でマッチ棒を支え、鼻の穴を突き上げて豚鼻にする予定だ。優里の細く引き締まった腹にはヒョットコが描かれ、腹話術でドジョウすくいの歌を歌う事になっている。半永久的なスタイルとなったガニ股は、もちろん前回同様である。中島亜矢をメインとした番組のリハーサルが行われている隅っこで、優里は、腹話術と踊りの練習に励んだ。

「オラのドジョウを捕まえにゃ〜」

「ちょっと、蛇原さん。もっと小さな声でやってよ。うるさいわよ!」

番組セットの中央に座っている亜矢から、叱責が飛んだ。優里は、歌をやめ、睨み返す。

「すみません」

トゲのある謝り方だった。やがて、長い待機時間が終わり、朝の5時に生放送の本番が始まった。朝にふさわしい爽やかなキャラのキャスター達が、当たり障りのない話題で盛り上げていく。午前7時30分を回って、ようやく優里の出番が来た。

「ここで、視聴者の皆様にお詫びです。昨晩放送された、『エンタの鬼』の中の『一流芸能人の赤恥晒します』のコーナーで不手際があり、視聴者の方から、お叱りのお電話が寄せられました。蛇原優里さんの演じたドジョウすくいなのですが、こんなものは、ドジョウすくいではない、とのお叱りなので、演出を改め、今から、もう一度、やり直しをさせて頂きます。・・・ヘビちゃん、用意はいいですか?朝なので、目が覚めるような、ハツラツとした演技をお願いしますね。」

司会の亜矢が陳謝し、優里にカメラが切り替わった。優里は、目の前に置かれた水槽を見て驚愕した。その中には、昨日と同じドジョウではなく、百数十匹の蛇がのたうっていたのだ。

「ひっ!」

ドジョウだと思って覚悟を決めていた優里は、動揺した。

「ヘビちゃんにちなんで、今日は、蛇すくいをやって頂きます。お友達がたくさんいて、なんだか、ヘビちゃんも嬉しそうですね」

亜矢が、笑顔でさらっと言った。優里には、コメントする亜矢が悪魔に見えた。

「オヤジ、どこへ行く〜前の小川に、蛇すくいに〜」

三味線バンドが演奏をはじめ、腹話術で優里が歌い出した。臨機応変に替え歌にする。恐怖を堪え、そっと片足を水槽の中に入れると、蛇が噛み付いてきた。

「痛っ!」

顔を歪めるが、生放送なので止めるわけにはいかない。ガニ股で、もう片方の足も水槽の中に入れると、腰の辺りまでが蛇で埋め尽くされた。

「蛇の味は、千差万別〜うまい蛇を捕まえにゃ〜」

下半身を噛まれまくりながら、優里は一匹の蛇を捕まえた。捕まれた蛇の頭がのたうち、優里の二の腕を噛む。

「逃がしちゃなんねえ〜オラの晩飯〜」

下半身のいたる所を噛まれる恐怖に、優里は泣き出しそうだった。しかし、気を緩めると、下唇と鼻の穴で支えているマッチ棒を落としそうになる。人間の蛇に対する本能的な恐怖は、魂の根源から来るものだった。おそらく人間が初期の小型哺乳類だった頃、二億数千万年に渡って、巨大爬虫類に脅かされて生きてきた遺伝的記憶によるものだろう。恐怖にオシッコを洩らし、ガタガタと震えながら、どうにか、踊りの終盤に差し掛かった頃、やはり、お決まりのカンペーが出た。

『そのまま、水槽の中にコケろ』

(無理よ、無理無理・・・絶対無理・・・)

優里は、心の中で叫びながらも、バランスを崩して、蛇の蠢く水槽の中に倒れ込んだ。下半身だけではなく、上半身にも蛇が群がり、裸の全身を蛇に噛まれて絶叫し、とうとう気を失った。

 

 成瀬美咲は、朝食を食べなら、その様子を自宅マンションのテレビで見ていた。さすがにプライベートでは、コスチュームや鼻フックは外しており、ピヤス以外は、普段着である。

「まあ何てこと、ライバル出現だわ。裸女芸人のポジションは、あたしだけのものなのに、まさかヘビちゃんが参戦してくるなんて・・・」

不安が美咲の胸を突き抜けた。そうでなくても、芸風が、そろそろ視聴者に飽きられているんじゃないかと、最近、気が気でならなかったのだ。

「新しいギャグを考えて、もっと、芸を磨かなくちゃ」

美咲はもう、清純派女優には戻れない。芸人として注目されなくなる時が、芸能人としての終わりだった。美咲は、1週間後、書店で、ファッション雑誌、『Onecan』の表紙を飾る蛇原優里を見た。お姉さま系のファッションで身を包み、ガニ股でポーズをとっているアンバランスな姿は異様だった。180度に開かれた股間からは、隠しようのない、黒いパンティが丸見えで映っていた。

 

第175話、1974年(誕生)

 

1974年6月、久石千鶴は、東京都内にある産婦人科を訪問した。

「例の赤ちゃんは、どこ?」

千鶴は、看護婦の一人に尋ねた。その看護婦は、千鶴の指令で何年も前から、この日のために潜り込ませてあった千羽鶴教団の信者だった。

「こちらです」

看護婦は、保育室に案内し、保育器に入った生まれたばかりの、女の赤ちゃんを見せた。スヤスヤと眠っている赤ちゃんの手首には、『久石千鶴、血液型O』と書かれたバンドが巻かれている。

「出産を終えた、赤ん坊の母親は別室で眠っています。お会いになりますか?」

「いえ、いいわ」

千鶴は、赤ん坊の顔をまじまじと眺めた。目の前にいるのは自分なのだ。

(別人でもあり、同一人物でもある)

千鶴は、ミッシェルの言っていた、謎めいた言葉を思い出した。

(もし、あたしが、今この子を殺せばどうなるのかしら?)

ふと、千鶴は考えた。答えは判り切っている。新たな多元宇宙が発生し、彼女の歴史的重要度に応じて、人類に別の未来が訪れるだけだ。

(歴史を変えるという作業は、慎重にやらなくてはならない。それに、もし、実際に変えようとしたら、ミッシェルや時間管理局が、どう動くか予測出来ない・・・)

千鶴は、複雑な思いで、穴の開くほど、赤ん坊の顔を眺め続けた。自分の産んだ子供を見るのとは、また違う不思議な感覚だった。

(いつか、この子が成長し、大人になったら、コンタクトをとり、共に戦おう。地球を宇宙人の侵略から守るために・・・その時、歴史が変わる・・・)

「引き続き、監視をして頂戴。この子が無事退院するまで」

「判りました、教祖様」

千鶴は、看護婦にそう言い残すと、産婦人科を後にした。

 

 千鶴は、そのまま教団の東京支部には戻らず、しばらく都内をぶらつく事にした。5年前、アポロ11号は初めて月面に着陸し、人類は宇宙に大きな一歩を踏み出した。書店では、『ノストラダムスの大予言』という本が大ベストセラーになり、1999年の7月に世界は滅ぶのだと、巷では、噂されている。今年、もっとも千鶴が驚いた事件は、先月マリアナ諸島のジャングルで発見された、元日本兵だった。

「女だ!女を抱かせろ!」

救出された元日本兵は、記者のインタビューに答えてそう叫んだ。63歳だというその日本兵は、千鶴の血縁でもある久石光隆だった。彼は、29年間、ジャングルで孤独に戦い続けていたのだった。

「俺が、日本に帰って最初にやりたい事は、女を抱く事だ。従軍慰安婦は、いねえのか?なんなら、あんたでもいい」

記者会見で、指を差された女性記者は、たじろいだ。光隆は、現在の日本に従軍慰安婦という制度が無いことを知らされると、ブチ切れた。

「俺は、ジャングルでは、時々島民の女を、かっさらってきて、弄んでやった。だが、俺が抱きたいのは、日本人だ。同じ日本人の女を抱きたい!」

手負いの獣のようなギラ付いた眼でカメラを睨む老人の姿に、平和ボケしていた日本中の人々は驚愕した。そして、今は、平和憲法が施行され、軍国主義や戦争が遠い過去の遺物になっている事実に感謝するのだった。今では、その元日本兵は、国から貰った給付金や、取材料、手記を書いた原稿料などを、つぎ込んで、トルコ風呂に通い詰めているという。

(彼は、あたしの祖父の弟にあたる人物ね)

千鶴は、久石家の家系図を取り寄せて調べてみた。千鶴の曽祖父にあたる久石隆政には、3人の息子がいた。そのうち長男の久石文隆が、千鶴の祖父である。戦時中の久石一族の男達の中では、文隆だけが、戦後も官僚として真っ当な人生を送っている。ちなみに久石隆政は、東京裁判でA級戦犯として判決を受け、処刑。次男重隆は、ソ連軍によってシベリアに抑留され行方不明。三男光隆は、サイパン島玉砕で戦死したと思われていたのが、この度、29年間の時を経て、日本に生還したのだった。

(血なまぐさい家系ね)

千鶴は、自分の家系を調べた時、そう思った。だが、戦時中の久石一族の行動を調べているうちに、一つ興味深い事がらを発見した。それは、次男重隆が、悪名高い満州の研究機関で実験を重ねていたという、白人だけに感染するウイルスの存在だった。

(ウイルスの研究資料は、ソ連軍の侵攻の直前に飛行機で日本に運ばれ、当時陸軍の実力者だった久石隆政の手で、どこかに隠された。戦後、進駐軍も、それを発見していない・・・)

千鶴は、千羽鶴教団の情報庁と呼ばれる諜報部門に、その事を調べさせた。

(もし、そのウイルスを完成させる事が出来れば・・・いや、すでに完成していたとしたら・・・)

ネオガイア星人は、古代ギリシャ人を祖先とする白色人種である。彼らに対する有効なB兵器になるに違いなかった。

(手に入れたい。何が何でも、そのウイルスを手に入れたい)

千鶴は、喉から手が出るほど、それが欲しかった。

 

 千鶴が生まれた3日後、その産婦人科医院を、米谷正子と名乗る製薬会社の営業部員が訪れた。米谷正子は、薬品の売り込みをした後、さりげなく、保育室に眠る生まれたての千鶴を観察した。

(時間犯罪者11532号。発見シタゾ)

700年前のモンゴル帝国時代から、異物である千鶴を追い続けている時間管理局員だった。1944年のバイエルン上空で、タイムマシンを喪失し、自分自身はかろうじて助かったものの、しばらく謹慎処分になってプログラムの修正処理を受けていたのだった。

(コノ赤ン坊ヲ殺ス事ハ出来ナイ。コノ人間ガ時間犯罪者ニナルノハ2004年以降ダ)

米谷正子は、なんとしても時間犯罪者11532号を逮捕したかった。寸前のところで、何度も煮え湯を呑まされ、上層部より逮捕保留の指示も出た。その間、11532号は、重要な歴史上の人物とも何度も接触し、その度に、歴史が変わるのではないかとハラハラさせられ、今まで時空連続体に何事も起こっていないのが不思議なくらいである。

(保留ノ指示ガ解ケ次第、逮捕シテ、処刑、モシクハ時間刑務所ニ、無期懲役デ放リ込ンデヤル)

米谷正子の電子頭脳のプログラムでは、その事が、何度も最優先課題として上書きされ、怨念のように蓄積されていた。

 

 ワシントンDC、ホワイトハウスの大統領執務室にあるホットラインで、第37代大統領は、世界を影で操る委員会のメンバーと、会話をしていた。

「アポロ21号が、無事、月の裏側への着陸に成功しました」

大統領が報告した。大統領と言えども、単なる委員会の下部構成員にしか過ぎない。

「例の遺跡の調査状況を、判り次第、出来るだけ詳細に報告せよ」

「仰せの通りに」

アポロ計画によって、月の裏側に、古代科学文明の遺跡が発見された。しかし、その事実は隠蔽され、公式発表では、アポロ計画は、17号で終了した事になっている。

「南極の亡霊に先を越されてはならん。何が何でも、月の遺跡は委員会の管理下に置かねばならん」

「ごもっとも」

「火星探査は、どうなっておる?」

「目下、NASAでバイキング計画が、進行中です。無人探査機を火星表面に軟着陸させ、土壌調査を行う予定です」

大統領の答えに、電話の向こうの委員会のメンバーはイライラした様子だった。

「生ぬるい!有人宇宙船は飛ばせないのか?」

「申し訳ございません。現在の科学力では、とてもそこまでは・・・」

委員会は、古代エジプト時代より、ピラミッドを建造し、人間の歴史を発展へと導いてきた。フランス革命を起こしたのも、新大陸にアメリカ合衆国を建国したのも彼らの功績だった。彼らのシナリオでは、1990年代にソ連を崩壊させて東西冷戦を終結させ、アメリカによる一極支配の構図を作り上げる予定だった。

「権力を握ったものは、慢心する。少し前の大統領や、かの独裁者の様にな。お前も同様だ。くれぐれも気をつけるように」

「ははーっ」

大統領は2ヶ月後に、盗聴疑惑の事件を追及され、辞任する事になる。

 

第176話、ラグナロック

 

1999年8月。南極の地下にある要塞都市ヴァルハラでは、来月11日に決行される『ラグナロック作戦』の最終の打ち合わせが行われていた。会議室に集まったメンバーは、ネオナチスの最高幹部たち、ヒトラー3世、ゲッペルス4世、デーニッツ3世、ゲーリング2世、ロンメル3世などである。54年間にも渡る潜伏生活で、メンバーはすっかり世代交代を重ね、入れ替わっていた。

「作戦の第一段階として、20名の特殊部隊員をアメリカに極秘裏に入国させ、9月11日の朝に、旅客機4機を一斉にハイジャックさせます。そして2機は、資本主義の象徴であるツインタワー世界貿易センタービルへ、3機目はペンタゴンヘ、4機目はホワイトハウスへ体当たりをさせ、自爆テロを敢行いたします」

作戦の立案者であるゲッペルス4世が、スクリーンに映し出されたアメリカ東海岸の地図を、ポインターで指し示しながら説明した。彼は、まだ弱冠23歳の青年である。総統であるヒトラー3世も若い。

「世界最強の軍事力を誇るアメリカと言えども、内側からの攻撃には弱い、というわけだな」

「その通りです。そして混乱したアメリカに、作戦の第二段階である外側からの攻撃を仕掛けます」

ゲッペルス4世は、スクリーンを切り替えた。地球と月が映し出される。

「月面のゲーリング閣下には、ハウニヴZの編隊で、大気圏外から攻撃をお願いします」

「おう。任せておけ」

「デーニッツ閣下には、原子力Uボートの艦隊で、海中から攻撃をお願いします」

「判った。事前に東海岸と西海岸の海底に展開していれば、よいのだな?」

「そうです。そして、空と海からの攻撃で、破壊されたアメリカ本国に、ロンメル閣下の巨大ロボット軍団が上陸し、止めを刺します」

ロンメル3世は、国民的英雄エルヴィン・ロンメル元帥の孫だった。

「電撃的にな」

金髪碧眼にチョビ髭がトレードマークの総統ヒトラー3世は、険しい顔をしていた。

「地球を汚すユダヤ人どもを、根絶やしにする!それが偉大なる祖父の念願だった。いよいよ、その時が来たのだ!」

「ユダヤの闇の世界政府に対抗出来るのは、我々しかいません」

「余が、世界の支配者になった暁には、世界中に収容所を建て、奴らを一人残らず消し去ってやる。世界をこの手におさめれば、もはや奴らには、亡命する先もない」

ヒトラー3世自身に、祖父から受け継いだユダヤの血が流れている事は知らされていない。アドルフ・ヒトラーは、その秘密を胸に収めたまま、1949年の8月に、この世を去ったのだ。

「ハイル、ヒトラー!」

「ハイル・ヒトラー!」

幹部達が唱和した。

 

 ゲッペルス4世ことヨハン・ゲッペルスは、会議が終わると幹部専用の特別居住区にある自室に戻った。広い室内は、豪華な家具や、レプリカの名画で埋め尽くされている。ペットである片桐久美子(27歳)が出迎えた。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

美貌の人妻である久美子は、背中に豚の刺青を背負い、歯は全部抜歯されていた。オマンコも手術で陰唇を広げられ、子宮の奥まで常に外気に晒されている。

「疲れた。フェラチオを頼む」

「はい」

久美子は、ソファに座ったヨハンの軍服のズボンを脱がせ、股間に顔を埋めた。歯の無いピンク色の歯茎が、チンポをマッサージする。ボリビアの支部でセックス訓練を受けた久美子の歯茎フェラは、絶品で、この世の物とは思えない快楽を味わう事が出来た。

「うっ!」

1分と経たずにヨハンは射精した。久美子は精液を飲み込み、舌で射精後のチンポを洗い清めると、ズボンを元通りに直した。

「コーヒーを入れましょうか?それともワインがよろしいですか?」

「コーヒーでいい」

南極の地下には、テレビもラジオもない。娯楽といえば、外界から取り寄せた音楽を聴き、映画を見ることくらいだった。

「いよいよ、ラグナロック作戦が発動される事になった。僕も現地で指揮をとらなくてはならない」

コーヒーカップを傾けながら、ヨハンが言った。

「北米とは、行かないまでも、南米のどこかの支部へは、出なくてはならない。僕は、南極から出るのは、生まれて初めてなんだ」

久美子は、オマンコを広げて立っていた。

「お前も連れて行く」

「え・・・」

久美子の胸を、娘の綾香に会えるのではないかという、かすかな期待が横切った。

「足を揉め」

「はい」

久美子は、跪くとヨハンの軍靴と靴下を脱がせ、足指の一本一本を両手で丁寧に揉み始めた。ヨハンが、もういいと言うまで揉み続け、最後の仕上げは唇である。

「ラグナロック・・・ユダヤが滅ぶか、我々が滅ぶかだ・・・」

ヨハンは眼を閉じ、呟いた。

 

 白木雪絵(21歳)は、ボリビアの山岳地帯にあるネオナチスのコカイン農場で働かされていた。麻薬中毒でガリガリに痩せた雪絵は、全裸で農作業をさせられ、雪のように白かった肌も日に焼けて黒くなっていた。

「働け!手を休めるな!」

作業の監視をしているネオナチスの兵士が、退屈しのぎに、むやみやたらと、雪絵の背中に鞭を振り下ろす。SMプレイ用の緩い鞭ではなく、家畜を追い立てるための牛追い鞭の痛みは強烈だった。

「あううう!」

雪絵は、中毒症状に震える手で、コカの葉を摘んでいく。体温調節の機能が狂っているせいか、やたらと寒く鳥肌が立っている。眼だけがギラギラと病的に輝いていた。

(薬が切れてきた・・・・寒い・・・)

雪絵は、監視員の目を盗み、そっと摘み取っていたコカの葉を口に含んだ。精製されていない葉を食べても、それほど効果はない。

「てめえ、今、何をした!」

兵士が、雪絵の行動を怪しんで怒鳴った。

「口を開けろ!」

マシンガンの銃口で、雪絵の口をこじ開ける。

「ああっ、許して!許して下さいっ!」

噛みかけたコカの葉を吐き出し、哀願する雪絵の顔を、兵士はマシンガンの台座で殴り倒した。

「作業が終わったら、メシ抜きで、たっぷり可愛がってやるからな!」

兵士は、枯れ枝のように衰弱した雪絵の体を軍靴で踏みにじった。

 

 ボリビアの首都ラパスの、さびれたオフィス街にある、モサドの設立したダミー会社の地下室では、CIAのヘレン・マンスフィールド(25歳)と公安庁の城山朋子(24歳)、モサドのベンジャミン・ゲラーらが、密談を行っていた。

「ネオナチスの本当の本拠地を突き止めるには、どうればいいのかしら?」

ヘレンが、険しい表情で問いかけた。白い顔が氷のようにクールである。

「おそらくそれは、ネオナチスの最高機密だ。ラパス支部の構成員の中でも幹部クラスしか、知らないのかもしれない」

ベンジャミンが言った。

「いっそ、ハインリッヒ・リヒターを誘拐するってのはどう?彼なら、絶対に、知ってると思うわ」

朋子が、突拍子もない提案をした。一同が呆れかえる。

「朋子、あなた、彼の身辺が、どれだけ警戒が厳重か判ってるの?それにボリビア政府も水面下で奴らと繋がっているわ。この国の警察や軍隊も敵なのよ」

ヘレンが諌める。朋子は、拉致された後輩の雪絵の身が気がかりでならないのだ。

「じゃあ、他にどんな方法があるの?」

「それは・・・」

さすがのヘレンも言葉に詰まった。その時、電話が鳴った。ベンジャミンが取り、相手を確認すると、受話器をヘレンに手渡した。

「あんたの相棒の、リチャード・ファーマーだと名乗っている」

「ハロー、リチャード。えっ、まだ、パリ・・・何をグズグスしてるの。早くラパスに来てよ」

ヘレンは、珍しくイライラしていた。国際電話のようである。

『アイムソーリー、ヘレン。ミッシェルに会ったよ。至急伝えたい事がある』

「会えたの?」

ミッシェルとは、フランス経済界の黒幕と言われている男である。ネオナチスとも深い繋がりがあるらしい。

『彼は、予想通り、委員会のメンバーだった』

委員会とは、アメリカを影で動かし、世界経済を牛耳っていると噂される秘密結社である。

『今から1時間後にシャルル・ド・ゴール空港を飛び立つ飛行機に乗って、そちらへ向かう。詳しい話はその時にする・・・僕が、到着する頃には、ラングレーから新しい指令が出ている筈だ』

「ねえ、リチャード。ネオナチスの本部は、ここじゃなかったのよ」

『らしいな・・・ミッシェルが言っていた。ノストラダムスの大予言・・・それがキーワードだとも・・・』

国際電話が切れた。ヘレン、朋子、ベンジャミンは顔を見合わせた。

 

 麻薬農場のバラック小屋の中で、ネオナチスの兵士達が、雪絵の体に群がっていた。前と後ろの穴を別々の男に同時に犯され、口には2本のチンポを同時に咥えさせられている。雪絵は、コカの葉を盗んだ罰として今日も食事を抜かれたため、空腹で目眩と吐き気がしていた。

「ねえ、お薬・・・お薬頂戴・・・コカイン頂戴・・・」

「そんなに、欲しけりゃ、やるよ。ほら、コカ・コーラだ」

兵士の一人が、よく冷えたコカコーラの瓶を、雪絵の口に突っ込んだ。空きっ腹に、コカ・コーラがドクドクと流し込まれ染みわたる。半分ほど飲んだところで、兵士は、瓶を口から引き抜き、雪絵の頭に叩きつけた。

「ぎゃあっ!」

瓶が砕け、雪絵の顔が、炭酸で泡まみれになった。

「ガッハッハッハッハ!」

兵士達は高笑いをした。

(このままじゃ、いつか、殺される・・・逃げなきゃ・・・)

雪絵は、麻薬と恐怖と苦痛に委縮した脳で、かすかに考えた。一晩中嬲り抜かれた雪絵は、翌朝、ヘリの羽根が回転するモーター音で目を覚ました。バラックの中にネオナチスの兵士の姿はなく、自分一人だけだった。

「ハイル・ネオナチス!」

「グーテンモルゲン。ヘア・リヒター」

兵士達が口々に挨拶をしている声が、外から聞こえた。誰か幹部が、農場を視察に来たらしい。雪絵は、寝ていたバラックの窓から外の様子を、そっと伺った。ヘリが一機着陸している。まだエンジンはかかったままだ。兵士達は、雪絵から見てヘリの反対側にいた。

(イチかバチかだ!)

雪絵は覚悟を決めた。このまま、待っていても助けは来ない。体も衰弱する一方だ。雪絵は、寒さと禁断症状に震える体を抑え、床に転がっていた陶器のカケラを掴むと、バラックのドアから全力で駆け出した。

「閣下、危ない!」

ヨレヨレの裸の女が、自分達の方に、走ってくるのに気付いた兵士が、マシンガンを撃った。雪絵の周りに銃弾の雨が降り注ぐ。

「うわああああ!」

奇跡的に雪絵は、一発の弾にも当たらず、棒立ちになっているハインリッヒ・リヒターの体に、しがみ付いた。

「撃つな!でないと、お前らのボスを殺すよっ!」

「ナイン!なんだ貴様は!」

雪絵は、リヒターの喉元に、陶器のカケラを押し当て、麻薬中毒患者とは思えない馬鹿力で、リヒターの体を、ヘリの方へ引き摺って行った。

「出せよ、おら、早く!ラパスへ飛ぶんだ!」

まさに、命をかけた火事場の馬鹿力だった。雪絵はラパスの日本大使館へ駆け込み、保護を求めるつもりだった。陶器のカケラが、リヒターの喉に食い込み血が流れた。

「ぐ・・・言う通りにしろ・・」

リヒターの命令で、パイロットは、ヘリを発進させた。

「有色人種め・・・逃げ切れると思うなよ・・・」

「逃げてみせるわ。必ず、日本へ帰って見せる。そして、あなたの組織を根こそぎ摘発してやるわ!」

雪絵の目は、まさに麻薬中毒患者特有の危険な光を湛えていた。

 

 麻薬農場からラパスまでの間には、チチカカ湖が横たわっていた。朝靄の立つ湖面の上をヘリが低空で飛んで行く。アンデス山脈に近く、標高の高いこの辺りは、空気が希薄で、ただでさえ衰弱している雪絵は、すぐに息苦しくなった。

「ちょっとでも、おかしな真似をしたら、喉を掻っ切るからね」

「ほう、こんな風にかね」

雪絵が、衰弱しているのを見て取ったリヒターは、いきなり雪絵を突き飛ばし、ひるんだ隙に、陶器のカケラを持った右腕を捩じり上げた。年を取ったとは言え、若い頃から軍事訓練を受けてきたリヒターにとって、女一人を叩きのめす位は、わけがなかった。

「痛っ、畜生!」

反撃しようとする雪絵に、リヒターの鉄拳が叩き込まれた。顔面から鼻血を噴き出し、口端から血を流す。ボディにも何発も、膝蹴りを喰らい、雪絵は血の混じった胃液を、ヘリの機内にぶちまけた。

「薄汚い、有色人種め。この報いは、恐ろしい拷問で、贖って貰うぞ。いっそ、一思いに殺してくれと懇願するような拷問でな」

リヒターは憎々しげに、軍靴のつま先で、何度も何度も雪絵の脇腹を蹴り上げた。

(やられる・・・・)

雪絵は、あばら骨にヒビが入ったのではないかと思った。そして身をひねると、リヒターの蹴りを背中に浴びながら、操縦席のパイロットの腕にしがみ付いた。

「離せよ、落ちるじゃないか!」

「どうせ、逃げられないなら、今ここで、あんた達を、道連れにして死んでやる!」

パイロットの手が、操縦桿から離れると、ヘリはバランスを崩した。

「小賢しいマネを!」

リヒターは、機内にあった消化器をつかみ上げ、思いきり雪絵の右肩に振り下ろした。鈍い音がして、肩の骨が砕ける感触がする。

「わああああああ!」

雪絵が絶叫した時、とうとうヘリは、横倒しになりチチカカ湖の水面へ叩きつけられた。

 

ヘレンと朋子は、リチャードを向かえに行くために、レンタカーでエル・アルト空港へと向かっていた。リチャードは、エール・フランス航空の旅客機で、パリ、ニューヨーク、マイアミを経由してラパスに到着する筈だった。

「ラングレーからの新しい指令よ。ネオナチスは、来月、アメリカ本国に対して何らかの攻撃を計画しているらしいの。その詳しい日時と方法をラパスで収集しなくちゃ、いけないわ」

運転席のヘレンが助手席の朋子に言った。観光客風の衣装に身を包んだ美女二人は、どこから見ても工作員には見えない。

「ノストラダムスの大予言って、あの1999年7の月にアンゴルモワの大王が復活するっていう、あの四行詩の事かしら?」

「イエス、多分ね」

「でも、もう7月は過ぎて、今は8月よ」

「セプトマンス。グレゴリオ歴では9月。つまり、2ずれるのよ」

ヘレンが解説した。

「どうして2ずれるの?」

「元々、古代では、3月が年の始めだったのが、ローマ帝国時代に1月が年の初めに変更されたの。だから7番目の月は9月なの」

「ふーん」

朋子は、納得した。その時、ヘレンの携帯電話が鳴った。運転しながら、片手で電話に出る。

『ヘレン、大変だ!』

ベンジャミンだった。

『チチカカ湖にネオナチのヘリが落ちた。何か事故があったらしい』

ヘレンの、工作員としての勘がピンと来た。

「搭乗者は?」

『麻薬農場にいる情報提供者の話だと、ハインリッヒ・リヒターが、今日視察に回っていて、彼が乗っていた可能性もあると・・・悪いが、現場に向かってくれないか。俺達もすぐに行く』

「オーケイ。リチャードは、空港で待たせて置きましょう」

ヘレンは、Uターンしてチチカカ湖へ、急ハンドルを切った。

 

 ヘレンと朋子の乗った自動車が、現場に着いた時、既にチチカカ湖は、ボリビアの軍や警察の水上艦艇で埋め尽くされていた。

「これじゃ、手を出せないわ」

ヘレンが、お手上げだと言わんばかりに肩をすくめた。二人が呆然と、湖上で行われている警察の救助作業を見守っていると、ベンジャミンや、モサドの工作員達も、4WDの車数台に分乗して、やってきた。一番最後に到着した車には、はるばるパリから来た、リチャードの姿もあった。

「ひどいじゃないか、ヘレン。空港に置き去りなんて」

「緊急事態なのよ。ハインリッヒ・リヒターが、墜落したヘリに乗っていた可能性があるの。彼の身柄を抑えることが出来れば、来月決行されるという、ネオナチの作戦の全貌が、判るわ」

「ミッシェルが言っていたよ。未来は変えられないと」

リチャードが、遠い目で言った。ヘレンがカチンとくる。

「アメリカへの攻撃は防げないって言うの?」

「そうは、言っていない。しかし、彼は、ノストラダムスの予言は、必ず現実になると言っていた。なぜなら、それは自分が予知して、書いたものだからと・・・」

ヘレンと朋子は、眉をひそめた。

「意味が判らないわ。彼がノストラダムス本人だ、とでも言うの?」

「そうだと、彼は言っていた。自分が不老不死だとも」

「オーノー!馬鹿馬鹿しい!」

ヘレンが一笑に付した。

「委員会については、どう言ってたの?」

「彼が、委員会のメンバーだという事は、確実だ。だが、主要メンバーというわけではないらしい。どちらかと言うと客人待遇というか、企業で言う、社外取締役みたいなポジションらしい」

ヘレンやリチャードが所属してるCIAは、アメリカ合衆国の政府機関である。CIAが、アメリカ大統領の指揮下にあるのは、間違いなかったが、その上の存在となるとイメージする事すら難しかった。3人が話し込んでいるとベンジャミンらモサドの工作員達が、車のトランクから武器を降ろし始めた。

「ちょっと、あなた達、何してるの?」

朋子が、目を丸くして尋ねた。

「こんな機会は、またとない。リヒターの身柄をボリビア警察から力尽くで、奪取する」

「ええっ、本気なの?」

「ああ。アメリカが攻撃されれば、次はイスラエルの番だ。ネオナチが世界を支配すれば、地球上にユダヤ人の国家が存在する事を黙認する筈がないからな。奴らは、アラブ人やパレスチナゲリラとも手を組んで、我々を殲滅するために攻撃してくるだろう」

「ありそうな話ね」

ヘレンや朋子には、彼らの行動を止めることは、出来そうになかった。

 

  城山朋子は、ベンジャミンに手渡されたサブマシンガンを見つめた。ズシリと重い、その銃は、ロシア製だった。

「この辺りの左翼ゲリラが、よく使っている武器だ。我々が、やったとバレないようにしないと、いかん」

「と言っても、左翼ゲリラが、ネオナチの幹部の身柄を欲しがる理由なんかないわ。状況証拠だけでも、あたし達の仕業だってバレバレだけどね」

ヘレンが言った。朋子の所属する公安調査庁は、武器の携行は認められていない。しかし、過去に自衛隊研修で、銃器の扱いを習った事はあった。

「僕は、こう言う荒事は、あまり、好きじゃないんだけど」

リチャードが、言った。しかし、手渡されたサブマシンガンを点検する手付きは、朋子よりも慣れている。

「この際、紳士ぶってる場合じゃないでしょ。リヒターの身柄を手に入れて、拷問か、自白剤を使ってでも、来月決行される作戦の全貌を吐かせるのよ!」

ヘレンが、怒った。リチャードは肩をすくめる。

「やれやれ、当分、この国には、来れなくなるかもな・・・」

全員の準備が整った。モサドの工作員7人プラス、朋子、ヘレン、リチャードの合計10人だった。

「ヘリから救助された怪我人は、この道路を通って、ラパスの病院に搬送される筈だ。この地点まで先回りし、襲撃する」

ベンジャミンが、地図で指し示した地点は、チチカカ湖の湖畔を走る幹線道路で、丘や林など、比較的、遮蔽物の多い場所だった。

(チチカカ湖・・・なんだか日本人がネーミングしたみたいな名前ね・・・)

朋子は、ふと考えた。生まれて初めての銃撃戦に緊張する。監視の一人を残して、残り9名が3台の自動車に分乗した。国道を南に5キロほど移動し、カーブを曲がった地点にさりげなく駐車する。間もなく、監視の一人から、ベンジャミンの携帯電話に連絡が入った。

『救助されたのは3名。男二人に女一人です。救急車2台に乗って、そちらへ向かいました。男の一人はリヒターに間違いありません。女だけ、なぜか丸裸です』

「判った。お前は、そのまま救急車を尾行しろ」

『了解』

緊張した空気が全員を包み込んだ。5キロと言えば自動車で数分の距離だ。10分後には戦闘状態に入り、自分は死んでいるかもしれないのだ。やがて、救急車がパトカーに先導され、カーブを曲がって現われた。

「行け!」

ベンジャミンが合図すると、モサドの4WDが飛び出し、道路を塞ぐ形で、真横に停車した。パトカーと救急車は、ブレーキを踏んで急停車せざるを得ない。モサドの工作員は、4WDから降りると車を盾にし、ロシア製のサブマシンガンをパトカーに向けて撃ち始めた。不意を突かれた1台目のパトカーに乗っていたボリビア警察の警官は、為す術もなく蜂の巣になって息絶える。異常事態に気付いた後続のパトカーから警官達が降りて来て、ピストルを撃ってきた。

「軍はいない。警察だけだ」

ベンジャミンが、襲撃の成功を確信した。サブマシンガンとピストルでは勝負にならない。朋子は、自分の持っているサブマシンガンで、ボリビア警察をなぎ倒した。

(ひょっとして、この人達、ネオナチとは関係ない、只のこの国の公務員じゃないの?)

ふと疑問が頭をよぎったが、止めるわけにはいかなかった。警官が、全員蜂の巣になって死ぬと、バックして逃げようとしている救急車のタイヤに、リチャードが銃弾を撃ち込んだ。

「ナイス、リチャード!やれば出来るじゃない!」

ヘレンが皮肉を言った。

「人を撃つのは嫌いなんだけど、タイヤだからね」

「じゃあ、あたしの腕も見て」

ヘレンは、運転席の救急隊員の頭を狙って撃ち、吹っ飛ばした。

「どう?」

「君には、負けるよ」

リチャードは、肩をすくめた。搬送されている怪我人の他、生きている者のいなくなった救急車に、モサドの工作員達は、駆け寄った。フロントガラスを銃床で叩き割って、中から鍵を開ける。一台目の救急車にはネオナチ幹部の制服を着た中年の男が、意識不明の状態で横たわっていた。

「リヒターです、間違いありません」

「そうか、やったぞ!」

ベンジャミンが、歓声を上げた。2台目救急車には、墜落したヘリのパイロットと、裸の女が、横たわっていた。

「白木さん!」

朋子が、思わず叫んだ。日本で潜入調査中に行方不明になり、数ヶ月間探し続けていた後輩を、遠い異国でやっと見つけたのだ。白木雪絵の肉体は、やせ細り、顔面は血だらけで、体中に虐待を受けた痣や、傷痕があった。4か月前、霞が関の庁舎で、新人として朋子の元に挨拶に来た時の面影は全くなかった。

「ひどい目に合ったのね・・・でも、生きていて良かった」

「ああ・・・うう・・・」

雪絵が呻いた。全身の怪我から来る苦痛で、意識が朦朧としているのだろう。

「ああ・・・なんでもするから・・・なんでもするから・・・お薬ちょうだい・・・」

「麻薬を撃たれているのね。でも、もう、心配しなくていいわ。日本へ連れて帰ってあげる」

朋子は、傷だらけで、やけに軽い雪絵の体を抱きしめた。

 

 モサドに損害は全く出なかった。プロの工作員の集団が、一般の警察を襲ったのである。当然の結果だった。ラパスのオフィス街のダミー会社の地下に、連れ込まれたリヒターは、強烈な自白剤を打たれ、ベラベラと喋った。

「作戦の決行日は?」

「来月・・・9月11日だ・・・」

「方法は?」

「4機の旅客機をハイジャックし、ホワイトハウス、ペンタゴン、世界貿易センタービルに自爆テロをしかける・・・」

その内容は、衝撃的なものだった。国外からの攻撃には、2重3重に張り巡らされた防衛システムがアメリカを守っている。だが、内側からの奇襲は、想定していない。現代社会が、高度に発展していればしているほど、その中枢へのテロで、世界経済は、致命的な打撃受けるに違いない。

「ネオナチスの本当の中枢は、どこにある?」

「南極大陸・・・」

「総統ヒトラー3世もそこにいるのか?」

リヒターは、心神喪失状態のまま、頷いた。

 

 東京霞が関の公安庁のオフィスで、久石千鶴(25歳)は、収集した情報の整理を行っていた。となりの第一課では、行方不明になっていた新人の調査官が南米の国ボリビアで見つかったというニューズが入り、騒いでいる。千鶴は、クールな性格で、自分に関係のない他の課の出来事には興味がなかった。千鶴が現在受け持っているのは、武装テロ化する恐れのある宗教法人の調査である。

(千羽鶴教団・・・ここが一番危なそうね。設立が、江戸時代の嘉永6年。西暦換算だと1853年。ペリー来航の年だわ)

セックス教団としても悪名の高い、この教団がなぜ、現代まで存続しているのかは不明だ。戦前戦中の宗教弾圧も、ほとんど受けていない。

(教祖、久石千鶴・・・・あら、あたしと同姓同名だわ)

いつもクールな千鶴には珍しく、不気味な感触に、鳥肌が立った。

(教祖は、不老不死を自称し、2003年に宇宙人が襲来すると予言している・・・ハッ、馬鹿馬鹿しい。子供騙しね)

千鶴は、資料にある何枚かの教祖の写真を見た。巫女姿の若い女が映っている。眼光が鋭く、頬がげっそりとして痩せた、その女は、美しいというよりも、浮世離れした何か凄惨な印象を受けた。

(若いのか、年を取っているのか全くわからないわ。敢えて年齢を推測するとしても、20歳から50歳って所かしら)

千鶴は、デスクから立ち上がり、ハンドバッグを肩に引っ掛けるとオフィスを出た。一般的な公安庁の調査の手法としては、対象となる団体の内部に、買収によって情報提供者を獲得し、金で情報を買うのだ。千鶴は、手始めに、駅前でビラを配って信者を勧誘している千羽鶴教団の勧誘員に近づき、話しかけた。

「面白そうね」

「ええ、宗教って言うより、サークルみたいなノリでやってます。みんな和気合々としていて楽しいですよ」

「ふーん、あたしも入れるのかしら。仕事だけじゃ人生つまらなくって・・・なんかこう、魂の救済が欲しいって言うか」

「明日、この場所で、夜の19時からセミナーがあります。来て頂いたら詳しい説明を、させて頂きますよ」

「わかったわ。気が向いたら行くから」

「じゃあ、こちらに名前と電話番号を書いて下さい」

千鶴は、本名と携帯番号を書き込んだ。教祖と同じ名前に、勧誘員は一瞬、眉をひそめたが、すぐに笑顔に戻った。

「席を予約して、お待ちしています」

千鶴は、ビラを読みながら歩き始めた。セミナーで何人かの信者と接触し、後で呼び出して身分を打ち明け、脅迫と金の両建てで、情報提供者に仕立て上げる腹積もりだった。翌日、計画通りにセミナーに出席し、目を付けた気の弱そうな信者に声を掛け、終了後、近くの喫茶店で待っていると、現われたのは別人の女だった。

「久石千鶴さんですね」

女が無遠慮に、千鶴の座っている席の向かいに腰かけた。地味なワンピースを着た女は、何か、只者ではないミステリアスな雰囲気を漂わせていた。

「誰ですか、あなたは?」

千鶴が、訊き返すと、女は超然とした態度で微笑んだ。

「フフフ・・・私は、あなたよ。と言っても信じられないでしょうけど」

女は、名刺を差し出した。『宗教法人、千羽鶴教団代表、久石千鶴』と書かれてあった。

「う・・・」

千鶴は、珍しく動揺し、マジマジと相手の顔を見た。年齢不詳の女の顔は、よほど厳しい人生を送って来たのか、カミソリの刃のような印象を受ける。肌には20代の張りがあるが、とても若くは見えない。強いて例えるなら、何人も子供産み、結婚と離婚を繰り返してきた未亡人のような印象だった。

「始めまして。でも、私はあなたの事を、とてもよく知っているわ。あなたが、生まれた時から見守っていたのですもの」

「どうして、ここに・・・」

千鶴は、相手のオーラに圧倒され、ようやく、その言葉だけを、喉から絞り出した。

「公安の内部にも、教団の信者がいるのよ。あなたの行動は、教団の諜報部で常に把握しているわ」

ミイラ取りがミイラになるとは、正に、この事だった。

「あたしは、今年で2023歳。つまり1998年後のあなたよ」

千鶴は、もう一度相手の顔をじっくりと観察した。そして小さな叫び声を上げた。印象があまりにも異質だったため気付かなかったのだが、よく見ると、それは、まさしく自分の顔だった。

「そんな・・・」

「あなたは、本来なら、あたしと出会う事はありえない。だって1998年前、あたしはこの場所で、ここで、こうやって自分とは会っていないのですもの」

女は、パニック状態の千鶴を無視して、さらに混乱するような話を続けた。

「つまり、この瞬間から、歴史は改変され、別のパラレルワールドが派生したってわけよ」

「言ってる意味が、全く判らない・・・」

千鶴は根を上げた。精神力が限界に来ていた。女は、左手をテーブルの上に置き、嵌めていた白いシルクの手袋を脱いだ。その手は、小指が欠損していた。

「西暦2004年の冬に、無くしたわ。宇宙人に拉致され、生体実験の材料にされた揚句にね」

「宇宙人?馬鹿馬鹿しい」

千鶴は、力なく否定した。

「でも、あなたも同じ運命を辿ってはならない。そのために今日、あたしは、ここであなたに、出会ったのだから。二人で、前の世界とは違う、別の未来を切り開くのよ!」

千鶴は、突然目眩を覚え、この瞬間、世界の何かがズレたような奇妙な錯覚を覚えた。

 

 久石千鶴(25歳)は、目黒区にある自宅に戻った。明治時代からこの地にある、比較的大きな邸宅で、両親と同居している。風呂に入り、家政婦の作った夕食を食べると、2階にある自室のベッドに横たわった。8月下旬だというのに、まだ蒸し暑く、リモコンを使ってエアコンのスイッチを入れる。

(4年後に宇宙人が襲来してきて、あたしが人体実験のモルモットにされるだなんて・・・よくある、新興宗教の下らない教義だわ)

千鶴は必死に、そう自分に言い聞かせようとした。しかし、さっき会った女が、自分の2000年後の姿だという戯言を、完全には否定出来ない自分自身に戸惑ってもいた。

(ありえない・・・ありえないわ。他人の空似よ)

その晩、千鶴は眠れない夜を過ごし、翌朝いつもの時間に目覚めると、寝不足のまま公安庁に出勤した。千羽鶴教団の教祖について、何か目ぼしい情報がないか、公安のデータバンクを探ろうと、自分のデスクに設置してあるノートパソコンを立ち上げた時、上司である調査2課の課長が話しかけてきた。

「久石調査官。悪いが、1課の手伝いで、北米に飛んでくれないか?」

「北米?」

「ネオナチス系の国際テログループが、何か仕掛けてくるらしい」

「その件は、一課の担当じゃなかったかしら」

千鶴は、いつものように冷たく断ろうとした。実際、今はそれどころではない。

「そうなんだが、かなり大きな動きがあって、1課だけじゃ手が足りないらしい。こう言う時はお互い様だ、2課のエースである君が、手伝ってやってくれ」

命令口調で言われ、千鶴は渋々了承した。詳細を聞きに、1課の長谷川課長の元へ出頭すると、そこには、1課の調査官、木之本恵美(22歳)もいた。

「すまんな。うちの男性課員は、全員、国内のテロ組織の監視で手一杯なんだ。北米へは、木之本君と一緒に行ってくれ。現地には、うちの城山も先に着いている筈だ」

「どうせ、あたしは女だし・・・」

恵美が、ボソリと言った。彼女が、暗く悲観的な人間だという噂は聞いている。

「北米では、CIAとの共同作戦になる。場合によっては、イギリスのMI6やイスラエルのモサドとも接触があるかもしれん。くれぐれも用心してくれたまえ」

千鶴は、指令書の入った封筒を受け取り、さっと目を通した。

「判りました。全力を尽くします」

千鶴は、何か、世界全体に、昨日まではなかった、違和感の様なものを感じ始めていた。

 

 ゲッペルス4世こと、ヨハン・ゲッペルスは、ナチスの軍服姿で、全裸の久美子に跨り、ヴァルハラの地下通路を進んでいた。180センチ以上の長身であるヨハンの体重は80キロを超え、四つん這いで歩く華奢な久美子の背中には、相当の負担だった。時折、軍靴の踵が、久美子の脇腹に拍車をかける。

「ぐふっ・・・」

黒髪の美しい顔が苦悶に歪んだ。ヨハンは要塞内を移動する際、久美子を馬代わりに使う事がよくある。

「総統閣下の執務室へ行け」

ヨハンが久美子に命令した。久美子は、手足の筋肉の疲労に耐え、なるべく、キビキビと前進するように心掛ける。要塞内で、服を着ているのはドイツ人で、それ以外の拉致されてきた外国人達は全裸で奴隷生活を送っている。ヒトラー3世の執務室にたどりつくと、ヨハンはドアをノックした。

「ゲッペルスです。失礼します」

入室すると、ヒトラー3世が格調高い木製のデスクで書類に目を通していた。彼の傍らには、秘書兼愛人の金髪女性4人が、直立不動の姿勢で待機している。彼女達は、遺伝学的にも選び抜かれた、純粋アーリア人種のドイツ系美女だった。ヒトラー3世は、祖父のアドルフのようなストイックな性格は、全く持ち合わせておらず、自分の欲望を敢えて隠そうとはしない。

「いよいよ、出撃するのか?」

「はい、外界に出て、陣頭指揮を執ります」

ヨハンは、久美子の背中から降り、右手を上げナチス式の敬礼をした。

「頼むぞ。我々の科学力は、数百年先を行っている。数では遥かに劣るが、奇襲効果を利用すれば、必ず作戦は成功する筈だ」

「仰せのとおりです、閣下。しばらく、南極には戻って来れませんが、成功の暁には、ぜひとも、占領下のワシントンで再開を」

「そうだな。アメリカ大統領に、首輪をはめて、ホワイトハウスの犬小屋に繋いでやるのが、余の子供の頃からの夢だった」

「間もなく実現されるでしょう」

ヨハンは、固く約束した。

「それから、ハリウッドの女優達を根こそぎ、余のハーレムに入れる」

「自由の女神を破壊し、抑圧の女神に建て替えましょう」

「純粋アーリア人を頂点とする理想社会を、全世界に構築するのだ。その社会では、一人のユダヤ人の存在も、許さない」

ヒトラー3世とヨハンは、口々に夢を語り合った。それは、お互いの祖父の代からの悲願だった。総統に、最後の別れの挨拶を告げたヨハンは、その晩、原子力Uボートに搭乗し、海底トンネルをくぐってヴァルハラを後にした。彼にとって初めての外界への旅だった。

 

 

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