在日コリアン差別のヘイトスピーチが日本で台頭

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日本国旗を掲げ、在日コリアンに対する抗議活動を繰り広げるデモ参加者たち(4月21日、東京で)

 【東京】領土や歴史問題をめぐる近隣諸国とのあつれきで、日本のナショナリズムが高まりを見せるなか、在日コリアン(韓国・朝鮮人)への敵対的なデモが勢いを増している。政治指導者の間にも懸念が浮上し、ほぼ単一民族国家の日本でその是非を問う機運も出始めている。

 そうしたデモへの参加者は少数で、過激な行動が日本の政治的な流れになるまでにはまだ程遠いが、この数カ月間、ヘイトスピーチ(憎悪発言)や威嚇を使ったナショナリストの活動家らのデモはその規模と頻度を増している。韓国料理店や韓流ポップカルチャーのグッズを扱う店が多いことで知られる東京の新大久保はその標的の1つとなってきた。今年2月から、日本国旗を振り、「ゴキブリ」「朝鮮半島に帰れ」などと書かれたプラカードを持った200人ほどのデモ隊が混雑した週末の街に繰り出し始めた。「韓国人を殺せ」というデモ隊のシュプレヒコールもあり、地元テレビ局の取材を受けた通行人は衝撃をを受けたと答えている。規模はもっと小さいが、同じようなデモは日本中で毎週末に行われている。デモ参加者はテンションはあがっているものの、数件のちょっとした小競り合いを除けば暴力は報告されていない。

 これに危惧を覚え、「ヘイトスピーチ」を禁止する新たな法律を提案し始めた国会議員もいる。移民が厳しく管理され、人種的・民族的少数派の割合が人口の1%にも満たない――そのほとんどは第二次大戦前、あるいはその最中に日本に連れて来られた韓国・朝鮮人の子孫――日本では、その言葉にもあまりなじみがない。

 数人の同僚たちと国会での議論をけん引する民主党の有田芳生参議院議員は「今年に入って、新大久保のデモで、韓国人を殺せと言ってまわっているのを聞いて、一線を越えたなと思った。このまま放っておくのはいけないなと思った」と述べた。

 今週、橋本徹大阪市長が、第二次大戦前とその最中は日本軍に従軍慰安婦が必要だったという趣旨のコメントをしたことで、日本と近隣諸国の間での反目はさらに強まっている。韓国と中国ではこの発言に抗議するデモも起きた。

 日本の保守的な有権者にその国家主義的な政策を称賛されている一方で、近隣諸国に警戒視されている安倍晋三首相は今月、国会の答弁でこうした外国人差別の現象を「大変残念」と表現した。先週には、安倍首相の昭恵夫人が反韓国的な嫌がらせの被害者となった。5月9日に韓流ミュージカル『カフェイン』を鑑賞したことを夫人が自身のフェイスブックのページに書き込むと、そこに批判的なコメントが殺到した。

 あからさまに人種差別的な感情の台頭は、領有権や日本が第二次大戦で果たした役割をめぐって中韓と厄介な論争に陥っている最中に起きている。これに経済的優位性の低下が加わり、多くの日本人の間に敵意と不安感が広がってきている。日本の言論NPOと韓国のシンクタンクである東アジア研究院(EAI)が共同で行った調査の結果が今月になって公表された。それによると、日本人の40%、韓国人の47%がこの1年間で両国間の関係が悪化したと答えた。また、相手国に対して全体的に悪いイメージを抱いていると回答した人の割合は日本で37%、韓国で77%に上った。

 先週、ワシントンを訪問した朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領は「過去に目を背ける人には未来も見えない」と述べ、日本の政治的指導者たちを批判した。

 日本での過剰な人種差別を呼びかけるデモの規模は小さく、暴力行為がないということも確かだ。対照的に、2011年の福島原発事故後の反原発デモには数万人が参加した。尖閣諸島の領有権をめぐって緊張が高まっていた中国では昨年、反日感情から日系の企業や商店が放火されたり、日本人観光客が嫌がらせを受けたりする事態に至った。韓国でも最近、反日デモ参加者が日本国旗や安倍首相の人形を燃やした。

 日本の憲法は外国人の人権を守り、警察は言葉を使って威嚇するデモ隊を逮捕することができるが、ヘイトスピーチや行き過ぎた形の人種差別を抑制する効果的なツールや法律はほとんどないと専門家は話す。数の少なさゆえに民族的少数派には政治的影響力が弱く、日本人のほとんどは無関心のようにも見える、と専門家はみている。

 ヘイトスピーチに関連する問題に詳しい東京造形大学の前田朗教授は「結果として、外国人に対する人権侵害がある部分で容認されてきた」と述べた。

 2010年、国連人種差別撤廃委員会は朝鮮学校へ通う児童やその他のグループが露骨で粗野な言動に引き続き苦しめられているという事実を挙げ、日本に対してヘイトスピーチを禁止する法律を導入するように勧告した。日本政府はこれに対し、憲法が保障する言論の自由と相いれない可能性を指摘した。(米国も特定のグループを対象としたデモについて同じような立場を取っている。)それに加えて、「日本政府は現代の日本において、そのような新しい法律が正当化されるほど人種差別的思想は普及しておらず、人種差別もあおられてもいない」との見解を示した。

 最近の国会で谷垣禎一法相は、政府としてそうしたデモが人種差別的行動を扇動していないかを注意深く監視していくと述べたが、新たな法的保護までは約束しなかった。

 敵意に満ちたデモの多くは在特会という保守系団体とそれに共感する組織によって企画されている。在特会が設立されたのは2006年。その目的は同団体が生活保護支給金のような「特権」を乱用していると主張する在日コリアン(在日外国人永住者の45%を占める)に抗議することにあった。同団体のウェブサイトによると、現在の会員数は1万3000人で、2年前の1万人から増加しているという。草の根団体を通じて会員を集める従来の日本の右翼団体とは違い、在特会はインターネットを利用して会員を勧誘している。ユーチューブで閲覧できるデモや演説は会員募集の手段にもなっている。

 2000人の在日韓国人を代表する団体、在日大韓民国青年会中央本部会長の徐史晃(ソ・サファン)さんは「あまりにひどい言葉が、以前はネットの奥、すみにあると思っていたが、最近は行動する保守といって、前面にでてきて、生々しい肉声として私たちの肌にとどいてくるようになった」と話した。日本で生まれ育った33歳のソさんは「われわれも、命の危険があるのではないかと心配するようになってきている」とも述べた。

 在特会の幹部たちによると、デモの目的は外国人たちによって傷つけられている「日本を日本人の手に取り戻す」ことにあるという。在特会会長の桜井誠氏は、韓国人住民が多いことで知られる神奈川県川崎市で12日に開かれた集会で、次のように演説した。「多くの日本人が在日韓国人、朝鮮人の犯罪によって命をうしなっております。殺人 強盗、放火、やりたい放題の重犯罪者。そもそも日本がそんなに嫌いだったら祖国に帰れというのが、どこがヘイトスピーチだよ」

 暴力沙汰に巻き込まれるのを恐れて在日コリアンの住民グループは今のところ、そうした集会から距離を置いている。会員たちや専門家と長い話し合いを持った後、ソさんのグループは先ごろ、「排外主義」と「人種差別をあおる言動」に対する抗議声明を出した。

 郊外の混雑した川崎駅のそばにあるショッピングセンターの前で15日に開かれた集会には、50人ほどが参加していた。そのほとんどは30‐40代とおぼしき男性だった。ある青年は在日コリアンの川崎市職員の「殺害日」を警告するプラカードを掲げていた。母の日のカーネーションをバッグに入れたある中年女性は「韓国国交断絶」と書かれたプラカードを持っていた。

 集会参加者と2重に並んだ100人ほどの警官隊の反対側には、「レイシスト」「日本の恥」などと叫びながらこの集会に抗議する人たちが見られた。反原発ロゴが入ったトートバッグを持った20代の男性は、反韓国団体の方向を指さす安倍首相の写真を頭上高く掲げだ。そこには「たいへん残念」と書かれていた。

 ベビーカーを押す若い夫婦、買い物袋を手にした高齢者など、数百人の通行人が安全な距離からその様子を眺めていた。

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