遅い昼食はマクロナルドで済ませる。 昨夜里穂が立てた計画では、隣接するショッピングモールにあるオシャレなカジュアル・フレンチで、ゆっくりとランチを楽しむ予定だった。センセイと今井さんがオゴってくれることに期待して、高校生にしては高めのレストランに狙いをつけていた。ホームページの紹介文に、イチジクのシャーベットが珍しいと書いてあったので、楽しみにしていた。 でも、こんな4人で同じテーブルで長い時間をすごすなんて、考えたくもない。今になってみると、イチジクのシャーベットもあんまり美味しそうじゃない。マックで十分だ。 「里穂ちゃん、セクシーだったねぇ。くくく」 チーズバーガーにかぶりつきながら、小田が下品な含み笑いをする。 小田がからかっているのが里穂のノーパンのことだとは、里穂にはわからない。けれど、その下品な響きだけで十分だ。 里穂は唇を噛み締めて、小田が手に持っているチーズバーガーをにらみつける。午後いちは、このチーズバーガーを小田が吐いてしまうような、絶叫マシンに乗ろう。ゲロだらけになっている小田を想像すると、少し溜飲が下がった。 里穂も小野寺センセイも、食欲がなくてポテトしか食べていない。だから、胃をぐらぐらと揺らすようなアトラクションに乗っても、たぶん大丈夫だ。 シュウ君は……? 知るもんか、あんなやつ。 よく考えたら、どうして私が、シュウ君や小野寺センセイのことを心配してあげなきゃいけないの? 小田は、殺意のこもった里穂の視線は気に止めず、シュウ君に話しかけている。 「修太。お前のカノジョは、なかなかだよ」 「小野寺さんほどではないですよ」 「ああ、この女のことは、晴菜と呼んでくれ」 「え? いいんすか。えーと……晴菜って、ほんとチョー美人ですね」 シュウ君が小野寺センセイのことを名前で呼び捨てにするのを聞いて、里穂が顔を上げてシュウ君をにらみつける。 でもシュウ君は、相変わらず小野寺センセイの身体に見とれていて、まったく気づこうとしない。 いつもデートでは、里穂の顔色ばかり気にしていたのに。 「ホームページで今年のミス啓知大の写真見たときは、女優かモデルみたいな美人で、お嬢様っぽかったけど、実物見てみるとこんなにエロエロなんで、イメージとゼンゼン違いました。あ、もちろん、いい意味で。 小田さん、どうやってこんないい女ゲットしたんですか?」 シュウ君は小田におもねるように尋ねる。 「んへへ。知りたいか?」 「もちろんっすよ」 まるでチンピラの兄貴と子分のような話し方をしている。この半日で、シュウ君はすっかり遠くなってしまった。 「晴菜に聞いてみろよ」 「えーと、ハ……ハル……」さすがに、大人びた年上の美人に向かって、面と向かって呼び捨てにするのはためらう。ちらちらと、センセイの顔と、小田の顔を見比べる。 その視線が里穂の方を向いたら、文句を言ってやろう。そう思って待ち構えていたのにシュウ君は、相変わらず里穂にはまったく見向きもしない。 小田がシュウ君を励ますように頷く。安っぽい不良の高校生が、仲間に万引きをけしかけるみたいだ。 すっかり小田の子分に成り下がったシュウ君は、それだけで勇気づけられている。 「なあ晴菜。小田さんのどこがいいの?」 シュウ君の口ぶりは、どことなく偉そうで、小野寺センセイを上から見ているみたいだ。たかが小田の子分になったからって、エラくなったつもりなの? シュウ君の言動は、いちいち里穂の気に触る。 けれどシュウ君の質問は、里穂自身も聞きたい質問だ。 どうして今井さんがいながら、小田みたいな男にべたべたくっついているんですか? 今井さんのほうが、ゼッタイにゼッタイにステキな人なのに。 里穂は、小野寺センセイを見つめて、答えを待つ。 どうかもうこれ以上、私を失望させないで。 「そんな、恥ずかしい……そんなこと聞かないで」 センセイが顔を赤らめてうつむく。その表情と仕草は、いつもの恥ずかしがりやな小野寺センセイだ。ただ服装が、そのへんのギャル以下の下品な露出ぶりなので、違和感が際立つ。 「ちゃんと答えてやれよ。正直に、晴菜が思っていることを答えるんだ」 「……はい」 小野寺センセイは、ちらりと里穂の方を気にして、小田にすがるような視線を向ける。 小田の言う「晴菜の正直な気持ち」は、はしたない色欲にまみれている。里穂ちゃんの前でそんな話をするの? だが、晴菜の表情に込められたそんな気持ちが、小田に伝わるわけがない。むしろ小田は、あえて里穂の前で、晴菜の色ボケぶりをを語らせたいのだ。 小野寺センセイはあきらめて、下を向いたまま答える。 「ツトムさんといると……私、とても……とてもえっちな気持ちになるから。私、ツトムさんの言うこと聞くのが、とても嬉しい。ツトムさんに触られると、ステキでたまらない気持ちになるの。ツトムさんにえっちなことされると、とても感じてしまう。だから私、ツトムさんにどうしても惹かれてしまって、どんなことされてもいいって……そんな気持ちになるの」 最初のうちは、ためらう口調だったのが、話しているうちにだんだんと、うっとりと夢見るような口調に変わる。だが、そこまで小田に心を侵食されていても、愛しているとは、決して口にしていない。 里穂は、小野寺センセイの紅潮した顔を、まじまじと見つめる。 やっぱり小野寺センセイは、里穂が思っていたような人じゃなかったんだ。こんなにヤラしくて汚れてて、不潔で爛れた人だったんだ。 はっきりと予想していたわけではない。けれど、観覧車でのセンセイの様子を見せつけられた今となっては、里穂も漠然と予期していた。 だから、いまさらショックを受けることはない。ただ、悲しいだけだ。 小田がにんまりと笑い、シュウ君はウヒョーと喜ぶ。 「うわ。晴菜って、こんなおとなしそうな顔してるのに、ヘンタイなんだ。要は、小田さんがえっちだから好きだってことなんだよね。 小田さん、すごいっす。おれ、尊敬します。正直言って小田さんって、その、一見、モテるタイプじゃないけど、がんばって……えーと、その、えっちのほうで、喜ばせてあげて、ミス啓知大をモノにしたですよね。うわ。すっげー。小田さんサイコーっす」 興奮して、小田への賛辞――まっとうな感覚で聞くと、決して賛辞ではないのだが――を並べる。 「まあ、女ってそういうもんだ。修太もがんばれよ」 「いや、でも、いったいどうやって」 「晴菜に家庭教師やってもらえよ。実地に色々教えてくれるぞ」 「そりゃいいっすね。んふふ」 シュウ君は、ぶしつけに小野寺センセイの身体を見ている。 「どうだ? いい身体してるだろう? ボクがセックスしてやるようになってから、晴菜の身体もますますエッチになって、セックスも上手になったんだ。ふふふ。それに比べて、里穂ちゃんは、セックスのほうはどうなんだ?」 「うーん、それは、まあその……」 さすがにシュウ君は口ごもっている。 里穂は、じっとシュウ君の方を睨む。 ヒドイこと言ったら許さないから。 シュウ君が何も答えないうちに、小田は勝手に決めつけて、小野寺センセイを責めなじった。 「こら晴菜。家庭教師やってるんだろう? 里穂ちゃんにちゃんと男の喜ばせ方教えてないのか?」 「えっ、ごめんなさい」 「しょうがないなぁ。じゃあ晴菜のかわりに、ボクが里穂ちゃんにえっちのやり方教えてやるよ。そうだね、晴菜はシュウ君に教えてやるか?」 小田が里穂に? えっちを? 「何言ってんの! ふざけないでください!」 なんて非常識なことを言うの。なんでそんなことされなきゃいけないの? ぜんぜんカンケイないじゃん。 ゼッタイにイヤ。 小田が投げやりに答える。 「里穂ちゃんには聞いてないよ」 「なんで! そんなのわたし、絶対しませんから!」 小田が小野寺センセイを見る。 「黙らせろよ」 小野寺センセイが、力のこもらない声で里穂に言う。 「里穂ちゃん、静かに」 里穂は口をパクパクさせる。もっとちゃんと抗議したいのに、センセイに黙れと言われたら、もう何も言えない。 シュウ君は、ぽかんと口を開けてやり取りを聞いている。 自分のカノジョのことなのだ。小田は、シュウ君のカノジョにえっちなことをすると言っているのだ。さすがのシュウ君も、里穂のために怒ってくれるだろう。 そう思っていたのに、シュウ君の言葉は、里穂の期待を裏切った。 「え……」声がかすれて、言い直す。「いいんですか? おれが晴菜さん……晴菜と?」 どうしてそんなこと言えるの? 里穂はおれのカノジョです、絶対渡しませんって、言ってくれないの!? シュウ君はもの欲しそうな顔で、センセイの身体と小田との間で、視線を行ったり来たりさせている。 センセイは、自分の身体と里穂が取引されているというのに、何も言わずに黙っている。 「ま、修太の心がけ次第だな。晴菜のほうは、ボクが言えばなんでもやるからな。そうだろ晴菜?」 「……はい」 センセイ! なんてことを言うんですか。 センセイがシュウ君に、そんな……。シュウ君は私のカレシなんですよ! ねえ、冗談ですよね。センセイがそんなことするわけないですよね。 今は、小田に話を合わせているだけなんだ。そうですよね。 「えへ。頼みますよぉ」 シュウ君は両手をこすらんばかりに、小田に媚びる。その挙句、ケチくさくも、最低限の取り分だけでも確認する。 「少なくとも、フェラチオはやってもらえるですよね。確かさっき、約束しましたよね」 「ああ。そっちは約束したもんな。な、晴菜?」 「ええ……」 シュウ君が里穂の気持ちを気遣うそぶりは、まったくない。自分が小野寺センセイにどこまでえっちなことをしてもらえるか、それしか考えていない。 シュウ君は、いったい私のことをどう思ってるの? 自分が言ったことをわかってるの? 私のこと小田に売り飛ばすようなことを口にするなんて。 里穂はあきらめのため息をつく。 今さらシュウ君に期待する私がバカなんだ。 今さらシュウ君のことが信用できるわけない。あの小野寺センセイだって、信じられないんだよ…… 大好きだったセンセイも、もう私の味方じゃない。私の知っていたセンセイじゃない。私からシュウ君を取るみたいなこと、冗談だとしても、けっしてセンセイは口にする人じゃなかったのに。 もうイヤだ。ほんとうに、サイアクだ。 私の心配をしてくれる人は、1人もいない。信じられる人は誰もいない。 どうしてこんなことになったの? 今井さんと楽しいダブルデートのはずだったのに。 今井さんに、カワイイって褒めてもらって、それを聞いた小野寺センセイも自慢げに私の頭を撫でてくれる。そんなふうな1日を想像していたのに。 今井さんに会いたい。今井さんがいたら、こんなこと、絶対に許さないはずだ。 今井さん、どうしてここにいないの? 午前中はずっと、里穂が1人で勝手に、どのアトラクションに乗るかを決めていた。午後になると急に、シュウ君が自分の意見を言い始めた。 「また観覧車に乗ろうよ」 里穂は一言で拒絶した。 「却下」 シュウ君は、えっちなことを期待しているだけだ。 考えることが犬なみに単純なのよ。 小田が口を挟んだ。 「なに言ってるんだよ里穂ちゃん。里穂ちゃんが昼メシの前に観覧車でお勉強したこと、ちゃんとできるようになったか晴菜先生に見てもらわないといけないんだよ。さ、観覧車に行くよ。それとも、ここで晴菜先生に見てもらうかい?」 ぞっとする。私にも……センセイみたいなことやれって言うの? 私にあんなヤラしいことを? 「ふざけないでください!」 バカにしないで! ゼッタイにイヤ。私がセンセイと同じような人間だなんて、思わないで。 「ん? なんだ、うまくできるか自信がないのか? 勉強してないのか?」 「勉強なんか……なに言ってるんですか!」 「じゃあ里穂ちゃんの大好きな晴菜先生の意見を……」 里穂は慌てて遮った。 どうせ小野寺センセイは、小田の味方をするに決まっている。そしたら里穂は、センセイの言うことを聞かないといけなくなってしまう。 「午後いちばんは、バンジージャンプって、決まってましたよ。お昼を食べる前に言ったじゃないですか。聞いてなかったんですか?」 本当は何も言っていない。でもどうせ、里穂の言ったことなんか誰も覚えてない。 その証拠に、小田もシュウ君も口ごもる。 センセイが言った。 「そうね。確かにバンジージャンプ行こうってことになってた」 センセイも、里穂が何を言ったか、ぜんぜん聞いてなかったんだ……。 センセイが話を合わせてくれたのは里穂への思いやりからだとは、気づかない。 シュウ君が未練がましく言う。 「でもさぁ、里穂ちゃんのお勉強の成果……」 もう本当に、シュウ君はそれしか頭にないの? 「シュウ君こそ、シュウ君のお勉強の成果を、シュウ君の大好きな小田のアニキに見せてあげたらどう? アニキに舐め舐めしてあげたらいいよ」 「なに! なに、おまえ……」 言い返せないシュウ君を見て、里穂はフンと笑う。 口げんかしたってわたしに勝てないくせに。 小田がシュウ君に何ごとかささやく。言葉の断片が漏れ聞こえてくる。 「……ほら、バンジージャンプだと、逆さになるからさ」 そう言ってじろじろと、里穂と小野寺センセイの腰から膝にかけてを見る。 「……二人とも、スカート、ほら」 「あ、そうですね。ひひひ」 男二人でうなずきあった後で、シュウ君が里穂の方に向き直ってとりすます。 「いいよ。予定通りバンジージャンプで」 どうせパンチラが見れるとでも思ってるんだろう。 おあいにくさまだ。 バンジージャンプの受付まで来たところで、男たちは目論みが外れたことに気づく。入り口の横に更衣室が用意してあって、女性用に着替えのズボンを貸し出していたからだ。 ブツブツ言っている小田の顔に、里穂は心の中であっかんべーをする。 ふん。あんたらの思い通りに行くもんか。 さっき食べたチーズバーガー、脂っこくて消化に悪そうだったね。さっさと紐でぶら下げられて、地面に吐いちゃいなさい。すっきりするよきっと。そう言えば、えびフィレオも食べてたよね。あんたみたいなのがえびフィレオ食べてるって知ったら、エビちゃんはショックで自殺しちゃうよ。エビちゃんのためにも、吐いちゃいなさい。 だが、里穂の企みも思い通りには行かなかった。 小田は張り合いがなくなったらしく、自分は下で見ていると言う。センセイも、二澤庭園の塀から飛び降りるのさえ恐がるくらいだから、尻込みする。するとシュウ君まで、おれもいいやと言い出す。 シュウ君は相変わらずじろじろと、センセイの胸元を覗きこんでいる。本音は、里穂といるよりも、センセイのエッチな身体を見るほうがいいってことなんだろう。 仲間はずれにされた里穂は、意地になって、1人だけでバンジージャンプに挑戦した。 着替え終わってジャンプ台に並んでいると、係員が尋ねてくる。 「お客様、お1人ですか?」 係員は、列に並んでいる間にグループがはぐれないように確認してくれているだけだ。だが今の里穂は、孤独感に過敏になっている。「1人で遊園地に来るような寂しいお客さんですか?」とバカにされたように聞こえて、むっとする。 なによ? 客のことをバカにしてるの? 1人だからって、なにもおかしくなんかないでしょっ? イライラしながら、ジャンプ台から飛び降りる。 小田や、シュウ君や、センセイに対する不満と嫌悪感で頭が一杯で、心構えもなく無造作に飛び降りた。油断していたので、飛び降りたときガクンと来た。吐きそうになった。 もう、悔しい。なんで私がこんな目に遭うのよ。 バンジージャンプを終えて戻ってくると、センセイたち3人は里穂と別れた場所にはいなかった。 また仲間はずれにされたような気がして、里穂はむすっと頬を膨らませる。 周りを見回す。数メートル離れた場所、ウォータースプラッシュのコースを眺める位置にベンチがあって、3人はそこに座っていた。ベンチの上で小野寺センセイは、小田とシュウ君にぴったりと両側から挟まれている。小野寺センセイの左側に座ったシュウ君が手を伸ばして、小野寺センセイのワンピースの胸元に手を差し入れていた。反対側の小田も、小野寺ンセンセイの太ももの間に手を入れていて、小野寺センセイがクネクネと身体を動かしている。 シュウ君のいる側のワンピースの肩紐が、斜めにずれかけている。シュウ君の下品な笑い顔は、小田の小さなコピーのようだ。里穂が好きだった、少し照れ気味の可愛い笑顔は、面影もない。 里穂は、一瞬だけ足をすくませる。けれど、強いてそのまま何事もないように歩み寄った。 いまさら驚いてもしようがない。いまさらがっかりしても意味がない。 里穂の大好きな小野寺センセイが、こんな恥ずかしい目にあっている。でも、小野寺センセイは、里穂の目の前でフェラチオを見せるようなヒトなんだもの。だから、このくらい平気なんだ。 シュウ君だってさっきから、センセイに触りたくて触りたくてしょうがないって顔してた。そのイヤしい夢がかなって、さぞ喜んでいるに違いない。くだらないオトコ。 今この瞬間なら、3人の誰も里穂のことは見ていない。3人を置いて、帰ってしまうこともできたはずだ。 だが里穂は、そんなことはまったく思いつかない。 里穂は、ことさら明るい声を3人にかけた。 「お待たせしました! すっごく面白かったよ。みんなもやればよかったのに!」 バンジージャンプに吊るされたときの吐き気の名残は、無理やり押し殺す。小田たち3人がいちゃついていることは、気にしていないかのようにふるまう。 シュウ君が慌てて手を引っ込める。まだ、その程度の羞恥心は残っているらしい。 センセイがワンピースの肩紐と、スカートの裾を直す。 小田だけが平然と、「そうか? こっちも楽しかったけどなぁ」と言う。 里穂は、精いっぱい強がって、笑顔を返した。 観覧車にだけは乗りたくない。お化け屋敷の暗闇に、小田と一緒に入るのもゴメンだ。コーヒーポッドも、4人で向かい合って座ることになるので危ない。 すぐ目の前にある、ウォータースプラッシュの受付に並んだ。 シュウ君がまた、「観覧車で里穂のお勉強の続き」とかなんとか言い出すかと思ったが、意外と素直についてきた。小田も今度は見学ではなく、自分も乗りこむつもりのようだ。センセイはあまり乗り気ではなさそうだが、小田の後ろからついてくる。 3人から仲間はずれにされるのもいやだが、3人が全員ついてくるのも、それはそれでいやだ。小田がいる限り、楽しいなんてことはありえない。 シュウ君があんなに観覧車の「お勉強の続き」をやりたがっていたのに、素直についてきた理由は、ボートに乗るところになってやっとわかった。 ボートは4人乗りになっている。座席は縦1列で、背もたれは2つ。1つのシートに、2人ずつ、1人が別の1人を膝の間に抱え込んで座らせるようになっていた。 里穂は慌てて小野寺センセイにすり寄った。だが、前のシートに小田、後ろのシートにシュウ君が、さっさと座ってしまっている。二人とも広げた膝の内側をポンポンと叩いて、さあおいでとこちらを見て笑う。 後部席のシュウ君の前の隙間に、里穂が入り込もうとすると、シュウ君が言った。 「里穂は前のシートだよ」 「ええっ?」 私に、小田と一緒に座れって言うの? 里穂の後ろに立っているセンセイに向かって、小田が言う。 「晴菜。修太の膝の上に座ってあげるんだ。それから、里穂ちゃんに、こっちに来るように言ってやれ」 「……里穂ちゃん。ごめんなさい。ツトムさんのほうに座ってくれる?」 小田とシュウ君が顔を見合わせて笑っているのを見て、どうやらこの二人が前もって打ち合わせをしていたらしいと気づいた。たぶん、センセイも知っていたのだろう。 みんなで私を嵌めたんだ。センセイも一緒になって。 里穂はおずおずと、小田の膝の間に身体を滑り込ませる。膝を斜めにそろえ、ボートの前面のボードにしがみつくようにして、できるだけ小田から身体を離す。短いスカートの裾を、懸命に引っ張って延ばす。 小田がンフンフと笑うのが、耳元で聞こえる。小田の汚い息が首筋にかかってぞっとする。 「里穂ちゃん、そんな座り方じゃ危ないよ。ねえ晴菜先生。また教え子に注意してやってよ」 「里穂ちゃん……。もっとしっかりと座ったほうが……」 「ボクに身体をくっつけるように言ってやれよ」 センセイがため息をつくのが聞こえる。 「ごめんなさい、里穂ちゃん。ツトムさんにしっかりと身体をくっつけて座って」 そのあと小さく付け足す。「本当に、ごめんなさい」 センセイが里穂に命令するたびに、いちいち「ごめんなさい」とつけるのがウザい。「ごめんなさい」の大安売りだ。謝るくらいなら、そんな命令しなきゃいいのに。 里穂は身体を後ろにもたせかけた。小田の胸だかお腹だか、なにかフニャフニャしたものに、背中が触れる。小田のスラックスの股間に、里穂のお尻が触れる。 汚い。 里穂は、ビクリと全身を緊張させる。 小田の両手が里穂の腰にまわって、へその上でしっかりと抱え込む。 「里穂ちゃん、つかまえたよぉ」 里穂は嫌がって身体をひねる。シャツの裾とスカートのウエストの隙間から、汗ばんだ小田の両手が里穂の肌に直接触れる。 「細い腰してるねえ。晴菜といい勝負だよ」 小田の指が当たる場所が、蛙か蛆虫がお腹を這っているみたいに、キモチ悪い。 ガクンと揺れてから、ボートが進み始めた。 腰に回された腕の感触、背中から伝わる小田の体温、耳元に当たる小田の吐く息、その全てが不快で、里穂はクラクラとなる。 「かわいい里穂ちゃん。お兄さんに、どこを触って欲しい?」 上機嫌の小田が、猫なで声で囁きかける。 何がお兄さんだよ。おじさんだろお前? 小田がフーッっと、里穂の耳たぶに息を吹きかける。ゾッと身震いする。 「やめてくださいっ」 小田が、当たり前のような態度で、里穂の太ももに手を伸ばす。じめっとした生暖かい手のひらが、太ももの肌に触れる。うねうねと、里穂の太ももの上で蛆虫が這い進む。 「イヤッ!」 大声で叫びながら里穂は脚を反対側に引いて、小田から逃げる。 里穂が騒ぐので、小田は、振り向いてセンセイに促す。 「晴菜ァ、教え子の躾は?」 センセイは、「静かにして」と、里穂に「命令」する。 里穂は声のトーンを下げる。 「やめて」 と弱々しい声で言う。こんなんじゃ、全然迫力がない。 里穂の抗議を無視して、小田は手のひらを太ももに吸いつかせる。 ボートは、S字に曲がるスロープをゆっくり下る。時折揺れて、水しぶきが上がる。 小田の指が里穂の太ももを擦り上げ、左手がシャツの裾の内側に入って肌の上を登り始める。。 「イヤッ、やめてって言ってるじゃない!」 里穂は顔を横に向けて、後ろのセンセイに懇願する。 「センセイ! 助けて!」 小田が里穂の耳元に息を吹きかけながら言う。 「センセイは、自分のお楽しみで手一杯じゃないかな?」 はっと振り返る。 センセイは、シュウ君の膝の間で、後ろから抱きつかれている。シュウ君の手が、センセイの脚の間や胸元に侵入している。 シュウ君とセンセイは、里穂が耳を塞ぎたくなるような会話を交わしている。 「うわー、大きい胸。小田さんに触られて大きくなったんですか?」 「そんなこと聞かないで」 「さすがミス啓知大だよね。いい身体。んー、なんかいい匂いがする」 「んふん、恥ずかしい……。でも、ありがとう」 「やっぱり大人のカラダは、里穂とは違うなぁ」 「アン、そんなこと。ンフフ」 シュウ君がヤラしい感想を言う。そのつどセンセイは、どこかのバカ女のように嬌声を上げ、クスクスと笑っている。 ヒドイよ。二人とも。 「センセイ! シュウ君!」 後ろからの声ははっきり聞こえるのに、前に座っている里穂の声は、水音にかき消されて二人には届かないみたいだ。それとも二人とも、里穂のことなんかどうでもいいから、無視しているんだろうか? センセイは、ますますあからさまにシュウ君を誘う。 「もっと手を入れていいのよ。ウフン。修太さんかわいい。ねえ、ブラを外すね?」 「うふぁっ。やっぱりエッチなんだね晴菜」 「ねえ、触って。修太さんに触って欲しい」 「んひひひ。こう? これでいいの、晴菜?」 「ンフン。そう、もっと、強く……」 やめてください、センセイ! そんな、オトコ好きの軽い女みたいなこと。まるで、シュウ君をユーワクしているみたい。 シュウ君は私のカレシなんですよ! どうしてシュウ君にそんなこと言うんですか? センセイは私から、シュウ君を取ろうとしているんですか? センセイにそんなことする権利はありません! センセイがそんなことするんだったら、私だって……私も、今井さんを取っていいんですか! いくらセンセイがキレイだからって…… あ、わかった! センセイは、自分のほうキレイだから、シュウ君を私から取れると思ってるんだ。自分のほうが魅力的だから、今井さんを失うわけなんてないって思ってるんだ。 だから、そんなヒドイことができるんだ。 悔しい。 もしかして、さっきの、センセイがシュウ君にえっちを教えるとかなんとか言ってたのも、ホンキだったの? 私なんかより、センセイのほうがイヤらしくてエッチが上手で、シュウ君を満足させられるから? それを、私やシュウ君に見せつけたいから? ヒドイよ、センセイ。 お願いです。シュウ君から離れてください。それ以上シュウ君に、ヘンなことやらせないでください! 小野寺晴菜が修太を誘うのは、全て小田の命令だ。だがもちろん、そんなことは里穂には思いも寄らない。 小野寺晴菜が小田の命令に従って、そこまでしなければならない理由なんて、誰にもわかるわけがない。ただ1人、倫子を除けば。 ボートがガタンとコーナーにぶつかる。 後ろに気をとられていた里穂は、体勢を崩す。 「危ないよぉ、里穂ちゃん。ちゃんと前を見てないと」 膝が緩んで、その隙に小田の指が、太ももの奥まで入り込む。 いつの間にか、シャツの下にもぐりこんだ左手も、里穂の胸に直に触っている。 小田に触られたところから、ザワザワとした不愉快な感覚が立ち上る。 「イヤ! やめて」 太ももの奥を這い進んでいた小田の指が、行き止まりに達している。里穂の股間に直接触れてくる。 里穂の全身がビクンと震える。無意識のうちの反応は、里穂自身も驚いたくらいに大きかった。 後ろの小田を見上げて抗議する。 「キャッ! 何するのよ、ヘンタイ」 やだ。信じられない。完全に、痴漢かセクハラじゃないの! 犯罪者め! ボートの下でガチャリと音がする。ボートの船底がコースの床面のギアと噛み合った音だ。ガラガラと音をたてながらボートが引っ張られて、ゆるいスロープを登る。ちょうど滝の裏側になっていて、水滴が身体にかかる。 ギアの撒き上げ音の間から、小田が言う。 「里穂ちゃんにヘンタイだなんて言われたくないな。今日一日、ノーパンノーブラで、ボクを誘っているようなヘンタイ女子高生のくせに」 「何言ってるんですか! 私、そんなヘンタイじゃありません。ちゃんと下着つけてます!」 小田がへらへらと笑う。 「ホントかなぁ? 自分の目で見てごらんよ」 バッカじゃないのこのオヤジ。エロサイトの見すぎだよ。最近の女子高生はみんなエッチだとでも思い込んでるんだろう。きっとこいつ、女子高生は全員ウリやってるって週刊誌の記事を、真に受けたりしてるんじゃないの? このヘンタイ妄想オヤジ! 里穂は小田をバカにして笑う。 里穂は、自分の内腿に視線を落とした。 スカートは、すっかりめくり上げられてていた。 里穂は、ショーツを着けていなかった! 自分の性器と毛が見えた。小田の指が、平然と里穂のアソコに触っているのが見えた。 「ウ……ウソッ?」 慌てて自分のシャツの裾をめくり上げる。 胸元を見た。ブラはなかった。小田の左手が、里穂の乳首を探り当てるのが見えた。キュッと甘い刺激を乳首に感じて、里穂は左右の肩を交互に揺らす。 「アンッ。そんな? ウソッ」 「ほらね。ヘンタイ女子高生。くくく」 私、朝、ちゃんと、服を着るとき……? え? どうだったっけ? ショーツ穿いたっけ? どんなブラつけるか、選んだ記憶ある? いや、そんな毎朝のことなんて覚えてない。 そういえばさっきから、小田の手の感触がやけに直接的だった。 どうして気づかなかったんだろう? もっと早く怪しんで当然なのに。どうして今日1日、なんにも思わなかったんだろう? 朝からのことを振り返る。 全部腑に落ちた。 朝、弟が里穂の服を見たときの、なにか言いにくそうな表情。あれは、姉がキレイだと認めるのがシャクだったからだと思っていた。でも、そうじゃなかった。乳首が透けるようなシャツを見て、ヒイていただけだ。 パパがあんなに嫌がっていたのもわかる。 シュウ君が「セクシーだ」なんて言ったのも。そうだたしか、シュウ君をからかってやろうと思って、階段を先に上ってスカートの裾からパンチラを見せてやった直後に、シュウ君はああ言ったんだ。 それから、今日1日里穂が乗ったアトラクション。下から見えるようなアトラクションが、いくつもあったはずだ。 見られてないよね? 私、なんて恥ずかしいことを……。 センセイの服装のことなんか、ぜんぜん笑えない……。 里穂が呆然と、1日のことを振り返っている間に、小田の愛撫は大胆になり、里穂の乳首をこねまわし、恥部の丘をくすぐる。 じわじわと、汚れた暖かい波が里穂の身体を駆け巡る。里穂の体温が上昇する。 里穂はほのかに息をあえがせ、身悶えする。小田が首筋に息を吹きかけると、ウフンと声さえ上げる。 若い里穂の乏しい経験では、充実した性感を味わったことは一度もない。そんな里穂には、自分の身体に何が起こっているのか理解できない。単に小田への嫌悪感から来る不快感だとしか思っていない。 それは不快感などではなく、まさに快感なのに。 小野寺センセイになりたいという里穂の願いは、残酷な形で、すでにかなっている。里穂の身体は、小野寺センセイの身体と同じように、小田に反応する。里穂の官能は、小野寺センセイと同じように、小田に触られると敏感に昂ぶってしまう。 里穂の性感は、小田に握られてしまっている。里穂の大好きな小野寺センセイと、まったく同様に。 ボートがスロープを登りきって、滝の影から抜け出た。しばらくの間、ボートは見晴らしのいい高さを進む。遊園地の中が遠くまで見渡せる。 急に明るいところに出たので、里穂は慌ててシャツを下ろし、スカートの裾を引っ張る。 「どうしたのヘンタイ女子高生ちゃん? いまさらもったいぶることないじゃん。午前中あんなにアソコの毛を他の客に見せびらかしてたくせに。ノーパンだってみんなに指さされてたのに、ゼンゼンうれしそうにしてたじゃん」 そんな記憶ない。でも、そもそも、下着をつけていなかったこと自体、里穂はまったく気づいてなかった。 大胆なミニスカを穿いている以上、チラ見せは覚悟している。でも今日の場合、他の人から見たらそれは、アソコを見せたがっている露出オンナだってことだ。 「やだ? え? ウソ? いつ? いつ見られてたんですか? いつそんなふうに言われてたんですか?」 里穂は狼狽して、振り向いて小田に尋ねる。 ボートは蛇行しながら、長いスロープを下る。正面から吹く風が、熱くなり始めた里穂の頬に気持ちいい。感じ始めた里穂は、額や頬をなまめかしく赤らめている。 「ねえ? いつですか? 私、いつ、そんな恥ずかしいことしたんですか? 他の人に、見られてたんですか? みんな、私を見てなんて言ってたんですか?」 小田が声をひそめて里穂の耳元に囁く。 「覚えてないの、里穂ちゃん? ほら、あのときさぁ……」 聞き取りにくい小田の言葉をとらえようと、里穂が耳を寄せる。 耳元に寄ってきた小田の口は、そのまま通り過ぎて、里穂の口を吸った。 「ウグッ、ンンンッ!」 ふりほどこうとするが、狭いボートの中では思うに任せない。その間に、小田のなめくじのような汚い舌が入り込んできて、里穂の口を汚す。 イヤーッ。イヤイヤイヤ。こんなヘンタイっ! 唇を吸いながら小田は、手は休ませずに里穂の身体を撫で回す。晴菜の唾液と、女子高生の唾液の、味の違いを舌で確かめる。晴菜の身体と、女子高生の身体の、成熟の違いを手のひらで確かめる。 ボートはスロープを下りきり、人工池に囲まれた水平な水路に、バシャリと水をはねて着水する。その拍子にボートが揺れたのを利用して、里穂は小田の口を振りほどく。 「もうイヤ。絶対イヤッ。ねえ、放して。放してよ」 里穂が小田の膝を拳で叩いて抗議する。ただし、小野寺センセイの言いつけどおり、静かな声で。 暴れる里穂を膝の間にはさんだまま、小田は余裕の表情で、里穂の身体を抱きしめて押さえつける。 「ハハ。暴れると落ちるよ。ヘンタイ女子高生」 ボートは水流の力だけで前に進んでいる。両側から水が噴き上げられて、水のゲートになっている下を通り抜けると、水路が急な蛇行をはじめる。ボートがゆれ、バシャバシャと水がはね、水滴がかかる。下から水が噴出している箇所を通ると、上下にも揺れる。 里穂が暴れるのとボートの揺れが重なって、ガクンと大きく傾いた。 後ろの席でいちゃつき合っていた小野寺センセイとシュウ君が、「キャッ」「おわッ」と声を上げる。ボートが水路の壁に当たって跳ね返る。大きく跳ね上がった波が、ボートに降り注ぐ。 その波を、小田がもろに受ける。たまたま身体を傾けていた里穂には、ほとんど水はかからない。 里穂が振り向いて小田を見上げる。水をかぶった小田は、驚いた顔で、水の跳ねた辺りを見ていた。髪の毛がぺったりとしおれてマヌケな顔になっている。 ざまあ見ろデブ。 きっと、豚に水をかけたらこんな顔をするんだろうな。 「アハハハ。サイコーッ。ハハハ」 里穂が大きな声を上げて笑った。 小田はいまいましそうに里穂をにらみつけた。 「この女! お前が暴れたせいでで水がかかったじゃないか! 暴れるなと言っただろっ」 濡れたことを本気で嫌がっているとわかって、里穂は喜ぶ。 「濡れたほうがカッコいいですよ。カバみたいです。それともフグかな? トドかな? さっさと水の中に帰ったらどうですか?」 「この! なんだと……この女! ボクがなんで……水に帰れだって? お、お前こそ、水に帰れっ」 小田は、里穂の膝の下に手を入れて身体を抱え上げた。抱き上げた里穂をボートの外へと押しやって、人工池の中に突き落とそうとする。 ボートは再び、安定した水路を進んでいる。両側には人工池、ボートの先に、フィニッシュの急勾配のスロープがある。 慌てて里穂はボートのへりを掴んで、突き落とされまいとする。 「キャッ。やめて。何するんですか」 「水に帰れって言ったなお前? その言葉の意味を教えてやるよ」 「やだ! やめてください」 里穂が必死にしがみついているので、小田が後ろの席に声をかける。 「晴菜、修太。手伝えよ。躾のなってない晴菜の教え子に、お仕置きだ。少しは頭を冷やせばこのヘンタイ女子高生も、ましな人間になるだろう」 「え?」 度を越した小田の悪ふざけに、小野寺センセイもシュウ君も聞き返す。 「晴菜。そのしがみつている手を引き剥がせ」 小野寺センセイは小田には逆らわない。シュウ君の膝の上から身を乗り出し、里穂に手を伸ばす。 「センセイ、やめて」 ボートの縁にしがみついている里穂の指を、小野寺センセイが一本一本剥がす。そんな残酷なことをしながら、口先では里穂に謝る。 「里穂ちゃん、ごめんなさい」 ああ……センセイ。また、センセイの「ごめんなさい」ですか? 私にヒドイことをするって合図ですね…… センセイの仕打ちに打ちのめされて、里穂は、抵抗する気力をなくした。ボートの縁を掴んだ手から力が抜ける。 里穂は、派手な水音を立てて、人工池の中に落ちた。 熱くなっていた里穂の身体にとって、水は、ぞっとするくらい冷たかった。 震えながら水の中に身体を起こす。やっと顔を上げたときには、3人が乗ったボートはフィニッシュの急傾斜を滑降していた。 スロープの向こうで水しぶきが上がり、小田が嘲笑うような歓声を上げるのが聞こえた。 里穂は、職員事務所に入れてもらって、休憩室で全身を乾かした。 客が水の中に落ちることに備えて、風量の多い温風送風機が用意してあった。水を吸ったシャツを脱いで、上半身はバスタオルでくるまる。水筒のようになってしまったブーツは、床に転がす。首のスカーフはほどいて、その辺に捨てた。帽子はどこかへ行ってしまっていた。 せっかくのオシャレが、さんざんだ。 惨めな気持ちで、送風機の前に座り込んでいると、里穂を水に突き落とした3人がやって来た。 小田の命令でセンセイが嘘をつき、センセイの命令で里穂が嘘をつき、なにも命令しなくても小田とシュウ君が嘘をつき、里穂がはしゃいで勝手に水に飛び込んだということになった。里穂は係員から説教を食らった。 1人で水の中で立ち尽くしているのも惨めだったけど、4人が一緒でも同じくらい惨めだった。 小野寺センセイがそっと里穂の身体を拭いてくれる。 里穂は、濡れた目でセンセイをにらみつける。 自分で突き落としておいて、よくそんな親切ヅラができますね。 「里穂ちゃん、ゴメンなさい」 もう聞き飽きましたよその言葉。申しわけなさそうな表情も、何度目ですか? 後からとってつけたようにそんな顔するくらいなら、最初からやらなきゃいいんですよ。センセイ、アタマ悪いんじゃないですか? 里穂がセンセイの手を乱暴に振り払うと、センセイは里穂から離れた。センセイは小田と、なにやら小声でヒソヒソ話している。 どうせまた、悪企みの相談でもしてるんでしょ。 センセイは戻ってくると、里穂の服のサイズを尋ねた。隣接したショッピングモールで、着替えを買ってきてくれると言う。 ヒドイことをされるのかと思って身構えていたので、すこしほっとした。 だが、次の言葉を聞いて、里穂のぬか喜びだとわかった。 「里穂ちゃん、ごめんなさい」 また悪事の予告ですか。今度は、どんなヒドイことをしようとしているんですか? 「里穂ちゃん、ツトムさんに身体を拭いてもらってね。暴れたりしちゃダメよ。係員の人にも怪しまれないようにね」 なんであの男が私の身体を拭くのよ? 自分でそれくらいできますってば! 里穂はため息をつく。 ええ、わかってますよ。どうせ、イヤらしいことされるんですよね。 怪しまれないように、だなんて、センセイ、よく平気な顔で言えますね。 センセイはわかってるんですね。ヒドイことが起きるってわかってるのに、小田の言いなりになってるんだ。 どうせいいですよ、もう。 「ご心配なく。小野寺セ・ン・セ・イ」 イヤミっぽく言ってやった。センセイは、恥ずかしそうに顔を赤らめる。 センセイは「ごめんなさい」と、聞き飽きた台詞を言ってから、足早に出て行った。 さっそく小田が里穂の前に膝をついて、里穂の顔を覗き込んで笑う。 「ハハハ。里穂ちゃん。ボクが濡れたときさんざんバカにしてくれたけど、里穂ちゃんのほうが水をかぶった恰好がお似合いだよ。小さい里穂ちゃんが、濡れ鼠みたいにガクガク震えてるから、なんかひもじい感じがしていいね」 里穂は小田をにらみ返す。 シュウ君までが、「里穂が小田さんにヒドイこと言うからこういうことになるんだよ」と、まるで里穂のせいであるかのように責める。 こいつらはホント、手の施しようがない。 「濡れ鼠ちゃん。ボクが拭いてあげるからね」 「やめてください!」 小田が、里穂の身体を抱いていたバスタオルを掴む。取られまいと里穂がバスタオルの端にしがみつくが、男の力にはかなわず、奪い取られてしまう。 両腕で胸を隠す。 「いやっ! 人を呼びますよ!」 休憩室には、さっきまで女性の係員がいたが、センセイたちが来てからはいなくなっている。 シュウ君が慌てて、きょろきょろと周囲を見回す。 だが小田は平然としている。 「里穂ちゃんがそんなことするわけないよね。晴菜先生から、怪しまれないようにって言われてるんだろう? 真面目な生徒の里穂ちゃんが、晴菜先生の言いつけにそむくなんてありえないもんね」 里穂は何も言い返せない。 小田がバスタオルを持った手を伸ばす。 里穂はわずかに身体をのけぞらせる。 「イヤッ」 「ボクに身体を拭いてもらえって、晴菜先生に言われたんだろう?」 わかってる。 センセイには逆らわないから。ただ、すこしひるんだだけ……。 心の中でセンセイに言いわけする。どうして言いわけしないといけないのか、どうしてセンセイの指示に逆らうとこんなに不安なのか、疑問には思わない。 里穂は身体を固くして、バスタオル越しに小田の手が触れてくるのに任せた。 「そんなふうに胸を押さえていたら、オッパイが濡れてるのに、拭けないぞ」 「そこは、いいです! 濡れてません! もう乾いてます! 自分で拭きます!」 「素直にしてないと、晴菜先生に怒られるよ。ボクに拭いてもらえって言われたんだろう?」 里穂は、胸を隠していた手を下ろす。 恥ずかしい。どうしてこんなヤツに、ハダカを見られないといけないの? 触られないといけないの? 小田が執拗に、乳房をバスタオルでこする。乳房のふくらみの、麓から頂きへと、何度も掃き上げるようにタオルでぬぐう。だが、乳首への刺激だけはあえて避けている。 タオルの繊維の感触が、ざわざわと肌をくすぐる。 タオル越しで触れられているのに、小田の暑苦しい体温が伝わってくるような気がして、ゾクリとする。 相変わらず里穂は、自分の官能に疎い。 過敏な反応は全て、小田への不快感のせいだと思い込んでいる。 「イヤです。もう乾いてるでしょ? そんなに拭かなくていいです。ザラザラしてキモチ悪いっ。やめてください!」 「そうかなあ。晴菜先生が大切にしている里穂ちゃんが、風邪引いちゃったらいけないからね。念入りに拭かないと。ほら。下のほうも」 バスタオルの反対の端で、里穂の太ももの間をこする。 ゾワッと、まがまがしい感触が、内腿を駆け抜ける。慌てて両足を閉じる。だが「ツトムさんに身体を拭いてもらってね」というセンセイの言いつけが里穂の抵抗を弱める。そっと里穂が膝を開くと、小田が、よしよしと頷きながら、里穂の陰毛を柔らかくタオルでこする。 「あ……ンフン」 くすぐったくて……いや、キモチ悪くて、声が出てしまう。 「そろそろ乾いたかなぁ?」 小田はわざとらしくそう言って、指で直接里穂のアソコに触れる。 「まだ濡れてるかなぁ」 裂け目の周りをくすぐる。 「アアン。そんなところばかり……。身体を……拭くんでしょう? もっとほか……ンンッ。ヘンなところばかり触らないでッ」 小田に言われてドアを見張っていたシュウ君が、離れた場所から里穂をたしなめる。 「里穂。そんなふうに言っちゃダメだよ。小田さんは、赤の他人の里穂のために、そんな汚い所まで拭いてくれてるんだよ」 「イヤっ。そんなところ拭いてくれなくていい! それにシュウ君、汚いだなんて、ヒドイよぉ」 真っ赤になりながら首を左右に振る。 今度は小田が言う。 「そんなわがまま言っちゃだめだよ。濡れたままだと、風邪引くよ。そしたら晴菜先生が心配するよ」 「あんたに触られてるほうが、病気になるよっ」 「触らないほうがいいなら、こういうのもあるよ」 小田は里穂の胸のタオルをはがす。顔を近づけて、小さな乳首の先に向けて、フッと息を吹きかけた。 ジワジワと昂ぶらされていた里穂は、乳首もすっかり敏感になっている。息を吹きかけられただけの、ほんのそれだけの刺激に、ゾクリと反応する。直接的な愛撫のあとにそよ風でくすぐられて、緩急が効果的だ。 「ンヤンンンッ。やめてよぉ。ンンフン……。キモチ悪いぃっ」 感覚を噛みしめるように細い肩を揺らす。 シュウ君が目を丸くして、里穂を見る。いつにない大人っぽい仕草に、驚いているのだ。 「なんだよぉ。乾かしてあげたのに。やっぱりタオルで拭いたほうがよく乾くよな」 「イヤン。もういいです。もう十分乾いてます、ンン」 小田が、タオルの乾いている部分を使って、小さく持ち上がり始めた乳首をソフトに擦る。 「ンッ、フッ」 里穂は細い背中を丸めて、その繊細なタッチを受け止める。 「ヤダよぉ。キモチ悪い。ヤダヤダ。やめてよぉ」 いつまでたっても里穂は、これは嫌悪感なんだという思い込みに固執している。 里穂の反応に調子に乗った小田は、ズブリと里穂の割れ目に指を突き刺した。 「ンアアッ。そこ、信じられない! そんなところ! どさくさにまぎれて! 関係ないでしょうそんなところ」 「そう? ここが一番濡れてるよ」 「ウソ。アンッ。そんなところ。ヤン。違うよ」 「ほら見てごらんよ」 小田が人差し指を里穂の目の前に差し出す。親指と人差し指をくっつけて、粘り気のある液体を示す。 「やだ。なにそれ? 違うよ。何言ってるの?」 里穂は、小田の指から目をそむける。自分が直面している現実から目をそむける。自分の内面からも目をそむけ、感じているという事実が見えないふりをする。 「んふふ。里穂ちゃん。こんなに拭いているのにねえ。拭いても拭いても濡れてくるんだけど。心当たりあるかい?」 「濡れてません! もう乾いてます。だから……アンッ、もうやめて。もういいでしょう?」 ドアの見張りをやっていたシュウ君が、小田に警告した。つまらないチンピラのために忠実に働いている。 「遊園地の人が来ました」 小田は、里穂の胸から下に、さっとバスタオルをかぶせた。タオルの端で里穂の髪の毛を挟んで、水を吸っているかのように押さえる。 女性の職員が、身体が冷えた里穂を気遣って、紙コップに入れたホットココアを持ってきてくれた。顔を真っ赤にして息をあえがせている里穂と、その里穂の身体に密着している小田の顔を、いぶかしげに見比べる。 里穂は、「怪しまれないように」というセンセイの言いつけを、しっかりと心に刻み込まれている。 親密さを装って、小田の方を笑顔で見上げる。 「お……お兄ちゃん」 この男のことを、こんなふうに呼ぶなんて! 口が腐る。「体が熱っぽい。風邪引いたみたい」 そう言って小田の肩に顔を預ける。 まさか自分からこんなことをする羽目になるなんて。 小田が不器用に答える。 「あ、そうか、里穂ちゃん。えーと、そう、だから……えーと、里穂ちゃんが、水に飛び込んだりするからだよ。ばかだなあ。もう子供じゃないんだから」 小田はぎこちない棒読み口調になのに、遊園地職員は怪しまない。里穂の言葉を真に受けて、風邪薬を持ってきてくれた。そんな親切な職員を騙していることが心苦しい。この親切な人に、助けを求めることができたらいいのに。 薬を飲ませて職員が部屋を出て行くと、小田とシュウ君がうれしそうに笑った。 「お兄ちゃんだって。名演技だね。里穂ちゃん」 「じゃあそのお兄ちゃんが、里穂のことをもっとキモチよくしてあげるよ」 「もう、やめてください。ヤンっ。本当に身体が熱っぽいんです。風邪なんです。アンン」 小野寺センセイが戻ってくるまでの間、里穂は小田に身体中を触られてイタズラされた。 小田にいやらしい場所を触られると、不愉快な鳥肌が立った。気分が悪くなって、息が上がった。体中をかきむしりたくなるような、イヤな熱で狂いそうだった。 最後まで里穂は、自分の身体に起きた変化は小田に対する不快感だと、信じきっていた。股間の湿り気は、まだ水濡れが乾いていないだけなのだと決めつけていた。「ンフン、アアン」という微かなあえぎ声は、風邪気味で息が苦しいのと、小田に対する嫌悪感が抑えきれないせいだと、思い込んでいた。 急いで買い物を済ませたセンセイが帰ってきたとき、里穂はフラフラになっていた。もうちょっとでイカされてしまうところだっただなんて、里穂は気づいていない。 小田の愛撫が失われたもどかしさは、センセイが買い物をぐずぐずしていたことへの苛立ちに転嫁する。その苛立ちに急きたてられて里穂は、センセイをなじる。 「センセイ、服買うだけなのに、どうしてこんなに時間がかかったんですかぁ?」 里穂は、快楽に潤んで舌足らずな口調で喋る。「信じられないぃ。私のことなんて、どうでもいいんですね。あれれぇっ、センセイの今着けてるそのネックレス、たったいま買ってきたんでしょぉ? 私が風邪引きかけてるのに、裸のままで放っておいて、自分はネックレスをショッピングですか? そんなにこの男の前でオシャレして見せたいんですか?」 ネックレスのことは、もちろん言いがかりだ。小野寺センセイが朝から同じネックレスをつけていたことは、里穂も覚えている。 実際には小野寺晴菜は、里穂の苦しみを少しでも短くしようと、大急ぎで走り回って、小田の指示した服を買ってきたのだ。そうとも知らず里穂は、性感の疼きを紛らわせるために八つ当たりした。 小野寺センセイが買ってきた服は、小野寺センセイが身につけている服と同じくらい、露出が多かった。 ヒラヒラの生地の黒のミニスカートは、裾のカットが斜めになっている。カットの短いサイドではショーツと同じくらいの丈しかない。トップスは、白のレース生地のボレロ一着のみ。ボレロの下に着るべきインナーシャツは、買ってきていない。その唯一のトップスのボレロは、襟ぐりも背中も大きく開いている。 まともなのは、濃紺のミュールだけだった。 買ってきた服の中には、上も下も、下着は1つもなかった。だが里穂は、そのことを不審には思わない。今日の里穂は、服を着るときに下着のことは忘れ果てててしまう。 小野寺晴菜は、小田に指示された範囲内で、できるだけ下品にならない色合いを選んできたのだが、もちろん里穂が気づくわけがない。 里穂はセンセイに当てこすった。 「小野寺センセイ。急に服のセンスが良くなりましたね」 「ごめんなさい、里穂ちゃん」 ごめんなさいと言っているということは、ヒドイことをしているとわかっているということだ。 里穂はバスタオルにくるまったまま、小野寺センセイと一緒に女子トイレに移動する。そこでイヤイヤながら「小野寺晴菜セレクション」(実際には小田セレクションだ)を身に着ける。 ノーブラの素肌の上にボレロを着る。このボレロは、本来はボタンを留めずに羽織ることを想定したデザインで、ボタンは飾り用だ。その1つしかないボタンを、小野寺センセイがムリヤリ留めてくれる。胸元が強調されたいびつな着こなしになるが、胸が直接見えるよりはマシだ。 里穂は、鏡に映った自分の姿を見て、泣きそうになった。 なんて情けない。なんて恥ずかしい。色合いがシックなモノトーンなのがせめてもの救いだが、露出の度合いは今日の小野寺センセイ以上だ。 さんざんな目に会って、グシャグシャになった里穂の顔を見かねて、小野寺センセイが里穂の顔にうっすらと化粧をしてくれる。里穂は無表情に、されるがままに任せる。 里穂は前にも一度、小野寺センセイにメイクをやってもらったことがある。 里穂が「小野寺センセイみたいにキレイになりたーい」とおねだりして、家庭教師のあとにお遊びでやってもらった。 小野寺センセイの化粧は薄めなので、劇的な変化はなかったけれど、センセイの品のよさを少しだけわけてもらえたような気がした。小野寺センセイに顔を触ってもらっている時間は、子供の頃ママに耳掃除してもらった時間に似て、緩やかな至福の時間だった。 でも、今日はそんな気分とは程遠い。センセイのひどい仕打ちを、こんな化粧くらいで取りつくろえるわけがない。 つい半年ほど前なのに、あの頃が、遙か遠くの昔に思える。 そのことが悲しかった。 里穂はもう、乗りたいアトラクションがあるわけでもない。ただ、早く帰りたいだけだ。 けれど、小田やシュウ君は勘弁してくれない。決められていたことのように、観覧車に向かった。 里穂は、さんざん身体を撫で回されたときの微熱が、まだ体内に居座っている。そのせいで抵抗する気力は沸き起こらなかった。小野寺センセイの「命令」がなくても、ぼんやりと小田に従った。 センセイの言いつけで里穂は、小田と並んで歩く。センセイの言いつけで里穂は、小田に身体を触らせる。でも、里穂が身体を小田にこすりつけているのは、センセイの言いつけのせいではない。里穂の身体は、里穂が意識しないうちに小田の身体に反応してしまう。あんなにイヤな小田に対して、無意識のうちに自分からすり寄っている。 小田に触られた刺激が、肌に残っったまま消えない。身体が熱くて力が入らない。 やっぱり水に浸かったせいで風邪を引いたんだ。しばらく収まっていたけど、外に出たら熱がぶり返したんだ。 きっとそうだ。 里穂は、ふらふらと小田にすがる。 いつの間にか小田の感触がさほど不快でなくなっている。 触ってもらいやすい服に着替えたので、小田の手はどこからでも侵入してくる。ノーブラノーパンなので、敏感な場所への刺激は直接的で、里穂の身体は喜んでいる。 里穂はクスンと鼻を鳴らして、熱い吐息をつく。 どう考えても風邪の症状だ。 サイアクだ。今日のこれまでの出来事だけでも十分にサイアクなのに、そのうえ風邪だなんて。 だが、本当に最悪なのは、風邪などではない。この汚い小田に感じ始めていることだ。 幼い里穂は、いつまでも現実から逃げ続ける。 センセイも、歩きながらシュウ君に身体を触られている。だがこちらは、リードしているのはセンセイだ。若いシュウ君の欲望を満足させるよう身体を差し出し、シュウ君の望むような反応を見せてやっている。 露出過剰なファッションを着て、姉妹のような美人が、男といちゃつきながら歩いている。それを見た家族づれが眉をひそめる。すれ違ったカップルたちが、顔を見合わせる。 里穂たちが観覧車に乗り込むのを見て、囁きあう。 この4人、どこから見ても、観覧車をホテル代わりに使うつもりだ。 係員は、表情を変えないように注意しながら4人をゴンドラに乗せ、外からドアを閉じた。 狭いゴンドラの中で、里穂とセンセイは二人並んで、男たちに向かい合う。 里穂は座席のシートから降りて、向かい側に座った小田の膝の間に、屈み込むよう指示される。 官能がほぐされてぼんやりしている里穂は、何がどうなっているのかわからずに、言われたとおりにする。 「里穂ちゃん、晴菜先生がやったみたいに、フェラチオしてごらん」 小田の言葉を聞いて、里穂がやっと我に返る。 ウソ、イヤだ、私、そんなつもりない。 男の人の、その……モノを口で……どうこうするなんて、そんな、汚いこと…… 視線を泳がせて、それからすがりつく目で小野寺センセイを見る。 その小野寺センセイは、里穂の隣で、シュウ君の前に屈み込んでいる。シュウ君のジーンズとボクサーショーツをひき下ろして、いつでも始められる体勢を整えている。 「センセイ……」 小野寺センセイは、悲しそうな顔で、里穂に諭す。 「里穂ちゃん。ツトムさんに、フェラチオをするの」 ああ、忘れてた……。センセイに頼っても、何の意味もないんだった。 小野寺センセイは、もう、違うんだ。里穂の知っている小野寺センセイとは別人なんだ。 だからこうやって、里穂の目の前で、里穂のカレシに対して、こんなことするんだ。自分のほうが美人でセクシーでえっちだから、自分のほうがシュウ君を感じさせられるってことを、こうして見せびらかしているんだ。センセイの目論見どおり、今日の最初からずっとシュウ君は、センセイのことばかり見て、里穂のことなんかこれもぽっちも気にしてくれなかった……。 小野寺センセイはすぐに、シュウ君のペニスをしごき始める。 センセイの細い指がシュウ君に触れただけで、シュウ君は「ヒャッ」と声を上げる。 小野寺センセイの唇がシュウ君の先っぽにキスをすると、「やったぁ。感動の瞬間! ミス啓知大のおしゃぶりっ」と上ずった嬌声を上げる。 シュウ君ももう、別人だ。里穂にコクってきたときに可愛く照れているシュウ君を見て、里穂の中にこみ上げてきた暖かいキモチは、全て幻だった。 里穂は、かつて憧れていたセンセイと、かつて好きだったカレシの二人から目をそらす。 あきらめて正面に目を向ける。ふんぞり返ってニタニタ笑っている小田を、膝の間から見上げる。 何をやっていいのかわからずに途方に暮れる。 だって、やったことないんだもん。わかんないよ。 だって、やりたくないんだもん。イヤだよ。 戸惑う里穂に気づいて、小野寺センセイが声をかける。その声は、か細くて弱々しい。 「お昼の前に、私がやったことを思い出して。そのとおりにすればいいから」 「センセイ、私……」 イヤなんです。ここから飛び降りて逃げ出したいくらいなんです。お願いです。許してください。 「まず、ズボンを脱がせて」 里穂がおずおずと、手を伸ばす。どうやってベルトを外したらいいのかわからない。 小田がおどかすようなことを言う。 「グズグズしてる暇ないよ、里穂ちゃん。すぐ一周終わっちゃうよ。里穂ちゃんが口にくわえているところで、係員さんがドアを開けたら、びっくりしちゃうよ」 シュウ君が小田におべっかを使いながら、里穂のことをけなす。 「すいませんね、出来の悪い子で。こっちだけ楽しませてもらって、申しわけないです」 「まあ、気にするなよ。出来が悪いのは、家庭教師が悪いからだよきっと」 小野寺センセイが横から手を伸ばして、小田のズボンとトランクスを脱がすのを手伝ってくれる。その間、シュウ君の気を紛らわせるために、シュウ君には自分の胸を触らせてやっている。 ランチの前に一度見た、小田の汚い一物が現れる。これを口にするのかと思うとぞっとする。 「お昼の前に、私がやっていた通りにやるのよ」 里穂は、震える指で、小田のペニスに触れる。 熱い。汚い。 汚物に触るようにおずおずと指を動かす。 お昼の前に、センセイがやっていた通りに……。 手が汚れるという感覚をこらえて、できるだけ滑らかに動かす。 お昼の前に、センセイがやっていた通りに……。 こわごわと唇で触れる。触れる瞬間、目を閉じる。熱い。毒々しい。 お昼の前に、センセイがやっていた通りに……。 思い出して、慌てて目を開ける。小田の顔を見上げる。ムリヤリに笑顔を浮かべる。 唇に触れる熱い感触。 我慢して口の奥へと入れる。 吐きそう。 お昼の前に、センセイがやっていた通りに……。 少しずつ深くくわえ込む。センセイみたいに、奥までは入らない。無理して入れようとして、ゴホゴホと咳き込む。 センセイが、気遣うように背中に手を当ててくれる。 「ムリしなくてもいいのよ」 だって、お昼の前に、センセイがやっていた通りに……。 泣きそうになる。 改めてもう一度、心の中で唱える。 お昼の前に、センセイがやっていた通りに……。 ペニスを唾で濡らす。舌に感じる苦味とエグ味で、また吐きそうになって、咳き込む。 根元を左手の指でそっと掴む。自分の唾でヌルヌルとしている。唾のせいで指でこすりやすくなった。 指と口を一緒に動かすのは、難しい。 でも、お昼の前に、センセイがやっていた通りに……。 小田が身を乗り出してきて、里穂の胸元に手を伸ばす。かろうじて留めていたボレロのボタンを外して、里穂の胸の膨らみを掴む。 「イヤッ、舐めるだけにして。イヤなのっ」 小野寺センセイが、たしなめる。 「里穂ちゃん、そんなこと言っちゃダメよ。触ってもらうのもフェラチオの一部なのよ。しゃべっている暇があったら、口でやることがあるでしょう?」 デキの悪い子になったみたいで、悲しい。悔しい。 里穂は、涙ぐみながら、言われたとおり口を使う。先端に舌を押し付ける。 「さすが、家庭教師の先生はいいこと言うよね」 小田が乳首を転がす。何度も何度も身体を触られて、昂ぶった気持ちを一度も発散させていない里穂は、すぐに息を荒げる。 「ンフン、アアン」 かすかに腰をくねらせ、荒い息をつきながら、口での奉仕に集中する。 隣ではシュウ君が、「ウウ、すげえ、さすが」「ミス啓知大って、フェラチオも審査対象なの?」と、小野寺センセイのテクニックに感嘆し、からかう。小野寺センセイが「ホント?」「うれしい」「若い子のってたくましい」とシュウ君を喜ばせる。 それを耳にして思い出す。 ああ、そうだ。ちゃんと…… そう、お昼の前に、センセイがやっていた通りに…… 里穂は、おずおずと小田に問いかける。 「ンフン、ツトムさん? どうですか?」 初々しい里穂が苦闘している様子を、上から眺めていた小田は、急に話しかけられたことに驚く。いったん口ごもってから、答える。 「え? ん? ああ……そうだねぇ。全然ダメ。でもね、そういう素人くさいところがいいな」 なんて返事すればいいんだろう? お昼の前に、センセイがやっていた通りに…… でも、いったい……? わからないよ。イヤだよ。なんて言ったらいいの? おずおずと、口を開く。 「ごめんなさい。……でも、うれしい」 うれしい、と答えたのはヘンだったんじゃないだろうか? わからないよ。こういうとき、なんて答えるのがいいのかなんて。 でも小田は、妙に嬉しそうに笑う。 センセイが手を伸ばして、ねぎらうように里穂の膝をそっと叩く。 隣でシュウ君は、センセイの手管に弄ばれている。「おっ、おおっ!」と声を上げては、「ふーっ」とため息をつくというのを繰り返している。その合間にセンセイは、小田にも手を伸ばして、初心者の里穂を手伝ってくれている。 シュウ君のようなお子様の相手なんて、センセイにとっては、片手間でも十分なんだ……。 里穂は、センセイが伸ばしてきた指が、小田のペニスの上でどんなふうに動くか見守る。センセイが指を引っ込めてシュウ君に帰っていくと、里穂は、さっきセンセイがやった通りに、指を動かしてみる。 指の柔らかいところと硬いところを上手く使い分ける。ペニスだけでなく、袋や、お尻のほうまで揉みほぐす。 そのあと、できるだけ同じ動作を、舌でもやってみる。 相変わらず、舌で感じる味は、吐きそうなくらい不味い。 小野寺センセイがアドバイスしてくれる。 「ツトムさんの反応の違いに、注意するの」 センセイに言われたとおりに、気をつけて観察してみる。同じ愛撫を加えても、小田の反応が変わるのはわかる。けれど、どういう意味なのかわからない。 手や口がおろそかになって、小田にこづかれる。慌てて深くくわえ込んで、また咳き込む。気を取り直して、舌で強く押さえ、指の刺激とあわせて動かす。 今度は行為がおろそかにならないよう注意しながら、そっと里穂は、横のセンセイを観察する。 センセイがシュウ君にやっているのを真似て、ペニスに唾をまぶして、唇でクチュクチュと音を出してみる。 隣でセンセイが、「修太さん、出して」とおねだりする。そして、チューッと吸い上げる。シュウ君が大きく反応し、「ウウッ」と声を上げる。慌ててセンセイは、口でギュッと締めつける。若いシュウ君の早すぎる射精を口の中で受け止める。 里穂も、真似をする。小田を見上げてから「出して」と甘え声で言ってみる。 でも小田は、呆れたようにこう答えるだけだ。 「何言ってるの里穂ちゃん? そんなんじゃ、全然出せないよ。下手くそが調子に乗ってるんじゃないよ」 えっ? ショックを受ける。まったく経験のない里穂は、混乱して、どうしていいのかわからなくなる。呆然と小田を見上げる。両手でペニスをささげ持ったまま、固まってしまう。 上を向いていた小田のペニスが、ほんのわずかに沈み始める。 え? ウソ? どうしたらいいの? 慌てふためいている里穂に追い討ちをかけるように、小田がなじる。 「里穂ちゃ〜ん、何ぼんやりしてるの? まったく、シロウトなんだから」 え? やだ。私、どうしたらいいの? そう、あの呪文。 お昼の前に、センセイがやっていた通りに…… だめ、わからない。私、なんにもわからない。 涙がこぼれる。 イヤだよ。もう、イヤ。なんでこんなことしなきゃいけないの? センセイ、助けて。私、どうしたらいいの? こんなんじゃ、男の人をキモチよくさせられない。 センセイが横から、綺麗な顔を差し入れてきた。舌を伸ばして、真横から小田の竿をつつく。 里穂の手の上で、また硬くなり始めたのがわかる。 センセイは、その里穂の手から、小田のペニスを奪う。細い指先で裏スジをくすぐり、もう一方の手をまたぐらに入れて、里穂からは見えないところで動かしている。 「センセイ……?」 「大丈夫。里穂ちゃんはもういいから。里穂ちゃん、ごめんね」 「センセイ……」 センセイは、小田のペニスをしっかり掴んで、センセイのほうに向けさせる。 小田が不満そうに言う。 「ボクは、フェラチオヴァージンの里穂ちゃんの口に出したいんだけど」 センセイが、小田の方を見上げて、ゾクゾクするような甘え声で言う。 「修太さんの味と、ツトムさんの味を比べたいの。ねえ、いいでしょう?」 センセイ……? 里穂は、なんて言ったらいいのかわからない。 そんなイヤらしいことを言うセンセイは、嫌いです。 それとも? 私のかわりに、そんなことまでしなくていいんです。 いや、どちらも違う。 ただ、悲しい。全てがイヤだ。自分のことも、小田のことも、センセイのことも。 小田がセンセイをからかっている。 「ふふふ。出来の悪い教え子の代わりに、先生が宿題を解いてくれてるってわけか」 「そんなんじゃないの。晴菜が、ツトムさんのを飲みたいの」 「えへへ。嬉しいこと言ってくれるね。でも里穂ちゃんのお口の処女も、なかなか捨てがたいな」 小野寺センセイは、それ以上言葉で小田を説得することはせずに、実力行使で小田を説き伏せる。 アヤしく指を動かす。あちこちをくすぐる。口で奥までくわえ込む。センセイのキレイな顔、懸命に膨らませた頬の下で、小田のモノ動いているのが、外からもわかる。 シュウ君は、とっくにセンセイにペニス掃除まで済ませてもらっている。もうすっきりしていたはずなのに、まだ未練がましくセンセイの胸に手を伸ばす。 センセイは、それを気にせずに、小田に甘えかかる。 「ねえツトムさん。飲みたいの」 センセイは小田の答えを待たない。口と指で激しく擦り上げる。知り尽くした小田の急所を責め上げる。 小田が、諦めたように、センセイに身を任せる。フンッ、と力を込めて、満ち足りた息を吐く。 小田の射精をセンセイの口が受け止める。センセイは、ンフン、ンフンと色っぽく息を吐きながら、里穂の目の前で飲み干す。ついさっきシュウ君のも飲んだはずだ。それでもまだ飲み飽きておらず、美味しくてたまらないかのように、態度で示す。 小田の射精が終わった後、小野寺センセイは、愛しそうに頷く。 「やっぱりツトムさんステキ」 里穂は、呆然として、センセイの横顔を見つめた。 見違えるようになまめかしい。 けれども、優しいセンセイの顔だった。里穂の知っているセンセイだった。 まだ身体が熱くておかしな気分がする。力が入らない。ムリな姿勢でゴンドラのベンチの隙間に屈み込んでいたせいもあって、足元がふらつく。 ゴンドラから降りる前に、ドアの枠につかまって身体を支える。 「ほら行け、露出狂ヘンタイ女子高生」 後ろから小田に突き飛ばされた。 「キャッ」 ゴンドラから転び落ちる。2、3歩つんのめってから、履き慣れていないミュールに足を取られる。コンクリートの上に倒れこんで、肘をすりむいた。 軽いスカートはめくれ上がって、下着を何もつけていないお尻がむき出しになる。上半身のボレロも、ボタンを小田に外されたままだったので、大きくはだける。ゴンドラに乗り込もうとしていた客たちが、里穂の若々しい乳房を目にする。 「うわっ」 「なにあれ? あの格好?」 「露出狂だよあれ」 「なに考えてんの?」 イヤっ。見ないで! 後ろからセンセイが急いでゴンドラから飛び降りる。駆け寄って、里穂を客の目から守る位置で、里穂に屈み込む。里穂のスカートの裾を伸ばしてお尻を隠し、客から胸が見えないようにボレロの襟を引っ張る。 そのセンセイ自身も、ヒラヒラで布地の小さい露出コスチュームだ。客に背を向けて、挑発的な服装とはアンバランスな清潔な白のショーツを見せつける。斜め後ろの客からは、脇の下のハミ乳が見える。 「うわ、もう1人いた」 「ヘンタイ姉妹?」 「ピンサロの社員旅行か何か?」 「どっちも美人じゃん」 「ねえねえ、どこの店ぇ?」 「それとも、AVの撮影かも?」 そんなからかいを耳にして里穂は、ショックで動くこともできない。 センセイが、里穂を抱き起こす。 「大丈夫?」 ゼンゼン大丈夫なわけなんかないですよ! 見ればわかるでしょ! 全部小田のせいで……。 いや、センセイのせいですよ! センセイが小田を連れてきたせい。 センセイは、里穂の肩を抱いたまま立たせる。里穂は両手で、ボレロの襟をしっかりと押さえる。そうしていても、腰や、胸のふくらみの下部は、服からはみ出している。スカートのほうも、ちょっと風が吹けばめくれ上がってしまう。 誰かが「ノーパン!」と言う声が聞こえて、思い出した。 今日は、パンツはいてないのに! センセイが買ってきたヘンタイ趣味な服のせいで、こんな恥ずかしいところをみんなに見られてる! 小田が追いついて来る。センセイから里穂の身体を奪い取る。 里穂の不安が一挙に高まる。 「エッチ女子高生ちゃん。こんなふうにアソコを見せびらかして、何が楽しいの?」 小田は、そう言って、客から見えるようにスカートの裾をめくり上げる。 「イヤッ」 里穂は、ボレロを掴んでいた手を放して、慌ててスカートを押さえる。すると今度は小田は、ボレロの奥襟を掴んで後ろに引っ張る。ポロリとオッパイがこぼれて、また客の目が集まる。 「もう、いい加減にしてよぉ」 両腕で身体を隠そうとすると、後ろから小田に抱きしめられて、身体の自由が奪われる。 「もう、本当に、やめてください……ねえ、センセイ! センセイ助けてっ」 できるだけ客と里穂の間に立って、里穂を守ろうとしていたセンセイも、今はシュウ君にしっかりと抱きとめられている。 シュウ君は、じたばたしているセンセイを抱きしめながら、 「ねえ、晴菜先生のほうも、教え子に負けていられないよね?」 と、ワンピースの肩紐を剥こうと懸命になっている。 客たちは、あっけにとられて二人の美人の露出を見つめる。次にゴンドラに乗り込むはずだった客は、うっかりしてゴンドラを乗り過ごしてしまう。係員が慌てて、外からドアを閉じ、ゴンドラを見送る。 スーツを着た職員の人が駆け込んで来た。小さな声でせかせかと里穂たちを叱りつけ腕を掴む。そのまま腕を引っ張って、露出にふけるヘンタイカップルをそこから連れ出した。 里穂たちは、また職員事務所に連れてこられた。さっき里穂が濡れた身体を乾かしたのと同じ事務所だが、部屋は違う。 スーツ姿の管理職らしい職員から説教された。 他の客からクレームが来ています。園内で、裸に近い恰好をしている女性がいる。人目を気にせずにいちゃついている男女がいる。ふしだらだ。見るに耐えない。度を越している。子供の教育に悪い。つまみ出せ。そういう内容です。 あなた様がたのことですよね。警備用ビデオにも映っていました。 当園は、家族連れの方にもお楽しみいただく、健全な遊戯施設です。 園内で女の人が裸になられるとか、その裸になられた女の人に男の人が抱きついてふざけるとか、そのようなことはおやめください。 チケットの裏の注意事項をご確認いただけますか。暴力行為、騒音、風紀を乱す行為などにより、他のお客様にご迷惑となる場合には、ご利用をお断りする場合があります。そう書いてありますよね。 そちらのお客様はさきほども、暴れて水の中に飛び込まれたということでしたよね。勝手にアトラクションから飛び出すようでは、私どもも安全を保証しかねます。ボートに乗っておられたときのお客様がたの様子も、見ていて不審な点があったと、係員の者が申していました。たびたびそういったことを繰り返すようでは、これ以上のご利用はお断りするしかありません。 ところで失礼ですが、お客様がたはどういうご関係でしょうか? そちらのお客様は、未成年のように見えますが? お名前と、ご両親の連絡先、学校に通っているようでしたら学校名を教えていたけないでしょうか? いえ、単なる確認です。お答えいただけない事情でもあるのですか? 小田はとにかく反抗的な態度を取った。 「ボクたちは客だぞ。客に向かってその態度はなんだ」 「クレームだって? どの客だよ、そんなこと言うのは。お前らは、そのクレーマーの言うことは信じて、ボクたちの言うことは聞かないのか?」 「どんな格好しようがボクたちの勝手だろう」 「裸じゃないだろう? よく見ろよ。こんなセクシーな服を、ちゃんと着てるだろ? 言いがかりはやめろよな」 「チケットの裏? こんな細かい字読むわけないだろ」 「未成年なんかじゃないよ。大人だよ。大人に決まってるじゃん。この身体見ろよ。大人の身体してるだろ? それに、なんだよ? 未成年だったとして、何が悪いんだよ? もう自分で判断できるよ。未成年でも本人の意思でこんな格好してるんだよ。自分から進んでヤラしい恰好してるんだよ。何が悪い? あっ忘れてた、ボクの妹だ。だからいいんだよ。保護者がいるんだから問題ないだろ?」 小野寺センセイが小田の袖を引いて押さえようとするが、小田の態度は変わらない。小田の子供っぽい口答えと見え透いた嘘に、子分のシュウ君も呆れ気味だ。 職員と小田とのやり取りを聞いて、里穂は目の前が真っ暗になった。 小田の答え方では、里穂が未成年だと認めたも同然だ。 きっと家に連絡される。パパとママに知られてしまう。下手したら学校にも連絡されてしまう。うちの学校は厳しいから、ただで済むわけはない。それに学校のみんなにも知られて……。 ああ、もう、どうしてこんなことに……。 制服を着た別の職員がやってきて話を中断した。説教をしていたスーツ姿の職員に、声をひそめて何ごとか報告する。スーツの職員がケータイを取り出して話し始めた。スーツの人はせわしなく、報告に来た職員と話し合ったり、ケータイの相手に指示を出したりする。ケータイを切っても、また別の先にかけなおす。 急に慌しくなった。 しばらくの間、里穂たちはお説教から解放される。 里穂は、落ち着きなくスカートの裾を引っ張り、上着の襟を合わせて素肌を隠す。センセイが里穂の前まで来て、少し腰をかがめて里穂の顔を見る。 「里穂ちゃん。大丈夫だから」 里穂にだけ聞こえるような小さな声で言う。 里穂は不満げに言い返す。 「センセイのウソつき! いったいどこが大丈夫なんですか!」 里穂の声は震えている。 センセイが里穂に顔を近づける。真正面から、里穂の目を見る。それから、もう一度繰り返す。 「里穂ちゃん。大丈夫だから」 センセイの声の調子は、落ち着いていて震えも揺るぎもない。冷静で、表情に余裕があって、里穂を保護するような頼もしさがある。 センセイの顔は、いつもどおり優しくて、透き通った美しさと思いやりに満ちている。 少しだけ里穂の気分が収まる。 「でもセンセイ、私、未成年だから。パパやママに連絡されちゃう。私、こんな格好してるのに。警備ビデオもあるって。パパやママに、説明できない。私……」 あれころ考えていると、いったん落ち着いた気持ちがまた昂ぶってくる。 センセイは、顔をさらに近づけてきて、ほとんど頬ずりできるくらいに近づけて、そして、里穂の背中に手を回して、軽く抱く。 「里穂ちゃん。心配しないで。もしそんなことになったら、私が里穂ちゃんのご両親に説明するから。里穂ちゃんが嫌がっているのに、私がムリヤリやらせたんですって」 「センセイ? でも……」 でも、そんなこと言ったら。 「それじゃ全部センセイのせいになっちゃうよ!」 「だって、その通りなんですもの」 「そんな、それに……」 そんなことになったら、センセイは家庭教師をクビになってしまう。二度とセンセイに会えなくなってしまう。 センセイは、顔を引いて里穂の顔を見ながら、心配しないで、と柔らかく微笑む。 「そもそも、遊園地の人にちゃんと謝まれば、家に連絡されるとか、そんなことにならないと思う。他の客に迷惑さえかからなければ、遊園地の人もことを荒だてたくはないはずでしょう?」 「そんなこと言っても……」 そこにいる大人げない小田が、謝るわけない。 もう! 結局全部あの若オヤジのせいで! センセイは、里穂の頭を軽く撫でてから、立ち上がった。小田のところに行って小さな声で話しかけた。 センセイが何かを懸命に訴えて、小田が不満そうに言い返す。シュウ君まで何か口を挟む。今日のシュウ君にしては珍しく、センセイに加勢してくれているようだ。 センセイの声とシュウ君の声は聞こえないけれど、感情的に上ずった小田の声だけは聞こえる。 「なんでそんなことしないといけないんだよ」 「ボクらは何も悪くないだろ?」 「ボクらは客なんだから」 「まだ遊園地の中で乗ってないアトラクションあるじゃん」 「知らないよそんなこと」 「だったら勝手にすればいい。ボクはそんなのは聞かないから」 諦めたのか、センセイは里穂の元に戻ってくる。 「センセイ?」 センセイは、さっきまで説教していたスーツ姿の職員の方をチラッと見る。職員は、真剣な様子でケータイ越しに話している。 センセイが里穂に囁く。 「今のうちにこっそり出て行こう」 里穂は驚いて、センセイを見返す。センセイがこんなこと言い出すなんて、思いも寄らなかった。 センセイが里穂に命令してるんだとしたら、もちろん逆らえないんだけど…… 里穂はスーツの職員の方を見ながら聞く。 「え? そんなことして、いいんですか?」 「ツトムさんは、勝手にしろって言ったから」 おかしなことにセンセイは、遊園地の人が許してくれるかより、小田が許してくれるかのほうが気になるらしい。 「いや、そうじゃなくて、遊園地の人は、しばらくここにいろって言ってたのに、勝手にいなくなったりしていいんですか? また怒られますよ」 「あの職員さん? たぶん追いかけては来ないと思う。さっき言ったとおり、ことを荒だてたくないはずだから。私たちがまた園内に入るのならともかく、勝手に出て行ってくれる分には、むしろいい厄介払いでしょう? それに、いまここの人たちバタバタしてるから、それどころじゃないみたい。お客さんの子供同士でふざけてて、園内の器具で大怪我したんだって。客商売なんだから、そちらのほうが大切なはずよ」 センセイの声は、ゆっくりと落ち着いている。話の内容より、センセイの態度と口調のせいで、里穂は安心する。 それに、今日1日、情けないセンセイの姿しか見ていなかったけれど、今のセンセイは、里穂が知っていたとおりの頼りになる優しいお姉さんだ。そんなセンセイを再び見ることができて、嬉しかった。 センセイの言うとおりにしよう。センセイが間違っているなんて、ないはずだから。 それにしても、遊園地職員の言いつけを破ってこっそり抜け出すなんて、キマジメなセンセイにしては大胆すぎる。ミッちゃんがセンセイのことを、「追い詰められたら暴走する」とこぼしていたのは、こういうことだったのか。 里穂はセンセイに背中を押されて、部屋の出口に向かって歩く。 小田とシュウ君はついてこない。センセイとは考えが違うらしい。 センセイが里穂に囁く。 「ゆっくりと。自然な感じで。トイレにでも行くって感じで」 里穂は相変わらずセンセイの命令には逆らえない。言われたとおりにする。後ろの職員の様子を窺いたい気持ちを、ぐっと我慢する。 廊下に出る。 事務所は園内とも園外とも直接出入りできる。園外に通じる通用口を目指す。 廊下の端まで歩いたところで、はるか後ろで男性職員が呼びかける声が聞こえた。 「ちょっと。お客様。勝手にそちらに行かないで。まだお話が……」 里穂がはっと振り返る。話しかけられたのは、里穂たちではなかった。じっとしていられなくなった小田たちが、気が変わって里穂たちを追おうとして、廊下に出るところで見つかったらしい。二人とも、こそ泥のようにおどおどしている。落ち着きのない挙動が職員の目を引いたようだ。 「里穂ちゃん。後ろ見ないで」 センセイに手を引かれて先を急ぐ。 小田たちの巻き添えを食うのもいやなので、通用口が見えはじめると、少し足を速めた。 センセイは、守衛さんに「失礼します」と自然な様子で声をかけて、遊園地の外に出た。 里穂がほっと息をつく。 「センセイ。これでもう……」 「里穂ちゃん、まだよ。とりあえず敷地の外に出ましょう。それともう1つ、里穂ちゃん、もうそんなにきつく手を握らなくていいのよ。里穂ちゃんがあんまり強く握るから、ちょっと痛い……」 里穂は真っ赤になって、センセイの手を握っていた力を緩める。それでもつないだ手は放さないで、そのままセンセイと一緒に歩く。 角を曲がって、遊園地のゲートが見えなくなったところで、やっと立ち止まった。 もう大丈夫だ。 里穂は大きく息を吐き出した。 「よかった。センセイ、うまく、逃げられました。ありがとう」 イヤな思い出しかない遊園地からやっと出られた。 それに、小田からも離れられた。 安心感と開放感で、気持ちがウキウキする。 「やった、あの小田も、捲いてやりましたよ。センセイって、やっぱり頼りになります!」 いざというとき、やっぱりセンセイは里穂を守ってくれる。 抱きつかんばかりに、センセイの周りで飛び跳ねる。 あの小田は、今もモグラみたいに日の光を避けて、こそこそ走り回ってるんだ。シュウ君も同類だから、一生小田の後をついてまわればいいんだ。 そうだ、もっと早く、遊園地から逃げ出せばよかったんだ。どうして思いつかなかったんだろう? 里穂が、安心のあまり興奮気味なのに対して、センセイは落ち着いている。里穂に微笑みかけながらも、気がかりそうにチラチラと遊園地の方を見ている。 やがて、センセイが言った。 「里穂ちゃんは、すぐに家に帰って。もうこんなところにいる必要ないから」 里穂はまたセンセイの手をとって言う。 「うん。センセイ行こう」 「いえ、私はまだ……。悪いけど、里穂ちゃん、1人で帰ってくれる?」 「え? どうして?」 センセイが言いにくそうに、口ごもる。もう一度、そっと遊園地の方を見る。 「センセイ、どうしたんですか? 一緒に帰りましょうよ」 「里穂ちゃん。私……」 センセイは、また言いよどむ。そして、静かな声で言う。「今日のことは、本当にごめんなさい」 里穂は複雑な気持ちになって、顔を曇らせる。 安堵感のあまり忘れていたけれど、今日のイヤな経験と、小野寺センセイの仕打ちは、里穂にはショックだった。来週から小野寺センセイと、今までと同じように接することができるか、自信がない。 里穂は、今センセイを許すことはできない。かといって、今センセイを責めることもできない。どう整理していいかわからない。何も言えずに黙り込む。 「里穂ちゃんは、まっすぐ家に帰って」 「……センセイは?」 「私は……」 恥ずかしそうに顔を赤らめる。「私は、ツトムさんを待つから。ツトムさんと、まだ……今夜、もう少し一緒にいたいから」 「センセイ……」 今夜一緒にいるって……。 やっぱり、センセイはそういう人だったんだ……。今井さんがいるのに、小田と……そういうカンケイなんだ。今夜も小田と、そんなことしたくて、小田を待つつもりなんだ。小田は、あんなキモくてイヤらしくてイジワルなヤツなのに。 急に里穂は、センセイと一緒にいるのがイヤになった。 里穂の濡れた服は、ビニール袋に入れてセンセイがずっと持っていてくれた。センセイはその袋を里穂に渡す。なくしたと思っていた里穂の帽子も、センセイが見つけてくれていた。ボートから落ちる前に拾ってくれたらしく、濡れずにすんでいたその帽子を、センセイが里穂の頭にかぶせてくれる。 帽子をかぶった里穂を見て、センセイが笑いかける。 「里穂ちゃんは、やっぱりカワイイ」 里穂は自分の服装を見下ろす。こんなヘンタイみたいな格好をしてるのに、そんなことを言われても、里穂はうれしくない。 帰る途中に服を買って着替えるようにと、センセイが自分の財布を押し付けてくる。センセイの命令なら断れない。けれど、さすがに財布をまるごと受け取るのには抵抗がある。里穂が抗議すると、かわりにセンセイは、一万円札を何枚か里穂の手に握らせた。 センセイの気遣いが、悲しかった。 数えてみると、一万円札は5枚もあった。 センセイと別れて、1人でJRの駅に向かう。 後ろのほうで小さく「おい晴菜! こっち来いよ」と言うキモ男の声が聞こえた気がした。里穂はセンセイから「後ろ見ないで」と命令されたままなので、振り返れなかった。 駅前で信号を待つ間、里穂は向かいのビルに目をやった。ビルの屋上の巨大な広告看板に、雑誌の広告が描かれていた。 いつか見たエビちゃんの笑顔が、屋上から里穂を見つめている。 《エビちゃんになろう! KanKam》 エビちゃんのチャーミングな笑顔は、いまの里穂の気持ちには、まったく場違いだ。 ほんとエビちゃんて、空気読めないオンナですね。 そんなことだから、バカっぽいって言わるのよ。もっと小野寺センセイの、気配りや上品さとつつしみ深さを見習って…… いや、小野寺センセイは……今日の小野寺センセイは、上品なんかじゃなかった。イヤらしくて下品で、小田の前であんなにヒクツで……。 ……そうだね、訂正する。やっぱりエビちゃんは今のままで、バカのままでいいよ。 駅のホームで、センセイから電話がかかってきた。 「センセイ!」 大丈夫ですか? 小田にヘンなことされていませんか? 《里穂ちゃん、今どこ?》 「駅のホームで、電車待ってます」 《まだ電車に乗ってないのね?》 「はい」 センセイが黙ったので、里穂が聞き返す。 「センセイ? どうかしたんですか?」 やっぱり、私と一緒に帰る気になった? センセイが、申しわけなさそうな声で言う。 《……里穂ちゃん、ごめんなさい》 突き落とされたように、里穂の気持ちが沈みこんだ。 センセイが弱々しい口調でそう言う時は、必ず里穂のイヤなことを口にする。 《里穂ちゃん、戻って来て》 イヤだ。 でも、センセイの指示には逆らえない。戻るしかない。 戻ったら、きっとイヤなことが待っている。イヤらしいことが待っている。 里穂はおずおずと聞く。 「……どうしてですか?」 どうかセンセイ、お願い……。 《これから……ごめんなさい里穂ちゃん……ツトムさんと一緒にホテルに行くの。ホテルまで来てくれる? 東京マーメイズホテルって知ってる?》 「はい……」 知っている。オープンしたばかりのホテルだ。遊園地に隣接している高層ホテルで、今里穂のいる駅のホームからも見える。 里穂は、かすれた声でセンセイに尋ねる。 「それで……どうするんですか?」 《ツトムさんと……その……》 センセイの声がしぼみ、またわざとらしく言いよどむ。 里穂は急にイライラして、思わず送話口に怒鳴った。 「センセイもっと大きな声でしゃべってください! 聞き取れませんよ!」 聞き取れないほうが、絶対にましだいうことはわかっている。 でも、センセイの口から聞かなければいけない。センセイが本気で里穂を苦しめるつもりなんだとしたら、そうだとはっきり言わせたい。 センセイには、わたしに向かってそんなことを口に出す勇気があるの? 《ゴメンなさい里穂ちゃん》 もうそれはいいです。 《ホテルで、私……里穂ちゃんも……ツトムさんとエッチなことをするの》 「……」 ああ、やっぱり、そうなんですね。 センセイ、どうして? どうしてそんなヒドイことができるの? 里穂は、力なくホームの真ん中に座り込む。ヒラヒラのスカートがめくれて、サラリーマンがじろじろと見ているが、気にもしない。 里穂の沈黙をどうとったのか、センセイは苦しそうな声で、もう一度繰り返す。 《……えっちするの。ツトムさんと……》 センセイは、小田の言いなりなんですね。どんなに理不尽で間違った命令でも、小田の言うことを聞くんですね。今井さんのことより、私のことより、センセイ自身のことより、小田のほうが大切なんですね。 「ウ……センセイ……」 声が嗚咽になってしまいそうなので、ぐっとこらえる。 《里穂ちゃん?》 目を瞑る。歯を食いしばって、ケータイに向かって言う。 「わかりました。センセイ、これから行きます」 《ごめんなさい、里穂ちゃん》 本当に、もうその言葉だけはやめて。 「センセイ。私……」 《里穂ちゃん、ごめんなさい》 もういいです。しつこいです。うるさいです。いい加減にして。 センセイ、もう黙って。 息を吸い、吐く。たった一瞬でも、もし感情が溢れたら、きっと止まらなくなる。だから、できるだけ感情のこもらない事務的な声で、言う。 「センセイ、家庭教師は、来週から、来ないでください。私、センセイの顔なんか、もう二度と見たくありません」 里穂はケータイを、電源ごと切った。 その会いたくないセンセイのいるホテルに、これから行かないといけない。センセイと小田に、イヤらしいことをされるために。 さっき通ったばかりの改札を、逆向きにもう一度通って、駅の外に出た。 東京マーメイズホテルの高層ビルを目指して歩く。 交差点で振り返った。ビルの屋上の看板から、空気を読めないエビちゃんの笑顔が、里穂を見下ろしていた。 《エビちゃんになろう! KanKam》 また会ったね、エビちゃん。 前にエビちゃんのこと、バカっぽいとか、小野寺センセイには敵わないんだとか、感謝しろだとか、そんなふうに悪く言ってゴメンね。せっかく《エビちゃんになろう》って誘ってくれたのに、断ってゴメンね。あのときたしか私、エビちゃんより小野寺センセイになりたいって、言ったよね。 でもね、ついさっき、気が変わったの。 やっぱり私、エビちゃんになりたい。 私もう、小野寺センセイになんか、なりたくない。 あんなオンナ、絶対に、イヤ。
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