サグラダ ファミリア


 

 
第三話


「おはよう、祥平君。今日は遅いのね」
「・・・おはようございます・・・」
 月曜日。普段より少しだけ遅く起きた僕は、ようやく冬眠から覚めた熊のようにのろのろと僕は部屋から出てきた。

「ねぼ、ねぼ、ねぼねぼねぼ、ね、ぼ、す、け、おにーちゃーん・・・ふみーーーーーーーー」
 変な振り付け付きで踊り始めた瑠美ちゃんのほっぺたを半分くらい寝ぼけながらつまんでむにゅむにゅしてると、
「こーら、祥平君。だめでしょ、瑠美ちゃんいじめちゃ」
 僕の頭にげんこつ。優華さんだ。学校の制服。青いリボンの色は学年のカラーらしい。
「は〜い。ごめんね。瑠美ちゃん」
 僕は瑠美ちゃんに謝ると瑠美ちゃんは、僕のほっぺをむにゅ、とつまむと、
「じゃあおにいちゃんもふみーーーーーーーーーー、あははは、おもしろーいおにいちゃん、のびるーーーーーーー」
「・・・・・」
「こら!瑠美もダメでしょ!!待ちなさーい!!」
 拳骨を振る優華さん、慌てて逃げる瑠美ちゃん。二人は二階にどたどたと駆け上がっていく。
 そんな二人を見ながら、キッチンテーブルに残された僕と唯さんは、
「・・・元気ねえ、二人とも・・・」
「本当だね・・・ててて」
 僕がほっぺたを押さえていると、ひんやりとした唯さんの両手が僕の頬に当てられる。
「痛くなかった?祥平君」
「だ、大丈夫です・・・」
 思わず背筋を伸ばして答える僕に、
「でもすごく赤くなってるよ?熱、大丈夫?」
「え、えっとぅ・・・」
 こつんとおでこを当てる唯さん。
「祥平君!もう学校行かないと遅刻だよ?」
 僕と唯さんが見詰め合っているその脇で、いつの間にか優華さんが仁王立ちになっている。どことなく目つきがいつになく険しいのは気のせいだろうか。
「はーい、それじゃいってきまーす」
 僕が荷物を抱えて慌てて飛び出そうとすると、襟ぐりをぐいっと掴まれる。唯さんだ。
「祥平君、薬、くすり!」
 唯さんは僕に薬を渡す。赤と白の錠剤2錠ずつ。僕が病院でもらう薬だ。
「んー、学校で飲むよ」
 僕が嫌そうな顔をすると、
「ダメ。今ここで飲むの」
「えぇ・・・でも・・・」
「ほら、水、あるから」
 唯さんの顔から表情が消えている。僕は気圧されるように銀紙を破って、ごくんと薬を丸呑みする。
「うん、いい子ね。じゃあこの薬は給食の後に飲んでね」
 唯さんは僕のかばんに同じ錠剤の入った袋をねじりこんで、にっこり笑う。その顔はさっきとはうってかわって、いつもの唯さんの笑顔だ。
「気をつけてねー」
 僕は優華さんと一緒にあたふたとドアを出た。





 僕の学校まで行く道は途中まで駅に向かう道。優華さんはここから何駅か電車で行った向こうの学校だ。
 だから優華さんは僕と途中まで一緒に学校に行ける。

 でも、さっきまであれだけはしゃいでいたのに、優華さんも僕も全然話さないで、二人はただ歩いている。

「あ、優華さん。僕、こっちだから」
「あ、うん。・・・いってらっしゃ・・・」
 優華さんは小さな声で手を上げかけて、
「・・・祥平君、ほっぺたが・・・」
 と、優華さんは手を僕の頬に少しだけ伸ばしかける。

 自然に、僕の身体は硬くなる。

 優華さんは、すぐにその手を引っ込めて、
「・・・気をつけてね」
 そういうと優華さんはくるっと後ろを向いて、駅の方に早足でいってしまった。







 優華さんが「お店の人」になって僕と一緒にお風呂に入ってから数週間が経った。
 優華さんとの関係は特に変化もなかった。
 少なくとも瑠美ちゃんや唯さんがいる場所では。



 でも、例えばリビングルームで二人っきりになってしまったときとか。
 例えばたまたま帰り道で遠くに優華さんの姿を見かけたときとか。


 僕はそういう時はすぐに優華さんと違う場所に移動したり、わざと優華さんと挨拶しないで一人で遠回りして帰るようになった。

 それは、あの日以来・・・僕が優華さんの顔を見ると、胸がどきどきして、顔が熱くなって、自分がどんな顔をしているか全然自信がなくなっちゃって、だから優華さんの顔を見られなくなっちゃって、・・・しかも、たまに、本当にたまにだけど、優華さんの裸を思い出しちゃったりすると、その・・・あそこが大きくなっちゃうわけで、・・・それが優華さんに分かるのが嫌だったから。

 僕がそういうふうに避けているせいか、優華さんも前みたいに、僕にふざけて抱きついたり、さわったり、頭を撫でたり・・・そういうことがなくなった。


 そして、いつのまにか、たまたま一緒になったとしても、前はたわいも無い話題を二人でできていたのに、自然なおしゃべりができなくなっていった。







 ある病院帰りの日。
 久しぶりに優華さんが迎えに来てくれた。

 久しぶり・・・というのはこの前優華さんとお風呂に入った日以来、ということ。
 
 美樹先生の恒例の「あらー優華さんお久しぶり〜元気だった〜あのねー今日また祥平君がね・・・」で始まりえんえんと続く先生のマシンガントークを、絢音さんが「祥平君も疲れてますから」の一言でぶった切ってくれたおかげでようやく解放された僕と優華さんは、公園のイチョウの散る並木道を黙ったまま歩いていた。


 前だったらここでバカ話か世間話が始まるのに、二人は、離れすぎないように近すぎないように、だけどだまったまま歩いている。
 
 公園の出口近くまできたところで、このもやもや感を晴らすべく、僕は思い切って、
「あ、あのね、優華さん・・・」
「え?」
 
 優華さんが僕の方を向いたその時、

「やあ、優華さんじゃない」
 その声のする方を見ると、濃紺の制服――詰襟で、だけどボタンじゃなくてファスナーで前を閉じる形の――を着た男の人が立っていた。
「木下君?何でここに?」
「いや、部活が急に休みになったから映画見てて、終わって公園でぼうっとしようかなあ、と思ってたんだけど・・・。優華さんこそどうして?」
 木下、と呼びかけられたその人は、男の人にしては少し長めの髪の毛をかき上げながら僕と優華さんに近づいてきた。
 背は結構高い。僕はもちろん、優華さんよりも頭一つ半くらいは高いだろうか。足も長いけど、決してひょろひょろ、という感じではない。中身は詰まっている感じ。
 
「うん、実は弟が今日病院に行ってて、その帰りなの・・・」
「へぇ、弟なんだ、名前なんていうの?」
 その人と、優華さんの視線を受けて、ぽつりと僕は、
「・・・祥平」
「へえ、祥平君か。よろしく」
 ヌッと目の前に手を突き出されたので、僕は反射的に手をひきそうになったけど、それも失礼なんだろうと思って、おずおず手を差し出す。
「・・・はじめまして」
「ふぅん、やっぱり姉弟だよね。顔が優華さんに似て、美男子だね」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ちょ、ちょっと変なこと言わないでよ、木下君。それより・・・」

 優華さんは、僕の沈黙を遮るかのように、木下、というその男と話をし始めた。
 いろいろな人の名前や、勉強の内容や、クラスメートのあれこれや・・・、どれもこれも僕の知らないことばっかり。
 いつの間にかそうした話が弾んでいく。

 優華さんは木下、って人の話にうなずいたり、笑ったり、あいづちをうったり、自分から話を始めたり。
 その表情は、家にいるときと違う。もちろん僕と話しかけるときとも違う。


 そう、どこかで見たことがある。この優華さんは、この前『店員さん』をしはじめのときの優華さんに少し似ている。よそ行きの、そして人から見られることを意識した表情、言葉遣い。
 そして、大人の男の人を前にした立ち振る舞い。
 僕の前では決して見せない表情。
 


 すごく優華さんを遠くに感じる。





 5分、いや10分話していただろうか。


「そうそう、でさぁ・・・」
 更にその男の人が続けようとした時、さっきからちらちらと僕のほうを見ていた優華さんは、思い切ったように彼の言葉を遮り、
「ご、ごめん。木下君。まだうちの祥平、本調子じゃないから・・・」
「え、あ、ごめん。つい話し込んじゃって・・・」
 その男は、今僕の存在に気が付いたかのように、言い訳をした。


 その男はその後も名残惜しそうにしばらく優華さんにあれやこれや話をして、ようやく立ち去ってくれた。





 その後の帰り道、僕たちはずっと気まずかった。 


「あ、あのね、木下君は、その、私のクラスメートで、サッカー部なんだ。で、クラス委員とかもやってて、私も副委員長だから結構良く話すんだけど・・・」
 
 僕は黙ったまま優華さんの方を向かず歩いていた。

 別に何か含むところがあってではない。
 ただ、自分の中でも何か嫌なもやもやがわき出てきて、優華さんの方を向いたら、そんな嫌なもやもやが優華さんに全て見えてしまいそうだった。

「・・・・・・・似てるわけ、ないじゃないですか」

 僕は一言だけそういうと、あとは口を一文字にして、ただ歩いた。

 優華さんはしばらく口をつぐんで、僕から少しだけ離れて歩いていたけど、やがて意を決したかのように、
「祥平君、その、気を悪くしたらごめんね。あの人も、悪気があって言ったわけじゃないから・・・」
「・・・・・・・わかってますよ、それくらい」
 僕はできるだけ落ち着いて言ったつもりだったけれど、自分でもその声が棘々しいことがわかっていた。
「別に優華さんが謝ること、無いですから」
 短くそう言うと、僕はそのまま足を速めた。




 優華さんは慌てて歩調をあわせる。けれど、何かを言おうとするたびに、優華さんはためらって・・・。

 結局、二人はそのまま会話を交わさず、家に帰った。



 おかげで、おみやげに買ってくるって約束したアイスクリームを買い損ねてしまい、瑠美ちゃんをむくれさせてしまった。






 考えてみれば、当たり前のことだ。
 優華さんは学生。僕よりずっと年上の。
 アルバイトだってできるし、その気になればもうすぐ結婚だってできてしまうくらい、それくらい年上。
 
 それにひきかえ、僕はまだ一人で夜中に街を歩いていたらおまわりさんに怒られてしまうような、そんな年だ。


 優華さんには学校があって、そこには僕の知らない友達がたくさんいて、で、僕よりずっと大人の、男の人の友達がいるのは、当たり前なんだ。



 優華さんは学校でどんな友達がいるんだろう?
 優華さんはいままで何人くらいの人を好きになったんだろう?
 そして、今、優華さんは好きな人がいるんだろうか?
 

 僕は今の優華さんしか知らなくて、
 そして家にいるときの優華さんしか知らない。



 で、優華さんは他の男の人を好きになってもいいんだ。




 そんな当たり前に、なんで今まで気づかなかったんだろう。




 僕はいつまでももやもやもやもやしていて、その日はいつまでもベッドで寝返りをうっていた。







 
 僕が学校から帰っている途中で、ガヤガヤと話ながら下校中の女子学生の集団とすれ違った。
 僕はぼうっと歩いていたので、何も気づかなかったけど、
「あれー、あの子、ひょっとして、優華のオトートクンなんじゃないですか?」
 すれ違いざまに、そんな声が耳に入ってきた。

「ああ、本当。前に優華が写真で見せてくれた子ね」
「え、あ、祥平・・・君」

 僕が振り返ると、そこには制服の上にコートを羽織った女の子が3人いて、その一人は優華さんだった。

「あ、優華さん。・・・こんにちは」
「あ・・・こんにちは・・・」
 なんとなく所在なく微笑む優華さんを押しのけるように、二人の女の子が僕に駆け寄ってくる。
「わー、すごーい。祥平君っていうんだっけ?私みちる。優華先輩の後輩、やってまーす」


 優華さんよりちょっと背の小さい女の子、いや、僕よりはずっとお姉さんなんだけど、その人は、二つに分けた髪の毛をぴょんぴょん跳ねさせながら僕をのぞきこんでくる。

 その女の子とは対照的にすらっと背の高い女の人が、丁寧なお辞儀をしてくる。
「私は羽丘(はおか)弥生といいます。優華とは同じ部活で、色々お世話になってます。よろしくお願いします」
「あ、どうも、こちらこそ・・・」
 僕は恐縮してもっと深くお辞儀をする。
「あー、ブチョー、なんか堅いですよ、そういうの。優華先輩の弟さんなんだから、私たちの弟も同然ですよー。もっとフランクにフランクにー」
「初対面の人にそんな馴れ馴れしい口の利き方をするのは、失礼よ、みちる」
「うわぁ、こんなところに来てまでブチョーに教育的指導されちゃったよ・・・」

 僕が目を白黒させてると、ようやく優華さんが助け舟を出してくれる。
「あ、祥平君。二人とも同じ部活なの。羽丘さんは部長をやってて、みちるは一年下なの。部活終わって、3人とも帰るとこ」
「そうでしたか。すみません、高坂祥平と言います。よろしくお願いします。・・・えーと、うちの優華がお世話になっています」

 一瞬の沈黙の後、みちるさんの大爆笑が冬の街にはじける。
「あはははは、すごいすごい、祥平君、サイコーだよ。優華先輩、掴みはバッチリじゃないですか。さすがはフクブチョー。弟君(ぎみ)にも教育が行き届いていらっしゃる」
「・・・・・・・いい弟さんだね、優華」
 弥生さんは優しい目をして優華さんのことを見た。
 対照的に優華さんはとてつもなく困り果てている。
「あ、う、えーと・・・」
「・・・・・・あ、あの、僕、まずいこと言いました?」
「全然全然全然全ー然。そうだ。せっかくだから4人でお茶しましょう。優華先輩の秘密、オトートクンから聞きだしてみたいし」
「それも面白そうね。いいよね、優華」
「あ、あ、あ・・・」


 結局弥生さんとみちるさんに引きずり込まれるように僕と優華さんは近くの喫茶店でお茶をすることになった。


「いやー本当、写真で見たときもクリクリして可愛らしかったけど、本物も凄く可愛いねえ。いいなあ優華先輩。私もこんな弟欲しいなあ」
「みちるにも弟、いなかったっけ?」
「いるけどもう生意気で生意気で。全然だめですよ。そりゃあ祥平君よりちょっと小さいくらいのころまではまだよかったかもしれないけど、大きくなるとトウが立っちゃって・・・」
「祥平君だって大きくなるでしょ」
「えー、祥平君はずっとこのままでいいと思うんだー。だってほっぺただってこんなにすべすべ♪ねえ、祥平君、私の弟にならない?優華先輩よりずっとサービスしてあげるから♪」
 と、突然みちるは隣に座っていた僕を頬擦りしてぎゅーっと抱きしめてくる。
 ガタン、椅子が鳴る。突然誰かが立ち上がる音。
「み、みちる!」
 泡を食ったのは僕よりも、僕のはす向かいに座っていた優華さんだった。
 ちゅるる、っとグレープフルーツジュースを飲んでいた弥生さんが冷静に小さく囁く
「・・・優華、みんなが見てるわよ」
「え、・・・あ・・・」
 店中の視線を一心に集めた優華さんは、湯気を立てて顔を真っ赤にして縮こまるように座った。
「みちるも、場所をわきまえなさい。いいわね?」
「はぁーい」
 鋭い視線を投げかける弥生さんに言われ、みちるさんはちょっと残念そうに僕からはなれる。

 さすがは部長さんなだけはある。たった二言でこの場を鎮圧してしまった。

 みちるさんは小さな声で僕に詫びる。
「ごめんね、祥平君。子供扱いされたらもう嫌な年だよね」
「あ、全然僕は気にしてませんから。・・・ええと、そのぅ・・・、僕も少し嬉しかったし・・・」
 その途端、みちるさんは机に突っ伏してわなわなと身体を震わす。
「・・・・・・・あああああああ、もう、どうしてそういうオバハマのツボを刺し抜く台詞をポンポン吐くかなぁ・・・。優華先輩、いいなあ・・・いつもこんな素敵な子に、かしづかれてるなんて・・・」
 途端に優華さんは目を三角にして、
「かしづかせてなんかいないわよ!もう怒った。みちる、明日から一週間、一人だけ最初のジョギング倍にするからね」
「ええ、そんなご無体なあ。ブチョー、なんとかいってあげてくださいよ〜、フクブチョーが横暴ですよー、公私混同ですよー」
「却下。今のはみちるが悪い」
「うわ”」
 奇声とともにへこたれるみちるさん。

 ・・・なんか僕が何かを言うたびにみちるさんは大変なことになるし、優華さんは妙にきつい目線で僕を睨みつけるわ不機嫌になるわなので、僕は黙ってることにした。
 

 その後しばらくは雑談が続く。ケーキは美味しいしココアは暖かいし、それに三人の会話を聞いていると楽しくて全然飽きなかった。まあ、その間もみちるさんの悲鳴やら弥生さんの冷静な突っ込みが絶えなかったんだけど、三人がとても仲良しだということは、僕にもすぐにわかった。



 ちょっと会話が途切れ、全員が飲み物の残りを飲んでいると、優華さんがふと窓を見る。赤白緑のスプレーで飾りつけをしてある窓には、サンタクロースやもみの木、雪をイメージしたディスプレイになっている。
 そんな優華さんを見て、みちるさんは、
「あーあ、そういえばそろそろクリスマスですねー」
「あともうちょっとあるよ?」
「んー、でもそんなのあっという間ですしねえ・・・今年も早かったなあ・・・」
「そうだね」
 優華さんと弥生さんが何とは無しにそのディスプレイに見入っていると、
「さーて、学園内のトップ2の美貌を争うお二人のクリスマスイヴのご予定は?」
 テーブルの上から上目遣いでみちるさんがいたずらっぽくテーブル越しに向かいの二人を見やる。
「私は実家の手伝い」
 弥生さんはそっけなく返事をする。
 一瞬優華さんは僕のほうを見て、
「・・・私も・・・うーん、・・・料理とか、姉の手伝いしなくちゃいけないし・・・」

 みちるはあからさまに不満そうに頬を膨らませた。

「あーーー、もう、何ですか先輩方。それが我がチアリーディング部の誇る才色兼備の乙女のクリスマスの過ごし方なんですかぁ?もっとウブな後輩が胸ときめかせて顔を赤面させちゃって、教育委員会のオバハマ達がぶち切れちゃうようなどきどきの展開、ないんですかぁ?」
「みちる。ジョギング、さらに5周追加」
「う”わ”」
 弥生さんの言葉に、みちるさんはまた凹んだ。なかなか忙しい人だ。


「クリスマスって、プレゼントもらえるだけじゃないんですか?」

 僕が間の抜けた質問をすると、テーブルに突っ伏して凹んでいたみちるさんはすぐに元気にぴょんと跳ね起きて、きらーんと目を輝かせ、指を振った。

「ふっふっふ。祥平君、ぐっどくぇすちょんだよ。大人のクリスマスにはね、サンタさんからプレゼントをもらうよりずっとずっと大事なイベントがあるのだよ」
「え。それってどんなんなんですか?」
「それは・・・・・・自分の愛する人と二人っきりで熱い夜を過ごすこと♪これよ!」
「熱い夜??冬なのに??」

 輪をかけて間抜けな僕の反問に、みちるさんはアイドルのように歌つき振り付け付きで応える。

「そう、冬なのに。ああ冬なのに〜♪。この地に積もる雪を全て溶かしてしまうような熱い愛を、想い合う二人が交わす。これが、大人の正しいクリスマスの過ごし方なのよ!」
「・・・そうだったんですか。知りませんでした」

 自信満々に断言するみちるさんの言葉に僕が馬鹿みたいにうなずくと、優華さんはそれをさえぎるかのように唸り声をあげる。

「なーーーーーーにあることないことを教えてるの!祥平君!みちるの言うことなんか、真に受ける必要ないからね!嘘ばっかなんだから。子供はそんなこと知らなくていいの!!」

 顔を真っ赤にしてまくしたてる優華さんに、みちるさんは意地悪そうに目を細めて笑う。

「おんやぁ?優華お姉さま。自分の可愛い弟が汚されるのがいやなんですかぁ?いやいや、いくら可愛くてもいつかは彼も優華お姉さまの手を離れて大人の男になるんですから、きちんとAtoZを教えてあげないと・・・。何なら祥平君、私が大人の正しいクリスマスの過ごし方、身体を張って教えてあげるよ?祥平君だったら、私、全然OKだなぁ・・・」
「な、な、な・・・」
「へへー。こればっかりは血の繋がった優華お姉さまには教えられないことだからねー。よかったー、祥平君と姉弟じゃな・く・て♪」

 みちるさんはいたずらっぽく、だけどすごく色っぽい目で僕を見る。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆☆☆!!」

 優華さんは金魚みたいに口をぱくぱくさせてるけど、言いたいことがいえないみたいで、声が出てこない。
 なんだか優華さんが心配になってきたので、僕は慌ててフォローする。

「・・・あ、でも・・・僕、みちるさんと会うの初めてだし・・・好きとか愛しているとか、よくわからないし・・・」
「あ、ショック。祥平君。そんなに私に魅力が無いのかなあ・・・」

 みちるさんはいじけてみせる。

「いや、魅力がないだなんて、そんな・・・でもこういうことはもう少しお互いのことをよくわかりあってからのほうが・・・」
「ううーん、祥平君のそういう硬派なところもかっこいいなあ・・・ますます惚れちゃうなぁ・・・」
 みちるさんが僕にしなだれかかってるにつれて、優華さんから漂う怪しげな気配がますます濃くなって僕にびんびん伝わってくる。

 まずい。このままだと大変なことになりそうだ。
 その時、発火点に近づきつつあるこのテーブルで、唯一人黙っていた弥生さんが、優しい目をして静かに口を開く。
「祥平君は好きな人、いるの?」

 ふと、僕の頭の中に、優華さんが同級生の男の人と仲良く話す姿が、なぜか思い浮かんだ。

 僕は、つい、
「え、ええと・・・・・・います」
 途端に優華さんは凍りつき、みちるさんは「おー」という顔をする。みちるさんはすかさず、
「ふぅん、そうだよね。祥平君くらいの年になれば好きな人の一人や二人はいるよねえ・・・。で、誰?お姉さんに教えてごらん?学校の同級生?それとも先生?」
「あ、ええと・・・あの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・秘密です」

 あわててごまかす僕に、みちるさんは、

「お、そう来るか。うーん。上手くはぐらかされちゃったなぁ・・・。まあいいや、少年。頑張れよ。みちる姉さんはいつでも祥平君を応援しているぞ。ダメだったらいつでも慰めてあげるからね♪」

 そういうとぽんと僕の肩を叩いた。

「あ、ありがとうございます・・・」

 僕とみちるさんがそんなやりとりしている間、優華さんは顔を真っ赤にしたまま所在無くうつむいたままで、そんな僕たちを弥生さんは興味深そうに見つめていた。











 もともとぎくしゃくしていた優華さんと僕との関係は、あの喫茶店の一件以降、なお一層ぎこちなくなっていた。優華さんは僕にだけ妙に無口だったり、やたらつっけんどんな対応をしたり・・・。


 そんな二人のやりとりを唯さんも気にしていたらしい。
 リビングルームでみんなのの洗濯物を畳んでいた唯さんは、独りぼんやりテレビを見ていた僕にひそひそと尋ねてきた。
「祥平君。最近、優華と何かあったの?」
「え?な・・・なんのこと?」

 僕はごまかそうとしたけど、

「だーめ。祥平君。私達家族だよ。隠し事は無し、ね?それに祥平君。いい子だから、すぐに顔にでるし。よかったら、少し話してみない?」

 唯さんの微笑みに、僕は背中を押されるように、ぽつり、ぽつりと、
「・・・僕にも理由はよくわからないんですけど・・・」

 ただ、どうもあの日の喫茶店でのおしゃべり以降どうもおかしい、ということで、そのときの会話の内容をかいつまんで話した。
 それを唯さんは聞いて「あ、そうなんだ、そんなことがあったんだ・・・」とクスクスと笑った。
「唯さん。僕、優華さんを怒らせるようなこと、言っちゃったんでしょうか?」

 僕の疑問に唯さんは首を大きく横に振った。

「全然。祥平君は全然悪くないんだよ。まあ優華も、豪胆なようでいて意外にナーバスなところがあるからねえ・・・。そっかそっかぁ・・・」

 唯さんは一人そうやって納得していたかと思うと、腰を落として、僕に目線を合わせる。

「祥平君。優華、しばらくとんちんかんなままかもしれないけど、許してあげてくれないかな。優華ね。祥平君のお姉さんにならなきゃ、祥平君を大事にしなきゃ、とずっと思ってたから、ちょっと寂しいんだよ。今まで独り占めしていた祥平君が他の人に大事にされちゃたり、祥平君に他に大事な人ができちゃったりするのが、祥平君が遠くにいっちゃうみたいで・・・でも、優華、意外と素直じゃなくて自分の本音を言えなくて溜め込んじゃうタイプだからねぇ・・・」
「え、あ、あれは、その・・・」

 口からでまかせでした、と言おうとしたのに、唯さんは意地悪そうに笑って、

「ううん、いいのいいの、祥平君は祥平君の好きなようにしてくれれば。・・・あ、そうそう、私がこんなこと言ってたなんて優華が知ったら怒るから、祥平君、今の話は私と君との間の秘密だよ。いいわね?」
「あ・・・・・・はい・・・・・・」

 僕はちょっと後ろめたさを残しながらも、唯さんの言葉にうなずいた。

「じゃ、折角だから祥平君。洗濯物、優華の部屋に持ってってくれない?ついでだからさ、洗濯物にかこつけて、少し優華と話してきたら?」
 石鹸の香りがほのかにする洗濯物が満載になった籠が、僕の両手に載せられた。





「・・・・・・ふと思ったけど、これって単なるお手伝いなんじゃ・・・」

 階段を半分以上昇ったところで僕は唯さんに乗せられたことに気がついたが、今更後には戻れない。
 ふと目を籠にやると、丁寧に畳まれたトレーナーやシャツの山の下から、色とりどりのブラジャーや下着が顔を覗かせている。

 僕はなるべくそれらを見ないように、転ばないようにそろそろと歩いて優華さんの部屋の前にやってきた。
 
 軽くドアを押すと、ドアは中途半端に閉まっていたのか、音もなく開く。
 ノックをしようにも手がふさがってるので、
「優華さん、入るよ〜」
 僕は声をかけてドアにぶつかって部屋に入る。

 部屋は真っ暗だった。
「優華さん・・・?」

 籠を床において、ベッドに近づくと、ベッドの上には普段着の優華さんが小さな寝息を立てて眠っていた。
 
 ここ数日優華さんは朝練、午後練と忙しくて、土曜も出ていたくらいだから疲れていたんだろう。僕の声にも気づかないで眠ったままだ。

 ぶる。

 少し僕は震えた。もう秋というよりは冬。夜になると部屋の中は壁越しに冷気が染みこんでくる。

 優華さんは薄手のタートルネックに短いスカート。白い太腿が暗がりでもまぶしい。
 火の気の無い暗い部屋で、こんな服装で上掛けも掛けず寝ていたら確実に風邪をひいてしまう。

 僕は優華さんを起こさないように、優華さんの体の下にある毛布をそろそろと引き出して、優華さんの上に掛けようとして・・・。

 ふと、その毛布の下に、白い布きれがあることに気がついた。

「・・・?」

 僕はその布きれを拾い上げる。白い布。穴が二つ・・・いや三つ・・・。よく見覚えがある形。

 そう、パンツだ。

 僕は思わず顔を真っ赤にしてそれを元のところに戻しかけ、ふとその手を止める。


 穴が三つ?


 僕はもう一度まじまじとそのパンツを見る。
 男モノだ。前に穴がある。
 
 優華さんのパンツかと思ったけど違う。この家で男モノのパンツを使ってるのは僕だけ、のはず。うん、多分じゃなくて絶対そうだ。

 洗濯物に紛れて間違って持ってきてしまったのだろうか。
「それにしてもなんでベッドに・・・」
 
 その時、


「ん・・・誰・・・?」

 ベッドの上の優華さんが目をこすりながら身体を起こし、僕の目の前に眠そうな顔を持ち上げ・・・。

 パンツを持った僕と視線が合って、二人とも硬直。

「しょ、しょうへいくん・・・な、なんで・・・・・きゃ・・・」
「『優華さんは僕のお人形さん!』」
 優華さんの叫び声よりも僕の発するキーワードは僅かに早く、優華さんの体と意志を縛り上げた。途端に、優華さんの体が動きを止める。目は見開き、口が開きかかったままで。

 僕は矢継ぎ早に、

「優華さんは眠ります。今すぐ。凄く深い眠りにつきます・・・1、2のさん!」
 僕がパンと手を叩くと、優華さんの体から力が抜け、ベッドに倒れこむ。僕は優華さんをベッドの上に寝かせて上掛けをかけてあたふたとクローゼットの中に飛び込んだ。

 唯さんに聞こえたかもしれない。僕は心臓をバクバクさせて時間が過ぎるのを待つ。


 1分・・・2分・・・。


 だけど唯さんはこなかった。


 僕はクローゼットの中からおそるおそる出て、再び優華さんの元に近づく。優華さんは身体を丸めるように目を閉じて、・・・それこそ僕がこの部屋にきたときと同じように眠っている。



 ・・・間違えて紛れて持って来てしまったんだろう。それ以外に説明がつかない。
 とりあえず、ここにあったものが別の場所に動いていたら、それはそれでややこしくなる。
 
 置いておけば、多分、僕のタンスに戻すか、洗濯機に入れなおしてくれるだろう。

 僕はその自分の下着を、もとあった場所に・・・それこそ表裏も間違えないように慎重に置いて、そっと優華さんの部屋を出た。

 
 ・・・結局、慌てすぎて、優華さんと話すどころではなく、唯さんの計らいをフイにしてしまった。







 今まで仲が良かった姉弟が、思春期を迎えるとお互いの性差を自覚したり、あるいは姉弟で仲良くすることが恥ずかしくなって、小さい頃のようにベッタリでなくなる――。


 今でこそ、当時の自分たちについてそんな風に一般論として訳知り顔で言うことができる。


 だけど、

 僕と優華さんは、いわゆる普通の姉弟ではなかった。



 一つは、僕が後から『家族』になったから、小さい頃から・・・というより、思春期の入り口で血のつながりの無い『家族』である優華さんに出会ってしまったこと。
 二つ目は、催眠を通じて、優華さんを『支配』できたこと。



 僕にとって、優華さんとの関係がぎくしゃくすることは、この高坂家での居場所を失うことだった。

 だから、僕は優華さんと、なんとしてでも仲直りがしたかった。・・・それが多少いびつであっても。
 

 今思えば、この日が僕のこれまでの人生で相当大きな分岐点だったと思う。
 

 でも、


 それも、今だからこそ訳知り顔で言うことができることだ。











「おにーちゃーん、とらんぷしよー」

 瑠美ちゃんがトランプをもって僕の部屋にやってきたのはあくる日の日曜日の午後だった。


「いいけど・・・。でも二人で何するの?あんまり二人でやるトランプってないよ?」

 ババ抜きを二人でやっても誰にババがあるかすぐわかっちゃうし、大富豪をやったら手札がどっさりでトランプを持ってるだけでくたびれてしまう。二人でやれるトランプといったらスピードくらいだけど、瑠美ちゃんはすごくのんびりなので、スピード、という感じがしない。

「んー。じゃあ、お姉ちゃんといっしょにやろ?ね?」

 瑠美ちゃんは僕の袖を引っ張る。

 今日は唯さんは仕事て出かけて夜遅くまで帰ってこない。家にいるのはあとは優華さんだけだ。
「え・・・あ・・・でも優華さん、多分部活で疲れてるから・・・」

 優華さんは土曜日も結構遅くまで部活をしていた。こんな日は優華さんは次の日昼寝をしていたりする。
 

「んじゃー、きいてくるね?」

 瑠美ちゃんはとてとて、と2階に上っていく。

「ちょ、ちょっと・・・」

 いや、本当は僕は今優華さんとあんまり顔を合わせたくないから・・・。
 僕が瑠美ちゃんを追いかけると、
「おねーちゃん、とらんぷしよー」
 瑠美ちゃんが優華さんの部屋のドアをこんこん叩くと、ドアが開いて、優華さんが顔を見せる。
「ん、いいよ」
 トランプを差し出す瑠美ちゃんを見て微笑む優華さん。だけど、その視線が廊下に立っている僕と交わったとき、優華さんの顔は少し強張った、気がした。

 僕はもうそれだけで回れ右をして下のコタツの中にもぐりたくなってしまったんだけど、
「お兄ちゃん、お姉ちゃん大丈夫だって。ね?とらんぷしよ?」
 瑠美ちゃんの嬉しそうな顔に僕は嫌だとは言えなかった。





「あーい、瑠美ちゃんのかちー」

 ババ抜き、神経衰弱、七並べ・・・。
 コタツを囲んだトランプを始めて20分ほど経った。初めは僕と優華さんばっかり勝ってたけど、次第に勝負はとんとんになってきている。
 
 瑠美ちゃんはまだまだ子供だから、例えばババ抜きなんかやってて、僕がババを引こうとするとすごく嬉しそうな顔をして、違うカードをひこうとすると眉間にしわを寄せる。本気でやったら勝負にならない。

 最初の頃はそれなりに二人とも真面目にやってたんだけれど、そろそろ潮時かな、ということで瑠美ちゃんに勝ちを寄せてあげる。ここらへんは僕と優華さんはあうんの呼吸だ。瑠美ちゃんは絶対に自分が勝って無いとゲームを終わりにしないから。


 優華さんも意外に普通だ。普段のぎこちなさは消えて、いつもどおりの優華さん。瑠美ちゃんとトランプがちょうどクッションになってるからなのかもしれない。


「いやー、瑠美ちゃん強いねえ。さっきから連勝街道ばくしん中じゃない」
「ほんと、瑠美、強いねー」

 そう言って、僕がトランプの山を崩しシャッフルをしようとすると、瑠美ちゃんは突然、むー、と口を尖らせて、

「・・・ねえ、おにいちゃん、おねえちゃん。ひょっとして、わざとまけてない?」

 ぎょっとした僕は慌てて、
「え?いや、そんなことないよ。ねえ、優華さん」
 突然話を振られた優華さんも、
「そ、そんなことないよ。ねえ〜」
 ニコニコする僕たち二人に、
「んー。なんかふたりともあやしー・・・」

 じとー、と僕らのことを見ていた瑠美ちゃんは、

「じゃあ、『おうさまルール』にしよ!」
「お、おうさまるーる?」


 瑠美ちゃんが言うには、ゲームに勝った人は『王様』。そして負けた人は『どれい』。『王様』は『どれい』に命令ができる。どんな命令でも、それを拒否しちゃだめ。それが『王様ルール』。瑠美ちゃんの学校で流行ってるみたいだ。


 まあ優華さんは常識的にいってそんな変な命令をするわけもないし、瑠美ちゃんもそうだろう。第一、ちょっと本気を出せば瑠美ちゃんに負けることは無い。

 と、いうわけで、王様ルールが導入されたわけだが。


「わったしのかちーーーーー!じゃあ、めいれ〜!おにいちゃん、あおじるのむのー」
「・・・ぐ・・・」

 なぜか王様ルールを導入した途端、瑠美ちゃんは鬼神のように勝ち始めた。もう三連勝。
 あれかな、ひょっとしたら瑠美ちゃんにはギャンブラーの素質があるのかもしれない。モノがかかると滅茶苦茶な強さを発揮するというやつ。
 

 僕の目の前には唯さんが怪しい通信販売で買った青汁。どろーっとしていて、見るからに美味しくなさそう。
 
 
「る、瑠美・・・ちょっと可哀想なんじゃないかな・・・」
 優華さんが弱々しく言う。そんな優華さんは、部活で使ってるチアリーダーの服を着ている。瑠美ちゃんが「命令」したからだ。胸元が切り込んでて、細くて白い腕と太腿が剥き出しになってるその格好はすごく・・・って今はそんな場合じゃなくて・・・。
「だーめー。これはルールなんだからー」
「・・・わかった。飲むよ・・・」

 僕はぐっとグラスを握ると、鼻をつまんでいっきに青汁を胃袋に流し込む。むせかえる青臭い匂いと、ぶつぶつした喉ごしが気持ち悪い。

「わー、すごーい。おにいちゃん、さすがー」
「・・・・・・・」
 僕は黙って立ち上がると、慌てて台所に駆け込んだ。



「祥平君。顔。青いけど大丈夫?」
「・・・大丈夫です」
 口をゆすぐために水道水をがぶ飲みしたせいでおなかがたぽたぽいってるけど、そんなくらいでへこたれてはいられない。
「♪よわい〜よわい〜おにいちゃん〜どうしてそんなによわいのか〜♪」
 『もしもし亀よ』の替え歌を歌う小悪魔に天誅を食らわせるべく、僕は黙々とトランプを切る。



 ついに本気を炸裂させた僕はそれから、大逆襲をはじめた・・・と言えればかっこよかったんだけど、瑠美ちゃんのツキは止まらず、それから数回の負けの後、ようやく僕は勝利を得た。

 ちなみに僕は今頭にネコ耳をつけられている。瑠美ちゃんが買った奴だ。これも暴君瑠美王の命令だったりする。


 今までの罰ゲーム――青汁、肩もみ、逆立ち1分間、そしてネコ耳の恨みを晴らすべく、瑠美ちゃんに、

「よし。じゃあ命令!今度は瑠美ちゃんがネコの番。この耳をつけるの!」
「えー」
 瑠美ちゃんはあからさまに嫌そうな顔をする。

「おにいちゃんそうやって、るみをすぐこどもあつかいするー。るみこどもじゃないもん」

 前、テーマパークでおみやげに買ったネコ耳をつけていた瑠美ちゃんを僕はちょっとからかったんだ。そしたら瑠美ちゃんはひどく怒って、それっきりこのネコ耳はお蔵入りになってしまった。

「・・・えっと・・・ぼくは瑠美ちゃんよりこどもじゃないんだけどな・・・」
 とネコ耳をつけたままつぶやく僕。

「瑠美。自分ばっかりずるいよ。ルールでしょ?ルール守らなきゃ悪い子、め、よ?」
「るみ、わるいこじゃないよ!わるいこじゃないけど・・・」
 優華さんもたしなめるけど、瑠美ちゃんはなかなか首を縦に振らない。よほどあの時僕にバカにされたのがくやしかったらしい。

「・・・じゃ、こうしよう。瑠美ちゃん。僕の目を見て」
「え?」
「これは命令。瑠美ちゃんは僕の目を見る。それともネコ耳がいい?」
「・・・うん。わかった・・・」
 瑠美ちゃんは、僕の前にちょこんと正座をして、僕の目をじっと見つめる。
「そう、もっと、・・・もっとじぃっと見る・・・」
 瑠美ちゃんの瞳の動きが止まる。
「そう・・・そのまま・・・もっともっとじーっとじーっと・・・・・・・・・ああ、だめだめ、よそ見しちゃ。見てなきゃずるになるよ?瑠美ちゃん」
 一瞬目をそらしそうになった瑠美ちゃんが僕の声に再び視線を戻す。
「・・・るみ・・・ずるしないもん・・・」

 でも、その声と瞳は、少しねぼけたようにとろんとしたものになってきている。そのことに、そのわけに、僕だけが気がついてる。

 僕はにっこり微笑みながら、
「そうだね、瑠美ちゃんはずるなんかしないよね。ルールは守るいい子だもんね・・・そう・・・もっと僕の目を見て・・・瑠美ちゃん、自分の顔が映ってるよね・・・そう・・・僕の目の中の瑠美ちゃんを見てると、だーんだん瑠美ちゃんのまぶたがおもーくおもーくなっていきます・・・そう・・・おもい・・・めがぱちぱちしてきます・・・だんだん僕の目を見ているのが大変になってきます・・・・・・でも見てなきゃだめ・・・見てなきゃずるだからね・・・まぶたが重いけど頑張んなきゃだめ・・・そう・・・頑張れば頑張るほど重くなる・・・」

 ずるになるまい、と瑠美ちゃんは一生懸命だけど、瑠美ちゃんのまばたきの回数は一層増している。

「もう我慢できない・・・瑠美ちゃんは僕が三つ数えると、そのまぶたがストーンと閉じちゃいます・・・目を閉じるともう何にもわからなくなる・・・頭の中が真っ白になっちゃう・・・でもとっても気持ちいいよ・・・すごーくすごーくあったかくて安心できる・・・・・・さぁ・・・数えるよ・・・いち・・・にの・・・さん!」

 僕がパンと手を叩くと、瑠美ちゃんのまぶたはすぅーと閉じられ、そのまま僕の方に倒れてくる。僕は瑠美ちゃんの身体を抱きかかえて、そのまま瑠美ちゃんの身体を揺らしながら、

「はい、瑠美ちゃんはもうなんにも分かりません・・・ふかーくふかーく・・・海の底にいるように深い眠りに落ちていきます・・・」

「あ、あの・・・祥平君・・・これって・・・」

 ようやく事態が普通でないことに気がついた優華さん。

 でも優華さんには、瑠美ちゃんにやったような手間は必要ない。

「・・・『優華さんは僕のお人形さん』」

 僕が一言言うと、優華さんの瞳から光が消え、そのまま凍りつく。

「・・・・・・僕はいつでも二人の王様になれるんだよ。わかった?瑠美ちゃん、優華さん・・・」

 そう言って、すぅすぅ眠る瑠美ちゃんのほっぺにキスをする僕を、優華さんはただ虚ろに眺めるだけだった。






 別にこのまま二人にエッチなことをしよう、とか、そんなことをしようと思ったわけではない。もうそれにはこりごりだ。


 いや・・・エッチなことは・・・もちろんちょっとはしてみたい。チアリーダー姿の、虚ろな眼をした優華さんを見てるだけで、実は僕のおち○ちんはちょっと堅くなってしまってる。

 でも、今日はそういうことはしない。
 ただ、『王様ルール』をもっと『公平』にするために、ちょっと工夫をしておくだけだ。

「二人ともこれから僕が三つ数えると、目を覚まします。目を覚ますと、僕がゲームに勝って『王様』になったところまで時間が戻ってしまいます。さっき僕が瑠美ちゃんに命令したことも、ぼくが優華さんに言った『言葉』のことも、二人はすっかり忘れてしまいます。ただし、これから『王様』が命令したことは、どんな命令であっても、二人は逆らえません。それは僕が王様になったときもそうだし、瑠美ちゃんや優華さんが王様になったときもそうです。そして、今の言葉も、目を覚ましたときには忘れてしまいます・・・いいですね?」
 
 瑠美ちゃんと優華さんはぼんやりした表情でうなずく。

 これで公平。僕がいう命令だけ絶対服従でもよかったけど、それだとズルになるから、優華さんの命令も、瑠美ちゃんの命令も絶対にしておく。

 

「じゃあ、いち、にの・・・さん!」

 ぱん。僕は再び手を叩く。

 二人ははっと目を見開いて、まばたきをしたり、きょろきょろしたりしてる。

「はーい、じゃあ、僕が王様だよ。いいよね?」
「・・・うん、でもへんなのいやだよー」
 ほっぺを膨らませて言う瑠美ちゃんに、ぼくはにんまりして、
「じゃ、瑠美ちゃん。このネコ耳つけて」
「えー」
 瑠美ちゃんはやっぱり嫌そうな顔をする。
「瑠美ちゃん。『王様の命令』だよ?」
「あ・・・」

 瑠美ちゃんの瞳の色が一瞬虚ろになって、瑠美ちゃんはそのままゆっくり僕の手にあるネコ耳に手を伸ばそうとする。

「あ、ちょっと待った。瑠美ちゃん。このネコ耳は魔法のネコ耳でね、女の子がつけると、本当にネコになっちゃうだよ?」
「え?」

 瑠美ちゃんがびっくりして目を見開く。

「でも大丈夫。外したらすぐに人間に戻れるからね。はい、じゃあ命令。瑠美ちゃんはこのネコ耳つけてかわいいかわいい子猫になる。王様の命令だから逆らえないよ?はい!」

 僕が手を叩くと、瑠美ちゃんは一瞬びくっと身体をふるわせると、ゆっくりと視線を再びネコ耳に戻す。その瞳からは光が喪われている。もう今度は嫌がりもしない。だだもこねない。ただ、僕が言うとおり、ネコ耳を手に取ると、それをゆっくり自分の頭につける。
 
 白いふさふさの毛がついたネコ耳カチューシャが、瑠美ちゃんの頭の上にのった。とてもよく似合う。

「瑠美ちゃん。おいで」
「・・・にゃー・・・」

 僕が呼ぶと、瑠美ちゃんはそのまま僕のひざまで四つんばいになってとことこ歩いてきて、そのまま僕に抱きついてくる。

「なー・・・なー・・・」

 ネコの鳴き声をしながら、瑠美ちゃんはぼくのほっぺたをぺろぺろと舐める。

「くすぐったいくすぐったい。瑠美ちゃん・・・じゃないね、もうネコなんだから。ミーちゃんにしようか、ね、ミーちゃん?」
「なー」
 ぼくが喉を撫でると、瑠美ちゃんは嬉しそうに鳴いた。

「あ・・・あれ・・・」
 瑠美ちゃんがそのネコ耳をつけるのを嫌がってるのをしってる優華さんは、すすんで猫耳をつけてネコになりきった瑠美の様子に驚いている。

「はい、ミーちゃん。ねこじゃらしー」
 僕がふさふさの毛のついた棒を揺らすと、瑠美ちゃんはそれをつかもうとくるくる回る。
 ぼくはごろごろ言って甘えてくる瑠美猫をぎゅっと抱きしめる。瑠美ちゃんの甘い匂い。その体温が僕の身体に伝わってくる。


 その子猫になった瑠美ちゃんの姿を見て、僕もようやくいままでの鬱憤が晴れた。

「はい、じゃあ終わりにしようか、瑠美ちゃん、お疲れ様でした」
 と、言うと、僕は瑠美ちゃんのネコ耳を取る。
 途端に、瑠美ちゃんの瞳に光が戻って、
「あ、あれ・・・・・・・・・・あれれれ?」
 四つんばいになってる自分の状態に、首をかしげている。

「じゃあ、次のゲーム、やってみようか?」

 僕はトランプを再びきる。

「うーん、でもそろそろ暗くなってきたから、終わりにしようか?私宿題も残ってるし・・・」
 優華さんの言葉に、
「えー、おもしろいのに、やめるのやだー」
「で、でも・・・」
 まあ確かに瑠美ちゃんは勝ちまくってるから面白いかもしれないけど、やられるほうはたまったものではない。
 ただ、僕も折角命令が絶対になったんだから、もうちょっと遊んでみたかった。
「優華さん、じゃあ、あと3回だけ、ね?」
「・・・うん、わかった」
 しぶしぶうなずく優華さんに、僕はトランプを配る・・・。


 ・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・・・・・・・。

 再び勝ったのは瑠美ちゃんだった。


「やったー。るみがおうさま〜」
「うう・・・」「うーん・・・」

 呻く年長組二人をよそに、『瑠美王』は少し考えた後、ちょっと真剣な顔で、

「じゃあ、めいれーい。ね、おにいちゃん。おねえちゃん。なかなおりして」
「「え?」」

 ハモる僕たち二人に、瑠美ちゃんは、たどたどしく、だけど一生懸命考えながら、

「んとね、るみね、おねえちゃんとおにいちゃんがなかよくなきゃ、いやなの。ふたりがつんつんしてると、るみ、なんかすごくいやなきもちになるの」
「い、いや、僕別に優華さんと喧嘩なんか・・・ねえ」
 優華さんに僕が振ると、
「そうそう。別に祥平君と私、全然仲悪く無いよ?」

 慌てる僕たちに、上目遣いの瑠美ちゃんはちょっと涙目になりながら、

「・・・う”〜。そうかな〜。なんかおねえちゃんとおにいちゃん、ちかごろ、ちょっとへんだもん。まえはもっといろいろしゃべったり、あそんだりしてたし・・・。るみがなかまはずれになるのはいやだけど、ふたりがなかよしじゃないのはもっといやなの・・・」


 考えてみたら、留守がちの唯さんが感づいているくらいだから、確かにいつも家にいて僕と優華さんのことを見てる瑠美ちゃんが気づくのはあたりまえなのかもしれない。

 
 僕のいらいらが、瑠美ちゃんまで嫌な気持ちにさせてるなんて、全然考えたことがなかった。
 すごく僕は恥ずかしくなった。



 優華さんは瑠美ちゃんの鼻にティッシュをあてて、
「瑠美、泣かないの。あのね、お姉ちゃんと祥平君は、全然仲悪くないよ」
「・・・本当?」

 ちょっと赤い目をしている瑠美ちゃんは鼻をすするながら、僕と優華さんの顔を代わる代わるみている。

「もちろん」
 優華さんはにっこり笑って、
「ごめんね。心配させちゃって」

 そう言って優華さんは瑠美ちゃんをぎゅっと抱きしめてあげている。

「安心した?」
「・・・うん」

 僕がほっとしてみていると、瑠美ちゃんは、にこ、と笑って、

「じゃあ、めいれ〜い。おねえちゃんとおにいちゃん、キスして」
「い”」
 僕は思わず濁った声をあげる。
「な、なんで?僕と優華さんは喧嘩してないって・・・」
「うん。だからキス。できるでしょ?けんかしてないんだから」
「・・・・・・・・・・・いや、それはちょっと・・・・・・」
「えー、でもテレビでね、なかよしのおとこのことおんなのこはキスするんだって、いってたよ?」
 あーあーあー。マスメディアの害毒がこんないたいけな女の子の精神まで蝕んでる。

 僕がちょっと大人ぶって瑠美ちゃんに正しい知識をレクチャーしようと口を開きかけたその時、

「祥平君・・・」

 今まで黙っていた優華さんの声がする。

 その声は、普段の優華さんとは違う声。でも、聞き覚えがある声。

 
「・・・・・・・・・私達・・・瑠美ちゃんのお手本だから・・・ルールは、守らないと・・・」

 僕が優華さんの方を見ようとしたとき、目の前には既に優華さんの顔が来ていた。

 熱い吐息。潤んだ瞳。ふるえる長い睫毛。

 そう、今まで2回、目の当たりにしたことがある。『スイッチ』の入った優華さん。

 僕は慌てて、
「ちょ・・・ゆ、ゆうかさん、るみちゃんみてるし・・・」
「・・・だって・・・命令に従ったところ・・・王様に見てもらわないと・・・」
 優華さんの言葉はつじつまがとてもあってるようで、大事なところが全て吹っ飛んでる気がするんだけど、僕はうまい反論が思いつかない。
 ああ、でも多分何を反論してもダメだ。だって、今の優華さんにとって『王様の命令は絶対』なんだから。
 南無阿弥陀仏。僕はぎゅっと目を固く閉じる。

 1秒。・・・2秒・・・。


 あれ?


 僕が目を開くと、優華さんの顔は相変わらずそこにある。


 ただ、その表情は、・・・今にも泣き出しそうだ。


「・・・祥平君・・・」


 優華さんの身体は少し震えてる。


「・・・わたしと・・・キスするの・・・・・・・・・・・・そんなに、いやかな?」

 その不意打ちに、僕は無意識のうちに首を横に振った。

 その途端、優華さんの顔はほころんで、

「よかった・・・ん・・・んん・・・」 

 優華さんはそのまま僕を抱きかかえるようにして、その柔らかい唇を僕に押し当てた。
 油断してた僕はなすすべもなくそのまま押し倒される。

 
 本当に久しぶりに優華さんに抱きしめられながらキスされると、まるで唇から魂が抜かれてるみたいに僕はくらくらしてくる。
「ん・・・んん・・・ちゅ・・・ちゅぷ・・・」
「んく・・・んふ・・・ちゅ・・・」
 どちらからともなく舌を差込み、相手の舌を吸い、唇の柔らかさを感じる。甘い優華さんの唾が僕の喉に流し込まれる。僕もお返しに優華さんに流し込む。
 優華さんとのキスももうこれで3回目。優華さんがどんな風にされると気持ちよさそうにするのか、僕もだんだんわかってきてる。
「あん・・・んん・・・」
 僕は喉元から耳にかけての柔らかい優華さんの白い肌を手でさする。優華さんはこうされると凄く弱い。
「んあ・・・あ・・・」
 優華さんも僕の半ズボンの太腿に手を絡めて、そこから更に奥に・・・。


 と、僕はその視界の片隅に、ぽかーんと口を開いたまま凍りついている瑠美ちゃん大発見。


「・・・・・・・!」
 僕はあわてて優華さんから唇をはがす。ぼうっとした顔の優華さんは、その舌を唇の先から突き出たまま。その舌先から、唾がぽとっと床に垂れ落ちる。
「お、おわり、キス終わり、・・・でいいよね、王様!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 瑠美ちゃんは無言のまま、こくんと頷く。
「優華さん、終わりだって。はい、命令終了。解除。おしまい〜」
「あ・・・うん・・・」
 僕が優華さんをがくがくゆさぶると、優華さんの魂はようやくこの世に帰ってきたみたいに、まばたきを何度かくりかえす。
 

 慌てて瑠美ちゃんのフォローに入る僕。
「え・・・と・・・あのね、僕と優華さんは、仲良しだってこと、わかってくれた?」
「・・・うん・・・よくわからないけど・・・わかった」
 瑠美ちゃんは頷いた。その後、瑠美ちゃんは顔を赤くして、僕の耳元でひそひそと、
「・・・おにいちゃん、るみもおにいちゃんとなかよしだから、あとでおねえちゃんにしたみたいな、キス、してね?」
「あ、・・・うん」
 僕はとりあえずあいまいに頷いておく。・・・瑠美ちゃんのこの記憶は後で消しておかないと彼女の教育上問題になりそうだ。


 結論。瑠美ちゃんを王様にするととんでもないことになる、ということがわかった。
 とりあえず、あと2回。なんとか僕が勝って適当な命令でお茶を濁すことにしよう。


 ・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・・・・・・・。

「・・・よーし、私の勝ちーー!」
 次に勝ったのは優華さんだった。

 いたずらっぽい笑いを浮かべながら、優華さんは、
「どうしよっかなー。じゃあ瑠美。ネコになってみようかー」
「えー、また瑠美ネコなのー?」
 ちょっと口をとがらせた瑠美ちゃんだったけど、優華さんはネコ耳を瑠美ちゃんの頭に手早く乗っけると、瑠美ちゃんはあっという間に目から光が喪われる。
「はい。瑠美、おいで・・・」
「・・・なー・・・」
 四つんばいになった瑠美ちゃんは、とことこっと歩いて、優華さんの胸に抱きつく。
「かわいいねえ、瑠美・・・」
「・・・なぁ・・・」
 瑠美ちゃんは幸せそうな声を出してごろごろ喉を鳴らしていて、優華さんもとても優しい顔をしている。
「・・・瑠美ね、すごくネコがすきなんだよ」
 優華さんがぽつっと言った。
「だけどね、昔、うちで飼ってたネコが死んじゃったんだ。その時すごく泣いたの、瑠美」
「へぇ・・・」
「その時はもう大変だったんだから。『生き返らせてよー。天国からもどしてよー』ってだだ捏ねて、顔中ぐしょぐしょにして泣いてね。だから、今も瑠美、とてもネコ好きでしょ?」
「ああ、そうかも・・・」
 確かに瑠美ちゃんの部屋にはたくさんネコのぬいぐるみがあるし、さっきのネコ耳みたいに、瑠美ちゃんのおもちゃやお土産にはネコグッズがたくさんある。
「でも、こんなに好きなのに、もう一度ネコを飼いたい、とは言わないのよね。やっぱり死んじゃうのが嫌なんだろうなあ」
 優華さんは瑠美ちゃんの頬をぷにぷにと突っつく。優華さんに抱かれているうちに眠たくなってきたのか、瑠美ちゃんは幸せそうに目を細めている。
「・・・どうして死んじゃったんですか?」
 何気なく僕が聞くと、
「・・・うーん・・・あれ・・・・・・なんだったっけ・・・交通事故・・・いや、病気だったかな・・・」
 優華さんは首をかしげて、しばらく考えていたけど、申し訳なさそうに、
「ごめん。忘れちゃったみたい・・・」
「あ、ぼくこそごめんなさい。変なこと聞いちゃって・・・」
「あ、全然いいの。ただね、ああ、さっきネコになった瑠美を見て、ああ、瑠美はやっぱりネコ好きなんだなあ、っておもっちゃって。それに普段小憎たらしいこともあるけど、やっぱり瑠美って可愛いなあって・・・」
 と、優華さんは僕をみて、
「あ、祥平君。今、『なんて姉バカなんだ』と思ったでしょ?」
「え、全然。そんな。第一、優華さんは『叔母さん』じゃ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 優華さんのオーラの色が変わった気がした僕は、大至急大慌てで可及的速やかにフォローする。

「あ、あの、おばさんじゃなくて、その、瑠美ちゃんは唯さんの子供なわけで、で、唯さんは優華さんのお姉さんだから瑠美ちゃんは優華さんにとって姪なわけで、だから瑠美ちゃんにとって優華さんは、その、いわゆる、『叔母さん』なわけで、でも別に僕は優華さんを『おばさん』と思ってるわけじゃなくて、決して、その、あの・・・」

 しどろもどろになってる僕を見て、優華さんはいじわるそうに笑いながら、

「祥平くーん。女の子に面と向かって『おばさん』って言うときは少し慎重になった方がいいんじゃないのかなー?」
「・・・はい。ごめんなさい」
 しょんぼりする僕に、優華さんは手をひらひらさせて、

「うそうそ、祥平君がそんなつもりで言ったわけじゃないなんてわかってるから。本当に祥平君って、律儀よねー、すぐいじめちゃくなっちゃう」

 けらけらと笑う優華さん。

「で、話を戻すと、もー、私結構友達に瑠美のこと自慢してるだけどねー。みんな『優華は姉バカだからー』って。こないだ一緒になったみちるなんていっつもそれで私をからかってるんだから・・・」
「・・・・・・・」
「あ、祥平君のことも可愛いとおもってるよ。もちろん」
「・・・いいですよ、フォローしなくても。でも、瑠美ちゃん可愛いですもんね」
「あ、祥平君。もしかして、瑠美のこと、狙ってるんじゃないの?」
「え”。そんな、だって瑠美ちゃん、僕の妹だし・・・」

 慌てふためく僕に、うつむき加減の優華さんは、瑠美ちゃんの頭を撫でながら、少し小さな声で、






「・・・・・・・・・・・・・妹じゃなかったら・・・・・・・少しは考える?」







「・・・えぇと・・・」
 なんというか、『はい』と答えても『いいえ』と答えても、まずいんじゃないか、と僕の直感的危機回避本能が警報を鳴らしたので、

「・・・わかりません・・・」

 内容の無い返事。だけど、僕のその返事の内容を分析するかのように、すごく長い間をあけた後、優華さんは短く、一言。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう・・・・・・」

 その小さな声は行き所もなく宙に消える。そして静寂。

「・・・あ、あの・・・」

 その間に耐え切れなくなって思わず口を開くと、優華さんは突然クスクスと笑いはじめ、
「なーんて、ね。冗談よ冗談。そんなこと聞かれてもこまっちゃうよね、祥平君」
 顔を上げた優華さんは、いつもの優華さんだった。

 いつの間にか、瑠美ちゃんは寝息を立てている。

「瑠美ちゃん。寝ちゃいましたね」
「そうだね・・・・・・・・・・起こすのかわいそうだから、ベッドに寝かしてくるね」
 優華さんはそういうと、瑠美ちゃんを抱きかかえて瑠美ちゃんの部屋に連れて行った。

 
 一人残された僕は、ぷはーと息をつきながら、こたつの上のミカンをむく。



 ああ、なんだか昔の優華さんが戻ってきた。
 キスをしたときはどうなるかと思ったけど、最後の方の優華さんはいつもの優華さんだった。
 僕もいつの間にか、いつものぎくしゃくや胸ドキドキがなくなって、普通に優華さんと話せるようになっていた。

 僕はネコネコ瑠美ちゃんに感謝することにした。


 優華さんが瑠美ちゃんの部屋から戻ってくると、
「じゃあ、トランプ片付けちゃいますね」

 僕がそういってトランプを集めようとすると、優華さんは目をしばたたかせて、

「・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?トランプ、片付けちゃうの?」
「え、でも瑠美ちゃん寝ちゃったし・・・」

 もともと瑠美ちゃんの無理強いで始まったトランプだから、その言いだしっぺが寝てしまった今となってはやめても誰も文句は言わないだろう。




 言わないだろう、と思ってたんだけど。

 うつむき加減で表情の見えない優華さんのその声は、少し控えめで、でも確かな意志を持って訴えるように。










「・・・・・・だって、あと、一回。残ってるよ。『王様ルール』」












 二人でできるトランプは少ない。
 だから変則的な大富豪。
 3人いるものと仮定してカードを配って、そのうち2セットだけをそれぞれが持つ。
 こうすればお互いのカードを読みきることはできないし、カードの枚数も18枚と丁度いい感じになる。

 僕は手札を見る。結構2やらスリーカードが固まっている。ジョーカーも一枚。いい手札だ。

 でも今回の場合それがいいとも限らない。


 だって、王様ルールで命令するったって、優華さんになんの命令をしたものだろう。
 さっきの瑠美ちゃんのおかげで、仲直りはできちゃったみたいだし。
 
「はい、4のツーカード」
 優華さんのカードにぼくはカードを合わせていく。



 逆に。
 ・・・逆に優華さんが王様になったら、僕にどんな命令をするんだろう?
 僕が優華さんにできることなんて肩揉みとかマッサージとか、それくらいだ。


 
 優華さんは僕を抱きしめてくれた。僕を励ましてくれた。僕を叱ってくれた。僕を褒めてくれた。僕に笑いかけてくれた。・・・僕にキスをしてくれた。


 優華さんは僕にいろんなことをしてくれたのに、僕が優華さんにできるなんて、何も無さそうだった。



 互いに黙々と手札が減っていく。二人だから進みは速い。



 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。



 ・・・結局僕があっさり勝ってしまった。



「あはは、負けちゃった・・・。祥平君、強いなあ・・・」
「あ、ゆ、優華さん・・・」

 優華さんは手札を場のカードの中に入れてぐしゃぐしゃとかき混ぜてしまった。これで優華さんのカードの残りのカードがなんだったのかは、永遠に分からない。

「はーい、王様。何なりとこの優華にご命令を〜」
 両手をあげて、ちゃかすように優華さんは僕に言った。

「えーと・・・じゃあ、青汁、飲む?」
「え”。・・・ん・・・まあ、もしそれでいいなら、飲むけど・・・・・・」
 あからさまに優華さんは嫌そうな顔をした後、少し顔をうつむき加減にして、
「・・・そんなことに使っちゃっていいの?」
「ううーん・・・」
 確かに青汁を飲ますのに使うのはもったいない気がする。
 けどこうあらたまってしまうと、別に優華さんにしてほしいことなんて無い気がする。

 唯一、優華さんとしたかったこと――仲直り――は、さっきの瑠美ちゃんのはたらきで解決してしまったし。


 ふと、僕はさっき考えたことを思い出していた。



   優華さんは僕に何が一番したいんだろう?
 


 前に唯さんが言っていた言葉がふと頭に思い浮かんだ。
『優華、意外と素直じゃなくて自分の本音を言えなくて溜め込んじゃうタイプだからねぇ・・・』


 僕は少し考えた後、優華さんを見て、

「じゃあ優華さん。王様の命令です。・・・優華さん、優華さんが今僕と一番したいことを、僕にしてください」
「え・・・」
 優華さんは予想もしてなかったのだろう。目をしばたたかせる。何回かその命令を反芻する間があったあと、優華さんは猛然と、
「しょ、祥平君、そんなのずるいよ!」
 優華さんの異議に僕は、
「ずるくないよ。だって王様は何を命令してもいいんだから。はーい、優華さん、一番僕としたいことをして。ただし、照れたりするの、無し。どんなに恥ずかしくても、僕は優華さんがすることを受け入れるから。王様だし」

 命令させてやらせるのは簡単だ。だけどそれだと「命令されたから」と優華さんに言い訳をさせてしまう。
 催眠をかけてやるのも同じ。起きたときは覚えてない・・・そんなのは、つまらない。

 優華さんの本当の心を僕は知りたかった。優華さんが僕のことをどう思ってるのか。どれくらい大事なのか。僕はただの弟なのか。それとも、それ以上の何かなのか。優華さんの中でぼくはどれくらいなのか。


 だから、優華さんの心を、その行動で裸にする。

「はい、優華さんが一番したいことを・・・僕にしたいことを、優華さんはしてしまいます。今から三つ数えると、必ず身体が動いて、僕にしたいことをしてしまいますよー。じゃあ、一、ニの、三!」

 パチン。

 僕が手を叩くと、 
「あ・・・あ・・・あ・・・」
 優華さんが戸惑ってる。何か時々手がぴくっと動いたり、足がぴくっと動いたり・・・。


「しょ、しょうへい・・・くん・・・ちょ、ちょっと・・・」


 優華さんの体が動き始めた。その身体の動きにまだ心がついていってないみたい。なぜかぎくしゃくした動き。でも僕にゆっくりと、四つんばいになって近づいてくる。


「だ、だめ、だめだよ、祥平君・・・お願い、止めてよ・・・」
「止めてって・・・だって優華さんの身体でしょ?優華さんが嫌なら止められるんじゃないの?」
 僕はちょっと意地悪をして出来もしないことを言ってみる。
「う、うん・・・。・・・で、でも・・・あ、あれ・・・」
 優華さんが身体を強張らせて何とか動きを止めようとしている。でも、ちょっと動きが止まったと思ったら、その直ぐ後に反動で一気に身体が動いてしまう。二歩戻って五歩進む、っていうかんじ。

 やがて、ソファーを背に座っている僕に優華さんは覆いかぶさるような場所まで来てしまった。なんとか両手をソファーについて、僕に触れないようにしている。けど、その腕は細かく震えている。

「しょ、祥平君・・・お願い・・・もう止めて・・・」

 少し涙目になっている優華さんを見て、僕は少しいけないことをしている気になってきた。

 だけど、ここまで来ると僕は優華さんが僕としたいことが何か、大体見当がついている。

 さっき優華さんと僕は瑠美ちゃんの命令でキスをした。優華さんは、完全に嵌っていた。いつまでもいつまでもキスをし続けたいような・・・。

 多分、優華さんのしたいことは、僕を抱きしめるとか、僕とキスをするとか、そういうやつ。

 
 だとしたら、それはそこまで変なことじゃない、と思う。・・・まあ『大人のキス』はやりすぎかもしれないけど・・・。僕も優華さんに抱きしめられるのもキスをするのは・・・気持ちがいいし。もし『したいこと』でキスをしてくるなら・・・それは優華さんが僕を嫌いじゃない、ってこと。

 もしそうだとすれば・・・僕は、それだけで嬉しかった。



 でも、ちょっと優華さんを落ち着かせないと話にならない。
「優華さん、僕の目を見て」
「え・・・」
 優華さんの瞳が僕の顔を映し出す。
「少し深呼吸をしようか・・・息を吸って・・・はいて・・・吸って・・・はいて・・・」
 僕の呼吸に合わせて優華さんは息をする。
「さぁ、段々心が落ち着いてくる・・・大丈夫・・・大丈夫・・・優華さんは全然悪くないからね・・・これは『王様の命令』だからね・・・優華さんはしたいことをしていいんだよ・・・」
 僕は震える優華さんの頬を撫でながらそう囁く。
「・・・したいこと・・・?」
「そう、優華さんのしたいこと、それをしていいんだよ・・・誰も見てない。ここは優華さんと僕の二人だけしかいないんだから・・・」
「・・・二人だけ・・・誰もいない・・・」
 
 虚ろに僕の言う言葉を繰り返すにつれ、優華さんの瞳の色から、怯えが薄れて、次第に何か別のものに取って代わり・・・優華さんはそれでもしばらくこらえていたけれど、やがて目をつむって、
「・・・祥平君・・・・・・」
 優華さんは僕につかみかかるようにかき抱くと、そのまま僕をカーペットの上に仰向けに押し倒した。
「ゆ、優華さん・・・」
「・・・いや・・・しちゃだめ・・・なのに・・・だめ・・・・・・・いやぁ・・・・・・んん・・・んふ・・・あぁ・・・」

 優華さんは僕の太腿の間に自分の顔を押し当てて、ズボンごしに僕のお○んちんに頬を寄せ、さすってくる。最初はおずおずと、ぎくしゃくとしていたのに、次第にその動きは猫が飼い主に甘えて自分の顔を摺り寄せるような動きになり・・・・・・やがて、さっきまで残っていた苦しそうな表情も完全に消え去り、ただ蕩けるような、呆けた表情になる。
 
 その刺激のせいか、優華さんの表情のせいか、たちまちこらえ性無く立ち上がってくる僕のお○んちん。

「ゆ・・・うかさん・・・」
「あ・・・ふ・・・祥平君の・・・かたく・・・なって・・・」

 優華さんは何かに操られるように僕のズボンのホックを外し、パンツも一緒にズボンをずり下ろす。

 恥ずかしげも無く、優華さんの前に僕のソレはそそり立つ。優華さんは熱い吐息をつくと、まるで綺麗な華を捧げ持つように優しく指で僕の青臭い肉の茎に触れる。
「・・・祥平君の匂い・・・・・・本当の祥平君の匂いがする・・・」
 そう言うと、優華さんは舌を伸ばして、産毛が生えつつある僕の袋の部分からゆっくり裏筋を舐め上げていく。

「しょっぱい・・・でも美味しい・・・美味しいよ・・・祥平君・・・」
 優華さんは虚ろな微笑みを浮かべたまま、僕の肉の固まりに浮かんだ汗とも垢とも付かない何かをさも美味しそうに舐めている。
 たまらずお○んちんの先から垂れ落ちてくる汁を優華さんは口をすぼめて吸い上げると、ちゅる・・・と音を立てて優華さんは自分の白い指についた汁ですらいとおしそうに舐める。

「・・・ん・・・ちゅ・・・あは・・・祥平君だぁ・・・祥平君の味・・・んふ・・・」
 自分の唾液と僕の先走りの汁で唇に口紅を塗るような仕草を見せながら、チアリーダー姿の優華さんは上目遣いで僕を見る。

 その瞳の色は、僕を見ているはずなのに・・・まるで、僕を映し出していないかのように昏かった。

 優華さんは汁でぬらぬらと光る紅い唇を広げ、僕の亀頭をその口の中に含む。
「お願い・・・祥平君・・・頂戴・・・んふ・・・んん・・・んふあ・・・じゅぷ・・・じゅ・・・ちゅぱ・・・」

 優華さんは口をすぼめたり、舌をまとわりつかせたりしながら、僕のものをアイスキャンデーを舐めるかのように、僕のモノに刺激を与えてくる。その白くすべすべした頬の内側に僕のモノが当たるたびに、僕のお○んちんの形に時折柔らかく歪む。

 本人は自覚して無いだろうけど、白い太腿をもじもじと擦り合わせているせいで、短いスカートが捲くれ上がって、白いアンスコが惜しげもなくさらされているし、前かがみになっているせいで、Vネックの首元から胸の谷間が丸見えになっている。

 僕の腰もしらずしらずぴくぴくと動いて、優華さんの喉の奥を圧迫する。でも優華さんは苦しそうな表情を少しも浮かべず、ただ陶然とした表情で、興奮のせいか顔を赤らめたまま、じゅぷじゅぷといやらしい音を立てて、髪の毛を振り乱しながら顔全体を動かして僕を刺激して・・・。僕の頭もだんだんぼうっとなってきて、何がなんだか分からなくなってきて・・・何かが自分の中でせりあがってきて・・・。
「ゆ、優華さん・・・出る・・・出ちゃうから・・・」
「ん・・・んん・・・ちゅぱ・・・」
 僕が優華さんの中から引き出そうとするのに、優華さんは僕のモノを咥えたまま決して離そうとせず、むしろ更に激しく僕の肉を責め立てて・・・、たちまち僕の頭は真っ白になって、精液が優華さんの口の中で弾けとんだ。
「ん・・・あ・・・くぅ・・・」
「んんん!・・・んく・・・ごく・・・んく・・・あふぅ・・・」
 優華さんはその精を一滴残さず・・・それこそおち○ちんに染みこんでいる分まで根こそぎ搾り出すかのように飲み干す。

 ぬぽ・・・と音をたてて僕のおち○ちんを解放した優華さんは、その唇から糸を引いて垂れる白い粘つく液を指で掬いとりながら、
「美味しい・・・」
 と、熱に浮かされたような表情で呟くと、そのまま目をすぅっと閉じて、僕の身体にもたれかかる。

「ゆ、優華さん?優華さん?」

 僕が優華さんに声をかける。だけど、優華さんはまったく反応しない。

 
 おそらく精神的な消耗がひどかったんだろう。気を失ってしまったんだ。


 僕はといえば、肉体的な消耗は激しかったけど、精神的にはなんとか保(も)っていた。
「・・・優華さんのしたいことって・・・」
 想定外の事態に僕はちょっと驚いていた。

 もちろん、既にフェラチオを僕は二回、優華さんにしてもらってる。最初に催眠術を掛けた時、そして身体を洗うお店の人になる催眠を掛けたとき。

 でもあの2回は、ある意味僕が催眠術でそういう状況に追い込んだせいだ。一回目は『キスをするくらい好き』になっていると錯覚させて。二回目は、そういうお仕事の人だと思い込ませて・・・まあこれは優華さんの勘違いなんだけど。

 でも今回は違う。僕は優華さんに僕のことを好きだと思いこませたわけでもなければ、そういう役目の人になりきらせたわけでもない。勿論、フェラチオをするように命令をしたわけでもない。


 ただ、『優華さんが僕と一番したいことをしてください』と言っただけだ。


 ・・・でも、・・・そんなにしたいこと・・・なのかな。だっておしっこが出る場所舐めるんだよ・・・そりゃ僕は気持ちいいけど・・・。優華さん、気持ち悪くないのかな・・・。


 下半身の快楽が引くにつれて、僕の頭が混乱と罪悪感のごった煮になりつつあったとき、優華さんが「ん・・・」と小さな声を上げて、目を覚ました。

「あ・・・優華さん・・・おはよう・・・」

「・・・・・・」
  
 優華さんは目をぱちくりさせている。辺りを見回して、自分の姿を見て、下半身丸出しの僕の姿を見て・・・そして精液と唾液でべたつく自分の手を見て・・・。

「いや、なんで・・・いや・・・・・・。いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 叫び声と共に、優華さんは立ち上がって、脇目も振らず階段を駆け上がっていった。

「ゆ、優華さ・・・『優華さんは僕のお人形さん!』」
 しかし、僕がキーワードを言い切る前に、優華さんは自分の部屋に駆け込み、ドアを閉めてしまった。

「ゆ、優華さん。優華さん!」
 僕はズボンを履きなおして階段をダッシュで駆け上がると、優華さんのドアをノックして、ノブをひねる。

 だけど、鍵がかかってドアは開かない。

「優華さん、返事して!ここを開けて!」
 しかし、部屋の中からは全く反応が無い。

「・・・ど、どうしよう・・・」

 僕は呆然として優華さんの部屋のドアの前で立ち尽くした。

 
 


 

 

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