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JAMPとは何かについては、http://www.jamp-info.com/ をご覧いただくとお分かりになるように、化学物質の川上企業(製造者=化学工業)、川中企業、川下企業(使用者=製品メーカー)が情報伝達を行うことによって、化学物質の毒性に由来するリスクだけでなく、欧州RoHS規制、REACHのSVHCリストにある物質などの使用よって引き起こされる可能性のあるビジネスリスクを低減することを目的にする団体です。 アカデミアアドバイザリーボードというものがあって、そのメンバーであるため、総会では、ほぼ毎年、何か話をして居りました。 今年もまたまたそのチャンスが回ってきたので、何か話をしなければ。ということで、色々と考えた結果、リスク管理と想定外の関係を主題として取り上げました。 そこで、もっとも話をしたかったことは、昨年以来取り上げているヘキサメチレンテトラミンによって浄水過程で生成したホルムアルデヒドによって、千葉県で給水が停止した『想定外』の事態で、リスクゼロばかりを目指すと、却って『想定外のリスク』が発現する、ということでした。 しかし、それだけでは面白く無いので、多少新機軸を考えました。 過去を振り返ると、化学物質による被害は大体が『想定外』で起きていて、現在に至っている。すなわち、いくらリスク管理をやっても、『想定外』を管理できなければ、また何か起きる。それならどうしたら良いのか、ということを話してみることにしました。 一応、考えるエリアとしては、以下の3つとしました。 その1:まだ化学物質管理のスキームができていない途上国で、今後、化学物質による健康被害が発生するのだろうか。その回避を目的として、UNEPはSAICM(Strategic Approach to International Chemicals Management)を2002年のヨハネスブルグ・サミットで定められた。2020年までに化学物質の製造と使用による人の健康と環境への悪影響を特に途上国で最小化することになっているのですが、日本の過去の経験を見直すことで、何か分かるだろう。 その2:先進国においてもときどき発生する『想定外』にはどのようなものがあるか。特に、先進国特有のものとして、今後、発生確率が高まると考えられるものに、どのようなものがあるか。 その3:先進国、途上国という分類ではなく、国の特性を考えたとき、何か特異な国で何か特異な事件が起きることがあるだろうか。 講演に使用したパワーポイントのファイルを次にアドレスにUPしました。 化学物質の戦略的リスク管理 PPTファイル http://lebenbaum.art.coocan.jp/PPT/index.html さらに、今回の講演で話した内容は、これまで書いてきたかなり膨大なWebサイトのどこかに見つかるだろう、と思って、自分のサイトの見直しを行いました。 そして、今回の記事の最後に付録として添付しているようなリストができました。その結果分かったことは、どうやらメラミン(2008年、中国)については、ほとんど記述をしていないようです。そこで、講演の概要に、メラミンの『想定外』について、若干記述してみようと思います。 化学物質関連の事故は再発するか 1.水俣型の環境汚染は再発するか? 1956年ごろにはすでに被害が確認されていたが、工場側は、「有機水銀は使っていない。使っているのは無機水銀のみ」と主張し、メチル水銀の環境への放出が止まるのに、12年を要した。 『当時の想定外』 その1:科学全体が遅れていた。メチル水銀の分析技術も不十分。工場側の主張である「水俣湾での微生物が有機化」、などへの反証が不可能。 その2:人命軽視・産業優先 その3:大学などの中立性の不足 「結論」:中国などにおいても、このところ、環境汚染に対する国民の意識は高いので、再発の可能性は少ない。 2.四日市の大気汚染型は再発するか? 現在のPM2.5問題の状況とは異なり、SOxの毒性が大きかった。したがって、排出量と健康被害の関係が明確。となれば、環境汚染対策はやらざるを得ない。 「結論」:中国などにおいても、環境汚染に対する国民の意識は高いので、再発の可能性は少ない。 3.カネミ油症事件(1968年)は再発するか? 当時考えられていた「PCBによる食用油汚染事件」と言えるほど単純なものではないことが、後日判明。坂口厚生大臣が2004年に発表したように、PCBが混入したコメ油をカネミ側が再度商品にしようと蒸溜をしたため、ダイオキシン類と類似した毒性をもつPCDF=ポリクロロジベンゾフランが生成し、これが原因物質であった。 「結論」:原因物質を想定外の行動によって作り出した。これは、再発の可能性が無いとはいえない。食品類は、後で述べる「メラミン」のように、想定外がまだまだありうるように思える。 4.アスベストの規制遅れによる中皮腫は、他の国でも多発するか? その当時から、アスベストの危険性の内容については、分かっていた。すなわち、25〜50年後に、中皮腫などの特殊な肺がんを引き起こす可能性は知られていた。 しかし、当時の定年が55歳、男性の寿命が69.3歳だったため、アスベストが法律の規制によって使用禁止になると、失職という別のリスクが発生する。 多くの関係企業の労働者は、規制に反対だった。 「結論」:失業するという経済的な判断が被害を生んだ。すなわち、経済最優先社会では再度起きる可能性がある。アスベストに限れば、産出国には、なんらかの再発の可能性がある。例えば、ブラジルか? 5.中国メラミン事件(2008年)は中国特有の事件か? これまで、本Webサイトでは、ほとんど取り上げたことがないので、やや詳しく記述してみたい。 中国に、牛乳を水で薄めて増量する悪徳事業者が居た。飲んで薄いなと感じても、なかなか犯罪だとはバレないが、牛乳中のタンパク質の量を測定すれば、バレてしまう。タンパク質の分析は、窒素の含有量を測定するので、メラミンという物質(日焼けすると生成する物質)は窒素分を多く含むので、これを加えるという悪事を隠蔽する方法論を発明した人がいる。 相当な悪知恵であるが、メラミンそのものは、毒性は低い物質である。 http://www.safe.nite.go.jp/japan/sougou/data/pdf/hazard/sheet/2000-2.pdf ところが、中国製のメラミンには、イソシアヌル酸と呼ばれる不純物が含まれていた。 この物質の毒性は低いものと思われるが、データが無い。 しかし、このイソシアヌル酸は、メラミンと結合を作って、メラミンイソシアヌレートと呼ばれる非水溶性の固体を形成することが知られている。 図 メラミンイソシアヌレートは、こんな分子構造である。 どうやら腎臓でメラミンイソシアヌレートが生成して、メラミン入り牛乳から作られた粉乳を摂取したために、腎臓障害を起こした3〜6名の乳児(確定データは見つからない)が死亡した。 また、ペットフードとして米国に輸出され、犬猫などが死亡している。 「結論」:やはり中国のように経済的なメリットを得るために、なんでもするというカルチャーが残っている国は危うい。 中国の経済最優先主義の後継国はどこか?こう考えると、アジアの国々では、余り可能性は無いのかもしれないが、アフリカあたりがどうなるか? 6.ヘキサメチレンテトラミン事件の特徴 この事件については、本Webサイトで、2012年に記事を3本公表しているので、今回は、省略。 ここを参照して下さい。 7.今回の検討全体の結論 最近、化学物質管理は、かつての「ハザード管理」から「リスク管理」になった。ハザード管理とは、毒性が強い物質は、使用許可しないという方針による管理を意味する。 「リスク管理」という管理の方法は、非常に賢い方法論であって、合理性は高いのだが、本質的に僅かな欠陥を持っている方法論である。 化学物質のリスクを次の式で定義すると、 リスク = 物質の毒性 × 物質への暴露量 この式から見てもわかるように、いくら毒性の高い物質であっても、それが極めて有用であれば、その物質への曝露を回避する対策をするか、あるいは、ほんの少量だけ使うのであれば、使用可能ということを意味する。 これは例えば、液晶のようにもともと極めて少量の物質が使われるものであり、かつ、一般市民が触ることはないような用途であれば、例え毒性が高くても問題は少ないから、合理的な方法であるとも言える。 もしも問題があるとすれば、それは、液晶の生産過程での労働者への曝露、さらには、廃棄物処理の過程での労働者の曝露、この2つの段階がもっともリスクが大きいだろうと思われる。 労働者への曝露は、労働環境を維持することを企業に義務化すれば、被害の発生を防止することが可能である。 大阪の印刷業者のように、全く『想定外』にヒドい労働環境でありながら、それをひどいと認識しないという『想定外』がなければ、胆管がんの発生も無かった。 胆管がん事件のもう一つの問題点は、PRTR対象物質ではない物質を使えば、それは安全だという思い込みがあることである。PRTR対象物質は、確かに有害性があるから対象物質にはなっているのだけれど、使い方に問題がなければ、被害はでないことが分かっている物質であって、その曝露を制御するために、PRTRの報告を義務化している。 ところが、中小企業に化学物質を売り込む化学品企業には、「PRTR物質は危ない。しかし、この新製品にはPRTR対象物質が入っていませんから、安全です」という宣伝をするセールスマンが居るらしい。 これは全く間違っていて、天然・人工の区別なく、すべての化学物質には、「なんらかの毒性がある」。 例えば、食塩の致死量は30〜300g。醤油の致死量は168〜1500ml(その毒性の本体は食塩)。 健康食品には、なんらかの天然生理活性物質が含まれているので、健康食品と名乗っているはず。毒性と生理活性は、実は「表・裏」の関係にあって、毒も、立派な生理活性物質の一種である。 昔から言われているように、「毒にも薬にもならない」のは非生理活性物質で、「毒も薬も使い方次第」が生理活性物質である。 実は、食塩などのような話をJAMP総会でした訳では無かった。筆が滑った! さて話を元に戻して、メラミンのように、そもそも、牛乳を水で薄めるという想定外の行為をする業者がいる中国だと、しかも、メラミンの不純物であるイソシアヌル酸を大量に含んでいるものが市販されているらしい。 これは『想定外』の例題のようなものなので、やはりかなり注意をした対応を求められることになる。しかし、すでに述べたように、経済最優先主義の国に限って、注視すれば良さそうである。 ここまでの結論をまとめれば、リスク管理による管理が成功するには、『想定外』が管理される必要があるという結論になる。 どうやって『想定外』を管理するのだろうか。そもそもそんなことは不可能なのではないだろうか。 これが挑戦すべき最大の課題である。 8.新規提案 そして、今回、JAMP総会で提案したのは、以下のようなことである。 化学物質の場合、『想定外』が起きるのは、いくつかケースがあると思われるが、過去の『想定外』と『想定内』の両方を知識ベース化する。 現時点で、想定外と想定内を引き起こす要因として分かっていることが、 (1)生産量 (2)用途別使用量 (3)廃棄過程 である。 これらのうち、(1)生産量は、経済産業省が把握している。(2)廃棄過程は、PRTR法などによって、概要は分かっている。 把握がもっとも難しいのは、(2)用途とその用途向けの使用量である。 そこで、(2)、(3)を使用者(川中、川下の事業者)が川上の事業者と協力しつつ知識ベース化し、それをすべての事業者が共有する。その解析を専門的に行う組織を整備することによって、『想定外』のリスクが発現することを防止することができるのではないか。 これは、ひょっとすると、新世代のリスク管理による化学物質の管理スキームになりうるかもしれない。 付録: 化学物質のリスクに関係する本Webサイトに記述した記事をリスト化しました。 メチル水銀、水俣病との対比 2003年 キンメダイの環境コミュニケーション http://www.yasuienv.net/KinmeCom.htm 2003年 食の安全と安心 http://www.yasuienv.net/FoodRisk2003.htm 2005年 「リスクメーター」より 水銀 http://www.yasuienv.net/2shyo.pdf 2005年 マグロ中のメチル水銀 http://www.yasuienv.net/TunaMethylHg2005.htm 2005年 続「世界一」の誤解 http://www.yasuienv.net/MisunderstandNo.1-2.htm 2005年 リスクメーターではかるリスク http://www.yasuienv.net/RiskMeter.htm 2009年 「思い込み」が決める?不健康 http://www.yasuienv.net/ReactUnhealth.htm 大気汚染 SO2 PM2.5 2007年 環境問題のウソと正解の距離2 http://www.yasuienv.net/FraudTruthSLevel.htm 2008年 新聞にみる身近な環境2008 http://www.yasuienv.net/NewsPaper2008.htm 2011年 オゾンの有害性評価 http://www.yasuienv.net/OzonHazard.htm 2013年 PM2.5は新たな悪者か? http://www.yasuienv.net/PM25in2013.htm 2013年 続PM2.5悪者論 クローズアップ現代 疫学の解析法 http://www.yasuienv.net/PM25NHKetc.htm PCB、カネミ油症 2003年 メディア・学者の無知が生む恫喝 http://www.yasuienv.net/PCBDeath.htm 2003年 読者皆様からのご意見・ご質問 http://www.yasuienv.net/Goiken072003.htm 2004年 環境問題の変質2 http://www.yasuienv.net/Alt2EnvKnow.htm 2011年 発がんリスク 化学物質の場合 http://www.yasuienv.net/CarciChem.htm アスベスト 中皮腫 2005年 クボタによるアスベスト被害 http://www.yasuienv.net/AsbestosKubota.htm 2005年 アスベスト被害の再考 http://www.yasuienv.net/Asbestos2-2005.htm 2006年 アスベスト最終回 http://www.yasuienv.net/AsbestosFinal.htm 2012年 アスベスト被害は途上国で再現? http://www.yasuienv.net/AsbestoFuture.htm 健康食品、食の安全、日常生活 2009年 食品リスクと思い込めば「健康」に? http://www.yasuienv.net/BelieveHealth.htm 2010年 食品の安全とゼロリスク http://www.yasuienv.net/FoodSafeUneyama.htm 2010年 化学物質と不安 その1 http://www.yasuienv.net/ChemFuan1.htm 2010年 化学物質と不安 その2 http://www.yasuienv.net/ChemFuan2.htm ヘキサメチレンテトラミン事件 厳しい規制は、別のリスクを生む 2012年 水道水にホルムアルデヒド事件 http://www.yasuienv.net/FormNews.htm 2012年 ホルムアルデヒドの水道水基準 http://www.yasuienv.net/FormWaterSupply.htm 2012年 放射線でホルムアルデヒド デマを見破るには? http://www.yasuienv.net/FormByRad.htm リスク評価、想定外、環境問題の本質 2003年 塩ビモノマーの発がんリスクありの根拠 http://www.yasuienv.net/VCRisk.htm 2004年 環境問題の変質 http://www.yasuienv.net/AltEnvKnow.htm 2004年 環境問題の変質2 http://www.yasuienv.net/Alt2EnvKnow.htm 2004年 環境問題の変質3 http://www.yasuienv.net/Alt3Env.htm 2004年 環境問題の変質4 http://www.yasuienv.net/Alt4Env.htm 2004年 環境問題の変質5 http://www.yasuienv.net/Alt5Env.htm 2004年 環境問題の変質6 http://www.yasuienv.net/Alt6Env.htm 2005年 化学物質リスクに関する最近の研究 http://www.yasuienv.net/ChemicalInitiative.htm 2005年 二種の物質が使用禁止になった訳 http://www.yasuienv.net/ChemSubControl.htm 2006年 リスク報道を超えて 死亡数によるリスク表現 http://www.yasuienv.net/RiskSortedbyDeath.htm 2006年 チェルノブイリのデータ追加と単行本紹介 http://www.yasuienv.net/Risk3wNuclear.htm 2006年 想定外のリスクはないのか http://www.yasuienv.net/RisksUnexpected.htm 2007年 未知のリスクになぜ対応しないのか http://www.yasuienv.net/UnknownRisk.htm 2008年 ビスフェノールAの低用量影響 http://www.yasuienv.net/BPA2008.htm 2009年 「評価をすること」と「推理力」 http://www.yasuienv.net/EvalInsight.htm 2009年 日本人のリスク観と文化的背景 http://www.yasuienv.net/RiskPerceptJapan.htm 2010年 食の安全、新規2冊 http://www.yasuienv.net/FoodSafe2Books.htm 2010年 火事のリスク評価の国際標準 http://www.yasuienv.net/FireISO.htm 2011年 水道水へのフッ素添加 http://www.yasuienv.net/FinTap.htm 2011年 なぜ現代人は「リスク」を定量的に理解できないのか http://www.yasuienv.net/WhyZeroRisk1.htm |
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