クローズアップ2013:降圧剤の臨床試験操作疑惑 会社ぐるみ?広がる波紋
毎日新聞 2013年05月25日 東京朝刊
降圧剤「バルサルタン」(商品名ディオバン)の臨床試験に製薬会社「ノバルティスファーマ」が不透明な関与をしていた問題で、日本医学会は「産学連携は時代の流れなのに、これでは社会から信頼されなくなる」と、憤りを隠さない。医学界と製薬業界が近年神経をとがらせる「利益相反」上の問題だけでなく、「売り上げ増のために、企業が大学に働きかけて臨床試験の結果をねじ曲げたのではないか」という疑惑に発展しているからだ。関係した各大学や学会、ノ社のスイス本社が、それぞれ調査を始める異常事態だが、真相究明は可能なのか。【河内敏康、八田浩輔】
◇欧米有力誌も注目
「日本の研究スキャンダルが第2の試験に広がった」。この問題は世界的な関心も呼んでいる。米有力経済誌「フォーブス」(電子版)が5月2日、東京慈恵会医大チームによる試験論文にも、ノ社の社員が名前を連ねていたことを報じた。「第1の試験」は京都府立医大での試験を指す。試験結果の信ぴょう性が疑われて昨年末に学術誌から撤回(取り消し)されたうえ、社員の関与も表面化している。
英大手科学誌「ネイチャー」も、ブログで「京都府立医大の研究室に会社側が1億円を寄付していた」と報じた3月28日の毎日新聞を引用しながら、「大ヒット商品が撤回論文とつながっている」と紹介した。
ノバルティス(スイス)は世界140カ国に展開。バルサルタンは約100カ国で承認されている。日本では年間1000億円以上売り上げるヒット商品となった。宣伝に利用されたのは、「脳卒中や心筋梗塞(こうそく)などの予防効果もある点で、他の降圧剤より優れている」とした両大学チームの論文だった。だが、データの信頼性が揺らいでいる。
疑惑を招いた要因は二つある。一つは「社員が試験の統計解析の責任者だった」という、研究の公平性と透明性を担保するために欠かせない重要な情報が、論文から隠されていた点だ。
日本医学会の高久史麿会長は24日、「許し難い行為で明らかに誤りだ。日本は国からの支援が少なく産学連携は必要だが、これで日本の臨床試験が遅れれば大変なことになる。透明性を持って連携しないと、日本にとってもマイナスだ」と強調した。
もう一つは、試験結果の信頼性そのものだ。昨年、京都大病院の由井芳樹医師が「京都や慈恵の論文は、統計的に考えにくい結果となっている」とする論文を発表した。実際に、日本循環器学会誌と欧州心臓病学会誌が「データに重大な問題がある」として京都の論文を撤回した。