先、向可出之便門、申事由於玉女 先ず出ずべきの便門に向かいて事由を玉女に於いて申す 次、観五氣、三打天鼓、而臨目思(則木金火水土也) 次に五気を観じ、三たび天鼓を打ちて目思に臨む(則ち木金火水土なり) 木 肝中青氣、出自左耳、化為青龍在左 金 肺中白氣、出自右耳、化為白虎在右 火 心中赤氣、出自頂上、化為朱雀在前 水 腎中黒氣、出自足下、化為玄武在後 土 脾中黄氣、出自口中、化為黄龍在上 肝中の青気は左耳より出でて、青龍と為りて左に在り 肺中の白気は右耳より出でて、白虎と為りて右に在り 心中の赤気は頂上より出でて、朱雀と為りて前に在り 腎中の黒気は足元より出でて、玄武と為りて後に在り 脾中の黄気は口中より出でて、黄龍と為りて上に在り 次、勧請呪 南无陰陽本師、龍樹菩薩、提婆菩薩、馬鳴菩薩、伏儀、神農、黄帝、玄女、玉女、師曠、天老、 所傳此法、蒙益乞也、天判地理、早得験貴、急々如律令 次に勧請呪 南無陰陽本師、龍樹菩薩、提婆菩薩、馬鳴菩薩、伏儀、神農、黄帝、玄女、玉女、師曠、天老、 傳うる所の此の法は益を蒙ることを乞うなり。天判地理、早に験貴を得しめ給え。急ぎ急ぐこと律令の如し。 次、天門呪 六甲六丁、天門自成、六戊六己、天門自開、六甲磐垣、天門近在、急々如律令 次、天門呪 六甲六丁、天門は自ずから成り、六戊六己、天門は自ずから開くる。六甲の磐垣、天門近くに在り。 急ぎ急ぐこと律令の如し。 次、地戸呪 九道開塞、々々々々、有来追我者、従此極棄、乗車来者、折其両軸、騎馬来者、暗其目、 歩行来者、腫其足、楊兵来者、令自伏、不敢赴、明星、北斗、却敵万里、追我不止、牽牛須女、 化成江海、急々如律令 次に地戸呪 九道は開塞し、我を追う者の来ること有らば、此れによりて極棄す。車に乗して来るは其の両軸を折し、 馬に騎して来るは其の目を暗し、歩行して来るは其の足を腫し、兵を揚げて来るは自ずから伏せしめ 敢えて赴かず。明星、北斗、敵を万里へ却す。我を追うを止めざらば、牽牛須女、江海を化成す。 急ぎ急ぐこと律令の如し。 次、玉女呪 甲上玉女、々々々々、来護我身、無令百鬼中傷我、見我者以為束薪、獨開我門、自閇他人門、 急々如律令 次に玉女呪 甲上玉女、我が身を護り来り、百鬼をして我を中傷せしむること無し。我を見るは以って束薪と為す。 独り我門を開き、自ずから他人門は閇ず。急ぎ急ぐこと律令の如し。 次、刀禁呪(取刀可頌) 吾此天帝使者、所使執持金刀、令滅不祥、此刀非凡常之刀、百練之鋼、此刀一下、何鬼不走、 何病不癒、千殃万邪、皆伏死亡、吾今刀下、急々如天帝太上老君律令 次に刀禁呪(刀を取りて頌すべし) 我は此れ、天帝の使者なり。執持しむる所の金刀は不祥を滅せしむ。此の刀は凡常の刀に非ず、 百練の鋼なり。此の刀一たび下さば、何の鬼か走らざらん、何の病か癒えざらん。千殃万邪、 皆伏死亡。吾今刀下す。急ぎ急ぐこと、天帝太上老君の律令の如し。 次、四縦五横呪並印 四縦五横、禹為除道、蚩尤避兵、令吾周遍天下、帰還故郷、向吾者死、留吾者亡、急々如律令 四縦五横、禹は道を除き蚩尤は兵を避くを為す。吾をして遍く天下を周し、故郷へ帰還せしめよ。 吾に向かうは死し、吾を留むるは亡す。急ぎ急ぐこと律令の如し。 次、禹歩 謹請、天蓬、天内、天衝、天輔、天禽、天心、天柱、天任、天英 <四縦五横の印の図> <禹歩の歩き方の図> 次、禹歩立留呪曰 南斗、北斗、三台、玉女、左青龍避万兵、右白虎避不祥、前朱雀避口舌、後玄武避万鬼、 前後輔翼、急々如律令 南斗、北斗、三台、玉女、左が青龍は万兵を避け、右が白虎は不祥を避け、前が朱雀は口舌を避け、 後が玄武は万鬼を避くる。急ぎ急ぐこと律令の如し。 次、六歩 「乾坤 元享 利貞」 六歩、剛日ニハ右足ヲ先たつなり 柔日ニハ左足ヲ先たつなり 陰陽道の研究者である小坂真ニ氏によれば、反閇の原典は『隋書「経籍史」』に見える「玉女反閉局」で あると言う。平安時代の漢籍書目録である『日本国見在書目録』五行家には「玉女反閉」「玉女反閉局抄」 「黄帝玉女反閉神林抄」の書名が見え、この時代には既に陰陽道の中に「玉女反閇」が取り入れられていた 事が知られている。 私は未だ『隋書「経籍史」』は確認していないが、宋代の『遁甲符應経』や明代の程道生が撰じた『遁甲演義』 等には「玉女反閇」についての記載が見られる。遁甲とは所謂「奇門遁甲」の事で、主に方位に関する占い である。私は占いには暗くあまり正確な事は言えないが、「奇門遁甲」には呪術部門である「法奇門」と 占術部門である「数奇門」があり、現在書店の占いコーナー等で目にするのは専ら後者の方である。 「玉女反閉局」は算や刀を持ち呪を唱えるなど「法奇門」に属すが、大よそ次のようなものである。 経に曰く、凡そ三元九宮遁甲し、三奇吉門無くば、即ち出向すべからず、宜しく玉女反閉局にて去るべし。 経に曰く、反閉局は室に在りては六尺、庭にては六歩、野に在りては六十歩、並びに六を以って数と為し、 定数と託せらる。便ち左手を以って六つの算各長さ一尺三寸、右手に劈を執し、王気を吸いて歯を叩く事 十二通、了りて心下を祷祝し某事を為し、然る後却回し、身は王気に背く。呪文等以下略す. (『遁甲符應経』) また、『遁甲演義』には次のようにある。 陰陽二つは遁れ、八方は皆閉塞し出ずべき門の無きこと有らば、即ち玉女反閉局に依りて此れを出ず。 緩なれば則ち門に従い、急なれば則ち神の謂に従うなり。呪文等以下略す。 「奇門遁甲」は別名「八門遁甲」とも言われ、方位を八方位に分類し、その吉凶を見る占術である。先に上げた 原典中の「三吉門無くば」や「八方は皆閉塞し」の意味する所は、即ち方位として占い上使用できるものの無い 状態を示している。そのような時に、「玉女反閉局」と言う呪術を行う事によって諸神(特に玉女)の加護を請い、 難を逃れようとするのが本来の「玉女反閉局法」であると言えよう。「反閇」とはつまり「閉ず事を反す」、 閉ざされた「局」を反らせることが反閇の本来の字義なのである。以上、原典としての玉女反閇局に触れたが、 では日本の「反閇」はどうであろうか。 簡単に解説すると、先ず便門に向かい玉女にその旨を告げ、五氣、即ち「木火土金水」を観想し、天鼓を三つ打ち、 目思する。「天鼓」とは上下の前歯の辺りを噛み合わせることで、「鳴天鼓」とも言う。原文では「吸王気、叩歯十二通」 という部分に該当する。そして「勧請呪」「天門呪」「地戸呪」「玉女呪」を唱える。「勧請呪」では出だしが 仏語の「南無」で始まり、仏教の菩薩までもが勧請されているが、終句は「急々如律令」と中国式になっている点が 興味深い。また、「玉女呪」には「仮令在丙上者丙上玉女ト可呼」とあり、玉女の在する方位によって唱える呪が 異なる旨が記されている。この辺りは遁甲の占い上の思想を受け継いでいると言えよう。 次に刀禁呪を唱えるが、但し書きに「取刀可頌」とあるので、刀を手に取ってこの呪文を唱え、刀を呪う。この ような形式は『両義解』の「持禁者、持杖刀読呪文、作法禁気〜(持禁は杖刀を持して呪文を読し、法を作して 気を禁ず)」と言う呪禁師の行った呪禁のスタイルに酷似しており、呪禁道が陰陽道へ影響を与えた事が伺えよう。 このようにして刀を呪った後、符印を切る。符の上部の格子状の目は所謂「九字法」で知られるものであるが、 陰陽道の小反閇ではこの時「朱雀、玄武、白虎、勾陣(陳)」と縦に切り、後に「帝公、文王、三台、玉女、青龍」 と横に切ったようである。尚、「帝公」の「公」に当たる文字は判読が難しく、「禹」「正」「台」「久」等諸説 あるが、今回は別の近世の反閇資料を参照し「公」としておいた。 次に「四縦五横呪」を唱え、その後に「禹歩」を行う。「禹歩」は晋の道士、葛洪の『抱朴子』「仙薬篇」に 禹歩法、前挙左、右過左、左就右、次挙右、左過右、右就左、 次挙左、右過左、左就右、如此三歩、当満二丈一尺、後有九跡 とあるように、歩行により何らかの効果をもたらす呪術を言う。基本的には「三歩九跡」と言い、三歩で一足、都合 九歩となる事が多い。ここでは九星の名を唱えながら禹歩しているが、『反閇之記伝』には「九字ノ反閉ト云ハ臨兵 闘者皆陳烈在前ト九字文ヲ唱ヘテ九足フムナリ。一字三足宛ナリ。」とあり、様々である。なお、後世この「禹歩」 や「反閇」、「踏剛踏斗」が混乱された気配があるが、元来は別物である。 次に「禹歩立留呪」を唱え、その後「乾坤 元享 利貞」と六歩踏んで終わる。但し書きに、「剛日ニハ右足ヲ先たつなり、 柔日ニハ左足ヲ先たつなり」とあるから、その日の陰陽で先に歩むべき足が変化する事が分かる。 以上見てきたように、中国の「玉女反閉局」が「占い」と密接な関係にあったのに対し、日本で行われた 「反閇」はその次第だけからでは「占い」との関連を見出す事が困難な程、儀式としての独立性を主張して いる。この事は陰陽道における反閇が、如何なる時に行使されたかをみればよりはっきりする。陰陽道では 反閇は主に転居先に入門する時や天皇の御幸、貴族の外出、勝負事で出かける時、或いは陰陽道の祭りに 際し付属して執り行われ、その効用としては「邪気祓い」的要素が強い。中国の「玉女反閉局」が占い上 吉方位が無くなった時に、その凶作用を緩和する事が目的であるのに対し、日本の反閇は効能が変化し、 一種の祈祷技術として単独で成立しているのである。このように、元来は同じものであってもそれが異なる 文化圏へ伝来すると、その文化の性質に合うように変化することがある。一見すると同じように見えても、 実際にはその背景にある思想は全く異なっているのだ。陰陽道における反閇の事例は、その格好の資料と言えよう。 参照・参考文献 『陰陽道基礎史料集成』村山修一/東京美術 「反閇」小坂眞二(『陰陽道叢書・4』)/名著出版 「道教の呪法と陰陽道」松本浩一/日本道教学界第53回大会資料集 ほか |