大手芸能プロダクション「サンミュージックプロダクション」の相沢秀禎(あいざわ・ひでよし、本名・相沢与四郎)会長が23日午後10時27分、すい臓がんのため都内の病院で亡くなった。83歳だった。1968年、森田健作・千葉県知事(63)を第1号タレントに同プロダクションを設立。桜田淳子(55)や松田聖子(51)、酒井法子(42)ら多くのスターを育てた。相沢会長は社員に向けた“遺書”を残しており、所属タレントらは悲しみに暮れた。
相沢会長が発掘したタレントのひとりで、09年まで23年間同社に所属していた酒井法子は、所属事務所を通じファクスでコメントした。「ご逝去の報に接し、幾多の厚情を思い、痛惜の念でいっぱいです。いつも太陽のように暖かな笑顔で励ましの言葉をかけ続けてくださり本当に有難う御座いました(原文まま)」と悼んだ。
86年のデビュー前から、相沢会長は酒井を自宅に住まわせ、公私ともにバックアップ。09年9月には酒井が覚醒剤取締法違反(所持)の罪で逮捕、起訴されたことへの責任を取り、会長職を退いたこともあった。
昨年11月に芸能活動を再開した酒井は、一連の騒動を重く受け止め、対面することもなかったが、関係者によると、「亡くなる2日前に会長に手紙を送った」という。感謝の気持ちをしたためた手紙を病床で読んだ相沢会長は「頑張れ、頑張れ」と大喜びし、最後まで“親心”をみせていたそうだ。
[2013/5/25-06:02 スポーツ報知]