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2011年03月22日(火)
■[本・まんが]「ジャングル黒べえ」が絶版になっている本当の理由 - 安藤健二「封印作品の謎2」
人気作品が絶版になっている。なぜ?それを追ったルポルタージュ。ここでは、原作者と作画者の確執がもとで絶版状態が続いている「キャンディ・キャンディ」、取材するもいっこうに絶版理由が明らかにならない「オバケのQ太郎」*1(最後にはおぼろげながらに真相らしきものが浮かび上がります。ちなみに藤本さんと安孫子さんの仲違いではありません)、私自身は存在すら知らなかった手塚治虫の特撮もの「サンダーマスク」と、どれも興味深かったのですが、著者の情熱に一番うならされたのは藤子不二雄「ジャングル黒べえ」です。
現在、「黒べえ」単行本が絶版になりアニメも再放送どころかDVD化もされない理由。けっこう有名ですよね。黒べえの表現が黒人差別にあたると見なされたゆえ。それを指摘したのは「黒人差別をなくす会」。この団体は実は家族3人だけで成り立っているが、出版界への影響は強かった・・・ここまでは私も知っていました。しかしこの本では、事情はもっと深いところにあったことが明らかにされています。
まず、「なくす会」は「黒べえ」を糾弾していませんでした。やり玉に挙がったのは、藤子不二雄作品に関しては「オバケのQ太郎」の「国際オバケ連合」というエピソードのみ。世界のオバケが集まる総会に来た「ウラネシヤ」の「ボンガ」というオバケが黒く厚い唇で、「バケ食いオバケ」とされていて、「(悪いやつらは)たべてしまえ」と発言、驚くオバケたちに「いまのはもののたとえだよ」と説明。この造形とやりとりが対象だというのです。89年7月の出来事です。しかしこの時、「なくす会」は「黒べえ」を対象とはしていません。
当時、「なくす会」は破竹の勢いでした。堺市在住の公務員有田利二氏が妻・当時小四の息子と結成したこの会は、88年の渡辺美智雄政調会長の「黒人だとかいっぱいいて・・・(破産しても)アッケラカーのカー」発言以後、黒人を揶揄したような商品を糾弾し始めます(海外旅行に使うはずだった25万円で100点以上の商品を購入)。商品を出している会社に改善要望の手紙を送るなどしたのです。その後は、有名な「ちび黒サンボ」の絶版、タカラのダッコチャンマークやカルピスの黒人マークの変更。そして上述の「オバQ」を含む多くのまんがが次々と出荷停止・書き換えとなっていきます。この中で、出版社は過剰反応し、直接やり玉にあがっているわけでもない「黒べえ」を自主規制してしまった可能性が高いようです。では、なぜ出版社はそれほど「なくす会」を恐れていたのでしょうか。
京都産業大学の灘本昌久教授(被差別部落研究史に詳しく、祖父母が被差別部落で育ったことから「部落民三世」を自称)はこのように推測します。1985年頃からの10年間は、部落解放同盟が差別表現の摘発路線を最も過激にやっていた時期なので、「物言えば唇寒し」の風潮が強かった。そのためではないかと。実は、「なくす会」の有田氏は、もともと地道に部落差別反対運動を続けていた人でした。当時の講談社法務部長で、この問題に深く関わった(後述します)西尾秀和氏も、「なくす会」のバックには部落解放同盟がいるのではと錯覚していた時期があったし、他の出版社も同じ理由から「なくす会」を恐れていたのでは、と述べています。
しかし、実態は異なりました。「なくす会」の有田氏と西尾氏を含む講談社幹部3名が議論した際、部落解放同盟の阪本書記が立会人として参加しましたが、同盟は有田氏と完全に距離を置いていたそうです。また、有田氏も同盟がバックにいることをにおわすような発言等をすることもありませんでしたし、お金に関する要求も一切なかった。すべては出版社自らが作り出した「恐れ」だったのです。
しかし、手塚治虫作品が抗議を受けた90年頃から事情は変化します。一部の作品がいったん出荷停止になったものの、西尾法務部長が、日本を代表する漫画家の作品をそんな簡単に回収絶版にしていいのかと社内で意見し、同社の手塚治虫漫画全集は注釈をつけて出版を続行するようになりました。以後、多くの漫画作品がこの対処方法を参考にするようになりました。しかし、「黒べえ」は今だ絶版のままです。この理由は明らかにはなっていません。しかし、「黒べえ」がこうなってしまうまでの道のりは、単なる糾弾→絶版の流れとは異なることがわかりました。
この本では、「黒べえ」は本当に黒人差別にあたるのかも地道に検証しています。「黒べえ」が生まれた70年代、アフリカは日本にとって「交通事故や公害のない」理想郷という側面もあった(当時の番組宣伝用ポスターにこの文言があります)。自然回帰への一環で、制作側に差別の意図はなかったのではないか。それが80年代以降は差別表現だという恐れを生むまでになってしまった。関係者へのインタビュー(中にはオスマン・サンコンさんも。彼の語る日本人の黒人観は非常に興味深いものでした。なお、サンコンさんは「黒べえ」のどこが差別にあたるのかわからないと語っています。)で、そういったことを明らかにしていっています。
この本の著者安藤さんは、こういった、下手をすると単に人がいやがる秘密を暴くだけの「暴露もの」になってしまう題材を、地道ながらも絶版作品への愛情と関係者への理解ある眼差しを通じて解きほぐしてくれています。取材対象や取材結果の興味深さだけでなく、そのような著者の姿勢がこの本を「暴露もの」とは一線を画する存在にしていると感じました。
*1:この本が出版された2006年当時は20年以上にもわたる絶版状態のさなかでしたが、現在は無事出版されています。
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