リディアの勧めでアルバザード王立図書館に向かった俺たちは首っ引きでファティスについて調べた。
それにしても図書館に入っている本の量には驚かされた。とても高い棚にぎっしり詰まった本。その棚が無数に並んでいる。開架は古本独特の匂いに包まれていた。
11人いるとはいえ、勉強のできる奴と苦手な奴がいる。結局俺はオヴィ、ギル、ザナと遊んでいた。女子がまじめに調べ物をして、リュウがまとめ役をしているという感じだ。リディアは特にザナに「ちゃんとやってよ」と怒っていた。
結果、ファティスの正確な位置は分からなかったが、いくつかの文献をあわせて考えると、どうもエルトア国にあるというのは確かなようだった。
また、エルトアの中でも、先日メルが死んだときにお世話になった老人のいる家の近くではないかということが明らかになった。だがそれ以上の細かい場所は分からない。
オヴィ「じゃあ現地に行って調べようぜ」
本に飽き飽きしたオヴィは嬉しそうに皆を図書館から追い出した。
コーマに乗ってアルバザードからエルトアへ飛び、首都で一泊した。
次の朝、コーマで先の老人の家周りまで飛んでいった。
セレン「なぁ、この広い森の中にファティスがあるとしたら、上からコーマに乗って調べたほうがよくないか?」
俺の提案は受け入れられ、そのままコーマに頑張ってもらうことになった。
そしてしばらく飛んでいると、人里離れた平坦かつ広大な森の中に建物があるのをリディアが見つけた。
この周りに建造物はほかにない。上空からだが、随分大きく見える。ぽつんと森の中に立っていた。
降下してコーマから降りると、歩いて建物に近寄っていった。
でかい。間近で見ると余計でかい。広そうだ。
セレン「これが迷宮ファティス……どこに繋がってるんだろう」
リュウ「見かけ上森の中にぽつんとありましたが、ラティア(地獄)に繋がっているとか」
フルミネア「地獄……ですか。アトラスとラティアが繋がってるなんて考えづらいですけど……」
リュウ「だからこそ例外的な存在なのです、この迷宮は」
クリス「それにしても入り口はどこかしらね」
ギル「まぁ周りをぐるっと一周しようよ。どこかしらにあるだろ」
そういって俺たちはファティスの周りをぐるっと歩いたが、いかんせん入り口が見当たらない。
リディア「あれ?はじめのところに戻ってきちゃった……」
クリス「ふぅ、やれやれ無駄足だったみたいね」
オヴィ「入り口がないってどういうことだよ」
ギル「側面じゃなくて上に入り口が付いてたりしてな」
と言うが早いかギルとザナは飛んで見に行った。ところが2分ほどで首を振って戻ってきた。だめか……。じゃあどこから入るんだ?流石は迷宮だな、入る前からもう立派に人を迷わせてる。
リディア「もしかして魔法仕掛けなのかなぁ。呪文とかいるのかも」
リュウ「魔力に対する反応はないようです。抗魔力反応が感知されません。魔法錠ではないようですね」
フルミネア「じゃあ入り口がむき出しになっているはず。魔法のカギは少なくともかかっていない……」
リュウ「あるいは入り口がはじめからないか」
ザナ「ないわけないだろ。きっと人を選ぶんだよ。ファティスに認められた奴だけが入れるような仕組み、とかな」
クリス「じゃあアンタを森に捨てていこう」
フルミネア「そうすれば入れそうですね!」
ザナ「をい!Σ(゚Д゚)」
ザナ「しかしあれだ、ファティスが人を選ぶなら大丈夫だ」
クリス「なんでよ?」
ザナ「決まってるだろ。こういうのは物語の主人公が入れるようになってるんだ」胸を張る「つまり、俺。運が良かったな、お前ら」
ザナは使徒のため息をよそに壁をパンパン叩く。
するとその瞬間、壁が緑の光に縁取られ、みるみる間に入り口ができた。壁の一部が闇に埋もれ、そこにぽっかりと空間ができたのだ。
ザナ「お……おぉぉ……」
当の本人が一番驚いているようだ。
セレン「言ってみるもんだな、ザナ」
ザナ「だ、だから言ったろ。さぁ入ろうぜ」
中は光も届かないのに明るかった。灯りがあるわけもないのに明るかった。どういう仕掛けだろうか。
古びたレンガ造りの建物の匂いがする。地面はさらさらした黄色い砂だ。まるで平坦な砂漠に立つ砂の城のようだ。
壁はレンガ造り。乾いて黄色味を帯びたレンガだ。
俺たちが入るとともに入り口は閉じてしまった。
セレン「……もう帰れそうにないな」
リディア「砂の独特のにおいがするね」
フルミネア「これが迷宮ファティス……何もありませんね。そして本当に迷路のような造り。迷いそうです」
クリス「このスタート地点がどこかさえ分からないしね」
ギル「だが、広さは上から見た程度だ。そこまで広くはないだろう?迷わない手はないか?」
リュウの顔を見ながら問うギル。リュウが口を開こうとしたとき、メルが「うーんとねぇ」と声をあげた。
メル「こーやって、壁に手をつけて歩いていけば、遠回りになるけど、迷路の全部を歩けるんじゃないかな」
ザナ「あ?どういうことだ?」
リュウは驚いた顔をしてメルを眺めた。
「メル、それをどこで教わったのですか?」
「ん?今思いついただけよ」
「ほぉ……」関心したようなリュウの顔「とにかく、メルの言うとおりです。手をついていけば必ず迷路は抜け出せます。ただ問題があって……」
パール「道のりが長い、ということですね」
リュウ「ここには食べ物も水もないでしょう。入り口もしまってしまいましたし。時間をかけるのは得策ではありません。かといって……」
パール「急がば回れでもある、と」
リュウ「そういうことです」
リュウは壁に手をつけて歩き出した。
2時間ほど歩いたが、延々同じ風景が広がるばかり。景色が変わらないことで、余計に疲労感が増す。そして帰れない不安が余計状況を悪くする。
そしてさらに予想外のことが起こった。メルが体調を崩したのだ。メルはレレスに街中の閉鎖空間で襲われた。あの場所がもっと開けていたら襲われなかったのだ。あれ以降メルは閉所恐怖症の気がある。
メルは閉鎖された迷路の中を歩くにつれ、徐々に不安になりだした。汗をかくようになり、呼吸が荒くなる。そしてついにはパニックを起こしかけて泣き出した。限界だと感じた俺は彼女をおぶって歩くことにした。が、これだと俺が異様に疲れる。
大柄なオヴィが替わってくれるといったが、メルが嫌がる。パニックを起こされると困るので俺は我慢して歩いた。
それから1時間は腰の痛みや脚の痛みで地獄だった。だがメルに文句は言えない。
ひたすら歩くが、一向に出口はない。何もない。
いい加減体力の限界で、一休みすることにした。
だが水も食料も携帯していたものしかない。これでは明日には尽きてしまうだろう。まさか入り口が消えると思ってなかったので荷を持っていかなかったのがまずかった。
誰も言葉を発しない。疲労と不安で疲れきっている。
とそのとき、くすくす笑う声が聞こえた。女子が話しているのかと思って顔をあげたが、女子は不思議そうな顔でお互いを見ている。
――俺たちじゃない!?
ばっと声のした方を振り向くと、高い壁の上に少女が座っていた。
ザナ「女の子……だ」
近付くザナ。
クリス「確かあのクリスタルが言ってたのも女の子だったわよね」
リディア「じゃあこの子が!?」
彼女はミルク色の肌に、うっすら桃色の頬に、金色の長い髪をしていた。頭のてっぺんから触覚みたいに髪を2本束ねている妙な髪形だ。白いぶかぶかなテーベを着て、くすくす笑っている。かなり幼く見える。
オヴィ「でも、使徒は大体セレンとタメだろ。イムル1681年生まれくらいのはずだ」
クリス「それにしてはこの子は小さいわね」
リディア「私と同じくらいかなぁ」
フルミネア「ひょっとしてこの子のお姉さんとかじゃないでしょうか」
俺たちの話をよそに、少女はザナを見つめていた。ザナは珍しく黙って少女を見上げている。
少女はふわっと浮かび上がった。
すると突然リディアが俺の袖を引っ張って叫び声をあげた。
「せ、セレン君!見て!あの子、飛んでる!飛んでるよっ!」
「はぁ?なに初めてお前に会ったときの俺みたいなセリフ吐いてんだ?」
「違うの!飛んでるの!」
俺はリディアの言わんとしていることが分からず、首を捻った。が、見ると回りも目を丸くしている。
リュウ「セレン、彼女はユノで飛んでいません。そのことが問題なのです」
セレン「?それが驚くことなのか?どっちも飛んでることには変わらないじゃん」
リュウ「手でボールを投げても誰も驚きませんが、足で投げる人がいたら貴方は驚くでしょう?」
セレン「あぁ、なるほどね。過程が重要ってことか。それで、あの子はどうやって飛んでるんだ?」
リディア「魔法だよ……それしかない」
セレン「そういえば魔法で飛ぶっていうのは聞いたことがないな。イメージ的には空ってのは魔法で飛ぶものな気がするが、アトラスではむしろ魔法で飛べると珍しいんだなぁ」
リディア「でね、文献に載ってたんだけど、かつて空を飛ぶ魔法っていうのはあったの。でもそれはもう滅んでしまったの。彼女が使っているのは古代の魔法よ」
セレン「古代魔法?そりゃ凄い魔導師だな」
俺は魔導師じゃないからリディアほどの驚きは得られない。だが、凄い人材のようだ。
少女はじいっとザナを見つめていた。ザナは無言で見返す。
ザナが口を開こうとしたとき、少女が口を開いた。
「勇者様……」
ザナ「え……?」
ふわっと舞い降りる少女。そしてザナに近付くと、彼に舞い降りるように抱きついて、キスをした。
女子「なっ!(゚Д゚)」
リディア以外の女子が目を丸くする。ザナも目を丸くして突っ立っている。
ギル「お、おい、あの女の子、ザナにキスしたぜ」
セレン「しかも唇だな……なんでだ」
オヴィ「知るかよ……」
ぼうっとする男子。
ギル「あれじゃないか、ヒナが初めて見たものを親だと思うような」
セレン「で、初めて見た男をカレシだと思ったわけかw?」
ザナは身を固めて「な……」と呟いている。
「勇者様」
少女はもう一度言った。
「なに……俺のことか?……君は誰?」
しどろもどろで真っ赤になるザナ。意外な一面だ。
「ミクの勇者様です。やっと会えました」
頭が混乱して何も答えられないザナ。
クリスが意地悪そうに「まだ見ぬxiiaのことじゃなくって?」と横槍を入れる。
フルミネア「でも案外本当だったりして……」
そんなちょっとしたパニックは、魔物の咆哮によって打ち消された。
ぐぉぉという大きな声。振り向くとそこには大きな魔物が立っていた。薄暗い灰色の肌、角の生えた頭、動物の顔、大きな斧、体に炎を纏っている。
リュウ「リベーゼ!」
セレン「どんな魔物なんだ!?」
「悪魔ベーゼルを模したアデルです」
リディア「特徴はアデルと同じってことだね」
セレン「えぇと、ベーゼルは火の悪魔だよな。ってことは……属性は火か」
なんて言ってたら時機を逃したようで、俺たちはリベーゼの振るった斧で一撃で吹き飛ばされてしまった。
こいつはカイラなんかと違ってありえないくらい強力なアデルのようだ。斧を振ったときの一撃の威力と炎の威力で俺たち使徒はまとめて吹き飛ばされ、強く壁に体を打ち付けてしまった。軒並み女子が動けなくなる。オヴィでさえ立つのがやっとだ。
(しまった……不意打ちとはいえ、やられすぎた……。そうだ、メルは!?)
メルは俺の懐にいた。どうやらとっさに彼女のことは守ったらしい。よかった……。
遠くにいたザナとミクという少女だけが難を逃れたが、何せザナしかいないのはまずい。リベーズはミクに斧を振り下ろした。
俺が顔をくしゃくしゃにして見ていると、すっとザナが抜き身の剣でミクの前に立ち、あの斧をあっさりと受け止めた。そしてザナはユノを撃ち、リベーゼを吹き飛ばした。
「なっ……ウソだろ……」
オヴィの呟きが聞こえる。
俺は驚きで声が出ない。
ザナ「失せろ、この牛頭」
リディア「それ、ヤギさんだと思うの……」
ムリに突っ込むリディアを無視してザナはリベーゼに歩み寄る。
リベーゼは体勢を立て直し、ザナを斬りつける。これも受け止めたザナ。ところが腕にかすり傷を受けてしまう。するとリベーゼはにやっと笑い、間を取った。
ザナは首をかしげる。するとその直後、腕を押さえて倒れこんだ。
オヴィ「ザナ、どうしたっ!」
リュウ「あれは……毒です!リベーゼは斧に毒を持たせたんだ!まずい、今は薬なんてありませんよ」
パール「フルミネアさん、魔法は効きませんか!?」
フルミネア「ケアの魔法は傷を回復する程度です。状態異常は……」
オヴィ「くそっ、打つ手無しかよ!」
するとミクが倒れたザナに近寄り、何やら呪文を唱える。
「……ヴァル」
彼女の言葉に応じて緑の紐が空中に生まれ、ザナの腕を取り囲んだ。そして紐が取れると同時にザナは「おぉっ、治ったぞ!」と元気に立ち上がった。
リディア「うそっ!毒を治しちゃった!」
セレン「あれも古代魔法なのか、リディア?」
そろそろ腰の痛みが引けてきて立てるようになった。
リディア「そう、古代魔法。カコの時代の魔導師なら使えたと思うんだけれど」
ザナを治したミクを邪魔に思ったか、リベーゼは炎をミクに投げつけた。この子は戦闘はからきしらしく、小さな悲鳴をあげてバリアを張った。ところが軽くダメージを受けてしまう。
と、そのときザナの額に紋章が浮かんだ。おぉ、初めて見るザナの紋章だ。
「貴様……」
低い声で唸るザナ。いつもと顔つきがまるで違う。
どれだけヴィードが高まるものかと思った刹那、ザナはリベーゼの後ろにいた。少なくとも俺にはそう見えた。
リベーゼを見ると、ぐらっとし、スーッと真っ二つになって崩れた。
「え……」
俺は小さく声をあげるばかりだった。何が起こったんだ?斬ったのか?
だがそれを受けたリベーゼはもはや何も答えない。自分が死んだことさえ分からなかったことだろう。
リベーゼを倒したザナはミクの元にいくと、すっと手を差し伸べた。ミクはにこっとしてその手を握った。
ミクを立てると、後ろから「ミルフや」と呼ぶ声が聞こえた。
セレン「あっ」
振り向くとそこにはメルを生き返してくれた老人がいた。
ミク「おじいちゃん」
とてとて走り寄るミク。
「アルシェの使徒よ、また会ったな」
「こないだは助かりました。でもどうしてここに?」
「迷宮ファティスはフォルティスの杖を封印する場所なんじゃよ。ワシはフォルティスの番人なんじゃ。そしてこの子は孫娘のミルフ」
「ミルフ?ミクといってましたが」
「この子はどうしてか自分をそう呼ぶのじゃなぁ」
ミク「私のことはミクって呼んでほしいのです」
セレン「そ、そうか。分かったよ、ミクちゃん」
リディア「おじいさん、この子凄い古代魔法の使い手なの。この子も私たちの仲間なの?」
「そうじゃ。そなたたちが来るのをワシはここで待っておったよ」
ミク「仲間ってどういうことですかぁ?」
ぽわーんとした声で呟くミク。にこにこしている。天然だなぁ。
事情を説明してもミクは変わらず笑顔でいた。なんだか状況を飲み込めているのか不安だ。
「そうですかぁ、ミクがアルシェの使徒だったんですねぇ。じゃあ勇者様と一緒にいられるんですね」と嬉しそうだ。
ギル「なぁ、ミク……ちゃん?どうしてザナのことを勇者様(hacma)だなんて呼ぶんだ?俺たちだって使徒(hacma)なんだぜ?」
ミク「勇者様は、私の勇者様(hacma e an)なんです」
ギル「う~ん……まぁいいか」
リュウ「ともあれ、これでクリスタルの言っていた最後の使徒が揃ったことになりますね」
そうだ、これで使徒は揃ったのだ。あとはソーンを滅ぼせというあの言葉……ソーンとはウムトたち異性魔王のことなのだろうか。ウムトのことを思い出すと、頭が痛くなる思いだった。
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