「松の木のあっち」田中龍雄の被差別民話の「さかいめ」と職能民 被災地の一本松に寄せて
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●松の木と被差別と異界と常民 ◆乞食松 「「乞食松」に纏わる話は，「港北百話」という書籍の中に詳しく書かれています． （昭和51年発行「古老を囲んで港北を語る編集委員会」編纂） 横浜市立図書館ウェブサイトに「港北百話」の目次が掲載されていますが， http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/library/kyodo/0041116047-c.html 下の方に「乞食松」の項目があります．」 http://blogs.yahoo.co.jp/shinyokokun/64354492.html ことの顛末 乞食松 「昭和三十三年五月から三十九年十二月にかけて行われた建設省施工の鳥山河川改修（又口橋下流）がなされる以前は、小机より横浜線で東神奈川方面へ向う途中の鳥山川堤の右手に一本の老松が茂っていた。人呼んで乞食松といい、松の下には小さな祠があり中地蔵尊が安置されていた。この松は天保の大飢饉のおりに多くの乞食が餓死したため、ここた埋め、その墓標として植えたものといわれ、初め死人松と呼んだという。 餓死した乞食の遺骸を埋めてからそれほど時を経ずして、何処からともなく一人の乞食僧が鳥山村を訪れ、川沿い土手に小屋掛けをして住み、村の家々を回って仏法や功徳を説いていた。ところがある日、ふとした病気がもとで死んでしまった。また、別な伝えによると乞食僧は空腹と虫歯に苦しみながら死んで行き、いまわのきわに「我れ虫歯に悩むこと積年である。後世同じ病を患う者、我を祈らば正に利益を与えるてあろう。」という言葉を遺したという。乞食僧は生前に、自分は諸国を遍歴しあらゆる修行をつんでいるためどんな人の悩みも解決できるし、願いごともたちどころに聞き届けることが出来ると言っていた。事実その霊験もあらたかであったため、村人は乞食僧を名僧の世を忍ぶ姿ではないかとか、地蔵菩薩の化身ではないかと言うようになった。そこで、村人の手により死人松の所へ死骸を埋め、地蔵尊を安置して手厚く葬った。 その後、誰言うともなくお地蔵様にはご利益があるという話が広がったため、色々な願いごとをこめてお参りする人があとを絶たなくなった。特に虫歯に悩む人には良く効くといわれ、域の人々は歯痛で苦しむと、ここにお参りし願をかけるとともに、地蔵様に上っている小石を借りて来て痛む歯のところをさすると、たちまち治ってしまうとのことである。治るとお礼としておにぎりや花、線香を手向けると同時に、先に借りて来た小石を倍にして返した。なお、この地蔵尊は天保十三年（一八四二）十二月に鳥山村、岸根村の有志が世話人となって建てたものであるという。 乞食松のあった鳥山川ほ現在静かな流れを湛えているが、昔はよく氾濫をし大雨になると東側に岸根・篠原、西側に鳥山・小机の農民がかけつけ堤防の警戒に当った。いずれかの堤防が決潰すると、切れない方の農民は万才を叫んで喜んだ。ところが洪水の時期は稔の秋が多いため、稲の大半を苅り上げて田の畦に並べて置いたもめが水に押し流されて一ヶ所に寄ってしまい、後の分配に大分苦労することとなった。こういったことを防ぐため鳥山川の改修が行われ、由緒ある老松も切り倒されてしまったわけである。地蔵尊も横浜上麻生線道路近くの新しい堤の下に移され、新築された新しいお堂に安置された。傍には二代目乞食松も植えられすくすくと育っており、毎年春には信者によって供養が営まれ、過ぎし昔の面影が残るよう管理されている。」 （港北百話−古老の話より） http://blogs.yahoo.co.jp/hiro7hiro1/61161850.html ◆松下幸之助の生い立ち 「1894年11月27日、和歌山県海草郡和佐村千旦ノ木（現：和歌山市禰宜）に、小地主松下政楠・とく枝の三男として出生。家が松の大樹の下にあったところから松下の姓を用いたとする。」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%B8%8B%E5%B9%B8%E4%B9%8B%E5%8A%A9 ◆かんじん松 「古い墓のそばに、樹木の下に乞食が宿をとるので名がついた「かんじん松」という松がある。この木はさまざまな祟りがあるので、触れてはいけないとか下の草もかってはいけないといわれる。」 http://www.nichibun.ac.jp/YoukaiCard/1720223.shtml ◆行平と因幡の松 立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとしきかば今かへりこむ 中納言行平（16番） 『古今集』離別・365 大意 今は別れるけれど、稲葉山の松のようにあなたが待っているときいたらすぐに帰ってきます。 ■□■ 作者 ■□■ 在原行平（ありわらのゆきひら。818〜893） 平城（へいぜい）天皇の皇子・阿保（あぼ）親王の子で、業平の異 母兄にあたります。文徳天皇の御代の850年ごろ、過失をおかして 一時期須磨に流されたことがありました。 ■□■ 鑑賞 ■□■ 855年の春、行平が因幡守に任ぜられ、赴任地へ向かうときに、 送別の宴で詠んだ挨拶の歌です。 お別れですが、因幡国・稲羽の山に生える松のように「待ってい るよ」と言われたならば、すぐにでも帰ってきましょうぞ。 都から遠く離れた地方都市へ赴任する自分の身を思い、都への断 ちがたい思慕を詠んだせつない歌です。別れの名句といえるでしょう。 ◆◇◆ 冒頭で紹介したように、この歌は「別れた人や動物が戻って来る ように」と願掛けをするときに使われる有名な歌です。 ユーモアエッセイの名手、内田百間（門に月の字）の本に「ノラや」という連作エッセイがあります。その中でいなくなった愛猫、ノラが戻って来るように、このおまじないをするシーンがあります。 この歌の切なさが、いなくなった動物へ寄せる思いに通じ、こう したおまじないが生まれたのでしょう。 もし飼い猫がいなくなった時には、試してみてください。」 http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/016.html ◆「松の木のあっち」 【定本】『被差別部落の民話』 第２集所収の「ライ病」に関する説話 田中龍雄 ●部落と一般集落との境に立つ松の木を挟んだ、異界と日常界 「その境目にあった松の木の下に、いつしか小屋掛けの乞食（こつじき・現代で「こじき」）が住み着いた。 境目の一本松の下とはいえ、一般村の側に放浪の乞食が小屋を建てて住み着いたのを常民はいやがって、部落の側へと小屋を勝手に移してしまう。部落のほうもそれを見てただではすまさない。また小屋を常民村の方へ押し返した。乞食の住む小屋はこうしてあっちへやられこっちへやられを繰り返し、境目のシンボルである松の木の下を右往左往させられる。そしてその喧騒の中で乞食はとうとう松の枝で首をくくって死んでしまう。その遺骸は常民側に突き出した枝に吊り下がっていたので、当然、常民地域での変死体扱いになり、村人は文句たらたらでしぶしぶ後始末せねばならなかった。それを松のあっち側から眺めていた部落民は、日ごろ食べ物を分け与え、恵んでやったその礼として、義理であっち側で首をくくったのだと感心して念仏を唱えてやっていた。「身じろぎもせずに眺めてござった爺さまが倒れんばかりに首をふって」曰く、 「かたい（＝乞食）でさえも死ぬ間際にはあっちの枝で首くくり、あっちの土になるが望みじゃ」と。 「部落のもんは声失った。」 「松の木のあっち」とは常民から見て被差別者が住む異界・鬼界・彼岸・黄泉・闇・・・つまり「小宇宙の外」「人外地」（阿部謹也・欧州中世史。同書解説文）である。 筆者の思うに、すると今は陸地と海の境目にある防風林である松の木とは、異界＝海辺の世界と日常世界＝里を厳しく隔てた「さかいめ」を意味していたかと見える。「さかい」とは大阪の和泉の堺市なども、やはり渡来鋳物師や皮田たちの蕃居する異界だったのではあるまいか？ 「松」の意味するところは、そうしたえたひにんの世界、海の民の世界＝えびすのいる常世と日常世界の中間に位置する、中間（ちゅうげん）の（つまりどちらでもない存在としてのかたい人・こつじき・漂泊者）のいる場所だったことになろうか？ 百済系王族はこの国へ流れてから「松」を名に負うものが多く、また「松」の名を持つものに渡来系技術者やえびすの民の多かったことを思い出す。 田中龍雄が書き残したこの部落民話の中に「（乞食は）顔や手足が赤くただれた姿がいかにも哀れ」とか定本の付注に「不治＝絶対に治らない病」などの一文が添えられているところから、中世史の横井清は「このかたいとはライ者だったに相違ない」と書いている（『的と胞衣』「民話の中の被差別部落と癩者」）。 いわゆるハンセン氏病のことである。それが中世以前から差別され、漂泊せねばならぬ被差別者だったことは松本清張『砂の器』に詳しい。さて、松本氏の「松」すらも、たまさか北九州・筑豊に多かった「松本」姓の末裔に先の東北大地震救済に責任者となって、奇弁の末やめてしまった大臣を思い出す。また天才的技術者・松下幸之助一家が、古代から海人族の多かった和歌山の海草郡の浜辺？の、松の木の下に家があったから松下と名乗った、など聞くと、思わず「そうか」とうなってしまい、そういえば柿の木の下に家のあったという人麻呂なども、渡来の和迩氏の下位にあった家柄だったかと気付かされてしまうのである。柿の木もまた炭には適材の固い樹木である。その炭はやがて中世になって千利休の茶事に用いられるようになる。利休もまた堺の皮屋の家に生まれた被差別民だった。 奇しくも、東北の海岸に、大津波にも負けずにたった一本残った「一本松」があることを思い出した。 津波に飲み込まれた海岸地帯は、まさしく「かつては」浜の民のいた異界であった。海の民の藻塩を題材にした謡曲松風と在原行平の「行平鍋」は藻塩でつながり、因幡山の松ともつながり、また日本三景松島の赤松もまた藻塩焼く炭となったが、それは渡来技術であった阿武隈山地の砂鉄を作る製鉄や蝦夷たたら製鉄を思い起こさせる。松脂は高温で燃える炭を作り出すのである。 ◆来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや 藻塩（もしほ）の 身もこがれつつ 権中納言定家（97番） 『新勅撰集』巻13・恋３・849 中世の話ばかりではあるが、そこに赤松が植えられた理由は、高温を作る炭を焼くためであり、それは古代からの渡来工人たち、えみしたち、縄文工人・たくみたちの差別の歴史の始まりでもあったのだ。 異界と日常の境目をさまよう、中間の人である乞食でさえ、死の間際には常民の世界に向いた松枝を選んで首をくくった。そのあこがれが怖い。またそれを見て即座に、乞食でもわれわれとは違う常民のはしくれなのだと割り切り、喝破した部落翁の冷徹な現実凝視がまた恐ろしい。 ・・・・・・・・・・・・・・ 被災地の一本松が海水に根幹をやられ、今にも朽ちて倒壊しそうな話を聞く。 O・ヘンリの『最後のひと葉』を髣髴とさせられる。 子供たちの明日への希望のためにも、人知れず、夜中のうちに、根幹に腐らせぬように樹脂など挿入しておいてくれる奇特な「おじさん」が現われぬかと期待している。 |
我ながら、近来希に見る名文が書けたと自負している。まさに松が古代と中世、渡来と海人・くぐつと差別をつないだ。
2012/2/21(火) 午後 2:50