カーテン越しに朝日が差し込む時間帯、そろそろ起床の時間です。今日もいい天気なのは朝日と鳥の鳴き声でわかります。いいことですね。
朝の日課の店周りの掃除をするため、起き上がろうとして……失敗しました。昨日よりがっちりと抱き込まれています。
「……グレアム」
「ん……」
寝ぼけた返答をする相手の腕を外そうとして……は、外せない。あ、あれ? 逆に私の両腕を片手だけでまとめてしまいましたよ。
え? な、なんかグレアムの腕が……手が……ぎゃあ!
「こん……の、スケベ!」
「痛!!」
思い切り首を前に振ってから後ろに振りました。後頭部が背中から抱き込むグレアムの顎にヒットしたようです。拘束する力が弱まりました。
この期を逃す私ではありませんよ! さっさとベッドから降りて、不埒な行為に及ぼうとした相手を睨み付けます。
対するグレアムは、まだ痛むのか顎をさすっています。自業自得ってなもんですよ。謝らないんだからね!
顔が熱く感じるのは、気のせいではないと思います。きっと真っ赤になってるんだろうなあ。じゃなくて!
「まったく、朝っぱらからどこ触ってんだ!!」
「そりゃルイザのお」
「言うな!! そうじゃなくて! 何やってんだっつうの!」
くそう、しれっとした態度しおって。まあ確かにこの手の悪戯は昔もよくやられていましたが。家の自分の部屋で寝ていたはずなのに、気づけばそのベッドの隣にグレアムが寝てた、なんて日常茶飯事だったもんなあ。
……だからって何もありませんよ!? 本当にただの添い寝ですからね!? まあ……たまに今朝みたいな悪戯はあったけど。
私が睨む先で、グレアムは髪をかき上げながら不満そうに呟きます。どうでもいいけど色気だだ漏れ状態ですよ。くそう、無駄に美形はこれだから。
「嫁入り前の身を何だと思ってんのよ!」
「……ルイザがお嫁に来るのは俺の所じゃないか」
う……。言葉に詰まってしまって、これ以上強く言えません。拗ねたような表情を見下ろすのが精一杯でした……。なんだか負けた気分。
昨日は大変でした。あの二人の事ではありませんよ? 仕事の方です。あの後はすぐに儀式の支度が調ったから、と呼びに来た神官に連れられて、彼らは部屋を出て行きましたから。
私は清めの儀が終わるまで、あの部屋で待たされたんですよね。別に一人ででも帰れるのに。グレアムが待ってて欲しいというので待ちました。
儀式自体はそんなに時間はかからなかったんですけど、それでも工房に戻る時間が遅くなったのは事実です。
「待たせた」
そう言って戻ってきたのは、グレアムだけでした。あれ? お仲間どうしたの? 別に会いたい訳ではないけど。特にあの二人には。
「あの三人は? どうしたの?」
「上の部屋にいる。今のうちに神殿を出よう」
そう言うと、グレアムは部屋に隅に置いてあった衣装箱から、何やら袋を掴み出しました。彼の荷物かしら?
「このまま店の方へすぐ戻る?」
「ええ、仕事があるから。って、このままうち来る気?」
「もちろん。今日は上の部屋でおとなしくしてるよ。何かあったらすぐ声かけて」
「え……いや……うん……」
何か押し切られた気がしますよ? グレアムは荷物の中から、丈が少し短めのマントを出して羽織りました。フードのついたそれは、目深にかぶってしまえば多少見てくれを誤魔化す事が出来るようです。
「こうしておけば、『勇者』とはわかりづらくなるだろう」
「そうねえ……顔が見えなければ、なんとかなるかも」
とりあえず誤魔化す事くらいは出来るでしょう。王都では出立の際にパレードをやって顔が知れ渡っていますからね。グレアムの顔は記憶にも残りやすいでしょう。
そういえば昨日は凄かったけど、今日は店の周囲に人はいませんでしたね。掃除の時も、ここに来る時も。
てっきり噂が広まって店を包囲されるかも、と思ってたんですけど。そういえばオーガストさん達は、どうやって彼らを追い払ったのかしら。
結局工房に戻ったのは昼近くになったんですが、待っていたのは仕事の山でした……。
うん、途中で抜け出した私が悪いんでしょうけどね。でもそれもこれもグレアムがまっすぐ店に来たから、なんて思っちゃいけませんよねうふふふ。
就業時間ぎりぎりまで粘っても終わらなかったので、結局上の部屋に持ち帰りでやりました。さすがに徹夜にまではなりませんでしたけど、二度とやりたくないくらい大変でしたよ……。
朝の掃除を終えて、まとわりついてくるグレアムを撃退しつつシャワーを浴び、朝食を用意して食べ終わる頃、下の工房の入り口の呼び鈴が鳴りました。
はて? こんな朝早くから来る客なんてあったっけ? 工房で一番最初に来るエセルなら、鍵を持っているはずですし、他のみんなはまずエセルよりも早く来るという事はありません。
訝しみながらも降りて行けば、扉の向こうにいたのはゴードンさんでした。
「おはようございます、お二人とも」
「お、おはようございます……」
「何かあったのか? ゴードン」
気づけば真後ろにグレアムが立ってましたよ。いつの間に……。そして私の頭越しに会話が始まりました。
「至急支度を調えて、ご同行願います。陛下より謁見のお許しが出ました」
「……ずいぶん急だな」
「そろそろ『勇者が帰ってきている』という噂が流れ始めていますからね。いい機会という所でしょう」
後ろを振り向けば、グレアムが何か考え込んでますよ。国王陛下と謁見ですか。さすがは勇者といった所ですね。
「じゃあ行ってらっしゃい」
ここは笑顔でお見送りしておきましょう。ん? 二人して何か妙な顔でこちらを見ていますよ? 何か変な事いいましたか? 私。
「ルイザさん、申し訳ありませんが、あなたも同行願います」
「は!?」
私!? 何でですか!? 私ただの一般庶民、勇者とは関わりありません。あ、一応関わりあるか……。
「大丈夫、俺が一緒だから」
そうグレアムに言われ、そして引く気を見せないゴードンさんを前に、どうやって断ろうかと思案しました。ここは正攻法でいくべきですよね!
「えっと……実は昨日も仕事途中で外出たので、今日もというのはちょっと」
また徹夜まがいの事はしたくありませんよ。結構忙しいのに。イーヴィーがいるとはいえ、彼女にも彼女の仕事がありますからね。私の仕事を肩代わりさせる訳にはいきません。
「その件に関しては後ほど王宮からエドウズ本人に報せが行くようにしましょう。今はこちらを優先していただきます」
……やっぱり引きませんよ。でもこれ以上工房に迷惑かけたくないのに。
「ルイザ? どうかしたの?」
扉のところであれこれ言い合っていたら、出勤してきたエセルに不思議そうな顔で見られていました。
「エセル! 丁度いい所に! あの」
「本日一日、彼女をお借りしたいのですが」
しゃべってる最中にもってかれたー! やるなゴードンさん。って、そんな感心してる場合じゃありませんよ。これ以上工房に迷惑かけたら、最悪辞めさせられてしまいますって!
「勝手な事言わないでください! 私にも仕事があるんです!」
「あなたを呼び出しているのは国王陛下ですよ。これ以上我が儘を言われるようなら、不敬罪として拘束する事になりますが?」
げ!? 冗談……じゃないようです。ゴードンさん、目がマジですよ……。
「ゴードン、ルイザを怖がらせるのはやめろ」
「怖がらせているのではなく、事実を述べているんですよ。もう少し、ご自分のおかれた立場をわきまえた方がいい」
立場って言われても……。ただの仕立屋の職人ですが。それもまだ駆け出しに毛が生えた程度の存在ですよ。
ここまでの言い合いで、なんとなく事情を察したのか、エセルが声をかけてきました。
「……よくわからないんだけど、国王陛下から呼び出されたんなら、行かないと」
「でも……」
「大丈夫! 仕事は帰ってきてからやればいいから!」
またですかー。まだ仕事立て込んでるのに……。
「では、お二人とも、こちらへ」
そのままゴードンさんに促されて、王宮から回してもらったという馬車に乗り込みました。
見上げる高い天井からは、大きなシャンデリアがいくつか下がっています。そのシャンデリアの向こうに見える天井には、色鮮やかな天井画が所狭しと描かれています。
壁にも柱にも装飾が施され、豪華絢爛という言葉がこれほど似合う場所も、そうそうないだろうと思える程です。
王宮の大広間。私たちは今そこにいます。大広間の奥には、一段高くなった場所に置かれた玉座。そこに座る人を待っている最中です。
今のグレアムは、王都出立の時にまとっていた甲冑姿です。店に来た時には神殿に置いてきていたようです。普通にシャツとズボンで来てましたから。
私の方は何故かゴードンさんが用意してくれました。春を先取りしたような、淡い色のドレスです。型がシンプルでスカートの膨らみも少ないですけど、これ誰のものなのかしら……。
あの後王宮に着くと、出入り業者用の入り口ではなくて、正面の入り口から中に通されました。
「後はこの者の指示に従ってください」
そうゴードンさんに言われて、私とグレアムは見知らぬ人に預けられてしまいました。この人も侍従とかに就いている人なんでしょうか。
そのままその人の案内で、とある一室へ入りました。そこに用意されていたのがこの服です。
グレアムはまだしも、私の方はこの年になって他人に着付けてもらうなんて初めての経験でした。にしても、このコルセットきつい……。ものすごく締め上げられてます……。
髪も珍しく結っていますよ。暑い時期には結い上げる事もありますが、基本あまり結わない方なんです。
今日は複雑な形に結ってもらい、リボンと生花で飾り付けられています。ちょっとこれは気に入りました。でも自分じゃ再現出来ませんけどね。
それに念入りに化粧もされました。白粉の粉で呼吸困難起こすんじゃないかと思うほど、はたかれましたよ。これも全て高級品、なんでしょうね。
部屋から出たら、またゴードンさんに先導されて王宮の中を進みました。そして辿り付いたのが、ここと言うわけです。……絶対一人では戻れない自信がありますよ。もうどこをどう通ったか、覚えていません。
それにしても、ここってあれですよね? 国王陛下主催で夜会とか舞踏会とかが開かれる場所ですよね?
お金出せば他の人も使えるらしいけど、普通の富豪くらいじゃ出せない金額だとかエセルが言ってた所ですよね。そうか、ここかあ。
確かにきらびやかな場所ですよ。本当、一般庶民には居づらい場所だわ。息が詰まりそうです。
普通国王陛下への謁見には、それ専用の謁見の間が使われます。でも私たちは公式の謁見者ではないため、この大広間に通された訳です。ええ、この謁見、非公式なんです。
何故非公式なのか。実は勇者一行はまだ表向き王都には戻っていない事になってるそうですよ。……あれだけ大人数に目撃されてるのに。
その辺りのごまかしをどうしたのかまでは知りませんが、とにかく王都にいるはずのない勇者と国王が会う訳ですから、非公式に、という事になったそうです。非公式の割には仰々しいですけどね。
ただ会うためだけにこんな広い場所でなくてもいいのではないのかしら? とも思いますが、国王ともなると立場や警護の問題で、そうそう狭い部屋で会う事は出来ないんだとか。本当面倒ですね、王侯貴族って。
この大広間に通されてからしばらく待たされました。ちなみに大広間に入る前に、
「中に入ったら私語は慎んでください。陛下に何か聴かれましたら、正直にお答えするように」
とゴードンさんに言われたので、これまで隣にいるグレアムとはしゃべっていません。ああ、退屈。
しかも立ったままで待っているので、ちょっと疲れてきました。普段座って仕事してますからね。運動不足がたたっているようです……。
明日からでも毎日の生活に運動を取り入れようと思います。まずは近所の散歩からでしょうか。
そんないい加減足が疲れてきた頃、国王陛下が広間に入ってきました。警護の騎士やお付きの従者を引き連れて。
いきなり扉が開いてぞろぞろ人が入ってくるものだから、何事かと思いましたよ。とりあえず隣のグレアムが礼を執ったので、一緒になって慌てて礼を執りました。
貴族の礼なんて知らないから、普通にお辞儀をしました。これで『礼がなってない!』とか言われたらどうしましょう。
「楽にせよ」
そう声がかかったのは、礼を執ってすぐでした。元の姿勢に戻っても、玉座を見てはいけないんだそうです。なので視線はまだ落としたままですよ。それにしても。
今の声って、やっぱり国王陛下なんでしょうか?
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