「つ……妻って……妻って……」
「い、いいいい一体いつの間に!!」
「ではこの方が例の……。にしても結婚まで話が進んでいたとは知りませんでしたよ」
「てか妻って何!? いつの間にそんな話になってんの!? 私知らないよ!?」
グレアムの妻発言に対する、巨乳ちゃん、ちびっ子、騎士さん、私という四者それぞれの反応でした。
いやもう本当に! 妻ってなんだ妻って! プロポーズをされた覚えも受けた覚えもないぞ!!
「ルイザ……忘れたのか?」
眉間に皺を寄せて、私を問い詰めるようにグレアムが言ってきます。
「……何を?」
……え? 私、何か忘れてますか? いや、確かに例の待ってる云々の約束はころっと忘れていましたが。というかはっきり返答しないという形でうやむやにしましたが。これ以上忘れている事って、あったっけ?
確かにあのまま勇者に選出されていなければ、そうなる可能性は高かったですけど。でも実際には彼は勇者として選出されましたしね……。
「故郷を出る時に、『使命を果たして必ず帰ってくる。だからそれまで待っててくれ』って、約束しただろう?」
ありましたね、あなたが帰ってくるまですっかり忘れていましたが。私が返事を濁した事は、すっかり流されてるみたいですけどね。
「あったねえ。でもそれが結婚の話とどう繋がるの?」
「あれが求婚だったんだ」
「ええ!? あれが!?」
いや、素で驚きました。あれプロポーズだったの!? 全っ然気づきませんでしたよ。
「帰って来たら、すぐに結婚するつもりであの時ああ言ったんだ」
「え……いやいやいや、あれだけじゃわからないから」
だって、『待っててくれ』だけじゃあプロポーズとは言えません……よね? 私間違っていませんよね?
私とグレアムの間に流れるなんとも言えない空気を察知し、騎士の人が横から声をかけてきました。本当、そつがないなあ。
「……つまり故郷を出られる時の約束だと? 失礼、お名前の方は……」
「え? あ、ルイザです。ルイザ・アトキンソン」
「ではルイザ嬢。貴方は今の話でいくと、あなたは求婚された事に気づいていなかった、と?」
「ルイザでいいです。あー、そうなりますね……」
ええそりゃもう綺麗さっぱりと気づいていませんでした。だって普通あれがプロポーズの言葉なんて、気づかないでしょう?
そう思ってグレアムの方を見上げれば、心なしか不機嫌そうですよ。しまった……。
そちらから視線を外して見てみれば、騎士の人の後ろでお嬢さん方二人はなんだか固まってるようですよ
「では今はどうですか? 話を聞いて、勇者殿と結婚する事を承諾なさいますか?」
「え?」
どうだろう。正直本当にグレアムとはもう会えないと思っていたから、ある意味恋心という部分では吹っ切ってしまってる気がする。まあ忘れきれずに比較対象にしてしまってはいるけど。
じゃあ戻ってきた今は、と聞かれれば……正直戸惑っている、が正解です。戻って来ないと思っていた人がいきなり帰ってくれば、誰だって戸惑うよね。
これってあれですよね? 戦地に行ってて戦死報告受けた夫だか恋人だかが、戦争終わったら実は生きてて帰ってきましたってやつ、あのシチュエーションに近いと思います。
その場合高確率で既に別の夫だの恋人だのがいるんですよね。……ええ、私にはそんな相手はいませんが。だって一人でも幸せになってやる、って思って王都に出てきたんですもの。
最近じゃあ出会いも求めていましたが、それもうまくいっていませんでしたしね。グレアムを比較対象にも、してましたしね。
その辺りも踏まえて、じゃあすっかり元通りになれるのか、と聞かれたら……どうなんでしょうね?
元々幼なじみで、一緒に過ごす時間が長かったせいか、一緒にいて一番落ち着ける相手なのは間違いありません。
じゃあ今もグレアムに恋してるのか、と問われると……どうなんだろう。自分の中の何かが『待った』をかけているような感じです。
それもこれも、厄介な前世の記憶のせいですよ。あの記憶があるおかげで、『勇者』になった恋人は戻ってこない、というのが植え付けられていますからね。多分心のうんと深い部分に。
でもグレアムは、彼だけは帰ってきた。これまで帰ってこなかった三人とは違う。そう思う部分も、確かにあるんです。
でも彼の周囲には巨乳ちゃんもいればちびっ子もいる。それに王女殿下だって、どう出てくるかわかりません。
今までの女子の集団の比ではない、厄介な相手達です。王女殿下は言うに及ばず、巨乳ちゃんとちびっ子は苦難を共に乗り越えた仲間、ですよね。私にはない『繋がり』です。
今はそうでなくても、この先、いつどちらかに気が向くとも知れません。世の女性は恋人なり夫なりを、常にそんな思いで見ていたりするんでしょうか? それともこんなばかな事考えるのは、私だけ? 彼が『勇者』でさえなかったら、こんな事は思わなかった?
この考えのせいで、グレアムに向ける思いに制限がかかってるのは、確かです。考え過ぎだとはわかっているんですが、理屈じゃないみたいです。
自分の思いに沈んでいたら、周囲の視線が痛く感じられました。しまった、何か答えないと。
今の考えを丸っと口にする訳にもいきませんからね。ここは曖昧にぼかしておきます。どちらに転んでも、なんか怖そうなんですもの。
「えーと……そんな急に言われても……ねえ。グレアムは帰ってきたばかりだし」
「グレアム?」
騎士の人が聞き返してきました。あれ? 一行は彼の名前、知らないの? いくら勇者の名前は秘されるとはいえ、てっきり教えられているものとばかり思ってましたよ。
「ええ。彼の名前」
そう隣に立つグレアムをさして言おうとしたら、途中からすんごい勢いで割り込みがかかりました。行儀悪いなあ、あんたら。本当にしつけなってないんじゃないの? 親の顔が見てみたいよマジで。
「んまあ! 勇者様の御名を口にするなんて!!」
「あんたばかじゃないの! 勇者の名前は口にしちゃいけないのよ!!」
えー? そんなの知らないし。つか今まで散々名前で呼んでた相手なのに、いきなり名前で呼ぶなって。じゃあなんて呼べばいいと?
そんな私の考えが顔に出たんでしょうか。巨乳ちゃんもちびっ子も大変偉そうに仰いました。
「これからはあなたも勇者様とお呼びしなさい」
「それくらい知ってて当然じゃないの。神殿で何勉強してきたのよ」
まあ確かに神殿では学校開いて近所の子供に勉強を教えてくれますけどね。そのついでに魔物の事やら勇者の事やら教えてくれますけどね。散々通い倒していろいろ教わりましたけどね!
でも勇者の名前を呼んじゃいけないなんて教わった覚えはないんだけど。このちびっ子は何威張ってるんだろうか。胸張っても小さいんだから迫力はないぞ。
「……なんか失礼な事考えてるわね?」
おかしいなあ、君は推定魔王と同じ能力を持っているのかね? ちびっ子神官よ。
「とにかく! いきなり勇者様と結婚しようだなんて、認められませんわ!」
「そうよ! 後からいきなり出てきて何様よあんた」
「そうですわ! あの辛く苦しい旅を共にした私達を差し置いて、図々しすぎますわよ!」
「討伐の旅を共に戦い抜いた私たちの方こそその権利があるわよ!!」
あれから部屋の中央に設えられたテーブルに移動し、そちらで話す事となりました。でも話すって何を? てか儀式はやらなくていいんですか?
そして巨乳ちゃんとちびっ子の口からは以上の事が出てきました。君ら本音だだ漏れだよ。相手が激高してると、かえってこちらは冷静になるもんですね。
結婚に関しては認めるも認めないも、この人達の了承なんて必要ないでしょうに。大体後から出てきたって、私の方が先に知り合ってるんだが。
さっきの話聞いてそこ気づかないのかね? それとも気づきたくないのかね? つか知り合った順番なんて関係ないよね? 恋愛ごとに関しては。
「落ち着きなさい、お二人とも。話が進みませんよ」
「別に二人に認めてもらわなくても構わないんだが」
「勇者殿……そういう本音は今は伏せてください」
騎士の人も結構言うよね。グレアムの言葉にびしっと亀裂が入ったような音が女子二人から聞こえた気がしたけど、聞かなかった事にしよう。
「時にルイザさん。勇者殿とは一体どこで出会われたんですか? 先程のお話から察するに、子供の頃には出会っていたようですが。」
「え? 出会ったっていうか……幼なじみなんですけど。家が隣同士だったんです」
私が物心つく頃には既に側にいましたよ、この人。いわゆる家族ぐるみの付き合いしてました。あ、一応今もか。
なんだか女子二人が私のこの一言にもショック受けてますよ。ちょっと鬱陶しく感じてきたんですけど。まあ幼なじみフラグが最強なのは認めますよ、うん。
「そうですか……それで名前で呼んでいたんですね……」
いかにも困った、って感じの騎士の人。確か『ゴードン』とか呼ばれてましたね。
そういえば私名前聞いてないよ。確か新聞で名前は見た気はするんだけど、一行の名前全部が出たのって、一度きりなんだよね。
後は役割……というか、騎士がどうの魔導師がどうの女神官がどうのっていう感じで書かれてたから。そっちの方が頭に残ってます。個人名もそこに列記されてはいたんだけどね、興味がない人の名前って、覚えないよね?
「あの……」
「何です?」
にこやかに対応してくれるのは大変有り難いと思います。女子二人は既に私の事睨み付けるようにしてますよ。
「私、みなさんのお名前、知らないんですけど」
まず間違いなく、自己紹介も何も受けてません。グレアムは私を紹介する、と言っていましたが、先程の妻発言でそれどころではなくなりましたよ。
私の先程の言葉を聞いて、騎士の人は一瞬驚いた顔をしました。巨乳ちゃんとちびっ子も同様です。
なんだろう? この『知ってて当然、知らないなんてあり得ない』って空気は。
まあ勇者一行なんて世界でも有名な人達のはずですからね。そう思い込んでいてもおかしくはないんでしょうけど。
だが甘い! 世の中にはあえて勇者の情報をカットしてしまう人間もいるのだよ。私のようにな。新聞の切り抜きは集めたけど。記憶には残さなかったのさ。
……別に胸張って言ってる訳ではありませんよ。記憶力も悪い訳ではありませんし。本当に意図的に覚えないようにしてただけですからね。
「これは失礼しました。私は国王陛下の近衛隊に所属しております、ゴードン・ルイス・モンクリーフと申します。どうぞ、ゴードンとお呼びください」
驚いたような表情を浮かべたのもつかの間、騎士の人はすぐさまにこやかに自己紹介してくれました。
それにしても、はあ、近衛ですか。本当に騎士で、しかもその中でも最高峰の近衛騎士団にいる人なんだ。
騎士団はいくつかにわかれていて、それぞれ序列があるというのは知っています。その中の一番上が近衛騎士団で、一番下が騎兵隊だって事くらいですけど。
そういえばエセルが勇者一行にいる人は、騎士団の中じゃ一番の腕だって言ってたっけ。剣の腕だけでなく、女性の扱いも長けてるんですね、この二人への対処の仕方を見る限り。
ゴードンさんは目線だけで他二人にも自己紹介するよう促します。いや、そっち二人はどうでもいいや。既に私の中では巨乳ちゃんとちびっ子で固定してるし。
と思ったのに口を開きましたよ。それにしても……。
「私はレイン公爵令嬢ダイアン・セルマ・アナ・レイン。見知りおかなくても結構でしてよ」
「私はリンジー・ナタリー・ラングドン。よろしくする気はないからそのつもりで」
……なんだか変な自己紹介されてしまいましたよ。二人とも、自己紹介する時くらいは相手の方見ましょうね。そっぽ向いたままそう言われてもねえ。
うまくやっていく気はない、というのが態度からもありありと伺えますが、やっぱり挨拶はきちんと、と思いますよ。
「改めまして。ルイザ・アトキンソンです」
名前だけはもう一度言っておきました。さっきはどさくさ紛れに名乗りましたから。
「それで、先程の妻云々の話なんだけどね」
話を進めたのはゴードンさんです。身分から言って本当は『様』付けなんでしょうけど、先程の自己紹介でゴードンでいいって言ってたから『さん』付けです。怒られたら訂正するよ。
「残念ながら今すぐは無理だと思いますよ」
ゴードンさんはその場で爆弾を投下しました。主に私の隣に座る相手に対して。
私は別に構わんのだよ。だって私的にはプロポーズされてないし受けてないし。それにいきなり結婚とか言われても、心の準備も出来ていませんしね。
でも巨乳ちゃんとちびっ子はゴードンさんの言葉を受けて、しっかり尻馬に乗ってきました。本当、こういうとこだけは息ぴったりだなあんたら。
「当然ですわ! 勇者様の伴侶となるのがこんな……庶民の娘だなんて」
「神殿側も認める訳にはいかないわよ」
君らのは個人的感情からくるものだろうが。でもじゃあゴードンさんが無理だっていうのは、何故?
「……何が問題なんだ? ゴードン」
グレアムも同じ事考えたようです。でもその聞く声がかなり低くて冷たいよ。怖いよ。
でも聞かれた方のゴードンさんは平気な様子ですよ。もしかしなくても一年弱の討伐の旅で慣れたのか? ゴードンさんてばグレアムの冷気、受け流してますよ。
「それについては……まずは王宮の方へ、行っていただきたい」
そのゴードンさんの言葉に、何故かグレアムからほっとした気が伝わりました。……何故でしょうね?
でも次に出てきた言葉は、そんな様子からはかけ離れた内容でした。
「報告はお前達と王子で行ったのだろう?」
冷ややかなグレアムの言葉に、ゴードンさんは苦笑を返します。ん? 王子?
「一部の方々が納得しなかったので」
ゴードンさんの返答に、グレアムが忌々しそうに舌打ちします。行儀悪いなあもう。にしても王子って……。
あ! そういえば見届け役とかで、王女殿下のお兄さん王子が同行してたはずですね。見届け役ってくらいだから、一部始終を見ていてそれを報告してるのではないんですか?
「とりあえずは一度王宮に向かってください。話はそれからになると思います」
「嫌だ」
「勇者殿」
グレアムは眉間の皺を隠そうとしません。相当嫌なんですね。以前王宮で何かあったのかしら?
まあ彼も勇者とかなんとか言われてはいるけど、いわゆる一般庶民、下々の生まれです。そういった部分をあげつらう貴族とか、やっぱりいる訳でしょうから、その辺りなんですかね。
「俺は使命を果たした。これ以上はもういいだろう。この先は好きにする」
「そのためにも、一度王宮においでください。その……こういう言い方はあまりしたくありませんが、ルイザさんの為にも」
へ? 私? 私が何か? いきなり話振られても反応出来ませんよ?
「今回の『騒動』で、厄介な連中に彼女のことが知れたと思って間違いありません。連中を抑える為にも、国王陛下の庇護はあって損はないと思いますよ」
訂正。騎士さんは人の良さそうな顔をして結構な策士と見ました。騎士って剣の腕だけではないのかしら? この策士っぷりは、どちらかというと武官のものではなく文官のものって感じですよね。
なんだか嫌な感じになってきましたよ?
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