王都中央神殿。ここ王都は言うに及ばず、我が国でも中心的役割を担う、まさしく中央神殿だそうです。
わざわざ『王都』と付くのは、中央神殿と名の付く神殿が他にあるからです。遠い聖地にある神殿がそうです。
魔物の勉強の為に神殿には学校の授業以外でも通い詰めていたので、その辺りにも実は詳しかったりします。だって魔物の話を聞くと、必ず聖地の話がくっついてきますから。
ここに来るのは降臨祭以来ですか。普段の生活で神殿に行くことはまずありませんからね。
信心深い人ならば毎日のお祈りに近場の神殿に赴く人もいるでしょうが、私はそうではないので行きません。何せ前世の記憶持ちですからね。
普通はそういう常にない状況にある人ほど信心深くなりそうなものですが、私の場合は違いました。だって正直あまりこの前世の記憶、役に立たないし。
前にも思いましたが、当時の世情とか学問や歴史的な動き云々を知っていれば、それを研究する職に就けたかもしれませんが、前世もその前もその前の前も、普通の村人だったり街人だったりしてましたからね。研究に使えそうな知識があるわけもありません。
覚えているのは、どちらかと言えばとっとと忘れたい部類の記憶ばかりですからね……。本当に、女神様、私何か悪い事したんでしょうか?
信心が足りない、と言われてしまえばそれまでですが、でも私程度の信心の人なんて、掃いて捨てるほどいますよ? 何故私だけなんでしょう?
そんな訳で、女神様の加護が薄いと思われる私としては、ほどほどの信心しか持ち合わせていないわけです。
でも私の隣に立つ人は違います。何せ女神様にその力を開いてもらった『勇者』ですからね。女神様の恩恵を直接受ける希有な存在、それが勇者です。
伝説では直接女神様と意思の疎通を図ることが出来ると言われていますが……そういえば、女神様に清めてもらったとか何とか言ってましたね。
てことは伝説は本当なんですね……。今度折を見てグレアムから女神様に聞いてもらおうかしら? でもそのためには転生した記憶がある、とグレアムに言わなければならないんですよね。
理由を聞くのを優先するか、頭のおかしい人と思われない方を優先するか。地味に悩みます。
「行こう」
勇者、グレアムは私の腰に手を回して神殿の扉をくぐりました。唯一人、私の元に帰ってきた、勇者。
王都中央神殿は、その役割からも王都で一番大きな神殿です。当然中は広い訳ですが……彼らはどこで待っているのでしょうか?
入ってすぐは吹き抜けの空間です。そこから奥に続くであろう扉が三つ、見えています。左右にも抜けられる廊下が見えますし、そこからはちらりと階段も見えました。
「あの人達、どこにいるの?」
「ああ、多分……」
そうはっきりとは答えず、私を連れたままグレアムは右手の廊下を奥に進みます。階段を通りすぎてその奥へ、さらに奥へ。いいのか? こんな奥まで勝手に入って。
まあグレアムはいいでしょう。神殿とは縁の深い勇者ですから。でも私は、ただの一般市民なんですけど。
でも通りかかる神官には何も言われませんでした。もちろん呼び止められる事もありませんし、制止させる事もありません。
勇者が連れていれば一般市民でも奥まで入れるものなんでしょうか? え? もしかしなくても勇者ってフリーパス代わりになるの? 驚きです。
奥へ行けば行くほど人の数は少なくなっていきますが、その代わりにどう見ても位高いよね? っていう神官ばかりがいます。
神官の位は簡単に見分けがつくんですよ。着ている法衣を見れば一目瞭然です。位によって、使える色が厳密に決まってるんですって。この辺りの知識も、通い詰めた神殿学校で教えてもらいました。
ある意味邪な動機で勉強していたんですが、教師の神官さん達には受けが良かったようです。いろいろ教えてくれたのも、今ではいい思い出です。
そしてここには一番低位の人が着る色である、黒を着ている人がいませんよ……袖の部分が黒い人はいるけど。大部分が灰色の法衣です。
昔聞いた話だと、あの色は全て神聖術で染め上げられているので、着る資格のない者が着ると大変な事になるんだとか。
大変な事って何なんだろう? 子供の頃だからはっきり教えてくれなかったけど、今なら教えてくれるかしら? それともあの神官も実は詳しい事知らなかったりして?
そんな事を考えながら歩いていると、かなり奥まで来ていたようです。さすがに神殿のこんな奥までは来た事ありませんよ。
でも不思議な事に、時折行き違う高位神官達は、私たちの事を見て、一瞬ぎょっとしたような表情をした後、まるで何も見なかったと言わんばかりに視線を外して足早に通り過ぎていくんです。……グレアム、あんた何をした?
私が高位神官に縁があるわけありませんからね。彼らがそんな不審な行動をするなら、まず間違いなく原因は私の隣の勇者です。
あれ? もしかして『勇者』ってだけであの反応なのか? だとしたら疑ってごめんなさい。口にも態度にも出してはいないので、心の中で謝罪しておきます。
隣を見上げますが、グレアムは前を向いたままです。周囲の反応に、気づいていて知らない振りをしているのか、気づいていないのか。
昔から周囲に関しては我関せず、な所が多い人でしたからね。それでも軋轢を起こさない程度には人付き合いもしていましたよ。故郷での話ですけど。
小さい頃は本当に周囲の事に関心示さなかったけど、学校にいく頃には周囲と摩擦なくやっていけるようになっていたのは、ひとえにデリアおばさんの教育の賜ですね! こんこんと説教していた姿は今でも忘れません。
彼の周囲には昔から人が集まるんですが、学校に入ってから多くなったのはやっぱり女子関連でしたね……。無駄に美形なおかげで、学校に上がる頃には周囲に知らない女子が群がるようになっていましたから。
幼なじみ以外は、側にきても素っ気ない対応になってました。ことさら邪険に扱う事はしませんが、女子に群がられるのは嫌だったみたいですね。鬱陶しいってはっきり言ってましたから。
でも態度は素っ気ないんだけど、頼まれごとや班での活動なんかは嫌な顔せずに率先して引き受けたりするので、その落差に落ちる女子は多数だったんです。
曰く、『あの冷徹な氷の貴公子を溶かせるのは私だけ!』なんだとか。私に言わせれば、ただ単に不器用なせいで損してる人、なんですが。
器用に立ち回れる人なら、もっと人生楽に過ごせたと思いますよ。本当、いろんな意味で損してるよなあ、グレアムって。スペックは高いのに。
正直グレアムが周囲の女子を『鬱陶しい』と思うのには、同意します。何せどこへ行くにも何をするにも、周囲に勝手に群がってきましたからね。
少しは放っておいてやれよ、と遠くから見て思ったりもしました。構い過ぎると嫌われるんですよー。彼女達にはそんな事言いませんでしたけど。
同性の方はというと、最初はすかしてる、と思われて反発受けるんですが、同性異性差別せず接する態度や礼儀正しさに、相手の壁が崩れていってたそうです。
神殿学校に入ってからの最初の一年だけで、彼の周りは信奉者だらけになったそうです。不意に幼なじみなどに向ける笑顔にも、陥落者続出だったんだとか。
この辺りの情報はグレアムと同い年の幼なじみからでした。彼と私には二歳の差がありますから、側でその様子は見られなかったんです。
そして二年後、私も神殿学校に入った訳ですが……大変でしたよ、当初は。何せ女子には素っ気ない対応のグレアムが、笑顔で始終私の側にいる訳ですから。
当然嫉妬という厄介な感情が私に向けられましたけど、どれも大事にはならずに済みました。
一番の理由は、私に何かしているのがバレると、グレアムから敵認定されるからだそうです。次点で推定魔王が裏で何かやらかしてたようです。
そっちは詳しく聞いていないので、奴が何をやったのか私は把握していません。てか怖くて聞けない……。
私の方もその辺りを認識してからは、何かされたあかつきには躊躇なくグレアムに報告をしていました。卑怯? 何それおいしいの?
卑怯というなら一人を多人数でよってたかってシメようとする方が余程卑怯と思いますよ、私は。
一対一で話を持ち込んできた相手とは、私の裁量で事に当たりましたよ。でもそういったケースはまれでしたね。何故か女は集団化するんだよな。なんか嫌な事思い出したよ……。
一回神殿裏に連れ込まれて、周囲を女子十数人で囲まれた時には、本気で怪我を覚悟しました。学校入ってまもなくだったから、まだ十歳とかそのくらいの時です。女は幼くても女ですよね。
寸でのところでグレアム本人が駆けつけてくれたので、結局怪我もせず無事でしたが。引っ張って行かれる私を見た幼なじみが彼に報せてくれたそうです。
それ以降は彼がより私の側にいるようになったという、彼女達にとってはまさしく天罰並の結果となりました。側で目を光らせてくれたので、実被害は減りましたよ。さすがに怪我はしたくないので、これは助かりました。
その後もちらほら呼び出しを行う女子はいました。丸っとグレアムに筒抜けとわかっていても、そうせざるを得ない心境だったんでしょうか。
でも同情はしませんけどね! やられる方の身にもなれってんだ。
「多分ここ」
いきなりそう言われて一つの扉の前で止まりました。ここ? 気づけば神殿でもかなりの奥。廊下を通り過ぎる人影さえ見当たりませんよ。表の喧噪も届かないここは、とても静かです。
「そうなの?」
「この神殿に戻ってきた時に、使うよう言われた部屋だから」
そう言って、グレアムはノックもせずに開けました。いいのか? いいのか。だって勇者だし。もうそれだけで全部通るんだと、私も納得しましたよ。
開けた途端言い争っている声が聞こえてきましたよ。まだやってたんか、あんたら。
そして扉の向こうにはいましたよ、勇者一行の三人が。部屋の中央付近に固まって立ってました。
「だからそうではないと……勇者様! お待ちしておりましたわ!」
大きめの扉の向こうにあったのは、広めの部屋でした。磨き抜かれた床や調度品。カーテンの布地からも、貴賓室とか応接室とか、そういう印象を受けますよ。さすが勇者一行に用意された部屋ですね。
扉が開く音でこちらに注目が集まったようです。言い争いを途中で切って、先程の巨乳ちゃんもとい公爵令嬢が嬉しそうに駆け寄ってきました。が、グレアムの隣にいる私を視界におさめると、その秀麗な表情を曇らせます。
「あの……勇者様、この方、どなた?」
ははは、一応あの工房にもいたんですけどねえ。あの時は気づかないで、今気づくとは。本当にグレアムしか目に入っていないんだな、お嬢様。
「その子、あの場にもいたじゃない。本当にあんたって何にも見えてないのね」
言っている内容には賛同しますが、年下に『その子』呼ばわりされてしまいましたよ……。せめて『その人』くらいにしておきなさいよ、しつけなってないなちびっ子。
おっといけない、つい上から目線になってしまいました。これでも人生四回目ですからねえ。見た目より中身は年食ってんですよ、多分。
……でもまだ『おばさん』とは呼ばれたくありませんよ、ええ。
「ま! わ、私は勇者様を」
「はい、そこまで。また言い争いを始める気ですか、お嬢さん方」
向き合ってまた舌戦を繰り広げそうな女子二人に割って入ったのは、工房でも二人をいさめていた騎士の人です。よく見るとこの人も大分整った顔立ちしてますよ。
柔らかそうな濃い茶色の髪、瞳は薄い緑ですね。目元口元鼻筋と、パーツは絶妙のバランスで配置されています。グレアムの隣に立っても遜色ない感じですよ。
身長もグレアムと同じくらいですかね。肩幅が若干騎士の人の方がある程度でしょうか。なかなかいい体型だと思います。
その騎士の人に割って入られたお嬢さん方の方は、巨乳……いや公爵令嬢……もういいや、巨乳ちゃんで。
その巨乳ちゃんはまあ見たまんまな美人さんで、流れる金の髪も鮮やかに、瞳は明るい空色です。間近で見るとまつげが長い事長い事。量も多くてばっさばっさという感じです。
ちっさい方は銀色の髪がさらさらな美少女です。この子実年齢より若く……はっきり言っちゃいましょう、幼く見えるんじゃないかしら。
濃い緑の瞳は大きく長いまつげに縁取られています。小作りな口も鼻もかわいらしい感じですが、その表情が作りを台無しにしています。もっと笑えば可愛いのに。すんごい睨んできてますよ。
「それで? 勇者殿、本当にその素敵な女性は、どなたなんですか?」
騎士の人がお嬢さん方を制してそう聞いてきました。まあ感情のままに女子二人に詰め寄られるよりは、騎士の人にやんわり聞かれた方がまだましな気がしますよ。
「ここまで連れてくるんですから、ただの知り合いと言う訳では、ありませんよね?」
あれ? 柔らかいと思ったのは思い違いですか? なんだか騎士の人の視線が鋭いですよ?
グレアムはその視線から守るように、一歩私の前に出て相手の視界から遮りました。そのまま口を開きました。
「彼女はルイザ。俺の」
「俺の?」
「妻になる女性だ」
「妻!?」
異口同音で、グレアム以外の部屋にいる全員が声を上げました。ええ、全員です。
当然私もですよ!
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