「こんな所にいらしたのですね。心配しましたわ」
いきなり乱入してきた金髪巨乳美人は、周囲の空気も読まずにグレアムに直行してきました。つか、本当に誰? てかこんな所って失礼な。
「王都に着いてすぐにお姿が見えなくなるんですもの。夕べはどこにいらっしゃったんですの? 晩餐を共に、と思っておりましたのに」
そう言ってまっすぐグレアムの前に来ると、するりとその左腕に縋るように腕を絡めました。声もなんだか甘えたような感じですよ。ちょっとむか。
「ダイアン殿、いきなり立ち入っては失礼でしょう」
「相変わらず考えなしね、あんたって」
その巨乳美人の後ろから、さらに二人の人物が入ってきましたよ。なんか大きいのと小さいのが。でこぼこコンビか?
大きい方がいかにも騎士ですといわんばかりの格好で、腰に剣を佩いているのを見るに、本当に騎士なのでしょう。
それとその隣にいる小さい方は、これは一目でわかる神官服ですね。それも、灰色法衣を見るに、結構高位ですよこの子。
神官は来ている法衣でその位階がわかるんです。普通の神官は黒一色ですからね。灰色って事は、祭司かな?
あれ? 騎士に神官? それに先程から空気読んでいない巨乳ちゃんはよく見れば魔導師用のローブ着用です。一見してそうとわからないほど、そこらの魔導師のとは意匠も違ってて、お金もかかってそうですけど。
んんん? 魔導師に騎士に女神官? それって……。
「勇者様一行じゃない!」
「全部そろってるわよ」
気づけば工房のみんなが寄り集まってひそひそとやっています。でも丸聞こえなんですが。
「お嬢様相変わらずね」
「それいったらちびっ子神官も」
「誰!? 今『ちびっ子』って言ったの!!」
工房の面々の囁き声に瞬時に反応したのはちびっ子神官でした。声のした方をぎりっと睨んでます。気にしてるんですね。
みんな口に手を当ててそっぽ向いてます。……口にはしなかった人達も、そう思ってたんですね。
まあでも確かにちっさいです。身長は私の胸元くらいしかないんじゃないでしょうか。私の身長は平均的なものですから、年齢を十五と考えるとかなりちっさい。
神官の法衣は体型がわかりにくいから確実な事はいえませんが、巨乳ちゃんに比べると多分胸元もあまり豊かとは言えないと思います。
「まあ、リンジーが小さいのは本当の事ではありませんの。そんな本当の事で目くじらを立てるのはよくありませんわ」
そしてやっぱり空気読まない発言が巨乳ちゃんから発せられました。その腕はグレアムの左腕に絡められたままです。あ……彼が不機嫌になってきてる。
巨乳ちゃんの言葉に怒りで顔を真っ赤に染めたちびっ子神官がぎっと睨み付けました。
「おだまり乳牛女! あんたは頭に行くべき栄養が全部乳に行ってるだけじゃないの!!」
「ま! 失礼な」
巨乳ちゃんの手はしっかりグレアムの腕に回されています。必然的にその豊満な胸を彼の腕に押しつける事になるわけで……。この人お嬢様じゃなかったっけ? の割には仕草がちょっと……なんだけど。
まあ貴族のお嬢様方は、夜会だ舞踏会だで将来有望な殿方を見つける術に長けてないといけないとかなんとかいう話も聞いた事があるから、この行動はお嬢様にとってははしたない事でもなんでもないのかも知れませんがね。
端から見たら十分『はしたない』行為だと思うんだけど、どうだろう? それよりも今はどうやってこの巨乳ちゃんを引きはがすか、ですね。グレアムの忍耐力が持つ間にやらないと。
「大体いつまで勇者にすがりついてんのよ! みっともない! 勇者だって迷惑よ!!」
あ、ちびっ子が先に言ってくれました。でも巨乳ちゃん、負けてません。私の位置からは表情が見えませんが、声の感じからすると、余裕しゃくしゃくって感じです。
「あら、勇者様は迷惑だなんて仰ってませんわよ? それに私はリンジーのように貧相な体はしておりませんもの。ねえ? 勇者様」
「貧相ってなによ!? 貧相って! あんたなんてぶくぶく太った乳牛じゃないの!! いい気になって勇者に近づくな! 汚らわしい!!」
「んまあ!! なんて事を!」
……うん、どっちも程度が低いって、自覚して欲しいなあ。見なさい、工房のみんなもドン引き状態ですよ。口開かなくても『うわー……』って思ってるのが手に取るようにわかりますよ。
「お二人とも、その辺で。周囲の方々が驚いてらっしゃいますよ」
お嬢さん方二人の醜い言い争いを止めたのは騎士の人でした。名前はなんだっけ? 新聞で見たしエセルがなんか言ってたような……。
「うるさいわよゴードン!!」
「関係のないあなたは下がっておいでなさい!」
ああ、そうそう、そんな名前でした。にしてもこんな時だけは息ぴったりだな、ちびっ子と巨乳ちゃん。
対する騎士様、二人に睨まれても怯みもしないのは、さすが騎士って所ですか。
その騎士の人は顔に薄い笑みを貼り付けて、二人に向かってひどく穏やかな様子で一言放ちました。
「よろしいんですか? 勇者殿も少々引いていらっしゃるようですが」
二人はぴたりと口を閉じましたよ。おお、結構二人の扱い心得てるんですねえ。
ただ言わせてもらえれば、グレアムはこの程度の事で引いたりはしませんよ。故郷にいるときは日常茶飯事だったから。我関せずでスルーしてました。
ただ不機嫌は不機嫌ですよ。自分から触れるのはいいんだけど、人に触れられるの、あまり好きではないですから。今のうちに巨乳ちゃんの腕、外しておいた方がいいかしら? 叩いたら離れるかしら?
私が悩んでいる間に、後ろの方から声がかかりました。
「どうでもいいけど、あんたたち、仕事の邪魔なんだけど」
あら、珍しくエミーがまともな事言いました。
既に就業時間になってましたから、勇者ご一行様には丁重にお引き取り願うべく、みんなで一致団結しましたよ。打ち合わせなしでこれが出来るのも、うちの工房の団結力の賜かも知れません。
「ここは工房です。通りでも誰かの家でも神殿でもありません」
「私達の仕事の邪魔になりますので、お引き取りください」
「既に就業時間になっていますので、部外者は立ち入り禁止です」
「ああ、ついでにこの人も持っていってもらって構いませんよー」
そう言ってグレアムの背を押そうとしたのに、上から眉尻の下がった目で訴えられたのと、周囲からの無言の圧力に屈してしまいました。……みんなの目が怖い。でもグレアムも部外者なのにー。
あれですか? 『勇者』と『勇者一行』の違いですか? ……じゃなくて、多分巨乳ちゃんとかちびっ子が騒がなければ、このままいてもいい、になったんでしょうね、きっと。
「当然ですわ! さあ、勇者様、ご一緒に参りましょう」
そんな私の言葉を聞いていたのか、巨乳ちゃんは大きな胸をさらにこすりつけるようにして言いましたよ。どうでもいいけどあの胸重そう。つかいい加減離せ。
「とりあえずは神殿で過ごせばいいわ。部屋は用意されてるんだし」
「あら、神殿なんて辛気くさいところでなくとも、王都であれば王宮か、もしくは我が家でお世話させていただきますわ。余計な事はしていただかなくても結構よ」
「勝手な事言ってんのはあんたでしょ!!」
巨乳ちゃんとちびっ子は私達どころかグレアム本人すらそっちのけで、また言い合い初めてますよ。本当は仲良いでしょあんたら。
取り合いのような事をされている本人は、眉根を寄せてすっと巨乳ちゃんから腕を取り戻しました。口はつぐんだままです。
巨乳ちゃんの方はちびっ子との言い合いに夢中で、腕を外された事にも気づいていないみたいですよ。それを良いことにグレアムは巨乳ちゃんからそっと離れました。
それにしてもこんな調子でよく一年も一緒に討伐の旅なんてやってこれましたね……。旅の間もずっと言い合いだったのかしら?
そしてやっぱり収めるのはこの人なんですね。騎士の人がまたぴしゃりと言いましたよ。
「とりあえずは王都中央神殿にて清めの儀を受けていただきます。本当なら今もこのように街中に出てきてはならない身だという事をお忘れなく、二人とも。勇者殿、あなたもですよ」
痛いところを突かれたのか、巨乳ちゃんもちびっ子も言葉に詰まってます。本当に扱い心得てるなこの騎士の人。でも『清めの儀』って、何?
「はーい、質問です。その『きよめのぎ』って、なんですか?」
エミーの質問に、一瞬三人が顔を見合わせて、その後ちびっ子が代表して答えました。騎士の人じゃないんですね、答えるの。
「清めの儀とはその名の通り、身を清めるための儀式よ。私達は魔王城というもっとも汚れた場所に行っていたから、その汚れを広めないうちに清めの儀を受ける必要があるの」
待て。じゃあここにいる勇者もそうなんじゃないのか!? あんたそれ知っててバックレたのか!? にらみ上げた先の顔は、明後日の方を向いています。自覚があるんだなこの野郎!
「じゃあここに長居するの、ダメなんじゃないの? よくわかんないけど」
「だから神殿に行くって言ってるのに、この乳牛女が」
「失礼な! 私のせいだとでも!?」
「あんた以外に誰がいるのよ!?」
ここにいますよ、元凶が。
「……グレアム」
前向いたまま、小声で名前を呼びます。付き合い長いですから、この状況で名前を呼ぶ事の意味くらい、相手もわかってます。それに声には怒りの成分がたっぷり含まれてましたからね。
グレアムはそっと屈むと、私の耳元で囁きました。
「大丈夫。魔王城出た時点で女神が清めてくれたから。危険な事はない。ただ神殿としては儀式として完遂させないと、示しがつかないってだけの話」
つまりは神殿の体面だと。それならいいけど。いやよくないか。とにかくグレアムにもその『清めの儀』とやらを受けてもらわないとね。と言う訳であんたもあの連中と一緒に出て行こうか。
「勇者殿、そういう訳ですから、神殿までご同行願います。それと、これからは単独行動は控えてください」
「神殿には後で行く。そっちだけで先に行ってくれ」
えー? 今行こうよ。お仲間もお迎えに来てくれたんだから。
「……わかりました。では先に王都中央神殿に戻っています。勇者殿も早めにお戻りください」
ああ、騎士の人はあっさり引いてしまいました。もうちょっと粘ってくれてもいいんですけど。
「ちょっと! ゴードン、勝手に決めないでよ!!」
「そうですわ! さあ、勇者様、ご一緒いたしましょう」
「あんたも勝手に勇者に触るなっっての!」
「まあ、嫉妬は醜くてよ」
「何ですってえ!?」
……どうでもいいからあんたたち、本当に早く出て行ってください。見てるだけで凄く疲れます。
結局騎士様に引きずられる形で、勇者一行は工房から消えました。勇者は残して。あの人達、グレアムを迎えに来たんじゃなかたんですかね? 肝心の本人が先に戻れって言いましたけど。
「あー、びっくりした。つかお嬢様、勇者様にベタぼれ状態なんだねー」
「まあ昔から思い込みが激しいところがあるって言ってたし」
「それ誰が?」
「お嬢様のお付きの侍女さん。悪い人じゃないんだけど、あれだけはねーって言ってた」
ああ、そうですか。確かに人の話は聞かなそうな感じでしたね。空気読まないし。つか、勇者一行濃いメンツばっかだな!
わずかにあの騎士の人がいい人なだけで、勇者グレアムだし、巨乳魔導師お嬢様だし、ちびっ子神官だし。
「ルイザ」
「何? てか神殿、行かなくていいの?」
「後で行くからいい。それで? コーニッシュってのとパトリックって、誰?」
覚えてたのかよ……。私がぐったりと脱力しても、今なら許されると思うのですが。
「コーニッシュさんは取材にきた新聞記者さんで、パトリックさんはこの近くの寝具店の店員さん。どっちも知り合いよ」
そう答えた私を、無言のままで見下ろしてますよ。納得いっていないって顔してますね。でもこれ以上言いようがないんですが。
百歩譲ってパトリックさんは友達……ですかね? いまいち会話がかみ合わない事の方が多い相手ですが。
コーニッシュさんの方は、そういえばあれから姿を見ていないですよ。あの噂が本当だとしたら、彼も帰ってきてるんじゃないでしょうか。だからと言って会いに行ったりするような仲じゃありませんけど。
「ルイザ」
声のする方を見ればエセルです。小さく手招きしています。仕事の話でしょうか。寄っていくと、こそっと小さい声で言われました。
「今のうちに勇者様連れて王都中央神殿まで行ってきて。仕事は帰ってきてからでいいから」
「え? でも……」
もう時間過ぎてるのに。他のみんなはなんだかんだ作業始めてますよ。相変わらず手と一緒に口も動かしているので、グレアムにあれこれ聞いてるみたいですけど。
「さっきの清めの儀とかいうの? あれ、早めにやっておいた方がいいと思うから。勇者様送ったら戻ってくればいいし」
「エセル……」
「大丈夫。明日の朝までに飾り作っておいてくれればいいから」
……それは間に合わなければ、今夜徹夜してでも仕上げろって事ですね。
そしてただいまグレアムと二人、通りを歩いています。王都中央神殿へ向かって。
「考えたら神殿までの道のりは、知っててもおかしくないのよね。そこから店まで一人で来たんでしょ?」
だからこそのあの工房乱入だったんでしょうから。道案内はいらないのではないでしょうか。
「いや、良い機会だから彼らに紹介しておくよ。さっきは騒ぎになってそんな暇もなかったから」
ああ……そうですね。主に二人程騒いでいた人達がいましたね。てかこれから紹介されるのは紛れもなくその人物達という訳なんですが。
紹介は別にしなくてもいいと思うんですよ。つか極力関わり合いになりたくないんですが。このグレアムの様子から察するに、逃げられないんだろうなあ。
騎士の人は別にいいんです。問題は当然あの二人ですよ。女子二人、特に巨乳ちゃんには気をつけておかなきゃ。一応お得意様でもあるようですし。
ここで女子二人の心情を慮ってただの幼なじみですなんて自己紹介した日には、グレアムがどういう反応示すかわからない。
かといって恋人ですと自己紹介した日にはあの二人に何されるかわからない。ああ、また虎と狼かよ……。
王都中央神殿は店からは結構離れています。普段なら乗り合い鉄馬車を使う程度の距離なんですけど、隣にいるのがグレアムですからね。
目立たないよう、なるべく人目に付かないルートを通って、歩いていく事にしました。探せば結構あるんですよ、裏道的な場所が。聖マーティナ祭の時にエセルに教えてもらって助かりました。
歩きながら、ふと隣を歩くグレアムを見上げます。一年程前は、当たり前にあった状況でした。でもなんだろう、今は少しだけ、違和感を感じます。
違和感の元は、彼? それとも、私? 彼だとするなら、討伐の旅で何かあったの? 私だとするなら……理由は? 答えは出ないままです。
それにもう一つ、気になってる事。戻って来た彼と、戻らなかった彼ら。その差は何なんでしょうか? 思いの強さ? それとも、別の理由?
「どうかしたか?」
あんまり見つめすぎたのかも知れません。グレアムが心持ち心配そうな顔でこちらを覗き込んできました。といっても元々整いすぎてるくらい整った顔のせいか、いまいち感情表現は豊かじゃないんですよね、彼。
「ううん、何でも……あ! あんた、故郷には報せたの? おばさんには?」
そうですよ。無事に戻った事、報せておかなきゃ。聞くの忘れてた私もどうかしています。
おばさんも心配してるでしょう。いくら勇者が負けた事はないとはいえ、無事に戻るまでは心配するに決まってます。
「まだ。どうせなら一緒に帰ろう、ルイザ」
「え……いや、私はいいよ」
「……何で?」
声が低くなってます。気のせいか冷気まで……。まさか故郷は捨てて王都へ出てきた、なんてここで言えるはずもありません。我が身はかわいいんだ。
「いや、何でって……もう家族はいないし、お店の方もそんなに長く休めないし」
そう。あの街に帰っても、もう家族はいません。両親共に兄弟はいなかったし、私自身も一人っ子でした。親戚らしい親戚もいない。まあ戻れば顔なじみの人達はいますけど。グレアムのとこのデリアおばさんも。
「ルイザが帰らないなら俺も帰らない」
「こら! あんたはちゃんと家族がいるでしょうが!!」
子供かまったく。ぎっとにらみ上げた先の顔は、やっぱり子供のようにむくれた様子でした。
確か私より二つは上だったよな?
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