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さらば、虚妄の「従軍慰安婦」問題(2)

2011/08/28 20:51

 

 月刊正論平成238月号に寄稿した拙論「さらば、虚妄の「従軍慰安婦」問題」を2回に分けて掲載する。

 

さらば、虚妄の「従軍慰安婦」問題(2)

 

西岡力

 

「協定は強者日本が強要した」

 

 私は19912月、慰安婦問題の取材のためソウルに飛んだ。その時のことを拙著「よく分かる慰安婦問題」から抜粋して紹介する。

 文春編集部は韓国の取材では遺族や関係運動家などから暴行されることもあり得るのではないかと心配し、ボディガード役に記者を一人連れて行くことを勧めた。韓国語の分からない人と同行しても、結局こちらが通訳をしてあげるなど負担が増えるだけだと考え、それを断り一人でソウルに向かった。

 知り合いの日本人特派員から遺族会の電話を聞いて、彼女とは遺族会の事務所で会うことにした。事務所はソウル市内中心部の地下鉄龍山駅から歩いてすぐのビルの中にあった。

 後日判明したのだが、この面会はあわやというところでだめになるかもしれなかった。というのは、私がこの調査で動いてるのと並行して、この裁判を起こしていた日本の弁護士、高木健一氏が、裁判の調整のためにこの事務所にくることになっていたのである。

 もちろん高木弁護士は私が「現代コリア」などで彼のそれまでの活動を批判していたことから私の名前を知っていたはずだ。もし彼が先に来ていたら、警戒して簡単にその朝日記者の義理の母である女性は、私とのインタビューに応じなかっただろう。しかし、私のほうが数日、早くソウルに着き、遺族会の事務所に行くことができた。

 私は大学教授の名刺を出し、「韓国の研究をしているのです」と言い、この問題について関心があるので教えて欲しいというと、向こうも、いろいろ語ってくれた。私は果物一箱を手みやげに持っていった。

 私は彼女に裁判至る経緯を詳しく聞いた。これについてはあとから詳しく述べたい。それから、「すでに一九六五年の協定に基づき日本政府が韓国政府に無償三億ドル、有償二億ドルを支払い、韓国政府がその中から遺族に対して一人三〇万ウォンを払ったのに今になってなぜ日本政府にまた補償せよと要求するのですか」と尋ねると、

「一九六五年の協定は強者日本が弱者韓国に強要したもので、そんなものを一〇〇〇回結んでもわれわれは認めない」

と普通ではない話をする。

そのあと、

「娘さんがいらっしゃいますよね、朝日新聞の記者と結婚していると聞いているんですけど」と言うと、そのとおりだと言う。

私は「植村さんと言うんですね」と念を押したが、そうだと答えた。

 これで、植村記者の義理の母親の話が取れた。

 ここで、梁順任氏の家族の「被害」について説明しておこう。彼女は直系の遺族ではない。彼女の夫の父が軍属として死亡していたが、嫁である彼女は運動に積極的に参加する反面、実の息子である夫は彼女と距離を置き、運動には参加していなかった。

 私は、植村記者の誤報をはじめとする取材の結果をまとめて文藝春秋914月号に寄稿し、その年の8月には慰安婦問題を主要テーマとする単行本「日韓誤解の深淵」を出した。この本は私の処女作である。 

 同書の終章「誤解超克の緊急提案」で私は次のように主張した。

〈現在戦前の日本の「悪業」の告白の先頭に立っている日本人たち(『朝日新聞』、雑誌『世界』および「進歩的文化人」ら)は、これまでも何回となく意図的な嘘にもとづくキャンペーンを展開してきた。七〇年代、中国の文革の実態が明らかになり、ベトナムカンボジア、中国と戦争を始めるなかで、彼らが逃げ込んだのが、韓国・朝鮮問題ではなかったか。ここでは悪いのはアメリカと日本だという彼らの図式がまだ何とか通用するかに見えたからだろう。そこで多くの嘘がまき散らされた。しかし、結局嘘によって進められた運動は弱い。ソ連の崩壊により東西冷戦がアメリカを中心とする西側の一方的な勝利で終わった今、彼らの図式はまったくその用をなさなくなってしまっている。だから彼らが本来なさなければならないのは反省であって、新しい対立の火種探しであってはならなかったはずだ。

 彼らの最後の砦が、過去の日本の韓国・朝鮮への「悪業」に対する告発となったのではないか。だから、日本を糾弾すること自体が目的であって、韓国人被害者を支援することを本当に真剣に考えているかは大いに疑問だ。なぜなら、被害者を助けたいと思うのなら、まずだれがどのように被害を受けたのかという事実を正確に糾明することが不可欠のステップであるはずだ。ところが彼らはそれをしないで、日本の「悪業」を告発するという彼らの目的に合う「証拠」「証人」だけを選んで、挺身隊=慰安婦などの嘘もまじえながら反日キャンペーンを展開することに専念している。そして事情を知らない多数の日本人は、彼らの「善意」を信じてカンパをしたり精神的支援を送ったりしている。

 一方、韓国側では、「反日」日本人と手を組んでいるのは元慰安婦、元日本軍人・軍属や徴用労働者の人々だが、実はこれらの人たちはこれまで韓国内では「親日分子」「対日協力者」という眼で見られていて肩身の狭い思いをしてきた。日本が戦争を遂行するのに協力させられた人々であって、独立運動家らのように日本軍と闘った人たちではない。だからこそこれらの人々の日本告発はかえって激しくならざるを得ないという側面があるのだ。天皇のワラ人形を燃やすなどの過激な行動をとることで、自分たちはあくまでも「被害者」であるのだということを韓国内に強くアピールしているとも言えるのだ。また、年間数億ウォンにのぼる会費、寄付などを集めつづけるためにも、運動がマスコミの注目を集めなければならないという事情もある。

 傍線部分で20年前私は、梁順任氏らの運動とお金の関係について警告を発しておいた。実は19923月、文藝春秋で梁順任氏や植村氏の活動を批判するレポートを書いた直後に、遺族会の元幹部らから良くない話しを聞いていた。東京まで来ているから会いたいとの連絡を受け、抗議されるかもしれないと思いながら遺族会の元会長、元理事らと都内の喫茶店で会った。開口一番、「西岡先生が文藝春秋に書いていることはみな正しいです。記念に雑誌の先生の記事のところにサインしてください」と言われて驚いた。

 彼らの訪問の目的は、梁順任氏を批判することだった。聞いてみると遺族会は裁判提訴前後に内紛が起き、梁順任氏の独断的運営に反対した会長と理事ら数人が辞任し、梁順任氏が新会長になったという。

 日本政府を相手に裁判を起こすというニュースが流れるや、会員数が急増し会費収入が増えた。また、原告をだれにするかで疑心暗鬼が生まれ、高木弁護士と親しかった梁順任氏に対して原告にしてほしいという会員からの依頼が殺到したという。原告になるためには通常の会費とはべつの大金が必要だといううわささえあったと元会長らは主張した。

 元会長らは梁順任氏の不正の証拠という過去の財務資料のコピーまで提供して、次回は梁順任氏の不正を暴く記事を書いてくださいと私に頼んだ。一方の言い分だけで書くわけにはいかないのでその依頼は断ったが、大変後味が悪かったことを覚えている。

 

冷静な韓国警察の警告

 

 梁順任氏との過去のいきさつはこれくらいにして、今回、彼女がどの様な容疑で摘発されたのかを整理しておこう。私の手元に「太平洋戦争強制動員犠牲者補償金名目で3万人を相手に15億ウォン詐欺の被疑者39名検挙」と題するソウル地方警察庁が422日に出したブリーフィング資料がある。

 それを翻訳紹介しながら解説を加えていこう。資料の冒頭は次のような事件の要約がある。全文翻訳する。

〈ソウル地方警察庁広域捜査隊は、太平洋戦争強制動員犠牲者に対する補償金を受け取れるようにしてやるとして、各種の日帝強占期[日本帝国主義が朝鮮半島を強制占領していた時期の意。韓国では日常的に使われている歴史用語・西岡解説、以下同]関連団体を設立し、弁護士選任費用などの名目で3万人あまりから15億ウォン相当を詐取したY某氏(67歳)[梁順任氏]など39名を不拘束立件した。

 捜査の結果、Y某氏は○○遺族会代表としてテレビニュースのインタビューなどに出演した点を前面に出して、弁護士選任費用などに使わなければならないといって1人あたり3万ウォン〜9万ウォンを、募集役を通じて詐取してきたことが確認された。

 警察は、太平洋戦争強制動員犠牲者に対する補償は「太平洋戦争強制動員犠牲者に対する支援法律」によってのみ、なされるものであるのでこれ以上の追加被害がないようにお願いするとともに、詐取金のうち口座に残っている15千万ウォンに対する没収・保全を申請する予定だ。〉

 ここで言及されている「太平洋戦争強制動員犠牲者に対する支援法律」とは、200712月に制定され、2008611日に施行された「太平洋戦争前後の国外強制動員犠牲者など支援に関する法律」を指す。(なお、同法律は2010322日にサハリン残留者への支援条項などを補完して「対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者など支援に関する特別法」と改称されている。法の趣旨は同一なのでここでは補完改称前の法律を紹介する)。

 同法は〈この法は1965年に締結された「大韓民国と日本国間の財産及び請求権に関する問題解決と経済協力に関する協定」と関連して国家が太平洋戦争前後の国外強制動員犠牲者とその遺族などに人道的次元で金などを支援することによりこの者たちの苦痛を治癒し民和合に寄することを目的とする〉(第1条)とし、軍人、軍属、労務者として国外に動員され死亡したり行方不明になった者の家族に2千万ウォン、負傷により障害を負った者に障害の程度に従い最高2千万ウォン、日本の政府や民間に給与、手当、弔慰金などの未収金などがある者に1円を2千ウォンに換算して、それぞれ慰労金を支給することを定めている。

 「大韓民国と日本国間の財産及び請求権に関する問題解決と経済協力に関する協定」とは日韓国交回復の際に締結された協定で、無償3億ドル、有償2億ドルの資金を日本が韓国に提供し、それをもって日韓の戦後補償が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」(第2条)と規定している。私は20年前からこの点を指摘して、戦後補償は韓国政府が自国民被害者に対して行うべきもので、日本を相手にそれを求める裁判はナンセンスだと繰り返し主張してきた。2007年にそのことが実現する法律が韓国で成立していたのだ。この事実はあまり日本で知られていないので強調しておきたい。なお、元慰安婦に対して韓国政府が支援金を支給する法律「日帝下、日本軍慰安婦に対する生活安定支援法」は19936月に制定されている。

 そして、今回ソウル警察庁はこの法律がある以上、戦後補償を名目に日本を相手に裁判を起こしても勝てるはずはないし、民間団体である遺族会などの会費をおさめなくても資格さえあれば韓国政府から慰労金は出るとして、会費や弁護士費用などを集める梁順任氏らの活動を詐欺だとして摘発したのだ。それだけでなく、ソウル警察庁は、被害事実があれば法に基づき慰労金は出るから、日本から補償金を取ってやるなどと言う詐欺師に騙されないようにしてほしいという警告まで出しているのだ。

 20年前、植村記者や青柳氏、高木弁護士ら反日日本人と梁順任氏らによってめちゃくちゃにされた日韓関係が常識に即した形でやっと正常化されたと言えるのではないか。

 

反日が商売行為に

 

 もう一度、ソウル警察庁のブリーフィング資料に戻ろう。事件の概要として次のような説明がある。

〈Y某氏(67歳)はJ某氏(64歳)、L某氏(41歳)などと太平洋戦争強制動員犠牲者補償金を取れるようにしてやるとして○○推進委員会、○○民間請求権訴訟団など各種の形式的な日帝強占期関連団体を作り、弁護人選任費用、遺族会登録費などの名目で金銭詐取を共謀し、20103月頃、[ソウル市]鐘路区所在○○民間請求権訴訟団事務所で被害者L氏(48歳)に「太平洋戦争強制動員関連の補償金を訴訟または交渉を通じて2千万ウォン相当、取れるようにしてやる」と騙して弁護人費用や遺族会登録費名目で9万ウォンを詐取するなど20103月から20111月まで36人の募集役を通じて全国的に3万人あまりの被害者から15億ウォン相当を詐取した〉

 詐欺の首謀者が梁順任氏ら3人であり、その下で36人の募集役が全国で3万人を騙したということだ。これまでも同種の詐欺事件は被害者の告発により個別に立件されていたが、今回は首謀者3人と募集役36人の合計39人が一緒に立件されたのだ。

 資料によると、梁順任氏らは36人の募集役に1人集めると2万ウォンの手当を出していたという。カネほしさのため一部の募集役は〈強制動員犠牲者でなくてもその時期に生まれていたり、大韓民国国民であればだれでも補償が可能だと積極的に騙して加入を勧誘し、名義だけ貸してくれれば会費は自分が代わりに出し、あとで補償金が出れば50%ずつ分けるという契約書を作成することもあった〉という。

 それにしても36人が3万人から15億ウォンを集めたのだから、平均1人の募集役が830人から5万ウォンずつを騙し取った計算になる。5万ウォンの会費で2千万ウォンもらえると騙したのだ。その5万ウォンのうち2万ウォンは募集役が取るから、梁順任氏らは3万ウォンを得ていたわけだ。

 これだけ多数の被害者が出た背景には、梁順任氏の運動家としての知名度の高さがある。梁順任氏はそれを維持するためさまざまなパフォーマンスをつづけていた。

〈被疑者らは訴訟を代行する団体の名前を○○権益問題研究所(20077月〜20095月)、○○推進委員会(20098月〜9月)、対日○○訴訟団(20102月〜9月)、対日○○犠牲者会(20109月〜)などと名称を変えつづけ知能的にカネを集めてきた〉

20101012日、サンアム競技場で開催された韓日親善サッカー大会のときに日本の謝罪を要求する横断幕を掲げた集会とデモを行ない、また日本政府に補償金を支給せよという声明書を提出するなどで補償活動を偽装しながら、形式的な諮問弁護士選任以外に会員募集時に約束した対日訴訟などはまったく進めた事実がない〉。

 やはり、韓国政府が慰労金を出す法律ができた後も、日本政府からカネを取ると騙して会費を集めていたのだ。まさに反日行為を職業としていたわけだ。

 驚いたことに梁順任氏はテレビで詐欺に気をつけろという発言をしていた。〈Y某氏は支援法律の施行直前、○○遺族会代表としてテレビニュース放送(2008513日)などで「遺族に対する補償申請代行を口実にした詐欺に気をつけろ」というインタビューをするなど知名度を利用して募集役や被害者を安心させていた〉。

 梁順任氏らが立件された約一月前である3月末に、日本の中学校教科書の検定結果が発表された。今回の検定では自虐史観克服を目指す教科書が2社から出され、また前回の検定に引き続き全ての歴史教科書で慰安婦強制連行の記述がないにもかかわらず、韓国のマスコミと政府が問題にしたのは竹島領有権に関する記述だけだった。

 その意味でも20年前、梁順任氏らの運動により日韓関係の懸案になった慰安婦問題、戦後補償問題は韓国政府が自国の被害者を支援するという常識的解決によりほぼ終息したと見ていいのだろう。20年間論争に加わってきたものとして感慨深い。

カテゴリ: 世界から    フォルダ: 日韓関係

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