不当表示でKDDI窮地、「iPhoneで優位に」への焦り

ジャーナリスト 石川 温

2013/5/22 7:00

 KDDIがiPhone5のサービス内容について不当な表示をしていたことが明らかになった。96%のエリアで高速通信が可能としていたものが、実際には14%のカバー率に過ぎず、しかも実現する計画さえなかったという悪質なものだ。早急に正確な情報を公開し、誠実な姿勢で対応しないと、ユーザーの信頼を決定的に失いかねない。ようやく実現した待望のiPhone販売が、もろ刃の剣としてKDDIに致命的なダメージを与える恐れがある。

 

 事の発端は、総合カタログや同社ホームページにおいて「4G LTE(iPhone5含む)対応機種なら」「受信最大75Mbpsの超高速ネットワークを実人口カバー率96%に急速拡大(2013年3月末予定)」と表示していたこと。ところが実際には、13年3月末時点においてiPhone5における75Mbpsの実人口カバー率は14%に過ぎず、96%に拡大する計画もなかった。このため、消費者庁が、KDDIに景品表示法第6条の規定に基づく措置命令を下した。

 実は、カタログやホームページで書いていた「96%」というのはAndroid(アンドロイド)スマートフォン(スマホ)のエリア計画であり、iPhone5向けのエリアとは異なるものだった。これが、社内のミスにより、iPhoneでも96%という表記になってしまったのだ。KDDIの田中孝司社長は「あまりにも情けない」と語る。

■LTEのカバー率が14%というわけではない

 まず誤解してはいけないのは、「iPhone5のLTEにおける実人口カバー率」が14%というわけではない点だ。同じLTEでも、場所によって最大75Mbpsと最大37.5Mbpsのエリアがある。14%というのは、このうちの75Mbpsのエリアであって、37.5Mbpsのエリアはこれよりも広い(ただし、KDDIは37.5Mbpsの実人口カバー率は非公開のためどのぐらい広いかは不明)。

 ちなみに、ソフトバンクモバイルではiPhone5におけるLTEの実人口カバー率は91%と書いている。この数字も37.5Mbpsをメインにしたものであり、75MbpsのエリアはKDDIと同様に一部に限られている。

 KDDIの96%というのがAndroid向けのエリアを指した数字であり、iPhone5について対象外なことは、カタログやホームページに記載していた当初から一部で指摘を受けていた。だが、KDDIはiPhone5における実際の実人口カバー率の公表をかたくなに拒んできた。

 その背景には、おそらくソフトバンクとの激烈なiPhoneユーザー獲得合戦の最中だったからという事情が大きく影響している。

 iPhone5を発売した当初、KDDIは「LTEのエリアは広げるものの、3G(第3世代携帯電話)の速度も高速化しており、地方では3Gでも快適に使える」と語っていた。つまり、「都心部はLTE、地方は3G」という体制を考えていたが、ライバルのソフトバンクがLTEエリアを急速に広めてきたことから、KDDIは苦しい立場に追い込まれた。

 その結果、現在まで正しい実人口カバー率を公表することなく、ついに消費者庁から命令が下ったことで、ようやく75Mbpsのエリアが14%だったという数字が出てきたものと思われる。

 今回のKDDIの件は、明らかに虚偽の内容だったため、消費者庁からの命令を受けることになった。だが、虚偽ではないものの誤解を招きかねない表示は、KDDIだけでなくソフトバンクやNTTドコモといったライバル会社でもよく見かける。

 この背景としては、エリアや速度、端末といった、これまで特徴としてきた点について、明確な差異化をすることが難しくなってきたことが挙げられる。クアッドコア、5インチ、フルHDといった端末のスペックはほぼ横並びになり、接続率でも96.7%と96.2%といった小数点での争いになっている。各社とも自社サービスを魅力的に見せるギリギリの競争をしており、そんな中でKDDIがうっかり一歩踏み越えてしまったのが今回の事件だ。

 

■次期iPhoneの登場を待っていた?

 iPhone5のLTEで使っている2GHz帯のエリア構築について、これまで何度か田中社長に直撃したことがある。だが、田中社長は決まって2GHz帯について正面からは答えず「800MHzのエリア構築がよくできている。速度も速い」と、現在のiPhone5のLTEでは使えない800MHz帯の話に持っていきたがっていた。

 関係者に取材を進めると、どうやらiPhoneの次期モデルでは、KDDIが現在Androidで使い多くの場所で75Mbpsの通信速度が可能な800MHzの周波数帯に対応する可能性が高いようなのだ。つまり、次のiPhoneではAndroidと同じ人口カバー率である96%になるものと思われる(2014年3月までに99%へ拡大予定)。

 田中社長は「LTEは800MHzでエリアを広げ、トラフィックが多いところについて2GHzでカバーしていく」とネットワーク構築の方針を語っている。

 KDDIとしては、秋までに発売される可能性が高い次期iPhoneが800MHz帯に対応するのであれば、現状は2GHz帯のLTEについて地方に広める必要はないと判断したのではないだろうか。田中社長も「いたずらに2GHz帯でエリアを作って、(他社と)比較軸になるのを恐れている」と語るなど、LTEの主流区は2GHz帯よりも800MHz帯と位置づけており、その結果が今回指摘を受けた2GHz帯の75Mbpsエリアが「14%」という数字に表れた。

 夏を越しiPhoneの次期モデルを発売するまで、今回の問題が大事にならなければ、KDDIは大手を振って「96%」と宣言できたはずだった。800MHz帯のプラチナバンドでiPhone向けにLTEを提供できるのは13年中はKDDIだけ。年内は2GHz帯しか使えないソフトバンクを大きくリードするはずだった。

 

 あれだけ「プラチナバンド」とアピールしていたソフトバンクが最近になってパッタリと使わなくなったのは、次期iPhoneが出た際にKDDIに「プラチナバンドのLTE」と言われ、ソフトバンクが「プラチナバンドじゃないLTE」と指摘されるのを恐れたから、ともいわれている。それだけ「プラチナバンドのLTE」は大きな武器なのだ。

■LTEの全カバー率を公表することが必要

 しかし今回、消費者庁からの命令が下りてようやく明らかにした「14%」という数字が独り歩きし始めている。これはKDDIにとって、大きなダメージにつながりかねない。

 KDDIが今やるべきことは、37.5MbpsのLTEにおける実人口カバー率を公表することだろう。KDDIのiPhone5が、実際にどれくらいの広さでLTEが使えるかを知らせる必要がある。さもなければ、14%という数字のカバー率だけがさらに多くの人に伝わってしまう。

 もうひとつ大事なのが、既存のiPhone5ユーザーへのフォローだ。

 仮に、次期iPhoneが800MHzのLTEに対応して96%の人口カバー率で利用できるようになったとしても、既存のiPhone5ユーザーにとっては利用できない周波数帯である。既存ユーザーが利用できるのは今まで通りのエリアで、「96%にだまされた」と猛反発が起こるかもしれない。

 例えば、次期iPhoneを発売した際には、現在のiPhone5ユーザーが安価に乗り換えられるように、下取りキャンペーンなどの対策を行うべきだろう。大盤振る舞いの下取りで既存の顧客を手厚く扱い、最新機種で96%のカバー率を提供しなければ、ユーザーはソフトバンクに流出する可能性もある。

石川温(いしかわ・つつむ)
 月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。近著は、本連載を基にした「iPhone5で始まる! スマホ最終戦争―『モバイルの達人』が見た最前線」。ニコニコチャンネルにてメルマガ(http://ch.nicovideo.jp/channel/226)を配信中。ツイッターアカウントはhttp://twitter.com/iskw226

※こちらはdocomoのSPモード決済、auスマートパスユーザの方向けのサービスです。

マイメニュー登録

(30日間無料)

auスマートパスへログイン

就活・ビジネスマンの毎日に
必要最低限な情報を、
月額315円(税込み)でお届け!

登録業界、登録キーワードの最新情報

業界ごとの最新情報に加え、自由に登録できるキーワードを含む記事を配信。日本経済新聞 電子版で毎日掲載される記事の中から、必要なものだけを読むことができます。

登録業界、登録キーワードの最新情報:画面イメージ1

登録業界、登録キーワードの最新情報:画面イメージ2

※こちらはdocomoのSPモード決済、auスマートパスユーザの方向けのサービスです。

マイメニュー登録

(30日間無料)

auスマートパスへログイン