ホームとある男の禁酒目録(テンペランス) > 最終話

とある男の禁酒目録

最終話

【注意】掲載後、1〜2日で削除します。

2013年05月20日(月) 断酒73目 85.0kg

雨が降りそうで降らない天気のもと、施設に到着する。入口でタカナシさんが挨拶当番をやっていたので、遠くから「いよう」と手を上げてみた。するとタカナシさんもぴょこんと両手を挙げて出迎えてくれた。盛大なお出迎え、どうもありがとう。それにしてもタカナシさん、挨拶当番の頻度が高いな。全く出番がないスタッフもいるというのに。まあ、可愛い人が当番なのは大歓迎なので、タカナシさんが頻度高く登場することは嬉しい。でも、当の本人はたまったもんじゃない。

フロアに到着すると、今度はスガダイラさんが出迎えてくれた。

「どうしたんですか?すごい汗ですね」

と微笑むスガダイラさん。確かに、額からしたたるほど汗をかいている。駅から至近のところにある施設なのに、なんでこれだけ汗をかいてしまうのだろう。今日の湿度が全ての原因なのだろう。

最近、汗をかく量が増えた。体温も上がっているような気がする。体調不良からくるものではなく、新陳代謝が活発になっているからだと僕は理解している。

「お酒やめてから体調が良くってさ。ここに来て2ヶ月で、5キロ以上痩せたよ」

これはちょっとした自慢。隙あれば、いろんな人に言いふらしたい事の一つだ。すると、スガダイラさんは

「いいなぁ。私なんて太りましたよ」

と悔しそうに言った。

「太った?いや、全然そのようには見えないけど。ストレス太り?」
「家帰ってシュークリームとか食べちゃうんですよ」
「確か実家住まいだよね。親が食事を用意してくれるの?」
「いえ、親はもう食事を済ませてしまっているので、私は別です。一人で食べています」
「なるほど、それだったら食べたいものを、食べたいだけ食べちゃうよね。しかも、ここが終わってから帰宅して夕食だったら、食べるのは9時とかになっちゃうのかな?ちょっと夕ご飯を食べるには遅いかもしれない。しかもシュークリームか。まあ、おやつをこの施設内で食べるわけにはいかないからなあ、どうしても夜食べちゃうよな。太りやすい、ってのは一種の職業病かもしれんね」

同情してしまう。デスクワークのOLだったら、仕事の片手間にお茶を楽しんだり、お菓子を食べることができる。でもこの施設でスタッフをやっている限り、そういうシチュエーションとは無縁だ。しかも、対人ストレスが結構ある職場なので、そりゃあ家帰って一息ついたら、甘いもの食べたくもなるわな。

「しかも、この白衣・・・。身体のラインが完全に隠れてしまうから、少々太っても全く気にならないんだろうな。でも、スガダイラさん、タイトなズボン履いてるでしょ。キツくなったらすぐ分かるから、良いバロメーターになるんでは?」
「いえ、これなんですけど、実は・・・」

ぐい、と裾を引っ張った。すると、生地が軽く伸びた。あ、伸縮素材でしたか。

「しかも、腰回りはゴムなんですよ。ベルトが腰に当たる感触がいやで」

「ゴムか。それは太っても罪悪感を全く覚えない、悪魔のシチュエーションだ。気を付け給えよスガダイラくん」
「夏に向けて痩せますから!痩せたら、すぐに顔のラインに出ますから、痩せたって言ってくださいね?」
「分かった。明日から毎日、『やせたね?』って言う事にするよ」

実習生のカミジョウさんがやってきたので話かける。

「オオミヤさんから話はいっていると思うけど」
「?いえ、聞いてないです」
「あれ?ええと、一緒にお食事会を開こう、って話」
「聞いてないですね」
「あ、そうなんだ。何か勘違いかな。で、原則そういうのはダメで、しかも三週間後まではメンバーとなんやかやがあってはイカンとかなんとか」
「そうですね。三週間だけじゃなくて、その後しばらくもダメですよ。学校から厳しくその点、管理されていますから。ばれたら処分されます」
「えっ、当分だめなの?それって具体的にいつまで?」
「さあ、よくわからないです。当分先だと思います」

あー、とりつく島なしだな。既にこの時点で負け戦を確信する。

「まあ、基本的にはそういうことであると僕も理解しとります。で、これからの話は応用的にはどうか、という事なんだけど」
「応用的にもダメですよ。アドレス交換もダメって事になってますから」

はいさようなら。

「とりあえず、また今度オオミヤさんの方からこの件で連絡行くかもしれないから」

と捨て台詞を残して退散。すんませんオオミヤさん、僕は失敗しました。あとはオオミヤさん、円熟味のテクで、お願い。

と、思ったら、肝心のオオミヤさんが姿を見せない。今日も脈拍数と血圧が高くてお休みらしい。週が明けても体調が良くないというのは、非常に心配だ。スタッフさんに聞いてみたところ、

「さあ?知らない」

の一言で片付けらされてしまった。

「あ、そうなんだ・・・」

あまりに素っ気ないスタッフさんたちの対応に、ちょっとショックを受けた。ここを休んでいるからには、当然連絡は入っているだろうに。無断欠勤しちゃうと、「強制連行のお出迎え」が施設から派遣されちまう。それがない、ということは連絡済ということだ。でも、「知らない」という事にされてしまう現実。何かオオミヤさん、ヘマぶっこいたのか?

「オオミヤさん、最近イライラしていて怒りっぽかったから・・・」

とオカさんが言う。血圧が高いので、苛立っていたようだ。というか、多分スタッフさんがオオミヤさんの症状に対して打つ手無し状態だったので、オオミヤさんが文句を言ったに違いない。そのせいで、スタッフさんたちの不興を買ったっぽい。つくづく思った、スタッフさんを敵に回すとろくな事が無い、と。

カドヤさんが僕のところにやってきた。

「ねえ、6月26日、アル施連のソフトバレー大会があるんだけどさ、キャプテンやってよ」

アル施連、ってのはどういう組織なのかよくわからないのだが、どうやらあちこちから十数チームが集まってトーナメント形式でソフトバレー大会を開くらしい。

「え?でもソフトバレーといえばカドヤさんじゃないですか。カドヤさんがキャプテンやればいいじゃないですか」
「いや、オレ出しゃばるの嫌いなんだよ」
「うーん、逆に僕は出しゃばるの好きなんですよね。分かりました、やります」

そういえば、運動会の応援合戦でも、「応援団」というアイディアを最初に出したのはカドヤさんだったっけ。でも本人は決して団長役をやろうとはせず、結果的に僕が引き受けることになった。今回もまた同じ構図だ。

「8人、集めなくちゃいけないんだ。人集め、頼んだよ。スタッフは2名まで加わっていいらしいから」

運動会が終わったら、すぐ次のミッションが来た。いい傾向だ。僕は時間が惜しい。少しでも、多くの事に関わりたい。今日の話は渡りに船だ。やろうじゃないか。ところで8名って誰がいるかなあ・・・。5階6階、アルコールフロア全体で80人近くいる大所帯だが、それでも8名を選出するのは結構大変だと思う。ま、まだ1ヶ月以上先の話だ。今回は応援合戦みたいにカリカリする必要はないので、おおらかにいこう。

オカさんに、運動会の動画をUSBメモリで渡す。「上下逆で撮影しちゃった」動画を、僕が自宅で変換して元通りの向きにしたものだ。

「正直、動画を削除してやろうかと思いましたよ」

渡す際、僕は口を尖らせて文句を言う。

「何で?」
「応援団長、やっぱり早口で何を言っているか良く聞き取れないから」
「まあ、他の応援合戦もみんなそうだから!」
「そうなんですけどねえ・・・」

後悔後に立たず。まあ、諦めろ。

オキタさんがラジオ体操のCDをがちゃがちゃいじっている。そこに、メンバーから声がかかる。

「今日はオキタさんがプログラムやるの?」
「いえ、私はやらないです」
「たまにはやれよ。全然やってないだろ」
「いやー、私なんて下っ端ですから。資格を持っている人が優先になりますので、私が出る幕はありませんよ」

この「資格」とは何を指しているのかわからないが、なんかそういうルールがあるようだ。ちなみに、当然オキタさんも「ヘルパー」の資格は持っている。一時、我々のフロアにおいてはスガダイラさんばっかりがプログラムを担当していたが、ここにきてようやく一段落した感じ。いろいろなスタッフさんが入れ替わりで対応している。

午前中のプログラムは、「作文」とホワイトボードに書かれていた。えー、文章書くの?時間になると、みんなに原稿用紙が二枚配られた。お題は「休日の過ごし方」または「過ごしたい休日」だって。1時間執筆時間に充てられ、そのあと30分で発表をするのだという。なんだ、普通のミーティングと一緒じゃないか。発表内容を文章にするプロセスが挟まるだけだ。でも、熟考する余裕ができる分、しっかりとした内容になりそうだ。

僕は手書きで文章を書くのは面倒なので、ノートパソコンを取り出してタイピングすることにした。ええと、何を書こう?もちろん、馬鹿正直に「休日はゆっくりと朝寝をします」みたいな事を書く気はない。全然違う、他の人が絶対に書かないようなものにしたい。文章を書くのは僕の十八番だ、ここで一発ぶちかまさないでどうする?

心拍数が上がるのが分かる。いい作品を作ろう、自分ならきっとできる、と思うとドキドキする。そんなとき、

「小鳥のさえずりで、目を覚ました・・・。」

というフレーズが思いついた。うん、悪くないな。じゃあ、これを枕にしてちょっと格好良い文章を書いてみよう。イメージとしては、万座温泉に一人泊したとき(2009年6月。「アワレみ隊活動記録」に収録)の朝だ。あれは今でもとても良い思い出として残っているからだ。

そんなわけで、15分ほどで書き上げた文章が以下のもの。

【SCENE01】

小鳥のさえずりが聞こえる。うっすらと目を開けると、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいた。

「もう、朝か・・・。」

寝ている時間はどうしてこうも短く感じられるのだろう。「AAミーティング」や「断酒の集い」に参加している時の、永遠とまで感じる時間の長さとは大違いだ。時間ってヤツは、誰に対しても、どんな事をやっていても平等だ。でも、寝ている時間にだけは不平等があってもいいと思う。僕にもっと睡眠時間を!

目覚ましで強制的に起こされない朝、というのはとても気持ちが良いものだ。どうして目覚ましってのはああも人をイラッとさせるのだろう?21世紀にもなって、未だに不快感と共に毎朝を迎えなければならないのは理不尽だと思う。僕が発明家だったら、「快適に、なおかつ確実に目覚められる目覚まし時計」を開発するだろう。それはきっと、ノーベル賞ものだと思う。

時計をちらっと見る。まだ、本来の起床時間にはなっていない。このまままどろんでいたいという欲求に駆られ、枕をぎゅっと抱きしめる。でも、寝続けていたら、うっかり昨晩セットしてしまった目覚ましが鳴り出すだろう。それはとても残念なので、目覚ましが鳴る前に起き出すことにした。僕の休日の朝が、今始まる。

本当は朝ご飯を食べて家を出るあたりまで展開を考えていた。でも、途中で面倒臭くなっちゃって、布団から出るところで話を打ち切りにした。「僕の休日の朝が、今始まる。」って締めくくりは我ながらちょっとお気に入り。

いいじゃないか、いいじゃないか。ナルシスな僕にとって、こういう「誰もがかかないであろう文章」を書いた事に深く満足した。しかし、時間はまだ30分ほど残っている。折角だから、二つ目の話も書いてみることにした。

何を書こうかな。「サザエさん症候群」という言葉を軸に、何か書いてみよう。折角だから、「サザエさん症候群って知ってる?」みたいな会話形式にしてみると展開が膨らみそうだ。ならば、男女の会話にしてみてはどうか。

オチを考えず、とりあえず会話を書き始めた。そしてできあがったのが、次の文章だ。

【SCENE02】

「日曜日の夕方になると、明日からの仕事を思い出して憂鬱になるのよね」

テーブルに片肘をついた彼女が、コーヒーカップを静かに動かしながら、言う。

「サザエさん症候群、って言うらしいよ。サザエさんが放送される時間あたりから、だんだん憂鬱になるから」

そうなんだ。結構繊細なんだね?

「そうだよ!私は繊細だよ!今頃知ったの?今まで、私のどこを見ていたの?」

ずい、と身を乗り出して彼女は僕の顔をのぞき込む。自分の事を「繊細」という人で、実際に繊細だった例はあったかな・・・と自分の過去の交友録を思い出してみる。

「ほら!目が泳いでる!やましいことがあるから、目が泳ぐんだよ?」

あんまり僕を追い込まないで欲しい。とりあえず、彼女が繊細かどうかの検討は置いておくことにしよう。

「そんなに月曜日ってイヤなの?」

冷めて苦くなったコーヒーを一口飲んだ後、僕は彼女に当たり障りのない質問をしてみる。

「イヤって訳じゃないけど。そうだなあ、月曜日の朝感じるだるさより、日曜日の夕方に明日のことを考えている方がイヤかな。いざ月曜日になってみれば、なんとか頑張れちゃうんだけどね」
「じゃあ、今がまさに一週間で一番憂鬱な瞬間、ってわけだ」

今、時刻は日曜日の夕方。昼間、彼女の買物に付き合わされて、くたびれたので喫茶店で休憩中のご身分だ。

「そんなわけないじゃない!私はとっても楽しいよ。今日は付き合ってくれて、ほんと嬉しかったんだから!」

そう言って、ちょっと目を細めて嬉しそうな顔をする。僕はそんな彼女の表情に惹かれて、今まで一緒の時間を過ごしてきたんだ。彼女が言う「憂鬱な日曜日の夕方」で、そんな彼女の嬉しそうな顔を引き出せたので、僕は今幸せだ。

「あ!今笑ったでしょ?何考えてたの?」
「何にも。可愛いなあ、って思ってさ」
「おだてたって、何も出ないよ?さ、ご飯食べにいこ?」

そう言って彼女はぴょこん、と立ち上がった。褒めると、すぐに照れるんだよな。

日曜日しか会えない僕たち。だから、僕は日曜日が大好きだ。日曜日の夕方も、大好きだ。来週日曜日、また彼女と会えるんだと思うと、絶対憂鬱になんか、ならない。さあ、来週はどこで一緒の思い出を作ろうか?

時間ギリギリでなんとか仕上げたが、途中でこんな文章を書いている自分に酔ってしまった。なんだこれ。オレ、文才あるじゃん、と。ライトノベル臭くならないように心がけたが、やっぱりライトノベル的なのはご愛敬。そりゃそうだ、今まで小説的なものを書いた経験なんて皆無に等しいんだから。どうしても何かの物まねになってしまう。でも、物まねのレベルがこれなら、結構いけてるんじゃないか?ねえ?ねえ?

鼻の穴をこれ以上ないくらい広げ、自らのショートストーリーをみなさんの前に開陳する。SCENE01で既にそこそこのウケをとれたが、小説仕立てで、女の子が出てくるSCENE02の方はもっとウケた。声色をかえて、僕が小芝居をしたからだ。そんな発表を終え、僕は激しく満足した。

発表後も、自分が書いた文章を何度も読み返し、ニヤニヤしていた。明らかに怪しい人だ。元々僕は自己評価が非常に低く、何をやっても、どんなに人から褒められても、「いや、今回は失敗だ。ダメだ、もっとうまく出来た筈だ」と思い込む癖がある。しかし、この日ばかりは自分自身に大絶賛してしまった。こんなことは初めてのことだ。

プログラム終了後、原稿用紙は回収された。

「何かで役に立つかも知れないので、今回の原稿は回収して文集にします」

とのこと。僕はWordで入力したので、USBメモリにデータを移して、プリントアウトをお願いした。折角なので、文集用とは別に、僕個人用に1部、ください。

一応役目を終えた僕の文章だが、読み上げている最中にちらっと見たスガダイラさんの顔がひっかかった。スガダイラさんは、「ふーん」というか、なにか一歩引いちゃってるような顔をしていたからだ。あれれ、面白くなかったのだろうか?それとも、僕のような人間が書いた文章なので、キモかったか?ちょっと心配になってきた。

そんなわけで、軽音部の練習に原稿を持ち込み、そこに居合わせた女性二人に読んでもらった。

「すごいねえ」

ざっと目を通した人が、こうコメントする。

「この二つを1時間で?よく書けたね」

とも。いや、確かにそれも褒め言葉かもしれないけど、中身はどうだったんだよ、中身は。せめて、「おかでん、柄にも無いことを書くんだね」とか、「正直、キモい」って言われた方がまだマシだ。二人とも、なんだか微妙な顔をしたまんまだった。

そこでだんだん、文章を書いた当時の魔法が解けてきた。冷静になって己の文章を読み返してみると、うわあ、ちょっとイタくないか、これ?厨二病丸出しじゃないか?大丈夫か?「恥ずかしい」という概念はとうの昔に捨てた僕のことだ、今更「顔から火が噴きそうだ」なんて事はないのだが、でも冷や汗が出てきた。こんな文章を嬉々として人様に見せびらかしているのって、相当みっともないことなのかもしれない。やべえ。

それでも、読んでもらいたい人がもう一人いた。そうだ、タカナシさんに読んでもらおう。あの人なら、なんて言うだろうか?夕方の休憩時間中、5階に突撃し、一読を願った。

タカナシさん、仕事中なのにお時間を取らせてしまってすいません。固唾を呑んで見守ったが、タカナシさんは所々でくすっと笑ってくれて、ほっと一安心。

「すごいですね。良く書きましたね、これだけのものを短時間で。面白いですよ」

とりあえず褒められたー。わーい。

でも、それくらいの褒め言葉では僕はさほど感動しないのも事実。なぜなら、この「アワレみ隊OnTheWeb」を運営して早13年、文章を褒められた事自体はこれまで数知れずあるからだ。頼む、今回の僕の作文、誰か「激賞」してくれ。おっと、さっきまで冷や汗かいていたくせに、タカナシさんに褒められたらとたんに態度をころっと変えやがって。我ながら軽薄なヤツだ。

夜、「あちこちで作文を見せたが、微妙な反応をされた」という事をオカさんに話したら、

「いや、私はすごくいいと思ったけどなあ。あれだけの文章が書けるなんて、凄い才能だと思う」

と言われた。激賞、キター!

これから後、しばらくオカさんの激賞モード続行。いちいち紙面再録したいところだけど、あまりに自画自賛が過ぎることになるのでやめておく。で、おかでん、大いに満足する。お腹いっぱいだ。

一通り褒めてくれたあと、オカさんはこんな事を言い出した。

「折角の才能なんだから、続きを書いてみたら?今回、とりあえずハッピーエンドみたいになっているけど、この後どうなったのか読みたいし」
「ええ?続編ですか?それは考えていなかったなあ。全く別のストーリーを書こうかと思った」
「続き、読みたい。浮気がばれた話とか」
「ちょ。いきなりハードルが上がるなあ。まあ、あとは二人が出会った話とか?」
「そうそう、『エピソード0』って感じで、今回の話から昔の話もいいかも」
「分かりました。ちょっと考えて見ます」

この施設にいると、僕のいろいろな才能を刺激してくれるなあ。復職、早まることはないんじゃないか?と真剣に悩みそうだ。会社に戻ったって、ショートストーリーを書いたりする機会はないし、ましてや職場内で発表するなんていう事もない。無味乾燥した日々だよ、社会ってもんは。

おっと、タカナシさんに予定外の作文を読ませてしまったが、彼女には別の用があるんだった。運動会の写真を収めたCD-R、渡さなくちゃ。

「たびたびすいません」と恐縮しながら、5階に行く。いやなんだよなあ、僕が5階でタカナシさんと喋っていたら、大抵年配のスタッフの方が「ちょっといい?」って割り込んでくるから。多忙な職場であり、仕方がないのだとは思うが、どうも意図的にやってるっぽい。つまり、妨害工作だ。タカナシさんの時に限らず、ナガノさんの時も同様に妨害してくる傾向にある。つまり、僕は目をつけられてしまっているっぽい。まあ、そりゃそうだ、本来6階の住人なのに、ずかずかと5階にやってきているのだから、目立たない訳がない。しかも茶髪で長身、声がでかいし。

そんなわけで、5階のスタッフさんと話をするときは、原則「ヒット&アウェイ」でなくてはならない。つまり、長時間喋るのではなく、短時間で話を済ませ、さっと退却すること。そうでないと、お局さんがやってくるぞ!

CD-Rをタカナシさんに渡しながら、話をする。

「運動会、楽しかったけど正直寂しかったね。タカナシさんは離職しなけりゃ、来年もまた運動会がやってくるけど、僕は今年限りだから」
「来年も来て下さいよ」
「何やろうか?」
「また学ラン着て、応援して下さってもいいですよ。ご招待しますよ」
「ほんとに?誘ってくれたら、行くよ僕」

こういうやりとりも、社交辞令として埋没していく。本当に招待してくれたら、嬉しいんだけどね。おっと、いかん、本題を早急に喋って、この場を立ち去らないと。

「ここからが本題だよ。この写真、はっきり言って記念写真として成り立っていないものが沢山混じっているよ。バスの写真とか、弁当の写真とか。でも、それ単体では意味がなくても、全部の写真を通して、運動会一日の流れを再現するように作ってあるから。現地にはこんなバスに乗って行ったよね、とか、会場はこんな場所だったよね、とか。人がピースサインして写っているのだけが、記念写真じゃないよ。試しに、この写真を最初っから順番に、人に状況説明しながら閲覧してごらん。ちゃんとスムーズに運動会の模様が話せるように、撮影されているし、順番が並んでいるから」
「凄いですね。そこまで考えられているんですか。それだったら、旅行記を作ったりするのは簡単そうですね」
「ああ、旅行記は僕の得意分野だよ。インターネットで僕の旅行記は公開しているし」

ここで予想通り妨害が入ったので、慌ててその場を飛びのく。その直前、僕が「インターネットの旅行記」って話をしたのに対して、タカナシさんは「ん?」と若干興味を持ったような顔をしていたのを見逃さなかった。

いやあ・・・そのインターネットサイトって、この「アワレみ隊OnTheWeb」なんですけどねえ・・・。普通だったら、「是非読んでみて!」とお薦めするんだけど、タカナシさんにはとてもじゃないけど教えられないや。だって、間違いなく「禁酒目録」が目に入ってしまうわけであり、そこで、登場人物「タカナシ」の存在を知ってしまう。非常にマズー。このサイトを教えたいけど、でも絶対に教えられない。悔しいのぅ、悔しいのぅ。

話は前後するが、この日の朝、カノウさんはマツダさんの髪の毛にワックスを塗りたくり、ピンピンに尖った髪型に変形させていた。GW前もやっていたことがあるのだが、今日久しぶりの再登場だ。ある日はピターっとした七三分け、ある時は怒髪天をつく髪型、そして今日のバージョンは、前髪をスネ夫ヘアみたいに前に尖らせたものだった。

「ガッチャマンみてぇ」

と大笑いされる。カノウさん曰く、

「今日のテーマは、『情熱』」

だそうだ。カノウさん、暇にまかせて人をおもちゃにするのが大好きだ。髪の毛で遊び始める前は、

「暇だー。おかでんさん、これからまっつんにプロレスの必殺技をかけようと思うんだけどさ、何か一発で殺せるような技って知りません?」

なんて言ってたし。ちなみに僕は、「カーフブランディングがいいよ」と余計な入れ知恵をしておいた。

さすがにそんな洒落にならん技をかけるわけにもいかず、結局髪の毛遊びになったわけで。従順なマツダさんは、尖りまくった頭で一日を過ごしていた。

「明日はスーパーサイヤ人にして欲しい」

と僕がリクエストしたら、カノウさん了承。

「じゃあ、まっつん、明日のテーマは『怒り』だ。今晩、ちゃんと綺麗に髪の毛洗ってくるんだぞ?明日もコテコテに固めるからね?」

とマツダさんに言っていた。帰り際、マツダさんに声をかけたら、

「カノウさん、自分ではあの整髪料使わないのに、オレにだけ使うんだよなあ。何のために整髪料持ってきてるんだか。それにしてもあれ、べったべたなんですよね。一回シャンプーしたくらいじゃ、落ちないんですよ」

と苦笑いしていた。それでも、マツダさんは律儀に髪の毛を洗い、サラサラヘアにして、そして明日またべったべたにされるのだろう。明日も楽しみだ。

ナイトプログラムは「断酒の集い」。毎度お馴染みの先生が、今日も1時間語る。といっても、例のごとく殆どのメンバーが居眠りをしているわけだが。暇に任せて、起きている人を数えてみたら、6〜7人程度しか生存者はいなかった。

サカイさんも、居眠り中。この人、入院先から復活した際、改心して自助グループ系のプログラムにはものすごくキリッとして参加していた筈だが。今じゃすっかり初心を忘れて夢の中。でも、断酒は続行しているようなので、素晴らしいことだ。GW前に入院して断酒を開始したわけだから、あともう少し頑張れば断酒一ヶ月になる。これは並大抵の努力ではない。

先生は、運動会をわざわざ見に来たそうだ。

「本当は、最後まで見たいと思っていたんですけどね、あの日は雲一つ無い快晴で暑かったでしょ?・・・汗をかきますよね。疲れますよね。そうなると、飲みたくなるじゃないですか。ですから、残念ですけどお先に失礼させていただきました」

と語っていた。へえ!そんなものなのか。断酒歴25年以上を誇る方ではあるが、未だに「お酒が欲しくなるきっかけ」をめざとく回避している。そうでもしないと、自らをコントロール出来ないと考えているのだろう。お酒って本当に怖いな。そこまでしなくちゃ、いけないのか。・・・僕は全く関係ない世界、だと思うけど。

18時45分、ハンコタイムを経て本日も終了。ああ、一日が経つのは早いなあ。一日の早さを実感すると、「もう僕には復職まで時間がない」という焦りを思い出す。今日、新たに「ソフトバレーのキャプテン」「小説を書く」という二つのミッションが加わったわけだけど、それでも全然物足りない。もっともっと、僕は何かをしたい。でも、これ以上いろいろなことに割く時間が、僕にはない。もう限界に近い。

そんな事を考えながら、エレベーターがやってくるのを待つ。今日はオオミヤさんがいないけど、これまでの癖で、エレベーターに乗って帰ることにした。

そんな時、スタッフカウンターの傍らではナオキングがタイチ主任以下数名のスタッフさんに取り囲まれていた。この懲りない人は、今朝も顔をザリガニ色に染めてやってきた。カノウさんが

「また飲んだのか!何杯飲んだ?」

と聞いたところ、2杯、と小声で答えていた。しかしそれは朝の話。夜になった今もどうも怪しい顔色をしているところをみると、夕方あたりにまた引っかけたくさい。退院後一週間ぐらいはお酒を止めていた筈なのに・・・。やっぱり、スリップしたか。そうだ、そういえば先週土曜日、休憩時間中に

「理事長呼んでこい!オレはどうせユキシタ辞めるんだ!」

って叫んでたっけ。

タイチさんがどこかに電話をかけている。話がついたようで、電話を切ってナオキングのところに戻って来た。

「今、お母さんに電話したから。交通費は回数券で渡すことにしてもらったから、今手元にある190円はこっちに渡して?あなた、お金持っていたらすぐお酒買っちゃうでしょ」

なるほど、そういうことか。だから、ナオキングを帰さないで引き留めていたんだな。

「うるせえ!」

とナオキングは力なく喋り、そのままよたよたと非常階段の方に向かっていった。

「ダメでしょ。お金、渡して!」

タイチさんが制止しようとするが、でも彼女に彼を止める権利も、お金を没収する権利もない。本人の合意のもと、初めてできることだ。結局、数名のスタッフが為す術無く見守る中、ナオキングはフロアを去っていった。

後ろ姿を非常階段の踊り場から見送ったタイチさんは、

「明日はちゃんと来るんだよー!」

と声をかけていた。でも、戻って来たら、

「明日は来ないかもしれないなあ」

とつぶやいていた。現在、嫁と子供から離れ、実家住まいのナオキング。それでもお酒をやめられないのは、アルコールの怖さ、本人の意志の弱さもあるけど親の甘さもきっとあるだろう。ナオキング、どこまで人生を転がり落ちていくのだろうか?

帰り道、ずっとショートストーリーのネタを考える。正直、続編を書くよりも、いろいろな登場人物が、様々なシチュエーションで「休日を過ごす」という話を複数書きたい。でも、ニーズがあってこその文章だ、頑張って続編書かなくちゃ。・・・と思ったら、あれれ。僕の最寄り駅が目の前で過ぎ去っていくー。間違えて、乗っちゃいけない急行電車に乗ってしまっていたのだった。結局、相当先まで乗り過ごして、そこから引き返すことになった。うっかりしてたぜ。


2013年05月21日(火) 断酒74目 85.1kg

昨晩寝たのは、3時過ぎだった。で、目覚めたのは目覚ましが鳴る1時間前の7時過ぎ。4時間しか寝ていない計算になる。気がずっと張っているんだな、と分かるが、対処のしようがない。強制的に活動をストップさせた方がいいのだろうか?でも僕には時間があまりない。オーバーペース覚悟で、このまま進むしかない。

寝る時間がここまで遅くなったのは、2時近くになってから、ショートストーリーの作成を開始したからだ。鉄は熱いうちに打て。相当眠たかったが、1時間ほどかけて作ってみた。今回は、女性一人称によるモノローグ。この非モテ男・おかでんが女性の話を書くなんて相当キモいが、この際悪のりしちゃった。でも、出来は明らかにイマイチ。どこをどう修正すれば良くなるのか、さっぱりわからないままギブアップした。

施設では今日もオオミヤさんの姿がなかった。本格的に調子が悪いらしい。今後しばらく、このような状態が続くかも知れない。悪い想像ではあるが、このままオオミヤさんがお亡くなりになったとしても、この施設は何事もなかったかのように毎日が過ぎていくだろう。死んだなんて話はメンバーには一切告げられないまま。

そういうことを踏まえたら、僕はこの施設にいる間に死ぬわけはいかん、と思う。どうせ死ぬなら、同僚たちに惜しまれたい。知らないうちに死んでました、というのはイヤだ。早く復職しなくちゃ。

ナガノさんが6階にやってきた。

「今日は久しぶりにお風呂当番なんですよー」

と言う。風呂を利用する人一人一人に声をかけ、何時に入浴するか確認をとっていた。

「最近はプログラムを担当することが多くって。すっかり久しぶりです、お風呂当番は」
「一人前として認められたんだね、きっと。さすが正社員!」

そう言っておだてたら、ナガノさんはえっへんと胸を張って自慢してみせた。

「ところで、写真!先日頂いたCDですけど、見ましたよ!涙が出そうになりました。本当に嬉しかったです、ありがとうございます」

僕の写真で泣いてくれたのなら、撮影した甲斐があったってものだ。一生の思い出として、今後ずっと大事にして欲しい。CD-Rには、「2013年度大運動会 撮影:おかでん」とマジックで書いておいた。僕の名前も、墓場まで持ってけ。

「ナガノさん、チアの格好をしたり太鼓の格好をしたり、大忙しだったからね。あの格好、誰かに褒められた?」
「親から、『馬子にも衣装だね』って言われましたよ」
「メンバーからは誰にも褒められなかったんかい。じゃあ、メンバー代表して僕が褒めてあげる。可愛かったよ!」

公衆の面前で、女の子を「可愛い」と褒めるなんて、僕らしくないことだ。でも、折角おめかししたのに、褒められていないというのはちょっとかわいそうな話。僕ごときが褒めるのもどうかとは思うが、褒められないよりマシでしょ。だから、褒める。人は褒めれば伸びる。

そのまま彼女は風呂の前に陣取り、本日のお風呂当番を開始した。

「おお、定位置に戻って来た、って感じだな」
「やっぱりそう感じます?」
「6階にいるのは大歓迎だよ、5階に行ってナガノさんと話をしようとしたら、大抵妨害されるからなあ」

これは冗談で言ったのだが、ナガノさんから「そんなことないですよー、妨害だなんて」って否定されるものだと思っていた。でも、これに対して特にコメントなし。あれれ、やっぱり本当に僕は妨害されていたのか?なんだかなぁ。

「喜んで下さるなら、ずっとここでいいです!」
「いや、さすがにそれはやめとけ」

実習生のカミジョウさんがやってきた。ラジオ体操の時間まで、話をする。

「もう一人の実習生が昨日で終わりだったので、今日から一人なんです。なんだかちょっと」
「相談相手がいなくて、寂しい?」
「いや、そうではなくって、実習生一人ってことで、メンバーさんからの注目を集めてしまうのがどうかな、って思って」

ちなみに、通常の場合実習は2週間なのだが、カミジョウさんだけは14日間だった。「何で?」と聞いてみたら、「私の学校では実習は14日って決まってるんです」とのこと。学校によってこのあたりは微妙に違うらしい。

「実習レポート、さすがに書くことが無くなって困りますね」

と眉間に軽くしわを寄せて、困った顔をするカミジョウさん。僕も何か入れ知恵をしてあげたいのだが、ネタが思いつかない。

「これまでの間、いろいろなメンバーさんのところに行ってお話を伺ってきましたが、まだ数名ほどお話ができていないんですよ」
「ああ、そうなの?だったら、残り二日間で、その数名と話をするってのが残された課題かな?でも、話したからといって、特に何か良いことがあるわけでもないけどね。自己満足の世界、かな?」
「おかでんさんと今喋っているように、本格的に話ができた方はさらにほんの一握りですね。やっぱり、話しかけづらい人っているじゃないですか」
「まあね、気むずかしい人だっているからね。それは仕方がない」
「お薬飲みましたかー、なんて声をかけることはするんですけど、そこで反応が悪かったら、次から声をかけるのに躊躇しちゃいます。平等に接することって、難しいですね」
「いいんじゃない?実習生なんだし」
「スタッフさんだったら、仕事なわけだから、自分の感情とは別に平等にメンバーさんと接することができるかもしれません。でも、実習生の立場だったら、やっぱり難しいですね。先日、理事長先生と懇談する機会があったんですが、その時『平等に接するのは難しい』って話をしたら、『誰も、平等に接することなんて出来ません』って言われました。ああやっぱりプロの人もそうなんだな、って思いましたね」
「プロである前に、一人の人間だからね・・・」

話は、昨日実習を終えたもう一人の実習生の話題になった。

「あの人が帰る前に、タイチ主任の計らいでお別れの挨拶があったな。珍しい事があったもんだ。ホント、この施設じゃ、人の出入りの際に何も挨拶がないから困る。オオミヤさんだって、今どうなってるのかさっぱりわからんし」
「あれ?実習生はお別れの際に3分間スピーチをする習わしになっているらしいですけど」
「誰から聞いたのよ、そんな話。今まで、実習生で挨拶があったのを見たのは昨日が初めてだよ」
「あれ。○○さんがそう言ってたのに」
「○○さんが?・・・ええ?ああ、そうなの。じゃあ、そうなんだよ。きっとそうだ。カミジョウさんも3分スピーチを」
「嘘だったんですね。○○さん、いろいろ嘘っぽいこと、言ってましたよ。朝の掃除の際は、部屋の四隅まで綺麗にしていないと減点されて実習失格になるとか、実習終了後、メンバーさんによる挙手による採点で実習結果が決まるとか」
「・・・ああ、そうそう、それ、ホント」
「あ、これも嘘ですね?もー、あの人は!」

そうかー、そういう嘘を教え込むというのも、面白かったなあ。でも僕は嘘は苦手なので、すぐに顔に出てばれるとは思うけど。

今日の午後はスガダイラさん担当プログラム。内容はソフトバレー、ということになっていた。施設併設の授産施設の人たちとの対抗戦だ。ソフトバレーのキャプテンを自認する僕としては、前日からこのプログラムが楽しみだった。しかし、スガダイラさんがホワイトボードのところにやってきて、こう言った。

「ソフトバレーの予定でしたが、気温が30度を超えるという予報が出ていますので中止となります」

がっかり。そんなもの、構うものか。今やらなくちゃ、これからますます暑くなる時期、全く外でのレクリエーションができなくなるぞ。でも、このフロアには身体が弱い人がいるので、気温が高い時に屋外に出るのは自殺行為なのだろう。残念!

結局この日は屋内で風船バレーをすることになった。まあ、いいか。風船バレーなら代案として賛成だ。

ちなみに、昨日から施設の空調が復活した。それまでは、どこかが故障していたらしく、全館の空調が使えなかったのだった。そのせいで、哀れな軽音部は、蒸し風呂状態になって汗だくで練習する羽目になっていたわけで。空調が使えるようになったのは快適で結構なのだが、そのせいで、各フロアの非常階段に通じる扉がクローズになってしまった。いつもは全面開放になっていたのに。これで、通りすがりにひょいっと5階に遊びに行く、ということができなくなった。残念すぎる。ナガノ、タカナシといった5階の住人スタッフのところにちょっかいを出しにいくのは今後難しいだろう。

あるメンバーさんから、声をかけられた。

「最近、太った?」
「いえ、痩せましたよ。5キロほど」
「ああ、そうなの?じゃあ、次は頭もダイエット、しなくちゃね」
「それは難しいかも!頭の中は、ギットギトの豚骨ラーメン状態ですよ」
「まずはパソコンを減らすことかな、おかでんさんの場合。狭い穴に無理矢理知識を絞り出している感じがする」

どういう意味で言っているのだろう。よく分からないが、間違いなくネガティブな意味だ。僕が休憩時間中パソコンに向かっている事が、どうやら悪い意味で目立っているようだ。気を付けないと。

でもなあ、休憩時間中居眠りしている人、ぼんやりしている人、時々お喋りしている人よりは遙かにマシな時間の使い方をしていると思う。読書をしている人には「本の読み過ぎだ」と言わないのに、PCを使っていると指摘されるのは、なんだか理不尽な話だ。あまり気にすることはないのかな?

「まあ、おかでんさん、今日はあさりのみそ汁を作ったんで、飲んでってくださいよ」

ちょうどその方は、お昼用にお味噌汁をこしらえているところだった。この人は、殆ど毎日何らかの汁を作っている。ボランティアの炊き出しだ。食材は、有志が差し入れをしているようで、汁は早い者勝ちで誰が頂いても良い。ありがたいことだ。僕は今まで遠慮してきたが、今日はご厚意に甘えることにした。

「じゃあ、今度、僕はしじみを差し入れますね。しじみも美味しいですよね」
「あ、いいですねぇー。でも、差し入れる時は事前に連絡くださいね?いろいろ差し入れがあるんで、冷蔵庫がいっぱいになっちゃうんですよ」

そんなに差し入れがあるのか。生活保護で限られたお金しか持っていないのに、すごいことだ。比較的お金に困っていない僕なんだから、積極的に差し入れはしなくちゃ。

ナオキングがやってきた。おお、ちゃんと来たか。立派だ。・・・が、おい、今日も顔がザリガニじゃねぇか。また飲んだのか。

カノウさんが、

「ナオキング!お前、さっきファミマの前にいただろ。何飲んだ?」

と尋問を開始した。すると、ナオキングは小声でボソボソと、

「缶チューハイ1本だけです」

と答えた。

「お前なあ、悪びれもせずに言うなよ!『一本だけ』だなんて。飲まないのが当たり前だろうが」

結局、昨日没収されなかった190円は、こうして缶チューハイに化けて美味しく飲まれました。どうもありがとうございました。

「理事長じゃないけどさ、酒なんてがばがば飲んだ方が楽しいだろ?缶チューハイ一本だけなんて、飲んでも大して楽しくないだろ?どうして飲むんだよ」

ホント、そう思う。それでも、止められないのがお酒の怖さだ。

午前のプログラムは、10色の色を見ながら、その色で想起するものを列記する、というもの。タイチさん(主任じゃない方)の担当。僕は、できるだけ「直接はその色とは結びつかないような、ひねった解釈」を書き出すことにし、一人うんうんと唸った。とても知的なゲームだと思った。

30分後、タイチさんが

「どんなものが思いつきましたか?緑の場合はどうでしょう?」

とメンバーに声をかけた際、

「白菜!」「キャベツ!」「ピーマン!」「ほうれん草!」

と野菜がズラズラとでてきた。

「おいいい加減野菜はやめろ、きりがない」

という声があがる。一方で僕はというと、そんな野菜には目も暮れずに延々と違う方向に想像力を働かせていた。いくつか思いついたのだが、あまりに的外れすぎて、何を書いたか忘れた。確か、「茶色」に対しては、「安い弁当」って答えた記憶がある。そんな的外れっぷり。

朝、オカさんに僕が睡眠時間を削って作ったショートストーリーの新作を渡す。お昼休みに、オカさんがそれを読んでいる様子が遠くからうかがえた。どうなんだろう、と固唾を見守っていたが、最後読み終わったところで微笑んでいた。その微笑みにどういう意味があるのかまではわからない。その後、スガダイラさんに「これ読んでごらんよ」的な身振りで紙を渡し、スガダイラさんも読んでいた。こちらは、僕に背を向けていたのでどういうリアクションをしたのかは分からなかった。

まあ、結局オカさんからこの日、何もこの件についてコメントが無かったので、出来としてはイマイチだったのだろう。出来が悪いのは承知の上なので、とっととあんな紙は破棄して欲しい。また別のパターンで文章書くことにしよう。

午後、風せんバレーをやる。ふわふわした球を追いかけるのだが、意外と汗をかいた。いい運動をしたと思う。

昼下がりの休憩時間、15時30分頃。深刻な顔をしたタイチ主任に呼び出しを受けた。非常階段の踊り場に連れて行かれ、切り出された事は、

「具体的な名前は言えないですけど、メールでユキシタに連絡がありました。おかでんさん、インターネットに・・・運動会の写真、載せましたよね?」
「はい」

ついにこの日が来たか。動揺して声がうわずるかと思ったが、案外冷静だった。

「写真、モザイクをかけているようですけど、後半の写真にはモザイクがかかっていませんでした」
「そうですか?実際、見ましたか?」
「見ました」

(ちっ・・・タイチさんも見たのか。それに、僕に声がかかるってことは、ある程度文章まで読んで僕であることを特定したな?こりゃ年貢の納め時だな。それにしても、モザイク掛け漏れがあったのは大失敗だな・・・。)

「消してください。メンバーさんのプライバシーがありますから」
「はい」

ばれた以上は仕方がない。ちょっとやり過ぎの感があって自分自身危惧していたところだし、コーナーを全面的に閉じてトンズラすることに決めた。タイチさんから指示されたのは、「写真を消せ」ということだけだ。「禁酒目録」そのものを消せとは言われていない。でも、中身を見られちまった以上は、残存させるわけにはいかんだろ、さすがに。施設の批判をバリバリにしまくっているからな。しかも、メンバー、スタッフともに大量に文中に出演してらっしゃる。このまま残しておいたら多くのスタッフに閲覧されるのは時間の問題だし、メンバーの耳や目に留まることになるだろう。その場合、「面白い文章だね!」と褒められるなんてことはありえず、「勝手に書きやがってこの野郎」ってなるに決まってる。危険だ。

ほとぼりが冷めたらまた復活しようとも思ったが、それも難しそうだ。書いている内容が内容だ、やっぱりよく考えたら、内情を暴露しすぎだろう。ユキシタ側にサイトを突き止められてしまった以上、これ以上垂れ流しをするのは無謀だろう。非常に残念だが、このコーナーは永久凍結かな。

ちょっとまだ頭の整理がついていないので、今後については正式決定ではないが、当面はほとぼりが冷めるまで大人しくしているしかあるまい。おそらく、この一報は理事長以下主要なスタッフに伝わる筈であり、騒ぎがこれ以上大きくならないことを願うばかりだ。でも、人の口は遮れない。いずれ、アルコールフロアのスタッフ全員に知れ渡ることになるんだろう。やー、肩身が狭くなるな。

僕は、常にユキシタの問題点を指摘してきたが、その対案はちゃんと提示してきたつもりだ。単に悪口を言っているわけではない。だから、名誉毀損だのなんだの言われる筋合いはないし、ユキシタ側もそこまで踏み込んではこないだろう。しかし、「禁酒目録」を読んでしまったスタッフさんは、イチャモンをつけられたと理解するだろうから、僕に対して冷たい扱いになるのは覚悟しなくてはいけない。で、「おかでんが施設やスタッフの悪口を延々と書いている」という誤情報が、「禁酒目録」を読んでいないスタッフの耳に伝言ゲームされていくわけだ。あーあーあー。

あと、「下心はない」とさんざん文中書いてきたが、「チア三人娘」に対する僕の肩入れが見とがめられ、彼女たちに注意(またはなんらかの指示)が飛ぶ可能性がある。さようなら三人。

というわけで、すぐにwebサーバ上の「禁酒目録」フォルダを削除。あと、「編集後記」と「更新履歴」も3月以降は一旦削除した。こうなった以上、痕跡は全て消すつもりだ。家に帰ったら、Googleのキャッシュも削除する手続きをとるつもりだ。イヤなのは、スタッフさんがキャッシュを利用して過去の記事を拾うことだ。早くキャッシュが消えて欲しい。

それにしても、ユキシタにチクったやつ誰だよ。文句言うならこっちに言えばいいのに。バレバレであったとはいえ、僕は文中に一度もユキシタの本当の名前を書いたことはない。どこで探し当てたのやら。多分、ずっとスネークしてきたのだが、今回運動会の写真が掲載されたことで、いよいよチクったのだろう。

夜のプログラムは、「メンバーミーティング」。今日のテーマは「学校を卒業してからの経緯」と「ここを卒業したら何をしたいか?」の二本立てだった。

びっくりしたのだが、メンバーの中で大学を卒業した人は僕だけだった。高卒も少なかったかもしれない。中卒または高校中退、ってのが結構多かったと記憶している。つまり、ここに集っている人は、「学歴は高くない、生活保護を受けている、アルコール依存の人」というはっきりとした傾向があるのだった。何でそういう人ばかりが集まっているのか、不思議すぎる。僕みたいに、「大卒で、会社勤めで、アルコール依存」な人だって一杯世の中には存在するだろうに。いや、実はあんまりいないのか?謎だ。

夕食後、放心する。今後どうしようかな、ということで頭がいっぱいだ。敗戦処理の段取りを考える。これまで、施設通いが楽しくてしょうがなかったのだが、この一件を機に急に憂鬱になってきた。スガダイラさんとかと話をするのも何だかイヤになってきた。ショートストーリー?いいよ、もう。ほっといてくれよ。

ショック状態というわけではないのだが、じわじわとげっそりするな。今晩ひとまず寝て、明日起きてから自分の身の振り方は考えよう。僕は「転んでもただでは起きない」で今日までやってきた人間だ。何か今回の件でも、得することはきっとあるはずだ。それを探そう。

というわけで、「とある男の禁酒目録」。残念だけど、これにて連載は終了。短い間でしたが、どうもありがとうございました。読んで下さった方々から、暖かい声援を送っていただき、大変励みになりました。「アワレみ隊OnTheWeb」は今後も続きます。平凡すぎる旅行記などの連載になりますので、面白さトーンダウンですが、ご興味がありましたら引き続きお付き合いくださいませ。では、さようなら。

ps.それにしても、前日の記事にはこういうことを書いているんだよな。偶然だな。

---
「ああ、旅行記は僕の得意分野だよ。インターネットで僕の旅行記は公開しているし」
ここで予想通り妨害が入ったので、慌ててその場を飛びのく。その直前、僕が「インターネットの旅行記」って話をしたのに対して、タカナシさんは「ん?」と若干興味を持ったような顔をしていたのを見逃さなかった。
いやあ・・・そのインターネットサイトって、この「アワレみ隊OnTheWeb」なんですけどねえ・・・。普通だったら、「是非読んでみて!」とお薦めするんだけど、タカナシさんにはとてもじゃないけど教えられないや。だって、間違いなく「禁酒目録」が目に入ってしまうわけであり、そこで、登場人物「タカナシ」の存在を知ってしまう。非常にマズー。このサイトを教えたいけど、でも絶対に教えられない。悔しいのぅ、悔しいのぅ。
---

これで晴れてタカナシさんに、このサイトを教えられる・・・のか?

(おわり)

前のページ 戻る 次のページ

− 菜 單 −

アワレみ隊活動記録 胃袋至上主義宣言[連載] 胃袋至上主義宣言[単発] 思考回路のリボ払い 蕎麦喰い人種行動観察 美貌の盛り へべれけ紀行 とある男の禁酒目録 食い倒れ帳 

− 連載結束 −

ダイエット!?日記 土下座バイキング