第三の矢となる経済成長戦略について一部発表があった。
ここでは要点を述べたいと思う。
一言で言えば、今までの経緯で期待されたことの範囲を出ず、サプライズは無い。
「これで総動員と言えるか」という物足りなさもある。法人税などの「大胆改革の見送り」も残念だ。きっと、財務官僚に丸め込まれたか、と“邪推”してしまう。
一方、設備投資を企業に促し年70兆円を呼び込む、というのはいい。これには御存知の通り乗数が掛かるから、GDPに1倍以上になって効く。その方向性については評価したい。「農家の所得10年倍増」の政策もいい。根拠があっての数値はないが「3倍増」も可能ではなかろうか。そのためには農業従事者と農水省が、「海外との競争を拒絶することで非効率を温存してきた」という自覚を持たせることが先決だ。
TPP反対論者の言い分は皆、海外との競争を避けて、非効率のまま現状に安んじようとする敗北主義に見える。
既報で述べたように、日本は農業だけがガラパゴス状態だ。農水省も農家も惰眠を貪って来た。自動車などは自由化の恐怖に追いかけられて、風雪に耐えて世界一になってしまった。半世紀前は通産省も聡明で、力が着くまで海外から関税で自動車産業を保護し、その間に中小規模の企業は大企業と合併させ(例えばニッサン・プリンス)、民間に無理もさせたが、力をつけさせて、自由化におびえていた自動車工業は世界一になり、逆に米国から陥れられるという水準まで進化してしまった。城山三郎著「官僚たちの夏」(元通産省事務次官がモデル)や「勝者は語らず」(日産自動車がモデル)の時代だった。半世紀前の工業界が、自由化に怯えながらどれだけ頑張って来たか、農業従事者と農水省は考えるべきだ。
ところが農水省は自民党の集票マシンの農協に気を使って農業を「産業」にしなかった。
このTPPをいい契機として考え直そう。筆者には小中学時代の友人や親戚に農家がいる。それらの皆がそろって敗北主義者であって、半世紀前の工業界の苦闘の歴史に学ぶ気がない。そこでただ、聞き覚えたTPP反対論を言っているだけだった。筆者が根気よく話したら、皆が分かってきて、かえって農協役員を説得し始めた。農水省がやっておくべきだった。
それでは食の安全が保てない、などと聞きかじってきた断片を言ったから、「海外との競争に曝されたら、国際安全基準というものがあるはずだし、科学的根拠を楯にとって安全を確保できる」「食の安全は消費者が心配することだ。諸兄らは自分の所得3倍増を目指せ」「オランダのような農業大国を学ぶべし」と言えば、意外に素直に反応し行動化する。これらを農水省がやっておくべきだ。読者諸賢の中に農業従事者がおられたら、本稿を不快に思うだろうが、敗北主義に自ら陥っていないか自問してほしい。
筆者の高校同級生で、北大で畜産を学び、イリノイ大学で学位を取って帰国した男が、世界有数の豪雪地(4〜5メートル積る)の長野県飯山市の耕作放棄地をタダ同然に入手し、高級和牛の牧場で成功し、本人も地域も財を成し、市長に推されて就任し、12年務めて地域も活性化した。当初我々は「アメリカ帰りが発狂したか」と冷笑して見ていた。この話は2月末頃、本稿で紹介した。
またオランダは、国土は日本の四国くらいしかなく、人口は日本の1割強しかいないが、米国に次ぐ世界2番目の農業輸出国だ。日本の農業輸出はGDP500兆の国が0.45兆円しかない。ケタが違う。ミスタイプではない。事実だ。そして40万Haが耕作放棄地だ。東京都と大阪府を足した面積に等しい。これはもはや「産業」ではない。酷評すれば「趣味の家庭菜園」の範囲だ。これを「産業化」させるには、株式会社に農業経営をさせることであろう。
「第3の矢」には「農業を成長産業に位置付ける」というから、その方向は評価するが、10年で所得3倍増、輸出は0.45兆円から2兆円位を目指せと言いたい。おそらく可能である。
戦後の「農地改革」というGHQがやらせた荒療治の後、日本の農業は衰退し、農水省は惰眠を貪って来た。半世紀前に農水官僚を通産省に出向させて学ばせるべきだった。
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山崎 和邦
慶應義塾大学経済学部卒。野村證券、三井ホームエンジニアリング社長を経て武蔵野学院大学名誉教授に就任。投資歴51年に及び野村証券時代の投資家の資金を運用から自己資金で金融資産までこなす。
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