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ゴジダス_バックナンバー: 「おくりびと」で「港座」復活
 
2009年05月13日 水曜情報局
「おくりびと」で「港座」復活

今週は、長く閉館していた映画館を復活させようと情熱を傾ける一人の男性にスポットを当てました。
その映画館は「おくりびと」のロケで使用された酒田市の「港座」です。
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おくりびとのロケ地となった、旧「割烹小幡」。多くの映画ファンが、ロケに使用された場所を一目見ようと全国から訪れます。この小幡で観光客の案内役をつとめているのが、NPO酒田ロケーションボックスの 関浩一(せきこういち)さんです。酒田ロケーションボックスは、もともと市内の歴史的建造物の保存活動をきっかけにできましたが、映画「おくりびと」がアカデミー賞を受賞し酒田市が一躍脚光を浴びてから、 関さんの心にある思いがわいてきました。ここ酒田市には1970年代5つの映画館があり、にぎわいを見せていました。なかでも「港座」は1910年、明治43年に酒田で初めて映画が上映されたところです。以後、主に松竹や東映が制作した日本映画を上映しました。しかし1976年、昭和51年の酒田大火で当時多くの若者でにぎわった「グリーンハウス」や「シバタ劇場」、「中央座」の3つの映画館が焼失。幸い、港座は被害を免れましたがテレビの普及など娯楽の多様化が進み、酒田から徐々に映画館が姿を消していきました。最後まで残った港座もまた、2002年閉館を余儀なくされ、91年の歴史に幕を閉じたのです。
閉館されたままだった港座に転機が訪れます。映画「おくりびと」のロケ地に選ばれ、アカデミー賞を受賞してから一躍脚光を浴びました。地元では一気に港座復活を望む声があがってきたのです。こどもの頃、よく港座に足を運んだという関さんにもたくさんの思い出があります。関さんは普段、音響や照明機材を扱う仕事をしていて各地のイベント会場や舞台を飛びまわっています。この仕事をはじめて32年になります。
思い出の場所、港座を復活させたいと強く願っていた人がもうひとりいました。現在の「港座」の所有者、阿部剛(あべつよし)さんです。阿部さんも7年前に港座を閉館してから、いつか復活させたいとの気持ちをずっと持ち続けてきました。
ふたりは意気投合。すぐに関さんは行動を開始しました。自分の仕事の合間を縫って港座を訪れては機材を持ち込みます。港座にある映写機は古く、使えなくなっていたため自分のDVDをプロジェクターにつないでスクリーンに映すことにしました。映像の大きさはやや小さいものの、それでも港座で観る映画は格別なようです。上映再開に向け、音響や照明など機材を念入りにチェックしていきます。港座に足を運んでくれた人に渡す記念のしおりも完成。準備が着々と進みます。
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今月7日、続々と市民がやってきました。港座再開を望む地元の人たちを招いての説明会です。ここで、関さんが編集した映画の予告編を観てもらうことになっています。
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港座の復活上映会は来月の12日と13日。往年の名作などを観てもらう予定です。その後は、週1回のペースで上映していきます。関さんは、「昭和の時代には、こんな身近な映画館があったということを知ってもらい、懐かしんでもらい、そして若い人には逆に新しいものを発見してもらいたい」と語っていました。