記者の目:企画「ふるさと」を担当して=湯谷茂樹

毎日新聞 2012年12月12日 00時10分

 ◇福島の現実 伝え続けたい

 東京電力福島第1原発事故によって人生を翻弄(ほんろう)された福島の人々の現状を伝える企画「ふるさと」(東京・中部本社、北海道支社の朝刊で毎月1回掲載)を担当している。原発事故から時間が経過するにつれ、福島の被災者から、自分たちは見捨てられているのではないか、忘れられているのではないかという声を聞くようになった。福島の現実を伝え続けるのは、これからが正念場だと強く感じている。

◇暮らし奪われ国への不信強く

 企画ではこれまで、責任を誰も取らないことに憤り集団告訴を呼びかけた女性、帰還を諦めて移住を決めた一家、原発が立地する大熊町の元町長、除染会社を設立してふるさと再生を期す漁師、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみながらも福島で放射能の危険を訴え続ける教職員組合書記次長−−そうした人々を紹介してきた。置かれた状況はそれぞれ異なるが、共通していたのは、ふるさとを奪われた悲しみと、国策として原発を推進してきた国への不信だった。

 事故によって福島第1原発からは大量の放射性物質が放出された。その量は、昨年8月に当時の原子力安全・保安院が公表した試算では、放射性セシウム137だけで1万5000テラベクレル。米軍が広島に投下した原子爆弾から放出されたセシウム137の168倍にもなる量だという。

 大量殺傷目的で作られた原爆とは違って、福島第1原発事故では急性放射線障害で死亡した人はいなかった。だが、放射性物質は福島県を中心に拡散し、放射性セシウムの沈着量でみれば、放射線管理区域に指定されるレベルの地域が原発周辺から西北方向にかけてと阿武隈川流域に広がっている。そのため、福島第1原発から半径20キロ圏の警戒区域など避難区域に住んでいて強制的に避難させられた人ばかりでなく、避難区域外からも放射線被ばくによる健康被害の懸念から自主的に避難する人が相次いだ。福島県の避難者数は、原発事故から20カ月の11月段階で県外避難者は5万8608人、県内避難者は9万8680人にのぼる。

 事故後、福島では、被ばくリスクに対する考え方の違いなどから、避難や帰還、食品の摂取、子どもたちの屋外活動などを巡って、分断が生じた。沿岸の津波被災地を除けば、震災前と変わらぬ美しく穏やかな光景が広がっているが、人が生まれ、育ち、老い、死んでいく、かけがえのないふるさとでの暮らしは、奪われてしまった。

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